「……そういうわけで、
この子は擬似的に時間を止めることができるようになったらしい。マーブルによると。
あいつの言うことだから眉唾ものだけどね」
「マジで!?里沙子、お前いつの間に魔法なんか勉強してたんだ!」
「えー!里沙子さんって実は魔女だったんですか?」
「そんな、体感時間とは言え、時を操るなんて、
それこそ神話に登場する時空の神でもなければ……!」
リプリーお願いやめて。あたしがどう切り出そうか迷ってたデリケートな問題を、
バケツに溜まった雨水みたいにぶちまけることを今すぐやめて。
「うるさいねえ!まだ喋ってるんだから静かにしな!
……そう言えば、大聖堂教会のお嬢。あんたこんなところで何してるんだい。
どっかの田舎に引っ越したって聞いたけど」
「あ、はい。イエス様降臨の地で、将来法王としての職を全うすべく……」
「もういい、大体わかった。話を続けるよ。今度ワーキャー騒いだら叩き出すからね」
黒鉄の魔女ことダクタイルはブルドーザーの如く強引に話を進める。
あたしに一切喋らせないこの迫力は、やっぱり年の功なのかしら。
「こいつが超人的な能力を手に入れたことはもう話した。だが、それには副作用がある。
体に掛かる負担が大きすぎるってこと。
何も考えず、この能力で戦い続けると、この娘は遠からず死ぬ」
“……!!”
あたし以外の全員が口に手を当てて言葉を飲み込んだ。
言いたい事はあるんだろうけど、大人しくしてないとガチで殴られると思ってるみたい。
あたしもそうだから。
「で、あんたに聞くけど、自分の体内に宿るマナや、マナが昇華して流れる魔力を、
自分で感じ取ることはできるのかい」
発言を許可されたあたしは、ただ首を横に振るだけ。
「いいえ。そもそもマナとか魔力自体さっぱり」
すると、ダクタイルは髪をかき上げながらため息をつく。
「はぁ。本当にやっかいなもん押し付けてくれたね。
今度あいつの美術品2,3個失敬しなきゃ割に合わんわ。……まずは基礎の基礎からだね。
蒸気機関に例えると、マナってのは人間に限らず、
ミドルファンタジアに生きる生命全てに備わってる、いわば石炭。
その石炭を燃やして得られる蒸気の力が魔力。
人も魔女もエルフも、この魔力をいろんな形で魔法として使ってるのさ。
あんたはどういうわけか、知らないうちにマナを燃やして魔力にして、
時間停止の魔法として発動してる。ここまではいい?聞き直すなら今のうちだよ。
後でやっぱり忘れましたとかほざいたら、ひっぱたくよ」
「だ、大丈夫。魔法を使うには体内のマナから魔力を生み出して、
エネルギーにしなきゃならない。間違いないわよね?」
「そー。それでいいのよ。で、あんたは厄介な事に自分の意志とは無関係に、
命を削るほどマナや魔力を使ってる。まるで暴走機関車。
これをなんとかするには、
魔道士みたいに意識的にマナや魔力を制御できるよう修行しなきゃならないけど、
一日二日で身につくもんじゃあない。それまで、何某かの魔道具で補助する必要がある」
「魔道具?」
「あんたのやせっぽちの体じゃ、例の時間停止を制限時間一杯まで使うと、
体中の細かい血管がぶち切れるから、そうだねえ……大体60%使うと、
魔力の生成と魔法の発動を強制的に停止させる器具が要るようになるね。」
「お願い、それを作って。この能力がないと、多分魔王とまともに戦えない」
「魔王か……手紙にも書いてあったけど、あんたらも物好きだねえ。
誰も相手にしてない奴のためにわざわざ命賭けるなんて。
駐在所や軍本部前の手配書も北砂大戦から続くただの慣習さ」
「それは自分でも分かってる。馬鹿みたいなことに首突っ込んでるなってことは。
でも……なんて言ったらいいのかしら、自分自身の生きる理由?
