こうやって後編上げるまでに五、六章が配信され、月姫リメイクが発表され、そして発売まで秒読みというところまできました。やってんな益荒男
最近の型月の勢いがすごいです。こんなに幸せなことはありません。きのこは仕事をしていました。そしてわたくしはサボっていました。やってんな益(ry
こんな大変な時期の少ない楽しみを逃さぬよう、読者の皆様も健康に過ごせることを願います。
僕は十師族に次ぐ魔法師家系の百家支流の森崎一門、その本家の長男として生を受けた。
森崎一門の本業である魔法の研究として、僕らは魔法そのものの技術よりCADの操作技術を研磨することにより、魔法の発動速度を上げようと試みている一族だった。また、副業として始めたボディガード派遣の警備会社が世に認知されるようになり、一般社会でも魔法師社会でも高い評価を得ることとなる。そんな一門の本家長男として生まれたのであれば、魔法師として育てられることは最早既定路線と言えるだろう。僕が初めて魔法を発動させたのは七歳の頃だった。
十歳になって本格的に同じ一門の子供たちと魔法師として訓練を受けることになる。本家長男ということもあり周りからの期待を一身に背負う立場だったけど、厳しい訓練の中でも自分なりに精一杯それに応えたつもりだ。
だが、閉鎖されたコミュニティの中でかかり続けるストレスというものは人を変えていく。それも才能で大きく左右される魔法が、人を変えていくのには充分な環境がそこには揃っていた。この数年で「魔法師となる人間は生まれから定められており、魔法が使えるだけの人間が魔法師を名乗るべきでない」と選民思考を僕は強めていくことになった。
中学生になり僕は、魔法大学付属高校への推薦を狙い近くにある魔法師育成施設の置かれた中学へと進学する。適性検査から特別カリキュラムを受ける資格を得たのは同世代で5人だけで、うち一人は転校したため駿を含めた4人で残りの学園生活を送ることになった。
本家で既に訓練を受けている自分こそが、選ばれたこの四人の中心となり彼らを導かねば。そんな身勝手な思い上がりが理由で僕は彼らに近づいた。その中にあいつがいた。
「はじめまして、僕は森崎 駿。その名の通り、森崎一門本家の出身だ」
「……」
出会って第一声にこれだ。自分がいかに天狗になっていたかが良くわかる。自分の家を引き合いに出し力を誇示しようとするのはまさに恥知らず、無知蒙昧といった言葉がふさわしい。そんな、どうしようもない僕にあいつが興味を持つことなんてありえず。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ」
「……」
「ッ…!聞いているのか!?」
「うるさい、邪魔」
「な……!?」
初めての体験だった。一切の視線も興味も持たず、自分を音の羅列を口から吐くだけの木偶の某としか思っていない。そんな風だったと後で僕はあいつから聞いた。
結局この場ではそれ以降、会話というものが一切成立せず僕がいかに優れた魔法師の卵であるかを喚き散らしながら時が過ぎ、そして後の模擬戦でどうしようもないくらい無様に負けた。あいつが僕を見ることなんて一度たりとも無かった。
これが僕、森崎 駿と政狩 刀祢のファーストコンタクトだ。
その日の夜、僕は怖くなった、どうしようもなく。
「はぁ…っ、うぅ…はぁ…」
ずっと自分が優れていると疑わなかった。他人の上に立っていたのだ。そのための努力を怠ったつもりはなく、期待に応えてきたつもりだった。実際に周りの人間も自分を褒めてくれたのだ。森崎家の長男として相応しいと、そんな言葉と優しい目を向けてくれていた。
だけど、そんなものはあいつの前じゃ何の意味もなかった。ただの一般家庭から出てきて、これまで魔法の何たるかを学ばずにいただろう奴が自分よりも秀でている。
(そんな馬鹿な話があるわけない、それじゃあ僕が…)
