面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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アースの技術で一獲千金。シスターとケンカ
タレ派先生ありがとう、いつもつまらないSSを書いてくれて……


「む~!なんで私が怒ってるかはわかってるよね!」

 

「だーかーら、いろいろ面倒な事情があったのよ」

 

立ち上がってプンプン怒るソフィア。他のギルドメンバーもじっとあたしを見てる。

まぁ、こうなることは予想はしてたわよ。

こないだ広場で悪魔討伐宣言してたときに、

“あれ、なんかあたしヤバイことしてんじゃね?”って嫌な予感はしてたんだけど、

結局そのときは疲れきってたし、深く考えないで放置してたの。

 

んで、今日買い物がてら酒場で昼飯を食おうとした瞬間こいつらの存在を思い出した。

入りたくねー、と思ったけど、ジョゼットのご飯まだですかに押されて、

中に入ったらこの有様。ソフィアに死角から手を掴まれて連行されて、

ビートオブバラライカの連中から丸テーブルで事情聴取よ。

 

とりあえずジョゼットには先に飯食わせて外で遊ばせてる。

今は広場で嬉しそうに、ようやく日の目を見た怨念のこもった布教チラシを配ってる。

それ、道端に捨てたり踏んだりしないほうがいいわよ。

彼女の生霊が枕元に立ってお宅の冷蔵庫を食い荒らす。……こっちの話に戻るわね。

目の前でソフィアが両手を腰に当てて、今もあたしに抗議してる。

 

「事情ってなに!?私達の誘いを袖にしておいて、

ただの水質管理員と組んで悪魔退治に行くわ、しかも帰ってくるなり大々的な勝利宣言。

当然またあなたの賞金稼ぎとしてのランクは上がる。そしてあたしたちは置いてきぼり。

さぁ、選んで!十分納得する理由を説明する、

もしくは今度こそ私達のギルドに入るか!」

 

「さすがに今度ばかりは俺たちも黙っちゃいられねえ。きっちりカタ付けてもらうぜ」

 

テンガロンハットを目深に被ったマックスも同調する。

面倒だけど、関係ないでしょで済ませると余計面倒くさいことになりそう。

こいつらを納得させないと、今後店に来る度に絡まれるのは目に見えてる。

 

「はぁ。暴走魔女騒ぎの後に、あたしに2つほど肩書き付いたのは知ってるわよね。

“早撃ち里沙子”と“魔女狩り里沙子”。

あたしはややこしい“魔女狩り”の方を取っ払いたかったのよ」

 

「それと、僕達を相手にしてくれないこと、何か関係あるのかな?」

 

初めて話をした男の子は、

0.5mほどの巨大な銃型の注射器みたいな武器を大事に抱えてる。

左側に液体の入ったボトル、右側に圧力メーターと握る二本のグリップが付いてて、

どう使うのかよくわかんない。髪は栗毛のショートカット。

白衣を着てて、ぼく回復役でーすって看板背負ってる勢い。

歳はジョゼットと同じくらいかしら?

 

「悪魔の件に関しては、どうしても魔女とペアで対処する必要があったのよ。

あたしは物騒な肩書きを捨てたい。魔女の娘……ロザリーっていうんだけど、

彼女も暴走魔女のせいで職場で肩身の狭い思いをしてた」

 

「だから!わたし達は、どうしてあなたがわたし達を無視するのか聞いてるノ!」

 

隣の椅子から毛糸の手袋をはめた手でペチペチ叩いてくる女の子は多分まだ10歳位。

ちなみに全然痛くない。ちょっと気持ちいいくらい。

ブロンドのセミロングに、これまた毛糸の帽子、ケープを羽織ってる。

彼女は何役なのかちょっと見当がつかないわ。

 

「こら、やめなさいマオ!里沙子もアーヴィンの質問に答えて。話の続きをお願い」

 

なるほど、男の子はアーヴィン、女の子はマオ。

これからも顔を合わせることになるだろうから覚えておいたほうがいいわね。

 

「無視してるわけじゃないのよ?まず、ロザリーと出会ったのはたまたま。

広場で出会った彼女が“魔女狩り”のあたしに助けを求めてきたの。

魔女への偏見をなんとかして欲しいって。

それで大勢の連中を説得するには、

人間と魔女が共同でなにかドでかいことをやらかさなきゃ駄目だって話になったの」

 

「ふむふむ」

 

