12月27日、朝。
私は里沙子とダイニングで女将が用意した朝食を取っておる。
しばし我々は無言であったが、
やがて里沙子が目玉焼きにナイフを入れながら尋ねてきた。
「……ヒトラーさん。今日の予定は何かある?」
「読書である。昨日と同じく図書館に赴き、歴史、思想、文学を学ぶつもりだ」
「お願いだから叫ばないでね。
図書館に出禁食らったら、あなたを地球に帰すのが難しくなるから」
「無論だ。私が声を上げるのは民衆に対し真実を語る時のみである。
先日のようなやむを得ない場合に限り、遺憾ながら怒りの声をぶつける必要があるが」
「信用してるわよ?」
里沙子はエヴァのように献身的であるが、
どうも私の事を疑わしく思っているフシがある。
今朝もこの世界の通貨200を提供してくれたが、
本心で私についてどう考えているのか、まだ読めない。
ヒトラーがサラマンダラス帝国に来てから2日目。おちおち酒も飲めやしない。
早く彼を元の歴史に戻す方法を見つけなきゃ。……歴史?そう言えば変ね。
あたしの知る歴史では、ヒトラーは青酸カリとピストルで自殺して、
死体も連合軍に回収されたはず。
なら、あたしの隣で野菜と目玉焼きだけ食べてるオッサンは誰なのかしら。
厄介な問題が山積みだわね。
「おはようさん。おや、ベーコンエッグは口に合わなかったかい?」
女将さんが洗濯カゴを抱えながら、あたし達に話しかけてきた。
「おはよう。そうじゃないけど、このおじさん、菜食主義なの」
「なんだい。それならそうと言っておくれ。
次からそこのおじさんは肉抜きでいいんだね?」
「すまない。そうしてくれるとありがたい」
「お安いご用さ」
そう答えると、女将さんは洗濯場のある浴場へ去っていった。
この街に来て、ようやくヒトラーは異世界に来た現実を受け入れたみたい。
ロザリーの魔法と新聞の日付が決め手。
まぁ、だいぶショックは受けたみたいだけど
今のところはこうして大人しく朝食を取ってる。
あたしもさっさとご飯を食べて不測の事態に備えましょう。
コンコン!
思わず背筋に寒気が。まさか玄関の呪いは他人の家でも有効なのかしら。
でも、その心配は次の瞬間吹き飛んだ。
“ごめんくださーい!”
エレオの声だわ!なんでこんなところに。
あたしが席を立とうとすると、女将さんが体格に似合わない素早さで
スタスタと玄関に向かっていった。
“あら、聖女様じゃない。どうしたんだい、そんなに慌てて”
“おはようございます。あの、里沙子さんとヒトラーさんは……?”
“奥で朝飯の最中さ”
“すみません、失礼します!”
間もなくエレオがホバーしながらあたし達の前に現れた。
またヒトラーが絶叫しないかと心配したけど、
ギョッとした程度で今度は騒ぎにならずほっとした。
「エレオ!どうして来ちゃったの!?わざわざ宿を取った理由は説明したでしょ?」
「ごめんなさい、どうしても伝えたいことがあったので……」
「おはよう。君は、エレオノーラだったね。昨日は充実した一日だった」
「おはようございます、ヒトラーさん。
お食事中失礼します。里沙子さん、ちょっとこっちへ!」
「ああっ、とと!なんなの、一体どうしたの!」
彼女があたしの手を取って、玄関まで引っ張る。
珍しく強引な彼女に驚きつつ、とりあえずついていく。
あたしが彼女を問いただそうとしたけど、エレオが先に口を開いた。
「里沙子さん、今日のご予定は?」
「さっきから何なの、藪から棒に。
ヒトラーが図書館に行くらしいけど、緊急の用件ならそっちを優先させる」
「では、お願いしたいことが。わたしから提案があるんです」
「提案?おととい来たばかりのヒトラーで何しようってのよ」
「実は……」
エレオノーラに耳を貸す。彼女の提案とはとんでもないものだった。当然反対する。
小声での会議が始まった。
「無茶言わないでよ、駄目に決まってるじゃない!
そりゃ簡単にしか説明してなかったけど、
ヒトラーがホロコーストで600万人殺したこと忘れたの?」
「もちろんわかっています。ですが、そんな彼がエルフ族と友好関係を結べば、
人間とエルフの関係はより一層強固なものになると思うんです。
里沙子さん、彼を聖緑の大森林へ連れていきましょう!エルフ達との会談を行うんです」
「ここの辺りはあんまり話してなかったけどね?
ヒトラーは優生学ってのに夢中で、自分達アーリア人こそが最も優れた人種で、
彼らの結婚を推し進めて遺伝子を掛け合わせる一方、その他を排除していったの。
ユダヤ人が殺されたのもその一環よ。
そんな彼が、種族そのものが違うエルフと手を結ぶと思う?
大体、法王猊下はあなたの計画についてご存知なの?」
「確かに考えが甘いのは承知しています。この考えも私の独断です。
しかし、わたしは彼の転移は希望でもあると思うんです。アースにとっても」
「……どういうこと?」
「考えたくはありませんが、
もし何かの事情で里沙子さんがアースに帰るようなことがあるとすれば、
そこは平和で悲しみのないところであって欲しいんです。
ヒトラーさんが過去の世界から来たのなら、
ミドルファンタジアで隣人を愛する心を学んで帰ってもらえれば、
未来が変わり神の慈悲を受けられる可能性が少しは増すと考えました。
……里沙子さん、魔国でメタトロン様から聞いたそうですね。
アースは既に神から見捨てられたと。
独裁者であるヒトラーさんが変わることができれば、アースもまた変わることができる。
そう信じています」
「気持ちは嬉しい。でも過去は変えられない。
1945年の時点でドイツは降伏間近だったし、既にホロコーストも実行されてた。
仮にできたとしても、今更ヒトラーを改心させたところで神の決定は覆らないわ」
「やってみなければわからないではないですか!」
「しくじったら失敗しましたごめんなさいじゃ済まないのよ?
