四月十五日の土曜日、午後十九時。トールズ士官学院第Ⅱ分校の宿舎にて。
初となる自由行動日を明日に控えた今日、生徒達は思い思いの時を過ごしていた。目まぐるしい二週間を乗り切った達成感、休日前夜特有の高揚。そして部活動という青春の模索。
誰もが明日への希望を胸に、目を輝かせる―――その一方で。
「ねえルイゼ」
「なに?」
「ユウナ達は……死んでいる、わよね?」
「んー。私が見る限り、死んでるねぇ」
宿舎一階、食堂の一画には、《Ⅶ組特務科(仮)》の姿があった。
両腕を椅子の背もたれに預けてだらしなく座り込むクルトの姿は、不良生徒そのもの。ヴァンダールの厳格さは微塵も窺えない。椅子を二つ並べてベッド代わりに寝そべるユウナは、女子力云々以前の問題である。体力を根こそぎ奪われたアルティナも、整った姿勢で頭部をテーブル上に置いたまま、涎を垂らして熟睡していた。その寝顔はARCUSⅡの撮影機能により複数人の手で保存されていたのだが、本人には知る由もなかった。
「警察学校に通い始めた頃を思い出すわね……精根使い果たしたって感じ」
「正直に言って、食事を取るのも億劫だ」
「……部活動って、明日までに決めるんだっけ?」
「……思い出させないでくれ」
先週末、シーダに実力テストの『追試』が言い渡されて以降、今日までの一週間。あまりにも濃密な一週間だった。
早朝はクルトが付きっ切りで剣術の基礎を指南し、放課後や夕食後も同様。座学についてもアルティナが徹底的にサポート、予習復習に割く時間を秒単位で削減。ユウナは周囲に協力を求め、シーダが感じていた異文化への抵抗感を解消すべく、奔走する日々が続いていた。
「ちょっとユウナ、大丈夫?かなり疲れが溜まっているみたいだけど」
「ゼシカ……あはは。まあ、やれるだけのことはやったし。あとはシーダ次第かな。それより、その。色々協力してくれて、ありがとね」
協力の輪は、少しずつ広がっていった。段々とシーダを気に掛ける生徒が増えていき、一方ではユウナが抱いていた帝国人への抵抗感も、本人が無自覚のまま薄れつつあった。
そうして迎えた今日。追試は明日の早朝である以上、残り時間は休息に当てるしかなく、合格の是非はシーダ次第。三人は腹を括りつつ、今更になって襲い掛かる疲労感に頭を痛めていた。
当のシーダは早々に夕食を済ませ、今現在は入浴中。三人もシーダに続きたかったのだが、一向に食事が進んでいなかった。
「そろそろ皿を空けた方がいいな。休むのは部屋に戻ってからにしよう」
「そうね。あたし達もお風呂に入りたいし。ほら、アルティナも起きなってば」
「むぐ……もう朝ですか?」
「あはは。アルティナ、超寝惚けてる」
「こうしていると、君もシーダと変わらないな」
「寝起き早々に子ども扱いされる意味が分かりません……」
テーブル上には、すっかり冷めてしまった夕食が並んでいた。いつまでもダラダラとしていては食器洗い班に悪いと考え、クルト達は僅かな食欲に鞭を打ってフォークを握った。
「そういえば、お二人共。今週号の帝国時報はお読みになられましたか?」
「ああ、僕は目を通してある。ユウナには聞くまでもないだろう」
「ちょっとちょっと。勝手に決め付けないでよね。なーんか感じ悪い」
「じゃあ読んだのか?」
「……読んでないけど。ていうか、何?てーこくじほー?」
「君は本当に面倒臭いな……」
「あー!また意地悪なこと言った!」
どうして無駄に会話量を増やすのか。アルティナは首を傾げつつ、携帯していた帝国時報をユウナに差し出した。
「少々気になる記事がありましたので。ユウナさんもご覧になった方がよいかと」
「えーと。この記事?」
【ノルド高原で軍事衝突】
去る四月十二日、帝国北東に位置するノルド高原において、カルバード共和国軍との軍事衝突が発生した。国境ゼンダー門に駐屯する第七機甲師団が即時対応、機甲兵部隊と軍用飛行艇を以って敵空挺部隊の侵攻を阻止したが、これで今年に入って三回目の衝突となる。
