面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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魔王編
市役所に住民票取りに行った時、暇な待ち時間にパスポートでも作ろうかと思ったら5万もしたの。貧乏人は日本で大人しくしてろってことね…【魔王編開始】


「暇ねえ」

 

「暇だ」

 

特にやらなきゃいけないイベントもなければ、今は酒の気分でもない。

あたしとルーベルは、聖堂の長椅子で横になりながらだべってたの。

 

「ねえねえ、アースで働いてた頃さ、暇だって言うと

“仕事は自分で作るものどぅあ!”って、ドヤ顔で適当なこという奴が上司に居たのよ。

無いときゃ本当に無いっつーの。……あんたの周りではそういうのいなかった?」

 

「いたいた、そんな奴。みんなウザがってたぜ。

妙に一人だけ張り切って、人望もねえのに仕切りたがる奴。

私の村では毎年、村上げての間伐作業があるんだけどさ、

よっぽど仕事が欲しいみたいだから、みんなで示し合わせて、

そいつに固くて太い木ばかりが当たるように手ぇ回してたもんさ」

 

「ふふ、あんたもやるじゃない」

 

「里沙子ほどの悪知恵はねえよ」

 

「ウヒャヒャヒャ」「ゲラゲラゲラ」

 

さあ、今どっちがどっちの声で笑ったでしょーか?

……とまあ、こんな馬鹿話に花を咲かせるほど退屈極まってたのよ、あたし達は。

エレオノーラは後ろの方で聖書を読み耽ってる。

初めて会った時はどうなることかと思ったけど、手のかからない子で助かってるわ。

いつも大人しいから、ひとつ屋根の下に暮らしてても心理的負荷がほとんどない。

 

バタン!

 

「里沙子さん里沙子さん!見てほしいものがあるんです!大事なお話も!」

 

それに比べてこいつと来たら。あたしらの憩いの時を邪魔する不届き者、

すなわちジョゼットが騒がしく聖堂に飛び込んできた。

というか、なんで外から入ってきた?

面倒だから無視してたら、あたしの前に立って勝手に話を始めた。

 

「ああ、姿が見えないと思ったらこんなところに居たんですね!ほら、これ!」

 

「うるさいわねえ。聞く気がないから返事をしなかったの。

悪いけれどそんな思い察してほしい」

 

「マリーネタ引っ張ってる場合じゃないです!

……あ、ちょっと関係あるかもしれません」

 

鬱陶しい事この上ないけど、自分の要求を押し通すまで絶対引かないこの子の図太さは、

割りと昔に述べたと思う。

あたしは仕方なく起き上がって、

ジョゼットが持ってきた紙切れを受け取って目を通した。なになに……?

 

 

『多岐に渡る才能に恵まれながら、極度の面倒くさがりで

必要最低限のことしかしようとしないSE、斑目 里沙子(まだらめ りさこ)

(中略)

しかし、そんな彼女の能力を奇妙な住民たちは放っておかず、

日々の困りごとに助けを求め、挙句の果てに魔王討伐まで任される始末。

鬱陶しく思いながらも生活費の報酬欲しさに引き受けてしまう彼女の物語』

 

 

この世に存在する印刷物の中で最も存在価値のない紙切れを紙飛行機にして飛ばした。

しばらく宙を漂ってエレオノーラの近くに落ちると、

彼女も興味深げに手に取って飛ばし始めた。

 

「ああっ!なんてことをするんですか、里沙子さん!」

 

「どうもこうもありゃしないわよ。この異世界モノの出来損ないのあらすじじゃない。

これが今更なんだっての?」

 

「そう!この物語は出来損ないなんです!」

 

「ふあぁ、そんな分かりきったこと今になって言うか?

