面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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保存してるWordファイル数と、ハーメルンの表示話数が何度数えても一致しないの。なんで!?

何かがおかしい。絶対に間違ってる。

あたしの私室には、教会の個室の中でも一番広くて、ベッドの大きい部屋を使ってる。

家主として当然の権利でしょう?でも、見てよこれ。

ベッドはチビ助共に占領されて、あたしは床にマットを敷いて、

どうにか取り上げた枕に頭を沈めて、

一枚余ってたシーツを被って眠りに落ちるのを待ってる。

春だからいいけど、冬だったら凍死もんよ、これ。

 

最初は誰かと床を共にするなんてまっぴらだったから、

ルーベル達に少し窮屈な思いをしてもらって、

4人のうち3人と一緒に寝させようって案もあったんだけど、

子供とはいえモンスターとくっついてると、

エレオノーラにどんな影響があるかわからない。てことは、残り3人。

 

結局子供は、あたしとエレオノーラ以外と一緒に寝るってことで、

決定しようとしてたんだけど、

本人がみんなだけ狭いベッドで寝させるのは心苦しいから自分も、って

言い出したもんだから、おじゃんになったの。

ねぇ、エレオ。世の中正しいことが正しいとは限らないのよ。

 

言っとくけど!

あたしはこんな連中、聖堂の長椅子にでも寝かせときゃいいって、最初に言ったのよ?

でも、ジョゼットが何も言わずに、半泣きでただ見つめてくるもんだから、

殴るわけにもいかなくて、とうとう気色悪さに耐えきれなくなって、

現状に落ち着いたってわけよ。

 

しかし明日からこの連中、どうしてくれよう。番外編の悪ふざけを採用して、

本当にここを竹上製作所にして、内職でもさせようかしら。

捕虜虐待にならない範囲の労働時間は何時間くらいだっけ。

こういうのって、皇帝か法王、どっちに聞けばいいのかしら。

あと、何作らせれば売れるのかしら。目を閉じて考えてると……眠くなってきた。

金時計を見ると午前0時過ぎ。明日にしましょう。

 

んで翌朝。

ジョゼットがスープの入った鍋を持って聖堂にやってきた。

 

「は~い、温かいスープですよ~」

 

「わーい!」「遅いですわよ!」「僕は食べられないけど、いい匂いだな~」

 

チビ助含む、みんなのスープ皿にコーンスープを注ぐ。

それはいいんだけど、やっぱり見てよこれ。室内ピクニックとかダサすぎワロタ。

ダイニングの椅子にもう空きがないことは、いつか話したと思う。

そこに居候3人が現れたもんだから、当然足りないわよね?足りないわよね?

 

だからあたしは、またも連中には長椅子で食べさせるように提案したの。

そしたらまたジョゼットが、昔、某消費者金融のCMで散々ウザいほど使われてた、

子犬みたいな目で見つめてくるから、吐き気に耐えかねて了承したの。

ちなみにあたしはチワワ嫌い。

足元を走り回られると、うっかり踏み潰しそうで落ち着かないの。

 

「ガイア君、さあどうぞ」

 

エレオノーラが引っ越してくる時に持ってきた小物に交じってた、小さな魔石を渡した。

 

「ありがとう、エレオノーラさん!」

 

ガイアが口っぽいところでポリポリと魔石をかじる。ゴーレムはこうして魔石を食うか、

魔法使いから直接魔力を流し込んでもらう以外、エネルギー摂取の方法がないらしい。

エレオノーラを帝都までパシリに使う訳にはいかないから、

雑貨屋で純度の低い安物を買い置きする必要があるわ。

 

ああ、現状説明の途中だったわね。

簡単に言うと、長椅子をどけて、聖堂にレジャーシートを敷いて、

食べ物並べてみんなで食べてるのよ。

あたしはふてくされてトーストをやけ気味にかじる。

 

「りさこさん、機嫌悪いの?」

 

この子はワカバだったかしら。

食料補給して元気が戻ったのか、髪の蛇たちもそれぞれ好き勝手に動き回ってる。

とりあえず、答えわかってる質問はしないでほしい。

 

「当たり前でしょ。

あぐらかきながら、床に並んでるスープをすするのが、どれだけしんどいかわかる?

