『ななななにやってんの緑谷しょうねぇえええんっ!!!!!!!』
オールマイトの小声の絶叫が小型無線を通して耳元で響く。
作戦です。(出来るだけキリッとした表情で!)
オールマイトが注目してくれているのは嬉しいけど、残念ながらそれに対応してる時間がない。マフラーの中から
『やる気無いなら寝てろ。あるなら見せてみろ』
うひぃ、自分で言っててなんだけどやたら偉そうだな。肌に合わない。さて、これで尾白君はどう動くかな? どう動くつもりにせよしばらくはじっとしてて欲しいけど。
「どうした? かかってこないの……か? 核にたどり着くにはこの階段を上がるしか無いよ……ないぞ?」
常闇君はこちらの様子をじっと窺い、芦戸さんは僕と尾白君の間で視線を行ったり来たりさせている。
二人は4階階段前の廊下、僕は4階と5階の間の踊り場にいる。けど、階段を上るしかないというのは当然嘘だ。先に尾白君にも言ったけど、常闇君と黒影君なら窓を割りながら5階に飛び込むのはそう難しくないだろう。
そして僕と尾白君の仲間割れ。
確かに僕は二人の目の前で彼を足蹴にし、蹴落とした。だけど訓練で仲間割れなんて普通しない、するはずがない。なら、なんらかの演技だと考えるのが妥当だ。もしかしたら背中を見せた途端、確保テープを持って襲いかかるかもしれない。そう思ってくれていると嬉しい。
というか尾白君が実際そうしてくれると嬉しい。
「と、常闇くん、尾白くんどうすんの?」
「くっ、ここは確保証明のテープを巻くしかあるまい」
おお、早くて的確な判断だ。そう。なんにせよ尾白君にはテープを巻いてしまい脱落させるのが最も簡単な対処だ。僕も困る。一応チームメイトの尾白君も困るだろう。
やらせないよ。
「させな、させるかぁあっ!」
慌てて確保証明テープを取り出した芦戸さんにスティックを投げつけ、右腕を振りかぶりながら階段を飛び下りる。
「きゃっ」
「
「アイヨ!」
今日なんか右腕振りかぶってばっかりだな。とっさの対応に迷った芦戸さんにかわって迎撃にでる常闇君だけど、狙いは最初からそっちだよ!
「はず……上には行かせねえんだよ!!」
適当に叫びつつ
そう言えば尾白君が常闇君に勝ってるところを見つけたぞ、常闇君の黒影君は結構大きい。互いの高さが同じなら良いけど、こうして上下の幅がある場合どれだけ視界を遮ることか。加えて頭に巻き付いたマフラー、常闇君は取った!
「やれ!!
「!?」
「ガアアアアアアアアアアアッ!!!」
嘘だろ!? 僕と
「がっ!」
正解は一番! 階段を下にした叩き付け! めちゃくちゃ痛い、けど我慢できる!
(血坊主生成、血癒開始。痛みを抑えるぞ)
エミネ!? 一体何を……
(これくらいなら精々打ち身とか腫れくらいだ。うまく受け身を取れましたで済むだろう)
でも、今日は使わないつもりで……
(使え出久、見せつけてやれ。お前に怯える奴ら全員に。お前を白い目で見る奴ら全員に。お前がなんなのかを。どこまでやれるのかを……どれだけ本気なのかを)
……ここで見せても、
昨日と同じだ、全力でやってやる!
叩き付けた時のまま、階段に僕を押さえつける黒影君、でもさ、君がそうやって踏ん張れるのって、
火事場の馬鹿力全開! 本日二度目の左腕一本釣り!
芦戸さんの手から吹き出した酸をぎりぎりでかわして常闇君を釣り上げる。こっちのマフラーは正直言って
「おおおっ!!?」
「常闇くん!」
ブチブチブチッ!