せっかく気分良くダラケてたってのに。今日のお前ちょっとウザいぞ」

 

ルーベルは寝転んだままあくびをする。

 

「ほら、ルーベルさんにまで里沙子さんの怠け癖が伝染っちゃったじゃないですか!」

 

「本題に入るか、ゲンコツ食らうか、泣きながらお部屋に戻るか、5秒で選びなさい」

 

いつも通り右の拳にパワーチャージを始めると、

ようやく鈍くさいジョゼットが要点を口にした。

 

「つ、つまり!今のままだとこのお話は、

あらすじ詐欺になっちゃうってことなんです!」

 

ごめんなさいね。

今回はメタ話全開だけど、すっかり駄目になっちゃった、このSSの軌道修正に必要なの。

とにかく、ジョゼットの話を聞いてやってくれるかしら。

 

「……ほれ、続き」

 

「さっきの紙……ああ、エレオノーラ様まで大事な資料を!

……とにかく、わたくし達はあらすじに書いたことをちゃんとできていないんです!

今の資料によると、この話は、いろんな住人が訪ねてきて、里沙子さんがパパっと解決!

みたいな展開になってなきゃおかしいんです!

あと、魔王も倒すどころか探そうともしてませんよね。

最後に名前が出てきたのはいつでしたっけ……」

 

「魔王?ああ、そんなのあったね」

 

「過去形じゃなくているんです!

今もサラマンダラス帝国を侵略する機会を、虎視眈々と狙ってるんですから!」

 

「この国の名前聞くのも久しぶりだわ。

作者がしっかり世界設定構築しないまま書き始めちゃったから、

小二レベルのネーミングになっちゃったのよね」

 

「おいおい、それじゃあ私の故郷のログヒルズも適当に名付けたのか?」

 

「ああ大丈夫。流石にあいつも反省して、

物語の舞台に合った名前をちゃんと考えるようになったから。

ログヒルズは木がたくさんある丘陵地帯でしょ?だからLog Hillsってわけ。

サラマンダラスやハッピーターンは手遅れだけどね」

 

「あーよかった」

 

「とは言え、それでも読者が小二と受け取ってる可能性は捨てきれないけど」

 

「そう!だから里沙子さん!」

 

話が脱線したところで、いきなり肩を掴んで顔を近づけられたもんだから驚いたわ。

 

「な、何よ……」

 

「魔王を倒してください!」

 

「「はぁ?」」

 

う~ん、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまでとは。

 

「ねえ。2分ほど前にあたしが言ったこと忘れた?魔王はね、行方不明なのよ!!

いないやつどうやって殺せって言うの!」

 

「探しましょう!」

 

「は?」

 

「実は問題はもう一つあるんです。心の目でトップページのタグを見てください……」

 

「面倒くさいわねえ」

 

 

タグ:R-15 残酷な描写 オリジナル作品 不定期更新 異世界 ファンタジー

   日常 主人公最強

 

 

「これがなんだってのよ。そうね……“残酷な描写”はここに来たばっかりの頃。

そう、確かあんたが魔女集団に追われて駆け込んできた時よ。

一番アホそうなやつの指をピースメーカーで弾き飛ばしたから一応付けてるだけで、

あれ以来このタグに該当するような展開はひとつもないわねえ」

 

「そこじゃありません。ここ!」

 

「一応読者に断りは入れたけど、

内輪ネタも大概にしないと一昔前に流行ったクソアニメみたいになるわよ。

はぁ、見ればいいんでしょ。……“ファンタジー”?これがどうしたのよ」

 

「わたくし達、全然ファンタジーしてません!」

 

「あんたね、自分が分かってるなら必ず他人にも伝わってると思ったら大間違いよ。

分かるように伝える努力をしなさい。ちょっとくらいならしてるわよ。

物語開始当初、酒場で見かけたエルフ。ガトリングガンの部品作ってもらったドワーフ。

あとは……魔女大勢。そんくらいかしら」

 

「わかりました。……では、お聞きます。

今の状況は、本当に里沙子さんが望んだような世界ですか?」

 

なによ、急に改まって。うるさいのが静かになったせいで、余計空気がしんとなる。

 

「確かに、働かずに飲み食いできてる今の生活に不満はない。だけど……」

 

「だけど?」

 

「やたらタイトルの長いライトノベルみたいな世界観に対する憧れ、

みたいなものがあったのも事実よ。あくまで世界観だけよ?

