昼間だから明かりを点けてないけど、
マリア像が直射日光を浴びて傷まないようにできてるから、結構薄暗いのよね。
静かで暗い聖堂で、あたしとジョゼット二人だけ。
「……どうして、いきなりそんなことを?」
「前に、ここでガトリングガン作った時、ジョゼット凄く怒ったでしょ。
今度は、もっと怒るような事するから。それで勘弁してちょうだいな。
毎日ミサが開けるわよ」
「だったら!」
彼女があたしの前に座り込んで、あたしの手を握る。
……よして、変な方向にスライドしちゃったじゃない。
「まだ間に合います!里沙子さんが何をしてるのかわかりませんし、
聞いたところで馬鹿なわたくしにはわからないと思います!
けど、わたくし達で力を合わせれば、ものぐさな里沙子さんが必死にならなくても、
別の方法が見つかると思うんです!だから……!」
「ごめん……無理。もうあたし達だけの問題じゃなくなったの。
大勢の人間が動き出してて、大勢の人間が戦って、大勢の人間が、死ぬ。
あたしだってガトリングガンの件で何も学ばなかったわけじゃないわ」
ジョゼットが声を出さずに息を呑む。
そして、目に涙を浮かべてようやく言葉を口にした。
「里沙子さん、この旅をやめにしませんか?
皇帝陛下にも法王猊下にも謝って、全部なかった事にするんです。
まだ魔王と接触すらしていない、今なら!」
あたしは黙ってジョゼットの手を取り、ゆっくりと彼女の膝に戻す。
「里沙子さん……!」
「前にも言ったかもしれないけど、魔王は明日来てもおかしくないの。
殺せるときに殺しとかないと、おちおち昼寝もできないわ」
「嫌です!もし負けちゃったら、里沙子さん、死んじゃうじゃないですか!」
「魔王みたいな時代遅れのジジイの顔色窺いながら生きてくなんて、
それこそ死んだも同然よ」
「うくっ……里沙子さんの馬鹿!」
聖堂に乾いた音。頬に走る痛み。カラカラと音を立てる眼鏡。
はぁ、歴史は繰り返すっていうけどサイクル短すぎない?
ジョゼットは走って奥に引っ込んじゃった。そろそろ、今日のメニューね。
眼鏡を拾うと、外に出て裏手に向かった。
いつも通り、彼女は草原に裸足で立っていた。魔力でほんの数ミリほど浮かんでるけど。
まぁ、裸足で馬の糞とか踏んづけたら洒落にならないしね。
ちなみに、この世界では犬の糞より馬の糞の方が格段に遭遇率が高い。
糞の話ばっかりで申し訳ないわね。
いちいち馬鹿話挟まないと話が進まないのは、この物語の宿命なの。
「待たせてごめん、エレオノーラ」
「……彼女と、なにがあったんですか」
「毎度のことよ。勝手なことしたからぶん殴った。それだけよ」
「嘘をつく人には、何も教えられません」
彼女が立ち去ろうとするから、慌てて肩を掴む。
まだ停止時間45秒で、マナの位置もあやふやなまま、見捨てられちゃたまんないわよ。
エレオノーラは前を向いたままあたしに問う。
「もう一度聞きます。彼女と、何があったんですか」
「わかったわよ……どこから話せばいいのかしらね。
ジョゼットが戦争を止めるように言った。あたしがそれを断った。
だからあの娘がすねて出ていったのよ」
「それだけですか?」
「……戦争に勝ったら、教会をあげるって言った」
「どうしてそんなことを!
勝っても負けても、あなたが去ることになるじゃありませんか!」
「そう、去るの。教会に住めるような人間じゃなくなるから。
決戦では、あたしが伝えた武器を抱えて大勢の兵士が死ぬ。それだけじゃない。
例え魔王に勝利しても、今度は人間同士の戦いに転用されるのは間違いない。
誰が言ったかは忘れたけど、手にした銃を撃たずにはいられないのが人間」
「だからといって!」
「この世界には色んな国があるらしいけど、
魔王を打倒した時には、サラマンダラス帝国が、
恐らくこの世界トップレベルの軍事大国になることは間違いない。
そんな時、他国との諍いに火が着いたらもう止められない。
彼我の死者は数万、数十万、いや数百万に及ぶ。
別にあたし一人が世界紛争を左右できると思うほど自信家じゃないけど、
その導火線に火を着けといて神様の家でごろ寝続けるほど図々しくもないの」
「面倒事厄介事が大嫌いな里沙子らしくありません!