ろくにヒトラーの姿を見てないからそんな事が言えるの。
昨日だって散々な目にあったんだから。
人間とエルフとの亀裂が深まったら、いくらあなたでも国民からの非難は避けられない」
「……覚悟の上です」
「法王猊下にもご迷惑がかかるのよ?」
「どのような罰でも受けます。お願いです、里沙子さん。彼に会わせて下さい」
頭の中がぐしゃぐしゃする。しばらく視線をさまよわせてから結論を出した。
「ん~ひとつ条件。聖緑の大森林にワープするのは、街の広場で。
ヒトラーの振る舞いを見てから実行するか決めてちょうだい」
「ありがとうございます」
「じゃあ、一度戻りましょう」
あたしはエレオを連れてヒトラーのところへ戻った。
ちょうど朝食を食べ終えたところで、ナプキンで口を拭っている。
「
陽の光の中で食べる食事は極めて人間的である」
「ねえヒトラーさん。ちょっと相談があるんだけど」
「なにかね?」
「わたし達と、聖緑の大森林に来てもらいたいんです!」
エレオが興奮した様子で彼の前に出た。
「森林浴も悪くはないが……今日は図書館で読書にふける予定だ。すまないが」
「今日でなくてはだめですか?ぜひ会ってもらいたい人達がいるんです!」
「総統たる私に?ふむ、既に中産階級が私を求めているらしい。その者たちの規模は?」
「およそ1000人です」
「なるほど、国家社会主義を根付かせる第一歩としては悪くない。面会しよう」
「あー、横から失礼。
聖緑の大森林に行くには、広い場所でテレポートする必要があるの。
昨日の広場なんかがちょうどいいと思うんだけど、どうかしら」
「任せよう。では食事も済んだことだ。出かけようではないか」
「よかった……あの、エルフの人達はなんと言うか、気難しい人が多いのですが、
どうか紳士的な態度でお願いします」
「無用な心配だ。私はいつでも紳士であり続けてきた。
それで、エルフというのはどの国の民族なのか」
「まあ、行きながら説明するわ。
……おばさーん!昼ごはんはいらないから!ちょっと出かける!」
“あいよー”
女将さんに一言断ると、あたし達は街の広場に向かった。どうなるのかマヂで不安。
とにかく、エレオの気持ちを踏みにじる結果にならないことをただ願った。
エレオノーラというシスターの申し出により、
予定を変更しエルフという民族と会談を行うことになった。
道すがら彼女から説明を受けたが、どうもそいつらは人間ではないらしく、
過去の遺恨から数百年もの間、人間不信に陥ったままらしい。
しかも、魔法の力でほぼ鎖国状態で引きこもり続け、現在に至っているという。
しみったれた連中である。
「ヒトラーさん。
エルフの長には、わたしから新たな来訪者から年末の挨拶として話を通してあります。
あなたがとてもお話が得意な人だと聞いています。
どうか彼らと友好的な関係を築いてください」
「確約はできない。怠け者や共産主義者と手を組むつもりは一切ないのだ」
「皆さん働き者で真面目な方です。少し頑固なところはありますが」
「心配しなくてもユダヤ人はいないから」
「それは素晴らしい。演説の内容を整理しておかなければ」
里沙子達と話しているうちに、再び街の広場に到着。例の売店も営業を始めている。
昨日の新聞について文句を言おうと思ったが、
あの店員には言葉が通じないことを思い出し、やめにした。
“やあ里沙子じゃないか。お客さんかい?”
その時、小さな小屋の中から目が覚めきっていないような声が聞こえた。
制服から見て警官らしいが、
立ったままでもいいから寝ていたいと言いたげな細い目でこちらを見ている。
「あら保安官さん、お久しぶりです。年の瀬も迫っているのに大変ですわね。
彼はなんと言うか……客人です」
“保安官にとっては年末年始が最も忙しい時期だよ。
歳末特別警らで、もう本官は凍死しそうだ”
会話の内容から判断して、このあばら家は交番らしい。
だが、しばらく様子を観察していると、許しがたいものを発見した。
早足で歩み寄り、警官を問い詰める。
たまたま声を掛けられた保安官さんに年末の挨拶をしていると、
ヒトラーが急に駐在所の方に行ってしまった。トラブルの予感しかない。
「あっ、ちょっとヒトラーさん、どこいくの!」
「刑事。この張り紙は何だ」
ヒトラーが苛ついた様子で手配書を剥がし、保安官さんに問う。ああもう。
「おい、破かないでくれ。何だもなにも、手配書だよ。
まぁ、ハッピーマイルズにそいつを倒せるやつはいないだろうから大丈夫だろうが。
里沙子もやる気はないだろうしな。
それに、本官は刑事ではなく保安官だ」
「そんなことはどうでもいい。この世界では犯罪者の処罰を民間人に任せておるのか!」
「“この世界”ってことは、あんた、アースから来たのかい?そうとも。
軍や警察では手が回らんから、
懸賞金を掛けて腕利きの賞金稼ぎに逃走中の賞金首の撃退を任せてる」
「
大体なんだ、この妙ちきりんな賞金首は!国家の治安維持活動を愚弄しておるのか!?」
「馬鹿みたいな外見だが、凶暴な賞金首なんだ。だから高額な賞金が設定されてる。
……そろそろいいか?本官はもう眠い」
「もちろんよごめんなさいねさようならよいお年を!ほら、ヒトラーさん行くわよ」
「待ちたまえ、まだ話は……!」
「エレオが待ってるから、お願い」
あたしは引っ張るように広場の真ん中までヒトラーを連れ戻すと、
エレオノーラに耳打ちした。
「見たでしょ?彼はどんなきっかけでキレるかわからない。考え直すなら今よ?」
「わたしの決意は変わりません。
エルフの中にも、人間との和平を望む者が少ないながらも存在しています。
彼らの方からも歩み寄りがあるはずです。エルフも人も、手を取り合えると信じます」
「……そう。なら、あたしはエレオを信じる。そろそろ行きましょう。
ヒトラーさん、手を」
「うむ。少し待って欲しい。これをしまう」
ヒトラーが持っていたのは、さっき勝手に剥がした手配書。ちょっと内容を見てみた。
・狂走機関車 エンドレスランナー 1,500,000G
備考:イグニール領で建造された自動運転機関車の試作品。
制御用魔導回路が暴走し、
進路上にある人や物をその巨体で破壊しながら24時間暴走を続けている。
飲食物サービス用であったマニピュレーターで装甲や武装を固め、日々凶暴さを増強。
現在、廃材置き場や採石場を往復しているが、
市街地になだれ込むことがあれば大惨事になることは間違いない。
一刻も早い破壊が望まれる。
ずいぶん懐かしい名前だと思ったら、まだ生きてたのね。
しかも懸賞金が跳ね上がってる。
ヒトラーがコートの内ポケットに手配書をしまうと、
あたしとエレオノーラが彼の手を取り輪になった。
「今から聖緑の大森林に向かいます。
急に景色が変わりますが、どうぞ慌てることのないように」
「うむ。何をするのかね」
「魔法よ、魔法。エレオに任せとけば大丈夫だから」
「では、行きます。
……総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」
あたしはもう慣れっこだけど、
いきなり身体が輝き出し強い浮遊感に襲われたヒトラーがパニックを起こす。
「地面がなくなっておるぞ!大地を隠すな!私に何をするつもりだ、やめろ!!」
「ああ、暴れないで下さい!転移魔法の集中が途切れて……あっ!」
「じっとしてよ、お願いだから!魔法なら散々見たでしょうが!あああ~!」
通行人がジロジロ見る中、あたし達は神の見えざる手で
ハッピーマイルズの街から慌ただしく消え去った。
転送終了。
エレオは浮けるから良いけど、あたしとヒトラーは飛べないから地面に放り出され、
這いつくばるしかなかった。
絨毯のように柔らかい草が広がってなかったら、どっか怪我してたと思う。
「ヒトラーさん、魔法はもう見たんだからいい加減慣れてよ……」
あたしはゆっくり立ち上がって文句をつける。頭がふらふらする。
「お二人共、大丈夫ですか?」
「私は問題ない。……早くエルフの集落に行こうではないか」
ヒトラーもよたよたと立ち上がる。
「はい。直接エルフの里に転移するはずだったのですが、
魔法の発動中にトラブルが起きて座標がずれてしまったようですね。
里まで少し歩きますが、案内します」
はっきり言ってやんなさい。お前のせいだって。
気を取り直して、久しぶりに訪れる聖緑の大森林を進むあたし達。
ヒトラーは物珍しげに自然豊かな大地眺めながら、マイペースな歩調で歩む。
彼でなくてもこの森の美しい景色には目を奪われるわね。
「素敵なところでしょう?この森はエルフ達の宝なんです」
「ウィーンの森を思い出す。若かりし頃を過ごした思い出の地だ」
──そこで止まれ!