いきなりレベルカンストで、出会う女の子全部とイチャイチャして、

努力もなしに皆から賞賛されて、最強モンスターも一撃、

みたいなダサい展開はいらない。

クリスタルで出来た古代の神殿、透き通るようなマナの泉、蔦の生えた古城。

そういう素敵な舞台をのんびり散歩してみたいな、って気持ちが

なかったとは言わないわ」

 

「まだ間に合いますよ!

わたくし、これでも旅の途中で世界に散らばる素敵な場所の噂を、

いくつも聞いてきたんです!さあ、今こそ出発の時です!

世界を旅しながら魔王の居所を突き止めるんです!」

 

あたしは大きく大きくため息をついた。

 

「あんた、あたしのプロフィール読んだ?あたしはアウトドア系の活動が苦手なの。

小学校の頃、運動会の途中で暑い中走り回るのが馬鹿馬鹿しくなって脱走して、

近所のコープで駄菓子買ってるところを逮捕されて母さんにビンタされて以来ね。

たとえさっき挙げたような素敵なロケーションがあるとしても、

馬車雇ったり荒れた獣道を歩いて行くくらいなら家で寝てる方がマシよ。

そういうところは大抵人が入りづらいところにあるのがお約束だからね。

エレオノーラみたいなテレポートができるならともかく……」

 

「できますよ」

 

後ろから耳に心地いい声がしたからみんな振り返る。

まさにエレオノーラがいつの間にか立ってたの。

 

「できるってどういうこと?あたしらが、あんたみたいな瞬間移動を?」

 

「はい。“神の見えざる手”は術者と輪になるように手をつなぐことで、

全員がテレポートできるのです。

マリア様のご加護を受けた地には美しい景色がたくさんあります。

ご希望ならわたしが皆さんをお連れします」

 

「それは……初耳ねえ」

 

「里沙子さん、できるんですよ!わたくし達にもまともな冒険物語が!」

 

「ふ~ん、そいつはすげえな。

ちょうど目も覚めたし、どっか面白いとこ連れてってくれよ」

 

急な展開にさすがにあたしもちょっとパニクる。う~ん、この駄文の寄せ集めが今更?

あたしとしては今のグータラ生活でも……駄目ね。弱気になってどうするの。

固着した現状を変えるには思い切りが必要よ。

確かにジョゼットの言うことは間違ってない。

このあらすじ詐欺の状況は早急に是正する必要があるわ。

とりあえずやらなきゃいけないことは。

 

1・住民連中の依頼を解決する。

2・ファンタジーする

3・魔王殺す

 

こんなところね。まず3について。

魔王が何やらかしたのか知らないけど、みんな生きていて欲しくないのは確かみたい。

生きてて誰にも喜ばれないなんて可哀想な気もするけどね。

あら?1って今までわりとやってきた気がするんだけど。

 

水たまりの魔女ロザリーと悪魔殺したり、バラライカの連中の賞金稼ぎに手を貸したり、

ファッションオタクに入れ知恵して壁画を描かせたり。

よーするに、2番を楽しみつつ、

テレテレと魔王に関する情報を集めるって展開にすれば悪くないんじゃないかしら。

うん、決まりね。

 

「ねえ、エレオノーラ。綺麗な景色が見られて、

ちょっとでも魔王のこと知ってそうな連中が住んでるところに送ってくれないかしら。

歩くの楽そうなとこプリーズ」

 

「里沙子さん!とうとうやる気になってくれたんですね……」

 

「旅行か?はいはい!私も行く!」

 

「わかりました。それでは皆さん、お手を」

 

エレオノーラが小さくて白い両手を差し出す。

あたしが彼女の右手を取って、ジョゼット、ルーベル、

最後にまたエレオノーラの左手と、輪になって手を握りあった。

 

「ちなみにどんなところに行くの?」

 

「聖緑の大森林です。樹齢2000年の神木を中心とした、

見渡す限り美しい樹海の広がる聖なる地です」

 

