面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

38 / 143
軍人の正体とチビ助3人衆
フレンドいないやつにオントロはキツいわね。オフ専になったアサシンクリード万歳。


薬屋の中は、いつも通り薬品の臭いが微かに漂ってて、

アンプリがカウンターの向こうに腰掛けて何かをメモしていた。

話しかけようとしたら、先に向こうがこっちに気づいた。

 

なんだか浮かない顔をしているような気がする。

酒場で待ってろって言ったんだけど、ルーベル達もぞろぞろとついてきたの。

そのせいかもしれない。

まぁ、カシオピイアの暴走癖が治るかどうかのチャンスだからしょうがないけど。

 

「……あら、里沙子ちゃんにカシオピイアちゃんじゃない。他のみんなも。

どうして昨日来なかったの?」

 

「ごめん、ちょっとゴタゴタがあってさ。血液検査の結果、出たんでしょ?

先生に会わせて。

……あ、そうそう、あんた達。ただでさえ狭い店占領してんだから、

帰りにお菓子のひとつでも買って帰りなさいよ」

 

「わかってるよ、うるせーな。まず自分の心配しろよ」

 

「そうです~みんな里沙子さんとカシオピイアさんの体調が心配なんです」

 

「店主さん、大勢で押しかけてすみません。

結果が分かり次第すぐに立ち去りますので……」

 

「いいのよ。大体いつも暇だし。先生なら往診でいらっしゃらないわ。

患者の容態が思わしくないらしいから、いつ戻られるかもわかんない」

 

「ええ!?ちょっと、どういうこと!こういうのって、医師が直接患者に……」

 

「大声出さないで。昨日はいらしてたのよ?あなた達のために時間を割いて。

ちゃんと昨日来てくれてたら、直接結果を聞けたんだけど」

 

「まぁ、それに関しちゃこっちに落ち度はあるけど……じゃあ、結果はまた2週間後?」

 

「それは大丈夫。先生から所見を預かってるわ。検査の結果は私から伝える」

 

思わず胸を撫で下ろした。いつ眠れるピア子が目覚めるかわかんないからね。

アンプリが大きな封筒から、長い文章が書かれた紙を抜き取る。

ちょっと覗いてやったけど、ドイツ語。こればっかりはお手上げだわ。

書類に目を通すと、彼女があたしとカシオピイアを交互に見る。

 

「もう一度聞くわ。本当に二人が出会ったのは二ヶ月近く前のことなのね?」

 

「当然じゃない。あたしはアースの人間なんだし」

 

「ワタシは……この世界の、人間。出会ったのは、最近……」

 

「ふーん……これじゃどういうことなのか、先生にもわからないわねぇ」

 

「もったいぶってないで、教えてよ。結局何もわからなかったの?」

 

「違う。この結果が何を意味しているのかがわからない、っていう意味」

 

「ああじれったいわね!とにかく何がわかったのか聞かせてちょうだい!」

 

段々苛ついてアンプリを急かすあたし。

でも、彼女があたしの目を、ただじっと見てきて、

なぜかその水色の瞳を前に何も言えなくなった。

 

「じゃあ、結論から言うわね。里沙子ちゃんと、カシオピイアちゃん。

二人には同じ母親の血が流れてる」

 

「えっ?」「っ!?」

 

まるであたしが時間を止めたような静寂が、アンプリを除く全員に広がる。

しばらく口が効けなかった。カシオピイアと母親が、同じ?

当事者でないが故に、いち早く冷静さを取り戻したルーベルが声を上げた。

 

「待てよ!それじゃあ何か?里沙子とピア子は姉妹だったってのかよ!」

 

「お願い、今は二人に事実を伝えるのが先。静かにして」

 

「ああ……すまねえ」

 

事実って言われてもねぇ。ルーベルの仮説を成立させるには、

まずミドルファンタジアの人間がアースに転移して、何らかの手段で戸籍を取得、

そいつが父さんか母さんと結婚して、あたしを産んで、さらに成長したあたしが、

またミドルファンタジアに転移したっていう、

面倒極まりないルートを通らなきゃいけない。

あたしもひとつ息を呑んでからアンプリに続きを促す。

 

「……具体的な根拠を説明して」

 

「先生によると、あなたとカシオピイアちゃんの体内に存在する、

マナや魔力の波動がほぼ完全に一致してるの。

実の親兄弟でも珍しいくらいの適合率でね。

体力とイコールの魔力がここまで合致してるということは、

里沙子ちゃんとカシオピイアちゃんは、姉妹とは言い切れなくても、

親類であることは間違いないの」

 