5分ほど歩いた時かしら。森から弓を構えたエルフが出てきて
あたし達に近づいてきた。その顔にどこか見覚えがある、と思ったら。
「シャリオじゃない。何年ぶりかしら」
「お前は、里沙子か?……いや、エレオノーラ様までなぜここに!?
里においでになるはずでは」
「少し転移魔法に失敗してしまいまして。紹介します。
こちら、ええと、ヒトラーさんです。今日の交流会のお客様です」
「ふん、人間との交流など無意味だと思いますが、
エレオノーラ様には深いお考えがあるのでしょう。ここからは私が案内致します。
おい、里沙子達もついてこい」
今度はシャリオを先頭に歩くと、ヒトラーが話しかけてきた。
「これがエルフとかいう連中か。蹴飛ばしたら背骨が折れそうだ。
奴らはきちんと栄養補給をしているのだろうか」
「彼が標準的な体型なの。間違っても本人に言わないでね」
そして間もなく、あたし達はエルフの里に到着した。
魔王編では立ち寄ってる暇がなかったから、実際来るのはあたしも初めて。
広葉樹に囲まれた広大な草原に、木造の家屋や牧場が見える。
いつかお世話になった神木は遠く東にそびえ立っているわね。
一番重要なのは、エレオがセッティングした交流会の会場。
木で組まれたステージに椅子が並べられて、
立派な椅子には既に長老らしき人物が座っている。
あたし達がステージに近づくと、聴衆の視線が一気に集まる。
数百名ものエルフ全員が会場には入れなかったようで、
家の屋根や木の枝に登って座っている者もいる。
「エレオノーラ様、どうぞこちらへ。ほら、お前たちはこっちだ」
「相変わらずエレオびいきねえ」
エレオノーラは綿を詰め込んだ柔らかい椅子。
あたしとヒトラーは、硬い木の椅子に誘導された。
全員着席し、準備が整うと、シャリオが聴衆に交流会の開始を告げた。
「皆、よく聞け!エレオノーラ様のご提案により、
新しくアースから来た人間とエルフ族の長との会談が執り行われることとなった。
エレオノーラ様と長老のお話を謹んで拝聴するように!……長老はどうぞ前へ。
人間族の客は前に出ろ」
いよいよね。今の所ヒトラーは大人しい。
言われたとおりステージに立ち、長老と向き合った。
首にいくつもタリスマンを下げ、緑の水晶を据え付けた長い杖を持った長老は、
何も言わずにヒトラーに手を差し出す。
エルフから先に握手を求めた事が気に入らないらしく、
早くも聴衆からブーイングが起こる。ヒトラーは気にせずその手を握りしめた。
「ドイツ第三帝国総統、アドルフ・ヒトラーである。貴殿に会えた事を光栄に思う」
「お主が、アースからの新たな来訪者か。
わしは種族間の遺恨については、両者から一歩引いた立場を取っておる。
それが今日、君という存在によって揺らぐことは大いにあり得る。……期待しておるぞ」
「約束しよう。エルフ族はこの日を以って、新たな存在へと生まれ変わる」
「うむ」
長老だけが席に戻り、壇上のヒトラーが今度は聴衆に向かい合った。
エルフ達から罵声に近い言葉で囃し立てられるけど、彼は無言で彼らを眺める。
エレオノーラもあたしも、ヒトラーがいつキレるかヒヤヒヤしながら見てたけど、
彼はひたすら待ち続けた。
……なるほど。演説手法のひとつ、“沈黙”ね。
彼の思惑通り、叫ぶのに疲れたエルフ達は、今度はヒトラーの言葉を待つようになった。
そして、とうとう彼が第一声を発した。
「……私は、本日確信した」
何を確信したのか。否が応でもエルフ達の興味を引く。
「かつて人類は、過ちを犯した。フラウ・エレオノーラが歴史をこう語る。
この美しい緑の大地は、戦乱の中、人間の手によって半分を焼かれたと」
見守るあたしとエレオの緊張が限界に達する。謝罪し、許しを乞うのか。それとも。
「確かに間違っていた。人類は、半分ではなく、全てを焼き払うべきだったのだ!」
突然の暴言に会場が騒然となる。
エレオが立ち上がって静止しようとしたけど、あたしはあえて手で押し留めた。
長老は黙って様子を見ている。
「なぜなら!この小さな世界でくすぶっている諸君を外の社会に叩き出し、
現実という痛みを伴う真実をもたらすことができたからだ!だが我々は失敗した!
中途半端な攻撃により、諸君を矮小なる存在に変えてしまった。
これなどまさにその象徴だ。貸したまえ!」
「あっ!」
ヒトラーがステージ端で待機していたシャリオの弓を奪って聴衆に見せつける。
「なんだこれは!棒きれに糸を張った貧相な弓。こんなものは弱虫の武器だ!
何も守れはしない!
人間の兵器は日進月歩だというのに、諸君はこの数百年、
この原始的武器をぶら下げて自国の領土を守った気になっていた!
その間、何をしていたかと言えば、申し訳程度の武装で満足し、
閉じた世界で人間への陰口を繰り返し、しけた嫌がらせでうっぷんを晴らす。
ただそれだけだ!情けないとは思わないのか!プライドというものはないのか!」
今度は座っていたボロい椅子を持ち上げ、床に叩きつけた。
古板で出来た椅子が粉々になる。
女性エルフが短い悲鳴を上げ、またエルフ達の抗議が始まった。
“わかったような口を利くなー!”
“殺し合いしかできない分際で!”
“引っ込め、野蛮人!”
しかし、それで退散するようなヒトラーじゃない。
構うことなく大声を張り上げ、両腕で身振り手振りを行い、演説を続ける。
「予言しよう!再び諸君が貪欲に技術を成長させた人間達に蹂躙される時が訪れる!
