この世界に来てから何度目の春かしら。
あの時も冬が去って暖かくなり始めた、こんな時期だったわね。
ちょっと休憩して、思い出話でもしましょうか。
実際見た事や後から聞いた話、いろいろだけど、暇だったら聞いていってちょうだい。
魔王ギルファデス。完全体でその姿を顕すのは人類史上二度目。
20mを超える筋骨隆々の人間型巨人。肌の色はどこまでも深い紫色で、
腹部に3つ目の巨大な眼球。頭部に二本の鋭い角。
背中からは巨大な刃となる翼が何対も突き出している。
その大きな体を包むマントから、ゆらゆらと漆黒のガスが陽炎のように立ち上っていた。
あたしがそれを認識した瞬間、マントから怒涛のように瘴気が噴き出した。
いけない、あれの直撃を食らったらみんな死ぬ!
「エレオノーラ!」
「任せて下さい!」
エレオノーラが風のクリスタルを懐から取り出して、思い切り大空に放り投げた。
すると、クリスタルが輝き出し、パッと空中で弾けて大気に溶け込み、
一陣の烈風となって魔王に吹き付けた。
キラキラと輝く風を受けた魔王の瘴気は、瞬く間にかき消され、
聖なる風は魔王にいつまでもまとわりつく。もう瘴気での攻撃はできないはず。
よし、まずは一手封じた!
《ぐおおっ!なんだこの鬱陶しい風は!ええい、余の身体を穢れた光で冒涜した罪は、
もはや贖い切れるものではないと知れ!……者共、かかれ!》
北の方角から、地響きが足を通じて伝わってくる。
空にはまだ点にしか見えないけど、飛行型悪魔。
皇帝陛下はああ言ったけど、本当の開戦の狼煙はもうじき上がる。
これから忙しくなるから、ナレーションはしばらく第三者に任せるわ。
外部にはみ出した鋼鉄のように硬い骨を、
これまた強靭で分厚い筋肉で包み込んだ悪魔の軍勢は、
凄まじい速さでホワイトデゼールの北部を中央の砦に向かって突き進む。
大地に蛇が這うような足跡が無数に生まれ、人間達を血祭りに上げようとひた走る。
その速さは、並の動体視力では目で追うことすらできないほどであったが、
それ故、足元の異質な存在に気づくことができなかった。
パチン
《!?》
何かが弾ける音がして、一瞬足を止めてしまった。周囲の悪魔たちも同様。
これが最初の判断ミス。粗末な木の杭が、突然凄まじい熱を伴って爆発を起こしたのだ。
《何事…ギャアアア!!》
まともに戦えば、騎兵隊一個小隊の犠牲は覚悟しなければない程強力な悪魔は、
ワイヤートラップで発動したテルミット爆弾で、
骨、筋肉、そして心臓とも言えるコアもろとも燃やし尽くされた。
彼自身が聞くことはなかったが、同胞の悪魔たちも同じトラップに引っかかり、
悲鳴を上げ、コアを失いただの骨と化し、北砂の大地に転がるのみとなった。
これは何だ……?パチンパチンと妙な糸が弾ける度に、部下が焼け死んで行く。
不可解な事態に魔王も戦略を変える。
目を凝らすと、人間共の生命反応は大きく3地点に分かれている。
部隊を分け、それぞれを一気に攻略する。彼は叫んだ。
《総員!南西、南、南東に別れて進め!奴らの陣はそこにある!》
うおおおお!!
魔王の命を受け、尚も悪魔達は進撃を続ける。
どういうわけか仲間が見えない敵に殺されていくが、
悪魔達は構わず3方向に別れて突撃を続ける。
逃げ帰れば死より恐ろしい罰が待っている。
そして、速やかに人間共をずたずたに引き裂き、敵将の首を持ち帰れば、
魔王様から褒美に新たな力を拝領できる!
恐怖と欲望が交じり合った心が、地中に眠る命を持たない殺人者に感づくはずもなく。
カチッ
《なっ!?》
足裏に妙な感触。気づいた瞬間には手遅れだった。
地面が大爆発を起こし、どんなに硬かろうが知ったことかと言わんばかりに、
骨も肉もコアも一切合切区別なく、粉々に粉砕した。
あらかじめ敵の予想進路に配置されていた対戦車地雷が、あちこちで爆発。
巻き添えを食った悪魔達も重傷を追い、地面に這うばかりだ。
正体の分からない攻撃に、思わず足を止める悪魔。
フルスピードで地を駆けていた彼らが急停止したため、
地を揺らすほどの将棋倒しが起こる。
鳴り止まない爆発音、そして、悲鳴。北の海岸近くで連続する爆発の列を見て、
里沙子は笑みをこぼす。呵々大笑とはこのことね。そう思いながら。
「お、おい!何が起こってんだ!?悪魔は誰に撃たれてんだ?」
「強いて言うなら地面よ。急に招集されたあなた達には伝わってなかったみたいだけど」
「意味わかんねえぞ!」
「そうですわ!わたし達にも詳しい説明を!」
「むっ!その時間はないようであるぞ!」
気づくとポケットの音叉が震えている。すぐさまポケットから抜き取って耳を澄ます。
[魔王軍の足が止まった!
