面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

16 / 143
キリストだったわ、ごめんごめん。ああ言ってるつもりでこう言ってることってあるわよね。

教会を取り囲む声がどんどん大きくなる。このままじゃ街まで行けないわ。

里沙子一生の大ピンチ。いっそ空に一発ぶっ放して追い払おうかしら。

いや、群集心理を甘く見ないほうがいいわね。

かえって興奮して混乱が大きくなる可能性のほうが高い。

あたしがあれこれ考えてると、イエスさんが不安げに尋ねてきた。

 

「里沙子、彼らは何故我々を包囲しているのでしょうか」

 

「あなたが目的に決まってるじゃない!昨日の死者復活がやっぱり堪えたみたい。

みんな救いを求めて押し寄せてるのよ。

たまったもんじゃないわ、ここは病院じゃないっつーのに!」

 

「こんなにたくさん人が入ったら、聖堂が壊れちゃいます~」

 

今でさえドアを叩きまくるアホ共のせいでボロい扉が壊れそう。

ねぇ、なんとかこいつら追っ払えないかしら……って頼もうとした矢先におい!

イエスさんがドアを開けると、さっさと人間の群れの真ん中に歩いていった。

 

ちょっと、一体何考えてんの!圧死しても知らないわよ、死なないんだろうけど!

でもイエスさん、あたしを無視して演説始めちゃった。

今まで人生で見たことのない人の密度に一瞬プチゲロが出る。当然頭も痛い。

 

「ちょ、イエスさん、戻って!」

 

 

“おお、天使様だ!”

“御使いだー!”

“もっとお顔を見せてください!”

 

 

「静まりなさい」

 

その優しくも厳かな声に群衆共が一気に大人しくなる。

女たちは恍惚とした表情で彼を見つめ、

男たちも尊敬のまなざしでイエスさんに期待を寄せる。彼はこう続けたわ。

 

「私はアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。

私は、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる」

 

ヨハネ黙示録21章6節ね。

少しだけ開けたドアから覗き込んで成り行きを見守ってると、イエスさんが続けた。

 

「この中に病苦に苛まれるもの、悪霊に取りつかれているもの、身体の不自由なものは、

前に出なさい」

 

その言葉を切欠に、次々と病人共がイエスさんを取り巻いて助けを求めた。

 

 

“長年病気に苦しめられています、お助けください……”

“この子は暴走魔女の呪いにかかり、口がきけないのです。救済を!”

“皮膚病の業からお救いください……我らに光を!”

 

 

結構深刻な病気が多いわね。やっぱハッピーマイルズはハッピーなんかじゃないわ。

さて、イエスさんはどう出るのかしら。

だんだんあたしもジョゼットも興味が湧いてきて、いつの間にか外に出てた。

彼が病人の一人に話しかける。

 

「病気に苦しめられているのは、あなたなのか?」

 

「うう、ごほっ!もう38年になります……

咳が止まらず足腰が痛くて動くこともままなりません。

きょ、今日も!親戚の者にここまで運んでもらいました。がはっ!」

 

担架の上で苦しそうに横たわってるおじいさんにイエスさんが問う。

 

「治りたいのか」

 

「み、御使いよ、どの医者もわたしを診てはくれません。

ごほ、ごほ!治らなければ、評判にならないからです。ぜぇ、ぜぇ!」

 

イエスさんは優しく囁くように病人に促す。

 

「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」

 

とうとう来たわ。奇跡累計4発目。

 

「あ、ああ……痛みが消えていく。もう咳が出ることもない……

ありがとうございます、ありがとうございます……!

マリア様と御使いに、幸多からんことを」

 

すると、おじいさんは何度もお辞儀をして、乗せられてきた担架を担いで、

自分の足でスタスタと歩いて帰っていったわ。その光景に群衆がまたもどよめく。

続いて、2人目。いや3人目かしら。今度は親子連れだった。母親と少年。

子供は悲しげにイエスさんを見つめ、母親が彼に話しかけた。

 

「どうかお救いください天使様!この子は暴走魔女の呪いによって悪霊が取り付き、

喋ることができなくなってしまったのです」

 

「いつごろから、こんなになったのか」

 

「幼いときからです。悪霊は言葉を奪っただけでは飽き足らず、

たびたびこの子を火や水の中に放り込み、殺そうとしました。

もしできれば、わたしどもを憐れんでお助けください」

 

「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」

 

「信じます。不信仰なわたしを、お助けください!」

 

イエスさんはただうなずき、魔女の汚れた霊を叱った。

 

「私がおまえに命じる。この子から出て行け。二度と、はいって来るな」

 

すると、子供に取り付いていた霊が物凄い悲鳴を上げて出ていった。

同時に子供が痙攣を起こしてぶっ倒れちゃったから、また大騒ぎになりかけたんだけど、

イエスさんが子供の手を取って起こすと、その子が立ち上がったの。

ええ、健康そのものだったわ。

母親は何度も頭を下げて、子供にも笑顔が戻ってイエスさんに手を振った。

 

それを目の当たりにした群衆が歓声と言うか雄叫びを上げる。ああ、うるさい!