「それからはあんた達も新聞で読んだ通りよ。

あたし達は二人連れ立ってアステル村に行って、

悪魔と直接対決してぶっ殺したってわけ。もちろんロザリーも戦ったわ。

っていうか、彼女がいなきゃ死んでた」

 

「えっ、そんなにヤバイ奴だったの?」

 

アーヴィンって男の子が身を乗り出して尋ねてきた。

あたしの心配というより、悪魔について興味津々って感じで。

 

「体長はキミ二人分くらい。家を切り裂く鋭い鉤爪、

核を壊さない限り無限に再生する能力、毒霧、瞬間移動。

まーいろんな芸で手こずらせてくれたわ。

毒霧吹きたきゃ悪役レスラーにでもなれっての。

その時あたし、うっかり毒霧吸い込んでヘロヘロになっちゃって。

ロザリーの解毒魔法がなかったら、動けないまま握りつぶされてたでしょうね」

 

「どーやってそんなやつ倒したノ!?」

 

マオちゃんが聞いてくるけど、どうしようかしら。

この娘、ほっぺが柔らかそうでプニプニしたら気持ちよさそう……じゃない。

対戦車地雷やRPGは、マリーの店で買った違法な部品たくさん使ってたからねぇ。

うっかり口を滑らせたら、芋づる式に彼女の店が摘発されかねない。

あの心躍るカオスな空間を失いたくはないわ。

 

「いろいろ策を巡らせて爆弾に引っ掛けたのよ。

そこですっ転んだ所でR…オホン、銃を撃ちまくって奴の核をぶっ壊したってわけ」

 

具体的なことはぼかして要点だけを話した。

 

「確かに……アステル村の住人にウラ取ったけど、爆発音が何回もした言ってたわね」

 

ソフィアが納得した。よっしゃ危機回避。何がどれの音か今更わかるはずもないし。

 

「そうなのよ~M100の銃声は下手な爆弾よりうるさいからねぇ。

悪魔殺すのに何発撃ったかわかりゃしないわ。

とまあ、そういうわけで、残るは広場での勝利宣言だけど、

あれは魔女と人間は協力関係にあることを、

改めて石頭共にわからせるためのパフォーマンスだったのよ。

別に賞金稼ぎとして名を上げたいとかそういう意味じゃないわ。

実際あれのおかげでロザリーも元通りの生活に戻れたしね」

 

「……なるほど。確かにあれ以来、街の連中の魔女への対応が明らかに変わったな」

 

マックスも事情を把握したようで、

なんとかこいつらから逃げられそうな流れになってきた。

 

「そういうこと。悪魔の件は、賞金や名声目当てじゃなくて、

人間と魔女の間に走ってた気色悪い疑念を解消して、

あたしの厄介な肩書きを消し去るための致し方ない処置だったってわけよ。

決してあんた達を軽く見てたわけじゃないの。わかってくれた?くれたわよね。

それじゃあ、あたしはこれで失礼……」

 

「だめー!」

 

あたしが立ち上がった瞬間、何か温かくて柔らかいものが左腕にくっついてきた。

マオちゃんが腕にしがみついて目を吊り上げてあたしを見てる。

そういえば、この娘はじめからなんだか怒ってるわね。

身体は一番小さいけど、一番の怒りん坊さんみたい。

あたしでも楽々持ち上げられるほど軽い。

 

「里沙子はわたし達の仲間になるノー!」

 

「マオ、よしなさい。里沙子が私達を放ったらかして、

抜けがけしたわけじゃないってわかった以上、今日は諦めるしかないわ」

 

「抜けがけっていうか、別にあんたらと同盟組んだりした覚えはないけどね!」

 

「やだー!」

 

「わがままは駄目だよ、マオ。さ、この人から離れるんだ」

 

「んー!」

 

アーヴィンがマオちゃんを引き剥がそうとするけど、

余計全身に力を入れてあたしの腕に抱きついてくる。

でも、やっぱり全然痛くないし、なんだかお人形さんみたいで可愛いわ。

でも残念だけど、今の自由気ままな生活を捨てる気はないの。

 

「ごめんね、マオちゃん。あたしはその日その日でやることが変わるから、

みんなと一緒に賞金首を追ったりはできないの」

 

「じゃあ、わたしが里沙子のギルドに入るー!里沙子と一緒に冒険するノ!」

 

「ええ?……あたしはギルドなんて作ってないし作る気もないのよ。

召使いのジョゼットと食っちゃ寝生活してるだけ」

 

「ちょっとマオ、何言ってるの!ビートオブバラライカ抜ける気?