魔法師の世界は純然たる実力主義、そして実力のほとんどは生まれ持った才能に依存する。辿り着いた結論はただ一つ、
(駄目だ、それだけは駄目なんだ)
このまま腐っていたら、諦めてしまったなら。自分のこれまでの全てや、自分に関係してくれた人々の期待や労力すらも無駄にしてしまう。それこそが僕の最も恐れていることだった。
「だから…勝たなきゃいけない」
恐怖を振り払うには、戦うしかない。戦って、あの
この決意を固めた日から、僕の日常は一変した。持てる余白の時間のほとんどをあいつに勝つために注ぎ込むことになる。
僕はこの時、弱者になった。
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弱者の挑む理由は時と共に移り変わり、ここにを大成としようとした。
状況は刀祢の優位性はゆるぎない。目論見を成功させた駿に若干の勝ちの目が見て取れてなお、純粋な実戦能力の差はそびえたつ。
『スパーク』が放たれた後、再び左腕のCADに指を走らせると同時に刀祢は真っすぐ駆け出した。第一に間合いを詰めること、それができなければ刀祢は勝てない。そんなことは両者ともに百も承知、さらに刀祢にとってこれが容易であることは脳と体に染みついている。
刀祢の狙いは、まず徒手空拳によって相手のCADを手放させることで無力化。これが叶わない場合、範囲魔法による撃墜と切り替わる。初撃でやろうとしたことと何も変わらない。だが状況は異なっている。開始時点と比べて両者の距離は少し離れており、いくら刀祢でも一息で詰められる間合いではなくなっていた。
勝機はここに賭けなければ掴めない、駿の直感は確信している。
「さあ、どうなる」
(とても激しい戦いになってるけど、どうか大怪我だけはしませんように!)
二人の鉄火場を支配する緊張感は、同じ空間にいる傍観者にも伝播する。皆固唾をのんで見守り、摩利や沢木、服部といった好戦的な者は一進一退の攻防に野生の眼光を向けてすらいる。それ以外といった真由美達は、ただこの模擬戦が平和に終えることを願っている。彼らにも模擬戦が佳境に入ったことが察せられた。
刀祢の体が弓矢のように加速する。だが、そこに番えるような前準備は一切ない。引き絞る必要も狙いを定める必要もない。零から百へとただ切り替えるだけだ。その異常さを正確に理解できるものは、この場には三人だけ。一人は武道を歩む者として、一人は特異な出自と目を持つものとして、そして一人は何度も目の当たりにした経験によって。
(これまでにないほど冴えている、ベストコンディションだ)
駿は自身の一切を疑っていない。実力も作戦も、それを実行する覚悟もだ。これまでトレースし続けていた刀祢の動きと現実との誤差を修正し、作戦に変更はないと結論付ける。自分の目が間違っていなかったという証明は、駿に活路は開けたという希望を与える。ただし妥協と油断は断じて許していない。程よきリラックス、最大の緊張の二つ合わせこそが、駿を一つ上の領域まで押し上げていた。
駿の作戦は、簡単に言えばブラフを用いての一発勝負。
まずは初戦を新しく用意した携帯端末形態CADの魔法でやり過ごし、次の攻撃を先の魔法で印象付けたCADを囮にする。蹴り飛ばすか、はたき落とすか、どちらにせよそこに次の行動までのタイムラグが発生するのは間違いないない。それがこれまでの戦闘記録から導き出した結論だ。
そこに腰のホルスターに収められている最も使い慣れた拳銃携帯の特化型CADを使い、最速で単一系の振動魔法を叩き込む。状況により細々としたところは変わるだろうが大筋はこの通りに進むだろう。
だが、囮にするにはただ目の前にかざすだけでは足りない。魔法式展開の兆候を見せつけて、考える暇を与えないことが重要なのだ。腰の拳銃型には意識を向けさせないよう半身だけ向かい合う体勢も忘れない。
(さあ、ここからだぞ政狩!)