でも、誰かがイエスさんを求めてよたよたと歩み寄ると、

みんな静まり返って道を開けた。多分男だと思う。

顔を手ぬぐいで隠して、身体がすっぽり隠れるように何枚を重ね着してるから

年の頃は分からない。でもうるさい連中を黙らせたのはGJだわ。

 

 

“おい、あいつだぜ……近寄るな”

“下がれ下がれ、業病が感染るぞ”

“押さないで!触っちゃったらどうすんのよ”

 

 

なーんか気に入らない空気ね。ともかく幸か不幸か、

彼がなんとなく嫌われてるおかげで、スムーズにイエスさんのところまでたどり着けた。

それで、覆面の彼がイエスさんの前に跪いて祈ったの。

その時初めて顔を覆っていた手ぬぐいを取った。

……なるほど、ハンセン病ね。彼はねじれた口びるでなんとか言葉を紡ぐ。

 

「あなたのお心一つで、私はきよくしていただけます」

 

イエスさんは深く憐れんだ表情で、手を伸ばして、彼に触れて言ったわ。

 

「私の心だ。きよくなれ」

 

そう言うと、不適切な処置で歪んだ顔が瞬く間に整った形になり、膿が取れ、

彼の体内から、らい菌が取り除かれ、病苦に冒された彼は完全に治った。

するとイエスさんは丁寧に、彼を何重にも覆っていた布を取り去っていった。

 

救われた彼は、初めは怯えていたようだったけど、手を握って耐えて、

やがて最後の1枚が剥がされると、服から覗く肌はすっかり綺麗になって、

固まった膿がさらさらと砂になって消えていったの。

彼はなめらかになった自分の両腕を見ると、感激して泣き出した。

 

「おお、わたしの業病が……ありがとうございます!あなたこそ奇跡の人です!」

 

「この事は、誰にも話さないように、注意しなさい」

 

いや、意味ないから。この衆人環視の中で。実際周りの連中がまた大騒ぎを始めた。

心のなかでツッコんでると、イエスさんはその後も次々と

病気や身体の不調に苦しむ人達を助けて回った。

それはいいんだけど、気になるのはやっぱり時間ね。

 

「ジョゼット、今何時?」

 

「ええと、待ってください。大体9時半ですね。この時計は10分前後の誤差込みです」

 

「昼前には将軍のところに行きたいから、急いでこいつらさばいてもらいたいわね」

 

あたしの不安をよそにイエスさんは救済を続ける。はぁ、いつまで待てばいいのかしら。

長椅子に寝そべりながら、あたしはひたすら客が帰るのを待ち続けた。

体内時計で1時間くらい経ったかしら。ジョゼットに様子を尋ねる。

 

「ジョゼット、今どんな感じ?ついでに時間も教えて」

 

「11時前後です。病気の方は皆さん彼に癒やされてお帰りになったみたいですね~

今は他の信者さんがイエスさんに祈りを捧げてます」

 

「はぁ!?病気でもないくせに何居座ってんのよ!ジョゼット、馬鹿共叩き出すわよ!

こちとら急いでるってのに!」

 

「ええっ、そんなことしていいんですか?」

 

「良いに決まってんでしょうが!」

 

あたしは外に飛び出すと、大声で有象無象を怒鳴りつけた。

 

「あんたら、病気でもないくせになにやってんの!用事がないなら帰りなさい!

イエスは今日大事な用があんのよ!」

 

 

“えーそんな”

“もっと御使いのそばにいたいわ”

“里沙子だけずるいぞー”

“独り占めイクナイ”

 

 

「あらそう。だったら気が済むまで彼の邪魔を続けなさいな。

昔、それに近いことをした街が硫黄の炎で焼かれたけど、

そんなことは関係なかったわね。神罰ってやつじゃない?じゃあ、さいなら」

 

 

“ええっ!?街ごと?”

“ああ、天使様!お許しを!”

“みんな散れ散れー!”

 

 

まさに蜘蛛の子を散らすようにうるさい連中が帰っていった。

やっと我が家に平穏が戻ったのはいいけど……

この分だとハッピーマイルズ・セントラルに足を踏み入れたら

同じことの繰り返しになるわね。状況がちっとも良くならない。

でも、あたしが考え込んでると、イエスさんが話しかけてきた。

 

「里沙子、すみません。私のせいでまたあなたを困らせてしまったようです。

かつての旅を思い出してしまって」

 

「ううん、あなたは悪くない。悪いのは人の都合考えないアホ共よ。

予定もクソもありゃしない。っていうかもう街には入れない。

今回はなんとか追い払ったけど、またハッピーマイルズに行けば元の木阿弥よ」

 

「行けたとしてもきっと将軍も今はお昼ごはんの途中ですからね~」

 

「はい、馬鹿は黙る。どうすればいいのかしらねぇ……」

 

でも、そんな心配を一気に吹き飛ばす存在が駆けつけてくれた。

4騎ほどの蹄の音が近づいてくる。そして馬のいななきと共に教会の前で止まったの。

その見間違えようのない姿は……将軍!?彼が護衛を連れてやってきた。

あたしは慌てて彼に駆け寄る。

 

「将軍!なぜこちらに!?」

 

「なに、リサ達の到着が遅いので偵察の者を寄越したら、

大変な目に遭っていたらしいではないか。人気者は辛いものだな!ガッハッハ!!」

 

本当にありがたいわ。これで頭の血管が切れずに済む。でも、もう少し声は落として?

