大統領執務室
明かりも点けず、テラスに続く窓から差し込む月明かりだけを頼りに
彼はひとりチェスの盤面に向き合っていた。大山の如き大統領、アルベルト・ヴォティス。
小さなテーブルに置かれたチェス盤の前に立ち、顎をひねりながら次の手を思案する。
迷った末、彼は白のポーンを取り除き、黒のナイトを進めた。こんなところだろうか。
自分自身との対戦を続ける彼が今度は白の順番に回ると、ふと手が止まる。
言葉による形容が難しい感覚を覚えた。……なるほど。今は確か現地時間で向こうは昼だ。
「そうか。また、やり直すのか」
駒を選びながら困ったように軽く息をついた彼は少し落胆した様子だが、
追い詰められていると言えるほど切羽詰まってもいないようだ。
「ダイヤモンドソード、フィスト・オブ・クラブ、プラチナムハート。
そして……スペード・フォーミュラ。4つのシンボルは全て失敗。
次は、そうだな……
リドゥ(やり直し)さえいれば、能力者は何度でも手に入る。
出現ポイントも我が国領土に十分な数が確認されている。問題はない」
そして次の駒を手に取ろうとすると、
背後からスッ…と手が伸び白のルークをナイトの前に置いた。
色白の女の手。突然後ろに現れた殺気に身動きが取れない。
背中に刺殺用の凶器が突きつけられている。
「誰だ」
女は答えることなく、大統領の耳元に音叉をかざす。
音叉が震え、圧倒的な威厳に満ちた声を奏で始めた。
『私だ。壮健だったかね。何しろ数年ぶりだ。この声を覚えてくれていると良いのだが』
「サラマンダラス、皇帝……」
『今日は別れを告げるために部下を派遣した。貴国、いや貴君とはいがみ合ってばかりだったが、
国際社会という舞台で何度も誇りを賭けた死闘を繰り広げた宿敵をこのような形で失うとは、
悲しいものだよ』
「何故わかった」
『その質問は、
“何故繰り返し工作員を送り込み、トライトン海域共栄圏の分断を図ったことがわかったのか”
という解釈で良いのかね?答えよう。“
「過信だと?」
『ミドルファンタジアに転移したアース人は皆、何かしらの能力に目覚める。
我が国とてそれを知らぬわけではない。その性質も』
「何が言いたい」
『人間の力には限界があるということだ。貴君が国際会議における発言力を高めようと
サラマンダラス帝国にアース人で組織した工作員を潜入させ、
失敗する度、時間を巻き戻す能力者にやり直しを命じた。……だが、その効果にはムラがあった』
「ムラ?」
『この惑星全体を流れる時を均等に、かつ、抜けもなく巻き戻すことはできていなかった。
この星でちょうど正反対の位置にあたる我が国とルビアでは特にその傾向が顕著。
貴君は知らなかったのだろうが、オービタル島各地に工作員潜入の痕跡が残されていた』
「ふん。実戦投入前のテストが不十分だっというわけか」
『まだ一度目の試みで人選を誤ったのだろう。
最初の工作員が考えなしに暴れ回り斑目里沙子に殲滅された時、
不可解な時間操作が始まる旨について同じ時間能力者の彼女から忠告を受け、
我輩は貴国の思惑を知ったというわけだ』
「やはり、やめておくべきだった。
金と地位にばかり気を取られ冷静さに欠ける者ばかりだったからな」
『攻撃の正体が時間操作であり、
同じことが繰り返されるとわかった以上やることはひとつしかない。
我々は帝国各所にルビアの計画を記録した媒体を配置し、予想通り攻撃は繰り返され、
その度に情報を更新した。
そして4度目、つまり今回収集した証拠で貴国の国際会議に対する妨害工作が明らかになった。
何度も時間旅行をさせられた意味はあったよ。
我輩とて確証もなしに大統領暗殺という荒業に出られるほど肝は据わっておらんのでな』
「私を殺すか」
『返す返すも残念だ。国際会議はこの星に生きる全ての者の行く末を左右する。
それに一国の都合でイカサマを持ち込むことは、決して許される行為ではない』
「これだけは言っておく。お前達がしようとしていることも似たようなものだ。