自身の周りからサイオン光が漏れ出す。
魔法の兆候を見ても、刀祢の動きは変わらない。
ただ最速で、最短で、真っすぐに駆けてゆく。
駿の手は既に
反応と受け身と、少しの根性で耐えきるしかない。
急激に彼我の距離が縮んでいく。
刀祢の姿勢に一切の変わりはない。
間合いまで、あと一歩。
半身の体勢を取り、血走った眼を更に凝らす。刀祢の一挙手一等足を見逃すつもりはなかった。今の駿にとって一秒は五秒だ。極限の集中と緊張によって神経が体幹時間を延長させる。それだけでなく、この瞬間の駿の身体は、ミリセコンドのラグすら生まないだろう。
駿の研ぎ澄まされた感覚が刀祢の瞳を捉えた。焦点を合わさず、まるで俯瞰しているかのよう。駿は標的であると同時に、その瞳が眺める風景の一部に過ぎないのだろうか。
(そんなこと、認めてたまるか…!)
変わらない、鈍らない。やるべきことも決まりきっている。
時が来れば、抜き、構え、引くだけだ!
刀祢が最後の一歩をゆっくりと踏み出す。
この足がついた時、間合いは完全に刀祢のものだ。
刀祢の着地点が蹴りの間合いだと直感する。
端末形CADを握る右手をわずかに緩め、本命を握る左手に力を込めた。
そして、刀祢は目的CADを蹴り上げ──ようともせずに、そのまま駿の隣を過ぎ去っていく。
「……は?」
刀祢は去り際に駿の足を払い、成す術なく駿の体勢は膝から勢いよく前へ墜ちていく。
刀祢が狙ったのはCAD奪取による無力化でもなく、駿の魔法の徹底回避でもなく
これまで頑なにしてこなかった駿自身への攻撃を刀祢は行使したのだ。
駿の予想を全て裏切り、刀祢は崩れ去る躰を横目に駆け抜けていった。
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(
あと一歩で刀祢の間合い。CADを狙って蹴り上げるこれまで通りの戦術を展開しようとした。
そのとき、脳裏に響く一抹の予感。
爺やや父さんといった枠を超えた傑物。彼らと渡り合うために、そして九重八雲との激闘を経て更に研ぎ澄まされた直感がわずかに囁いた。
このまま進んだらヤバいのでは、と。
刀祢が味って来た直感の中では最も弱く、精々火の粉が飛んでくるかもしれない程度の小さい物だった。 魔法の準備中とはいえ、選択肢は未だに残っている。このまま突き進んだとしても対応を変えること程度は出来るだろう。
さらに言えば、もしこれが九重八雲との戦いであるのならば、択を押し付けた場合の利が多いのなら、気に留めながらも無視できる。たったそれほどの、ちっぽけな第六感。
(───奴自身を崩す、軽いものは解禁だ)
刀祢は選択肢を切り替える。
(初めてだ、お前から感じるのは)
これまでの模擬戦の中ではなかった、微弱ながらも自身の明確な危機の予感。刀祢の中にもたらした感情は少しの心地よさだ。初めて戦った時からの駿の成長に自身が関われたのだと、これがかつての人生で己の技を伝えた弟子に見出したものと同じ喜びと知る。
そして『成長したならば、自身も
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(いや、違うだろ!?)
友人の勝手な胸中も知らない駿は、思考は限界まで回転しながらも混乱の極致にいた。
(そこはそのままCAD蹴とばしてくるんじゃないのか!?これまでのお前はそうだった!───ッ、てか不味い体勢が崩れる!けどどうする!?こんなのじゃ次の攻撃に対応できない!あいつの魔法式展開までのインターバルは十分すぎる。前に受け身を取っている暇に、間違いなくさっきのアレをぶち込まれる!なら、今反撃できないと確実に詰む!?)
策が脳内で巡り、行き詰まり、再び別の策をめぐらせる。結果、
結論は出ないまま、最初の疑問点へと回帰する。
(こんなの初めてじゃないか、今回に限ってやり方を変えてきたのは何故だ!?)
