あたしは聖堂の長椅子に腰掛けながら、スマートフォンをいじっていた。
スライドする度にいろんな兵器や設計図の画像が現れる。
途中で画面に滑らす指が止まる。
「……」
この世界の技術力で再現できるのは、このくらい。
ガソリンエンジンもディーゼルエンジンも無理。蒸気機関はあるらしい。
ダクタイルも話の中でほんの少し触れてたし、暴走した機関車の賞金首もいる。
試してみるしかないわね。その時、住居の扉がキィ、と開いてジョゼットが姿を現した。
「里沙子さん……」
「ジョゼット。そんなところにいたの。立ってないで入りなさいよ」
ジョゼットは暗い面持ちで、ゆっくりとあたしに近づいてきた。
いつもの若干イラつくほどの明るさは鳴りを潜めてる。
「なに暗い顔してんの。あんたらしくもない」
「里沙子さんこそ、どうしたんですか?帝都に行ったときから、ずっと元気がないです。
最近部屋にこもりがちですし……」
「別に、あたしはいつもどおりよ。昼寝ばかりしてること含めてね」
「嘘!皇帝陛下と何を話したんですか!?お城を出てからずっと様子が変でした!」
動物的直感は鋭いから困るわね、この娘は。
「ちょっとした世間話よ。もう行かなきゃ。今日の訓練が始まるわ」
「どうして話してくれないんですか?わたくしが馬鹿だからですか?違いますよね。
エレオノーラ様やルーベルさんにも、なんにも言ってくれないんですから!」
「もう行くわ。エレオノーラが待ってる」
「里沙子さん!……里沙子さん」
あたしはジョゼットの呼びかけにも聞こえない振りをして、教会の外へ出た。
一週間ほど前、サラマンダラス要塞を後にしてから、
あたし達は戦いの準備に余念がなかった。
ジョゼットが言った通り、あたしは街で買い込んだ設計図向け方眼紙で、
再現可能なアースの兵器を紙に起こしてる。
自身の戦力強化も怠ってない。今日もエレオノーラを先生にして、時間停止の訓練。
本当、タイトル詐欺もいいとこ。何のために戦ってるんだか。
彼女が教会の裏手で待っていた。
ちなみにルーベルは近所の岩山でバレットM82の射撃演習してる。
マリーの店で奇跡的にサイレンサーが見つかったの。
あんな代物バリバリ撃ちまくってたら、将軍が飛んでくるからね。
「さあ、準備はいいですか。里沙子さん」
「ええ。よろしく頼むわ」
「まずは、時間停止を時計の制限まで」
「わかった」
無心になることで、能力が発動。ここ一週間の訓練で、だいぶ能力発動のコツが掴めた。
落ち着いた状況なら、ほぼノータイムで発動できるようになったわ。
停止時間も少しずつ伸びてる。
ツバメが空を飛んでいく姿のまま停止している。あの鳥はどこへ飛んでいくのかしら。
そんな事を考える余裕もできるくらい。
そして、スッ…と世界が動きを取り戻す。体感時間で25秒。
時計に頼れないから大体でしかないけど。
いつもどおり軽くストレッチしたような僅かな身体の火照り。さあ、楽なのはここまで。
今度は鬼教官エレオのしごきが待っている。
「こんなところかしら」
「いかがですか、練習の結果は」
「ゼロコンマ単位だけど、やる度に停止時間は確実に伸びてる。
発動時間も短縮されてる」
「それはよかったです。次はマナと魔力の感知訓練をしましょう」
「うっ……アレ、今日は定休日にしない?」
「完全に能力を自分のものにしたくはないのですか?」
「わかったわよ……」
あたしは後ろを向いて柔らかい草に座り込む。
すると、エレオノーラが近づいて、あたしの両肩に手を置く。
これさえなきゃ本当楽なんだけど。
「行きます……では!」
バリバリバリ!
