さっそくエンカウント。どいつもこいつも自分のことばかりで嫌になるわ。人のこと言えないけど。
「ああもう、面倒くさい!無駄に広いのよ一人暮らしに一軒家は!」
ザッ、ザッ、と乱暴にすっかり色あせた木の床に箒をかける。
今日もあたしは昼寝の予定をキャンセルして、
せっせと聖堂と住宅スペースの掃除をしてたわけ。
地球にいたころは1LDKの一人向けマンションだったから、
掃除なんか目に付いた時にホコリをモップがけする程度で済んでたけど、
この名前だけの教会は腐っても二階建てなもんで、掃き掃除するだけでも辛い辛い。
「メイドさんでも雇おうかしら。
……ダメダメ、自分ちに他人入れるとか金でストレス買うようなもんよ」
ぶつくさ言いながらも律儀に精を出してるのはちゃんと理由があるの。ネズミ。
ネズミごときで悲鳴上げるほど可愛い女じゃないけど、
伝染病を媒介する存在に頭上を走り回られちゃ安心して昼寝もできないわ。
殺鼠剤撒くところにゴミが溜まってたら効果が減少するから、
こうして高いところのホコリを落として、そいつを掃き掃除してるってわけ。
「今日はもう限界。飯にしようっと」
あたしは長椅子に箒を放り出して台所に向かう。ど、れ、に、し、よ、う、か、な、と。
街の魔道具屋で買ったマナ式氷結風対流庫(要するに冷蔵庫)を開いて、
牛乳瓶とパンをひとつ掴む。こないだ冷蔵庫買おうと街をさまよってたんだけど、
さっぱり電器店が見つからないの。仕方なくそこら辺の人に聞き込みしたら、
まさか魔道具屋にあるとは盲点だったわ。魔法なんか使わないし。
とにかくテーブルについて牛乳瓶のキャップを開けて一息。と思ったら、
ドンドンドン!とうるさく玄関を叩く音が聞こえてきた。誰よ人の飯時に。
ひとつため息をついて、チーズ蒸しパンを咥えながら聖堂に逆戻りした。
あたしはドアを開けずに向こう側の誰かに問いかける。
「はへよ(誰よ)。ひんふんははひははひは(新聞ならいらないわ)」
“助けてください!悪い魔女に追われているんです!”
口の中の一口を飲み込んで返事をした。
「厄介事はお断りよ。警察に通報しなさい。ここの警察組織とかよく知んないけど」
“そんな!ここは神のお住いになる教会でしょう?
お願いです!哀れな子羊をお救いください!”
「神ならとっくに死んだわよ。ニーチェも言ってたじゃない」
“なんてことをおっしゃるの!?私は遍歴の修道女、ジョゼットです。
どうか、狼藉者から助けてください!”
「あたしはゴルゴ13でも中村主水でもないの。
野盗退治なら街の賞金稼ぎに500Gでも握らすことね。それじゃあ」
あたしが奥に戻ろうとすると、ドアの向こうから争うような声が聞こえてきた。
“見つけたよ!さあこっちに来な!ほらあんた達、新鮮なシスターの血が手に入ったよ!
うちに帰ったら石臼ですりつぶして肉は丸薬、血は悪魔召喚の触媒にしてやるから
楽しみにしてな!”
“えっへへ、ババ様やるぅ!”
“いや、離して!”
可哀想だけど、護衛も武器もなしにこんなとこぶらついてたらこうなるわよね。
あたしは牛乳でチーズ蒸しパンを流し込みながら昼寝に戻ろうとした、んだけど……
“へっ、なんだいこの目障りな十字架は!
ステイシー、こんなゴミ屋敷燃やしちまいな!”
“りょーかーい、ババ様!”
ふざけんじゃないわよ!ここ燃やしたいなら200万Gよこしなさい!
