面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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続きが思いつかないのでこれまでの話はなかった事にしてください…冗談よ。本当にやった漫画家いるけど。

「いたい、いたい、いたい!里沙子ちゃんやめて~!」

 

「どこの誰が?心優しくて、困ってる人なら誰でもウェルカムなわけ?ねえ!!」

 

「そこまで言って……あだだ!お願いやめてー!ジョゼットちゃん助けて~」

 

「あの、マーブルさんだって神様なんですから暴力は……」

 

「里沙子さん落ち着いてください!突然どうしたのですか!?」

 

「おいおい!何怒ってんだよ」

 

マーブルの館に、アイアンクローの激痛に悶える彼女の悲鳴が響く。

エレオノーラを始めとした後ろの連中が混乱してるけど、これでも手加減してるのよ。

壊れたら困る眼鏡は外してる。

 

「あたしらを今晩泊めたら許す」

 

「泊める、泊める!私のベッド一つしかないけど、

大きめのクイーンサイズだから、女の子5人ならなんとか並んで寝られますー!」

 

「ふん、これからは余計なこと言うんじゃないわよ。

来たのがエレオノーラだからまだ良かったけど、

頭のおかしい奴が居座ったらピースメーカーぶっ放す事態になってたんだから」

 

あたしはようやくジョゼット2号ことマーブルの顔面を解放した。

 

「痛~い!」

 

「手間かけさせるわね。入るわよ。みんな、ここが今日の宿よ。入った入った」

 

「ここ、私のお家……」

 

「あー……なんか悪いな。邪魔するぜ」

 

「ご無沙汰しておりますマーブル様。……あの、しっかりなさってくださいね」

 

「お久しぶりですね、マーブルさん!……わあ、素敵な美術館!」

 

ドアの近くにうずくまって半泣きになっているマーブルを放って、

あたし達は彼女の神殿を見回した。

去年見た写真からは想像もつかないほど綺麗になってて驚いたわ。

古いけど内部はきちんと清掃されていて、

広いホールに年季の入った石膏の胸像や、昔の絵画が飾られてる。

あら?これはまだ絵の具が新しい。最近描かれたみたいね。

興味深げに見ていると、うしろからマーブルがよろよろと近寄ってきた。

 

「そうです……それはここに通う美術大学の学生が描いたものなんです。いたた……」

 

「そういう大げさな痛がりもジョゼットそっくりね。本当に人が戻ったようでなにより。

とりあえずお腹空いてるの。夕食出してちょうだいな」

 

「居住スペースは神殿の奥です。うう、まだ公共料金の催促のほうがマシでした……」

 

「ん?そういやおかしな状況ね。食べながら事情を聞きましょう」

 

それからあたし達は奥のダイニングに移って、

食卓でマーブルの作った夕食を食べ始めた。スライスしたフランスパンに、

とろけるチーズとオイルサーディンを乗せて、オーブンで焼いたもの2つ。

それとコンソメスープ。

 

まあ、シンプルなものだけど、

それで人が作った食事にケチつけるほど図々しくはないし、

腹さえ膨れればなんでもいい。

で、みんな少しずつ夕食を口に運びながら今の状況について会話を始めた。

 

「マーブル様、申し訳ありません。突然押しかけて夕食まで頂いて……」

 

「悪いな。知り合いでもないのに泊めてもらって。私はルーベルってんだ」

 

「マーブルさん、ちゃんとご飯食べられるようになったみたいで嬉しいです!」

 

「ああ、いいのよ気にしなくて。貸しを返してもらっただけなんだから。

ゆっくりくつろいで」

 

「あのう、今、私に言われたような気がするんだけど……あ、いいわ。

それより里沙子ちゃん、どうして急に帝都に?」

 

「うん、それがね……」

 

かくかくしかじか。と言うわけで、

マーブルにあたし達があらすじ詐欺の現状を打開するため、

大義もへったくれもない魔王討伐の旅をしていることを説明した。

 

