面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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カードバトラーとの腐れ縁の始まり
深酒して翌日の14時あたりに目が覚めると、身体がボロボロになっていく感じがする。真似しちゃだめよ。


こんにちは。あたし斑目里沙子。趣味は昼寝昼酒。

夢はハーメルン界のポ○テピ○ックになること。

最近見たDVDは“劇団四季ミュージカル 異国の丘”よ。

もう鬼の目に涙、あたしの鼻に鼻水って感じで感動の嵐が……

 

「だから現実から逃げてねえで手伝えぇ!!」

 

「ワキャアア!里沙子!ピア子と、おててつないで!」

 

「ちょっと待ってって!もうすぐ終わるから!ピア子も大人しくしなさい!」

 

スキップした方のために簡単にこれまでの経緯を。

時間停止習得、テッド様登場、魔王殺害、新しい住人来た(後ろで叫んでるの)。以上。

ごめん、もう行かなきゃ。今んとこあの娘止められるのあたししかいないのよ。

 

「あー、ルーベルごめん。交代するわ」

 

「遅いぞ!なんだよコイツ、すげえ力だ!」

 

テキストメッセージ収録から戻ると、ルーベルとピア子がもみ合っていた。

オートマトンと単純な力比べでいい勝負するとは、あの娘もやるわね。

 

「感心してんじゃねー!早くしろ!」

 

「わかった悪かったって。

コラ、ピア子!家では大人しくするって約束したでしょう!……キャア!」

 

「アハ!里沙子だ!ピア子の!ワタシのぉ!ンンン~」

 

あたしを押し倒して全身に頬ずりしてくる。

当たり前だけど、これが男だったら確実にお巡り呼んでる。

いや、その前に腰の物でドタマぶち抜いてるわ。

とにかくスイッチのひとつらしき、喉を撫でてみる。

 

「んんっ?んふぅ、ゴロゴロ~」

 

やっぱりここが弱点らしいわね。動きが弱まった瞬間、

以前やったみたいに、腰のベルトに差してる“聖母の眼差し”に触れる。

彼女の身体が一瞬こわばり、ゆっくりと立ち上がった。

カシオピイアはゆっくり聖堂を見渡し、不可解な様子で略帽を直す。

 

「あの、ワタシ、どうしてここに……?」

 

「発作だよ発作!お前がまた暴れだして、押さえつけるの大変だったんだぜ?

まったく、勘弁してくれ。毎日これじゃ、いくら私でもくたびれちまうよ」

 

「本当に、ごめんなさい……」

 

暗い面持ちでつぶやくカシオピイア。

……この娘が来てから一週間くらいになるけど、暴走癖は一向に治る気配がない。

 

「でも、さっきのカシオピイアさん、猫ちゃんみたいで可愛かったです~」

 

「それは……言わないで」

 

彼女が頬を染めて目を背けた。

 

「ポンコツ黙る。なんにも手伝わなかった分際で!」

 

「だって、しょうがないじゃないですか!

わたくしに彼女を引き剥がす力なんてありませんし」

 

「この前覚えた捕縛光線魔法はどうしたのよ」

 

「だめだめ!あれ、すっごく痛いんですよ!?

えーと、確かに、アレだとしても女の子に使うなんて可哀想です!」

 

「だったら次は身体張ってあたしやルーベル手伝いなさい!

説教台に隠れて微笑ましく見てないで!」

 

「あ、バレてました?」

 

「来月の小遣いなしね。ガチで」

 

「えーん!」

 

「埒が明かないわ!このままじゃまともな共同生活ができないから、緊急会議!!」

 

そんで、全員ダイニングに移動。ジョゼットにコーヒーや紅茶を用意させる。

 

「急いでね。いつ元に戻るかわかんないから」

 

「はい、すぐにー」

 

「それじゃあまずは、前回前々回の展開を踏まえ、

この作品に“メタルマックス”タグを追加するかどうかという議題」

 

「普通のメタルマックスファンが、がっかりするだ。やめとけ。以上」

 

「同意。この案件については結論が出ました」

 

ジョゼットの返事と同時に、聖堂が明るくなって、光が差し込んできた。

すかさず追加注文。

 

「エレオが帰ってきたわ。紅茶もう一つ」

 

「は~い」

 

そのうち、小さな気配が近づいてきて、ダイニングにエレオノーラが入ってきた。

 

「ただいま帰りました」

 

「お帰りー。エレオは大変よね。

立場的に魔王の件で顔出しNGってわけにもいかないからさ」

 

「今日はどんな用事だったんだ?」

 

「大聖堂教会で、魔王にとどめを刺した時の状況を、

信者の皆さんにお話ししてきました。

……やむを得ない事とは言え、信じてくださる皆さんに、

作り話をするのは心苦しいのですが」

 

エレオノーラが若干浮かない表情で椅子に座る。

そう言えば、もうこの椅子も空きがないわ。これ以上住人が増えるとヤバいから、

話に詰まったからって新キャラに頼るんじゃないわよ?

