面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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泥酔したら翌日アマゾンから頼んだ覚えのないDVDが発送されたの。いずれ買うつもりだったとは言え脳がヤバい。

「……とまあ、今こんな状況なのよ。

助けてくれとは言わないけど、何か気づいたことがあるなら教えてくれないかしら」

 

「そうですねぇ」

 

彼女はティーカップの紅茶を少し飲んで考え込む。ああ、この人?今日のお客さん。リーブラよ。

外でゴソゴソやってるような音が聞こえたから様子を見てみたら、

またガトリングガンを観察しに来てたの。

 

リーブラとは誰かって?まぁ、長いこと休んでたから忘れてる人もいるわよね。

どこかの別次元に住んでる四大死姫のひとり。

この厨二臭いグループ名は別のメンバーが考えたらしく、彼女は気に入ってない。

この名前を出すと露骨に嫌そうな顔をするからあたしも口にしないことにしてる。

あ、その別のメンバーとやらと戦ったことがある気がするけど名前が思い出せない。

飲み過ぎで若年性アルツハイマーでも来てるのかしら。

 

それはさておき、上位魔族である彼女はどうやら長く生き過ぎたせいで

死に方を忘れてしまったらしく、死ぬ方法を求めて放浪してる。

自殺願望というより、純粋な死という概念への知的好奇心に突き動かされて。

そしてこれまでに蓄えた膨大な知識が記されている百科事典が愛用の品。

 

だから今回の国際会議編で何か思い当たることがないか聞けないかと思って

うちに引っ張り込んで相談してるってわけ。

さて、前置きが長くなったけど

スペード・フォーミュラのことでも中立国家ルビアのことでもなんでもいい。

リーブラの知恵を求めて、あたしも自分で入れたブラックを飲みながら彼女の結論を待つ。

 

マグカップを軽く回して中の液体をもてあそんでいると、

リーブラがとりあえず、と言いながらあたしの手にそっと触れてきた。

彼女が何かに触ると、それに関する情報が魔法の百科事典に浮かび上がるの。

事典が淡く光り、ひとりでにページを開いて見せる。

彼女は新しいページを読むと、ふむふむと頷いた。

 

「里沙子さん」

 

「なに?」

 

「あなたの情報が更新されています。また新たな能力に目覚めたとか」

 

嬉しそうにかすかな笑みを浮かべてあたしを見つめるリーブラ。

ローブと同じ綺麗な薄紫の瞳にうっかり見入ってしまいそうになる。

心の中で深呼吸してどうにか詰まらずに返事をした。

 

「うん。クロノスハック・新世界って名付けたんだけど、

殺し屋連中との戦いで死にそうになったときに偶然発動したのよ。

今までの超高速移動じゃなくて時間停止能力。止められるのはたった6秒だけど」

 

「それは素晴らしいですね。

いつか里沙子さんが魔女に転生することがあれば私達の次元に来ることがあるかもしれません。

その時は歓迎します」

 

「そこって酒場とか酒を置いてるコンビニある?」

 

「ありません」

 

「じゃあ折角だけど無理だわ。定期的にアルコールを摂取しないと気が狂う難病を抱えてるの」

 

「まあ残念。ともかく、あなたについてわかったことがひとつ」

 

「マジ!?このややこしい事態終わらせてくれたらガトリングガンあげてもいい!」

 

正直だれてきた最近の展開にさっさとケリをつけたい気持ちもあって、

思わず立ち上がってリーブラに食いつく。

 

「お気持ちは嬉しいのですが、

あれはあの場所にあってこそ一個の事柄として生育していくものですから、

これからも私が出向いて観察を続けます。

結論から言いますと、里沙子さんを始めとしたアース出身の方にはある特徴が備わっています」

 

「特徴?」

 

「はい。ミドルファンタジアはアースからもたらされた技術や文化で成り立っている。

これはいいですね?」

 

「うん。あたしがここにいるくらいだからね」

 

「なぜかと言いますと、

ミドルファンタジアという世界は次元を隔てる壁が極めて脆いというか不安定なんです。

だからちょっとしたエネルギーのバランス崩壊で無数に存在する平行世界と一時的に接続される、

という現象が頻繁に起こる」

 

「エネルギーのバランス崩壊ってえらく曖昧ね。例えばどんなの?」

 

「数百光年彼方で起きた超新星爆発やブラックホール発生などです」

 

「宇宙規模の天変地異なんてあたしら人間にはどうしようもないわね」

 

「そして、世界線を位置づける空間座標がミドルファンタジアと最も近いのが、アース」

 