 

「大変恐縮ですわ。こちらの都合なのにわざわざ来て頂くなんて……

ジョゼット、ボサッとしてないでさっさとお茶!」

 

「はい、ただいま!」

 

「イエスさんも将軍も中へ。

あ、部下の方たちもせめて聖堂へ。外は冷えるでしょうから」

 

「心遣い痛み入る!では者共、馬を止め、教会に入るのだ!」

 

それから。さすがに戦車1人含む4人じゃ狭いダイニングのテーブルに着けないから、

聖堂の長椅子を4つ向かい合わせて話を始めた。

部下の人達は銃を持ったまま四隅に控えて警戒に当たってくれてる。

 

あたしはまず、将軍にキリスト教の存在と、

イエス・キリスト、彼自身の神になるまでの経緯や、エピソードを簡単に説明した。

将軍は顎髭をねじりながら真剣な面持ちで聞いていたわ。

黙ってる彼を見るのは珍しいことよ。

あたしが話し終えると、心底驚いた様子で口を開いた。

 

「ううむ……斯様に偉大なる存在がミドルファンタジアに転移してきたことは、

これまでに例がない。我としてもイエス殿をどうお迎えすべきか検討が付かぬ」

 

「どうか、私のために悩み苦しまないでください。ただ、私を受け入れて欲しい。

それだけなのです。世界を見聞きし、混沌とした世を救済する術を学ぶために、

私は父に遣わされたのです」

 

「お茶です~ちゃんとお砂糖ミルクもありますよ、イエスさん」

 

「温かいコーヒーをありがとう、ジョゼット」

 

「ありがと。でも、ここまで大事になったら難しいんじゃない?

もうとっくに噂は他の領地まで広がってると思ったほうがいい。

一歩歩く度にイエス様イエス様じゃ、あなたも勉強どころじゃないでしょう」

 

「やはり、私はここに来るべきではなかったのでしょうか……」

 

「そんなことない。そんなことないけど、

アホ共に大人しくイエスさんの教えを伝える方法は検討する必要があるわね」

 

「うむ。お触書に書いて配るのはどうだろうか」

 

「う~ん、失礼ながら将軍、その方法は無理があるかと。

主の教えを記した聖書は何百ページもあり、とんでもない分厚さがあります。

その全てを書き物に記して全市民に配るのは不可能に近いと存じます」

 

「なんと。貴殿はとてつもない見識を有しているのだな」

 

「いいえ。たしかに私の旅の記録が記されていますが、

聖書は弟子たちが書き残したものです」

 

「あの~言いそびれちゃってて今更あれなんですけど、

それに関してわたくしに考えがあるんですけど、なんていうか……」

 

「前置きはいいから、言いたいことはさっさと言う」

 

「はい。里沙子さんの世界の教えでは、

イエスさんはマリア様の息子、ということになってるんですよね」

 

「そうよ」

 

「なら、書き足しちゃえばいいんですよ!」

 

「「「書き足す?」」」

 

意味不明なジョゼットの案にイエスさん含めて全員が目を丸くする。

とりあえず聞くけど、頼むから恥かかせないでよ。

 

「書き足すって何をどこに書き足すのよ」

 

「もちろん、この世界の聖書に、アースの聖書を書き足すに決まってるじゃないですか~

ミドルファンタジアの殆どの人間にとってはマリア様の教えが絶対。

そのマリア様から生まれたイエスさんの教えもまた尊いもの。

だから、両方書いちゃえば解決なんじゃないかって。

そうすればあとはその通りに聖書を印刷すれば、

徐々に教えは広まっていくんじゃないかな~なんて!」

 

やっぱりみんな目を丸くする。あたしはこの娘からまともな意見が出たことに、

イエスさんは彼女のアイデアの良さに、将軍は聖書に手を加える考えの大胆さに驚いて。

 

「あんたにしちゃいいアイデアだと思うけど……どう思う?イエスさん。

確かにここのマリア様も元を正せば地球の存在だけどさ」

 

「素晴らしい知恵をありがとう、ジョゼット。

この地で育まれた母の教え、そして父の教え。二つをこの世界に広めることができる。

まさにあなたは神に仕えるに相応しい方だ」

 

「いや、しかし……聖書に手を加えることなど可能なのだろうか。

聖書は帝都にあるシャマイム教の中枢、大聖堂教会の許可がなければ

一言一句変えることは許されん」

 

「変えるんじゃなくって、足すんです。きっと大丈夫ですよ!」

 

