虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうけど、虎の子なんて何に使うの?
「そろそろだわね」
あたしはうちわでバサバサと扇ぎながら、3杯目の水を飲み干した。
日本と違ってミドルファンタジアの夏は湿気が少なくてカラッとしてるけど、
それでも暑いもんは暑い。
袖まくりしてても、汗で背中に服が張り付いて気持ち悪いのなんの。
「そろそろって何がだ?」
暑さ寒さに強いルーベルはわかってない様子で1杯目をちびちび飲みながら聞いてきた。
「わかんないの?この暑さよ暑さ。
去年ジョゼットとエレオノーラがぶっ倒れて
大聖堂教会にお世話んなったこと忘れたの?」
「ああ、あれか。あれからもうすぐ1年か。時間が流れるのは早えなぁ」
「里沙子さんが妙に優しくて嬉しかったのを覚えてます~」
「“妙に”って表現が引っかかるけど置いといてやるわ。
多分アースじゃもう梅雨入りしてる頃だと思う。
本格的な夏に突入する前に暑さ対策をしとく必要があるってわけよ」
去年の反省を踏まえて熱中症対策に総員にこまめな水分補給を指示してる。
ジョゼットもコップの水を片手に椅子に座った。
幸いルーベルやエレオノーラと言った主要メンバーは集まってるし、
今から会議を始めても問題ないでしょ。
「ねえ、“つゆ”って何……?」
「……皇国やお姉さまの生まれ故郷では毎年6月から7月にかけて
雨の続く時期がありますの。それが梅雨。
アジサイの花が綺麗ですけど、蒸し暑くて過ごしにくくもありますわ」
しんどそうにピーネが尋ね、しんどそうにパルフェムが答える。
ワクワクちびっこランドには魔導空調機があるとは言え、
分厚い着物を着てるパルフェムは油断できない。まだ小さいピーネも同じく。
「じゃあ、みんな今年の暑さを乗り切るアイデアを出して。
最初に言っとくけど、また大聖堂教会にお泊りって案はナシ。教会はホテルじゃない」
「お祖父様は気になさらないと思うんですが……。
むしろ皆さんが泊まってくださっている間は本当に楽しそうでした」
「去年も言ったけどそれに甘えてちゃ社会人失格なのよ、マーブルみたいに。
それに、エレオとジョゼットは前の夏あんなことになったから特に注意が必要。
どっちもその修道服から着替えるつもりはないんでしょ?」
「それはそうですが……」
「ミサがある日以外にも、街で信者の方とお会いすることがありますから無理です~」
「カシオピイアも職務上毎日軍服だって言ってたから、駄目でしょうね。
だったら基本的に服を着替えるのは無理だと考えたほうがいいわ。
他になんかない?ルーベル」
いきなり指されたルーベルが飲みかけた水でむせる。
「ごほ!げっほ!…急に話向けんなよ!暑さ対策かぁ……。
そうだ!お前去年言ってたよな?みんなに氷袋持たせたらどうかって」
「ああ、氷嚢ね。あんたやエリカは平気だから要らないとして、
熱中症対策が必要な住人6人分の氷。ジョゼット、これから毎日用意できそう?」
「無理だと思いますぅ…。
冷温庫は冷やす力が弱くて、完全な氷を作るまでに3日は掛かります。
それに全員分となると、中のお肉やお魚を全部外に出さないと
型を置くスペースが足りません」
「肝心なときに役に立たないのね、あれ。何のために毎月公共マナ代払ってんだか。
他にアイデアがある人は挙手」
「あのう、氷が作れないのはうちの冷温庫がボロくて小さいからであって、
最新式の大型冷温庫に買い換えれば……」
「あー、聞きたくない。そんな現実は聞きたくない。何万G出てくと思ってんの。
もっと金がかからなくて効率的な方法はないもんかしら」
「お姉さま、パルフェム達のことはご心配なく……。
夏場は空調の効いた部屋でじっとしていますから」
「秋が来るまでひきこもり?
