“ギルド、ナチス・ドイツ代表ヒトラー氏、民衆扇動罪の容疑で逮捕!”
“帝都を埋め尽くす魔女の行進(写真)”
“魔女代表グリザイユ女史、記者団の質問に「言論の自由が脅かされている」と抗議”
“新領主選、期日前投票率が前回を大きく上回り34.8%。なぜかヒトラー氏が独走”
“エルフ族長老から法王猊下を通じて「コメントする立場にない」との発表”
1月15日。
ヒトラーもあたしらほっぽらかしてどこ行っちゃったのかしら。
なんて思ってたら、またやってくれたわ。新聞を畳みながら考える。
そうそう、今日は良いことと悪いことがひとつずつあるの。
良いことは、厄介者がブタ箱行きになってやや安心できたこと。
悪いことは、馬鹿が二人も目の前にいてやかましい。
少しだけ引け目があるから追い返すことができなかったのよ。
「聞いてますの?里沙子!どう考えてもこの状況はおかしすぎますわ!」
「うん、聞いてる聞いてる」
「そうよ!私の支持率がトライジルヴァの女より低いなんて!」
「ふん、何をおっしゃるかと思えば。そんなことは、わたしの方が
符術士として実力が上だからに決まってるではありませんの!」
「寝ぼけたこと言わないで!
選挙期間が始まった時は、私の支持率の方が上回っていた事を忘れたの?」
頭痛い。三人寄れば文殊の知恵っていうけど、
こいつらの場合はあたし含めたところで手の施しようがないんでしょうね。
大出血した動脈に絆創膏1枚貼るようなもんよ。うんざりしてため息をひとつ。
「はぁ。ユーディ、パルカローレ。
こうして話を聞いてあげてるのはね、ひとつだけ借りがあるからなの。
こないだヒトラーを連れていきなり押しかけたのは悪かった。それは謝る。
でもね?支持率が低いのは単にあんたらの人気がないだけで、
あたしに文句を言われても困るのよ!!」
「無責任だわ!何もかも里沙子の客人が招いたことでしょう!?」
「そうですわ!あなたは責任を持ってこのわたしが当選するよう
新聞各紙にトライジルヴァ推薦の立場を表明するべきなのよ!」
「あのさ」
「はぁ!?里沙子は私を推薦するに決まっているでしょう!
この選挙は没落貴族の出る幕じゃないわ!」
「なんですって!レインドロップのおチビが生意気な!
そっちこそ子供が政治に口を挟むべきではなくてよ!」
「言ったわね!デカいだけのボロ屋敷に引きこもってる似非貴族の分際で!」
「聞きなさいって」
「選挙に勝つのはわたし!決まりきった事実は覆りませんことよ!」
「本当に図々しい女!あなたが領主になっても民を不幸にするだけよ!」
「チビ」
「デブ」
「ゴリラ」
「チンパンジー」
「パープリン」
「クルクルパー」
「いい加減にしろこのハゲエエエェェ!!」
とうとう我慢が限界を突破したあたしは、
人ん家で醜い争いを繰り広げる馬鹿二人の頭をむんずと掴み、全力で互いを打ち付けた。
ゴツン、じゃなくて、ガオンと頭蓋骨に衝撃が反射する嫌な音が走る。
「「いだああああ!!」」
乱暴に床に叩きつけられた二人が、ようやく罵り合いをやめた。
無駄で無意味なことに体力を使ってしまい息が上がる。
「……終わったかー?」
「ルーベル。悪いけどこのアホ共、裏庭に捨てといてくれない?」
「あいよ」
あたしは定位置でいつもどおり水を飲んでるルーベルに後始末を任せた。
やることがあるの。
それにしても、そんなに喉が渇くなら糖尿病を疑ったほうがいいかもしれないわね。
オートマトンが生活習慣病に罹るのかどうかは知らないけど。
「あたしはちょっと街に行ってくるわ。街の様子を確かめてくる。
ヒトラーのせいで少なからず影響が出てるから」
「おう、わかった」
あたしはストールを羽織り、聖堂の玄関から外に出る。寒い。
街に着いたら内緒で一杯だけ飲もう。手を擦り合わせながら街道を進む。
野盗連中も真冬くらいは休みたいのか、
何のトラブルもなくハッピーマイルズの街に到着。少し歩いて様子を探る。
売店では妙なものが売られていた。
「いらんかね~。アドルフ・ヒトラー変身セット。
ちょび髭、かつら、鉤十字の腕章がセットでたったの5G。いらんかね~」
「馬鹿な商売はやめなさい!!」
ヒトラーが起こした一連の騒動のおかげで、
街の表情は以前と比べて明らかに変わっていた。まず、道行くエルフの数が急増。
今までは稀に見かける程度だったのに、
暴走機関車の騒ぎ以来、どこを向いてもエルフが見える。
魔女も数こそ変わりないものの、どこか落ち着きがない。
大方、帝都へ向かう準備でもしているんだと思う。
そんな中、魔女達の間に見知った顔を見つけた。
どこか浮かない顔をしている彼女に話しかける。
「ロザリー、遅くなったけどあけましておめでとう。……どうしたのその格好!?」
「ああ、里沙子さん。新年おめでとうございます。私も帝都に行こうと思いまして」
ロザリーはローブの胸に鉤十字のワッペンを縫い付け、
三角帽子に同じく鉤十字を描いた布の輪っかを通していた。
知己の変わりように愕然とする。
「何してるの、あんなのに付き合うことないわ!今すぐ外すべき!」
「そうしたいのは山々なんですが、
参加しないと職場の先輩に白い目で見られるんです。“あなたはいいわよね~”って。
3回も出番をもらってる手前、断りきれなくて……」
「んむむ、職場いじめの次はオルグか~。あなたも苦労が絶えないわね」
「これから駅馬車広場で先輩達と合流して、貸し切り馬車で帝都に行くんです。
割り勘で費用を出し合って」
「身銭まで切って大変ねぇ。あくまで頑張ってるフリだけするのよ?