「あのね。“きっと”で将軍に危ない橋渡らせるわけにはいかないの。

こういう宗教関連の罪は刑罰が重くなってるんだから。

シスターのあんたが知らなくてどうすんの」

 

「えー、でも~」

 

 

「待ってください」

 

 

その時、イエスさんが発言した。みんなが彼を見る。なんだか緊張した面持ちね。

 

「それについては、私に任せて欲しい。ただ、皆さんの前から去ることになりますが」

 

「ちょっと、それってどういうこと?方法は置いといて、あなたが去るって」

 

「それは……」

 

彼が続きを語ろうとした時、外から地を揺るがすような轟音。

実際テーブルのコーヒーカップが1cm跳ねた。

すぐさま兵士達が外に飛び出し銃を構える。敵の姿を見た兵士がすぐさま発砲。

でも、すぐに銃声が悲鳴に変わる。

あたしたちも外に出ると、異様な光景が広がっていた。

 

兵士達が実体のない黒いガス状の何かに縛り上げられ、身動きが取れなくなっている。

そして、それを嬉しそうに笑う一人の魔女。

三角帽子ではなく、紫の頭巾を被って幼い少女の姿をしている。

白いエプロン姿のそいつは、クスクス笑うとあたしたちに宣言した。

 

「よくお聞きなさい。私はエビルクワィアー随一の悪霊使い・ベネット。

私の可愛いペットを滅してくれた礼をしにきましたの」

 

「ペットって何よ!もうすぐクリスマスだから無益な殺生は控えてる」

 

わけのわかんないこと言ってるガキにピースメーカーを向けながらあたしが応えた。

将軍も前に出る。

 

「おのれ魔女め!我が部下を放すのだ!」

 

「よくってよ。た・だ・し。

私のペットをやっつけてくれちゃった犯人の身柄と引き換えよ。

せっかく成長途中の人間に根付かせて、苦しみ、嘆きを餌に

ゆっくり大きく育てようとしていましたのに」

 

「……では、あの少年に悪しき霊を取り憑かせたのは、あなたなのですね?」

 

聖堂から出てきたイエスさんが問う。そう言えば、今朝そんな男の子助けてたわね。

ベネットとかいうガキが彼をしげしげと見る。

 

「ふぅん。大きな神性を纏っていますわね。あなたが犯人と考えてよさそう。

さ、早くこっちにおいでなさいな。この4人の命が惜しいなら、ね?」

 

バカね。誰に喧嘩売ってるのかわかってるのかしら、あの頭巾は。

やっぱりイエスさんが前に出て、一言告げた。

 

 

「けがれた霊よ、この人たちから出て行け」

 

 

その瞬間、兵士達を拘束していた黒い霧が悲鳴を上げて掻き消え、彼らが自由になった。

皆が驚いてるけど、やっぱりベネット本人がパニックに陥っている。

 

「そんな!全く詠唱なしで私の霊を祓うなんて!あなた、何者ですの!?」

 

「……私は、アルファであり、オメガである」

 

「意味がわかりませんわ!」

 

「悪いことは言わない。この人だけはやめときなさい。

暴れ足りないならあたしたちが相手してあげるからさ」

 

「それで勝ったつもりですの?クサレ聖職者が……見てるだけで腹が立ちますわ!

私の力の前に跪きなさい!」

 

ベネットは左手を掲げると、手のひらに濃紫の魔力を収束し、炸裂させた。

飛び散った魔力は黒く燃え上がる球体となり、悪霊の軍勢に姿を変える。

 

「総員、射撃開始!」

 

将軍の指示で兵士達がライフルを撃つけど、実体がない球体には効果がなかった。

あたしもピースメーカーで応戦したけど、まるで手応えがなかったわ。

だったら、元から断てばいい。

Century Arms M100を抜いてベネットの胴に狙いを付ける。

 

「全員耳ふさいで!」

 

あたしがトリガーを引く。そして、爆発音。

強烈なマズルフラッシュと共に飛び出した45-70ガバメント弾が

魔女の心臓めがけて突き進む。命中まで、あと0.01秒。その時だった。

ベネットの身体を紫のガスが覆い、クッションのように銃弾をふわりと受け止めた。

 

「アハハハ、無駄ですわよ!私の究極魔法の暗黒ガスは、

物理攻撃はおろか、あらゆるエレメントを食い尽くす完全無欠の防護壁!

さぁ、今度はこちらの番!やってしまいなさいな!」

 

ベネットが指示を出すと、宙を漂っていた黒い球体が、一瞬力を蓄えるように縮み、

また膨らむと同時に体内からエネルギー弾を放ってきた。

正体はわからないけど、ろくでもないものには違いない。皆、必死に弾を回避する。

すると暗黒の弾は着弾と同時に爆発を起こし、爆風で吹き飛ばされる。

 

「げほっ!」「ぐはあ!」「ううっ……」「くそっ」

 

「しっかりしろ、お前たち!!」

 

騎兵隊の人達も直撃は免れたけど、そこそこダメージは受けたらしいわ。

とはいえ、あたしもノーダメージってわけには行かなかった。右手をひねったみたい。

もうM100は持ってるのも辛いからホルスターにしまう。

だからってピースメーカーが効くわけじゃないんだけど……!

