前回は酔っぱらいスタートでお見苦しいところをお見せしたから、
今日は一日シラフで行くわよ。
ここ2,3日、酒は飲んでないし、間違っても途中で呑むなんて醜態を晒すこともないわ。
前振りじゃなくて本当に。
「里沙子さん、誰と喋ってるんですか?もうお昼ですよ~」
「天国にいる人達よ。今行くわ」
今行くわ、と変換しようとしたら、“今いくよ・くるよ”が予測変換に出てきたの。
いくよにしろ、島木譲二にしろ、あたしの思い出の吉本芸人が、
次々世を去っていくのは悲しいものね。関東の方には全然伝わらないと思うけど。
そんなわけで、小走りでダイニングに向かったの。
「何遊んでたんだよ、みんな待ちくたびれてるぞ」
「ごめんごめん、聖堂で故人を偲んでたら遅くなっちゃった」
「まぁ、里沙子さんも大事な方を亡くされたのですか……?」
「古い話よ。
まだ小学校の土曜に午前授業があった頃、学校が終わると駆け足で家に帰って、
昼ごはんを食べながら、吉本新喜劇で彼の姿を見るのが楽しみだったわ」
「素敵な方だったのですか?」
「ええ。身体を張ってあたし達に笑いを届けてくれたわ」
「アースのコメディですか!?どんな笑いだったのか気になります~!」
「大阪名物パチパチパンチや!とか、ひえ~山延暦寺!とか、ポコポコヘッドや!とか」
「……」
「あと、ご存命だけど、お気に入りの新喜劇芸人は他にもいるわ。
藤井隆は毎週出てくる度に、今日は“ホットホット”やるのかしらって、
ワクワクしながら待ってたし。ある時期を境にぱったりやらなくなったけど」
「……」
「最近調べたんだけど、アスパラガスの人が意外と若くて驚いたわ。
小学生の頃から見てるのに。ほら、大阪ガスのCMの」
「……食おう、みんな」
ルーベルの冷たい宣言と共に、各自、食事前のお祈りを始めたり、
ジョッキの水を飲み始めた。なによ、みんな実際見てないから面白さがわかんないのよ!
あたしは無理解な住人に失望しつつ、オムライスを頬張り始めた。
「そう言えば里沙子さんとカシオピイアさん、
今日血液検査の結果が出るんじゃないですか?」
「あ、そういやそうだった。最近はこの娘もわりと大人しいからすっかり忘れてたわ」
「お前なあ……」
「そう。今日なの」
「じゃあ、これ食べ終わったら薬局に行きましょうか。食料の買い出しもあるし」
「やったー!」
「……前から思ってたんだけど、あんたあの街の何がそんなに好きなわけ?
あたしは酒場のエールとマリーの店以外はなにもない。
特に市場の馬鹿騒ぎには恨みすらある」
「えーっ?楽しい所一杯じゃないですか。人々で賑わう市場とか、
わーっと走り出したくなる広場とか、いろんな物を売ってる商店とか」
「まさに、LOWとCHAOSの対極ね。特殊合体したらシヴァが生まれそう。
つまり、人混みで頭痛がする市場や、モニュメントのひとつもなくて殺風景な広場や、
油断してるとぼったくる商店が好きなわけね。
あの街には適度な娯楽が必要だわ。カジノのひとつでもあれば、
くだらん噂話で喜んだり、不実な商売ばかり考える連中も減るってもんよ」
「お前が遊びたいだけじゃないのか~?」
「悪いけどあたしはギャンブルが嫌いなの。
街の連中の邪念を発散してくれる施設を作ってくれないか、
今度将軍に会ったら聞いとかなきゃ」
気がついたらオムライスを平らげてた。みんなはまだ少し残ってるから手持ち無沙汰。
母さんにもいつも言われてたわね。
あんたは食べるのが早いからもっと噛んで食べなさいって。
でも、自分じゃ普通のペースで食べてるつもりだし、
20回噛むなんて、かったるいことやってらんない。
学生時代から、ずっと一人でお弁当食べてたことも原因だと思うけど、
楽に治す方法はないかしらねえ。
コツ、コツ、
その時、玄関をノックする音が聞こえてきた。
ちょうどいいわ。みんな食ってる最中だし。
「あたしが出るわ。みんなは食ってて」
「……ありがとう」
聖堂に行くと、またノックが。はいはい、ちょっと待っててちょうだいな。
「どなた?ミサは明後日なの、ごめんなさいね」
“斑目里沙子に用があってきたの。わたしに、カードをちょうだい!”
