ヴォン!と、あたし達は、エレオノーラの術で3日ぶりに大聖堂教会の前に降り立った。
彼女も前回みたいにアホに急かされず、詠唱に集中できたから、
正常に転移して地面に叩きつけられずに済んだ。
「なんとか無事に転移できたわね。エレオノーラ、体調はどう?」
「はい。今度は落ち着いて詠唱できたので、全く問題ありません。
帰りの魔力も十分残っているので、今回は日帰りできそうです」
「本当、無茶はやめてくれよ。
別に急いだって、魔王の居所も分かっていない今、どうしようもないんだから」
「ありがとう、ルーベルさん」
「それで、今日はどこに行くんでしたっけ?2つあったような……」
「数を覚えてただけあんたにしちゃ上出来よ。まずは、と」
あたしは、トートバッグから2枚の書類を取り出して確認する。
ひとつは数日前マーブルにもらった地図。
もうひとつは、将軍に書いてもらった皇帝陛下への紹介状。
とりあえず、完成した魔道具を取りに行きましょう。
10万Gの金貨が肩に食い込んで正直痛い。
紹介状をバッグにしまって、地図を頼りにダクタイルの魔道具店へ向かい始めた。
この広い帝都の街は一日滞在したくらいじゃ全体を把握しきれない。
「ええと、このまま真っ直ぐ進んで右だから……うん、あってるあってる」
「あのう、里沙子さん」
「何よ、慣れない街で気を抜いたら迷いそうなの。ほら、用件なに」
「あの、用事が早く済んだら、この前見つけたパーラーに行きませんか?
美味しそうなチョコレートパフェが頭から離れないんです。
ずっと夢に出てくるんです……わたくしがお金出しますから、ね、ね?」
全くこいつはなんというか。アル中患者でもあるまいし。
「清貧の心得はどこに行ったのかしら。あまりに哀れで、何も言えないわ。
……しょうがないわね、日が沈むまでに用事が片付いたら連れてったげる。
エレオノーラのブドウ糖補給のためにね!」
「やったー!里沙子さん大好き!」
「はしゃぐな抱きつくな鬱陶しい!
本当、マーブルと行動パターンそっくりね!行くわよ!」
いきなりわがまま発作を起こしたジョゼットをどうにかなだめ、
あたし達は再び歩きだした。
すると、徐々に景色が見覚えのあるものに変わっていくことに気づく。
「もうすぐね。ダクタイルの魔道具店」
「里沙子さんの魔道具、素敵なものができているといいですね」
そうじゃなきゃ困る。上手くあたしの能力を活かしてくれなきゃ話にならないし、
そもそもあの時計は長年の相棒。ポンコツにされちゃたまんないわ。
……見えたわ、あの薄暗い路地。
「みんな、もうすぐよ。店では静かにね~」
「わかってるって。あのオバサンおっかなかったからな。
怒らせたらマジで殴られそうだ」
「チョッコパフェ、チョッコパフェ、ふわふわクリームにとろ~りチョコ~!」
「それ店で歌ったらコロコロしちゃうから」
「はい」
ジョゼットが間抜けな歌を止めたところで、ちょうどダクタイルの店に着いた。
やっぱりガタついてるドアノブを回して、店内に入る。
彼女を探してカウンターを見ると、相変わらず険しい顔でこっちを見返してきた。
トートバッグから金貨袋を取り出して、彼女に話しかける。
「おはよう。3日前に……」
「里沙子だろう。できてるよ。さあ、金を出しな」
相変わらず、こっちに喋らせようとしないダクタイル。
野盗みたいな言い方しなくてもいいのに。まあ、威圧感はこっちが段違いだけど。
あたしは仕方なく黙ってカウンターに袋を置いた。彼女は袋を手に取ると、
脇に置いてある小銭の計算機らしきものに中身を全部ぶちまける。
大きな漏斗型容器の底に開いた溝に、金貨が次々と飲み込まれ、
側に設置されたアナログ式数字表示がパラパラと音を立てて計算した金額を示す。
ごちゃごちゃ説明したけど、郵便局とかに置いてある小銭計算機と見かけは大体一緒よ。
まぁ、いくら自動とは言え10万Gの計算には時間がかかるみたい。
退屈しのぎにダクタイルが話しかけてきた。
「なんだい、さっきの間抜けな歌は」
「犯人は後ろにいる黒いほうのシスターよ。イラついたなら殴っていいわ」
「そうか。……そこの黒いの」
「ひゃいっ!」
身の危険を感じても、彼女の目つきに射すくめられ、身動きができないジョゼット。
「……あそこに行くなら、極厚ぷるぷるパンケーキは食っていきな。
あれを食わなきゃ帝都に来た意味がないくらいの一品だ」
「「えっ?」」
あたしもジョゼットも意外過ぎる返答に声が裏返る。
「ああん?なんだい、私がパーラーでケーキ食ってちゃおかしいのかい!?」
「「いいえちっとも」」
二人共全力で否定する。ついでにルーベルとジョゼットもぶんぶん首を振ってる。