ヒトラーの言うこと真に受けちゃだめだからね。あと、これ路銀の足しにして」
あたしはロザリーに金貨3枚を渡した。
「えっ、そんな申し訳ないです……」
「元はと言えばうちの客人が迷惑かけてるんだから、これはお詫びよ。受け取って?」
「すみません……」
「いいって。どうせもう奴も檻の中なんだから、そのうちみんなの熱も冷めるわよ」
「そうだと、いいですね」
そん時は、あたしも割と楽観視してたのよ。
放っておけばどうにかなるんじゃないかって。
まさかあんなことになるなんて、思ってもいなかった。
1月の冷気が、無機質な壁に露を浮かせておる。
私は、石造りの冷たい牢獄の中で備え付けの紙に鉛筆を走らせている。
他にすることがないこともあるが、
頓挫した我が理想に思いを馳せることで深い悲しみに耐えていた。
衛兵の話によると、どうやらここは帝国の政治を担う要塞であり、
私はその地下牢に収監されたらしい。
魔女達に演説を行っていたら、銃を持った兵士に無骨な建物に引きずり込まれた。
それ以降裁判が開かれる様子もなく、こうしてただ無意味な時間を過ごしている。
外の松明から漏れる灯りを頼りになおも鉛筆を走らせる。
かつてシュペーアに作らせたドイツ第三帝国のモデル。
あの頃の私は自国の未来に夢を抱いていた。
だが、今となっては這い回るネズミと寝食を共にする有様。
もしかしたら、今生きている私自身が夢なのかもしれない。
人生五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。
数百年前に同盟国日本を治めていた将軍が残した言葉らしい。
地下壕での自殺は成功していて、この世界は今際の際に見た夢だとすら思えてくる。
ポケットを探ってみる。金属製の小さなケース。開けると青酸カリのカプセル。
だとしたら、なぜこれが存在しているのだろう。
夢だから、と言ってしまえばそれまでだが。
ひとつだけ確かなことは、今の私にできることはなにもない。
外の魔女達はどうしているだろう。エルフは?
地下牢までは大衆のどよめきは聞こえてこない。
ひょっとして解散してしまったのだろうか。
私には何もわからぬ。何もできぬ。
斯様な絶望は、地下壕で私を裏切り続けた将校らに怒りをぶつけた時以来だ。
覚悟を決めてカプセルをつまみ、口を開けた。
青色の薬品が詰まったそれを噛み砕こうとした時、私を呼ぶ声がした。
“ヒトラー、聞こえる?”
「誰だ」
カプセルが口からこぼれる。
返事をすると、牢屋の隅に緑色の風が吹き込み、ひとりの姿を形作った。
「私よ。あなたがまたやらかしたって、みんな大騒ぎよ」
「……ノーラよ。来たか」
このエルフの少女は聖緑の大森林と外を往復する能力を持っていた。
森の正確な位置は私にも教えてもらえていないが。
「長老に頼まれて様子を見に来たの。私もヒトラーが元気でやってるのか気になって」
「状況は決して芳しくない。私は獄中の身であり、全てを失った。
君の空軍名誉章も、やがて意味を失うだろう」
「そんなことないよ。
確かにちょっと安っぽいけど、誰も勲章を手放してなんかいないわ。
みんなで力を合わせて大きな敵を倒した証だもん。それに、魔女の人だって諦めてない。
要塞の周りからは追い払われたけど、
まだ帝都中に散らばってヒトラーが出てくるのを待ってる」
「……本当かね?」
「もちろん。だからあなたがしっかりしてくれないと、みんながガッカリするの。
……あら、これは何?」
ノーラが私のスケッチを手に取り、興味深げに眺める。
「夢の焼け残りである。
新領主選挙に勝利した暁には、領土にその理想郷を築くつもりだった」
「諦めるの早いよー。長老がおっしゃってたんだけど、
ヒトラーの扱いはそれほど悪くはならないって。なんでかはわからないけど。
それにしても、絵が上手いんだね。この丸い屋根の建物はなに?」
「国会議事堂である。私は若い頃、画家を目指していた」
「そうなんだ。とにかく、まだまだ先はわからないんだから、そんなにしょげないで。
……あ、誰か来る。またね!」
ノーラがささやくように祈りを捧げると、
左手からやはり緑の風が吹き出し彼女を包み、彼女を運び去った。
同時に固い足音が近づいてきて、私の牢の前で立ち止まった。黒い軍服の兵士である。
