絢の軌跡Ⅲ   作:ゆーゆ

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原作と相違ない場面は、サクッと割愛していくかもしれません。


四月二十二日 特務活動

 

 静かな起床と同時に、思わず息を飲んだ。恐る恐る上半身を起こすと、僅かに浮かんだ冷や汗で、肌寒さを感じた。

 

「……そっか。私達、列車で」

 

 寝付く前にも、きっと驚くだろうと思ってはいた。断続的な走行音と、無機質な室内の光景。二段式ベッドの上段で眠っていたせいで、見慣れない金属の天井が、威圧的に私を見下ろしているような錯覚を抱いた。

 

(アルティナさん達は……まだ寝てるよね)

 

 そっと下段のベッドを覗き込む。夜明け前の薄明るさの中に、アルティナさんの寝顔があった。反対側のベッドには、ユウナさんの背中も。

 たったのそれだけで、とても深い安堵を覚えた。まるで故郷での目覚めのように、当たり前に続いていた朝。クラスメイトの寝顔と共にあった朝。あの宿舎での生活は、私にとって日常と化しつつあるということなのだろう。

 

(起こさないように、そーっと)

 

 物音を立てないようにベッドを下りて、簡単に身なりを整えてから室外に出る。ARCUSⅡで現時刻を確認すると、まだ午前四時半前。少々早く目が覚めてしまったらしい。

 何気なく隣の車両に移動すると、二人の教官と視線が重なった。正確に言えば、一名は教官ではないか。

 

「おはようございます、ミハイル教官。クレアさんも」

「ウォーゼル」

「……おはようございます、クレア少佐」

 

 発車前にも叱責された言葉遣いを正す。クレアさんは柔らかな笑みを浮かべて、右手を小さく振ってくれた。

 

「フフ、そう構えないで下さい。……私もシーダさんとは、改めてお話がしたいと思っていました」

 

 クレア・リーヴェルトさん。帝国正規軍鉄道憲兵隊の特務少佐。この帝国においてクレアさんの存在と影響力は極めて大きく、軍事学の授業でも彼女の名が上がるほど。

 士官候補生という立場を除けば、私とは縁がない世界で生きる女性ではある。けれど私にとってクレアさんは、恩人に他ならないのだ。

 

「リィンさんからも聞いていますよ。大分苦労をしているようですね」

「あはは。まあ、それなりに……。でもその分、毎日が充実しています」

 

 初めての出会いは、長兄が故郷を離れてすぐのこと。あの頃から、在ったはずの平穏が崩れ始めた。がらがらと音を立てて、着実に。

 言いようのない焦燥。恐怖と葛藤。底なしの無力感。きっとトーマも、私と同じ感情を抱いていたのだと思う。

 

「道は、拓けそうですか?」

「……手応えは、感じています」

 

 私達兄妹は、己に選択を迫った。そうしてトーマは『中』に留まり、私は『外』を向く決意を固めた。敢えて言葉にはせず、私達は同じ意志の下、別々の方角に歩き出した。

 変わりたかったのだ。私達は、私は変わりたかった。そんな私の意志の先に、新たな道を示してくれたのが、この人だった。

 

「第Ⅱ分校に入れて、本当に良かったです。私からも、改めてお礼を言わせて下さい」

「そう言って貰えると、私も入学を勧めた甲斐があります」

 

 聞いた話では、ユウナさんも私と似た経緯で第Ⅱ分校を紹介されたらしい。

 面倒見が良くて穏やか、誰にでも分け隔てなく接する。尊敬に値する女性だ。今度ユウナさんとも話をしてみよう。

 

「時にウォーゼル。ハーシェルから聞いたが、生徒会の設立を思案しているそうだな」

「それは、はい」

 

 唐突に切り出されて、自然と姿勢を正した。

 キッカケは安易な思い付きではある。生徒会の何たるかさえ、私はまだ理解し切れていない。けれども、半端な覚悟で言い出した訳でもない。

 何より私は、みんなの力になりたい。私が第Ⅱ分校の生徒として認められたのは、みんなが支えてくれた結果だ。だから私は、その恩に報いたい。私にだって、できることがあるはずだ。

 

