量産汎用型機甲兵。ラインフォルト社によって開発された人型機動兵器。先の内戦において貴族連合側の主力兵器として投入されて以降、その存在は瞬く間に国内全土へと広がった。正規軍をはじめとした各方面で採用され始め、その汎用性の高さから、軍用以外の様々な亜種も開発されている。たったの二年間で、戦車以上に台頭しつつある。
そして機甲兵の急速な発展と導入に伴い、士官学院においても専用のカリキュラムが設けられた。戦術科の生徒を主に、僕ら《Ⅶ組特務科》も例外ではなく、機甲兵に関する基礎知識や操縦方法への理解を求められたのだ。
『さあシーダ。少しずつで構わない、ゆっくりと前進するんだ』
『そ、そそ、そう言われてもぉ……』
そんな中で、約一名。昼休憩の時間を削ることで居残りを命じられたクラスメイトが、今にも泣き出してしまいそうな悲痛な声を漏らしていた。スピーカー越しに、大音量で。
「ユウナ、今何時だ?」
「十二時半ジャスト……そろそろ限界ね。アルティナに昼食の確保をお願いしておいて正解だったわ」
既に四時限目が終えて二十分間が経過した今も尚、シーダが操る機甲兵『ドラッケン』は一向に動こうとしない。彼女の手の震えが機体へと伝わり、かくかくと奇妙な動作を取るばかり。正直に言って、目も当てられない状況が続いていた。
「う、うーん。アルティナも多少躓きはしてたけど、まるで進展が見られないわね……少し気の毒かも」
「仕方ないさ。恐らくシーダにとって、『遠隔操作』という概念自体が身近じゃないんだろう」
向き不向きで言えば、シーダにとって機甲兵の操縦はあまりに酷だ。文化や生活様式の違いが、そのまま眼前の光景に繋がっていると言っていい。
シーダが暮らしていたというノルド高原にも、少なからず導力機器は普及しているらしい。しかしそれらは生きていく上で必要最低限のもので、導力が生み出す現象の多くを、シーダは未だ理解し切れていない。導力技術の粋を尽くした機甲兵は、シーダにとって奇々怪々な存在でしかないのだろう。
「しかしシュバルツァー教官やオルランド教官は、あれを全てマニュアル操作で動かしているんだろう?」
「そうみたい。あたしも一部の動作をマニュアルでやってみたけど、もう全っ然よ。こんなの無理って感じだったわ」
機甲兵の操作は大別してセミオートとマニュアルの二つ。前者は細かな動作がほぼ自動化されていて、僕らはそれらを必要に応じて使い分けることで機甲兵を動かしていた。中でもとりわけ巧みな操縦を見せたユウナも、マニュアル操作には手が付けられなかったらしい。
「何て言えばいいのかな。両腕と両脚を常時コンマリジュ単位で操る、みたいな?」
「あの振動と衝撃の中でか?」
「オートバランスとかの機能も全部切ってるって言ってたわ。マニュアルだと反って邪魔になるんだって」
「それは……それは、無理だろう。人類には無理だ」
「ならあたし達の教官は人以外の何かね」
こと機甲兵に関しては、現時点では全く届く気がしない。アッシュの不作法な奇襲を事もなげに捌いた手腕といい、一朝一夕で身に付くものでもない。……あの『騎神』の影響もあるのだろうか。シュバルツァー教官はどのようにして騎神を駆っているのだろう。
いずれにせよ、僕らはまだまだ精進が必要なようだ。道の先に立ってくれていた方が、こちらも磨き甲斐がある。
「皆さん、お待たせしました」
声に振り返ると、ランチボックスを抱えたアルティナと、その隣には主計科のサンディの姿もあった。
「ジーナさんとサンディさんが持たせて下さいました。中にサンドイッチが入ってます」
「わあ。ありがとうサンディ、すごく助かる」
「フフ、いいわよこれぐらい。シーダちゃんってティータ以上に妹っぽい感じがするから、あたしも放っておけないのよね」
妹、か。僕に歳下の兄弟はいないが、もしも世話の焼ける妹がいたら、こんな感情を抱くのかもしれない。同い年のアルティナが妙に大人びているせいか、より一層気に掛かってしまう。
(きっと、彼女のおかげなんだろうな)
けれども、負担だとは感じない。寧ろシーダという存在が、僕らの足並みを揃えてくれている節さえある。まだたったの三週間だというのに、彼女のいない《Ⅶ組》なんて、想像が付かないほどに。
(……指名手配中の、元士官候補生か。本当にシーダが、彼女の?)
