面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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*今回のエピソードは一部差別的・不適切と取れる表現がございます。
ご覧になる前に予めご了承下さい。
*「国際会議編」はなかったという前提で読んでください。すみません…


クリスマススペシャル 2
クリスマス特別編(1/5)


──1945年 ベルリン

 

 

Mein Führer(マイン・フューラー)(我が総統)!

 

入室すると、勲章をぶら下げたSSの将校がブーツを踏み鳴らし、右手を高く掲げる。

私は地下壕の作戦会議室で、

言い訳、口答え、命令無視を繰り返す将校達を前に、頭を抱えていた。

何度指令を下しても、連中は総統であるこの私の命令が聞けない。

 

「現在ソ連軍は首都に向け進軍中。

市街地への砲撃が続いており、これ以上留まることは危険です。

撤退し部隊の再編成を」

 

ヨードル大将が地図上の戦線に指を滑らせる。

ドイツ北部から迫りくる薄汚れた赤軍の足跡が記録されている。

 

「何としても首都の放棄はしない。ヴァイトリングの第LVI装甲軍団を始めとした、

各師団がベルリン防衛線を維持している。何も問題はない」

 

「しかし、閣下。市民の避難は?300万人の移動には時間も燃料も兵力も」

 

「今は戦時中であり、やむを得ん犠牲だ。だが、第9軍とシュタイナーの部隊。

第9軍とシュタイナーを呼び戻せば、ソ連を押し返せる」

 

どこぞの輩が吸っているのかわからんタバコの臭いが漂う、地下壕の汚れた空気の中、

別の将校が発言した。

 

「総統閣下……大変申し上げにくいのですが、

第9軍は既にソ連軍との戦闘で壊滅的な打撃を受け、西部へ撤退。

シュタイナーも同じく攻撃能力を失い、作戦行動は不可能であると」

 

ベルリン北部の防衛を命じたシュタイナーが、何もしていなかった。

親衛隊大将の裏切りに、私の怒りが爆発する。思わず机に色鉛筆を叩きつけた。

 

「……私は命令したのだ!シュタイナーに攻撃をしろと!

なのに奴はこの私の命令を無視した!陸軍は嘘つきだらけだ!いや、陸軍だけではない。

親衛隊も、将軍も、卑劣で臆病な裏切り者ばかり!!」

 

「総統、それはあまりにも侮辱です!」

 

「黙れ!どいつもこいつも、命令一つ聞けない愚劣な役立たず揃い!

誇るべきアーリア人種がこのように惨めな体たらくを晒しているのは、

害虫のような嘘つきが招いた疫病に他ならない!」

 

「落ち着いてください!総統閣下!」

 

「そう、私は総統だ!

総統に対する命令無視は、偉大なる祖国ドイツ第三帝国への裏切りと同義なのだ!

にもかかわらず、陸軍の連中はいつも私の邪魔をする!

この私を欺き続けた報いは、いずれその身をもって思い知るだろう!!」

 

いつの間にか立ち上がって怒鳴り散らしていたせいか、胸が痛い。

ゲッベルスが座り込む私を無言で見守る。

 

「……はぁ、ごふ、げふっ!もう、お終いだ。ドイツは敗れるだろう。

だが!私はベルリンを明け渡すつもりは微塵もない。最後の一人になろうとも……!」

 

「マイン・フューラー……」

 

「もういい、私は行く。諸君は好きにしろ」

 

沈黙の中、幕を下ろした会議。

私は会議室から出ると、居間に向かう。この胸に絶望を抱えながら。

無機質なコンクリートの廊下。壁に電球の光が静かに走る。

寝室へ続く居間のドアを開けると、ソファに彼女が横たわっていた。

その手を取ると、既に冷たくなっていた。

 

愛しい人よ。

私も彼女の隣に座り、しばし物言わぬ彼女の顔を見つめると、

青酸カリのカプセルを口に含み、ワルサーPPK7.65をこめかみに当てる。

 

「栄光あれ」

 

そう告げると、私はゆっくりと引き金を引いた。

 

 

 

 

 

蓋をしておいた方がいいもの、置き去りにしちゃいけないもの、色々あると思うの。

里沙子

 

──面倒くさがり女のうんざり異世界生活 クリスマススペシャル

(検閲)が街にやってきた編

 

 

 

 

 

今日はそこそこ楽しいクリスマス。

でも、よく考えたらクリスマスってどのタイミングで祝うべきなのか、

あたしの中ではイマイチ謎なのよね。

クリスマス・イブか、クリスマス当日か、その2日の間なのか。

だから家ではとりあえずクリスマス本番の夜を祝うことにした。

イブはジョゼットがミサをやりたいってうるさいから。

 

イエスさんには悪いけど、やっぱり昨日は喧しかったわ。

前回のクリスマススペシャルはそうでもなかったけど、

あれから色んな事があって信者が増えちゃったからね。

夜だから街に逃げるわけにもいかないから、

スマホで懐かしゲーム音楽のプレイリストを作ってローテーションするしかなかった。

ロマンシングサガシリーズが中心。

 

ごめんなさい、話が横にそれたわね。

今、あたし達が何をしてるかって言うと、ささやかなクリスマスパーティー。

昼から住人総出で料理を作ったり、くすんだテーブルクロスを新品に張り替えたり、

意図的に何か仕掛けたわけでもないのにいつも壁から冷気を放っているダイニングに

少しでも文明の息吹を根付かせるためにせっせと飾りを付けたりして、

ようやく一般的な家庭レベルのパーティー会場に仕上げることに成功した。

 

テーブルには七面鳥の丸焼き、ピザ、グリーンサラダ、ブッシュ・ド・ノエル、

フライドポテト、モッツァレラチーズとトマトの盛り合わせ、

フランクフルト、などなど。

でも、あたしが一番楽しみなのは、中央に並ぶ適度に冷えたエールやその他の酒。

今夜ばかりは飲み放題だってルーベルから許可が出たのよ奥さん。

 

みんなが席に着くと、それぞれが飲み物を持つ。

ルーベルはやっぱり水、カシオピイアは二十歳だけど酒に弱い。

聖職者と子供四人も全滅でグレープジュースしか持ってない。

ということは、このエールは全部あたしのものってことよね?ビバ・クリスマス!

名ばかりになって久しい家長のあたしが音頭を取る。

 

「それじゃあ、みんな。乾杯しましょう。メリー・クリスマス!」

 

“メリー・クリスマス!かんぱーい!”