みたいなもんを守るために必要なことなの。その為に必要なら金に糸目はつけない。
その魔道具が欲しいの」
みんなが口を閉じたまま何度も頷く。ダクタイルがじっとあたしの目を見て語りだした。
「……ふん、若造が“金に糸目つけない”なんてナマ言ってんじゃないよ。
1億G出せつったら出せんのかい。
まあいい。作ってやらなくもないけど、何から手を付けたもんかねえ。
まず、肝心のあんたの能力を見せてみな。ここでいい。
目の前のムカつくババアを撃ち殺す勢いで精神を集中してごらん」
「わかったわ……」
正直この狭い店の中じゃ、あまり調子が出ないけど、贅沢は言ってられない。
あたしは昨夜と同じように、ホルスターに手を近づけ、ダクタイルを見据えて、
早撃ちの体勢を整えた。次の瞬間、また周囲の色が反転。
カウンターに置かれたランプの火が、波打つようにゆっくりと揺れる。
あたしが動けることを確認しようと自分の手を見ようとしたその時。
「うくっ……!!」
軽く腹を殴られた。お腹にはダグタイルのたくましい拳。
「えっ、どうしていきなりお腹殴ったんですか!?」
ジョゼットが軽く悲鳴を上げる。
「あんた達から見たらほんの一瞬だったろうけどね、この子は今、数秒間
自分だけの停止した世界にいたのさ。だから限界になる前に力ずくで止めた。
なるほどわかった。今のあんたが体への負担なしに能力を使えるのは、9秒程度だね。
おまけに自分じゃ能力を停止できないし、瞬時に発動することもできない。
このままじゃ、1対1の決闘ならともかく、乱戦になったらまるで役に立たない。
宝の持ち腐れさ。こりゃ大仕事になるよ」
「大仕事って、どれくらいかかりそう?」
「能力の性質上、どうしても時計型の魔道具になる。
それに、手のひらくらいの大きさに収めないと、実戦で邪魔になる。
知り合いの時計職人にも声かけなきゃいけないし、術式の構築にも時間がかかる。
相応の出費は覚悟しとくんだね」
時計型?それを聞いてあることを思いついた。
あたしは小さい鞄と言っても通るくらい大きな白い財布から、
覚悟を決めてミニッツリピーターを取り出し、ダクタイルに見せた。
「ねえ……時計が必要ならこれ使えないかしら。
アースの技術で作られた超精密な懐中時計なの」
「超精密だ?見せな」
ミニッツリピーターを手渡すと、ダクタイルは愛しの金時計を、
ぶっきらぼうな態度とは対象的に、赤子を撫でるように丁寧に調べ始めた。
5分程眺めると、彼女はまた大きく息をついた。
「なんで小娘がこんな代物持ってんのかね……ああ、使えるとも。
そこいらの下手くそな職人が作った時計よりよっぽどね。
既にコイツの機構が魔道具の域に達してる。
私の術式と、この魔術的な構造がリンクするか、中身を見て確かめるけど、いいね?」
「えっ!?もしかしてバラすの!それはちょっと勘弁してほしいんだけど!」
「慌てんじゃないよ。これでも魔女なのさ。壊さずに中を見る方法くらい心得てる」
「それなら全然構わないけど、それ、あたしの命の次に大事なものなの。