数の力で少数の声を握りつぶす。
国際会議と言えば聞こえはいいが本質はそういうものでしかない」
『……貴君の最大の失敗はその取り越し苦労だった。
かつてこの国が滅亡の危機に瀕した時、数の暴力がもたらす悲劇について我々は学んだ』
「まあいい。せいぜいなんとか共栄圏とやらを自壊させぬよう振る舞いには気をつけることだ」
『忠告痛み入る。さらばだ』
トスッ……
静かに女の刃が大統領の心臓を貫いた。
大統領は苦悶の声を上げることもなく前のめりに倒れ、チェス盤の駒が辺りに散らばる。
女が右腕から伸びる刃を抜くと、
血を流して床に横たわる彼の死体を見つめてから音叉に話しかけた。
「陛下、終わりました」
『ご苦労。例の能力者は?』
「既に封魔の鎖で拘束してあります」
『では、その者を連れて直ちに帰還せよ。くれぐれも扱いは丁重に』
「はっ」
《しかし……本当にこれでよかったのでしょうか》
音叉での会話に3人目が加わる。中年らしい女性の声。
『シャープリンカー総帥。貴女の協力には感謝してもしきれない。
さすがにオービタル島からブランストーム大陸の端までは転移魔法が届かなかった。
魔国を経由しなければ情報官を送り届けることは叶わなかっただろう』
《大統領亡き今、私達にできることはトライトン海域共栄圏が掲げる八紘一宇を
世界に広げるべく尽力することしかないのでしょうね……》
『その通り。我々にもルビアが今回のような暴挙に出た責任がないわけではない。
共栄圏の理念をより丁寧に世界へ発信していれば、あるいは。
今更悔いたところで詮無きことであるが』
《そうですね。せめて彼に堂々と報告できる結果を導かなくては。
では、国際会議でお会いしましょう。情報官と捕虜の回収はお任せください。
一旦魔国に滞在してもらうことになりますので、帰国は再来週になるかと》
『世話を掛ける。では、情報官。仕事は最後まで抜かりなきよう』
「かしこまりました」
音叉の振動が止まり、そこで会話は終了した。
マリーはポケットに音叉をしまうと、窓を開けてテラスから屋外に脱出し、
捕虜を監禁している山小屋へと駆け出した。
ブランストームの大地はサラマンダラス帝国より冬の寒さが厳しい。
ちらほらと降り始めた粉雪が時々目に入り、思わず目を閉じるが
彼女は足を止めることなく走り続けた。
暖房の効いた車に揺られているうちに、ついウトウトしてしまったようだ。
腕時計で時刻を確かめる。うたた寝をしていたのは10分足らずだが何故だろう。
何年も長い夢を見ていたような、そんな気がする。
「…い、おい!」
「ん?」
奇妙な現象に少し意識がぼやけ、彼の声に気づくのが遅れた。
運転席でハンドルを握る同僚がぶっきらぼうな口調で助手席の俺に訊く。
「ん、じゃねえよ。トマムのホテルまでどれくらいだ?」
俺達はレンタルしたマイクロバスで英会話教室のスキー合宿に行く予定だ。
講師の俺とネイティブの女性講師が引率し、
普段送迎バスの運転手をしている彼が車を走らせていた。
もうひとりの講師は子供達の相手をしながら宿泊先に到着が遅れる旨を連絡している。
「このまま道なり。約2時間だ」
ロードマップを見ながら俺は答えた。
「マジかよ。んなチンタラ走ってたら日が暮れるぜ。もうちょい飛ばすぞ?」
「やめろ。子供達が乗っている。事故が起きたらどうするんだ」
「事故らねえよ、たかだか100km/hで。今の看板笑えただろ。“スーパーこの先160km”だとよ。
北海道の奴らは160kmが“この先”のうちに入るらしいぜ。
こんなとこネズミ捕りもいねえし、さっさと風呂に入りてえ。俺に任せとけって、ほら」
同僚がアクセルを踏み込み更に加速する。
時折タイヤが濡れたアスファルトで滑り車体が風に煽られる。
……その時、強い既視感に襲われ未来予知に似た光景が脳裏をよぎった。
「お姉さん、車が揺れてる!」「車が揺れてる、お姉さん!」
「やめて、先生。怖いわ」
「子供が怖がってるわ。スピードを落として、お願い」
