面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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年々エアコンが稼働しない時期が短くなってる気がするんだけど。一人暮らしでも真夏は電気代が一月5000円する。

真っ赤な高級絨毯が敷かれた大広間で、あたし達は法王を待っていた。

まだ誰も座っていない玉座は背が壁のように高く、

手すりに職人が細やかな火龍の彫刻を施している。

あたしでも分かるくらい上質な木材で作られた玉座は、

天井のシャンデリアから光を浴びて上品な艶を放っている。

まだ法王専属のボディーガードっぽいパラディンは戻ってないみたいね。

 

さて、もうすぐエレオノーラのおじいちゃんが来るはずなんだけど、やけに遅いわね。

今のうちにブリーフィングしときましょうか。

 

「ジョゼット、ルーベル。法王が来たら、まずひざまづいて、頭を下げるのよ。

多分彼がなんか言うから、そこで自己紹介……って聞いてんの!?」

 

「えっ?ああ!大丈夫だ、多分!」

 

「うう、法王猊下に謁見するなんで初めてで、自信ないです~」

 

「安心してください。お祖父様は形式張った作法などにはこだわりません。

ただ心の込もった礼節さえ尽くして頂ければ」

 

「そうは言うけどねぇ」

 

高価な調度品が並ぶ部屋をキョロキョロしながら見てるルーベルと、

同じ聖職者のお偉いさんにビビってるジョゼット。

はぁ、こいつらの面倒見てまで魔王殺さなきゃいけない理由が、

ちょくちょくわからなくなる。僕、なんで戦ってるんだろう。

 

その時、広間の脇にある大きな両開きの扉が開き、

神官っぽいのが二人並んで入ってきた。いよいよね。

彼らの後ろに杖を持った影が見える。

少し腰は曲がってるけど、足取りにはまだ十分な力がある。

そして神官に促され、法王ファゴット・オデュッセウス12世その人が玉座に着いた。

一宗教の頂点に立つ彼が無意識に放つ、

圧倒的ながら威圧しない、清らかな雰囲気にエレオノーラ以外の全員が一瞬息を呑む。

 

おっと、突っ立ってる場合じゃないわ。

あたしはすぐさまひざまづいて二人に目配せする。

ジョゼットは慌ててその場に膝を突いて両手の指を絡め、

ルーベルはロボットみたいにぎこちない動きで片膝と拳をついた。

エレオノーラは立ったまんま。

まぁ、おじいちゃんに会うのに、あたしらみたいにかしこまるのも変だしね。

 

法王が十字架を象った杖を床に立て、視線を上げてあたし達を見る。

金の鮮やかな刺繍で、綺羅びやかな紋様が描かれた法衣に身を包んだ、

白髪の老神父が口を開いた。

 

「……顔を上げ、楽にしてほしい」

 

そう厳かな声で彼が告げると、

エレオノーラが小声で“みなさん立ってください”と言ったから、

あたし達はゆっくり立ち上がった。それでも両手は前に組んで、姿勢は正しく。

就職活動を思い出すわね。深く一礼してあたしも答える。

 

「法王猊下。本日は急な来訪にもかかわらず、謁見に応じていただき、

感謝の念に堪えません。

わたくし、名を斑目里沙子と申します。お孫様にはいつもお世話になっております」

 

主に税金関係でね。

 

「ほう。貴女がハッピーマイルズでは、向こうところ敵なしと噂の

“早撃ち梨沙子”であるか。神がかった射撃の噂は、帝都にも届いておる。

わしの方こそ、急な孫の留学を受け入れてもらい、感謝しておる」

 

「お恥ずかしいですわ。わたくしはただ降りかかる火の粉を払ったまで。

むしろ、わたくし達がお孫様に助けられているくらいで。

そして法王猊下、大事なエレオノーラ様を、

イエス・キリスト降臨の地で次期法王になるべく修行の旅に出した、

あなたのご決断に心から敬意を表します。

肉親として高位聖職者として、大切な存在をそばからお放しになる。

わたくしどもには想像もつかない葛藤を抱かれたことでしょう」

 

「そうでもない。2,3日に一度は転移魔法で戻っておる」

 

てめえいつの間にこのやろ!思わずエレオノーラを見るけど、

こっちに背を向けてるから睨みつけることができなかった。

 