 

合図と同時に、皆ドリンクを一口飲むと、一斉にご馳走やケーキに手を伸ばす。

 

「皆さ~ん、七面鳥が欲しいときは言ってくださいね。切り分けますから」

 

「クリスマスくらいあんたも落ち着いて食べなさいな。欲しい人はセルフサービスで」

 

「そうですね。結局パーティーの準備で一番忙しかったのはジョゼットさんですから」

 

「私も里沙子も、もうちょい料理の腕があればなぁ。

ま、そういうことだからクリスマスくらい

のんびり飲み食いしてもバチは当たらないと思うぜ」

 

「うう、クリスマスの日は皆さん優しいです~

特に里沙子さんがキャラ崩壊レベルで……」

 

「心配しなくても1週間後にはおせち作りでこき使ってやるから、

今のうちに体力を温存しときなさい」

 

「がっかりするより、いつもどおりの里沙子さんで安心してる自分が嫌です……」

 

「嵐の前の静けさってやつよ、ケケケ。さて、もう一口」

 

あたしは料理より先に酒。

ワイングラスに注いだエールが口の中でブドウの香りを引き立てる。たまらん。

 

「手酌酒は出世できませんわよ、お姉さま」

 

「出世なんざ気苦労ばかりだって吉良吉影も言ってた。無職だし。

次はどの銘柄にしようかしらね」

 

「もう一本空けたの?相変わらず大酒飲みね。

普段エールはじっくり味わうものだの何だのうるさいくせに」

 

「お姉ちゃん、ワタシが……」

 

「あら、お酌してくれるの?悪いわねぇ、そこのアンバーエールをお願いできるかしら。

あとピーネ。悪魔のくせにイエスさんの誕生日祝ってるあんたに言われたくないわ」

 

「う、うっさいわね!ケーキに罪はないの!」

 

「ケーキはもう少し食事が進んでからにしたほうがよろしくてよ。

すぐにお腹がいっぱいになりますからね」

 

「キー!里沙子もパルフェムもうるさーい!」

 

「誰か拙者にも状況を説明してほしいでござるよ。今日は何の祝い事でござるか?」

 

隅っこに配置され、風船代わりにされてるエリカが口を挟んできた。

 

「そういや、あんたにイエスさんのこと詳しく話したことってあったかしら。

とにかく尊い人の誕生祝い……に、かこつけて飲めや歌えの馬鹿騒ぎをする日。

おとと、ありがとカシオピイア」

 

妹に注いでもらったエールをまた一口。香ばしい強めの苦味が心地よい刺激を誘う。

 

「なら拙者もご相伴に預かりたいでござる。お線香を2、3本多めに。

あと、おりんも忘れずに頼むのじゃ」

 

「ごめんねー!イエス・キリスト生誕祭と葬式の道具は壊滅的にミスマッチなの!

パーティーが終わるまで待ってちょうだいな!」

 

早くも酒が回って声のボリュームがでかくなる。

 

「なんたる非道い仕打ち!

拙者がこの家に来て2年近くが経つというのに、未だ斯様な扱いであるか……

ええい、恨み晴らさでおくべきか!」

 

どうしても何も斬れない刀を振り回すエリカ。

首斬丸の方を置いてきたことは偉いと思う。

 

「あーあー、開始5分でこの騒動だなんて、先が思いやられるわ。

うちにまともなクリスマスなんざ似合わねえよ、って世界の意思が聞こえてくる。

……ほら、これあげるから機嫌直しなさいな。メリー・クリスマス」

 

あたしは足元の紙袋からラッピングした箱を取り出し、エリカの下に置いた。

これで大人しくしてくれるといいんだけど。

彼女が箱の中に顔を突っ込むと、素っ頓狂な声を上げた。

 

“おおおお!?これは、新しい仏具!漆塗りの花立てでござる!”

 

「クリスマスプレゼントってやつよ。

お花なら後で裏庭に咲いてるやつ生けてあげるから、それまで我慢してて」

 

「なるほどなるほど!“くりすます”とは実に良きものであるなぁ!」

 

「ふふ、よかったですわね」

 

「エリカだけずる~い!」

 

「早とちりすんじゃないわよ。あなた達にもあるに決まってるじゃない」

 

「へっ?」

 

また紙袋からブツを2つ取り出すと、パルフェムとピーネに手渡した。

クマのぬいぐるみと、丁寧に包装された箱。

 

「わぁ、カワイイ!!

……こほん、里沙子にしては女性らしいセンスなんじゃないかしら。

せっかくだから受け取っておくわ。まぁ、ありがとう?」

 

「デカいから枕にもなるわよ。一つ二役ね」

 

「むー!そんな使い方したらクマちゃんがぺたんこになるじゃない!

里沙子ってば考え方がガサツ!」

 

「素直に嬉しいと言えばよろしいのに。

お姉さま、パルフェムにまでプレゼントをありがとうございます。

開けてもよろしくて?」

 

「ええ。あなたの好みに合うかどうかわかんないけど」

 

「ではでは早速……

あら、綺麗な帯!雪化粧をした湖と、降り立つ鶴の姿が優美ですわ!」

 

「季節的に白が映えると思った次第よ。来週お正月だし、ちょうどいいんじゃない?」

 

「大切にします!……でも、着物の帯なんて沙国にはありませんよね?

皇国から個人輸入なさったのなら、結構な出費になったのでは」

 

「子供がそんなこと気にしないの。どうせエリカの花立ても買うつもりだったから、

それほど手間もかかってないし」

 

「はい。本当に、ありがとうございます……」

 

パルフェムがきゅっと帯を抱きしめる。

ピーネも食事に戻りながらも、ぬいぐるみを離そうとしない。

スープで汚れても知らないわよ。

 

「さて、里沙子サンタの役目も終わったし、飯に戻るとしますか」

 

「へ~気前がいいんだな、里沙子もサンタって爺さんも。明日は雪が降りそうだ」

 

「明日降ってもホワイトクリスマスには手遅れなのよねー」

 

「サンタクロースという人物については、古の聖職者の伝説が紀元らしいですね。

無償で子供たちにプレゼントを配る尊い行いは、素晴らしいと思います」

 

「まぁ今となっちゃ、

サンタの正体が親だったりアマゾンだったりするのは子供にもバレバレなんだけど」

 

「あの、里沙子さん。わたくしには何か」

 

「ない!」

 

「わかってましたけど、そうはっきり言われるとしょんぼりです……」

 

ウフフ…… アハハ……

 

いつも悲劇の発端でしかないダイニングが笑い声に満たされる。

今夜ばかりは、必死こいてタイピングするしか能がない作者も、

安売りケーキと赤玉で優雅なクリスマスを過ごしてるんでしょうね。

とにかく、今日はあたしもとことん飲むわよ。3瓶目のピルスナーに手を伸ばす。

エールじゃないけど、別にラガーや他種のビールが嫌いってわけでも……

 

 

ドン!ドン!ドン!

