面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

137 / 143
ハーメルンがなくなった時に備えて、今のうちにSS置き場作っときなさいよ?

朽ちたビルの屋上で戦闘を開始した私達とヤミィケーク。

錆で茶色くなった手すりがぐるりと全員を囲む他はなんにもない。

センスのない闘技場と言えるわね。

いつでも魔法を放てるように魔導書のいくつかのページに指を挟む。

エリカも既に抜刀して攻撃準備を完了してる。

 

「ヤミィ・マジックパート2、ふわふわバルーン!」

 

奴が宣言し、取り出したのは風船の束。色とりどりの風船を持って軽くジャンプすると、

着地することなくぐんぐんと高度を上げ、私達に声が届く程度の高さで滞空した。

 

「見てごらん、ぼくは空だって飛べるんだ!大空を飛ぶ鳥にだってなれるのさ!

どんなに遠くにいたって、良い子のみんなを迎えに行くよ!アッハハハ!」

 

「ずるいわよ!降りてきなさい、私だってまだ飛べないのに!」

 

相変わらずケタケタと笑いながら空中でスキップしているピエロの姿に腹が立つ。

 

「落ち着くでござる。

あれは恐らく風魔法の一種。拙者達も遠距離攻撃魔法で応戦するでござるよ。

……というかピーネ殿、背中の翼では飛べないのでござるか?」

 

「うっさいわね!まだ翼に浮力を与える魔力が育ってないの!

私が詠唱してる間、あんた攻撃してなさい」

 

「承知。ならばあやつの嫌う銃をお見舞いしようぞ。

汝に宿りし業に告ぐ。鉄塊、火筒、号砲、鮮血。偽りの凱歌を今一度!血塗れ怨恨針!」

 

エリカが伸ばした両腕に首斬丸を沿わせるように構えて指先を標的に向けて狙うと、

刀から赤黒い人魂が5つほど現れ鞘の先端部分に集まり、鋭い三角錐に姿を変えた。

 

()っ!」

 

号令で人魂達がヤミィケークへまさに銃弾のような速さで飛んでいく。

思わぬ対空攻撃を食らったそいつが慌てて避けるけど、

なんだかピエロを意識したコミカルな動き。どう言えばいいのか、作ったような慌てよう。

余裕しゃくしゃくっぷりがムカつくわね!

 

「あわわわ、やめてよ~!危ないじゃないか。風船が2つも割れちゃった~」

 

「ちっ、素早い……」

 

結局エリカの魔法はヤミィケーク本体には当たらず、風船をいくつか割るに留まった。

 

「エリカ、もうちょっだけ時間稼いで!あいつに届きそうな魔法探してるから!」

 

「いや、一旦敵の攻撃をやり過ごすのじゃ!あやつが何か取り出したでござる!」

 

言われて空を見上げると、ポケットから紙束のような道具を出したヤミィケークが

嬉しそうにそれを見つめてまた笑う。

 

「本当に残念だけど、悪い子へのおしおきタイムが来ちゃったんだ。

ちょっとだけ痛いけど我慢するんだよ?

ドゥルルル…ジャン!どきどきタロット16番“(タワー)”~!」

 

口でドラムロールを表現しながらカードの束から一枚引き抜いたヤツが、

抜いたカードを見せつけてきた。

遠くてよく見えないけど、なんか雷に打たれた建物みたいなものが描かれてる。

 

同時に、急に空気が冷えて、上空に小さな黒い雲の塊が現れた。

そいつがゴロゴロと音を立てると、嫌な予感がした私は、急いで雲から距離を取る。

と言っても、この狭いエリアで逃げるところなんてあんまりないんだけど!

 

それでも逃げたことは無駄じゃなかった、というより、逃げなきゃ黒焦げになってた。

黒雲が一瞬ピカッと光ると、1秒前まで私が居た足場を稲妻がえぐってたから。

攻撃はまだ終わらない。雲は何度も光っては電撃を繰り返し、

私はエリカを連れてジグザグに走り回りなんとか稲妻から身をかわす。

 

「なんなのよー!風魔法に雷魔法?私だってまだ水属性しか使えないのに!ずるーい!」

 

「言ってる場合ではござらん。拙者の位牌は必ず守ってほしいのじゃ。

教会から離れたこの場所で媒体を失えばこの身がどうなってしまうかわからぬ」

 

「私の心配もしなさいよね!」

 

やがて魔法の雲の魔力が尽きたのか、電撃が止んで雲も消え去った。いい加減腹が立ってきた。

今度こそ私の番よ!まずはあいつを引きずり下ろす!魔導書172ページ、食らいなさい!