あなたが抜けたら誰が魔道士役やるの!」

 

ソフィアが慌ててマオちゃんを止める。

なんかせっかく終わりかけた話が、またややこしくなり始めたんだけど。

っていうかこの子魔道士だったんだ、意外。

 

「あんたも本気にしないの!

マオちゃん連れてかれたくなかったら、この子ひっぺがすの手伝いなさい!」

 

その後、ソフィアと二人がかりでようやくマオちゃんを引き剥がしたけど、

まだマックスの腕の中で暴れてる。

ああ疲れた。やっぱりギルドなんか入らなくて正解だったわ。

毎日こんな騒ぎの中で生活してたら寿命がいくらあっても足りないわ。

そういうのが“楽しい”と感じられるタイプの人じゃなきゃ無理ね。ぼっち万歳。

 

「里沙子まてー!」

 

「じゃあ、そういうことだから。

メンバーの後始末はリーダーがやっとくのよ、ソフィア!」

 

「うん、わかった。でも、やっぱり考えといてね……」

 

「期待はしないで。じゃあ、あたしはこれで」

 

駆け足で酒場から逃げ出して広場に出たあたし。そこでグゥ、と腹が鳴った。

そうだ、昼飯まだ食ってない。はぁ、あいつらに関わるとろくなことがないわ。

パン屋で適当に惣菜パンでも買ってベンチで食べましょう。

 

ジョゼットはどうしてるのかしら。……まだチラシ配ってるわね。

ゆっくり食べても大丈夫そう。あたしは広場から更に奥の店舗が数件並ぶ区画に行って、

パン屋に入った。焼きあがったパンのいい匂いでまた腹が鳴る。どれにしようかしら。

焼きそばパン、グラタンパン、ピザパン。どれも美味しそうだけど……

やっぱり定番の焼きそばパンね。あたしはトングで一つトレーに取ると、

冷温庫から牛乳を一瓶取って会計に持っていった。

 

「いらっしゃいませ。焼きそば1つ、牛乳1つで、4Gですね」

 

「はい、ちょうどね」

 

相変わらず物価安っすいわね。とは言え、ミニッツリピーターを買い戻す目標がある今、

所持金は相対的に見てマイナスなんだけど。

店を出るとあたしは適当なベンチに腰掛けて、紙袋からパンと牛乳を取り出して、

まずはパンを一口かじる。ああ美味しい。

この組み合わせ考えた人が歴史に名を残してないのは歴史上の大きな謎ね。

そして牛乳の柔らかい味で喉を潤し、焼きそばパンをもう一口。

 

腹の虫が治まってきた。空腹が解消されたところで、ふと現実的な問題を思い出した。

さっきのミニッツリピーター。なんとしてもこの手に取り戻したいところだけど、

それには600万G以上稼がなきゃいけない。今の所持金が900万弱。

愛しの相棒は今1500万Gで売られてる。

 

教会運営の補助金月1万Gじゃ、貯まる頃にはババアになってるわ。

どっかのカジノで一獲千金を狙うとか?いやよ。

博打なんて胴元が勝つに決まってるんだし、ギャンブルは嫌いなの。

アホの親父がパチンコで700万借金こさえて家ん中めちゃくちゃにして以来ね。

 

さっきから数字の話ばっかりで悪いわね。

とにかく、何か600万Gに相当する価値ある何かを見つけないと、どうしようもないわ。

あたしは紙袋をゴミ箱に放り込み、牛乳瓶を店先のケースに入れた。

そして広場に戻ると、チラシを配り終えたジョゼットが駆け寄ってきた。

 

「里沙子さーん!」

 

「チラシ配りは上手く行った?」

 

「はい、バッチリです!やっぱり手書きだと心がこもってるせいか、

みなさん快く受け取ってくれました!」

 

「溝に捨てられてても落ち込むんじゃないわよ。配布チラシってそういうもんだから」

 

「失礼ですね!そんなことあるわけない……ああっ!ゴミ箱に捨てられてる……」

 

「きちんとゴミ箱に入れてくれただけまだマシよ。

地面にポイ捨てされて街が汚れると、広告主までイメージが悪くなるんだから。

そうそう、今何時かしら。ええと……」

 