「アドルフ・ヒトラー。
初犯であり比較的軽犯罪であることを鑑み、お前の釈放が決まった」
やはり早まったことをすべきではないようだ。
ノーラの言った通り、再び外に出るチャンスを得られたのだ。
「うむ。外に案内してくれたまえ」
「その前に、皇帝陛下がお前との面会を希望していらっしゃる。
ここを出るのはそれからだ」
「皇帝?国の指導者が私に何の用だ」
「俺にはわからん。陛下から直接聞け」
「いいだろう。皇帝はどこに?」
「こっちだ」
兵士が牢屋の鍵を開けると、私は2日ぶりに暗い檻から出ることができた。
寒々とした硬い石の廊下を歩き、狭い階段を上る。
私も兵士も無言であったが、3階に着くと兵士が私に告げた。
「奥の火竜の間で皇帝陛下がお待ちだ。くれぐれも失礼のないように」
「ご苦労」
目の前には、石で固めた要塞に不似合いな、光沢のある高級木材の広いドア。
龍の紋章が刻まれているので、ここが火竜の間なのだろう。
私は大きなドアを十分に音が響くよう、力を込めて殴るように叩いた。
“誰かね”
「アドルフ・ヒトラー。貴官に会いに来た」
“入りたまえ”
ドアを開け中に入ると、青銅の鎧に真紅のマントを羽織った人物が玉座に腰掛けていた。
「……サラマンダラス帝国皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハ」
「貴官が、この国の長であるか」
「左様。里沙子嬢から、貴殿の人となりについては聞いている。掛けてくれたまえ」
「失礼する」
私は丸テーブルの前に用意された椅子に座った。
鈍色に光る壁は冷ややかな空気を生み出し、会談に相応しい静けさを運んでくる。
「里沙子が皇帝と面識があったとは驚きだ。彼女とはどういう関係で?」
「話すと長くなる。本人に直接聞くか、近代史の本を読んでくれたまえ。
さて、貴殿を迎えた理由であるが……率直に聞きたい。領地を手にして何がしたいのか」
「……ドイツ第三帝国の再興、他にはない。それが私に課せられた使命なのだ」
「彼女は言っていた。貴殿はアースでユダヤ人なる人種を弾圧し大量虐殺したと。
そのような暴挙に至った理由が知りたい」
「貴公は里沙子から物事の結末しか聞かされていないようだ。
ドイツは彼らに対して反撃に出たに過ぎない。
ユダヤ人が起こした11月革命によって我々は弱体化され、第一次世界大戦で敗北を喫し、
不平等なベルサイユ条約で多大なる損害を被った。
領土を失い、莫大な賠償金を課せられ、国家は存亡の危機に陥った」
「我輩が危惧しているのは、貴殿が民を煽動し、再び同じ過ちを繰り返さないか。
その一点に尽きる。
今回の選挙では、貴殿が当選する可能性が非常に高いと言えるだろう。
例えあのような領地であろうと、領主になれば国政に対し一定の権限を得ることになる。
貴殿がその使い道を誤ることがないか、それだけが知りたかったのだ」
「取り越し苦労も良いところだ!
ここにはユダヤ人も、怠け者の赤も、傲慢なる連合軍も存在しない!
エルフも魔女も、勤勉かつ明晰な頭脳を持つ者ばかりだ!
かつて私は無能な部下に足を引っ張られ、地下壕で最期を迎えることになったが、
この世界で有能な民衆の支持を得て、立ち上がることができた!
私には選挙に当選し、再び首相として返り咲き、彼らの期待に応える義務がある!」
「落ち着きたまえ。貴殿が領主選に挑む理由はわかった。
……ふむ、我が国では誰もが選挙に立候補する権利がある。
承知した。貴殿を釈放しよう。ただ、先日のような混乱は御免こうむる。
また市民生活に支障を来すことがあれば、再び貴殿を牢獄送りにしなければならないし、
過去の悲劇を繰り返すことがあれば帝国の力を持って排除せねばならない」
「貴官も首都に朝晩問わず砲撃を受ける経験をすれば私の決断が理解できるはずだ。
失礼する」
「できれば何事もなく3月の任命式を迎えたいものだ。健闘を祈る」
私は火竜の間を後にすると、1階まで階段を下り玄関扉を開けた。
日差しが眩しい。まだ1月であるが、陽の光がこれほど暖かいとは思わなかった。
グラウンドを横切り、自動小銃を持った兵士が守る正門に向かう。
「君、門を開けてくれたまえ。アドルフ・ヒトラーだ」