 

「ウフフッ、運のいい方達ですわね。でも次はどうかしら?

今度はしっかり狙いますから、一生懸命お逃げになって?フフ、ウフフフ……」

 

ベネットが左手を上げて、人差し指をぐるぐる回すと、

黒い球体の群れが整列し、再びエネルギーを蓄え始めた。

うーん、ざっと数えて10体くらい?今度は誰かが犠牲になりそう。

 

どうしましょう。このままじゃ……このままね。

結局なにもできないまま、敵の攻撃を許してしまった。

わざとフラフラした軌道を取り、回避を難しくしたエネルギー弾があたし達に迫る。

 

その時、彼がまたあたしたちの前に出た。

 

 

「もういちど言う。けがれた霊よ、去りなさい」

 

 

すると、黒の球体も、そいつらが放ったエネルギー弾も、

あたしたちに命中する直前で消滅した。

そして、イエスさんは何が起きているのかわからないベネットに語りかけた。

 

「悪しき魔女よ、罪を告白し、懺悔なさい。悔い改めるのです。

そうすれば、父はあなたをお赦しになる」

 

「……ハ、ハハッ!なによ、その上から目線!

私は人間共の上に立つ大魔女、悪霊使いベネット!

ちょっと腕が立つだけのエクソシストが図に乗るんじゃないわよ!」

 

「あなたにも天界への門は開かれている」

 

「余計なお世話!私は闇に生き、自由を愛する、誰にも触れられない無上の存在!

神の指図なんか反吐が出ますわ!

……いいでしょう、いかにあなたが無力な存在か思い知らせて差し上げます。

その教会もろとも吹き飛ぶがいい!!」

 

「おやめなさい。

決してこの祈りの場所を汚してはなりません。人を傷つけてもなりません。

それはあなたにとって幸せなことではありません」

 

「へったくそな命乞いありがとう!でも手遅れ!バイバーイ!アハハハ!!」

 

ベネットを取り巻く空気が、重く暗いものに変わり、

彼女が天に向けた左手のひらから、紫の魔力が上空に集まる。

集まり、集まり、集まって、巨大な魔力の爆弾となり、彼女が手を振り下ろすと、

イエスさんめがけて襲いかかった。

隕石の落下の如く、大きく空を切りながら圧倒的破壊力の塊が、

ほぼ45度の角度から飛来する。

 

彼は何も言わず、眉間にしわを寄せて深い嘆きを表し、右手の3本の指を合わせた。

指で三位一体を形作った時、教会を丘ごと吹き飛ばす威力を秘めた魔力の球体は、

フッと消え去った。

 

「行っけええ!……って、あれ、え、なんで……?」

 

最大出力で放った魔法すら消されてしまったベネットは呆然とするしかなかった。

なんで?なんでなの?人間に、あんなヤツがいるなんて!!

知りうる魔法の中で最強の一撃を、右手の印ひとつで無効化されたベネットに

手は残されていない。そして、恐れをなした彼女に追い打ちを掛ける出来事が。

 

「だめ、こんなのに関わっちゃ!逃げなきゃ……あれ、脚が変?

なにこれ、いや、助けて!」

 

その場で必死にもがく魔女の姿を見てジョゼットが不思議がる。

球体の総攻撃から立ち直っていた皆も同様だった。

 

「一体何をしてるんでしょう、彼女……」

 

「塩の柱、よ」

 

あたしは聞きかじった伝説を説明する。

かつて、悪徳と退廃の街が神の炎で焼き尽くされる時、

イエスは善人の家族に事前にそれを伝えていた。

その時、主は、逃げる間決して街を振り返ってはならないと命じた。

しかし、やはり残した我が家が心配になったのか、妻が途中で振り返ってしまう。

するとたちまち妻の身体は塩に変わり、“塩の柱”として現在に至るまで残されている。

 

「それでは、あの魔女はイエス殿の言いつけに背いたから……」

 

将軍も驚きを隠せない様子で、魔女の最期を見つめている。

パキ、ペキ、ポキと音を立てて、

ベネットの下半身が赤茶色い土の混じった岩塩に変わっていく。

 

「いや、いや!わかった、私の負けよ!なんでもするから許してぇ!!」

 

だけど、魔女の命乞いにもイエスさんは悲しげな瞳で彼女を見守っているだけだった。

 

「お願い!お願いよ!マリア様でもなんでも信じるから、呪いを解いて!私を許して!」

 

「……種を蒔く人が種まきに出た。種は、神の言葉です。あなたは岩地に落ちた種です。

岩地に落ちるということは、聞いてその時は喜んで受け入れるが、

根がないので、しばらく続くだけで、試練が来るとすぐぐらつく。

今、あなたが魔女としての生き方をあっさり捨ててしまったように」

 

「そんな……お願い……」

 

もう、魔女は首まで塩になっている。最期の時が近い。

あたしもジョゼットもその悲惨な末路に言葉が出ない。

 

「死に、たく……ない」

 