それよりあんた達、昨日あたしのベッドでおねしょしなかったでしょうね。

吐くなら今のうちよ。

後で発覚したら朝から晩まで穴を掘ったり埋めたりする労働刑に処す」

 

「ワカバ、おねしょなんかしないもん……」

 

「僕は石だから水なんて出ないよ」

 

「ちょっと!レディに対して失礼なんじゃないの!そこに直りなさい!

このラスティブラッド家長女、ピーネスフィロイト……ひっ!」

 

「……なによ」

 

食事中に騒ぎ出したから、たしなめようとしたら目が合った。

ピーネはその瞬間座り込んで、ひたすらトーストを食べる作業に逃げた。

 

「よせ、里沙子。……昨日の今日だろうが」

 

「あたしが悪いっていうの?」

 

「里沙子さん。例え種族は違っても、子供はデリケートなものです。

幼少時代の経験から、人間嫌いになったり、

あるいは友好的存在になる可能性もあります。十分気を使ってあげてください」

 

「まぁ、エレオがそういうなら、しょうがないけどさ……」

 

なんで自分ちで居候に気を使わなきゃいけないのか全く意味不明。

それに加えて、子供ってもんは扱いがめんどい。珍しいもん見たらいちいち騒ぐ。

言いたいことをはっきり言わない。

ピーネとか自己主張強そうな子も、意外と本心隠すのよこれが。

オカマみたいなおっさん教師が言うには、そのサインを大人がキャッチしろだって。

寝・ぼ・け・ん・な。

 

あと、腹が減ったらピーピー喚く。きちんと3食与えてるのに。

この現象は結構な頻度で起きる。

昨日はおやつまで要求してきたから、硬ってえフランスパンで素振りしたら、

蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

まかり間違って、結婚して子供を産むなんて暴挙に出なかった、

今までの自分を褒めてやりたいわ。

こんなのが一人でもいたら、おちおちエールで気持ちよく酔っ払うこともできやしない。

育児放棄に走る連中の気持ちがちょっとだけ分かってしまった。

でも、あたしは独身非リアだけど、無計画に不幸な子供を作ったりしない分、

少しだけマシよ。目くそ鼻くそだと笑うなら笑いなさい。

 

おっと、そろそろ本題に入らなきゃ。

どうすればこいつらを魔界まで蹴り飛ばせるか、方法を探らないと。

エレオノーラ!大聖堂教会の用意はどうか!

 

「ねえ、エレオノーラ。大聖堂教会か要塞から、何か連絡は来てる?」

 

「いえ。なにぶん、まだ一日と経っていないので、返事はまだ」

 

「まあ……そうよね」

 

ちょっと焦りすぎたわ。まだ24時間も経過してないのに。

何か動きがあるまで状況整理で時間潰すしかないわね。

あたしは食べ終えたトースト皿とスープ皿を持ってキッチンに向かう。

後ろの連中に忠告も忘れずに。

 

「3人共、いや2人か。食べた皿はちゃんと流しに持っていくのよ」

 

「はーい!」「ふん、ここにはメイドの一人もいないの!?どうして吸血鬼一族の長女」

 

「おい」

 

「……」

 

黙ってカチャカチャと皿やスプーンを片付ける音がする。よーしよし。

あたしは育児放棄しない分、スパルタ教育で行くことに決めたわ。

ひとまず皿は流しに置いといて、作戦会議のため聖堂に戻った。

定位置に着くと、やっぱりカシオピイアが、

サラサラとした髪が触れるほどくっついてきて、やめさせようと思った時、

ルーベルまでくっついてきた。え、何?さすがにあんたとは血はつながってないわよ。

 

「あー、お姉ちゃん……スー……」

 

「やめろ、頭を嗅ぐんじゃないわよ!そんで、ルーベルは一体何!?」

 

「何回も言わせんなよ。ピーネは昨日の事で特にお前に怯えてる。

もっと優しくしてやれ」

 

「これ以上どう優しくしろってのよ!

人間ならともかく、モンスターのチビ助3人居候させてやってんのよ?

