面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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賞金稼ぎと一緒に賞金稼ぎ
西部劇の邦題の付け方って本当適当よね。あれで金もらった連中全員不幸になればいいのに。


「ね、お願い!一回きりでいいの!お願いっ!」

 

「しつっこいわね!あたしは賞金稼ぎじゃないし、もう金儲けする必要なんてないの。

やるならあんたらでやりゃいいでしょ!」

 

「そんなこと言わないでさぁ、お願い!」

 

両手を合わせて必死に拝み込むソフィア。

例によって、あたしとジョゼットは買い物を終えて、

酒場でエールとジュースを飲んで休憩してたのよ。

そこで、また不幸な事に我らがビートオブバラライカの粘着共に絡まれたってわけ。

 

あたしはまたエールを煽るとソフィアに向き合った。

そばには大きなライフルを背負って、ホルスターに二丁拳銃を差したマックスもいる。

子供連中は隅のテーブルでこちらの様子を窺ってる。

 

「俺からも頼む。こいつに挑んだ賞金稼ぎが何人も返り討ちに遭ってる。

お前の力が必要だ」

 

「ふぅ、前から言おうと思ってたけど、あんたら依頼心強すぎなのよ。

例え賞金首だろうと、誰か殺して金稼ごうってんなら、それこそ死ぬ気で突撃なさい」

 

「俺とソフィアだけならそうしてる。

恥を忍んで頼んでるのは……後ろの仲間がいるからだ。

あの歳でまだ死なせるわけにはいかない」

 

「……その事情はわかる。あの歳でこんな稼業に首突っ込んでるんだから、

普通じゃない人生送ってきたことくらい想像はつく。

そこら辺は深入りしないけど、やっぱり断るわ。

死なせたくない人がいるなら、

一獲千金なんて考えないで雑魚狙いで地道に稼ぎなさいな」

 

そしてまた一口。口に広がるマスカットの香り。

ああ、どうして麦芽とホップだけでこの芳しい香りが生まれるのかしら。

ソフィアが隣の席に座り込んで続ける。

 

「賞金が少ないからって、瞬殺して手軽に小遣い稼ぎってわけにはいかないの。

たった1000Gのキングオブマイスだって、

まともにやりあえばマックスの拳一つで倒せるけど、

とにかく逃げ足が早くて隠れるのが上手い。みんな見つけ出すのに手を焼いてるから、

何年もポスターが剥がれないの。奴らを追い続けてる間も私達は食べなきゃいけないし、

寝床もいる。武器弾薬の補給も必要。

獲物を倒すまで収入ゼロで私達は暮らさなきゃいけないの」

 

ぐいっとジョッキに残った泡を飲み干すと、あたしは口を拭いて続けた。

 

「だ~か~ら~前にも言ったかどうか忘れたけど、

稼がなきゃ食えないのはどいつもこいつも一緒なの。

……そうだ!この際、賞金稼ぎなんか廃業して転職なさいな。

地道にクワで畑耕して生きるのが一番健全よ」

 

あたしはご免だけど。と心の中で付け加える。

すると、ソフィアが顔をそむけて苦い顔をした。

 

「あなたは……なんにもわかってない。

賞金稼ぎになる奴が、みんな好き好んで危険な仕事してるわけじゃないって。

学もない、土地もない、戦うことしか知らない流れ者を、

受け入れてくれるところなんて、ありゃしないのよ」

 

「里沙子さん……」

 

ジョゼットが小さくあたしの袖を摘んでくるけど、無視して2杯目を頼む。

すぐにマスターが2杯目のジョッキを置いて、空のほうを下げた。

 

「同じこと何度も言わせないで。事情があるのはみんな同じなの。

大体自分らで手に負えない奴狙ってどうすんの。なんでそんなに大金が必要なのよ」

 

「……もう、何度も賞金首討伐に失敗して生活費が底を突きかけてる。

俺達は木の根を食んででもどうにでも生きていけるが、マオはそうも行かない。

今週奴を倒せなければ、仕事道具の銃を売るしかなくなる。

そうなれば、結局死んだも同然だ」

 

「ふん、今度は子供使って泣き落とし?ちなみにどんなやつ狙ってんのよ」

 

無口な大男が珍しくよく喋るので、状況だけでも聞いてやることにした。

マックスが1枚の手配書を差し出す。

それを見て……あたしは開いた口が塞がらなかった。

 

 

・広域立体制圧兵器 CR銀玉物語 48000G

 

 

手配書に描かれていたのは、工場の壁面に据え付けられた巨大なパチンコだった。

あたしの知ってるパチンコと違って、

本来ドル箱を置く辺りの下部が玉の排出口になってるわね。

 

「ねえ、ふざけてんの?デカいパチンコじゃない」

 

「こいつのこと知ってるの!?これ、一体何なの?弱点とかはないの?」

 

ソフィアが肩を掴んで必死な表情で問いかけてくる。あたしは彼女を押し返して、

 

「顔が近い!

