面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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唐草模様の手ぬぐいでほっかむりして、口髭生やした泥棒って誰が考えたのかしら。逆に目立つわよ。

魔女が召喚魔法を放ち、あたしがガトリングガンのハンドルを回す。

彼女が開いたゲートから、

ゴブリンの大群が角材や鉄棒を持ってあたしに突っ込んでくる。

さぁ、来なさい。今日ばかりはあたしも本気よ!

6本の銃身が唸りを上げて回転し、ついにガトリングガンが火を噴く時が来た。

マガジンからガラガラと銃身に給弾され、内部のハンマーが連続して弾薬を叩き発砲、

排出口から空薬莢を排出。高速でそのサイクルを開始した。

 

絶え間ないマズルフラッシュ、そして銃声と共に放たれる銃弾の嵐で敵軍を薙ぎ払うと、

鉛玉を食らったゴブリンの群れが赤い水風船のように砕け散る。

頭部が破壊され、腹を撃ち抜かれ、胸に穴が開いたゴブリン達が瞬く間に死んでいく。

工場のコンクリートで舗装された敷地があっという間に血に染まる。

現れては真っ赤に弾けるゴブリン、飛びゆく弾丸、止まらない銃声。

こんなに銃を撃ちまくったのは初めて。ハンドルを回すあたしも段々ハイになって、

 

「聞こえるだろう……ギロチンの鈴の音がさぁ!!」

 

と、これを読んでくれてる最低23名の方々(11月25日現在)の、

誰にも伝わらないであろう意味不明な言葉を口走りながら、攻撃を続ける。

 

それを見た魔女が、こちらをじっと見ながら新たな魔法円を造り出すと、

狭そうにゴブリンの親玉が抜け出してきた。青い肌の大きな棍棒を持った巨人。

おっと、3mはあるかしら!?でもこの程度で退くわけにはいかないの。

デカブツがグオオオ!とひとつ吠えると、棍棒を振り回しながらこっちに突進してきた。

あたしは腰に力を入れて銃身の角度を変える。そして奴の頭部めがけてハンドルを回す。

 

ガトリングガンが、激しいエレキギターの演奏のごとく、

けたたましい銃声をかき鳴らし、銃弾の連射で敵をズタズタに引き裂く。

目を潰され、突進の勢いを殺された巨人は、

思わず目を押さえ、その場に立ち尽くしてしまう。

その隙を逃さず、あたしは奴の左胸を狙って集中砲火。

 

わずか数秒の射撃で胸の筋肉が弾き飛ばされ、露出した心臓に何発も弾丸が命中。

バシャン!と音を立てて巨体に血液を送るポンプが破裂。巨人は悲鳴も上げずに絶命。

後ろに倒れてドシンと地面を大きく揺らした。1ウェーブ目は楽勝。

でも、こんなもんで終わるはずがない。

オレンジの魔女はあたしを見ると悲鳴に近い大声で呼びかけてきた。

 

「はぁ…はぁ…あなた、一体誰なのよ!どうしてこんなことするのよおぉ!!」

 

「駄目じゃない、人の土地を勝手に化け物ハウスにしちゃったら。

お掃除するこっちの身にもなって欲しいわ」

 

「違う!ここは!魔王様降臨の聖地になるの!」

 

「違う。ここは、お金持ち所有の私有地なのよ。それ以外の何物でもない。

それよりあなた、何か滋養の付くもの食べたほうがよくってよ。

魔女だかスケルトンだかわかりゃしない」

 

無駄話で時間を稼ぎながら、マガジンを交換し、銃身が冷えるのを待つ。

ガトリングガンは調子に乗って撃ちまくるとオーバーヒートしやすいのよね。

まぁ、実戦配備に当たってその辺はプロの軍事企業がなんとかしてくれるでしょう。

 

「私は、ここを守らなきゃいけないの!侵略者には容赦しないわ!」

 

「どっちが侵入者だかわかってないわね」

 

召喚士が再び体内のマナを魔力に変換し、左手に収束すると、

今度は空に2つ魔法円が現れた。プテラノドンを思わせる長いクチバシを持ち、

大きな翼で空を舞う魔物が2体。今度はワイバーンかしら。

なんで奴らの名前を知ってるかって?

メ○ンブックスで買ったファンタジー関連の書籍に……ってうわっ、火を噴いてきた!

酷いことするわね!

 

慌てて横に転がって回避したけど、いきなりピンチ。

銃身を目一杯上に向け、ハンドルを回して銃を連射する。

でも、空中を高速で飛び回るワイバーンには全然当たらない。

地対地のガトリングガンでは少々不利。高角砲も欲しいところね。

まぁ、これが上手く行ったらもう何も作る気はないけど!

 

ワイバーンがまた甲高い鳴き声を上げ、滞空して狙いを定め、また炎で攻撃してきた。

あらチャンス。炎が届く前にハンドルを高速回転して、

5,6発放ってまた横にジャンプして回避。

ギイイィ!という悲鳴を聞いて起き上がると、墜落した1匹のワイバーン。

ガトリングガンが炎を食らったけど、さすが鋼鉄の塊。平然としてる。問題は敵の方。

敷地の奥で、血まみれになって地面を這ってる。

銃弾に羽根を破かれ、飛べなくなったみたい。

 

すぐさま奴に狙いを付けて、ガトリングガンで鉛玉を浴びせる。

飛行能力に特化し、装甲が薄いワイバーンは柔らかい肉を銃弾で貫かれ、

耳に痛い甲高い声を上げて絶命した。残り1体!