「って、ええ!?これって、シーダの故郷のこと!?」
「幸い死傷者は出ていないようだ。シーダの身内に何かあれば、一報が入るはずだしね」
クルトが言うように、ノルド高原で暮らす民に犠牲者は出ていなかった。念のためにと教官らに確認を取ったクルトは、先んじて被害状況を把握。既に衝突も鎮火し、事なきを得るに至ったらしい。
「シーダには明日以降に伝えようと思う。ユウナも、それでいいか?」
「まあ、そうね。黙っているのは違うと思うけど、今は余計なことを考えない方がいいのかも」
「……よく分かりませんが、そういうものなのですか?」
「そういうものよ」
「そういうものさ」
その判断基準と匙加減が、いまいち分からない。アルティナが再び首を傾げていると、ユウナが記事の文面を指でなぞりながら言った。
「でも、そっか。シーダがこの帝国に来たのって、この辺りも関係してるとか?」
「少なからずあるかもしれないが、いずれ彼女の方から話してくれるさ。僕らだって同じなんじゃないか」
「……それもそうね」
「やっぱり、よく分かりません……」
三度首を傾げるアルティナ。若干不服そうなアルティナの頬をつんつんと突きながら、ユウナは話題を変えた。
「それにしても、いよいよ明日ね。問題は追試の内容よ。アルティナは何か聞いてる?」
「いいえ、私も把握していません。どうやらリィン教官は、他の教職員にも話していないようです」
「クク。んなモン決まってるじゃねえか」
二人の会話に横槍を入れたのは、《Ⅷ組戦術科》の男子生徒―――アッシュ・カーバイド。
朝の登校の際にも《Ⅶ組》に対し含みのある態度をちらつかせたアッシュは、炭酸飲料が入った缶を片手に、不敵な笑みを浮かべて三人を見下ろしていた。
「またアンタなの?いちいち絡んできて鬱陶しいわね」
「やれやれ、嫌われちまったな。俺は別に―――」
「待ってくれ」
早々に追い払おうとするユウナを制止したクルトは、アッシュと視線を重ねた。
今朝方の態度に抱いた違和感。《Ⅶ組》を妙に意識した言動は、その実『自分達』ではない何かに向いていた。その真意を、見極めておく必要がある。
「アッシュ・カーバイド。今のは、どういう意味だ?」
「どうもこうもねえっての。あのチビっ子の追試だろ?考えなくたって分かることじゃねえか」
「分からないから聞いているんだが」
「クク、まあこいつは俺の想像だからな。明日は俺も見学させて貰うぜ。お手並み拝見ってやつだ」
お手並み拝見。これまでシーダに対し微塵も興味を示さなかった男の言葉とは思えない。
一体何を言わんとしているのか。クルトらを嘲笑うように、アッシュは敢えて多くを語らず、その場を去って行った。
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そっと湯船に右足を入れて、続けて左足を。息を止めてゆっくりと腰を沈めていき、肩まで浸かったところで、全身を弛緩させた。
「はああぁぁあ……へえぇああ」
入浴とはどうしてこうも安らぐのだろう。気持ちがいいという言葉ではまるで形容し切れない。全身の筋肉が解れると共に、疲労が汗と一緒に溶け出していくかのような解放感。女神様の下へ旅立ってしまいそうになる。
湯で身体を拭く習慣はノルドにもあったし、時折湖で水浴びをすることもあった。しかしこれはまるで別世界だ。贅沢極まりない気がして初めは躊躇いがあったけれど、今となっては慣れたものだ。寧ろ病み付きと言った方がいい。
「本当に、贅沢だよね」
この一週間。私はどれだけの人間に支えられてきたのだろう。きっと今も私は、私の与り知らないところで、誰かに支えられている。私が気後れしない絶妙な距離感の優しさ。目には映らない気配りと、聞こえない思いやりに満ちた毎日。