普通なら見世物小屋か奴隷船行きが関の山だっての」

 

「あのう……」

 

「今度はジョゼット?何考えてるか知らないけど、どうぞ」

 

「みんなを街に連れて行ってあげたらどうでしょうか。きっと退屈だと思いますし」

 

「なるほど、事故を装ってアレしようってわけね。

ふふふっ、ジョゼット君、君もなかなかやるではないか」

 

「ち、違います!」

 

「街の連中はモンスターと見るや、鍬や鋤でタコ殴り。

最終的に、騒ぎを聞きつけた騎兵隊からバキュンと一発」

 

「いやだ、やっぱりヒスイ達、殺されるの!?」「ここにいさせてよー、街は怖いよ!」

 

「いい加減にしろ!そんなにこいつら怖がらせて楽しいのか!?」

 

ルーベルが掴みかかってきて、右腕が痛い。すぐカシオピイアが引き離してくれたけど、

さすがに怒ったオートマトンの力に苦戦してる。

 

「……っ、やめて」

 

「くそ、離せ!そんなに自分だけが可愛いのかよ!

私を助けてくれたときのお前は、もっと人間らしかったぞ!」

 

「現実問題そうなんだからしょうがないでしょう。

モンスターでしかも、あの大戦の生き残りだなんて知れたら、

帝国の9割超の人間がそうする。

こいつらが戦災孤児じゃなくて、戦争捕虜とみなされたのもそのせい。

要塞や大聖堂教会からの返事も期待しないほうがいいわ。

それほどヤバいもん抱えてるの、あたし達は。そろそろ理解して」

 

「もういい、勝手にしろ!」

 

ルーベルは肩を怒らせて自室に戻ってしまった。

ヒスイとガイアがあたしを見て、また怯える。別に喋ることもないから、

あたしも部屋に戻るとしましょうかね。あ、いやいや。ガイアの飯を買いに行かなきゃ。

 

「ちょっと出かけてくる」

 

「どちらへ?」

 

「街の雑貨屋まで。おーいはに丸くんの食料買いに行ってくるわ。

悪いけど、エレオノーラは帝都から連絡があるかもしれないから、

待っててくれるかしら。カシオピイアはみんなの護衛、頼むわね」

 

「意味はわかりませんが、ガイア君の食べ物、ということですね。いってらっしゃい」

 

「……わかった」

 

カシオピイアが露骨に残念そうな顔をする。

 

「あ、待って下さい!わたくしも行きます!」

 

「おや、自ら荷物持ちを買って出るなんて結構結構。やめるなら今よ」

 

「いつものことじゃないですか。行きます!」

 

「やけに素直ね。じゃあ、行くわよ?」

 

なんか必死なジョゼットを連れて、

冬が去り際に残した冷気が混じり合った、涼しい春風が通り抜ける草原を歩く。

街道に出ると、歩き慣れた道を東へ。野盗もいない春うらら。

桜が咲いてたら、適度に冷えたエール片手にお花見でもしたいわね。

ぼんやりとそんな事を歩きながら考えてたら、ジョゼットが間を詰めてきた。

 

「……里沙子さん」

 

「何よ」

 

「どうして、さっきはあんなことを?」

 

「ふん、当たり前でしょう。寝床取られるわ、飯くれ飯くれうるさいわ、

あたしの生活スペース圧迫するわ、

せっかくの短い春だから毎日昼寝満喫しようと思ってたのに、

連中のせいで当分安心できない。マヂで勘弁して欲しいんだけど!

とっとと魔界にお帰り願いたいもんだわね」

 

「本当に、それだけですか?」

 

なによ、ジョゼットのくせにあたしの心探ろうなんて生意気よ。

そんな所業が許されるのはエレオノーラくらい。

……まあ、別に隠すようなことでもないからいいんだけど。

少し付き合ってみましょうか。

 

「……あたしはね、基本人付き合いが苦手っていうか嫌いなんだけど、

中でも一番嫌いなのは、“けじめのない付き合い”。この意味わかる?」

 

「いえ……」

 

「アースに昔、こんな出来事があったの。ある女性が親を失った仔熊を育ててた。

彼女は懸命に愛情を注いで仔熊の世話をして、

仔熊も女性を本物の母親と思い、懐いてたの」

 