本来考えるべきは状況の打開策だというのに、駿は現実逃避のように原因を追い求めた。
意味のない探求は回想へと繋がっていく。
中学での模擬戦の、他魔法に限らない勝負の数々。刀祢と過ごした時間を自由落下の速度で遡っていった。
答えの見つからぬまま意識の底へ墜落する。
墜ちる瞼、回転を止める思考、凍えていく意思。
そこに、最も新しい記憶が駿の瞳に霞んで移る。
『やろう、今のようなみっともない真似はしない』
『…負けっぱなしは我慢ならない。そして諦めるっていうのは、僕が一番嫌いなことだ』
「…グぅッ!」
瞬間、吠えた。
靄のかかった頭を振りかぶり、現実に目を見開く。
体は傾き、地を這う直前であったが、再び心に炎が灯る。
そしてようやく導き出した、答えと打開策。今を覆すにはこれしかないと腹をくくる。
(何故か?決まっている!あいつが全力でぶつかってきているからだ。つまり、
ああ、今のは僕がみっともなかった。まだやれることはあるかもしれないのに。
そうだ。諦めるなんて、僕は大っっ嫌いなんだ!!!
崩壊する体を、意思の力のみで踏ん張らせようとする。
崩れ落ちる未来は変わらなくとも、体の向きを変えることくらいは出来るだろう。
だが、それでは拳銃形態CADをホルスターから抜き放ち、狙いをつけることは出来ない。地面と衝突した際の振動が邪魔をしてくるだろう。もう一つの慣れていないCADではそもそも間に合わない。
それでも
左手は既にホルスターに収まったCADにかけられている。必要なのは魔法の選出と起動式の展開。だがそれだけでは足りない、起動式を無理やり弄る必要がある。
今から行うのはいつも通りの拳銃形態特化型に頼らない、そんな高等技術なのだ。
さらに言えば、こんな不安定な体勢と落ちた衝撃を乗り越えてやり遂げなければならない。昨日の駿自身が聞いたら、馬鹿なことを罵倒する荒業を。
(だけどやる!ずっと練習してきた
魔法師としての思考を最適化、魔法演算領域下での活性化を開始させる。
駿の真価が試される時が来ていた。
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魔法選択 『エア・ブリット』を指定。
起動式の代入数値を変更し入力
CADに搭載された照準補助システムを無視
展開地点は銃口から術者の眉間に固定
出力を最大から適当値に自動変更
「がぁッ」
背部に衝撃を確に───知るかそんなの
トリガー オン
起動式展開
想子 魔法演算領域をt…Zt…t───通過を確認
魔法式展開準備完了 『ドロウレス』成功
標的を視界で確認 標的の魔法式展開まで残り僅か
魔法発射体勢
照準確認 対象 標的腕部CAD
角度調整 誤差修正 距離 思考対象から除外
座標固定 完了 射撃──今!
『エア・ブリット』 射出
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駿の視界の先、刀祢は足を止めてCADを装備した手を前にかざしている。
駿が見出したチャンス。それは刀祢の魔法使用の条件の一つ。駿は刀祢が実戦下での魔法の使用を苦手としていることを正確に理解していた。そんな刀祢に架せられた制約の中に、魔法式展開の際には他行動がとれなくなるというものが存在していたのだ。
魔法が発動できればいいという普通の学生同士の模擬戦ならばある程度までは許容できるだろうが、刀祢はその枠には収まれない。
機動力を売りとしている刀祢にとってこの条件は致命的であった。ならばこそ、刀祢は必ず魔法を発動する前に生身での行動を行っていたのだ。
その猛攻が過ぎ去った後、確実に足が止まる瞬間こそ駿にとって最後の勝機であった。
(今回はこんなところかな)
床に叩きつけられる駿、魔法式が展開されたことを確認した刀祢は、この模擬戦における勝利を確信する。
そう、確信してしまったのだ。
戦いとは裏切られるもの、その常を刀祢は失念してしまった。代を支払うのは直後の事だった。
跳ね上がる躰を無理に傾け、振り返った駿。その眼光にサイオンの光が差した瞬間、刀祢を先のもの以上の直感が襲ったのだ。ゾクリッと、体が小さく揺れるのを感じた。
(まずッ…!)