常闇君の叫声と芦戸さんの悲鳴に混じって左腕の筋肉が切れる音がする。やっぱりか。めちゃくちゃ痛い。けどこれは誤摩化せない。治せない。痛み止めまでだ。
案の定常闇君に連なって黒影君が浮き上がり、僕は体勢を立て直す。そして間髪入れずマフラーを右で掴んで地面に叩き付けるつもりで引っ張った。けど、黒影君が彼を受け止めたから地面に叩き付けることは叶わない。
「大丈夫? 常闇くん!」
「ああ! よくやった黒影ぅう!?」
「休ませ……るかよ!!」
だけど構わない。
未だ巻き付いたままのマフラーを引っ張り、踊り場の上に居る常闇君を翻弄しつつ、芦戸さんに向かって叫ぶ。
「どうしたヒーロー! 仲間だけに闘わせるのか!? この臆病者がっ!!」
「っ!」
芦戸さんが常闇君と尾白君を見比べて惑う。おそらく僕が妨害したことで尾白君のスタンスが読めないんだろう。
さっきまで2対1に近い状況だったけど今尾白君と対峙すれば1対1、確保証明のテープを巻くためにはしゃがんで近づかなければいけないのに、倒れ臥した状態でも彼には尻尾という強力な武器がある。もし彼が虎視眈々と芦戸さんの隙を狙っているのだと仮定すれば不用意には近づけないのも当然だ。そして彼に背を向けて僕に向かうのは論外。尾白君は未だに動かないけど、いてくれるだけで十分役に立ってる。
……それとも単に、仲間に裏切られて傷ついた彼にこれ以上追い打ちをかけたくないとか思っているんだろうか。それはそれで良いことだけど、行動に移さないと意味が無いんだよなぁ。
(出久)
「調子に乗るな緑谷ぁ! 黒影ッ!!」
常闇君が顔に巻き付けられたマフラーを両手で掴んで引っ張った。階段の途中にいる上に右腕の僕が不利なのに、その上黒影君の攻撃が迫っている。僕にこの状況を対処できるだけのチカラはあるか? 使える範囲で。使っていい範囲で。
否。だからここからは賭けだ。
引っ張り返されたマフラーを迷わず手放し、そして黒影君の攻撃を余裕を持ってかわしながら一段二段と階段を下りる。
顔に巻き付いたマフラーを外した常闇君と目が合った。顔をあわせたのは今日で三度目、だけど結構揺るぎない信頼を感じる。表情で考えてることがわかるとは言わないけど、僕が何も考えてないとは思わないでしょ? 相澤先生も言ってたよね。僕は変に深読みするって。さてどーっちだ?
「芦戸、逃げろ! 核は下だ!」
勝った! 迷わず反転して芦戸さんに向かって飛ぶ。これも本日二度目。化繊マフラーを装備した右手で殴り掛かるも、芦戸さんは床を溶かしてそのまま下に逃げた。残り時間は……10分くらいか? 構わず床に空いた穴に飛び込もうとするも、黒影君の体当たりで止められる。
「邪魔するな!」
「そうはいかん……身の内に魔を飼う者同士、ここで決着をつけようぞ!」
「ちっ!」
怒鳴る僕に静かに答え、黒影君に支えられながらふわりと階段と僕の間に着地する常闇君。
って……身の内に魔? エミネ!?
(いや、俺のことじゃない……と思う。そういう気配は感じない)
な、なら単に乱暴な口調を使ってることかな? とりあえず落ち着こう。常闇君は僕の深読み……というか、誘導に引っかかってくれた。芦戸さんが4フロア全部探し終えるのに5〜6分はかかるはず。その間に常闇君を倒して、核の前で待機する。それで僕らの勝ちまで持って行ってやる。
睨み合ったまま軽く距離をとり、防弾防刃繊維のマフラーに左手を通し身体に巻き付けて固定する。このマフラーはいざという時に体に巻きつけて防弾防刃ベストとして使うことを想定していたので、すぐに留められるように内側にマジックテープが貼ってある。要望通りだ。
「その腕、身の内の魔に食わせたか」
「はっ、ちょうどいいハンデだろ?」
最初に投げたきりだったスティックを足で蹴り上げて右手で掴む。そして出来るだけかっちゃんみたいに、獰猛に笑ってみせる。
「速攻で倒してもう一人を追わせてもらう。覚悟しろ、ヒーロー!」
「来い! 緑谷!!」
流石にもう馬鹿みたいな大振りに構えたりしない。剣道で言うところの脇構えの様に、腰元にスティックを構えて常闇君に向かって走る。
喧嘩の経験は、実を言えばそんなに無い。
道化師としての能力がかなり強力だったから、一悪する時はだいたいゴリ押しでなんとかしてきた。それ以外の喧嘩の経験は、だいたい生身で個性を受ける一方的な暴力に近いものばかりだ。最初は傷つけるのが怖くて、いつか傷つけるのがばからしくなって、怪我はいくらしたって治せるから、どうでも良いと思ってた。
だから、こんな真っ向きって闘うのは本当に、初めてなんだ。
「ぉおおおおおおおおお!!!」
「ハァアアアアアアアア!!!」
両手を広げてまっすぐ伸びてくる黒影君に、下から振り上げたスティックをぶちかます。受け止められた。構わない。狙いはいつだって
黒影君はいつだって居る。
「戻れ黒影!」
縮んだり、伸びたり、大きくなったりするけれど、いつだってそこにいる。消えることは無い。
「ア……オレヲフミダイニ!?」
「これで、終わりだ! 喰らえええ!」
僕の脚力+黒影君の伸縮速度! 全力の
「読んでいたぞ、それは!!」
両腕を広げて迎え撃つ常闇君の手には……確保証明のテープ!? ダメだ、このままだと突っ込む! なのに軌道を変えられない!