「なんの話ですか……?」

 

「彼女がどうなったのか教えてあげる。死んだわ。大きくなった仔熊に食い殺されてね。

人を含め、生きとし生けるものは本能というものからは逃れられない。

仔熊も成長して捕食動物としての本能が目覚め、抑制が効かなくなった」

 

「あの子達も、いずれそうなると?」

 

「400年後にはね」

 

「そんなこと……やってみなきゃわからないじゃないですか!」

 

「そこよ」

 

足を止めて、ジョゼットの額に人差し指を押し付けた。

 

「それは人間の勝手な期待。

このまま大人しく育ってくれるかもしれない、人間と共存してくれるかもしれない、

その力で人間に尽くしてくれるかもしれない。

全部、子供達の生まれ持った性質を無視したエゴよ。

それでも“かもしれない”を続けたくて、試す資格があるとすれば、

それは400年後の人間だけ。

将来ほぼ確実に危険な存在となるモンスターと馴れ合いを続けて、

ある日突然噛みつかれるより、人間はろくでもない連中だって土産話を片手に、

さっさと魔界にお帰りいただく。そっちのほうがまだ健全だと思うがどうか。

結論を言うと、人と魔族は角突き合わせて拮抗状態でいるのが正しい姿。以上」

 

ひとしきり喋って、ひとつ深呼吸。喉が渇いた。この世界にも自販機があればいいのに。

そろそろ行こうかとジョゼットを見たら、彼女が強い目であたしに訴えてきた。

 

「里沙子さんは……頑固です!頭でっかちです!理屈ばっかりで、優しくありません!」

 

「そう、優しくないの。自分が一番大好きなワガママ人間だからそこんとこシクヨロ」

 

「茶化さないでください!

だったらどうしてルーベルさんにそう伝えなかったんですか!?」

 

「……今みたいな感じで言い争いになるに決まってる。ややこしいだけよ」

 

「嘘です」

 

「何ですって?今日は素直だと思ったらいきなり反抗的になるし、なんなの一体」

 

「里沙子さんは馬鹿です!大馬鹿です!

自分一人が悪者になって、みんなを守った気になって!!」

 

「意味はわかんないけど、よっぽどフランスパン百叩き食らいたいみたいね!

お望み通り、当分仰向けじゃ寝られないようにしてやるから覚悟しときなさい!」

 

「だったら言いたいこと全部言っちゃいます!里沙子さんは面倒がりなくせして、

肝心なときにはいつも一人で抱え込むじゃないですか!

わたくしがそんなに信用できませんか?

いえ、わたくしが馬鹿でノロマなのはわかってます。

第二次北砂大戦でも、エレオノーラ様とルーベルさんだけ連れて行ったのもわかります。

でも、今度は何もかも自分ひとりで背負いこもうとしてるじゃないですか!」

 

「わかったようなこと言わないで!あたしは家主として、

住人の最低限の安全確保をする義務があるの、一応だけど!面倒だけど!

あと、百叩きじゃ不満なら、千叩きにしてもあたしは全然構わない!」

 

「構いません!だから、せめて、もう少しだけ彼らに優しくしてあげてください!」

 

「何のために!?どんな結果にせよ、もうすぐ帝都送りになるのよ!

……ただ、虚しいだけでしょうが」

 

野盗が視界の端に現れたけど、あたし達の怒鳴り合いを見て、

そそくさと退散していった。

 

「里沙子さん、虚しくなんかないんです。確かにみんなじきに魔界に帰るんでしょう。

でも、この世界で得られた思い出は、きっと遠い未来に芽吹くと思うんです」

 

「……要するに、魔族と人間が和平?馬鹿馬鹿しいわ。もう行くわよ。

野盗にまで見捨てられた。やってらんない」

 

あたしはジョゼットに背を向けて、再び街道を歩き出す。

ジョゼットはそれ以上何も言わずについてきた。

彼女がどんな目であたしを見てたのかはわからないけど。

 

街に着いたら、頭痛に耐えながら市場の人混みに身体をねじ込み、

広場に出て、ようやく少し西にある商店の集まった区画にたどり着いた。もうヘトヘト。

しばらく雑貨屋のドアにへばりついて息を整える。荷物持ち連れてきて正解だったわ。

 

「大丈夫ですか?里沙子さん」

 

「大丈夫なわけないでしょうが……さっさと買うもん買って帰るわよ。低純度の魔石」

 

あたしはドアを開けて店内に入る。

初心者用の武器防具、消耗品、食品なんかが、棚いっぱいに並んでる。

えーと、魔石魔石、あった!

