面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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健康診断の結果が色々ヤバかったけど面倒だから無視ろうか迷い中

マリーがうちに来てから一週間。

何がしたいのかわからないスペード・フォーミュラからは何の音沙汰もない。

うんともすんとも言やしない。

とりあえず確かなのは彼女がすっかりこの家に馴染んでるってことだけ。

 

「ほぉ~!今日の朝食も豪盛ですなぁ、さすがお金持ち」

 

今朝のメニューはトースト、シーザーサラダ、ベーコンエッグ、コーンスープ。

豪盛とまではいかないけど、品数が多めだからあたしも配膳を手伝った。

スープが冷めると朝からテンション下がるからね。

 

「それほど金がかかってるわけじゃないわ。この企画が始まって2年になるけど、

ジョゼットの家事スキルが当初とは比べ物にならないほど上がったからね。

食材自体は普通だけど調理の段階で旨くなるってわけよ」

 

「えっ!?里沙子さんが、わたくしを褒めてる!嵐が来ないか心配になります……」

 

「褒めてない。事実を述べてるだけ。

そういや、ここに来たばかりの頃はとんだ微妙メシ女だったわよね、あんた」

 

「それが里沙子にこき使われてるうちに、立派な料理人になったってことか」

 

ルーベルが勝手な結論に落ち着く。

給料払ってるからこき使ってることにはならない。絶対。

 

「本来わたくしは料理人じゃなくてシスターなんですけどね。はは……」

 

「ま、まあ。わたしはジョゼットさんの料理は大好きです。

皆さんもそうです、よね?」

 

エレオはくだらない流れに当たり障りのないフォローを入れる。

悪いわね、次期法王の仕事じゃないわよね。

 

「ピーマンが入ってないときはねー。あんな苦いの入れないでよ」

 

「本当あんたはお子ちゃまね。あの苦味がたまらないってのに。

大人の味覚を身につけるのは当分先になりそう」

 

「うっさいわね!里沙子みたいな飲んだくれになるくらいなら子供でいいわよ!」

 

「ほら、ピーネも里沙子も飯くらい落ち着いて食え。

いつもうるさくて悪いな、マリー。うちは毎日こんなでよ」

 

「くはは。いやぁ、話には聞いてたけど、

リサっちが本当にこんな大人数と暮らしてたなんて

マリーさん改めてびっくりだよ。

知り合った頃の殺し屋みたいな目ぇしてたリサっちからは想像もできない」

 

「マリーまで変なこと言わないでよ。

……ほら、あんたらが静かに食べないから

話が変な方向になっちゃったでしょうが」

 

「なんだなんだ?昔の里沙子ってどんなだったんだよ」

 

「ワタシも、気になる。……お姉ちゃんの昔話」

 

「はい二人共黙る」

 

「目つきの悪い女が店のドア開けるなりさぁ、

いきなり“脱獄用のドングルちょうだい”だもん。

一瞬強盗かと思って思わず袖に仕込んだものに手が伸びたよ。

脱獄って何?ムショ暮らしの仲間でもいたの?」

 

「全員食うわよー!!いただきますは!?」

 

果てしなくどーでもいい話が始まりそうだったから

強引に朝食を開始させようとしたけど、基本暇人の当教会メンバーは、

飯もそっちのけで何の得にもならないあたしの過去に触れたがる。

 

「どこで店の情報嗅ぎつけたのかねぇ。

“勝手に探して”って言ったらジロジロと店の中何時間も物色するんだもん。

変な客には慣れてるけど、リサっちほど強烈なのはいなかったよ」

 

「情報官、それだけ?」

 

マリーに会う度お仕事モードだったカシオピイアも、同居生活に慣れたのか、

本当にお仕事がある時以外は通常モードを継続できるようになった。

 

「いんや。その時はどんぐり某が見つからなかったらしくてさ、

それからちょくちょくうちに来るようになったんよ。1ヶ月くらいしたころかねぇ。

リサっちがガラクタ漁りながらポツリと言ったんだよ。“いい店ね”って。

思わず左腕に仕込んだデリンジャーに手が伸びたよ」

 

「ちょっと待ちなさいおかしいでしょう!?