それはいくらグータラ生活万歳のあたしでも承服しかねるわ。
脚の筋肉が退化して動けなくなるわよ」
「じゃあどうしろってんだよ。お前も何か考えを出せ」
「やっぱりみんなにI♡NYのTシャツとデニムの短パン穿いてもらうしか」
「だめでーす!マリア様にお仕えする身であるわたくし達が……」
カチャ、ギィ
玄関ドアが音を立てたから一瞬不審者来訪かと思ったけど、
鍵を開けて普通に入ってきたからホッとした。街の巡回から帰ってきたカシオピイア。
「おかえり、カシオピイア」
「ただいま」
「ジョゼット、冷たいお水入れてあげて。……まぁ、汗だくじゃない」
「わかりました~」
「大丈夫」
大丈夫とは言うけど、制服が汗でぐっしょり。
日傘も差さずにクソ暑い中歩きまわってきたんだから辛いに決まってるけど、
それを表に出さないからある意味エレオ達より危険なのよね。
「ほら。隣、座んなさいな。
今あなたを苦しめてる暑さにどう対処するか話し合ってるの。汗も拭いて」
ハンカチでおでこの汗を拭ってあげた。
「うん、ありがとう」
「お疲れ様です。どうぞ」
「ありがとう」
ジョゼットから氷水を受け取ると、カシオピイアは一気に飲み干す。
う~ん、やっぱり喉が渇いてたのね。早いとこ何か手を打たないと。
腕を組んで考え込んでいると、カシオピイアが1枚の紙を差し出してきた。
「何これ」
「ポストに、入ってた」
「どれどれ」
それを見てあたしは眉をひそめる。こいつ、またあたしの前に現れやがったわね……!
紙面に踊るのは《第一回サラマンダラス帝国大運動会》の文字。
運動会なんざ、あたしの中で嫌いなイベントランキングぶっちぎりの1位じゃない。
賭けてもいいけど、無記名でやりたい・やりたくないのアンケート取ったら
絶対やりたくないが勝つに決まってる。
ああやだやだ、何で異世界に来てまで
不愉快な思い出しかない催し物と関わらなきゃならんのか。
活字として目にするのも嫌だから、テーブルの真ん中に放り出して、
思考の続きに戻った。
すると、チラシに興味を示したエレオノーラが手を伸ばし、目を通す。
何かを考えているのか、彼女は顎に指を当てながら熟読している。
「どしたのエレオ。出たいとか言わないでよ?」
「これですよ里沙子さん!」
「なに?賞品が魔導空調機とか?
だとしても1部屋しか冷やせない機械のために出場する気はない」
「もっと凄いものです!とにかく見てください」
いつも落ち着いてるエレオが珍しく目を輝かせてチラシを見せつけてきたもんだから、
改めて読んで見る。
《サファイアスターカップ賞品》
1位:コスモエレメント・氷雪
2位:魔導空調機
3位:魔国製固体マナ内蔵式無属性光線銃
参加賞:お菓子詰め合わせ
敢闘賞:ひみつ
1位を意味不明な物が陣取ってる。
さっぱり用途がわからないものについてエレオに聞いてみる。
「エレオはきっとコスモなんちゃらで喜んでると思うんだけど、
あたしとしては3位の光線銃が魅力的」
「銃なんていくらでも手に入るじゃありませんか!
コスモエレメントは、極稀に、本当に稀に宇宙から降ってくるのを待つしかない、
魔術に関わる者なら皆、喉から手が出るほど欲しがるとても貴重な魔法触媒なんです!」
「さいですか」
強装弾やサイレントボックスの魔法ともめっきりご無沙汰のあたしは
まるで興味がなかったから、つい返事がおざなりになってしまった。
「真面目に聞いてください!コスモエレメント・氷雪が手に入れば夏の暑さどころか、
超上級水属性魔法を軽々と扱えるんです!