あたしが硬貨だらけのハンドバッグをかき回していると、

しばらく使ってないものが出てきた。内ポケットに入れてたから気づかなかったスマホ。

電源ボタンを押すと、まだバッテリーは50%くらい残ってる。

当然圏外で誰からもかかってこないからすっかり忘れてたわ。

 

うーん、スマホの時計は正確だけど、この世界の技術じゃ量産できないわね。

地球の時刻とミドルファンタジアの時刻がリンクしてるかも不明だし。

……あれ、“量産”?自分で思い至った言葉に何か引っかかり、

急いで画面をスライドすると、お気に入り画像や文書のフォルダが現れた。

 

「それなんですか、里沙子さん?……うわぁ、綺麗!とってもカラフルに光ってる!

ねぇ、これなんですか。アースの美術品ですか?……里沙子さん?」

 

「ふ、ふふ。ふふふふ……」

 

「うっ、里沙子さん。どうしたんですか……?」

 

「これよ、これだわ、これなのよ!」

 

「なにがこれなんですか?わたくしにも教えてください!」

 

「こうしちゃいられないわ、ジョゼット、行くわよ!」

 

「えっ、待ってくださいよ里沙子さん。なにか言ってー」

 

天啓が下ったあたしは、ジョゼットを無視してダッシュで市場を通り抜け、

目的地を目指した。そして裏路地に飛び込み、その店のドアを開けた。

そこは当然マリーのジャンク屋。

 

「はぁ、はぁ、マリーいる……?」

 

「はいな。どうしたのリサっち。そんなに慌てて」

 

マリーはいつも通りTシャツにデニムのホットパンツのラフな格好で、

スナックを食いながら奥から出てきた。

 

「スマホ、スマホの充電がしたいの……

マイクロUSBと、USBからコンセントに繋げるアダプタちょうだい」

 

「あーごめん。基本そういう細かいの置きっぱだから自分で探して。

あたしはテレビ見る」

 

「邪魔するわよ……」

 

マリーのマイペースな対応になんだかほっとしつつ、

あたしは店の奥にある電子部品コーナーという名のガラクタ置き場をあさり始めた。

スマホに繋げる充電用USBとUSBからコンセントに繋げるパーツ。

コンセントは割りと簡単に見つかるっていうかうちにある。

 

絶縁テープを巻いた空き缶に、変圧回路を経由してケーブルを繋いで、

タップに接続して缶に雷光石を入れれば、はい終わり。

雷光石は雑貨屋か、メリル宝飾店で手に入るわ。

でも、宝飾店には純度の高い宝石みたいなやつしか置いてないから、

消耗品として使うにはもったいないわね。

 

問題はスマホ充電用のUSBケーブルがあるかどうか。

あたしはガサゴソとジャンクの山をかき分ける。

これはどうかしら……違う、ガラケー用。こっちは?両方普通のUSBじゃないの、次!

片方がスマホに差さるUSB、小さいやつ小さいやつ……あった!

念のためスマホに差してみて対応してるか確認。うん、ピッタリ!

カウンターに持っていってマリーに声をかける。今日は“真昼の用心棒”見てる。

趣味が広いわね。

 

「マリー、これちょうだい」

 

「3Gでよい。置いといて~」

 

「一応モノくらい見たら?よくそれで店潰れないわね」

 

「結構手広くやってるからねー。……おおっ、飲んだくれ兄貴強ええ」

 

背中を向けたまま商品すら見ないでこの対応。だからここは好きなのよ。

店の収入だけで食っていけてるとは思えないけど、他が何かを知りたいとは思わない。

あたし自身あれこれ詮索されるのはご免だからね。

自分がされたくないことを気の置けない相手にするのは、人として下等な行為よ。

これでも一応良心の燃えカスくらいは残ってる。

それはさておき、目的のブツは手に入ったわ。カウンターに3G置く。

 

「またね、マリー」

 

「ういっす、まいど。ジョゼットちゃんもまたねー」

 

「え、はい、さようなら!」

 

今まで空気だったジョゼットにもちゃんと気づいてたマリーと別れると、店から出た。

裏路地を通っていつもの通りに出ると、帰路につく。

 

「ジョゼット、もう帰るけど、買い忘れはない?」

 

「はい!」

 

「よし、それじゃあ……あ、ちょっと待って!」

 

「どうしたんですか?いつもは早く帰りたがるのに」

 

「どうしても要るものが発生!