「とにかく清潔だってことはわかったわ。お願い」

 

「では……

総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

彼女が目を閉じ詠唱を始めると、両手から魔力が流れ出し、あたし達の身体を伝わり、

ひとつの光る輪になる。なんだか身体がふわふわしてきた。

どう言えばいいのかしら、エレベーターで下層に一気に下りるような、

あの感覚に似てる。光がますます強くなる。

その閃光があたし達を包み込んで、一瞬視界を奪うと……

 

「……こりゃまぁ、凄いとしか言いようがないわ」

 

「わーい!大きな木がたくさん!ああ、空気もきれい」

 

「へえ……ここの木で私らのパーツ作ったら一生モンになるだろうな」

 

「皆さん、どこもお変わりありませんか?

たまに転移魔法で酔う方もいらっしゃいますので」

 

「うちの連中がこんなもんでヘタるわけないでしょ。

ジョゼットは微妙だけど、喉に指突っ込んでいっぺん吐かせれば問題ない」

 

「それはよかったです。では、行きましょうか」

 

「あの、今ひどいこと言われた気が……」

 

「行くってどこへ?」

 

改めて周囲を見回す。東西南北どこを向いても立派な広葉樹が並んでる。

足元には柔らかな野草の絨毯。時折巻き起こる風が美味しい。

うん、なかなか良いところね。

 

「あの神木です」

 

エレオノーラが指さした先を見ると、樹海の多分中心辺りに、

大きな樹が突き出すようにそびえ立っている。

ちょっと遠いけど、見に行く価値はアリね。

神木まで誘うように広い草の道が続いてるから、

たどり着くまでに崖を登ったり、川を泳いだりしなくても良さそう。

テレポートがあるから帰りの体力も気にしなくていいし。

 

「みんな、ゆっくり歩いて行きましょう。獣の気配もしないし、焦ることはないわ」

 

「おう、身体が木でできてるせいか、なんかあったかいもんに包まれてる気がするぜ」

 

足音もしないほど柔らかな雑草を踏みながら歩くこと10分。

獣の気配はしないけど、別のもんの気配はする。

広葉樹の奥から一直線に届いてくる殺気。

気づいた瞬間、ビュオっと一本の矢が飛んでくる。狙いやすい急所は頭か胸。

風切り音の鳴る高さ、角度、あたしはそれらを総合して着弾ポイントを計算。

結果、頭をずらした。すると同時に、矢があたしの三つ編みをかすめて飛んでいった。

 

「ルーベル、GO!」

 

「任せろ!」

 

ルーベルが地を蹴って森に突進していった。

鉄のように硬いオートマトンの彼女は、弓矢程度じゃ倒せない。

しばらく争うような音が聞こえると、次第に一方的な打撃音に変わって、

やがて元の静寂に戻る。少し待つと、ルーベルが一体の人間型生物を抱えて戻ってきた。

 

「ありがと、お疲れ」

 

「楽勝。こないだ買ったグローブのおかげで殺さずに捕らえられた」

 

そして、謎の人物を地面に放り出す。あらまあボコボコじゃない。

うーん、整っ(て)た目鼻立ちに痩せ型の体型、特徴的な尖った耳。

さてはこいつ、エルフね!第一村人発見したところで、

早速尋問タイムと行きましょうか。髪を引っ掴んで顔を近づける。

 

「うぐぅ……」

 

「さあ、聞かせてちょうだいな。

あたし、あんたを一族郎党皆殺しにした覚えはないんだけど、さっきの弓は何?」

 

「黙れ、汚らわしい人間め!」

 

「意味もなく人間を憎んでる、あるいは見下してるエルフ。

まさしくファンタジーにおけるテンプレね。

でも残念だけど時代はどんどん進歩してるの。

あたしを狙った理由と仲間の居場所と魔王に関する情報と神木への道を言いなさい」

 