魔法の壁を築こうが、弓矢の腕を磨こうが、今度こそ残りの半分が炎に包まれるのだ!
現状に満足し、立ち止まり続ける限り!」
あたしはちらりと長老の様子を覗う。彼の表情は相変わらず読めない。
そんな中、一人のエルフが手を上げた。周囲の同族が驚いた顔で彼を見る。
「あんたは結局……俺達にどうしろっていいたいんだ?」
「良い質問だ。この運命を変えるにはどうすればいいか?簡単だ。力を示せばいい。
その手段がここにある!」
ヒトラーがコートの内ポケットから、1枚の紙を取り出して見せた。
さっき駐在所から持ってきた賞金首の手配書。
「この超大型の賞金首を破壊する!
それだけで、もはや人間は諸君を無視することはできない!
諸君は人間達を締め出しているつもりなのだろうが、現実は異なる。
君達が世界に閉じ込められているのだ。そんなことはもうやめろ。
今まで続いてきた平和らしきものが今後も続く保証などどこにもない。
繰り返しになるが、次に戦いの火の手が上がれば、この美しい森林は灰燼となる。
そのような悲劇は私には耐えられない!諸君もそうであろう!」
「……だけど、そんな強そうな相手どうしろってのよ」
今度は別のエルフから。
「今ここで、突撃隊隊員を募りたい!
エンドレスランナーを討伐し、民族の誇りを守る気概のあるものは、
右手を高く掲げ、こう唱えよ!ジーク・ハイル(勝利万歳)!
我が祖国における団結と勝利を意味する敬礼である!
私は、多くの卑劣な政治家のように、
諸君を甘言で惑わし、“絶対の勝利”などを口にはしない。
使命に殉じる者も出るだろう。
それでも!祖国の大地と、未来と、家族のために、
命をなげうつ覚悟を持つ者が現れることを信じておる!」
サラッと嘘ついてるけど、誰も気づくわけない。何が団結と勝利だか。
これ以上語らせるのはまずいかもしれない。そう思った時。
……ジーク・ハイル
一人が右手を上げて、ためらいがちにあの敬礼を唱えた。
すると、彼を呼び水に、次々とエルフ達が敬礼を始めた。
長老やシャリオが驚きながら加速度的に増えるヒトラーの支持者を見渡す。
「だ、騙されるな!人間が皆を戦争の道具に……」
「私は約束する!巨大なる敵を打倒した暁には、
隊員の勲章と親衛隊の装備に必要な資金を除き、全ての賞金を君達に還元する!
この私がケチな金子の為に諸君を利用するものではないという証である!
今こそ立ち上がる時!
勝利という栄冠を手にしたならば、誰も諸君を蔑むことはできない!」
“私も戦うわ!アースの人間に魔法は使えないでしょう?”
“畜生、俺達は人間に家畜のように見られてたってのか!”
“他のみんなもエルフ族の誇りを示すんだ!ジーク・ハイル!”
会場を揺るがさんばかりにジーク・ハイルがこだまする。
この時、あたし達は初めて自らの間違いに気づいた。
自分達だけで解決しようとするべきではなかった。大衆の熱狂はもう止められない。
ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!
エルフ達の合唱はいつまでも続き、ヒトラーはそれを満足気に見渡していた。
聖緑の大森林というエルフの住処から帰還した後、
私は里沙子から理不尽な罵倒を受けていた。
「なんてことしてくれたのよ、この馬鹿!
連合軍がいないからって、
よりによって人間を仮想敵にしてエルフを焚きつけるなんて!」
「馬鹿とは何という言い草か!私は彼らに独立心を説いたに過ぎん!」
「確かに人間とエルフと友好関係を深めてくださるようお願いしましたが、
戦いに駆り出せなどとは……!」
「強制はしておらん!私は選択肢を与えたのだ!
負け犬根性を抱えて狭い檻でみじめに生きるか、勝利を掴み自らの過去と決別するか!」
「……あんたまさか、
新領主選挙でエルフ票を独占しようとしてるんじゃないでしょうね」
里沙子が我が野望の一端に触れる発言をした。彼女は賢い女性でもあるらしい。
「えっ、どういうことですか?」
「新聞とかで知らない?来年2月に新領主の選挙があるの。
彼がエルフに肩入れする理由なんてそれしか思いつかない」
「本当なんですか、ヒトラーさん!?」
「エレオノーラ、君まで同じことを言わせないで欲しい。
私の活動は、エルフ達を不当な抑圧から開放するのが目的だ!
確かにそれに起因する結果として、私に票が集まるとしたら、それは彼らの選択だ。
やはり選択肢を与えているに過ぎない!」
「ひどい……」
「賞金首はどうするの。あたしは一切手を貸すつもりはないわよ」
「この戦いに私以外の人間の干渉があってはならない。
これは私とエルフの戦いだ」
「二言はないわね?」
「当然だ。私は今まで散々嘘と裏切りに辛酸を嘗めさせられてきた」
「エレオ。あなたは先に教会に戻って。あたし達ももう帰るから。
法王猊下への報告はまだ少し待ってね」
「はい……」
エレオノーラは肩を落として、教会のある方角へ去っていった。
我々は民宿に帰り、夕食を取ったが、里沙子とはついに一言の会話もなかった。
12月28日。
私は朝食を済ませると、さっそく街へ出向き、戦闘準備に取り掛かる。
彼女との待ち合わせにはまだ早いが、時間を無駄には出来ない。
エルフの魔法がどれほどのものかは知らないが、
貧弱な装備を少しでも強化する必要がある。
昨日改めて、このハッピーマイルズという間抜けた名前の街の地図を確認しておいた。
まず1箇所目。木炭は雑貨屋で簡単に手に入った。
次。硫黄だ。これも薬局で購入できた。
水色のロングヘアの奇妙な女性が店番をしていたが、
元々が奇妙な世界の住人なのだから気にしても意味がない。
続いて、戦後の準備。金物屋や仕立て屋に入り、後々必要になるものを注文した。
しかしこの世界は、デフレーションでも起きているのか、妙に物価が安い。
品物に手を抜いていなければいいのだが。
最後に、硝酸カリウムと炎鉱石。炎鉱石なるものはこの世界の固形燃料らしい。
だが、この怪しげな店に入るには流石に私も躊躇した。“呪術師アデールの魔道具店”。
小さなログハウスを紫で塗装し、窓が少ないため中も外も暗い。
そして狭い店内に無理やり大量の商品を詰め込んでいるため、息苦しいことこの上ない。
時々転びそうになりながらカウンターの奥にいる三角帽子の老婆に話しかける。
目を閉じたまま微動だにしないため、眠っているのか死んでいるのかはっきりしない。
「硝酸カリウムと炎鉱石があると聞いた」
「んが……なんだって?」
「硝酸カリウムと炎鉱石だ!これで買えるだけくれ!比率は9:1だ!」
私は残った100Gをカウンターに置いた。
「……何に使うんだい?」
「ドイツ第三帝国再興の礎となる」
「ん、ああ……ちょいと待ちな」
老婆が奥に引っ込むと、10分以上待たされて、ようやく目的の物が運ばれてきた。
腰の曲がった老婆が重たそうにカウンターに商品を置く。
「よいしょ。これで全部だよ」
「うむ。必要な物は揃った。失礼する」
「zzz…」
眠る老婆に別れを告げて、私は街の中央広場に戻った。
すると、待ち合わせていた女性が既に到着していた。
昨日、聖緑の大森林でエルフ達と打ち合わせていた通りの時刻である。
「遅れてすまない。勝利の鍵を収集するのに手間取ってしまった」
「凄い荷物ね。その薬とかでエンドレスランナーに勝てるの?