それが、涙の一筋まで完全に塩と化した魔女の遺言だった。

その場にいた皆がイエスさんを見る。彼は塩の柱に向かって十字を切っていた。

 

 

 

 

 

戦いを終えて落ち着きを取り戻したところで、またあたし達は聖堂で話し合っていた。

 

「とんだ邪魔が入ったけど、議論再開ね。

たしかジョゼットの案で聖書を書き足すことになったんだけど、

そうするとイエスさんがいなくなっちゃうってとこまで話が進んでたわね。

それはどうしてなのかしら、イエスさん」

 

「うむ、我も気になる。

このミドルファンタジアでは異世界からあらゆる物事が流れ着き、受け入れ、

独自の発展を遂げてきた。あれほどの力を持つ貴殿なら、

帝都の大聖堂教会で救い主として君臨することもできよう」

 

「それはなりません。この力はひとつところではなく、

あまねく人々に分け与えられなければならないのです。

あなた方のそばにいられなくなる理由は、

父の教えを広めることによって、私の役割は終わり、

父と精霊の元へ帰らなければならなくなるからです」

 

「では、貴殿には大聖堂教会の司教達を説得する術があると?」

 

「今夜、私は彼らに夢の中で語りかけます。母マリアと父の御言葉に従えと。

この大地からは大きな信仰を感じます。皆、必ずわかってくれるでしょう」

 

「そりゃ、説得力抜群ね。問題は、地球側の聖書をどう手に入れるかってこと。

スマホにもダウソなんてしてないし、

こないだマリーの店あさってみたけど見かけなかったわ」

 

「それは……私が書き記しましょう。

書籍という形ではなくとも、弟子たちが残した遺志は私の心に届いています。

たくさんの紙とペンが必要です。貸してください」

 

「へぇーっ、イエスさん記憶力いいんだ!」

 

「そういう次元の話じゃないの、引っ込んでなさい」

 

「むー!わたくしのアイデアなのに」

 

「あら、綺麗な輪飾りね。引きちぎったら面白そう」

 

「だめだめ!これだけはだめー!」

 

ジョゼットが輪飾りを守るように壁際でぴょんぴょん跳ねる。

かなり真剣な話してるのに、あれのせいでなんだか間抜けな雰囲気だわ。

本当にちぎりたくなってきた。

 

「して、イエス殿。その聖書を書き上げるには、どれくらいかかるであろうか」

 

「3日もあれば十分です」

 

「早いわね。あの分厚い本を3日で?」

 

「はい。心に映った言の葉をただ書き連ねるだけなので」

 

「うむ、それならちょうど帝都の大聖堂教会に許可を得て戻ってくることができよう」

 

「ご足労おかけしますわ」

 

「いやいや。この世界の宗教の歴史的転換点に立ち会うことが出来て、

我も年甲斐もなく胸が踊っておる」

 

「では、さっそく取り掛かりましょう。

私は死ぬことも疲れることもありません。心配は不要です」

 

「じゃあ、紙とペンを用意するわ。デスクはあなたの個室にあるから。

暗くなったらランプを付けて」

 

「では、時間が惜しい。早速我らは帝都に向かうとしよう。失礼する!」

 

「道中お気をつけて」

 

将軍がやっぱりガシャガシャと鎧を鳴らしながら部下を連れて出ていった。

しばらくすると、蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえた。

さて、こっちはこっちでやることやらなきゃ。

 

「さてと。紙は確かジョゼットが布教用チラシ作りとか言って、

勝手に買い込んだやつが物置にあったわね。

イエスさん、すぐに持っていくからお部屋で待っててね」

 

「ありがとう、里沙子」

 

 

 

 

 

まぁ、それからは殆どやることもなかったから別に書くようなこともないわ。

イエスさんの部屋に抱えるほどの紙を持っていって、ペンとインク瓶を渡すと、

彼が物凄い速さでペンを滑らせだしたの。

まばたき一つせずに、一心不乱に教えを紙に書き連ねてた。

 

邪魔しちゃ悪いからそっと部屋から出た。あたしにできることはここまでね。

朝からどんちゃん騒ぎでぶっちゃけ疲れてるから、先に休ませてもらいましょう。

シャワーを浴びてパジャマに着替えると、そのままベッドに飛び込んだ。

柔らかいベッドに身体が沈み、気持ちいい眠りに落ちていく。

 

 

……

………

 

 

ん?寝てるのになんだか明るいわね。ランプは消したはず。

枕元であんなの点けてたら寝られやしない。妙な夢だわ。

なんだか眠ったまま光が満ちる天に浮かんでるみたい。

でも、今眠いから面倒くさいかも。

 

“……さこ、里沙子”

 

「あれ、イエスさん?

もうあなたが何しても驚かないけど、あたしの夢なんかに入って何がしたいの?」

 

眠りながら意識だけで会話する。これが明晰夢ってやつ?