……知ってるも何も、これは地球のギャンブルマシンよ。兵器なんかじゃない。

そもそも、なんでデカいパチンコが作られて、しかも指名手配されてんのよ」

 

「……あんたなら、最近銃器メーカーのパーシヴァル社が、

ガトリングガンっていう新兵器を開発したことは知っているだろう。

そいつが陸軍を中心に爆発的な売上を記録し、

ライバルのナバロ社から業界トップの座を奪おうとしている。

焦ったナバロ社が、アースから流れ着いた、

そのパチンコとやらを参考にして巨大な防衛システムを作ったんだが、

制御装置が不具合を起こして、兵器開発工場に侵入する者全てに、

高速の鉄球で攻撃するようになったんだ。

そこで工場を操業停止に追い込まれたナバロが手配書を出したというわけだ。

こいつは、“工場を守る”という命令を実行し続けるだけだから逃げられる心配もない。

だから、俺とソフィアで攻撃を引き付ければ、なんとか倒せそうだと考えたんだ」

 

あたしは平静を装っちゃいたけど、マックスの話を聞いているうちに心が揺れていた。

横目でジョゼットを見る。何かを訴えるような目であたしを見つめてる。

わかってるわよ。儲けたら儲けっぱなしってのも性に合わないしね。

 

「はぁ、玉を連発するから機関銃の試作品かなにかと間違えたってわけね」

 

「俺にはパチンコと言うものがどういうものかわからんが、

あんたが言うなら恐らくそうなのだろう」

 

今度はスコッチの香りを一口含んでから答えた。

 

「条件がある。

子供2人は後衛にする。全員あたしの指示に従うこと。ヤバくなったら即撤退」

 

「わぁ……ありがとう!本当にありがとう!」

 

「……恩に着る」

 

ソフィアの顔がパッと明るくなり、マックスもやっぱり無愛想に礼を述べた。

 

「まだ勝ってもないのに喜んでんじゃないの。じゃあ、作戦会議。全員席移動!」

 

「里沙子さん……見直しました!」

 

「だからまだ勝ってないって言ってるでしょう!ほらジョゼット、あんたも来る!」

 

あたしはジュースとエール代13Gを置いて、大きな丸テーブルに移動した。

隅の席で待っていたアーヴィンとマオちゃんもやってきた。

全員が席に着いたところで、あたしはこの賞金首について、知ってることを説明した。

 

「いい?まずコイツの盤面を見て。たくさん釘が刺さってて、

風車やチューリップみたいな駆動部がたくさんあるでしょう」

 

「とってもキレイ!」

 

はしゃぐマオちゃんをソフィアがたしなめる。

 

「こーら。大事な話なんだから最後まで聞く」

 

「続けるわよ。他にも閉じたり開いたりする羽根みたいなのや、

小さなポケットみたいなものがあるけど、こういう仕掛けを役物って言うの。

ナバロ社が流れ着いた台を、攻撃能力以外忠実に再現したなら、

賞金首も同じ動作をする可能性が高い」

 

「つまり、どういうこと?」

 

アーヴィンが真剣な表情で聞いてくる。

 

「予めコイツの行動パターンがわかってるから、ある程度有利に立ち回れるってこと。

あたしの予想だと、この巨大パチンコは、前方に向かってだけじゃなく、

盤面の上を滑らせるように斜めにも玉を撃ち出してるんじゃないかと思うんだけど」

 

「そのとおりよ!

大きな鉄球で攻撃してくるけど、意味不明な無駄撃ちも多いって情報が入ってる!」

 

「本来はその無駄撃ちで勝負するものなのよ、ソフィア。

で、一番気をつけて欲しいのはここ。真ん中のスタートチャッカー。

釘や風車なんかに導かれてここに玉が入ると、中央のスロットが回る。

滅多にないけど、このスロットの数字が3つ揃ったら全員即座に退避。

しばらくの間、大量の鉄球が飛んでくる。大当たりってやつよ」

 

「全然当たりじゃないです~」

 

あたしがデカいパチンコの似顔絵に指を滑らせると、ジョゼットが不安げに眺める。

 

「下手すりゃこっちの急所に大当たりなのよ。

あと、下の方に何個かあるポケットにも気をつけて。

ここにも玉が入ると幾つかオマケの玉が出る仕組みになってる」

 

「……つまり、真ん中やポケットに入らないようにすればいいんだな」

 

「そういうことだけど、何か玉の軌道を変える方法でもあるの?」

 

「俺のハデス2207なら重い鉄球でも弾き飛ばせる」

 

マックスが背負ったライフルをトントンと指で叩く。

なるほど、対物ライフル並の威力はありそう。でも、もっと欲を言うなら。

 

「ねえ、ソフィア。こいつの右下に接近するのってやっぱり無理そう?」

 

「どうしても必要なら、あたしが囮になるけど、何かあるの?」

 

「右打ちって言ってね、右下のハンドルを限界まで回せば、

強制的に思い切り飛ばされた玉が外周に沿ってどこにも入らず、

一番下の穴に落ちていくの。大当たりや当たり玉排出を防げるってわけ。

ハンドル部分には敵の玉も届かないからある意味安全でもあるわ」

 

「そっかぁ。誰か一人でもハンドルにたどり着けば、

敵の攻撃の手を緩めることができるってわけね」

 