 

「気にするこたぁないのよ。肝心なのは、魔王はもういないってことなんだから。

ホラでもなんでも武勇伝聞かせてやれば、連中も喜ぶし、教会も儲かるってもんでしょ。

みんなハッピーじゃない」

 

「そうかもしれませんが……

里沙子さんと、ルーベルさんの努力が誰にも知られないのは、やっぱり悲しいです」

 

「名誉は要らないものランキング第2位だって前にも言った。

あ、その時エレオいたっけ?まあいいわ。とにかくそういう事だから」

 

「里沙子に同意。私は自分の筋を通しただけだ。面子もそろったし、会議始めようぜ」

 

とにかくあたしは、帰ったばかりの彼女に、なんで寄り集まってるかを説明した。

 

「なるほど……

確かに、彼女はふとしたはずみで、感情の抑制が効かなくなる事が多いですね。

新しい仲間のために知恵を出し合いましょう」

 

「皆さん。ワタシのために……ごめんなさい……」

 

「その“ふとしたはずみ”は全部里沙子なんだけどな」

 

「お茶が入りました~」

 

「ありがと。その原因も全く不明なのよ。

アクシスの仲間の方が、ずっと長い間近くにいたはずなのに、なんであたし?」

 

「ごめんなさい……それも、わからない……

ただ、里沙子を見てると、段々頭の中が真っ白になって、気がついたら……」

 

ぽつぽつと語る彼女は、発狂モードからは考えられないほど、儚げな美しさを持ってる。

なんでこんな綺麗な娘がねぇ。やっぱり作者は頭おかしい。

濃いめのブラックをすすりながら考える。

 

「あ、それじゃあ、とりあえず里沙子さんを凝視することをやめてみては?」

 

「そう気をつけてるんだけど……いつの間にか、チラチラと……」

 

「なるほど。まずは基本的なとこ行ってみるか。里沙子のどんなとこが好きなんだ?」

 

「えっ!?好きって……あの、ワタシ、そんなんじゃ……」

 

ああ。カシオピイアが赤くなって黙り込んじゃった。慌ててフォローする。

 

「ルーベル、変な聞き方しないの。カシオピイア?ルーベルが言いたいのは、

あたしのどういうところを見ると、特に意識を失いやすくなるのかってことなの」

 

「ごめんなさい……わからないの……強いて言うなら、全部。

本能が衝動的に、里沙子を求めるっていうか」

 

「ヒュー、愛されてんなぁ。全部愛してるだって、ククッ」

 

「だからルーベル、茶化さない!今度やったらクロノスハックで顔に落書きするわよ!」

 

「へへ、悪りい悪りい」

 

その時、沈黙を守っていたエレオノーラが、深刻な表情で口を開いた。

 

「今のやりとりでわかりました……皆さん、彼女は重篤な病に侵されているのです!」

 

「ええっ、本当ですか?」

 

「あのーエレオ?いくらこの娘がアレだからって、病人扱いは可哀想だと思うわよ?」

 

「いいえ、間違いありません。

先日、カシオピイアさんの衝動をなんとかできないかと、

帝都の古書店で精神的疾患に関する本を探していたのですが、

偶然見つけたアースの書物のいくつかに、彼女と同じような症例が記されていました」

 

「マジ!?治療法とか書いてあった?」

 

思わず立ち上がって解決策を求める。

 

「残念ながら、そこまでは。やはり愛されてしまった方は、

激しすぎる愛情と、うまく付き合っていくしかなかったようです」

 

「はぁ……ぬか喜びね。

でも、アースにカシオピイアみたいな人がいるなんて、聞いたことないわ。

ちなみに病名は?」

 

「ヤンデレです!愛する対象に近づくためなら、手段を選ばず、

その人を自分のものにするためなら最終的には暴力に訴えることも厭わなくなる、

とても恐ろしい病気なのです!」

 

あたしはテーブルの上で頭を抱える。

エレオノーラ、あなたはこの変人屋敷の中で唯一の良心なんだから、しっかりして。

お願いします。

 