「そうだったの……

法王様が急にエレオノーラちゃんを里沙子ちゃんの教会に送り出したのは、

こうなることを予見していたのかもしれないわね」

 

「この作品の性質的にそれはないわ。あいつ馬鹿だからプロット作れないの。

だから未だにこいつの出番もない」

 

あたしは、財布からいつでも使えるように持ち歩いているカードを取り出した。

いつかマーブルから貰ったカード。

描いたものをなんでも1時間だけ実体化出来るんだけど、既に最強の戦力を描いてある。

それを見たルーベルが珍しそうに聞いてきた。

 

「なんだそりゃ?へんてこな奴が描いてあるけど」

 

「実際目の当たりにしたら、へんてこなんて言ってられないわよ。

とりあえず今、彼の出番はない」

 

「あ!私の送ったカード、使ってくれたんですね!」

 

「うん。銃や剣はすぐ消えちゃうし、金はたくさんあるし、

だったら1時間大暴れしてくれる助っ人にしようと思ったの」

 

「里沙子さん、そのカードは?」

 

「ああ、ごめん。ずっと前にマーブルから貰ったの。

好きなものをなんでも1時間だけ作れるカード。らしいわ」

 

「まあすごい!わたし達が旅を始めてから、魔王討伐の装備が次々と手に入っています。

きっとマリア様の思し召しですね」

 

「これは去年末にもらったものなんだけど、まあいいわ。

便利な道具は多いに越したことはないし」

 

あたしはチーズパンをかじって、スプーンでコンソメスープを一口。

手紙に書いてあったけど、自炊始めたのは本当みたい。普通に美味しいわ。

 

「マーブルさん、だっけ?誤解しないで聞いてくれよ。

こうして見てると、普通の姉ちゃんにしか見えねえ。

確か芸術の女神だったかな。さっき里沙子から聞いたんだが」

 

「はい、普段はこうして人の姿をしています。

この神殿を尋ねる芸術の道を志す者と直に接するには、

やはり市井の者と同じ姿をしていたほうが、何かと都合が良いので」

 

「本当かしら。ただオシャレしたいだけなんじゃないの?

前はそれで金欠状態になってたみたいだし。

っていうか、光熱費が滞ってる今も怪しいもんだわ。

人が戻って献金も増えてきたって手紙に書いてたけど」

 

マーブルが思わずスプーンを落としかけて弁解を始める。

 

「そそ、そんなことはありません!

さっきのアレは、えーと、あの、今月はたまたま出費が重なって……

ほら、このセーターだって去年の流行なんですけど、

今年の新作は我慢して着回してるんですよ?」

 

「限りなく黒に近いグレーね。こっそり新しい服や靴買ってる疑いが」

 

「本当ですー!」

 

「マーブル様、ここでの暮らしが難しいようでしたら、

いつでも大聖堂教会にお越しくださいね。教会からこの聖堂までは歩いて通えますので」

 

「あのう、わたくし、あとで献金箱に100G入れときますね……」

 

「私も200G入れとく。宿泊費としてな」

 

「年下の女の子3名に生活の心配される神様ってどうよ。あたしは1Gも入れないけど」

 

目をぐるぐるさせて頭を抱えるマーブル。情けない神様ランキング暫定1位ね。

 

「あうあう……私も、ただ信者の献金を待ってるだけじゃないんです。

週2日絵画教室を開いて、運営費を賄おうとはしてるんです~!」

 

「暇な主婦の手芸教室じゃないんだから、週5日やんなさいよ!」

 

すると、マーブルが両手の人差し指を突き合わせながら、もじもじと言い訳を始めた。

 

「でもぉ~あんまり神様が人前に出ると威厳が~

私としては今のペースで学生のみんなに自由に作品を作ってもらったり~

見学に来てもらったほうがいいかな~なんて。だめ?」

 

「はい出ました、デモデモダッテ。

一瞬であたしのイラつきを爆発させる精神攻撃を放ってくるとは大したものね。

まあ、こっちの生活に影響があるわけじゃないからどうでもいいわ。

勝手になさい、クソ女」

 

「ひどい!」

 

「ちょっと里沙子さん!だからひねりを加えてくださいって言ったじゃないですか!