ああ、ごめんなさい、私はノーラ」
「アドルフ・ヒトラーだ。今日はよろしく頼む」
「こちらこそ。と言っても、私にできるのは外界と森をワープすることだけだけどね。
さあ手を。みんな待ってるから」
「心配は不要だ。勝利を収めたときには、貴女にも空軍名誉章を授与しよう」
私は童顔のエルフの手を取る。
そして彼女が放つ不思議な緑色のオーラに包まれると、
昨日、魔法で転送された時と同様の感覚に見舞われる。
気づいたときには、見覚えのある森に到着していた。
「里はすぐそこよ。こっちね」
ノーラに案内されること約3分。
昨日多くの突撃隊員を獲得した村に再び足を踏み入れた。
「お、ヒトラーが来たぞ。ジーク・ハイル」
「おはよう。ジーク・ハイル」
すれ違う度エルフ達が敬礼をする。
ナチス・ドイツの本格的な復興に一歩前進したわけである。
「ここよ。長老達が待ってる」
たどり着いたのは、村のエルフ全員が入れるかのような、
広い木造2階建ての集会所らしき建築物。
中には既に大勢の住人と、一段高いところに用意された柔らかい布袋に腰掛ける長老。
私は彼に歩み寄り、話しかけた。
ござを敷いた地面に座り込むエルフ達が、一斉に私を見る。
「……長老。私は戻ってきた」
「お主が、何を求めているのかはわからぬ。ただ、これだけは約定してほしい。
数百年前に命を落とした同胞の死は無意味なものでなかった。
必ずそれを証明することだ」
「約束しよう。この鉤十字に誓って」
「おい、早く作戦会議を始めろ!
何のためにお前を司令官に任命したのかわかっているのか!」
シャリオとかいう神経質な男が大声を出す。奴は昨日手を挙げなかったが、
どうせこの枝のような男は暴走機関車との戦いには役立つまい。
「指定したものは用意しているのか」
「そこのテーブルやスペースに設置してある!」
「Gut. まずは、我が方の武装について情報共有することにしよう。
そこで役立つのがこれだ」
私は足元に置いていた荷物を広げた。皆が興味深げに見つめる。
テーブルの道具を手にとって、武器の開発に着手。
大学こそ出ておらぬが、私は書物を通して膨大な知識を獲得し、将校達を導いてきた。
これなどまさにその象徴。
まずは木炭をすり鉢で砕き、すりつぶす。
それに硫黄を混ぜ合わせ、小さな陶器に詰め、硝酸カリウムと水を少量加える。
そして、樫の木で再び入念にすりつぶし、一旦火薬を取り出して鉄板に挟み、
地ならし用のローラーを牛に引かせ、圧力を加えて比重を高める。
それが終わると、大きめの粒になるよう砕き、
風通しのよいところで少々時間を置いて乾燥させる。
最後に、炎鉱石をすり鉢で慎重に叩き、粒にする。引火性が高いから注意が必要らしい。
「何をしている?」
「擲弾用の火薬を作っておる。
この国の歴史書を参照したが、パンツァーファウストの類似品は存在するものの、
中央政府の管理下に置かれており、入手を断念せざるを得なかった」
「それで何をする気だ」
「お前が持っている情けない武器を
簡素なグレネードランチャーに変える準備をしておる。しばし静粛にしておれ!
気が散って手元が狂ったら、この場にいる全員が木っ端微塵になるのだぞ!」
「なっ……そんな危険なものを聖なる森に持ち込んだのか!」
「シャリオ君、今はこの人の様子を見ようよ?」
「ノーラ、君までこの怪しげな男に味方するのか!他の者もそれでいいのか?
人間がかつて先祖を焼き殺した忌まわしい火薬を……」
「俺は人間が嫌いだ。でも、いつまでも過去に縛られて、
ゆりかごのようなこの森で何も考えず安穏と生きていくのはもっと嫌だ。
広々とした外の世界が見たい。ヒトラーがそれを可能とするなら、俺は協力する気だ」
「ミハイル、考え直せ!」
大衆が後ろのうるさい男を引きつけている間、集中して作業ができた。
後は内側に油紙を貼った小さな陶器に火薬を詰め、炎鉱石の欠片を一粒入れる。
そしてしっかりと蓋をして完成である。私は立ち上がって皆に告げた。
「諸君、心して聴いて欲しい!今からこの新兵器の威力を見せる。
私が外の空き地でこの爆弾を投げよう。火は不要だ。
衝撃で起爆し、敵に甚大なる損害を与える。
君達が扱うものがいかに危険なものか、
そして心強い戦力であるかを胸に刻んで欲しい」
「あっ、どこいくの?ヒトラー」
「総員、窓の外を見ておれ!」
私は裏口から外に出て、集会所の隣にある空き地に移動した。
そして、適当な岩に向かって、十分な距離を取り、
「
陶器を放り投げた。私は耳を閉じて伏せる。
黒色鉱山火薬の詰まった爆弾は放物線を描いてゆっくり落下し、
着地した瞬間、稲妻のような爆音と衝撃波を発し、岩を粉々にした。
集会所から悲鳴と驚愕の声が聞こえてくる。これで準備は整った。私は集会所に戻る。
まだ場の混乱が収まっていなかったが、説明を続けた。
「見ていただけたと思う。これが対暴走機関車の切り札である」
“あれが火薬の力、か……”
“人間が戦争に使うのも納得だわ”
“これなら俺達もやれる!”
