「なにやってんだ天哉っ!!」
病室に入るなり開口一番の怒声は、なかなか堪えた。
それも僕に向けたものじゃない。僕のために、飯田君が受けたものだと思うと、なかなかくるものがある。わかってたはずなのに、飯田君も表情が固い。
「なんでこんなことをした! 彼は! ヒーロー殺しに狙われ……うぐ、げほっ!」
「落ち着いてください、僕が頼んだんです」
「き、君も君だ……本当に、
「わかりません。でも、僕だって学校に2週間も閉じ込められて限界だったんです」
「それは……だがそう言う問題じゃないだろう?」
いえ、そう言う問題です。
いや、ほんとにね。
そろそろ真剣に一悪のレパートリーが尽きるところだった。自傷行為2回、思い出の品破壊1回、
まあ、僕に渡りをつけにきた内通者ことサー・ナイトアイは潰したけど。
(あの自称予知の奴か)
自称って……しょうがないんじゃない? 個性を偽るのは犯罪だけど中々公表しにくい個性だし。まあ本気で自分の個性が未来予知だなんて思ってた可能性もあるけど、それにしては言ってることおかしかったし。
(予知したら未来は変えられなくなるだっけか。まあ、確かに頭がおかしいとしか思えない言葉だったけど)
だってそんなこと試しようがないのにね。
うん、やっぱり意識的にでも無意識的にでも気付いてたんだろうな。自分の個性が『演算』『テレパス』『刷り込み』で構成された未来予測とそれに基づく洗脳だって。あげくそれでオールマイトの死を予知してたなんて……ああ、だからこそ必死で目をそらしてたのかな?
未来を確定させる……そんな能力が個性にある訳無いってなんで気付かないんだろう? それどころか自分の鍛えられた身体能力が異様なものだってことにも気付かない。まあ、ヒーローなんて皆病気みたいなものだし、しょうがないのかもしれないけど。それだけに
(まあ、お前の言う通り必死に目をそらしてたんだろ)
そんなたいしたことは言ってないんだけどね。
(貴方はオールマイトが死ぬ未来を予知した訳じゃない。貴方はそんな予知があればオールマイトを止められるかもしれない……そう思って、その未来を選んだんだ。そして他でもない貴方がオールマイトを殺す。オールマイトは気付いてたんじゃないか? だから自分のことは予知するなと言ったんじゃないか!? 未来を枯らし、世界を殺す最低最悪の
なんでそんな全文覚えてるのさ……どうでも良いことだから忘れてたよ。
(発狂して頭をガンガン床に打ち付け始めたサー・ナイトアイがミッドナイトに眠らされて、車椅子で保健室に運ばれたのも?)
その膝に幻のヒーローグラントリノが載せられた上で、それを隠すためにまとめてカーテンをかぶせられて意味不明なオブジェみたいになってたことも。なんにも覚えてないな。
それに覚えてたとしても後悔はないね。僕ら無個性があの人に優しくする理由は一切ないよ。おかげで研究会の皆にサインのお土産が出来たのは感謝してるけどさ。
彼はオールマイトの為にとはいえ僕らの未来を踏みにじったんだから。
(そういえば内通の動機はなんだったんだろうな?)