生徒と女性講師が制止したが、運転手は法定速度をオーバーしたまま走行を続ける。
しばらくするとフロントガラスに淡雪がポツポツとぶつかり、
やがてワイパーの除去が追いつかない量になる。急な天候の変化に運転手が舌打ちをした。
「チッ、ウゼえな。ろくに見えやしねえ」
「視界不良だ。スピードを落とせ」
「心配ねーよ、まだまだ直線道路」
彼が何か言おうとした瞬間、奇妙な既視感が確信に変わり、
俺は考える前に運転席のフットスペースに足を突っ込み思い切りブレーキを踏みつけた。
「きゃあ!」
「お姉さん、怖い!」「怖い、お姉さん!」
「みんな、掴まって!」
急ブレーキで車体後部が大きく振れ、タイヤが摩擦でキュルキュルと耳に痛い音を立てて停止。
皆、身体が前に放り出されるような強い力を受ける。
乗車前、全員にシートベルト着用を徹底していなければ怪我人が出ていただろう。
「痛ってえな!何考えてんだ、ふざけんな──」
「前を見ろ」
運転手の文句を遮って、俺はフロントガラスを指差した。ワイパーが雪を取り除き現れた光景は。
「うっ、崖……?」
車はガードレールの数センチ手前で停まっていた。その向こうは高い崖。
直進を続けていれば真っ逆さまだったというわけだ。
「もういい、降りろ。運転を代わる」
「えっ?」
「降りろ!!」
「わ、わかったって。キレんなよ……」
俺達は一旦車から降り、運転を交替。ルームミラーで全員の無事を確認。
今度は俺がハンドルを握り、法定速度で再出発した。
ホテルに到着する頃には夜になっているだろうが、この辺りはカーブが多い。
慎重に運転するべきだろう。
「もう、気をつけてちょうだい!」
「悪かったよぉ、運転は全部こいつに任せることにするわ。俺はホテルまで一眠り、と」
「反省してるの!?」
「お、お前までキレんなって」
「ふふふ、先生が怒られてる」「先生が怒られてる、ふふふ」
後部座席の様子を見る。
さっきまで運転手だった男が女性講師の叱責を受け、双子の生徒が笑っている。
何気ない光景に俺はまた既視感を覚えた。
双子の笑顔がどうしても気になって俺の意識から離れない。
いかんな。運転に集中しなければ同じことの繰り返しだ。
俺はハンドルを握り直し、宿泊先へと向かった。
まだ春というには早いけど、今日は割りかし暖かいんじゃないかしら。
ダイニングでコーヒーを飲みながら新聞の1面に目を通す。今日も“玉ねぎくん”は休載。
なんでも、この国で3年に1度の国際会議があって帝都は今お祭り騒ぎみたい。
代わりに何が書いてあるかというと、参加する先進4カ国の偉い人のプロフィールやら、
会議の議題に関する有識者の見解やら、交通規制情報やら。
言っちゃなんだけど、大阪サミットもまるで興味なかったあたしにとって、
この手の集まりは興味を惹かないイベントランキング3位でしかない。
1位はオリンピック。ついでに1位タイでサッカーワールドカップ。
4位以下も各種スポーツ系イベントが並ぶけど色んな人を敵に回しそうだから
この辺にしとこうかしらね。……あら、ちょっとだけ面白そうな記事があるわ。
“各国首脳が続々と来沙。マグバリス総裁ロレンス・ラレーシャ氏に注目が集まる。
立憲民主主義国家に国家の舵を切って以降初となるマグバリスの国際会議参加が
世界の耳目を集めている。その初代総裁ロレンス・ラレーシャ氏が2日、
我がサラマンダラス帝国に来沙した。
ラレーシャ氏は国賓が宿泊するサラマンダラス・ロイヤルプラザに到着すると、
皇帝陛下と握手を交わし「今回の会議はマグバリスにとって
歴史に残る大きな転換点となるだろう。3年に一度の貴重な機会を活かし、
他国との友好を深めていきたい」と述べた”
ロレンスさんの写真も一緒に掲載されてる。どれどれ。
背の高いスキンヘッドの黒人男性が、背広姿で皇帝陛下と握手してる。
まぁ、いろいろあったけどあの国もまともな国家として歩んでるみたいで何より何より。
ええと、他の代表は?