「……ちなみに、その本のタイトルは?」

 

「色々あったのですが、特に具体的な症例が描かれていたのが、未来日……」

 

「その本は今すぐ捨てなさい。会議が終わったら速やかに。

……まったく、帝都にまで取り締まるべき書物が流れ込んでるなんて。話を続けるわよ」

 

マリーにチクって、帝都の古物商全部を抜き打ち検査してもらう必要があるわね。

でも、これ以上話し合うことがないことにも気づく。

結局今の所彼女にできることはない。わかったのはそれくらい。

行き詰まりか、と思ったら紅茶派のジョゼットが手を挙げた。

 

「はいはいはーい!わたくしにアイデアがありまーす!」

 

「いちいち大声出さなくても、この狭苦しいダイニングじゃ内緒話もできない!どうぞ」

 

「カシオピイアさんを、街の薬屋さんへ連れていきましょう!」

 

「んんっ!」

 

あらやだ、この娘がまともな意見を出したからうっかり驚いちゃったわ。

そうね。アンプリはともかく、“先生”は腕利きの医者らしいから、

心療内科もやってるかもしれない。

 

「へー、あんたの意見が役に立つとはね。さっきの小遣いカットは免除してあげる。

みんな、早速だけど出かける支度をしてちょうだい」

 

「やったー!」

 

「よっしゃ。じゃあ行くとするか」

 

「わたしはこれで2度目ですね」

 

「皆さん……よろしく」

 

ガチャリ。

この前新調したドアの防犯性の高い鍵を掛けると、

全員連れ立って街へ続く街道を進みだした。

 

もう買い物イベントはこれっきりにしたいわね。

まぁ、今回は買い物じゃなくて心の病を診てもらうだけなんだけど。

あとは夕食を酒場で済ませて「おい姉ちゃん、金出しな!」はいはいお久しぶり。

 

野盗くん達が行く手を塞いでくる。

多分風呂にも入ってない4人の乱暴者が、ボロい剣を持って金をせびってくる。

誰かひとりくらい、あたしらの顔知っててもおかしくないんだけど、

渡り鳥みたいに生息域を変えてるのかしら。

 

「ここを通りたきゃ財布置いてきな!」

「怪我したくなけりゃさっさとしろ!」

「へへっ、金がないならしばらく付き合ってもらうぜ」

 

あたしはカシオピイアに目配せする。

ごめんなさいね。新入りの通過儀礼みたいなもんなの。

彼女は、ほんの少しうなずくと、野盗達に歩み寄っていった。

 

「なんだテメエ!やる気かコラ!」

「面白えじゃねえか、ああん!」

 

喚き散らす野盗達の前に立つと、彼女はホルスターから左手で銃を抜きながら、

右手で胸ポケットから手帳を出して連中に見せた。

火竜のエンブレムが施された黒革の手帳。

 

「……帝国立刑法第37条脅迫罪、並びに52条強要罪の現行犯でお前達を逮捕する。

お前達には黙秘権がある。供述は法定でお前達に不利な証拠として用いられる事がある。

お前達は弁護士の立会いを求める権利がある。

弁護士を呼ぶ経済力がなければ、国選弁護人を付けられる権利がある」

 

スラスラとミランダ警告を読み上げながら連中に迫るカシオピイア。

手帳と軍服を見て、今更彼女が軍人であることに気づく野盗。

 

「マジかよ、何で帝都の軍人がここに!」

「今の全部冗談だからな!本気じゃねえからな!」

「ブタ箱はやだー!」

 

帝国最強の軍隊の隊員に銃を突きつけられ、

法律的にも追い詰められた野盗達はあっさり逃げていく。やっぱり逃げ足だけは早い。

あたしは、カシオピイアの肩をポンと叩いた。

 

「ありがと!やるじゃない。さすがアクシスの隊員ね」

 

「要塞の軍人には、逮捕権、調査権限もあるから……」

 

「凄いです~!わたくし、初めて本物のアレ聞きました!