圧縮された空気弾が、文字通りの音速で射出される。刀祢に反応は出来ているが、対応はどうしようもなく遅れてしまっている。
駿の狙いは正確だった。一切のブレ無く、吸い込まれるように刀祢へ直進する魔弾。
直撃は確実だった。弾かれる右腕、崩れる体勢。
多重展開された刀祢の魔法式は無慈悲にも上を向き、術者の意も間に合わずに放たれる。
制御を失った飲み込むもの全てを焼く雷の波は、先へ先へと伸びていき光の大樹を形作る。最後に部屋の中を閃光で埋め尽くし、雷は霧散していくのだった。
『ドロウレス』
拳銃型CADをホルスターに入れたまま特化型CADの照準補助システムなどの補助機能を使わず、CADで魔法を発動する高等技術。
この技術の優れた点は、虚を突きやすいということだ。タイミングを悟らせない、銃口を相手に向ける必要がないなどCADの形態を理解している者ほど術中に嵌ることになる。
逆に難点は、この技術の難易度の高さだ。特化型CADの補助機能一切に頼らず拳銃形態という特性を全て殺して魔法を発動するのは、普段それに使い慣れているほど困難になる。もちろん、そのせいで発生速度や干渉規模が落ちてしまっては元の子もない。
駿は刀祢への対策として、約半年ほど前からこの『ドロウレス』を習得しようと特訓を続けていたが、成功させたのは今回が初めてだった。
(ほんっとに土壇場だったけど、人間やればできるもんだな)
ここぞという今で成せた自分を褒めてやりたい気分だったが、そんなことは後でいいと頭の片隅に余韻を追いやる。
(くっ、頭が響く。演算領域に負荷をかけすぎたか?)
弾ける刀祢の魔法に目を焼きながら、駿は立ち上がろうと体に力を籠めた。
刀祢のCADを弾き飛ばしたことは確認したが未だに勝負の終わりを告げる声は聞こえない。つまり、これからは魔法という
よろけながらも立ち上がり、今度こそホルスターから愛用の拳銃形態CADを抜き放って構えようとする。
───!
風を切る音が聞こえた。
「ッ!!」
直感の信じるまま、駿は体を全力で横にひねる。
雷電が霧散し開けた視界の数寸先、刀祢の腕が駿を捉えようと延びていた。
そう、決着がついていないのなら刀祢が躊躇う理由など存在しない。
魔法が不発だったことを認め、吹き飛ばされたCADとお互いの位置関係、駿の状態を確認し最適解を導き出した刀祢は、迷わず自身の魔法の余波を避けながら駿へと接近したのだ。
(クソ!そりゃお前ならそうだけど、もう少し休憩時間をくれてもいいだろう!)
心の底から悪態をつきながらも、駿の対応は正確だった。すぐに距離をとるため後ろに飛びながらCADの銃口を刀祢に向けようとする。
だが、忘れてはいけない、そもそもの刀祢と戦うための条件を。
一、刀祢に近付かれてはならない
その条件が破られた以上、今の駿に抗う術など初めから存在しないのだ。故にここからの展開は必定、既に定め得られた結末をなぞるだけ。
銃口が狙いを定め引き金を引くより早く、刀祢は早く間合いを詰める。
流れるように体を滑らせ、撫でるような仕草で駿のCADを握る腕に手を伸ばす。
触れられたと駿が知覚した瞬間、視点の上下左右前後が全てひっくり返る。
一瞬の浮遊感の後、先に感じた以上の衝撃が駿の背中を襲う。
初めて味わう神速の柔撃に駿は、何もわからぬまま投げられたのだ。
およそ2秒にも満たない交錯。刀祢は一切の抵抗を許さずに駿の体を地に墜とした。己の理解できない展開に身体が追いつけず、CADも手放してしまっている。
勝敗は誰の目から見ても明らかだった。
「勝者、政狩刀祢!」
審判である摩利の声が演習室の中でこだまする。その後、少ないながらも力強い拍手が、刀祢と駿の健闘を称えたのであった。
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「負け、か……」
僕は体を投げだし、見知らぬ天井を仰ぐしかなかった。
間違いなく、これまでで一番の出来だった。
初撃をやり過ごすことなんて数えるほどしかなかったし、そもそもあいつにまともな攻撃を入れられたのが初めてのことだった。
入念に計画を練って、沢山訓練して、全力を超えて挑んで、ようやくつかんだ一撃だった。
