面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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3月はわりと頑張ったほうじゃない?

ごきげんよう、こんにちは。

と言っても、あまり皆さんとお会いする機会がないから私のことをご存じないかもしれないわね。

簡単に言うと、私はいつもどこかでフラフラしてる先生に代わって

この病院…というか薬局を切り盛りしてる看護婦。

里沙子ちゃんは会う度に暇そうっていうけど、小さな店でもやることはたくさんあるの。

今も開店2時間前だけどこうして棚卸しの真っ最中。

 

「絆創膏が10箱、綿棒5ケース、包帯5ロール、咳止め4瓶、と」

 

店頭在庫を数えてはクリップボードに書き留める。

たった一人で種類豊富な商品の数全てを記録するのはとっても大変。

3つある陳列棚の2つを片付けたところで、一度立ち上がって伸びをする。

 

「んっ、うーん。……ちょうど終わる頃にはお店を開けられそう」

 

ずっと同じ姿勢を続けて固まった身体をほぐすと、隣の部屋からゴトゴトと音が聞こえてきた。

何か探してるようだけど泥棒じゃない。

裏口もないこの建物に入り口を使わず直接出入りできるのは彼女だけ。

薬品保管室から出てきた先生が呑気な声で尋ねてきた。

 

「おーい、アンプリくーん。超電導流体ウランと臨界圧縮マナの在庫はあるかい?

見つからないんだよー。ウハハ~ウハハホー」

 

袖の余った白衣を着て空き瓶を両手に意味もなく笑う。彼女はいつもそう。

少し呆れてカウンターの上に設置している棚を指差す。

 

「おお、あったあった。思い出したよ、予備はこっちに移したのであった。

頼れる助手がいると助かるよ~。

それにしても久しぶりだねぇ。この前会ったのはいつだったかな」

 

「4ヶ月と18日前。それよりこんなもの足りなくなるほど何に使ってるの?

ちゃんと無毒化してから処分してるんでしょうね」

 

「モチのロンだとも。

最先端の科学はエコの視点抜きには語れないのだー。覚えておきたまへ~」

 

「はいはい。あ、そうだ。帰る前に棚卸しを手伝って。どうせ急ぎの用事じゃないんでしょう」

 

「何を言うのかね、チミぃ。

ドクトルの奇跡を生み出す両手が悲しくも空き瓶で塞がっているのが見えないのかい?」

 

「テーブルに置くという選択肢を選ばない理由は?」

 

「おおっと、残念ながらもう時間だ。その話はまた今度。失敬ばいなら!」

 

両手が塞がっていると言いながら、怪しい物質が入ったケースを2つ胸に抱えて

空間に造り出したワープホールへ逃げるように飛び込んじゃった。全くもう。

 

「結局時間を無駄にしただけだったわ。早く終わらせなきゃ」

 

棚卸しの続きに戻る。先生の邪魔が入ったせいで開店までは……ギリギリね。

別に急がなくても客なんてあんまり来ないだろうって?失礼しちゃう、これでも結構忙しいのよ。

お向かいが銃砲店だから、無茶な試射で指を脱臼したお客さんが泣きながらよく来るの。

さてさて、頭痛薬が7箱。化粧水3瓶。

 

地道に商品を数えては記録、数えては記録、を繰り返していると、鳩時計が鳴った。

開店時間と同時に棚卸しは終わり。なんとか間に合ったわ。

入り口の鍵を開け、ドアに掛けた札をCLOSEからOPENにひっくり返す。

そして私はカウンターに着く。あとは新聞を読みながらお客さんを待つだけ。

 

カチコチとしばらく秒針の音を聞いていると、蝶番が古くなったドアがキィと音を立てて開いた。

グリーンのワンピース姿にガンベルトを巻きつけて物騒な銃をいくつも抱えた女の子。

 

「おはよう、アンプリ。くぁ~眠い」

 

「おはよう里沙子ちゃん。こんな朝早くから珍しいわね。今日は買い物?」

 

「まあそんなとこ。ちょっと覗くわよ」

 

「ご自由に」

 