あたしは慌ててドアを開けると、
杖を掲げてぐるぐる回してた金髪ツインテールの眼鏡に、思い切り牛乳瓶を投げつけた。
赤いローブとマントを着ていたガキの頭に大命中。
「痛ったああい!」
奴が詠唱(みたいなもの)をやめて悶絶する。
よく見ると、ババア1人とうずくまってる奴含めて若いの4人。
魔法を使う野盗かなんかかしら。相変わらずこの世界の仕組みはよくわかんない。
「だ、誰だいあんたは!?」
ババアが驚いてあたしを見る。驚きたいのはこっちよ。全員仲良く三角帽子を被って、
いかにも、わたくし魔女ですのオホホと言わんばかりの全身を覆うローブを着てる。
違うのは色と柄くらい。使う魔法によって色変えてるのかしら。
もう少しおしゃれに気を使ったほうが良いんじゃない?人のこと言えないけどさ。
そんなどうでもいいことを考えてると、涙目の金髪眼鏡が立ち上がって、
頭をさすりながらあたしを指差す。
「痛いわね!あんたこの教会のシスター?
この、火柱のステイシーに手を出したこと、後悔させてやるわ!」
「お願いですシスター!神のご加護を!」
「生意気な小娘だね!あたしら“魔狼の牙”に手向かいする気かい?」
「ねぇ、お婆。こいつ、あたいに殺らせてよ。聖職者殺すのは久しぶりでさぁ。
最近の教会は無駄に守りが固くって」
「相変わらず血の気が多いねえ、氷殺のアリーゼ。ああいいとも。
こいつの手足を氷漬けにして叩き折ってやんな!」
「だめよ、お姉様!こいつはステイシーが焼き殺すのー!」
長え。
とにかく埒が明かないからまずこっちの用件を突きつけることにした。
黒いベールの修道服を着た女の子がババアに捕まってる。
なるほど、この子がジョゼットね。あたしなら腹に肘鉄食らわせてとっと逃げるけど、
怯えきってる彼女はそんなこと考えもつかないみたい。
「聞きなさい。ハロウィンなら先週終わったわよ。わかったならさっさとお家に帰って、
そのアホ丸出しの格好から着替えなさい。ついでにそのシスターも置いてって。
そいつには聞きたいことが山ほどある」
「あんだとコラァ!あたしらの正装にケチ付けるたぁ、生きて帰れると思うなよ!!」
グリーンのローブを来た乱暴な口調の魔女が食って掛かる。
そういえばこいつらの服ゴレンジャーみたいね。
初代の黄色は残念なことになっちゃったけど。
「帰るもなにもここはあたしの家よ。
あんた、あたしと一人称同じだとややこしいから“アテクシ”に変えてちょうだいな」
「てめえ!舐めた口聞けるのも今のうちだぞ!
……脈動せよ、怒れる大地、山岳、我が問いに“あーだめー!”
なんだこの野郎、うるせえな!」
一瞬辺りの空気がビリビリと震えるのを感じた。多分魔法の詠唱を始めたんだろうけど、
牛乳瓶に遮られて不発に終わった。
そろそろこの茶番にも飽きたからベッドで昼寝がしたいんだけど、
こいつらが帰ってくれない。
「こいつはステイシーが殺すのー!」
「チッ、ならさっさとしろよ!」
「りょーかい、サンドロック姉様!そこのあんた!
よくもステイシー達をコケにしてくれたわね!
そのボロ小屋ごと消し炭にしてやるから覚悟しなさい!」
赤色がぴょんぴょん跳ねて全身で怒りを表現する。うんざりする。
状況に一向に進展が見られない。いい加減眠くなってきたわ。
この辺でケリをつけようかしら。
「それは宣戦布告の通達と捉えていいのかしら」
「当たり前じゃん!」
「そう。ならしょうがないわね。先手は譲ったげる」
「アハハ……ねぇ?人間を焼き殺すのって楽しいのよ!
どんな鎧を着た兵士も炎に包まれると、熱い熱いって泣き叫びながら……」
「それが先手でいいのかしら」
「邪魔しないでよ、うるさいわね!」
「ああ、それとちょっと動くわよ。家に燃え移ったら面倒だから」
「あー、勝手に動くなー!」
あたしは頭の軽そうなガキを無視して太陽に背を向ける。
これで何か飛んできても教会に当たることはない。
あたしは何も言わず軽く両腕を広げて奴を挑発する。
さっそく左手に杖を持ってなにかブツブツ言い始めた。
「もういい、頭ったま来た!