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
電気椅子に掛けられたような貫く痛みが全身に走る。
別に電撃魔法を食らってるわけじゃないわ。
エレオノーラが、あたしのマナや魔力に働きかけて、痛覚を刺激させてるだけ。
これを繰り返すと、自分のマナと魔力を感知する精神が養われるらしいんだけど、
ご覧の通り、死ぬほど痛い。
「痛い痛い痛い!」
バリバリバリ!
「ぎゃああ!友情・努力・勝利なんかクソ食らえよ!!」
バリバリバリ!
「はぎゃー!大体あの海賊マークは一体なに!」
バリバリバリ!
「だべばー!昔は青いページがあった事を知ってるかー!」
その後も、あたしは拷問に近い訓練を受け続けた。
今日のメニューが終わると、あたしは精根尽き果てて草の上に横たわる。
エレオノーラが、そんなあたしに近寄って尋ねる。
「どうですか。少しは魔力の流れは掴めましたか?」
「ゲホゲホッ、体の中を、気の抜けかけたビールが流れるような、気は、する……」
「マナの方は?この辺りに昇華する前の魔力が固まってる気がするんですが。えい」
彼女が、あたしの左脇腹辺りを指で押す。訓練の刺激が残っている身体が悲鳴を上げる。
「痛い痛い痛い!やめてやめてやめて!」
「痛いほどいいんですよ。心がそこに向かっていきますから。えいえい」
やめてくれる様子のないエレオノーラ。
大変よみんな、次期法王はドSよ!と、叫びたかったけど、激痛で声も出せない。
のたうち回ることしかできないあたしを、容赦なくつっつき回す。
毎回訓練が終わる頃には叫びすぎて喉が痛い。
更に、今日は彼女が寝転んだままのあたしの身体を丹念に撫で回す。
ちょっとちょっと、そっち系の趣味はないんだけど!?
「う~ん、1時間と言ったところですね」
「何が、よ、変態スケベ……」
「へ、変なことおっしゃらないでください!
能力が肉体に与える負荷を調べていたんです!
時間停止に関しては、自主的に訓練できるレベルに達したので、
その場合は1回の発動ごとに1時間インターバルを置いてください」
「ゲームは一日一時間。彼は間違ってなかったってことね……」
「では、今日はここまでにしましょう。わたしはこれで」
「待って……」
あたしはまだ痺れの残る身体を起こして、立ち去ろうとするエレオノーラを呼び止めた。
「どうしましたか?まだ訓練を続けたいとか」
「冗談やめてよ……
悪いんだけど、後で帝都に送ってくれないかしら。皇帝に渡すものがあるの」
「渡すもの?」
「うん。魔王関連でいろいろとね」
「わたしはいつでも構いません。立ち上がれるようになったら声を掛けてください」
「ありがと……ふぅ」
あたしは痛めつけられた身体をいたわるように、
しばらく草原に横になって痺れが抜けるのを待つ。
……5分くらいして、ようやく身体がほぐれ、動けるようになったあたしは、
ゆっくり歩いて、まずは私室に荷物を取りに行った。
もうここに来るのも3回目かしら。
エレオノーラに術で大聖堂教会前の広場に転送してもらった。
相変わらず教会に出入りする大勢の信者や、
オリジナルの賛美歌を歌う流しの歌声で騒々しい。
「わたしは、お祖父様に挨拶してきます。
後は聖堂で聖書を読んでいますので、ごゆっくり」
「うん。ありがとね」
一旦彼女と別れると、広場で馬車を拾おうと空いた馬車を待つ。
少し待つと、空車が来たので手を挙げた。前回とは違ってすぐに止まってくれた。
ツイてるわ。すぐさま乗り込むと……あら、見たことある顔だわ。
