面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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クリスマス特別編(3/5)

“エルフ族が決起!人間を司令官に据え、超大型賞金首を撃破!死傷者なしの奇跡!”

 

“イグニールの街を行軍するエルフ軍とヒトラー氏(添付写真)”

 

“始めは変なちょび髭野郎だと思ってたけど、信じてついてきてよかった。(N氏)”

 

“勲章授与式は近日、ハッピーマイルズ街広場にて”

 

“ギルド、ナチス・ドイツ正式に発足。今後の動向が注目される”

 

“ヒトラー氏、国家社会主義を説く!当記者、何も理解できず!”

 

 

 

1月2日。

法王猊下が新聞を畳んでそばのサイドテーブルに置いた。

玉座に座る彼の隣には、皇帝陛下も大剣を背負って控えている。

あたしとエレオノーラは彼らの前で姿勢を正して立ったまま。

整えられた長い顎髭を撫でながら、法王は少し考え、口を開いた。

 

「……なるほど。里沙子嬢はこのアドルフ・ヒトラーなる者が

サラマンダラス帝国で再びナチズムを唱え、大衆を煽動し、いずれ大量虐殺を繰り返す。

そう申すのじゃな?」

 

「おっしゃる通りです。親衛隊がいない男一人なら自分達で対処できる。

そう考えたわたくしの甘い判断でこのような事態を招き、弁解の余地もございません」

 

あたしは二人に深く頭を下げた。

 

「いえ、どうか里沙子さんを責めないで下さい!

彼とエルフ達を会わせたのはわたしの独断です!処分はどうかこのわたしに」

 

エレオもあたしと同じく頭を下げる。

 

「うむ……二人共、まずは顔を上げて欲しい。

なにもまだ我が国でホロコーストが始まったわけでもない。

むしろ結果だけ見れば閉鎖的であったエルフの人間に対する見方が変わったと言える。

まだ悲観すべき状況ではない」

 

皇帝陛下の言葉に、またまっすぐ立ち上がる。けど、現状は決して楽観視できない。

ヒトラーはこの世界に来てたった一週間で大多数のエルフの心をつかみ、

軍隊に仕立て上げた。

 

「彼を放置してはおけません。

史実ではヒトラーは大衆の不満をユダヤ人に向けることで支持を得ていましたが、

今度は少数派の票を集めることで、新領主選に打って出るつもりなのです」

 

「確かサラマンダラス帝国の人口比率は

大まかに言うと人間50%、魔女20%、エルフ20%、その他10%でしたよね」

 

「彼の思惑通りに行くとすれば、次の狙いは魔女、だろうか」

 

「ここを押さえられたら、過半数に届かなくても、浮動票で彼が勝利する可能性が」

 

「相わかった。里沙子嬢、エレオノーラ。

貴女達には勲章授与式の会場に出向き、ヒトラーの動向を探って欲しい」

 

「かしこまりました」

 

「わかりました」

 

法王の間から退室すると、あたし達は聖堂を通り抜け、帝都の大通りに出た。

そこで今後の動きについて打ち合わせをする。

 

「エレオノーラは一旦教会で待機してて。

あたしは民宿でヒトラーを監視して、授与式の日取りが決まったら連絡するから」

 

「はい。くれぐれも危険なことはなさらないでくださいね」

 

「大丈夫。だってあたしは……」

 

「面倒くさいから、ですよね」

 

「ふふっ、エレオもすっかりボロ教会の主に慣れちゃったわね」

 

「ずっと前からそのつもりですよ?」

 

「それじゃ、向こうに着いたらまた後で」

 

あたし達は笑顔を向け合うと、エレオノーラの神の見えざる手で

ハッピーマイルズに逆戻りした。

 

 

 

 

 

1月4日。

私は朝食を取ると、洗面所で髪と髭を念入りに整えていた。

今日はハッピーマイルズ(この阿呆のような地名はどうにかならんのか)の街の広場で

勲章授与式がある。

支持を集めたエルフ達の前でみすぼらしい格好はできんし、マスコミも集まる。

 

「ねえ、ヒトラーさん」

 

髭にハサミを入れていると、里沙子がそっと洗面所の入り口に立つ。

この街に帰ってから彼女の口数が少ないので、

向こうから話しかけられたのは意外であった。

無断で宿を空けたのは済まなく思っている。

 

「なにかね」

 

「今日の授与式、あたしも見に行っていいかしら」

 

「もちろんだとも。彼らの勇姿を目にするまたとない機会だ」

 

「彼ら?あなた自身の利益はどこに?」

 

「必要経費込みで2万を受け取った」

 

「他には?」

 

「何が言いたい」

 

「また、やらかすつもり?」

 

「……里沙子。私の望みは連合軍に虐げられたドイツ第三帝国の再興あるのみだ。

そのために手段を選ぶつもりはない」

 

「一人でも殺したら、あなたには消えてもらう。例え世界が終わってもね」

 

「無用な心配だ。この世界にユダヤ人はおらず、私という優れたアーリア人がいる。

そろそろ失礼しよう。時間が迫っている」

 

「あたしも行く」

 

まだまだ寒さが厳しい。ハサミを置きコートに袖を通すと、玄関に向かう。

後ろから里沙子と、女将の“いってらっしゃ~い”というよく通る声がついてくる。

ドアを開けると、保管しておいた荷物を詰めたダンボール箱がある。

 

「すまないが、君も一つ持ってくれたまえ」

 

「何これ?……重っ!」

 

ひとり2つ。合計4つの箱を抱え、広場を目指した。

 

 

 

 

 

勲章授与式の開始時刻にはまだ早かったが、

既に広場、いや、市場から南北に続く通りにエルフが行列していた。

マスコミも詰めかけているため、時間を繰り上げて式を挙行することにした。

 

“こら、こら!集会やデモは事前に役場に申請を……

わ、やめろ!中に入ってはいかん!たまらん、今日は休業だ!”