平行世界やら空間座標やら訳のわからない単語が出てきたけど、

話の本筋は理解できてるから放って置いて次に進む。

 

「心当たりがないわけじゃないわね。カシオピイアの産みの親はアースに行っちゃったし、

あたしもあたしで定期的に“奴”と連絡してるし。で、結局あたしらの特徴って何?」

 

リーブラが今度はニヤリと笑いつつ、内緒話をするように囁いた。

 

「アースの方がミドルファンタジアに来ると、

次元の壁を越える際に、その身に特殊な能力が備わるんですよ」

 

「それって、あたしのクロノスハックや

スペード・フォーミュラの連中のスキルみたいなもの……?」

 

「はい!まるで神様からのプレゼントみたいで、素敵ですよね」

 

何が嬉しいのかニコニコとした表情で彼女は語る。

なるほど。だったらジ・エンド達が

地球人なのに魔法のような特殊能力を持ってる理由も説明がつく。

リーブラの話を信じるならの話だけど。

あっと、コーヒーを飲もうとしたけどカラだった。

 

「しっかし、なんでまたそんな都合のいい後付け設定みたいな現象が起こるわけ?」

 

目の前の彼女はパラパラと事典のページをめくって小首をかしげる。

 

「これは憶測の域を出ないのですが……

次元を移動する際、それぞれの世界の“常識”の差異が

個人の能力となって現れているのではないかと。

魔法のないアースで生まれた里沙子さんを魔法があるミドルファンタジアに存在させるために、

この世界が魔法に近い能力(スキル)を与えることで整合性を取ろうとしているのではと思います」

 

「このクロノスハックもゴミ捨て場で寝てるうちに身につけたってことか~。

運がいいって言っていいのか微妙だけどね」

 

首から下げたミニッツリピーターを手にとってみる。

ようやく出所不明のあたしの能力にひとつの仮説が立った。

だからといって劇的に状況が変わるわけじゃないんだけど。

 

でも、雑多な問題に1個答えが出たことでちょっとだけ安心感みたいなものを得ることができた。

冒頭から続いてた柄にもないシリアスな雰囲気が砕けて一息つく。

やっぱりリーブラは微笑みながら雑談モードにシフトする。

 

「思えば、里沙子さんはいつも奇妙な出来事に巻き込まれていますね。

あなたもガトリングガンに負けないくらい観察のし甲斐があるんですよ?」

 

「勘弁してよ。そいつに巻き込まれるあたしの身にもなってほしいもんだわ。

ったく、この世界の変人共はもうすぐアラサー女をいじめて何が楽しいのかしら」

 

肩をトントン叩きながらため息をついていると、2階からマリーが下りてきた。

カシオピイアと何かの打ち合わせをしてるって言ってたわね。

 

「おーいリサっち、マリーさんにもコーヒー欲しいな~。

……おやおや、お客さんが来てたとはこりゃ失敬。あ、お姉さんはいつかの魔女さん?」

 

「死神の方とお会いした時以来ですね。お久しぶりです」

 

「コーヒーならセルフサービス。

今、真面目に現在の課題について話し合ってるんだから忙しいのよ」

 

「えー。10行くらい前に雑談モードに入ったって言ったじゃんケチー」

 

「どういうわけかこの世界の奴らは人の心を勝手に読む能力を標準装備してるのよね。

リーブラ、この件については?」

 

「わかりませんねぇ」

 

「残念。プライバシーの侵害も甚だしいから遠慮してほしいもんだわ全く。

ところで今日カゲリヒメは一緒じゃないの?」

 

「誘ってはみましたが、編み物に集中したい気分だそうです」

 

「へぇ、そう。

わざわざ足を運んでまで来るようなところでもないしね。あなたという例外を除けば」

 

「ガトリングガン以外にも興味をそそられるものはあると思うのですが……」

 

「その興味をそそられる“もの”って物?者?どっち?」

 

「くはは、両方だと思うなぁ」

 

「あんたには聞いてない!」

 

結局自分で湯を沸かしたマリーもコーヒー片手に適当なところに収まる。

 

「その通り。里沙子さんの銃もここに住む方々も私の好奇心をくすぐる楽しい方ばかり。

私、マリーさんのことも知りたいです。今後ともどうぞよろしく」

 

リーブラが差し出した手をマリーはコップを持ったままひらりと避けた。

 

「おおっとダメだよん。マリーさんには知られたらマズい秘密がいっぱいなのだ。

割とスプラッタなやつも多いしね」

 

「あら残念。バレてしまいましたか」

 