 

「我は夢見る地獄谷。今は幼き眠る(うお)。決して起こすな小さな吐息。スティンクボム!」

 

詠唱を終えると、4つの大きなシャボン玉が現れゆっくり空に舞い上がっていく。

ヤミィケークは相変わらずわざとらしい仕草で首をかしげて見つめてるけど、

この後面白いことになるのよ。

奴のそばまで上昇したシャボン玉がパチンと割れると、

中に含まれていた気体が瞬く間に周囲に広がって、その効果を発揮した。

 

「ぎゃわっ!ゴホゴホ!く、臭いー!……あっ」

 

激しく咳き込み、ヤミィケークは思わず風船を手放してしまった。

当然落下し、地面に叩きつけられる。

 

「うがあっ!ああ……!うぅ」

 

「もーよ、わらひのじつりょくは(どうよ、私の実力は)!」

 

鼻をつまみながら奴を指差してやった。私にかかればこれくらい朝飯前よ。

どうエリカ。見直した?

 

「なんでござるかこの臭いは!鼻が曲がりそうでござる!」

 

「強烈な臭いを含んだシャボン玉をぶつけて敵の動きを封じるの。

やるでしょ、私。褒めていいのよ?上級編では猛毒ガスを込められるの」

 

「奴を空から叩き落としたことは立派じゃが、味方の被害も考えてほしいでござる。

……何という臭さじゃ」

 

「本っ当あんたは文句が多いわね!もういい、第2ラウンド始まるわよ」

 

「むっ、そのようでござるな」

 

身体を強くコンクリートの床にぶつけたヤミィケークは、咳をしながらよろよろと立ち上がる。

今度は芝居じゃないみたいね。ざまあみなさい。私達は構えを直し、改めて奴に相対する。

 

「ごほごほ!痛いよ~身体のあちこちがズキズキするー。

……どうしてこんなことをするんだい?

痛いことをされると人はとっても悲しい気持ちになるんだ。

君たちにはそれがわからないのかい?」

 

泣き真似をして戯言を語るけど、

ピエロとしての演技の中にほんの少しだけ芝居でない感情が見えた気がする。

だからって情けをかけるつもりはさらさらないけど。

 

「戯けたことを!

お主が傷つけ手に掛けた者達は、より深い悲しみそして絶望の中で死んで行った!

その命を以って彼らに詫びるがよい!」

 

「違うよ」

 

その時、一言だけだったけど、ヤミィケークが“素”の声で応えた。

でも次の瞬間には殺人ピエロの仮面をかぶり直して続ける。

 

「違う違ぁ~う。苦しみや悲しみをばらまき続けたのは、悪い大人たちなんだよ?

ぼくは彼らをやっつけることで子ども達を助けたんだ。これまでも、これからもネ!」

 

「ならば申してみよ!お主の間違った正義で人が死に、誰が救われたのか!

誰一人としておらぬであろう!」

 

ふぅ~む、と頬に指を当てて考えるふりをしてエリカの問いに答える。

そうよ、奴が何をしたかったなんて知らない。

始めから説得が通じるなんて思っちゃいないから、力ずくでこいつの暴走を止める。

だけど動機だけは明らかにしなきゃ。ヤミィケークが殺戮を始めた、その理由。

 

「例えばー、そうだね。以前こんなニュースが帝国中を騒がせたのを覚えているかい?

児童養護施設が裏で子ども達のマナを吸い取ってエーテルにして売りさばいていた。

マナを奪われた子ども達はどうなったと思う?

まだ3歳くらいだったのに身体だけが高校生みたいに大きくなっちゃったんだ!

無理やり歳を取らされてしまったんだよ!

肉体に無茶をさせちゃったんだから、きっと長生きはできない。

それでもみんなは犯人達を悪くないって言ってた。

外の世界と切り離されてそれが正しいと思い込まされていたからね」

 

「だから奴らを殺したっての?悪人だから裁判官でもないあんたが殺していいとでも?

全然答えになってないわ。確かにあの子達は気の毒だけど、

あんたが甘えた正義感を振りかざしたところで子供達の身体が元に戻るわけじゃない」

 

「でも、心は元に戻ったよ?