また銃身の角度を変えて奴を狙おうとしてるんだけど、

相棒が殺された様を見て警戒しちゃったらしいわ。

 

攻撃を控えるようになって、

代わりにスピードを上げて高速で四方八方を飛び回るようになっちゃった。

ガトリングガンの対空砲火で捉えるのは無理っぽい。

ピースメーカーの早撃ちで、奴の翼を撃ち抜くこともできなくはないけど……

それは駄目。あくまで奴らはガトリングガンで殺さなきゃ、

社長へのアピールにならない。

 

ならM100。撃ち殺すわけじゃないわ、まあ見てて。

あたしは指と腕で両耳を塞いで、真上に向けて大型拳銃を放った。

爆発音に近い銃声が大空に轟く。突然空を揺らした爆音に驚いたワイバーンが、

バランスを崩して落下し始める。奴が慌てて羽ばたいて上空に戻ろうとするけど、

十分な揚力を得るには時間がかかる。つまりホバリング状態。

 

あたしはガトリングガンの角度を調整し、ハンドルを回し、そいつを狙い撃ちする。

十数発もの真鍮製弾丸が空を裂き、ワイバーンを刺し殺す。

クチバシから胴にかけていくつもの風穴を開けられたワイバーンは、

一瞬翼の筋肉をピクつかせたきり、動かなくなった。第2ウェーブ通過。

またも息を切らせた召喚士の魔女が絶叫する。

 

「ぜぇ、ぜぇ、……なんで!どうして邪魔をするのよおおぉ!!」

 

「あんたこそ魔王なんか呼んでどうしたいのよ、一体」

 

「この人間界を魔界にしていただくの!

私達魔女が大手を振って生きられる世界を作るのよォ!」

 

「大抵の魔女は大手を振って生きてるけど?」

 

「嘘!私の故郷では、魔女に生まれた、ただそれだけで悪魔の申し子だと石を投げられ、

家族は村では除け者にされ、親類縁者からも絶縁状を突きつけられた!」

 

「引っ越せば良かったじゃない。そんなサルの巣窟なんかさぁ」

 

喋りながらもリロードは怠らない。あたしの見立てでは多分。

 

「お前は分かってない!故郷、家、土地を捨てる事の辛さが!

放浪し、飢えと寒さに蝕まれることへの恐怖が!」

 

「だからって、こんなボロい工場に住むことないじゃない。

お腹すいてるなら、サンドイッチ食べる?ランチに買ったんだけど、まだ食べてないの。

あんたガリガリじゃない」

 

「黙れ!人間など魔王様が降臨なされば、ただその瘴気で、

苦しみのたうち回り死に絶える。そう、私達魔女の時代が来るのよ……」

 

恍惚とした表情で語るオレンジの魔女。そろそろかしら。銃身も冷えた。

第3ウェーブ、あるいは……

 

「悪いけど長くなるならこっちから行くわよ。

可哀想だけど、あんたには最後まで可哀想でいてもらう。

魔王は来ない。あんた以外の魔女は平穏無事。世は全てこともなし」

 

「やってみなさいよォ!!あたしは魔女の理想郷を作る!」

 

魔女が持てる全ての魔力を左手に集め、天に掲げる。

すると、工場上空に巨大な魔術式の輪が現れ、

中から体長10mはあるゴーレムが出現し着地。その重量で大地が揺れる。

 

「キャアッ!」

 

振動で足元から突き上げられ、つい情けない悲鳴を上げてしまった。

100kgを越えるガトリングガンすら、わずかに跳ねたほど。

ああ、やめてよね!大事な売り物なんだから!

おっと、相棒の心配してる暇はなかったわ。新手の敵を見上げる。

そいつは巨大な岩の集合体。見たところ、無数の岩に魔法石を打ち込んで、

魔力を通わせることで手足や頭部を形作り、自在に操ってるらしいわね。

 

それぞれの岩は色も材質も違ってて、苔が生えてるものや、蔦が絡んでるものもある。

その不揃いな岩の巨人が、あたしに目を向ける。

と言っても、眼球なんかないから頭を向けるって言ったほうが正確だけど。

ああ、呑気に分析してる場合じゃないわね!ゴーレムがその岩塊の腕で殴りつけてきた!

ガトリングガンがやられるとアウトだから、

一旦大げさに横に走って、距離を置いて逃げる。

銃は無事、あたしは……無事とは言い難いわね。

直撃は避けたけど、岩の拳が地面を殴りつけた衝撃で

軽く宙を飛んで地面に叩きつけられた。

 

「ゴホッ……お約束、お約束」

 

そう、お約束。あたしは身体の痛みを強引に無視してガトリングガンに戻る。

ゴーレムは地面に食い込んだ拳を抜くのに手間取ってる。攻撃するなら今。

あたしは目の前のゴーレムの右足に打ち込まれてる魔法石に狙いを定め、

ハンドルを回し弾丸を集中的に浴びせる。

ガンシューティングでボスキャラの弱点といえば、これ見よがしに露出した何かよね。

 

幸い岩ほどの強度がなかった魔法石が、パリンと砕ける。

すると、口のないゴーレムが苦痛を訴えるように、

どこからか大気を震わせる波動を放つ。同時に右足の岩のいくつかが転げ落ちる。

コイツの弱点は身体を構成してる魔法石で間違いない。

でも、今までみたいに正門前で固定砲台になって戦うのは無理そうね。

 

あたしは右足のダメージで奴が動けないうちに、

全力でガトリングガンを押して、工場内部へ進む。

その途中、ギョロッとした目で魔女があたしを見たけど何もしてこなかった。

やっぱり魔女自身は特に攻撃手段を持ってないみたい。

 

迷路のように入り組んだパイプや鉄骨、何かのタンク、放置された資材。

結構奥に入ったわね。これだけゴミゴミしてたら、

あのデカブツも自由には動けないんじゃないかしら?