普通はそっから何気ない会話とかが始まって、

徐々に打ち解けるとかそういうもんでしょうが!」

 

記憶のページをめくると確かにそんな事言った気はするけど、

とんでもない事考えてやがったのね。この髪の毛パチンコ屋女は!

 

「アハハ、だってうちのゴミ屋敷見て“いい店”とか言う奴なんて

ますます怪しかったからさぁ。やっぱり目つきは悪いままだったし」

 

「ほら見ろ、お前だって立派な騒ぎの原因じゃねえか」

 

「あたし一人のせいじゃない。

みんな黙って食べてりゃこんなことにはならなかった。というわけでいただきます」

 

あたしはもう何もかも無視して朝食を続けることにした。

もう、ダラダラと馬鹿話に花を咲かせてたからスープが冷めてるわ。

朝っぱらからテンションが3ポイントくらい下がった。

こんな感じで、本筋に絡まないダベりに2000字近くも使って今回はスタートなの。

次の行からちゃんとやるから笑って許して。

 

 

 

 

 

朝食を終えたあたし達は、各自洗い場に食器を運ぶ。

ジョゼットは皿洗いでいっぱいいっぱいだから、

片付けくらいは自分でやることになってんの。その後はどうするかって?特に何も。

全員各自の部屋に戻る。

 

そうそう。前回言い忘れたけど、

もうベッドがないからマリーはパルフェムのベッドで寝ることになったの。

だから今はあたしとパルフェムが一緒に寝てる。

 

ピーネに頼んでもどうせ断るから最初から声をかけなかった。

ベッドを譲るというより、あたしの言うこと聞くのが嫌だろうからね。

パルフェムと私室に戻ろうとしたけど、

階段を上る途中でマリーが聖堂の方に行くのが見えた。

 

「どうしたのマリー、出かけんの?」

 

「ううん、皇帝陛下に定時連絡」

 

よく見るとその手に小さな音叉を持ってる。たまに出てくる魔法の通信機器。

 

「あんまり便利なもの使わないでね。

一応この企画、異世界ファンタジーの看板ぶら下げてるから、

文明の利器が出すぎると単なるあたしの日記帳になる」

 

「いつもうちでスマホ探ししてるリサっちの台詞とは思えないな~」

 

「まあ、ほどほどに頼むわ。行きましょ、パルフェム」

 

「はい。今日は何をして遊んでくださるのですか?」

 

「暇だからって何かして遊ぶ必要はないのよ?

ウィスキーを一杯引っ掛けて二度寝ってのもアリ。

あ、パルフェムはだめよ。優秀な脳細胞が急速に死んでいく」

 

“こらー!朝酒はやめろって言ってるだろ!”

 

「ルーベルが来るわ、逃げましょう逃げましょう」

 

そんで、私室に逃げ込んだあたし達は結局寝ずに

作りかけのガジェットをいじったり、

2巻目が出た”玉ねぎくん”単行本を読みながら暇つぶししてたの。

 

毎日がめっちゃホリディのあたしが二人でのんびりとした時間を過ごしていると、

ドタドタと廊下を走る足音が近づいてきて、

ドアが大きな音を立てて開くと同時にマリーが飛び込んできた。

 

「ちょっとー、ノックくらいしてよ。鍵忘れてたあたしもあたしだけど」

 

「リサっち来て!緊急事態!」

 

あたしの文句を無視して珍しく切羽詰まった表情で用件を切り出すマリー。

彼女らしくないわね。余計な疑問を挟むのはやめにして、素早くガンベルトを巻き、

パルフェムと部屋を出ようとした。

 

「里沙子殿~!戦なら拙者も連れて行くでござる!」

 

ああもう、鬱陶しい!エリカのぐずりに付き合ってると時間のロスになる。

あたしはエリカの位牌をトートバッグに放り込んで肩にかけ、

とにかくマリーと1階へ下りた。

聖堂に来たところであたしの手を引っ張りどこかへ急ぐマリーを一旦止める。

 

「待ってよ、どうしたのよ。どこ連れてく気なのよ!」

 

「帝都で異変が起こってる。リサっちも協力して」

 

「その異変が何かわからなきゃ協力しようがないでしょう。落ち着きなさいな」

 

一度深呼吸をすると、マリーが続けた。

 

「……ふぅ、マリーさんにもよくわからないんだけどさ、

皇帝陛下の偽物が現れたみたい。

それも一人二人じゃなくて、要塞を埋め尽くすほど」

 

「なにそれ?意味分かんないんだけど」

 

「私だってわかんないよ!とにかく、帝都に戻らなきゃ」

 

2階や子供部屋から騒ぎを聞きつけた住民が集まってくる。

 

「おいマリー、どうしたんだよ血相変えて」

 

「今からリサっちと帝都に行く!スペード・フォーミュラの攻撃かもしれない!