刑事物の小説で、お前には黙秘権が~ってやつ!」

 

「へえ、あんた小説読むんだ。内容理解できてる?」

 

「いいえ、途中経過は複雑でさっぱり。

最後に刑事が悪者を退治するところが楽しみです!」

 

「ま、それも楽しみ方のひとつね。

急ぎましょう、とんだ邪魔が入ったせいで無駄な時間を食ったわ」

 

ようやくあたし達がいつものハッピーマイルズ・セントラルに足を踏み入れると、

早速街の連中が騒ぎ立てる。よっぽど娯楽に飢えてるみたい。

 

「おい、里沙子がまた女連れてるぞ」

「やっぱりあの娘○○なのよ」

「しかも今度はキャリアウーマンかー。趣味が広いな」

 

頭痛と激怒が同時に襲い来る。

プッツンしながらも銃に手をかけなかったあたしを褒めて。

 

「でい!!」

 

一喝でアホ連中を追い払ったが、それでもニヤニヤしながら去っていく。

ああもう、こいつらは!さっさとこの忌まわしき罪悪の街を立ち去るべく、

薬屋への道を急ぐ。

 

「おーい里沙子。市場とか案内してやんなくていいのか?これからここに住むんだろ?」

 

「うっさい!今日は気分じゃない!」

 

「ちぇー冷たいな」

 

「里沙子さん。落ち着いてくださいね」

 

あたしは後ろの声を無視して北部エリアへ続く広い道をズンズン歩く。

途中カシオピイアが、あたしに追いつこうとしてつまづきそうになったことは謝る。

それだけは謝る。他に関しては一切の責任はない。

 

しばらく歩いて十字路に差し掛かると、もう案内板を見なくても分かる。

左折すればすぐに薬屋と銃砲店が目に入る。ルーベルだのジョゼットだのを連れてきた、

いつも世話になってる店に、今回はカシオピイアを連れて入る。

 

「こんにちは。アンプリいる?」

 

相変わらず薬の臭いが漂う店に入って呼びかけると、

すぐに奥から、ナース服を着た淡いブルーのロングヘアが出てきた。

 

「はいは~い。あら里沙子ちゃん、お久しぶり。元気だった?

たまには腹膜炎にでも罹ってくれると経済的に助かるんだけど」

 

「相変わらずの銭ゲバね。そんなあんたに嬉しいニュースよ。

今日は患者を連れてきたの」

 

「まあ嬉しい。どなた?」

 

「今度うちに住むことになった娘。カシオピイア、ほら」

 

戸惑う彼女をアンプリの前に押し出す。

アンプリが少し不審な顔をしたけど、すぐに引っ込めて、

いつもの微妙に何考えてるか分からない笑顔で聞いてきた。

 

「う~ん、元気そうに見えるんだけど」

 

「怪我や病気じゃないの。実はね」

 

あたしはアンプリに、カシオピイアがあたしを見ると、

結構な頻度で獣のように襲いかかってくるから困ってる。

本人もそれは自覚しててどうにかしたいと思ってることを説明した。

 

「だから、あんたご自慢の先生に診てもらいたいのよ。ここ、心療内科はやってない?」

 

「・・・先生は、今出張中よ。いつお戻りかは患者の容態次第」

 

「なによ、いつもいつも外出中って!仮にもここ病院でしょ!患者診る気あるの?」

 

「ここは病院じゃなくてあくまで薬屋ね。とりあえず問診票だけは作りましょう。

カシオピイアさんだったかしら。この書類の太枠内の必要事項を記入して」

 

「はい……」

 

アンプリがバインダーに挟まれた問診票とペンをカシオピイアに渡した。

彼女が名前を初めとした個人情報を書き込んでいく。

途中、不意に手が止まって、あたしに聞いてきた。

 

「里沙子、“保護者”の欄は、誰を書けば……?」

 

「空欄でいいわよ。それ子供用の項目だから」

 

“書いてねー。死んじゃったらどこに連絡したらいいかわからないから”

 

何が入ってるか分からないダンボール箱を動かしながら、

奥の部屋からアンプリが注文を付けてきた。面倒くせえ。

 

「ああもう!とりあえずあたしの名前書いて。斑目里沙子。

あ、もう何回も言ったわよね」

 

後は簡単な質問。アレルギーはあるかだの、飲酒や喫煙の習慣だの。

そこら辺は地球の病院と大して変わらなかった。

カシオピイアが書き終えた問診票をアンプリに渡す。

アンプリは、余白らしき所に先生宛の連絡事項のようなものを記入。

彼女は改めて問診票に目を通しながら、あたし達に質問してきた。

 

「ねえ、里沙子ちゃんとカシオピイアさん。最初に出会ったのはいつ?」

 

「大体1月前くらいかしら」

 

「ええ……それくらい」

 

「そうなの?ふーん……」

 

アンプリはどこか腑に落ちないような表情で、首をかしげる。

 

「何よ。何かわかったの?」

 

「えっ?ううん、私にはなんとも……

とにかく先生に問診票を見せないと、なんとも言えないわ。

とりあえず採血だけして、今日はおしまいにしましょう。2人共、処置室に来て」

 

「ちょっとちょっと。カシオピイアはともかく、なんであたしまで?」

 

「…この娘は、里沙子ちゃんを見ると酷く興奮するんでしょう?

