面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

134 / 143
イタリアだって命をかけて立派に戦ったのよ。

【You are Terminated(当機は破壊された)】

 

そして、彼女の知性を構成する人工知能と

“心”を形作る別の何かが眠りについた。

 

「里沙子、起きろよ!なあ!しっかりしろって!」

 

機械人形から力が失われ、

ただ濃度の低い火山ガスと火山灰の靄が立ち込める大地にその身を横たえる。

 

【Shutting Down the System(システム シャットダウン)】

 

「誰か!誰かいねえのか!……ちくしょう、頼むよ。

里沙子も、シルヴィアも、私のそばからいなくならないでくれ!」

 

間一髪のところで身体を構成する最後の骨組みを灼熱地獄から引き上げられたものの、

致命傷を負っていた“彼女”は、同胞の叫びを遠くに聞きながら

自らも物言わぬ鉄の塊に還っていく。と思われた。

 

【Emergency Sub Battery Start Up (緊急予備電源起動)】

 

「血が止まらねえ!こんなとこで死んでんじゃねえよ、里沙子ォ!」

 

【Rebooting Operating-System(OSを再起動中)】

【Applications of 37% are in Operation(37%のアプリケーションが作動中)】

【Your Mission...DATA IS CRASHED(当機の任務は…データ破損)】

【Emergency Measures:Open Parallel Circuit(緊急処置、並列回路開放)】

【Complete Rebooting(再起動完了)】

 

知性の中を無数の情報が駆け巡り、ノイズだらけの真っ赤な視界が再び開ける。

彼女の瞳に再度紅い光が灯り、周辺のデータをスキャン。

 

「里沙子、歩けるか?馬車のところまで戻るぞ。くそっ、返事をしてくれ!」

 

『地形データ分析。地下流出物に高温度のケイ酸塩鉱物の溶解物。

大気組成、酸素、窒素、水蒸気、二酸化硫黄、微量の硫化水素。ハザードレベル4。

生命反応を探知…1名、人工骨格で構成された無機生命体。1名、人間。意識レベル3。

即時退避を最優先事項とする』

 

懸命に里沙子の手当てをするルーベルに彼女がぎこちない足取りで歩み寄る。

その気配に気づいた彼女が振り返ると、驚愕、疑問、少しの緊張に目を見開いた。

 

「シルヴィア……目が覚めたのか!?」

 

『鎖骨下動脈、下行大動脈に軽度の裂傷。直ちに手術を施さなければ、命はない』

 

シルヴィアは骨組みだけとなった身体で、その姿に相応しい感情のない口調で告げた。

 

「だったら手伝ってくれよ!急がねえと里沙子が死んじまう!」

 

『手伝う、とは?』

 

「だから!里沙子を馬車に乗せて医者に看せねえと!」

 

『不可能だ』

 

「なんでだよ!まだ諦められるかよ!」

 

『時速10マイル前後の馬車で、彼女を生きているうちに最寄りの病院に搬送することは不可能だ』

 

「なっ…そういうことかよ!でも、だったらどうすればいい!?」

 

『私が、運ぶ』

 

「えっ!?」

 

元REV-9、もとい自我を取り戻したシルヴィアがルーベルから里沙子の身を受け取ると、

彼女の傷口を圧迫しながら火山を駆け下りようとした。慌てて呼び止めるルーベル。

 

「ま、待て!お前はどうなんだ!そんな身体で大丈夫なのか!?」

 

金属の骨組みに淡いオレンジ色の光が静かな電流となって流れている。

その動力源となっているのは、オートマトンの命、天界晶。

 

『……I’ll be back.(戻ってくるわ)』

 

振り返りそれだけを言い残すと、

シルヴィアは里沙子を抱えながら赤茶けた火山の斜面を烈風のごとく駆け下りていった。

 

 

 

あれは人形か、はたまた化物か。誰もがその姿に驚き道を空ける。

鋼鉄の骸骨が少女を抱きかかえて目にも留まらぬ速さで街を疾走しているのだから。

 

『心拍数低下。移動速度を上昇させる』

 

ザスランド領から領地をひとつまたぎ、

ハッピーマイルズに戻るころには日が暮れようとしていた。

ビジネス街の真ん中を突っ走り、休みなく長距離を移動してきたシルヴィアは視線を下に向ける。

 