だからこそ、分からない。否がおうにも思い出してしまった心当たり。真実は一体、何処にあるのだろう。
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情けなさと恥じらいに満ちた居残りから、ややあって。中庭のベンチで軽めの昼餉を取った私達は、その足で本校舎へ向かい、普段は立ち入りが禁止されている軍略会議室へと向かった。
現時刻は午後十三時前。ちょうど十三時から、今週末に実施されるという『特別カリキュラム』の詳細が明かされると、事前に告知されていたのだ。
「特別カリキュラム……どんな内容なのかな。アルティナさんは何か知ってる?」
「いいえ。私も把握していません」
「前々から気になってはいたが、シーダが言っていた本校の『特別実習』を連想するな」
「あたしもあたしも。確かノルド高原が実習地に選ばれたことがあったのよね?」
特別実習。二年前にあの《Ⅶ組》に課せられていたという、遠地での実習。詳細な内容は聞いたことがなかったけれど、実習地に関してはお兄ちゃんが土産話のついでに話してくれたことがある。
「えーと。ケル……なんとかっていう街に、パーム?アリアハートと、せん、セント……ぶ、ブリタニア島?」
「ケルディックにパルム、バリアハート、セントアーク、ブリオニア島ですね」
間を置かずに補完してくれたアルティナさんは、少しだけ満足気に胸を張ったような気がした。流石はアルティナさん、いつ何時も頼りになる。
「それにノルド高原か。多少の差はあるけど、何処も遠地だな。今回の特別カリキュラムも、外部での実習という可能性は高そうだ」
「え、そうなの?」
「考えても見てくれ。第Ⅱ分校の構内と繋がる鉄道とホームを新設するぐらいだ。それだけで莫大な費用を要する。教練用の機甲兵を搬送するのに便利ではあるけど、流石にやり過ぎだとは思わないか?」
「……言われてみれば、確かに。てことは、列車を使うってこと?」
「僕の勝手な憶測だけどね。そろそろ時間だ、僕らも入ろう」
クルトさんを先頭に、軍略会議室に入る。辺りを見回すと、既に教官や他のクラスの生徒は揃っていたようで、私達は足早に整列、姿勢を正して正面を向いた。
するとほどなくしてミハイル教官が前方の中央付近に立ち、一度咳払いをすると、向かって左側に設置されていた導力機器に、大きな地図の映像が浮かんだ。
「今回の特別カリキュラムは外部での実習だ。実習地は南部サザーラント州、旧都セントアーク付近になる。日程は四月二十一日、金曜の夜に専用列車『デアフリンガー号』で出発する段取りだ」
途端にざわめきが広がった。私の前方に立っていたクルトさんとユウナさんが、小声で会話をしながら頷き合う。
白亜の旧都、セントアーク。私の記憶が定かなら、お兄ちゃんやお姉ちゃんが特別実習で訪れた都市のひとつだったはずだ。専用列車の件も含め、クルトさんの見立ては的を得ていたようだ。
(……なに?)
引っ掛かるのは、先ほどのざわめきの中に埋もれた、複数の視線。演習地が告げられてすぐ、様々な風を感じた。また悪い癖が出たせいか、鋭敏になり過ぎているのかもしれないけれど、とりわけ気を引かれたのは、あまりに意外な組み合わせの、二人が見せた僅かな目配せ。
(ミュゼさんに……分校長?)