ゼロの氷点、アイスエイジ、ハボクック招来、なんだって!」
「ああ、わかったから、わかったから。ただでさえ暑いんだから熱くならないで。
そっち方面に詳しくないあたし達にコスモエレメントで何ができるのか教えてよ」
とりあえず、いつの間にか立ち上がって語っていたエレオを落ち着かせた。
ヒートアップしていた自分に気づいた彼女も少し恥じらった様子で椅子に座り直す。
「こほん、失礼しました。コスモエレメントとは、大宇宙を構成する要素。
つまり宇宙空間の凍える寒さや、恒星の放つ超高熱が
各属性の結晶となってこの星に降り注いで来たものなんです。
誕生過程のメカニズムは未だに解明されていませんが、
それぞれの属性のコスモエレメントは無限に近い、というより
人間には使い切れないエネルギーを秘めています」
「それが、この嫌がらせのような暑さを解消してくれるっての?」
「端的に言えばそうなります。
エレメントは常に属性に対応した空気をまとい、扱いも容易。
魔力を宿した手でちぎるように分裂させることができます。
”氷雪”の場合は強力な冷気を絶え間なく放ちますから、
麻袋などに包んで皆さんに配れば、
わざわざ魔導空調機を買い足さなくても簡単に携帯できる冷房として活用できるんです」
「へぇ!そりゃ凄いけど奇跡の触媒がなんだかスケールが小さくなったわね。
ウチらしいと言えばウチらしいけど。というわけで、ルーベル頼んだわよ」
どこか他人事のように聞いていたルーベルが、またコップの水を吹き出した。
「ぶほっ!なんだよいきなり!頼んだってどういうことだよ!?」
「この中で一番の体力自慢といえばあんたしかいないじゃない。
絶対1位になって氷雪のコスモエレメントをゲットしてくるのよ?」
「なんで私が!」
「協力してちょうだいな。またエレオやジョゼットが倒れてもいいの?」
「そりゃあ、良くないけどよう……」
「お姉ちゃん」
カシオピイアがくいくいと袖を引っ張る。
「それ、無理」
「ええ!?なんで!」
そして、またエレオから受け取ったチラシを見せる。
備考欄にこんなことが書いてあった。
《人間以外の参加はできかねますのでご了承ください》
「ああん!?何よこれ!人種差別でしょうが!」
「私は人間じゃないんだが」
「そう。人間じゃないから、ルーベルが有利になる。
だから、他の種族は、別エリアで、大会がある」
「あ、本当だわ。《クリムゾンカップ》とやらでは、ドワーフ限定になってる。
……じゃあ、結局誰が出ればいいのよ!?」
ダイニングの真ん中で叫ぶと、皆が一斉にあたしを見る。
「な、なによあんた達。
まさか今更あたしに炎天下の中、徒競走や玉入れをやれって言うんじゃないでしょうね?
あたしもう24よ?にじゅうよん!」
「他に誰がいる。そりゃどんぐりの背比べだが、
私を外せば一番運動神経がいいのはお前しかいないだろう。一応実戦慣れしてるんだし」
「絶対に嫌よ!
人だらけの会場で集団行動強いられるのも、
風で飛んできた砂まみれの弁当を食べるのも!
あたしがインドア派だって設定忘れてない?」
「では、諦めるしかありませんね……。わたくしでは1位を取るなんて無理ですし」
「わたしも立場上、こういった大会への出場は遠慮しなくては……」
「お姉さま、パルフェムにお任せくださいませ!
なんとしてもコスモエレメントを勝ち取ってきて見せますわ!
きっと魔法の使用は禁止されてるでしょうけど。
きっと大勢の参加者にもみくちゃにされるでしょうけど」
「おい、どうすんだ24歳?家主の里沙子さんが子供に危ない役を押し付けていいのか?」
「うっさいわよ、出ないくせに!
……そうだ、カシオピイア!あなた出てくれないかしら?
軍人だから運動とか得意でしょ?」
ものすごくよく観察したら悲しそうだとわかる表情を浮かべて、彼女は首を振る。
「ごめん……。当日、会場の警備がある。応援、してるから」
最後の望みが絶たれ、あたしは落胆してもう一度チラシに目を落とす。
「はぁ。開催はちょうど一週間後。
汚れてもいいっていうか捨ててもいい服用意しとかなきゃ」
開催地はミストセルヴァ領の広場。
帝都から馬車で東に行くと近い領地で、ヴェロニカが暮らしてるところね。
それにしても、わざわざ菓子袋ひとつ目当てに西の果てまで来る奴なんて、
あたし以外にいるのかしら。
いた。あれから一週間。
キャザリエ洋裁店でワゴン行きになってたジャージに身を包み、
呆然として泥の臭いが漂う広場に立ち尽くす。
いかにも怪力ですって言わんばかりのガタイのいいスキンヘッドのオッサンや、
プロレスラーみたいなオバサン。
その他筋肉には困ってませんと全身で語るような連中が今や遅しと開会を待ちわびてる。
エレオの神の見えざる手で帝都までワープして、
駅馬車広場で馬車を雇って会場まで来たんだけど、
停車場の馬車がやけに少ないことに気づくべきだった。
まぁ、気づいたところで今の状況はどうにもできなかったんだけどさ。
「わ~、たくさん人がいますね!お祭りみたいで楽しいです!」
「本当に街の市場といい、吐き気がするような人混みの何が楽しいの?