気を緩めると、目頭が熱くなる。けれども、決して泣いては駄目だ。まだ何かを成し遂げた訳じゃない。全ては明日に掛かっているのだから。
「あ、シーダちゃん」
「え?」
「ふふ、お邪魔しますね」
木製の引き戸が開かれた先に、《Ⅸ組主計科》の生徒が二人立っていた。ティータ・ラッセルさんと、ミュゼ・イーグレットさん。合同で受けるカリキュラムの中で、二人とは何度か話したことがあった。
二人は身体と頭髪を簡単に洗った後、私と同じく湯船に浸かった。湯のかさが増して、少量が湯船から流れ出ていく。
「お疲れ様、シーダちゃん。今日も大変だったみたいだね。明日のテスト、頑張って。私も応援してるから」
「は、はい。ありがとうございます」
可愛らしい小顔に浮かぶ笑み。それとは対照的な、洗練された身体付き。
引き締まった四肢は力強く、外見以上に鍛えられていることが見て取れる。よくよく見ると、手には複数の傷痕が薄らと刻まれていた。表現に困るけれど、同じ女子のそれとは思えない。
(すごい手……)
《戦術科》との合同カリキュラムでも感じたことだ。導力銃の扱いは見事なもので、ランドルフ教官も思わず唸るほど。
導力機器の取り扱いと知識に長けている分、自然と身に付くものなのだろか。事情は分からないけれど、ティータさんは放課後のほとんどを格納庫で過ごしているぐらいだ。
(……小さいなぁ)
照明に右手をかざして、目を細める。
この小さな手に収まる物は少ない。あの長巻が、まるで暴れ馬のように感じてしまう。この一週間でやれることは全てやったつもりだけど、何かが大きく変わった訳じゃない。
私の身体は、きっと小さいまま。急に背丈が伸びたり、手が大きくなるはずがない。周囲との年齢差も埋まらない。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、まだ遠くに―――
「シーダさん。私からあなたに、ひとつアドバイスを差し上げます」
「はい?」
じんわりと滲み始めていた弱気を振り払って、ミュゼさんの声に耳を傾ける。
「誰にでも得手不得手はあります。至らない点を補うという発想は、間違いではありません。ですが、『得手』を伸ばすという考え方も、数ある正解のひとつですよ」
「……えっと、つまり?」
「うふふ。明日は私も、応援させて頂きますね」
明確な答えが返ってこない。けれども、言わんとしていることは少なからず理解できる。
得手。私の長所。私にしかないもの。すぐには、思い浮かばなかった。
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―――翌日。
早朝に分校の『グラウンド』へ来るようリィンから言われていたシーダは、アルティナ達と共に本校舎西側の通路を歩いていた。ユウナとクルトの隣には、《Ⅶ組》以外の面々の姿もあった。
「どうして君まで付いて来るんだ……」
「昨日言っといただろ。別に邪魔はしねえよ」
「ミュゼまで……言っておくけど、見せ物じゃないんだからね?」
「心得ています。それに、ほら。私達だけではないみたいですよ?」
「へ」
「ふふ、シーダさんは既に気付かれているようですね」
グラウンドへ繋がる坂を下りながら、ユウナが辺りを見回す。
複数の視線があった。本校舎屋上、二階の窓際、中庭、格納庫二階。教官生徒らがグラウンドを見下ろせる各箇所から、誰もがシーダの背中を見守っていた。
「クク、どいつもこいつもこそこそと。俺達の方がよっぽどマシじゃねえか」
「こ、これって……ねえシーダ、大丈夫?緊張とか、してない?」
「平気です。それに私も、そのつもりでしたから」
追試を課せられたあの日から、常に誰かが傍にいてくれた。差し伸べられた沢山の手に報いるためにも、皆の前で実を結んで見せる。元より覚悟の上だ。
「お待たせしました」
