面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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メ○ンブックスの送料がまた値上がりしたの。今までが安すぎたんだろうけど、3冊で690円は泣ける。

黒鉄の魔女ダクタイルは珍しくキョトンとした表情であたしを見る。

耳慣れない言葉の組み合わせだから無理も無いけど。

 

「クロノスハック?確かに“ああああ”でもいいとは言ったけどさ、なんだいそりゃ」

 

「クロノスはアースの時の神。

ハックは複雑なプログラムやシステムを改変するって意味よ。

神の造った時の流れにイタズラしちゃおうって意味の、あたしが作った造語よ」

 

「よくわからんが、あんたがそれでいいなら好きにしな。……よし、ちょうど20万G。

うっかり2,3枚多めに入れてもいいんだよ?ほら、時計を貸しな」

 

「お願い」

 

あたしはトートバッグからミニッツリピーターを取り出して、ダクタイルに預けた。

この金時計触らせるのは彼女くらいね。

無愛想で口調も荒っぽいけど、その分飾らない人間味があって、

いい加減なこともしなそう。

 

「この小さな時計に閉じ込められるのは、クロノスハック1回分だ。それでいいね」

 

「構わないわ」

 

「よし……命なき、人に非ざりて人に寄り添いし者、主の奇跡受け取りし映し身となれ。

二重魔素!」

 

ダクタイルが時計を手にとって魔法を詠唱すると、金時計が淡いブルーに光りだして、

全部の針が凄い速さで回りだす。そして、一瞬強く光ると。針は元の位置に戻り……

あら、一本増えてる。さっきの淡いブルーで形作られた一本の長くて細い針。

 

「それが、今溜め込んでるマナを示してるのさ。

満タンの時、あるいはカラの時は12時の位置にある。

カラの状態になった時、勝手に大気中からマナの充填を開始する。

その時そいつが逆時計回りに動く。

別の充填する間は身につける必要はないが、マナを身体に補充する時は、

首から下げとくなりポケットに入れとくなりして、持っておかなきゃ駄目だ。

まあ、どの道発動するには竜頭を2回連続で押さなきゃいけないから、

手放しとく意味はあんまりないけどね。

チャージ時間は今んとこ1時間だけど、もっと体内のマナが増えると長くなる。

一戦闘一回って考えといたほうが無難だね」

 

あたしはアップグレードされた時計を手にとって、不思議な針が増えた相棒を見つめる。

思わず唾を飲んだ。これで合計2分。あたしが世界を掌握できる時間。

新しい金時計に目を取られてると、

ダクタイルが仕事は済んだとばかりに、椅子に腰掛けて新聞を広げた。

 

「はぁ、最近要塞の方がドンドンバンバンうるさいったらありゃしない。

これで負けやがったら張り飛ばすよ」

 

「それは怖いわね。ついでに溶鉱炉に投げ込まれそう、ふふ」

 

「今投げ込んでやろうかい?

いいさ、負けそうになったらうちに来な。魔王のキンタマ蹴り潰してやるから。

それは50万Gだ」

 

「さすがに生活費がなくなりそうだから全力で殺すことにするわ。じゃあ、ありがとう」

 

「ああ、せいぜい頑張んな」

 

あたしは、ダクタイルの店から出て、一旦大聖堂教会の前に戻る。

彼女の言ってたみたいに、もう街は戦争ムード一色。

なんだかみんなの雰囲気がピリピリしてるし、店という店が帝国旗を掲げて、

賛美歌を歌ってた流しは、勇ましい軍歌を歌っている。

 

すっかり雰囲気が変わってしまった帝都の街を、あたしは目的地に向けて歩き続ける。

要塞に近づくに連れて、銃声や爆音が大きくなってくる。

見えてきた。もう見慣れた2重ゲート。……慣れなきゃね。

あたしは真正面から入場処理を依頼しようと試みる。

 

「キャアア!!里沙子!里沙子が来たわ!ピア子の!カシオピイアの!仲間!ウフフ!」

 

ゲートに体当たりしながら叫びまくるカシオピイア。

あたしはゲート越しに彼女に近づく。門番さんがギョッとして止めようとする。

 

「何をしている!今日はマリーもいないから、止められるやつがいないんだぞ!

彼女が疲れるまで丸一日拘束される!」

 

「いいから。……こんにちは、カシオピイア。あたしよ、斑目里沙子。わかる?」

 

「フヘヘヘ!里沙子ォ……里沙子が!カシオピイアの仲間が!ヒィッ、ヒィッ!」

 

長引かせると彼女がひきつけを起こしかねない。

物凄い力で服を引っ張られて、あちこちぶつけて正直痛いし。

あたしは、彼女の略帽をそっと外して、その頭を撫で始めた。

 

「そう。あたしはカシオピイアの、仲間。どこに行かない。慌てなくてもいいのよ」

 

「はぁっ、はぁっ!里沙子!カシオピイアの……?」

 

「仲間。大丈夫、ずっと一緒だから」

 

根気強く彼女の頭をなで続ける。だんだん落ち着いてきたわね。

頭ばっかりじゃなくて、今度は喉を触ってみましょう。

 

「うう~ん、ふへへ。ゴロゴロ……」

 

猫みたいに喉を鳴らしてあたしの手にすがりつくカシオピイア。

お、彼女のスイッチのひとつを見つけたかもしんない。

その隙に腰のアクリル板……じゃない、“聖母の眼差し”にそっと触れる。

 