あくびをしながら入ってきた彼女はうちの常連さんでこの国のちょっとした有名人。

面倒だ、が口癖のものぐさな性格なんだけど、

しょっちゅう自分で騒ぎを起こして後始末に追われてる変な子なの。

まだ眠たそうな目をしながら胃薬を買い物かごに入れる彼女に話しかけてみた。

 

「いつもは昼まで寝ているんでしょう?今日は早起きなのね」

 

「飲み過ぎとアテの食い過ぎで腹が苦しいの。置き薬を切らしてるのに今朝気づいた。

ジョゼットに買いに行かせようと思ったけど護衛のルーベルがうるさいに決まってるから

酔い醒ましに歩いてきたの」

 

「お酒も程々にしないと肝硬変で早死にしちゃうわよ」

 

「アンプリまで説教とかマヂ勘弁。あたしはエールと心中するつもりだからいいのよ別に」

 

「本当、先生といい里沙子ちゃんといい、もう少し自分の生き方を見つめ直すべきね」

 

「やめてってだから。そんで、例の先生とやらは今日もお留守?」

 

「さっきまではいらしてたんだけどね。“急ぎの”用で出かけられたわ」

 

「あたし思ったんだけど、その先生ってあんたの空想上の産物なんじゃないの?」

 

「だったらいいな、って時々思う。……ところで、耳の具合はどう?」

 

「快調快調」

 

うん。彼女ずいぶん前にうちで耳の手術を受けたの。

以前から銃声で耳を痛めがちだった彼女の事を先生に話したら珍しくやる気を出して、

頼んでもいないのに人工強化鼓膜を培養して置くだけ置いていった。

実際に移植手術をしたのは私。

 

「10万G出した甲斐があったわ。おかげで遠慮なしにハンドキャノンぶっ放しても

芯から身を震わせる刺激的な銃声を感じつつ鼓膜は一切傷つかない。

でもこんな便利なもんがあるなら最初から言ってくれればよかったのに。

魔国編で一時中断挟んでまで軟膏塗らずに済んだ」

 

「その時はまだ人工鼓膜の培養技術が確立されてなかったの。医学は日進月歩だから」

 

「ふぅん。てっきりあんたのことだから、出し惜しみして

軟膏代やらヘッドホン代やら稼げるだけ稼ごうとしてるのかと思ったわ」

 

「なら手術自体勧めるわけないでしょう。失礼ね」

 

「普段の行いよ。どれだけあんたにボラれたか」

 

里沙子ちゃんとくだらないおしゃべりをしつつ時間を過ごす。

事あるごとに私をぼったくり扱いしてくるけど、

医療にはお金がかかることを彼女はわかってない。

あと、健康は一度失ったらどれだけお金を払っても戻ってこないことも併せて理解するべき。

 

「まあいいわ。

これで読者にあたしが今まで耳栓なしでバリバリ撃ちまくってた事について言い訳がつくし。

長い間の懸案事項が片付いたことには感謝してる。サイレントボックスにもさよならね」

 

「消音魔法だっけ?いろんなことに応用できそうだから覚えておいて損はないと思うけど」

 

「そう言えば強装弾の魔法もずいぶんの間ご無沙汰ね。

あ、それを言ったら軽装弾なんか一度も使ってない。何のために5000Gで買ったんだか。

その時の思いつきで設定作るからこうなるのよね。

……ねえ、“奴”の脳みそに最新式のCPU増設する手術とかはないの?」

 

「増設?まるで既に1つは取り付けてあるみたいな言い回しね。

とにかくクランケをここまで連れて来る方法がない以上無理ね」

 

「一応ハーメルンにアカウントを作って駄文を放り込む知性はあるから

8bitくらいの代物はあるのかな、と思ってさ。やっぱ世界の壁がネックかー」

 

彼女が愚痴りながら胃薬と生活雑貨数点を入れた買い物かごをカウンターに置いた。

私はひとつひとつ手にとって、レジに金額を打ち込む。

旧式のレジがキーを叩く度にガチャンガチャンと大げさに音を立てるから少しうるさい。

そろそろ買い替え時かしら。

里沙子ちゃんは大きな財布を持って手持ち無沙汰。中身を探りながら独り言を漏らす。

 

「この国ってさー、一応先進国なのに硬貨しか貨幣がないのってどうよ。

しかも最高額がたったの100G。

大きな買い物するのに大きなカバンが必要だから凄く不便。重いし」

 