これより、パラディン、砦、アクシス、各部隊による攻撃を開始する!]
皇帝陛下からの通信。さて、撃ち漏らしを始末する準備を始めなきゃね。
里沙子は背負っていたライフルを構えた。
帝国軍北西部隊。すなわちパラディン部隊は、重装甲の鎧に身を包み、
両手にタワーシールドを持って敵が地雷やワイヤートラップを消費し尽くし、
立ち上がる時を待っていた。やや射程圏外の今は、機が熟すのを待つ。
やがて、将棋倒しの混乱から立ち直った悪魔の軍勢が、
こちらに向かって再び瞬間移動に近いダッシュでこちらに向かってくる。
“進め進め進めーーー!!”
その瞬間を見計らい、隊長が号令を出した。
「神罰第二十八章六節、用意!」
"了解!!"
パラディン達は、タワーシールドに仕込まれたカラクリを操作。
すると、盾の表面に無数のゴルフボール大の穴が開く。
直後、全員思い切りタワーシールドを地面に突き刺して固定。
速度の早い悪魔達があっという間に射程内に入った。
「……神罰執行!」
“神罰第二十八章六節、俄仕込みのアヴェ・マリア!!”
彼らが盾内部のトリガーを引くと、表面の穴から連続して爆弾が発射された。
爆弾内部の火薬に、細かくちぎった聖書を混ぜ込むことによって、
無理矢理光属性を持たせた罰当たりな代物。
咎を背負う彼らだけが扱えるグレネードランチャーの面攻撃を受けた悪魔達は、
一発一発の直撃を食らう度、再生することも許されず、
強固な外殻と筋肉を吹き飛ばされ、コアに食らった一発で絶命する。
時折、魔界から放たれたガーゴイルが空から急降下し、彼らに攻撃を仕掛ける。
が、その瞬間、ガーゴイルの額に穴が空き、遅れて乾いた銃声が届いた。
絶命したガーゴイルは力なく落下する。
パラディンの一人が、ほんの一瞬だけ後方に目をやると、
少女らしき人物がライフルを構えていた。
ふぅ、やっぱり仕入れといて正解だったわね。
彼女は間一髪、味方への攻撃を迎撃して安堵する。
対空兵装が少なくて上からの攻撃が少々不安だったの。
里沙子はドラグノフを構えながら、上空警戒を続けていた。
「あー!なんだそれ、お前だけずるいぞ!」
敵はまだ遥か向こう。暇を持て余したトライデントが、ドラグノフを見て駄々をこねる。
「ずるいぞ、じゃないわよ。
あたしら空が手薄なんだから、あんたも対空兵器があるなら手伝って」
「そりゃあ……ねえけどさ」
「さあ、どんどん来るわよ。エレオノーラ最優先!」
すでに空からギャアギャアとうるさい怪鳥の鳴き声が迫っている。
ゲパルトの設計図もあればよかったんだけど。
里沙子はひたすら狙撃を続けながら考える。
帝国軍の主力とも言える砦でも、悪魔の迎撃が始まっていた。
二階建ての一階ではAK-47、
そしてハンドルではなくトリガー方式に改良されたガトリングガン。
二階ではRPG-7による攻撃が行われていた。
「一階、正面敵部隊に向け斉射開始!二階、後方の敵に向け、RPG-7発射開始!」
“了解!”