「そ、それは何よりですわ。

では、エレオノーラ様と同居させていただいている仲間を紹介致します。ルーベル?」

 

あたしはルーベルを促す。いきなり声が掛かったルーベルは、

やっぱりロボットのように変な動きで立ち上がってパクパク口を動かした。

 

「えと、あの、私はログヒルズ領出身のルーベルだ。です。

えーと、種族は、オートマトンで、里沙子の教会で用心棒や手伝いをやってるます」

 

やっぱり場馴れしてないのね。どせいさんみたいな喋り方になってる。

形式ばかりの面接試験も一応体験しとくと、こういう時に役に立つってことか。

一応シスターのジョゼットに望みを託す。

 

「はわわわ!法王猊下!あの、わたくしは、遍歴の修道女ジョゼットと申します!

遍歴とは言っても、今は里沙子さんの教会に住み込んで、

日曜ミサを開いてマリア様とイエス様の教えを広める活動をしています!

モンブール中央教会出身で、年齢は16歳です!

大聖堂教会がある帝都にはいつか行きたいなー、と思っていたのですが、

思いがけない出来事で来ることができて……ヒッ!

と、とにかくどうぞよろしくお願い致します」

 

あたしが刺し殺すような視線を送ると、ようやくジョゼットが口を閉じた。

緊張すると、喋れなくなるタイプと、口が止まらなくなるタイプ、

2つがあるって聞いたけど、この子は後者だったみたいね。

どうでもいい情報を手に入れたところで本題に入りましょうか。

エレオノーラが一歩前に進み出る。

 

「お祖父様、今日はお願いがあって参りました。実はわたし達は……」

 

法王が彼女を手で制した。

 

「よい。既にエルフ族の長老から魔術転送で文が」

 

そして、彼が吐息とも詠唱とも付かない囁きを口にすると、その手に一枚の紙が現れた。

 

「既にお前達はエルフの森で風のクリスタルを手に入れたそうじゃな。

……なるほど、魔王討伐に賭けるその信念、しかと受け取った」

 

「ありがとうございます、お祖父様。

つきましては、勇者ランパード・マクレイダーの遺品をお貸し願いたく存じます」

 

「ふむ……」

 

法王は、丁寧に手入れをされた顎髭に触れながら、少しの間考え込む。

ほぼ全ての人間がひざまづく彼が思いを巡らす姿は、あたし達の視線を奪う。

なんだかこの空間が彼の世界になったみたい。そして、結論を出した彼が言葉を紡ぐ。

 

「エレオノーラよ」

 

「はい」

 

「確かに法王の血筋たるお前は、人より秀でた才に恵まれているかもしれん。

だが、魔王の力は余りに強大。奴と相対するにはまだまだ未熟。

後ろに控える同士の助けが必要なのは明白である」

 

「おっしゃる通りです」

 

「うむ。よって、次期法王、そして我が孫の命を預けるに相応しいか、

その力を試させてほしい。……里沙子嬢、よろしいかな?」

 

え、あたし!?いやいや聞いてないんだけど。

とりあえずお行儀よくしてればいいと油断してたから、

動揺を顔に出さないようにするのが大変だった。

 

「も、もちろんです。しかし、具体的には何をすればよろしいのでしょうか」

 

すると、法王が立ち上がって、手にした彼の背より高い杖をトン、と床に突いた。

そして、次にまばたきをしたら、景色が一変し、あたし達全員が、

様々な木々や草花が植えられている広い庭園にワープしてた。

たまげたわね。エレオノーラの“神の見えざる手”の上位互換かしら。

パニックになるルーベルとジョゼット。

 

「きゃあ!ここどこですか!天国ですか?」

 

「え!私のせい!?私のせいじゃないよな!」

 

あたしはこの怪奇現象について小声でエレオノーラに尋ねる。

 

「ちょっと、これなあに!?