「ふん、計算が終わったね。ちょうど10万G……
何してかき集めたんだか知らないが、いいだろう。ブツはこれだよ」
ダクタイルが、カウンター上の柔らかいマットに、愛しの金時計を置いた。
会いたかったわ、愛する我が子!見た目も全く変わってない。ほっとしたわ。
「まず、首から下げてみな」
言われた通り、細い金の鎖でミニッツリピーターを胸に下げる。
あら、少し感触が違うわ。そっと手で触れてみる。
不思議がるあたしに気づいた彼女が語る。
「その通り。
そいつはこの世界で唯一無二と言ってもいいほど精巧だったが、それゆえに脆かった。
それじゃあ、戦場に持ってったところであっという間にグシャリだから、
あたしの錬金術で耐久力を底上げしたよ。それに関しちゃサービスだ。
次は動作チェック。ちょっと待ってな」
するとダグタイルは、後ろのキャビネットを漁って何かを探し始めた。
「うん。これがちょうどいいね。
……いいかい?今から3,2,1でこの砂時計をひっくり返す。
その瞬間、能力を発動して限界まで時間停止しな。
ちょうど半分砂が落ちたところで能力が解除されるはずだ」
「わかった……」
あたしは、ホルスターに手を近づけ、精神を研ぎ澄ます。
「いつでもOKよ」
「行くよ。3,2,…1!」
砂時計がひっくり返る。同時にあたしの世界も停止。
砂がまるでスノードームのパウダーのようにゆっくり落ちていく。
ふと胸元を見ると、ミニッツリピーターの長針が通常ありえない速度で回っている。
なるほど、これが能力のタイムリミットってことか。
それに気づき長針が一周した瞬間、世界が流れを取り戻す。
軽く散歩した程度の身体の火照り。砂時計の砂はちょうど半分。
ダクタイルがあたしをジロジロ見てから納得したように告げた。
「上手く行ったね。もうその時計はあんたと一心同体。主のあんたに無茶はさせない。
今の能力発動でも身体に傷一つ着いちゃいない」
ほっとしたと言うより脱力した。能力が安全に使えるようになったこともあるし、
金時計が無事に戻ってこともあるし、美しさに強度がプラスされて単純に嬉しいし、
どう言って良いか。
「良かった……里沙子さんが無事に力を使えるようになって」
「これで里沙子も立派な魔術師ってことだな!」
「それじゃあ!今からお祝いにパーラーで」
「9秒間で何発殴れるか試してみようかしら」
「嘘です冗談です」
「まぁ、それは置いといて、あたしが本当に魔術師を名乗れるのは、
金時計に頼らずに自分の能力を制御できるようになったとき。
エレオノーラ、魔法の使い方や感じ方、これから教えてね」
「もちろんです。でも、全く魔力について無意識だった人が、
その流れを掴むのは第六感を養うのと同じこと。厳しい訓練になりますよ」
「鬼教官エレオの誕生ね。とにかく、よろしくね」
「ああ、うるさい!いつまでくっちゃべってんだい!用が済んだなら出ていきな!」
おっと。ここが黒鉄の魔女ダクタイルの根城だってこと忘れてたわ。
あたしらはそそくさと撤退する。
「ありがとう、ダクタイル。おかげであたしの金時計の魅力が増したわ」
「ふん、報酬に見合った仕事をしただけだよ。
今度来る時は、また金になる仕事を持ってきな」
「仕事?」
「その金時計の能力をアップグレードしたい時だ。
例えば、マナをチャージして、能力一回分の魔力・身体的負荷を肩代わりしてくれる、
とかね」
「えっ、そんなこともできるの?」
「まだ先の話。あんたのマナじゃ当分無理だ。
せめて1分止められるようになってから、また来るんだね。次は20万貰うけど」
「覚えておくわ。それじゃあ……ありがと」
「……せいぜい頑張んな」
ぶっきらぼうだけど仕事に誠実で、ちょっとだけ優しい魔女に小さく手を振りながら、
店を後にする。
あたし達はとりあえず路地から出て道路に戻った。さあ、ここからが本番よ。
「エレオノーラ、皇帝陛下はどこにいるのかしら。
そこにはあなたの“神の見えざる手”で行けない?」
「ここからは見えづらいですが、
皇帝陛下は帝都の北端にあるサラマンダラス要塞にお住まいです。
ですが、マリア様の祝福を受けられない場所なので、わたしの術では移動できません。
帝国の全領地の軍を配下に置く要塞は、いわば争いの象徴ですから。
馬車で移動したほうが早いかと」
「わかったわ。みんな、ちょっと待ってね」
あたしは、広い道路を流れていく馬車を捕まえようと、手を振る。
「ヘイ、タクシー!」
ガタゴト、ガタゴト……
馬車はあたしを無視して走り去っていく。10分くらいしたかしら。
段々腹が立ってきたあたしは、さっそく新しい力を悪用することにした。
次に空車が来たらチャンスよ。……来た!