「皇帝陛下から話は聞いている。もう余計な騒ぎは起こすなよ。……マイラ、手続きだ」
「は、はいい!ええと、転送機の情報は…こっち。ふむふむ。
あの、アドルフ・ヒトラーさん、でよろしかったりするんでしょうか!?」
「その通りである」
明らかに新人の女性軍人が、慌てながら確認を取る。兵士は渋い表情で彼女を見ている。
「えーと、データと一致しました。
軽犯罪の勾留期間満了ということなんで、出ちゃって下さい!」
兵士が何も言わずに重量のある鋼鉄のゲートをスライドさせる。
晴れて無罪放免となった私は、堂々と要塞から出ていった。
後ろから先程の女性兵士と警備兵の声が聞こえてくる。
“入退場手続きに何を慌てている。そろそろ慣れてもいい頃だろう”
“すみませ~ん。急に話しかけられるとテンパっちゃって”
“その喋り方もだ。お前はもう学生ではない。
いつ皇帝陛下とお目にかかっても良いよう心構えを”
“気をつけます……”
部下の育成に骨が折れるのはどこの世界でも同じのようだ。
さて、自由の身になったはいいがどこへ行けばいいのか。
所持金は乏しい。里沙子の教会まで帰ることはできないだろう。
要塞を眺めながら身の振り方を考えていると、声をかけられた。
「ヒトラー、帰ってきたのね……」
「フラウ・グリザイユ。無事であったか」
魔女を束ねる深淵魔女だった。
無言で再会を喜び合い、我々は街路樹の並ぶ歩道を歩きながら話を始めた。
「私はどこにでも行けるから。でもみんなは次の行動を待ってる」
「Gut. すぐにでもナチス・ドイツの方針演説に取り掛かろう。
路上での集会は禁止されてしまったが」
「それなんだけど、あの日集結した魔女達がナチス・ドイツ加入を希望してるわ。
あなたのギルドね。どうする?」
「無論、国家社会主義を受け入れる者は、私も同じく無条件で受け入れる」
「よくわからないけど、みんな思いは同じよ。
魔女の不満を帝都の真ん中で訴えた人間はあなたが初めて。
今度は私達があなたに報いる番よ」
「素晴らしい。
貴女のように献身的な魔女がドイツにいれば、歴史は大きく異なっていたに違いない。
そう、世界を動かすのは民衆の力だ。
しかし、皆の蜂起の火種が消えぬうちに改めて言葉を送りたいが方法がない」
「手段はまだある。また私の城で準備をしましょう。
もうすぐ有権者全員に平等な権利が与えられる」
「平等な権利?どういうことかね」
「あなたが収監されている間に告知されたの。実は月末にね……」
グリザイユは、この国の選挙の画期的なシステムについて説明した。
常に真実を説いてきた私にはうってつけだ。
「なるほど。貴女の城なら、うるさい衛兵もいない。
思う存分デモンストレーションができる」
「決まりね。ついてきて」
彼女が左手の人差し指で宙に丸を描くと、空間に大きな暗い穴が開いた。
それは徐々に大きく広がり、十分に人が通れるサイズになった。行き先はわかっている。
私は彼女と共に暗闇のゲートに入っていった。
全く光の差さない空間を、勘だけを頼りに前方に進むと、突然景色が変わる。
ここに来るのは二度目だ。魔城ヘル・ドラードの大ホールに出ると、
あの日集った魔女達が広いホールを埋め尽くしており、一斉に我々を見た。
“ヒトラーだわ!私はここよー!”
“まだ希望はあったのね!”
“きっと帰ってきてくれるって信じてた!”
私は小さく右手を挙げて敬礼しながら、彼女達をかき分け、
全体を見渡せる大階段の踊り場で立ち止まった。
そして、三角帽子の波が静まるのを待ち、グリザイユ女史と並んで皆に宣言した。
「諸君、私は全帝国民に対し、最終攻撃を敢行する!」
私の言葉に歓声が上がる。ホールに響き渡る声が少し静まるのを待って、続きを述べる。
「苦難に耐えてここに集まった諸君、
並びに帝都に留まり今も機会をうかがっている仲間に改めて敬意を表す!
そして全員をナチス・ドイツの党員として迎えることをここに誓おう!」
魔女達のどよめきが最高潮に達する。
「隣にいるグリザイユ女史が私に道を示してくれた!決戦は1月31日である!
この1月を以って最後のチャンスであると心得て欲しい!
2月29日の投票日まで手をこまねいていては敵の進軍を許してしまう!
この領主選は文字通りの戦争である!先制攻撃を仕掛けるのは我々だ!