汗だくになりながらガトリングガンをゴーレムが見えるわずかな隙間に向ける。

 

奴が起き上がったわ。

完全に立ち上がって、全身の魔法石が見えた所で、今度は左足を狙う。

ハンドルを回し、マガジンから弾薬が銃身に流れ、

内部のハンマーが連続して弾丸を叩く。

6門の銃身が連続して弾を発射し、ゴーレムの左足に一点射撃を行う。

でも、今度は完全に魔法石を壊せなかった。とっさに右手でガードしたの。やるわね。

 

そして、発砲であたしの存在に気づいた奴が、

あたしを追いかけてドスドスと足音を立てて工場に突撃してきた。

右足を痛めたのに、思ったより速度が早い。

鉄骨やパイプを馬鹿力で押しのけ、こちらに迫ってくる。

その間も、露出してる魔法石を狙うけど、

重いガトリングガンで素早いゴーレムを狙い撃つのは難しくて、

破壊できたのは左腕の1個。もっとマシな立ち位置探さなきゃ!

具体的には……わかんない!再びあたしはガトリングガンを押して後退する。

 

で、逃げたはいいけど、完全に息が上がってる。

きっと明日は全身筋肉痛で死んでると思う。ここで死ななければの話だけど。

あたしは緩いスロープを上ったところにある大型クレーンの真下に来た。

背後から大きな物音が聞こえてくる。

そこには崩れ落ちた鉄骨や足場の中でもがいているゴーレムが。

 

チャンスに恵まれたあたしは再び機銃を浴びせる。今度は頭に3つある魔法石のうち2つ。

苦痛を感じてるのか、今度は怒りの波動を放ってきて、

風もないのに飛ばされそうになる。

次の瞬間には、瓦礫を吹き飛ばして立ち上がり、また奴が追ってきた。

ハンドルを回し、とにかく紫に光る石を撃ち続けるけど、

当たらない、岩の身体には効かない、勝機が見えない。勝機、勝機……あ、あった。

 

DANGER NO FLAMMABLE(危険、火気厳禁)

 

奴の予想進路に、それはもう、大きなタンクが4つも並んでる。

神様からの、今日一日頑張ったご褒美かしら。無神論者なのに、悪いわね。

ありがたく頂くわ!あたしは狙いをゴーレムからタンクに向けて、奴の接近を待った。

この距離なら間違いなくヒット……あれ?それってもしかしたらヤバイ気がする。

でも、もっとヤバイのがコンクリートの地面をバリバリ割りながら目の前に迫ってきた。

選択の余地なし。あたしは覚悟を決めてハンドルを回した。

 

ゴーレムがあたしの7,8m前に迫った瞬間。数発の焼けた銃弾が燃料タンクを貫いた。

当然のこと、大爆発。爆風で今度こそ思い切り吹き飛ばされる。

何回もバウンドして金網のフェンスに受け止められてようやく止まった。

これでもマシだと思わなきゃ。上手くゴーレムが盾になってくれたおかげで、

爆死は免れたんだから。その証拠に、衝撃で全ての魔法石が砕かれ、

ただの岩の山になったゴーレムが煙を上げている。

 

あたしは咳き込みながら、よたよたとガトリングガンに抱きついて、無事を確認する。

よく生き延びてくれたわ、私の相棒。でも、安心するのはまだ。

最後の仕上げが残ってる。

あたしはマガジンを取り替えると、ガトリングガンを押して、正門に向かった。

 

「ぜー…ひゅー、ぜー…ひゅー」

 

そこでは、息絶え絶えの召喚士が、立っているのもままならず、

四つん這いで息をするのに必死だった。

きっとろくに食事も取らないでここで何かをしてたんでしょうね。

そんな状態で生命力とイコールの魔力を使いまくったんだから当然よね。

 

「気分はどう?続ける?」

 

「わたしは……はぁ、はぁ……魔女の、楽園……」

 

「ごめんね。それはもうとっくにあるの。そしてあたしはあんたを殺さなきゃならない」

 

あたしは銃口を召喚士の魔女に向ける。

すると、彼女が震える左手をこちらにかざし、魔障壁を張った。

それは、切れかけた電球のように弱々しく。

あたしはハンドルに手をかけて、銃身を回転させた。

 

……銃口からこぼれる硝煙が鼻を刺す。

ゆっくりと魔女の死体に近づくと、穴だらけの三角帽子を拾い上げた。帰らなきゃ。

彼女の死体を振り返る。方法さえ間違えなきゃ、違った結末もあったでしょうに。

幸せは意外と近くに転がってるものよ。

あたしはガトリングガンを押して馬車が待つ廃屋に戻った。

急ぐ必要はないけど、なんだか早く帰りたい気分。

馬車に戻ると、兄ちゃんが荷台にガトリングガンを積み込みながら、聞いてきた。

 

「一体何があったってんだ!?銃声どころか、地響きや爆発がここまで響いてきたぞ!」

 

「はぁ、いろいろあったのよ。死ぬ思いをしたってことは確かよ。

お願い、パーシヴァル社に戻って。ちゃんとチップも忘れてないから。少し休ませて」

 

「あ、ああ。とにかく無事でなによりだ」

 