雑貨屋までひとっ走り行ってくるから、広場で待ってて!」

 

「はぁ」

 

あたしは息を切らせて雑貨屋まで駆け込むと、

必要なものを一通り買い物かごに放り込み、大きなものは直接店員に注文した。

これでオーケー。今晩が楽しみだわ。

大きな紙袋に入った荷物を抱えるあたしを見たジョゼットは驚いて聞いてきた。

 

「なんですか里沙子さん!?そんなにたくさん荷物抱えて」

 

「一獲千金のチャンスを掴むのよ。こいつでね。フフ……」

 

「あ、なんか悪巧みしてる顔だ。ジョゼットにも教えてください!」

 

「教えたら意味がなくなる性質のものなのよ。帰りましょう」

 

「待って!置いてかないでくださーい」

 

それで、家に帰ったあたし達はジョゼットの作った早めの夕食を食べたんだけど、

食べてる間もワクワクが止まらない。

いつの間にかニヤついていたのか、ジョゼットが怯えた様子で声をかけてきた。

 

「里沙子さん……本当に大丈夫ですか?なんだかキモいです」

 

「ふふっ、ちゃんと気持ち悪いって言いなさい……」

 

「やっぱり変ですよ!いつもの里沙子さんだったら、

キモいなんて言おうもんならゲンコツが10発くらい飛んで来るのに!」

 

「そんなことどうでもいいの。相棒を取り戻すことができるかもしれないんだから……」

 

「相棒って、里沙子さんの時計ですか?危ないことじゃないですよね……?」

 

「“あたしは”危なくないわ、あたしはね」

 

「どういうことなんですか?」

 

「秘密よ。時が来るまで」

 

「ううっ……マリア様、どうか里沙子さんをお救いください。

きっと悪魔との戦いで頭を打ったんです!」

 

「ふぅ、ごちそうさま。あたしは今夜部屋にこもるわ。

大事な作業があるから邪魔しないでね。ああそれと、あたし明日から旅に出るから。

1週間は戻らないから家は頼んだわよ」

 

「え、旅!?一体どこに何しに行くんですか?」

 

あたしは足元に置いた紙袋から1冊のハンドブックを取り出した。

“鍛冶の街 イグニール領観光ガイド”。

折りたたみ式の地図になっているそれを広げると、ジョゼットが立ち上がって覗き込む。

 

「うわぁ。鍛冶屋さんと工場がいっぱいですね」

 

確かに地図には鍛冶屋を表すハンマーや工場の煙突のマークが、

ざっと見て100以上点在してる。全部を回るわけにはいかないわ。

あとで目的の物を作ってくれる店を吟味しなきゃ。

 

「そう。ちょっと作って欲しいものがあるの。

2度も往復はできないから泊まり込んで出来上がりを待つ。

じゃあ、あたしはお先に失礼~」

 

「はぁ……」

 

あたしは地図をしまうと、一旦購入したものを全部私室に持ち込んだ。

そしてベッドの上に脱ぎっぱなしのパジャマを拾ってバスルームに向かい、

シャワーで汗を流して髪を洗う。

そうそう、このシャワーもイグニールの鍛冶屋に作ってもらったのよ。

手洗いで洗濯するスペースをシャワールームに改造したの。

この領地にはリフォーム業者なんて気の利いたものはないけど、

建築家に依頼すればイグニールの工業技術にありつけるってわけ。

 

料金は仲介料込みで10000G。安くはないけど、便利な生活には代えられないわ。

井戸水組み上げなくても水が出るのも、こうしてシャワーを浴びられるのも、

イグニールから来た技術者のおかげ。あたしはシャワーを止めると、脱衣所に出る。

バスタオルで身体を拭いてパジャマに着替えると……いよいよミッション開始よ!

 

私室に戻ると、まずは表が地図になってる折りたたみ式ハンドブックを裏返し、

各工場の生産品、得意分野一覧に目を通す。

ふむふむ。ここは0.01mmの精度で各種パイプを生産できて、

こっちは丈夫で精巧なバネを作れるってわけね。

あたしは目星を付けた鍛冶屋・工場に次々丸をつけていく。

 

「こんなところかしら」

 

これなら必要なものが揃いそう。お店選びを終えたあたしは、

今度は机に雑貨屋で買った文房具用意し、大きな紙を一枚取り出して広げ、

スマホにマイクロUSBを接続して、手作りの雷光石バッテリーのコンセントに差した。

久方ぶりに手持ちのパソコンとも言える文明の利器に命が吹き込まれる。

 