魔女も、エルフも、誇りを賭けて戦い抜くことを望むものである!」
魔法で守られている窓ガラスが破れんばかりの喝采。
「私は今からここヘル・ドラードにて最終攻撃の準備に入る。
諸君も二日に渡る待機で疲れたであろう。
それぞれの家に戻り、今は身体を休めて欲しい。心配はいらない。
例え互いに離れていても、諸君の熱く燃ゆる変革への意志は私が受け継ぎ、
一分たりとも余す所なく言葉に変え、危機意識の欠如した愚鈍な者達の頭に
ドーラの如く痛烈なる一撃を直撃させる!私からは以上だ。
グリザイユ女史も、皆に言葉を」
グリザイユ女史に場所を譲る。割れんばかりの拍手の中、彼女が前に出て語り始める。
「……みんなも知っての通り、
私はあと一歩のところで謎の実力者キャラになりそこねた哀れな女。
自己憐憫に浸りながら生きてきた。だけどそれも終わり。私は私として生きていく。
でも、あなた達にはまだ可能性がある。
私は例え一行だろうとみんなの出番を勝ち取るために最後までヒトラーと戦う。
だから、あなた達の力を貸して欲しい。
皆がひとつずつ持っているその権利で、皆の意志を示して。信じて祈ってて。
月末に、逢いましょう」
彼女が同胞に訴えると、
今度はさざなみのように穏やかな拍手がグリザイユ女史を讃える。
そして、ホールの隅に設置された暗黒の渦に、魔女達が一列になって入っていく。
私をここまで運んできた魔法と同様のものだろう。
30分ほど掛けて、満員状態だった大ホールから
グリザイユ以外の魔女が全て帰っていった。
今までの喧騒が嘘のように、魔城に静けさが訪れる。
聞こえるのは時々稲光の轟く音だけである。背後の窓から外を見る。
魔界とは不思議な場所だ。太陽の光が届かない暗黒の空。
外には灰と砂、枯れ木しか見られんが、
このヘル・ドラードのように巨大な豪邸がわずかに点在している。
強力な悪魔や堕天使の居城らしいが、
荒れ地では弱小モンスターが貧しい作物を食んで細々と暮らしているらしい。
おとぎ話の世界まで貧富の格差に蝕まれているとは実に嘆かわしい話だ。
ともかく、その後私は決戦の日までこの城に滞在し、戦いの準備を進めたのであった。
1月31日。
『ハッピーマイルズ北部は、晴れのち曇り。南部は所により雨でしょう』
あたしはコーヒーを飲みながら、新聞に続く新しい暇つぶしに耳を傾けていた。
要するにラジオよ。電話みたいな双方向通信はまだまだだけど、
一方的にラジオ局から送られてくる電波を受け取る技術は確立されてて、
受信機自体も一般庶民に手の届く価格になったから思い切って買っちゃった。
みんなが聴けるようにダイニングに設置したら、珍しがって誰も離れなくなった。
今もこうして当てにならない天気予報に聴き入ってる。特にピーネが興味津々。
まぁ、みんなが楽しんでくれたらそれで結構。
あたしはマグカップから最後の一口を含んで、ジョゼットにおかわりを頼もうとした。
『……お昼の天気予報でした。
続いて、2月29日新領主選出選挙、政見放送をお送りします。アドルフ・ヒトラー56歳。
1889年オーストリア・ハンガリー帝国生まれ。ギルド、ナチス・ドイツ代表。
ドイツ第三帝国総統。画家として活動。では、アドルフ・ヒトラーさんの政見放送です』
おもっくそコーヒー吹いた。意味がわからない。奴は牢屋送りになったはずなのに!
「里沙子汚ーい!すごい服にかかった!」
「しっ、静かに!」
ピーネの抗議を無視してラジオに耳を澄ます。
『
私が、アドルフ・ヒトラーである。
……最後の時が迫っている。諸君が自らの運命に審判を下す最初で最後の機会である。
この放送を聴いている殆どの者は、自分は衣食住を保証され、
平穏で命を脅かされる心配のない生活を送っていると考えているのだろうが、
それは根拠のない絵空事であると言わざるを得ない。
私はこの世界に呼び寄せられてから様々な物事を見聞きしてきた。
そこにあったのは嘘で塗り固められた偽りの平和に他ならない。
決して政治の根幹を教えようとしない、愚にも付かぬ名ばかりの新聞。
諸君の見えないところで行われる少数民族の弾圧。それを放置し続ける行政の怠慢』
あたしは布巾でテーブルを拭きながらじっとヒトラーの悪あがきに集中する。
「里沙子ー!私の服!」
ラジオを見たまま黙ってシャワールームを指差す。
『逆風に晒される彼らを救ってくれる者は誰なのか。誰も居はしない。
だから私が立ち上がった。
数百年前にその誇りを貶められたエルフを率いてならず者を討伐し、
彼らの存在を再び世に知らしめた。
そして人類の日陰で生きるしかなかった魔女に決起を促し、
帝都で彼女らの訴えを政治中枢たるサラマンダラス要塞の前で訴えた。
しかしながら、魔女の叫びを代弁した私は、あろうことか言論の自由を無視され、
牢に閉じ込められるという憂き目に遭ってしまった。
その主犯が国の舵取りを担う中央政府の軍人だったということは誠に残念でならない』
そう。要塞の軍人がヒトラーを野に放ってしまったことは誠に残念でならない。
『また、私を知る数名の者達が、かつての闘争の一部を取り上げて、
ユダヤ人を一方的に虐殺したと主張しているが見当違いも甚だしい。
11月革命時点でドイツは余力を残していたにもかかわらず、
彼らと共産主義者の支持政権が臆病風に吹かれ、独断で降伏した。
結果、第一次世界大戦でドイツは敗北、帝政は崩壊、闇の時代が訪れた。考えてほしい。
諸君の祖国が浮浪者共と夢想家連中の勝手で戦争に巻き込まれ、
勝手に敗北宣言を行われ、敗戦国として不当な条約を押し付けられたら皆はどう思うか。
私がユダヤ人に行ったことは卑劣な奇襲攻撃に対する正当な報復措置であり、
それを以って虐殺だの人道に対する罪だの非難するのは不見識にも程がある』
異世界の住人がアースの歴史を知らないのを良いことに好き勝手言ってる。
なんとかしないと。
『つまり、今の安定した暮らしの上にあぐらをかいていては、
やがて平穏な生活も体内に潜む反乱分子によって崩壊の危機に直面する。
私の主張、それは未来を守り抜くには民族団結しか術がないということである。
新たな年を迎えてまだ一月だが、エルフが自らの存在を証明したことはもう話したし、
魔女達も同様に訴えを帝都の空に轟かせた。
これもひとえにナチス・ドイツの旗の下、集い、声を上げ、行動を起こした結果である。
まるで私がエルフと魔女にしか興味がないと誤解させたのなら謝罪しよう。
私はオービタル島に生きる全ての種族に訴えたい。まだ間に合う。
右手を高く掲げ、こう唱えるのだ。ジーク・ハイル!』
本来、公共の電波に乗せちゃいけない言葉がついに出た。
『勝利と団結を意味するこの敬礼を家族、友人、近隣住民と交わし合う。
小さな一歩だがそこから全てが始まるのだ。サラマンダラス帝国の住人が一丸となり、
共産主義者や卑劣な裏切り者の入り込む余地をなくそうではないか!