何らかの体内物質がカシオピイアちゃんの脳に働きかけてるかも知れない。

ちゃんと両方検査しなきゃ」

 

「そう、よね……」

 

確かに言うとおりなんだけど、

なんだかうまくはぐらかされたような気がするのは、思い過ごしかしら。

でも、アンプリの言うことも、もっともだから二人共大人しく採血を受けた。

 

「はい、おしまい。2人分の処置と血液検査、合わせて50Gね」

 

あたしは銀貨5枚をカウンターに置く。これで何か分かるといいんだけど。

 

「結果は……そうね、2週間後にわかるわ。また来てね」

 

「お願いね。先生によろしく」

 

「ええ。お大事に」

 

結局その日は何もわからないまま、あたし達は薬局を後にした。

ドアが閉まった後、アンプリが、

 

「困ったわ。どう伝えたものかしらね……」

 

そんな事をため息交じりにぼやいていたとは知る由もなく。

 

一方、余計な寄り道する気なんかさらさらないあたし達は、

飯を求めて酒場への道を歩いていた。

また南側エリアへ向かうべく、南北をつなぐ広い街道を進む。

 

「そんじゃあ酒場で飯食って帰りましょうか。

少しだけど血を抜いたから、あたしはステーキ食う」

 

「わたくしはチーズハンバーグプレートがいいです!」

 

「では、わたしはシチューと白パンのセットを」

 

「えと……ワタシは……」

 

「別に向こう着いてから決めりゃいいわよ。メニューに色々載ってるし」

 

飯の会話で盛り上がっていると、市場を抜けて広場に出た。

酒場や駐在所があって、更に西のエリアにもつながってる。ここに来るのも久しぶりね。

来たいわけじゃないけど。

駐在所の前を通りかかると、やっぱり指名手配の看板が目につく。

魔王のポスターが剥がされてる。近づいて感慨深げに眺めると、妙な賞金首を見つけた。

 

 

・悪ガキ アルティメットカードバトラー(自称)・青龍のシグマ 100G

 注:生け捕りのこと

 

 

「なにこれ、最安値更新来たわね。アルティメットカードバトラー(笑)って一体何?」

 

“ああ……早撃ち里沙子じゃないか。しばらくぶりだな。なんかあったのか?”

 

珍しく居眠りしてない小太りの保安官が、背もたれの大きな椅子に身を預け、

相変わらずやる気なさそうに、開け放ったスライド式ドアの奥から話しかけてきた。

なんとなく興味が湧いたから、金貨たった1枚の賞金首について聞いてみた。

 

「ちょっと旅行に行ってたの。それで、こいつは何やらかしたの?」

 

“大したことじゃあない。俺は最強のカードバトラーだの、頂点に立つ男だの、

意味不明なことを喚き散らしてて近所迷惑だから通報が来た。

追い出そうと近づくと、変なカードで魔物を呼び寄せてくる。

おまけに奴が陣取ってる場所が麦畑の真ん中だから、収穫の邪魔で困ってる。

いくら馬鹿でもガキを殺すのは忍びないから、

誰か追い出してケツをひっぱたいてくれって事さ”

 

「魔物を召喚って……結構ヤバい奴なんじゃないの?本当に賞金これでいいの?」

 

“大丈夫だ。間近で見たやつによると、どいつもただの立体的な映像だったって話だ。

何か攻撃能力がある可能性がゼロじゃないから、賞金はそのしけた確率の危険手当だ。

ボランティア精神があるなら挑んでくれ”

 

なるほど。他の賞金稼ぎなら見向きもしない額だけど、

この娘はこれからこの街に通うことになる。顔見せにはちょうど良さそう。

あたしは振り向いて、カシオピイアに提案した。

 

「ねえ、カシオピイア。こいつを退治してみる気はない?」

 

「ええっ!ハッピーマイルズに来ていきなり賞金稼ぎなんて……無茶です!」

 

「でもよう、たった100Gだぜ?しかもコイツはプロの軍人だし」

 

「確かに油断は禁物ですが、賞金額にはそれ相応の理由があります。

本当に100G程度の相手なのでしょう」

 