長巻を左手に、シーダが立ち止まる。同じく右手に太刀を握っていたリィンは、一度瞼を閉じてから見開き、重みのある声で告げた。
「シーダ。君には今から、俺と立ち合って貰う」
「っ……立ち合う、ですか」
「一本取れとは言わない。だが俺が合格と判断するまで、立ち合いは続ける。訓練用の刀剣とはいえ、一時も気を緩めるな。何か質問はあるか?」
「いいえ。すぐにでも始められます」
一対一。互いの得物を用いた立ち合い。追試の内容に対し、シーダに動揺はなかった。
(ありがとう、クルトさん)
クルトの見立ては的中していた。アッシュの思わせ振りな言動から、単純明快に考えた末の結論が、真っ向からの実力テスト。シーダが抱えるハンデと純粋な力量を試すとすれば、実戦を伴う何かではなく、『実戦その物』こそが相応しい。この上なく分かり易い可能性を、シーダは事前にクルトから言い聞かされていた。
いずれにせよ、今日が明日以降を左右する。シーダはゆっくりと深呼吸をしながら、長巻を抜いた。
「先手は君に譲ろう。さあ、掛かって来い!」
「はい!」
地を蹴り、迷いなくシーダは長巻を振り切った。
事もなげに斬撃を捌いたリィンが、確かめるように同じ軌道で太刀を振るう。衝撃で体勢を崩したシーダは一旦距離を取って、再度切っ先をリィンに向けた。
「う、うんうん。前とは全然違う。クルト君との稽古の成果、出てるじゃない」
「まあ、そうだな。だが……見方を変えれば、それだけだ」
「え?」
剣術の基礎は、しっかりとシーダに叩き込まれていた。教科書通りの構えと握り、力の使い方。
しかし逆に言えば、それだけだった。銃器で言うなら、銃弾を装填して、引き金を絞る。最低限度の動作しか窺えない。剣術に疎い者の目には派手に映る一方、現実には意外性の欠片もない型だけが繰り返される。
「あぐっ!?」
やがて打ち合いの末に、シーダは受けの衝撃に耐え切れず、尻餅を付いた。同時に長巻の柄が手から離れると、リィンは声を張った。
「立つんだ、シーダ。得物を簡単に手離すんじゃない」
「痛ぅ……。は、はい」
よろよろと起き上がり、長巻を握る。痺れた両手で振るった打ち込みに、初撃にはあった僅かな鋭さはなく、力任せに弾かれてしまう。
直後の『掌底』。リィンの一打はシーダの胸部を貫いて、シーダは背中から地面に崩れ落ちた。
―――見ていられない。思わず駆け出したユウナの腕を、クルトが鷲掴みにした。
「待てユウナ、まだ終わってない」
「で、でもあんな一方的なのって」
「君だけじゃない、僕も同じだ。シーダも……勿論、教官も」
シーダを信じよう。クルトの一言でどうにか踏み止まったユウナの肩に、ミュゼの手が置かれた。
ユウナも理解はしていた。年齢や体格の壁を乗り超えない限り、シーダは《Ⅶ組》どころか、第Ⅱ分校への在学すら認められない。だからこそリィンは特別扱いをせず、シーダと向き合っている。分かっていたことだ。
「頑張って、シーダ」
諦めない限り、必ず壁は乗り越えることができる。大切な先人の教えを胸に、ユウナはシーダの背中を見守った。
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急速に衰えていくシーダに対し、リィンは手を緩めようとしなかった。
剣技の引き出しがないシーダには、為す術がなかった。何度も何度も、打ち込んでは返される。時折交える体術に翻弄され、体力を削られて、長巻を握る手から力が失われていく。
「何をしてる。立て、シーダ」
「う、うぅ」
リィンの叱咤に、シーダの足は動かない。荒々しい呼吸と共に、肩だけが上下に揺れる。
すると身体が小刻みに震えていき、砂塗れになった目元からは、大粒の涙がぼろぼろと、零れ出し始めていた。
「うっ……うえぇ、え、ううう」
誰もが口を閉ざしたまま、動こうとしなかった。士官候補生としての明日を左右する試しの場で、地面に座りながら涙を流す姿は、外見通りの少女。幼さを残した少女が、立ちはだかる壁の前で、泣いている。それ以上でも、以下でもなかった。