 

 

クリスマス終了のお知らせ。

一気に笑いが静まり返る。皆、どんよりした表情でナイフとフォークを置く。

 

「……里沙子、客だ」

 

「わかってるわよ。なんでいつも、あたしばっかり面倒な役回りなんだか……」

 

ブツブツ言いながらストールを羽織り、魔導空調機で温まった暖かいダイニングから、

凍えるような寒さの聖堂に向かう。

ただでさえまともな客を引き寄せた試しがない玄関から

しかも夜に普通の人間が来るわけなんかない。

年の瀬にどんなパッパラパーが来やがったのか知らないけど、

とっとと追い返す以外にクリスマスの続きを楽しむ方法がない。

 

「だーれ!?こんな夜更けに!」

 

返事はなく、またノック。魔王が死んで以来、

クロノスハックがすっかり防犯装置と化している現状を嘆きつつ、時間停止。

ドアを開けて客の正体を観察する。

 

「いくらネタがないからって……とうとうやりやがったわ」

 

ドアを閉じて、能力解除。一度ダイニングに戻る。全員に警告しておかなきゃ。

 

「みんな落ち着いて聞いて」

 

「どうしたんだ。今回は無視するのか?まだ居座ってるみたいだが」

 

後ろでは乱暴にドアを叩く音が続く。

 

「きっと、このうんざり生活史上最悪の客が来た。

でも、あたしは敢えて受け入れようと思う」

 

「どういう風の吹き回しだ?

妙な奴なら、玄関先のガトリングガンでふっ飛ばせばいいだろう」

 

「曲がりなりにも人間だからゲッタービームは使えない。これを見て」

 

あたしはフォークを手に取ると、水平に持って、先端を指差した。

 

「イエスさんがここだとすると」

 

今度は持ち手の端を指先で示す。

 

「今ドアを叩いてるやつがここ」

 

「それって、すごくヤバい奴なんじゃないの!?

あれ、イエスと正反対だから悪魔側?でも人間だし……

んーもう、里沙子の説明がわかりにくいのよ!」

 

「はいはい、あたしが悪い。時間ないから巻きで行くわよ」

 

あたしは玄関先で待たせてる人物について、掻い摘んで説明した。

皆、驚きを隠せない様子で騒然となる。

もう完全にパーティーどころじゃなくなってしまった。

 

「そのような冷酷非道な人物を、どうして!?」

 

「エレオの言いたいこともわかるけど、野放しにしとくともっとまずいのよ。

今回ばかりは面倒くさいとか、連載やめようとか、

いっそ曲の歌詞まるごと上げて追放されようとか考えて

現実逃避するわけにもいかないのよ。

手元に置いていつでも対処できるようにしとかなきゃ。

……だから、カシオピイアも銃をしまって」

 

「でも」

 

「お願い」

 

「……わかった」

 

カシオピイアが紫水晶のピストルをホルスターにしまうのを確認すると、

もう一度全員に念押しする。

 

「大丈夫。親衛隊もいないオッサンひとりだから、冷静に対処すれば問題ない。

ただ、彼の言うことは全て話半分で聞くように。

“もしかしたらそうかも”って思ったら危険信号。すぐその場を離れて」

 

無言でうなずく一同。あたしが珍しくマジな話してるから、否が応でも緊迫感が高まる。

それもそれでなんだか引っかかるけど、これ以上彼を待たせるわけにもいかない。

なんでウチにばかり厄介事が転がり込んでくるんだか。

足取り重く聖堂に戻ると、まだノックは続いている。思い切ってドアを開けた。

彼が開口一番告げたのは。

 

「……パリは燃えているか」

 

「意味わかんないんだけど」

 

グレーの軍服の胸に鉄十字勲章。同色の6つボタンのダブルコートには、

左腕に縫い付けられた鉤十字に乗る鷲のエンブレム。制帽にも同様の鷲が施されている。

でも、やっぱり一番目を引くのは、口元のちょび髭とぴっちりした七三分け。

 

「失敬。自決に失敗したようで、まだ記憶がはっきりしておらんようだ。

遺体はガソリンで念入りに焼却するよう命じたのだが」

 

あたしは深呼吸してから、覚悟を決めて尋ねた。

 

「あなたは、誰」

 

「アドルフ・ヒトラー。ドイツ第三帝国総統である」

 

頭痛くなってきた。思わず天を仰ぐ。

これが故ブ○ーノ・ガンツ氏の物まねだったらどれだけよかったか。

でも、例の映画はもう見てるから別人だってことが嫌でもわかるし、

新しく地球から誰かが転移してきて、

なおかつそいつがクリスマスにナチスごっこをやらかすような

キチガイである可能性もゼロに近い。

 

「とにかく入って。夜は危険だから」

 

「ああ。いつソ連軍の砲撃が再開されるかわからんからな。失礼する」

 

とうとう家にヒトラーを迎え入れることになってしまった。

もうニコニコで総統閣下シリーズを見て笑えないわ。

とりあえずダイニングに通すと、

彼が脱いだコートを預かってコートハンガーに掛ける。

皆が何も言わずに彼を見つめる。彼もまた熱が引いたパーティー会場を見渡す。

 

「……Guten abend.(グーテン・アーベント)(こんばんは)食事中に済まないね。

ベルリンへの交通手段がなく、お邪魔させてもらった」

 

「いいんだ。ボロい椅子で悪いが、座ってくれ」

 

「どうも」

 

ルーベルが物置から持ってきていた丸椅子を勧める。

警戒しつつ、できるだけ子供二人から離し、彼女とカシオピイアの間になるように。

あたしもヒトラーも席に着く。

 

「あ、あのう…ヒトラーさんでしたっけ?良ければ何か召し上がってください」

 

「お気遣いありがとう。……ふむ、誰かの誕生日かね?」

 

彼がテーブルに広げられたご馳走を眺める。

 

「違いますよ~今日はクリスマスだから、みんなでお祝いしてるんです」

 

「クリスマス?今日は4月30日である。妙に冷えるのは確かだが」

 

「あー、んー、えーと、ヒトラーさん?

