見捨てないでいてくれた36名(2/14現在)の皆さん、本当にありがとう。 里沙子
バレンタインの正確な日付が覚えられない。祝日じゃないから毎年忘れるの。今年は2月の第2火曜だと勝手に思ってたら違ってた。
「あんた……誰なのよ!」
聖堂の真ん中に変な女の子が不思議な微笑みを浮かべて、ただそこに立っている。
緊張感が張り詰め、いつになくシリアスっぽい雰囲気にあたしたちは唾を飲む。
彼女がゆっくりと白い素足で一歩一歩近づいてくる。
同時にあたしもルーベルも、それぞれのホルスターに手を近づける。
なんだか彼女からは人ならざる気配を感じるわ。
そして、謎の少女があたしの前に立つと、とうとうその口を開いた。
「寄付金払ってください」
「帰れ」
ごめんなさいね。こんなウワバミ女のエッセイに、
謎の組織だの、影で野望を膨らます能力者だのを期待させちゃったのなら謝るわ。
とにかく、金の話ならこっちのものよ。
こいつが誰かなんて、はっきり言ってどうでもいい。
変なやつならこの世界には腐るほどいる。
「とにかくどいてくれるかしら。あたしたち荷物抱えてんの」
「持ってんのは私だけどな!」
いつもの流れに戻ったところで、
ディスプレイの前の皆さんに、変な女の子の見た目でも説明しましょうかしらね。
服装はなんとなく聖職者っぽい感じ。黒のジョゼットとは逆に全体的に真っ白で、
縁に青いラインが走ってる。
首には使い道の分からない、足まで届きそうなほど、長くて細いクロスを掛けてる。
胸元には十字架が刺繍されてるわね。
肌も色白で、薄桃色のセミロングの上に、
やっぱり白くて幅の広い頭巾みたいなのを被ってる。
年の頃はジョゼットと同じくらいだけど、なんというか、
纏ってるオーラがぜんぜん違う。
こんなところかしら。本題に戻るわね。
ルーベルはデカい荷物をとりあえず長椅子に置いて、勝手に荷解きを始めてる。
あたしはとにかく怪しい借金取りを叩き出そうと試みる。
「あんた、なんの権限があってうちから税金取り立てようっての?
名前と所属機関を言いなさい」
「はい。わたしは、エレオノーラ・オデュッセウスと申します。
大聖堂教会から、機能を再開した教会から寄付金を徴収にやって参りました」
「オデュッセウス!?里沙子さん、大変です!
オデュッセウスと言えば、法王猊下のご血縁ですよ!無礼を働いたら大変なことに!」
「はいジョゼット黙る。
こういう、どっかのお偉いさんの親族騙って小銭だまし取る連中は、
アースにゃ山ほどいるの。大体“寄付”って自分の意志で差し出すもんでしょう。
新聞代みたいに誰かが取り立てに来るもんじゃない。そうじゃなくて?」
あたしはビシッ!とエレオノーラとかいう女の子を指さした。
ふふん、数多の新聞勧誘を追っ払ってきた百戦錬磨のあたしを謀ろうったって、
そうは行かないわ。彼女は相変わらず微笑みを浮かべて答える。
「いいえ。これは聖書の教えに基づく正当な支払いです。昨年改定された聖書によると、
マリア様のご子息、つまり、イエス・キリスト様には、
収入の10分の1を捧げなければならない。そう記されています。
そして、イエス様の教えをミドルファンタジアに取り入れたのは、斑目里沙子さん。
他でもない貴女です」
「うぐっ!」
くそっ、ただの小娘だと思ってたら結構やるわね。
なんでこいつがあたしの名前知ってるかはどうでもいい。
今まで悪目立ちしすぎちゃったからね。
確かにキリスト教には、そんな決まりがあったような、なかったような……
何か反撃の糸口はないかしら。あ、そうよ!
「ま、まあイエスさんに納めるってんなら払ってもいいけど、
それはあんたが本当に法王の親族だったらの話よ。何か証明書でもある?