詠唱なしで手も繋がないで強制移動とか、インド人もびっくりなんだけど」

 

「お祖父様の“神の見えざる手”です。

法王となる儀式を経て、信者を導く神に近しい存在になった際には、自らのマナに加え、

信者達の信仰がその身に宿り、全ての魔法の効果が爆発的に上昇します」

 

「ねえ、もう法王に魔王殺してもらわない?」

 

「それはいけません。いくら強大な魔力を持っているお祖父様も、やはり人の子。

年相応に体力の衰えは生じていますし、

なにより、魔王を倒すのは次代を担うわたし達でなければなりません。

もし、お祖父様が魔王を倒すことがあれば、

何か困ったら法王様、という弛緩した考えが民に広まってしまいます。

それは、人が自らの足で試練を乗り越える強い気持ちを奪ってしまう行為です」

 

「あたし的には“何か困ったら法王様”の方が楽チンだけどね。

それなら献金払っても良い」

 

「そろそろ、よいかの」

 

「はい、お待たせして申し訳ございません!」

 

本当にお待たせしちゃったわ。あたし達は法王の前に集まる。

ゆっくりとあたし達を見回すと、彼が語りだした。

 

「ここは、大聖堂教会中庭の花園じゃ。聖母の光が降り注ぐこの庭には、

春には春の花が咲き、冬には冬の花が咲く。

……里沙子嬢、ここで貴方の力を見せてもらいたい」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

彼が、杖であたし達の後ろに広がる庭を指した。

 

「見るが良い。散り散りに鉢植えが並んでおるじゃろう。今からわしが、銀貨を投げる。

銀貨が地に落ちるまでに鉢植えを7つ撃ち抜く。それが、貴女への試練である。

決して貴女の力を疑っているわけではない。ただ、信じたいのだ。

愛しい孫を預ける老体の気持ち、どうかわかってもらいたい」

 

「ま、待ってくれ、ください。里沙子の銃には6発しか入りませんです!

いくら早撃ちが得意でも……」

 

「いいのよ、ルーベル。あたしは銃を2丁持ってる。

コルトSAA(ピースメーカー)とCentury Arms M100。両方合わせて12発あるじゃない」

 

「いちいち持ち替えてたら間に合うわけないだろう!」

 

「法王猊下。その試練、お受け致します」

 

あたしは、スカートの両端を摘んで、軽く腰を下げた。

 

「うむ。その意気やよし。……では」

 

法王が懐からピカピカの銀貨を取り出し、親指に乗せる。

デジャヴと思ってたら、西部劇で定番のシチュエーションね。

もしかしたら、彼も好きなのかしら。さて、脳内雑談はおしまい。

あたしは軽く庭園を見回す。銃撃する鉢植えの順序を決定。右手に全神経を集中する。

 

「参る!」

 

ピィン!と銀貨が弾かれる。同時にあたしの視界の色が反転。体感時間がスローになる。

すかさずピースメーカーを抜き、ファニングで銃弾を連射。

曲芸に近い射撃で、陶器や素焼きの鉢植えを撃ち抜いていく。そして、6つ目で弾切れ。

 

そのままピースメーカーを放り投げ、M100を抜き……今度は後方に一発発射。

そして、最後の鉢植えを撃った。

強力過ぎる45-70ガバメント弾で、土を撒き散らして粉々になる。

全てが終わると、あたしの世界が、時間の流れを取り戻す。

無意識に息を止めていたのかしら。荒い呼吸が治まらない。

 

キィン……

 

一瞬の差で、銀貨が地面に落下。エレオノーラが、不安げに法王に問いかけた。

 

「お祖父様!結果は、どうだったのですか!?里沙子さんは、7つに命中させました!」

 

「ふむ……なるほど、これは面白い」

 

法王がゆっくりとした動作で銀貨を拾い上げた。

そして、メダルを眺めてクツクツと笑う。

 

「里沙子嬢、貴女はなかなかの食わせ者じゃのう?」

 

「ご無礼をお許し下さい。銀貨を撃ってはいけないとは言われておりませんでしたので」

 

「えっ、どういうことだ?」

 

そして手のひらの銀貨を見せる法王。皆がそれに注目し、驚きの声を上げた。

 

「ぐにゃぐにゃに、曲がってます……」

 

「って、おい!お前ひょっとしてまさか!」

 

「そ。普通に撃ったら間に合わないから、

M100に持ち替えた時点で、メダルを撃ち上げて時間を稼いだの」

 

「よろしいのですか?お祖父様!いえ、里沙子さんには勝ってほしいのですが……」

 

「構わぬ。魔王相手に正々堂々など何の役にも立たん。

それに、銀貨を撃つなと言わなかったのも他ならぬわしだ。

里沙子嬢、貴女はこの試練、見事に達成した。エレオノーラを、よろしく頼みますぞ」

 

そう言って、法王が深く頭を下げた。ああっと、何してんのよ!