「お客さん、どちらまで?……あ。あんた」
「こないだの運ちゃんじゃない。商売どうよ。サラマンダラス要塞まで」
「ハイヨー。あんたの言う通り、いちいち客を選ばず数で稼ぐことにしたよ。
本当にチップの額は見かけじゃわからないもんなんだな」
だべりながらも行き先を告げ、馬を走らせるあたし達。
「そりゃ賢い選択だわ。アースっていうかあたしの祖国じゃ、タクシーが増えすぎて、
熾烈な値下げ競争でみんな悲鳴上げてるからね。客がいるうちが華よ」
「まったくだ。ところで、要塞は二度目だよな。
あんたみたいな姉ちゃんが、あんな殺風景なところに何の用だい?」
「実は私、皇帝陛下に見初められちゃったの……なんてね。
ガチな話、詳しくは話せない。あんたにも累が及ぶ」
「まぁ、要塞関連の用事ならそうなんだろうな……やめとくわ」
この運ちゃん、第一印象は、やなやつだったけど、打ち解けると意外と話が弾む。
世間話しながら馬車に揺られてると、
あっという間に重装兵に守られた重厚な正門の前に到着した。
あたしは財布に手を掛けるけど、料金確認するのを忘れてた。
とりあえず前と同じく金貨2枚差し出すと、運ちゃんは軽く笑う。
「ははっ、100Gでいいって。チップも貰いすぎだ。
商売の知恵を教えてくれたんだ。これからも固定料金でいいよ」
「ありがとう」
あたしは金貨を1枚引っ込め、銀貨を2枚渡した。それを受け取ると彼は嬉しそうに笑う。
「ありがとな!それじゃ、まいどっ」
「ご苦労さま」
走り去る馬車を手を振って見送る。さて、用事を済ませなきゃ。
あたしがこの前出会ったアクシスの……カシオピイアね。
彼女を探そうと正門に向き合った瞬間、ガシャン!と何かがゲートに飛びついてきた。
「うわおっ!」
「えへ!里沙子……!来たのね、来てくれたのね!えへ、えへへへ……」
スライド式ゲートの鉄骨にしがみつくように現れた彼女に驚いて、
変な声を上げてしまった。
やっぱり何がおかしいのかずっと笑ってるし、まるで檻に入れられてるような絵面。
目を見開いてこっちを見てる様は、言い方悪いけど、昔の精神病院みたい。
とりあえず服を掴まれないよう一歩下がる。
「仲間、うふ、仲間……ワタシの……」
どうしよう。これでちゃんと話が通じるのかしら。
皇帝陛下との約束の時間が迫ってるんだけど。
あたしはとにかく、近くにいた黒い軍服の門番に助けを求めた。
「あ、あのう。彼女、話しかけても大丈夫?」
すると、彼はため息をついて、AK-47の銃把で鉄製の門を叩いた。
大きな金属音にカシオピイアが驚いてパニックを起こし、髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「あああ!ごめんなさい!叩かないで、謝るから!」
「こら、カシオピイア!勤務中であるぞ!」
「はいっ!ワタシは、アクシス第7魔導普通科連隊所属、カシオピイアであります!」
彼が一喝すると、カシオピイアはビシッと姿勢を正して敬礼した。
やだもう、アクシスってこんなのばっかりだったりするの?
「もう大丈夫だ。……すまない、実力はあるのだが、妙な癖がな。
なぜか君が来てから悪化した」
ふざけんじゃないわよ。この娘が○○みたいになったのは、あたしのせいだっていうの?
まあ、いいわ。本当に時間が迫ってる。
あたしは門から若干距離を置いて、向こう側のカシオピイアに話しかける。
「ね、ねえカシオピイア。あたし、斑目里沙子。一週間前ここに来たの。覚えてる?