そしてちっとも残念そうじゃない様子で手を引っ込める。

……って、あたしらまったりお茶してるけど、こんなことしてていいのかしら。

ジ・エンドとの戦いで一本になった三編みに手をやる。

ちぎれた部分をハサミで整えて一束を左肩に流すような感じにしてるけど、

元通りの2本に戻るには時間が掛かりそう。

 

「ねえマリー。スペード・フォーミュラについて要塞から何か情報ない?」

 

「取調室がレプリカを突っつき回してるけど、これ以上の手がかりは無理っぽい。

やっぱり本命のジ・エンドをなんとかしないと。

ルビアの追求はできなくても最悪国際会議は無事に終わらせる必要がある」

 

「連中は放っといて各国の偉い人の警護に人的リソース割いた方がよくない?」

 

「マリーさん達に取っちゃそこまでもつれ込むのはよろしくないんだよねぇ。

工作員を野放しにしといて誰か一人でもお亡くなりになったらアウトなんだし」

 

「はぁ。そりゃトライトン海域共栄圏発足には関わったけど、

基本パンピーのあたしがなんでこうも気を揉む必要があるのかしら。嫌になるわ、まったく」

 

「ため息ばかりついてると幸せが逃げてくよん」

 

「今更情報サンキューマート」

 

「ため息。悩みや精神的ストレス、または感動を覚えた時などに思わずこぼれる大きな息。

これは参照済みですねぇ」

 

「もういい。誰もあたしのことなんてわかっちゃくれない。幸せなんかクソくらえよ。

空っぽになるまで何度でもため息ついてやるわよ。はー」

 

幸せか。そんなもんにこだわるから辛くなるのかもね。

あたしは半ば自棄になってらしくないことを考えながらコーヒーを入れ直そうか迷っていた。

 

 

 

 

 

……夢から目が覚めた。

俺達がこの世界に来て何年になるかは考えないことにしている。虚しくなるだけだ。

隣のベッドでマルチタスク達が寝息を立てている。2階にいるのはデリートとフリーズ。

真夜中だが一度目が覚めると寝付けなくなるものだ。

 

喉が渇いた。子供を起こさないようにベッドから起き上がり、台所に向かう。

コップに汲み置きの水をすくい、一杯飲んだ。

日本にいた頃は蛇口をひねればいくらでも水が出た。些細なことに未練を覚えながら喉を潤す。

 

今でも時々あの日のことを思い出す。

 

 

 

『おい。トマムのホテルまでどれくらいだ?』

 

スラッシュがぶっきらぼうな口調で助手席の俺に訊く。

俺達はレンタルしたマイクロバスで英会話教室のスキー合宿に行くはずだった。

講師の俺とフリーズが引率し、送迎バスの運転手をしているスラッシュが車を走らせていた。

レプリカは宿泊先に到着が遅れる旨を連絡している。

 

『このまま道なり。約2時間だ』

 

ロードマップを見ながら俺は答えた。

 

『マジかよ。んなチンタラ走ってたら日が暮れるぜ。もうちょい飛ばすぞ?』

 

『やめろ。子供達が乗っている。事故が起きたらどうするんだ』

 

『事故らねえよ、たかだか100km/hで。今の看板笑えただろ。“スーパーこの先160km”だとよ。

北海道の奴らは160kmが“この先”のうちに入るらしいぜ。

こんなとこネズミ捕りもいねえし、さっさと風呂に入りてえ。俺に任せとけって、ほら』

 

『お姉さん、車が揺れてる!』『車が揺れてる、お姉さん!』

 

『やめて、××。怖いわ』

 

『子供が怖がってるわ。スピードを落として、お願い』

 

フリーズが制止したが、スラッシュは法定速度をオーバーしたまま走行を続ける。

しばらくするとフロントガラスに淡雪がポツポツとぶつかり、

やがてワイパーの除去が追いつかない量になる。急な天候の変化にスラッシュが舌打ちをした。

 

『チッ、ウゼえな。ろくに見えやしねえ』

 

『視界不良だ。スピードを落とせ』

 

『心配ねーよ、まだまだ直線道路』

 

『違う!この先は急カーブ──』

 

慌ててスラッシュに警告するが間に合わなかった。車はガードレールを突き破り崖下に転落。

体が何回転もして、やがて床に叩きつけられた。いや、床だと思っていたものは天井だったが。

シートベルトのおかげで命は助かったが、全身が痛む。まずはメンバーの無事を確認しなくては。

 

『〇〇、子供達は?』

 

『お姉さん、痛いよ!』『痛いよ、お姉さん!』

 