「私なりに、第Ⅱ分校における生徒会の在り方を考えているところです。私達生徒は勿論、教官の方々も、色々と苦労をされているみたいなので……」

「ふむ。まあ、否定はしない。新たな機関の立ち上げ時には、得てして様々な支障が生じるものだ」

 

 幸いなことに、本校で生徒会の長を務めていたというトワ教官がいる。トワ教官曰く、教育機関の数だけ『生徒会』は存在する。勿論、第Ⅱ分校も例外ではない。今はその在り方を見極めている最中なのだ。

 

「そういえば、話は変わりますけど……。あの、変なことをお聞きしてもいいですか?」

 

 私が話題を変えようとすると、ミハイル教官とクレアさんは同時に私の方を向いた。

 

「なんだ?」

「お二人からは、とても良く似た風が……いえ、風と言っても、風ではなくて。ええっと、感覚的な物なんですが」

 

 当然のように風と称しても、理解は得られない。言い淀んでいると、二人はぽかんとした表情を浮かべてから、打って変わって感嘆の声を漏らした。

 

「驚きました……フフ。恐らく概ね、シーダさんの想像通りだと思いますよ」

「……見事な勘所と観察眼だ。シュバルツァーが一目置くだけのことはある」

 

 察するに、私の見立ては間違ってはいなかったらしい。兄妹とまではいかずとも、多少の繋がりはあるのだろう。この場に居合わせたのも、きっと偶然ではない。

 ともあれ、あまり詮索はしない方がいい気がする。先ほどの口振りから考えて、周囲には明かしていない何かがあるのかもしれない。

 

「いずれにせよ、今は特務活動に専念することだ。その能力は大いに役立つはずだからな」

「トクムカツドウ?」

「すぐに分かる」

 

 トクムカツドウ。特務活動、だろうか。それが私達の―――《Ⅶ組》の?

 

___________________

 

 

 午前六時半。特別カリキュラムの概要に関する説明を受けた《Ⅶ組特務科》の生徒達は、専用列車デアフリンガー号の五号車にて、装備品の最終確認に当たっていた。

 

「それにしても、広域哨戒に現地貢献ねぇ。今一ピンと来ないけど、とりわけ現地貢献が謎っていうか」

 

 《Ⅷ組》と《Ⅸ組》は、それぞれ機甲兵訓練を含めた戦闘訓練、及び実戦を想定した演習に向けて、合同で準備を進めていた。

 一方の《Ⅶ組》に課せられた主要活動は二点。一点目は『広域哨戒』。周辺に敵性勢力や障害がないか等、偵察を兼ねた情報収集活動。そして二点目が『現地貢献』。この演習を現地へ肯定的に受け入れて貰うための支援活動。以上を『特務活動』と定義し、《Ⅶ組》専用の演習として言い渡されていた。

 情報収集を含め、時に現地の民間人に歩み寄り、交流を図る。いずれの活動内容も、軍務として適切なものではある。あるのだが、どうも釈然としない。四人の特務活動に対する印象は、概ねそのようなところで共通していた。

 

「考えても仕方ないさ。そろそろ僕らも出よう。みんな、準備はいいか?」

「ええ、バッチリよ」

「オーケーです」

「私も行けます」

 

 五号車を後にして、他クラスの生徒に声を掛けながら、街道に繋がる演習地出入り口付近へと向かう。担任教官のリィン、そしてセントアークまで同行すると申し出ていたクレアは、先回りをして待機をしていた。

 

「改めて確認するぞ。必要に応じて俺から指示を下すが、あくまで大枠としての指示に過ぎない。君達には自らの意思で考え、決定し、行動して貰う。それで構わないな」

「「はいっ」」

 

 特務活動としてのファーストミッションは、現地の行政責任者との面会、及び現地貢献の要請確認。目指すは白亜の旧都、セントアーク。《Ⅶ組》の新たな一歩目が四人の声となり、南サザーラントの地に響き渡った。

 

「手筈通りに行くわよ。クルト君、先導は任せたからね」

「ああ、君も抜かりなく。背中を撃たないでくれよ」

「シーダさん、魔獣データの記録もお願いします。後で私がARCUSⅡにまとめておきます」

「う、うん」

 