あんたには4Kの立体映像にでも見えてるわけ?」
「うだうだ言ってねえで早くエントリーしてこいよ。列は伸びる一方だぞ」
「うるさいわね、行きゃいいんでしょ!」
大きな仮設テントの下に長テーブルを並べた受付に並ぶ。暑い。
こんなことならもっと早く来るんだった。
でもそうすると、今度は開始時間まで蒸し暑さの中長時間待つことになるのよね。
だからアウトドアは嫌なのよ。
心の中で毒づいていると、徐々に先頭の様子が見えてきた。
みんな名簿に名前を書いてる。軍手をはめた手で自分を扇ぎつつ待つこと15分。
やっと順番が回ってきた。
「おはようございます。エントリーですか?」
「そう。お願い」
「ではこちらにお名前と緊急時の連絡先を」
「うい」
名簿に名前とハッピーマイルズ教会の住所を書く。すると受付がなんか渡してきた。
「こちらを着けて開会までお待ち下さい」
37番のゼッケンとヘルメット。
こんなもん二度と見たくなかったけど、とりあえず列を離れて着用する。
開会は9時。まだ時間があるから、一旦ジョゼット達のところまで戻った。
「やってらんないわ。早くも頭の中が蒸し風呂状態」
「頑張ってくださいね。わたし達も応援していますから」
「わざわざエレオ達まで来なくても良かったのよ?大聖堂教会で待っててよかったのに。
白の服に泥が跳ねたら目立つでしょう。
この辺の土地、水分が多くて地面がぬかるんでるし」
「里沙子さんがわたし達のために出場してくださるんですから、
せめて近くで勝利を祈らせてください」
「そうですわ。里沙子お姉さまの活躍を見られるまたとない機会ですもの。
パルフェムもささやかながら声援を」
「私は……参加賞のお菓子セットがどんなものか見たくなっただけよ。
怪我しない程度に頑張れば?」
「ありがとさん。
カシオピイアはどこにいるのかわかんないけど、会ったら声かけとくわ」
《只今より、第一回サラマンダラス帝国大運動会サファイアスターカップを開催します。
参加者の皆様は待機所までお越しください》
べらべらとくっちゃべってると、開催のアナウンスが流れた。いよいよね。
「じゃあ、行ってくるから。やるだけやるけど駄目だったら諦めて」
「怪我のないように、無理はしないでくださいね」
皆と別れて白線で長方形に仕切られたスペースに移動する。
途中、受付の隣のテントを見た。トロフィーの横には各賞の賞品が並んでる。
“1位”の張り紙の上に、
紺色のコアを持つ小型のブラックホールのようなものが浮かんでて、
周囲に霜を付着させてるわ。
なるほど、あれがコスモエレメントね。
あれさえぶん取れば、二度と猛暑に苦しめられることはなくなる。
一度きりの苦行と考えておとなしく待機所に並んだ。
人の熱気で呼吸が辛い。
参加者が並び終わると、主催者がやらなくてもいい開会式を始めやがった。
壇上に上がり、マイクを取って開会の挨拶。義務教育時代の朝会思い出すわ。
始まる前から気力を削られる。
《あ、あ。皆様、これより第一回サラマンダラス帝国大運動会を開会したいと思います。
多数の勇気ある方々にお集まりいただき、
皇帝陛下もさぞお喜びくださっていることでしょう。
さて、本大会の開催趣旨についてご説明いたしますと、
近年アースから流れ込んでくる文化は
多種多様かつ未来を切り拓く可能性に富んだものであり、
帝国市民の方々にもそれらに触れていただきたいという陛下のお心から……》
長い。本格的に気分が悪くなってきた。
さっさとしてくれないと冗談抜きでリバースする。
っていうか、これ仕組んだの皇帝陛下?生真面目なおじさまが何やってるのやら。
《えー、であるからして、皇帝陛下のご意向により
運動会というアースのイベントの開催に至ったわけであります。
それでは、エントリーナンバー1番のマッスルアームズ君から代表して、選手宣誓》
今度は筋肉ダルマがステージに上がり、マイクを交代した。
手短に、ホント手短に頼むわ。
《宣誓!えーと、俺達は!スポーツマンシップを血で染め上げ!