あらー?これ、前回の再放送じゃないわよね?
“前回のうんざり生活で、掲載済みの作品を、まちがって掲載してしまいました。
本当にごめんなさい。これからも、どうか、応援してください。”
一応お詫びのテロップは用意したけど、やっぱり違う!
今日は酔ってないし、誰もオムライスなんて食ってなかった!
とにかくあたしは情報を引き出す。
「名前を教えてくださるかしら。田舎だけど、近頃なにかと物騒だから」
“パルカローレ・ラ・デルタステップ。
ホワイトデゼール東に隣接するレインドロップ領の領主よ”
ふーん。こないだの貴族よりは大人しいわね。ドアを開けても良さそう。
後ろに食事を終えた連中がぞろぞろ集まってる。
念の為、ホルスターに手をやりながら、左手でゆっくりドアを開けた。んだけど、
髪を整えた若い執事らしき男性しかいない。
「あら?あんたがさっきの女の子?」
「いえ、領主様は……」
「どこを見ているの!?わたしは、ここ!」
思わぬ方向からの声に驚きながら下を見ると、黒のロングヘアを腰まで伸ばした、
小さな女の子が、魔女っぽいクリーム色のダブダブのローブに身を包み、
不機嫌そうな顔であたしを見てた。
「あら、たまげたわね。
トライデントの例もあるけど、こんな幼女が領主になれるなんて。あなた、いくつ?」
「くっ……わたしは、二十歳よ!7つや8つで領主が務まるわけないでしょう!!」
パルカローレって女の子が、袖の余った手をパタパタさせて怒りを表現する。
そういう仕草も幼女っぽく見えるんだけど、忠告したほうがいいのかしら。
「二十歳ぃ?いや、ごめ。自分自身って事例があったの忘れてたわ。
あたしも24だけど、よく高校生に間違えられるの。
あなたの苦労、少しはわかるつもりよ」
「ふん……まあいいわ。わたしの用件を聞いてくれたら許してあげる」
「用件って?」
さあ、盛り上がってまいりました。
この物語で盛り上がるってことは、すなわち、面倒事が起きること。
「わたしにもカードをちょうだい!
あなたが先日、トライジルヴァ家に新しいカードの材料を渡したことは筒抜けなのよ!
ホワイトデゼールの西側と東側、魔王が倒れるまでは同じ危険地帯を監視してきたのに、
これじゃ不公平よ!いくつ渡したの?いくらで売るの?」
めまいがしそう。ユーディの件については、カードを渡したのはマーブルだし、
よく考えたら1Gも儲かってない。お土産代で足が出たくらい。
「はぁ。しょうがないわね」
「なるべく強いのをお願い!」
あたしは財布から、ゼロノスのキラカードを抜いて、彼女に渡した。さらば思い出。
パルカローレが不思議そうに緑色の勇姿を眺める。
「……何これ?」
「いつかこの世界にガンバライドが流れ着いたら、大きな力になってくれるわ」
「ガンバライド?何それ」
「子供たちを中心とした大人気(だった)カードゲームよ。
それあげるから、王蛇かカイザが当たったら、あたしにちょうだい」
「馬鹿にしないで!」
彼女がゼロノスを足元に叩きつけた。ああ、なんてことを。
「どうしてトライジルヴァが新たな力で、デルタステップが子供のオモチャなの!?