それが可能であるのは、諸君であり、この私を置いて他にいないと自負している。
他の候補者が何を考えているのかはわからんが、
少なくとも彼らに帝国民をまとめ上げる気概はないと断言しても構わない。
世間知らずの成金貴族は隣人と手を取り合うつもりは毛頭ないらしい。
湿地帯の長である独裁者に世界平和など望むべくもない。
他の泡沫候補に革命を望むのはあまりにも酷だ。
力なき正義ほど弱いものが無いことは歴史が証明している』
とりあえず最後まで聴いてどうするか考えなきゃ。
『ここに約束しよう!
私が勝利した暁には、手にした領地を拠点に、先に述べたこの国の欠陥を正していく。
国政を包み隠さずありのままに記したフェルキッシャー・ベオバハターを発行し、
種族による待遇の格差を解消する。
皆で民族団結を実現し、より盤石な国家を築こうではないか!
ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!』
『新領主候補者 アドルフ・ヒトラーさんの放送でした』
「くそっ、やられた!!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
牢獄に入ったきりそのまま忘れ去られていくと思ったけど、
この世界にも政見放送があったなんて!
「お、おい里沙子。大丈夫か……?」
「しぶとすぎでしょう、常識的に考えて!」
「お姉さま、落ち着いて」
「落ち着いてちゃ駄目なの。ただでさえヒトラーは支持率トップなのに、
政見放送で感化された奴や面白半分で当選させようとするバカが票を入れる。
そうなればもう彼を止めようがない」
「だからってお前があたふたしてもどうにもならねえだろ。
それに……もしヒトラーが当選したところで、別に大したことは出来ないと思うぜ?
権力の大きさは皇帝が領主を圧倒的に上回ってるんだからよ。
いち領主が極端な政策に走ったところで、結局は皇帝に止められるんだからさ」
「ワタシも、そう思う」
「ルーベルもカシオピイアもわかってない。
あたしだって1月前までは親衛隊なしのオッサンじゃ、脅威にもならないと思ってた。
でも、年末から今日にかけて、あっという間にこの国の状況が変わっちゃったじゃない。
今や人口の半分近くがナチス・ドイツの構成員。
あくまで賞金稼ぎのギルド扱いだけどさ。
あのオッサンはとにかく口が上手いのよ。
彼が領主になれば、いつか本当にヒトラーの親衛隊として組織される」
「それでまたホロ…コーストだったか?それをやるって言いたいのかよ」
「その可能性は捨てちゃ駄目」
「考え過ぎじゃねえの?」
「ヒトラーの秘書や生き残った部下は、
全盛期には彼のやることなすことが絶対だと信じ切ってた。
でも彼が自殺して敗戦を迎えた後、夢から醒めたように自らの間違いに気づいた。
自分は独裁者に騙されていただけだってね」
「そういえば妙な話ですね。里沙子さんの歴史では、ヒトラーは自殺した。
なら、さっきラジオで演説していた人物は誰なんでしょう」
「わかんない。ちゃんと遺体は連合軍に確保されたのに……」
「大方、拳銃自殺のショックで時空が変な風につながっちまったんじゃねえの?」
「いずれにせよ、
わたし達にできることは支持率2位の人に票を投じることくらいですね」
「ユーディかぁ。
そっちもそっちで問題なんだけど、この際贅沢は言ってられないわね……」
「ねーねー、今年はお正月まだ?そういえばクリスマスもちゃんとできてないんだけど」
「この問題が片付くまで我慢して。……服は洗濯カゴに入れた?」
「入れた。ちゃんと里沙子が洗ってよね」
「はぁ~あ……もう!」
あたしは、多分この企画始まって以来、一番大きなため息をついた。
2月1日
私は昨日の政見放送に確かな手応えを感じていた。
やるべきことはやりきったつもりだが、投票日までを無為に過ごす私ではない。
グリザイユ女史の力を借りて、改めてサラマンダラス帝国各地を回っておる。
各地を周る度に、エルフ・魔女は勿論のこと、
見知らぬ人類からも声援を受けるようになった。モンブール領に足を運ぶ。
「おっ、ヒトラーじゃん!本物だ!おーい、手を振ってくれよ!」
「手は振るものではない。こうして真っ直ぐに掲げるものだ。
そしてジーク・ハイルもしくはハイル・ヒトラーと誇りを持って宣言する」
「今日は女連れか?余裕だなー」
「適切でない表現だ。彼女は“今日も”一緒だ。私の優秀な秘書である」
2月4日。
続いてミストセルヴァ領。沼地が多く、革靴で進むには難儀した。
「足が沈む。人が住むには不向きな場所だ」
「浮遊魔法はいかが?」
「せっかくだが遠慮しておこう。
原住民に、私がここを暮らしにくい不便な田舎だと見做していると取られかねん。
選挙ではイメージというものが重要だ」
「複雑なものなのね」
足を取られつつも一歩ずつ前進していると、
灰色の髪の不思議な女性が私に近づき話しかけてきた。
沼の上を漂ってきたことからして、彼女も魔女だと思われる。
「あのう、もし」
「なにかね。サインなら後にしてほしい。靴が抜けずどうにもならん」