「チッ、見てらんねえな。ただのガキじゃねえか」
リィンの手並みを垣間見ることなく、実力テストは終わりを告げた。期待外れを食らったアッシュがその場を去ろうと振り返った瞬間―――背後から、何者かの気配を感じた。
「あん?」
視線の先には、つい今し方と同じ光景があった。地面に力なく座り込むシーダと、彼女を見下ろすリィン。
何も変わっていない。そのはずなのに、刹那を境に何かが変わった。何かが、変わろうとしていた。その感覚はアッシュのみならず、その場に集っていた全員が共有していた。
「く、クルト君。この感じ、なに?」
「分からないが……まだシーダの集中は、切れていない。いや、寧ろ段々と、研ぎ澄まされていくような……?」
「あれは……小要塞の時の?」
感応。シーダが秘める、ノルドの民特有の鋭敏さ。一族の中でも、とりわけ秀でたシーダの五感。視力ひとつ引き合いに出しても、かのオーレリア・ルグィンに匹敵する眼力は、違和感だらけの帝国において、重荷でしかなかった。シーダ自身が、意識的に抑えるしかなかったのだ。
その枷が、外れた。無力感に苛まれ、土壇場に追い込まれた今、涙と共に感情を吐き出したシーダは、無意識の内に全ての感覚を一点に収束させ、リィンに向けていた。
「……長巻は、もういいのか?」
「ぐすっ……は、い」
シーダは何度も目元を拭った後、長巻ではなく、地面に置かれていた鉄製の鞘を取った。
両手で鞘を握り、身体の中央に構え、呼吸を整える。正面に立つリィンと視線を重ねて、微動だにしない。その姿に、リィンは構えを変えた。
「ならこちらから行くぞ、シーダ」
一転して、リィンの先手。踏み込みからの袈裟斬り。迎え撃つシーダは―――僅かな予備動作だけで、その斬撃を撥ね返した。
「「!?」」
全員が虚を突かれるやいなや、リィンの追撃。リィンが休む暇を与えず、逆袈裟の形に斬り上げる。鞘を身体の中央に構え直していたシーダは、先と同様に不可解な動作を以って、斬撃を捌いて見せた。
まるで一変したシーダの挙動に、アッシュは口笛を鳴らして表情を変えた。
「ヒュー、いい反応じゃねえか。中々様になってやがる」
「ええ。お見事な『後の先』です。技の起こりを見逃さず、瞬時に応じることで斬り始めを抑えています。あれなら力負けもしません」
変化はひとつだけではなかった。
『初めから』察していたのはミュゼ。シーダの鞘捌きから見抜いたのがクルトとアッシュ。ユウナとアルティナが彼らに続く形で、今更ながらにシーダの『利き腕』を理解していた。
「う、嘘。シーダって、両利き!?」
「そのようです。私も気付きませんでした。随分と器用な真似を……」
体勢を左右に崩されても、即座に立て直す。左右いずれの斬撃にも全く同じ速度と軌道で反応する。それらを可能にしているのは、両利きという類稀な器用さと、自然体だからこそ見い出した己の理にあった。
対するリィンの斬撃は、段々と速度を増していた。
シーダは苦悶の表情を浮かべながらも、一撃一撃を確実に捌いていく。先手は取れずとも、受けに徹することで奮戦していた。
「……頃合だな」
リィンは一度後方へ飛び退いてから、再度構えを変えた。
やや前傾の姿勢。右片手で握られた太刀。全身から発せられる剣気に、誰もが息を飲む。
「手心は加える。これが最後の試しだっ……八葉の一端、耐えて見せろ!!」
八葉一刀流、二の型『疾風』。
突進と共に放たれた斬撃が、シーダに襲い掛かる。紙一重で反応したシーダは、後方へ倒れそうになるのを耐えて、踏み止まった。
「さ、捌いた!?」
「いや、まだだ」
「続きます」
第二撃。踵を返して、更なる速さを伴った斬撃に反応する。
三、四、五。連撃を耐え忍ぶにはあまりに重く、受けるだけで全身に痺れが走る。既に両手の感覚もなく、身体が感知に追い付かない。悲鳴を上げる小さな手が、鞘を離してしまいそうになる。