その瞬間、カシオピイアの正面を向いたままの瞳が正しい位置に戻り、

ピシッといつもの綺麗な姿勢で立ち上がった。

うまく行ったわ。色んな所をゲートで打って痛い思いした成果が得られた。

苦笑いするあたしに彼女が話しかけてきた。

 

「里沙子、ワタシ、またご迷惑を……」

 

「ん?ああ、違う違う。ちょっと違う方のあなたとコミュニケーションしてただけよ。

さっそくだけど、いつものお願い」

 

「……はい。斑目里沙子、本日皇帝陛下と謁見予定。どうぞ」

 

いつものごとく黒い軍服の兵士が開けてくれたゲートをくぐる。

その時、そばにいた兵士に話しかけられた。

 

「よく、彼女を手懐けられたな……我々の誰も手に負えなかったというのに」

 

「いつも鉄骨ガーン!じゃかわいそうでしょ。

女同士なら多少のボディタッチもセクハラにならないし」

 

「やはり君はただ者ではないな。いや、呼び止めてすまない。通ってくれ」

 

「失礼~」

 

今日は作戦会議室じゃないの。グラウンドの方へ向かう。

始めて来たときにはなかった、大量の砂で作られた斜めの防護壁が、

否が応でも目に着く。

兵士の訓練を視察するために、皇帝陛下を始めとして幹部達が集まっている。

皆が見つめているのは、AK-47を始めとした、

あたしが設計図を持ち込んだ武器の射撃演習。あたしは、皇帝陛下達に挨拶した。

 

「ごきげんよう、皇帝陛下、幹部の皆々様方」

 

青白く光る姿が振り返り、笑いかけてきた。

 

「里沙子嬢、よく参られた。見よ。現在AK-47、RPG-7の射撃演習の真っ最中である」

 

土嚢を積み上げたバリケードから、兵士達がAK-47やRPG-7を発射する。

ミドルファンタジアで作られたアースの兵器。

砂の防護壁に着弾する度、連続して砂をえぐり、大爆発して壁を吹き飛ばす。

うん、威力は申し分ないわ。

 

「素晴らしいですわ。たった2週間でこれほど忠実に再現なさるなんて」

 

「ふん、国が傾くほどの金が飛んでいったがな!」

 

丸眼鏡の幹部が後ろから飛ばしてきた文句を無視して、あたしと皇帝は話を続ける。

 

「ガトリングガンについてはパーシヴァル社に委託生産しておる。

今日は肝心のBM-13に関して貴女の指導を受けたい。

見たこともない乗り物で、皆、扱いに苦慮しておる。

動力部は、機関車の技師を呼んで蒸気機関の扱いを学んでおるが、

“自動車”という円形の操縦桿で操る乗り物がなかなかの曲者でな」

 

「ああ、無理もありませんわ。

車はアースでも、一月ほど教習所に通わなければ、

公道を走る免許が得られないほど難しいものですから。

わたくしが運転手の隣でコツをお教えします。

とりあえず今必要ないロケット弾射手には降りていただいて」

 

「では、さっそく頼もう。向こうを見たまえ」

 

皇帝が指差したのは、あたしの左斜め後ろ。

兵員宿舎の前に、胴長のBM-13が5両並んでいた。

十数名の整備士や、運転士が忙しく車両の点検をしている。

一番多くの悪魔を殺してくれるのは、多分あれ。

70年の時を経て蘇った、不格好な多連装ロケット砲。

 

皇帝陛下と共に訓練中の兵士の後ろを通りながら、BM-13の元へ歩いていく。

途中、後ろから“あまり撃ちすぎるな、弾もただではないのだぞ!”と、

幹部の喚き声が聞こえてきた。この声はあの腹の出た奴ね。

広いグラウンドを横切って、あたし達が車両の側に寄ると、

全員が皇帝陛下に向けて敬礼した。

 

「皆の者、聞くが良い。彼女が斑目里沙子。

BM-13を始め、アースの近代兵器の設計を担当した。

今日は彼女に車両の運転、及びロケット弾発射について教えてくれる。

正直なところ、あまり燃料も弾薬も余裕がない。

一度で覚えるよう、集中して訓練に臨んでもらいたい」

 

“はっ!”

 

「いいか、お前達!陛下の仰る通り、燃料もロケット弾にも金が掛かっておる!

炎鉱石1gたりとも無駄にすることのないように!」

 

丸眼鏡が声を張り上げる。皇帝じゃないから今度は誰も反応しない。

みんなさっきから同じようなことばっかり言ってるわね。

確かに切実な問題なんだろうけど、前線で命張る人達を後ろからせっついてどうすんの。

 

「ご紹介に預かりました、斑目里沙子です。

今日は癖の強い車両の運転技術をお伝えします。どうぞよろしくお付き合いください」

 

“はっ!”