暴言の中にも笑える要素を取り入れて!」

 

「もうよしましょう。

こいつの懐事情についてだべっても、あたしらにとって何のプラスにもならない」

 

「あの、マーブル様?里沙子さんは口は悪いですけど、

本当に困ったときは助けてくれる優しい人ですから……」

 

「エレオノーラちゃん、それ、ジョゼットちゃんにも言われた。

でも、それ以上に傷つけられてる気がする……」

 

あらら、マーブルが完全に落ち込んじゃった。あたしも流石にいじめすぎたみたい。

せめて会話の方向を変えましょうか。とは言え何を話したものかしら。

魔王殺すのに役立つアイテムの場所?だめだめ。ファッションオタクが知るわけない。

……う~ん、今日ちょっと気になったことを尋ねてみましょうか。

 

「ねえマーブル。神様のあんたに聞きたいことがあるんだけど」

 

「……こちらクソ女マーブル。どうぞ」

 

「わかったわよ、悪かったわよ、言い過ぎた!

……ひとつ聞きたいんだけどさ、アースからこの世界に来た人間が、

無意識のうちに魔法を使えるようになることってあるのかしら」

 

みんな一斉にあたしを見て、食卓がざわっとした空気になる。

 

「里沙子、まさかお前……」

 

「違う違う!もしあたしが核兵器レベルの爆破魔法使えるようになってたら、

魔王とか瞬殺じゃない?だったら楽かな~って思っただけよ!」

 

法王に言われたことを確かめたかったんだけど、

なんとなく今は伏せといた方が良い気がして、ついごまかしてしまった。

 

「それでどうなの、マーブル?」

 

「普通はありえないわ。

ミドルファンタジアの人間が魔導書から学んだ知識で魔法を使えるのは、

マナに満たされたこの世界で生まれ育ったから。

マナがない代わりに高度な技術で発展してきたアースの人の体には、

このマナが備わっていないの。

だから魔道具屋で魔導書を買って知識を得ても、それを発現するエネルギーがないから、

魔法を使えるようにはならないわ」

 

「細かいとこ突くけど、“普通は”ってどういうこと?」

 

「この世界はアースから流れ込んだ人や物で発展してきたってことは知ってるわよね。

でも、極稀にミドルファンタジアの人間がアースに流れ着くこともあるの。原因は様々。

転移魔法の事故、天災による次元断層の発生、その他諸々。

そしてアースにたどり着いたミドルファンタジア人間がアースの者と子を成すと、

親のマナが子供に受け継がれる。

その子が何らかの方法で魔法を習得すれば、それを行使することはできるわ」

 

「なるほど……」

 

アースの人間が魔法を使える可能性はゼロじゃない。

でも、日本では何をするにも戸籍ってもんが必要になってくる。

ましてや結婚して子供を作るならなおさら。

ちょっとした自慢だけど、うちは新田義貞のすんげえ遠い子孫なの。

少なくとも出自不明の人間は家系にはいない。

親父に浮気する甲斐性なんかないし、母さんも性格的にありえない。

人の道に外れたことを善悪抜きに侮蔑してる。

 

「里沙子ちゃん、あとでちょっといいかしら」

 

「え!?じゃあ、やっぱり里沙子さんは!」

 

「ああ、違うのよ、エレオノーラちゃん。ちょっと後片付けを手伝ってほしいだけ」

 

「そゆこと。

いくらタダ宿でも、食い散らかしてそのまんまにしとくほど、育ちは悪くないの」

 

「だったら私達も」

 