 

“あなたにお別れと礼を述べるためにお邪魔しました”

 

「まぁ、お別れは寂しいけど世の常よ。紋次郎が背中で語ってた。

それに礼なんか必要ないわ。ただ成り行きに任せてただけ」

 

“はじめて私と会った時、あなたは私の足を拭いてくれました。

2000年前に会ったあの女性のように。そして履き物を与えてくれた”

 

「……床、汚されたくなかっただけよ」

 

“それだけで自らの手を汚して、私を洗い清めてくれる者がどれだけいるでしょうか。

それにあなたは自らの財産を投げ打ち、私に施しをしてくれました。

里沙子、あなたの清い心に私は感銘を受けました。

父はあなたが最期を迎えた時、必ず天界へあなたを迎え入れるでしょう。

もちろん、ジョゼットも。彼女も私のために額に汗して衣類を整えてくれました”

 

「……夢壊すようだけどね、あなたはあたしを買いかぶり過ぎなのよ。

イエスさん、旅してた頃に言ってたらしいわね。銀貨2枚だけを捧げた老婆に、

 

“この人は誰よりも多く捧げた。金持ちは有り余る中からほんの少しを捧げただけだが、

でも彼女は、生活費の全てを、惜しみなく投げ込んだ”って。

 

あたしも所詮そこにいた金持ちにすぎないの。

たまたま金が余ってたからなんとなく手助けしただけ。

もしあなたと同じように貧乏だったら見向きもしなかったでしょうね」

 

“なぜ自分を否定するのでしょう。

あなたが施してくれたのは確かに財産のほんの一部かもしれません。

しかし、それを活かすために街へ赴き、

苦難もつ人々を救う機会を与えてくれたのは他でもないあなた方だというのに”

 

「別に、事実を言ってるだけよ。あたしはこれまでも、これからも、

“こうしたい”とか“なんとなく”で生きていく。

それで神様に嫌われるならしょうがないわ。今の生き方変えるよりマシよ」

 

“父は必ずあなたをお赦しになります。

いずれ時が来た時、あなたと楽園(パラダイス)で逢えることを楽しみにしています”

 

 

………

……

 

 

いつの間にかあたしは目を覚ましてた。なぜかしら。少し泣いてたみたい。

 

「……あたしは仏教徒だっての」

 

 

 

 

 

それからの3日間は穏やかだったわ。

イエスさんが夢でみんなに必要なことを言い聞かせてくれたみたい。

ミーハー共が押し寄せることもなかったし、食事の買い出しに行く必要もなかったから、

あたしも珍しくごろ寝の生活が出来たわ。

何しろ食べ物はイエスさんが無限にパンを出してくれるんだもんね。

 

まぁ、それでも食事以外は一日中頑張ってるイエスさんに悪いから、

パジャマからは着替えようかしらね。三つ編みを編んで、洋服に着替える。

今日も出かける予定はないから、すっぴんでいいかしら?と、思った瞬間、

外から大音声が響いて雷でも落ちたのかと思った。

 

 

「リサアァァ!!イエス殿オォ!!我は帰ってきぞォ!」

 

 

正直、イエスさんの奇跡で彼の声を小さくしてもらいたいわ。

驚いて落っことしたビューラーを拾うと、急いで玄関から出て将軍を出迎えた。

あ、やっぱり化粧しとくんだった。

 

「長旅お疲れ様でした、将軍」

 

「うむ、朗報であるぞ、リサ!」

 

「それで、結果は……?」

 

将軍の大声に気づいたジョゼットとイエスさんも出てきた。

彼は馬から降りながら二人に挨拶した。

 

「おはよう!ジョゼット!イエス殿!」

 

「うう……おはようございます、将軍」

 

「おはようございます。今日もあなたにとって良き日でありますように」

 

あたしと同じく将軍の大音声に辟易するジョゼット、

イエスさんは気にも留めずいつも通りね。さすが神様というかなんというか。

 

「あの、将軍、結果を……」

 

今度は間近で食らったあたしは、若干ふらつきながら、

将軍から一本のスクロール(西洋の巻物ね)を受け取って広げる。

そこには大聖堂教会からの許可、というか命令が記されていた。

 

「なになに?

“聖母マリアの息子、イエス・キリストの教えを直ちに書き記し、

大聖堂教会に提出せよ。 法王ファゴット・オデュッセウス12世”」

 

「それって……イエスさんの教えが認められたってことですよね!

聖書に加えてもいいって!」

 

「許可って言うより命令だけど、そういうことになるわね。

よほどイエスさんの夢に感激したんでしょ」

 

「我も昨夜、イエス殿から“剣を取る者は、剣で滅びる”と

耳に痛い忠言を頂いたところだ。しかぁし!剣に倒れるは騎士の誉。

残念ながら我は天に赴くことはできないらしい、ガハハ!!

