近所のガキがハロウィンハロウィンうるさい
「トリック・オア・トリート!!」
また来やがったわね。このところひっきりなしにこれだからマヂでうんざり。
中途半端に地球と文化融合してんじゃないわよ。
大体ハロウィンが何の儀式か知ってるのかしら、あいつら。
いや、あのアホ丸出しの連中が絶対知ってるわけない。
とにかく、今まさに味わおうとしてた、ちょっとお高いエールをお預けにされ、
あたしはぶつくさ言いながら玄関に向かった。
ホコリまみれの聖堂にある出入り口を開ける前に、そばに置いておいた壺を持って、
仕方なくドアを開けた。
「トリック・オア・トリート!」
「うるさいわね!何回も言わなくても聞こえてるわよ」
ご苦労なこと。近所の村からこんな辺鄙なところまで、
わずかばかりの菓子をせしめにやってくるなんて。
あたしは間抜けな仮装をしたガキ共に、
眼鏡の奥からジト~っとした視線を投げかけるけど、やつらはそんなこと気にもせず、
「お姉ちゃん、お菓子ちょうだい!」
「わかってるわよ、ほら」
あたしは壺を奴らに突きつける。中を覗き込むとやつらは顔しかめて後ろに下がる。
「うわっ、臭い!お姉ちゃん、何これ!泥にきゅうりが刺さってるよ!」
「ぬか漬けよ。見てわからない?」
「ヌカヅケってなに!腐ってるよこれ!」
「失礼ね、母さん直伝の我が家の味を。一人一本だからね」
「いらない!お菓子が欲しい!」
「日本じゃこれがお菓子なの。見てわからない?」
「こんなの絶対おいしくないもん!もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」
そんでガキ共は逃げるように帰っていった。よっしゃ、今回も凌いだ。
「最近のガキは好き嫌いが多くて困るわ」
そんなやつらの後ろ姿を見ながら、あたしは壺から一本抜いて
コリコリとかじりながら不敵に笑う。
さて、麦とホップしか使ってないのにフルーツの香りがする、
不思議なビールを味わうとしますか。
……と思ったら、ガシャコンガシャコンと派手に金属が打ち付け合う音を鳴らしながら、
ガキ共とは逆方向から身長2mはある大男がやってきた。
さすがに彼にぬか漬けをプレゼントするわけには行かないわね。
佇まいを直して彼に向き合う。
彼は重装甲の鎧の兜を脱ぎ、大きな声で話しかけてきた。
本人曰く、これで普通らしいけど正直うるさい。
東京なら通報されてもおかしくないレベルね。
「ガッハッハッ、また子どもたちをからかって遊んでおるのか」
「人聞きの悪いことを言わないでください。あたしが奴らに嫌がらせされてるんです」
焦げ茶の前髪をかき上げ大声で笑う彼は、シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍。
このサラマンダラス帝国の、南西の端っこに位置するハッピーマイルズ領で、
軍隊長を務める傍ら、地球で言う警察に当たる自警団をまとめ上げ、
多忙な領主の代理も勤めてる忙しい人。
ちなみにハッピーマイルズ領はちっともハッピーなんかじゃない。
市場までは遠いし、商人は悪どい銭ゲバばかりだし、
露店の野菜にはハエがたかってるし、上下水道も通ってない。
つまり、トイレは汲み取り式で飲み水は井戸水。
汚水は毎月業者に金払って汲み取りに来てもらってるのよ。
まさか異世界に来てまで律儀に公共料金支払う羽目になるとは思わなかったわ。
まぁ、N○Kの連中が来ないのは助かるけど。
将軍をお招きする前に、そろそろ自己紹介した方がいいわね。
あたし、斑目 里沙子(まだらめ りさこ)。東京でSEやってる。
その日、いつも通りデスマーチ中の同僚を横目に定時で退勤して、
一人行きつけのバーで飲んでたんだけど、
ギネス5瓶開けたところで切り上げてお店を出たの。
その後フラフラ~と歩いてたら、ゴミ置き場でつまづいて、
ゴミで膨らんだポリ袋に頭から突っ込んだんだけど、
臭いけど柔らかいベッドから離れられずにそのまま寝ちゃったのよね。
で、目が覚めたら広い草原のど真ん中。ここはどこ?どうすればいいの?