皇帝陛下にお会いする約束があるんだけど、ここを通してもらえるかしら」
「はっ、少々お待ちください!」
すると、別人のような凛々しさを得た彼女は、アクリル板のような媒体を取り出し、
左手の指でキーボードを打つように、凄まじい速さで情報を入力していく。
「姓名、斑目里沙子。顔認証、問題無し。体格、一致。体内マナ波動計数、適合。
全ての認証をクリアしました。入場を許可します」
さっきの(ピー)と同じ人物とは思えないほど、スラスラと何かの認証を読み上げると、
黒の軍服が門を開けて、中に入れてくれた。
……一瞬、彼と門番代わった方がいいんじゃないかと思ったけど、
あの娘を外に出す方が怖い気がしたから、その考えはさっさと捨てた。
さあ、急がなきゃ。遅刻したら事よ。
無事、定刻までに城塞に到着したあたしは、
“作戦会議室”というプレートが突き出た部屋のドアをノックした。
あたしはトートバッグの中に入れた筒に触れた。もう、後戻りはできない。
「遅くなりました。斑目里沙子です。お約束の品をお持ちしました」
“入るがよい”
この声は皇帝陛下ね。木製だけど、濃い色で頑丈そうなドアを開けると、
そこには楕円形の大テーブルに腰掛けた幹部たちと、最奥に皇帝陛下が座っていた。
あたしは一礼して中に入る。
「お待たせして申し訳ありません。皆様、この度は魔王討伐に……」
「ああ、前置きなどいい!早くアースの技術を見せんか!」
胸にたくさんの勲章を着け、でっぷり腹の出た幹部があたしの言葉を遮った。
なによこいつ。挨拶くらい聞きなさいな。
「よさぬか!帝国軍人としての礼節を忘れるな!」
「も、申し訳ございません……」
うぷぷ、皇帝さんに怒られてやんの。そんなことはおくびにも出さず、
あたしはただトートバッグの筒を取り出し、
中から一枚の大きな紙を抜き取って、テーブルに広げた。
「こちらが、帝国軍全体の戦力底上げに必要な、AK-47の設計図です」
今度は、幹部達が声に出さずに身体をわずかに反らして驚きを示す。
皇帝陛下が、設計図を手に取り、やはり驚いた様子で顎髭を触りながら目を通す。
十分に眺めた後、テーブルに戻し、ひとつ息をついて、口を開いた。
「あの強力な連発銃が、たったこれだけの部品で作られているというのか……」
「この銃を発明したミハイル・カラシニコフ自身が、
AK-47を開発したことを後悔しているくらいです。
それほど簡単に量産でき、多くの命を奪ってきた故です」
“あれが1枚の設計図に収まるというのか?”
“これなら誰でも作れてしまうではないか……!”
“アースの兵器、恐ろしいものだ……”
皇帝陛下が発言したことで、幹部も次々と思いを漏らす。
あたしもいずれ、カラシニコフと同じ自責に苛まれるのかもしれない。
今は必要ない考えを頭の隅に追いやり、次の設計図を広げる。
「次は、対戦車地雷です。
地面に設置、もしくは地中に埋め込み、踏んだ瞬間大爆発を起こします。
わたくしがありあわせの材料で作ったものですら、中級悪魔を瀕死に追い込みました。
貴国の技術なら、間違いなく即死させるものが製造可能です」
「それは、何があれば作成なのかね!君はどこで材料を手に入れた!?」
丸メガネを掛けた痩せ型の将校が立ち上がって問いかける。
「もしこの世界に存在するなら、トリメチレントリニトロアミンとトリニトロトルエン。
トリニトロトルエンは振っただけで爆発するほど不安定なので、
製造は科学技術の専門家に任せることをお勧めします」
「わかった。それに関しては科学兵器班に問い合わせよう。
……君は、この対戦車地雷で悪魔を討伐したと聞く。
その時はどうやってこの兵器を製造したのかね?」
このメンツの中では比較的若手のオールバックが聞いてきた。
「わたくしの場合は、
薬屋で買った医療用ニトログリセリンからニトログリセリンを抽出し、
残りはガンパウダーで代用しました」
「雷管は?金物屋で手に入る代物ではないが」
「それは、あの……事情がありまして、お察し頂けると」
思わず口ごもる。マリーの店で買ったなんて言えない。巻き込むのは軍人だけで十分よ。
でも、その時作戦会議室のドアが開いて、
「喋ってもいいよん、リサっち!」
聞き慣れた声が聞こえたと思ったら……マリー!?