その辺のこともごっちゃになってるみたいだから、今夜はここに泊まっていって。

夕食を食べて、明日ベルリンに帰る方法を探しましょう」

 

ジョゼットが恐る恐る彼をもてなそうとしたけど、話がややこしくなりそうだから、

その場しのぎに話をぶち切った。

 

「親切な施しに感謝する。祖国に帰還し、連合国に鉄槌を下した暁には、

貴女達にドイツ鷲勲章を授与しよう。……これは失礼。まだお名前を聞いていなかった」

 

「あたしは斑目里沙子。隣の赤髪がルーベル。軍服がカシオピイア。あたしの妹。

それから、シスター2人がジョゼットとエレオノーラ。

あの娘達はパルフェムとピーネよ」

 

若干雑な紹介になったけど、彼は気にする様子もなく、自己紹介をした。

 

「諸君、私はアドルフ・ヒトラー。総統だ。ところで、フラウ・マダラメ。

貴女は日本国出身と見えるが、ここは“西”か“東”、どちらかね?

ポーランドではあるまい。ソ連軍の姿が見当たらん」

 

「確かにあたしは日本人だけど、今は全部を話しても更に混乱するだけよ。

とにかく食事にしない?あと、あたしは里沙子でいいわ」

 

「どうぞ」

 

ジョゼットが彼の前に取り皿と、ナイフ・フォーク・スプーンを置いた。

 

「……ふむ、確かに焦っても状況が好転するわけでもあるまい。頂くとしよう」

 

ヒトラーがナイフとフォークでサラダを取り分ける。

みんなも食事を口に運びながら、ちらちらとその様子を伺う。

すると彼の左手が震え、フォークが触れた皿がカタカタと音を立てた。

 

「失礼。左手を患っていて」

 

「いえいえ。遠慮なさらず、チキンもどうぞ」

 

「気持ちだけ頂いておく。菜食主義者なのだ」

 

「そうですか。でも、サラダだけでは体が冷えますから、スープはどうですか?」

 

「いただこう、シスター」

 

ジョゼットがスープ皿にコーンスープを注いで、彼に提供した。

自由な右手でスプーンを使い、一口すする。

 

「ありがとう。……うまい。

この地域は物資の供給ラインが確保されているようでなによりだ。

キールもしくはハンブルグ辺りかもしれん。そこも激戦地ではあるのだが」

 

彼が食べ始めたことで、場の緊張が少し緩んだ。

みんなにも料理を味わう余裕ができて、会話も生まれる。

よせばいいのにルーベルが好奇心からヒトラーに話しかける。

 

「ヒトラーさんでよかったよな?こんな夜遅くによくここまで来られたな。

野盗やはぐれアサシンが出るってのに。そもそもどこから来たんだ?」

 

「総統地下壕だ。無能な裏切り者共が招いた惨状を悲観し、命を絶とうとしたのだが、

気がつけば馬糞だらけのあぜ道に倒れておった。

街灯もない暗闇の中に浮かび上がる、

この教会の灯りに救いを求めて訪ねて来た次第である」

 

「途中で危険な目に遭いませんでしたか?」

 

エレオノーラまで何やってんの!変な思想がくっついてからじゃ手遅れなのよ?

目配せでやめさせようとしたけど気づいてない。

 

「乞食のような蛮族が3人、刃物をちらつかせて私の行く手を阻んだが、

我がナチス・ドイツが誇る制式拳銃で追い払った。

奴らが銃声に驚き逃げ出す様は、

まるで連合国に恐れをなしたヒムラーのようだったよ、ハッハッハ!」

 

笑いながら彼がホルスターから銃を抜いて見せた。

コンパクトな自動式拳銃、ワルサーPPK。

 

「素敵な銃だけどしまってくれると嬉しいわ。子供もいるから」

 

「確かに食事の席にはふさわしくないな。失礼」

 

銃を収めてしゃべる彼には、やはり身振り手振りが多い。

今の所暴れる様子もなく、皆ほっとして食事を再開する。

あたしはもうすっかり酒の気分じゃなくなった。その時。

 

「里沙子殿~花立ての“れいあうと”を考えてきたでござる。後で見てほしいのじゃ」

 

2階からエリカが、ずるりと垂れ出て来た。あら、さっきから姿が見えないと思ったら。

いや、幽霊だからとかそうじゃなくて、どんだけ存在感ないんだと……

 

Ein Geist(アイン・ガイスト)(幽霊だ)!!」

 

ヒトラーが叫ぶと、狭いダイニングに連続する大音声の銃声と皆の悲鳴が響く。

ボロ屋敷に穴が開いていく。やめて。

 

「きゃああっ!お姉さま、ヒトラーが乱心を!」

 

「里沙子、なんとかしてよ!」

 

「やめてください!皆さん怖がっています!」

 

「カシオピイア、銃を奪え!」

 

「うん!」

 

しまった、エリカを退避させるのを忘れてたわ。

当のエリカは撃たれた理由が分からずポカンとしてる。

ヒトラーはルーベルとカシオピイアに押さえつけられ、ジタバタしてる。

 

「ユダヤの亡霊が家に入り込んでおる!この神聖なる教会に!許しがたい暴挙だ!

死してなお性懲りもなく私の前に現れる!我が理想の邪魔をする!」

 

やだもう。順を追って少しずつ状況を伝えようとしてたけど、完全にパーになった。

ポケットから約2年ぶりの登場になる物を取り出して、彼に近づく。

 

「ガス室ではなく焼却炉を建設すべきだった!二度とこの世に蘇らぬように!

もしくは強制収容所をもう一箇所増設しなければならなかったのだ!

完全かつ完璧にユダヤ人を……ヒビュラッ!?」

 

ドンキで買ったスタンガンをヒトラーの首筋に当てると、彼が一瞬痙攣して、気絶した。

子供達は怯えてるし、エリカは何が起きたのかわからず困惑している。

 

「お姉さま、その方はまともな人なんですか?」

 

「せっかくのケーキが台無しじゃない!もう追い出してよ、そいつ!」

 

「まともじゃないし、ケーキは明日にして。彼は癇癪持ちで、追い出せない。

理由はさっき話した通り」

 

「あのう、里沙子殿。これは拙者のせいでござるか?そうでござるか?」

 

「違うけど、彼がうちにいる間は位牌の中にいてくれるかしら。

現実を教えるために、明日なんとかするから」

 

「承知したでござる」

 

こうして令和最初のクリスマスは中途半端に楽しんで、

最後にぶち壊しになりましたとさ。

ヒトラーはカシオピイアに聖堂に運んでもらって、長椅子に寝かせて、

コートやあたしのベッドから持ってきた毛布を掛けてやった。

おかげで寒くて寝付きも悪かった。

サンタからこんな仕打ちを受けるほど悪いことした覚えはないんだけどねぇ。

 

 

 

 

 

……猛烈な寒気で目が覚めた。

まず目に飛び込んできたのは、今にも崩れ落ちそうな古い天井。

そして少し視線をずらすと、マリア像らしきものが見えた。窓から光が差し込む。

とうに夜は明けている。体を起こし、辺りを見回す。

ゆうべは暗く様子が分からなかったが、ここは教会の礼拝堂らしい。

 

「グーテンモルゲン。総統閣下」

 

昨日パーティー会場に通されたドアが開くと、

里沙子が眠たそうな目をして私に歩み寄り、隣に座った。

 

「よく眠れた?」

 

「うむ。いつの間に眠ったのかは記憶にないが。記憶……いかん!