不公平だわ!ちゃんとした戦力になるカードをちょうだい!」
そもそもあんた達に何かやる義理はないんだけど……
とりあえず、ぷんすか怒る彼女をなだめようと試みる。
「落ち着いて。最近のオモチャは馬鹿にできないのよ。
しっかりした出来栄えで大人も集めるくらいなの。
ほら、一緒にガンバライドのテーマ歌いましょう。
……二つのカード結びつける~」
最近よく歌うね、って?どの程度までなら運営の目をかいくぐれるか、研究してるの。
まさしく神をも恐れぬデスゲーム!明日もし、この作品が削除されてたら、
やり過ぎたんだと察して、手を合わせてやってくれるかしら。
明日もし?……明日もし君が壊…。
「自殺行為はやめてくださるかしら!わたし達まで巻き添えを食うのよ!」
「わかった、わかった、悪かったって」
「頭撫でないで!」
どうしたもんか思案中。今回は暴れたりしない分、皇帝陛下の印籠も使えない。
かと言って、またマーブルにカード貰いに行くのも嫌。
今度借りを作ったら、新しいお洋服買って~とか言ってへばりついてくるに決まってる。
別に大した金額じゃないけど、これ以上贅沢を覚えさせるのはよろしくない。
「相応の代金は支払うと言っているの!
トライジルヴァ家に後れを取る訳には行かないわ!」
ん?何かひっかかるわね。まるで2つの勢力間で争ってるような?
「確かにユーディは沢山カードをもらったの。ねえ、頼んで少し分けてもらったら?
あと、カードを渡したのはあたしじゃない」
「やっぱり、あいつらにカードをあげてたのね……!
それ、誰のことなの?教えて!トライジルヴァなんかに頭を下げるのはご免なのよ!」
うーん、教えたら今話した問題が起きるし、なんか腑に落ちない。
「一個人のプライバシーに関わるから、そう簡単には教えられないわ。
カードを集めてるってことは、あんた符術士なのよね?
ユーディは過去の行き違いで汚名を着せられた一族を集めて、
名誉を回復するって言ってたんだけど、
あんたとはうまく行ってないっぽいのはなんで?」
「そう、わたしは符術士だし、
恵まれない一族をレインドロップ領に集めて、符術士の楽園を作るのが夢なの。
皆がコソコソと人の目を気にせず、仲間同士で切磋琢磨して符術の腕を磨く。
そんな領地を作るのがわたしの夢。
なのに、ただの金持ちのトライジルヴァがしゃしゃり出て、
自分達が符術士達を率いると言って聞かないの!
没落貴族が皆の人生に責任を持てるはずなんてないわ!
自由に領地法を作れるし、領有地の運用権を持つレインドロップ家が、
一族をまとめ上げるに相応しいに決まってる!」
今度はリーダー争いかー。こりゃ前回よりややこしくなるかもね。
う~ん、カードカード……あ!あそこならひょっとしたら可能性あるかも?
「ねえ、今からみんなで街に行きましょう。どうせこの後行くつもりだったんだし」
「わ~い!お出かけお出かけ!」
「何か良い考えでも浮かんだのですか?」
「う~ん、やっぱり考えより賭けって感じだけど、何もしないよりはマシって程度」
「いいじゃねえか。ここでじっとしてるよりずっといいぜ。
真昼の陽気で眠くてしょうがねえんだ。ふわ~あ、と」
ルーベルが遠慮なく大口を開けてあくびする。
「決まりね。それじゃあ、カシオピイアも支度して」
「どこに、行くの?」
「あんたの知り合いの店よ」
「あ……」
それだけで納得した彼女は、一旦自室に戻る。
待ちかねたパルカローレが癇癪を起こした。
「何をグズグズしているの!とっくに馬車の準備はできてるのよ!」
「あのね、例え目的地が腐敗した臓物みたいな街でも、
女の子が出掛けるときには準備ってもんがあるの。
そこんとこ理解してないと、ますます子供扱いされるわよ。
ところで今日はあんた、すっぴんなの?」
「わ、わたしにはそんなもん必要ないわよ!ほら、素のままで結構可愛いでしょ?」
彼女が作り笑いをしてみせる。
んー。確かに可愛いっちゃ可愛いんだけど、手付かずなのは多分別の理由。
「なるほど、化粧の仕方がわからない、と。
正直に言えば姉さんメイクの手ほどきしちゃう」
「領主の仕事は忙しいのよ、マジで……顔いじってる暇なんてないわ」
自嘲気味につぶやくパルカローレ。
本当に疲れてるみたい。よく見るとちょっと肌が荒れてるわね。