「ルーベルちゃんとジョゼットちゃんは、

先にベッドの用意をしておいてくれないかしら。里沙子ちゃんと話もしたいしね。

寝室は奥の突き当りよ」

 

「う~それなら、わたくし達だって、マーブルさんとお話ししたいです……」

 

「ベッドで横になってからでもいいでしょう。とにかく、お願い」

 

「わかりました……」

 

夕食を終えると、あたしとマーブルだけがキッチンに残り、皿洗いを始めた。

他のメンバーは奥の寝室ではしゃいでる。

 

“わぁ、大きなベッド!それにおしゃれな服がたくさん!”

“おーい、遊んでないでシーツ張るの手伝ってくれ”

“それでは、左側はわたしが”

 

しばらく黙って皿を洗って水切りカゴに入れる作業をしていたけど、

頃合いを見て話を切り出した。

 

「……いつから気づいてたの?」

 

「里沙子ちゃんが尋ねてきた時からずっと。体の中で魔力が渦潮のように渦巻いてた。

とても高度な魔法を使った後みたいにね」

 

「法王にも似たようなこと言われたの。あたしの中に激しい魔力の奔流を見たって」

 

「それはいつ?」

 

「勇者の遺物を借りるために、ちょっとした試験みたいなのにチャレンジしたの。

いつもの早撃ちよ。

集中力を極限まで高めて、投げたメダルが落ちるまでに7つ植木鉢を撃った。その直後」

 

「そう……わかったわ」

 

マーブルが水瓶から洗い桶に井戸水を汲んで、仕上げに残った皿の泡を洗い流した。

そして布巾で手を拭きながら、あたしを裏口に連れ出す。

 

「ちょっと、外に出ましょうか」

 

「ええ」

 

台所から裏口にでると、古ぼけた木の台があり、枯れた草の伸びた植木鉢があった。

マーブルが台の上に足元に転がってるレンガを3つ置いた。

 

「このレンガを的だと思って、いつもの早撃ちのように集中してみて。

本当に撃たなくてもいいわ。もう夜だし、近所の皆さんが驚くから」

 

「わかったわ」

 

あたしは少し息を吸うと、ホルスターの側に手をやる。

そして、まばたきを止めて集中力を高める。

集中力が限界まで達すると、またしてもあたしの視界の色が反転する。

羽ばたくカラス、揺らめく木の枝、目に映る動体全てがスローになる。

 

念のため、あたしはピースメーカーを抜いて、形だけレンガに狙いを着ける。

ふと気づくと、不思議なことに、あたしだけはゆっくりとした世界の中で普通に動ける。

もし目の前のレンガが敵だったら、射撃もリロードも思いのまま。一方的に攻撃できる。

……ちょっと何なのこれ!?

驚いていると、精神力が限界を迎えたのか、世界の色が元に戻った。

 

「……はぁっ!はぁっ!ゲホゲホッ!」

 

同時にあたしは、全速力で帝都の大通りを往復したような、凄まじい息切れに襲われた。

思わず両手を膝につく。ひたすら空気を求めて必死に呼吸していると、

マーブルが近寄って、あたしの背中を撫でた。

 

「これではっきりしたわ。間違いない」

 

「はぁ……はっきりしたって、何が?」

 

「里沙子ちゃん。あなたは、魔法使いになっちゃったのよ」

 

「ええっ?なんでそんなこと……」

 

マーブルがいつになく真剣な面持ちで語り始めた。

彼女の丸メガネに街灯の光が反射して、目の表情が見えない。

 

「さっきあなたが的に向かって集中していた時、

体内のマナが一瞬にして膨張して莫大な量の魔力に変わったの。

次の瞬間、それがあなたの体内を時計回りに猛スピードで駆け巡ってた。

その時、何か異変は感じなかった?」

 

「異変っていうか、いつもどおり限界まで集中した。

そしたら、またいつもどおり世界の流れがゆっくりになって。鳥も、木も、全部……

でも、その中でもあたしだけは普通に動けた。

今までは脳内ホルモンか何かの影響だと思ってたんだけど」

 