面倒がりのあたしがいくつもバイト掛け持ちして、
就職してからも給料の大半をつぎ込んで……」
「うるさいね!舐めんじゃないよ、そこらの三流鍛冶屋と一緒にしないで貰いたいね。
……大地に眠る鋼鉄の獅子、某が叡智、某が息吹、封じられし汝が臓物を今暴かん。
こじ開けな!マシナリズム!」
すると、魔法の詠唱を終えたダクタイルの指先に青白い光がぽうっと現れ、
ミニッツリピーターにそっと触れた。
やっぱり魔法よりアセチレンバーナーの方が似合いそうね。口には出さないけど。
馬鹿なことを考えていると、金時計から次々と同じく青白い光が飛び出し、
ホログラフのように内部の部品が映像化し、ダクタイルの周りを取り巻いた。
彼女は目を左右に動かして、宙を舞う無数の部品を睨むように見つめる。
時間にしてほんの数秒だったかしら。
ダクタイルが軽く指を鳴らすと、ホログラフが消え去った。
「なるほど。媒体はもう出来上がってる。
後は私が術式を組み上げてコイツに宿らせれば、あんたの能力のリミッターが完成。
コイツは預かるよ。3日後にまた来な」
「わかった。よろしくお願いするわ」
「ああ、任せな。……手数料は工賃込みで10万Gだ。忘れんな」
「ええもちろん」
そして、あたし達は真っ黒なダクタイルの店を後にした。魔時計の完成は3日後。
この後どうしよう。と、思った瞬間、後ろの3人が一斉に騒ぎ立てた。
「里沙子!なんで黙ってたんだよ!魔法使いになったこと!」
「そうです!気づいたのはいつなんですか?」
「しかも命を縮めるほど危険な魔法だなんて!」
「あー!うるさいうるさい!言い出すタイミングを考えてたら、
シガニー・ウィーバーに全部ぶちまけられたのよ!
……魔法について知ったのは、マーブルの館に泊まった時。腐っても神様みたいね。
あたしを見た時から、体内に大きなマナと激しく流れる魔力が見えてたんだって。
法王猊下にも似たようなことは言われてたんだけど」
「お祖父様が?どうしてわたしには教えてくださらなかったんでしょう……」
「だから、彼はあたしに心の整理をつける時間をくれたんでしょうよ。
とにかく、一旦ハッピーマイルズに戻らない?
もうエレオノーラの体力も回復したし、3日後までやることがない」
「それには賛成だけどよう……
里沙子、また何か危ないことがあったら今度はちゃんと言ってくれよな」
「そうです~水臭いじゃないですか……」
どうしよう。こういう友達らしき存在がいなかった奴は大人になってから困る。
こんな時どう言ったらいいのかしら。笑えばいいと思うよ?
……ふざける場面じゃないわね。
「悪かったわよ。次はちゃんと言うから。
あたしも急なことだったから、どうすれば良いのかわかんなかったのよ」
「本当に、約束ですからね?
里沙子さんの異変に気づけなかった、わたしにも責任はありますが」
「法王猊下やポンコツ神様でなきゃ見抜けなかった変化だもの。しょうがないって」
「あ、わたくしでは飽き足らずマーブルさんまで……」
「それじゃあ、エレオノーラ。ハッピーマイルズまでお願い!