あたしは道路を飛び出し、馬車の前に立ちふさがる。
「うわあ!!」
御者が驚いて急に手綱を引っ張ったせいで、
同じくびっくりして前足を上げ、いななく馬。ごめんねお馬さん。
「バカヤロー!どこ見て「どうしてみんなあたしを乗せてくれないのかしら」」
「ギャッ!」
突然後ろから話しかけられて、御者がまた驚く。
ふふ、馬の前に飛び出して、轢かれる前に時間停止で馬車に乗り込んだの。
上手く行ったわ。あたしはニコニコしながら話を続ける。
「ねえ。どうせ空車なんでしょ?あたし達乗せて」
「あん?お前金持ってんのかよ」
「少なくともコイツを買えるくらいは」
あたしは左脇のホルスターからM100を抜いて、いけ好かない運ちゃんに、ぎらつかせる。
「やめろよ!わかったよ、どこ行きゃいいんだよ!」
「ちょっと待ってね。……みんな~車を確保したわ!」
ルーベル、エレオノーラ、ジョゼットが乗り込んでくる。
出発進行、と思ったけど、先に確認することがあるわね。
「サラマンダラス要塞までの料金はいくらかしら」
「100Gだからそいつをしまえよ!」
「支払いは到着後でいいでしょ。はい、しまった。もう出して」
「わかった……ハイヨー」
やっと要塞に向けて馬車が走り出した。
事前にタクシー料金を確認するのは地球の海外旅行でも必要なことよ。
到着後にふんだくられることになる。しばらく楽が出来るわね。
と、思ったら隣のエレオノーラがちょいちょいと袖を引っ張ってきた。
あら、なあに?怖い顔して。
「……里沙子さん、さっき能力を使いましたね?
わたしも目に魔力を集中して観察したら、里沙子さんを流れる魔力が見えました」
「そう。全然客乗せようとしない怠け者に仕事をくれてやったの」
「いけません!」
うおぅ!聖緑の大森林でのトラウマが。なぜかエレオノーラさんご立腹。
「制御装置を手に入れたとは言え、短時間で連続して使えば無意味。
やはり命を削ることになります。
それに、天から賜った力を私利私欲のために使うなんて、言語道断です!」
「わ、わかったから怒んないでよ。
さっさと皇帝に会わなきゃいけなかったのは事実なんだし、
そもそもこいつらが仕事しなかったことが原因で……」
「それに、あんな危険な真似は二度としないでください!
能力の発動が遅れていたら、あなたは命を落としていたんですよ!?」
「もうしないって。勘弁してよもう……」
早くも鬼教官エレオ誕生かしら。一回り年下の女の子に叱られてげんなりする。
バレてないと思ってるジョゼットが後ろでクスクス笑ってる。
パーラーに行ったら何かしらの罰を与えようと思う。
そもそもパーラー行きをキャンセルするのも面白そう。
しょんぼりした気持ちで馬車に揺られていると、10分程で馬車が止まった。
なんだかムカつくから、あたしは運ちゃんに金貨2枚を突きつける。
「はい、代金100Gとチップね!」
「お、おいマジで!?」
「田舎モンだからってあたしを無視してたら、あんた100G儲け損ねてたのよ。
客選んでないで、ちっとは真面目に仕事しなさいな。金持ってそうな奴は意外とケチよ」
「わかったよ……また俺を見たら手を挙げてくれ。チップ、ありがとう」
「どーいたしまして」
「あ、待ってくれ!」
馬車から降りようとした時、運ちゃんに呼び止められた。
「あの時、どうやって馬車に乗り込んだんだ?眼の前でいきなりあんたが消えたんだ!」
「ふふっ。女性はね、たくさん秘密を抱えてるものなのよ。じゃあ、ご苦労様!」
「待っ……」
ちょっとだけ彼をからかって、あたしは馬車から飛び降りて、
先に降りた3人にさっさと交じる。
彼は首をかしげて、仕方なく馬を走らせ去っていった。
さて、ようやくサラマンダラス要塞にご到着。
広大な敷地を囲う高いレンガの壁に、有刺鉄線が張り巡らされている。
射撃演習をしてるのかしら、時折遠くから銃声が響いてくる。
重そうな鋼鉄製のスライド型門扉で厳重に出入りが管理されている。
学校の校門思い出すわね。
両サイドには……あら!AK-47を担いだ黒い軍服の兵士が配置されてるわ。
そりゃ、世界中でコピー生産されてるから、
複数ミドルファンタジアに転移しててもおかしくないけどさ。
敷地の奥には、三階建ての城塞が堂々とそびえ立っている。
「はい。あそこが皇帝陛下がお住まいのお城です。
……皆さん、今度はお祖父様のようには行かないと思ったほうがいいです。
相応のお覚悟を」
エレオノーラの言う通り、今度は冗談通じないところみたい。
門の兵士は、壁の近くでうろちょろしてるあたし達に、ずっと鋭い視線を向けている。
「必要以上に畏まる必要はないけど、二人共気をつけてね。
特にジョゼット。あんたのせいで独房入りなんて勘弁よ」
「は、はい。今度は大丈夫です、多分」
「ん~なんて?」
「絶対大丈夫です!自己紹介だけで終わります!」
「わ、私だって大丈夫だぞ!もう法王さんの時とは違うから!」
「とっても信用してるわ。はぁ」
あたしは一抹の不安を抱えながら、兵士の一人に近づく。
トートバッグに手を突っ込むと、彼がすかさずAK-47の銃口をあたしに向ける。
あらやだ、あたしったらうっかりしてたわ。
こういうところで、何が入ってるか分からない鞄に
いきなり手を入れたらこうなるわよね。あたしは先に用件を告げる。
「驚かせてごめんなさい。あたしの名前は斑目里沙子。