ジョゼットさんが泣くのも当然じゃないですか。
……どうしてあなた一人で罪を抱え込もうとするのですか。
時が来れば、わたしもルーベルさんも共に戦うというのに!」
「まだまだ償いきれない罪があるのよ。あたしが帝国に持っていった“地雷”の設計図。
地面に撒いたり埋めたりして、踏むと爆発する爆弾。
皇帝に渡したのは複雑なものだけど、簡単なものなら、
ちょっとした知識と材料があれば簡単に大量に作れちゃうの。
アースの紛争地帯では、世界地図に色付け出来るほど広範囲に散らばってる。
そんな国にも人は住んでる。そこじゃ片足のない子供なんて珍しくない。
一度撤去してもゲリラがまた撒くの。“撤去済み”の道を歩いて死んだ子もいるわ」
「何が言いたいんですか……」
「結局、あたしがしてたことは平和の前借りだったってこと。
初めは、物見遊山で旅しながら、自分の居場所を守れればいいやって思ってたけど、
そのうちなりふり構わなくなって、とんでもないことしてたことに、
手遅れになってから気づいた。
地雷もそのうち誰かが改良してミドルファンタジアに拡散する。
足のない子たちが生まれる。
だから、あたしが教会で、温かいベッドで寝ることは許されないの」
「里沙子さん」
エレオノーラは、首から何かを外して、あたしの首に掛けた。
銀のロザリオが着いた、細い銀のネックレス。
「これは?」
「あなたがその懺悔の気持ちを忘れない限り、
マリア様、イエス様は、必ず里沙子さんをお赦しになります。
あなたに必要なことは、人間を信じること。
決してこの国は弱者に斧を振り下ろすことはしません。
どうか、お祖父様や、皇帝陛下を信じてください」
「……あたし達が生きてるうちに、結論が出ることはないわ。
次々代の法王や皇帝が平和を貫く保証なんかどこにもない。
でも、せめて……人間以外に滅ぼされることは避けて見せるわ」
「今は、それだけに集中しましょう。
まずは里沙子さんの能力を完璧なものにしなければ」
「そうね。お願い」
ダラダラと長話続けて悪かったわね。
精神と時の部屋があれば、この魔王編も3分の1くらいに収まったんだろうけど。
いつも通り、あたしは適当な小石でお手玉しながら時間停止を発動する。
うん、多少作業や邪魔が入っても自在に発動できる。
後は時間ね。1分が目標だけど、あと一歩ってところ。45秒は意外と長い。結構暇ね。
……ちょっといたずらしてやろうかしら。エレオノーラに忍び寄って、地面に横になる。
うへへ、姉ちゃん、どんなパンツはいてんの~と、スカートをめくろうとした時、
時間停止が解除された。しまった、スカートに気を取られて集中が途切れた!
「……里沙子さ~ん?」
「あ、いや、違うの。どんな姿勢でも時間停止を維持できるかをちょっとね?」
「うふふ、わたしのスカートを掴んだ姿勢で、
時間停止する必要が発生する状況を答えてくださいますか」
エレオが笑ったまま、近づいてくる。あ、よく見ると細目開けてる。怖いからやめて?
「さっそくですが、マナと魔力の感知訓練に移りましょうか?」
「あのね、その前にお願いがあるっていうか、手加減と言うか、いつも通りに……」
「うふふ……さあ、こっちへどうぞ」
──あろぱるぱ!!こいつの元ネタググらずにわかる奴は神いぃぃ!!
あたしの悲鳴が草原を駆け巡る。結局こうなんのよね。どんだけ真面目に語ろうとも!
いつもよりキツめの拷問的訓練を受けたあたしは、無様に地面に這いつくばっていた。
「いかがですか。マナの感知は進んでいますか」
「はびばっ……」
「はびばでは分かりません。
あら、わたしとしたことが。いつものマッサージを忘れていましたね」
「うえ~い、やだ~、おうちかえる~」
身体をよじって逃げようとしたけど、ナメクジ程度の速度しか出せず、
すぐ捕まってしまった。
エレオノーラは情け無用とばかりに、左脇腹を親指でぐっと押し込む。
そこでまた、あろぱるぱよ。以降の展開は省略する。
読んでて面白くもないし、2話前に書いたしね。痛めつけられた。ただそれだけよ……
「では、今日はここまでにしましょう」
「げべっ……エレオ……あとで、帝都……」
「……わかりました。準備ができたら声を」
大地に液体のごとく広がりながら、
鬼教官エレオに散々押しまくられた、左脇腹に触れる。
本当にこれでマナが感じられるようになんのかしらね。毎回痛いだけで……
あら?ちょっと、あったかい。
先週と同じく、エレオノーラに帝都に連れてきてもらって、
サラマンダラス要塞の前まで来た。頑丈なゲートも、屈強な兵士も、見慣れた光景よ。
……この娘含めて。
「キャアア!里沙子、こっち見て!ワタシだけの、仲間ァ!」
「……お願いして良いかしら」
「すまない……」
また、AK-47を抱えた門番さんに頼んで、カシオピイアを大人しくしてもらう。
銃把で門を叩くと、彼女が耳に痛い音に驚いて、しばらくパニック状態になった後、
ぷっつりと糸が切れた人形みたいに動かなくなる。
2秒ほどしたら、突然直立姿勢になり、キビキビとした歩調でこちらに近づいてきた。
そして、どこに隠してたのか、例のアクリル板をあたしにかざして問いかけてくる。
「斑目里沙子様、ですね。ご用件をどうぞ」
「あの、皇帝陛下とお会いする約束があるの。通してもらえるかしら」
彼女は少しだけアクリル板に目をやり、浮かび上がった文字を見て答えた。
「……皇帝陛下との謁見予定を確認。入場を許可します。どうぞ」
門番さんがゲートを開けてくれて、やっと要塞に入ることができた。
ここでわかったことがひとつ。この世界には通信機の類がない。
だから猛獣みたいなあの娘が入退場の管理やってる。
豆知識を増やしたところで、城塞の門をくぐり、先週と同じく作戦会議室に入る。
「ごめんください。斑目里沙子でございます」
“入りなさい!”