「お前は我々エルフの聖地に土足で踏み込んだ。仲間は神木に向かって西側に住んでる。

魔王がこの世界に完全体として現れることはない。

奴の瘴気が全ての命を殺し尽くしてしまうからだ。エサがなくなるという事だな。

神木ならもう見えてるだろう。それを目指してまっすぐ進めば迷わず着く。

……だからそいつを引っ込めろ!」

 

「んふふ、物分りのいい子は好きよ」

 

あたしはエルフに突きつけていたピースメーカーをホルスターに戻した。

拳銃の存在を理解できるほど文明が進んでるか正直心配だったけど。

 

「まあ、ひどい。少し、じっとなさってて」

 

エレオノーラが半殺しにされたエルフの側に座り込んで、彼に手をかざす。

すると、手のひらから優しい光の泡が現れ、それが音もなく弾ける度に、

折れた歯や痣を治していく。

 

「凄いです~あれは中級回復魔法。

聖女様ともなると、このレベルなら詠唱なしでも使えるんですねぇ」

 

「そういやあんたも1個回復魔法使えたわね。誰も覚えてないだろうけど。

あれはどんくらいのレベル?」

 

「えと……一番簡単なやつです」

 

「あんたらしいわ」

 

その時、なんだかエルフの様子がおかしくなった。

なぁに?殴られすぎて脳内出血でも起こした?

 

「エ、エレオノーラ様!?なぜこのようなところに!」

 

「魔王を倒す手がかりを得るために旅をしているのです」

 

「なぜ汚らわしい人間などと!護衛は私共エルフから精鋭を派遣致します!」

 

彼女はゆっくり首を振る。

 

「彼女達でなければならないのです。

数百年前にミドルファンタジアに半身を現した魔王を撃退した勇者も、

やはり人間でした。わたしは彼女達に、未だ勇者の遺物に宿る勇気を見出しました。

あなた方に勇気がないと言っているのではありません。

ただ、魔王を屠るに足る輝きを生み出し得るのは、人でしかないと信じています」

 

「尊きお方の言葉は……私には理解できない!

しかし、せめて神木までの護衛をお任せください。

先程のような揉め事も避けられましょう」

 

「はい。是非、お願いします」

 

エレオノーラはゆっくりと、頭を下げた。

 

「では聖女様、こちらへ。……おい、お前ら、遅れるな!」

 

「へいへい」

 

「現金な奴ねえ。まあいいわ、使ってやりましょう」

 

そんで。あたし達は気を取り直して、エルフの青年についていって神木を目指したの。

10分くらい歩いたかしら。最初は目を奪われた景色にも段々飽きてきて、

正直退屈になってきた。ちょっと先頭の奴をつついてやろうかしら。

 

「ねーエルフ君」

 

「うるさい!俺の名はシャリオだ!」

 

「なんで人間を汚物扱いしてるのに、エレオノーラは神様扱いなワケ?

ひょっとしてこの子、人間じゃなくて精霊とか?」

 

「いいえ。わたしはれっきとした人間です」

 

「ふん!何にでも例外はあるということだ!

エレオノーラ様は幼少の頃から汚れた人間と交わることなく、

マリア様の祝福を受け続け、その力を現世に顕すことのできる尊いお方!

人間族と我らエルフ族に等しく神の教えを説いてくださる。

本来貴様ら下郎と近づくことなどあってはならんのだ!」

 

「ふーん。で、そもそもなんで人間が嫌いなの?」

 

「チッ、黙って歩け!」

 

「あ~里沙子さん退屈すぎて、

あんたの背中に銃口向けてるピースメーカーのトリガー引いちゃうかも」

 

「馬鹿、やめろ!……約500年前だ。

サラマンダラス帝国が今の領地に分割される前、この森はもっと広かった。

我々エルフ族も神木に降り注ぐマリア様の恵みを受け、静かに暮らしていた。

だが、人間が領地争いに持ち出した火薬や鉄砲で、神聖な森に火の手が上がり、

炎は森の半分をあっという間に焼き尽くした!