 予め定めておいた隊列を組み、土地勘のあるクルトとアルティナが前衛を務め、中央にリィンとクレア。ガンナーモードのユウナ、そして視力に秀でたシーダが後方から目を光らせる。

 ユウナがガンブレイカーを構え直していると、隣を歩いていたシーダの身体が、妙に強張っているように感じられた。

 

「ねえシーダ。もしかして、緊張してる?」

「そういう訳ではないんですけど……。徒歩で外を出歩くというのが、その、落ち着かないといいますか。故郷では馬を使うのが当たり前だったので」

「無理もありません。ノルド高原に、魔獣除けはほとんど設置されていませんから」

 

 アルティナが言ったように、魔獣除けを目的に設置される導力灯柱の類は、ノルドという大自然には存在しない。魔獣を寄せ付けない知恵や工夫はあれど、徒歩で人里を離れるという発想自体がないのだ。そういった環境下で育ったシーダにとって、魔獣が蔓延っているであろう外を出歩く行為には、極度の抵抗があった。

 

「安心してくれ。サザーラント州の主要な街道には、例外なく魔獣除けが設置されている。そこまで構える必要はないさ」

「……そうなんですか?」

「でもクルト君、魔獣除けって言っても、効果はそこまで期待できないんじゃない?帝国は違うの?」

「いや、勿論万全じゃない。……あんな風にね」

 

 先頭を歩いていたクルトとアルティナが足を止めると、皆がそれに続いた。視線の先では、硬質化した分厚い皮膚に覆われた大型魔獣が、導力灯柱を物ともせず、舗装された街道上で威圧感を放っていた。

 『ライノサイダー』。その突進力は導力車を苦もなくひっくり返すほど。討伐可能な範囲ではあるものの、一筋縄でいく相手ではない。

 

「クロスベルと同じって訳ね。どうしよっか、早速やり合っちゃう?」

「いや、この先何があるか分からない以上、余計な消耗は避けた方が無難だ。シュバルツァー教官、構わないですか?」

「ああ。その調子で頼む」

 

 等間隔に設置された導力灯柱から離れ過ぎないよう、迂回して大型魔獣の背後へと回り込んでから、足早に歩を進める。視界には薄っすらと、セントアーク市を囲む城壁が映りつつあった。

 生徒らの迅速な行動を見守っていたクレアは、微笑みを浮かべながら、右隣のリィンにそっと声を掛けた。

 

「《旧Ⅶ組》に負けず劣らずの、大変興味深い組み合わせとなりましたが、今のところは上手くやれているみたいですね」

「俺もそう思います。Ⅶ組に限らず、順調に足並みが揃いつつありますよ」

 

 トールズ本校から爪弾きにされた、悪目立ちが過ぎる生徒揃い。だからこそ息が合うという捉え方もある。

 《Ⅶ組特務科》も同じだ。出身や年齢、性別、入学に至った経緯。沢山の歪さを抱えながら、奇しくもそれらが良い方向に働いて、大きな衝突もなく噛み合っている。それが現時点での《新Ⅶ組》の姿だった。

 

「寧ろ……理由は分かりませんが、寧ろ俺という存在が、一番の軋轢になっているような気がしてなりません」

「り、リィンさん?」

「改めて思い知りました。サラ教官って、凄かったんですね」

 

 伊達眼鏡を外して、遠くにいる誰かに想いを馳せるように頭上を仰ぐリィン。若干鼻声なのは、己の不甲斐なさと少しの理不尽さが生んだ、一粒の涙によるものだった。

 珍しく弱気な心情を曝け出したリィンに対し、クレアは苦笑いをしながら、やがて笑みの種類を変えた。

 

「誰だって初めは躓くものです。私も同じですよ。新米の頃は、失敗続きでした」

「……クレア少佐が、ですか?」

「ええ、勿論。昨晩にも、似たようなことを言いましたが……私は鉄道憲兵隊の士官であると同時に、クレア・リーヴェルトという、しがない女性に過ぎませんから。リィンさんだって、そうでしょう?」

 