 

保安官が超満員となった広場の整理を断念したところで、

私は広場の適当な段差に立ち、集まったエルフ達に告げた。

 

「……諸君。先日の戦いでは力を出し惜しむことなく、よく最後まで耐え抜いてくれた。

皆の猛攻撃で敵は倒れ、君達は勝利した。

今からその栄誉に相応しい勲章の授与を執り行う」

 

エルフ達が歓声を上げる。隣接する市場や酒場の客も、何事かと様子を窺う。

 

「一人ずつ順番に前へ」

 

「はい、はい!私が一番乗りです!」

 

快活な少女が手を挙げる。

 

「Gut. 名前と所属を」

 

「名前はエミリー。A軍集団にいたの!」

 

「君の活躍に感謝する。これを」

 

私はダンボール箱から金物屋に作らせた歩兵突撃章銅章のレプリカを取り出し、

彼女の胸に飾り、仕立て屋で注文した鉤十字の腕章を手渡した。

 

「ありがとうございます!」

 

2つの証を授与し握手した瞬間、あちこちから無数のフラッシュが焚かれる。

その後もエルフ達に勲章と腕章を渡す度、彼らの顔に誇らしさが生まれ、

喜びの声が絶えることはなかった。

次に、エルフにしては体格の良い男が前に立つ。

行軍中や戦場で言葉を交わしたB軍集団リーダーだった。

 

「君か。まだ名前を聞いていなかったな。きちんと報奨金は受け取ってくれたかね?」

 

「ラシードだ。約1850G。長老立ち会いのもと、間違いなく分配された」

 

「よろしい。ではラシード、君にも歩兵突撃章銅章を」

 

大柄な彼の胸に勲章を付け、腕章を手渡す。

 

「これは?」

 

「我が国の国旗だ。これでも私は国家元首だったのだよ。

君達をドイツ第三帝国の一員として歓迎するという想いだ」

 

「そうか……では、受け取っておこう。ヒトラーにも長老から預かり物がある」

 

「何かね?」

 

ラシードが紐に緑色の鉱石らしきものが結び付けられたペンダントを渡してきた。

 

「深緑のペンダント。これに念じれば、いつでも聖緑の大森林と外界を行き来できる。

人間にこれが渡されるのは、エルフの歴史上初のことだ。

その意味を、忘れないで欲しい」

 

「承知した。ありがたく受け取ろう」

 

私はラシードと握手をすると、ペンダントをポケットにしまい、勲章の授与に戻った。

まだまだ列は途切れそうにない。

全員に配り終えたのは、昼食時をとっくに過ぎた頃であった。

付近住民からひんしゅくを買いつつ、無事に勲章授与式を終えられたのは何よりである。

 

 

 

 

 

今日のあたしは散々ね。

荷物持ちさせられるわ、市場を上回る混雑に嘔吐寸前まで追い詰められるわ。

ヒトラーの監視どころか、途中から地べたに座り込む始末。

横で背中をさするエレオが見ててくれたらしいけど、特に怪しい動きはなかったみたい。

今はカラになったダンボール箱を潰して、隅のゴミ箱に無理やり押し込んでる。

 

“入れ、入らんか!総統たる私の命令が聞けぬとは!……よしよし、よろしい”

 

「エレオ、ごめん……なんか変わったことなかった?ナチスのプロパガンダ演説とか」

 

「そういったものは特に。気分はどうですか?」

 

「もう大丈夫っぽい。彼を追いましょう」

 

彼は市場を通り抜けて大通りへ出る。

道すがらマスコミの囲み取材を受けつつ進むヒトラー。

北へ向かいながら、金物屋と仕立て屋に寄って何も持たずに店を出た。

道中、まだ聖緑の大森林に戻らず居座っているエルフ達とすれ違った。

 

「お前は何をもらったんだ?弓兵の俺は歩兵突撃章銅章だ」

 

「あたしね、C軍集団だったから空軍地上戦闘章なの」

 

「稲妻を落とす鷲か。お前達の役割に似つかわしいな」

 

「うふ。あたし達、もう今までと違って自由に外に出ていいって長老様が。

あたし達、変わったのね」

 

「出たいとも思ったこともなかったからな。

お前は、何か外でやりたいことはあるのか?」

 

「まだ考え中」

 

「俺は……旅に出ようと思う。

今回の一件で、自分の世界がどれだけ狭かったかを知ったからな。

世界にはもっと色々なものがあるに違いないんだ。それを見てみたい」

 

「きっとまた帰ってきてね~」

 

「ああ、戻るさ」

 

彼らの腕には鉤十字の腕章が。ヒトラーの野望が着々と進行しつつある。

危機感を抱きながら彼の追跡を続けると……痛っ!何かにぶつかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ごめんなさいね……って、メルーシャ!?」

 

「あははー、里沙子もシスターさんもおひさ~」

 

やる気だけは一人前の新聞記者だった。

 

 

 

 

 

エルフに勲章を配り終えた私は、市場を抜け金物屋と仕立て屋に立ち寄った。

勲章と腕章の制作代金を支払うためである。注文したのは戦いの前だ。

しかし全員分のそれらを作るには、里沙子からもらった200Gでは足りなかったので、

頭金だけ払い、残りはツケにしてもらうよう多少強引に説得した。まずは金物屋。

 

「店主」

 

「へい、まいど!……ああ、あんたか。本当に賞金首殺っちまうなんて凄いな!」

 

「私は成すべきことを成した。後は金を支払うのみだ」

 

「ひとつ2Gだから1600Gだよ」

 

「これだ」

 

「おおっ、半分諦めてたがちゃんと払いに来てくれたんだな」

 

「私は盗っ人ではない!ドイツ第三帝国総統だ!何を考えているのだ、失礼する!」

 

「ありがとさん」

 

次に仕立て屋。ドアを開けて再び店主を呼ぶ。

 

「アドルフ・ヒトラーだ。腕章の代金を支払いたい」

 

「ヒトラー様ですね。オーダーメイドの腕章、ひとつ3G。計2400Gでございます」

 

「金はここにある」

 

「ありがとうございました。またのご利用を」

 

店を出ると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。

 

“ごめんなさいね……って、メルーシャ!?”