エルフ族は命を掛けて消し止めようとしたが、まるで火山のように襲いかかる炎を前に、

次々と同胞は焼かれ死んでいったのだ。

……そして、全てが終わった時、我々は、何もかもを失っていた。

村も、仲間も、美しい木々も。

我々は人間族に戦争を止めるように求めたが、返ってきたのは返事ではなく鉛玉だった!

だから我々は同胞すら愛することのできない、全てを奪った人間を憎み、蔑んでいる。

この恨みは未来永劫消えることはないだろう」

 

退屈だから話を聞いてみたけど、余計退屈になったわ。

そばのエレオノーラは悲しそうな顔をしてるけど、あたしはこの子とは違う人種なの。

 

「歴史の授業ありがとね。

つまり、今を生きるあんたは何の損害も被っておらず、

あたしもあんたらに何かしたわけじゃない。

これからは無闇にあんた自身とは無関係の恨み節ぶつけるのはよしなさいな。

今日はわりと機嫌がいいから最後まで聞いたけどね、タイミングが悪いと、

悲しい思い出と一緒に脳ミソ吹き飛ぶことになるからそのつもりでね。

このアンポンタン」

 

「もう一度言ってみろ!!」

 

シャリオがあたしに食って掛かってきた。拳銃持ってるのは見えてるはずなんだけど。

根っからの腰抜けってわけでもなさそう。

 

「里沙子さん……それは乱暴な理屈です。シャリオさんもどうか落ち着いてください。

確かに、その時代を生きていなかった里沙子さんにもシャリオさんにも、

互いを傷つけたり憎む権利はないのかもしれません。

ですが、この戦乱のない時代は先人達の苦難を礎に築かれたものです。

そこに生きる以上、その歴史から目を背けることは許されないと、わたしは考えます」

 

「お人好しねえ。こういう怒りの矛先の向け方もわかんない馬鹿、ほっときゃいいのよ」

 

「だから人間は汚れていると言うんだ!

屁理屈をこねて自らの過ちから逃げ出す、そして過ちを繰り返す!

どうせ人間など自ら創造した武器で殺し合い、死に絶えるに決まっている」

 

「はいはーい。そうだといいわね~」

 

「貴様……!」

 

「いい加減になさい!!」

 

おおっ!?意外な人物から怒鳴られて流石にビビったわ。

いつも微笑みを浮かべているエレオノーラが、

眉間にしわを寄せて怒りを露わにしている。

 

「何故、人間も、エルフも!

数百年経ったというのに、どうして今なお分かり合えないのですか……!?」

 

「あー、エレオノーラ?そんなマジにならないで……」

 

「お黙りなさい!」

 

「わかった黙る。だからそんなにエキサイトしないで、ね?」

 

シスターに怒られる。なんだかデジャヴな状況ね。

下手なこと言うとビンタが飛んできそう。シャリオがエレオノーラにひざまずく。

 

「申し訳ございません、聖女様!恥ずかしながら下郎の振る舞いに我を失い……」

 

「やめなさい!」

 

「っ!?」

 

「先程はああ言いましたが、彼女の言い分にも理はあるのです。

里沙子さんは、たまたまこの時代に人間として生まれただけ。

いきなり矢を射られる理由など無いのです!

憎しみだけで命を奪うなど、マリア様の教えに背く非道な行為と知りなさい!」

 

「申し訳ございません!お許し下さい!」

 

ひたすら頭を下げるシャリオ。

エレオノーラを刺激しないように、ゆっくり近づいてみると……

やだもう、本当マヂで勘弁して。彼女の両頬に涙。どうすんの。どうすんのよ、これ。

 

「……エレオノーラ、ごめん。悪気はなくってさ、ちょっとからかってみただけなの。

もうここで銃は抜かないし、暴言吐いたりもしないから。

でも、何でもかんでも人間のせいにされたままでもいかなかったのよ。

今の人間が、どうにもできない昔の出来事で、

一方的な攻撃や罵倒を受けるのを認めることはできない。それはわかって?」

 

「……はい。大声を出したりして、すみませんでした」

 

「聖女様は間違っておりません!