「帝都のほうでもそれについては問題視してるみたい。

もうすぐ1000Gプラチナ硬貨と10000Gミスリル硬貨の新規鋳造が始まるって聞いたわ」

 

「マヂで!?すごい助かる。こればっかりは死に設定にしてほしくないわね」

 

「100G縛りについては彼も不便に思ってたからきっと実現するはずよ。……はい、合計72G」

 

「ええと、銀貨7枚銅貨2枚。はい、これに詰めて」

 

代金と買い物袋を受け取ると、商品を袋に入れる。

アースではポリ袋っていう合成樹脂で出来た安価な袋をタダで配っているらしいけど、

ミドルファンタジアの技術ではまだまだ開発と大量生産が難しい。

それにたくさん作りすぎたせいでゴミ問題が深刻化しているそうだから

下手に手を出さないほうがいいのかも。

アースから流れてくるもの全てがいい事ずくめの便利なものってわけじゃないからね。

 

「どうぞ。お買い上げありがとう」

 

「うん。そうだ、アンプリ」

 

「なに?まだどこか具合でも悪いの?」

 

「深酒すると翌日身体がチクチク痛いんだけど、なんで?割と結構辛いからなんとかして」

 

「……アルコールで筋肉細胞が壊れてるのよ。禁酒しなさい」

 

「痛み止めとかは?」

 

「ない」

 

「ちぇー。耳の次はアルコール関係の治療法作ってって先生に頼んどいて」

 

「アルコールをどうこうできるのは肝臓だけ。わかったらもっと大切にしてあげてね」

 

「はーい。結局どこ行ってもお説教食らうのよね……酒場で迎え酒と行こうかしら」

 

里沙子ちゃんはブツブツ言いながらお店から出ていった。私はまた店内にひとり。

次のお客さんまでの場繋ぎに新聞を手に取ろうとして、思い直した。

診察室に入り、ブックスタンドから一冊のノートを抜き取る。

 

「あんなでも私の師匠だからね」

 

表紙には大きく『チミへの課題!』。

その下には“ドクトルのどっきり秘密研究”という字をマジックで塗りつぶした跡がある。

開いてみるとパッと見は子供の落書き帳。じっくり見ると心を病んでしまった人の闘病日記。

 

わかってる。ここから何かを読み解いて自分で盗め。なんにも考えてないようで……

いえ、やっぱり研究以外の事は何もかも適当な先生のことだから、

自分にわかることは人もわかって当然だと思ってるんでしょうね。

 

しょうがない。私だって何の目的もなくここにいるわけじゃない。普通の医者になる気はないの。

普通の病気や怪我は普通の医者に任せればいい。

背もたれの大きな回転椅子に座ってノートを読み始めた。

さて、新しい発見があるといいんだけど。

 

『雌雄同体に改良したマウスを虫かごに入れたら何日で満杯になるだろーか。ウヒャヒャ』

『みんな死んでしまったー!餌が足りなくて共食いをしてしまうとは計算外!ヒヒ』

『1日1G、2日で2G、3日で4Gと2乗の繰り返し貯金を行うとあっという間に

お金持ちになれるらしい。研究資金調達にもってこいであるのでレッツチャレンジ!』

『挫折した。半月保たずに財布の中がスッカラカン!これにはドクトル大爆笑!』

『数学の法則を歪曲させて無理矢理達成しようとしたらリーブラに怒られた。ププッ』

 

いつも読む度に頭を抱える。

どうでもいいことばかり考えてる上にノートの中でも笑ってるし、

何より雌雄同体化やら数学のルール改変と言った肝心な事は

走り書きの汚い字で補足程度にしか書いてないから、

歴史的大発明も日の目を見ることなく古ぼけたノートの中に眠ってる。

 

でも辛うじて判読できる部分から新しい発見があるのも事実。

レンズが届かない体内奥深くの診察魔法も

先生が残した“致死量のガンマ線で死なずに肩こりを治す術式”の断片から開発した。

ちなみにこの研究で住宅街3番地にお住まいのおばあさんが

長年悩まされていた腰痛から解放されたらしい。

先生曰く、肩こりじゃないから失敗作なんですって。

 