……って普通の人は思うんだろうけど、どうしようもなく面倒くさいから
気が済むまで横になってた。
あたし、子供の頃から頭いいね器用だねって言われてきたんだけど、
そのせいで余計な面倒事頼まれることも多かったの。
親戚の子供の勉強見たり、心底どうでもいい児童館のイベントの企画立案頼まれたり。
なまじそれが上手くいくもんだから、連中調子に乗って何度も仕事押し付けてくるわけ。
やりたくないわ、って言っても母さんが、
“どうせ暇なんだからやったげなさい。それとも友達作って一緒に遊ぶ?”って言うから
少しでも面倒くさくない方を選んで引き受けてた。
そんな子供時代を送ったせいで、少しでも面倒くさいこと感じることに
過敏な拒否反応を示す性格になっちゃった。
話は戻るけど、仕事帰りに夜道歩いてたら、異世界に飛ばされたわけだけど、
それでガタガタ騒ぐことすら面倒くさい。騒いだところで地球に帰れるわけでもないし。
草原で大の字になって眠ってたら、誰かに肩を叩かれた。
目を開けると、戦車みたいな装甲に身を固めた変なオッサンがあたしを見下ろしてた。
思わずハンドバッグのスタンガンに手を伸ばしたけど、彼が先に話しかけてきたから、
ちょっと様子を見ることにしたの。
「おやおや、お嬢ちゃん。こんなところで寝ていたら野盗に攫われてしまうよ」
「お生憎様、これでも24なの。心配してくれたことは一応ありがとう」
「ハッハッハ!こいつは失敬!お詫びに家まで送ろう。
「東京青山」
「聞かぬ名だな。とにかく、中心街に案内する。このあたりのことは大体そこでわかる」
「何ていうところなの?」
「ハッピーマイルズ・セントラルだ。この領地の中枢部と言っていい。
商業、行政、軍事、全てを担っている」
「まぁ、カルト宗教みたいな素敵な名前ね。それで、あんたは誰?
よくその格好で身動きが取れてるわね。ガチャピン並みの機動力に姉さんびっくり」
「我はシュワルツ・ファウゼンベルガー。階級は将軍である。して、貴女の名前は?」
「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたし、斑目里沙子。
ファーストネームが里沙子、ファミリーネームが斑目」
「うむ!以後よしなに、リサ!」
「誰もあだ名で呼べって言ってないんだけど」
「細かいことは気にするな!貴女も我を気軽にシュワルツと呼ぶがいい!ハッハ!」
「そのまんまじゃない」
豪放磊落な将軍と無愛想なあたしが舗装されてない道を歩いてると、
だんだんなんとな~くファンタジーっぽい雰囲気を感じてきたわけよ。
薪を背負った農民とか、すごい狭そうな馬車とか、三角帽子被った魔女っぽい女と
すれ違って、さすがにあたしも、もしかしたら今の状況ヤバイのかも、と思ったの。
で、ハッピーマイルズ・セントラルとやらに着いたら、それが確信に変わった。
なんかヨーロッパの中世っぽい街並みに人がごった返してて、
そこらじゅうに人、人、人!ああ、頭痛い。人混み嫌いなのよね。
将軍と会話してなかったら発狂してた、多分。
「リサ、ここが中心街である。役所で貴女の身元を確認しよう」
「あ、多分無駄だから。ここ、少なくとも日本じゃないし、ぶっちゃけ異世界でしょ」
「なら住民登録をしなければなるまい。やはり役所に行くべきである」
「さらっと流してくれたわね。
ここにゃ異世界からあたしみたいなのが、ちょくちょく流れてくるっていうの?」
「うむ。この帝国、いや、世界全土は古来より“アース”という
異次元より流れ着いた人や物の影響を受けて栄えてきた」
「Earth...地球か。やっぱり異世界確定なのね。面倒なことになりそう。
それで、結局帰れたやつはいるの?」
「着いたぞ!この古い砦を改装した建物が行政の中心たる役所である!