それで、兄ちゃんがいつも通り手綱を何回もパシパシやって、

今度はあんまりにも反応がないから痺れを切らして尻を蹴り上げると、

ようやく馬が動き出した。ああ、疲れてるけど少しはマシな身なりをしとかないと。

あたしはコンパクトを取り出すと、自分の顔を見る。

 

うわぁ、最悪。顔はススだらけだし、髪もちょっと焦げてる。

せめてススは拭いとかないと。ハンカチで顔をぬぐって、

先っぽが焦げた三つ編みを結んで応急処置。焦げた毛先は家に帰ったら切りましょう。

そうこうしてるうちに、数時間前に出発したばかりなのに、

懐かしさすら感じる社屋に着いた。

 

「じゃあ、行ってくるわ……」

 

「おう」

 

あたしはエントランスから1階ホールに入ると、

受付嬢にニコリと笑って、奥の階段へ進んだ。

正直疲れてるから変な顔になってたかもしれないけど、

とりあえず不審者扱いされなかっただけで万々歳よ。

で、5階への階段が疲れきった身体にまた堪える。

上りきってもしばらくその場で呼吸を整えてた。

ようやくまともに息ができるようになってから社長室のドアを叩く。

社長さんは気に入ってくれたかしら。これで買取不可だったらその場で泣く。

 

「斑目里沙子です。ただいま戻りました」

 

「お入りください」

 

入室すると、首から望遠鏡を下げた社長が、また不思議な笑みを浮かべつつ、

拍手であたしを迎えた。

 

「お見事です。ガトリングガンの威力、確かに、拝見しました」

 

「恐縮ですわ。お見苦しい格好で申し訳ありません」

 

「いやいや、その程度の傷で、あの魔女を倒すとは、恐れ入りました」

 

「魔女の遺品はこちらに」

 

「どれどれ」

 

魔女が被っていたオレンジ色の三角帽子を社長に手渡す。

その帽子は銃弾で穴だらけになり、血で染まっていた。

 

「素晴らしい。これは、素晴らしい。ガトリングガンと共に、展示するとしましょう」

 

「あの、それでは……」

 

すると、社長はデスクの引き出しから長方形の台紙に署名し、

切り取り線でちぎってあたしに渡した。

 

「好きな、金額を、書いてください」

 

出所不明のお約束来た!小切手だー!本当に?本当にいくらでもいいの?

手が滑って1000万って書くかも知れない女よあたし!……ってそうじゃなかった。

もらうもんもらったんだから、渡すもの渡さなきゃね。

あたしはトートバッグから設計図の入った筒を取り出し、社長に渡した。

彼は設計図を広げると、感情の読めない微笑みを浮かべたまま、全てに目を通した。

 

「なるほど、素晴らしい出来栄えですが、改善の余地は、ありますね。

構造上、熱膨張を起こしやすく、上空の標的には不向きです」

 

「……おっしゃるとおりです」

 

「ですが、これが銃火器業界に、革命をもたらす品であることは、確かです。

弊社の技術部で改良を進めれば、更に軽量化、信頼性の向上、

そして、最終的には携行可能な連発銃に進化を遂げ、

戦いの在り方を一変させる存在になるでしょう」

 

「恐れ入ります」

 

そして彼は、ポンと手を叩いて、ガラス壁に歩み寄り、真下の馬車を見下ろした。

 

「物は相談ですが、あのガトリング砲、よろしければ、譲っては頂けませんか。

1階のロビーに展示したいと思います」

 

「ええ、もちろん。わたくしにはもう用がありませんので、

サンプルとして進呈致します」

 

「ありがとう。では、商談が成立した所で」

 

彼が手を差し出したので、あたしもそっと手を握り返した。

誰かと握手するなんて滅多になかったから、なんだかそわそわした気持ちだったわ。

 

「それでは、わたくしはこれで失礼致します。

この度はお買上げ、誠にありがとうございました」

 

「また、良い品があれば、お売り頂けると幸いです。お気をつけて」

 

あたしは社長に一礼すると、社長室を後にした。

ドアを閉めると、無意識に緊張していたのか、どっと汗が吹き出した。

そして、手にした金額の書かれていない小切手を見る。

あたしのよね?本当にいくらでもいいのよね?まだ見ぬ大金を手にしたあたしは、

現実を受け入れるのに時間がかかり、嬉しさよりも迷いが勝っていた。

 

ゆっくり階段を下り、1階ロビーに着いても、

受付嬢に“さよーなら”と言うのがやっとで、ふらふらと社屋から出た。

そんなあたしを見て御者の兄ちゃんが心配して声を掛けてきて、

そこでやっと我に帰った。

 

「お客さん、大丈夫かい!しっかりしなよ!」

 

「……え、あ、そうだ!成功したのよ!商談成立!