一刻も早くこの家に火を放つべきである!ユダヤの亡霊に呪われている!」

 

「お静かに。その辺の事情も含めて説明するわ」

 

里沙子はやや逡巡した様子で口を開いた。

 

「ここは、異世界。ドイツ第三帝国も、日本も存在しないの。

機械文明の代わりに魔法で発展してきたミドルファンタジアという世界。

人間だけじゃなくて、魔女やエルフ、

あなたが昨日見たオバケなんかが普通に存在してる。

あなたの話を聞く限り、拳銃自殺の衝撃でこの世界に飛ばされてきた。

ここまではいいかしら?」

 

嘆かわしいことだ。

戦局の悪化を悲嘆するあまり、彼女は現実逃避を始めてしまったらしい。

総統として里沙子を勇気づけるべく、彼女の手を取る。

 

「希望を捨ててはならん。約束しよう。

ベルリンに戻り次第、第9軍と12軍で反転攻勢に出る。

ナチスにもはや力は無いなどというデマが流れておるが、連合軍の卑劣な罠だ。

耳を貸すべきではない」

 

「ああ……じゃあ、わかりやすく実演してみましょうか。

この世界に地球の常識は通用しないってこと」

 

「ゲッベルスに警告せねばならん!情報戦で敵陣営に後れを取っていると!」

 

「じゃあ、行くわよ」

 

里沙子が胸に下げた金時計に触れると、

次のまばたきが終わった瞬間、私は食卓に着いていた。

目の前には野菜スープと黒いパンが2つ。状況が認識できない。

向かいには里沙子が座り、私をじっと見ている。キッチンには昨日のシスターが。

 

「わかってもらえたかしら。これが魔法というか、特殊能力のひとつ」

 

「何をした」

 

「クロノスハックってあたしは呼んでる。

体感時間を極限まで遅らせて、擬似的に止めた時間の中を自由に動けるの。

この能力であなたを聖堂からここまで運んだわけ。

やっぱり人ひとりを担いでくるのはしんどかったわ」

 

パンを手に取ってみる。柔らかい。確かにある。夢を見ているわけではないらしい。

 

「食べながらでいいから聞いて。

昨日、あなたが暴れて気を失った後、みんなで話し合ったの。

今日はあなたに現状を認識してもらうために、一緒に街に来てもらう。図書館に行くの。

それでこの世界について正しく知ってもらう。

これ以上寝泊まりするスペースがないっていう事情もあるけどね」

 

スープを一口飲む。やはり美味い。感覚器官にも異常を来たしてはいない。

 

「まあ、ゆっくり食べてよ。あたし達はもう済ませたから」

 

そう言うと、彼女は新聞を広げた。英語である。

ここが連合側か枢軸側か、ますますわからなくなった。

そう言えば、教会の住民は皆、私を歓迎してくれるが、敬礼はしてくれない。

 

「今日の“玉ねぎくん”は、と。……あらら、まだキャベツと仲直りできないのね」

 

里沙子は新聞に没頭している。仕方なく、私は控えめな朝食を胃袋に収めた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、里沙子。気をつけろよな」

 

ルーベル女史をはじめとした教会の住人に見送られ、

私はトランクを抱えた里沙子と共に、“街”へと出発しようとしていた。

 

「里沙子さん。危ないことがあれば、すぐわたし達を呼んでくださいね?」

 

「わかってる。頼りにしてるわ、エレオ」

 

「わたくしも微力ながらお手伝いしますので」

 

「ありがと。教会の台所は任せたわよ」

 

“ジョゼットー!ケーキの残り切ってー!”

 

「こらピーネ!おやつの時間にしなさい!まったく……」

 

「お姉ちゃん、やっぱり、皇帝陛下には?」

 

「まだ言わないで。国のトップと接触させるのは危険。

それよりあなたも、家のことはお願いね?」

 

「うん」

 

気になる単語を聞いた。“皇帝陛下”。

仮に彼女の言っていることが正しく、皇帝(カイザー)がこの国を治めているならば、

私は世界ではなく時間を移動したことになる。

 

「どうか危ないことには関わらないでくださいまし、お姉さま」

 

「大丈夫。何かあったらこの企画リセットしてでも逃げ出すから。

その帯似合ってるわよ」

 

「ありがとうございます……」

 

悲しげな表情を見せる少女。

今更ながら気づいたが、彼女が着ているのは同盟国日本のキモノだ。里沙子も日本人。

この国に疎開してきたのだろうか。私の混乱が加速する。

 

「じゃ、しばらく家を空けるけど、頼んだわよー」

 

「おう。ヤバいことには首突っ込むなよ」

 

「あたしがわざわざ面倒なことに関わるわけないでしょ。

ヒトラーさん、そろそろ行きましょうか」

 

「ああ。行こう」

 

私は里沙子と共に教会を後にすると、なだらかな草原の丘を下り、

舗装されていない道を東に歩き始めた。

 

 

 

 

 

あたしは、ヒトラーにこの世界について正しく知ってもらい、

彼を元の世界に送り返す方法を探すために、ハッピーマイルズの街に向かった。

それに、教会にはもう彼の寝泊まりするところがない。

確か街の奥に一軒民宿があったから、あたしは彼とそこに泊まることに決めた。

彼が暴走しないか、誰かが見張っておかなきゃ。多分大丈夫だとは思うけど。

 

「ねえヒトラーさん。街には不思議なものがたくさんあるけど、

落ち着いてパニックを起こさないよう気をつけてね」

 

「もちろんだ。私はかつてヨーロッパ全土を制圧し、様々な物を見てきた。

多少の文化の違いで動揺したりはしない」

 

「……じゃあ、あんなものも?」

 

なんてこともない。街道を進んでいくと、決まって出てくるおじゃま虫。

ダンビラを持った小汚い男が5人。野盗が隣接する森から現れて立ち塞がった。

 

「待ちな、オッサン!昨日はよくも子分を可愛がってくれたな!