誰かに見られたら面倒なことになるって!

 

「ああ、およしになってください法王猊下!人に見られたら事です!

チャンスを下さった礼を述べなければならないのは、わたくしの方で……」

 

「貴女達なら、必ずやエレオノーラの大きな助けになってくれるに違いない。

……よろしい、地下の聖遺物庫から、勇者ランパードの剣の欠片を持たせよう」

 

「感謝いたしますわ。では、その前に忘れ物を」

 

ようやく法王が頭を上げると、

あたしはさっき投げ捨てたピースメーカーを拾いに行った。

あたしの命綱が壊れていないことを確認すると、ホルスターに戻す。

 

「お待たせしました」

 

「うむ」

 

そして、彼がまた杖で地面を突くと、瞬時に玉座の間に戻った。

2回目だけど、やっぱりすごいわね。法王は玉座に着くと、杖を軽く指で弾いた。

小さく金属音が鳴る。すると、音に色が付いたように、

目で見える小さな波紋が空中に現れ、彼がそれに向かって小声で何かを言った。

 

「手筈は整えた。しばし待たれよ。すぐに聖遺物が届くはず」

 

「ありがとうございます、お祖父様!」

 

「恐悦至極に存じますわ」

 

それから、エレオノーラと法王の雑談を聞きながら3,4分ほど経ったかしら。

法王が入ってきたドアから、赤いクロスを敷いたトレーを持った神官が現れた。

クロスの上には、尖った小さな石ころみたいなもの。

 

「法王猊下、ご指定の品をお持ちしました」

 

「ご苦労。下がってよいぞ」

 

「失礼致します」

 

謎の品を受け取った法王が、それをエレオノーラに手渡した。

彼女が両手に聖遺物とやらを乗せて唾を飲む。

 

「これが、勇者ランパードの剣……」

 

「うむ、世には偽物が大量に出回っておるが、これは間違いなく勇者の遺物。

それを持って少し念じてみるがよい」

 

「はい……」

 

エレオノーラが変な欠片を両手で握って、祈り始めた。

少々退屈だったあたし達もつい前に出た。出た瞬間……!

 

「キャア!」

 

「うおい!」「あわわ!」「なにこれ!」

 

彼女の手から長さ2mくらいの光の束が飛び出した。

エレオノーラ自身も驚いているようで、ゆっくり手を開いて聖遺物の様子を見る。

確かに、あの欠片が輝いて光の帯を発してる。

 

「それが、勇者が命と引き換えに放った聖剣技“アルデバランの咆哮”、その一部。

もっとも、威力も消費魔力も本物の100分の1に満たないが。

エレオノーラ、お前が更に知識と力を磨けば、

深手を負った魔王にとどめを刺すことはできよう」

 

ふーん。イデ○ンソードみたいに、

あの欠片は魔力を実体のない剣に変える効果があるってことね。

変な剣持ってたあのオモチャは間違ってるわよ。……ってちょっと待ちなさいよ!

 

「法王猊下、よろしいでしょうか!」

 

「何かな?里沙子嬢」

 

「では、その剣を使うということは、

エレオノーラ様の命を削るということになるのでしょうか!?」

 

「心配は無用。この剣は見ての通り欠片しか形を留めておらん。

要するに、元々注ぎ込める魔力も限られており、勇者ランパードが命を落としたのは、

己の魂を剣に込める禁術を使用したため。その禁術は既に失われて久しい。

つまり、今この聖遺物を使用しても命を落とすことはない」

 

「そうでしたか……出過ぎたことを申し上げました」

 

「いや、我が孫を案じてくれたことに礼を言う」

 

「里沙子さん……」

 

いや、それもあるんだけど、命と引き換えに世界を~なんて展開、

この話の読者は求めてないっていうか。こっちまでテンション下がるっていうか。

 

「それではお祖父様、わたし達は魔王討伐の旅に戻ります。

しばらくお会い出来なくなるかもしれませんが、どうか、お元気で」

 

「この老体も帝都で旅の成功を祈っておる。……里沙子嬢、ルーベル嬢、ジョゼット嬢。

どうか、孫をよろしく頼み申す」

 

「かしこまりました。お任せください」

 

あたしはペコリと頭を下げる。……後ろの連中はちゃんとできる?