「ヴェロニカと申します。つかぬ事をお伺いしますが、里沙子さんのお知り合いだとか」
「うむ。彼女には世話になった。しばらく前に別れてからそれきりだが」
「彼女は……里沙子さんはお元気でしょうか」
「至って健康である。選挙活動を始めた当初は行動を共にしていた」
「そうですか。いえ、それが分かれば十分です。選挙、頑張って下さい」
「ありがとう」
そして彼女は去っていった。
ここはハッピーマイルズとはかなり離れた領地だが、里沙子はずいぶん顔が広いらしい。
この後、結局グリザイユ女史に浮遊魔法を掛けてもらって沼を移動することにした。
やせ我慢を続けていたら10m進む頃には日が沈む。
2月8日。
今日は一足早くマニフェストの一部を実行に移すことにした。
人間に露出が偏っている現状を少しでも改善するため、
ヘル・ドラードに目立ちたがりの魔女を集め、
一言ずつ自己紹介をしてもらうことにした。
「はい!あたいは、粉塵爆発のメリクール。
小麦粉1袋あれば、並の砦なら粉々にできるよ!」
「私の番ね。星読みのリコシェ。
星座の位置から運勢や天気、調子が良ければ為替相場もある程度読める」
「オレだぁ!鉄砲水のフランチェスカ!とにかく水圧の力でムカつく野郎をぶっ潰す!」
「はじめまして。異端魔女のセントエルモと申します。魔女ですが、光魔法を少々。
ご予算に応じた治療プランをご提案致します」
「次は私ね!永久機関のオデッサ!私って雷属性と相性が良くてー、
マナの自然回復量と発動魔法の消費魔力量がトントンだから、
低レベル雷魔法なら永久に撃ち続けられるの!」
「ずるいぞ、長い」「次はあたしよ」「ちゃんと並んで」「私はまだかしら」
生憎ここで全員の自己紹介を書き記すには余白が足りないが、
重要なのは城が破裂するほどの魔女達が自らの存在をアピールし、
満足したということだ。
2月15日。
ここに戻るのは何日ぶりだろうか。
始まりの地、聖緑の大森林に帰還した私は、長老の家を目指して草原を歩んでいた。
鉤十字と勲章を身につけたエルフ達と語らい、景色を楽しみながらのんびりと進む。
「ラジオ聴いたよ、ヒトラー。おっと、ジーク・ハイル。なんだか難しかったけど」
「ジーク・ハイル。平和を求めるには団結が必要。それだけを覚えてくれればよい」
「あーれま。べっぴんさん連れてどうしたね、ヒトラー」
「頼れる秘書だ。彼女なくして選挙活動は成り立たなかっただろう」
「あら嬉しい。後は当選するだけね」
長老の家の前に立つ。体重を使って大きな扉を開いた。
中では相変わらず給仕係や機織りが仕事に打ち込んでいる。
床に敷かれた藁を踏みしめながら、最奥のソファに座る人物の前まで歩く。
そして彼の前で何も言わずに足を止めた。
お互いしばし見つめ合った後、私から話を始めた。
「久方ぶりである。長老」
「ヒトラーよ。お主の主張、しかと聞き届けた。
異世界における過去の諍いについてはワシにはわからぬ。
その出来事については時が来たら冥界の宰相に審判を仰ぐとしよう。
さて、その他におけるお主の理想には概ね賛同しておる。
ワシに投票権はないが、些か難解であったお主の演説を
若い者に噛み砕いて説明しようと思う」
「協力痛み入る。月末の勝利を期待してほしい。凱旋のパレードをお目にかけよう」
「くれぐれも気を抜くでないぞ。……して、そちらの魔女は?」
「グリザイユ女史である。我が選挙運動の功労者なのだ」
「よろしく。エルフ族の長老様」
「何故、魔王と懇意にしていた邪悪な魔女が人間に味方しておるのかを聞いておる」
特別、落胆も失望もしなかった。今、私の力になるならそれで良い。彼女の答えを待つ。
「人間に裏切られたから人間に味方しておりますの。なんて皮肉なお話でしょう」
「……まあよい。
魔王のように世界に仇なすことがあれば、今度こそ我らエルフがそなたを討つ」
「うふふ、それは恐ろしいですわね。でも、私は深淵魔女をやめることにしましたの。
あなた達と同じ。もっと広い世界が見たくなって、
薄暗い魔界とお別れして人間界を旅することに決めましたのよ?」
「なら良いが」
「長老。彼女が酔狂で破壊活動を行うような人物でないことは私が保証する」
「そうか。いいだろう。もう何も言うまい。残りの半月を有効に使うことだ」
「そうさせてもらう。我々はこれで」
私はグリザイユ女史と共に、次なる領地へ向かうことにした。
主だった領地は周ったが、勝利を手にする時まで油断はできない。
侍女のエルフ達が不安げに見つめる中、彼女が造り出した闇のゲートに歩み寄る。
2月29日。
ああ、とうとう何もできないまま投票日になっちゃったわ。
役所で投票用紙を受け取り、仮設投票所の図書館へ続く列に並ぶ。
この世界の選挙に参加するのは初めてだけど、
人間、エルフ、魔女の三種族が詰めかけてる状況は、あたしにとって拷問と変わりない。
こんなことなら期日前投票に行くべきだった。
「ヒトラーさん、どこ行っちゃったんでしょうね~」
「知らないわよ。それよりジョゼット。
ヒトラー“じゃない”方にチェックを入れるのよ?わかってる?