「もうおわかりだろう。
先に述べたが、この小型擲弾の優れた点は、矢尻に結びつけることで、
離れた敵に致命的な打撃を与えられることにある!」
エルフ達の反応は予想通りだ。これなら明日から訓練を始められる。
ふと壇上に目をやると、まだ慌てふためくシャリオとじっと私を見る長老。
二人の反応は対照的であった。
12月29日。
私は昨日から聖緑の大森林に滞在し、エルフ達の訓練及び武器生産の指導を行っている。
作業用の小屋で、職人のエルフ達が爆弾用の陶器づくりに追われている。
手配書の写真を見ると、敵は8両編成。ざっと100tは超えている。
更に自動で武装強化を行っていることを考慮すれば、
120tの重量物が爆走していると考えた方がいいだろう。ならば1000発は必要だ。
「火薬は湿気に弱い。品質の良いものを手早く生産して欲しい」
「作るけどさー、戦いの準備は年明けからにしない?新年祭の支度もあるし」
「新年祭は諦めろ。年明けは2年後も来るが、勝利のチャンスは一度しかない。
自走兵器は成長する賞金首だ。一刻も早く仕留めなければ、
他の賞金稼ぎに先を越されるか、新型爆弾でも手に負えないほど強くなる」
「んー、わかったー」
次は里から離れた場所にある火薬製造工場。
廃屋を流用した空気の乾燥した屋内で、手先の器用な者達が作業を続けている。
「君達は今回の作戦で、ある意味最も危険な任務を遂行している。
慌てず、慎重に、早さは二の次だ。特に炎鉱石の分解には細心の注意を払ってほしい」
「わかってるよ。俺だって粉々になりたくはないからな。
……そろそろ材料が足りなくなってきたな」
「ノーラが買いに行ってるわ」
「ふむ。資金はどこから?」
「俺達が少しずつ出し合った」
「名前と金額を書いておいてくれたまえ。賞金から分け前に上乗せして返還する」
広場では突撃隊達が爆弾弓の練習に余念がない。
矢尻に爆弾と同じ重量の重りを付け、正確に的を射る訓練をしておる。
「やっぱり飛距離は落ちるな。矢羽を大きくしたほうがいい」
「どれくらい落ちるのか」
「いつもなら100mは飛ぶんだが、重りがついてると半分の50になる」
「ならばそうしろ。当たらなければ意味がない」
別の演習場、里から少し距離のある広場では、
魔導兵が作戦通りに立ち回れるか、予行演習に力を入れている。
「風神よ、怒りに握るその拳、眼前の獲物に打ち付けよ!ヘヴィ・サイクロン!」
魔導士の両手のひらから、緑色に輝く圧搾空気が集まり、前方に射出された。
通常の弓矢と同程度の速度で飛んでいき、命中すると標的の盛土を大きくえぐった。
「こんなものかしら。アタシのマナじゃ、大体1時間戦えればいいところね。
他のみんなも同じくらいだと思う」
「それでいい。ダラダラと戦いに時間を掛けるつもりはない。電撃戦で一気に討つ」
「電撃戦?雷属性も使えなくはないけど、一番威力を出せるのはやっぱり風よ」
「詳しくは追って説明する」
魔導士と話していると、
空から盛土に爆弾に見立てた不要な陶器が落ちてきて、カラカラと音を立てて割れる。
飛行能力を持つ、特に優れた魔導士で結成した爆撃隊。
唯一機関車の死角から攻撃できる強力な兵だ。
最初は広かった散布界も徐々に狭まってきている。
つまり、命中率が上がっているということだ。
12月30日。
本日は、午前と午後で実践すべき予定が異なる。
午前は前日と同じく装備の補充や、訓練。午後は皆で例の集会所に集まり、作戦会議だ。
黒のローブを着込んで目深にフードを被った背の高い男が、長老に広い紙を手渡す。
恐らく斥候かスパイの類だろう。
「……敵の情報はこちらに」
長老は受け取った資料に目を通す。
「ヒトラーに渡してくれたまえ」
「はっ。……敵の位置及び行動パターン。確かに渡したぞ」
「うむ」
男は私に資料を渡すと、影のように静かに去っていった。
資料を眺めると、やはり敵は8両編成。
現在も、東の採石場と西の廃材置き場を往復するように
休みなく走り続けているらしい。私は資料を大きなコルクボードに掲示した。
「諸君、これを見て欲しい。狂走機関車・エンドレスランナーの詳細が手に入った。
見ての通り、イグニール領北部を走行中だ。
動力源は不明だが、ともかく奴の破壊が我々の最終目標だ。
全員で真正面から戦えば到底勝ち目はない。
だから部隊を3つに分けていることは既に諸君も知るところだ」
皆が私の話に聞き入る。なぜか不参加のシャリオに邪魔をされずに済んで助かっている。
「敵に北部から魔法攻撃を仕掛けるA軍集団、弓兵を集めた南のB軍集団。
そして空からの爆撃を行うC軍集団だ。この3エリアからの同時攻撃による電撃戦で、
蛇のようにのたうつ暴走機関車を破壊する。
いずれかの集団に敵が突っ込んだ場合、他の集団が集中攻撃を行い、
急所に的確かつ迅速に打撃を与える。
当然私も戦場に出る。目まぐるしく変わる戦況に応じて指示を与えるためだ。
我々はこの電撃戦で勝利の美酒を味わうことになるだろう。
解散次第、出発の準備と激戦に備えた休息を取ってくれ。以上」
場の空気が冷たく張り詰める。歴史的事実から考察すると、
エルフ達は自ら大きな存在に戦いを仕掛けるという経験がなかったのだろう。
誰もが黙って集会所から去っていく。
「エルフの有り様が大きく変わる予兆を感じる」
残った長老が独り言を漏らす。
「……貴殿はその生き証人となるのだ」
私も短くその声に答えた。
12月31日。
荷造りと馬車の準備を終えたエルフ達が隊列を成す。
擲弾の積み込みに少々時間がかかり、既に夕暮れ時だが作戦に支障はない。
私は先頭の馬車に乗り込み、時を待った。
馬車と言っても馬に箱型のリヤカーが付いた簡素なものであるが。
擲弾弓で攻撃するB軍集団のリーダーが最終確認を行う。
「これより、イグニール領に向けて進撃を開始する!転移後は全ての兵が揃うまで待機!