「簡単な時短メイク教えるわ。その分じゃ化粧道具もなさそうね。
薬局行ったら簡単なセット買ってあげる。あ、カシオピイアおかえりー」
「それで、あなたは化粧しなくていいの?」
「クロノスハックでもう済ませた」
「意味がわからないんだけど。……あ、確かにさっきと違う」
「うん。あたしが顔に落書きしてるシーンなんて、誰も喜ばないから省略したわ」
「……お待たせ」
雑談で時間を潰してる間に、カシオピイアが支度を終えて戻ってきた。
地球じゃどうか知らないけど、ジョゼットやエレオノーラくらいの年齢なら、
まだ化粧しなくても十分行けるみたい。
羨ましいわね、歳を取るとどこに行くにも面倒くさい作業を余儀なくされるのよ。
「みなさん、どうぞこちらへ」
執事らしき人が大きな馬車のドアを開けてくれた。
全員が乗り込んでも狭苦しくないし、シートも座り心地がいい。
やっぱり金持ちの資産は幸せを運ぶものね。
「それじゃあ、お願いジョセフ」
「かしこまりました。……はっ!」
ジョセフっていう執事が手綱を握ると、2頭の馬が走り出した。
いつもは面倒な道のりも、今回は楽に通り抜けられる……と思ったのも束の間。
また野盗よ。出すなとは言わないから、
いい加減こいつらにまともな活躍のチャンスをあげたら?
公共交通機関じゃなくて、個人の馬車だから大丈夫だと思ってるらしいけど。
“こらー!止まれ!全員降りろ!”
外からやかましい声が聞こえる。あたしはため息をついてピースメーカーを抜く。
「ジョセフさんでしたっけ?
すぐ撃ち殺すから、そのままスピードを落とさず突っ込んで」
「馬が銃声で驚くわ。わたしに任せて」
彼女もひとつため息をついて、懐から小さなカードバインダーを取り出した。
そして、カードを1枚ドロー。
弾丸の側を駆け抜ける人影が描かれたカードに、魔力を込め、宣言した。
「マジックカード、“アクセル・F”発動。全味方モンスターは2回行動が可能」
“この爆弾が見えねえかー!……あれ?”
野盗が叫んだ瞬間、もう目の前に馬車はいなかった。
その頃、あたし達は馬車の中でもみくちゃになっていた。
いきなり超加速した馬車が、野盗をすり抜けていったのはいいんだけど、
シートベルトがない車内の状況はご覧の通り。
「あんたねえ……何したか知らないけど、加減ってもんを考えなさいよ。
いたた、変なとこ打った」
「痛いです~」
「カシオピイアさん、そろそろどいて頂けると……」
「あっ!ごめんなさい……」
「マジックカードで馬たちの足を早くしたんだけど、
モンスター向けのカードは、思ったより効き目が強すぎたみたい。
まぁ、とりあえず街には一瞬で着けたんだからよかったじゃない」
「え?」
窓の外には、ハッピーマイルズ・セントラルの門が見える。
ちなみに、この長過ぎる地名を短縮するため、
“セントラル”をフェードアウトさせようか思案中。そんな事はどうでもいいとして、
とりあえず崩れ落ちるように馬車から降りたあたし達は、
大勢連れ立って目的地に向かう。
ワイワイガヤガヤ。飽きもせずに商人や客がいちいち大声を上げながら商売してる。
馬車は門の近くに停めた。馬は雑草を食んでるけど、
銃声よりこのやかましい人混みのほうが精神的に悪影響だと思うがどうか。
それはともかく、あたし達は雑踏をかき分け強引に前に進む。
「お願いだから、“街を案内して~”なんて言わないでね。
ジョゼットが言い出す前に釘を刺しておく」
「心配無用よ。わたしも忙しいの。今週中には帰らなきゃ、秘書が過労死する」
「ミドルファンタジアにも過労死の概念があるなんて、
案外異世界も夢の国じゃないのね。分かりきってたことだけど。……こっちよ」
ようやく市場周辺の混雑から抜け出し、南北エリアをつなぐ道に出た。
でも、用があるのはその外れにある裏通りへの入り口。
いつも日当たりが悪くて冷たい風が吹く、異様な空間が口を開けて待っている。
パルカローレがその雰囲気に当てられて若干尻込みする。
「もしかして、ここ、入るの?」
「この先にお宝があるかも知れないのよ。迷う理由がどこにあるの。それに領主なら、
どこにでもこういう、別の意味で日の当たらないところがあることは、知ってるでしょ」
「わかってるけど、実際入ったことは……」
「じゃあ、みんな行きましょう。
途中、変なやつがいるけど、こっちから構わなければ何もしてこないわ」