「その通り。でも危ない賭けよ。

右打ちを続けても、何かのはずみで役物に飛び込む可能性がゼロじゃないから。

……まあ、あたしがコイツについて知ってることはこんなところね。

次は、あんた達が何を出来るか知りたい。

互いの戦力を知らなきゃ作戦も何もないでしょ」

 

「そうね。あたしは銃の早撃ち……なんだけど、

里沙子の前で言うのはちょっと恥ずかしいかな」

 

「ソフィアは僕とペアで行動することが多いんだ」

 

「どういうこと?」

 

アーヴィンが以前見た大きな注射器を取り出してみせた。

奇妙な銃型をしてて、液体ボトルとグリップが付いている。

 

「僕はこの注射器に圧搾空気を送り込んで、

ボトルから中に注入された薬品を噴射して戦うんだ。

例えば、着火剤を遠くの敵に吹き付けて、ソフィアが銃弾を撃ち込むと、

一気に敵が火だるまになるのさ。

他にも瞬間凍結剤や発電ガス、それと治療薬もあるから回復もできるよ」

 

「なるほど。ソフィアはアーヴィンを守りながらペアで攻撃してちょうだい。

多分、このデカブツを物理攻撃だけで沈黙させるのは無理だと思うわ。

発電ガスで電子回路にダメージを与えたり、

凍結剤で役物を凍らせたり、といったサポートをお願い」

 

「わかったわ!」「任せて!」

 

さて、残るは二人ね。マオちゃんがやっぱり不機嫌そうにあたしを見てるけど、

可愛いとしか思えない。彼女が両腕を上げて自己主張してくる。

 

「わたしだって戦えるノ!」

 

「わかってる。マオちゃんは何をしてくれるの?」

 

「火、土、風、水、雷っ!」

 

「えっと、具体的には……?」

 

「ああ、ごめんね里沙子、私から説明する。

この子は光と闇以外全ての属性の攻撃魔法が使えるの。

生まれつき体内のマナと魔力への練成能力が高くて、

いつもはあたしやマックスが守りながら、後ろから遠距離攻撃してもらってる」

 

「よくわかったわ。マオちゃんはすごいのね。

……ソフィア、彼女は一番後ろで主に稲妻で攻撃を」

 

「わかった」

 

「えっへん!」

 

得意げなのになぜか眉がつり上がったまま。ああ、抱っこしたいわね。

最後のマックスは、あたしが聞くまでもなく自分で説明した。

 

「さっきも言ったが、俺の武器は高火力ライフル・ハデス2207と、

打撃戦にも使える頑丈な二丁拳銃、ツインストライカーだ。

まあ、こいつに関しちゃ今回出番はなさそうだが」

 

「役物に行きそうな玉は任せたわよ」

 

「おう」

 

全員の能力を把握した所で、細かいところを詰める。

 

「じゃあ、決行はいつにする?あたしはいつでも構わない」

 

「明日!明日よ!」

 

ソフィアが立ち上がって、切羽詰まった様子で宣言した。

 

「まごまごしてたら他の賞金稼ぎに先を越されるわ!

実際もうイグニールの酒場にたくさんのライバルが集まってるの!」

 

「なら明日で決まりね。酒場前広場に集合。時刻は朝8時。

誤差を計算に入れて早めに来てちょうだい。

あたしはイグニール行き馬車の手配をしとくから」

 

「あっ……その、イグニール行きの旅費なんだけど」

 

彼女がバツの悪い様子で切り出す。あたしはただ表情を変えることなく続ける。

 

「旅費は賞金で返してくれればいいわ。ついでに言うと、賞金の分前もいらない」

 

「えっ!?」

 

ソフィアを始め、マックス達まで驚いてあたしを見る。散々協力を渋っていたのに、

実質無償で賞金首との戦いに手を貸すと言っているのだから、当然と言えば当然だけど。

あたしの動機を察したのか、ジョゼットが微笑んでそっとあたしの肩に指を乗せる。

……よしなさいよ。

 

「……何故だ?」

 

「勘違いしないで。

あたしがあんたらに同情してるわけじゃないってことはわかるでしょ。

ただ、ちょっとコイツには因縁があってね。腐れ縁を断ち切りたいの。

事情は聞かないで」

 

「なんで?上手く行けば一人9600Gなんだよ?

そりゃ、あなたがお金持ちなのは知ってるけどさ、タダで命賭けることないじゃん!」

 

マックスもソフィアもあたしの不可解な行動に疑問を示す。

 

「聞かないでって言ったでしょ。あたしにも色々あるのよ」

 

「教えテー!」

 

「ごめんね。マオちゃんが大きくなったら教えてあげる。

……とにかくそういうことだから。それが不満ならあたしは下りる」

 

「……わかった。もう何も聞かない。

じゃあ、明日は絶対ビートオブバラライカの勝利で祝杯を上げるわよ!」

 

おー!とあたしとマックス以外のメンバーが声を上げる。

同時にその場はお開きとなった。あたしはジョゼットを連れて家に帰路につく。

酒場のドアに手をかけると、ソフィアから一言だけ声をかけられた。

 

「里沙子」

 

「何よ」

 

「ありがとう……」

 

「ふん、遅れんじゃないわよ」

 

酒場から出ると、今度こそ真っ直ぐ教会に向かって歩き出した。

街道を西に進んでいると、ジョゼットが嬉しそうに鼻歌を歌いながら、腕を組んできた。

なにそれ。すぐ振りほどいたんだけど、またニコニコしながら腕を組む。

ええい、鬱陶しい!ポカとゲンコツで小突くとやっと離れた。

 

「痛いです~」

 

「馬鹿やってんじゃないわよ、さっさと帰らなきゃ晩飯の支度に間に合わないでしょ」

 

まー作んのはこいつだけどね!エール飲んで腹が減ってるのよ!