 

“あははー、里沙子もシスターさんもおひさ~”

 

里沙子とエレオノーラ女史が、何やら奇妙な存在と歓談しておる。

この寒さの中、コートも羽織らず露出の多い奇妙なドレスで出歩いている物好きだ。

あるいは売店の店員と同類項なのかもしれないが。私にはまだやることがある。

ラシードから受け取った深緑のペンダントを手に取る。

 

“だから!あの人だけは危険だからやめろって言ってるの!”

 

“お願いぴょん!

他紙に大きく後れを取ったから、編集長が激おこぷんぷん丸なんだぴょん!

えーい、里沙子と同じ民宿に泊まってるのは裏が取れてるんだから観念せい!”

 

“ゲンコツ食らいたい!?”

 

“我が社は決してテロには屈しな……あ、いたー!BダッシュでGO!”

 

“こら、待ちなさい!”

 

そして私はペンダントに祈りを込めた。同時に温かい緑色の風の渦が私を包み込み、

既に慣れた浮遊感と共に、何かがぶつかるような衝撃を受けた気がする。

 

「ヒビュアッ!!」

 

次の瞬間には地面に放り出され、腰をしたたかに打った。

初めて使用したので上手く行かなかったが、転送自体は成功したようだ。

立ち上がると見慣れたエルフの里が視界に広がる。

私は一番大きな家屋、あの集会所へ足を運んだ。

 

「やあ。ジーク・ハイル、ヒトラー」

「ジーク・ハイル。今後はハイル・ヒトラーでもよい」

 

「こんにちは、ヒトラー」

「ノーラ。空軍名誉章が似合っているぞ」

 

「長老は在宅かね?」

「集会所でヒトラーを待ってるよ」

 

途中で出会ったエルフと言葉をやり取りしながら長老に会いに行く。

集会所の大きなドアを少し開けて、隙間から身体を滑り込ませると、

中では多くの女性エルフが掃除や機織りに精を出していた。

やはり壇上のソファには長老が腰掛けている。久しぶりに彼と対面する。

 

「長老……再び会うのは出陣の時以来か」

 

「うむ。お主は我々の期待に応えた。エルフ族の名誉を守ったのだ。

魔王との戦が始まった時、我々は何もできなかった。

これで少しは世界に借りを返せたと考えている。次は我らがお主の期待に応える番じゃ。

ヒトラーよ、お主は我々に何を求める」

 

「私は旅に出る。2月の新領主選で……」

 

バタン!

 

「長老!怪しい人間を引っ捕らえました!」

 

「離すぴょん!メルは怪しい者じゃないっぴょん!」

 

見るからに怪しい女が後ろ手に縛られ、槍を持った兵に連れられてきた。

そう言えば、この女には見覚えがある。先程、里沙子達と喋っていたトンチキ女である。

得心がいった。転移の際に受けた衝撃は、この女の突撃によるものだろう。

他候補が差し向けた暗殺者かもしれない。私はすかさず叫んだ。

 

「そいつはスパイだ!今すぐ銃殺刑にしろ!」

 

「MT(まさかの展開)!?メルは新聞記者であってスパイなんかじゃ……」

 

「ダイナマイトを持っていないかすぐに調べろ!!」

 

「落ち着けヒトラー。奴は密偵でも暗殺者でもない。そのような資質は全く無い」

 

音もなく後ろに立っていた黒ローブの男が告げた。

見るからに熟練の斥候である彼が言うのなら間違いないだろう。

彼は髪がピンク色の奇妙な女につかつかと歩み寄る。

この髪の色では名誉アーリア人にすらなれはしない。

 

「……貴様、目的は。どうやってここまで来た」

 

「どうしてテレポートができないぴょん!?」

 

「答えろ」

 

「はい、ヒトラーさんがワープする時にくっついて来ました。

メルは新聞記者で、ヒトラーさんの活動をスクープしたいんだぴょ…したいからです」

 

黒ローブが睨みを利かせると、ようやく謎の女が普通に喋った。

 

「お前の能力は“スペルカウンター”で封じてある。名前は」

 

「メルーシャでーす!今後とも、ヨロ!」

 

わずか数秒しか保たなかったことは残念である。

 

「ヒトラー。この女と会ったことは?」

 

「ここに来る前に見かけただけだ。私の支援者と知り合いのようであるが」

 

「……放してやれ」

 

「きゃふっ!」

 

変人女が床に放り出される。

床に厚く藁が敷かれていたため痛い思いをせずに済んだあたり、悪運だけは強いようだ。

新聞記者か。私も彼女に近づき質問する。

 

「君。今述べたテレポートについて具体的に説明してくれたまえ」

 

「かしこまり!メルは短距離だけど少量の魔力で何度も瞬間移動できるんだぴょん!

おばあちゃんが魔女だからってお母さんが言ってたのだ~!えっへん」

 

「そして私を取材したいと?」

 

「ピンポンピンポン!みんながギラついてるホットな話題といえば、

ヒトラーさん率いるギルド、ナチス・ドイツで決まり!