今日は皇帝陛下じゃないわ。ハズレ。ドアを開けて中に入る。
前回と同じく皇帝陛下を最奥に、幹部達が集まっていた。
「お待たせして申し訳ございません。
早速、新規に描き起こした兵器の設計図をご紹介します」
「おお、待ちわびたぞ。早くしたまえ!」
丸眼鏡の将校が立ち上がって急かす。あたしは無駄だと知りつつも用件を切り出した。
「その前に、本日は皆様にお願いしたいことがあります」
「ええい、なんだ!」
「今まで提出したもの含め、わたくしがご紹介した兵器は、
悪魔以外には一切使用しないとお約束頂きたいのです」
一瞬、間を置いて、どっと幹部達の笑い声が起こった。
あざ笑う彼らの中、皇帝陛下だけが、あたしをじっと見つめている。
「ハハ。今更何を言うかと思えばバカバカしい。
この世界にはサラマンダラス帝国しか存在しないわけではないのだよ?
我々を仮想敵国として、いつ宣戦布告してくるかわからない国も存在する。
連中が魔王との戦争で疲弊した時を狙って攻め込んでくる可能性は高い。
その時こそ、AK-47やRPG-7が威力を発揮するのではないか!」
「実は……」
あたしは、エレオノーラに自分が提供している軍事技術の危険性について説明した。
特に、地雷や今日説明する予定のものを重点的に。
でも、腹の出た幹部は苛ついた様子でそれを一蹴した。
「そんなことは君が心配することではない。
難しいことは我々に任せて、情報提供だけを行っておれば良いのだ!」
「しかし、これらは敵だけではなく、自国民にも……」
「くどいぞ!そもそもAK-47を始めとした近代兵器を持ち込んだのは君ではないか!」
「はい、わたくしが軽率でした。ですからこうしてお願いに!」
「もういい!衛兵、この女を捕らえろ!要塞の外に出すな!設計図を取り上げろ!」
「待ってください、あの……」
ドアが乱暴に開かれ、黒い軍服の兵士が2人踏み込んできた。
彼らがあたしの肩を掴んで外に引きずり出そうとする。その時だった。
──待たぬか!!
またも皇帝陛下の大声が響いた。一国の主が放つ言葉は、皆を凍りつかせる威力を持つ。
「……諸君は、我輩を無視して事を進めようとしたな」
「た、大変失礼致しました!ですがこれしきの事、皇帝陛下を煩わせるほどの……」
「喧しい!!」
再び声を荒らげる皇帝。今度こそ幹部達は言葉を失う。
「“これしきの事”なら、貴官は我輩が地雷原を歩くことになってもよいと言うのか?」
「いえ、滅相もございません!」
「では何故我輩に上申せぬ」
「此奴の越権行為につい我を失い……申し訳ございません。
ほ、ほらお前達、彼女を放さんか!」
青くなってしきりに汗を拭う幹部達。
時間停止のタイミングを覗ってたけど、皇帝陛下のおかげで兵士の手から開放された。
彼らが退室すると、同時に皇帝が口を開いた。
「……部下の非礼、本人に代わって詫びよう。
里沙子嬢、すでにAK-47を始めとした兵器の製造法が放たれた以上、
貴女の危惧している事態は恐らく起こるであろう。
こんな要塞が存在していること自体がそれを証明している。
だが、部下の意見にも一理もないわけではない。
つまり、サラマンダラス帝国を狙っているのは魔王だけではないということだ」
「では、わたくしがしていることは、無駄だということなのでしょうか」
「結論を急ぐべきではない。……そうだな、約束しよう。
貴女がもたらした兵器の数々は、侵略行為には用いない。
だが当然、我が国に攻め込もうとする輩は全力で排除する。
もちろん貴女の兵器の使用も厭わない。
しかし、他国への攻撃に用いることも決してない。専守防衛に徹することを誓う。
……これが、落とし所だと吾輩は思うのだが」
「皇帝陛下……ありがとうございます!」
思わず見えた一筋の光に、皇帝の瞳を見つめたまま、考えを止めてしまう。
幹部達がガヤガヤ騒ぎ出したけど、聞こえていても頭に入ってこない。
「皇帝陛下、よろしいのですか!」
「あの国を黙らせるチャンスなのですよ!」
「小娘の戯言に耳を貸す必要など!」
「魔王から賠償金など得られません、国益を考えれば……」
今度は何も言わず、ただ前を睨む皇帝。
彼が放つ激しい怒りを感じ取った幹部達は、慌てて着席し、口をつぐんだ。
「……皆の者、今日の会議を始めようではないか。里沙子嬢、設計図を」
「は、はい。少々お待ちを」
あたしも正直ビビってたから、声が裏返った。
急いで厚紙の筒から設計図を1枚取り出して、広げる。
「これは、ずいぶんと簡素なものだが、どんな兵器かね?」
「ワイヤートラップです。杭を2本打ち込み、
片方にワイヤーの刺さった爆弾をくくりつけ、