振り返ると彼女が、カシオピイアと同じ紫の軍服に身を包んで飛び込んできた。
「マリー!?あんた、どうしてここに?」
「あはは、手広くやってるって言ったじゃ~ん!
実はマリーさん、帝国軍諜報部ハッピーマイルズ領担当の軍人さんなのであったー!」
フォーマルな格好も似合うわね、なんて考えてる場合じゃない。
いつもと同じ、呑気な口調で衝撃的な事実を告げる彼女。
「じゃあ、あたしの行動がいちいち筒抜けだったのは……」
「うん。私が帝都に報告してたんだ……ほら、この唇のピアス。通信術式の媒体なの」
「なによ……ずっとあたしを監視してたってわけ?」
思わぬ真実にさすがにあたしもショックを受ける。
あのガラクタに埋もれて自由に行きてたマリーが諜報部員だったなんてね。
「……ごめん。
私の任務は、禁制品を集めて国家転覆を企む危険分子を監視・排除すること。
ホントにごめん。でも、リサっちはそんなことする娘じゃないって思ったから、
これまで帝都に報告もしなかった。それは、信じて」
「その軍規違反については、追って処分を下す。今は下がりたまえ」
髪の薄い幹部が言い放つ。
「はい。誠に、申し訳ありませんでした」
マリーが、らしくない口調で詫びると、深々と頭を下げる。ちょ、何やってんのよ!
ああ、どうしようかしら、
なんか最近切羽詰まった選択を迫られてばかりいるような気がする。
思わずあたしはテーブルの設計図をかき集めて声を上げていた。
「君、何をしているのかね!」
「あの、その、マリーの軍規違反については不問にしていただきたく存じます!
これらの設計図に描かれているものは、
ほぼ全てがマリーの店で買ったものがなければ製造できなかったもの!
つまり彼女は協力者!彼女を処罰するなら。わたくしも独房に放り込んでください!
聞き入れてくださらないならば、魔王との決戦は5丁のAK-47で挑んで頂きたく!」
何言ってんのかしら、あたし。
そんなことしたら、今度は教会のみんなに迷惑がかかるのに。
あたしって、自分で思ってるほど賢くないみたい。幹部達があたしを睨む。
張り詰めた空気が漂う。でも、そんな雰囲気を一言で吹き飛ばしてくれた人がいた。
「よかろう。
帝国軍諜報部員マリーは、永続的にハッピーマイルズ領監視の労務刑とする」
あたしは思わず最奥に座っていた皇帝陛下を見た。マリーもそれは同じ。
諜報部員の裏切りといえば、極刑が相場なのに。
「よろしいのですか、皇帝陛下!」
「此奴の罪は軍規に照らし合わせても重罪!」
「兵を呼べ!設計図など、ここで接収すれば……」
お生憎様、あたしには時間停止の能力が!マリーの手をぎゅっと掴んだ。その時。
──静まれい!!
重たい石の壁さえ震えさせるほどの大音声で、皇帝陛下が怒鳴り声を上げた。
あたしもマリーも、思わず立ちすくむ。幹部達も震え上がって声が出せない。
「貴官らには大局を見る視点がないのか!
今、諜報部員一人の処罰に揉めている
魔王との決戦を間近に控えた我々に必要なのは、里沙子嬢の知識だ!
彼女はまだまだ我々の力となる兵器・兵法を心得ている!
一兵卒の身柄でそれが手に入るのなら、安いというもの!
良い大学を出ていながら、その程度のこともわからぬかぁ!!」
「し、しかし、恐れながら皇帝陛下……」
「我輩に異を唱えるなら、単身で悪魔の一体を屠ってからにせよ!