だからメルもカメラ片手にヒトラーっちを追いかけてたんだけどぉ……

大勢のパない報道陣からハブられて、シャッターチャンスを逃し続けてきたんだお。

お願い、ここで会ったもなにかの縁だと思って、メルを専属記者にしてほしいかも?」

 

「また私をふざけたあだ名で呼んだら今度こそ銃殺刑だ。少し待て」

 

「メルの友達はみんなメルに塩対応だお……」

 

戯言を無視して急ぎ足で長老の元に戻る。

 

「長老、話の途中であった。私は2月の選挙に備えて旅に出る」

 

「お主があの地を求めるというのか。つまり、我々に票を入れろと?」

 

「誰に票を投じるかは個人の自由だ。ただ、2つ3つ聞きたいことがある」

 

「なにかね」

 

「魔女だ。エルフと魔女の関係はどうなっている」

 

「付かず離れずと言ったところだ。

特に人間との間に抱えていたような遺恨もなければ、積極的な交流もない」

 

「この所、彼女達が何か困っている様子は?」

 

「今度は魔女の票集めか。

ふむ……人間との関係は概ね良好であるが、一部の迷信深い集落では

魔女に生まれた者を排斥しているようだ。

また、暴走魔女という人間に害する魔女の存在から、

魔女そのものを忌み嫌っている人間が少ないながらも存在する」

 

「いいだろう。長老、しばらくの別れになりそうだ」

 

「お主の理想を推し量ることはできんが、

再び憎しみの連鎖が始まらぬよう、ここで祈るばかりだ」

 

「杞憂である」

 

長老と別れると、またメルーシャという女に近づく。

 

「メルーシャ。君を私の専属記者に任命する」

 

「やったあ、うれぴーまん!メル頑張るぴょん!

今度こそガチめでネタ取りに行くんでヨロ!」

 

「その喋り方を続けるのは勝手だが、

選挙活動に悪影響を及ぼすことがあれば粛清の対象になることを忘れぬよう。

では行くぞ」

 

「はい……」

 

私は深緑のペンダント力を込めて握り、再び緑色の風を巻き起こす。

宣伝活動を手伝わせるために奇妙な新聞記者を雇ったが、

恐らくゲッベルスには遠く及ばないだろう。

私の視界がハッピーマイルズの街に切り替わる。同時に聞き慣れた声で呼びかけられた。

 

「メルーシャ!ヒトラーさんも帰ってきたのね!心配させないでよ、もう!」

 

「里沙子、私は旅に出る。済まないが民宿は引き払ってくれ。エレオノーラ女史は?」

 

「先に帰らせた。あたしも行く。あなたが何をするのか見届ける義務がある」

 

「よろしい。これから私は大陸全土を周り、力を得て民衆の救済活動を行う」

 

「選挙に勝つために?」

 

「誰も彼も何度同じことを説明させれば気が済むのか!

私はかつて独力でヨーロッパ全土を統一した!

無能な部下に足を引っ張られ、やむなくドイツ侵攻を許してしまったが、

私はこの異国の地で反撃の糸口を必ず見つけ出す!選挙での勝利はその第一歩に過ぎん!

私の思い描く理想へと進む第一歩だ!!」

 

「ひええ……ヒトラーさん、噂通りのスプリンクラー(急にキレる人)だよ……」

 

「君には失望した。私を監視するのは構わんが、私も好きにやらせてもらう。

メルーシャ、この世界の主要な交通機関は?」

 

「馬車だぴょん。

近くの駅馬車広場で乗り合い馬車に乗るか、一台丸ごと借りるかのどっちか」

 

「うむ。案内してくれたまえ」

 

「あたしが行くまで待ってなさいよ?民宿をチェックアウトしてくるから」

 

「好きにせよと言った」

 

その後、メルーシャの案内で駅馬車広場とやらに到着し、

小さな小屋で馬車を借りる手続きをした。

 

「係員。馬車を借りたい」

 

「どこまで行くんだい?」

 

「この大陸を巡るつもりだ」

 

「だったら一ヶ月貸し切りがおすすめだね。10000G」

 

「そうしてくれ。少し待って欲しい」

 

私は複数のポケットに分けた、重たい硬貨のかたまりを苦労して取り出した。

最高額の貨幣が100Gの金貨であることは極めて不便だ。世界恐慌時代の紙幣を思い出す。

 

「まいど。ちょっと待ってくれ。えーっと……うん、10000Gだ。

この札の番号が書かれてる馬車に乗ってくれ」

 

「どうも」

 

「待って、あたしも乗るー!」

 

料金の支払いにもたついているうちに、里沙子が追いついた。

 

「急いでくれ。私は急がねばならない」

 

「だから待ってって。はぁ…最後にこんなに走ったのいつだったかしら」

 

「早く乗るぴょん。里沙子シカッティーして行っちゃうよん」

 

「あんたに急かされるとSM(スーパームカつく)」

 

無事里沙子も合流し、御者に札を渡す。

こうして我々3人は魔女の情報を求めて大陸一周の旅を始めたのであった。

 

 

 

 

 

1月6日。

私達を乗せて馬車は行く。

途中、御者が馬に干し草を食べさせたり、我々自身が食事を取ったり、

宿に泊まったりして休憩を挟んだものの、旅そのものは順調であった。

道中購入した国土地図によると、北西の端にログヒルズという領地があるらしい。

御者に命じてそこに向かわせておる。間もなく到着するとのことだ。

 

「……ヒトラーさん。気の毒な魔女を探しているなら時間の無駄よ。

昔一人いたけどあたしが殺したから。人と魔女の関係は至って良好よ」

 

「死んだ者に用はない。大事なのは今生きている者だ」

 

「ひえっ、お二人ともヒドス……」

 

「お客さーん。ログヒルズ領に入ったよ。どこで停める?」

 

「なるべく人が多いところで頼む」

 

「了解」

 

御者が手綱を握り、進路を変える。

その間、私は地図の備考欄で、ログヒルズについての情報を参照していた。

なんでも、作り物の身体に天界晶という謎の物質が宿ることによって命を受けた、

オートマトンという少数民族が住んでいるらしい。

票には結びつかんだろうが、魔女について手がかりが得られるかもしれない。

馬車が止まった。

 

「ここだよー。オートマトンの村」

 

「どうも」

 

馬車を降りると、確かに人間と区別のつかない個体や、

巨大なピノキオのような木の人形が、木材を伐採したり運搬している。

 