 

そして、ペコリと一礼する。態度には出さないけど、みんな困惑してるのがわかる。

まあ、こんなしょっちゅう高校生に間違えられるほど小さい女が、

ゴツい兵器の設計と運用指導担当だってんだから当然だけど。

 

「里沙子嬢。さっそくではあるが、1号車に乗車し、運転手の指導に当たって欲しい」

 

「はい。かしこまりました」

 

あたしはドアに1とペイントされたBM-13の、射手席。

つまり乗用車で言う助手席に乗り込んだ。

運転席には既に兵士が乗り込んでおり、少々緊張した様子。

彼の緊張をほぐすために、少し軽い調子で挨拶する。

 

「こんにちは。あたし、斑目里沙子っていうの。里沙子でいいわ。

皇帝陛下から、運転の仕方を教えるように言われたの。よろしくね」

 

「じ、自分は、ウィリアム伍長であります。よろしくお願いします」

 

「固くならないで。あなたが緊張したって悪魔が死ぬわけじゃないわ。

……あらやだ、ごめんなさい。後ろの彼もよろしくね」

 

あたしは、後部の蒸気機関に安物の炎鉱石をスコップで足して、

出力を管理している機関士にも声を掛けた。

 

「あいよ、よろしく。オーキッドだ。こっちはいつでも準備できてる」

 

あたしは挨拶を済ませると、白線で引かれたテストコースをざっと眺める。

うん、日本の自動車教習所と大して変わらないわね。

 

「さあ、とりあえず出発……と、行きたいところだけど、

ここが苦手かな~ってところはある?」

 

「曲線カーブと、角型カーブが、上手くいかないであります」

 

S字カーブとクランクね。みんな苦労するところだわ。

 

「大丈夫、コツをつかめば両方大して変わらないの。発車してテストコースに入って」

 

「了解!」

 

やっぱり彼は緊張の残る手付きでキーを回して、エンジンを起動した。

ガタン、と車体が一揺れして、車の外で蒸気の吹き出る音が鳴る。

やっぱり乗り心地が乗用車と違う。

ある程度練習は重ねてたのか、ウィリアムはテストコースまでは問題なく走行できた。

 

「じゃあ、まずはコースを一周してみましょうか。失敗してもいいから」

 

彼は、硬い表情のまま、アクセルを踏み込む。

直線、カーブ、安全確認、ここまでミスなし。基本的な動作は問題ないみたい。

さあ、例のS字カーブとクランクが来たわ。

 

「多分、あなたは早めに曲がりすぎてるんだと思う。

車の内輪差は意外と大きいから、若干遅めにハンドルを切ってもいい。

焦らずスピードを落としてその辺を意識してみて」

 

「わ、わかりました」

 

とうとう彼がS字に進入。慎重にハンドルを切る。

危なげだけど、白線を踏まずにゆっくり曲線を曲がっていく。

 

「そう。できてるじゃない。出る時は視線を出口に。

身体が勝手にハンドルを切ってくれるわ」

 

結局彼は脱輪することなく、そーっと、S字から脱出した。

単にちゃんとした教官がいなかったから、つまづいてただけみたいね。

 

「成功致しました!」

 

「やるじゃない!次はクランクだけど、見た目が違うだけで実質S字と同じものよ。

コツはさっき話したのと同じ。大事なのは、焦らないこと、視線をゴールに。

レッツゴーよ」

 

「了解!」

 

自信を付けた彼は、今度はクランクに進入。1つ目のクランクは通過。でも……

 

「ああっ!」

 

2つ目のクランクで脱輪。ちょっとゴールを急ぎすぎたみたいね。

自信をなくしてドツボにハマる前に、すかさず声を掛ける。

 

「大丈夫。ここは誰でも苦労するところなの。

落ち着いてハンドルをそのままにバックして。気にしないの。

練習なんだから何度失敗してもいいのよ」

 

人にぶつけさえしなきゃね。という言葉を飲み込む。

彼は一旦バックして、再度クランクからの脱出を試みる。

今度は落ち着いてコースの脇に車を寄せて、脱輪に注意しつつ、

ゆっくりゴールに向かう。タイヤがパチパチとグラウンドの砂を踏みつける。

そして、とうとうクランクからも出ることができた。

 

「やりました。できたであります!」

 

「やったじゃない!あなた飲み込みが早いのね。

いつまでもこれが克服できない人もいるのに。

他に、失敗しがちなところとか、不安なところって、ある?」

 

「いえ、特には」

 

「あら。それじゃあもうコースは完璧なのね?あなた凄いわ。

これからはあなたが教官ね。

まぁ、帝都さえ出られれば、

あとは真っ平らなホワイトデゼール領に直進するだけだから、心配ないわ。

じゃあ、悪いけど皇帝陛下の側まで送ってくれないかしら。

次はロケット弾の発射実験があるの」

 

「了解。……里沙子教官は、これからはいらっしゃらないのですか?」

 

「ごめんなさい。帝都に来る時は知り合いに結構負担を掛けてるから、

あまり頻繁には来られないの。これからは運転をマスターしたあなたが教官。頼むわね」

 

「はい。本日は、ありがとうございました」

 

「こちらこそ。オーキッドさん、あなたの出力調整も完璧だったわ。

速度にバラつきがなかった」

 

「いんえ。これくらい」

 

それからあたし達は、グラウンド中央にある、横の太い白線に車を止めて、一旦降りた。

様子を見ていた皇帝陛下達が近づいてくる。

 

「……どうだったろう。兵士の練度は」

 

「思った以上に熟練していて驚きました。

ウィリアム伍長はもう運転手として問題ありません。

これからは他の運転手の指導役ができるでしょう。

機関士については既に実戦レベルに達していました。

他の機関士も彼と同レベルだとすれば、動力の安定供給は実現しているかと」

 

「うむ。では、いよいよロケット弾の発射実験に移ろう。

……アーノルド一等兵、準備を開始せよ。

繰り返すがロケット弾にも余裕がない。一回の発射で手順を頭に叩き込んで欲しい」

 

「了解致しました!」

 

皇帝の側に控えていた兵士が、今度は助手席側に乗り込んだ。

 

「では、わたくしも行ってまいります。

発射の際、バックブラストが激しい熱を発します。城塞近くまでお下がり下さい」

 