ホーム画面から何ページかスライドし、お気に入り画像のフォルダを開き、

目的の画像を表示した。ちょっと見づらいけどここは我慢ね。

いずれマリーの店にノートパソコンかプリンターが流れ着くのを待ちましょう。

 

あたしは紙に定規で線を引きつつ、スマホ画面をスライド、を繰り返し、

書き上がったら新しい紙に同じく別の部品を描き始めた。

ああ、小さいスマホの画面を見ながら細かい線を書くのは予想以上に疲れるわ。

目が痛くなってきた。あたしは一旦手を止め目頭を押さえ、大きく伸びをした。

 

「んんっ……さて、もうひと踏ん張り」

 

あたしはひたすら紙とスマホとにらめっこを続け、気づくと鶏が鳴く朝になっていた。

結局貫徹か。まだ駆け出しのSEだった頃、時間配分をミスった時たまにあったわね。

それはともかく、完成したわ。あたしに道を切り拓く、かもしれない叡智の結晶が!

どの設計図も満足の行く出来栄え。

 

折り目が付かないように、厚紙の筒に設計図を丸めて入れて、リュックサックに入れた。

そんで、私室の隅に置いてあるあたしの財産袋Aも入れる。

この財産袋はAからJまであって、あたしの全財産を小分けにして入れて

教会の各所に隠してある。

初めてここに来た時、とても1000万G全部を運べなかったっていう事情もあるけど。

そう言えばここ、銀行はあるのかしら。旅から戻ったら調べてみなきゃ。

 

あたしは身支度をして、ずしりと肩に食い込むリュックサックを背負うと1階に下りた。

もうジョゼットが起きて朝食の準備をしている。

一旦リュックサックを下ろしてダイニングのテーブルに着く。

ああ、小分けにしても100万Gを越える金貨はかなり重くて、徹夜明けの身体に堪える。

 

「おはようございます、里沙子さん。朝食ですよー」

 

「おはよ、ジョゼット。朝からいきなり力仕事で姉さん憂鬱」

 

「本当にしっかりしてくださいね。それに、その重そうな鞄、何が入ってるんですか」

 

ジョゼットが朝食を並べながら、早くも疲れ気味のあたしに聞いてくる。

献立はミニサラダ、トースト、ベーコンエッグ、牛乳。

 

「これは先人の残した遺産とそれを具現化するための最高傑作。

心配しないで。どんな物事にも産みの苦しみはついて回るものなのよ。

これが成功したらあたしらは大金持ちになれるかもしれない」

 

「意味わかんないです~とにかく生きて帰ってきてくださいね……」

 

「わかってるわよ」

 

朝食を食べ終えたあたしは、再びリュックサックを背負い、

玄関を出ようとしたんだけど、残念な事実に気がついた。

もちろんイグニール領までは馬車を使うつもりだけど、

ハッピーマイルズ・セントラルの駅馬車広場までは歩きだってことすっかり忘れてた。

出鼻くじかれたみたいでうんざり。野盗が出たら躊躇わず殺そう。

 

「いってらっしゃーい!」

 

「後、頼むわね」

 

ジョゼットに見送られて、一人重量オーバーの行軍に出発したあたし。

よく重量制限の概念があるオープンワールド系のゲームで、

制限無視してアイテムを拾いまくり、

ゆっくり牛歩で街まで持ち帰るってのを楽しんでたんだけど、

実際体験してみると彼らには悪いことしてたわ。ごめんよ、Vault101のアイツ。

 

幸い野盗は出なかったものの、駅馬車広場にたどり着く頃にはすっかり汗だくで、

疲労困憊で事務所になだれ込んだ。事務員もあたしの異様な姿に若干引いてた。

そんなこと気にする余裕もないあたしは、息切れしながらもなんとか用件を伝えた。

 

「馬車、1日、貸し切り……イグニール…中型……」

 

「お、おう。イグニールまでの貸し切りなら300Gだ。前金150G」

 

あたしが黙って金を差し出すと、事務員が番号札を渡してきた。

よたよたと停車場まで行き、指定の番号の馬車を見つけると、

御者に札を渡す前に重いリュックを車に載せた。ドスンという音で馬が驚く。

 

「おい、姉ちゃん、気をつけてくれ。札は?」

 