そこのポンコツシスターでも理解できるようなの」
「わたくしポンコツじゃないです~!もうすぐ聖光捕縛魔法も……」
「でい!!」
「ごめんなさいごめんなさい」
すると、エレオノーラがクスリと笑い、
「書面等による証明はできません。そのようなものは持ち合わせておりませんから」
「ほらごらんなさい!やっぱり……」
「もっとわかりやすい方法がありますので」
「え?」
彼女は目を閉じ、静かに詠唱を始めた。
「総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う子羊、某が御手の導きに委ねん」
そしたら、エレオノーラの姿がパッと消えてなくなった。
思わずあたしも、我関せずを貫いていたルーベルも、
隅っこで小さくなってたジョゼットも、キョロキョロ見回して彼女を探す。
すると、天井から今聞いたばかりの声が。
「わたしは、こちらです」
思わず見上げると……これにはたまげたわねえ。
真っ白なシスターがあたし達の上でフワフワ浮いてたの。
エレオノーラは徐々に下りてきて、また裸足の足でボロい木の床に音もなく降り立った。
ポカーンとするしかないあたし達に、彼女は微笑みかけた。
「納得して頂けましたか?」
「なによ!どんな手品使ったっての!?」
「里沙子さん!これは法王家の血を引く聖職者にしか使えない、
超上級聖属性魔法“神の見えざる手”ですよ!」
「オカルトか経済学かどっちかにしてよ!アダム・スミスが一体何!?」
「この魔法は、マリア様のご加護を受けた聖域、
つまり教会などへ自由に瞬間移動できるんです!世界中どこだろうと!
やっぱり、彼女は法王猊下のご親族なんですよ!」
「貴女は、よく勉強なさっているようですね。
そう、これは聖母様から賜った力の、ひとつの現れ。
……これで、おわかり頂けたと思います」
なるほど、教会をロケーションとしてファストトラベルできるってわけね。
オープンワールド系のゲームでは定番の機能だけど、
ファストトラベルでわかんないなら“ルーラ”って言えば伝わるかしら。
あたしは最後の抵抗を試みる。
財布から銀貨を一枚取り出して掲げた。
「ええと、誰の肖像が刻まれていますか」
「シーザーです。神のものは、神に返してください」
「うぐぐ」
イエスさんのエピソードをパクってみたけど、あっさりかわされた。それに……
う~ん、ここまではっきりしたマジック見せられたらしょうがないわね。
ため息をついて軽く両手を上げる。
「降参。払えばいいんでしょ。10分の1だっけ?
……まったく、税金は嫌いなものランキング第10位だってのに」
「里沙子さんにしてはやけに順位が低いんですね?」
「まあ、税収がなきゃ社会インフラが停滞して、余計面倒くさいことになるからね。
……ほれ」
あたしはジョゼットとだべりながら、月1万Gの教会運営補助金の一割、
つまり金貨10枚を真っ白シスターによこした。彼女はゆっくり首を横に振る。
「足りません」
「調子に乗るんじゃないわよスカポンタン!なにが不満だってのよ!
1000Gよ、1000G!雑魚賞金首1人に匹敵する金の何が足りないっての!?」
「貴女が教会を立て直してから開いたミサで集めた献金、その一割が含まれていません。
信者の皆々様の信仰心が詰まった献金をきちんと頂かなくては、
わたしがお祖父様に叱られてしまいます」
「どこまでがめついのよあんた!
ジョゼットが勝手に集めた金なんか、いくらになってるか知ったこっちゃないわよ!」
「あ、わたくし帳簿付けてます。ちょっと待っててください!」
「コラァ!あんたどっちの味方よ!」
住居に向かうジョゼットの襟首を捕まえようとしたけど、一瞬の差で逃げられた。
あああ!払わなくて済んだかも知れない金を払う羽目になった!
奴の小遣いから払わせようかしら!
しばらくして、ジョゼットが一冊のノートを持って部屋から戻ってきた。
あたしはそれをひったくると、エレオノーラに投げた。
彼女は羽根が舞うように滑らかな所作でそれをキャッチ。
「計算くらい自分でしてよね!そろばん一つ貸す気はない!」
「ご心配なく。正しく、嘘偽りない数字を導き出して、貴女に求めます。
……算術の神テレクライタよ。
某が与えし十の数、ここに集い、絡み、真実を照らし出さんことを。瞬間計数!」
また、エレオノーラが呪文を唱えると、ノートが光輝き、
宙に浮いてパラパラとページをめくった。
それほど厚くないノートはあっという間に最後のページにたどり着き、
また彼女の手に戻った。ちなみにルーベルは早速新しい布団を被って長椅子で寝てる。
「わかりました。貴女がイエス様をお迎えしてから集めた献金は5142G。
その一割、514Gを頂きたく思います」
「……くそっ、銭ゲバシスター」
あたしは小声で悪口を言いながら、デカい財布から硬貨を取り出し、また支払った。
ほんと!しっかりした集金システムですこと!
「確かに受け取りました。貴女がたに聖母と主のご加護がありますように」
「用事が済んだならさっさと帰ってくれるかしら!?」
「突然ですが、お願いがあるんです」
「一切何も聞く気はないわ!」
「ここ、イエス様降臨の地で、未来の後継者となるべく見聞を広めるよう、
お祖父様から命ぜられました。わたしをここに住まわせてください」
「寝ぼけてないで、お嬢ちゃまはとっとと帰んな!」
今度こそ、はっきりと聞こえるように言い放ち、親指を下に向けた。
「そんな……マーブル様からもここの方々は心優しい人ばかりだと伺っていましたのに」
あのファッションオタク、余計なこと言ってんじゃないわよ!