まず血まみれの里沙子。自分に身を預けたままだらりとしており、青ざめた顔をしている。

生き延びるか死ぬかは不明。だが、今の行動を中断するわけには行かない。理由はわからない。

破損を免れたナノマシンの集積回路がそうしろと告げている。

 

次に自分の胸部。液体金属からのエネルギー供給を失ったため、

予備電源、すなわち天界晶と呼ばれる物質を分解しプラズマ化することで動力を得ている。

天界晶は徐々に消耗し、それが放つ光は出発時と比較し明らかに弱い。

 

【Approaching to the Destination(間もなく目的地)】

 

交差点を通り過ぎるとシルヴィアは足を止め、左手の家屋に近づく。

ドアにはCLOSEの札が掛けられていたが、構わず蹴破って内部に侵入。

派手な物音を聞きつけた住人らしき女性が飛び出てきて、

何も言わず銃身の横にマガジンが刺さった特徴的なハンドガンを突きつけた。

だが、シルヴィアはただ必要事項のみを告げる。

 

『鎖骨下動脈、下行大動脈を損傷。出血が酷い。手術を』

 

「……里沙子ちゃんをそこに下ろして」

 

銃口を向けられたまま彼女は黙って言われた通りに里沙子を床に寝かせた。

しかし、同時に自分の脚からも力が抜ける。

胸からロウソクのような小さな光が消え失せ、二度と立ち上がることはなかった。

 

【MISSION COMPLETE(任務完了)】

 

ブルーの髪の女性が里沙子を奥へと連れて行く。

その様子を見届けた彼女の紅い瞳もまた、ゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

いきなり変なロボットが押し入って来たときは何事かと思ったけど、

とりあえず里沙子ちゃんを助けようとしていることはわかった。

彼か彼女かわからないけど、彼女を連れてきたら動かなくなっちゃった。

 

あの存在について調べるのは後。とにかく今は里沙子ちゃんに処置をしなきゃ。

手術着に着替えゴム手袋をはめ、手術台にうつ伏せに寝かせる。

服を脱がせてる暇がない。血に染まったワンピースの背中を一気に破く。

顕になった肌は血だらけで今も出血が続いてる。

 

「ひどい。何があったの」

 

傷口を観察して素早く分析。裂傷が2箇所。

形状はギザギザ状で傷は銃によるものではなく、鋭利な刃物という可能性もない。

なにかの爆発で破片が突き刺さったみたい。鉗子で慎重に傷口を広げる。

 

あった。焦げた小さな鉄片がもう少しで動脈を切断するところだった。

出血させないようピンセットで異物を丁寧に取り除く。

除去した異物をステンレスのトレーに置くと、次は急いで縫合。

糸を通した三日月状の針を持針器の先端で持ち、裂傷部にゆっくり近づける。

 

“アンプリ―!シルヴィアが動かねえ!里沙子はどうしたんだ!?”

 

「静かにして!今手術中!!」

 

外からルーベルちゃんの声が聞こえてきた。さっきのロボットは彼女の知り合いらしいわね。

ああ、それどころじゃない。今度こそ血が滲み出す動脈の表面に針を刺し、

一針一針丁寧に縫っていく。血管の処置が済んだら、続いて背中の表面を縫合。

どうにか無事にひとつ片付けた。

 

「……まずは一箇所。次ね」

 

薬局と変わらない小さな病院じゃ、汗を拭ってくれる助手も居ない。

器具の準備も患者の容態観察も、自分一人でやらなきゃいけないところが辛いところね。

針に新しい糸を通しながら心のなかでぼやいてみる。

だからって失敗する気も、それを環境のせいにする気もさらさらないけど。

 

さあ、2つ目の裂傷を開いて観察。里沙子ちゃん運がいいわ。

あと1ミリずれてたら爆発物の破片らしきものが太い血管を切断してた。

慌てず急いで異物の除去に取り掛かる。

次は先端が曲がったピンセットを両手に持って歪な形をした鉄片2箇所をつまみ、

息を止めて周囲の組織を傷つけないよう引き抜く。これ以上の出血は危険。

 