あたしのミニッツリピーターがこの手に戻る日が間もなく訪れるのよ!」

 

「本当に大丈夫か?意味がわからんけど」

 

「ああ、それよりガトリングガンを下ろすのを手伝って。

もう会社のものだからここに置いていくわ」

 

「あ、ああ。ちょっと待ってな」

 

兄ちゃんはもう手慣れた様子で、重量物を軽々と下ろしてくれた。

ありがとう、さようなら、あたしの傑作にして最後の作品。

ちょっと名残惜しい気持ちで小さく手を振る。

馬車に乗り込むと、あたしはビジネス街から去っていった。

単なる商談のつもりが、とんだ力仕事になっちゃったけど。

今日はくたびれ果ててるから、

銀行口座の開設やら小切手の換金やらは明日にしましょう。動ければの話だけど。

あたしはぐったりして行き先を告げる。

 

「ハッピーマイルズ教会まで、お願い……あたしからの、最後のお願い」

 

「おいおい、病院行ったほうがいいんじゃねえのか?」

 

「順番待ちの間に死ぬ。早くベッドに潜り込みたい……」

 

「そうか?じゃあ行くぜ」

 

うつむくあたしを乗せたまま馬車は進む。今更ながら疲れが出始めた。

景色を眺める余裕もない。今、どこをどう進んでるのか。首を上げる気力もない。

ただ馬車に身を任せて時間が過ぎるのを待っていた。

昼の太陽が夕焼けに変わったことだけは、足元の日差しからわかり、

同時に馬車が一揺れして止まった。

 

「お客さん、着いたよ」

 

「……ん、ああ。ありがとう。約束のチップね」

 

死にかけのあたしは数えるのも億劫で、

財布から金貨をひとつかみ取り出して、兄ちゃんの膝に置いた。

 

「じゃあね……」

 

「え、おい、多すぎだろ!?ちょっと!」

 

後ろの兄ちゃんの大声も耳に入らず、ただひたすら十字架の建物目指して歩く。

ドアにたどり着くと、小さな鍵を取り出すのが面倒で、

ドアを叩いてジョゼットを呼んだ。

 

「ジョゼット~開けてちょうだい、今帰ったわ……ねえ!」

 

ドンドンドン。なかなか出ない。

鍵を出したほうが早かったかしら、と思った時ようやく返事が帰ってきた。

 

“はーい、ちょっと待ってくださいね”

 

ガチャッと鍵が開く音と同時にあたしは聖堂に倒れ込んだ。

死体のように床にへばりつくあたしにジョゼットが軽く悲鳴を上げる。

 

「キャッ、どうしたんですか、里沙子さん!」

 

「……ジョゼット、お願いがあるの。

あたしの部屋からパジャマと替えの下着持ってきて。夕食も要らない。

汗流したらすぐに寝る」

 

「そんなに汗だくになって、何してたんですか?里沙子さんらしくない」

 

「お願い早く~」

 

「あ、はい!」

 

あたしは残る力を振り絞ってシャワールームに向かった。

とりあえずこの気持ち悪い汗だけは流しておきたい。

きっと明日になったら全身筋肉痛になって身動きが取れなくなる。

汗まみれの服を洗濯かごに放り込むと、タイル張りの空間に入った。

三つ編みを解いて、頭からシャワーを浴びる。

あぁ、少しは疲れが流されるようで気持ちいい。

汗でベタベタの頭をシャンプーすると更に気持ちいい。

すると、外からジョゼットの声が。

 

“お着替え、ここに置いときますね~”

 

「ありがとー」

 

あたしはシャワーを止めると、脱衣所で身体を拭いて、パジャマに着替える。

トートバッグを持って私室に行くと、ベッドの上に座り込んだ。

そして、バッグから小切手を取り出して改めて見つめる。

署名しか書かれてない薄緑の紙片。これが大金に化けるのね。

とりあえずこれを使えるようにするために、あたしはデスクに座って、ペンを取った。

 

“好きな金額を書け”。

書くわよ?本当に書くわよ?最終確認よ?誰も聞いちゃいないけどさ。

そしてあたしは、金額欄に8,000,000と記入した。

これで現金袋A~Jと合わせて所持金17,000,000G弱。

やった……!とうとうあたしの元にミニッツリピーターが戻ってくる!

諸々面倒な手続きはあるけど、焦ることはないわ。

ゆっくり身体を癒やしてから買い戻しましょう。小切手を現金袋Aに入れると、

今度こそあたしはベッドに潜り込み、即座に眠りについた。

 

翌日からは地獄だったわ。予想通りひどい筋肉痛で、ロボットみたいにしか動けない。

両腕というか背中というか腰というか、とにかく全身痛い。

食事も、くいだおれ太郎みたいに(関東の方はご存知かしら)スプーンの上げ下ろししか

できないから、スープやシチューしか食べられなくて、腹が減るったらありゃしない。

それを見てジョゼットがケラケラ笑ってるけど、今は我慢よ。

奴には後で地獄が待っている。恨みはらさでおくべきか。

 

数日後。全快とは言えなくても、大分筋肉痛も治まって自由に動けるようになったから、

またこうして馬車を呼び寄せて待たせてるの。

ジョゼットは聖堂に集めた現金袋A~Jを運ばせてる。あたし?見てるだけ。

数日前にあたしの食事を笑った罰よ。今度はお前がくいだおれ太郎になるがいい。

 

「里沙子さ~ん、手伝ってくださいよ~あたしだけじゃ無理です~」

 

「何時間かかってもいいからあんたひとりでやんなさい。

今日も馬車は貸し切りだから安心なさいな」

 

「ひどいー」

 

ひどくない!ガトリングガンはもっと重かったわよ。

その重量物を押しながら正々堂々と戦ったあたしは賞賛されて然るべき。

あ、やっとJの袋を積み終えたわ。

全く、たった10個の袋運ぶのに丸々1時間かかるなんて。

まぁ、今回の件でインドア派のSEにも、時として筋力が必要だってことがわかったから、

少しは鍛えようかしらね。ジョゼットも付き合わせて。

とにかく、出発の準備が整ったから馬車に乗ると、

あたしは中からジョゼットに呼びかける。

 

「ねぇ、街に行くんだけど、あんたもなんか用事ある?」

 

「行きまーす!」

 

膝に手をついて息を整えていたジョゼットも乗り込んできた。出発ね。

 

「御者さん。まずハッピーマイルズ・セントラルで一番大きな銀行に行ってくださいな」

 

「それなら、セレスト銀行本店だね。じゃあ、行くよ」

 

「お願い」

 

すると、馬車が走り出し、街までのいつもの道のりを進みだした。

足元には10個の現金袋。これとハンドバッグの小切手を合わせれば……合計1700万Gよ!