 クレアの想いを、リィンは正面から受け取った。

 『灰色の騎士』という名の英雄は、紛れもない自分自身であり、全く別の誰かでもある。取るに足らないことで悩み、時には挫折して、何気ない小さな幸せに笑う。

 隣をちらと見ながら、リィンは思う。全く別の世界で生きる、完成された人間だとばかり考えていたこの人も、もしかしたら同じなのかもしれない。昨晩に垣間見た顔は、その一端か。

 

「ありがとうございます。少しだけ、気が楽になりました」

「フフ、こちらこそ。……コホン。プライベートのお話になりますが、『彼女』とは上手くやれていますか?」

「やれていなかったら、今頃俺は生きてません。父親に斬られてます」

「……今のは、笑うところですか?」

 

 意味深な会話を続ける二人に、《Ⅶ組》の生徒らは首を傾げるばかりだった。

 

___________________

 

 

 支障なくハイアームズ侯爵との謁見を終え、本演習に対する許可と激励を得た《Ⅶ組》は、侯爵邸の門前で特務活動の内容を確認し合っていた。

 クレアも鉄道憲兵隊としての職務に戻り、ここからは《Ⅶ組》のみ。少人数の構成上、迅速な対応が求められた。

 

「結局僕らは、何をすればいいんですか?魔獣の調査以外にも、要請があるようですが」

 

 現地貢献としての最優先事項が、重要調査項目とされる『謎の魔獣』に関する依頼。金属製の部品から成る大型魔獣を目撃したという証言が、ここ数日で相次いでいるという。目撃地点をはじめとした詳細な内容は、リィンがハイアームズ侯から手渡された書面にも記載されていた。

 そして―――

 

「今回が初の特務活動だし、要請の内容は輪読して貰おう。シーダ、君から順番に一件ずつ読んでくれ」

「分かりました」

 

 大き目の紙封筒を受け取ったシーダが、中から数枚の書面を取り出し、一枚目に記されていた要請の内容を声に出して読み始める。

 

「えーと、『薬草の採取代行』。必要な備蓄を補充したいのだが、採取地付近の魔獣が凶暴化していて、我々では近付けず困っている。どうか力を貸して貰えないだろうか。詳細はセントアーク大聖堂のラムゼンの下を尋ねられたし。……以上です」

「よし。次はアルティナだ」

 

 アルティナ、クルト、ユウナ。四件の要請内容を、各々が輪読していく。最後の一件をユウナが読み終えると、怪訝そうな面持ちのアルティナが、率直に切り出した。

 

「……軍務とは無関係の、ただの手伝い、ですか?」

「ああ。市民や大聖堂からの要請みたいだな」

 

 軍務としての現地貢献―――とは名ばかりの、些細な依頼や相談ごと。魔獣絡みの要請はともかくとして、士官候補生の演習にしては、それこそ『ただの手伝い』という形容が最も適当と思えるような内容ばかりが、書面には記されていた。

 釈然としない表情が浮かぶ中、シーダだけが何かを思い出したように、リィンを見詰めていた。

 

「ノルド高原の特別演習を思い出しますね。同じような依頼を、お兄ちゃん達も受けていたような気がします」

「特別演習……シュバルツァー教官、そうなんですか?」

「否定はしないさ。共通している部分はかなりあると思うぞ」

 

 シーダは記憶の限り、両親が立案し、リィン達が課せられていた数々の依頼を上げていった。

 物資の調達や配達、逃げ出した家畜の捕獲。民間人の保護に大型魔獣の討伐依頼。時を同じくして発生した想定外の案件を除けば、特務活動の現地貢献との間には、多数の共通点があった。

 

「そういえば、シャルの相談ごともカウントされたんですよね?お母さんが本校に報告したら、後々になって臨時依頼として認められたって聞きました」

「俺も覚えてるよ。トーマに贈り物をしたいとかで、彼の好みの色をそれとなく聞き出したことがあったよな」

「「……」」

 

 少年少女の可愛げな相談ごとが、士官候補生の遠地演習の一環として処理された。ある意味で衝撃的なやり取りに困惑する三人に、リィンは気を引き締め直して、教官としての言葉を選んだ。

 