皇帝陛下にお会いしたくてやってきたの。
ハッピーマイルズ領の将軍、シュワルツ・ファウゼンベルガーの紹介状を持ってきたわ。
取り次いでもらえないかしら」
「……ゆっくり、手を出せ」
警戒を緩めない彼。あたしは言われた通りに、紹介状を持った手をゆっくり出して、
彼に手渡した。封を切って中身に目を通す。
すると、今度は門の内側にいる紫の軍服を着た女性兵士に突き渡した。
「皇帝陛下に、転送」
「了解」
彼女は、手に持っているアクリル板のようなものに紹介状を押し当て、
少しだけ唇を動かして、聞こえないように詠唱を始めた。
すると、板がやっぱり紫色に光って、コピー機のように内容を読み取る。
読み取りが終わると、一旦アクリル版の光が止んで、
女性兵士は何かを待つようにそのまま立ち続ける。
「おーい、あの女の人なにやってんだ?」
「しっ。静かに」
しばらくすると、彼女の板が再び光って、文字のようなものを浮かび上がらせたけど、
こっちからはよく見えない。
それを確認した女性兵士が、AK-47を持った兵士に近寄り、耳元で何かを囁いた。
すると、あたしに銃口を向けていた兵士が、銃を下げ、あたしを手招きした。
「ついてこい。あまりよそ見をしないように」
もうひとりが腰を入れて、大きなゲートを少しだけ開けてくれた。
あたし達はその隙間を通って、遂にサラマンダラス要塞に潜入。
キョロキョロするなとは言われたけど、やっぱり中の様子は気になるわね。
歩きながら目だけを動かして、様子を窺う。広いグラウンドに兵員の宿舎らしき建物、
訓練用のアスレチック施設、遠くには射撃演習の的が見える。
気づかぬうちに、どんどん城塞に近づいていた。近づくにつれ、その細部が見えてくる。
外壁を頑丈なレンガと積石で固めていて、
多数の銃眼、各階のテラスにカロネード砲数門ずつ。
サラマンダラス帝国の政治と軍事を司ってるだけあって、守りは完璧ってわけね。
あたし達は黙って肩幅の広い兵士についていく。
中は材質のせいか空気がひんやりしている。
1階は広い廊下の両脇に等間隔でドアが設置されている。
作戦会議室だの、資料室だの、武器保管庫だのが描かれたプレートが突き出してるけど、
窓がないから中の様子がわからない。
やがて階段にたどり着くと、兵士がトトトト、とすばやく上りだすもんだから
危うく置いてかれそうになった。
彼は3階まで上り切ると、ようやく止まった。
遅れてきたあたし達を表情のない顔で待っている。はぁ、すっかり息切れしちゃったわ。
お願い、あたしがインドア派だって設定を忘れるなって、
みんなからもあいつに言ってやって。
「はぁ…はぁ…ごめんなさい、遅れちゃって」
「……皇帝陛下は、奥の“火竜の間”でお待ちだ。
あまり陛下をお待たせすることのないように」
それだけ言い残すと、兵士は階段を下りて持ち場に戻っていった。
3階には部屋が2つしかない。ひとつは大掛かりな通信指令室、
そしてもうひとつが、“火竜の間”。
あたし達は皇帝陛下の部屋に向かう前に念押しする。
「ジョゼット、ルーベル。脅すわけじゃないけど、これから会うのはこの国のトップ。
無礼にならない程度の礼儀は忘れないで。
エレオノーラの立場だってここじゃあまり効き目がない。
自己紹介の後は聞かれたことに答えるだけでいいから。お願いね」
「おう、任せろ……」
「大丈夫です~何だかここ、喋りたくなる雰囲気じゃないです……」
小声で打ち合わせて、階段の踊り場から廊下に出る。
さっきも言った通り部屋は2つしかないから迷うことはなかった。
大舞台の入場口のように重厚で大きな扉の前に立つあたし達。
「行くわよ」
また小声で告げると、皆、無言で頷いた。
そして、火竜の姿が彫られた立派な扉をノックする。
「失礼します。ファウゼンベルガー将軍からご紹介頂いた斑目里沙子でございます」
“……入るがよい”
中から、腹に響くような低い声が帰ってきた。
あたし達は扉を開き、不安げにこの国を束ねる皇帝の間に入った。
中は驚くほど簡素で、きらびやかなシャンデリアも無ければ、純金の燭台もない。
ただ、皇帝の玉座とそれに続く赤い絨毯が敷かれているだけ。
他にあるとすれば、壁に等間隔で開く大きな窓。
玉座の後ろの窓で皇帝らしき人物が背を向けて外の景色を眺めている。
「晴れていれば……北砂の大地が見えるのだが」
そう呟くと、彼が振り返って、玉座の前に移動した。
青白い金属で打たれたフルプレートアーマーと、真っ赤なマントに身を包んだ壮年。
ブロンドのショートカットに素材よりデザインを重視した冠を被っている。
彼の鎧はシュワルツ将軍ほどの分厚さはないけど、なんだか不思議な力を感じるわ。
気のせいかしら。おっと、ボケっとしてる場合じゃないわ。
あたしは皆に目配せして、ひざまづく。
「皇帝陛下、わたくしは斑目里沙子と申します。
本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」
「私の名前は、ルーベルです。よろしくお願い致します」
「遍歴の修道女、ジョゼットでございます。お目にかかれて光栄です」
「同じく大聖堂教会のシスター、エレオノーラでございます。
お久しぶりです、皇帝陛下」
みんな100点よ!とりあえず滑り出しは好調。次に皇帝がどう出てくるかが不安だけど。
「そう畏まるな。