一階から無数の機銃弾が放たれ、
自動小銃と原始的なマシンガンが薬莢をばら撒き、辺りを硝煙に包む。
火薬で打ち出された鉛玉は、ただ正面から突撃してくる悪魔に突き刺さり、
肉体を引きちぎり、前方の空間を肉の紫や骨の白に染め上げる。
二階でも3人の射手が、簡素な砲身から
弾頭が丸みを帯びたPG-7VL対戦車榴弾を発射し、後続の敵軍を爆破していく。
しかし、ここにも大空からの敵が。
鶏、ドラゴン、蛇を融合したキメラのような姿を持つ、
コカトリスが射手を燻り出さんと、毒の息を吐こうとしていた。
「おっと危ねえ!」
その時、耳を裂く銃声と共に地上から一条の火線が奔り、
コカトリスの首を引きちぎった。
ルーベルがバレット M82で強力な12.7mm弾を放ったのだ。
血を撒き散らしながら、コカトリスの死体が、回転しつつ地面にどさりと落ちる。
「なんかこのスコープ、邪魔だなぁ。絶対中央に当たるわけでもないし、
木の肌で風の流れを感じたほうがわかりやすいっていうか。
里沙子に外し方聞いとくんだった」
一方、北東での迎撃を命ぜられた特殊部隊アクシス。
男女ともに明るい紫の軍服に身を包み、それぞれの武器・魔法で迎撃に当たっていた。
特に異彩を放つのはカシオピイア。
彼女は“聖母の眼差し”を目の前にかざし、そっと手を離す。
触媒は落下することなく、彼女の視界の間に浮かぶ。
その向こうに見えるのは、やはり悪魔の軍勢。カシオピイアは、小さくつぶやいた。
「……目標、追尾」
すると、触媒の中に収まる敵に、赤い四角の照準が現れる。その数、約20。
「目標、ロックオン。標的を撃滅する……!」
次の瞬間、彼女はホルスターに下げた2丁拳銃を素早く引き抜き、
腰だめ撃ちで連射を開始した。銃口に穴が空いていない不思議な拳銃の先端から、
エネルギー弾が発射される。
火薬を使わない銃は、マズルフラッシュが炎ではなく、小さな魔法陣。
所有者の魔力を弾丸に変えて放つ魔導武器。
放たれたエネルギー弾は、誘導性能を持ち、正確に悪魔の急所を撃ち抜く。
敵を撃ち尽くしては視線を動かし、再度ロックオン。射撃を開始。
体内に膨大な魔力を持つ彼女は、弾切れを気にすることなく、ただ敵を撃ち続ける。
他の隊員も攻撃を開始。
敵軍の間で反射し続け、魔力を失うまで攻撃を止めない魔法の矢を放つクロスボウ。
取り憑いた敵を道連れに自爆する人工精霊。
短い射程距離と引き換えに大爆発を起こす魔導爆弾。
悪魔を殺すために結成されたアクシスは、戦い続けた。
魔王は苛立っていた。何を人間ごときに手間取っているのか。
初めから出鼻をくじかれる。3つに分けた部隊はどいつもこいつも役立たず。
北砂の大地が広く紫の体液で染まっていく。
醜態を晒し続ける部下に、怒りが頂点に達したギルファデスは、歯ぎしりして吠えた。
《参れ、全ての我が眷属よ!人間共を根絶やしにしろ!奴らの頭の首を取れ!》
再びゲートに魔力送り込み、増援を呼び寄せる。
恐ろしい数の悪魔が、呻き声を上げながらミドルファンタジアに乗り込んできた。
力を出し惜しむのはもう飽きた。ただ全力で蹂躙し、人間共を殺し尽くす。
それだけでいい。
今度は、体長だけならギルファデスと並ぶほどの、
単眼の巨人サイクロプスが棍棒をぶん回し、
悪魔神官ダンタリオンがゲートから舞い降り、
炎を吐く凶鳥ワイバーン、そして、かつて里沙子に殺された、
ケイオスデストロイヤとゴブリンの群れが北砂めがけて殺到した。
《かかれぇ!!》
どの種も圧倒的な数。
魔王は残存兵力と合流させ、敵将もろとも押しつぶす作戦に出たのだ。
「皇帝陛下!各部隊損耗なし!こちらが押しています!」
嬉しそうに告げるのは、
ホワイトデゼールのどこかにいる皇帝の足元に座っている、アクシス隊員。
精神集中のため、目隠しをしているので、皇帝に守られている。
「お姉さん、気を抜いては駄目。現在敵軍の損耗率25%……いえ、敵増援出現!」
叫ぶように報告するのは、同じく目隠しをして座り込むアクシス隊員。
この二人は双子で、
探知・通信魔法を用いて戦場の通信士とレーダーの役割を務めている。
「ついに、死神の呼び声を聞かせてやる時が来たらしい。
タンゴ、BM-13部隊に攻撃命令、総攻撃だ。
ワルツ、他の各部隊に注意喚起。爆発に巻き込まれないよう500m後退せよ」
“了解!!”
そして、とうとうBM-13が火を噴く時が来る。
ホワイトデゼール南端に展開していた全車両が、距離と発射角を調整し、
敵増援に向けて照準を合わせた。砲兵隊隊長が全てのロケット弾射手に通信。
“飛翔弾、全弾発射!”