「『異文化交流のあるべき姿と現実について』。あの一件についても、そんな内容でクラスの委員長がレポートをまとめてくれたよ。色々と考えさせられたし、教官から一定の評価を得たことも確かだ」

「……物は言いようですね」

「それも否定はしないさ。だがどんな要請においても、そこに意味を見い出すことはできる。逆に言えば、何も考えず単にこなすだけでもいい。どう受け取り行動するか、全ては君達次第だ」

 

 君達次第。リィンの言葉に、四人は改めて手元の書面に目を通す。

 意味を見い出す。自分達に、できるだろうか。少なくとも《旧Ⅶ組》は、そうやって何かを得てきた。負けてはいられないという対抗心が、じんわりと胸の中に広がっていく。

 

「あれ?教官、さっきレポート云々って言ってましたけど、あたし達もそういうのを作成することになるんですか?」

「ん、その件か。あー、どうだろうな。何かしらの形で報告はして貰うが、どうだろうな?俺の裁量次第だけど、負担も大きからな。まあ、構えておいた方がいいかもしれないな?」

 

 リィンが思わせ振りな態度を取るやいなや、生徒達はリィンから一旦距離を取り、声を潜めて思い思いの言葉を並べた。

 

(見た?今の顔、見た?すっごい下衆な顔してたわよ)

(報告書の作成に異を唱えるつもりはないが、あれだな。正直に言って少々苛立った)

(お、お兄ちゃん達も、あの時は夜遅くまでレポートを作っていましたね)

(下官時代に溜めこんだストレスを上官が発散するという行為は、軍事医学的にも研究されている心理ではあります)

 

 全部聞こえてるぞ。そう怒鳴りたくなる胸の内を飲み込み、教官としての未熟さを素直に省みたリィンは、再度生徒らを集合させて、改めて要請に関する説明を続けた。

 

「重要調査項目と『必須』と書かれている要請は必ず受けて貰うが、『任意』の要請を受ける受けないは自由だ。その辺りの判断も、君達に任せる。よく考えて行動してくれ」

「了解です。じゃあみんな、早速整理するわよ」

 

 重要案件の調査対象である『謎の魔獣』の目撃地点は、セントアーク北西の北サザーランド街道で一件。他の二件はセントアーク南、紡績町パルムの街道沿い。必須と任意の要請も、セントアークとパルムで暮らす住民からの物。

 時間が限られている以上、無駄な行動は省かなくてはならない。中でも移動に割く時間は極力抑えたいところではある。

 

「うーん……大まかには北から南に掛けて移動していく感じになりそうだけど、まずは各要請の詳細を確認しないと、何とも言えないわね」

「かなりの強行軍になるな。そもそも全ての要請をやり切ること自体、少々無理があるんじゃないか?」

「へ?いやいや、困っている人がいるんだし、可能な限りやってみるべきじゃないの?」

「それに異存はないが、体力的な問題もあるだろう?」

「わ、私もできるだけ頑張りたいですけど……アルティナさんは、どうかな?」

「私としては、初めに―――え?」

 

 答え掛けて、アルティナはハッとした面持ちでシーダを見詰めた。今し方自分が取ろうとしていた言動に、驚きを隠せなかったからだ。

 

「アルティナさん?」

「……いえ」

 

 どうして私は何の抵抗もなく、『考えよう』としたのだろう。そういった自主的な思考には、入学以来ずっと辟易としてばかりいたはずなのに。

 彼女と出会ってから、頼りにされる場面が多かった。頼られることに、慣れてしまったのだろうか?まるでそれが当たり前かのように、何かを望まれて、何を求められているのかを察して、思考を働かせる。……不思議と、頭が痛まない。これは、感情?