みんなとっくに忘れてるだろうから説明しとくけど、
マーブルってのは帝都に住んでる芸術の神。
信仰を失って住処もボロボロになってた彼女は、
やっぱりイエスさんの神としての在り方を参考にしたくて、
わざわざこんな田舎まで飛んできたの。年の瀬に押しかけてきやがった迷惑女よ。
で、そんな状況を利用……じゃなくて工夫して、
外壁の補修ついでにマリアさんとイエスさんの絵を描かせたの。
それを見た信者たちが噂を持ち帰って、少しずつ彼女の信仰は戻り始めたってわけで、
めでたしめでたし。で、終わりにしときゃよかったっていうのに、あのクソメガネは。
おっと、それはあたしにも跳ね返ってくるからやめときましょう。
「所詮噂話なんてその程度ってことよ。さあ帰った帰った」
「わかりました。……嗚呼、わたしを下宿させてくださる場合は、
献金に限らず全ての税を免除するとお祖父様から言付かっておりましたが、
貴女にも都合があります。仕方ありませんね、では」
「まーまー!そう急ぐことないじゃない!
せっかく来たんだからゆっくりしていきなさいな!
ジョゼット、ボサッとしてないで彼女にお茶!
そうだ、あんたコーヒー派、それとも紅茶派?
緑茶はあいにくこの世界じゃ手に入らないのよ~ごめんなさいね?」
エレオノーラがワープする一瞬前に、彼女の肩を掴んで引き止めた。
毎月1000G以上の税金が浮くなら、女の子一人住まわせるくらい安いもんよ。
確かにあたしは金持ちだけど、金ってもんは油断すると一気になくなるの。
「できれば、お紅茶を」
「うう、どっちが銭ゲバだかわかんないです……」
「急ぐ!」
「はいぃ~!」
ジョゼットが台所に駆け込むと、あたしはエレオノーラを長椅子に座らせた。
ルーベルは布団被ってグースカ寝てる。うん、完全にここに来た経緯忘れてるわね。
「まぁ、とりあえず座って話しましょうよ。ほら、隣」
「では、失礼して」
「う~ん、勉強とは言ったけど、うちはご覧の通り、
十字架が乗っかってるだけのボロ屋よ?外壁はなんとかまともになったけどさ」
「そんなことはありません。
この聖堂は、マリア様の愛とイエス様の神々しさに満たされています。
日々、その両方を身に浴びながら生きている貴女がたが羨ましいです」
「だからって、この近眼と左目の乱視が治ったりするわけでもないけどね。
まあいいわ、具体的には何かしたいってこと、ある?」
「この静謐な空間で聖書を学び、信者の方々と祈りを捧げ、
マリア様とイエス様のご加護を受け、この身を清めて行きたいと考えています」
「そんくらいなら全然OKよ。どうせ日曜ミサにはあたしはいないし、
聖書は長椅子後ろのポケットに突っ込んであるやつ勝手に読んで」
「貴女はミサには参加されないのですか?」
「あたしは自分の空間に誰かが入ってくるのが我慢ならないの。
だから、その状況から目を背けるために毎週日曜は近くの街で時間潰してる。
そっちもそっちで人多過ぎで頭が痛いけど、イライラの爆発力は前者の方が上」
「そんな。一度くらい神の教えを学ぶ集いに参加してみてはいかがですか?」
「お願い。ここで銃乱射事件を起こしたくはないの。この件についてはそっとしといて」
「お茶が入りましたよ~」
その時、ジョゼットがコーヒーと紅茶を持って戻ってきた。
あたしとエレオノーラにカップが渡る。
「お、ありがと」
「ありがとうございます。……ああ、いい香り」
濃いめのブラックが、心地よい刺激と香りで心を落ち着かせる。
食後のコーヒーは良いものだわね。
あ、ずっと更新してなかったから、あたし達が夕食後だってこと忘れてた。
「そうだ、あんた夕食食べた?あたしらは食べてきたところなんだけどさ」
「いいえ、まだ」
「そう、じゃあ、ジョゼット。今度はパンを温めて。
っていうか、みんないい加減うちに入りましょう。……ほら、ルーベルも起きる!」
「んが?ああ、悪りい。この布団、結構寝心地が良くてな」
「あんたは自分の部屋に荷物を運んでから来なさい。
それと、エレオノーラだったかしら?あんたはあたしと一緒にダイニングね。
腹を満たしてから今後の会議よ」
「おう、ちょっと行ってくるぜ」
「ありがたく、イエス様の身体を頂戴します」