これでかわいそうな子ども達は残りの人生を自由な心で生きることができる。

ヤミィケークからのささやかなプレゼントさ」

 

「心、とはどういうことでござるか?」

 

「“先生達は絶対正しい不滅の存在”という妄想を植え付けられていた子ども達は、

奴らがヤミィ・マジックであっさり成敗されたという事実を知ることで

正気を取り戻すことができたんだ!ぼくの魔法に不可能はな~い!」

 

思い出した。里沙子がスリの男の子を送り込んで調査させた事件。

大勢の人間が逮捕されたけど、裁判が長引いてまだ死刑判決が下ってない者も多いって聞いた。

 

「そんなの、待ってればいずれ処刑台行きになって死んでたわよ!別にあんたが……」

 

「待てない待てなーい!子ども達の寿命は残りわずかなんだよ?

犯人の悪あがきに付き合ってたら手遅れになっちゃうよー!」

 

ヤミィケークはジタジタと駄々をこねるように足踏みした。

話の間もずっと柄を握っていたエリカは警戒を解かずに語り終えたピエロに聞く。

 

「申し開きはそれだけでござるか?

今度はお主が成敗されるか、大人しく軍に出頭するか選ぶのじゃ」

 

「チッチッチ。ぼくのお助けピエロとしてのステージはまだまだ終わらない。

これからが本番さ!」

 

また笑顔に戻り指を振りながら宣言するヤミィケーク。第3ラウンドが始まりそう。

私も魔導書の次のページを開く。

 

「どうしてもケンカを続けなきゃダメなのかい?

だったらしょうがないなぁ、ぼくのとっておきの宝物を見せてあげるね!」

 

「あらそう!なら私もこれまでの研究の集大成を見せてあげるわ!」

 

相手も“おもちゃ箱”からまた何かを取り出して戦闘態勢に。

次で決着がつけばいいんだけど……!

 

「ヤミィ・マジック第3弾は~いや、第4弾だったかな?とにかく楽しみにしてて!

次は何かな何かな……ジャン!ぱちぱちポップコーン!」

 

奴が後部から前部に向けてレールのような金属部品が走る奇妙な銃を構えると、

大声で笑いながら撃ちまくってきた。弾丸の雨あられが私達を襲う。

規則正しい火薬の破裂音が大気を貫き、小刻みに射撃をやめて反動を逃がす度、

空に長い銃声がこだまする。

 

「ウハハハハ、た~のしいなぁ!

ぱちぱちポップコーンはね、ぼくのおもちゃの中で一番のお気に入りなんだ!」

 

「まずいでござる!遮蔽物がないここであの兵器は!」

 

「わかってる!今避けるのに忙しいから黙ってて!」

 

走ったり転がったり伏せたり、いろんな体勢を取って

必死に変わった銃から放たれる銃弾から身をかわしつつ使える魔法を探す。

後で里沙子に銃の特徴を伝えたら“スコーピオンね。あたしも欲しい”って言ってた。

そんなに銃ばっかり集めてどうすんのよバカ…って今はそんなことどうでもいい!

まず敵の攻撃をなんとかしなきゃ!

 

「ええと、あれよ!あれは何ページだったっけ!」

 

屋上を駆けずり回りながら魔導書をめくると、一旦銃撃が止む。

 

「魔法を唱えるなら今でござる。銃に弾を込め直しておるぞ!」

 

「ちょうどいいわ、見つかった!

命育む流るる水よ、今こそ変化し我らを災厄から遠ざけんことを!ジェルウォール!」

 

早口で詠唱を終えて左手で宙を横に薙ぐと、地面のあちこちに水たまりができて、

やがてゼリーのような質感を持ってニョキニョキと2m程度の高さに育った。

ちょっと面白い現象にエリカも驚いたみたい。

 

「ピーネ殿、これは?」

 

「壁。以上!」

 

だけど詳しく説明してる余裕がない。

ヤミィケークも気になったみたいで、弾を込めながらちらちら見てる。

お待ちなさいな。あと数秒もすれば何なのかわかるわよ。

弾込めが終わったみたいで、ニコニコと満面の笑みで攻撃を再開した。

 

「おもちゃに元気が戻ったよ!ぼくも頑張っちゃうからね~!」

 

奴が陽気に宣言し引き金を引いて射撃。とっさにゼリーの壁に隠れる。

当たれば死ぬポップコーンの群れが飛んでくるけど……今度はあいつが驚く番よ!