夕食のメニューはネギのグリルとローストビーフ盛り合わせ、白パン、牛乳だった。

食事を終えると、その日は翌日の激戦に備えてさっさと寝た。

 

翌朝。早めに来たつもりだけど、市場では気の早い連中がもう商売を始めてる。

まぁ、あたしらも、これから命がけの商売をするところなんだけど。

お守り代わりに、と思ったけど、やっぱり金時計は置いてきた。

敵の攻撃でぐしゃり、なんてことになったらショックで植物状態になるわ。

 

馬車を広場中央に待たせて待っていると、

西の方から“おーい”という声が聞こえてきた。

ソフィアが手を振りながら近づいてくる。他のメンバーも後ろからついてきてる。

 

「ごめん、お待たせ。待った?」

 

「別に。あたしが早めに来ただけよ。それより早く出発しましょう。

今日中にケリを付けたいから。

ただでさえキツい戦いになるんだから、勝負は明日に持ち越し、なんて真っ平よ」

 

「そうね……急ぎましょう!」

 

あたし達は馬車に乗り込むと、イグニールに向けて出発した。

ほんの一ヶ月ほど前に訪れたばかりの鍛冶の街。こんな形でまた訪れるなんてね。

 

「イグニールまでは2時間以上あるわ。今のうちに休んどきなさい」

 

「やーの!里沙子お話ししよ!」

 

「だめよマオ。今から疲れてちゃまともに戦えないわ」

 

「マオちゃん、勝負がついたら帰りの馬車でお喋りしましょう。だから、今はね?」

 

「むー!」

 

ソフィアがむくれるマオちゃんをなだめて、あたし達は到着まで仮眠を取った。

大体2時間くらいで御者さんが声をかけてきたから、全員目を覚ましたの。

 

「お客さ~ん。イグニール領に着きましたよ。これからどちらへ?」

 

「ナバロ兵器工場へお願い」

 

「えっ、じゃあ、お客さん達もアレを狙ってきたのかい?」

 

「ええ、そうよ。どうしてもアイツを破壊する必要があるの」

 

「悪いことは言わねえ、やめときな。お嬢さん方の手に負える相手じゃねえ」

 

「心配ありがとう。でも、今は殺るか死ぬかの瀬戸際なの。行ってちょうだい」

 

「まぁ、無理はすんなよ……」

 

それから馬車はイグニールの北にある大きな工場の立ち並ぶエリアに進んだ。

有刺鉄線の設置されたフェンスに囲まれた工場がある。

通常は厳重に警備されているはずの正門が開きっぱなしになってた。

作ってるモノがモノだけに、普段なら考えられないけど、

賞金首に占拠されてるんじゃしょうがないわね。そこで馬車を止めてもらった。

 

「御者さん、ここで待ってて。……みんな、降りるわよ」

 

「いよいよね……」

 

「ああ」

 

「こんな大物、初めてだ。上手く行くといいけど」

 

「絶対わたしたちが勝つノ!」

 

あたし達がぞろぞろと馬車から降りると、同じギルドと思われる集団とすれ違った。

仲間の一人を他のメンバーが手当している。

 

「あぐっ!……痛てえよう」

 

「しっかりしろ、すぐ病院に連れてってやる!」

 

「早く鎧を脱がさなきゃ!」

 

「駄目だ、留め金が壊れてて外れない!」

 

地面で横になっている戦士が着ているプレートアーマーは、

全身が強烈なゴルフショットを浴びたように、ベコベコにへこんでいる。

う~ん、生身のあたしらが食らったらへこむ程度じゃ済まなそう。

後ろでアーヴィンが瀕死の賞金稼ぎに目を取られて、知らぬ間に歩調を緩める。

 

「アーヴィン、あたし達はああならない。勝つしかないの」

 

「う、うん。そうだよね!」

 

敵の爪痕を目の当たりにして、少し弱気になりかけたアーヴィンに発破をかけて、

無人の正門を通り抜ける。そして、あたし達はとうとうナバロ兵器工場内部に潜入した。

皆、それぞれの武器を手に黙って工場を進む。

 

銃の組み立てラインらしき、ベルトコンベアと工作機械が並ぶエリアを進んでいると、

隅に火事場泥棒か賞金稼ぎかしらないけど、軽装の男が体中から血を流して死んでいた。

後ろを見る。マオちゃんは気付いてないみたいね。

賞金稼ぎとしてはいずれ通る道なんだろうけど、まだ死体を見るのは早すぎる。

もう少し心が育ってからでないと無意味に傷つくだけよ。

 

あたし達は更に進み、“兵器開発部門 関係者以外立入禁止”と書かれた、

両開きのドアにたどり着く。そこであたし達は一旦足を止める。

中から妙な歌声が聞こえる。

 