街で馬車雇わなきゃ!」

 

「待ってください。それでしたらわたしの魔法で転移できます。

一刻を争うのでしょう。さあ手を」

 

「あー、そういや“神の見えざる手”があったわね。運賃払わずに済んだわ」

 

「さっすが聖女様!そんな事ができるなんてね。

確かに時間ないから、オネシャス!」

 

「お待ち下さい、情報官!ワタシも出動します!」

 

「ごめ、ピア子のこと忘れてたよ。一緒に来て!」

 

ここまでマリーがテンパるなんて珍しいわね。

音叉で何を聞いたのかしらないけど、急いだほうがいいわ。

戦い向きじゃないジョゼットとピーネ、警戒用にパルフェムを残して、

全員で手をつなぎ輪になる。

そしてエレオが詠唱を始めると、あたし達は光の粒子になって

旋風のように渦を巻き、聖堂の空間に消えていった。

 

 

 

 

 

大聖堂教会の前にワープしたあたし達が目にしたのは、皇帝陛下だった。

ただ、困ったことに複数いるの。……ちょい訂正、複数どころか道路中に立ってる。

皆が、AK-47を装備し困惑しきった表情の兵士に守られてる。

きっと、彼らにも本物と偽物の区別がつかないから

どれだけ怪しかろうと護衛せざるを得ないんだと思う。

 

『我輩は宣言する!卑劣なる皇国と雌雄を決する時が来た!

帝国民達よ、決戦に備え団結せよ!』

 

『否!真の敵は魔国!

帝国の混乱に乗じ、再び我が国を手中にとせんと企んでいるのだ!』

 

『戦いは厳しいものとなるだろう!だが!勝利の先には栄光の道が開かれている!』

 

市民達も、99%偽物の皇帝陛下を得体の知れないものを見るように遠巻きに眺める。

大剣をかざし演説をする陛下をしばらくポカーンと見てたけど、こうしちゃおれん。

まがい物の皇帝をなんとかしなきゃ。

 

「行くわよ、マリー!」

 

あたしが声をかけた瞬間には、既にマリーは駆け出していた。

ポケットから取り出した手帳のようなものを護衛の兵士に見せて状況を確認する。

 

「私よ。この騒ぎは一体なに?」

 

「不明です!夜明けと同時に皇帝陛下の偽物が現れて……。

現在、城内も偽物であふれかえっており、

判別の方法がないため命令を実行せざるを得ない状況であります」

 

『おお、マリー情報官ではないか。貴官に指令である。

帝都中に蔓延る我輩の偽物を排除し、速やかに平穏を取り戻すべし』

 

「陛下……!」

 

側近のマリーでも見分けがつかないみたい。

だったら後から追いついたあたしらにはもっとわからない。早くもお手上げ状態。

兵士ともども手をこまねいているしかなかった。

更に、他の皇帝らしき物体から次々にせっつかれてややこしいのなんの。

 

『マリーよ、その偽物を直ちに処刑せよ!』

 

『我輩の名を騙るとは国家転覆罪に相当する重罪である!彼奴にとどめを刺せ!』

 

「しかし……」

 

追い込まれたマリーの額に汗が浮かぶ。ん、ちょっと待って。

今、皇帝(仮)が口にした“処刑”にピンと来た。そんな時に邪魔が入る。

 

「里沙子殿、里沙子殿、聞きたいことがあるでござる」

 

「後になさい!ねえマリー、こいつらは放っといて要塞に行きましょう!」

 

「どうして!?」

 

「後ろの兵士見なさいよ!

本物と偽物の区別がつかないから手出しできないんでしょう?