金時計を買い戻して十分な生活費を確保。まぁ、こんなところじゃないかと思う。

 

「ジョゼット、遊ぶのはあたしの用件を片付けてからだけど、

かなり時間がかかると予想されるわ。ぶーたれずにちゃんと待つのよ。

あと、さっきの労働もう一回あるから」

 

「ええっ、またですか!?里沙子さんの悪魔―!」

 

「今度はあたしも手伝ってあげるから文句言わないの。

昼食は酒場で好きなもん好きなだけ食べていいから」

 

「えっ、本当に?それじゃあ、前から気になってしょうがなかった、

ウィンターポークの照り焼きなんかが食べたいかも……」

 

「あらあらそれだけでいいの?デザートにチョコレートパフェなんか欲しくない?」

 

「欲しいです!今日の里沙子さん、天使みたい!」

 

「節操ないわねあんた」

 

と、馬鹿話で時間を潰していると、いつの間にかビジネス街に到着。

セレスト銀行本店の前に到着。馬が一鳴きして停車した。

 

「着きましたよ」

 

「ありがとう。結構待たせちゃうと思うけど、ごめんなさいね」

 

「構いませんよ。新聞読んで待ってます」

 

あたしは銀行に入ると、暖房の効いた屋内で何人か番号札を持って並んでる。

あたしがキョロキョロしてると、行員が近づいてきて、

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

「口座を開きたいの。あと、小切手を換金して、手持ちの現金と一緒に預け入れを」

 

「かしこまりました。では、こちらの番号札を持ってお掛けになってお待ち下さい」

 

店員から14番の番号札を受け取って、待合ソファに座る。

窓口は3つだけど、飲み込みの悪いバカが受付に何度も同じことを聞いてて、

一向に空く気配がないから実質2つね。

バカのくせに証券取引なんかに手ぇ出してんじゃないわよ。

市役所にもよくいる手合いね。

そいつのせいで順番の進むペースが遅くなって、たっぷり30分は待たされた。

 

「14番の方ー!14番の番号札をお持ちのお客様、いらっしゃいますか」

 

「はーい」

 

「大変お待たせしました。本日のご用件は何でしょうか」

 

「まずは口座の開設を。それと小切手の換金、

手持ちの現金を合わせて預け入れしたいのでよろしくお願いします」

 

「身分証明書等はお持ちでしょうか」

 

あたしは財布から将軍の署名付き身分証明書を抜いて、受付に渡した。

受付は内容を確認すると、あたしに申込書を差し出した。

 

「はい、結構です。ではこちらの申込書、太枠の線の中にご記入お願いします」

 

今度は備え付けのペンで、氏名年齢住所、簡単な個人情報と暗証番号書いて提出した。

 

「ありがとうございます。

では、小切手の換金も同時に行いますので、お預かりできますでしょうか」

 

「これを」

 

あたしは、8,000,000を記入した薄緑の小切手を差し出した。

流石に受付も一瞬言葉に詰まったみたい。

 

「こちらは……そうですね、はい。

問題ございませんので、もうしばらく番号札をお持ちになってお待ち下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

何事もなかったかのようにソファに戻ったあたし。

正直に言うと、平静を装っちゃいたけど、今更やっちまった感で冷や汗をかいてた。

でも一方では、800万が通るなら、小遣い程度にプラス25万くらいしてもよかったかも?

とか我ながらせこいこと考えてた。

窓口1で相変わらず迷惑ジジイが受付に食って掛かってたけど、

もうそんなことも気にならないほど緊張しながら、時が来るのをひたすら待ってた。

すると、また14番が呼ばれたから、また窓口2に向かう。

 

「大変お待たせしました。お客様の通帳です」

 

受付が差し出したのは、一冊の藤色の通帳。

表紙には確かにあたしの名前と口座番号が印刷されてる。

恐る恐る手にとって広げてみる。

そこには、“残高8,000,000”と確かに印字されていた。やべ、鼻血出そう!

あたしは軽くめまいを覚えながら、震えそうな声でさらに受付に用件を告げる。

 

「あと、手持ちの現金を、この口座に……少し多いのでお待ち頂けるかしら。

馬車に積んでありますの」

 

「はい、どうぞ」

 

受付がカウンターに“現在処理中です”のプレートを立てると、

あたしはダッシュで外に出た。で、外からドンドンとドアを叩いてジョゼットを呼ぶ。

 

「仕事よ、ジョゼット!袋を持てるだけ持って中に運ぶの!」

 

「うう……里沙子さん、ここ寒いですぅ」

 

「ああ、中で待たせてやればよかったわね。

って、そんなペラペラの修道服着てるあんたもあんたよ!