死にたくなかったら、有り金置いて、立派な服も全部脱いで、

金目の物も全部よこしな!」

 

「ヒトラーさん、ちょっと待ってて。すぐ片付けるから」

 

「いや、私が行くべきだ」

 

「あ」

 

止める間もなく、ヒトラーが野盗達に早足で近づいて、バシン!と、一人の顔を張った。

 

「いでえっ!何しやがる!!」

 

涙目になった野盗の抗議にも耳を貸さず、

彼が得意の大げさな身振りを交えて大声で詰め寄る。

 

「お前達こそ何をしている!?

いや、何もしていないから、大の大人が雁首揃えて道端で“たむろ”しているのだろう!

この国難の時にしていることと言えば、ケチな強盗、物乞い、路上生活!

こんなみじめな輩がヨーロッパを練り歩いていることが私は悲しくてならない!」

 

「何だとこの野郎!」

 

「私は国家社会主義ドイツ労働者党首相アドルフ・ヒトラーだ!

この私を知らないとは無教養にもほどがある!

違うというなら敬礼をしてみろ、ハイル・ヒトラーと右手を高く掲げて!

ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!!」

 

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

 

「教養もマナーも勤労意欲もなく、国に奉仕する心すら持たず、

無意味に日々を浪費するだけ!

その薄汚い服と、ろくに手入れもしていない髭と、酒臭い息がその証拠だ!

貴様たちのような反社会分子は私が司令に復帰次第、

直ちにアウシュヴィッツのガス室送りにしてやる!!」

 

最初からクライマックスのヒトラーを止めようと口を挟もうとした。けど。

 

「ぶっ殺してやるテメエ!!」

 

「もういい、銃殺刑だ!」

 

キレた野盗がダンビラを振り下ろし、ヒトラーがワルサーPPKを撃ち、

あたしがクロノスハックを発動する。全てが同時だった。

驚かさないでほしいわ、マヂで。

射線上にいる野盗を移動し、姿勢を微調整。

確かに面倒な奴らだけど、死なれても困るのよ、ストーリー的な問題で。

ほい、能力解除。

 

小さな銃身に似合わない鼓膜を引き裂くようなワルサーの銃声。

それと共に飛び出した弾丸が、野盗のダンビラを弾き飛ばす。

2つの衝撃で連中が慌てふためく。

 

「わああっ!何だ何だ!」

 

「やべえ、銃を持ってるぞ!」

 

「俺の剣がねえ!」

 

「知らねえよ、逃げるぞ!」

 

再び森の中に引き返していく野盗達に向かって怒鳴り散らすヒトラー。

 

「逃げるなルンペン野郎共!

お前達など祖国を守る気概もなければ、己の人生すらも放棄する敗北主義者だ!

ああ好きにしろ!気の済むまで敗走を続けるがいい!だが覚えていろ!

西にも東にも、貴様らに帰る場所などどこにもない!

待っているのはT-34のキャタピラかメッサーシュミットの機銃掃射だけだ!」

 

勝ったはずなのに一番エキサイトしているヒトラーをなだめる。

 

「ヒトラーさん落ち着いて。あいつらはどこにでもいるし、いくらでも湧いてくるの。

相手にしてたらキリがないわ」

 

「はぁぁ…ふぅ。ごほん!すまない、時間を取らせてしまった。街に行こうではないか」

 

「大丈夫。急がなくても街はすぐそこよ。深呼吸して」

 

街に入る前に早くも頭痛が。

今からこの調子じゃ、図書館に着くまでに何が起こるのやら。

不安な気持ちを抱えて街道を歩き出した。

 

 

 

 

 

不幸中の幸いと言うべきか、

あれからは野盗が出ることもなくハッピーマイルズの街に到着。

街の門をくぐると、さすがにヒトラーも雰囲気の違いに気づいたみたい。

人混みの中に、エルフや魔女がちらほら見えるようになったからね。

 

「里沙子。今日はこの地方の祝い事かなにかかね?」

 

「違うわ。あの鼻が高くて耳がとんがってるのがエルフで、三角帽子被ってるのが魔女」

 

「ふむ……よく出来ている」

 

「さあ、図書館は市場と広場を抜けた向こう。

ちょっと複雑だから、広場に出たらまた説明するわ」

 

またトラブル起こされちゃ敵わん。

あたしはいつもの大嫌いな市場の混雑に体をねじ込もうとした。

すると誰かが少し離れたところからあたしを呼ぶ。

 

“里沙子さーん!”

 

声の方に目を向けると……あら、懐かしい顔。

一旦、市場とは別方向に足を向けて彼女と再会する。

 

「ロザリーじゃない。元気してた?仕事は順調?」

 

「はい、おかげさまで!里沙子さんの活躍はいつも耳に」

 

「大半が不本意な労働なんだけどね。

……あ、ヒトラーさん紹介する。この人、魔女のロザリー」

 

「お客様ですか?はじめまして。私は水たまりの魔女ロザリーです。

里沙子さんとは親しくさせて頂いています」

 

にこりとヒトラーに柔らかい笑顔を向けるロザリー。あ、普通に紹介しちゃった。

……いや、でも待って。イマイチ現状を把握してない彼のために協力してもらえるかも。

ヒトラーも普通に挨拶してる。

 

「はじめまして、フラウ・ロザリー。

私はドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラー。姓は?」

 

「外国からいらしたんですね。私に姓はありません。

名字があるのは、ある程度社会的地位の高い人だけなんです。

例えば私のような魔女は二つ名が名字代わりです」

 

「なるほど。では、また魔女狩りの機運が高まったら私に言って欲しい。

我が親衛隊が責任を持って無知蒙昧な夢想家共を焼却炉に放り込む」

 

「親衛隊?」

 

「あー、ごめん。久しぶりに会ったばかりで悪いんだけどさ。

ロザリー、この人に簡単なのでいいから魔法を見せてあげてくれないかしら。

魔法のない国から来たばかりで、この国の仕組みについてまだよく知らないの」

 

「もちろん構いませんよ。では、水属性の防御魔法を」

 

「お願い」

 

ロザリーが意識を集中。マナを燃やし、魔力を錬成。そして呪文を詠唱する。

あたしはハンカチを手にとって身構える。

 

「水神に問うは唯一つ。荒ぶる力を何とする。我が手に集いて邪を弾け。

……フリーズバリア!」

 