もう片方に真っ直ぐワイヤーを張って結びつけます。
足を引っ掛けてワイヤーが抜けると、爆弾が作動して敵を殺傷する、
別のタイプの地雷と言ってもいいでしょう」
「皇帝陛下、発言してもよろしいでしょうか……?」
まだ怯えてる髪の薄い幹部がおずおずと口を開く。
「よかろう」
「その、肝心の爆弾が見当たらないのですが、どのように……」
「失礼しました。右下に補足してあるものが爆弾です。
必要なのはアルミニウム粉末と酸化鉄。
これはもう、イグニールでなくとも金物屋で手に入るものなので、
空きスペースに記載しました。少々特殊な部品が、起爆用マグネシウムリボンですが、
その名の通りマグネシウムをテープ状にすれば簡単に作れます」
今度は会議室が別の意味でガヤつく。
「こ、これは一体どれくらいの威力なのかね!」
「一瞬で鉄を溶解させるほどの熱を発します。
方法さえ分かれば子供でも作れるレベルなので、効果範囲は良くて半径1m程度ですが。
戦場の至るところに設置すれば、対戦車地雷と合わせて、
悪魔の進撃を遅らせることができます。間抜けにはさっさと死んでいただきましょう。
作り方はイラストを再現するだけです。
ワイヤートラップについては以上ですが、何かご質問は」
皆、何も言わない。ざっと眺めれば誰でもわかるものだから特に聞くこともないわね。
あたしは筒から次の設計図を抜き取った。今度は数枚。一筋縄じゃ行かないわ。
「これが、わたくしが提供できる最後の設計図になります」
「最後、ということはつまり」
「はい。前回お話した戦車の代替品、132mm BM-13でございます」
皇帝陛下を始めとした全員が立ち上がって、
テーブルいっぱいに広げられた設計図を眺める。
角ばった車体に何本も鋼鉄のレールを背負った、自走兵器。
「これが、無敵の戦車なのか……」
オールバックが呟くように尋ねる。
「残念ながら無敵を名乗るには及びません。
ご覧の通り、装甲は無いに等しく、大砲も機銃もありません。
ですが、車体後部に並んだ8本のレール。ここから発射されるロケット弾が、
雨あられの如く敵の頭上から降り注ぎ、悪魔の群れを粉砕します。
誘導性能がなく、命中率も決して高くありませんが、
約8kmから超長距離攻撃が可能です」
「これが最後の決戦兵器か……」
「魔王討伐が現実味を帯びて来たな」
「諸元、弾頭重量・18.5kg。推進薬重量・7.08kg。直撃すれば悪魔も粉々だろう」
「しかし、やはりまだまだ欠点が。
ご覧の通り、製造に膨大な資材と予算、そして技術が必要になるということです。
車体・ロケット弾には大量の鉄と炸薬が。
動力となるエンジンですが、燃料となるガソリンや軽油が無く、
緻密な鋼材加工が必要となり、残念ながらこの世界では再現不可です」
「では、どうすればいい。必要な物を言うが良い」
皇帝陛下がシャシーの設計図を読みながら告げる。
「恐れ入ります。では、BM-13一両。そしてロケット弾補給車一両につき、
限りなく純度100%に近い、獄炎石1つ。これで重い車体を動かす蒸気を得られます。
あと、ロケット弾点火のために雷帝石も」
「待て、獄炎石が一ついくらすると思っている。それこそ爆弾にしたほうがマシだぞ!」
「よい。暴発させて一度使えばそれまで。
継戦能力の高いBM-13の動力にするほうが賢明であろう。続きを」
飲み込みの早い皇帝が話を進めてくれた。
正直な話、あたしが作った蒸気機関は欠点だらけ。
イグニールや帝都の兵器工廠を信じるしかないところもある。
彼もそれはわかってるはずなのに、知らんふりをしてくれてるのは明らか。
……だから、最後までやりきるのよ。
「蒸気機関型BM-13の運用には、3名の乗員が必要に必要になります。
運転手、ロケット弾の射手、蒸気機関を管理する機関士。
出来るだけ早く試作品を完成させて頂き、乗員の訓練を始める必要があります」
「それは理解した。……この車輪は見たことのない形だが、外周は何でできている?」
「軸となるホイールを包んでいるのは、
天然ゴムを始めとした各種素材で作れている緩衝材です。
内部に圧縮空気を詰め込むことで、走行中の振動を軽減し、
安定性を上昇させることができます」
「ゴムか……この巨体を支えるには、相応の強度と柔軟性が必要になるであろう。
東のミストセルヴァ領で良質ゴムが産出されていたはずだ。どうにかなる」
「ありがとうございます」
蒸気機関型BM-13は、お世辞にも本物と同レベルの性能とは言えない。
無理矢理蒸気機関に変え、機関士のスペースを作ったせいで胴長になり、
機動性はガタ落ち。燃料もそう。