『体を打ったみたい!早くここから出ないと!』

 

『くそったれ、マジ痛え!』

 

『文句を言うな、誰のせいだと思っている。ドアを開けるぞ。手伝え』

 

『わあってるよ!』

 

俺とスラッシュはひしゃげたドアを蹴破り、

外から後部座席のドアもこじ開けて乗員を全員外に出した。

誰も死んでいなかったことは奇跡と言っていいだろう。

崖を見上げると、遥か上に破れたガードレール。

ここは木々の生い茂る森の中。厚く降り積もった雪で方向が掴みづらい。

 

『……上に戻る道を探そう』

 

『森を歩くの?』

 

デリートが不安げに聞いてくる。

この時の俺の判断が正しかったのか間違っていたのかは今でもわからない。

ただ、一台も車の通る様子もないここで立ち止まっていれば凍死していたことは確実だった。

 

『行くぞ』

 

俺達は大破した車を置き去りにしてスニーカーやパンプスで悪路を進みだした。

マルチタスクは俺とフリーズで背負い、ひたすら歩く。

だが、極寒の中、雪に脚を取られながらの当てなき旅はすぐに限界が来た。

急速に体温を奪われ、疲労がたまり、身動きが取れなくなる。

 

『お姉さん、寒いよ……』『寒いよ、お姉さん……』

 

『先生、私、もう動けない……』

 

『3人共、もう少しだから、頑張って!』

 

フリーズが子供達を励ますが、俺達自身もこれ以上は保たない。

視界の先には枝に分厚く雪が積もった木々が広がるばかりだ。

辺りを見回すと完全に四方を木に囲まれていた。

降り続く雪で足跡も消え、もう戻ることもできない。

 

──ロダ、ウルガリマ、ルマ……

 

ふと気がつくと、人の声が聞こえてきた。始めは幻聴かと思ったが間違いない。

それは徐々に近づいてくる。

助かる。そう確信した俺は声の主に呼びかけようとした。しかし。

 

『うぐっ!!』

 

期待は次の瞬間、飛んできた鋭い何かに打ち砕かれた。

左頬をかすめて痛みが走り、温かい血が顔を濡らす。

後ろを振り返ると、先端に鋭利な刃物を結びつけた槍が木に刺さっていた。

 

『先生、血が!』

 

『俺は心配ない、逃げろ!』

 

──ギギー!ラブラ、ミミデ!

──ケララブ、テルーア、ラギ!

 

どこの部族だろうか。

遠くから不気味な仮面を被り意味のわからない言葉を話す人間らしきものが駆け寄ってくる。

捕まれば助けてくれるどころか何をされるかわかったものではない。

まともな殺し方をしてくれそうな連中にも見えなかった。

 

『逃げるぞ!』

 

『待てって、もう脚が動かねえよ!話せばわかるかもしれねーだろ。な?』

 

『死にたいのか。俺の顔と現実を見ろ』

 

『ちくしょう、わかったよ!』

 

弱音を吐くスラッシュに発破をかけると俺達は後ろへ走り出す。

車に戻れるとは思っていなかったが、追いつかれるわけにもいかない。

やはり重たい雪が障害となるが、皆が痛む体に鞭打って謎の襲撃者から少しでも距離を取る。

だが、彼らはこの森での生き方を心得ているのか、

足場の悪さを物ともせずにどんどん俺達に迫ってくる。

 

やがて、その姿がはっきりと見えるほどに接近すると一人が槍を突きつけて怒鳴りつけてきた。

何を言っているのかはやはりわからなかったが、停止を命じていることはわかった。

 

『全員、止まるんだ。彼らを刺激するな』

 

『わかったわ……』

 

俺は両手を上げて謎の集団を前にする。降伏の意図が伝わればいいのだが。

襲撃者達は俺達を取り囲み、顔がくっつくほど目を近づけて観察してくる。

嫌な緊張でこの寒さでも冷や汗が流れてくる。

そのうち、部族の中でもとりわけ派手な仮面をつけた者が、しばらく黙り込んだ後、

仲間に何事かを叫んだ。

 

──ログート!