黙って話を聞くうち、徐々に鼓動が早くなる。

得体の知れない事実を告げられ、必死に不安を顔に出さないよう努めていると、

カシオピイアがそっと手を握ってくれた。気のせいかしら、なんだかほっとする。

もう落ち着いてアンプリの話を聞くことができた。

 

「次は肉体的な見地から。血液を分析した所、

母親から受け継いだ遺伝子だけが一致してた。父親の方は似ても似つかないのに」

 

「DNA配列を解析?ここ、結構医学進んでるのね。

怪我したらアロエでも塗ってるのかと思ってた」

 

「コラ!お前がちゃんと聞かなくてどうすんだよ」

 

「ごめん、ごめん、お願い続けて」

 

軽口が出るくらい、いつものペースに戻る。カシオピイアは黙りこくったまま。

アンプリは気にした様子もなく、また所見に目を通す。

 

「この世界じゃ魔法はあらゆる分野に絡んでて、

アースの科学技術と同レベルまで押し上げてるところもあるの。医学もそのひとつ。

ふぅむ……ねぇ、本当にあなた達の親族に知り合い同士の人はいない?」

 

「何度も言うようだけど、あたしはアース出身。身内なんているわけない」

 

「ワタシに……家族はいない」

 

「親戚は?」

 

「ワタシは、赤ん坊の頃に捨てられたの……

要塞の前に捨てられたワタシは……生まれ持った魔力を見込まれて、

軍人として育てられた。ワタシにとっては、要塞が世界の全てだった……今までは。

だ、だから!ここでの生活を失いたくない。ワタシ、里沙子達と、一緒にいたい!!」

 

人前で喋るのが苦手なカシオピイアが拳を握って、声を振り絞って訴える。

あたしは黙って彼女の背中を撫でる。

 

「落ち着いて、カシオピイアちゃん。まだ何も結論は出ていないわ。

次は、そもそもどうしてこんな状況が生まれたのか考えて見ましょう。

実は不可解な状況がもう一つあるの。

どういうことかと言うとね、里沙子ちゃんの方が血が薄いっていうか、

マナに定着している母親の遺伝子が足りてないの。

なんて言えばいいのか……半分は生まれ持ったものじゃなくて、

後天的に注入された遺伝子が定着した。残りは産みの親から受け継いだ。そんな感じ」

 

「なんか、あたしが試験管の中で人工的に培養されたクローン人間みたいで素敵ね」

 

「だったら片方の遺伝子が、ぴったり一致してないとおかしい」

 

「サラッと流してくれてありがとう。

それじゃあ……今の所わかるのはここまでってこと?」

 

「現時点ではね。……いえ、カシオピイアさんの出自は不完全ながらわかった。

問題は里沙子ちゃんよ。覚えてる範囲でいいから、一番古い記憶から掘り起こしてみて。

妙な注射を射たれたとか、薬を飲まされたとか」

 

皆があたしを凝視する。やめて、集中できないでしょうが!

……とにかく、あたしは物心が付いた時からの記憶を回想し始めた。

昔のものほど断片的。

スタートは確か、幼稚園に上る前、宇宙戦艦ヤマトの再放送を見てたこと。

当時は何をやってるのかさっぱりわからなかった。この時点では他にない。次。

 

幼稚園ではアンパンマンの絵を描いたり、同級生と絵本の取り合いになったこと。

それと、何のためにやるのか未だに不明なお泊まり会。これくらいかしら。

小学校に入ると、唯一楽しみだったのが給食だけど、当たり外れが激しかった。

カレーライスが来たときはラッキーだと思ったけど、

水分出まくりでドレッシングがシャバシャバになった大根サラダは最悪だったわ。

 

あと、以前にも述べたけど、運動会ボイコットで母さんにビンタされた思い出。

あれ以来あたしのアウトドア嫌いに拍車が掛かった。他には、そうねえ、

なんか下校途中に横断歩道を渡った瞬間の記憶がぶつ切りになってる。

ビデオ見てる途中でいきなりデッキを停止したような……?

その空白を思い出そうとすると、いきなり激しい頭痛に見舞われた。

 

「ううっ!!」

 

思わずカウンターにより掛かる。息も荒くなる。

カシオピイアとルーベルに支えられて、どうにか足を踏ん張れたけど、

気持ち悪い現象が後を引いていて、まだ頭がズキズキする。

ここは飛ばして次行きましょう、次。

 

今度は……さっぱりわかんない。天井の蛍光灯が流れていく。

何人もの人があたしを運びながら、呼びかけてくる。見えるのはそれくらい。

ここ、どこだっけ?

 

 

“里沙子!死んだらあかん!!”

 

“ご家族の方はこちらへ!緊急手術が始まります!”