魔女の助けがあったとは言え、彼女はそれを成し遂げた。
つまり教えを乞うべきは我々である。
どうしても貴官らの言う通り、彼女を手放すというのなら、
それによって生じた結果については全て責任を負ってもらう」
今度こそ幹部達が黙り込む。
「では、諜報部員マリーは里沙子嬢に協力した。よって処罰は先に述べた通り。
異論は?」
誰も手を挙げる者はいなかった。
あたし達も何も言わなかったけど、マリーが手を握り返してきた。
「……議論を再開する。騒がせたな、里沙子嬢。話を続けてくれ。マリーは退室せよ」
「はっ、失礼致します!」
マリーは綺麗な敬礼をして、作戦会議室から出ていった。
去り際、一瞬だけ目が合ったけど、彼女の目に光るものがあった気がした。
……もう、腹くくったわ。あたしはあたしに出来ることをやるだけよ。
改めて設計図をテーブルに広げる。
「お恥ずかしいところをお見せしました。
雷管についてはイグニール領の精密機器工場に依頼すれば量産可能です。
対戦車地雷についてはここまでです」
「次の兵器を見せてもらいたい」
まだ皇帝に怒鳴られたショックから立ち直れてない幹部に代わって、彼が話を進める。
あたしは次の設計図を広げた。
「次は、わたくしが中型悪魔にとどめを刺したRPG-7…の模造品についてご説明します。
あいにくこれは使い捨てで誘導性能もないのですが、
アースのゲリラには鉄パイプで製造するものがいるほど、
強力で簡素な仕組みになっております。大量生産して一斉射撃すれば、
大きく敵の戦力を削ぐことが可能かと」
「ふむ、続けてくれ」
「ご覧の通り、砲身はシンプルなものです。肝心なのは弾頭。
この対戦車榴弾は、弾頭、ロケットモーター、安定翼と発射薬で構成されています。
弾頭にはやはり信管が必要になりますが、
対戦車地雷と同じく、イグニールで生産可能なレベルです」
「先程から戦車の名ばかり出てくるが、
武装した兵士を乗せた騎馬を倒すには、いささか強力過ぎる気がするのだが」
「いいえ。アースにおける戦車とは、主に125mm滑空砲や7.7mm機銃を装備し、
鋼鉄の装甲で防御し、無限軌道で地を走る、
大型のものでは重量80tに及ぶ自走兵器を指します。
……残念ながら、こればかりは機密解除されておらず、建造法はわかりません」
「なんと。アースの軍事力は空恐ろしいほどよ」
皇帝陛下が顎髭をねじりながら、長く息を吐く。
「ですが、大昔の代用品程度なら、再現可能かもしれません」
「そ、それは本当かね?」
ようやく落ち着きを取り戻した将校が身を乗り出して、食いついてくる。
「はい。それについてはまだ設計図が完成しておりませんし、
希少な素材も大量に用意していただく必要があります」
「よい。それで勝利が勝ち取れるなら、吾輩の冠であろうと差し出そう」
「もったいないお言葉。
皇帝陛下の象徴を鋳潰すことのない品を、必ず造り出してご覧に入れます。
……本日ご紹介できるものは以上です。
可能な限り多くの兵装を設計図に起こすつもりですが、
次回の会合はいつがよろしいでしょうか」
幹部達が決定を求めて互いに互いを見合わせる。
せめて提案くらいしなさいな。決められない部下ってどこの世界にもいるものね。
業を煮やした皇帝陛下が、大声で言い放った。
「次回会合は同じく一週間後、同時刻!参加者も同様!
里沙子嬢にはなるべく強力な兵器の設計図を持参頂きたい!」
「かしこまりました。ご期待に添える品をお持ちします」
皇帝の鶴の一声で、その日の会合は幕を閉じた。
幹部達がぞろぞろ作戦会議室から出ていく。
皇帝以外の全員が退室したところを見計らって、彼に話しかける。
「恐れ入りますが、お側で申し伝えたいことがあります」
「参るがいい」
あたしは彼に近寄ると、鞄をテーブルに置いて、中身が見えるように広げ、
中の財布を取り出した。
そして、チャックを開け、いつでも使えるよう中に入れている例のカードを彼に見せた。
「これは、なにかね」
あたしはこのカードの出自と、能力。そして描かれている怪物の正体について説明した。
少し彼の顔色が変わる。
「それは、誠か……?」
「彼にはバズーカ砲も全くと言っていいほど効き目がありません。
もちろん魔王との決戦に投入するつもりですが……
タイミングは皇帝陛下にお任せしようかと」
彼は難しい顔をしてしばし考え込む。そして、決断を下す。
「そのカードは、貴女に任せよう。彼の能力を知り尽くしている里沙子嬢に」
「かしこまりました。最大限有効に活用させていただきます」
「しかし、貴女は考えなかったのか?