魔時計が出来上がるまでここに留まっても宿泊費がかさむだけだからね。
これ以上マーブルにたかるのも流石に酷だし」
「そうですね。それでは、皆さん手を」
あたし達はいつも通り手を繋いで輪になって、
エレオノーラの“神の見えざる手”の効果範囲に収まった。
彼女が詠唱を始め、あたし達が無重力状態になったような感覚を覚えると、
まばゆい光に包まれる。視界が元に戻ると、いつもの我が家。
エレオノーラの体調にも異常はなさそう。やっぱり1泊してよかったわね。
……さて、ドアが壊れたまま随分家を空けちゃったわね。
空き巣に入られてなきゃいいんだけど。
まぁ、金時計は帝都にあるし、通帳は暗証番号がなきゃ使えない。
ここに盗るようなもんなんてないけど、一応家の中は調べときましょうかね。
あたしが住居に入ろうとした瞬間。
「うおおおお!!リサアァァ!!無事であったか!」
ああ!最後に聞いたのはいつだったかしら。
この人間が発することができる限界を軽く超えてる大音声は。皆、思わず耳を塞ぐ。
こっちの気も知らないで、将軍が分厚い装甲を何枚も重ねた鎧を、
相変わらずガシャガシャ鳴らしながら聖堂に入ってくる。
彼の正体を知らないルーベルやエレオノーラが思わず身構える。
「二人共、大丈夫よ。この人は、シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍。
この領地の軍を率いていて、あたしも何度もお世話になってる方よ」
「そう、なのか?いきなり鉄の塊が突進してくるからびっくりしたぜ」
「里沙子さんがそういうなら大丈夫ですね。わたしもびっくりしましたが」
二人がほっとした様子で彼と向き合う。彼も珍しそうに二人を見る。
「おや、こちらのお嬢さん方はリサのご友人であるか?」
「まぁ……そんなところです。ご紹介しますわ。こちらがルーベル。
訳あってログヒルズ領からうちに来たオートマトンです」
「ルーベルだ。悪い、将軍さんとは知らなくて、挨拶が遅れちまった」
「ガハハハ!気にすることはない!将軍とは言っても大した身分でもない。
気軽にシュワルツと呼ぶがよい!」
「ですから、そのまんまじゃありませんか。
彼女はエレオノーラ。法王ファゴット・オデュッセウス12世のお孫さんです。
イエスさんが降臨したこの教会に留学することになりました」
「はじめまして、将軍殿。よろしくお願い致しますね」
「なんと!!法王猊下の孫君とはつゆ知らず!失礼つかまつった!」
「あ、お気になさらないでください。
今はまだ、何も成していない、いちシスターに過ぎませんから」
「将軍。彼女は本当に特別扱いを望むタイプではありませんので、
どうか肩肘張らずに接して頂けると、彼女も嬉しいと思います」
「はい、その通りです」
「そうであるか……気遣い痛み入る。
して、本題に入るが、急に教会を空けた理由を教えてはもらえないだろうか。
ミサが開かれないどころか、ドアが破られ何者かが押し入った形跡があると、
不審に思った信者が軍本部に駆け込んできた。
慌てて部下を引き連れ、捜索を行っていたところ、
リサ達が突然神殿に現れたという次第である」
「それは、お忙しいところ大変ご迷惑をおかけしました。
教会をお守り頂いたことにも感謝致します。
実は、昨日このようなことがありまして……」
あたしは将軍に、昨日のスナイパー騒ぎから、パラディンとの出会い、
法王との謁見やマーブルで発覚した特殊能力、
それを制御するための魔道具の完成を待つため帰還したことを、掻い摘んで説明した。
「リサ、貴女はあのパラディンと共闘したと言うのか……」
「ええ。私達を狙撃した犯人が賞金首のスナイパーだったのですが、
彼に……惨殺されました。
何か彼には特別な事情があるように見えたのですが、
深く立ち入らない方が良いような気がして、あまり多くを聞くことはしませんでしたが」
「……賢明な判断である。
彼は悪を滅するため、人であることを捨て、自ら家族との縁を断ち切り、
穢れを負うことを選んだ戦士。
触れられ、自らの穢れを他者に移すことは彼も望んではおらぬ」
「とても、悲しい話ですね……彼の背中はたくましく、頼りになる殿方でした。
できればもう一度会って礼を述べたかったのですが」
「その気持ちだけで、彼は満足であろう。さて、気になることはまだある。
リサ、貴女に芽生えた特殊能力である。