馬車の数が足りない。
歩兵は徒歩と乗車を交代で繰り返し、体力を温存しつつ進み続けろ!」
「私達がみんなを外に送るよー。転移先は聖緑の大森林とイグニールの間。
ここの場所は秘密ねー」
この声はノーラだ。
先頭馬車の前方に、もうひとりの術者と道を挟んで向かい合わせに立っている。
彼女達が宙に手をかざすと、地上からオーロラのような光の壁が立ち上る。
「出撃!!」
私が叫ぶと、後方からも雄叫びが上がり、馬車が動き始めた。
オーロラに突っ込んでいくと、馬車ごと空間に飲み込まれて、瞬時に景色が変わる。
両脇を雑木林が占めるどこかの街道だ。
馬車が進むと、後続の兵がどんどん転移してくる。
またたく間に我々はひとつの大隊となり行軍を開始した。
間もなく日が暮れる。兵達の様子を見る。
賞金稼ぎの経験のある者はいないらしいが、誰も臆する様子はない。
エルフにしては体格のいいB軍集団のリーダーが私に話しかける。
「ヒトラー。夜道では野盗やはぐれアサシン、夜行性オオカミが出る恐れがある。
雑魚は俺達が撃退するが、油断はするな」
「銃声一つで逃げ出すような臆病者だ。何も問題はない」
その後我々は夜を徹して進軍を続け、
空が霧と薄明かりに包まれる頃、ハッピーマイルズより文明の香りが濃い街へ到着した。
朝も早いのに、勤勉な商売人がもう店を開けている。
どこかベルリンと似た雰囲気にノスタルジーを覚える。隣の彼が再び話しかけてきた。
「情報によると、市街地から離れた北東の採石場付近で目撃されたのが最後だ。
やはりイグニールの賞金稼ぎ達でも手も足も出ないらしい」
「その強敵を討ち取り、我々の力を世に知らしめるのだ。
兵の疲労が溜まってはいないか?」
「交代で休憩を取っていただろう。心配無用だ。エルフも見た目ほどヤワではない」
「素晴らしい。では予定通り、このまま敵陣地へ突入する」
街を通り抜け賞金首の元へ向かう。道行く者が目を丸くして我々を見る。
無理も無いだろう。
最終的に約800名集まったエルフの軍団が街を横切っているのだから。
人が多くなる昼間なら、混雑で到着が遅れ
開戦が夕方もしくは夜になっていたかもしれん。
日本軍もくだらぬ手違いから宣戦布告の手続きに遅延が発生し、真珠湾攻撃に失敗した。
天は我々に味方しているに違いない。
エルフ達も既に武器を構え臨戦態勢に入っている。
市街地を抜けると、レンガで舗装された道路から砂利道に入る。
腕時計で見て15分ほど進むと、そこには鉄骨や錆びた鉄板が積み上げられた山々が並ぶ。
地図を再確認すると、ここはエンドレスランナー出現エリアの西端に当たる。
「総員、戦闘配置!!」
私が戦いの狼煙を上げると、作戦通りABC軍集団が散開。接敵の時を待つ。
私はB軍集団に交じり、指示を出すタイミングを見計らう。
程なくして、空から戦場を見渡せるC軍集団から報告が入った。
“エンドレスランナー接近!繰り返す、エンドレスランナー接近!!”
同時に、遠くから汽笛とマイクを通したような人工的な音声、
そして大地を踏み鳴らす轟音が聞こえてきた。
『ほほ本日は、イグニール急行をごごご利用いただき、誠にあり…とうございます?!』
ちぐはぐなアナウンスと共に、奴が姿を表した。
重戦車の車列のような圧倒的存在感が、砂利を蹴飛ばしながら我が方に急接近してくる。
皆の緊張がピークに達する。すかさず木の皮を巻いたメガホンで、攻撃指示を出す。
「各部隊、目標が射程圏内に入り次第攻撃を開始せよ!」
800名が勝どきを上げ、早朝の冷たい空を揺らす。
まず先制攻撃を行ったのは爆撃隊から成るC軍集団。
黒色鉱山火薬の詰まった陶器を空から投げつける。
訓練の成果もあり、まずまずの命中率。
機関車の屋根に落下した爆弾が大爆発を起こし、
脇にそれた弾も衝撃波で車体を揺さぶる。
だが、まだまだ致命傷を与えるには至らない。
分厚い装甲で全身を固めた走る凶器は、スピードを落とさず我々の方へ突っ込んでくる。
『違法行為をを確認。乗務員が参りまま、しばららくお待ち下さいいい』
「みんな攻撃に備えろ!化け物に訓練の成果を見せてやれ!」
“おう!”
リーダーが声を上げると、矢尻に同じく陶器爆弾を結びつけたB軍集団が
一斉に弓を構えた。
賞金首は狂ったように汽笛を鳴らしながら、我々に突撃してくる。
「矢を放て!!」
約400人が原始的グレネードランチャーと化した弓を同時に放つ。
無数の矢が敵に襲いかかるが、危険を察知したように急カーブし、
機関部のある先頭車両をかばった。
しかし、代償として横っ腹に無数の爆弾の直撃を受け、装甲板がはじけ飛ぶ。
車両の左側に確かなダメージを与えた。
「第二射の準備をしろ!」
B軍集団は先端の重い弓の装填に取り掛かり、
強引に方向転換させられたエンドレスランナーは
標的を変更し魔導兵で編成されたA軍集団に体当たりをする。
「みんな、詠唱を始めて!!」
“空斬る刃、逆巻く曇天、地を蹴り全てを八つ裂きに!マイクロ・トルネード!”
数百の魔導兵が同時に小さな竜巻を放つ。
それらもまた、ゆらゆらとした軌道を描きながら目標に接近。
やはり暴走機関車は進路を変え、機関部への直撃を避けた。
今度は車両の右側がずたずたに引き裂かれる。
ガチン!
その時、真空の刃が4両目と5両目をつなぐ連結器を破壊した。
コントロールから離れた5両目とその後ろが切り離され、活動を停止する。
勝負あったか?そう思ったが、恐らく制御システムの存在する先頭車両を含む4両が
失った車両の分軽くなり、一気に速度を上げた。
「第二射、攻撃開始!」
攻撃態勢の整ったB軍集団が、再度一斉射撃。
しかし、小回りが利くようになり、素早くなったエンドレスランナーが
巧みに回避行動を取り、直撃弾はざっと見て20%。
頑丈な車両を破壊するにはまだ足りない。爆撃隊の命中率も格段に落ちた。
「ヒトラー!爆弾が足りないぞ!第三射では全員分の弓がない!」
リーダーが叫ぶ。私は即座に指示を返す。
「B軍集団を10に分けよ!擲弾矢を等分に分配し、技量の高いものに射撃をさせろ!」
すぐさま部隊の再編成と、矢の分配が始まったが、状況は更に悪化する。
一旦停止したエンドレスランナーが、客車の窓から機械の腕を伸ばし、
近くの廃材を掴み、手当たり次第に放り投げた。
安全と思われたC軍集団が、足元から襲い来る重量物にパニックを起こす。
“きゃあ!!”
“退避!総員退避!”
“戦闘区域から脱出!”