 

「あー、えっと。はい、できるます!」

 

「もちろんです、わたくし達に任せてください!

あ、わたくし最近、聖光捕縛魔法を覚えたばかりでして、

悪魔が最も苦手な光属性でどんな敵でもビリビリ痺れさえちゃうんで……

あ、ごめんなさいぶたないで」

 

ルーベルは慣れの問題だから仕方ないとして、ジョゼットは法王の前じゃなかったら、

ゲンコツを振り下ろしてるところだった。また目で黙らせたけど。

 

「長々と失礼致しました。それではわたくし達はこれで」

 

最後にもう一度一礼して、あたし達は玉座の間から出ようとした。すると。

 

「里沙子嬢」

 

法王に呼び止められた。なにかしら。壊した銀貨弁償しろとか?

 

「はい。何でしょうか」

 

「……貴女は、魔法の心得があるのかね?」

 

「まさか。わたくしは、生まれも育ちもアースの人間です」

 

「そうか……ふむ、妙じゃのう」

 

「あの、何か?」

 

彼が何か腑に落ちない様子だったから尋ねてみた。

 

「先程の中庭での出来事じゃ。

貴女が目にも留まらぬ早撃ちで、見事全ての的を撃ち抜いた」

 

「他に芸のない女ですから」

 

「その時、貴女の体内に凄まじい魔力の奔流を見た」

 

「えっ……?」

 

さすがにあたしもうろたえる。兵庫県出身東京青山在住(だった)あたしが、

魔法なんて使えるわけがない。

でも、目の前に居るのは魔法のエキスパートで、馬鹿な冗談を言うはずのない人物。

 

「あの、わたくしには心当たりが……」

 

「そうか。しかし、あの時貴女の体内でマナから魔力が錬成され、

猛烈な速度で駆け回っていたのは事実。

その実体を掴めれば、あるいは貴女の新たな力になるやもしれぬ」

 

「そうですか……助言に感謝致します。

初めて聞いた話なので、今のわたくしにはどうにもできかねますが」

 

「身体の外に出ることがないから、察知できる者がいなかったのであろう。

……ああ、引き止めてすまない。お仲間が待っている。もう行かれるがよい」

 

「はい、失礼致します」

 

今度こそ玉座の間から退室したあたしは、廊下を歩きながら考えていた。

法王にはああ言ったけど、実は思い当たる点がないわけじゃない。

早撃ちをする時のあの感覚。極限まで意識を研ぎ澄ますことで、

変な脳内ホルモンが分泌されてるのかと思ってたけど、どうもそれだけじゃないみたい。

 

地球にいた頃は気づかなかったけど、あたしにも魔力が宿ってるらしい。でもなんで?

ミドルファンタジアに来たら人間も魔法が使えるようになるのかしら。

答えの出ない問いに考えを巡らせていると、

いつの間にか一般信者の集まる聖堂に出ていた。

 

「里沙子さーん!」

 

ドアの近くでジョゼット達が待ってる。

そうだ、魔法のことは使えるやつに聞いてみることにしましょう。

ああ、ドアで思い出した。パラディンにミンチにされた馬鹿に破られた家のドア、

急いで修理して貰わなきゃ。とっとと戻って大工の工房にGOよ。

 

「お待たせ」

 

「やけに遅かったな。なんかあったのか?」

 

「ああ、ちょっと今日のお礼と挨拶をね」

 

「そっか。それにしても、里沙子のお嬢様言葉は凄いよな。

いつものお前とは別人じゃねえか。私もちょっとずつ練習はしてるんだけどな……」

 

「あれはある程度場数を踏まないと身につかないからしょうがないわ。

ジョゼットは後でタコ殴りね」

 

「えーっ!どうしてわたくしだけ!?」

 

「あたしは自己紹介しろって言ったの。

だ・れ・が、どうでもいい近況報告しろって言った!」

 

「里沙子さん……」

 

「なあに!?」

 

今にもジョゼットの頭に落下しようとしていた拳が止まった。ふん、命拾いしたわね。

 

「どうしたの、エレオノーラ」

 

「今日は、本当にありがとうございました。

あなたが厳しい試練を乗り越えてくれたおかげで、

無事にランパードの剣が手に入りました。

そして、それを扱うわたしの心配までしてくれましたね。……嬉しかったです」

 