それは貴女が魔道士になったということであろうか?」
「それについては何とも。
芸術の女神マーブルは、魔法というより特殊能力に近いと言っておりました」
「どのような能力なのか、聞かせてはくれまいか」
「はい。自らが感知出来る時間をほぼ停止させ、
その中で自分だけが好きなように動くことができる。擬似的な時間停止能力です」
「なんと!そのようなものを持ち出された日には、どの賞金首にも勝ち目はない」
あたしは頭を振って続けた。
「この能力は不完全なのです。
発動に集中力を極限まで高める必要があるため、使用にタイムラグが生じ、
また、一度発動すると、精神力が尽きるまで停止できません。
そして、今のまま何度も繰り返し使用すると、少しずつ命を削り、やがて死に至ります」
「なっ……!諸刃の剣とはまさにこのこと!斯様に危険なものは使うべきではない!」
「ご安心ください。能力の発動を制御するための魔道具を帝都で注文してきました。
3日後には出来上がります。もっとも、それを身につけると停止時間は9秒に減少します。
今の私が肉体に負担をかけることなく安全に能力を使えるのは、
現状この程度ということです」
「そうであったか。それは一安心である。……それはそうと、
そもそもなぜリサがその能力を発動する機会が訪れたのか、聞かせてはくれまいか」
「そうですね……話すと長くなります。まずは座りましょう。
ルーベル、長椅子を動かすのを手伝って。ジョゼットは将軍にお茶を」
「ああいいぜ」
「はい、お任せくださーい!」
ダイニングには大きな鎧を着た巨体の将軍が入れないから、
長椅子を向かい合わせて聖堂での話し合いになった。
皆、コーヒーや紅茶のカップを手にしながら話を始める。
まずあたしは、自分の能力が発覚するきっかけとなった、法王の試練について話した。
「……その時、世界の色が何もかも反転したのです。
すると、飛ぶ鳥や木々の揺らめきが、ほぼ停止状態になり、
私だけがその中で動けることに気が付きました」
「ふむう。聞けば聞くほど不思議な話だ。
つまり、リサは今まで無意識のうちにその能力を使っていたのだな?」
「今まではただの限界まで達した集中による、脳の活性化だと思っていたのですが、
いつの間にか私に宿っていたマナと魔力が、
体内で何らかの術式を発動していたらしいのです」
「しかし、リサはアースの人間であろう。魔法が使えるとは考えにくいが」
「この世界からアースに転移した者が子を成すと、その身にマナが宿るそうなのですが、
私の家系に身元の怪しい者はおりません。私にも何が原因なのか……
あの、私からもよろしいでしょうか」
「何でも聞いてほしい」
「どういうわけか私の身体にマナが宿っていることはわかりました。
そのマナは、修練などによって絶対量を増やすことは可能なのでしょうか?」
「可能である。方法は至って簡単。
筋肉を鍛えるように、何度もマナを消費し、
身体をこの世界に満たされたマナに慣れさせるのだ。
我も剛剣を使う際、魔法で炎の神の力を借りるのだが、何度も剣を振るううち、
いつの間にかこの身体にマナがパンパンに詰まっていた。ガハハ!」
なるほど。FF2みたいに使えば使うほど魔力が増えるってわけね。
決定キャンセルの裏技は使えないけど。
「確かに、将軍殿のお体からは、力強い魔力を感じます」
「おお、そう言えば!エレオノーラ女史は高度な光属性魔法の使い手であったな。
リサ、魔道具が完成した暁には、彼女の知恵を借りてはどうか」
「それはいい考えですわ。エレオノーラ、お願いできる?」
「はい。もちろん」
「ん?」
その時、将軍が何か腑に落ちない様子で首をかしげた。
「これまでの話をまとめると、リサは新しい力を求めているように思えるのだが、
何か倒すべき敵でも現れたのかな?」
急に核心を突いてきた将軍に皆戸惑う。
お互い顔を見合わせるが、ルーベルが口を開いた。
「話してもいいと思うぜ。
もしかしたら将軍さんが他の力の手がかりを持ってるかもしれねえし」
「……そうね、隠す意味もないし」
あたしは、あらすじ詐欺と言うしょうもない問題から始まった、
魔王討伐の旅について将軍に話した。彼の顔色がみるみるうちに変わっていく。
「いかん、いかん!あまりにも危険すぎる!!」
ああ、鼓膜がジンジンする。将軍がここの屋根からヤッホーしたら帝都まで届きそうね。
「魔王一体ならまだしも、奴は無数の悪魔の軍勢を従えておるのだぞ!