ああ、それは多分……
……っと、感傷に浸ってる場合じゃないな。ええと、なんとか誤魔化さないと先生とか呼ばれちゃうかもしれない。
「大丈夫ですよ、貴方を逃がした以上、ヒーロー殺しがここに留まる理由は無い、でしょ?」
「それは、理屈の上ではそうかもしれないが、相手は何を考えているかわからない犯罪者なんだぞ?」
「その何を考えてるかわからない奴に怯えて、一生を引きこもって暮らす訳にもいかないですから……それに今ここはヒーロー殺しを追ってるヒーローと、貴方の警護に来てるサイドキックがいる。飯田君と轟君もついてきてくれたし、多分、僕が外出する上で一番安全なシチュエーションですよ」
なので学校に連絡して強制送還とかだけはやめてください。
切な僕の祈りが通じたのかどうか、インゲニウムこと飯田天晴さんはため息をついて微笑んだ。
「……わかった。だけど、暗くならないうちに帰るんだよ。天哉も、実習の評価に減点入れておくからな」
「わかってるよ兄さ……わかってます、インゲニウム」
ちょっと表情が硬くはなったけど、飯田君も嬉しそうだ。うん、良かった。
「それで、どんな用事なんだい?」
「え……」
「「え?」」
「いや、ただのお見舞いですけど」
「ただのお見舞い? ヒーロー殺しのことを聞きに来たとかではなく?」
「お見舞いです。あ、あと出来ればサイン欲しいです」
正直、特に聞くこともないんだよね。事件件数に対して死亡者数は少ないから、個性が割れてないのは明らかだし。
というか、会わずに帰るのがベストなのに何を聞けと言うのか。
「あ、でも轟君が、ヒーローとしてのエンデヴァーがどんな人間か知りたいそうです」
「なんでまた……ヒーローに他のヒーローの話を振るなんてご法度だぞ」
「ほら、まあ、いろいろあるんですよ」
「なんだそれ? まあ良いが。ヒーローとしてのエンデヴァーさんね……」
聞けた話は、まあ僕にとってはそんな珍しい話は多くなかった。雄英第三ヒーロー研究愛好会として活動している僕からすれば、だけど。
彼の仕事ぶりの苛烈さ。仕事の速さ、広さ。
サイドキックとの連携力。
勝負勘、調査力。
時々切れてやらかしそうになることも。
解決事件数は毎年トップを更新し続けている……7年前でもオールマイトの1.2倍だったけど、それだけじゃなくて担当事件数——解決自体は他のヒーローに取られたけど、それでも現場に手を出した事件の数——はその倍以上になるとか。
……まあ、関わった事件を100%解決するオールマイトが異常なのであって、普通のヒーローは解決事件数の1.1〜3倍くらいが担当事件数になるそうだけど。
どの話も轟君からすると新鮮だったらしく、いつの間にか真剣な人生相談が始まっていた。
家でのエンデヴァーのふるまい、僕の話したデタラメ、ヒーローになりたい理由。時々飯田君が突っ込んで話がそれて、僕が軌道修正して、轟君がボケ倒す。
いちいち真摯に答えてくれるインゲニウムは本当にいい人だと思う。
気が付けばずいぶん遅くまで話し込んで、看護婦さんに追い出されたときはもう19時を回っていた。
またタクシーを呼ぶか、それとも電車で戻るのか。追い出された病院の前をうろうろするわけにもいかず、とりあえずで歩き出す。
「これは……寮の晩御飯には間に合わないな。食べて帰ろうか」
ちなみに僕らのせいでインゲニウムの晩御飯が遅くなったらしい。本当に申し訳ない。
っていうか話しすぎたらしくて僕らが部屋を出たとたん寝込んでしまっていたし。
「すまねえ、俺のせいで」
「いや、クラスメイトの悩みだ。解決のために手を尽くすのは学級委員長として当然のことさ……とは言え良いのかい緑谷君。これ以上遅くなるのは……」
「良いのか? って言われても困るけど、回復のためにはとにかく食べないとね」
出来るだけ長い時間外にいたいし(一悪的な意味で)構わないんだよ。そう心で呟く。
それに、クックラッシュの晩御飯ばっかりだと、やっぱりね。たまに無性にカップラーメンが食べたくなるみたいな。
「そう言う訳で皆なに食べたい?」
「そば、あったかくないやつ」
「ビーフシチューだが」
「カツ丼……ファミレスにでも行こうか」
「ふぁみれす……ファミリーレストランってやつか。行ったことねえんだよな」
「実は僕もだ! 緑谷君は詳しいのかい?」
「いや、普通だよ」
お坊っちゃまどもめ……とは思わなくはないけれど、確かにエンデヴァーがファミレスとか想像できない。飯田君がファミレスも微妙だ。ついでに八百万さん。
さて、ともかく最寄りのファミレスの位置を……っと、スマホの電源、ん?
なにか、異様な気配が?
「お?」
「ん? 緊急速報?」
中断した僕と違いスマホに電源を入れた二人、それぞれの反応。
それが示すものが理解できる。
感じとった気配で理解できてしまう。
これは、不味い……!
「二人とも! 病院に戻っ……」
——ザワッ——
!?