その歴史は数百年前のサトウキビ畑の領有権に端を発した……」
「聞いて」
とにかく、そのデカい身体を器用にそらして先に将軍がドアを通り、
カウンターのオッサンに何か喋ってる。
話がついたら、後から付いてきたあたしにオッサンが紙を渡してきた。
「こんにちは、お嬢ちゃん!君もアースからやってきたんだね。
おじさん達が面倒見てあげるから心配いらないよ!」
すごい心配。その猫なで声はやめたほうがいいわよ、怖気が走るから。
「悪いけどこう見えて24なの。あなたと飲み比べも出来るわよ」
「おおっと、これは失敬!では、この紙に必要事項を記入してね!」
それはともかく、公用語が英語だったのは助かったわ。
クソ面倒な試験突破して英検準一級取った甲斐があったわ。
クソとか言ったら母さんに怒られるけど、運良く今は兵庫の実家で隠居中よ。
固い木の椅子に座ってちょっと待ってると、あたしの名前が呼ばれた。
「はい、あなたの住民登録ができましたよ!これが身分証明書。なくさないように」
「ありがと」
一枚のカードを受け取ると、あたしの名前と、保証人欄に将軍の名前が書いてあった。
一緒に待っていてくれた彼のところに戻ってカードを見せた。
「おかげでハッピーターンの住人になれたわ、ありがとう」
「ハッピーマイルズである。さて、リサ。貴女は今夜の宿の当てはあるのかな?」
「ないわ。面倒だけどこれから探すつもり。お金の心配なら大丈夫。
ただ、貴金属の買い取りをやってる宝石店と、不動産屋があれば教えてほしいわね」
「心配無用!街の西外れにメリル宝飾店がある。魔結晶やオーブも取り扱っておる!」
「それはいらない。不動産屋は?」
「ちょうど宝飾店から右斜め向かいに小屋の看板を掲げた店がある。
そこでこの領地の不動産の売買を行っておるぞ!」
「お願い、いちいち叫ばないで。役所なんだから」
でも、周りを見ても誰も気にしていない。そいつらも大声で談笑してるから。
やっぱりファンタジー世界のノリにまだ付いていけないあたし。
「本当にありがとう。後のことは自分でできそう」
「それは良かった。また困ったことがあれば我を訪ねると良い。
この中心街のさらに中央にある城塞に勤めておる。では、さらばだ!」
「お世話になったわね。さようなら、元気でね」
役所の前で将軍と別れた。
その何枚も装甲を重ねた鎧を揺らしながら、彼は去っていった。
あたしは小さく手を振って見送る。口は悪いけどちゃんと礼も言えるのよ、知ってた?