 

“先生、CTの結果が出ました!”

 

“貸してー……頭蓋骨骨折、頭頂葉付近に脳内出血。開頭手術を優先する”

 

“先生!先生、お願いします!”

 

“最善を尽くしますから、落ち着いてお待ち下さい!”

 

 

何?この意味不明な映像。病院っぽかったけど、さっきは家に帰ろうとしてたような。

また、足がふらついて倒れそうになる。

とっさにカシオピイアが支えてくれたけど、また変な映像が始まった。

 

 

“心拍、更に低下!”

 

“電気ショック用意”

 

“用意できました!”

 

“全員離れてー。3,2,1!” (ショック音)

 

──やめてよ、人が動けないのをいいことに針だの管だの差しまくって、

  挙句の果てに電気ショックとか。Dr.ミンチでもあるまいし。

 

“心拍は?”

 

“再鼓動せず……ゼロです”

 

“……18時25分。ご家族の方は?”

 

──あー死んだ。コンティニューさえできれば。

 

“待合室にいらっしゃいます” (駆け寄ってくる足音。しばらくしてドアが開く)

 

“困ります!ここは関係者以外立入禁止で!”

 

──なんか変なのが乱入してきた。乱入じゃなくてコンティニューをさせろと。

 

“お願いです、その子を諦めないで下さい!”

 

“……親御さんですか?”

 

──違う違う。このオバサン誰?本物はもっとオバサンよ。

 

“違います!でも、お願いします、私の血を使って下さい!そうすれば、まだ……”

 

“**さん、病室に戻りましょうね?”

 

──肝心の名前はどうしても思い出せない。

  この、下手すると○○扱いで拘束されても文句言えない、意味不明なオバサンが、

  なおも食い下がる。

 

“私の血なら助かるはずなんです!説明になってないのはわかっています!でも、その子なら、きっと!”

 

──とうとう訳のわからない事を言い出した。

  この人にも電気ショックが必要かもしれない。

 

“……血液型は?”

 

“先生!?”

 

──先生も納得してんじゃないわよ。怖いもの知らずね貴方。

 

“O型です!”

 

“再度蘇生を試みる。輸血にご協力下さい”

 

──え、輸血……?なら、思い当たるのは。

 

“はい!ありがとうございます!”

 

 

目を覚ますと、床に倒れたあたしをカシオピイアが抱きかかえていた。

眼前に、切れ長の目をした綺麗な顔。思い出した。

直接血の繋がりはないけれど、この娘は。

 

「しっかりして……里沙子!お願いだから、行かないで……!」

 

そっと彼女の頬に手をやる。

 

「わかったわ。そうだったのね……大丈夫、どこにも行かないわ。

あなたはあたしの、大事な、妹だから」

 

アンプリ以外が騒然となる。彼女はただ事の成り行きを見守っている。

 

「あたしの頭を見て。髪を分けると、縫ったような傷跡があるはず。

昔あたしが事故に遭って死にかけたとき、あなたのお母さんから血を貰ったの。

なぜかアースから来たあたしにマナが宿っていたのも、

あなたと同じ母親の血が流れているのも、きっとそのせい」

 

「お姉ちゃん……」

 

カシオピイアが、あたしの頭を優しく探ると、顔に熱いものが滴ってくる。

 

「泣くんじゃないの。あたし達は、同じ母親から命を貰った、姉妹。

まさか異世界で離れ離れになってたなんて、姉さんびっくり……」

 

そして、彼女が思い切りあたしを抱きしめる。

ピア子じゃなくて、普通の女の子として、優しく強く。

髪の香りがあたしの嗅覚を心地よく刺激する。

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!……会いたかった!もう、どこにも行かないで!」

 

「ふふ……さっきも、言ったでしょう?あたし達は二人だけの姉妹。

これからも、あの家で一緒に暮らすの」

 

「うくっ……ずっと、寂しかった!要塞しか帰るところがなくて、

寂しさが募ると暴れだして、みんながワタシを避けて、マリーしか仲間がいなくて……」

 

「もう大丈夫よ。お姉ちゃんはここにいる。

帰るお家もあるし、誰もあなたを避けたりなんかしないわ」

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」

 

堰を切ったように泣き出すカシオピイア。今度はあたしも彼女を抱きしめる。

結局あたし達に命を与えた女性は誰だったのか、今となってはわからないけど、

その命の片割れは腕の中にいる。それだけでいいの。

 

「里沙子とピア子が、本当に姉妹だったなんてな……」

 

「わだじも……なんだがもらい泣きが……」

 

「人の縁とは、本当に不思議なものですね」

 