……して、イエス殿。聖書の進捗具合はいかがですかな」

 

「将軍殿、争いは人の常。父の教えを常に心に留めてさえおけば、

あなたも時が来れば天上界で生きることができます。

聖書ですが、先程書き上げたばかりです。お持ちください」

 

「おお、それはありがたい!さっそく原稿を頂きたい!帝都に提出しなければ。

聖書の印刷は大聖堂教会認定の印刷商会しか行えない」

 

「少し、お待ち下さい」

 

そう言ってイエスさんは一旦家に戻って、すぐ持ってきたわ。うわ、すごい量。

抱えるようにして持ってる。

手伝ったほうがいいかしら、と思ってるうちに紐で通した原稿が将軍に手渡された。

 

「おおっ、これはとんでもない量だ。

さぞかしためになる教えが認められているのだろう。

イエス殿、貴殿の汗の結晶、確かに預かり申した。さっそく帝都に届けなくては!」

 

「ええっ!?今帰ってきて、また帝都に行かれますの?

少しお休みになられたほうが……」

 

「心配無用である、リサ!我も、愛馬ファイブチャンピオン号も、

一週間程度の行軍でへばるほどヤワにできてはおらん!」

 

「あ、その、それならいいんですけど……」

 

「では諸君、一度さらばだ!ハハハ!」

 

行っちゃった。本当に嵐みたいな人ね。

確かにあの将軍と、彼を乗せて走れるあの馬なら大丈夫そうだけど……

 

「さ、そういうわけよ。あたしたちにできることはなんにもないわ。どうする?」

 

「わたくしは飾り付けの続きをします。輪飾りの準備がもう少しで終わります」

 

「え?あ、いつの間にか増えてる!こいつ!

やったもん勝ち根性が身につく前に、少しキツめのお灸をすえる必要があるわね!」

 

「ああ、暴力反対ですぅ」

 

「悪いことをすると叩かれるの、この意味わかる?」

 

拳でジョゼットのこめかみをグリグリしてやろうとするけど、

身体の小ささを活かして逃げ回る。ええい小癪な。

 

 

「アハハハ……」

 

 

その穏やかな笑い声に気づいてあたし達は馬鹿騒ぎをやめた。

視線の先には洋服を着たかつての救世主(メシア)

草原に立ち、静かに微笑んであたし達の戯れを見つめている。そうか。そうなのね。

 

「イエスさん。これで、もう、お別れなのね」

 

「え、どうして!?もうちょっといいじゃないですか」

 

彼はゆっくり首を横に振る。

 

「父の教えが芽吹き始めた今、私の役割は終わりました。父と精霊の元へ帰ります。

里沙子、ジョゼット。あなた方の惜しみない献身は未来永劫忘れません。

その清き心のある限り、我々は再び相まみえることでしょう」

 

「行っちゃやです!もっともっと、たくさんの事教えて欲しいです!」

 

教会を包む草原が、風にさらされ、静寂という音を立てる。

そこにいるのはあたし達3人だけ。

 

「ジョゼット、困らせないの。イエスさんにも待ってる人がいるんだから」

 

「だって、だって……」

 

「泣かないで。また逢える日を信じて、あなたの道を歩んで欲しい」

 

「うくっ……わかり、ました……」

 

「ねえ、イエスさん」

 

「はい」

 

「夢でも言ったけど、あたしはやりたいことしかしない。楽することばかり考えてる。

成り行きで巻き込まれた面倒事に対処はするけど、それ以上はしない。

こんなちゃらんぽらんな生き方でも、道って言えるのかしら」

 

「なぜ、あなたがその生き方をしたいのか考えてください。

私が人の子であった時と違い、生き方の有り様が千差万別であることを学びました。

だから、本当にあなたがそうでありたいと願うならそれでよし。

もし、他に可能性を見出すのであれば、それに向かって踏み出すべきです」

 

「……ありがとう。当分はこのやり方で行くと思うけどね」

 

「時間です……里沙子、ジョゼット。

もう一度人の世に来ることが出来て本当に良かった」

 

彼が一歩ずつ後ろに下がる。今度はジョゼットも涙を見せず、彼の姿を目に焼き付ける。

眩しい太陽が彼を照らし出す。

 

「ありがとう」

 

その光は徐々に強くなり、一瞬強く煌めいた。

思わず目を閉じ、再び目を開くと、そこにはもう誰もいなかった。

 

「……さようなら」

 

その一言だけを残して。

 

「さようなら」

 

そしてあたし達も、誰もいない風そよぐ草原でつぶやいた。

 

 

 

 

 

クリスマス・イヴ。

あたしは自室で珍しくエールじゃなくてワインを飲んでいた。

下ではジョゼットが信者を集めて賛美歌を歌ったり、

数百年ぶりに改定された聖書を朗読したりしてる。

なんとなく気が変わったから、ミサをやることを許可してやった。

あたし?真っ平ごめんよ、知らない連中と肩並べて歌うなんて。

ここで甘口ワイン飲んで一人の時間を楽しむのが、ぼっち流よ。

 

片手にワイングラス、もう片方に瓶を持って窓際の椅子に座る。

あら、ホワイトクリスマスだわ。ちらほらと白い雪が月明かりで輝きながら夜空に舞う。

サンタさんから悪い子へのプレゼントかしら。素敵ね。

あたしはまたワインを一口飲んで月に向かってささやいた。

 

「メリー・クリスマス」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。