偽物が本物を攻撃していてもどうしようもない。

つまり、今の皇帝陛下を守る人は、誰もいないのよ!?」

 

「はっ……!急がなきゃ!」

 

「やべえぞ。皇帝さんがどのくらい強いのか知らねえが、

さっさと助けねえとこの数相手じゃ長くはもたねえ」

 

「ですが、本物の皇帝陛下が要塞にいらっしゃるとは限りませんよね!?

闇雲に動いても却って入れ違いになる可能性が!」

 

「ワタシと姉さん、2チームに分かれて探してみては!?」

 

「どっちにしろ本人を見分ける方法がわからないとどうにもならないわ!」

 

あたし達が大聖堂教会の前でああだこうだ議論していると、

またエリカが口を挟んでくる。

 

「誰か拙者にも状況を教えてほしいでござるよ。

どうしてこんなことになっているのでござるか?」

 

「それがわかんないから困ってるんでしょうが!

今、脳みそ絞って解決策ひねり出してる途中だから静かにしてて!」

 

とは言え、考え込んで答えが出るわけでもない。

やっぱり最初に言った通り要塞に向かうべきかしら。

カシオピイアの言う通り手分けして皇帝を探すべき?

 

「どうして、こんな時に私は……!」

 

皇帝(仮)のプロパガンダが飛び交う中、マリーが拳を握り、唇を噛む。

悔しい気持ちはわかるつもり。

今も皇帝が危機に瀕しているかもしれないのに、何もできない。

で、多分わかってないこいつがまた。

 

「拙者だけ仲間はずれはひどいでござる。

この珍妙なる光景は都の行事でござるか?」

 

「あーもう!静かにしてって言ったじゃない!これがお祭りに見える?」

 

「む~!ひとつだけ教えてくれたら位牌の中で寝ておるから教えるのじゃー!」

 

「だから、何よ!?」

 

苛立ちで無意識に声が大きくなったけど、今度はあたしが黙る番だった。

 

 

──なぜその足軽達は生霊を守っておる?

 

 

皆も目を丸くして黙り込む。あまりに意外な事実に一瞬理解が遅れた。

 

「……ひょっとして、あんた、偽物がわかるの?皇帝陛下の偽物が!」

 

「偽物も何も、兵の後ろにいるのは霊力を練り上げた生霊でござるよ」

 

聞き終えた瞬間、マリーが左腕を思い切り伸ばした。

すると袖から手の平サイズの小型拳銃が飛び出し、彼女の手に収まる。

そして迷うことなく目の前の皇帝を銃撃。

 

リロードにとんでもなく時間がかかるフィラデルフィア・デリンジャーの銃声が轟き、

皇帝(仮)の眉間に穴が空いた。

かつてリンカーン大統領を暗殺した銃が、偽物とは言え異世界で皇帝を射殺。

皮肉なものね。

 

「じょ、情報官、何を!……これは?」

 

『あ…あ……』

 

エリカが言った通り、急所を貫かれた偽の皇帝は、

ぼやけた緑の光を放つ霊力の塊になり、徐々に形が崩れていく。

間もなくそれはヘドロのように地に広がり、消えて無くなってしまった。

 

デリンジャーの銃声と不可解な現象に驚く兵士達。

射撃直後のマリーは顔を伏せがちで表情がよく見えなかったけど、

すぐに背を正してニカッといつもの笑顔を向けた。

 

「エリカっち、サンキュ!キミがいてくれたらなんとかなりそう」

 

「もしかして、皆には別のものに見えておるのか?同じようなものが街中におるが」

 

「そっか!あんた幽霊だから同類が見えるのね!?

この辺りに生霊と戦ってる王様っぽい人、いない?」

 

「失敬な。拙者はきちんと死んでおるから生霊ではござらん!