我輩が147代サラマンダラス帝国皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハである。
……エレオノーラ嬢、大きくなられたな。
最後に会ったのは公開射撃訓練の来賓席であっただろうか。
事情は魔導通信兵から送られてきた。
あの幼子が、魔王討伐を志すようになるなど、光陰矢の如しとはこのことよ」
「里沙子さんの決起がわたしを後押ししてくれました。
魔王打倒に賭ける彼女の勇気のおかげで旅に出る決心が着いたのです」
エレオノーラ。あなたの受け答えは完璧だけど話盛るのはやめて?
この旅が始まった、くだらねえ理由を彼が知ったら、
さっきのAK-47でバラバラにされかねないから。
「そうか。その格好では話もできまい。
皆、顔を挙げて立って欲しい……さて、里沙子嬢。遠路はるばるご苦労である。
そなたの魔王撃滅への意志は、聞き及んでおる。
ガトリングガンの開発も、その一環であろう」
「えっ、何故その事を?」
心臓が飛び跳ねる思いをした。
あたしとパーシヴァル社の社長しか知らないことを、なんで?
「我輩とて伊達に皇帝を名乗っているわけではない。
帝国全土に放った斥候から、主だった出来事とその背景は聞いている。
彼らは時として会社員、パンの配達人、行商人の格好をしている。
完全に市民に溶け込んでおり、気づかれることはまずない。……そして、里沙子嬢。
そなたが我々以外、相手にもしていない魔王を倒す決意を固めたきっかけを、
聞かせてはくれぬか」
地味に痛いとこ突かれたわねぇ。理由ったって、この物語の欠陥修正くらいしか……
あ、シュワルツ将軍に説明したお題目があったわね。
「魔王の二度目の攻撃は、明日起きてもおかしくありません。
現に、魔王は配下の悪魔を送り込み、散発的な侵略行為を行っています。
事実、わたくしも一度悪魔と遭遇し、どうにか退けることはできましたが、
彼らの力は強大です。
第二次北砂大戦に備えて、戦力を集めるべきだと思い至った次第です」
「うむ。魔王がサラマンダラス帝国征服を諦めていない事は明白。
だから我々もこうして日夜悪魔を撃滅する戦略、兵器開発に力を入れておる。
さて、堅苦しい話ばかりでも何だ。少し肩の力を抜こうではないか」
あー、なんとか納得してもらえたみたいでよかったわ。
肩の力を抜け、って言われても、皇帝の前であぐらをかくわけにもいかないし、
何なのかしら。
「里沙子嬢、このサラマンダラス要塞に来ることは、初めてのことだと思う。
この砦を見て、どのような感想を抱いたのか、聞かせてほしい」
「驚くことばかりですわ。
門番の兵士の方はアースの銃を装備し、魔法を使う女性の兵士もいらっしゃいました。
防衛設備も万全で、ハッピーマイルズでは見られないものばかりです」
「その女性兵士は魔導科部隊の所属である。
何も我々とて銃や砲だけで悪魔を滅ぼせるとは考えておらんからな。
……というと、里沙子嬢は“あの銃”について知っているのだろうか」
「AK-47という自動小銃です。性能、耐久性、
そして平易に量産可能なシンプルな設計が評価され、
アースのほぼ全域で生産されています」
「なかなか興味深い。
あれらは偶然アースから転移したもので、この要塞では5丁保有している。
携行型連発銃など、この世界ではありえないほど強力な代物でな。
分解して構造を調べようにも、元通りに戻せなくなる事態に陥ると大きな痛手。
ただ手に入った物を使っているのが現状だ。……さて、本題に戻ろう」
やっぱりあの女性兵士も軍人だったのね。
魔法でファックスみたいに紹介状の内容を転送してたのかしら。
AK-47に関しても、絶対量が多いものほど流れ込みやすいみたい。
ここだけで5丁もあるって話だし。
「今日、里沙子嬢がここに来た理由だ。
シュワルツからの紹介状に大体の事情は書かれていた。我が兵を、借りたいようだが」
「はい。その事でお願いに上がりました。
皇帝陛下は悪魔撃滅のスペシャリストを集めた特殊部隊をお持ちだと聞いています。
魔王との決戦には、是非その力をお貸しいただきたいのです。
突然押しかけて不躾なお願いをしていることは承知しています。
しかし、来るべき第二次北砂大戦に勝利するには、わたくし達の力では不十分なのです」
「確かに、我が軍は、対悪魔特殊部隊“アクシス”という、
装備も練度もトップクラスの精鋭を抱えている。
無数の軍勢をけしかける魔王に対抗するには数が必要なこともわかる。
……だが、その前に証明してほしい。
そなたらが珠玉の部隊を貸すに足る力を持っているか。
聞けば、里沙子嬢は、並の魔女では太刀打ちできぬほどの力を手に入れたとか」
お、来たわね。法王猊下の時と同じチャレンジタイム。
でも、大丈夫。あたしはさり気なく指先で胸の金時計に触れた。
不意に目が合ったエレオノーラが軽くうなずく。
「かしこまりました。何をすれば良いのでしょうか」
「今、我輩が着けているマントを、正面から我輩に気づかれぬように盗んでほしい」
なるほど。時間停止の能力が見たいわけね。
なんでこの能力について知ってるかはどうでもいい。
諜報機関の目について考えたところでキリがないわ。
どこにもいないようでどこにでもいるんだし。
「わかりました。では、合図をお願いできますでしょうか」
あたしは、ホルスターじゃなくて、ミニッツリピーターにそっと手をかざす。
さあ、集中!