もう冬場なんだから羽織るもんくらい持ってらっしゃい。まぁいいわ、それより仕事!」

 

「はーい。よいしょ、と」

 

「たった1個て……2つくらい持てるでしょう。

あたしだって両腕が伸びそうだけど耐えてるってのに」

 

「無理ですよ~うんしょ、うんしょ」

 

まあ、文句言ってるより、1人1個でもいないよりマシと考えるほうが前向きね。

あたしは両手が塞がってるから、身体でガラスのドアを開いて銀行に持ち込んだ。

重い袋2つを持ち上げて窓口2にドスンと置くと、

受付の姉ちゃんが驚いて、何か言いたげにあたしを見る。

 

「ごめんなさいね、これが全部で10個あるの……」

 

「それでしたら、床に置いていただければ、係の者が運び込みますので……

あと、もう一度通帳をお願いできますか」

 

「助かりますわ。通帳はこちらに。ジョゼット?袋はここに置いて」

 

「はい~」

 

その後も何往復かして、急いで現金袋を運び込んだ。

今、ここに強盗が乗り込んできたら躊躇なく射殺できる自信ある。

床に積まれた現金袋A~J。あんた達にも世話になったわね。

さようなら、金時計になって帰ってらっしゃい。

行員が袋を次々と奥に運び入れて計算を始めた。

 

そういや、すっかり窓口2を独占しちゃってるわね。

隣の迷惑ジジイと変わらないじゃない。気づくと、待合ソファから恨みがましい視線が。

知らないふりをして、せめて立ったまま待つこと15分。

番号札14が呼ばれたからカウンターに駆け寄る。

 

「大変お待たせしました。通帳をお返しします」

 

「手間をかけてごめんなさい。私はこれで。どうもありがとう」

 

「ありがとうございました」

 

あたし達は逃げるように銀行から飛び出すと、馬車に乗った。

確かに寒いわね。隙間風が冷たい。御者に次の行き先を指定する。

 

「御者さん、次はメリル宝飾店へ行ってください」

 

「わかりました」

 

またガタゴトと車体を揺らしながら馬車が走り出す。あの宝飾店に行くのは久しぶりね。

たしか、ミドルファンタジアに来て最初の日にミニッツリピーターを売却した店。

さぁ、今こそ愛しの相棒を取り戻すのよ。念のためあたしは通帳をチェックする。

……1700万。すげえ。本当にある。ここまで来るのにどれだけ苦労したかわかんない。

地球でミニッツリピーターを買った時と同じくらいの艱難辛苦を乗り越えてきたと思う。

 

「ねぇ、ジョゼット。これ見てご覧なさいよ」

 

「通帳ですか……うわあ!1700万!?どこでこんな大金!」

 

「ふふっ、まずはあたしの金時計を売って得た1000万。

土地付きの教会と、生活用品や装備一式その他諸々買ってマイナス100万ちょい。

それプラス、こないだ開発した新兵器の設計図800万。〆て1700万也。

もう金儲けに頭悩ませる必要はないわ。これから暇になるだろうから、

布教活動にも付き合ってあげる。……どうしたの?やっぱ驚いて声も出ないか当然よね」

 

ジョゼットは通帳ではなく、なんかあたしをじっと見てる。

 

「……里沙子さん、帰ったらお話があります」

 

「今じゃ駄目なの?」

 

「はい。とっても大事で長くなるお話なので」

 

「そう?まあいいわ。今日は金時計が戻った記念日よ。

大抵の願いは聞き入れてしんぜよう。オホホのホ」

 

なんだかジョゼットの様子が変だけど、今はそれどころじゃないわ。

西の外れにあるメリル宝飾店で馬車が止まった。

あたしはバタンと馬車のドアを開け放ち、道に飛び出し、

一旦宝飾店の前で深呼吸して、小幅に歩きながら店に入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

店主の落ち着いた声に迎えられ、あたしは目的の物を探す。

指輪でもない、ネックレスでもない、イヤリングでもない。

……あった!あたしのミニッツリピーター!

1500万なんて立派な値段付けられちゃってまあ。あたしは店主に声を掛ける。

 

「ごめんください。この金時計を頂きたいのですけど」

 

「ありがとうございます。お支払いはどのように?」

 

「口座引き落としでお願いできるかしら」

 

「かしこまりました。口座引き落としですと、

基本的には残高確認後に宅配という形になりますが、

銀行によっては確認に30分ほどお時間を頂ければ、この場でお受け取りが可能です。

いかがなさいますか」

 

「ここで受け取ります。口座はセレスト銀行ですわ」

 

「それでしたら可能です。お手数ですが、通帳を拝見できますでしょうか」

 

「こちらに」

 

すると、店主は口座番号と名前を控えて、別の店員を呼んでメモを渡した。

店主は彼に、小声で“セレスト、口座確認”と最低限の言葉で指示を出して、

あたしに通帳を返した。店員は急ぎ足で店の奥へ去っていった。

 

「それでは、通帳をお返しします。

申し訳ありませんが、しばらくお掛けになってお待ち下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

さて、今度はジョゼットも呼んであげようかしら。

あたしは店から出て馬車の外からジョゼットに呼びかける。

 

「ジョゼット~寒いなら店の中で待ってなさい」

 

「はい……」

 

やっぱりなんだか元気がないジョゼットを連れて店に戻る。

あたしはワクワクしながらショーケースの中のミニッツリピーターを眺めてた。

うっとりとその他の宝石にも見惚れてると、店主が声を掛けてきた。

 

「お客様、大変お待たせしました。確認が取れましたので商品をお渡しします」

 

「はい」

 

あたしがショーケースに歩み寄ると、店主が中からあたしの金時計を取り出して、

1枚の書類と一緒に渡してきた。

 

「こちらの書類に受け取りのサインを。

これで商品の所有権がお客様に移りましたので、どうぞお持ちください。

防犯対策を施した警備兵付き馬車をご用意できますがいかが致しましょう」

 

「いえ、結構ですわ。別の馬車を待たせていますので」

 

あたしは書類にサインをしながら答えた。店主が書類を確認すると、売買契約完了。

 

「はい、確かに。お買上げ、誠にありがとうございます」

 

ついに、ついに、取り戻したわ!ふふ、紺色の綺麗なケースに入れられちゃって。

竜頭の小さな傷は、確かにあたしのミニッツリピーターである証。

ヤバイ薬でもキメたみたいに幸福感でいっぱい!使ったことはないけどね。

とにかく、家も土地も手に入れて、贅沢しなけりゃ一生生きて行ける金も手に入れて、

この世に二つと無い相棒を取り戻したあたしは、

もうこの世界で恐れるものなんてないわ。ビバ異世界!