「ここ、ルーベルの生まれ故郷なの。こんなことなら連れてきてあげればよかった」

 

「ルーベル女史の?興味深い。直ちに調査を開始しよう」

 

「ワオ!凄い木の数!せっかくだから1枚ガメ写!」

 

私は見通しの良い村の敷地で、一番大きな家屋のドアをノックした。

中から住人のひとりが出てくる。

顔は人間と変わらないが、両手がむき出しの木材で出来た不思議な存在が応対に出た。

 

「どなたかしら。主人は仕事中よ。用があるなら夕方に……」

 

「そうではない。アドルフ・ヒトラーという者だが、魔女を探している。

この辺りで魔女の噂を聞いたことはないかね?」

 

「この辺に魔女はいないわ。あ、でも隣の領地の貴族さんが変な術を使うって聞いたわ。

すぐ近くだから調べてみたらどうかしら」

 

「情報提供に感謝する。では、いずれまた」

 

「いーえ」

 

女性のオートマトンが扉を閉じると、私は馬車に引き返す。

背中で里沙子達と話しながら、今後の方針を決める。

 

「まさかユーディのところに行くつもり?あそこには馬鹿しかいないわよ」

 

「馬鹿かどうかは私が決める。出発だ」

 

「さぶいー!早く暖かい馬車に戻りたいぴょん」

 

 

 

 

 

村から再び馬車を走らせ、スノーロード領というところにたどり着いた。

御者に貴族の屋敷はどこか訪ねたら、

ここに貴族の家系はひとつしかないとのことだったので、そこに向かわせた。

幸い里沙子がその当主と知り合いらしい。うまく話が運ぶといいが。

 

「着いたよ~」

 

白亜の邸宅。だが、ところどころにひび割れが見られ、側面の壁には蔦が生えておる。

 

「神ってる豪邸……と思ったけど、微妙にボロいっぴょん」

 

「落ち目の貴族だからしょうがないわ。さあ行きましょう」

 

「うむ」

 

ドアノッカーを鳴らすと、外壁と同じ白で塗られたドアが開いて

初老の執事が出てきた。

 

「誰かね」

 

「アドルフ・ヒトラー。ドイツ第三帝国総統である。

ここに魔女のような人物がいると聞いた。ぜひ目通り願いたい」

 

「失敬な!我々は符術士であって魔女などではない!お嬢様にアポも取らずに不躾な!

帰りたまえ!」

 

「まともな通信網が構築されていない国でどう連絡を取れと言うのだ!

地下壕ですらコラーとスムーズな電話連絡ができていたというのに!

結局空軍参謀も役立たずだったがな!

最後になったが、不躾なのは総統に対する礼儀も知らんお前の方だ!!」

 

「言わせておけば狼藉者め……!」

 

執事が大きな名刺のようなものを懐から抜くが、渡す様子がない。

 

「またヒトラーさんが、おこだぴょん……」

 

「あー、おじさま?どうしても駄目かしら。あたし達ユーディに会いに来たの」

 

見かねた里沙子が仲裁に入る。

 

「む?君は斑目里沙子ではないか。なぜこんな男と」

 

すると奥からドレスを来た令嬢が現れた。

 

「爺や、そこまで。誰かと思えば里沙子じゃないの。

そっちにいるのは……上手くエルフに取り入ったヒトラーとかいう新参者ね」

 

「失礼する。……はじめまして、お嬢さん。私を知っているとは光栄だ」

 

「勝手に入るでない!」

 

「ごめんなさいね、用事が済んだらすぐ出るから」

 

「おじゃま~」

 

「まったく、礼儀知らずな連中め!」

 

「一応名乗っておくわ。わたしの名は、ユーディ・エル・トライジルヴァ。

トライジルヴァ家の長女にして、2月の新領主選挙の候補者の一人。

つまりあなたとは政敵。手を貸すつもりは全くない。わかったらお帰りになって。

里沙子にはお茶くらい出すけど」

 

「貴女も魔女の一人なのか?」

 

「そうだとしても答える義理はないわ」

 

「情けない!貴女に国家社会主義の理念を説いても無駄のようだ!

ブルジョワも労働者階級も、その垣根を越えて団結してこそ

強固なる民族共同体が成されるというのに!

宗教や人種を越えた結束を築かねば、諸君に未来はない!」

 

「爺や、お客様がお帰りよ」

 

「出て行け、この馬鹿者が!」

 

「私に触るな!自分で出る!」

 

「里沙子、こんな男二度と連れてこないで!」

 

「ああ、邪魔したわね。ごめんごめん」

 

「ここでも1枚パシャリ、と」

 

私は国民のあり方について何も理解していない貴族に失望しながら屋敷を後にした。

あの女は2月に国民の審判の前に敗れ去り、己の無知と後悔に沈み倒れることだろう。

もうこんなところに用はない。

次の目的地を目指すが、我々が馬車に乗り込むと、

日も暮れようとしているところだった。

 

「ヒトラーさん。今日は適当な宿を探して休みましょう。南に村があるらしいわ」

 

「メルも原稿とフィルムを会社に送りたいから郵便局に寄りたいぴょん」

 

「へえ、一応やることはやってんだ?」

 

「今回の見出しぴょん。“ヒトラー氏、早くも対立候補と火花を散らす”」

 

「対立にすらなるまい。民族協調をないがしろにする者はやがて自滅する運命だ」

 

「あなたもケンカになること言わない」

 

それから、我々は小さな村のこぢんまりした宿に泊まり、疲れを癒やした。

 

 

 

 

 

1月8日。

自動車がない世界での強行軍は非常に疲れるものだ。

次なる手がかりを求めて東に向かう。

途中、ホワイトデゼールという草原地帯を横切った。

元々は岩と砂しかない不毛の大地だったが、

少し前に魔王という乱暴者が処刑されて今のような地質になったらしい。

原理は不明である。

 