早速あたしは宝飾店に向かう。西に10分程歩くと、上品な雰囲気が漂う店が見えてきた。
あたしは佇まいを直して、しゃなりしゃなりと上等なカーペットが敷かれた店に入り、
スーツを着た店員に声をかけた。
「ごめんくださいまし。こちらで貴金属の買い取りをしてくださると聞いたのですが」
よそ行きの口調に変える。下品な客だと思われると足元見られるからね。
「承ってございます。本日はどのような品をお売りいただけるので」
「これですの」
あたしはハンドバッグからお気に入りの金のミニッツリピーターを取り出し、
店員が差し出したサテン生地の敷かれたケースに乗せた。さらばあたしの相棒。
学生時代にヤフオクで見かけて一目惚れした気品あふれる懐中時計。
電池もなしに上品な音で時刻を知らせる、数少ない職人しか作れない熟練した技の結晶。
その外観の美しさだけじゃなくて機能美にも魅せられたあたしは、
学生時代はアルバイト、就職してからは初任給もボーナスも全部貯金して
ようやく手に入れたの。それ以来ずっと肌身離さず一緒だった。
店員があたしの宝物を手に取って、ルーペで全体を観察している。
ふざけた値段つけやがったらマヂぶっ殺。5分程して、店員が査定を終えた。
彼は驚いた様子で息をついて、
「これは……!結構なお品物をお持ちで。これをお売りいただけるのですか?」
「まぁ、それは……条件さえ見合えば」
店員は急いでメモに数字を書いて小さなトレーに乗せてあたしに見せた。10,000,000G。
この世界の物価がわからないから高いのか安いのかわからない。
でも、わたしは顎に指を乗せて、まぁこんなものね、というような顔をする。
「わかりました。この値段でお願いしますわ」
「かしこまりました。
金額が金額なので、少々お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ。構いません」
店員は急いで店の奥に走っていった。
え、何?なんかとんでもないことになってる気がするんだけど。
ふかふかのソファに腰掛けながら内心ドキドキしていた。
途中、女性店員が紅茶を持ってきてくれた。
なにこのお客様扱い。いや、客なんだけど、逆に怖いからやめて?
たっぷり15分かけて、査定した店員が重そうなズタ袋を抱えて戻ってきた。
なにそれ、もしかしてあたしの?店員は私の前にドスンと袋を置いた。
ちらっと中を覗くと大量の金貨。
「勝手ながら防犯上、このような袋に詰めさせて頂きました。ご確認ください」
「お心遣い感謝しますわ。……ふぅ、確かに。ありがとう、わたくしはこれで」
ぶっちゃけろくに数えちゃいないけど、
一千万通貨分の金貨を数えるなんて面倒すぎるにも程があるから、
納得したふりして立ち去ろうとした。……けど、動けない!重いのよ!
押しても引いても動かない。両足を踏ん張ってもちあげようとするけど、
ギックリ腰になりそうだから諦めた。そんなあたしを見かねた店員が声をかける。
「お客様、当店直属の馬車を手配致しましょうか。現金運びも担当の者が行います」
「はぁ…はぁ…お願い、できるかしら」
親切な店でよかったわ。店の裏から鋼鉄製の頑丈な馬車がすぐに来てくれた。
ガタイのいい御者の兄ちゃんが、金貨袋を軽々と持ち上げて車内に放り込んだ。
あたしも車内の椅子に座ると兄ちゃんが行き先を尋ねてきた。
「お客さん、どちらまで?」
「ああ、このあたりの不動産屋に行ってくださるかしら」
「すぐそこじゃあないですか。ハイヨー!」
兄ちゃんが手綱を振るうと馬車が走り出し……たかと思うと
2分もしないうちに止まった。
「ここですよ、お客さん」
「ありがとう。ここで少し待っていてもらえますか」
「へい」
今度は寝床を確保しなきゃ。
将軍が言っていたように、小屋の看板を掲げている店に入った。
すぐ眼鏡を掛けた小太りの店主が話しかけてきた。
「はい、いらっしゃい。お嬢ちゃん、どんな家を探してるのかな。
一人暮らしでも始めるのかい?」
しばらくよそ行き口調は続けたほうが良さそう。
どうせ不動産屋なんか人の足元見るのが仕事みたいなもんだし。
「失礼。このあたりで“別荘”にできるような物件を探しているのですけれど、
手頃なものはないでしょうか」
「ハッ、別荘って君。子供は保証人がないと物件は買えないの。
お父さんかお母さんと一緒にまたおいで」
こいつ一瞬鼻で笑いやがった。出力最大のスタンガンをぶっ放そうかと思ったけど、
脂で汚れそうだからやめた。あたしはさっき手に入れたばかりの身分証を見せた。
「わたくしこれでも成人ですの。保証人はこちらに」
「どれどれ……」
デブがカードを覗き込む。すると、みるみる顔が青くなり、いきなり態度を改めた。
「た、大変失礼致しました!将軍閣下のご親族とはつゆ知らず!