カシオピイアが十分に泣いて落ち着きを取り戻すと、

あたしの肩を抱えながら立ち上がった。アンプリが所見にメモをして、封筒に戻す。

 

「これで、あなた達の関係は明らかになったわけね。

里沙子ちゃんの場合は、ある女性がミドルファンタジアからアースに転移し、

彼女から輸血された血に流れていた魔力が身体に宿り、

やがて体内でマナとして蓄積し、徐々に成長した。

その女性はカシオピイアちゃんの母親。

つまり、直接的ではないにしろ、二人は血縁関係にあった。これらの事実を総合すると、

カシオピイアちゃんの場合、里沙子ちゃんを見ると暴走するのは、

分かたれたマナが惹かれ合ったというところかしら。

里沙子ちゃんの方から飛びつくことがなかったのは、

受け継いだ血が薄かったからでしょうね。

普通輸血された血は、代謝で消えていくものなんだけど、

マナと血液が絡みついて今まで残ってたみたい。

……ふぅ、まさかこんな事があるなんてね。先生には私から報告しとく」

 

「うん。“先生”に、ありがとう、って言っといて」

 

「伝えとく。じゃあ、今日の診察代と所見作成、合わせて300Gね。

他のみんなは入り口そばの募金箱にいくらか入れといてね。

収益は当店の運営資金として有効活用される」

 

「ふふっ、相変わらず銭ゲバね。堂々と寄付金着服する病院なんて聞いたことない」

 

あたしは少し笑いながら、金貨を3枚置いた。

みんなもコトンコトンと何枚か募金箱に硬貨を入れる。

 

「医療機関の維持管理は回り回ってみんなのためになるのよ。私からの結果報告は以上。

さあ、もう行きなさい。今後のことは家で話し合って」

 

「ええ。ありがとうね」

 

「ありがとう……」

 

薬局を後にしたあたし達は、大通りを歩きながら、しばらく無言だった。

けど、途中でカシオピイアが手を握ってきた。あたしも、白く細い指を握り返す。

ルーベル達も、何か言いたかったと思うんだけど、黙って後から付いてきてくれた。

 

教会に戻ってからも、あたしとカシオピイアは、

長椅子に並んで座っているだけだったけど、そのうちあたしの方から口を開いた。

 

「ねえ、今となっちゃどうでもいいかもしれないんだけど、

あなたが暴走したとき、“聖母の眼差し”に触れると大人しくなったの。

その触媒には精神安定の効果でもあるのかしら」

 

彼女があたしの肩に頭を乗せながら首を振る。もう、大人なのに甘えん坊なんだから。

 

「いいえ。多分、お姉ちゃんのマナが、触媒を通してワタシに共鳴して、

安らぎを与えていたんだと思う……」

 

「そうなの……でも、もう心配いらないわ。

あたしはずっとここにいるし、あなたもここにいる。

気がつくのが遅れたけど、あたし達は姉妹なんだから」

 

「お姉ちゃん……」

 

そして、また手を握る。今くらいは気が済むまで甘えさせてあげましょう。

実際、それからカシオピイアが暴走モードになることはなくなった。

遠縁の姉妹として、あたし達は仲間達と一緒に、これからも一緒に生きていく。

時々おかしな訪問者に悩まされながら。

 

 

 

 

 

……で、きれいに締めたのはいいんだけど、まだ6000字くらいしか書けてない。

あのバカは無駄に字数にこだわってて、1話最低1万字前後をノルマにしてるから、

ミニエピソードの1つくらいぶっ込んでくるかもしれない。警戒は怠れないわね。

 

悪い予想というものは当たるもので。あれからまた一週間。

もう暴走ピア子はぱったり姿を消したけど、今度は今度で別の問題が。

黙って朝食を口に運んでるんだけど、皆がニヤニヤしながらこっちを見る。

エレオ、真顔になりきれてないわよ。

 

「……ねえ、カシオピイア」

 

「なに?」

 

「少し椅子を離してくれないかしら。ちょっとくっつき過ぎで正直食べづらい」

 

カシオピイアがあたしの真横に椅子を持ってくるもんだから、

身体が密着して動きにくいのなんの。

さっきもうっかり手が当たって、水の入ったコップを落としそうになった。

 

「……いや」

 

「あのねえ!?いくら姉妹でも大人なら独立心云々!」

 

「へへっ、いいじゃねえか。

20年越しに巡り合った姉妹なんだから、たっぷり甘えさせてやれよ」

 

「勝手なこと言うんじゃないわよ!どこ行くにもぴったりくっついて来て、

挙句の果てには一緒に風呂に入って、同じベッドで寝ようとするし!」

 

「だめ……?」

 

「だめに決まってんでしょうが!