「わかった。貴女の切り札、我々に見せてくれ」

 

皇帝陛下達が見学用安全地帯に退避したことを見届けると、

あたしは運転席に乗り込んだ。今度は機関士は必要ない。

射手席に設置されたスイッチが、

雷帝石の電力でロケット弾を乗せたレールを上下したり、発射を行う。

雷帝石のエネルギーも無限じゃないから、発射はこの一発だけ。

あたしは未知の兵器を預けられた兵士に、改めて声を掛ける。

 

「アーノルドさん、て言ったわね。斑目里沙子よ、よろしく。

BM-13が悪魔に鉄槌を下せるかどうかは、あなたに掛かってるわ」

 

「ああ……俺にできるのかどうか。いや、やらなきゃいけないのは分かってるけど」

 

やっぱり緊張気味の彼の手を握って、緊張をほぐすよう試みる。

 

「大丈夫。やることは簡単よ。落ち着いて、手順通りに、恐れずに撃つの」

 

「わかった」

 

「手順は簡単よ。まず、フロントガラスに描かれた照準を見て」

 

あたしが設計したほうのBM-13は、フロントガラス全体を使って、

狙撃用スコープのようにT字型のレティクルが描かれている。

それを指差して読み方を教える。

 

「まず、このTの線が交差している部分が予想着弾地点なんだけど……

はっきり言ってあまり当てにならない。無誘導のロケット弾は誤差が大きすぎるの。

レティクルから外れすぎない程度のだいたいどこか、としか言えない。

でも、全車両が一斉発射すると、それが敵にとって脅威になるの」

 

「どういうことだ?」

 

「まっすぐ正確に飛んでくる爆弾と、

ふらふらと風に吹かれてどこに落ちるか分からない爆弾。どっちが避けやすいと思う?」

 

「あっ……そういうことか」

 

「そう。軌道の読めない爆弾を降らせ続けるのがあなたの使命。

話を続けましょう。肝心なのはここ」

 

T字の縦線に、上から2,3,4,5,6,7,8と、補足を入れるように数字が記されている。

 

「これは、目標までの距離。単位はkm。

やっぱり誤差が大きいけど、ないよりはずっとマシ。

あなたは運転手に指示を出して、敵軍に照準を合わせるの。まず、これが第一段階」

 

「次は?」

 

「そのスイッチを見て」

 

ダッシュボードの辺りに、ツマミが8個付いている簡素なスイッチがある。

そこから電気コードが車内を伝って、車体後方につながっている。

 

「それがBM-13の、いわば引き金。ツマミをONにひねれば……ロケット発射よ。

さっきも聞いたけど、皇帝陛下から一発だけ発射する許可を得てる。

今回はもう車の位置を調整してあるから、ただ一番上のスイッチをひねればいい。

発射したあとは必ずOFFにすることを忘れないで。装填手が危険だから」

 

「ああ、わかった……このスイッチが」

 

彼が唾を飲む音がこちらにまで聞こえてきた。

 

「凄まじい炸裂音がするけど、この一回で慣れて。

無茶を言って申し訳ないけど、他の射手も見てる。さあ、あなたが先陣を切るのよ」

 

「やってやる……やってやるぞ!」

 

そして、アーノルドが1番のスイッチをひねった。

電気コードを伝って、雷帝石の電力が変電回路を経由し、

後部レールに積載したロケット弾の推進薬に点火した。その瞬間。

味方の恐怖すら掻き立てるような、不気味な音と共に、

ロケット弾が激しく燃え盛る炎の尾を引きながら飛翔していった。

 

どこまで飛んでいくのか。それは砂の防護壁も飛び越え、要塞から飛び出し、

8km先の彼方へ飛んでいく。30秒ほど後、遠くの荒野で大爆発が観測され、

遅れて爆音が轟いてきた。

 

「これが、俺達の、力……」

 

M-13の攻撃力に驚きと恐れを抱くアーノルド。恐れの方を自信に変えるよう試みる。

 

「そう。あたし達は、勝てる。恐れることはなにもないの。あなた達の力があればね」

 

「ああ、これなら行けるさ!アースとミドルファンタジアが手を組めば、何だって!」

 

「その通りよ。あ、スイッチをOFFにして。雷帝石を無駄に消費しちゃうし、危険だわ」

 

「あ、すまない……」

 

彼が慌ててツマミを倒すと、皇帝陛下達が近づいてくるのが見えた。

あたしは車を降りて、彼に駆け寄った。

 

「ロケット弾発射も問題ありません。

電気系統は正常に動作し、命中精度も予想したほど低くはありませんでした」

 

皇帝は上品な所作で手を叩く。

幹部達は、未だにバックブラストの熱が残るレールを、瞬きも忘れて見つめている。

 

「眼を見張るほどの威力であった。亡霊の叫び声のような風切り音と共に、

あれほど強力な爆弾を振らされた日には、悪魔も恐れ慄くであろう」

 

「特徴的な発射音から、スターリンのオルガンという呼び名もあります。

BM-13を開発した国の指導者。既に国も指導者も消滅していますが」

 

「栄枯盛衰は世の常か……しかし、我らはまだまだ滅びるわけにはいかぬ。

必ず勝利し、栄光を掴まねば」

 

「はい。その通りです。わたくし達はまだ、始まったばかりなのですから。

……それで、今日、わたくしは他にいかが致しましょう」

 

「うむ。兵の訓練や各種兵装の生産にもう少し時間を取りたい。

本日のところはこれにて散開としよう。次回の会合は一週間後の今。

次回こそは決戦の日取りを決める」

 