ささ、どうぞお掛けになってください」
あの人そんなに偉い人なの?
まあいいわ、デブが慌てて頭を下げる姿を見て溜飲を下げたあたしは、
椅子に腰掛け改めて用件を切り出した。
「土地付き一戸建ての別荘を探しておりまして。
そう……ここから遠すぎず近すぎずと言ったところがいいですわ。
近すぎると街の喧騒で落ち着きませんし、遠すぎても何かと不便でしょう?」
「おっしゃるとおりで!しかし……そのような条件となりますと、このような物件しか」
デブがおずおずと資料を差し出すと、ボロい教会の外観と間取りが書かれていた。
価格はちょうど100万G。多分金額の内訳の殆どは土地代なんでしょうね。
ところでGってなによ。ゴールド?ギル?ゴキブリ?あとで誰かに聞いとかなきゃ。
場所は……ちょうどあたしがぶっ倒れてた草原のあたりね。
別にいいわ、雨風しのげれば。
「決めました。この物件をくださいな」
「ありがとうございます!それで、お支払方法はどのように……」
「現金一括で。ちょうど馬車に持ち合わせがありますの」
「それはそれは大変結構なことで!」
「少しお待ち頂いてもよろしくて?わたくし一人では持ちきれないので」
「はいはい、どうぞごゆっくり!」
あたしは一旦店から出ると、御者の兄ちゃんに頼んでズタ袋を店に運んでもらった。
正直100万G数えるのは面倒くさいからデブに回収させることにした。
「申し訳ありませんが、わたくし疲れておりますの。この中から代金をお取りになって」
「はい、ただいま!」
デブが汗を流しながら大量の金貨を取り出し、
100均で売ってるようなコインケースに入れては計算を始めた。
御者の兄ちゃんが腕を組んで目を光らせる。
奴が金をちょろまかさないように居てもらったのだ。
20分ほどで計算が終わり、デブが額の汗を拭った。
「確かに頂戴致しました。はー疲れた!……いや失礼、こちらが鍵と権利書です。
では契約書にサインを」
「Risako Madarame...と。これでよろしくて?」
「はい、かしこまりました!この度はご契約ありがとうございました!」
あたしたちが店を後にすると、デブが店先まで来て何度もお辞儀していた。
ただの人間戦車だと思ってたけど、なんか偉い人だったのね。あの将軍様。
将軍様っていうと北のニダニダうるさい国みたいだけど。
窓から顔を出して、黙って馬車を走らせる兄ちゃんにお礼を言った。
「ごめんなさいね、すっかり使っちゃって。本当に助かったわ、ありがとう」
「……仕事なんで」
寡黙な男性は嫌いじゃないわ。あたしを苛つかせることがない。
ボロ教会に向かう間、しばらく兄ちゃんのたくましい背中を眺めてた。
将軍と歩いてきた道を逆戻りすると、歩きの往路とは違い、
帰りは思ったより早く着いた。あたしが倒れてたところの本当近く。
なんで気づかなかったのかと思うくらいの小高い丘に、
塗装がすっかり剥げた十字架を乗せただけのボロ屋が見えた。
馬車から下りて鍵を開け、住居にするには大きな扉を開けると、
ホコリ混じりの淀んだ空気が一気に漏れ出してきた。思わず咳き込む。
なにこれ予想以上に酷いわね。その汚ったねえ聖堂に驚いていると、
現金袋を持った兄ちゃんが後ろに立っているのに気がついた。
「あっ、ごめんなさい!袋はそこに置いてくださる?
家に帰れば後は自分でなんとかできますので……」
彼は黙って今にも底が抜けそうな木の床に重量のある袋を置いた。
ピシッ!と嫌な音がしたが聞かなかったことにした。
そして、兄ちゃんがぼそっとつぶやいた。
「……50ゴールドです」
Gはゴールドね。リサ覚えた!