え~っと……。見えている範囲には生霊しかおらぬ」

 

「決まりね!要塞までダッシュ!」

 

今度こそあたし達は皇帝を救出に要塞へ向けて走り出した。もう遠慮はいらない。

皇帝の姿をした何かをなぎ倒しながら、

馬車4台が並んで通れる大通りを駆け続ける。

 

「まだまだ殿様らしき人物は見えぬ。全部倒して問題なかろう」

 

「よし来た!おらあっ!!」

 

『ん!ぐんん!?!?』

 

ルーベルの手加減なしの拳を食らい、頭部を粉砕される者。

 

「標的を捕捉。排除します」

 

『ぬおおお!』『ああああ…』『かはっ!』

 

カシオピイアの2丁拳銃で蜂の巣にされる者。

 

「弾はまだ残っとるがよ!」

 

『ああ!』『んぐ!』『うご!』

 

そしてあたしは大容量マガジンのベレッタ93Rをセミオートにして

ヘッドショットを繰り返す。

 

大聖堂教会から走って5分程度だったかしら。

要塞の門が開きっぱなしになっていて、兵士がパニックに陥っている。

ここでは生霊達の様子が違っていた。

正体がバレたことに気づいた生霊達が、互いに剣を向けあっている。

これなら本物を集中狙いするより識別が困難になると思ったんでしょうけど……。

 

「里沙子殿、あそこでござるよ!

王冠を被った殿様が広場の隅で剣を振るっておる!」

 

エリカが指差した先に目をやると、柄に龍の装飾が施されたバスタードソードで

生霊達を斬り倒している皇帝陛下の姿が見えた。

その力は圧倒的で、全く敵を寄せ付けない。生霊との違いは明らか。

ウダウダ悩んでないで、最初からここに来てればよかったわね。

 

大勢の生霊が彼に襲いかかる。

皇帝は動じることなく剣を縦に構え、祈りを捧げるように目を閉じ詠唱する。

 

「我跪き、ただ願うは慈愛の光!天が与えし聖なる鋼、神の息吹を我が一振りに!

セイクリッド・エッジ!」

 

彼の祈りが天に届くと、ミスリル製のフルプレートアーマーと皇帝の魔力が共鳴し、

増幅し合い、真っ白に輝く光となってバスタードソードに収束。

 

「うおおおお!!」

 

そして、咆哮と共に剣を横一線に薙ぐ。

一条の閃光が走ったと認識したと同時に、視界が白に満たされた。

眩しくて何も見えない。腕で目をかばい、光が止むのを待つこと数秒。

ゆっくり目を開けると、グラウンド中を埋め尽くしていた生霊が全て消滅していた。

 

後で要塞の上層階で見ていた兵士に聞いたところによると、

皇帝が放ったのは巨大な半月状のオーラだった。らしい。

 

「心配する必要なかったみたいねぇ。とにかく陛下にお会いしましょう」

 

「わかってる!」

 

それでもマリーは彼が心配らしく、俊足で彼の元へ急ぐ。

待ってよ、これ以上走るのはしんどいの。

あたしはマリーとは違ってよたよたとした足取りで後を追った。

彼女達に近づくと、少しずつ会話が聞こえてきた。

 

「陛下、ご無事でしたか!?」

 

「我輩は問題ない。任務中に手間を掛けた。

……おお、里沙子嬢とご友人ではないか。カシオピイア少尉も壮健かね」

 

「はぁ~、ふぅ…。お久しぶりです、陛下。お怪我はありませんか」

 

「勝手な出動をお許しください。お姉…姉の護衛が必要と判断した結果です」

 

「この通りまだ手足は付いている。貴女達にもとんだ迷惑を掛けてしまった。

少尉も気にすることはない。君もアクシスとしての立場がある。

情報官が動くとなればじっとしているわけにもいかぬであろう」

 

「迷惑だなんてとんでもない。

今回の騒動は……。まだ終わっていないようですわね」

 

背後に気配を感じて振り返ると、

さっき殲滅されたばかりの生霊が地面から染み出すように再び現れた。

皇帝の姿をした霊力の塊が、またグラウンドを占拠しつつある。

全員が再度戦闘態勢を整え、迎撃準備を整えた。

 

「くそっ、これじゃキリがねえぞ。元を断たないといつまでも終わらねえ!」

 

「無限に復活するってことは、

どっかから何らかのエネルギーが供給されてるってことよね……。

エリカ、奴らになんか電気コードとかくっついてない?」

 

「生霊達の足元から、細い霊力の糸が同じ方向に向かっているでござるよ」

 

「よーし、それじゃあんたに道案内の使命を与える。

これから発生源のスペード・フォーミュラ構成員を死なない程度に殺さなきゃ」

 

「やはり、貴女もこの一件は例の攻撃者達の仕業と考えているのか?」

 