……確かに、私の軽率な行動は、一歩間違えば此奴の命を奪うところでした。

一時の感情でシャマイム教の禁忌“殺害”を犯そうとした私を、どうかお許し下さい」

 

「その罪と向き合う懺悔の心は、マリア様もご覧になっています。

貴方の罪は赦されるでしょう」

 

「ありがとうございます……!」

 

ふぅ、なんとか爆弾は爆発直前で停止したわ。エレオノーラが袖で両頬を拭う。

すっかり時間食っちゃったわね。

 

「ねー、綺麗に締まったところで、そろそろ進みましょう?

もう無駄口叩かないから連れてってよ。お願い」

 

「うむ……こっちだ。もうそれほど遠くない」

 

ようやく神木に向けて前進を再開したあたし達。とんだ修羅場になるとこだったわ。

エレオノーラも怒ることがあるってことがわかったのは、ここに来た収穫ね。

ところでここはどこの領地なのかしら。

 

「ねえ、ここってどこの領地なの?馬車で来れる?」

 

「サラマンダラス帝国のどこか、としか。

聖緑の大森林の位置はエルフ族によって秘匿されていて、わたしにもわからないのです。

エルフ達が結界を張って外部から侵入できないようにしているので、

偶然たどり着くこともありません」

 

「ふーん、道理で人の気配がなさすぎると思った」

 

もう神木は目の前。でかい。この木なんの木よりでかい。横幅じゃなくて高さがね。

どれくらい高いかって言うと、この森全体を日時計にできるくらい。

 

「ありゃま。間近で見るとスケールが違うわね」

 

「はい~大きいのもそうですけど、なんだか神聖な空気も漂ってます」

 

「ヒュー、立派なもんだなぁ」

 

見上げると、空を突くほど巨大な緑。頂上が見えなくて、登れば天国まで行けそう。

歩いて木の幹を一周するのに5分掛かった。

そうそう、これなのよ。ファンタジー汁があふれ出ているわ。

時々こんなところを周りながら、適当に仕事していれば、

この増改築を繰り返して違法建築状態のSSもまともになるかも。

 

「みなさん、これがご神木です。いかがですか」

 

「すげえよ!こんなデカいのによく倒れないな!

こんだけ大きいとかえって風で倒れやすい気もするが……」

 

「ふん、2000年もマリア様の加護を受け続けた神木が、

ただの風で倒れるわけがないだろう。

……地下50mまで広く根を張っているということもあるが」

 

「多分そっちが正解なんだろうけど、そんなことはどうでもいいわ。

良いものが見られてあたしは満足よ。

もう魔王なんか別にいいから幸せ気分のままお家に帰りたい気分」

 

「駄目ですー!ちゃんと魔王の手がかりも探さなきゃ、ここに来た意味がないです!」

 

「わかってるわよ。冗談よ冗談。……しかし、魔王と木なんて何か関係あるかしら」

 

さっき、ぐるっと一周してきたけど、めぼしいものもなかったしねぇ。

今回は空振りってことで……

 

「里沙子さん!」

 

「ん、エレオノーラどうしたの?」

 

「こっちに来てください!」

 

珍しくエレオノーラが大きな声であたしを呼ぶ。

まさかさっきの怒りがぶり返してヤキ入れられるのかしら。

若干ビビりながら壁のように広く硬い幹のそばに寄る。

 

「何か変わったものでも見つかった?」

 

「はい。木の幹に不思議な力が。このウロに風が渦巻いているのがわかりますか」

 

大人一人が余裕で入れるウロ。中には何にもない。あ、違う。正確には。

 

「風が止まないわね」

 

「その通りです。

ここには森に清められ、神木の祝福を得た風の力が吹き溜まっています」

 

「この風の力がどうなんの?」

 

「少し、待ってください」

 

エレオノーラが、ウロに向かって手をかざし、目を閉じて集中した。

すると、中でグルグルと回っていた風が光を帯び、今度は一点に収縮し始めたの。

思い思いに神木を眺めてたみんなも、珍現象に集まってきて、

何かが生まれるような過程を、息を呑んで見守った。

 

やがて光の風がひとつの光の粒になって一瞬光ると、

ウロの中に緑色のクリスタルがコロンと転がった。

素敵。エメラルドだったらあたしにちょうだい。

 

「これ、何なの?」

 

「風のクリスタルです!