ピンセットと鉄片をトレーに放り出し、準備しておいた持針器に素早く持ち替え血管を縫合。

彼女の鼓動に合わせて傷口からどうしても止めきれない血が飛び出す。時間がない。

薄い血管の壁に極細の糸を通していく。手術開始から2時間半。血管の出血が止まった。

最後の仕上げ。背中の傷を塞げばとりあえずは安心できる。

 

持針器の先端を操りながら処置したばかりの動脈をしまうように、里沙子ちゃんの背中を閉じた。

……術式終了。脱脂綿に浸した消毒液を傷口に塗りながら改めて彼女の背中を見る。

可哀想に。全力は尽くしたけどきっと痕は残る。

彼女の性格ならどーでもいいわ、って言うんでしょうけど。

リンゲルを点滴し保温シートを掛ける。後は彼女の回復力を信じるしかない。

 

手術着を脱いで簡素な手術室から出る。今度はこっちの問題を片付けなきゃね。

ルーベルちゃんは動かなくなったロボットの手を取りながら物も言わずただ悲しみに沈んでいる。

 

「……シルヴィア、私のせいだ。

友達でいるって約束したのに、勝手に消えたりなんかしなかったら!」

 

「そのシルヴィアさん、でいいのかしら。その人はあなたのお友達?何があったかはいい。

どうして彼女が里沙子ちゃんを連れてくることになったのかしら」

 

「ああ。これでも、オートマトンなんだ……

こいつと火山でケンカになってな、里沙子はそれに巻き込まれた」

 

「オートマトン?びっくり。金属のオートマトンなんて聞いたことない」

 

「どっかのバカがシルヴィアの身体をメチャクチャにしやがった!

人殺しのターミネーターにしやがったんだよ!!」

 

「ターミネーターってなに?」

 

「里沙子の世界で作られた架空の物語らしいんだが……」

 

そしてルーベルちゃんから店に押しかけてきた謎の存在の正体について説明を受けた。

彼女の話を聞くうちに大きなため息が漏れる。そんな代物を作れるのは私が知る限り一人だけ。

 

「……最後にわかり合えたのに、さよならも言えなかった。くそったれ……」

 

「待ってね。今、犯人を連れてくる」

 

「犯人?」

 

暗い顔を上げた彼女に答えずカウンターの古びた手押しベルを3回連続で鳴らした。

“いつも超多忙だから本当に緊急の時にしか使わないでくれたまい”とか宣ってたけど、

彼女の都合なんかどうでもいい。

 

音波ではなく耳に聞こえない不思議な波動が周辺の空間を僅かに揺らすと、

薬品保管室から物音が聞こえてきた。

間もなく保管室のドアが開き、いつもの白衣姿が呑気な声と共に現れる。

 

「呼ばれて飛び出てドクトルだよー。

アレを使ったってことは興味深い症例が舞い込んで来たのかな?

……って、うぉい!何のつもりだね、チミィ!

君が敬愛するドクトルに向かって銃を向けるなんて!

ま、拳銃じゃドクトルは死なないんだけどさ。理由くらいは聞きたいよねー」

 

「んっ!!」

 

あたしは喉を鳴らして威嚇しつつ床に倒れ込むシルヴィアというオートマトンを指差し、

彼女を見るよう促した。

先生が丸メガネを直しながら彼女を見ると、わざとらしい仕草で驚いてみせる。

 

「おおーう!

完全に機能停止したと思われたREV-9のβ版がハッピーマイルズまで戻ってくるなんて!

思ったよりポテンシャルがあったようでなによりなにより。

今後の研究の励みになるよ、アッハッハ!」

 

「てめえか……シルヴィアを改造しやがったのは!」

 

ルーベルちゃんが立ち上がって先生に詰め寄る。

 

「いかにも!チミも、今度一緒にぶるーれい観るかい?

共に今回ロールアウトしたVer0.97の問題点を模索しようではないか!フヒヒ」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「待って」

 

「止めんなよ、こいつの、こいつのせいでシルヴィアが死んだ!

せっかく助かったのに、天界晶を使い切って!!」

 

私は先生に殴りかかる勢いのルーベルちゃんを止めて、笑う先生に大きく一歩近づいた。

 

パァン…!

 

そして彼女の横っ面を張った。丸メガネが飛んでカラカラと床に転がる。

先生はしばし呆然としてたけど、何が起きたか理解したら抗議してきた。

 

「な、なにするのさ!