「他にアテがありませんから。違っていても犯人は捕らえる必要があります。

今から追跡を始めますので、一旦失礼……」

 

「待って!私も連れて行って!」

 

意外にもマリーが同行を申し出た。彼女には大事な仕事があるはずなんだけど。

 

「あなたは皇帝陛下をお守りしなきゃだめじゃない。

いくら雑魚でも圧倒的に数が違う」

 

「いや、構わぬ。君は情報官としての務めを果たせ。我輩は要塞を守ろう。

なに、このくらいでへばるほど歳ではない。まだ若い者には負けん」

 

「それは……。いえ、わかりました。犯人確保及び混乱の鎮圧に向かいます!」

 

マリーはほんのわずかにためらいを見せたけど、すぐ敬礼して命令に答えた。

 

「急ぎましょう。エリカ、糸はどっちに向かってる?」

 

「まずは敷地を出て右でござる」

 

「オッケー、みんな行くわよ!」

 

あたし達は要塞を後にすると、エリカに導かれるまま、帝都の街を走り続けた。

大通りを少し進んだ所で左に曲がり、裏路地に入る。

割と汚いところだけど、こんなところにまで皇帝の偽物がいる。

そいつらを無視して狭い道が入り組んだ薄暗い区域を

クランクのように曲がりながら進み続けると、エリカが皆に呼びかけた。

 

「反応が近いでござるよ!この先から無数の霊力が枝分かれしておる!」

 

「ありがとー!そろそろお仕事の準備をしなきゃだね!」

 

マリーが右腕の袖をシュッと撫でると、中に仕込んだ両刃の刺殺用暗器が飛び出す。

彼女が走るスピードを一気に上げて、

坂の向こうで待ち構える敵と一気に距離を詰める。

そして、傾斜に隠れていた一体が姿を現すと、並外れた跳躍力で飛びかかり

偽の皇帝を押し倒した。

 

「ぐあっ!」

 

続いて間髪を入れず偽物の喉に暗器を突きつける。

偽物は突き飛ばされた衝撃で変身が解けた。

作り出した生霊と一体化してたのかもしれない。どっちでもいいけど。

 

見た目は黒のタキシードを着てやたら襟の高いマントを羽織った男。

良く言えばルルーシュのコスプレ。悪く言えば売れない手品師。顔はまぁ、普通。

マリーが男に馬乗りになったまま尋問を始める。

 

「名前は」

 

「くそっ、離せ!」

 

「殺すぞ」

 

「痛っ……!」

 

威嚇ではなく、暗器の切っ先を少しだけ刺してる。

小さな傷口だけど結構な量の血が流れ出す。

 

「レ、レプリカだ!」

 

「スペード・フォーミュラの一員?」

 

「ああそうだよ!」

 

「誰の命令?」

 

「い、言えない……。ぎえええっ!!」

 

今度は刺した刃をねじる。

肉をえぐられる激痛に耐えかねて、レプリカはあっさり口を割った。

 

「やめろぉ!だ、大統領、大統領だよ!」

 

「どこの?嘘が通じるとは思わないで」

 

「ルビアだ……」

 

マリーは沈黙して少し考えたあと立ち上がり、

男を立たせて背後に回って暗器を当てたまま歩かせる。

 

「そのまま歩け」

 

あたし達は襲撃者より、彼女の軍人としての顔の方に目を奪われ、

レプリカを連行する様子をじっと見ていた。

ついでにこうも思う。あんたスラッシュより根性ないわねえ。

 

 

 

 

 

所変わって、サラマンダラス要塞、火竜の間。

レプリカが封魔の鎖で縛られブタ箱行きになった後、

偽物が消滅して落ち着きを取り戻した要塞に全員が集まった。

 

朝からずっと偽物と戦っていて疲れたのか、

皇帝陛下は玉座に腰掛けると本当に身体が休まった様子で息をついた。

さすがに“よっこらせ”とは言わなかったけど。

 

「今日は貴女達の活躍に助けられた。改めて礼を言おう」

 

「いえ。元はと言えば、

わたくしが妙な連中に目をつけられたことがきっかけですので」

 

皇帝は、だが、と一言置いて続けた。

 