その号令と共に、車両後部のレールから無数の炎の槍が、
悲鳴のような風切り音を上げて飛び立っていく。
ロケット弾は砦の上空を通過し、再度出撃しようとしていた魔王軍に襲いかかる。
やはり無誘導の装備は正確にヒットすることはなかったが、それが逆に敵の混乱を誘う。
風に煽られ、無秩序な軌道で大地に降り注ぐ炸薬の塊は、
敵にとって回避の難しい脅威でしかなかった。
ロケット砲弾M-13は、敵増援や周辺に雨あられの如く降り注ぎ、着弾と同時に爆発。
最終的に8両生産されたBM-13が放つ飽和攻撃。到底避けきれるものではない。
数だけの尖兵でしかなかったケイオスデストロイヤとゴブリンは瞬く間に粉砕され、
単眼の巨人サイクロプスも腕をもぎ取られ、苦痛の叫び声を上げる。
その様を見た仲間の巨人達が後退しようとするが、
《馬鹿者!!敵に背を向けるな!逃げるものは裏切り者だ!
裏切り者は余の翼でひき肉にしてくれる!》
ギルファデスの怒りの前に、不気味な風切り音を鳴らしながら落下する
ロケット弾の雨の中、突き進むしかなかった。
頭を砕かれ数を減らしつつも、南西へ突撃する。
そして、悪魔神官ダンタリオンの群れは、思念だけで意思をやり取りする。
(……?)
(……!)
魔法陣を描いた黒地のローブを身に着け、
天使のような白い翼が生えている人間型悪魔、ダンタリオンは、
魔障壁を張ってロケット弾から身を守りつつ、3方向に飛んでいった。
パラディン部隊。
青い肌の巨人達が、棍棒を持って彼らに襲いかかる。
しかし、皇帝の命令通り500m下がった以上は、全く退く様子がなかった。
爆弾を撃ち尽くした彼らは、新たな神罰を執行する。
「神罰第十九章二節!」
隊長が指示を出し、全員がタワーシールドを高く掲げて宣言。
“神罰第十九章二節!大司教猊下の隠し包丁!”
すると、タワーシールドの四方から巨大な刃が飛び出し、手裏剣のような形になる。
“おおおお!!”
全員がその強肩で超重量の盾を投げつける。
グオングオンと回転しながら巨人めがけて飛び立つ凶器。
とある1枚は棍棒を持っていたその手を斬り飛ばし、
別の1枚はうまく敵の喉元に飛び込み、重い頭を支える太い首を刎ねた。
投げたタワーシールドは、ブーメランのようにパラディンの手元に戻ってくる。
だが、大技が多い彼らパラディンは、数で勝る巨人の群れに徐々に押されていく。
一人が棍棒の直撃を食らい、動けなくなった。
重装甲で動きが鈍重なパラディンは、暴れ狂う巨人との接近戦は不利という他なかった。
敵の重い一撃はタワーシールドでも受け止めきれず、
一人、また一人となぎ倒されていく。そして最悪の事態が。
巨人の何体かがパラディンを無視して、エレオノーラのいる南へ向かってきたのだ。
「おい、デカブツが来るぞ。どうすんだ」
トライデントが誰ともなしにつぶやく。とは言え、その言葉に危機感はまるでないが。
「……ふぅ、しゃあねえな。アテになんねーやつばっか。
やっぱ俺がリーサルウェポンってやつ?」
「馬鹿言ってないでなんとかして。……もうっ、全然効きやしない!」
里沙子がドラグノフを向かってくる巨人の頭部に命中させていくが、致命傷に至らない。
「わたしにお任せを。敵の接近まで、もう少々待ちましょう」
「危険な賭けだが、我らに有効な遠距離射撃がない以上、仕方あるまい……」
ヴェロニカの策にシュワルツ将軍が同意する。
「残念だけど、そのようですわね。わたくしは頭上の害虫退治にシフトします」
ドラグノフの標的をワイバーンに変えた里沙子。今度は効果があった。
首を撃ち抜き、目にヒット。
有翼恐竜のような悪魔の死骸が、ただボトリと地面に落ちる。
そうしていると、単眼巨人の群れが接近。
「まずはわたしが!」
ヴェロニカが左手に魔力を収束し、詠唱を始める。
「其が踏み入りしは底なし沼。見えざる霧に囚われ、惑い、沈みゆくがいい!