多分、ホワイトデゼールに着いたら、結果はどうあれ乗り捨てることになる。
「さて、この複雑な設計図を理解するには少々時間がかかる。
BM-13についてはしばらく吾輩達に任せてもらうとして、
今度は我々が語ろうではないか」
「と、おっしゃいますと?」
「そろそろ具体的な戦略を練った方が良い。……北砂の地形図を出してくれ」
「はっ、ただいま!」
丸眼鏡がいそいそと設計図をしまい、壁に立てかけてあった大きな地図を広げた。
初めて見る領地のカラー地図。とは言え、その殆どが真っ白な砂と岩しかない荒野。
「まず、第一次北砂大戦の概要を説明しよう。
数百年前、北の海岸近くに魔王が魔界からのゲートを開き、
無数の悪魔を引き連れ突如サラマンダラス帝国に侵攻してきた。
帝国も全兵力でこれを迎え撃ったが、圧倒的戦力差の前に数十万の兵が命を落とした。
勇者ランパード・マクレイダーの決死の一撃がなければ、帝国が陥落していた事は、
貴女も知るところであろう」
「はい。存じ上げております」
「しかし、今回は状況が全く異なる。
貴女と仲間達が集めた品々。そしてアースの近代兵器。帝国が擁する特殊部隊アクシス。
これら全戦力を用いて、魔王を、討つ!」
皇帝の宣言に、あたしも幹部達も、黙って唾を飲む。
「では、里沙子嬢。この地図を見て、どう思う」
「遮蔽物がほぼないので、
対戦車地雷やワイヤートラップを広範囲に設置する必要があるかと」
「それについては、北の海岸付近に集中配備するべきであると吾輩は考える」
「それは、何故でしょう」
「かつて魔王は北部の海に魔界からのゲートを開けた。
魔王と言えど、次元を超えるには莫大な魔力を消費する。
実は、目に見えぬがこのゲートは閉じきっておらぬのだ。
奴が生贄を捕らえる際、このゲートの隙間から手下の悪魔をワープさせている。
第二次北砂大戦でも、奴が力と時間の節約を兼ねて、
使用済みのゲートを再起動する可能性が極めて高い」
「なるほど、攻めて来るなら北から、ということですね」
「うむ。それを踏まえて里沙子嬢、改めて貴女の考えを聞かせてもらいたい」
「……まず、中央に2階建ての強固な砦が必要です。
AK-47及びガトリングガン部隊、そしてRPG-7部隊を配置し、正面から悪魔を叩きます。
砦後方南にはBM-13部隊を展開、悪魔の軍勢にロケット弾を一斉発射。
わたくしの知る戦力を活かすにはこの方法が最良かと」
「トラップで足をすくわれた連中を一気に攻めるというわけか。
よかろう。今度は我輩の手駒を配置しよう。
既に大聖堂教会と協定を結んで、パラディンも出動することが決っている。
まず、砦左翼にパラディンを配備。右翼にはアクシスの精鋭を派遣しよう。
……これで、全戦力を吐き出したわけだが、魔王を殺し切るには、
エレオノーラ嬢にも戦場に立ってもらわねばならぬ。
時が来るまで彼女を退避させる安全な場所はあるだろうか」
「彼女は……わたくしが守ります。例え危うくなっても、彼女を逃がすことはできます」
「根拠に乏しい発言だな。ほぼ真っ平らな平地でどうやって逃げる」
あら、能力についてはこの人達に伝わってなかったみたい。
皇帝陛下に何か考えがあるのかもしれない。とりあえずぼかす。
「わたくしも、その日は最大限の武装で望みます。
彼女自身も防御魔法の心得はありますので」
「なんだそれは!悪魔に接近されたら一巻の終わりではないか!」
「構わぬ。エレオノーラ嬢の件については里沙子嬢に一任する」
「しかし皇帝陛下!」
「構わぬ、と言った」
「承知しました……」
納得行かない様子で席に戻る丸眼鏡。やっぱり、意図的に伏せてたみたい。
なんとなく助かったような気がする。
空気が乾いたところで少し喋りすぎたのか、皇帝がゴホンと咳払いをした。
「今日決めるべきことは全て決まったと思うのだが、どうだろうか。
後は、我々が帝都を挙げて、里沙子嬢が描き上げた悪魔殲滅兵器を具現化する」
あたしも賛成だから無言のままでいようと思ったんだけど、
ひとつ大事なことを聞き忘れてた事に気づいたから手を挙げた。
「皇帝陛下、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「なにかね」
「戦闘開始の準備が整ったことは理解できました。
しかし、敵がいなければ話になりません。
肝心の魔王はどのようにして誘い出せば良いのでしょうか」
皇帝陛下はニヤリと笑って答えた。
「フフッ、我らから貴女に情報提供できるとは、少しは我輩の顔も立つというもの。
帝国軍も伊達に数百年、悪魔と相対してきたわけではない。