すると、マーブルが首を横に振った。

 

「いいえ。それはあなたが自然に身につけた魔法。

というより、特殊能力と言ったほうがいいかしら。

どういう経緯で習得したのかはわからないけど」

 

「……なるほど、今まで無意識に体感時間を遅くして、

擬似的に超スピードで動いてたってことなのね。まあいいわ。

ずっと前から新しい武器が必要だと思ってたのよ。

こういう形の戦い方もあるってことね。

そう言えば、この世界で戦い始めたときから、集中出来る時間が伸びてる気がする。

もっと使いまくって長く時間を制御できれば……」

 

「駄目よ」

 

なぜか反対を受け、マーブルを見る。

 

「え、なんで……?」

 

「その能力を今のまま使い続けると、あなた、死ぬわ」

 

死ぬ?マーブルのくせに何を似合わない台詞を、と言おうとしたけど、

ようやく見えた瞳に気圧されて言葉が出なかった。

彼女がじっとあたしを見ている。ジョゼット2号ではなく、一柱の神として。

 

「死ぬって、どういうことよ……?」

 

「今、体感した通りよ。その特殊能力は体に凄まじい負担を掛ける。

これまでみたいにタイムオーバー、つまり限界まで使ってばかりいると、

確実に命を削る。本来人の手に余る力を連発しているのだからそれも当然。

里沙子ちゃん、あなたは自分の能力について正しく知る必要がある」

 

「知るって言ったって……発動したらそれまでなのに、具体的にどうしろってのよ」

 

「知り合いの魔道具店の魔女を訪ねて。後で紹介状を書くわ。

とにかく彼女に会うまでは能力を使うのはやめて。

どの程度なら安全に時間を止める能力を使えるのか、

そもそも途中で能力を解除する方法はあるのか、

どうすればその制御法を習得できるのか。あの人に相談してちょうだい。

帝都にはしばらく居てもらうことになるわ」

 

「……わかった。こればっかりは面倒くさいとか言ってられないわね。

自慢の商売道具が下手すりゃ死ぬような代物だったとはね」

 

「うん。じゃあ、みんなのところに戻りましょうか。今日は疲れたでしょう」

 

そして、あたしとマーブルは裏口から館に戻った。

既にベッドメイクを終えて待ちかねたルーベルが出迎える。

 

「やけに遅いと思ったら、外で何やってたんだ?」

 

「あー、井戸から水を汲んでたのよ。

ここ、あたしの家みたいに自動ポンプ組み上げ式じゃないから」

 

「それなら私呼んでくれりゃよかったのに。まあいいや、ベッドの用意はできてるぜ」

 

「ありがとー、ルーベルちゃん。それじゃあ、早いけど今日はもう休みましょうか」

 

帝都に来てからスナイパー騒ぎやら何やらで疲れ切ってたあたしは、無言で同意した。

なんだかどっと疲れが出てきた。よたよたとマーブルの寝室に足を踏み入れた瞬間。

 

「うっ!」

 

あたしとは違うタイプの汚部屋が広がってた。

何のつもりで買ったのか、部屋の大半を

1人で寝るには大きすぎるクイーンサイズのベッドが占めてる。

それはいい。おかげであたし達が寝られるんだし。でも、他が酷すぎる。

数少ないスペースに2段式ハンガーラック。そこに40着はある季節ごちゃ混ぜの洋服。

余った場所には天井まで届くほどの靴箱。

 

……まあいい、まあいいわ。眠って疲れが取れるならそれでいい。

あたし達は、両サイドを無駄に多い服や靴に囲まれて、5人並んでベッドに横になった。

ゴロンと寝転んで、やっと休めると思ったのも束の間。

あたしの目にとんでもないもんが飛び込んできた。

 

「マーブル~?」

 