ひとつひとつが値千金の価値を持つ奇跡の脳細胞が衝撃で壊れたらどうするんだい!

これは笑えないよ?いくら助手のチミでも許される行為ではなーい!」

 

「許されない?あなた、自分が何をしたのかわかってるの!?」

 

「ドクトルが何をしたと言うんだね……」

 

感情を抑え込んでいるつもりだけど、よほど怖い顔をしていたのか先生が怯んでる。

ルーベルちゃんもそばで黙ったまま。

 

「あなたは、命を弄んだの。

コンプレックスを抱えた女の子の心の隙につけ込んで、醜い殺人兵器に改造した」

 

「ひ、人聞きの悪い……サーカスで歌う彼女の姿に論理的パラドックスを見いだしたドクトルは、

共に解消法を思案した結果、彼女の改造に至ったというだけなのだよ。

まぁ……その研究費用の負担と運用データの提供を求めなかったと言えば嘘になるが」

 

「私にわかるよう言いやがれ!!」

 

カウンターを殴るルーベルちゃんにまたビビる先生。

根っこがヘタレなのは長年の付き合いでわかりきってる。

 

「はひゅっ!乱暴はやめたまえ!

つ、つまり、どう見ても嫌そうなのに大衆の前で歌う

彼女の矛盾の出処が気になったドクトルは接触を試みたのだ。

オートマトンらしいパワーを持たない彼女は故郷から独立するために

唯一の特技である歌で収入を得ていたが、やっぱり嫌なもんは嫌だと言っていたー。

だからドクトルは以前から欲しかった“ターミネーター”になってみないかと

話を持ちかけてみた結果、彼女が快諾して今に至るというわけなのだよ」

 

話を聞き終えたルーベルちゃんがハハッと軽く笑って続ける。

 

「怒りもプッツン来たら笑いが出るもんなんだな。

お前を痛めつける方法が137通りは思いつくが今は勘弁してやる。

だが勘違いするな。お前が寝たきりになったらシルヴィアを治す奴がいなくなるからだ。

……わかったらさっさとシルヴィアを元に戻せ!」

 

「う~ん、ターミネーターを作り直すには相当な資金が必要なのである。

あと、時間もかかるしドクトルには手が離せない研究が……その後じゃダメ?」

 

「ねえ。今日里沙子ちゃんがそのターミネーター関連のゴタゴタで死にかけたの。

今も意識が戻らない。

シルヴィアさんが助からなかったら、リーブラさんにこのことをチクろうと思う」

 

「ま、待つがよい!今すぐ治療に取り掛かるからそれだけは待つのだ!」

 

先生の話で聞いただけだけど、彼女はキレるとすごく怖いらしい。

 

「治療費は先生のお小遣いと足りない分は研究機材を質入れして賄う。それでいいわね?」

 

「とほほなのである。……はい」

 

「急げよ!グズグズしてたら手遅れになる!」

 

「はいはいただいまー!」

 

先生が追い立てられるようにシルヴィアさんの診察に取り掛かった。

彼女が動かなくなってからもう3時間以上経ってる。間に合うかしら。

ブツブツ意味のわからないことを言いながら骨格を触診し、聴診器をいろんな箇所に当てる。

 

「大声を出さないで聞いてくれたまへ。

この金属骨格はもう使い物にならないけど、普通の木製の身体を作れば問題ないよー?

ただ1個大きな課題が立ちふさがっている。このピンチにドクトル爆しょ…いや痛恨の極み」

 

「もったいつけんな」

 

ルーベルちゃんが軽く椅子を蹴って先生を脅す。ちょっとだけ可哀想になってきた。

 

「ひっ、パワーがないんだよ!一見この身体からは天界晶が消滅しているように見えるが、

目に見えないコアがまだ揺らめいているぅ!