 

「ジョゼット、用事は済んだわ。酒場でお昼にしましょう。」

 

「嬉しそうですね……」

 

「当たり前じゃない。約束通りなんでもおごるわ。好きなだけ食べるが良い」

 

その後、馬車に乗ったあたし達は、酒場に入ってまずはエールで祝杯を上げた。

ジョゼットはジュースだけど。

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯」

 

「マスター、この娘にはウィンターポークの照り焼き。

あたしには特A級メタルバッファローのヒレステーキ300g!

それから粗挽きウインナーとフライドポテト!じゃんじゃん持ってきて!」

 

「景気がいいな。なんかいいことでもあったのか?」

 

「ええ、とっても。離れ離れになっていた相棒とようやく再会できたのよ」

 

「ほう……生きててなによりじゃねえか。一匹狼のあんたにもそんな奴がいたのか」

 

「ああ、違うのよ。これよこれ。

何年も働いて欲しいものも我慢して貯金に貯金を重ねてようやく手に入れた代物。

この世界に来た時に、生活するためにしょうがなく売ったものをやっと買い戻したのよ」

 

あたしはカチ、カチ、と規則正しく時を刻む、正確無比の金時計を、愛おしくなでた。

 

「なるほど、そいつは確かに上物だな。滅多に手に入る代物じゃねえ」

 

「わかる~?これはあたしの汗と涙の結晶なのよ~ところで料理まだ?」

 

「は~い、ウィンターポークの照り焼きと、メタルバッファローのヒレ300gね~」

 

む、出たなおっぱいオバケ。でもまあいいわ。今日に限りいかなる狼藉も許す。

彼女が料理を並べると、身体が近づく。

いつも子供扱いしてくる仕返しをしてやろうと思えばできなくもないけど、

今日はめでたい日よ。そんなことより料理よ料理。豪勢に行こうじゃないの。

 

「ポテトとウインナーはもう少し待っててね、里沙子ちゃん。

たくさん食べて大きくなってね」

 

「きょーに限って聞き流すわ。歳も聞かない……ぷはっ。マスター、もう一杯」

 

「あいよ」

 

あたしはエールをおかわりして高級ステーキを口に運ぶ。

うん、グルメ気取るわけじゃないけど、

やっぱり口に入れれば安物と高級品の違いはわかるわ。赤身多めのミディアムレア。

ロースステーキのような柔らかい肉とは違って、

弾力があって噛めば噛むほど旨味が出る。

ジョゼットはいつも通りマリア様にお祈りしてる。さっさとしないと冷めるわよ。

あたしが2杯目のエールを飲み終えるころにようやく食べ始めた。

 

ナイフで切ってフォークで口に運ぶと、ようやく彼女に笑顔が戻った。

それからは二人共お互い自分の料理を食うのに必死で、

食べられるだけ追加注文を繰り返した。まさに至福の時。

アルコールで食が進むあたしは、結局ステーキをもう一皿頼んで、

ジョゼットはデザートのチョコレートパフェ美味しそうに食べてる。

ステーキ2枚はちょっと無謀かと思ったけど、意外と入るものね。

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 

二人がほぼ同時に食べ終わると、マスターに会計を頼んだ。

 

「122Gだよ」

 

「あっはっは!やっぱ物価安すぎ、ここ!」

 

あたしは財布から金貨2枚を取り出してカウンターに置いた。

 

「お釣りは要らないわ!ミニッツリピーターに乾杯!それではみなさんさようなら~」

 

「また来いよ!」

 

若干へべれけ気味のあたしと、満腹になったジョゼットは、

もう用事もないので帰ることにした。走り出した馬車の窓から駐在所が見える。

そこには見慣れた賞金首ポスターが並んでる。“魔王 10,000,000G”。

うんうん、こいつを追ってたこともあったけど、もうあなたに用はないの。

勝手にやってちょうだいな。あたしは似顔絵のない最高額のポスターに投げキッスした。

 

で、さんざん贅沢したあたし達が教会に帰ると、またジョゼットがしょぼくれてる。

一体なんなのかしら。さっきはあんなに喜んでたのに。

首を傾げながら住居に入ろうとすると、後ろから手を掴まれた。

もちろん掴んでるのはジョゼット。

 

「なあに?今日、ちょっと変よあんた」

 

「座ってください」

 

「え?」

 

「座ってください!」

 

いきなり大声出さないでよ、びっくりするじゃない。

まぁ、暴飲暴食で疲れ気味だから座るけど。

あたしが長椅子の一つに腰掛けると、ジョゼットがあたしの前に立って、

眉を吊り上げてこう言ったの。

 

「里沙子さん、あなたにお説教です!!」

 

今回はちょっと長くなったから次回に持ち越しね。

皆さん、風邪引いてジスロマック飲む羽目にならないよう、身体にはお気をつけて。

 

 


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