まず、魔王はその名をギルファデスという。
悪魔全体に言えることだが、奴は特にプライドが高く、
自らを侮辱した者を種族ごと滅ぼすまで決して許さない。
そこでだ。中央の砦に、高々とサラマンダラス帝国旗を掲げようと思う。
奪いそこねた領地を勝手に支配宣言される。奴の頭の線がはち切れるであろう」
「なるほど。
最後まで考えあぐねていた問題を解決して頂き、”目から鱗が落ちる”思いです」
「イエス・キリストの奇跡か……」
「使徒行伝、第九章です。
もっとも、祖国ではもっぱら慣用句として使われ、由来を知る者は少ないですが」
「この戦いでも、キリストの加護があることを祈ろうではないか。
……他に議題のある者は?」
皆、黙ったまま。皇帝は一度だけ頷いて会議の閉会を宣言した。
「よろしい。では、BM-13について細かいことは明日貴官らと詰めるとしよう。
里沙子嬢は……2週間後、自走兵器の試作品を見に来て貰いたい」
「かしこまりました」
「では、これにて解散!……里沙子嬢は少し残ってくれ。伝言がある」
「はい」
幹部達が怪しげな目であたしを見ながら、ゴソゴソと出ていく。
特に腹の出た一人は、動きにくそう。ちょっとダイエットしたほうがいいわよ。
……さて、これから皇帝陛下と秘密のお喋りタイム。
あたしは一歩だけ彼に近づいて、頭を下げる。
「皇帝陛下、わたくしのわがままを聞き入れてくださり、本当にありがとうございます」
「元々貴女に兵器の製造法を求めたのは我輩だ。貴女の兵器がそれほどまでに危険で、
世界平和を阻み続けているとは思いも寄らなかった。
我輩の浅はかな考えで里沙子嬢に重荷を背負わせてしまったこと、実に申し訳ない」
「とんでもありません!
魔王に勝つには力を出し惜しみしていられなかったのは事実です。
それに……わたくしの能力について伏せていただいたことに感謝しています」
「……彼らは、勝利を収めるためなら多少の手段を選ぶことがない。
それは我輩も同じことであるし、軍人のサガであるが。あの能力は強力すぎる。
我輩の目の届かぬところで貴女を捕らえ、
非人道的な“調査”を行うことは目に見えている。
悲しいかな、軍隊とはそういう組織だ」
「個人的にはある意味人間的、と言えるとも思いますが。……ところで、皇帝陛下」
「何であろう」
あたしは彼の目をじっと見て口を開く。
「カシオピイア、正直なんとかなりませんか?」
「ならんな」
あっさり希望を断ち切られ、軽く絶望する。
はぁ、アクシスの精鋭だって聞いたけど、
まさか○○モードで敵に突撃してるだけじゃないでしょうね。皇帝が苦笑して続ける。
「まぁ、そんな顔をするでない。戦場に出た彼女は別人だ。我輩が保証しよう。
……そうでなければ、とっとと除名しておる。こちらからもひとつ良いかな?」
「何なりと」
「……初めから気になっていた。いくら、叡智の詰まった箱があるとは言え、
貴女のような年若き女性が、何故斯様な武器の製造法や兵法を熟知しているのか。
貴女の祖国では徴兵制があるのだろうか」
「いいえ。わたくしの世界には、
インターネットという情報網が世界中に張り巡らされていて、
パソコンという誰でも買える端末で、知りたい情報を閲覧できるのです。
ネットの海は広大で、70年以上前の大戦で使われた兵器の設計図や仕組みは、
簡単に手に入ります。
あと……ネットが普及し始めたばかりで、あまり法整備が整っていないころに、
偶然通信販売で手に入れた“腹腹時計”という兵法書も参考にしています。
ここだけの話、テロ組織が発行した非合法な一冊なのですが……」
やっぱり彼が苦笑してククッと笑う。
「一体何をしておるのかね、里沙子嬢は。こんな血なまぐさいものに熱中しておらず、
もっと洒落た洋服や飾りを買ったり、化粧の腕を磨いたりしようとは思わないのかね」
「ふふっ、そんな金があるならエールをケース買いしてますわ。
化粧も服も、相手に失礼にならない程度で十分。趣味だけが恋人ですわ」
「ハハハッ、そなたは、本当に自由であるのだな。今日はここまでとしよう。
貴女との会話は一服の清涼剤である。石と鉄しかないここは息が詰まる」
「ご苦労、お察し致します」
「なに、大したことではない。さあ、日が落ちる前に戻られるがよい」
「はい。失礼します」
あたしは、皇帝に一礼すると、作戦会議室を後にした。
もう帰ろう、と城塞の外に出た時、ゲートが2つあることを思い出して、
心の中で頭を抱える。ああ、聞こえてきた。
「ピャアアア!!里沙子、里沙子!来てくれたのね、会いたかった、ワタシの、仲間!」
紫の影が全身でしがみついてきた。やめろ苦しい!