彼女の左手がぽわわんと水色に光ると、

役所近くの井戸から細い水のロープが飛び出してきて、彼女の手元に集まり、

一瞬で凍結して1枚の頑丈な盾になった。

 

「Ein……っ!!」

 

「ストップ!魔法があるって言ったでしょ!?」

 

ヒトラーが叫ぶ直前、ハンカチで口を押さえた。こんな大通りで騒ぎを起こしたくない。

でも、腕だけで喋れるんじゃないかと思うくらい、

言いたいことがわかるほど表情豊かに手を振り回す。

 

「どうですか?氷だけど冷たくないんです。触ってみてください」

 

彼が落ち着いたタイミングを見計らって手を離すと、

ヒトラーは手袋を外して恐る恐る魔法の盾に触れた。

ついでにあたしも触ってみる。本当だわ、冷たくない。

ふと彼の手を見ると、震えている。その手は右手。彼はつぶやく。

 

「……奇跡だ」

 

「奇跡はどちらかというと、高位聖職者の光魔法ですね」

 

ロザリーの話も耳に入らないようで、ヒトラーは真剣な面持ちで盾を触り続ける。

 

「ね?ここはドイツでもヨーロッパでも……って、どこ行くの!?」

 

「失礼!」

 

いきなりヒトラーが市場へ向かって勝手に駆け出してしまった。

 

「ん~あー!ロザリーごめんね、また今度お茶しましょう!」

 

「いいえ。ごきげんよう~」

 

ロザリーとのせっかくの再会もそこそこに、あたしも慌てて追いかけざるを得なかった。

一体何だってのよ、もう!

 

 

 

 

 

私はロザリーという魔女が起こした未知なる奇跡を目の当たりにし、

ひとつの使命感を胸にした。ここで立ち止まっている場合ではない。

時代を数世紀逆上りしたかのような店構えの露店の間を通り抜け、広場に出た。

 

「ちょっとヒトラーさん、待ってよ。トランク持ってここ通るのってしんどいわけ!」

 

「ああ、里沙子。すまない、すっかり興奮してしまって、先走ってしまった」

 

「うん。これから走るときは一言くれると助かる。で、何が気になるの?」

 

「図書館である!神が私に告げている!

この国の全てを把握し、ドイツに栄えある勝利をもたらせと!」

 

「……今から図書館に行くのは、あくまであなたを地球に帰すためだからね?」

 

「無論だ。いかなる英知を手にしても、持ち帰れなければ意味がない……

ん、少し待ってくれたまえ!」

 

「はぁ、今度は何?」

 

広場の隅に位置している屋台。新聞、軽食、飲み物を売っている。

恐らく売店の類だろう。私は情報を求めて駆け寄った。

マガジンラックを眺めてみるが、どれも英語、英語、英語。

憤慨してぼんやりした表情の店主を問い詰める。

 

「君、党機関紙はどこだ?」

 

「えっ、機関車?」

 

「違う!我がナチスが発行している中央機関紙だ!フェルキッシャー・ベオバハター!

置いておらんのか!」

 

「あはは、なんだいその変な新聞。うちには置いてないよ」

 

「お前と話しているとおかしくなりそうだ。とにかく一番売れてる新聞をよこせ。

大衆紙ではない、一流の経済新聞だ!」

 

「それならウォッチハピネスだね。2Gだよ」

 

「うむ」

 

私は2ライヒスマルク銀貨を置いた。

新聞を持って立ち去ろうとすると、店員が大声で私を呼び止める。何事か。

 

「お客さん、お客さん!これなーに?外国のお金は使えないよ」

 

「……取っておけ。将来必ず価値が上がる」

 

ナチスの鷲が刻まれた銀貨を、彼の手に握り込ませた。

 

「だーめだって!ちゃんとゴールドで支払ってもらわないと!」

 

“ヒトラーさーん!”

 

里沙子がトランクを抱えて走ってくる。

 

「ちょうどよかった。この若造にライヒスマルクの価値を教えてやってほしい。

ドイツ再興の暁には、誰もが喉から手が出るほど欲しがるとな」

 

「あのね!この国の通貨はGで、ドイツ貨幣は使えないの!

……あーごめんなさい。いくら?」

 

「2G」

 

「はい。ほら、ヒトラーさん。もう行きましょう」

 

里沙子は金を払ってしまった。結局奴の二重取りだ。まあいい、悪銭身につかずだ。

後々後悔することになるだろう。

 

「次こそ図書館だから。お願いだから無用な騒ぎは勘弁ね。

この世界のお金なら後で渡すから」

 

「ありがたい。私の邸宅に戻れたら100倍にして返そう」

 

「マルクなら結構よ。今はユーロだし」

 

「君まで私をからかうのかね?とにかく新聞については礼を言う」

 

「どーいたしまして。こっちよ」

 

新聞ひとつ買うにも不自由だ。我々は寄り道をやめて図書館を目指すことに決めた。

 

 

 

 

 

この街は来るだけでしんどいけど、一人同伴者がいるだけでここまでくたびれるなんて。

あたしは売店からヒトラーを引き剥がすと、

広場北西のパン屋や雑貨店が並ぶ区画を抜け、北へ向かう路地を進んだ。

 

途中、彼が珍しいものを見て大声を張り上げないか心配だったけど、

大して見るもののない住宅地だったから、今度はトラブルもなく目的地にたどり着いた。

公民館程度の大きさの図書館。誰でも本が読み放題の気前のいい施設。

彼を連れて中に入り、適当な長机に座らせた。

 

「この世界の情報を集めてくるから、静かに座っててね」

 

「よろしく頼む」

 

まずは世界地図ね。後は近代史と、魔導書を適当に。

あたしはヒトラーをこの世界になじませるために必要っぽい本を

片っ端から抜いていった。

 

 

 

 

 

里沙子が戻るまで、私は先程購入した新聞を読んでいた。曰く、

 

“立ち小便の検挙数が過去最高に。被害総額214G。保安官が懸念の意を示す”

 

“競馬場の誘致を巡り、デルタステップとトライジルヴァの対立が深まる”

 

“ババア牧場のブルーチーズがただのカビであった問題について、

業者と消費者の間で和解が成立。

経営者のマキアーノ氏は取材に対し、「再発防止に努めたい」と述べるに留まった”

 

私は確かに言ったのだ。大衆紙ではなく経済新聞をよこせと。

どうやらあの店員は知的障害を抱えているらしい。

深い嘆息を漏らしつつ、最後の一面をめくった。

片面は愚にもつかない何かの広告であったが、もう片方に気になる広告があった。

 