あまり広くない店の隅に、1袋いくらで石や不純物の混じった魔石が売られてたから、

ひとつ抱えようとした瞬間にやめた。重い。

 

「ジョゼット、カモン」

 

「ありましたか~?」

 

「これ。重いからカウンターまで持っていって」

 

「はいっ、よいしょ!」

 

すいっと持ち上げてカウンターまで運ぶジョゼット。

可哀想に。あたしにこき使われるうちにこんなに力持ちになっちゃって。

思えば、あんたもうちに来たのが運の尽きね。

……で、せっかく来たんだから、足りないものでも買っていこうかしら。

カウンターからジョゼットがあたしを呼ぶ。

 

「里沙子さーん、お会計です」

 

「ちょっと待って。……あんたも欲しいものがあったら探しなさい。

荷物持ちのご褒美よ」

 

「本当ですか!?やったー!」

 

ジョゼットがカウンターから離れると、

あたしは適当なものをひとつかみして、レジに向かった。

大きめのトートバッグを差し出して小声で店主にささやく。

 

「これ全部、一度精算してくれるかしら」

 

「いいのかい?あの嬢ちゃんのは」

 

「それも払うから、お願い早く」

 

「お、おう……」

 

魔石とあたしの買い物の代金を払うと、店主がトートバッグに品物を詰めてくれた。

同時にジョゼットも板チョコを持って走ってきた。

 

「店の中でドタバタしないの。チョコレートは逃げないから」

 

「はぁ…だって…里沙子さんのことだから、

いきなりご褒美中止、とか言うんじゃないかと」

 

「あたしもそこまで鬼じゃないわよ。面白そうだとは思うけど」

 

「ああ、やっぱり!」

 

「うるさいわね、さっさとレジに出しなさいな!」

 

「ごめんなさいごめんなさい」

 

ジョゼットがレジにチョコレートを差し出すと、10G。

お菓子にしては高価ね。多分カカオが手に入りにくいんでしょう。

店主は、またチョコレートをバッグに入れると、あたしによこしてきた。

今度は肩に担げるかチャレンジしてみた瞬間後悔した。左肩が外れるかと思った。

もう少しでアンプリの薬局に寄らなきゃいけなくなるところだったわ。

 

「里沙子さん、わたくしが持ちますから」

 

「悪いわね……」

 

ジョゼットはやっぱり重たそうな様子もなく、両手でトートバッグを運ぶ。

あたしも少し鍛えようかしら。

生まれてこの方ドラグノフ狙撃銃より重いものを持ったことがないの。

 

どうにかこうにか目的のものを手に入れたあたし達は、店を後にして、

また市場という名の地獄に身体をめり込ませ、

ようやく向こう側に抜け出すことに成功した。

うん、馬鹿みたいに重い魔石を持ちながら通過を試みてたら、

多分途中で泣いてたと思う。

 

「ぜー…はー…」

 

「しっかりして下さい、里沙子さん。市場はもう終わりましたよ」

 

「そうね。もう、帰りましょう……」

 

精根尽き果てたあたしは、お家に帰ることしか考えてなかった。

ふらふらになりながら街道を西に引き返す。

喋る気力もないから黙って歩いてると、途中、

ジョゼットがトートバッグの中身が増えていることに気づいた。紙袋に入った品物。

 

「あれ?里沙子さん何か買いました?」

 

「ん、ああ……それあたしの」

 

「何か必要だったんですか?」

 

「まぁ、急ぎじゃないんだけど、色々ね」

 

それからは本当に無言でひたすら帰路を進んだ。

教会の十字架が見えた時は心底ホッとしたわ。

アレがあんなにありがたく見えたのは初めて、あるいは忘れるほど昔のことよ。

鍵を開けて、中に入る。嗚呼、愛しのマイホーム。

 