先日立ち寄った村で購入した文房具とノートに

見聞きしたもの、この世界における私の政策立案、

異なる種族のあるべき姿を書き留める。

雇用したはいいが不安要素がつきまとっていたメルーシャは、

今の所、記者としての仕事を全うできている。彼女が私の執筆に興味を示した。

 

「ねーねーヒトラーさん。なに書いてるかメルにkwsk(くわしく)

 

「“わが闘争”の続編である。第一弾はどういうべきか……頭でっかちであった。

焦って全てを決めつけすぎた。

思想、理想、戦術、社会情勢は常に変化を続けているというのに。

私が今ここにいることがその証明であろう」

 

「まあ、完成したら同人誌としてメロンにでも委託しなさい。

ところで、レインドロップでは何をするの?」

 

「引き続き魔女について情報収集だ」

 

「ユーディが駄目だったんだからあの娘も駄目だと思うけどね」

 

「諦め癖は敗北主義者の始まりだ。気をつけたまえ」

 

「はいはい」

 

草原の続く大地を横切ると、今度は一変、

ロンドンのように霧の漂う土地に景色が変わる。

御者がレインドロップ領というところに入った旨を告げた。

私は領主の邸宅に向かうよう指示。

30分ほど走ると、殺風景な外観の三階建てビルに到着。

我々は下車し、銅製のドアハンドルを押してガラス製の玄関ドアを開けた。

右手に受付がある。私は受付嬢に声を掛けた。

 

「失礼。アドルフ・ヒトラーだが、領主と面会したい」

 

「え?困ります……領主様はお忙しい方で、お約束がないと」

 

「ほら、言ったでしょ。いきなり来ても駄目なんだって」

 

「ならどうすればいいと言うのか!

この世界の明暗を分ける選挙が2ヶ月後に迫っておるのだぞ!

こんなところでモタモタしてられん!」

 

「こんなところで悪かったわね」

 

二階へ続く階段の踊り場から声が聞こえた。

視線を移すと、袖や裾が余ったローブを着た少女が、私を見つめている。

彼女は足を踏み外さないよう慎重に階段を下りてきた。

 

「パルカローレ。ひさしぶりね」

 

「里沙子。なんで彼と一緒にいるの?あなたこの男と知り合い?」

 

「アースから転移してきたの。ちょっと色々あって、あたしが付き添うことになった」

 

「済まないが子供に用はない。ここの責任者を呼んでくれたまえ」

 

「また……!私が、レインドロップの領主で、ここの責任者よ!」

 

「本当よ。この娘がパルカローレ。これでも二十歳なの」

 

「世の中には不思議な現象があるものだ。ちょうど良い。私の名は」

 

「アドルフ・ヒトラーさんでしょ!何をしに来たのか言いなさい!」

 

「恵まれない魔女を探しておる。手がかりは……」

 

「ないわ。帰って」

 

「どいつもこいつも、口を開けば無い無い尽くし!

国家のために協調しようという者はおらんのか!」

 

「国家が大事なら、あなたが私に協力すればいいのに。

どうせあなたも選挙の票集めにお忙しいんでしょう?

エルフ票をそっくり私に譲って少しお休みになったら?具体的には3月1日まで。

私は符術士の名誉回復に命を賭けてるの。この新領主選はあなたの出る幕じゃない」

 

「私はドイツ第三帝国の再興に命を賭けておる!

符術士なる占い師まがいだけではない、全ドイツ国民の命運を背負っておるのだ!」

 

「はい、そこまで。

これ以上言い争っても情報は引き出せないことくらいわかるでしょ?」

 

里沙子に制止され、やむを得ずその場は退いた。

 

「ご用事は済んだ?私は忙しいの。これで失礼」

 

領主がやはり足元を見ながらゆっくり階段を上がって、上階に去っていった。

無礼にも程がある。憤懣やるかたない気持ちでビルから出る。里沙子達も後に続く。

馬車に乗ってまずは出発させる。

 

「この不浄な地に立ち寄ったのは間違いであった。指導者もろくな人間ではない」

 

「あのね。ここはドイツじゃないの。連絡もなしに押しかけたらああなるの。

そろそろ理解して」

 

「理解はしておる。

政界に進出した暁には、忌まわしき領主制は即座に廃止すべきであると!」

 

「話が通じない」

 

「ガメ写撮り忘れたお……とりあえず、おこのヒトラーさんパチリ」

 

 

 

 

 

1月11日。

北部ではろくな目に遭わなかった。私は大きく南に下り、懐かしの地に戻ることにした。

イグニール。郊外で激戦を繰り広げたのはわずか10日前であるが、

ずいぶん昔のような感慨を覚える。

 

中心街で馬車を降りた我々は、ただ目的もなく町工場や金物屋を視察していた。

工業が中心となって街を動かしているイグニールには魔女の気配がしない。

なんとなく気になった工房に寄ってみる。

 

大きく開かれた店先には金物が並んでおり、奥で商品を作っているようだ。

人の多い奥に入り様子を見ると、

小柄だが筋肉隆々の老人が金槌で焼けた鉄を打っている。

話しかけようとすると、向こうが背を向けたまま声を上げた。

 

「誰だ!」

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

「こないだエルフの大群を引き連れて馬鹿騒ぎしやがった野郎か!」

 

「そうだ」

 

「おかげでろくに資材も運べん、客も通れん。散々だった。二度とやるな」

 

「店は長いのか」

 

「少なくともお前が生まれる半世紀前からここでハンマーを振り続けてる」

 

「Gut. 勤勉な国民は国力を上昇させる」

 

「それで、今度は何をしにきた!」

 

「魔女を探しておる」

 

「ここに女がいるように見えるのか?」

 

「見えぬ。仕事の邪魔をした。労働の続きに戻ってくれ。さらばだ」

 

「待て」

 

「何かね」

 