“はっ!” 「承知致しました」

 

ここに来て、幹部もようやく覚悟を決めたみたい。

別にこいつらが戦うわけじゃないからどうでもいいんだけど。

とにかく、やることのないあたしは、皇帝陛下に別れの挨拶をして、正門に向かった。

ああ、最後の関門があるのよね。頑丈なゲートに近づくと……

あら?カシオピイアがちゃんと来客対応してる。グッドタイミングだわ。

 

「ごきげんよう、カシオピイア。退場処理をお願いしたいんだけど」

 

「お疲れ様でした。里沙子。あの……」

 

「なあに?」

 

「今日は、ありがとう……その、優しくしてくれて。

ワタシ、おかげで、今日は、落ち着いて、その……」

 

「いいのよ。あなたが落ち着いていられる時間が増えれば、あたしも楽だしね」

 

「はい……では、氏名、斑目里沙子。入場時のデータと完全一致。じゃあ、さようなら」

 

「さよーなら、またね」

 

カシオピイアにバイバイしたあたしは、

いつもどおりエレオノーラが待つ大聖堂教会に向かった。

毎度嫌な顔ひとつせず、あたしを帝都に連れてきてくれるけど、

きっとかなりしんどいはず。魔法使いになった今ならわかる。

決戦の日は、魔力温存のために馬車で来なきゃね。

あたしは聖堂で寛いでいた彼女に声をかける。

 

……で、うちに帰って夕食の真っ最中なんだけど、

針のむしろっていうか、これほど居心地の悪い空間で食う飯が美味いはずもなく。

酒だって美味いはずがない。ケース買いしたエールも手付かずで少しホコリを被ってる。

この状況が改善されるまで栓を開けるつもりはない。

チェリーの香りが漂うらしい、お高い一品なのよ。

ルーベルはふくれっ面。ジョゼットは葬式みたいな顔。

態度に出さないのはエレオノーラだけ。あたしは我慢できずに声を上げる。

 

「あのさぁ!この辛気臭い状況どうにかならないのかしら!

これじゃあ何食べても味がしないんだけど!」

 

すると、ルーベルがドンとテーブルを叩いた。

 

「誰のせいだと思ってんだよ!

お前が馬鹿なこと言い出したから、こんなことになってんだろうが!」

 

「いい大人なら聞き分けなさいな!

自分の人生、自分でケリ着けなきゃいけなきゃいけない事くらい分かるでしょう!

あたしは将来この世界をメチャクチャにするような事をした。

その代償として、この教会から出ていく。あんた達に家を残す。

それほど難しい理屈じゃないと思うんだけど!?」

 

「意味不明なんだよ!銃は撃つ奴がいて初めて人殺しの兵器になる。

なんでお前が遠い先の人間の世話までしなきゃいけねえんだよ!馬鹿か!」

 

「脳筋馬鹿に馬鹿とか言われたくないわよ!」

 

「何だと、もういっぺん言ってみろ!」

 

「もうやめてください!!」

 

ジョゼットの叫びが言葉のドッジボールを遮った。

やっぱりその青い瞳は涙に濡れている。

 

「ぐすっ……もう、嫌です……

みんなケンカばかりして、里沙子さんはいなくなっちゃうし……

こんなことなら、旅なんて始めるじゃなかった!!」

 

「待ちなさいジョゼット!」

 

あたしを無視して、ジョゼットは自室に駆け込んでしまった。

もうやだ、こんな最悪な晩餐、新入社員歓迎会以来よ。

 

「……追いかけねえのかよ」

 

「追いかけたら笑顔で出迎えてくれるとでも?」

 

「チッ、もういい!……お前なんか、どこにでも行っちまえ!」

 

今度はルーベルが自室に戻る。みんな行儀が悪いわよ。

はぁ、この残り物、誰が片付けると思ってんだか。

エレオノーラだけが表情を変えずに、パンをちぎって口に運んでいた。

 

一週間後。

例によって作戦会議室に集まっていたあたし達は、

第二次北砂大戦の最終準備に入っていた。皇帝陛下が口火を切る。

テーブルには、以前見た戦場となるホワイトデゼール領の地図が広げられていた。

所々に各勢力が書き加えられている。

 

「以前作成した戦力配置に変更を加える。

各領地から、腕利きの者を募ったところ、強力な戦力が集まった」

 

近代兵器の威力を目の当たりにした丸眼鏡の将校が、上機嫌で口を挟む。

 

「ハハッ、お言葉ですが皇帝陛下。はっきり申し上げてこの戦い、

M-13やRPG-7が手に入った今、これ以上の戦力増強は無意味かと。

かえって遠距離射撃の邪魔になるのでは……」

 

「バカ者!!」

 

皇帝に一喝され、丸眼鏡が棒立ちになる。なんかこの人達、毎回怒られてる気がする。

 

「我らには守り抜くべき、勇者の剣を扱うエレオノーラ嬢がいるのだぞ!

彼女が命を落とすことがあれば、その時点でこの戦の敗北が確定する!

この布陣は強固であるが、一匹の悪魔も通さず殲滅できる保証などない!

接近戦では我ら人間が圧倒的に不利!それでも彼女への護衛は要らぬと申すか!」

 

「滅相もございません!自らの浅慮を、恥じております!」

 

将校はさっさと着席し、地図に目線を向けたまま呆然としていた。

 

「続けるぞ。パラディン部隊の後方に、エレオノーラ嬢を待機させ、

各領地の将軍に周囲を固めさせる。さらに、里沙子嬢を付き添いに」

 

「失礼ながら、里沙子嬢には特別な能力でも?