ここ一週間ずっとこうなんだから、暴走モードとは違う意味で厄介だわ、まったく!」

 

そう。○○全開だった以前とは違って、理性を保ったまま甘えてくるから手に負えない。

喉を撫でると、余計喜んで抱きついてくるし、

背中の媒体に触れようとすると、軍人の鍛えられた反射神経で手を掴まれる。

 

そんなわけで、現状放置する他ないあたしは、

オーブンで温めたピザパンをかじって、煽るように水を飲む。

こんなあたし以外にとって面白い状況に、奴が黙っているわけもなく。

 

「でも、里沙子さん達、本当に可愛い姉妹です~

どう見てもカシオピイアさんがお姉さんなのに、

小さな里沙子さんに甘えてるとこにキュンと来ちゃいます……」

 

「石のように硬い安物フランスパンで百叩きされたくなかったら食事に戻れ」

 

「ああ、ごめんなさいごめんなさい!ぶたないで!」

 

「いいじゃないですか、里沙子さん。

生まれてからほぼ全ての歳月を孤独に過ごしてきた、

彼女の心の隙間を埋めてあげるのも、姉の務めだと思いますよ」

 

「はぁ。エレオノーラまで適当なこと言わないでよ。

あたしゃ黒服のサラリーマンじゃないっての。

……カシオピイア、甘えん坊は今週いっぱいまでだからね!?」

 

「……いや」

 

「こいつは本当に……!」

 

今まで一人っ子で育ってきたから分からなかったけど、

聞き分けのない妹を持つのがこれほど大変だったとはね。のんびり朝食も取れやしない。

とは言え、人から見たらあたしは早食いらしいから、

いつも通り一番先に食べ終えたんだけど。みんなはまだ食べてる。

この微妙な時間を水だけで過ごすのは、確かに退屈というか、変な気持ちね。

……いや?あらら、大事な話題を忘れてたわ。

 

「ねえ、この件について皇帝陛下はなんて言ってるの?」

 

「はい」

 

カシオピイアが例の音叉を差し出してきた。これをどうしろってのよ。

 

「……3回、弾いて」

 

「3回?これでいいの?」

 

人差し指で軽く音叉を弾くと、ぐわんぐわんと震え、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

“里沙子嬢、我輩である。事情はカシオピイアから聞いた。

……いや、まさか彼女が貴女の妹であったとは、我輩も驚きを隠せない。

どうしたものか、頭を悩ませておるところだ。

軍としてはアクシスの一員を失うのは大きな痛手だ。

だが、我がサラマンダラス帝国も、20年ぶりに出会った姉妹を引き裂くほど、

冷酷ではない。……よって、まずこの件は我輩の耳に止めておき、

最終的判断は貴女に委ねようと思う。

1つ、機密扱いになっているとは言え、先の戦で大きな要となり、

重要機密を握っている貴女の護衛をカシオピイアに任せる。

2つ、カシオピイアを再び要塞でアクシスの任に就かせる。

3つ、貴女が帝都に移住する。我輩の考えつく選択肢は以上だ。

しかし、我輩も忙しい。今日中に返事をもらいたい。

もし、返答なき場合は自動的に選択肢1が適用されるのでそのつもりで。

おっと、これより会議がある。貴女の結論を待つ。以上”

 

あたしは音叉を持ったまま、カシオピイアに聞いた。

この世界に留守電、いやどうでもいい。

 

「……ねえ、このメッセージが届いたのは、いつ?」

 

「おととい」

 

「じゃあとっくに手遅れじゃないの、このアホ妹が!」

 

思わず立ち上がって音叉を持ったままの手を振り上げると、

カシオピイアが怯えて小さくなる。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん……ワタシ、どうしていいか、わからなかった……

また、要塞に戻れって言われたら、ワタシ……」

 

黙って振り上げた拳を下ろす。ちょっと興奮しすぎたみたい。

 

「ごめん。いつの間にかジョゼットみたいな扱いになってたわね。

あたしもあなたに甘えてたのかも。心配するんじゃないの。カシオピイアの家は、ここ。

これからはなんか心配なことがあったら、あたしに相談しなさい。いいわね?」

 

ポンと妹の頭に手を置く。やっぱり身長差があるから、ちょっと変な格好になったけど。

 

「うん……ありがとう」

 

「あの、里沙子さんが今、気になることを……」

 

みんながジョゼットを無視しつつ、あたし達を見守ってくれる。

よく考えたら、あらすじ詐欺はすっかり解消されたわけだし、

もう細々したことにカリカリする必要ないのよね。

 