「そういう事。まぁ、無理強いはしないわ。

面倒くさいなら、このまま酒場で派手に飲み食いしてもいいし」

 

「……ます」

 

カシオピイアがぽつりとつぶやいた。

 

「えっ?」

 

「ワタシ、この賞金首を捕まえます。

皆さんの役に立って……この街に、溶け込みたいです」

 

「お、やる気になったわね。

これからハッピーマイルズでも戦いにならない保証はないからね。

確かに地の利を把握するにはショボくても実戦が一番よ。

……保安官さん、その馬鹿はどこに?」

 

“ここから更に西へ進んだところにある小さな麦畑だ。やってくれんならありがたい。

クレーム対応で本官はもう眠い。ふあぁ”

 

「ありがとー。パッと行ってサッと帰ってくるわ。

みんな、悪いけどご飯はちょっと待って」

 

「ああ。100Gぽっちの賞金首がどんな奴か見たくなったぜ」

 

「きっと軍人さんだから、あっという間にやっつけちゃいますよ~」

 

「注意書きにもありましたが、くれぐれも命を奪うことのないように」

 

「……わかった」

 

あたし達は市場前広場から更に進み、次第に建物より畑のほうが目につくエリアに出た。

収穫間際の小麦が金色に光る様を眺めて目を楽しませていると、例の賞金首が目に入る。

すんごい見つけやすい奴だから見落としようがなかった。

 

何色にも染めた髪を、ギザギザの形に固めた変人。

左腕に、“く”の字型の機械を装備してる。

あたし達は小麦畑に入り込んで、アルティメットカードバトラー(笑)に声を掛けた。

 

「ねー君が100Gぽっちのカードバトラー君?」

 

「ふん……新たなる挑戦者が来たか。面白い、受けて立とう。

だが!貴様がこの青龍のシグマに勝つことはできない!

カードも、実力も、そしてカードバトラーたる魂も!

全てにおいて貴様を遥かに上回っているからだ!フゥーハハハ!!!」

 

「戦うのはあたしじゃないの。この娘」

 

カシオピイアをシグマの前方に連れ出す。

念の為いつでもクロノスハックを発動できるようにはしてある。

けど……左腕の装備は明らかに遊○王の影響丸出し。というか丸パクリ。

一体どこから仕入れたのか知らないけど、何やらかすかちょっと楽しみね。

 

「カードバトラーなら誰でも構わん。

しかし!バトルの果てに勝利の栄光を掴むのは、この俺において他にいない!

フゥーハハハ!」

 

「……あなたがここにいると、農夫さんが迷惑。お願い、どいて」

 

「貴様っ!この青龍のシグマに指図するとは、100年早いわ!俺は俺のロードを往く!

立ちふさがるものは、全て我が下僕達が粉砕してくれるわ!」

 

「どうしても、だめ?」

 

「俺を退けたければ、カードバトルで俺を倒すがいい!

しかぁし!貴様は既に死地に足を踏み入れていることに気がついていない!

何故なら!カードバトルで常勝無敗を誇る、青龍のシグマという、

眠れる獅子を目覚めさせてしまったからだ!」

 

龍かライオンかどっちかにしなさいな。ルーベルは既に飽きて寝転んでる。

 

「さあ、構えろ!いざ尋常に、レディ・マキシマイザー!!」

 

>シグマ LP4000

>カシオピイア LP4000

(ピロリロリロリロ)

 

シグマは左腕の装備(仮にカードホルダーとでもしましょうかね)の、

タッチパネルに触れる。

すると、画面内でルーレットが回りだし、シグマの名を表示した。

 

「先攻は俺だ!往くぞ、俺のターン、ドロー!」

 

ホルダーから1枚カードが排出される。

それを手に取ると、シグマは不敵な笑みを浮かべ、宣言した。

 

「やはり天は俺に勝利しろと言っている!

俺は手札より、モンスターカード、“敗者の行進”を攻撃表示で召喚!

このカードが攻撃表示で召喚された時、

デッキから敗者の行進をもう一体特殊召喚できる!」

 

ホルダーからカードがもう一枚。奴がホルダーの読み取り機に置く。

何がしたいのかはさっぱりだけど。

単純に攻撃力と防御力で勝負が決まってた頃が懐かしいわ。

サンダーボルト使いまくってた男子がひんしゅく買ってたっけ。

あと、保安官は一応心配してたけど、やっぱりただのホログラフみたい。

ジョゼットとエレオノーラが珍しそうに触ってる。

 

「さらに!俺は2体の敗者の行進を生贄に、レベル4のモンスターを一体特殊召喚できる!