「まさか、本当にこんな場所で……?」
「なんだと? 凶悪な異形型ヴィラン達の無差別破壊活動? 市民は避難を」
「これはっ!?」
悲鳴、車がクラッシュする音、彼方此方で聞こえ始める混乱の音。険しい顔になった飯田君の腕をぎゅっと掴む。
「飯田君、轟君、避難誘導だ。ヒーローじゃない僕らは闘えない。コスチュームもないし、この混乱の中で2人の個性は余計な二次被害を産みかねない。だけど、僕らはヒーローを目指してる。そうだろ?」
「お、」
「あ、いや、」
「僕には出来ないんだよ!」
反応が遅れた轟君、は、良い。
戸惑った……迷うような顔の飯田君の腕を引き、頭突きをぶちかます。
「大丈夫、その辺に隠れて、がたがた震えながら大人しくしてるから。だから……だから頼むよ」
僕だって、ヒーローでありたいんだ。聞こえるか聞こえないか、微かな声で呟き、俯いて、零れた雫が地面に跡を残す。
時間がないんだ。
「わかった。まかせろ緑谷」
「……すまない緑谷君。最善を尽くすよ。だが、君も気をつけてくれ。何かあったら絶対連絡してくれよ?」
「うん。じゃあまた後で」
走り出した二人を見送り、慌てて近くの裏路地……さっきからビリビリと悪の気配を感じていた場所に飛び込む。
ええと、どっちだ? ここか?
「クソがっ、死ね!」
いた! アレは……
血坊主生成……エミネ!
(ん)
「……ハァ、ヒーローなら死に際の台詞くらい」
「選ぶ暇あったら、戦うよ!!」
火事場の馬鹿力、全開!
松葉杖に反応して飛び退いたヒーロー殺し、その眼前に迫ったカツラはぶつかる前にばっさりと切り裂かれた、だけどばらけて散る髪の毛はうっとうしいだろう? 戸惑うその足下を駆け、妙な姿勢で固まったままのネイティブを拾い上げ。
「君は」
「貴様はァ!?」
そしてそのまま駆け抜ける! 僕が誰かは認識したみたいだから、僕だけでも逃げれば追って来るだろうとは思うけど、僕を殺すと言いながら保須市に残る奴だ。安心は出来ない、ので、まずはネイティブをなんとか逃がさないといけない。っていうかなんで本当に保須市にいるんだよ。しかも複数の
幸い初速で勝ってる、2つ角を曲がって、よし!
「投げます! 受け身は」
「ダメだ! 身体が動かないんだ!」
「じゃあ気合いだけ入れて! ポケットに110のケータイ入れときます!」
「え、いや」
「いきますよ! っぶっ飛べ!!」
やっぱりそうか、僕らの考察は正しかった。けどそれより今は!
大通りまで、飛んでけ!
即興必殺……もとい必生! ハンドスプリング「ぐぎゃ」スロー!!
「ちょおおおおおおぉぉぉぉぉぉ......」
っはぁ……っはぁ……っはぁ……っはぁ……ヤバい……これ、純粋に体力が落ちてる……このままじゃ……
——ゾワッ——
ッ!
「終わりだ」
「始まって、ない!」
しゃがみ込んだ僕の首元を這うように滑ってきた刃を、右腕のギプスで弾く。飛び込んできたヒーロー殺しはボールが弾むように僕を飛び越えて、少し高い場所……二階の室外機か何かの置き場に張り付き、僕を見下ろしている。忌々しげな表情だ。
切られ……てない。変装制服が詰め襟で助かった! 即座に立ち上がり、申し訳程度のファイティングポーズをとる。ギプスが重い。
「あの偽物はどうした?」
「さあ? 適当な窓に投げ込んだから……」
実際は少し先の大通りに転がっていると思うけど、そこそこ騒がしいしすぐに誰かに運ばれるだろう。僕だってそこまで逃げられれば、こいつは追ってこられないかもしれない。
だからこそ、この立ち位置か。逃げ道は塞がれている。いや、そもそもこいつの関心が僕に向き続けるように、ここで踏ん張らないといけないのか。
「……まあいい。今は貴様が優先だ」
ラッキー……だろうか? 今のところは問題なさそうだけど……
「さぁ問おうか。汝に
「無いよ」
『幻のヒーローグラントリノ』
雄英出身者だからといって活躍できる程甘い世界ではない訳ですが、活躍できないヒーローの情報として一番参考になるのは、そのヒーローの学生時代の姿な訳です。
雄英には当然卒業アルバムがあり、そういったものには当然卒業までの軌跡として、三年間の記録が綴られている訳です。
当然緑谷君がそんな美味しいアイテムを見逃すはずがありません。
雄英体育祭に参加させてもらえないらしいとして不貞腐れてる期間、それはもう散々読み込みました。そこに乗っていたのが……と言う訳です。
なお、雄英所属の普通科の中にはそれなりの数、この過去の卒業アルバム目当ての人間が居る……と言う設定です。