「……西のはずれに公園がある。そこに辛気臭い魔女が居座ってる。

詫びの印にそいつをなんとかしろ」

 

「素晴らしい。さっそく向かうとしよう。貴重な情報に感謝する」

 

「ふん、さっさと行け」

 

無愛想だがどこか憎めぬ鍛冶屋から思わぬ情報が手に入り、馬車の中に舞い戻る。

 

「御者、西の公園に向かってくれ」

 

「了解」

 

「次はどこに向かうつもり?正直これ以上揉め事は勘弁」

 

「メルもあんまり偉いさんを怒らせると、今後の取材活動ができないぴょん……」

 

「問題ない。次は行き場のない魔女らしい。彼女と会って話をする」

 

「はぁ、魔女ひとりと会って何がしたいんだか。人生相談?」

 

「魔女にも支持層を広げる。彼女達の助力を得られれば、選挙戦はおろか、

ハウニブの建造や改良型V2ロケットの完成も夢ではない」

 

「本当に造ってたのアレ?呆れた。まぁ、やるだけやってみたら?」

 

「無論だ。我々には勝利への道のみが続いている」

 

「あたしらまで含めないで」

 

鍛冶屋の情報通り、イグニール領を西に進む。

途中仮眠を取ったので正確な時間は分からぬが、

それほど長くない時間で目的地に着いた。御者の声で目が覚める。

 

「お客さん、ここだよ」

 

「ん…?そうか、では行くとしよう。里沙子、メルーシャ。急ぐのだ」

 

「わかってるわよ」

 

降車すると、針葉樹がまばらに点在する小さな公園に出た。

するとどこからか、悲しげなハーモニカの音色が聞こえてきた。

里沙子によると、“赤とんぼ”という曲らしい。

音を頼りに公園を進むと、露出の多い真っ黒なドレスと、

闇色の三角帽子を被った魔女がブランコに力なく座り、まだハーモニカを吹いていた。

彼女に落ち着いた歩調で近づく。

 

“ママー!変なおばさんがブランコひとりじめしてるよ!怒ってよ!”

“見るんじゃありません。今日は諦めなさい。帰るわよ”

 

「……ごきげんよう」

 

私が話しかけると、親子の若干失礼な声にも気づかなかった様子の魔女が顔を上げた。

 

「あなた、誰?」

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

遅れて里沙子達が駆けつけてきた。

すると、魔女の姿を見るなり里沙子が驚いた様子で声を上げた。

 

「グリザイユ?ひょっとしてグリザイユなの!?」

 

「知り合いかね」

 

「知り合いっちゃ知り合いなんだけど……長いこと会ってなかったの。

昔は深淵魔女とも呼ばれてた」

 

「ふっ……そうよ。私は深淵魔女グリザイユ。主人公にすら見捨てられた哀れな存在」

 

「えと、なんかごめん。あれからこっちも色々あってさ……」

 

何やら複雑な事情がありそうなので、話を聞くことにした。

 

「何かお困りのようだが」

 

「お困り?フフ、そうね……お困りよ。今となっちゃ手遅れだけどね」

 

彼女は自嘲気味に笑う。里沙子が補足する。

 

「あの、彼女はね?この企画の初期に“引き”を担当してたの。

物語の最後らへんに出てきて、正体隠して謎めいたこと言ったり、

思わせぶりな態度を取って、読者の興味を引くって役割があったのよ」

 

「そう。そしてギルファデスのおじさまが倒れた後には、

次なる強大なボスキャラとしての地位が約束されていた。それなのに……!」

 

後で聞いたところによると、ギルファデス某という者は、

ホワイトデゼールで処刑された魔王のことらしい。続きに耳を傾ける。

 

「ある日突然、何の前触れもなくイロモノキャラにされて、

それまでのキャリアは全てパー。

一度イロモノに墜ちたキャラなんて、後からいくら暴れようが何を叫ぼうが、

もうギャグキャラの奇行としか見てもらえない!」

 

グリザイユという魔女が言っていることは何も理解できなかったが、

彼女が窮地に立たされているのは事実のようだ。

 

「わずかでもキャラ修正の余地が無いか、千里眼で奴の様子を探ったら、

あろうことか“失敗した、やめとけばよかった”ですって!それからは全く梨のつぶて。

最近では四大死姫とかいう新キャラが出て、私を覚えてる人は減る一方!

再登場の機会なんて、もうないのよ!」

 

「それは気の毒だと思うけどねぇ。流石にこればっかりはどうにもならんわ」

 

「マジ、エンドってる……メルもいずれこうなっちゃうのかなぁ」

 

「私に残ったのは、使い道のない賞金と大量のダークオーブだけ。カラスだけが家族よ」

 

今度は彼女が真っ黒な球体でオテダマを始めた。相変わらず表情は暗い。

だが、この出会いは双方にとって好機である。私は彼女に問う。

 

「フラウ・グリザイユ。……人間が憎いか」

 

「憎いわ!私から出番を奪った人間が!

自分の都合で私…いえ我々を使い捨てた人間が!」

 

「ならばその憎しみで立ち上がれ。同胞を集め集い、世の不条理な抑圧を打ち破るのだ」

 

「ヒトラー、やめて」

 

「……今更できるのかしら。哀れなピエロに成り下がった私に」

 

「可能である。貴女にその気があるのなら。魔女の仲間と連絡を取る方法は?」

 

グリザイユが球体のひとつを手に取った。

 

「これを媒体にすればこの国全ての魔女にメッセージを送ることができるわ」

 

「よろしい、私も助力する。今こそ夜明けの時。政治の中枢で諸君の不満を訴えるのだ」

 

「わかった。

帝国には無数の魔女がいるけど、わずかばかりの出番すら与えられない子たちがいる。

まだ私は恵まれていたのかもしれない。彼女達のためにも頑張るわ!」

 

「ふたりともやめて!」

 

「邪魔しないで!」

 

魔女が左手から放った黒い力で、里沙子が縛り上げられる。

 

「あうっ……!メルーシャ、早く解いて!」

 

「里沙子!?秒でなんとかするっぴょん!」

 

メルーシャが黒いオーラを引き剥がそうとするが、謎の力に触れられず手がすり抜ける。

外傷はなさそうだ。今のうちに魔女達へメッセージを発信させるべきだろう。

 

「貴女の思いの丈をぶつけるのだ。必ず賛同する者が現れる」

 

「待ってて。……四方(よも)に別れし同士に告ぐ!