<まーもるも せーむるも くーろがねのー♪>

 

「……なんだ、この歌は」

 

「軍艦行進曲。あたしの国の大昔の軍歌よ。

かつてパチンコ屋で必ずと言っていいほど流れてたBGM。

獲物は間違いなく向こう側にいる」

 

マックスの問いに答えると、皆に緊張が走る。あたしも思わず唾を飲む。

この扉を開けると、かつてロザリーと倒した悪魔を上回る強敵が待ち構えているのだ。

全員が覚悟を決めると、両手でドアを開け放つ。

 

その広大なエリアに、色とりどりの電飾が施された、

見上げるほど巨大なパチンコ台・CR銀玉物語が設置されていた。

盤面の野暮ったいイラストといい、役物といい、攻撃用の下部排出口以外は、

ちょっと昔のパチンコを忠実に再現してるわね。

本来あるはずのガラスが破られてるのは、

他の賞金稼ぎから攻撃を受けた結果なんでしょうね。

そこら中に鉄板のバリケードや積み上げた土嚢がある。

多分、こいつにやられた賞金稼ぎ達が残していったんだと思う。

ありがたく使わせてもらいましょう。

 

「全員散開!」

 

あたしの声を合図に、両サイドのバリケードに別れ、

呑気に歌い続ける賞金首に攻撃を開始した。

あたし、マックス、マオちゃんが左。ソフィアとアーヴィンが右に陣取る。

まず仕掛けたのはアーヴィン。注射器のボトルを付け替え、

グリップを何度も握って空気を圧縮する。

そして着火剤を中央のスロットめがけて吹き付ける。

半透明の白い薬剤が霧のように降りかかる。そこをすかさずソフィアが拳銃で撃つ。

すると、焼けた銃弾が着火剤に引火し、スロット周辺で火災を起こす。

 

効いた?全員が様子を見守る中、

ソフィアの拳銃が歯車の力でマガジンから次弾を給弾する。

激しい炎が止むと、盤面だけが黒く焦げたパチンコ台の健在な姿。

ああもう、見た目は不細工でもやっぱり兵器か!耐久力が半端じゃない。

でも、文句を言ってる間も惜しい。今度はあたし達の番。

あたしはM100でスタートチャッカーへ続く釘を狙い撃ちして、

変形させて玉の道を塞ごうとした。

 

「全員、耳塞いで!」

 

トリガーを引くと銃口から炎と爆音が吹き出る。

一直線に進む45-70ガバメント弾が入り口付近の釘に命中。

……でも、まったく微動だにしない。

 

<お客様~ 台を叩くなどの行為、磁石の使用は 固くお断り致し~ます>

 

パチンコ台の間延びした声。要するに全然効いてないってことね!

それでも次の瞬間、敵対行為であることは認識したのか、

台の中からジャラジャラと音が聞こえてきた。

 

「全員隠れて!」

 

あたしが叫んで、皆がバリケードに隠れたと同時に、

玉の排出口から銃弾のようなスピードでゴルフボール大の鉄球がいくつも飛んできた。

厚さ2cmはある鉄板のバリケードが、ガンガンと音を立て、

内側に向かってへこみを作る。あまり長くは持ちそうにないわね!

 

反対側からもソフィア達の悲鳴が聞こえてくる。

よく見ると、後方のコンクリート製の壁にいくつも銀玉が深くめり込んでいる。

こりゃ、1発食らったおしまいね。物理攻撃で破壊するのは無理っぽい。

あたしは後ろのマオちゃんに話しかける。

 

「マオちゃん、雷であいつに攻撃できる?」

 

「できる!」

 

マオちゃんは1冊のノートを取り出すと、

何かがびっしり書き込まれたページをめくって、左手でパン!と叩いた。

すると、パチンコ台の上に小さな雲が出来上がり、

破裂音のような雷鳴と共に一条の稲妻を降らせた。

全身が硬い鋼鉄製の賞金首に鋭い電流が走る。

 

<ガ、ガ……いら、いらし、いらっしゃいま……>

 

よっしゃ、効いてる。奴の弱点は電撃だってことはわかった。

けど、あんまり嬉しくない情報も入って参りました。

 

<ゴト行為を確認しました。係員が来るまでそのままでお待ち下さい>

 

するとパチンコ台両脇のシャッターが開き、警備ロボが2体こちらに向かってきた。

頭に警報ランプを付けて、両足がキャタピラになってる。両手には物騒なチェーンソー。

あたしらの方へ走行してくる。

 

「マオちゃんとアーヴィンは雷で攻撃を続けて!

ロボットはあたしとマックスでなんとかする!」

 

“わかったよ!”