たとえ命を落とそうと!並み居る敵を容赦なくぶち殺し!
観客共を震え上がらせることを、誓います!戦わなければ、生き残れない!!》
“エイ、エイ、オー!!”
ちょっと待ちなさいよ。なんか色々間違えてるわよ。変なのも交じってる。
アースの文化で何かやる時にはちゃんと地球人に確認を取りなさい。
観客も何の違和感もなく拍手送ってんじゃないわよ。
ねえ、これ本当に皇帝陛下が考えたの?
下請けから下請けにバトンタッチを繰り返す間に色々狂ったとしか思えない。
「誰か、あたしの話を聞いて。何かおかしいと思わない?」
《第一種目、50m棒旗取り競走を行います》
あたしの言葉に耳を貸すものはおらず、選手たちはぞろぞろと競技場に行ってしまう。
彼らに差し伸べた手は行き場を失い、とうとうあたし一人がポツンと取り残された。
《37番さーん、早く集まってください。失格になりますよ》
「ああもう、行けばいいんでしょうが!」
もう、なるようにしかならないと諦めて、あたしも競技場に駆け出した。
ゴツい荒くれ者達がきちんと整列している光景は、ある意味異様だった。
こいつらとガチンコ勝負で勝てるのか、今更ながら不安になってきたわ。
前方を確認すると、
運動場のライン引きで描かれた4本のコースの先に赤い旗が立てられてる。
1着でゴールしてあれを取ればいいのね。
やっぱり地面が湿気でドロドロだから、転ばないように注意しなきゃ。
……でもこの後、転倒どころかもっとヤバイものに対処しなきゃならなくなったのよね。
審判が始めたルール説明に目玉が飛び出る思いをしたわ。とにかく聞いてよ。
《第一種目のルールについて説明するのでよくお聞きください。
競技は4人ずつのレースで、50m先にある旗を取った人が勝者となり、
第二種目に進めます》
ふむふむなるほど。
《刃物、火器爆発物、魔法その他特殊能力の使用は禁止とさせていただきます》
チェッ、今回もクロノスハックの出番はないのね。
そう言えば、魔王編以来ろくな用途で使われた試しがない。
少なくともあたしの記憶にはない。
《ただし、それ以外の妨害行為は全面的に認められています。
タックル、パンチ、目潰し。
汚い手をたくさん使ってライバルを蹴落とし、見事勝利をもぎ取ってください。以上》
「ちょっと、何言ってんのあんた!?“以上”、じゃないわよ。
そんなメチャクチャなレースがどこにあるってのよ!あたしが怪我したらどうすんの!」
《本大会はアースの文化を忠実に再現するのが趣旨であります。異議は受け付けません》
「一体これのどこがアースの文化なのよ!
こんなダーティープレー誰も認めやしないわよ!」
《“オリンピックは戦争である”というアースの格言に基づくものです。
間もなく第一レースが始まりますので、棄権するか、列に戻るかを選んでください》
「あんたらもおかしいと思わないの!?下手したら病院送りになるのよ!」
“うっせーな、嫌なら下りろよ”
“競技が始まらねえだろ”
“やられたらやり返せばええんじゃい!”
“魔女ギルドから前金もらってんだよ。優勝賞品持ち帰ったら10万G”
こいつら……!!気づいたときには遅かった。
自分がアホ共の祭典に飛び込んでしまったことに。
きっと血が流れるまでこいつらは止まらない。
あたしは1位になろうという考えを捨てて、安全に退場できる方法を模索し始めた。
頑張ったけど駄目でしたという言い訳ができるような負け方を考える。
やがて第一走者がスタートラインについた。そして審判が宣言する。
──位置について。よーい、スタート!