安定したダメージ源と思われたC軍集団が恐慌状態に陥る。もはや爆撃は望めない。
一通り手近なものを投げて満足したのか、賞金首は再び走り出す。
南か北か。どちらに攻撃を仕掛けてくるのか、全ての兵が生唾を飲んで敵を観察する。
決して状況は良くない。B軍集団は弾薬欠乏寸前。
A軍集団に賭けるしかないが、一方からの攻撃を続けていると、その巨体で蹂躙される。
元々、南北交互に攻撃を続け、敵を引きつけ合う作戦であったが、
こうなってはどの部隊も迂闊に手を出すことができなくなった。
敵の次なる標的は我々であった。速度を上げて突進してくる。
部隊を分けていたのは幸運でしかない。爆弾を一つだけ引っ掴み、回避を命じる。
「散開だ!散開せよ!残る爆弾は放棄!」
B軍集団は個人単位に散り散りになり、砂利の広がる荒野に広がった。
もはや陣形はバラバラであるが、
直後、勢い余ったエンドレスランナーが、置き去りにした物資に体当たり。
擲弾矢の詰まった箱が爆発を起こし、
図らずも敵の心臓部に当たる先頭車両に損害を与えた。
『エマージェンシー、エマージェンシー。頭をまもり、しせいををひくく、ひく』
その時、私は爆風に転がされながらも、ある物を見た。
車輪と車体にダメージを受けた先頭車両。
その左側装甲から銀色の不思議な光が漏れ出しておる。
リーダーの手を借りて立ち上がりながら彼に尋ねる。
「あの光は何か」
「ありゃあ……魔力の流れているオリハルコンだな。
あれが敵のアタマだと思って間違いねえ」
「……Gut.」
またも暴走機関車の車輪が回りだし、瓦礫を粉砕しつつ走行を始める。
私は余った炎鉱石の粒で作った発煙筒を焚いてA~C軍に信号を送る。総攻撃の合図だ。
「何をする気だ!もう空の連中だって危険なんだぞ!」
「このまま手をこまねいていても、いずれ死人が出る!
それでは賞金首を破壊しても意味が無いのだ!迅速かつ徹底的に敵を叩く!
今が正念場なのだ!」
「……信じるぞ!矢を持っている奴は攻撃準備!最後の一撃だ!」
そうだ。この戦いは全員生還の上での完全勝利でなければ意味がない。
誰か死んだけど勝てましたでは、ただの賞金稼ぎと同じ。
私の存在を全国民に知らしめることなどできない。決死の作戦を発動する。
信号を受け取ったA軍集団が魔法を放ち、北から攻撃。
魔法の竜巻による攻撃でエンドレスランナーの注意を引いたところで、
C軍集団が空から残る爆弾を投下。
不安定な体勢からの攻撃で命中率は低かったものの、足を遅らせるには十分だった。
そこをB軍集団の弓が狙い撃つ。
着弾した爆弾が衝撃波で車体を殴り、装甲を引き剥がす。
捨て身の攻撃にエンドレスランナーが再び速度を落とし停止した。
またも客車から腕が伸び、周辺の鉄くずを拾い、
強引に身体に貼り付け装甲の回復を試みる。させてはならん。
私は集団から飛び出し、陶器の爆弾を握りしめ……
「LoooooS!!」
叫び、先頭車両の光る装甲めがけて投げつけた。必殺の一撃。外せば死。
私の目に映る光景がスローになる。
冷たい球体は機関部のやや後方に飛んでいき、敵の装甲に命中。
爆弾の外殻が割れた瞬間、爆発が起こる。両腕で目をかばい、時が過ぎるのを待った。
どれくらい時が流れたのか、爆音と光ではっきりとしない。耳鳴りがひどい。
だが……私の攻撃が実を結んだ。
エンドレスランナーは停止し、先頭車両の装甲が剥がれ、
銀色の金属板がむき出しになっておる。
『ままもなく終…点…ほんじつは、ガガごりよう……ありがと…ござ…ザザザ』
私が賞金首に近寄ると、全部隊のエルフ達も退避場所からぞろぞろと集まってくる。
車両に乗り込み、謎の金属板の前に立つ。何やら複雑な文字記号が刻まれている。
A軍集団の魔導兵の一人が金属板を覗き込み、考え込む。
「これは……この機関車の制御術式ね。
記述ミスで駆動系の命令がループして、停止命令を受け付けなくなったみたい。
これに乗客サービスと防犯システムもリンクして暴れだすようになっちゃったようだわ」
「つまり、これを破壊すればエンドレスランナーは活動停止すると?」
「そうなるわね」
「よかろう。……諸君、激闘を乗り越え、よく戦ってくれた。
強大な敵を打ち破り、種族の誇りを勝ち取った君達の勇気に」
ワルサーPPKをホルスターから抜き、銃口を銀に輝く板に向ける。
「栄光あれ」
いつの間にか我々が移動していた採石場を銃声が貫く。
太陽は既に昇りきっていた。
土地勘のある黒ローブのエルフに先導され、
我々はイグニール領に引き返し、駐在所に向かった。
もう日が出ていることもあり、人混みの中を進むのに難儀したが、構わない。なぜなら。
「エンドレスランナー撃破、おめでとうございます!賞金首について一言コメントを!」
「難敵ではあったが、我らの団結の前には力及ばずだった。
できれば鹵獲して80cm列車砲に改装したかったのも本音ではあるが」
謎のエルフ集結を聞きつけたマスコミが既に集まっていたのだ。
私の存在を存分にアピールするチャンスだ。
旧式の二眼レフカメラを持った新聞記者が我々を撮り続ける。
「あなた人間ですよね?どうしてエルフと手を組めたんですか?」
「話すと長くなる。まずは健闘に見合った報酬を受け取らなければ」
「莫大な懸賞金の使い道は?」
「今回の作戦に費やした費用を除き、全てエルフ達に還元するつもりだ」
「では、あなたは何のためにこの作戦を?そもそも、あなたは誰なのですか?」
「アドルフ・ヒトラー。ドイツ第三帝国総統である。……おっと、そろそろ失礼」
黒ローブに促され、私は堂々と駐在所に入った。
エルフの軍隊と大勢の記者に驚いた保安官が、思わず立ち上がる。
「待て待て、こりゃ一体何の騒ぎだ!?」
「エンドレスランナーを撃破した。これが敵の心臓部である」
銃弾がめり込み光を失った銀盤を彼に渡した。
「なんだって!……本当だ。確かに、ナンブ重工の資料と一致する。
わ、わかった。懸賞金の支払い手続きをしよう。
この書類に討伐者の名前が必要なんだが、誰が倒したんだ?」
「私と後ろのエルフ達全てである」
保安官が困惑した様子で額に手を当てる。
「ええっ……それじゃ申請用紙が何枚あっても足りないな。
なぁ、あんたを代表してギルドという形にしないか?
それなら必要事項を一行書くだけで済む」
「ギルドとは何かね」
「簡単に言えば賞金稼ぎのグループだ。
今回みたいに懸賞金の支払い手続きや諸々の税金の支払いをスムーズにするために、
賞金稼ぎ同士が代表者を決めて結成する」
「いいだろう。では、よろしく頼む」
「まずは、ギルド名だな。何にする?」
「相応しい名前が既にある」
私は差し出された書類とペンを受け取り、こう記した。
──ナチス・ドイツ
1月1日。我々が出会った12月27日から、歴史的大勝利を収めた今日の日は、
“アドラーの夜明け”として、後の歴史で語られることとなる。
>新領主選出選挙・支持率
アドルフ・ヒトラー 13.27%
ユーディ・エル・トライジルヴァ 25.36%
パルカローレ・ラ・デルタステップ 27.82%
ルチアーノ・アルバーニ 19.78%
リザ・フィンブル 7.22%
無回答 6.55%