意味深な二人のやり取りに、私は首を傾げるばかりだった。
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特別カリキュラムの開催地が明らかになって以降、週末に向けて各クラスによる事前準備が始まった。現地では機甲兵を用いた本格的な演習も予定されているらしく、物資の調達から機甲兵のメンテナンスに至るまで、そのほとんどを生徒が主導となり進める必要があった。あくまで自主性を重んじる辺りは、警察学校時代を連想させた。
「ず、随分と本格的な装備ね。これって軍用の物も混ざってない?」
そうして迎えた出発前日、四月二十日の夜。私達はクルト君を宿舎の部屋に呼んで、支給された数々の装備品の確認作業を行っていた。
軍用のサバイバルキットをはじめ、アーミーナイフ、ロープにワイヤー、非常食糧、火薬式発煙筒、採取ツールにフィッシングツール、双眼鏡にコンパス等々。バックパックに詰められた装備品は、十数品目に及んだ。
「この生体サンプル採取キットって何よ。使いどころがいまいち想像できないんだけど。これ要るの?」
「大学やラボでも使用されている高価な品です。末端価格で六千ミラほどになります」
「変な言葉使わないでよね……。ていうかフィッシングツールが一番謎だわ。現地で魚釣り?」
「とある軍隊では正式に採用されています。ちなみにリィン教官は釣りに精通しています」
「ま、またどうでもいい教官情報を……」
非常時における食糧確保用、とかだろうか。それはさて置くとしても、私達《Ⅶ組》に支給された装備品だけ妙に品数が多く、充実している気がしてならない。一体何をさせるつもりなのだろう。
「ユウナ、装備品は確実に確認しておこう。こういった作業を含めて、既に実習は始まっていると考えた方がいい」
「……まあ、うん」
「……なんだ?何か変なことを言ったか?」
言っていることは尤も。しかし女子三人が暮らす部屋に、男子一人が紛れ込んで平然としているクルト君の態度が気に食わない。一緒に確認作業をしようと言ったのは確かに私だけど、少しは気まずさを抱いたりしないのだろうか。変に意識しているこちらが馬鹿らしくなってくる。
もしかして、女子として扱われていないのか?それとも、異性に全く関心がないとか?
「ねえクルト君。《Ⅶ組》って男子がクルト君一人だけど、その辺りを気にしたことはある?」
「それは……特に気にも留めなかったな。シュバルツァー教官も含めれば二対三だしね」
「何で教官を入れるのよ。どう見たって一対三じゃない」
「確かにそうだが……すまない、何の話をしているんだ?」
これ以上探りを入れても徒労に終わりそうだ。今は考えないようにしよう。
やれやれと肩を落としていると、隣で確認作業を続けていたシーダが、トントンと私の肩を叩いた。
「あのー。生徒手帳は、やっぱり持って行った方がいいんですよね?」
「え?ええ、そうね。身分証代わりにもなるし、普段通り持っておいた方がいいと思うわ」
私が携帯を勧めると、シーダが手にしていた生徒手帳の中から、ひらりと一枚の何かが落下した。慌てた様子で拾い上げたシーダの手元を覗き込むと、そこには二人の男女の姿が映っていた。
「それ、写真?」
「はい。お兄ちゃんと、お姉ちゃんの……二年前に撮られた、学生時代の写真です」
「へえ。見てもいい?」
シーダが差し出した写真を、クルト君と一緒に見詰める。
向かって左側に映っている男性が、ガイウス・ウォーゼルさん。ウォーゼル家の長男であり、リィン教官と同じ《Ⅶ組》に所属していたというシーダの実兄。逞しさと優しさに満ちた笑顔が、シーダによく似ている。
そしてその隣の女性が、アヤ・ウォーゼルさん。養子として迎えられたという話だったし、一見して血の繋がりがないと理解できる。その黒髪と特徴的な顔立ちは、何処となく主計科のマヤを思わせた。
「あれ?この人って……あ、ああ!?この人、『豚汁』の女性!?」
「え……え?あの、は?」
思わず声を荒げ、『豚汁』という単語が先行してしまう。
別に写真の女性を指して豚汁呼ばわりをした訳じゃない。しかし私はこの人を、知っている。
「そ、そうよ。確か、クロスベル市が猟兵団に襲われて、復興作業中に……旧市街区で、不良チームの男達と炊き出しを配ってた女性!あたし、挨拶したことがある!」
記憶の海に、しっかりと残っていた。今でもよく覚えている。クロスベル市が悪夢のような惨劇に見舞われた、あの日からの数日間。警察学校に通っていた私達訓練生も、いち早い復興に向けて、全員が復興作業に駆り出された。
私が割り当てられたのは、特に被害が大きかった旧市街区だった。多くの住民が寝床すら奪われ、路上での不自由な生活を余儀なくされる中―――不良チーム『テスタメンツ』の男性らと共に、温かい汁物を振る舞っていた女性がいた。それが、この人。
「ゆ、ユウナさんが、お姉ちゃんと?」
「前々からランディ先輩やウェンディさん……知人から、話は聞かされていたの。クロスベル出身の学生が帝国にいて、付き合いがあるんだって。あの時も復興支援に駆け付けてくれたって聞いたから、機会があれば挨拶しておこうと思って……驚いた。あの人が、シーダのお姉さんだったのね」
話だけなら何度か耳にしていた。今から何年も前にクロスベル市で暮らしていた、あの特務支援課とも交流がある女性が、帝国にいる。大まかにはそんな内容だった。どんな人だろうと気にはなっていたし、だからこそ私から会いにいった訳だけれど、まさかシーダのお姉さんだったとは。まさに青天の霹靂だ。
それにしても、ノルド高原?どういった経緯でウォーゼル家の養子になったのだろう。クロスベルを離れた理由といい、随分と突飛な生い立ちだ。
「それで、アヤさんは今どうしてるの?やっぱりノルド高原で暮らしてるの?」
「それは……」
漂い始めた重々しさに、自然と口を噤んだ。暗い表情のシーダだけではなく、クルト君も私から視線を逸らして、居た堪れないような色を浮かべていた。
私は一体、何に触れてしまったのか。理解が追い付かないでいると、アルティナが淡々とした口調で言葉を並べた。
「ユウナさん。アヤ・ウォーゼル氏は昨年の一月一日付で、諜反の容疑を掛けられ指名手配中の身です。クロスベル州東部における目撃証言を最後に、行方が分かっていません」
「っ……ま、待って。な、なに。え?」
―――誰にも分からないんです。彼女が今、何処で何をしているのか。
アルティナの声を最後に、深い静寂が訪れる。
(謀反……指名手配?)