「これよ。イグニールまでお願い……ああ疲れた!」

 

「あいよ、乗ってくんな」

 

ようやく重い荷物から開放されたあたしは、椅子に座り込んで息をついた。

ガタゴトと音を立てて馬車が走り出す。

ああ、自分の足で歩かなくっていいって素敵だわ。

話によると、イグニールまでは馬車で2時間ほどらしいから、

ちょっと仮眠を取ろうかしら。今日はいろいろ回ることになるんだし。

 

……で、目が覚めると、窓から見える景色が一変してた。

殆どの建造物が木とレンガと石でできていたハッピーマイルズと違い、

産業革命時代のイギリスのように、

鉄とセメントが視界を占める、まさに工業都市だった。

あちこちに工場や、鍛冶屋が立ち並び、

剣山のように突き出る煙突からはモクモクと煙が昇る。

 

機械工学に興味があるあたしとしては、こっちのほうが面白みはあるけど、

空気の味がよろしくないわね。

住むなら退屈でもハッピーマイルズのほうが身体には良さそう。

あたしは地図を広げると、まず、丸を付けて番号を振った鍛冶屋と工場のうち、

1番目の鍛冶屋に向かうよう御者の兄ちゃんに頼んだ。

 

「ねえお兄さん、地図のこの番号に向かってちょうだいな」

 

「ああ。こっからなら10分もありゃ着く」

 

すると、馬車は進路を変えて石畳の続く道を進んだ。すると、兄ちゃんの言った通り、

10分ほどでハンマーと釘の絵が刻まれた看板のかかった鍛冶屋の前に到着した。

 

「ありがとう。ちょっと待っててね」

 

「貸し切りだから別に急がなくていいぞ」

 

あたしは、リュックから筒を取り出すと、店の中に入った。

店にはフライパンやヤカンみたいな金物が並んでる。

奥から金槌を叩く音が絶え間なく響いてくる。

その音を追っていくと、背は低いけど、全身を鋼のような筋肉で包んだドワーフがいて、

あたしに気づくとじろりとこっちを見て言った。

 

「……何の用だ」

 

「ここに腕のいい鍛冶職人がいると聞いて来たの。

精巧でしかも丈夫なパイプを作れる、イグニール随一の職人が、ね」

 

「用件を言え」

 

「単刀直入に言うわ。この設計図に書いてるパイプを6本作って欲しいの。

許容誤差は0.01mm」

 

あたしは筒から取り出した設計図をドワーフに渡した。

彼は乱暴に受け取ると、設計図をちらと見て、

 

「冷やかしなら帰れ」

 

設計図を放り出した。予想通りの反応ね。

あたしはそれを拾い上げると、更に付け加えた。

 

「あら、できないの。イグニール1の名工と聞いてきたのに残念だわ」

 

「お前に払える額じゃないと言っている」

 

「現金一括前払い」

 

「なんだと?」

 

「多少無茶な要求をしてることは承知してるわ。

だから、こっちもそれ相応の対価は用意してる。

高度な技術が安くないことくらいはわかってる。だからこの条件で引き受けて欲しいの。

もう一度お願いするわ。これを、作って」

 

「……見せてみろ」

 

ドワーフはもう一度設計図を受け取ると、端から端まで目を通した。そして口を開く。

 

「6本で6000Gだ。払えるんだろうな」

 

「もちろん。今、持ってくるわ」

 

あたしは馬車に戻ると、通行人の目に触れないように、

馬車の中で100G金貨を60枚ボロい袋に入れて、また店に入った。

それでドワーフに渡すと、彼は何も言わずに金貨を数え、計算が終わると一言。

 

「完成は3日後だ。少し待て。

……ふん、どこの貴族だか知らんがわけのわからん物を欲しがる」

 

ドワーフは店の精算所に行くと、領収書に何かを書いて判を押し、あたしに突き出した。

受け取った料金と、収める品物、納期が記入され、

店主の名前らしき判子が押されていた。なるほど、領収書兼引換券ね。

 

「ほら、用が済んだらさっさと行け」

 

「お願いね」

 

あたしは店を出ると、馬車に乗り込み、地図を広げて次の目的地を探す。

ええと、ここから一番近いのは、と。

最寄りのマーク付き工場を見つけると、また御者の兄ちゃんに行き先を伝える。

 

「ああ、この工場な。お客さん、鍛冶屋や工場なんか回ってどうするんだい。

別に見てて楽しいもんでもないだろう」

 