「帰ったわよー」

 

「おかえりなさい」

 

ちょっと昼寝でもしようかしらね。この時間なら子供らも起きてるでしょ。

おっと、その前にやることがあったわ。

 

「留守番ありがと、エレオノーラ。……さて、チビ助共はどこかしら」

 

「里沙子さん、魔石はここに置いときますね。ウフッ、チョコレート……」

 

「子供達なら、裏庭で遊んでますよ」

 

「そう。帝都から何か連絡はあった?」

 

「いえ、まだですね……」

 

「わかった、ありがとう。ちょっと外に行ってくるわ」

 

「まだ何か?」

 

「んー、少しばかり野暮用。外すわね」

 

あたしはトートバッグから紙袋を取り出し、裏庭に向かった。

建物や木の陰で薄暗く、子供が遊ぶには十分以上のスペースで、連中が缶蹴りをしてた。

 

「隙あり、シュート!」

 

「ピーネちゃん、空を飛ぶのはずるいよー」

 

「そうよ……ワカバ達は足も遅いのに」

 

「ふふん、選ばれし者の特権よ!さあ、次の鬼は……あ」

 

あたしの姿に気づくと、3人とも黙り込んだ。

誰も見てないところで暗殺でもされるんじゃないか、

フランスパンの刑が始まるんじゃないか、とか考えてる姿を想像するのは、

意外と楽しかったわ。

 

「あの……ワカバ達、何も悪いことしてないです」

 

「んなこと見りゃ分かる。それよりピーネ、さっき1点取ったわね」

 

「そ、それが何よ!あっち行って!」

 

「あら、そんなこと言っていいのかしら。せっかくボーナスステージが始まるのに」

 

「なんですか、ボーナスステージって……」

 

「全員、黙って両手を出しなさい」

 

みんな、おずおずと両手を差し出した。あたしは紙袋に手を突っ込む。

 

「じゃあ、今からチクワか鉄アレイを投げまくるから、

死ぬ気で避けて、死ぬ気でキャッチしなさい」

 

「ええっ!?頭おかしいんじゃないの、あんた!」

「止めてよ、そんなの当たったら僕でも怪我するよ!」

「頭の蛇さん死んじゃいます!」

 

「逃げたり手を引っ込めたやつには集中的に鉄アレイを投げるからそのつもりで」

 

「話聞きなさいよ、サイコパス女!」

 

「ボーナスステージ、スタート!」

 

ゲームスタート宣言と同時に、全員が目を閉じる。

それを見計らって、紙袋の中身をそれぞれの手の中に放り投げた。

チクワのように柔らかくもなく、鉄アレイのような重い感触でもない、

軽いものが手のひらにどんどん積み上げられていく。

不思議な感覚に、3人共少しずつ目を開ける。

と、ちょうどその時紙袋の中身がなくなった。皆のそれぞれ小さな手に収まったものは。

 

「わあ……お菓子がたくさん」

 

「チョコレートと、キャンディー?」

 

「やった、飴玉なら僕でも食べられるよー!」

 

あたしは役目を終えた紙袋をくしゃくしゃに丸めて、

開きっぱなしの焼却炉に投げ込んだ。

 

「本当はチクワと鉄アレイでやるのが正しい作法なんだけど、

チクワは売り切れだったし、鉄アレイは持ってくるのがダルいから、

適当なもので代用したの。残念だったわね」

 

「りさこさん、ありがとー!」

 

ワカバは頭の蛇にもチョコレートを分けながら。

 

「ふ、ふん!まあまあの味ですわ!チクワよりマシっていう意味ですわよ!」

 

ピーネは相変わらず意地っ張りで。

 

「魔界じゃ、お菓子なんてめったに食べられないんだ……僕、ここに来て良かった」

 

ガイアが駄菓子ひとつで大げさに喜ぶ。こんなところかしら。

あたしは一言だけ言い残して中に戻る。

 

「……次はちゃんと鉄アレイでやるから。それだけはごめんなさい」

 