 

アーヴィンの返事を確認すると、あたしはマックスと警備ロボの迎撃を開始した。

でも、やっぱり状況はやっぱり不利。とうとうパチンコ台が盤面に玉を撃ち始めた。

ジャラジャラと釘や風車を通り抜け、下の外れ穴に落ちていく。グズグズしてられない。

スタートチャッカーに入って大当たりが出たら、

多分バリケードが吹き飛ぶほどの銀玉の嵐が襲い掛かってくる。

 

「マックス、大急ぎであのロボット始末するわよ!」

 

「おう!」

 

マックスが大型のボルトアクションライフルに砲弾のような弾丸を装填、

バリケードに銃身を乗せて固定し、

キャタピラを鳴らしながら接近する警備ロボに照準を合わせる。

 

「耳を、塞げ」

 

そして、トリガーを引く。隣から震えるような空気の振動が伝わる。

消炎器からバーナーのような炎が噴き出し、銃弾が警備ロボの一体に襲いかかった。

真っ赤に焼けた銃弾がその胴体に命中。

貫通して向こうの景色が見えるほどの穴を開けた。

制御システムからの司令が断ち切られたロボットはその場で立ち止まり、

動かなくなった。あら、やるじゃないの。あたしもボサッとしてられないわね。

今でも盤面に大量の銀玉が流れてる。

 

あたしはまたM100を構えて警備ロボのキャタピラを狙う。

いくら大型でも、拳銃のM100に対物ライフルほどの威力はないから、

地道に足を奪うことにする。

片割れをやられたことで、完全にこちらに狙いをつけて突進してくる。

好都合ね。直進してくるなら狙いやすい。

 

あたしは銃口を片足に向けて、少し息を吸ってトリガーを引く。

真っ直ぐな軌道を描いて、45-70弾がキャタピラに命中、ベルトを破壊。

警備ロボの片足を奪った。バランスを崩したそいつは、

パニックを起こして姿勢を制御しようとするけど、

全速力で走っていたところに片足を引っ掛けられたようなもので、

左右に大きく身体を揺らしながら、とうとう派手にすっ転んだ。

構造的に自力で立ち上がれないコイツはもう無視していい。

増援を無力化したあたしは、マオちゃんとアーヴィンに確認する。

 

「2人とも大丈夫!?電撃お願い!」

 

“わかったよ!”

 

「みんなバンバンうるさいノ!」

 

「あー、ごめんごめん、また雷お願いできる?」

 

「だいじょうぶ!」

 

アーヴィンは注射器のボトルを付け替えて、グリップを握って圧搾空気を送り込む。

そして注射器を銀玉が流れ続ける盤面に向けて噴射。

発電ガスの雲がパチンコ台上部に降りかかる。

 

「行くわよ!」

 

すかさずソフィアが雲を撃って刺激を与える。

すると、台を包んでいた雲が一瞬閃光を放ち、

巨大な稲妻の塊となって間抜けた外見の賞金首に凄まじい電気ショックを与える。

これは効いたんじゃない?台のあちこちから黒い煙が上がってる。

でも、まだ停止に追い込むことはできていない。もうひと踏ん張りね!

 

と、気を緩めた瞬間、マオちゃん以外の皆が戦慄した。

スロットがピロピロピロ……と回転する。

しまった、警備ロボに気を取られて盤面のほうがお留守だったわ!

つまり、スタートチャッカーに玉が入った。全員がスロットを見守る。

 

7・4・……7

 

ああ、心臓に悪いわ。これ以上スロットを回させる訳にはいかない。

あたしは意を決してバリケードから足を踏み出し、奴に接近しようとした。でも、

 

<立入禁止区域。侵入者を排除します>

 

排出口から、また巨大なショットガンのように無数の銀玉を発射してきた。

こんな時だけ真面目に仕事してんじゃないわよ!慌ててバリケードの内側に飛び込む。

また鉄製の盾がガンガンと音を立てて歪んでいく。もう、あんまり保ちそうにないわ。

無闇に失敗・撤退を繰り返すこともできなくなった。

 

“無茶しないで里沙子!”

 

「もう時間がないの!スロットが揃ったらあたしら全員終わりなのよ!」

 

「あいつは、わたしがやっつけるノ!」

 

ソフィアの呼びかけに返事をしていると、マオちゃんが、またノートを叩いた。

再び小さな雷雲がパチンコ台の上に現れ、雷を落とした。

また金属製のパチンコ台に電流が走る。あいつから漏れ出す黒煙も激しくなってるから、

内部的には相当ダメージを受けてるはず。一気に畳み掛けたいわね。

二人の電撃は確かに有効だけど、この巨体を焼き殺すには時間がかかる。

きっと、大勢の賞金稼ぎが何度もスロットを回してるから、

大当たりの確率は高まってると考えたほうがいい。

 

その時、ドカン!と爆発音がして、盤面の一部が弾け飛んだ。

内部の基盤がショートしたのかしら。

とにかくパチンコ台の体内が目視できるようになった。それを見て、ハッとなる。

ひょっとしたら行けるかも。

投げて届く距離じゃないから使わなかったけど、ハンドルまで行ければ……

 

その時、またもあたし達に緊張が走る。スタートチャッカーに2発目。スロットが回転。

パチンコ台が間抜けな掛け声を上げながら数字をシャッフルする。

思わず皆の手が止まる。

 

<4・4・リーチだリーチだ!ピロピロピロ……>

 

勘弁してよ、正直もう帰りたい。思わせぶりな演出の結果は……

 

<……2!ざんねん!>

 