これからは底辺ユーチューバーみたいに、人に見せるに値しない、

あたしのグータラ生活をお送りすることになると思うわ。

ようやくあたしの望んだ世界が手に入ったことに、今更ながら気づいた。

このメンバーがあと何年一緒にいられるかはわからないけど、少なくともあたしは……

 

コン、コン、

 

そんなあたしの独白を邪魔するノックが。

みんなも何かを感じ取ったようで、聖堂の方へ首を向ける。

オーケー、オーケー、落ち着くのよあたし。新聞の勧誘だったら追い返せばいいし、

そうでなくても撃ち殺せばオールオッケー。

 

「みんなは食べてて。あたしが出るから」

 

「おい、気をつけろよな……」

 

「ごくわずかながら邪な気配がします。気をつけて」

 

「お姉ちゃん……」

 

「大丈夫、大丈夫だから。何のためにクロノスハック身につけたと思ってるの」

 

そう言いつつも聖堂の玄関に向かいながら、

あたしは少しばかり鼓動が早まるのを感じた。コツコツと古い木の床を歩きながら、

ドアの真正面に立たず、少し身をずらして呼びかけた。

 

「誰!」

 

返事がない。あたしは5秒だけ時間を止めて、

ドアを開けて外で待つ人物の正体を確認し、ドアを締めた。……はぁ、なにこれ?

世界を元に戻し、もう一度問いかける。

 

「黙ってたら永久に扉は開かない。名前くらい言えるでしょ?」

 

“どうすんの?マリモちゃん”

“マリモじゃないもん!ピーネちゃん言ってよ……”

“そういうのは!ガイアの役目でしょう”

“えーっ!どうしてこんな役ばっかりいつも僕なの?わかったよ、やればいいんでしょ”

 

そして、今度はゴツゴツと重いノック。

新調したばっかりだから傷つけないでほしいんだけど。

 

“あのう、こんにちは。僕はゴーレムのガイア。

それとあと、ヴァンパイアのピーネちゃんと、ゴーゴンのワカバちゃんです。

……お願いです、食べ物をわけてください。まだらめ・りさこさん”

 

あたしの名前を知ってることはどうでもいい。

問題はなんで知ってるのが“こいつら”だってこと。

とりあえず、ちゃんと挨拶出来たご褒美にドアを開けてあげましょう。

まず?ざっと説明すると変なやつが3人。

どいつもこいつもあたしの腰くらいの身長しかない。

 

どうせすぐお別れになりそうだけど、一応特徴を説明しときましょうかね。

はじめに、苔が生えてたり元々緑色だったりする小石で人の型を作ったようなゴーレム。

目だけが黄色く光ってる。

 

それと、勝ち気そうな雰囲気のドレスを着た女の子。

一見人間と変わらないけど、背中と頭に1対ずつコウモリのような羽を生やしてる。

赤が混じった黒のロングヘア。

 

最後に、みすぼらしい、うぐいす色のローブを着た、

気弱そうな緑のショートカットの女の子……だけど、

重要な点を見落とすところだったわ。束にしているように見える髪が、小さな蛇。

でも、宿主同様腹を空かせてるのか、ぐったりして襲ってくる様子はないし、

勘でしかないけど、噛まれたところで毒もないと思う。

ジョゼットに銃を持たせたら眼の前の野盗を撃ち殺せるか、で想像してくれると

分かってもらえるんじゃないかしら。

 

こんなところで十分ね。

これだけ出番貰えればゲストキャラとしてはいいところだと思う。

さて、追い出しにかかるとしますか。

 

「そう。ガイア君に、ピーネちゃんに、ワカバちゃんね。

今後があれば今後ともよろしく。食料は他を当たってちょうだいな」

 

「ちょっと!待ちなさいよ!いたいけな子供たち3人がお腹を空かせてるのよ!?

この可哀想な姿を見てなんとも思わないの?」

 

ピーネって言ったかしら。やっぱりこの中で一番声が大きそうな子が声を張り上げた。

あたしは軽口を叩くこともなく、からかうこともなく、ただ事務的に尋ねる。

 

「ねえ。なんでうちに来たらご飯が貰えると思ったの?」

 

「ここに、魔王様を殺した、“まだらめりさこ”がいるって聞いたの!