どんなタネを使えばこいつが戦力になるっての!
黒の軍服達は、一応AK-47を構えて警戒してるけど、こっちに来ようとはしない。
この薄情者が!
「カシオピイア、落ち着いて!これじゃお話もできないでしょ?
お互い離れて一歩ずつ後ろに下がりましょう」
「いいぃやあぁぁ!!里沙子が行っちゃう!行けば里沙子が来なくなるうぅ!」
「どこにも行かないから。どーどー、叫ぶと疲れるでしょう?深呼吸、深呼吸……」
あたしはなんとかこの状況を打開すべく、
なんとか片腕を彼女の背中に回して、撫で始めた。
すると、わずかにカシオピイアの発作が治まってくる。
「うう……里沙子、里沙子……」
「そうそう。大丈夫。どこにも行ったりしないから、落ち着いて、ね?」
その時、彼女のベルトの腰に差してあったものに手が当たった。
「あうあう……それ……ピア子の大事なもの……」
「一人称も安定しないのね。ちょっと失礼するわよ」
抜き取ると、それは例のアクリル板だった。なぜかあたしの名前が書いてある。
すると彼女はアクリル板をスッと手に取った。
「大変失礼しました。斑目里沙子様ですね。ご用件をどうぞ」
本当、何がスイッチかわからないわね。
これから付き合いながら探っていくしかないみたいね。すんげえ面倒臭そう。
お願いだから彼女がうちに同居、なんて展開は勘弁してよ?アホ作者。
「退場の手続きを、と思ったけど、少しお話できるかしら。個人的なお喋り」
「はぁ……ワタシでよければ」
「ええと、あなたは、あたしが来ると……ちょっと、はしゃいじゃう所があるけど、
来客がある度そうなのかしら」
カシオピイアは少し目を伏せて、非礼を恥じた様子で答える。
「申し訳ありません。なぜか、あなたの姿を見ると、その、頭が真っ白に……」
「その時のあなたは、“仲間”のあたしにこだわってるみたいだけど、
何か心当たりは?」
「あの、ごめんなさい……」
あ、追い込んじゃったみたい。これ以上は踏み込まない方が良さそうね。
まだ付き合いは始まったばかりなんだから、おいおい話してくれるのを待ちましょう。
「ああ、こっちこそ色々聞いちゃってごめんなさい。話を変えましょう。
……あなたが持ってるアクリル板みたいなの、凄いわね。まるでタブレットみたい。
色々情報を管理してるみたいだけど」
「はい!これはワタシに与えられた、“聖母の眼差し”という魔法触媒です。
帝都から西端の地で発見された、古代の教会のステンドグラスを切り取り、
錬金術で軽量化し、耐久性を増したものです。
ご存知の通り、城塞3階の通信指令室と情報をやり取りし、
入退場その他の情報処理を行うことが可能。
さらに戦闘にも使用でき……あ、具体的にはお答えできませんが」
「ううん。色々教えてくれてありがとう。凄いものを持ってるのね。
これからもよろしく」
「はっ!」
彼女はやはり綺麗な姿勢で敬礼する。
「じゃあ、今日はもう帰るから、退場処理、お願いできるかしら」
「少々お待ち下さい。氏名、斑目里沙子。入場時のデータと完全一致。
どうぞお気をつけて」
「また今度ね」
ちょっと、というか、かなり変な娘だけど、慣れれば頼れる仲間になれそう。
あたしは、門番さんにゲートを開けてもらって外に出た。
「……次は、ちょっとくらい手伝ってね?」
「すまない。彼女は……少し複雑なのだ」
「それはわかる。今は深く突っ込まないわ。じゃあ、お疲れ様」
そして、要塞を後にしたあたしは、エレオノーラが待つ大聖堂教会へ向かった。
こないだマリーと一緒に歩いて帰った記憶を頼りに、なんとか迷わずにたどり着けたわ。
明るい教会前広場から、薄暗い聖堂へ一瞬でワープ。本当にこの娘の術は助かるわ。
「ありがとう、エレオノーラ。疲れたでしょう。ゆっくり休んで」
「いいえ。落ち着いて時間を置けばこのくらい。また用事があれば……」
バタン!