俺が召喚するのは……“ステルス戦車ブラック・ウィドウ”!

同時に、ブラック・ウィドウの特殊効果が発動!

ブラック・ウィドウは攻撃表示で召喚された時、

相手モンスターにバトルを仕掛けるまで、

一切の攻撃・魔法・特殊効果によるダメージを無効化する!」

 

「……」

 

「フッ、この鉄壁の盾に驚くのはまだ早い!

カードを1枚伏せ、ターンエンド……ではないのだよ!

さらに手札よりマジックカード、“終わらないファイナルラップ”を発動!

このカードの効果により、貴様のターンはスキップされる!

よって、またしても俺のターン、ドロー!

……やはり、俺は知と力とカードの神に愛されているようだ。

俺はモンスターカード、“弾切れ寸前のマシンガンタレット”を攻撃表示で召喚!

震えるがいい!弾切れ寸前のマシンガンタレット1体を墓地に送ることにより、

その特殊効果で、LV2以下の機械系モンスターを2体特殊召喚することができる!

俺は召喚するのは、“当たらない改造銃”2体!

クックック……これがどういう事か貴様にわかるか?

俺のフィールドに、合計3体の機械系モンスターが出現した!

この時、手札よりマジックカード“千年生きたガンスミス”を発動!

このカードは、攻撃表示の機械系モンスター3体を融合し、

LV8の超高レベル機械モンスターを特殊召喚することができるのだ!

出でよ!“フルメタル・ドラムファイアー・ドラゴン”!!戦慄するがいい!

手持ちモンスターの無い貴様は、

フルメタル・ドラムファイアー・ドラゴンの攻撃で2800のダメージを受けてもらう。

だが、恐怖はまだ終わらない。フルメタルドラゴンの特殊効果で、ライフを1000払い、

更にLV4以下の機械系モンスターを召喚!

爆走せよ!“あの世送りの寝台特急”!寝台特急の攻撃力は1200、

2体の攻撃力は合わせて4000!フルメタルドラゴン特殊効果のペナルティで、

俺のターンは強制終了だが、貴様のターンが終了した時、それが即ち貴様の最期!

さあ、あがけ!盾となるモンスターを召喚し、ただただ無為に命をつなぐがいい!

もっとも、それを許す俺では」

 

「うるさい」

 

バシン!

 

一発の銃声。彼女の右手に紫の鉱石を削って形作った銃が。

ドローはドローでも意味が違うわよ。イラつくのはわかるけど。

 

「あ、がが……ドローした瞬間、相手プレイヤーにダイレクトアタックだと?ガクッ」

 

>シグマ LP0

(ピロリロリロリロブー)

 

「だめじゃない、カシオピイア。殺すなって言われたでしょう?」

 

「大丈夫。魔力を調節した衝撃弾。気絶してるだけ」

 

「あら便利。その銃も魔道具なのね。……ほら、ルーベル起きて」

 

「んあ、終わったのか?」

 

地面に敷かれていた藁から身体を起こすルーベル。

カシオピイアはシグマの両腕を稲穂で縛って、担ぎ上げた。

それを見たジョゼットとエレオノーラが彼女に駆け寄る。

 

「わーい!カシオピイアさんが勝った!」

 

「おめでとうございます。

見返りは少なくとも、街の皆さんからの信頼が得られるでしょう」

 

「うん、ありがとう……」

 

それからあたし達は来た道を引き返して、駐在所に馬鹿を放り込んだ。

保安官が細い目を丸くする。

 

「おおっ?本当にやってくれたのか。いや助かる。

まぁ、金貨1枚で大げさだが、手続きは手続きなんだ。こいつに記入してくれ」

 

「はい……」

 

カシオピイアが、受け取り証に名前と必要事項を記入すると、

保安官が金庫ではなく鍵の付いた小銭入れから、金貨を取り出し、彼女に渡した。

 

「ご苦労さん。本官はコイツを留置所にぶち込むので、これにて失礼」

 

「ありがとう」

 

あたし達が駐在所から出ると、後ろから大声が聞こえてきた。

 

“待てえぇ!勝負はまだだ!俺のトラップカードにより戦闘ダメージは……!”

 

“黙れこのバカタレ!今日一日は臭い飯を食ってもらうぞ!オモチャも没収だ!”