清められた風の力に、ほんの少しわたしの力を注いで実体化させました。

これならきっと、魔王の瘴気を祓うこともできるはず!」

 

「ええっ!それって魔王討伐への大きな一歩じゃないですか!

エレオノーラ様さすがです!」

 

「わたしは大自然の力とマリア様の慈愛をわかりやすい形にしただけです。

しかし、わたし達の旅が大きく前進したのは事実ですね」

 

「謙遜すんなよコノコノ~」

 

「エレオノーラ様、お見事です!

エルフの魔術師でも習得に50年はかかる風の結晶化を、お若くして……」

 

「シャリオさん。このクリスタルですが、

どうしてもわたし達にはこの力が必要なのです。一度長老にお会いして……」

 

「いえ、どうぞお持ちください。

エレオノーラ様が、魔王討伐という崇高な行いをなさるのです。

誰も反対するものはおりません。長老には私から話を通しておきます」

 

「ありがとうございます!」

 

「へぇ~あんた意外と気前いいじゃん。ちょっとだけ見直したわ」

 

「うるさい!お前じゃない、エレオノーラ様に託したのだ!」

 

「ふふっ、分かってるって。とにかくありがとね」

 

あたしは軽く指だけでヒラヒラと会釈を送った。

……さて、ここでのフィールドワークはお終いかしら。

 

「思いがけず貴重なブツも手に入ったし、そろそろ家に戻らない?

もう森林浴も十分でしょう」

 

「今日は思いっきりファンタジーできましたね、里沙子さん!」

 

「ええ。これくらい楽なら、たまには外に出るのも悪くないわね」

 

「私は疲れにくい身体だからいくらでも付き合うぜ」

 

「それでは、帰りましょうか。

……シャリオさん、今日はいきなり来てお騒がせしてすみませんでした。

また、次の説法会でお会いしましょう」

 

「とんでもありません!またお会いできる日を、心待ちにしております!」

 

「そんじゃね~あんたも銃を覚えると良いわよ。

狙いは正確だったから、スナイパーライフルで狙撃してたらあたし殺せてた」

 

「うるさい!人間の殺戮兵器など誰が使うか!用が済んだのならさっさと帰れ!」

 

「はいはい。じゃあ、エレオノーラ。お願いね」

 

「では、皆さんお手を」

 

カタブツのエルフと別れると、またエレオノーラの両手で円になって、

彼女の詠唱を邪魔しないよう口を閉じた。すると、往路のような内臓が宙に浮く感覚。

気持ちいいような気持ち悪いような、不思議な感じ。

そして、強い光に包まれると、そこはいつもの聖堂。

1時間半ほど前までは寝そべって無駄話してた我が家。

 

「無事、転移ができました」

 

「ありがとうございます、エレオノーラ様。おかげで魔王討伐の鍵も手に入りましたし、

なにより、あらすじ詐欺の現状がわずかに改善されました」

 

「いえ、まだよ」

 

「えっ……まさか、今更面倒くさいからやだ、とか本当にやめてくださいね?」

 

「そーじゃない。

とっくに捨てたけど、あんたが持ってきた紙切れの一文思い出してごらんなさい」

 

“日々の困りごとに助けを求め、挙句の果てに魔王討伐まで任される始末。”

 

「これが何か?」

 

「あたしら誰かに魔王殺してくれって頼まれた?」

 

「あ」

 

こんな感じで、今まで何も考えずに書いてきたツケを精算していこうと思うんだけど、

どうかしら。今日の話は、ラノベっていうよりドラクエっぽかったけど。

まぁ、それでも書きたいエピソードが出てきたら横道にそれると思うし、

ただの観光旅行に終わる話も出てくるかもしれないことをお断りしておくわ。

それでは皆さん、今後ともよろしくね。

 

 


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