「はい?」

 

「夕食ん時だっけ?服は着回すようにしたって言ってたわよね。

あのハンガーラック上段に掛かってる洒落たコートは何かしら。

昼間偶然見ちゃったんだけど、

ブティックのショーウィンドウに“今年の新作”って書かれてた気が」

 

「えっ!?あのう、それは、突発的な欲望に背中を押されて、

一時の気の迷いで買ってしまったものでありまして、

私は決して“あ、この色カワイー”とか“今年の流行は押さえとかなきゃ”とは、

全く思っておりませんです、はい」

 

「反省の色なし。化けの皮が剥げたわね、ファッションオタク。

公共機関に迷惑かけてまで贅沢した罪は重い。

ジョゼット、ルーベル、小銭納める必要はないわよ。存分に貧乏生活を味わうがよい」

 

「おう」「ごめんなさい、わたくしが後で叩かれるので……」

 

「うそっ!なにげに楽しみにしてたのに!里沙子ちゃん許して~」

 

「この無駄に多い服を質に入れることね」

 

「マーブル様、いつでも大聖堂教会は門戸を開いておりますので……」

 

「うう、明日からまたモヤシ炒め……」

 

茶色いシミの付いた天井を見ながら、どうでもいい話をしていると、

皆いつの間にか眠りについてしまった。

 

そして翌朝。

アホな失敗で300G儲けそこねて、

朝っぱらから落ち込み気味のマーブルに見送られながら、

あたし達は彼女の館の前に集まっていた。

 

「マーブル様、貴女の施しに感謝致します。

是非、大聖堂教会の近くにお越しの際はお立ち寄りを。心尽くしの歓迎を致します」

 

「ありがとうね、エレオノーラちゃん。私の味方はあなただけよ……」

 

「自業自得でしょうが。モヤシは強火でサッと炒めるのがコツよ」

 

「泊めてくれてサンキューな。神様がこんなに身近にいるなんて、帝都は凄いな」

 

「サンキューなら200Gのお恵みを……」

 

「だあっ!!」

 

「ごめんなさいもうしません」

 

「ったく、本当にジョゼット2号の名前がピッタリね」

 

「え、なんですかそれ!まるでわたくしがマイナスステータスみたいな名前!」

 

「ええっと、今日の予定は、と」

 

「あの……」

 

あたしが“予定”と口にすると、

マーブルが近寄ってきて、あたしのポケットにこっそり一通の手紙を入れた。

 

「……無理は、だめだからね?」

 

「わかってるわよ。世話になったわね。それじゃあ」

 

そして、あたしは金貨3枚をマーブルのスカートに突っ込んだ。

 

「えっ?」

 

「誤解すんじゃないわよ。紹介状の代金。

ひもじい思いしたくなかったら、節制ってもんを身に着けなさい」

 

「里沙子ちゃん……やっぱり大好き!」

 

マーブルがいきなり、がばっと抱きついてきた。

やめなさいよ、みんな見てる!頬ずりすんな!

 

「おー、どしたどした。もう仲直りか?」

 

「事情はよくわかりませんが、お二人とも楽しそうで何よりです」

 

「あたしのどこが幸せそうだってのよ……ええい、いい加減離せ!」

 

「あの、ジョゼット2号について説明を……」

 

こんな感じでしばらく馬鹿騒ぎが続いた後、本当に出発の時が来た。

あたしはマーブルに書いてもらった地図を見て確認する。

 

「ここに行けば、魔道具屋なのね?」

 

「そう。ちょっと気難しい人だけど、必ず力になってくれるわ」

 

「わかった。ありがとね」

 

「ん?もうハッピーマイルズに帰るんじゃないのか?」

 

「どこかにご用事でも?」

 

「うん。もしかしたら、あたしの新しい武器が手に入るかもしんない」

 

「すごいですー!里沙子さんの大きい方の拳銃よりも?」

 

「ある意味ね」

 