あたしは硬貨に掘られた額面を見て50G分を渡し、彼にも10G握らせた。
「今日は本当にありがとう。これは感謝の気持ち、受け取って。
やっぱり男手があると助かるわ」
「……どうも、ありがとうございました」
兄ちゃんを見送ると改めて室内を見回す。うん、汚い。
とりあえず掃き掃除してモップ掛けて、ワックスかけて……
この世界ホームセンターってあるのかしら?ああ、面倒くさい!
今日はもう遅いから寝床だけきれいにしようっと。
家中探して物置らしき部屋でようやく箒を見つけたから
ベッドルームの掃除に取り掛かれた。
その前に箒自体が汚れてたから、そいつを洗うことから始めなきゃいけなかったけどね!
……とまあ、クソ長い回想はこの辺で切り上げて早く将軍をお招きしなきゃ。
「お入りになって。焼きリンゴを加えて醸造した珍しいエールがありますの。
一口いかが?」
「おお、それは有り難い。遠慮なくいただくとしよう」
あたしは将軍をダイニングに招いて、冷蔵庫からリンゴエールを1瓶取り出し、
栓を開けてグラスに注いだ。
ちなみにこの冷蔵庫は電力じゃなくてマナっていう意味不明なパワーで動いてる。
内部に小さな氷結結界が仕込んであって、
マナを動力にして冷気を吐き出してるって店員が言ってた。
マナは毎月使った分だけ魔導教会に支払うことになってる。
公共料金の払い方まで一緒なんて笑えるわ。
「それでは、乾杯」
「乾杯!!」
ラガービールのように一気飲みはしない。
まずは一口含んで口いっぱいに広がる香りを楽しみ、コクを十分に味わってから飲んだ。
「うむ、これはなかなかのものだな!」
「気に入って頂けてなによりですわ。
……ところで、お忙しい将軍がわざわざお越しになるなんて、一体どんなご用向きで?」
「実はまた貴女の知恵を拝借したくてな。
このサラマンダラス帝国を擁する、オービタル島の東に出没する海賊の
掃討作戦が実施されることになったのだが、こやつらがなかなか手強くてな。
何隻もの武装した大型船を保有しており、帝国海軍も手を焼いている。
正面からぶつかりあえば勝てない相手ではないが、
海賊ごときに国の予算を湯水の如く使うわけにもいかん。
貴女ならまた何か上手い兵法を心得ているのではないかと参上した次第である」
「なるほど、海賊ですか。海の戦いとなると……
この世界の技術じゃ、近接炸裂弾は、だめで……ガスタービンは作れないし……
46cm砲は……ダメダメ、もっと無理」
あたしがどうにか海のゴロツキ共を効率よく殺せる方法を考えていると、
一つの考えが浮かんだ。
「そうですわ。機雷ならこの世界の素材でも作成可能です」
「むむ!その機雷とは何なのだ」
「簡単に言うと海に浮かべる爆弾ですわ。
船が接触すると大爆発を起こして船を真っ二つにします。
まず、樽の内側に油紙を何重にも貼り付けて……」
「ふむふむ、なるほど」
「カロネード砲の射程外から威嚇射撃して挑発すれば、あとは勝手にドカンです」
あたしは原始的な機雷の作り方と運用法を将軍に説明した。
彼は熱心にあたしを見て聞き入っている。説明が終わると将軍は立ち上がって、
「こうしてはおれん!帝都に早馬を送って機雷の製法を伝えねば!
協力に感謝する!それでは御免!」
どうして走れるのか不思議なほどの重装備で足早にボロ教会を後にした。
なんであたしが将軍に敬語で面倒な相談を引き受けてるのかって?
まぁ、今まで散々世話になったからね。
何があったかは今度にしてね。エールがぬるくなる。
コップに残ったエールを注いで、また一口舐める。ああ、たまんないわ。
もうこの世界に骨を埋めても“トリック・オア・トリート!”
「うるさいわね!」