なおも落書きだらけの元・研究日誌を読み続ける。

いえ訂正。今の私の知識じゃ落書きだとも断定できないのよね。困るわ。

単なるパラパラ漫画にしか見えないページの隅に書かれた変な虫がウィンクする様子にも、

網膜の再生治療に革新をもたらす先生の発見が詰まってるのかもしれない。

 

「おーい、姉ちゃん居るかい?」

「いででで!痛えよー!」

 

店に飛び込んできた声で自習の時間は終わり。聞き慣れた方の声は銃砲店の店長さんね。

お得意さんを迎えにいそいそとカウンターに戻る。

 

「いらっしゃいませ。どうしたの?」

 

「お、俺の指がぁ!助けてくれ!」

 

「ご覧の通りだ。指がイカれてる。50口径片手撃ちなんて無茶しやがるからだ、バカ」

 

「ちょっと診せてね。……なるほど、脱臼してる。心配しないで、よくあることだから」

 

人差し指の関節が外れて変な方向に曲がってるわ。

 

「うう……だったら早く治してくれ」

 

「痛い治療は50G、痛くないのは500G。どっちにする?」

 

「500G!?なんで10倍も違うんだ!」

 

「麻酔とかいろいろね。痛い方なら50Gで済むわ。どっちにしろ一瞬で終わる」

 

「500なんて払えるか!安い方で頼む」

 

「はい、手を出して」

 

そっと彼の手首を取ると、私は両手のひらに魔力をまとわせ

曲がった指を掴み元の箇所へ一気に押し込んだ。

神経や関節を保護しながらの処置だけど、麻酔は施してないから当然痛い。

 

「ぎゃああっ!痛ってええ!」

 

「終わりましたよー。50Gです」

 

「ちくしょう、こんなとこ二度と来るか……」

 

「つーかおめえ、500も払えねえのにうちに何買いに来たんだよ」

 

銀貨5枚を置いて涙目の彼は店長さんと帰っていった。

慣れたものだけどまたぼったくり扱い。暴発して指が飛んだら500どころじゃないのに。

自習に戻ろうかとも考えたけど、なんだかそんな気分じゃなくなっちゃった。

お店の仕事をしましょうか。

棚卸しは終わってるし、先生が物色してた薬品保管室の掃除をしよう。

 

ドアを開けると案の定散らかり放題。

先生はいわゆる片づけられない女で、何か取りに戻ったら毎回こうなのよ。

軽くため息をついて出しっぱなしの薬瓶を分類して、戸棚に収めようとした。

 

……手を止めて考える。この際こっちの棚卸しもしておこうかしら。

足りないものがあれば発注しなきゃいけないし、

また先生にあちこち荒らされたらたまったもんじゃない。

管理する私のことも考えてくれると嬉しいのだけど。

 

改めて戸棚を確認。錠剤、顆粒、液体。用途や成分に応じて並べておいたはずなのに、

どんな探し方をしたのかまるでわざとやっているみたいに位置がデタラメ。

全部引っ張り出して並べ直したほうが早そう。

 

棚の中身を出して、手早くひとつずつ手にとってラベルを見ては元の場所に戻す。

元々それほど数も多くないし、見慣れているものばかりだから大した手間じゃなかった。

抗生物質とキレート剤が不足気味ね。何かあったら足りなくなるから注文しておきましょう。

私が最後の瓶を手にとって棚に戻そうとした時、ふとそれに気がついた。

 

「……懐かしいわね」

 

ラベルにはごちゃごちゃとこんなことが書いてある。

 

『至高の万能薬!←嘘っぱち副作用危険←なにをー!チミを救った霊薬に何という言い草か!