「ある意味?」

 

「急ぎましょう。モタモタしててもしょうがないわ」

 

あたしはジョゼットの問いには答えず、さっさと歩き始めた。

皆も慌てて追いかけてくる。

 

「おーい、武器ってなんだよ。私にも教えてくれよ」

 

「ごめん。ちょっと込み入ってるの。向こうに着いたらどういうものかわかるわ」

 

「なんかはっきりしねえ表現だな。里沙子らしくねえ」

 

「……」

 

沈黙を守りながら、ただ両足で赤レンガの道路を歩く。

ケーキ屋、インテリア雑貨の店、レストランが並び、何台もの馬車が行き交う。

地図を広げてみる。あの路地の先が魔道具店らしいわ。

あたし達は左右の建物の日陰になり、薄暗い路地に入る。

すると同時に、10m程先に怪しい店が視界に入った。

 

屋根も壁もバーナーで炙って炭化させたような黒。

ショーウィンドウの奥には用途不明の道具が値札も貼られずに並べられてる、

というか放置されてる。転がってようが倒れてようがお構いなし。

やっぱり黒い木製の小さなドアに、カボチャのランタンが吊り下げられている。

 

「あの、里沙子さん……ここ、本当に入るんですか?」

 

「当然」

 

このV.A.T.S(*1)みたいな能力を完全に制御しないとあたしの命が危ないのよ。

あたしはガタついた真鍮のドアノブを回して、ドアを開けた。

そして、天井の低い店内に入る。中が薄暗いから様子がよくわからない。

その時、突然店の奥から声を掛けられた。

 

「ここはガキの来るところじゃないよ」

 

思わず目を丸くした。

だって、マーブルからは魔道具屋の店主で魔女だって聞いてたから。

 

「聞いてんのかい。用がないなら出ていきな」

 

シガニー・ウィーバーがカウンターの奥で座ってんのよ!?

ツナギ姿で、黒のセミロングをパーマにした目付きの鋭い30代後半の女性が、

カウンターに右腕をどかっと乗せて、あたしを睨むように見つめてる。

あたしは慌ててマーブルからの紹介状を取り出して彼女に差し出す。

 

「はじめまして。あたし斑目里沙子。

どうしても自分の能力について知らなきゃいけないの。力を貸して。

これ、芸術の女神マーブルから紹介状」

 

「マーブルから?……貸しな」

 

シガニーはあたしから紹介状をひったくると、乱暴に封を破ってさっと目を通す。

そして、くしゃくしゃと丸めて近くの暖炉に投げ捨てた。

手紙はあっという間に燃え尽きる。大丈夫かしら。念のため確認する。

 

「ねえ、あなたがここの店主の魔女、で間違いないわよね……?」

 

「何、魔女はブカブカのローブ着て三角帽子被ってなきゃいけないっての」

 

「そうじゃないけど、あなたの場合、

パルスライフルや火炎放射器ぶっ放してる方が似合いそうだと思っただけ」

 

「ぶん殴るよ。……まったく、面倒な小娘よこしてくれたもんだね。

私は黒鉄(くろがね)の魔女ダクタイル。どっちかっていうと錬金術のほうが本業だけど。

ほら、後ろの連中も突っ立ってないでさっさと来な」

 

ダクタイルの強烈な存在感に、みんな何も言えずに素直に集まってきた。

 

「まどろっこしいことは嫌いだ。単刀直入に言うよ。この小娘は、魔法使いだ」

 

打ち明けるタイミングを図っていたあたしの気持ちも知らないで、

シガニー・ウィーバーは言い放った。

 

 




*1 知らない方ごめんなさい。Falloutってゲームシリーズに出てくる、
時間を止めて敵を狙える機能よ。
3は完全停止だったけど、4ではスローに機能縮小されてた。
いつもは小ネタにいちいち注釈入れないんだけど、
検索に引っかかりにくいみたいだったから。

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