いくら強力な装備を手に入れても、その数に押し切られる!
その悪魔ですら人間を遥かに凌駕する力を持っている!
目で追うことすらできぬ俊足で相手に接近し、刃のように鋭い鉤爪で獲物を切り裂き、
魔力を直接砲弾に変えて離れた敵を焼き尽くす!
魔王がこの世に現れたのは数百年前の北砂大戦が最後。
平穏な世に生まれた貴女達が無理に立ち向かうことなどない!」
そりゃ、あたしだって何でこんなことしてるんだろうってちょくちょく思うけど。
「明日……」
「明日?」
「明日、その平穏な世が消え失せる保証がどこにありましょう。
今も魔王は手下の悪魔をこの世に送り込み、生贄を捕らえているとか。
つまり、魔王の侵略行為は小規模ながらも続いている。
いつ、第二次北砂大戦が勃発してもおかしくないのです。
ならば、先にこちらから仕掛け、目の上のたんこぶは治療したほうが早いというもの」
「しかし……」
決定を渋る将軍に、今度はエレオノーラが声をかけた。
「将軍殿、どうかわかってください。既におじ…法王猊下の許しも得ています。
里沙子さんの言うとおり、魔王にとって数百年という時は、
ほんのわずかな休息時間にすぎないのです。
何もせず手をこまねいていては、かつての悲劇の繰り返しにしかなりません」
「……エレオノーラ女史。うむ、わかった。魔王との決戦には我も参加しよう」
「えっ!?よろしいのですか!ハッピーマイルズの大黒柱たる将軍が」
「そうだよ!将軍って確か、軍の運営を担っている偉いさんだよな?
そいつがいなくなったらどうすんだよ!」
すると、将軍はニヤリと笑って、
「だからこそ、である。貴女達が魔王打倒に必要な装備を揃えている事は分かった。
足りないのは、数である」
「数?」
彼の言わんとすることがわからなくて、今度はあたしが首をかしげた。
「リサ。貴女の魔道具を取りに帝都に戻る時、皇帝陛下に謁見を求めるとよい。
サラマンダラス帝国が誇る精鋭部隊を貸していただくのだ。
我が紹介状を書く。それがあれば、陛下も話をする時間をくださるであろう」
「軍隊!?」
「そう。なにも皆が皆、平和ボケしているわけではなかったということだ。
帝都の軍本部には、日夜悪魔を殺す兵法を研究し、
厳しい訓練に明け暮れている特殊部隊が存在している。
彼らの力を借りられれば、文字通り百人力である。
そして、時が来れば我の率いる軍も戦いに加わる」
「確かに、わたくしが習ったかつての戦いでは、
地平線を埋め尽くすほどの悪魔との激突があったとされています。
勇者の遺品や風のクリスタルだけでは、とても太刀打ちできません……」
「しかし、将軍……」
後に続く言葉が見つからない。どうでもいい理由で始まった旅をふらふら続けてたけど、
まさか見ず知らずの他人を巻き込む事態になるなんて。
でも、将軍の言うとおり、あたしたち4人じゃどんな兵器があっても魔王には勝てない。
知らないうちに現実から目を逸らしていたことに気づく。
なんにも起きないうちに、なあなあで旅が終わるんじゃないかって。
「わかりました。将軍、皇帝陛下への紹介状をください」
「任せるがよい!明日にでも部下に届けさせよう!