「これで敵の正体に大きく近づいた。

真の敵が中立国家ルビアであることは間違いないだろう。

スラッシュが皇国の手先を名乗っていた理由も、

トライトン海域共栄圏の分断が目的であると仮定すれば得心が行く。

共栄圏に参加しておらぬルビアが、

間近に迫った国際会議での発言力を相対的に高めようとしたのであろう。

断定できる証拠がないのが歯がゆいが」

 

「敵の本来の狙いは斑目女史でなかったということですね」

 

「うむ。しかし、スペード・フォーミュラの規模も今後の動きも不透明な現状、

彼女が危険な状況に置かれていることに変わりはない。

情報官マリーには引き続き里沙子嬢の護衛を命ずる。

カシオピイア少尉もハッピーマイルズ領防衛の任を継続してもらいたい」

 

「「はっ!」」

 

敬礼するマリーとカシオピイア。

マリーは普段着のままだけど、いつもは見せない凛とした姿をしていた。

レプリカの尋問は引き続き要塞が行うということで、

あたし達は解散になり、大聖堂教会への帰り道をぶらぶら歩いてるところ。

 

道中、トートバッグの上から位牌をトントンと指でつつく。

中からエリカがにゅるりと抜け出てきた。

 

「何用でござるか。もう生霊の気配はないのじゃ」

 

「ううん、そうじゃない。なんていうか、ありがとね。

今日はあんたがいなきゃ手の打ちようがなかった」

 

「ぬ?おお!

里沙子殿も拙者の武士(もののふ)としての力に気づいてしまったであるか、そうであるか!」

 

「そこんとこは素直に認めるわ。あんたにはまだまだ伸びしろがある」

 

「ふふん。もっと褒めてもよいぞ」

 

「ああ。お前はすごいやつだよ、本当」

 

「エリカさんがいなければ、敵の弱点を知ることができませんでしたからね」

 

「すごい、おばけ」

 

「それじゃあ、マリーさんからも、ありがとうだよ~」

 

マリーも歩きながらの会話に加わる。

背中から夕陽を浴びて影になった彼女の顔は、どこか寂しげ。

 

「……エリカっち、本当にありがとう。

キミがいなかったら、きっと皇帝陛下のこと、守れなかったと思う」

 

「何事もなく、何よりである。

国は違えど、主君を慕う家臣の想いは変わらないのじゃ」

 

「うん……。そうだね」

 

何かまだ言いたげだったけど、

マリーはそれを飲み込んでそれきり家に戻るまで黙っていた。

 

 

 

 

 

家に帰って夕食を食べると、今は玄関前に座り込んでマリーと二人きり。

夕食はシチューだったけど、おかわりしすぎて少しお腹が苦しい。

昼ご飯食べてなかったからお腹空いてたのよ。

皿を片付けてる時に、彼女が目配せしてきたからここで待ち合わせってわけ。

座って星空を眺めるなんてガラじゃないけど、たまにはいいわよね。

東京と違って空が綺麗。

 

「……で、どうしたの一体」

 

「うん。今日のことだけど、リサっちにもお礼が言いたくてさ」

 

「何よ改まって。あんたらしくない」

 

「うっさいなー!マリーさんが真面目しゃべってるのにその言い草は何事か~!」

 

「はいはい、悪かった。ちゃんと聞くから」

 

「私一人じゃ、きっと解決できなかった。ここのみんなにも感謝してるよ」

 

「まぁ、本日のMVPはエリカにくれてやってよ。あの娘連れて行って正解だった」

 

マリーは膝を抱えて語り続ける。

染めていない黒髪が月明かりに照らされ、艷やかな色を際立たせた。

 

「あの後、もし皇帝陛下を守りきれてなかったら。そんな事考えちゃってさ。

今更怖くなっちゃったんだよ」

 

あたしは軽口のひとつでも返そうと思ったけど、やめにして続きに耳を傾ける。

 

「リサっちは勘がいいから気づいてるだろうけど、私、親がいないんだよね。

物心ついた時には帝国の訓練施設で軍人になるための教育を受けてた。

ピア子も同じ施設に居たんだけどさ、あの娘ああいう性格じゃない?