慣れたあたし達はどんどん裏路地を進んでいくけど、
パルカローレはカシオピイアの服をつまみながら、
怪しいホームレスの前を不安げに通り抜ける。
「着いたわー。ここに来るのも久しぶりね。エレオノーラが来た次の日くらいかしら」
相変わらず“マリーのジャンク屋”のボロい看板が、
パチパチ弾ける雷光石で照らされていた。
「入るわよ。中、狭いから気をつけてね」
朽ち掛けた木のドアを開けると、いつも通り……いえ、以前よりガラクタが増えて、
パラダイスからユートピアにランクアップした、混沌の世界が広がっていた。
パルカローレは言葉を失ってドアの近くで突っ立ってる。
「こんにちはマリー」
「おおっ、今日は団体さんだねえ。うちが開店してから初めてだよー。
おんやあ?そこにおわすはレインドロップ領主、パルカローレさんではありませんか。
ご機嫌麗しゅうってやつ?アハハハ」
敬っているのかいないのか、あっけらかんとした口調で話しかけるマリー。
まあ、諜報員の彼女が各領地のトップを知らないはずはないけど、
本人はかなり驚いたみたい。
「どうしてわたしを?ハッピーマイルズとレインドロップは、
オービタル島の対角線上でほぼ正反対の位置にあるのに!」
「マリーさんは事情通なのであります!官民問わず有名人の顔は大体知ってるよん」
「そう……?」
なんだか納得してないパルカローレだったけど、口をつぐむしかなかった。
彼女の正体は帝都以外では知られてないみたいね。今度はマリーを見たカシオピイアが、
通常モードからお仕事モードにレベルアップ。敬礼しながら彼女に話しかける。
「情報官マリー、任務ご苦労様であります。本日は物資の補給要請に参りました」
「あー、知らない人の前でその呼び方はやめてほしいかなぁ……」
「はっ、失礼致しました!申し訳ありません!」
「いいよん。要するに買い物に来たってことでいいのかな?」
「はい。発掘品及び押収品の提供をお願いしたく」
「……ねえ、あの二人ってどういう関係?」
「さあ。付き合いは長いみたいだけど」
二人のやり取りを見ていたパルカローレの疑問を華麗にスルー。
ちゃらんぽらんな姉ちゃんと、帝都の軍人が上司と部下のように喋ってるから
無理も無いけど、こればっかりは教えられないわねえ。
今度はあたしがカウンター越しのマリーに声を掛けた。
「探し物があるの。あたしじゃなくて、後ろの領主さんが欲しがってるんだけど、
今から店をひっくり返す程、家探ししてもいい?」
「既にひっくり返ってるようなもんだから別にいいよ~何が欲しいのかな?」
「うん。カード型で、いろんな象徴的なイラストが描いてあって……」
あたしは、パルカローレが探しているカードの特徴を告げた。
マリーは目を閉じて腕を組み、時々うなずきながら聞いている。
「そういうアイテム、置いてない?」
「あるともないとも言えないなぁ……
どういうわけか、魔王が死んで以来、アースからの漂着物が増えてるんだー。
カード類はあそこら辺のスペースに押し込んであるけど、
正直どこに何があるのかわかんない」
「探すわ!よくわからないけど、ここは不思議な臭いがする。
わたしの求めるものがきっとある……ような気がする」
「うんうん。気が済むまで見てってよ、領・主・さ・ま」
彼女は幾つも並んだ棚に駆け寄り、必死に符術士用カードを探し始めた。
あたしも手伝おうとカウンターから離れようとしたとき、そっと腕を掴まれた。
マリーがいつか見たような真剣な眼差しであたしを見つめる。
「……また、来てくれたんだ」
「言ったでしょう。ここはあたしのパラダイスなの。
少し見ないうちにユートピアに変貌してたけど。……あっちの方の仕事は?」
「順調順調。まぁ、処分通り、ずっとここで働くことにはなったけどさ」
「いいんじゃない?帝都は綺麗な街だけど、住むにはちょっと騒々しいから」
「ふふっ。じゃあリサっちは駄目だね」
「地価も高いしね。
市場というダメージゾーンがないだけ、やっぱり向こうの方が素敵だけど。
じゃあ、行ってくる」
「なんか必要ならいつでも来てよ」
「あの不細工人形は?」
「だめー」
「やっぱりか。それじゃあ」
「うん、見つかったら呼んで。私はテレビ見る」
“松本アウトー(ダダーン) なんでやねん!おかしいやろ今の!!ああっ!”