後悔遅し、ブラインドミスト!」
彼女の左手に集まった魔力が解放されると、一瞬だけ周囲が霧に包まれた。
里沙子達は錯覚かと勘違いしたが、
巨人たちは、敵を見失ったように立ち止まってキョロキョロしている。
「魔法の霧で敵の視界だけを奪いました。
では、最強のトライデントさん。お手並みを拝見したいと思います」
「あんがとよ姉ちゃん。
ま、俺は魔法なんかなくても全然ヨユーだけど?……おらぁっ!」
トライデントがレイピアの柄のような奇妙な装備を振りかざすと、
飛び出した長い鎖が、巨人たちの首に巻き付く。驚いた敵が鎖を振りほどこうとする。
「じっとしやがれ、木偶の坊!」
彼が柄のスイッチを入れると、鎖を通じてバリバリと強力な電撃が伝わり、
巨人の大きな身体を痺れさせた。
《ぐぁおおおおん!!》
その機を逃さず、トライデントは身体のバネを使い、全力で鎖を引っ張る。
「おらぁ!!」
すると、鎖は敵を縛り上げることなく、複数体の巨人の首をちぎり取った。
ドシンと残った胴体を地面に横たえる巨人。得意げに笑みを浮かべるトライデント。
「ふふん、弱過ぎマジ」
「あら、あんた結構やるじゃない。どんなタネ?」
「タネじゃねえ!チェーンブレードって俺の武器だ!鎖の輪全部に刃を仕込んでんだよ!
あと俺の魔力を雷撃に変える触媒だ!」
「見事である。さすがはサグトラジル領主であるな」
「へ、へん!別にこんくらい余裕だし?まだまだ来て欲しいくらいだし?」
「よかったわね。さっそく願い叶ったわよ」
「え?」
里沙子が指さした方を見ると、異様な存在が宙に浮かびながらゆっくりと近づいていた。
ひと目だけでは、天使と間違えるような、純白の翼を持った存在。
悪魔神官ダンタリオンは、里沙子達の100m程先で停止すると、
両手を合わせて、魔力を球形に集め始めた。瞬時に危機を察知した里沙子が叫ぶ。
「ごめん!エレオ以外は自分で避けて。……逃げるわよ!」
「えっ!?」
「急ぐ!他の連中も!」
皆、散り散りに走り、里沙子はエレオノーラの手を取って、全速力で東に走る。
次の瞬間、ダンタリオンの手から、青白く光る太い魔力のレーザーが、
下からすくい上げるように放たれた。
それは地を深くえぐりながら、猛スピードで接近してくる。
敵はヴェロニカに狙いを付けたようだ。
「あっ……」
だがその時、慌てた彼女がドレスの裾を踏み、転んでしまった。
レーザーが迫る。悲鳴も出せない。このままでは胴を両断される。
でも、立ち上がって避ける時間など、残されていなかった。
「ヴェロニカ!?」
どうにかエレオノーラを連れて回避に成功した里沙子は、その光景を目の当たりにする。
考える前に体内に魔力を循環させていた。
──クロノスハック!
体感時間をほぼ停止状態にした里沙子は、ヴェロニカに駆け寄り、
彼女の体を引っ張って、敵攻撃の射線から脱出させた。そこで能力解除。
あまり多くを使いたくはない。大体15秒使っただろうか。
次の瞬間、彼女が横たわっていた位置がレーザーで薙ぎ払われた。
やはり地下深くまで抉られ、直撃していたら彼女は死んでいただろう。
ヴェロニカが里沙子の腕の中で軽く混乱する。
「え…わたし、どうして……?」
「時間止めた。以上。お姫様守るために全力出したいから、あんまり使わせないで」
「時間を!?そんなことどうやって!」
「質問タイムも……ないっぽいわね」
里沙子のポケットで音叉が激しく振動する。
取り出すと、他の部隊からの救援要請が殺到して、何を言っているのかわからない。
そう。他の陣地もダンタリオンの猛攻の前に窮地に陥っていた。
砦に立てこもり、機銃やRPG-7を撃ち続けていた部隊は、
悪魔の魔障壁の前に何もできずにいた。
「銃撃が効いていない!」
「RPG-7はどうした!」
「当てたさ!でも傷一つ付いてないんだ!」
懸命に反撃を続ける砦の銃撃部隊だが、ダンタリオンの魔法防御を貫く術がなかった。
「くそっ!上も上で忙しいってときに!」
ワイバーンやコカトリスを撃墜していたルーベルも、
時折バレットM82でダンタリオンを狙撃するが、やはりバリアに銃弾が弾かれる。
静かに人間の反撃を見つめていたダンタリオンが、左手を差し出し、魔力を集中する。
それは次第に大きな塊となり、悪魔は紙風船を投げるようにそっと投げる。
やがてふわりと壁に着弾すると、大爆発を起こし、
石とセメントと土嚢で固められた砦を大破させた。
「ぎゃああっ!!」「あがあっ!腕が!」「逃げろ、弾薬箱に引火する!」
外部に露出していたRPG-7隊は、
爆風を受け、後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、動かなくなった。
崩れた砦から這い出てきた兵士も、皆、血塗れで装備も失い、
戦うことすらままならなくなっていた。白の大地が見る間に真っ赤な血で染まる。
その惨状に戦慄するルーベル。
「くそったれ!」
何度もダンタリオンにバレットM82を連射するが、やはり強固な魔障壁を破れない。
後方には、BM-13の砲撃から生き残った低級悪魔達もいる。空には凶鳥の叫び声。
くそ、誰をどうしろってんだ!