「どうしても作りたいものがあるの。その部品集め。さあ、工場までお願い」

 

「ハイヨー」

 

次に向かうのは川沿いの小さな工場。

工場のサイズに合わせたのか知らないけど、作ってるものも小さなもの。

小さいけど、停車場もあるからそこに馬車を停めてもらって、

開け放たれた工場の入り口そばにある、

電話ボックスみたいな受付所の中にいる係員に話しかけた。

 

「もしもし」

 

「はい、何か?」

 

「こちらでオーダーメイドのバネを作っていると聞いてきたんだけど、

6つほどお願いできるかしら」

 

「あいすみません。バネの製作依頼は企業向けの大口発注のみ承っておりまして、

最低でも100個以上からの受付となります」

 

「この際100個で構わないわ。こういうバネを作って。しなやかで、それでいて頑丈な」

 

あたしは窓からさっきとは別の設計図を渡す。それを広げて係員が困った顔をする。

 

「う~ん、失礼。少し上司と相談させてください」

 

係員が受付所から出て工場の中へ走っていった。

足元の砂利を蹴ったりして、しばらくぶらぶらとうろついていると、

さっきの係員と上司らしき男が工場から出てきた。

あたしが彼らに向き合うと、上司も困った顔で説明を始めた。

 

「どうも、この工場の主任です。う~ん、お客さんの注文書なんですがね、

作れないことはないんですが、かなり割高になりますよ?

しかもこの精度と強度となると、100個で10000Gはかかっちゃいますね」

 

「構いません。どうしても必要ですの。10000Gで作ってくださいな」

 

「え!?本当にいいんですか?

もうちょっと性能面で妥協すれば街の金物屋で1個から買えますけど……」

 

「極限まで高めた性能が必要ですの。先払いでいいので作ってください」

 

「……わかりました。じゃあ、一旦この設計図はお預かりしてもよろしいでしょうか。

代金はそこの受付で」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

あたしはまた馬車に戻って、例によって10000Gを取り出して袋に詰め、

さっきの受付所で代金を払った。大量の金貨を見た係員が目を丸くする。

 

「確かに……受け取りました。

あの、失礼ですが、お客様のような女性の方がバネなど何に……」

 

「訳あってそれは話せませんの」

 

「……そうですか。いや失礼致しました。こちら、領収書です。

出来上がりは2日ですので、それ以降にお受け取りをお願いします」

 

「わかりました。ありがとう」

 

2枚目の領収書を手に入れたあたしは馬車に戻った。

それ以降も、同様にハンドル、車輪なんかの必要な部品を、

いろんな鍛冶屋・工場を回って注文したの。

最後の部品を注文したら、御者の兄ちゃんに宿屋に連れて行ってもらって、

そこでリュックを背負って馬車を下りた。

ほうぼうで派手に金を使ったから、出発したときよりかなり軽くなってたわ。

あとは待つだけよ。

 

「今日はありがとう。残金の150Gね。あと、これは気持ち」

 

「おお、ありがてえ!またうちの馬車使ってくれよな!じゃあな」

 

馬車を見送ると、あたしは宿屋に入り、カウンターの店員に話しかけた。

 

「もしもし、1週間ほど滞在したいのだけど、空き部屋はあるかしら」

 

「あるよ。この宿が出来てから満室になったことなんてないさ。で、部屋はどうする。

エコノミー10G、ファースト25G、キング50G、どれも食事付き」

 

「キングで」

 

安部屋のベッドにはダニや変な虫がいるからね。係の愛想も良くない。

金出して病気と不愉快を買うくらいなら、少し多めの出費も安いものよ。

 

「お客さん羽振りがいいねえ!おーい、キング1名様ご案内だよ!これ鍵ね」

 

奥から“へーい”と背の高い荷物持ちの兄ちゃんが出てきた。

軽くなったとは言え、まだ楽に背負えるとは言えないあたしのリュックを持って

部屋に案内してくれた。

 

「ごゆっくり」

 

「ありがと」

 

あたしはリュックを部屋の隅に寄せると、清潔なダブルベッドに大の字になった。

シャワーを浴びようと思ったけど、さすがに今は疲れてる。一旦仮眠しましょう。

あたしは例の物の完成した姿を想像し、

ニヤニヤしながら、やがてストンと眠りに落ちた。

 

「んふふ……600万……あたしの時計……」

 

 


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