(それでも、私は―――)
意志は固く。しかし想いだけでは、届かなかった。
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シーダが握っていた鞘は、最後の一手によって頭上高々へと飛んだ。
全てを余すことなく使い果たしたシーダは、その場で膝が折れてしまい、すとんと腰を落として座り込む。再び、大粒が頬を伝っていた。
「……実力テストは、終了だ」
太刀を納めたリィンは、涙と砂で顔をくしゃくしゃにするシーダの前に立ち、穏やかな声で言った。
「シーダ。君が士官学院を志望した理由を、聞かせてくれないか」
「うぅ……う。上手く、言えま、せん」
リィンが身を屈めて、シーダの目元にそっと右手をやる。言葉を介さずとも、小さな体躯から明確に伝わってくる想い。
彼女をこの地へ衝き動かした意志は、一言では語れないのだろう。
護られる側に、甘んじていられず。
大国に侵されつつある現実を、受け入れられず。
外界で起き始めた異変を、己の目で見極めるために。
「それでも、聞かせてくれ。君の口から聞かせて欲しい」
「っ……お兄ちゃんや、お姉、ちゃん、みたいに。強く、なりたい」
「……そうか」
「お姉ちゃんは、私の……会いたい、よ。お姉ちゃんは、何処に、いるの?」
何より、家族のために。憧れや羨望もあるのかもしれない。行方知れずの姉を求め、姉の剣を携えて、外の世界へと躍り出た。
姉の背中に『追い付きたい』という強い意志と、『会いたい』という願いが入り混じった末の涙が、今のシーダを有りのままに表していた。追い付けないかもしれない。もう二度と、会えないのかもしれない。
「シーダ。これを君に託す。受け取ってくれ」
リィンはコートの中から布袋を取り出して、シーダに手渡した。
シーダが恐る恐る包みを解くと、鮮やかな装飾が為された『業物』が二振り、顔を覗かせた。
「こ、これって……太刀が、ふたつ?」
「分類としては『小太刀』に当たる。二刀小太刀『絶佳』。とある女性に頼んで、君のために仕上げて貰った代物さ」
「とある女性……?」
「キリカ・ロウラン。アヤの姉……血の繋がった、腹違いのお姉さんだ」
「っ!?」
シーダは声を失った。脳裏で反芻するリィンの言葉に、理解が追い付かない。
義姉の実姉。お姉ちゃんの、お姉ちゃん?初耳にもほどがある。唯一の肉親である母親は、もう十年近く前にこの帝国で亡くなった。そう聞かされていたはずなのに、どうして。
混乱と疲労のあまり眩暈に襲われたシーダの肩に、リィンはそっと手を置いた。
「強くなれ、シーダ。君だけの強さを見い出して、誰よりも、アヤよりも強くなれ」
「リィン教官……」
「そうすれば自ずと、真実も見い出せる。四月十六日の今日が、その一歩目だ」
―――合格だ。その一言が、涙腺をより一層に緩ませる。
未だ立ち上がれないでいたシーダに、アルティナが肩を貸した。クルトとユウナは安堵と喜びに満ちた表情でシーダの背中をそっと押して、皆に応えるよう促した。
「みんな……」
本校舎、中庭、格納庫。周囲から降り注ぐ拍手は、改めての歓迎を意味していた。トールズ士官学院第Ⅱ分校、生徒ら総勢二十一名。今この瞬間をもって、第Ⅱ分校は二度目の産声を上げた。
そして―――
「これで漸く、(仮)は外れるわね」
「ああ。《Ⅶ組特務科》、今日から再スタートだ。宜しくお願いするよ、シーダ」
「はいっ……こちらこそ、宜しくお願いします!」
「まあ、今までと何も変わりませんが」
鳴り止まない拍手に包まれながら、シーダは絶佳の鞘を抜いた。
羽根のように軽い刀身は、唯一無二の輝きを湛えていた。
「あ、あれ?絶佳の刀身に、ち、血が?」
「それは多分キリカさんの鼻血だな。あの人は重度のシスコンなんだ」
「リィン教官、ブーメランです」