特殊部隊アクシスが守る陣地にもダンタリオンの魔の手が迫る。
カシオピイア達の反撃により、低級悪魔は片付けたが、
やはり悪魔神官の魔障壁に手を焼く、というより手も足も出ないと言った方が正確だ。
カシオピイアが2丁拳銃で攻撃を続けながら、“聖母の眼差し”で敵能力をスキャン。
「……攻撃の効果が見られません。こちらが放った熱量の100%が吸収されています。
撤退を進言します」
「駄目よピア子!ここで私達が引いたら、皇帝陛下達が……」
皇帝達は、アクシスの後方200mの位置に待機していた。
だが、カシオピイアの仲間も心の奥で理解している。
どの道自分達はこの悪魔神官に殺される。
そうなれば、皇帝の存在に気づいた彼らが、この国の長の首を取る。
もう、おしまいなのだ。彼女が諦めかけたその時、胸ポケットの音叉が震えた。
──全員、聞いてちょうだい!!
長らくお待たせしたわね。ここからはいつもの一人称でお送りするわ。
まず、あたし達の状況から。あたしはエレオノーラの手を引きながら、
砦に向かって走っていたの。
後ろから追いかけてくるサイクロプスは、シュワルツ将軍が剛剣で一刀両断したり、
ヴェロニカが霧で足止めしてくれてる。
トライデントには一緒にエレオノーラを守ってもらってるわ。
目的地は砦。壊滅状態らしいわね。ルーベルが保ってくれるといいんだけど。
そんな事を考えながら、あたしは音叉に叫び続ける。
「動ける人は、全員砦に集まって!最終兵器を使う!
超広範囲を攻撃するから、散らばってると危険なの!」
「おい、最終兵器ってなんだよ!」
「後にして!……生存者は応答を!」
すると、次々返答が帰ってきた。まだ希望はある。
“こちら、パラディン部隊2から4号……目的地、砦。了解した”
“アクシスよ!まだ死傷者はいないけど、これ以上はピア子が保たない!すぐ行くわ!”
“こちら皇帝、アクシスに告ぐ!以後、里沙子嬢の指示に従うように!以上!”
“ありがとうございます!”
“ルーベルだ、早く救援をよこしてくれ!怪我人だらけでどうしようもねえ!
偽天使に全員やられた!とにかく手が足りてねえ!”
「みんな、もう少しだけ頑張って!あたし達もすぐに行く!」
後ろからエレオノーラの荒い息が聞こえてくる。
でも、彼女は弱音を吐くことなく付いてくる。……急がなきゃ。
その時ルーベルは孤軍奮闘してた。
まともに戦える兵士がいなくなって、目の前のダンタリオンや生き残りの悪魔、
上空のコカトリスと戦わなきゃいけなかったらしいわ。
「ちくしょう!こんなところで、終われるかよ!」
対物ライフルを腰だめ撃ちして、殺せる敵から殺していく。
でも、どうしても瀕死の兵士たちに目線が行く。
私も、回復魔法くらい勉強しとくんだった……!そんなふうに歯噛みしてたみたいよ。
そして、とうとうダンタリオンが身体の前に魔力を集めて、
ルーベルにとどめを刺そうとする。四方からの攻撃を受けている彼女に回避はできない。
彼女が死を覚悟した時。
シュルシュルと強力な電気を帯びた鎖が飛んできて、ダンタリオンに命中。
魔障壁を貫通しなかったものの、体勢を崩すことはできた。
奴が放った青白い光の波動は空に放たれ、
不運なワイバーン一匹を焼いて不発に終わった。
「里沙子……!」
「よくやってくれたわ、ルーベル!」
同時に、生き残った各部隊の隊員も集まってきた。
パラディン達が大きな姿を現したけど、
その数はあたしたちが最初に見たときより明らかに減っていた。
アクシスは無事だったけど、血まみれの兵士たちを見て衝撃を受けた様子。
すぐに
エレオノーラが加わろうとしたけど、肩を掴んで首を振る。
彼女は目を伏せただうなずいて、後ろに下がった。
……ごめんなさい。
彼女には、最大限の魔力で勇者の剣を振るってもらわなきゃいけないの。
「おい、早くしろよ!最終兵器ってなんだ!何をどうするってんだ?」
「何をするかって?」
今更何を。あたしは、各部隊を追いかけてきた悪魔達を目の前に、宣言した。
「一発逆転に決まってるでしょう!」
そして、ポケットから取り出したカードを高く掲げた。
マーブルからもらった、文字通り1回限りの切り札。カードが光り輝き、宙に消える。
すると、あたしのそばに、見えない力が収束し、
カードに描かれたものの輪郭が形作られ、色づけられ、
やがてはっきりした実体を伴い、その正体を現した。
「さあ、思い切り暴れなさい!」
『ふしゅるるる……』
皆が、その姿に圧倒される。体長4mはある巨体。死人のように白い肌。
その身体に密着するブルーの耐火服。腰に巻かれたチャンピオンベルト。
背中に背負った巨大な2基の燃料タンク・ブロイラーボンベ。
ホースで燃料タンクと接続され、両手の甲に設置された火炎放射機。
そして、その頭に堂々と立ち上がる真っ赤なモヒカン。その名こそ。
──邪魔する奴は殺す!このテッド・ブロイラー様が
丸焼きにしてくれるわ!ががが──っ!