 

「ありゃまぁ!?」

 

銃弾はすべてゼリーの壁にめり込んで受け止められた。

ヤミィケークが演技半分本心半分の驚嘆を顔に貼り付けて攻撃の手を止める。

シャボン玉ばっかりじゃ芸がないから得意な水魔法は色々手を出してるのよ。ふぅ、助かった。

 

「やるでござるな!連発銃の弾を止めるとは」

 

「ふふん、もっと褒めなさい。私が本気を出せばすごいってことよ」

 

「うむ!拙者もピーネ殿がくれたこの好機、侍の誇りにかけて決して無駄にはせぬぞ!」

 

エリカも首斬丸を構え、目を閉じて集中しながら次の剣技に備えて詠唱を始める。

 

「集え同胞、叫べ同士、無念の死より幾星霜、我らが誓い彼岸に届け!暗夜震刻閃!」

 

真っ赤な魔力を帯びた刀が物凄く細かい振動を始め、刀身にエネルギーを蓄え始めた。

次第に振動が発する音が共鳴に共鳴を重ねて大きくなる。それが耳に痛いほど増幅された時、

エリカがカッと目を見開いて何度も刀を振り抜いた。

 

「おおおっ!」

 

目にも留まらぬ速さで首斬丸を振るう度、刃から紅い真空波が飛び出す。

敵の銃弾に負けないくらい多くの剣閃がヤミィケークに襲いかかる。

流石に奴も今度ばかりは対応する方法が見つからないみたいで、心の底から驚愕する。

次の瞬間には無数の剣閃が命中し、ピエロの衣装が切り裂かれみるみる血に染まった。

 

「あがああっ、痛い!痛いー!助けて、誰か助けてー!!」

 

苦痛に絶叫するヤミィケーク。今日、始めて奴の心の底からの声を聞いた気がした。

 

「痛いか。これがお主が殺めた者達の味わった苦痛じゃ。存分に噛みしめるが良い。

だが案ずるな。急所は外しておるし加減もしておる。今すぐ医者に行けば助かるじゃろう」

 

痛みでもがくピエロにエリカが淡々と語りかける。

ふぅん、今まであんまり絡んだことなかったけど、あんたって意外とやるのね。

 

「やるじゃん。あんたの属性って闇魔法?」

 

「いや、それが自分でもよく分からんのじゃ。

強さを求めて死霊達と語らいつつ、剣の修行と併せて己を高めていたら自然と身についておった」

 

「あのね……」

 

ちょっと訂正。やっぱ抜けてるところがあるみたい。

ジタバタしているヤミィケークはまだ痛みで泣き叫んでる。

 

「いたいよー!いたいよー!うわああん、ママ、助けてー!」

 

「あんたさえ良きゃ人を呼んで軍の医者に連れてってあげても構わない。

降参ってことになるけど、それでいいかしら」

 

「いやだ!ぼくは絶対に子ども達のワンダーランドを創らなきゃいけないんだ!

こんなところで負けちゃいけないんだ!

悪い人が誰もいない夢の国で、ぼくのマジックでみんなを楽しませて、

みんなでおいしいケーキを食べるんだ!」

 

「まだ悪あがきするつもり?こっちだって暇じゃ……」

 

ふと違和感に気づいて黙ってしまった。

そう言えば私達は血の臭いをたどってここまで来たわけだけど、

ヤミィケークのそれは今まで嗅いだもののどれとも違う。

きっと色んな欲望が混じった悪臭なんだろうと思ってたけど、違った。

たった一種類のシンプルな臭い。

 

「死にたくなければ観念するのじゃ。我らとて殺生は好まぬ」

 

「はぁ…はぁ…ぼくは、ぼくの、夢はあきらめない」

 

「往生際の悪い。こうなれば峰打ちで……」

 

「エリカ!?だめ、奴を止めて!」

 

「なっ!」

 

敵に深手を負わせて安心しきっていた時、

ヤミィケークが最後の力を振り絞っておもちゃ箱に走り寄った。止める間もなかった。

奴は中身を漁ると、両腕いっぱいに布で栓をした瓶を抱えた。瓶には何か液体が入っている。

 

「いくよ…?ヤミィ・マジックパート5、めらめらファイヤー……」

 

すると栓の布に火が灯り、満足げに血だらけの顔で笑ったヤミィケークが全部の瓶を放り投げた。

落下した瓶が激しい音を立てて割れる。

そして中に注がれていた燃料か何かに引火して燃え上がり、あっという間に屋上を火の海にした。

 

「いかぬ!このままでは我々も奴共々火だるまじゃ!」

 

「待ってて!火を消せる水魔法がないか探してみる!」

 

「アハハ、ハハハ!アッハハハ……」

 

激しい炎の中、手負いのピエロが狂ったように笑う。始めから狂っていたんだろうけど。

とにかく私は熱風と焦りに邪魔されながらも

何か消火に役立ちそうな魔法がないか魔導書を手繰る。

 

「これなら行けるかも……!