悪魔との戦場に出すのはいささか危険かと」

 

オールバックが当然とも言える疑問を示す。

彼らの間では、あたしは兵器の設計図を持ってくるだけの女でしかないから当然だけど。

あと、危険というより邪魔だって言いたいんだと思う。

 

「……彼女には、通信士の役割を担ってもらう。少しばかり魔法の心得があるそうだ」

 

「そうですか……かしこまりました」

 

それで彼は納得した。丸眼鏡の二の舞を避けたのかもしれないけど。

 

「そして、砦の側に、里沙子嬢の知り合いを一人、防衛兵として配置する」

 

「その知り合いとやらは何ができるのですかな」

 

頭の薄い幹部が興味なさげに尋ねる。どうでもいいけど一応確認した感丸出し。

 

「彼女は強力な狙撃銃で戦うオートマトン。

接近した悪魔から砦を守ってくれるであろう」

 

「了解しました」

 

「各部隊には、通信士を一人置き、戦況をやり取りできるように手筈を整える。

以上、質問がなければこれが最後の作戦会議となる」

 

誰も何も言わないから、あたしが手を挙げた。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか」

 

「何かね」

 

「開戦の日時について、皇帝陛下のお考えをお聞かせ頂きたいと思います」

 

すると彼は、しまったと言うように顔をしかめて、

 

「すまぬ。我らには兵と武装の準備、貴女には色々と支度があろう。やはり一週間後。

この要塞に皆が集まるように頼む。朝8時にホワイトデゼールを目指して発つ」

 

「承知致しました」

 

元々ほとんどの重要事項が決定しており、補足程度の伝達しかなかった会議は、

早々に幕を閉じた。

例によって、幹部が全員退室した後、あたしは皇帝陛下と二人きりだったけど、

今日に限って会話が弾まない。

 

「ふむ。なにやら不思議な感じだ。

貴重な里沙子嬢との時間なのだが、何を言ったものやら」

 

「……申し訳ございません」

 

「いや、貴女のせいではない。用事もないのに呼び止めたのは我輩だ。

……思い違いなら済まぬ。貴女はなにやら悩みを抱えているように思えるのだが、

よければ我輩に打ち明けてみぬか」

 

「いえ、あの、悩みというか、家庭の事情というか」

 

「……」

 

「本来、皇帝陛下のお耳に入れるようなことではないのですが」

 

軽くため息をつく。

女は生まれつき隠し事が上手いっていうし、あたしもそうだと思ってたけど、

帝国のトップの前ではあっさり化けの皮が剥がれるものらしいわ。

いつの間にか、戦後の身の振り方について、

仲間内で不和が生じていることを洗いざらい話してしまっていた。

 

「……つまらない話をお聞かせして、申し訳ありませんでした」

 

「何を言うか!事の発端は我が力を求めた事にある」

 

「その力が必要になったのは、わたくし達の旅が原因ですし……」

 

「我輩の意見だ。貴女は教会に留まるべきである。ルーベル嬢の意見ももっとも。

何故貴女が人間の業に責任を負わなければならないのか。

我輩の目が黒いうちは、近代兵器の拡散は絶対に許さぬ。それより先の世代。

50年か60年先かは分からぬが、生まれてもいない者達が犯すかもしれない罪に、

貴女が縛られなければならない理由などどこにもない!」

 

「しかし!その罪を加速させたのは……」

 

「やかましい!」

 

皇帝に怒鳴られ、思わず黙り込む。

ああ、せっかくお行儀よくしてたのに、幹部連中の仲間入りね。

 

「まだ分からぬか。例え貴女が設計図を持ち込まなかったとしよう。

しかし、ミドルファンタジアの人間が遠い未来に、

それを発明しないという保証がどこにある。

未来永劫に渡って貴女が彼らの分まで罪を背負うというのか。

そのようなことができるのは、まさに、イエス・キリストのみである」

 

「……では、わたくしはどうすれば」

 

彼はいつものように顎髭を触りながら考える。目を閉じ、考えに考えた後、告げた。

 

「里沙子嬢に、特別任務を与える」

 

「任務……ですか?」

 

「来週の開戦までに、仲間達と仲直りをしてくること。

斯様に揺れた心のままでは、ろくに戦うこともできぬうちに、貴女は死ぬ」

 

「でも、わたくしには」

 

「拒否権はない。任務失敗も認めぬ。……よいな?」

 

その言葉に威圧はなく、ただ厳しい優しさだけ。

 

「……はい!」

 

あたしはただそう答えるのが精一杯だった。

 

「よろしい。では、帰るべき家へ戻るがよい」

 

「失礼致します。……皇帝陛下、ありがとうございます」

 

「ふっ、確実に任務を遂行するのだぞ」

 

笑顔で応えたあたしは退室して、要塞を後にした。

長い散歩道のゴールに待つエレオノーラを目指して。

そして、教会に入ると、白い後ろ姿の肩に手を置く。

 

 

 

 

 

教会に戻ると、あたしはすぐにハッピーマイルズ・セントラルに向かった。

ここから帝都までは馬車で丸一日かかる。だから事前に馬車を予約する必要がある。

駅馬車広場の事務所に入って、手続きを始めた。

 

「お久しぶりです斑目様。本日はどちらまで?」

 

「帝都行きの馬車を予約したいの。一週間後……いや、5日後の朝に」

 