戦車に乗って戦えるRPGで、戦車なしのタイマン勝負を挑まざるを得なかった、
あたしの知る中で最強最悪の中ボス。
多くのプレイヤーの心を折ってきた、彼の戦いぶりをとくとご覧あれ。
戦いの火蓋が切って落とされた時、彼は叫んだ。
『オーーーバーーードリッーープ!』
その声とともに、彼の後方から巨大な点滴スタンドが現れ、何かの薬を打ち込んだ。
薬が身体に回ったことを感じた彼は、その厚い唇でニヤリと笑う。
彼は準備を整えると、真っ赤なブーツで大地を踏みしめながら、
あたし達の前に集まっていた悪魔達に宣戦布告した。
『炎に包まれて死ぬがいい!このテッド・ブロイラーさまが
遺伝子のかけらまで焼きつくしてやるがががーっ!』
敵も味方も、驚きというより、開いた口が塞がらないと言った感じで、
あっけに取られていた。
が、ようやく我に返って、彼を敵だと認識したダンタリオンが、
様子見にケイオスデストロイヤ3体をけしかける。
悪魔は目で追えないほどの素早さで駆け寄り、鉤爪をぎらつかせて飛びかかった。
しかし。
カキン、カキン、カキン!
と、物理攻撃を弾き飛ばされ、地面に転げ回る。何が起きたか理解できない悪魔3体。
並の戦車を遥かに上回る防御力を誇るテッド・ブロイラーに、
傷一つつけることができなかった。バズーカ砲も効かないしね。
あたしは危険を察知して、みんなに呼びかける。
「みんな、適当なもので肌を隠して!物凄い熱が来るわ!」
「お、お前、一体何したんだよ!あれは人か、悪魔か!?」
「急いで、早く!」
皆、瓦礫に隠れたり、上着で顔をかばったりして防御する。
あたしはストールを顔に巻いて、エレオノーラを体でかばう。
あと2秒も遅れてたら危なかった。
片膝を突いて、両腕を真っ直ぐに伸ばして、テッド・ブロイラーは、叫んだ!