「そういうのいいから。どうせこれから毎日食べることになるんだし」
だいたい10分後。あたし達は全員食卓に着いて、エレオノーラに夕食を振る舞った。
まあ、3人に囲まれて彼女一人だけでも食べづらいだろうから、
あたし達も各自コーヒーのおかわりや水を飲みながら彼女が食べ終わるのを待ってた。
「天にまします母なる神よ、今宵の恵みに感謝致します。あなたの限りない愛が……」
やっぱり聖職者だから食事の前のお祈りはするのね。
どっかの悪ガキは“メシメシサンキューバーベキュー“で済ませてたけど、
あたし的にはそっちのほうが手っ取り早くて好きよ。
エレオノーラは温めた惣菜パンをちぎって丁寧に一口ずつ食べる。
あたしなら遠慮なくかぶりつくけど、
こういうとこで育った環境の違いって出るものなのね。
「ごちそうさまでした。ありがとう、ジョゼット」
「いえ。お皿、下げますね」
さて、新たな住人の腹が膨れたところで今後の予定について話し合い。
と言っても、決めることなんかほとんど決まってるんだけど。
全員落ち着いたのを見計らってあたしが開口一番に宣言した。
「みんな。今日からこの娘、うちで住むことになったから」
「わたしは、エレオノーラ・オデュッセウスと申します。よろしくお願いしますね」
「ふーん、私はルーベル。よろしくな。見ての通りオートマトンだ。
力仕事が手に負えないなら私を呼んでくれ」
「北の領地出身のオートマトンの方と出会えることは滅多にありません。
どうぞよろしく」
「改めまして、わたくしはジョゼットと申します!
あの、法王猊下のご親族とお目にかかれて……」
「どうか、わたしにお気遣いなく。無理をお願いしたのはわたしなのですから」
「そうよ。あたしが決めたんだから、あんたが気にすることないの。
一応言っとくけど、うちでの階級は、
“あたし>ルーベル=エレオノーラ>│14万8000光年│>ジョゼット”ね」
「え!?なんなんですかそれ!」
「今までと大して変わらないでしょう。大声出さないの。次行くわよ次」
「女王様一人しかいない星まで行けそうです……」
「次は生活上のルールね」
「はい」
「あたしのやること成すことに口出さない。以上」
「それだけですか?」
「そう。具体的には毎日朝寝朝酒朝湯に溺れてても不干渉プリーズ」
「朝からお酒を飲まれているのですか?
お客様が見えたときはどうされているのでしょう」
「そこなんです~何があるかわからないのに、
里沙子さんってば、朝晩関係なく飲みたい時に飲むから困っちゃいます」
「グータラ生活は金持ちの特権よ」
「でも、今朝みたいな状況になったら流石に口は出すからな。
一応客を迎えてるってこと忘れんなよ」
「わかってるわよ、うるさいわねえ……
まぁ、それさえ理解してくれれば、そこそこ自由にしてくれて構わないから」
「はい。わかりました」
「んふ。飲み込みの早い子は好きよ。
あとは……あらやだ、今夜のベッドどうしましょう。
ベッドはあと2つくらいあるけど、やっぱり布団がない」
「それじゃあ、私のベッド貸すぜ?
一日くらい平気っていうか、元々なくても問題ないからな」
「だーめ。ルーベルは人の生活に慣れるのが優先。他の解決策は、と……」
というわけで、エレオノーラにあたしのパジャマを貸して、シャワー浴びさせて、
とりあえず今日はあたしと一緒に寝ることにしたの。
明日にはまた生活用品買いに行くことになると思うけど、
もう買い物イベントも2回目で正直読者も飽きてるだろうし、
書く方も楽しいかどうか疑問に思ってるから、次回では何の説明もなく、
唐突に彼女の布団やら何やらが揃った状態で始まる可能性があることを、
予めお断りしておくわ。
と言うわけで、今、エレオノーラが隣でスヤスヤ寝てる。
やっぱりジョゼットより精神年齢は高いみたいね。
馬鹿みたいなちょっかい掛けてくることもなく、布団に入るとすぐ寝ちゃったわ。
そろそろランプを消してあたしも寝ようかしらね。おやすみなさい。
……いつの間にかあたし含めて4人か。
割りと大所帯になったけど、拒絶反応は今のところ起きてない。
あたしの人嫌いも改善傾向にあるのかしら。
そうなったらこの企画の売りが大幅減だけど、その時はその時よ。今度こそおやすみ~