こいつにパワーを注げばシルヴィア大復活の快挙を成し遂げられるのは周知の事実」

 

「注げよ、パワー」

 

「それが……オートマトンのパワーは知っての通り、別名神の涙。

普通の魔力やマナでは適合しな~い。

一度使い切った天界晶のエネルギーは、他の天界晶から移植するしかないんだよー。

そしてあいにく天界晶はうちに在庫がない。

なんたって、いつどこに出現するかわかったもんじゃないからね」

 

「本当よ、ルーベルちゃん。

ログヒルズの天界晶は村に所有権があるし、ハッピーマイルズに落ちる確率はゼロに近い。

なにより、新しい天界晶を移植するということは、

生まれてくるはずのオートマトンの子を…殺すということ」

 

「それなら心配ねえよ」

 

意外にもルーベルちゃんは既に解決法があると言わんばかりに即答した。

コンコンと自分の胸を叩きながら。

 

「あなたまさか!」

 

「ドクトルとか言ったな。こいつをシルヴィアと半分こすることって、できるか?」

 

「もちろんできるけどさー。

それってチミの寿命が半分になっちゃうってことだよ?わかってる?」

 

「やるのかやらねえのか」

 

「やるともやるとも。今すぐやる。二人共病室にレッツゴーなのだ」

 

「あなた、本当にそれでいいの?」

 

「……今回のことは、私にも責任がある。

もっと一緒にいてやれば、もっと歌を褒めて自信をつけてやれば。そんなことばかり考えちまう。

ある意味これは、シルヴィアへの償いだ」

 

「彼女は喜ばないかもしれない」

 

「だよなぁ。だから、そこんとこは内緒で頼むよ、アンプリ」

 

「……わかった。じゃあ、先生。後はお願い。私は里沙子ちゃんについててあげなきゃ」

 

「アイサー。チミ、彼女の身体を病室に運んでくれたまい」

 

「お前が持てって言いたいが、また妙なことしないとも限らないからな。仕方ねえ」

 

二人がシルヴィアさんと一緒に病室へ行くのを見届けると、私も手術室に戻る。

仕方がなかったとは言え術後の患者を30分も放置してしまった。

人手が足りないと本当に困るのだけど、

この病院の性質的に他の医者を雇うこともできないから困ったものだわ。

 

 

 

 

 

私とシルヴィアは病室に2つあるベッドにそれぞれ横になり、

ドクトルとかいうバカの処置を待っていた。もう少しだけ頑張ってくれ、シルヴィア。

 

「ええっとぉ~非個体光量子凝縮天体物質の転送ケーブルは、と。

そうそう、こっちがオス、こっちがメス。

パワーバランサーで二者のエネルギー総量が同量になるよう設定、と」

 

「急いでくれ」

 

「待ちたまえよ、これでもきちんと神療技師としての仕事をしているのだから

気を散らしてもらっては困る困る」

 

「誰のせいだと思ってんだか……」

 

それからドクトルは私達の胸にコードが付いた丸いシールみたいなもんを貼り付けて、

やたらたくさんスイッチのある妙な機械の操作を始めた。

 

「最終確認!1から3番スイッチオン!16から22番はオフ!31から44、動力伝達異常なし!

……オッケー、シンクロ開始するよ!」

 

「ああ」

 

シールが貼られた部分にピリピリとした感覚が走る。

 

「それと、言い忘れたんだけど」

 

「なんだよ」

 

「エネルギー転送中は物凄く痛いから歯を食いしばって我慢してねー」

 

「えっ!?」

 

コードを引っ張ろうとしたけど間に合わなかった。

身体の内側を縫い針が暴れるような激痛が私を襲い、

生まれてから一度も出したことのないような大声で叫ぶ。

 

「あぐあがああああああ!!」

 

「始まったね~検体Aは現在95%。Bが5%。流れとしては安定してる」

 

「ま、待でまて、なんだこりゃあああ!!」

 

「滑り出し順調だよ。順調すぎてドクトル怖い。A85%、B15%」

 

「ふざげんな!んぎがががああ!」

 

「おお、おお、どんどん両者のコア共鳴率が上昇しつつある~!アハハ、ウヘヘヘ」

 

できることなら起き上がってイカれた科学者をぶん殴りたかったが、

身動きがとれないほどの激痛に為す術がない。

とりあえず、痛みで気絶する瞬間“ABのパーセンテージが50で一致!”という声を聞いたが

なんのことかさっぱりだった。

 

……で、目が覚めたら視界に入ったのは茶色くなった天井。そして隣のベッドには。

 

「シルヴィア?」

 

「ルーベル……」

 

あいつだった。金属の殺人兵器じゃない。村で一番綺麗だった、木の身体を持つ私の友人。

どうやって調達したのか知らないが、とにかく私は友人を取り戻した。

心底ほっとした今ならドクトルを許してやらなくもない。パンチ一発で。

 