『テッド・ファイヤー!がががっ!』
その時、背中の燃料タンクが唸りを上げ、両手の火炎放射機から凄まじい炎が放たれた。
広範囲に炎の大河が広がり、北砂の大地が、今度は異なる赤に染め上げられる。
ケイオスデストロイヤを始めとした低級悪魔は文字通り黒焦げになり、
コアの存在を確かめるまでもなかった。
3体のダンタリオンは、魔障壁でどうにか火炎放射の直撃から逃れたものの、
周囲に撒き散らされた燃料が燃え続け、激しい炎に包まれ悶え苦しんでいる。
熱風で味方からも苦情が出る。
「熱いですわ!なんですの、あのメチャクチャな攻撃は!」
「ふざけんな、耳やけどしちまったよ!」
「ぐっ、なんと凄まじい力だ……彼は一体何者だ」
「人でも悪魔でもありませんわ、将軍。奴はグラップラー四天王の一人。
それ以上でも以下でもありません」
「なんだよ、ちゃんと説明してくれよ!」
「あたし達が生きて帰れたらゆっくり説明するわ、ルーベル。
とにかく今は、彼の攻撃に巻き込まれないことに集中して」
あたし達がだべっている間に、
彼の危険性を認識したダンタリオン3体が、彼に魔法攻撃を仕掛ける。
一体が魔力のレーザー、一体が圧縮した魔力の球。
そしてもう一体が魔力の爆弾で彼に攻撃。
さすがにこれはテッド・ブロイラーにもダメージが通ったらしいわ。
彼が軽く血の混じった咳をした。でも、彼はやはり不敵な笑顔を浮かべる。
戦闘開始時に射ったオーバードリップの効果で、減った体力は徐々に回復していく。
元気を取り戻した彼は反撃に出ようと、手元に巨大な注射器を呼び寄せた。
『地獄へ案内してやろう!』
テッド・ブロイラーはダンタリオンの1体に狙いを定めて、
一気にその注射針を突き刺した。
《!?…!!??!》
彼の腕力が細い一点に集中し、魔障壁を突き通した。
そして、ダンタリオンの急所を貫通。コアを貫かれた悪魔は、即死。
宙に浮いていた身体が、羽根を散らしながらゆっくりと堕ちていく。
慌てた生き残り2体が、全力で魔力の塊を連射して、突然現れた化け物を殺そうとする。
その集中攻撃に、彼が無視できないダメージを受ける。今度は一度大きく吐血。
大きな手で口の血を拭った。
あと少しで奴を殺せる。きっとダンタリオン達はこう思ってたと思うの。でも……
『まんたーんドリーーンク!』
彼はベルトに差していたドリンク剤を一本飲み干した。
すると、彼の怪我が一瞬にして完治。
内臓に与えていたダメージもなかったことにされ、ダンタリオンの努力は水泡に帰した。
減らしたはずの生命エネルギーが元に戻った現実を前に、
悪魔達は生まれてから抱いたことのなかった感情に直面する。すなわち、絶望。
一方、完全回復したテッド・ブロイラーは、
その大きな口の口角を目一杯上げて喜びを表現し、次なる攻撃を宣言。
『モヒカーン・スラッガー!がががっ!』
彼は、素材も材質も全く不明のモヒカンを取り外し、
ダンタリオンに向けてブーメランのように思い切り投げつけた。
やはり魔障壁を張って防御するけど、
その桁外れの破壊力にバリバリと破られ、本体に直撃。
ダンタリオンは、まるでチェーンソーで両断されるように、縦半分に真っ二つにされた。
コアが無事なはずもない。2体目も羽根のチリとなって死亡。
こうでなくっちゃ困るわ。あたしのタイガーⅡを一発で大破させてくれたんだもの。
あ、4で登場する時は戦車で戦えるのよ?
テッド・ブロイラーは戻ってきたモヒカンをキャッチ。元通り頭に戻す。
最後に残された悪魔一体が、どうするべきかわからずパニックになり、逃げ出した。
「おい、逃げてったぜ!」
トライデントの視線の先には、魔王の元へ敗走するダンタリオン。
「みんな、追うのよ!残りはあいつと魔王だけ!もうちょっとだけ頑張って!」
「了解……」「承知しました」「行くぞ皆の者!」「おう!」
各々の力強い返事を聞くと、兵士の手当をしているアクシス隊員だけを残して、
あたし達はとうとう魔王との直接対決に挑む。
前方を歩くテッド・ブロイラーについていきながら、北の海岸目指して進撃する。
ちょうど逃げていくダンタリオンが目印になってくれてる。
『がはは!逃げろ逃げろ!はやく逃げないとまっくろこげだががーーっ!』
「本当、笑えら。どっからあんなもん仕入れてきた?」
「ちょっとしたコネよ。あんたも出会いは大事になさい。変な連中はもう勘弁だけど」
興味深げに聞いてくるトライデント。
さっきまであたし達を取り巻いていた負の感情は希望に変わり、その足取りは力強く。
いくら歩いたかわからないけど、
とうとうあたし達は海の見えるホワイトデゼール北部にたどり着く。
さっきのダンタリオンが魔王に何か言っている。
《;lkjkcw!!》
《それで貴様は逃げ帰ってきたというのか!この悪魔族の面汚しめ!!》
そして、魔王は鋭い翼で、ダンタリオンを細切れに引き裂いた。
断末魔も上げずに死んでいく悪魔。これで、残る敵は魔王ただひとり。
皆、それぞれの武器を構える。一番先頭にいたあたしが無言で宣戦布告した。
ドラグノフで頭部を一発。今度は命中。
ほとんど効いてないけど、そんなことはどうでもいい。
こちらの殺意を届けられればいいんだから。
魔王が大きな目であたしを睨み、手をかざして魔力の収束を始めた。
人類と魔王の決着が着くのは、もう間もなく。