私達が魔界に帰れなくなって、ひもじい思いをしてるのも、あんたのせいよ!」

 

ピーネが眉を釣り上げて訴える。朝食を食べ終えたメンバーが後ろに集まって、

特にジョゼットが不安げに様子を見守ってる。

どうも皇帝陛下の箝口令が行き届いてないみたい。人の口に戸は立てられぬってことか。

あたしは表情を変えずに質問を続けた。

 

「親は?」

 

「……ママは、戦争で、死んだ。人間が作った、隕石を降らせるカラクリで。

そーよ!私達は、“せんさいこじ”なのよ!大人は子供を助ける義務がある!」

 

「魔王は、あんた達みたいな子供まで戦わせてたの?」

 

今度は、首を横に振る。

 

「ママが、連れてきた。魔界にひとり残しておくのは不安だったから。

私もママと行きたかったし、兄弟達はみんな敵。

跡目争いに毎日殺し合いに明け暮れてた。私だっていつ殺されてもおかしくなかった。

だから、ママと一緒にこの世界に来たの」

 

「ふーん。ちょっと待ってね。……エレオノーラ、あなたは部屋に戻ってて。

いくら子供でも、次期法王がモンスターとつるんでるって知られたら、

何かと面倒でしょ」

 

「でも……」

 

「カシオピイア。あなたの媒体でこの子達について調べて。

危険度が高ければ、この場で処分する」

 

「えっ!……わかった」

 

“聖母の眼差し”を取り出すと、

カシオピイアは3人のモンスターの子達をスキャンした。

 

「お姉ちゃん、結果が出た。

……古文書を検索した結果、ゴーレム、ヴァンパイア、ゴーゴン。

いずれも成体になるには400年から500年かかる。幼少期は比較的無害。

でも、成体になれば人類にとっては大きな脅威となる」

 

「そっか。ありがとう……」

 

あたしは、モンスターの幼子3人に向き合う。

空気の変わったあたしに少し怯えて、全員一歩下がる。

構わずあたしは言葉を投げかける。

 

「上を見て。ボロだけどここは教会。そこに住んでるのは魔王を殺した主犯の一人」

 

左胸のホルスターから、Century Arms M100をすらりと抜く。

ガチッとハンマーを起こすと、殺傷能力の高すぎる大型拳銃に威圧されて、

3人が青ざめて寄り集まる。ピースメーカー1発じゃ殺しきれないかもしれない。

特にゴーレム。一撃で楽にしてあげるにはこれしかない。

 

「いやだ!どうして撃たれるの?」「いや、殺さないで……」「助けてー!」

 

「おい、何やってんだ里沙子!」

 

「ルーベル、黙ってて。……ピーネって言ったわね。

確かにあたしはあの戦争に一枚噛んでた。

だから、生じた結果については責任を負わなくちゃいけないの」

 

「じゃあ、私達を、助けてよ……ホワイトデゼールから、やっとここまで来たのに……」

 

あたしがやろうとしていることを理解したピーネが、唇を震わせながら、ただ声を出す。

 

「判断を誤ったわね。教会、しかも戦争の主犯の根城なんかにモンスターが来たら、

食べ物をくれるどころか、殺される可能性の方が高いと思わない?」

 

怯えるヴァンパイアの子供に銃口を向ける。……グリップから手汗が滴る。

 

「あ、あ……」

 

「許してくれ、なんて言わないわ。目一杯恨むといい。

いつか生まれ変わったら、あたしを殺しにいらっしゃい。……じゃあね」

 

そしてあたしはトリガーを引いた。

爆発音と共に銃口から45-70ガバメント弾が飛び出す。──!?

同時に、誰かが射線上に飛び出した。

 

「駄目です!」

 

ほんの0.01秒一瞬反応が遅れてたら間に合わなかった。

クロノスハックを発動して、世界を停止させる。明るく暗い世界で見たものは……

空中に飛び出したジョゼット、その胸元に突き刺さる寸前のライフル用大型弾、

その場で立ち尽くすだけのピーネだった。まったく、何やってんだか!

 

あたしはアホジョゼットを蹴飛ばし、とりあえずピーネを着弾点からどけた。

そこで能力解除。45-70弾は何もない地面を吹き飛ばし、

ジョゼットは草むらに頭から突っ込み、

ピーネも突然変化した視界に驚いてる様子だった。

 

「あたた、痛いです~」

 

「痛いですじゃないでしょう!!」

 

軽率にも程があるジョゼットに一喝すると、皆がハッとしてあたしを見る。

つかつかと彼女に近寄って、更に怒鳴りつける。

 

「あんたが今生きてるのは、

千分の1の幸運と、百年に一度の偶然と、ささやかな神のご加護とやらのおかげ!

どちらかと言えば死んでなきゃおかしいくらいの状況なのよ!

何考えてたのか知らないけど、少しは考えて行動しなさいな!」

 

まだ心臓がバクバク言ってるのは、きっと怒りだけのせいじゃない。

銃を持つ手が震えてる。あたしが銃をホルスターにしまうと、

ジョゼットが草の上に座ったまま、ぽつぽつ語り始めた。

 

「……だって、おかしいじゃないですか。

あの子達は、戦いに来たわけでもない、誰かを傷つけたわけでもない。

ただ、食べ物が欲しくてここに来ただけなのに……」

 

「今は無害でもいつか人を襲うようになるの!