正式な隊員として配属されるのにちょっと時間が掛かって、

全然歳が違うのになんかあべこべな立場になっちゃって」

 

「そいつは初耳ね」

 

「ごめん、話が逸れたね。

とにかく、私は朝起きて、訓練に明け暮れて、寝るだけの子供時代を送ってたわけ。

でもね、ある日施設を視察に来た皇帝陛下と初めてお会いしたの」

 

「どんな人だったの?当時の陛下は」

 

「もうちょい若かったけど、今とあんまり変わんない。

凛々しくて、風格があって、優しい方。

その日の授業で拳銃の組み立て演習をしてると、

陛下が教室に入ってきて、私の前に立ったの」

 

「彼は、何か言ったの?」

 

「私の頭をポンポンと撫でて、“君は手先が器用だな”って褒めてくれた。

嬉しかったなぁ。先生っていうか上官は怒鳴るか怒鳴らないかだけだったからね。

あん時の優しい笑顔は今でも覚えてる。

その時からかな、私の生き方が変わったのは」

 

「どう変わったの?」

 

「まぁ、大したことじゃないんだけどね。

目標、みたいなもんが出来て惰性でこなしてた訓練生活にハリが生まれてきたんよ。

とは言え、実際は目標というか下心というか。

立派な兵士になればもう一度あの人に会えるかな~?とか子供心に思ったわけ。

だから、死ぬほどキツい訓練にも耐えてきたし……。人殺しの練習もした」

 

もう何も言わずにただマリーの話を聞く。

 

「それが実って情報官っていう結構特別なポストに配属されたんだけど、

実際は要塞の汚れ仕事の方がメインなんだ~。本名もその時捨てた。

でも、後悔はしてないよ。念願叶って陛下と再会できたんだから。

向こうは私のことなんて覚えちゃいないだろう、けど」

 

「けど?」

 

「時々思うんだ。

もし私にお父さんがいたら、あるいはこんな人だったのかもしれないかって」

 

「……なるほど。今日、あんなに一生懸命だったのは」

 

「ちょい待ち!その続きはストップだよ~」

 

「なんでよ」

 

「リサっちなら空気読んでよ。これは、私が、勝手に抱いた幻想なんだから。

情報官の立場と絡めるのはNGだよ?」

 

「あんたがそういうならやめるけど、

向こうはそうじゃないとも言い切れないからね」

 

「どういうことさ?」

 

「空気読んで黙ることにする」

 

「ずいぶん都合のいい空気ですなぁ!気になるではないか!」

 

「微妙にエリカと口調が似てきてるからお互い本気で空気読んだ方がいい」

 

「そうだね、“空気”がゲシュタルト崩壊を起こしそうだよ。ふふっ」

 

少し喋り疲れたあたし達は、満月の明るい夜空をしばらく無言で見上げてた。

もう秋が近くて夜風が涼しい。

星座の見方なんて知らないあたしは、単に輝く星を綺麗だなと思って見つめていた。

 

 

 

 

 

サラマンダラス要塞円卓の間では、再び掴んだスペード・フォーミュラの捕虜と、

新たに発覚したルビアの関連に幕僚や幹部達が急遽集まり、対策会議を行っていた。

もちろん皇帝も円卓に着いている。

 

「えー、早速だが本事案に関する関係各所の対応を報告願いたい」

 

幕僚が資料を片手に独り言のように発言を求める。

 

「こちら各領地騎兵統括部」

 

口髭を蓄え胸に勲章を着けた軍服姿の男が挙手。

 

「状況は?」

 

「各方面からの報告によると、

本日の攻撃は他領地には見られず、目立った被害もなし」

 

「よろしい。他には?」

 

「諜報部から提案」

 

次は丸縁メガネを掛けた七三分けのスーツが発言。

 

「通称マリーを呼び戻し、ルビアの偵察に当たらせては?」

 

「情報官の運用に関しては皇帝陛下のご判断が必要である。

陛下、いかがなさいますか」

 

「……現状の任務を継続させる。

敵の規模が不明である以上、ハッピーマイルズの守りを手薄にするわけにはいかぬ」

 

「提案は棄却。他」

 

「刑事部より。攻撃者の取り調べについてだが……」

 

幹部達の会議を聞きながら、皇帝は一人の少女に思いを馳せていた。

立派になったものだ、と。

 

 

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