 

すると、一斉に襲撃者達が槍を構え、俺達に投擲しようとした。全員が死を覚悟する。

その時だった。

 

轟音が森を駆け抜け、異常者のうち一人の仮面が割れた。

加えて言えば、そいつの眉間に穴が空いていた。死んでいるのは明らか。

部族達が一斉に音の発生源を見る。彼らの後方約10mに、大柄な男性が立っていた。

この雪山で仕立てのいいスーツを着込んで、

右手に銃、左手に紺色のパスポートのようなものを持っている。

 

仲間を殺され怒りに震える部族達は一斉にスーツの男に躍りかかる。

だが、男はパスポートを胸ポケットにしまうと、

今度は両手で銃を構え、敵に一人ずつ正確に弾丸を頭部にヒットさせる。

連続する銃声に子供達が怯え、耳をふさぎしゃがみ込む。

理由もなく俺達を殺そうとした仮面の部族達の死体が転がった。

 

奴らの全滅を確認した男は、革靴で雪の上を軽々と歩いてくる。

よく見ると、不思議な力でわずかに浮力を得ているようだ。

彼は状況を理解できない俺達の前に立つと、

自分の銃を色々な角度から眺めて具合を確かめながら話しかけてきた。

 

「……無駄のない、洗練された銃だ。そうは思わないかね?」

 

『あんたは?』

 

「この森には食人族が出る。気をつけたほうがいい」

 

『助けてほしい。車が転落事故を起こした。子供がもう保たない』

 

「もちろんだとも。歓迎するぞ。選ばれし者達」

 

 

 

台所から戻ると再びベッドに横になる。あの時は男が言っていることの意味がわからなかった。

しかしそれが大統領と俺達の出会い。

彼に匿われた俺達はその後中立国家ルビアのために力を振るうことになる。

いつの間にか身についた人知を超えた能力。それらの使い方や戦い方を教えたのも彼だった。

 

つまるところ、それは暗殺者として大統領の手駒になることだったが、

少なくとも後悔はしていない。子供達を雪に埋もれさせて自分も死ぬ時を待つよりはマシだった。

隣を見るとやはりマルチタスク達は夢の中だ。

そしてチェストの上にはスペード・フォーミュラ結成のとき、

大統領から譲り受けたキャバルリー。あの時雪山で吠えたアースの銃。

 

地球には戻れない。その現実を認めようが認めまいが俺達は生きなければならない。次で最後だ。

斑目里沙子には死んでもらう。逆に俺が死ぬことになろうとも。

 

明日、大統領に連絡を取ろう。状況は決して好ましくないが、長く彼を待たせている。

そろそろ現状報告を入れたほうがいいだろう。

俺は目を閉じて再び眠りにつこうとするが、結局夜明けまで一睡もできなかった。

 

 

 

 

 

割と本気でガチで朝が辛い。体に染み込んでくるような寒さで何もする気が起きないのよ。

具体的には飯を食うために布団から出るのが億劫で

もう人間は別に何も食わなくていいんじゃないかと思うくらい。

 

夏場は運動会で勝ち取ったコスモエレメントの冷気で凌げるんだけど、

冬の対策をなんにもしてなかったことに今になって気づいた。

気力を振り絞って身支度を整えて、ダイニングで朝食ができるのを待ってる。

あたしにはこれが限界。

 

「うえあああ、さぶい……ジョゼット、ごはんまだ~?」

 

「早く食べたいなら手伝ってくださいよ~。わたくしだって寒いんです」

 

「そうだ。寒いなら動け。体が温まる」

 

「あんたはいいわよね。暑さも寒さも感じないんだから」

 

「感じないんじゃなくて人間より我慢できる温度帯が広いんだ。

ほら、私はコップと食器を出すから、お前は新聞を取ってこい」

 

「よりによって外の郵便受けに?冗談じゃないわ。外、雪が積もってるのよ」

 

「ジョゼット、働かざる者食うべからずだ。

新聞が来るまで里沙子にはスープを出さなくていいぞ」

 

「はーい」

 

「わかったから。行けばいいんでしょ。

行くから戻ったらすぐ熱々のスープが飲めるようにしといてよね」

 

あたしはモコモコの半纏を着てマフラーも巻き、空気が冷え切った聖堂を抜けて、

玄関ドアを開けた。体を刺すような冷気にさらされて泣きそうになる。

すぐそばにある錆びた郵便受けに突っ込まれた新聞を引き抜くと、さっさと屋内に舞い戻った。

 

ダイニングに戻る途中、今日の“玉ねぎくん”を読もうと歩きながら新聞を広げると、

スーツを着た背の高い黒人男性の写真が大きく掲載されていた。

 

「ふ~ん。“マグバリス総裁ロレンス・ラレーシャ氏”か」

 

国際会議も間近に迫ってる。何とかしないと彼がお陀仏。

会議も結構だけど、せめて春まで延期してくれないかしら。

あたしは叶わないと知りながらそう願いつつ小走りで温かいスープの元へと急いだ。


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