我はこれから歩兵行軍演習があるので、これにて失礼する!」
「本当に、ありがとうございます……」
あたしは立ち上がって、深く頭を下げた。彼はいつものように大きく明るい声で笑う。
「ハッハッハ!まさかリサが自分から魔王討伐を買って出るとは、
民草の噂も当てにならんものよ!」
「噂?」
「ハッピーマイルズ教会の早撃ち里沙子は、ものぐさで人嫌い。
街では公然の秘密である」
「ちょっ、嫌ですわ!誰がそんなことを!」
「決してミサに現れない家主を不思議に思った信者が、ジョゼットに尋ねたところ、
リサの人となりが皆に知れ渡ることになった次第である」
「ああっ、将軍。それはちょっと……」
「ジョゼット~?後でね……」
張り付いた笑顔をジョゼットに向けると、あたしは将軍を外まで見送った。
彼は大型バイクより頑丈で速そうな黒馬にまたがる。
「今日は、ありがとうございました。いつもお手数をお掛けして」
「リサと我の仲ではないか。それより魔王討伐の件……無理はせぬようにな」
「承知しております」
「うむ、ではしばしの間さらばだ。行くぞ、ファイブチャンピオン号!」
力強い、いななきを上げて走り出した愛馬と将軍を手を振って見送る。
さて、魔道具が出来上がるまでできることはないわね。
まだ正午を回ったところだし昼寝でもしようかしら。でも教会に戻ろうとして気づく。
「あちゃー、ドアぶっ壊されたままだわ。
……しょうがない、街まで行って大工の工房に修理依頼しましょうか」
「あ、街まで行くんですか?わたくしも連れてって……いだだだ!!」
「やることもうひとつあったわ。誰が、ものぐさで人嫌いよ、ええ?」
両手の拳でジョゼットのこめかみをグリグリする。
確かにものぐさで人嫌いだけど、勝手にジョゼットに触れ散らかされるのは腹が立つの。
「痛い痛い!ごめんなさい、もうしませんから!」
「ああ里沙子さん、どうかその辺で……」
「はぁ、家に戻った途端にこれかよ」
その後はこれと言って特別なことはなかったわ。
ジョゼットに制裁を加えた後、あたしは3人に留守番を頼んで街の大工を尋ねたの。
もちろん用件はドアの修理。
今度は大聖堂教会のドアと同じ素材を使った頑丈なものにしてもらったわ。
鍵もオモチャに毛が生えたものから、
凄腕シーフでも手に余る複雑な錠に変えてもらった。
これで去年から気にはなってたけど、
ズルズルと引き延ばしになってたドアの強度は解決。
今度こそ魔道具完成までやることないから、3日間、みんな思い思いに過ごした。
そして3日目。
昨日中途半端に夜更かししたせいで、半分覚醒半分睡眠の奇妙な状態で、
頭の中が夢か現実かわからない。
多分夢だとは思うんだけど、なんだか意識がはっきりしてる。
当然あたしは横になってるんだけど、なにかベッドの質感が違う。
……というか運ばれてる?動こうとしても動けない。
周りの人が急いであたしをどこかに運ぶ。そのうち謎の人物の声が聞こえてきた。
“バイタル確認”
“血圧102の60!先生、低下が止まりません!”
“心マ続けて。患者の状況は?”
“17時頃、左折したトラックに撥ねられ頭部打撲、左上腕部骨折、内蔵損傷の可能性が”
“緊急手術。頭部CT撮って。患者の血液型は?”
“B型です!”
“B型準備して。麻酔は?”
“既に麻酔科の先生が手術室に!”
“了解、輸血しながらCT。写真でき次第、手術開始”
“わかりました!”
そして、バタンとドアの閉じる音で完全に目が覚めた。ん~何だったのかしら。変な夢。
ああそうだ!今日はあたしの魔道具の完成日。
さっさと取りに行かなきゃリプリーにどやされそう。
あたしはいつも通り身支度を整え、身体にしっかりとガンベルトを巻いた。
そうそう、10万G入った袋も忘れちゃ駄目。
トートバッグに金貨の詰まったズタ袋を入れると、私室を後にした。