「良かろう。では……始め!」
少しだけ息を吸って、じっと皇帝を見る。
いつも通り……いや、ちょっとずつ時間停止までの時間が短くなってる。
1コンマ何秒程度だけど。
とにかく、停止したあたしだけの世界で皇帝に駆け寄る。
そして、両肩の留め金を外して、マントを失敬。9秒は短い。
あたしは走って元いた場所に戻る。その瞬間、タイムオーバー。
「これは……!?」
皇帝は、あたしの両腕に掛かった、金糸で火竜の紋章が刺繍されたマントを見て、
驚いた様子で両肩に触れ確かめる。
多分、彼の目には、突然あたしの腕に自分のマントが現れたように見えたんだと思う。
あたしは、ゆっくり皇帝に歩み寄る。
「皇帝陛下、こちらをお返しします」
「うむ……これが時間停止の力か」
「あくまで擬似的なものですし、効果はほんの数秒ですが。失礼します」
彼にマントを返すとお辞儀して、また自分の位置に戻った。
「よくわかった。確かに貴女の力は我が兵の命を託すに足るものである。
よかろう。時が来れば、いつでも連絡するがよい。“アクシス”は常に出動可能である」
「ありがとうございます、皇帝陛下!」
あたしが礼を述べて、またお辞儀すると、皆も雰囲気だけで喜んだことが感じ取れた。
「我々人類が魔王に勝利する日は近い。
さあ、もうよかろう。決戦に備えて支度に戻るがよい」
「本日は、これにて失礼致します。ご多忙の中、本当にありがとうございました」
そして、あたし達はぞろぞろと火竜の間から出ていこうとした。その時、
「里沙子嬢、そなたには少しだけ話がある。済まないが他の皆は外してもらいたい」
正直戸惑ったけど、
彼の言うとおりにするしかなかったあたし達は、皇帝の部屋で二人きりになった。
皇帝はあたしに向き合い、目を見つめると、話を切り出した。
皇帝との会話を終えて退室し、1階に下りると皆が退屈そうに待っていた。
ちょっと待たせすぎちゃったわね。ルーベルが待ちかねたように話しかけてきた。
「どうしたんだよ。待ちくたびれたぞ」
「ああ、ごめんみんな。ずいぶん待たせちゃったわね。パーラーおごるから」
「ええっ!本当ですか!?チョッコレイト、チョッコレイト……げふ!」
「場所をわきまえなさい。ふざけてると額に穴が開くわよ!
殺されるならせめてあたしになさい」
「里沙子さんの愛が激しすぎます……」
「皇帝陛下と何をお話ししてたんですか?」
「ん~長くなるし、とりあえずここから出ましょう?