気づかないうちに息を止めていたあたしは深呼吸する。もう時間がない。

マックスが銀玉を迎撃したり、アーヴィンが役物を凍らせようとしてるけど、

ボルトアクションじゃ次々打ち出される玉に追いつかないし、

凍った役物も重い鉄球に無理やり通過されてしまう。

これ以上スロットを回させるわけにはいかないわね……

あたしは背中のものを1本手に取り、じっと見る。

そんなあたしに気づいたマックスが声をかけてくる。

 

「おい、里沙子。それは」

 

「やるか死ぬかしか無いんなら……やるしかないでしょう!」

 

「待て!無理だ!」

 

マックスの制止を無視して、あたしは再びフロアに飛び出した。

もうバリケードに戻るつもりはない。姿勢を低くしてひたすらダッシュ。

当然賞金首もあたしの存在を探知。攻撃を再開。

無数の鉄球がグォン、グォンと唸りを上げてあたしの至近距離を飛び去っていく。

ぶっちゃけ死ぬほど怖いけど、死ななきゃ問題はないわ!ハンドルまであと10m!

 

あたしは鉄球の雨あられの中、ただ右足と左足を交互に動かす。あと3m!

ハンドルに近づくってことは排出口にも近づくってこと。

ここまで当たらなかったのは奇跡ね。もう一歩で手が届く!

 

その時、真っ暗闇の排出口から飛び出した一発が、あたしの背中をかすめた。

かすめた、ただそれだけなんだけど、鉄球の重量と運動エネルギーが、

やせっぽちのあたしに与えるダメージは大きいわけで。

 

「里沙子!」

 

ソフィアの悲鳴。

床に叩きつけられたあたしは、何も考えずに這ってハンドルの元へ行く。

大丈夫、もう排出口の射程外。ただ進めばいいのよ。

そして、ようやくゴールにたどり着いたあたしは、何も考えずに、

背伸びして大きなハンドルを限界まで回した。

盤面を滑る玉が、全て外周に沿って一番下のハズレ穴に向かっていく。

ふぅ、これで大当たりは回避できたわ。

ほっとしたら、思い出したように体中に激痛が走る。ハンドルのレバーに寄りかかる。

 

「ぐふっ!!……あぐっ」

 

「里沙子!?しっかりして!」

 

「いいから、隠れてなさい……今から、本番だから……」

 

あたしはハンドルにしがみつきながら、手に持ったダイナマイトにライターで火を着け、

崩れた盤面に放り投げた。穴から内部に入った爆弾は、数秒置いて大爆発。

盤面の役物が吹き飛び、縦に大きな亀裂が入り、

とうとう盤面そのものがゆっくりと前に倒れた。硬い床で砕け散る釘の森。

ついにCR銀玉物語がその基盤を露わにした。

見上げると、中央に制御装置らしき、何本もの銅線が張り巡らされた回路が見える。

息をするのも痛いけど、あたしは思い切りマックスに呼びかける。

 

「マックス、あれを撃って!そいつが、パチンコの、心臓…部……」

 

「わかった!すぐ助けに行く!」

 

あたしは、ぼやける意識の中、大型ライフルを構えるマックスと、

そのマズルフラッシュを見た所で気を失った。

 

……目覚めると見えるのは真っ白な天井。あれからどれくらい経ったのかしら。

1日?1週間?それとも、1ヶ月?身体を起こそうとしたけど、まだ背中が痛む。

諦めてまたベッドに横になると、ドアが開いてソフィアが入ってきた。

 

「あ、里沙子!気がついたのね!……みんな!里沙子が目を覚ましたわ!」

 

すると、ドタドタと足音がして、ビートオブバラライカのメンバーが集まった。

集まるのはいいけど、もう少し静かにしてくれないかしら。背中に響く。

 

「よかった……無事で」

 

ソフィアはあたしの手を取って頬に当てる。でも、あたしには状況がわからない。

 

「う~ん、ここ、どこ?」

 

「病院。でも命に関わる怪我じゃなくてよかった。

肋骨に少しヒビが入ってるだけだって」

 

「そう。どれくらい寝てた?あたし」

 

「丸2日。ちっとも起きてくれないから、もう駄目なんじゃないかって……」

 

ソフィアの目に涙が浮かぶ。

 

「わたしの言った通りじゃない。里沙子はしなないノ!」

 

「心配したんだよ?僕の回復剤も効果がなくて」

 

「とにかく……無事でよかった」

 

マオちゃん、アーヴィン、そしてマックスもそれぞれの形で労ってくれるけど、

今はどうでもいいのよそんなことは!

 

「そんなことよりあんた達!賞金はちゃんともらってきたんでしょうね?