それからあたし達は、マリーが見てるテレビの声を聞きながら、カード探しに没頭した。
最初はヴァンガードや遊戯王、
使い切ったプリペイドカードくらいしか出てこなかったけど、
次第に異質なカードが現れ始めた。
「パルカローレさん、これなんかそれっぽいと思うんですけど……」
「ビンゴよ!ありがとうジョゼットさん!」
「それが当たりなら、こっちもそうだと思うんだが」
「それそれ!ルーベルさんもありがとう!」
「この札にも不思議な力を感じます」
「どんどん出てくるわ!みんなこの調子でお願い!」
「これ……使い道が、わからない……」
「あるある!貴重なマジックカードよ!」
そんなこんなで、たくさん符術士用カードを手に入れたパルカローレが、
ホクホク顔でカウンターに向かった。
「店主、これ全部買うわ!いくらでも出すわ!」
「あー、10Gでよい。置いといて」
「へ……?」
やっぱりテレビを見ながら商品に目もくれず、適当な値段を付けるマリー。
符術士が喉から手が出るほど欲しがるほどのカード約10枚を、
たった銀貨1枚と言い放たれ、しばし呆然とするパルカローレ。
あたしは彼女の肩に手を置いて説明する。
「彼女が10Gと言ったら、例え金のインゴットだろうと10Gなのよ。ここはそういう所。
だから社会の片隅は面白いの」
「うん、そーいうことー。まいど」
「あ、ありがとう?」
「ほら、行くわよ」
キョトンとしたまま金を置いた彼女を連れ出して、元の大通りに出た。
あらやだ、もう夕暮れ間近じゃない。薬屋は今日は諦めましょう。
別に急いでるわけじゃないんだし、
夜になると、さっきの野盗より厄介なのが出るからね。
「みんな、もう帰りましょう。夜が近いわ。やっぱり馬車は楽でいいわね」
「……ねえ、あなた、他に用事があったんじゃないの?」
「ああ、別に一日遅れたからどうなるものでもないわ。夜の街道進むほうが面倒だしね」
「ごめんなさいね……」
「だからいいって」
あたし達はすっかり人気が少なくなった市場前を快適に通り抜けて、
街の前に停めておいた馬車に乗り込んだ。
馬がひと鳴きすると、あたし達の教会へ向けて走り出す。
ものの5分で屋根の十字架が見えてきた。
「着いた着いた。いつも微妙に疲れさせてくれる街道も、馬車だと楽チンね。
今度BM-13の武装を取っ払った、小型自動車作るのもいいかもね」
「それって、魔王の軍勢を壊滅させた……あ、あの女!」
ヤバいことに気づかれそうになったけど、別の対象に興味を移してくれて助かった。
ほんで、あの女って?草を踏みしめながら教会に近づくと……
うわあ、こないだ会ったばかりのお嬢様が、日傘を杖にしながら、
何故か死にそうになりながら立っている。顔が青ざめて目に隈もできてる。
「ユーディ・エル・トライジルヴァ!こんなところで何をしているの!」
「はぁ…はぁ…パルカローレ・ラ・デルタステップ……抜け駆けとは卑怯ですわよ」
「ふん!抜け駆けはどっちだか!あなたが里沙子に泣きついて、
新しいカードを工面してもらったのは、うちの諜報員から聞いているのよ!」
「あなたも、同じような、ものでしょう……
いくら金や土地を持っていても、カードの腕前は買えませんわよ。
さあ、こんな時間まで、何をしていたのかしら」
「新たな叡智を求める旅に出ていたのよ!