用事もないのに留まるところじゃないし」
「そーだな。みんな行こうぜ」
あたし達は城塞から出て、正門近くに戻ると、紫色の軍服の女性兵士に話しかけられた。
やっぱり、タブレットみたいなアクリル板を携えている。
「……待って」
「あら、今日はお世話になりました。わたくし達はこれで失礼します」
「話が、あるの……」
「なんでしょうか」
「皇帝陛下から、連絡。あなた達は、今後出入り自由。
ワタシか、同じ軍服の娘に声を掛けて」
「わざわざありがとうございます。皇帝陛下にもよろしくお伝え下さい。では」
「あ、待って……!」
「はい?」
紫の女性兵士は、キョロキョロしながら言葉を紡ぐ。人見知りする方なのかしら。
軍人には珍しいタイプね。
「あの、ワタシ……カシオピイア。アクシス第7魔導普通科連隊所属。
多分、いつか、あなた達と、いっしょに、戦う……かも?」
目の前のおどおどした彼女が、アクシス。いずれ生死を共にする存在との突然の出会い。
あたしは手を差し出した。
「あたしは斑目里沙子。力を貸してくれて、ありがとう。
面倒がりの性格だけど、命を賭けて協力してくれる仲間を裏切るほど腐ってもいないわ。
ここまで来たら全力で魔王をぶっ潰して、
苦労した分、朝寝朝酒朝湯に溺れるつもりだから、そこんところよろしく」
カシオピイアは差し出された手に一瞬怯えた様子だったけど、
すぐ優しく握り返してくれた。さて、恒例のニューカマー紹介タイムに入りましょうか。
彼女の名前はカシオピイア。アクシス第7魔導普通科連隊所属(コピペ万歳)。
軍服と同じ紫のロングヘア。歳はあたしと同じか2個くらい下かしら。
切れ長の目をした美人系。肌身離さず持ってるアクリル板は、
魔女の杖みたいな魔法の媒体だと思う。
軍服は楕円形の略帽に、軍服と言うよりスーツに近い上着にネクタイを締めて、
動きやすい短めのスカート。
アクシスは特殊部隊だって聞いてたから、
デカい銃持ったゴツい軍人ばっかりだと思ってたけど、
彼女みたいに魔法が使える女性も動員されてるみたいね。
以上、新人紹介はここまで。帝都で出来ることはお終い。……今のところはね。
「仲間……うふふ」
「カシオピイア?」
「え、あの、なんでもない。また、来る?」
「……ええ、細々した用事がまだ残ってる」
「なら、さっき言った通り、ワタシに声を……エヘヘ」
なにがおかしいのかしら。首をかしげつつ、正門を出て思い切り伸びをする。
「あーっ!やっと一仕事片付いたってことでいいのかしら?」
「まだですよ、みんなでパーラーでパフェを食べるんですから!
わたくしが案内します!」
「道案内って……あんたにできんの?」
「はい!馬車の中でここから大聖堂教会への道を見て暗記しましたから。
一旦教会に戻ったほうが近道です!」
「こんな時だけ記憶力発揮してんじゃないわよ。じゃあ、道案内とやらを頼むわね」
「まっかせてください!チョッコレイト~」
「ふふっ、ジョゼットさん嬉しそう」
「基本食い物与えればなんでも喜ぶわ」
それから、ジョゼットに先導されて、見慣れない通りを進んでいくあたし達。
15分ほど歩くと、驚くべきことに本当にジョゼットは大聖堂教会まで帰り着いた。
「パーラーはこの三叉路の中央です~」
何も言わずに付いていくと、オープンテラス席がオシャレなパーラーがあった。
いつの間にこんなところ見つけたのかしら。
こないだ来た時はスナイパー騒ぎやらで自由時間なんてなかったと思うんだけど。
この娘の能力時々謎。
「ここです!さ、さ、入りましょう!」
「お店は逃げないから落ち着きなさいな」
緑のペンキでわざと刷毛の跡が残るように塗られたドアを開くと、
温かみのあるランプが店内を照らしていた。結構素敵なところじゃない。
ジョゼットはもう4人がけのテーブルに着いて、
写真付きメニューを一心不乱に見つめている。
「う~ん、チョコレートもいいけど、
ダクタイルさんが言ってた極厚ぷるぷるパンケーキも捨てがたいです。どうしよう……」
「ちゃんと全部食べ切れるなら両方頼んでいいわよ。
皇帝の前で自制できたことと道案内のご褒美。あたしはコーヒーとパンケーキでいい。
ほら、二人も何か選んで」
「はい、ありがとうございます。
あ、このベリー&ベリーは、パンケーキにシロップに漬けたいちごと、
ブルーベリーがたくさん乗ってて美味しそうです……じゅる」
最後のは聞かなかったことにしてあげて。エレオノーラも普通の女の子なの。
「私は、どうしようかな。モンブラン?なんだこりゃ。麺のケーキか?」
「それは麺じゃなくて栗で作ったクリームよ。
ケーキに乗せた生クリームの上に、巻きつけるように糸状の栗のクリームを巻いて、
甘く煮た栗をトッピング。栗好きでもそうでなくてもオススメ」
「へえ……私の故郷では栗がよく採れたんだ。なんか懐かしいな。これにする」
全員の注文が決まったところで、店員を呼んでオーダーを取ってもらう。
店員は厨房にオーダーを通すと、ついでにお冷とおしぼりを持ってきてくれた。
一口水を飲むと、緊張で疲れた神経の糸がほぐれる気がする。
あたしは、さっきの皇帝との会話を思い出していた。
“では、魔王を倒す準備はほぼ整ったということだな”
“はい。魔王が放つ瘴気をかき消す風のクリスタル、
魔王に唯一とどめを刺せる勇者ランパードの剣、
そして皇帝陛下がお貸しくださった精鋭部隊アクシス。
いつでも決戦に挑むことができるかと”
“ふむ……”
皇帝は、ゆっくりと窓辺に近づき、眼下に広がるグラウンドを眺める。そして呟いた。
“まだだな”
“え?これだけの準備が整っても、まだ足りないと仰るのですか”
“最後のピースが欠けている”
“最後のピース、ですか……?”