放ったらかしにしてたら意地汚い連中に横取りされるわよ!」

 

ソフィアは苦笑いして、赤でバツ印が書かれた手配書を見せた。

 

「大丈夫。ちゃんとマックスが撃ち抜いた制御装置を駐在所に届けて、

48000Gバッチリ頂いたわ!……里沙子、ごめんなさいね。

私達のわがままでこんな怪我させちゃって」

 

「別にあんた達のためじゃないわ。

ここにはあたし自身の因縁にケリを付けに来た。ただそれだけよ」

 

「それってやっぱり……うん、聞かない約束よね。とにかくありがとう。

これで私達の暮らしも救われたわ」

 

「そりゃあ、よかったわね。その代わり、これでもうギルドへのお誘いはなしにしてね」

 

「うん、わかってる。そのことなんだけど……」

 

「何?」

 

「里沙子が眠っている間に話し合ったんだけどね。ギルドを解散しようかと思ってるの。

私とマックスはともかく、

マオやアーヴィンは今ならまっとうな人生を送るチャンスがある。

この賞金で家を借りて、二人を学校に通わせて、私とマックスは安定した仕事を探す。

細々とした生活になるだろうけど、みんなで楽しく暮らして行ければ、

それでいいかなって」

 

「いいんじゃない?毎日怪物や人殺しとドンパチやる生活よりずっと人間らしいわ。

なにより楽だしね、精神的に。ただ……」

 

「ただ?」

 

「ちょっともったいない気はするけどね。あんた達の戦いを見てたけど、

実力がなかったわけじゃない。っていうか、結構やるもんだから驚いたわ。

ただツキが周ってなかった。それだけだと思うわけよ」

 

病室にいる皆が、じっとあたしの独り言を聞いている。

 

「里沙子……ありがとう、誇りを持って生きていけるわ」

 

「やめてよ!“普通”の生き方はある意味賞金稼ぎより辛いことも多いのよ。

今から泣いててどうすんの」

 

「えへへ……そうだよね。くすっ」

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。入院代だって馬鹿になんないのよ」

 

あたしは背中の痛みをこらえてベッドから起き上がる。

それを見ると、ソフィアが慌てて止めようとする。

 

「駄目だって!まだ完全に癒えてないんだから!お医者さんもあと1週間は……」

 

「いーの、いーの。大したことないなら後は自宅療養よ。

ホテルのキングより高い入院代払うなんて、バカバカしくてしょうがない。

さぁ、着替えるからみんな出て」

 

「え、でも……」

 

「はいはい出る出る」

 

強引にビートオブバラライカのメンバーを追い出したあたしは、

ロッカーから自分の服を探して病院服から着替えた。

ふと、鏡で背中を見ると、背中に大きな痣。まぁ、ほっときゃ治るでしょ。

とにかくいつものワンピースに着替えたあたしは、部屋から出た。

 

「はい、お待たせ。じゃあ、帰りましょうか。あたしらの、退屈な田舎町へ」

 

「本当に、大丈夫なのか」

 

「大丈夫よ。こんな殺風景な部屋で缶詰になってる方が身体に悪いわ。

じゃあ、支払いの方はよろしく、ソフィア」

 

あたしはソフィアにウィンクした。

 

「う、うん。無理はしないでね?」

 

「わかってるわよ」

 

で、ソフィアが退院手続きをしてる間に、マックスが馬車を呼びに行ったから、

大して待たずに家路に着くことができた。

こうして、ふざけた賞金首をぶっ壊したあたし達は、

イグニールを後にして、ハッピーマイルズへと帰っていった。

 

寝ながら到着を待とうと思ったけど、

馬車の振動が傷に響いて、地味に痛いから全然眠れなかった。

それで暇な二時間を耐え抜いて、やっとハッピーマイルズ教会に帰り着いた。

馬車から降りて、視界に広がる見慣れた景色にほっとする。

 

「ふぅ、やっぱり我が家は落ち着くわ」

 

そして振り返り、ビートオブバラライカのメンバーに小さく手を振る。

 

「それじゃ、あたしはこれで。結構楽しかったわ。あんた達との賞金稼ぎ」

 

「本当に、今までありがとうね……」

 

ソフィアが涙交じりの声で別れを告げる。

 

「やめてよ、今生の別れじゃあるまいし。

どうせ酒場には来るんでしょう?話し相手くらいはするわよ。暇なら」

 

「本当に、世話になった……ありがとう」

 

「あんたはもう少し笑ってジョークのセンスを身につけた方が良いわ。

次元大介のパチもんくらいにはなれるから」

 

不器用なテンガロンハットにも少しの間さようなら。

 

「里沙子、また会おうね!」

「里沙子はわたしのお姉ちゃんなノ!」

 

「アーヴィンもマオちゃんも勉強頑張るのよ。学歴社会はまだまだ終わらないから」

 

未来ある子供たちにちょっとしたアドバイス。

 

「これで、本当にさよならね。

さっさと立地の良い賃貸物件見つけられること祈ってるわ」

 

「本当に、ありがとう、さようなら!」

 

ソフィアの別れと共に馬車が走り出した。

しばらく見送ると、あたしも帰るべきところへ歩きだした。ボロっちい教会。

そのドアの鍵を開け、扉を開いて中に入る。すると、急いで階段を降りる音。そして。

 

「里沙子さん……」

 

目を潤ませてそこに立つシスター。

入院するなんて伝えてるわけないから、心配かけたわね。あたしは、彼女にただ一言。

 

「とりあえず、筋は通してきたわ」

 

「りっ、里沙子さぁん!」

 

ジョゼットが駆け寄って、あたしに抱きつく。となると。

 

「痛い痛い痛い!!」

 

なんでこうも締まらないのかしらねぇ。

 

 




*どうにか1話です。皆さんインフルエンザにはお気をつけて。

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