そのカードを女神マーブルに量産させ、無敵の軍隊を作ろうと」
「う~ん、憚りながら、彼女はまだ信仰の結晶たるカードを複数作れるほど、
十分に神としての力を取り戻しておりません。……というか、ヘッポコです」
その言葉に皇帝があたしをじっと見据えた。そして、
「実はな……我輩もそう思っておる!フハハ!」
「いやですわ、皇帝陛下!アハハ」
「ハハッ、決して本人に言うでないぞ!」
「わたくし達の秘密ということに致しましょう!クフフッ!」
思わず笑い声が素に戻っちゃったわ。誇りに思っていいわよ、マーブル。
あなたは皇帝陛下公認のヘッポコだから大手を振って表を歩きなさい。
さあ、そろそろお開きね。
あたしも退室しようと、トートバッグを肩に下げ、ドアの前で彼に一礼した。
そしてドアノブに手をかけた時、唐突に声を掛けられた。
「里沙子嬢」
「はい、なんでしょう」
「……友は、大切にな」
「ありがとうございます……」
そして、作戦会議室から出て、空気の冷たい廊下に出た。
出口に向けて、考え事をしながら、てれてれと歩く。
「友、か……」
もうランキングで何位か忘れたけど、
あたしに友達って呼んで良い人間なんているのかしら。
基本、自分の都合最優先で、人嫌いで、干渉したりされたりするのが大嫌い。
こんなあたしが友達、ね。らしくない考え事をしていると、
後ろからヒールで走る音が近づいてきた。
「リサっち!」
振り向くと、そこには髪を振り乱したマリーが。
あたしが何か言おうとすると、突然抱きしめられた。
やっぱり軍人としての訓練も受けてるのかしら。腕を離そうとしても全く動かない。
「ちょっと、だからあたしはそっち系の趣味は……」
「……ありがとう」
「えっ?」
「うっく…かばってくれて、ありがとう……わたし、リサっちの事裏切ってたのに。
許してくれて、ありがとう……くっ」
もう、まったくこの娘は。ジョゼットと同年代とは思えないほど優秀なのに、
やっぱり年相応の女の子なのね。あたしは彼女の背中を優しくさする。
「気にしちゃいないわよ。
あたしは、あんたと、あのガラクタだらけのパラダイスが好きなんだから」
「うるさい、ガラクタ言うなっ……ふふ」
マリーが両頬を濡らしていた物を拭う。あたしは呆れ半分で彼女から離れる。
「今日お店、放ったらかして大丈夫なの?本当、商売する気あるのやら」
「替え玉を置いてきたけど、客なんて来ない日の方が多いから大丈夫」
「でしょうね」
「うるさいなー!もう」
あたし達は、笑い声を抑えながら、帰り道に着いた。
明日からマリーはジャンク屋の店主に戻るから、一旦私服に着替えに別室に入る。
軍服のままだと何かと問題が多いらしい。
そりゃ、諜報部員が軍服着て目立ってたらそれこそ仕事にならない。
彼女と待ち合わせて、一旦城塞の外へ出ると、突然誰かに組み付かれた。
誰!?なんとか動揺を抑え込んで時間停止すると……呆れ返った。
「カシオピイア?」
まだ12秒程度だから聞こえてるはずないけど。ようやく25秒経って時間が動き出すと、
彼女がいきなりいなくなったあたしに驚いてキョロキョロする。
そしてあたしを見つけると、また飛びかかってきたから、
今度は落ち着いてアイアンクローをお見舞いした。
「痛い痛い!里沙子……仲間なのに……どうしてこんなことするのぉ……」
「それはこっちの台詞よ!いきなり人のこと締め上げてどういうつもり?」
「マリー、ずるい……ワタシも……ナデナデ……お願い」