一日中馬車に揺られてクタクタの状態で戦いたくはない。

ましてエレオノーラは、勇者の剣をできるだけ万全の状態で発動する必要がある。

向こうで1泊して休憩しなきゃ。

 

「はい。そうなりますと、10000Gの前金となります」

 

「お願い」

 

あたしは前金を払うと、番号札を受け取った。

用事が済んだら、今度は弾薬補給のために銃砲店に向かった。久方ぶりに訪れる店。

あたしがピースメーカーを買って以来かしら。

.45LC弾100発と45-70ガバメント弾30発を買おうと思うんだけど、

少し大きい銃も仕入れてみようかと思う。

ゆっくり店内を見て回ると、見覚えのあるライフルが。

 

「ねえ、おじさん。これいくら?」

 

「そいつは……5000Gだな」

 

一瞬値段を釣り上げようとしたけど、あたしの顔見てやめたっぽい。

一応銃のプロで通ってるのよね、ここじゃ。みんな忘れてるかもしれないけど。

 

「決めた。この銃と欲しい弾薬がいくつかあるの」

 

“まいどー”の声に送られて店を出た。

新しい銃を背負うための、ガンベルト用パーツもついでに購入。

M-13といい、このライフルといい、あの国の発明品にはずっと助けられてるわね。

ウラー。

 

教会に戻って鍵を開けると、誰の気配もしない。別にいいけどね。

結構歩いて疲れたから、ベッドのある私室へ戻る。

廊下の途中、あるドアの奥から布団を引き寄せて抱きしめるような音がした。

無視しようか、ノックするか。……握った手をうろうろさせる。

ああ、悩むのも面倒だわ!出たとこ勝負よ!ドアを乱暴にノックした。

 

「ちょっとジョゼットー!聞こえてるんでしょう!?」

 

“……”

 

「確かに、ルーベルの言ってた通り、あたし馬鹿だったかも。

顔も見たことのない連中の罪を背負うなんて、

イエスさんが体張ってようやく実現したようなこと、やろうとしてたんだから」

 

相変わらず返事はない。でも、あたしは構わず続ける。

 

「あたしも何考えてんだか。

面倒事避けようとして、いつの間にか自分でかき集めてたんだから。

あらすじ詐欺のまま放置しといたほうがまだマシだったっての」

 

その時、ギシギシ床のきしむ音が近づいて、少しだけドアが開いた。

そこから覗くブロンドと青い瞳。

 

「……なら、里沙子さん、これからも一緒にいてくれますか?」

 

「ごめん……その事については、まだ自分の中で答えが出てないの。

お願い、時間をちょうだい。でも、これだけは約束する。

あんた達が帰るこの教会は必ず守ってみせる。魔王を片付けたら、結論を出す。

絶対うやむやにしない。だから、もう少しだけ待って」

 

ドアが開いて、寝巻きのままのジョゼットが出てきた。そしてあたしを抱きしめる。

 

「絶対、生きて帰ってくださいね……」

 

「もう、何やってんの。朝寝昼寝はあたしだけの特権だってのに」

 

「待ってますから。ずっと」

 

「当然。魔王を殺せば今度こそあらすじ詐欺が解消される。

またどうでもいい変人連中の馬鹿話に戻れるのよ」

 

「……わたくし、顔を洗ってきますね!」

 

「そうしなさい。髪もくしゃくしゃよ」

 

ジョゼットは1階の洗面所に走っていく。

足音が通り過ぎた後に、今度は別のドアが開いた。

赤髪の人影が背を向けたまま、あたしに問う。

 

「私は、何をすればいい」

 

「何をって?」

 

「決戦だよ!私はどこでどいつを撃てばいいんだ!」

 

「戦場の真ん中に砦がある。接近した敵から守って」

 

「……わかった。それと、約束、絶対守れよな」

 

「言われなくても。

……ところで、約束は守るけど、なんかろくでもない結末が待ってる気がするの。

心当たりは?」

 

「ない。じゃあな」

 

バタンとドアが閉じられる。何かしら、この嫌な感じ。

この作品で嫌な予感が当たらなかった試しなんてなかった気がする。

とりあえず私室へ戻って、ガンベルトと金時計を下ろして、ベッドに大の字になった。

 

う~ん?そう言えば、最近働き詰めだし、

今回はこれと言ったおふざけすらなかったわね。タイトル詐欺にあらすじ詐欺。

既に2つも大罪を犯してるのに、これ以上ダラダラ引き延ばしたらガチで見放されるわ。

あ、でも次回と次次回で、おもっくそハチャメチャやる予定だからそれでトントンかも?

下らないことを考えてると、いつの間にかまぶたが下りて意識を手放していた。

 

 

 

 

 

一週間後。ホワイトデゼール領。

 

決戦の日。白く硬い岩の大地にあたし達は立っていた。

ついに魔王との直接対決に臨む時が来た。北の遠くには、重装甲のパラディン部隊。

あの日、出会った彼も、あの中にいるのかしら。

 

「まさか……本当に貴女と戦場を同じくする日が来るとはな」

 

あたしの隣に立つシュワルツ将軍。

 

「わたくし自身も驚いています。

戦う将軍殿を間近で見ることなどないと思っていました。

今日は……戦いに参加して頂き、本当にありがとうございます」

 

「祖国のために命を賭けるは騎士の誉。礼を言われるようなことではない」

 

他にも初めて会う人達が。他領地の将軍らしいわ。

 

「むむっ、見えます!わたしの眼鏡は全ての真理を映し出すのです」

 

クイッと眼鏡を直して意味不明なことを言う女性。

 

「えと、あの、具体的には……?」

 

「間もなく、禍々しき存在がこの地に降り立つでしょう!……ところで、あなた」

 

「何かしら」

 

アンダーリムのオシャレな眼鏡を掛けた女性が、ずいっと顔を近づけてきた。

グレーのセミロングをセンター分けにして、大胆なチェック柄のドレスを着てる。

で、誰?