──空白地区の新領主選出選挙。投票は来年2月29日。期日前投票の有効活用を。

 

詳細を読んだとき、私の心にある変化が起きた。遠い異国の地にナチズムを根付かせる。

不可思議な能力を持つ民衆をSSに志願させれば、あるいは。

 

「こんなところかしら。あんまり多すぎても読みきれないしね」

 

里沙子が本を抱えて戻ってきた。さっそく新聞の低俗さを訴える。

 

「見てくれたまえ、店員が間違えて安物新聞を渡しおった」

 

「ああ……それが一番高い新聞なの。

高いって言ってもどの新聞も似たり寄ったりだけど。

とんでもない田舎だからネタがないのよ」

 

彼女が机に本を置く。そして私の隣に座り、折りたたみ式の冊子を広げた。

 

「それじゃ始めましょうか。まずはこの世界の地図。真ん中の大陸を見て。

ここが今あたし達のいるサラマンダラス帝国」

 

「オーストラリアだろう」

 

「似てるけど違うの。名前はオービタル島。

基本的には皇帝陛下が統治してるけど、各領地の運営は領主が行ってる」

 

「南西にインドが浮かんでおる」

 

「だから似てるけど違うの。ここはドラス島ね。共産主義国家マグバリスが存在してた。

薬物の密売や奴隷貿易で荒稼ぎしてたんだけど、大帝が幽霊船に殺されたり、

後釜が超人的暗殺者に殺されたりで、

結局先進国の援助で立憲民主主義国家に方向転換したの」

 

「共産主義者には似合いの末路だ。結局は大国に植民地支配される」

 

「あと、サラマンダラス帝国を含めた3つの国を見て。

この3国はトライトン海域共栄圏という協力関係を結んでる」

 

「今すぐ解消しろ。三国軍事同盟など当てにならん」

 

「どこも戦争なんかしてないから。後はこの本読んで勉強して。あたしは新聞読んでる」

 

「“わが闘争”はあるかね?」

 

「あるわけないじゃない」

 

里沙子は新聞を広げて読み始めた。

後でその公害的情報の何が面白いのか聞いてみたら、

“つまらなさを楽しむもの”だとのことだった。

仕方なく私は積まれた本を一冊手に取り、ページをめくった。

 

読み進める度に、私は精神に稲妻が走るかのような衝撃を受ける。

 

魔女、帝国、魔法、宗教、政治。あらゆる事柄が私の理解の範疇を超えている。

時間を忘れて書物を読みふけった。

結論として、知り得た全ての物事に共通しているのは、やはり魔法という存在だ。

ロザリー女史が見せた氷の盾は、やはり手品などではなかった。興奮で手が震える。

決して病のせいではない。

 

「もう閉館ね。それは借りていって、続きは宿で読みましょう」

 

チャイムが鳴ると、里沙子が立ち上がり、貸出窓口に本の山を持っていった。

手続きが終わるまで私は手持ち無沙汰で待っていたが、数分後に彼女が戻ってきた。

 

「ねえ、ヒトラーさん。本は自分で持ってくれないかしら。

ただでさえトランクが重くて難儀してるの」

 

「ああ……いいだろう」

 

図書館から出て、再び彼女についていく。

少々本を借りすぎたようだ。左手が不自由なせいで時々落としそうになる。

 

「すぐそこに民宿があるから」

 

実際里沙子の言う通り、2ブロック先にホテルとも言えない、

民家を多少改装した宿があった。門を通り抜け、彼女が玄関をノックした。

 

「たのもー」

 

“はーい”

 

中から50代くらいの恰幅のいい女性が現れ、我々を出迎える。

 

「泊まりたいんだけど、2部屋都合してもらえないかしら。1ヶ月くらい」

 

「1ヶ月!?まあ、部屋は空いてるけど、あんた早撃ち里沙子だろ?

どうしてわざわざうちなんかに」

 

「後ろのお客さんを泊めるスペースがないの。

帰る方法を一緒に探してるんだけど長丁場になりそうで」

 

「そうかい。なら二人1月で2000G。食事付きだよ」

 

「ええ、お願い」

 

里沙子が代金を支払い、私を手招く。

 

「ヒトラーさん、こっちよ」

 

「うむ」

 

中は取り立てて特徴のない、2階建ての屋敷。女将に2階へ案内され、鍵を渡された。

恐らくこの家を宿として改装した際、内部を造り変えたのはドアの鍵だけだろう。

 

「洗濯物はドアの脇にあるカゴに入れといておくれ。

ところでお客さん、立派な軍服だけど、どこの軍人さんだい?」

 

「ナチス・ドイツである」

 

「ふぅん。初めて聞いたよ。ごゆっくり~」

 

ふくよかな体を揺らして女将は去っていった。

 

「ヒトラーさん、今日のところはここまでにしましょう。

あなたの帰還方法は明日から本腰入れて探しましょう。

あたしは夕食まで仮眠を取ってるから。それじゃ」

 

里沙子も行ってしまった。私も自分の部屋に入る。

中にはベッドとクローゼット、小さなデスクがひとつ。

コートをハンガーに掛けると、ベッドに座り込んだ。

本の続きを読もうとしたら、ポケットの異物感に気がつく。

手を突っ込んで中身を取り出すと、小さな金属製ケース。

 

それを少し見つめて開ける。中には青い物体が入ったカプセル。

 

最期を迎えようとした時、確かに口に含んだはず。

なぜ手元にあるのかはわからないが、早まった真似をしなくて正解だった。

ここは素晴らしい世界だ。ソ連軍も、ユダヤ人も、共産主義者もいない!

ドイツ第三帝国、万歳!

 

そうと決まれば明日から本格始動となる。戦の鍵となるのは、やはり情報。

決戦までに残された時間を確かめなければ。私は再び新聞に目を通す。

 

 

 

 

 

あー疲れた。今日した事と言えば、街まで来て図書館に行っただけなんだけど、

早くも眠くなってきた。どさっとベッドの上で大の字になる。

……そう言えば、さっき読んだ新聞に気になることが書いてあったわね。

新領主選出選挙。まあ、あそこなら大丈夫だとは思うけど、油断は禁物。

とりあえず夕食までは休ませてもらいましょう。おやすみ。

 

『今が2019年12月26日だと!?』

 

死にたい。

 

 




*この話はフィクションです。
ナチスによるホロコーストを始めとした戦争犯罪を肯定、擁護する意図はありません。
また、ヒトラーの思想言動は筆者による独自の解釈であり、
歴史家・専門家・関係者等の見解と異なるものであることをお断りしておきます。
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