後ろの子供達が黙り込んだけど、どんな表情をしているかはわかんない。

とにかく、あたしは聖堂に戻って、エレオノーラと一緒に

帝都からの連絡を待つことにした。ドアを開けて中に入る。

エレオはいつも通り聖書を読み、カシオピイアは何か言いたげにあたしを見て……

一人メンバーが増えてた。

ルーベルが壁に背を預けて、床を見つめながら何の気なしに問いかけてきた。

 

「……なんで、最初からああしてやらなかった」

 

「何?」

 

「2階から見てた。

やっぱりお前にも優しい心があるのに、なんで突き放したりするんだよ!」

 

「……大人しく留守番に協力した褒美よ。

本当に“ボーナスステージ”が始まると思った、あいつらの顔は結構笑えたわ。ウヘヘ」

 

「やめろ!ジョゼットから相談を持ちかけられたよ。

里沙子にも里沙子なりの考えがあるのに、肝心のお前が誰にも心の内を見せないってな!

こんな生き方してたら、本当にひとりぼっちで人生終わっちまうぞ!」

 

「……ふぅ。もう千発じゃ済まないかもね。あたしは言葉より行動で語るタイプなの。

前にも言ったけど、最後の一瞬のために、

長い人生の身の振り方を変えるつもりはないわ。自分の生き方は自分で決める。

その結果も自分で引き受ける。」

 

「嘘つけ。じゃあ、さっきのあれはなんだ。

ジョゼットの言葉を受け入れたから、子供達に歩み寄ろうとしたんじゃないのか」

 

「頑固だの嘘つきだの、今日は罵声ばかり浴びてる気がする。

もういいわ。お昼にしましょう。今日はあたしが作る。

腹いせにスープはサイ○リヤのランチスープ並に薄くしてやるからそのつもりで」

 

キッチンに向かうとルーベルが背中に呼びかけてきた。あたしも足を止めて背中で聞く。

 

「今朝のことは……!謝らないからな!

お前が誰にも相談しないで、乱暴な手段に出たのが原因なんだからな!」

 

「はいはい、結構結構。謝罪はいらないものランキング第5位くらいだったかしら、

ルルル~謝るくらいなら~金を~出せ~」

 

「ケッ、どうしようもねえやつだ、こいつはよ!」

 

あたしは宝塚の真似をしながら、華麗にキッチンに進入。

まず、鍋を手にとって、適当な量の水をぶち込む。

多分7人くらいだったから、このくらいかしらね。

鍋を火にかけ、固形コンソメを3粒くらい放り込む。なんとも簡単なお手軽レシピ。

料理は愛情?ごめん今切らしてる。

 

そうだ、一人暮らしで自炊してる人にアドバイス。

調理用チーズを常備しておけば、どんな失敗しても多少リカバリーできるわ。

たっぷりひとつかみ足すのがコツ。こってりまろやかなトロ~リチーズが、

苦さも甘さも苦しみも悲しみも罪も罰も、全てを包み込み、

とりあえず食えるレベルに救い上げてくれるわ。

そもそも人生破滅するほどの失敗なんて、めったに起こるはずもないんだし。

 

さあ、今度はちょっと贅沢に、斜めに切ったフランスパンにローストビーフを乗せて、

千切りにした玉ねぎをトッピング。

最後に、オリーブオイルを垂らしてブラックペッパーを散らす。下ごしらえは完了。

そいつをオーブンにぶち込んで5分くらい待つ。

うん、次のメニューはこれで行きましょう。

 

紙袋に入ったフランスパンを抜くと、

いつの間にかダイニングの隅にジョゼットが経ってた。

なにそんなとこでボケっとしてんのよ。

 

「どうしたの、まだあたしに罵詈雑言浴びせる気?」

 

「ごめんなさい……」

 

「なによ、今度はしおらしくなっちゃって。忙しい娘ねあんた」

 

「里沙子さんも、子供達の付き合い方に迷ってたのに、

あんな言い方して、本当にごめんなさい……」

 

「ルーベルもあんたもチクリ屋ね。

しかも、たかが一回菓子配ったくらいで、母性本能に目覚めたかのように勘違いしてる。

良い機会よ、一つ憶えておくといい、ジョゼット君。母性は理解から最も遠い感情よ。

……とまあ、それは置いといて」

 