一撃しか、与えらえなかったのだ。
一人にさせないとか、あいつはライバルだとか意気込んでいながら、たったそれだけのことしかできなかった。しかも後半に至っては勝負にすらなっていない。昔から変わらない、ただの案山子も同然だ。
僕と政狩の間には、見上げることすらできないほどの壁があるのだ。
「遠いなぁ」
そうやって呟くこと程度のしかできない。あぁ、なんて僕は、ちっぽけなんだろう。
「おい」
「っ!」
不意に声をかけられた。そこでようやく意識が現実に戻ってくる。後ろを見れば、観戦していた先輩方や達也たちが俺たちに拍手を向けてくれている。自分たちを称えてくれていることがありありと感じられた。
正直、止めてほしい。自分はそんなものを向けてもらえるほどに何かできたわけじゃないのに。
「森崎」
「え──あ…な、なんだ政狩」
思わぬ相手からの呼びかけに少し遅れて返事をしたが下をむいてしまう。今、あいつの顔を見られる気分ではなかったのだ。
「あれってなに」
「あれ…?ああ、『ドロウレス』か。その名の通り、CADを抜かずに魔法を使う術だ」
「前からつかえたの?」
「いや、成功したのはあれが初めてだ」
「そっか」
「それがどうかしたのか」
「あぁ…うん」
(なんだ、政狩にしては煮え切らないな)
いつも口数少なく、言いたいことだけを言って、こっちのことは知らないと相槌も少ない政狩が、何か言いあぐねているようだ。
(というか、言葉にすると思ったよりもひどいな。僕はこんな奴に本当に友情を感じていたのか…?もしかし、向こうもこっちを友人だとすら思っていないのではないだろうか。これまでのはずっと独り相撲をしていただけなのか…?)
湧き上がってくる嫌な不安に頭を抱えたくなる。主に自分の心身両方のどうしようもなさに。
「あれだ、森崎」
自分のあれこれも知らぬうちに、件のひどい奴は言いたいことをまとめたそうだ。
「なんだよ、僕が情けないと言うのか?そんなこと自分自身が一番よく解って──」
「なんで?すごいじゃん、出来るようになったんだから。あと、色々考えてたのも」
「──え」
呆気にとられた。僕の知る政狩 刀祢という人間の口から出た言葉だと思えなかった。模擬戦でも止めなかった思考が、ここにきて完全にフリーズした。だって、気分じゃないのに、政狩の方を向いてしまったんだから。
「躱したけど、突っ込んでたら何かあったんでしょ。初撃の対応もあらかじめ決めてた動きだっただろうし。そこまで前もって考えたことは俺はない。それに、今回はじめてできたってのは、これまでの鍛錬の成果だから情けないわけ…」
そこで、政狩は口を一度閉じる。こいつ自身、饒舌になっていることが不思議なようだ。首の後ろに手を当てるのは、政狩がばつの悪い時によくやる癖だった。
「とにかく、あれだ」
数巡して意を決したように改まった政狩は、
「またやろう。楽しかった、さっきの」
「─────」
なんだ。結局、独り相撲だったんじゃないか。くだらないことで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しい。
そうか。またやろう、か。
なら、やってやらないといけないな。
「おい」
「あ?」
「手、貸してくれ」
「…はい」
「ああ、ありがとう。よい、しょっと…」
政狩の手を借りて立ち上がる。不安なんてものはもう何処かへさっぱり消え失せた。向こうが再戦を希望しているのだから、こっちも答えてやらなくちゃいけない。
「当然だ。だが…勝つのは僕だぞ、政狩。」
だから自信満々に言ってみよう。
不敵な笑みなんかも貼り付けて、高らかに受けて立とうじゃないか。
握った手に力を込めて、堂々と宣言する。
なんたって、僕は諦めるのが大嫌いなのだ。
「言ってろ、俺が勝つ」
握り返しながらの其のセリフには、どこか暖かさを感じさせた。
長え
たった一度の戦闘でどんだけかかるんだよ、馬鹿じゃねえの(自己嫌悪)
こんな稚拙な文をずっと楽しみにしてくれた人がいるというだけで、本当にありがたく思います。読んでいただきありがとうございました。
さあ 皆さんも やろう 月姫