 

「わたしが沼地だらけのミストセルヴァ領主秘書だからといって、

泥臭い田舎者だと思ってるわけではないでしょうね!?」

 

「思ってないわよ!っていうか、領主さんはどこ?そもそもあなた、誰」

 

「オホン、わたしはミストセルヴァ出身・ヴェロニカ。

領主様は表立った戦いをするタイプではありません。

執務がお忙しいので、魔術の心得があるわたしが名乗り出たわけです。

ああ、早く帰って先月の決済をまとめなければ」

 

「そ、そう。さっさと魔王殺してお互い早く帰りましょう。よろしくね」

 

あと一人、退屈そうにガムを噛みながら地面を蹴っている少年。

アースなら高校3年ってとこかしら。一応挨拶しときましょう。

 

「こんにちは。あたし、斑目里沙子。

君もどこかの領主様の息子さんだったりするのかしら?」

 

金髪に染めた髪をライオンのように立てた目つきの悪い少年が、あたしをジロジロ見る。

 

「ああん?誰に口効いてんだオメー。

俺は、北東の雪国、サグトラジルが領主、雷神トライデント様だ!」

 

「あら珍しい。君みたいな子供が領主になることもあるのね。とりあえずよろしく。

あと、雷神を名乗るのはまだ止めときなさい。オルランドゥには絶対勝てないから」

 

「舐めてんのかテメエ!ガキはテメエだろ!大体俺とタメか1個下だろうが!

なら領主様の俺様のほうが偉いってことだ。わかったら挨拶やり直せ!」

 

「残念、あたしは24よ。エールの良さもわかんないお坊ちゃんとは違うの。

身分証見る?」

 

「あ・ん・だ・と!?悪魔ごと俺のチェーンブレードでぶった斬んぞ!」

 

「よさんか、二人共!」

 

「おっさんは黙ってろよ!」

 

トライデントがレイピアの大きめの柄のような装備からジャラジャラと鎖を発射した。

これで悪魔を逮捕するっぽいわ。そう言えば魔王のしたことって、

日本の刑法に照らし合わせると何罪に引っかかるのかしら。

案外証拠不十分で無罪になるかも。

 

「みなさん、どうか落ち着いてください。

戦う前からいがみ合っていては、勝てる戦にも勝てません」

 

パラディンの言葉を借りると、最重要警護対象に当たる、この第二次北砂大戦の要。

エレオノーラが初めて口を開いた。

 

「ケッ、せいぜい真っ先に殺されないよう気をつけな!」

 

「ごめん。あなたが一番頑張らなきゃいけないのに、

あたしらが浮足立ってちゃ駄目よね」

 

「いいえ。わたしこそ守られることしかできないのに」

 

「あなたには一番最後に大事な締めくくりが待ってるでしょう?

力を温存することだけ考えて。……さて、魔王襲来はいつかしら」

 

ポケットを探ると、片手に小さな音叉。

アクシスのメンバーの魔力が込められた、いわば通信機。

各部隊に同じものが配られている。話したい相手を思い浮かべながら、

これに向かって話せば、少なくともホワイトデゼール領内全域で通話ができるらしい。

 

さすがは精鋭部隊。機械にできないことを魔法で解決しちゃうとは。

感心していると、音叉が振動して、皇帝陛下の声が聞こえてきた。

意外な人物の声にいきなり驚かされる。

 

“皆の者、只今より砦に国旗を掲揚する!総員、死力を尽くして悪魔を迎え撃て!”

 

「皇帝陛下!?どうしてここに!あなたが倒れては帝国が……」

 

“我輩の心配は不要である。簡単には死なないようにできているのでな。

さあ、開戦の狼煙を上げよ!”

 

思わず砦を見ると、金糸で火竜を縫った真っ赤な旗が鉄塔に掲げられる様子が見えた。

あらら、始めちゃった。どうなっても知らないわよ!

……と、思ったその時、空で地震が起こったかのように空気が揺れた。

 

ただの突風でも竜巻でもない。怒りの波動で大気が揺れているのよ!

皆が息を呑んだ次の瞬間、

焼き潰した喉から絞り出したようなおぞましい声が、戦場に響き渡った。

 

【身の程を知らぬ愚か者共!!

この魔王ギルファデスを侮辱した罪、永劫の苦痛を以って償わせてくれる!

人類という種を根こそぎ殺し尽くし、その魂を食らい尽くしてくれよう!

このミドルファンタジアを魔界と融合させ、我ら魔族の領地としてくれる!

後悔に塗れて息絶えよ!】

 

すると、北の海岸付近にどす黒いエネルギーが集まり、ブラックホールの様に渦巻くと、

突然中から巨大な両手が突き出し、バリバリと強引に次元をこじ開け始めた。

やっぱり……!皇帝の見立て通り魔王は北から現れた。

そして、20mはある全身が現れると、続いて奴の足元から無数の悪魔が姿を現した。

 

不思議と恐怖は感じなかった。

なぜなら魔王の巨体が、あたし達の旅の終着点にしか見えなかったから。

 

「覚悟しろ」

 

あたしは届かないと分かっているCentury Arms M100を一発撃って、言い放った。

 

 


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