あたしは片手のフランスパンで、うつむくジョゼットの顎を上げた。青い瞳が潤んでる。

この娘はコロコロ表情が変わるし、平常心ってもんが欠けてる。

そう頻繁に怒ったり泣いたり笑ったりしてたら疲れるでしょうが。

どーでもいいやって放り投げることも自分を守るために必要なことよ。

 

「フランスパン百…いや、千叩きだったわね」

 

「……っ」

 

黙ってうなずく。それでいて馬鹿みたいに素直なんだから。

 

「ふぅ。そうしたかったんだけど、

食い物をオモチャにするなって十戒を忘れる所だったわ。あたしとしたことが。

運が良かったわね。もう行きなさい」

 

あたしは振り返ってキッチンに戻り、まな板の上のフランスパンを切る作業に入った。

両端を切り落としたところで、背中に温かい感触が。

 

「やっぱり、里沙子さんは優しいです……」

 

「よしなさいよ。邪魔でしょうが」

 

「お願いです、少しだけ」

 

「……まったく、どいつもこいつも」

 

身長少ししか違わないから、本当作業の邪魔なんだけど。

こんなスレた女の小さい背中、何がいいんだか。本当、意味不明な生物ね。

ひたすらフランスパンに刃を通しながら心の中でぼやいた。

 

20分後。

聖堂にあたしが作った手抜き料理が並ぶ。目分量で作ったから明らかに薄いスープ、

若干まともなフランスパンのローストビーフ乗せ。

ガイアは安定した食料が手に入ったから、皿の上に魔石を3つ。

 

「へえ~里沙子の料理か。珍しいな」

 

「暇だったの」

 

「う、ふふ……お姉ちゃんの、手料理……くんくん」

 

「やめなさい。ピア子に戻りかかってるわよ」

 

「では皆さん、頂きましょう。この恵みを神に感謝して」

 

みんながお祈りだのいただきますだのを済ませて、食事に取り掛かる。で、次の瞬間、

ブーイングが巻き起こった。

 

「……なにこれ!里沙子、このスープ薄すぎて味がしないんだけど!」

 

ピーネが先陣を切る。だから、食事中に立ち上がるのはよしなさい。

 

「わかってない、わかってないわよ、ピーネ。一口目で味がはっきりしてるスープは、

飲んでるうちに塩辛くなってくるものなのよ。これが普通なの」

 

「いや、違う!絶対必要な何かが足りてない!」

 

「ピーネに賛成だ!このスープは最後までこのままだ!」

 

「里沙子さんには申し訳ないのですが、濃いか薄いかと問われると……無」

 

「ルーベルもエレオもひどいんじゃないかしら!?あたしの最高傑作なのに!

ワカバはわかるわよね?主張しすぎない大人の味が!」

 

「うう……ヘビさんがお湯だって言ってる。あと、おいしくないです」

 

「そんな爬虫類捨てておしまい!もう良いわ。

スープはパンを流し込むドリンクだと割り切って、文句言わずに食べなさい」

 

「こっちは割と良さげだな」

 

ルーベルがパンをかじる。

まぁ、パンと玉ねぎ切って、肉と玉ねぎ乗せて焼いただけだから、

失敗の仕様がないんだけど。

 

「うん……パンの方は行けるな」

 

「お姉ちゃんの手料理……美味しい」

 

「でしょでしょ?これ、あたしの最高傑作だから」

 

「それ、さっきの落第スープでも言ってたよな」

 

「変な名前付けないでよ!

スープも手間暇かけて作った傑作だから、それを忘れてもらっちゃ困るわ!」

 

「当家自慢のグリルステーキに比べればどうってことはないけど、

及第点はあげてもいいわ。

でも、このパンにしても、ローストビーフに頼ってる感が……」

 

「でい!!」

 

「やめろ、里沙子!」

 

そんな感じで、落ち着いて昼食を取ることもできなくなったわけよ。

変な連中が一度に3人も増えたから無理もないけどね。

最後に言いたいこと。チーズは偉大。チーズは苦手?コンビニでなんか買えば。

 

 


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