この際2番じゃなくていい、ヒトラー以外なら誰でもいいわ」
「わたくしだってそれくらいわかります~!」
「わたしは力になれませんが、気分が悪くなったら言ってくださいね。
水筒にお水を入れてありますから」
「ありがとエレオ。あなたは公人だから投票権がないのよね。
付き合わせちゃって悪いわね」
「いいえ。国の先行きが決まる大事な日ですから、わたしも何かしたくて」
「お、ちょっと列が進んだぞ。行こうぜ」
ノロノロと進む長蛇の列に、苛つきと軽いめまいを覚える。
「この際、元気なあんたに代理で投票お願いしたいもんだけど、
それはそれで委任状もらったり二人分のサインしたり手続きが面倒なのよね。チッ」
「そういうお前はどうなんだ。知り合いにヒトラー回避の依頼は済ませたのかよ」
「んんと、アヤでしょ?マリーでしょ?
将軍は……行政も担当してるからやっぱり投票権がない」
「えー!2人だけですか!?」
「人付き合いを疎かにしてるからそうなるんだ」
「うっさいわね!誰にでも限界ってもんがあるのよ!」
「皆さん、落ち着いて下さい……」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら並ぶこと1時間。ようやく図書館に入ることができ、
投票用紙のユーディの欄にチェックを入れ、投票箱に入れた。
そして図書館から出て行列から抜け出せて、やっと一息。
目一杯伸びをして新鮮な空気を吸い込む。
「ん~っ、はぁ。ぶっ倒れる前に目標達成できたけど、あまり希望はないわね」
「まだ諦めないで、神のご加護を信じましょう」
「そーね。後は野となれ山となれってやつだわ」
みんな疲れ切ってたから、しばらくその場で呼吸を整えてたんだけど、
投票を終えた人達のひとりが話しかけてきた。
「エレオノーラ様?このようなところにいらっしゃったのですか」
「シャリオさん。お久しぶりです」
「あら、シャリオじゃない。奇遇ね、あんたも投票に?」
「まあ…そんなところだ」
どこか暗い表情のシャリオ。そう言えば会うのはエルフの村でヒトラーが暴れて以来ね。
「元気ないわね。今までどうしてたの」
「あちこちを転々としていた。里には戻りづらくてな……」
「どうしてですか?あなたの故郷なのに」
「自分の判断が正しかったのか、間違っていたのかわからなくなったのです。
ヒトラーという人間に対する認識が。私は大型賞金首との戦いには最後まで反対だった。
しかし、彼の指揮の下、エルフは勝利を勝ち取り、新たな生き方を見つけるに至った。
自分はただそれを根拠もなく感情に任せて、皆の可能性を摘み取ろうとしていたのでは。
そう思うと、里の者に合わせる顔がないのです……」
「それは結果論よ。
あんな怪しいオッサンがみんなを戦いに連れ出そうとしてたんだから、
反対するのが当然じゃない。
勝てたから良いものの、負けてたらエルフはヒトラーの口車に乗せられて
無駄死にしたという結末しか残らなかったのよ?」
「そうです!シャリオさんは間違ってなんかいません。
あなたは皆を守ろうとしたのです。
それに、全員が戦いに賛成だったわけではありません。
シャリオさんと同じ考えの人もたくさんいたはずです。
どうか、胸を張って聖緑の大森林に戻って下さい」
「エレオノーラ様……ありがとうございます。
一度、長老のところへ顔を出しに行こうと思います」
「はい。次回の説法会でまたお会いしましょう」
「失礼します!」
立ち去るシャリオの後ろ姿を見送ると、まだあたしが精神的に疲れてたこともあって、
エレオの神の見えざる手で教会にワープした。
電車一駅分の距離でタクシー使うような罪悪感に見舞われたけど。
夜。全員がダイニングのテーブルに置いたラジオに釘付けだった。
『えー、只今投票が締め切られました。これより開票が行われる模様です』
ピーネは途中で飽きて先に寝たけど、あたし達は深夜まで開票速報を聴いていた。
どうにか奇跡が起こらないもんかしらねえ。
苦しい時の神頼みを限界まで加速して、ひたすら祈った。
>新領主選出選挙・開票結果
現在開票作業中。しばらくお待ち下さい。