“また、大統領の急死により急遽出席が決まったルビア代表、グリマー・ラトル副大統領も
ほぼ同時に皇帝陛下と面会。会談の日程と内容の調整に余念がない”
グリマーさん、グリマーさんね。うん、知らない。一般的な欧米人風の顔立ちだけど、そんだけ。
“皇国からはリュウイチ・オハラ総理が到着。海軍力について世界で一二を争う皇国に
軍縮条約抵触の指摘が持ち上がる中、会談でどのように各国へ理解を求めるかが
大きな議題となるだろう”
オハラって誰?確かパルフェムから総理の座を掠め取った奴はミコシバとかいう名前だったはず。
まぁ、皇国は日本と政治システムが似てるって彼女から聞いたから、
大方百日天下に終わったんでしょう。顔は典型的なしょうゆ顔ね。
今の若い人にしょうゆ顔・ソース顔言っても伝わるのかしら。
“皇帝陛下は記者団に対しこう宣言した。今回の国際会議で最も大きなテーマの一つとなるのは
「転移したアース人の身柄と基本的人権の保護に関する条約締結」であると”
面白そうな部分を大体読み終えたあたしは新聞を畳んでポンと置き、
ぬるくなったコーヒーを一気飲み。
……そして、目の前でテーブルに上半身をぐで~っと預けて横になっているセーターの女に問う。
「そりゃ、珍しくあんたがうちに来たもんだから泊まっていいって言ったけどさ、
いつまでここにいるつもりなのよ。……マリー!」
寝転んだまま派手に染めた頭だけをこっちに向けて、マリーは“にへへ”と笑った。
「いーじゃーん。あんまり店に客が来ないから退屈極まってるんだよ~。
リサっちだってまともな来客の予定なんてないんでしょ?」
「ないけど、もう2週間よ?一人くらい諦めて帰った客がいる可能性がある」
「何にもしなくても飯が出てくるこの家が快適過ぎてさ~」
「やだ、たかり?マーブルみたいなことしてたらダメ人間になるわよ」
「マリーさんは普段頑張ってるから、
たまにリサっちみたいなグータラ生活をエンジョイしたって大丈夫」
「失敬ね。あたしだってうんざり生活の主人公として
いつも頭おかしい連中に手を焼いてるっての」
「ふ~ん。じゃあ最近はなんかあった?」
「いや、ないけど……あくまで最近は、よ!?今は落ち着いてるけど
ちょっと前までは“真昼の用心棒”ばりに悪党共をバリバリと撃ち殺…してたっけ?」
「やっぱり」
マリーがぷいと顔を背ける。
「待ちなさいよ、思い出せないだけなんだって。間違いないって。あ、そうだ。
なんか最近すごく暴れたような気がする。身体がしんどい気がする。ちょっと聞いてんの?」
「はいはい。ぐー、すかー、ぴー」
腕を枕にしてマリーが狸寝入りを始めた。ああ、なんか納得いかない。
確かになんかしてたような気はするんだけどやっぱり思い出せない!
“里沙子ー、こっち来てー”
「ああん?何よ!」
“来てー”
「ったく」
ピーネが呼んでる。若干面倒だけど他にやることもないから話だけ聞いてやることにした。
半纏を着てストールの上にマフラーを巻いたモコモコスタイルでワクワクちびっこランドに入る。
“寒いんだから動きたくないの。さっさと用件。ん?何その雑誌”
“見て!ブランストームってところじゃスキーっていう雪遊びが流行ってるんだって。
連れてって!”
“正気の沙汰じゃないわね。ただでさえ寒いのにもっと寒いところに行ってどうすんの。
春まで待ちなさい”
“雪が溶けちゃうじゃない!嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに!里沙子のケチンボ!”