その時、ルーベルとジョゼットが住居から駆け込んできた。
「ただいまー。熱烈な歓迎は嬉しいけど、
そのドアもボロいから丁寧に扱ってくれると姉さん助か……うあっ!」
ルーベルが顔に怒りを浮かべて、あたしの胸ぐらを掴んだ。
「……何考えてんだ、教会を引き払うって!
お前がいなくなったらここの連中がどうなるか考えたことがあるのか!」
彼女の背後では暗い表情のジョゼットがこっちを見てる。
「やーい、ジョゼットのチクリ魔」
「真面目に答えろ!」
「ルーベルさん、まずは手を放して下さい。それでは話ができません」
「チッ!」
エレオノーラにたしなめられて、乱暴にあたしを手放すルーベル。
ちょっとみんな、今日は女性に対する扱いが酷いわよ。
そんなだからボーイフレンドの一人もいないのよ。あ、モロに跳ね返ってきた……
「ジョゼットやエレオノーラから事情は聞いたんでしょ?それが答え。
教会に住むような人間じゃなくなったから、全部にケリが着いたらここを出る。
木枯し紋次郎みたいに楊枝を加えながら、ぶらぶらと国中を旅して回るのもいいかもね」
「馬鹿野郎!お前がいなきゃ困るんだよ!私はまだお前に何も恩返しできちゃいねえ、
ジョゼットはお前がいなきゃ危なっかしくてしょうがねえ、
エレオノーラは主がいなくなった教会で何を学べってんだ!」
「……あたしにも事情があるの。放っといて」
「何だと……?」
「あんたはそのバレットM82で、魔王との戦いに参加してくれればそれで十分。
ジョゼットは馬鹿だけどやるときはやる。
エレオノーラは、イエスさんの残り香が漂うここで聖書を熟読すればいい」
「……お前は馬鹿だ!本当の馬鹿だ!」
「ルーベルさん!」
ルーベルは自室に戻っていった。2階から荒っぽくドアを閉じる音が響く。
「まあ、そんなとこ。次の会議は2週間後。
大してなんにもやることないから、みんな好きにやってちょうだいな」
誰もなんにも答えない。今日はいつも以上に疲れたわ。夕食まで一眠りしましょうか。
あたしはひらひらと手を振りながら、私室へ戻っていった。
2週間後。あたしはダクタイルの店の前にいた。
肩に下げた20万G入りのトートバッグが腕をちぎりそう。
あら、修理したのかしら。
ガタついてたドアノブがしっかりした新品に付け替えられてる。
ドアを開いて、黙ってカウンターの奥にいる彼女の前に立つ。
「……ノルマは達成できたのかい」
「ええ」
「まず、魔力を制御できるか確かめる。時計なしで1分時間を止めてみな」
ダクタイルが1分計測の砂時計を置く。
あたしは、ミニッツリピーターを外してトートバッグに入れる。そして、ひとつ深呼吸。
世界が、あたしだけのものになる。
砂時計が、無重力空間を舞うように、ゆっくりと一粒一粒落ちていく。長い長い1分間。
全ての砂が落ちきった時、あたしは魔力の生成をやめた。世界が時間を取り戻す。
「なるほど。マナの制御も魔力の生成も意識的にできてる。肉体への負荷もなし。
時計に頼らなくても時間停止はできるようになった。だったら、今日は例の用件だね」
「そう、時計をアップグレードして……どっこいしょ、はぁ」
あたしはカウンターに20万Gを置いた。ああ、ギックリ腰になりやしないかしら。
なんとか金を置くと少し息が切れた。そんなあたしを見たダクタイルは呆れた様子。
「少しは身体を鍛えな。体力とマナの絶対量は比例してるんだからね」
「そんな面倒なこと、御免被るわ」
彼女はあたしが苦労して担いだ金貨袋を片手で軽々と持って、
中身を硬貨計算機に流し込んだ。
前にも暇を持て余したダクタイルは、計算値の数値を眺めながらあたしに話しかける。
「これで、あんたの能力は立派な魔法になったわけだが、名前は考えてあるのかい」
「名前?」
「新しく作ってやった魔法は、名前を着けてやって初めて自分のものになるのさ。
私は“ああああ”でもなんでも構わないけどね」
「名前……そうね」
あたしは顎に指を当てて少し考える。
そして、時間に干渉する能力に相応しい単語をいくつも思い浮かべ、
ようやく時間停止能力に命名した。
「……クロノスハック、なんてどうかしら」
カチン、と計算機が最後の1枚を飲み込んだ。