←とにかく人間には使用禁止』

 

琥珀色の飴玉のような球体がほんの数個入った茶色い瓶を見ていると、昔の思い出が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

雨の激しい曇天の日だった。

高熱に浮かされた私は傘もささずに、と言うより傘をさすという自己防衛もできないほど

判断能力が低下していた。

これまで3件病院を回ったけど、全てで診療拒否された。

お金もないしずぶ濡れの有様だから当たり前だけど。握りしめた財布には銅貨が数枚だけ。

 

次でダメだったら諦めよう。だけど次にたどり着くまで身体が保ちそうにない。

呼吸をする度、肺が痛い。咳に血が混じってきた。

視界もぼやけて立ち止まっても足元が揺らめいて見える。

だから、あぜ道の真ん中で両手を広げて立っている彼女も幻だと思った。

彼女も私と同じ、傘をささずに横殴りの雨を受け続けている。

ただ違うのは、望んで雨に濡れているということ。

 

『けほ、あなた……何をして、ごほ!何をしてるの?』

 

『良い質問だよチミぃ!体温低下が魔族の肉体に与える影響を計測しているのだよ。

リーブラとは違って死ぬ寸前でやめるつもりだが、まだまだ時間が掛かりそうなんだ。

アッハハ!』

 

『意味が、わからない』

 

『そういうチミこそ、この雨の中濡れ鼠になっているところを見るに

ドクトルと同分野の研究者ということでいいのかな~?』

 

『違う。風邪で、死にそうなの……どいて!あ、がはっ!』

 

大きな咳。口の中に鉄の味が広がる。

 

『なぁ~んだ、ただの病気なのかー。しょんぼり。

人間のチミと魔族のドクトルで実験結果を交換できたらいいなーと思ってたんだが、こりゃ残念。

ウヒヒ』

 

『……もう、行かなきゃ』

 

『待ちたまえ~い!』

 

『なに?付き合ってる暇は、ないの。私は、まだ、生きて……』

 

体力の尽きた私はとうとうその場に倒れ込んだ。変な女が近寄ってきて私の熱を測り、脈を取る。

 

『おや~?チミはここで限界みたいだね。……ふむふむ、人間の場合はこんなものか~。

良いデータが取れたよ。

豪雨の中、外をうろつく死にかけた人間はサンプル数がほぼ皆無だからね!

お礼にチミを死から遠ざけてあげよう!アヒャヒャ』

 

『な、にを……』

 

彼女が白衣のポケットから茶色い瓶を取り出し、中身の飴玉のようなものを私の口に入れた。

 

『ほら、これを舐めたまえ。もっとも、このまま実験を続行したいのなら話は別だが~?』

 

生きたい一心の私は何も考えずに飴玉を舌で転がした。

味を薄めたベッコウ飴のような風味を感じる。

……すると、息の苦しさや熱が一気に引いていき、自分で立ち上がれる程にまで回復した。

怪しいほどの効果にただ驚くばかりだった。

 

『うん、やっぱり死んでしまっては本来の研究に戻ることができず本末転倒だよねー。ヒヒ』

 

『とりあえず、ありがとう。ねえ、あなたは』

 

『よくぞ聞いてくれた!

ドクトルこそは科学の真理を探求するインテリ系上位魔族、その名はドクトル!』

 

わざわざ質問を遮ってまで大仰に答えてくれた。

そして何度か聞いていたのにぼやけた意識の中で聞き流していたその答えに息を呑んだ。

 

『魔族……そう、人間じゃないのね。

いいの。それは問題じゃない。ねえ、お願いがあるのだけど』

 

それが先生との出会い、そして医学を志すきっかけだった。

私のように恵まれない人、普通の医者に見放された人を助けたい。この人の側ならそれができる。

だから先生に弟子入りして彼女の店で働きながら勉強しているんだけど……

 

ただひとつ言っておきたいのは、これが80年前の話だっていうこと。

普通ならとっくに死んでるかおばあちゃん。

本人が言うには“身体に良さそうなものをとにかく混ぜた”飴玉のせいで年を取らなくなった。

 

いえ、そんな不老長寿の霊薬みたいな良いものじゃないわ。

適当に調合したせいで、あの薬がいつまで効いているか先生にもわからない。

この世界が滅びるまで生き続けるかもしれないし、明日ポックリ逝ってもおかしくないのよね。

私を生かし続けている謎の薬の解毒剤を作るのも目的なの。

 

まぁ、それでも……のんびりした今の生活に不満はないわ。

まだ最高の医者には程遠いけど、さっきみたいに時々誰かの役に立ててる。今はそれで十分。

私は茶色い瓶を戸棚に戻して仕事に戻った。

 

 


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