指名手配犯。真っ先にロイド・バニングス捜査官の存在が脳裏を過ぎる。しかしそんな話は聞いたことがない。ランディ先輩もティオ先輩も、誰もアヤさんの存在を口にしたことはなかった。
そもそも謀反の容疑とは何だ。私が知るアヤ・ウォーゼルは真っ当な善人のはずだ。クロスベルを離れて以降も故郷を想い、有事には駆け付けるような女性が、指名手配犯?いや―――もしや、だからこそなのか?
「あの、皆さん。この話は、一先ずここまでにしませんか」
「……シーダ?」
「お姉ちゃんのことは私の問題です。ユウナさん達が、変に気に病むことじゃないです」
シーダは掌同士を叩き鳴らした後、不器用な笑みを浮かべた。
「今は目の前の、特別カリキュラムに専念したいんです。リィン教官も言っていたように、精一杯頑張って強く、強くなれば、きっと……」
「シーダ……」
「だから私、リィン教官を信じます。教官を信じて頑張ります。私には、それしかないから」
力強く宣言したシーダの手には、二刀小太刀『絶佳』が握られていた。
シーダについて、分かったことがある。『教官を信じる』という言葉には、一片の躊躇いや迷いもなかった。人一倍強固なリィン教官への信頼は、きっとお兄さんやお姉さん譲りの意思なのだろう。私達が未だ知り得ていない何かが、そのままシーダの直向きさを支えている。
「そっか。シーダは……あたしも、同じなのかも」
私と変わらない。私にとっての『支援課』と同じだ。絶対の信頼を寄せる存在を信じて、走り抜ける。選択を迫られた時、いつだって脳裏を過ぎるのは、彼らの勇姿と言葉であり、正義に他ならない。
……現時点では、教官と支援課の間には、途方もない差がある。私もシーダのように、教官に対して全幅の信頼を置ける日が来るのだろうか。全く想像が付かないが。
「ユウナさん?」
「ううん、こっちの話。今は……うん。いつかきっと、みんなにも話すから。だからほら、お互い様ってことで」
「シーダの言う通りかもしれないな。僕も僕で、抱えているもののひとつやふたつあるが……今は目の前に集中した方がいい」
「困りました。私の場合、ひとつふたつでは済まない気がします」
今はこの辺りが落としどころか。小難しい話は後回しにしよう。
私達はまだまだ道半ば。お互いに知らないことの方が多くて、信頼関係にはほど遠く、時には険悪になり擦れ違う。シーダのお姉さんは謎が過ぎるし、アルティナは言わずもがな。クルト君は……色々な意味で保留で。
「よーし。特別カリキュラム、気合いを入れて臨むわよ。《Ⅶ組特務科》、ファイトぉー!!」
「ああ!」
「はい!」
「おー」
私達の力が試される、明日からの三日間。乗り越えた先で、きっと何かがあるはずだ。
「シーダのお兄さんとお姉さん、すごく仲が良さそうに見えるわね」
「はい。両親も『早く孫の顔が見たい』って言ってました」
「ふーん……ねえ、クルト君」
「どうかしたのか、ユウナ」
「ううん、何でもない」
「ああ、何でもないさ」
「??」