ああ、さっきのやり取りを見てたのね。
幽霊みたいな恨めしそうな顔で見てるからせっかくの美人が台無し。
また○○モードに戻っちゃったみたい。門番の兵士を呼ぼうかしら。と、思ってたら。
「ピア子、ハウス!」
私服に着替えたマリーの声が飛んできた。
途端に、カシオピイアのスイッチが切り替わる。
目に常人らしい光が戻り、背筋を伸ばして、あたしに敬礼してきた。
「先程は失礼致しました。お許しを。では、ワタシは任務に戻ります」
そう言うと、返事も聞かずに正門の側に走っていった。
「ごめんねー。あの娘、変な癖があってさー」
「それ、門番の人にも言われたけど、癖ってレベルじゃないわよ」
「まーまーそう言わずに、温かい目で見てやってよ」
「これからしょっちゅう通うあたしの身にもなってよね……もういいわ、帰りましょう。
知ってるだろうけど、大聖堂教会に転移魔法が使える子がいるの。
ついでだからハッピーマイルズに送ってもらうといいわ」
「んー、せっかくだけど、やめとく。
あんまりハッピーマイルズ以外で顔覚えられるの、良くないんだー。
教会の近くまで見送るよ」
「そっか。そっちの仕事に差し障るからね。
じゃあ、カシオピイアが元に戻らないうちに出ちゃいましょう」
あたし達が、正門に近づくと、彼女が話しかけてきた。
またアクリル板を左手で操作する。
「少々お待ちください。氏名、斑目里沙子。入場時のデータと完全一致。
どうぞお通りください。
続いて、コードネーム、マリー。各ステータス、登録情報と一致。
どうぞお通りください」
さっきの幽霊とは別人のようなキビキビした口調で退場を許されたあたし達は、
門を通って要塞の外に出た。ふぅ、なんか色々あって疲れた。
いつもお部屋でダンゴムシのあたしが、
急に外出することが増えたからしょうがないんだけど。
「よーし、ここからはマリーさんが案内するよ」
「お願いね」
それから、あたしはマリーとくだらない世間話をしながら、
大聖堂教会を目指して歩き始めた。
馬車で10分の道のりも、誰かと話していると気が紛れるものね。
少し足は痛くなったけど、不思議と苦にはならなかった。
そして、段々大聖堂教会の高い屋根が見えてきたところでマリーが足を止める。
「マリーさんはここまでー。リサっち、これから大変だと思うけど、がんばれー」
「あんたもね。……そうそう、あんたの店の不細工な人形、いくらするの?
ジョゼットが欲しがってた」
「ごめーん、あれ非売品なんだ。ああ見えてお気に入りなの」
「お気に入りならもっと大事にしてやったら?じゃあね」
「ばいならー」
マリーに見送られて、あたしはエレオノーラが待つ大聖堂教会の聖堂へ入って行った。
炎鉱石のストーブがあるのか、温かい空気に包まれている。彼女はどこかしら。
少し視線を左右すると、見つけやすい真っ白な後ろ姿が見つかった。
「ごめん、エレオノーラ。待った?」
「いいえ。先程お祖父様と別れたばかりです。用事は上手くいきましたか?」
「バッチリ。それじゃあ、帰り道、お願いできる?」
「はい。では外に出ましょうか」
そして、エレオノーラの“神の見えざる手”で自宅に戻ったあたしは、
また聖堂でスマートフォンの画面に見入っていた。
やっぱり、ジョゼットが入ってきて、何も言わずにあたしの側に立つ。
あたしは、様々な兵器の画像を選びながら、彼女につぶやいた。
「……ねえ。もし魔王との戦いに勝ったら、この教会、あんたにあげる」