“言ったら言ったでぐずるくせに。所詮あたしらは自分大好きワガママ人間。
幸せに生きたいなら受け入れなさい”
“里沙子と同類なんて絶対にイヤ!”
里沙子とピーネの口喧嘩を聞きながら、マリーは袖に仕込んだ音叉にぼそぼそと話す。
「……斑目里沙子氏について報告。ルビアの攻撃に関する記憶は完全に消滅。
時間逆行の感知もなし。国際会議への影響はないと思われる。報告終わる」
通信の相手が何も答えないまま音叉は振動をやめた。
「何か言いましたか~」
「え?うん。マリーさんもコーヒー飲みたいな~なんて思っちゃったりして」
「ちょっと待っててください。お湯を沸かしますね」
「ありがとー。ジョゼットちゃん」
マリーは身体を起こすと、いつものにやけた笑顔をジョゼットに向けた。
くすん、くすん……
その頃、冥界の死神・ポピンスはべそをかきながら三途の河原を歩いていた。
「また怒られちゃったぁ。所長もパパ上様もひどいです。こんなのってあんまりです……」
カバンのように大きな袖から、手帳を取り出しページをめくる。
「“足りてるけど足りてない”ってどういうことなんですかぁ?
わたし、ちゃんと指定の魂を全部連れてきたはずなのに……」
だが、彼女自身なんらかの違和感を拭えないのも確かだった。
「どうしてこのページだけ空白になってるんでしょう。
死神手帳は順番に死亡予定者さんの名前が埋まっていくはずなのに。
あー、もう!どうでもいいです!どうしていつもポピィばっかり貧乏くじなんですかー!」
その場で駄々をこねるように地団駄を踏む。
時間逆行で世界はほぼ元通りになったものの、割を食った者が一人。
彼女の嘆きが霊魂の漂う河原にこだました。
色とりどりのスキーウェアで賑わうゲレンデを眺めていると、やはり不思議な感覚に見舞われる。
北海道に来るのは初めてなのだが、昔訪れたかのような懐かしさを感じてしまう。
子供用の雪遊びエリアで戯れる生徒達を見ていると、彼女が話しかけてきた。
「滑らないの?子供達なら私が見ておくから」
「もう少し、景色を楽しみたい」
「そう。私も同じ気分なの。隣、いい?」
「ああ。……君は、妙だと思わないか」
自分でも意図のはっきりしない質問だとは思ったが、彼女も同じ気持ちだったらしい。
「あなたも?こんなところで、何年も、いろんなものを、失い続けたような気がする」
「おかしな話だな。デジャヴというには明確過ぎて、なくした思い出を拾い上げているようだ」
「私なんて、昨日夢にまで出てきたわ。悪夢というには優しい、けれどとても寂しい夢」
「どんな?」
「目が覚めたら忘れちゃった。……ふぅ、ずっとこんな感じ。頭の中がモヤモヤしてる」
「そうだな。やはり一滑りして忘れるとしよう。子供達を頼む」
「いってらっしゃい」
俺はストックを掴むと、スキー板を滑らせて斜面に飛び出す。
身体が雪で急加速し、冷たい風が顔を通り抜ける。
心地よい風を浴びていると、俺を悩ませている謎の記憶じみたものが消え去っていき、
いつしかスピードに身を任せる爽快感でいつもどおりの自分を取り戻していた。
ペタペタと雪を盛り上げ小さな城を作っている双子の姉妹は楽しそうに語り合う。
「お姉さん、戻しすぎちゃったね」
「戻しすぎちゃったね、お姉さん」
「戻れないんだね、もう」
「もう、戻れないんだね」
「楽しかったのになあ」
「楽しかったのにねえ」
「それでも」
「きっと」
そして二人は『いつかまた』と言った。
すると、ちょうど子供用コースから戻ってきた銀髪の少女が彼女達の様子が気になり尋ねてみる。
「どうしたの、二人共?」
「ううん、なんでもない」「ううん、なんでもない」
瓜二つの姉妹は屈託のない笑みを浮かべて答えた。
ミドルファンタジア国際会議編 終