汝の弱さは弱さにあらず、生まれし理由は数しれず、風に吹かれて童と遊べ!」

 

単なるシャボン玉を飛ばす魔法なんだけど、

詠唱の最後を省略してシャボン液のまま放つことに成功した。

屋上にヌルヌルした水が撒き散らされる。これで消えてくれるといいんだけど!

 

「は、はは。無駄だよ。めらめらファイヤーの燃料はぼくが調合した特別なアイテムなんだ。

この程度の水じゃ消えないよ……」

 

ピエロは身体中から出血しながらも自らのペースを取り戻したようで、

いつもの笑顔で笑いながらご丁寧に説明してくれる。

確かにシャボン液が流れても一向に炎は弱まる気配を見せない。

 

「あんた正気なの!?

私もあんたを逃がす気はないけど、いよいよヤバくなったら階段から逃げる。

でもあんたはどこにも逃げられない。

丸焼きになる、ビルから飛び降りる、降参する。あんたの選択肢はこれだけ。

もう観念しなさいよ!」

 

「そんなことないさ!幸せのピエロ・ヤミィケークに不可能はないんだ!

このピンチからだって絶対に切り抜けてみせる!」

 

「いい加減にせい!他人ばかりでなく、自身の命まで奪うつもりか!?」

 

「ぼくほど命を大切にしてる人はいないさ。今だって必ず助かる確信がある。そう、助かるんだ。

その証拠に、火が消えるまでの間、君たちにダンスを披露するよ!」

 

ヤミィケークが明るく歌を歌いながらタップダンスを始めた。

炎が目の前に迫っているというのに。

 

「完全に正気を失っているでござる……ピーネ殿、もはや奴は助からぬ。

我々もここに居ては危険じゃ。屋内に避難するでござるよ」

 

「待って、ちょっと待って」

 

どうしても彼の最期を見なきゃいけない気がして、逃げる気になれなかった。

なんでそう思ったかはわからない。

 

「我々もここが潮時。賞金稼ぎはもうお終いじゃ」

 

「♪ぼくはピエロ、ピエロ。陽気なピエロのヤミィケーク。

雨の日だって晴れの日だって、良い子のみんなを笑顔にするよ」

 

靴底を鳴らしながらテンポよく身体を揺らして踊り続ける。ずっと笑顔で。

でもどこか違うような。不意な疑問が頭をよぎったその時。

 

「うわっ!」

 

足元に広がるシャボン液で、ヤミィケークが足を滑らせた。思い切り後ろにすっ転ぶ。

勢いで後ろの錆びきって朽ちた手すりに身体を預ける格好になるけど、

それで状況が大きく一変する。

バキッ!……と、手すりが壊れ、寄りかかっていた彼が宙に放り出された。

 

うわああああ!!

 

私もエリカも、突然訪れた殺人ピエロの末路に目を丸くする。

一瞬遅れて重いものが落ちる音が聞こえた。

 

「……お尋ね者に相応しい末路でござるな。ピーネ殿、外に出て大人の人を呼ぶでござる。

軍にあやつの最期を報告せねば」

 

「まだよ!」

 

「しかし、この高さでは……」

 

「私にはわかるの!まだ、少しだけどまだ間に合う!」

 

自分でも何言ってるのかさっぱりだったし、エリカに何か言われたけど全然聞こえてなかった。

とにかく私は階段を駆け下りて彼のところへ急いだ。

このビルに入った裏手のドアを開けると横たわる彼の姿。まだ息がある。

 

「……ヤミィケーク」

 

「は、はは…みんな、たのしいね。みんな、おいしいね」

 

私はうわ言を話す彼に近づく。

 

「もっとたべよう、おいしいケーキを……」

 

「ピーネ殿、一体何を?」

 

どうしても気になって仕方ない。

エリカの問いも耳に入らず、そっと彼のそばに膝をついて、その手を取った。

私に気づいた彼が、最期の力で分厚い唇を歪ませ笑ってみせる。

 

「どうだい…?ヤミィ、ケークの、大脱出ショーは……」

 

「あんたが最期までヤミィケークだったってことは、認めてあげる」

 

「うれしいよ」

 

そう言い遺した彼は、静かに目を閉じた。

……そして、殺人ピエロと呼ばれた彼の結末を見届けた私は、大きく口を開け、

思い切り彼の手に噛み付いた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。