テープを巻かれたら負けなのに、この速度で突っ込んだくらいで切れるテープじゃない!
切断するには……切断するには……やるしか無い。
血坊主生成。血喩開始。蟷螂の斧再現。
(出久!?)
「させないんだよ!」
確保証明テープを握り込み、切断!
常闇君の表情が驚愕に染まる、けど拳の引き戻しが間に合わない。帽子のせいで頭突きも出来ない! 半ばラリアットみたいな形でぶつかって縺れ転んだ。だけど僕が上だ。このまま終わらせる。
その顔面に全力で右……いや、テープ、確保証明のテープは? 右手のマフラーが邪魔でポケットから取れない。けど常闇君のがある。使えない左手の代わりに口を使って常闇君の右手をひっぱりだし、握られたテープの端を掴んでそのままその手に巻き付ける。
「僕の勝ちだ!」
「弱肉強食……これが
首の後ろにチリチリとする気配。黒影君の爪先が皮一枚で触れてない。僕の、勝ちだ!
『確かに、常闇少年捕縛確認。リタイアだ……だが』
「ごめーん常闇くん、核全然見つかんなー……い?」
『油断するのはよくないぞ、緑谷少年』
「え?」
「え?」
「え?」
上から順に芦戸さん、常闇君、僕、芦戸さんだ。階下からパタパタ足音を立てて芦戸さんが戻ってきた。
いやちょっと、まだ3分経ったかどうかくらいなんだけど!?
慌てて飛び退きスティックを拾う。正直投げて使ってばかりいるせいか全然手に馴染んでないけど、芦戸さんの『酸』に対抗するなら武器はいくらあっても足りない。
「え、嘘、常闇くんやられちゃったの?」
「くっ……すまん。あとはお前が頼りだ、核はおそらくこの階に……」
「いや、それは違う」
今更尾白君が立ち上がる。そういえば僕と常闇君が闘ってるときもずっと足元にいたんだっけ。それで、今の発言といい、今更どういうつもりなのかな?
「緑谷、俺はやっぱりお前が仲間なんて認められない! 芦戸さん、核は北東の隅の部屋だ! 君なら天井を抜けば回収できる!」
「えっ、えっ?」
「別にこの授業の成績が悪くたって、除籍とかは無いって話だったけど……?」
「関係無い。これは俺の意地の問題だ」
「昨日の騒ぎの時から怪しいとは思ってたけど、この授業でお前がどんな奴かよくわかったよ」
「無個性を笠に着て爆豪を脅したり、王様みたいに過ごしてきたんだろ!」
「妨害とか、裏切りとか、相澤先生に攻撃したのもそうだ。皆言ってる! いきがって不良ごっこしたいなら余所でやれ!」
「俺たちは本気でヒーロー目指してるんだ! 無個性が」
「黙れ」
「み、緑谷」
「緑谷くん……?」
(出久!)
「そ、それがお前の本性だな! 都合が悪いと怒鳴るのか!」
「僕は黙れって言ったぞ」
尾白君は一体何を思って裏切ったのか……いや、そもそも裏切ったのは尾白君なのか?
そんなことをテーマに次回、第一回ヒーロー基礎額編完結です。
ちなみに常闇君の最後の迎撃が確保テープでなければ、結果はまた違っていたかもしれません。
今回はヒーローらしさを取った常闇君が敗北した形になりました。