「ごめんね」

 

「謝んなよ。悪いのは私だ。……済まなかった。お前に一言も告げずに、居なくなったりして」

 

「ううん。私たち、大人なんだから、進むべき道は自分で決めるものよね。私が子供だったの」

 

「私を、許してくれるのか」

 

「あなたも、私を許してくれる?」

 

「当たり前だ。私達、友達だろう?」

 

私達は手を伸ばして、互いの手を取り合った。

木彫り細工の指がコトコトと触れ合うたび、言い表しようのない気持ちがこみ上げる。

オートマトンは泣くことができないけど、人間がなぜ涙するのかわかった気がする。

 

──あー、二人共盛り上がってるとこ悪いけどね。

 

松葉杖をついて病室に入ってきたのは……

 

「里沙子!助かったのか!」

 

「んああ、大声出さないで。麻酔切れたばっかりで泣くほど痛いの」

 

「そういうこと。シルヴィアさん、悪いけど気分が落ち着いたなら

里沙子ちゃんにベッドを譲ってもらえないかしら」

 

アンプリの姉ちゃんに付き添われる里沙子を見て、私はまた胸をなでおろす。

里沙子が“日常”にこだわる理由もついでにわかったかも。

 

「ええもちろん。さあ里沙子さん、横になって」

 

「お邪魔するわよ。どっこいしょっと、あいてて」

 

うつ伏せに寝る里沙子をどことなくそわそわした様子で見守るシルヴィア。

私も何か言うべきなんだろうが、くそっ、やっぱ肝心なときに言葉が出てこねえ。

シルヴィアは覚悟を決めた様子で里沙子に詫びる。

 

「……里沙子さん。本当に、ごめんなさい。私、あなたを殺すところだった。

こんなに酷い怪我まで負わせて」

 

「ふん、言ったでしょ。あたしはあなたとは年季が違うの。

この世界で生きてたらこんなトラブルはしょっちゅうよ。

これしきの揉め事で泣きごと言ってちゃ、それこそ身が持たない。気にしなさんな」

 

「!?……あなたって、本当に強いんですね。ルーベルがついていくのも、納得です」

 

「やめてよ。強いっていうかスれてるっていうほうが適切。

あなたも年取ったら嫌でも生存能力が高くなるわよ。良くも悪くも」

 

「私も、なれるでしょうか。里沙子さんのように」

 

「なりたかろうがなかろうが、なるものなのよ。残念ながら」

 

「ふふっ、悪りいなシルヴィア。里沙子は礼を言われたり褒められるのが苦手でよ。

こんな言い方しかできねえんだ」

 

「笑ってんじゃないわよ!誰のせいで……ってあ痛たた」

 

おっと、安心してはしゃぎすぎちまった。里沙子はまだ病み上がりなのに。

案の定アンプリに釘を刺された。

 

「はいはい。里沙子ちゃんはまだ傷が塞がってないんだからお喋りはほどほどにね」

 

「わぁーったわよ。それにしても、また入院費がかさみそう。最近出費が重なってるのよね。

あたしが就職活動に奔走する展開だけは絶対に避けないと」

 

「治療費なら心配いらないわ。先生が今回はタダでいいって」

 

「マヂで!?“先生”って実在したのね!なんでか知らないけどとにかく助かるわ!」

 

ま、当然だわな。それはそうと、里沙子には今回の件については黙っとくことにした。

余計な心配かけちまうからな。

私があと何年生きられるかわかんねえって言っても、今更どうにかなるもんでもねえし。

 

「シルヴィアの身体、すっかり元通りだな。

熟練の神療技師が3ヶ月かかるような代物なんだが、よく元通りにできたな」

 

「うん。昔のままの、私。元に戻る事ができて、嬉しい」

 

「先生は優秀だから。

在庫品を徹夜で加工させ…コホン、加工してくださって、どうにかなったわ。

ついでにルーベルちゃんの手もボロボロだったけど治しておいたから」

 

「あ、本当だ。サンキュ!って“先生”に言っといてくれ」

 

言われて見ると有刺鉄線を強引にちぎってザラザラになった手のひらも滑らかになってる。

 

「あのさ、当の先生は今どこよ。礼くらいは言っとかないと」

 

「里沙子ちゃんは気にしなくていいのよ?