我が声、我が息吹、魔に生き魔に死ぬ全ての者へ!パラボリックノード!」

 

グリザイユが魔法らしきものを詠唱すると、謎の球体の中心で暗い炎がゆらめき始めた。

そして彼女が球体に向かって叫ぶように訴える。

 

「全ての虐げられし魔女に伝えるわ!私の名前はグリザイユ!

魔女が人間に都合よく使われる時代は終わった!

皆で声を上げてそれを人に知らしめるのよ!」

 

今度は球体がビリビリと震え、声なき声として返事を返す。

彼女が困惑した様子で私に助けを求める。

 

「具体的にどうすればいいのか、みんな知りたがってるわ」

 

「任せたまえ。……諸君、私はアドルフ・ヒトラー。

先だって超大型賞金首を討伐したエルフ軍の司令官である。

君達が今の境遇に不満を抱いているのなら、鉤十字を掲げ帝都へ向けて行進せよ!

怒りの声を帝国の中心で轟かし、世界を動かせ!

種族は問題ではない。生ある者として意志を示すのだ!」

 

私は黒い球体に決起を促すメッセージを託した。しばし待つと、また返事が。

 

「なんと言ってる」

 

「凄いわ!何千人もの魔女がもう帝都へ出発しようとしてる。

私達もこうしていられない。皆に続くの!」

 

「馬車を待たせている。行こう」

 

「それには及ばないわ。私の転移魔法で帝都には一瞬で行ける。

今日は私の城で出陣の準備を」

 

グリザイユが空に手をかざすと、暗黒の渦が現れた。

彼女がその中に入っていったので、私も後を追う。

 

「待ちなさい、ヒトラー!」

 

後ろから里沙子の声が聞こえたが、私は急がなければならない。

 

 

 

 

 

1月13日。

広大なグリザイユの城で演説の準備を整えた我々は、

ついに帝国の政治を担う、帝都に降り立った。

彼女の水晶が映し出す世界各地の模様は見ものであった。

帝国に住むほぼ全ての魔女がローブや三角帽子に鉤十字をあしらい、

帝都を目指して行進しているのだ。

 

“誇りを!誇りを!誇りを!”

 

彼女達は休むことなく歩き続け、その腕を振り上げ、この地に押し寄せる。

いくら大都市と言えど、この人数の魔女を受け入れることはできなかったらしく、

道路はパンク状態。あちらこちらから悲鳴とパニックの声が上がり、止むことがない。

 

“出番を!出番を!出番を!”

 

やがて、国会議事堂に当たる要塞の前で待機していた我々の前に

三角帽子の群衆が集った。

私はグリザイユと共に適当な木箱を積み上げたステージに立ち、彼女達を見渡す。

途端に波のようなざわめきが静まり、我々に注目が集まった。

まずはグリザイユが発言する。

 

「みんな、集まってくれて本当にありがとう。私は深淵魔女グリザイユ。

きっと、ここにいる魔女の殆どは一度も出番をもらったことがない可愛そうな人。

もしくは出番があっても私のように雑な扱いしか受けられなかった人。

だけど、それももう終わり。私達とヒトラーで、失われた誇りを取り戻すのよ!」

 

黄色い歓声が帝都に響く。魔女達の興奮が収まるのを待ち、今度は私が呼びかけた。

 

「私は主張したい!

今日の日に諸君がここに集結したのは、

不当な圧力により口を閉ざされてきたこれまでの現実を覆したい。

皆にその意志があるからに他ならぬと信じておる!

それを可能にするのは諸君であり、私はそれを代弁する者に過ぎない!

ただ、その責務を全うし得るのは成金貴族でなければ湿地帯に住まう独裁者でもない!

彼女らにはその気概もなければ民族団結を希求する熱心な心もない!

あるとすれば雨漏りの心配と選挙活動の金策だけだ!

奴らが君達に何をしてくれただろうか。何もありはしない!私は異なるとここに誓おう!

皆の純粋な願い、意志を受け取り、ありのままの形で政治中枢に届けると約束する!

エルフに続け、勝利のために!ジーク・ハイル!」

 

“ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!”

 

魔女達の熱狂がピークに達する。私も右手を掲げ、彼女達に応える。

その時、三角帽子の絨毯をかき分けて、

自動小銃を持った黒い軍服の兵士が数人近づいてきた。

 

「アドルフ・ヒトラー!民衆扇動罪で逮捕する!」

 

「不当逮捕だ!私は彼女達の代弁者に過ぎん!」

 

「大人しくついてこい!暴れると罪状が増えるぞ!」

 

割れんばかりの抗議の中、私は要塞の敷地に引きずり込まれた。

塀の外では兵士が魔女達を追い払っているが、圧倒的な数の差に対抗しきれていない。

ついに本隊が出動する騒ぎとなる中、私には為す術がなかった。

ミュンヘン一揆以来の屈辱である。甲高い音を立て、重い鉄の扉が閉まる。

 

 

そして、私は投獄されたのであった。

 

 

 

>新領主選出選挙・支持率

 

アドルフ・ヒトラー 25.98%

ユーディ・エル・トライジルヴァ  22.75%

パルカローレ・ラ・デルタステップ 20.40%

ルチアーノ・アルバーニ 17.65%

リザ・フィンブル 5.15%

無回答       8.07%

 

 

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