 

“やめろぉ!それには俺が組み上げた最強のデッキが!!”

 

“本官に触れると公務執行妨害で懲役刑になるぞ!”

 

“……”

 

手にした金貨を珍しそうに見つめながら歩くカシオピイアに声を掛けた。

軍人は上からの命令でターゲットが決まるから、賞金稼ぎは初めてなんでしょうね。

 

「よかったじゃない。もうみんなの噂になりはじめてるわよ、あなた」

 

「もう?」

 

「酒場ってのは、いち早く情報が集まる場所なのよ。行けば分かるわ」

 

多分、史上最も哀れな賞金首を無事退治したあたし達は、隣の酒場に入る。

一見さんのカシオピイアを連れたあたし達を見た客たちが、

さっそくひそひそ話を始める。

 

“おい、里沙子んとこの新入りだぜ”

“いきなり賞金首ふんづかまえたらしい”

“帝都の軍服じゃない。安い仕事でも手を抜かないとは、さすがね”

 

「ほら、ね?」

 

カシオピイアは嬉しそうな、少し照れた様子でうなずいた。

あたし達がテーブルに着くと、ソフィアがオーダーを取りに来てくれた。

 

「あ、里沙子久しぶり!最近見なかったけど、どっか行ってたの?」

 

「ソフィアも久しぶりね。ちょ~っと遠くまで旅行にね。さあ、みんな注文注文」

 

全員がそれぞれ好みのメニューを注文する。

ドリンクは、ジョゼットとエレオノーラがオレンジジュース。

食事を取らないルーベルは、飯を兼ねたクリームメロンソーダ。お気に入りらしいわ。

あたしとカシオピイアは、りんごが香るエール。

要塞にいた頃は飲んだことがなかったらしいから、あたしが勧めたの。

 

……さて、料理もドリンクも揃ったところで、食事を始めましょうか!

 

“かんぱーい!”

 

みんな、それぞれの夕食を口に運ぶ。

まぁ、新人歓迎話としては割と問題なく終わったんじゃない?

カシオピイアの生活用品や布団なんかは、ここに来た時に持ってきたから、

誰もが飽きてる買い物話を繰り返さずに済んだし。

エールが上手い。いつもこうだと助かるんだけど。お味はどう?

 

「……さこ」

 

「どうしたの?エールの香りは気に入った?」

 

「里沙子おぉぉ!つきゃあああ!ピア子を抱きしめてええ!!」

 

「は!?」

 

一日ずっと落ち着いてきたピア子が発狂モードになって襲いかかってきた。

周りで悲鳴が上がり、驚いた客が騒ぎ出す。

 

「どうしちゃったの、ピア子!さっきまで大人しくしてたじゃない!……はっ!」

 

よく見ると彼女の顔が真っ赤。もしかしてあなた、お酒弱いの?

勘弁してよ、これ4.5%よ?

 

「ピア子だけのおぉ!仲間!里沙子、ワタシと、暮らすのおお!」

 

「カシオピイアさん落ち着いてください!」

 

「あうあう……止めなきゃまた叱られるけど、やっぱり怖い!」

 

「ひでえ馬鹿力だ!里沙子なだめろ!」

 

“ああ、やっぱり里沙子は○○なのか……”

“ちょっといいな、って思ってたのに、残念”

“道理で女の子ばっかり……”

 

「今勝手なことほざいた奴、ドラグノフの照準調整に使ってやるから横一列に並べ!」

 

どうしてもこの世界は、あたしの幸せが気に入らないみたい。

店員もみんなパニックになったから、食事もそこそこに、

金貨をひとつかみテーブルに置いて、ピア子を引きずって逃げ帰った。

 

 

 

 

 

……今日も里沙子やみんなに迷惑を掛けてしまった。布団の中で自己嫌悪に陥る。

どうしてなんだろう。

里沙子を見ていると、ずっと求めていたものがそこにある気がして、

何としても手放したくなくなる。

やっぱりエレオノーラが言っていたヤンデレという病気なのだろうか。

目を閉じて考えを巡らせていると、いつの間に夢の世界に落ちていた。

 

 

“ううっ……ごめんなさい、カシオピイア”

 

ワタシを呼ぶのは、誰?

 

“ここなら、軍人さんが守ってくれるから……”

 

待って。行かないで。

 

“あなたを育てられないママを、許して”

 

置いて行かないで!

 

“悪いママで、ごめんなさい……”

 

 

気づくと夢から醒めていて、なにもない宙を掴んでいた。

 

 


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