先生なら海外の恵まれない人にワクチンを配りに出発したばかりなの。残念ね」

 

「こういう言い方も何だけど、それって患者置いてでも急いでやらなきゃいけないこと?

なんかあたし避けられてるような気がする」

 

「100パー気のせいよ。入院食持ってくるから待ってて」

 

「……ちょい待ち」

 

里沙子がアンプリを呼び止める。なんだなんだ?まさか気づかれたか。

 

「ホルスターの銃。ハモニカガン?看護婦なのに渋いの使ってるのね。

あんたも“大西部無頼列伝”のサバタに憧れたクチ?

あっちはライフルだけどあのメカニズムは最高よね。

最後のシリンダーにタバコを仕込んでてさ、敵を仕留めた後にさり気なく咥えて……」

 

「はいはい、患者様はお・静・か・に」

 

「ああ待って~あんたはリー・ヴァン・クリーフ派?それともユル・ブリンナー派?」

 

「うっせえな、傷が開いてもしらねえぞ!」

 

「怒ることないじゃない……サバタ三部作はどれも名作なのに」

 

よかった。里沙子はいつもの里沙子だ。元々大した怪我じゃなかった私はその後すぐ退院して、

シルヴィアに付き添いを頼み、教会のみんなに状況を知らせに行った。

病院を出ようとすると、アンプリがすれ違う瞬間にボソッとつぶやいた。

 

「彼女には伝えてないから」

 

「……ありがとうな」

 

結局私は誰にも真相については口を閉ざしておくことに決めた。

教会に帰ると何も連絡しないまま一晩過ごしちまったもんだからみんな心配してた。

まさかターミネーターと戦ってたなんて言えないから状況説明に一苦労だったよ。

 

それから、後日。

ハッピーマイルズの広場に集まった私達はシルヴィアの見送りに集まっていた。

みんなには私がシルヴィアの友人だという事以外は伝えてない。

 

「うう~来年もきっと来てくださいね?里沙子さんは特別な用事がないと

絶対ハッピーマイルズの外には連れて行ってくれませんから……」

 

「サーカスは1年周期で帝国中を巡業しています。

また、私の歌を聴きに来てくださいね、ジョゼットさん」

 

「あなたの歌には本当に心を揺さぶられました。

聖歌隊のコーラスとは違った魅力にあふれています」

 

「エレオノーラ様も、またお目にかかれる日を楽しみにしています」

 

「あんたの歌は絶対に流行る。

このピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールが太鼓判を押すわ。

国中に広めていらっしゃい」

「ああ、失礼。ピーネさんはあなたの歌が大好きだと言っておりますの」

 

「ふふっ、ありがとう。二人共、また会いましょうね」

 

「ワタシ、カシオピイア。警備のとき、あなたの歌、聴いてた。とても、素敵」

 

「ありがとうございます。あなたは里沙子さんの妹君だとか。

お世話になりましたとお伝え下さい」

 

「はい……」

 

そんで、入院中で来られない里沙子の代わりも兼ねて最後に私だ。

でも、上手い言葉が見つからないのは昔っからでさ。

 

「あー、何ていうか、生きてりゃまた会える。

お前自身が好きになってくれたお前の歌、楽しみにしてるな」

 

「うん。来年は、ルーベルのために歌を書いて、心を込めて歌うわ」

 

「よせやい、私のためにだなんて照れくさいだろうが。みんなのために、でいいんだよ」

 

「私が書きたいの。聴いてね?」

 

「んー、まぁ、お前がそういうんなら、聴くけどよ」

 

照れながら気のない返事しかできない。やっぱダメだな、私は。

 

“おーいシルヴィア、出発だぞ”

 

機材の運び込みを終えたサーカスの馬車から声が聞こえた。これで、またしばらくお別れだな。

 

「元気でな」

 

「うん。ルーベルも。里沙子さんによろしく。そして。ありがとうって」

 

「おう!確かに伝えとく」

 

「じゃあ、みなさん、さようなら!」

 

馬車に駆け出す可憐な女性を仲間達が手を振って見送る。

私はなんとなくガラじゃないから、その姿に親指を立てて旧友の旅路に幸多からんことを祈った。

 

「またな、シルヴィア」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。