あなたこそ、北の果てからこんなところまで何をしに来たの!」
「マジックカード“アイル・オブ・スカイ”や“ワールウィンド”を駆使して、
ここまで来ましたの……ずっこいデルタステップの企みなど、全てお見通しですのよ」
「ずっこいのはあなたでしょうが!皇帝陛下との縁がなければ、何もできない癖に!」
「あなたこそ領主の権威を乱用して、符術士だけに有利な統治をして、
何も知らない領民から、重税を巻き上げているのはわかっていますのよ!」
どっちもどっちって言葉がこれほどまでに当てはまる状況があるかしら。
スパイ合戦してる暇や人があるなら、符術士の仲間探せばいいのに。
アホらしくなったあたし達は、夕食を取ろうと教会に入る。
「あ、待って里沙子!この決闘を見届けて!
わたしが勝利した姿を、みんなに伝えて欲しいの!」
「もう二人共やめときなさいな。ユーディ死にかけじゃない。
勝っても自慢になりゃしないわよ」
「い、いいのよ里沙子。これくらい、小娘相手にはちょうどいいハンデですわ……」
「あんたも。こないだのカードで満足したんでしょ?
こんなとこで馬鹿やってないで、一族探しに力入れなさい」
「やはり……符術士以外にはわからないようね!この因縁は!」
「その点についてのみ同感ですわ!ならば……」
──いざ尋常に!カード・オープン!
「ルールが必要なら、どっちかがぶっ倒れるまで続けなさい。骨は拾ってあげるわ」
ふぅ、始まった。果てしなくどうでもいい喧嘩を背に、あたしはドアを閉じた。
その後、夕食を取っている間も、シャワーを浴びている間も、ベッドに入った時も、
ずっと怒鳴り声や爆音が続いていた。
“マジックカード!「フォーチュンタロット・
敵味方両フィールドのモンスター全てを破壊する!”
“オホホ!そう来ると思っていましたわ!トラップカード発動!
「フォーチュンタロット・
復活したモンスター1体につき相手プレイヤーに300のダメージを与える!”
“皇帝におんぶにだっこのトライジルヴァらしいわね!
モンスターカード「鬼女ハンニャ」召喚!”
“受けて立ちますわ!モンスターカード!「モンジロウ・ザ・ノーザンウィンド」”
魔法の類に詠唱が必要なのはわかる。
でも、なんで、いちいち大声で奥の手の名前を叫ぶ必要があるのかわからない。
どうしてもわからない。あたしに言わせりゃこいつらもシグマと同類よ。
ひょっとしたら、符術士の末裔は、見つからないんじゃなくて、
単にこいつらと関わりたくないんじゃないかとすら思えてくる。
結局この騒ぎは朝まで続いて、よく眠れなかった。
翌朝。
身支度も朝食も済ませたあたしは、玄関のドアを開け放つ。
外には死体女2人が転がっていた。
「おはよー。死んでる?」
「まだよ…まだですわ。マジックカード、“その一口がブタになる”
ライフを300払って2枚ドロー。えっ、もうカード切れ……」
「ふふん、初歩的なミスね。ドローできるカードがなくなれば、そのプレイヤーは敗北。
このターンを消化すれば……あ、ない」
「はい、どっちも負け。適当に休んだらさっさと帰れ。
パルカローレ、化粧道具とレシピなら後で送ってあげるから、
ちゃんと睡眠は取るのよ?」
あたしはアホ2人を引っ掴んで、聖堂に放り投げた。
「ギャッ!」
「いだい!」
まったく、最近うちを困った時の無料相談所と勘違いしてる輩が多くて困るわ。
今度から相談料10000Gほど取ろうかしら。成功報酬でさらに5000。こんなところね。
さて、今日こそ薬局に行かなきゃ。
で、あたし達は足裏が少し痛くなる程度の道のりを歩いて、薬局にたどり着いた。
今日もカシオピイアは落ち着いている。彼女を見ると、うなずきだけで返事をした。
そして、あたしは入り口のドアノブを回して中に入った。