 

「ちょっとアルティナ、どうかしたの?」

「何でもありません。いずれにせよ、効率を追求する必要があると考えます。リィン教官、二手に別れての行動は認められますか?」

 

 効率を優先した、二方向からの別行動。その内容以上に、リィンはアルティナ自身からの提案その物に、意外そうな反応を見せた。

 

「成程な。状況によるけど、市内なら認めよう。それで、班分けはどうするんだ?」

「……各種バランスを考慮すれば、こんな感じが妥当かと」

 

 アルティナは小声で言うと、右手でシーダの左腕を。左手でリィンの上着の袖口を摘まんで、ユウナとクルトに視線を送った。

 そこには極々僅かで、しかし明確なアルティナ自身の意思と、願望が込められていた。

 

___________________

 

 

 ラムゼン大司教に教官として挨拶をしておきたいというリィンの意向に伴い、アルティナとシーダの三人は必須要請である『薬草の採取代行』の詳細を窺うべく、セントアーク大聖堂に向かった。

 残り二人のユウナとクルトは、広域哨戒を兼ねて各街区を回っていた。住宅街に差し掛かったところで、ユウナが何とはなしに話題を振った。

 

「アルティナがあんな態度を見せるなんて、ちょっと意外だったわ」

 

 アルティナを少なからず知る人間からすれば、驚く他ない。自主的な意見や考えを持とうとせず、他人に委ねてばかりいたアルティナが、自ら率先して声を上げた。ただの気紛れに過ぎないとしても、彼らにとっては喜ばしい一幕だった。

 

「シーダや君のおかげかもしれないな」

「え?あたし?」

「シーダに自覚ないと思うが、君はいつもアルティナを理解しようとしていただろう?」

「えーと……ごめん、あたしも全然自覚ないかも。例えば、いつのこと?」

「アルティナが『シーダは第Ⅱ分校を諦めた方がいいのでは』と言った時」

「あー、はいはい」

 

 今から二週間ほど前の出来事だ。シーダが第Ⅱ分校への在席を危ぶまれた際、ユウナとクルトは全面的に協力する意思を表明した。一方のアルティナは、『無理をせずに諦めた方がいい』という、シーダを突き放すに等しい態度を取った。

 シーダの言葉を額面通りに受け取ったクルトは、感情的になり掛けてしまった。しかしユウナは言葉の裏にあるアルティナの想いを、懸命に感じ取ろうとしていた。その違いを、クルトはずっと考え続けていたのだ。

 

「僕は不器用な人間だからね。ああいった真似はできそうにないけど、君やシーダのおかげで、アルティナも少しずつ変わり始めているんじゃないかって、そう思うよ」

「そうなのかな……。でもクルト君だって、周りをよく見てるんだなって思う時があったりするけど」

「それこそ全く自覚が……んん?」

 

 突然クルトが立ち止まり、自然とユウナの足も止まった。ユウナがクルトの視線の先を追うと、そこには一人の女性の姿があった。

 同じ桃色の長髪。年齢は恐らく少し上の成人女性。両手には導力カメラが握られていて、前方の建物をファインダー越しに見詰めていた。

 

「ふーん。へぇー。クルト君って、ああいう女の人が好みなの?」

「いや、僕はどちらかと言えばもう少し……何を言ってるんだ君は」

 

 クルトは咳払いをして、改まった声で言った。

 

「見覚えがあると思ってね。よく思い出せないんだが……多分、見掛けたのは最近だ」

「……あれ?た、確かにそうね。いつだっけ?」

 

 記憶の正体は、シーダが持ち歩いていた複数枚の写真の中にあった。ガイウスと共に映り込んでいたのは、彼と同じ美術部に所属していた女子生徒。正確に言えば彼女の双子の妹に当たるのだが、面識のないユウナとクルトにとっては、全くの同一人物としか思えなかった。

 

「あれって、あの建物を撮ってるのよね。何かのお店かな?」

「『レンタカー』という施設らしい」

「れ、レンタカー?」

「ああ。つい最近になってできたばかりのはずだ」

 

 クルトの説明に、ユウナが興味津々といった様子で耳を傾ける。

 導力車を有料で貸し出す、近年になって生まれた新しい事業形態。移動だけを考えるのであれば導力バスや鉄道を使えばこと足りる一方、レンタカー店では導力車その物を借りることができる。導力車が広く普及している帝国においても未だ一般的ではないものの、事業が成り立つ程度には需要があった。

 

「く、クルト君。あれって、アリだと思う?」

「……待ってくれ。ま、まさかとは思うが」

「そのまさか!効率優先、あたしの出番!」

 

 何より導力車を自分の手で運転したいという欲求は、ユウナにとっても理解し得る感情だった。

 

 

 

 

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