400年後、指名手配のポスターに成長したモンスターの似顔絵が載って、

こいつらが大暴れした挙げ句、皆に憎まれ、やがて殺される!

そうなるとわかっていながら、温かいスープを振る舞って、

生きてる間はペットのように可愛がって、後のことは子孫に任せれば、

それでいいっての!?」

 

あたしの怒鳴り声に、とうとう子供たち3人が泣き出した。言葉が止まらない。

ただ、怒りとも焦りともつかない感情が冷たく身体を支配する。

 

「だ、だからって、わたくし達にこの子の命を奪う権利なんて……」

 

「ない。人だろうがモンスターだろうが、殺す権利なんか誰にもない。

でも、権利がなかろうが、責任からは逃げられないの。あたし達が引き起こした戦争で、

本当はここにいるはずのないモンスターが来てしまった。

今の平和を享受するなら、生じた負の遺産は今消化すべきなの。

次の世代にこっそりなすりつける事は許されない。

確かにあたしは面倒がりだけど、人間としての義務を放棄するほどクズでもないのよ!」

 

「一体これはどういうことですか!?何があったんですか、里沙子さん!」

 

銃声を聞きつけたのか、あたしの怒鳴り声を聞いたのか、どっちかは知らないけど、

エレオノーラが教会から飛び出してきた。その呼吸は酷く荒れている。

 

「だめじゃない、エレオノーラ!あなたは部屋にいないと!」

 

「はぁ…はぁ…今、お祖父様に事の仔細を説明して、

皇帝陛下と緊急連絡を取ってもらいました!

その子達は戦災孤児ではなく、戦争捕虜として扱うことが決まりました。

ですから、子供達には国際法に則って、最低限の食事と住処を!」

 

……無理して“神の見えざる手”で往復したのね。今日は、よしましょう。

 

「ねえ、そこの君達」

 

あたしが声を掛けると、3人共怯えて自分達を殺そうとしたあたしを見る。

 

「そっちの白いシスターさんにお礼言っときなさい。あと、黒い方の馬鹿にも」

 

そう言い残して立ち去ると、後ろから声が聞こえた。

 

“ワカバ達、助かったの?”“あ、ああ……ママぁ!”“うえーん、怖かったよー!”

 

教会に入ろうとしたとき、後ろから肩を掴まれた。この独特の感触は、ルーベル。

 

「待ってくれ」

 

「どうしたの?」

 

「もう、あんなことはやめてくれ。確かに里沙子の言ってることは正しいよ。

でも、お前が銃で子供の命を奪うところなんて、見たくないんだ。

……思い出すんだよ、母さん達を!」

 

うつむきながら一言一言、言葉にする。そうだったわね、ルーベルは……

 

「……ごめん、約束はできない。子供の姿をしていても人を殺す悪魔もいるし、

さっきの話だって、エレオノーラがいてくれなきゃ、結局撃つしかなかった」

 

「わかってる!でも、嘘でもいいから“わかった”って言ってくれ。

敵が来たら私が撃つ。そのためにここに来た。

お前が“やれ”って言ってくれたらいつでも撃つ!」

 

そっとルーベルの手を取って、短く告げる。

 

「わかったわ。あたしも撃ちたくて撃ってるわけじゃないの。それはわかって」

 

「ああ。里沙子はそんなやつじゃない。……悪かった、困らせるようなこと言って」

 

「いいのよ。その分あんたが働いてくれるんでしょう?もう中に入りましょう」

 

ルーベルが黙ってうなずく。それ以後、あたし達は何も言わずに住居に入っていった。

キッチンに入ると、珍客に食事を出すために、紙袋に入ったフランスパンを一本抜いた。

チーズパンを作るために、無心でパン切り包丁を滑らせる。

すぐ聖堂に子供達の声が響いてきた。

 

どうしたものかしらね。とりあえず戦争捕虜という形に落ち着いたけど、

きっと同じようなことが帝国全土で起きてると思う。……ああ、面倒くさい!

なんで魔王倒しただけで、こんなに煩わしい思いしなきゃいけないのかしらねえ!

 

普通魔王倒したら、金銀財宝の山に埋もれて、

死ぬまで楽して暮らせなきゃおかしいんですけど!

度数キツめのエールで一杯やらなきゃやってられないわ。

あたしは心の中で愚痴りながらフランスパンを切り続けた。

 

「あたた……怒鳴りすぎた、腹筋痛い」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。