“そう。それは”
彼が手を挙げて、あたしを指差した。
“わたくし、ですか!?
しかし、わたくしの能力はまだ実戦レベルに達しておりません。それに……”
皇帝はゆっくりと首を振る。
“そうではない。里沙子嬢、そなたがアステル村に降り立った悪魔を撃破した時、
またパーシヴァル社にガトリングガンを納入した時、
アースの兵器技術を使用したと聞いている”
“大企業に収めたガトリングガンはともかく、田舎のアステル村の出来事まで……”
“その知識が必要だ。この際、隠し事はすまい。
今挙げた全戦力をもってしても、魔王を倒すことはできない”
“!?”
“第一次北砂大戦の記録によると、敵の数は数千。
対してこちらは全領地から悪魔に対抗しうる実力者を全てかき集めても、
その数、千足らず。
ただでさえ数に圧倒的な差を付けられている上、
奴らは一体一体が常軌を逸した力を持っている。
アクシスと里沙子嬢達が全力でぶつかったとしても、敗北は必定”
“では、わたくしはどうすれば……”
“我らに戦う力を与えてほしい。その、叡智の詰まった小さな箱で。
必要なものは、全て都合しよう。通常所持使用禁止の品を手にする特権も与える”
“……”
あたしは、トートバッグの上から、スマートフォンを握りしめた。
「……い、おい、起きろ里沙子!注文届いたぞ」
気づくと、目の前にあたしが頼んだコーヒーとパンケーキが、
湯気と共にいい香りを立てていた。
「どうしたんだ?ボーっとして」
「ごめんごめん。ちょっと緊張しっぱなしで疲れてた」
「ま、無理もないけどな。
私も皇帝に会うなんて、母さん達がいた頃は一生ないと思ってたからな」
「ルーベル、あんたどせいさんからレベルアップしてたわよ。
ちゃんとはっきり喋れてたじゃない」
「なんか褒められてるのか馬鹿にされてるのか微妙だな、それ」
「うわぁ、チョコレートとぷるぷるパンケーキがわたくしに食べてと言っています!」
「マリア様、本日のいちごとブルーベリーに心からの感謝を……」
「とにかくみんな食べましょう。ちょうどお昼時だしお腹も空いてるでしょ」
あたしを含む変人だらけの4番テーブルはカオスな空間を生み出しながらも、
皆、それぞれの食事を楽しんだ。
ジョゼットがよっぽど楽しみにしてたのか、半泣きになりながらパフェを頬張る。
大げさね、欠食児童でもあるまいし。
それで、食べ終えたジョゼット除くあたし達は、
ちびちびお冷を飲みながら、食事の余韻に浸っていた。
ちなみに今は、大量注文したメニューを消化してるジョゼット待ち。
あたしら全員ジョゼット待ち。どうしてくれよう。確かに頼んでいいとは言ったけどさ。
「ぷはっ!はぁ、すみません。おまたせしました。……げぷっ」
これは指差して笑ってもいいわ。全員食べ終えてようやく席を立つ。
あたしは先に皆を店から出して、伝票を持ってレジに行く。
会計を済ませて店を出ると、皆が道路であたしを待っていた。
「よっ、ごちそうさん」
「ありがとう、里沙子さん」
「ありが……うぷ」
「いいのよ。今日はみんな頑張ったし。それじゃあ、帰りましょうか」
あたし達は、大聖堂教会へ向けて歩き出す。
腹が苦しいのか、ジョゼットが遅れてよろよろと付いてくる。
お願いだから転移の途中で吐かないでね。
心配しつつ真っ直ぐな道を進んでいくと、教会前の大広場にたどり着く。
そこでいつものごとく輪になる。そしてエレオノーラが“神の見えざる手”を詠唱。
「……総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」
あたし達は帝都を後にした。
で、元の我が家に戻ったわけ。ふぅ、まだお昼だけど、なんだか疲れちゃったわ。
思い切り昼寝しよう。晩ごはんまでまだまだ時間がある。
「お疲れ、エレオノーラ。あたしは昼寝するわ。部屋に戻ってるから」
「私も何して暇潰すかな~」
「わたしも特に予定はないので、ここでイエス様の教えの続きを読むことにしようかと」
「あ、エレオノーラ様!
よかったら、高位魔法のわからないところを教えていただけませんか?
六角陣と光粒子の収束方程式がどうしても合致しなくて……」
「いいですよ。ここはわかりにくいところですね。
まず、陣は置いておいて光エネルギーの絶対値を微分しましょう」
聖堂から、みんながそれぞれ時間を過ごす声が聞こえてくる。
ゴロンとベッドに転がり、あたしの新たな命綱になったミニッツリピーターを見つめる。
能力発動時以外は普通に時を刻んでいる。
これからは愛しの金時計が戦友にもなってくれるわけね。それは嬉しい。
そして、やることがもう一つ。あたしはスマホを取り出し、
電源を入れ、“military”フォルダーを開いた。
それはつまり、あたしが戦争を引き起こすってことになることになるんだけど。