「別に……自己犠牲的な展開なんて今時流行んないから一応確認しただけよ。

早撃ちだってあのくらい楽勝だし」

 

「おっ、里沙子照れてんのか~?」

 

「どせいさん黙る」

 

「んっ!意味はわかんないが、なんか馬鹿にされた気がする!」

 

「大正解。馬鹿にしたのよ。なによ、“できるます”って」

 

「このっ……!さっきはしょうがないとか言ってたくせに!」

 

「ふふふっ……」

 

エレオノーラの上品な笑い声。二人共毒気を抜かれる。

まばらな信者達があたし達見てクスクス笑ってるし。

 

「はぁ、馬鹿馬鹿しい。もう帰りましょう」

 

「そうだな。もう帝都には手がかりは無いっぽいからな」

 

「もう帰っちゃうんですか!?さっきそこで素敵なパーラーを見つけたんですけど……」

 

「そうね。あんただけ500km果ての都会に捨てて帰るのも面白そう」

 

「嘘ですごめんなさい」

 

「それでは、皆さんわたしの手を」

 

エレオノーラがハッピーマイルズに戻るべく、また両手を差し出す。

……けど、その異変に気づかないほど間抜けじゃない。

 

「ねえ、あんた。本当に魔法で家に戻っても大丈夫なの?」

 

「どういうことでしょう」

 

「ちょっと顔色が悪いわよ。もしかしたら、瞬間移動って、

移動距離に応じて魔力の消費量増えたりするんじゃないの?

ただでさえ今日、大急ぎで1回長距離ワープしてるんだし」

 

「……その通りです。でも、帰り道くらいなら」

 

「駄目。無理して体壊したら旅どころじゃなくなるわよ。今日はここで休みましょう」

 

「おいおい、なんで黙ってたんだよ。里沙子の言うとおり、宿を探そうぜ」

 

「その必要はないわ。タダ宿があるのよね~」

 

「あれ、里沙子さん帝都に来たことあるんですか?」

 

「ないけどちょっとした知り合いがね。ちょっと待ってて!」

 

「ああ、どこ行くんだよ!」

 

あたしは教会の前の広場で、学生っぽい子に声を掛けて、知りたいことを尋ねた。

やっぱりそこそこ有名になってるらしく、すぐに情報が集まった。

駆け足で皆のところに戻る。

 

「お待たせ。じゃあ、行きましょう」

 

「行くってどこへ?」

 

「着いてからのお楽しみよ」

 

「なんだか不安です……」

 

それからあたしは、大通りを2ブロック進み、角を右折。

しばらく真っすぐ進み、帝都の中心街から外れて、

ポツポツ小さな森や雑木林が見られるエリアに出た。

途中でふと疑問がひとつ。今日、エレオノーラのお祖父様に会ったわけだけど、

彼女のご両親はどうしてるのかしら?なんとなく気軽に聞くのがはばかられる。

いつかタイミングを見計らって尋ねることにしましょう。

更に5分ほど歩くと、……あったあった。崩れた壁がレンガで補修され、

窓ガラスも張り直されてる。その屋敷のドアの前に集合した。

 

「里沙子さん、ここってどなたの家なんですか?」

 

「あら、ジョゼット覚えてない?このボロ屋」

 

「私はさっぱりだ」

 

「あ、ここって……」

 

「はい、エレオノーラ正解。ルーベルは見たことないはずよ。

うちに来る前のことだから」

 

そして、あたしは修復されたとは言え、ボロさは変わらない家屋のドアを、

思い切り殴った。

 

「おるかー!借金返さんかい!風呂沈めたろかー!」

 

「お、おい!何やってんだよ!」

 

でもその時、中からバタバタとうるさい音が聞こえてきた。

 

“ごめんなさーい!雷質マナの料金はもうちょっとだけ待ってくださいー!”

 

「はよ出んかー!行政代執行で財産差し押さえるぞー!」

 

「里沙子さん、少し乱暴では……仮にも神さ」

 

ガチャッ

 

「お願いです、それだけは……キャッ!」

 

ドアが開いたところで、

あたしは大きくなったジョゼットみたいな女の首根っこを捕まえた。

 

「いやー!乱暴しないで……って、里沙子ちゃん?」

 

「久しぶりねぇ、ファッションオタク!」

 

あたしは目をぱちくりさせるマーブルにご挨拶した。

 

 


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