……収束する生と死、混沌と光に有りて相反する者、我が眼が捉えし者へ、
其の終焉を今ここに!光あれ、ファイアディザ……」
乾いた銃声が奴の口上を遮る。
ステイシーとかいうガキの杖の先端に火球が現れた瞬間、
極端なカーブを描くグリップが特徴の
奴の左手を撃ち抜いた。
さすが200年も作られてるだけあって安定した性能ね。
西部劇に出てくる拳銃は大体これだと思ってくれていいわ。
「あ、あ、……痛ったあああ!!痛い、痛いよ!
ステイシーの左手……どうしよう、うああん!!」
ピースメーカーをぶら下げながら奴に近づく。
大量出血する左手をかばって大声を上げて泣いている。
周りにはちぎれた指が3本落ちてるわね。これでも感謝してほしいわ。
ちゃんと決闘のルールに従って相手が抜いてから撃ったし、
頭は牛乳瓶の一撃で痛いだろうから外してあげたのよ。
あたしはステイシーに銃口を向けたまま問う。
「ねぇ、次は?」
「痛い!痛い!ババ様ぁ、左手なくなっちゃったよう……」
「チィッ、ガンナーか!全員、魔障壁を張るんだよ!どけ!」
「キャ!」
ババアがジョゼットを放り出し、泣きじゃくるステイシーを無視して、
残りの仲間に指示を出した。
冷たいと思う連中もいるだろうけど、死んだも同然の脱落者に構うより、
残りのメンバーの維持に考えを切り替えるのはリーダーとしては正しい選択よ。
さて、次はどうするべきかしら。とりあえず自由になった邪魔な人質を退避させる。
「ジョゼットって言ったかしら。中に入ってなさい。っていうか後で大事な用がある」
「は、はい!」
あたしは黒衣の修道女が中に駆け込むのを見ると、残り4人の魔女と相対した。
皆、いつの間にか身体の前に輝く魔法陣を浮かべている。
生半可な攻撃じゃ通らなそうね。
「よくもやってくれたね!あたしの娘を傷物にしてくれた礼はたっぷりしてやるよ!」
「そんなに可愛いなら助けに来てやったら?
うっかりあんたに銃口が向いて暴発するかもしれないけど。
ごめんね、この銃引き金が軽いの」
「バカが!ガンナーの玩具で魔法使いのバリアが破れると思うてか!
……ああ、可哀想なステイシーや、こいつをなぶり殺しにしたら
すぐに薬草を擦ってやるよ!」
「悪いけど多分この展開のペースだと間に合わないわよ。
出血量から考えて15分がいいとこね。
……ステイシーって言ったわね。あんた、死にたい?」
「ぐすっ……いやああ……
ステイシー、ババ様みたいな立派な魔女になって、絶対幸せになって……」
「だったら得意の炎で傷口を焼き潰しなさい。
そのまま血を垂れ流してたら、あんたらの大嫌いな教会の前で死ぬことになるわよ」
「えっ……焼くの?だって、そんなの……怖い」
「あたしは死ぬほうが怖いわねえ」
するとステイシーは、そこそこ可愛いのに涙と鼻水で台無しになった顔の前に、
ボロボロになった左手を持ってきた。
そして、決意したようにギュッと目をつむり、ボソボソと呪文を唱え始める。
「ううっ……我が左、邪悪な右の爪痕をかき消すがいい……ファイア」
短い詠唱を終えると、ステイシーの左手が燃え上がる。
彼女が隣の領地まで届かんほどの悲鳴を上げる。
「キャアアアア!!熱い!熱いぃ!ババ様ァ、どうしてステイシーばっかりこんなあ!
うあああん!!」
「もう少しだから我慢おし!」
ステイシーは草の上を転げ回りながら泣き叫ぶ。肉の焦げる臭いが辺りに広がる。
他の魔女も思わず顔を背ける。あたしはぼんやり眺めながら考える。
最近なんとなくひもじいと思ったら肉食べてないわね、今度サラミでも買ってこよう。
そうこうしてるうちにステイシーの傷が塞がったみたい。
塞がったというより潰れたという表現が適切だけど。
彼女は急いで、姉妹の1人の元へ走っていった。
「冷やして!アリーゼ姉様!熱いよう!」
「落ち着いて、もう大丈夫だから!」
まぁ、氷の魔法を使うんでしょうね。水色のローブの女のところに行ったわ。
思った通り、ステイシーの左手を冷たそうなスライムで包んでる。
気の毒に、綺麗だった手がケロイド状に焼け焦げてる。
処置が終わったらババアが大声を張り上げた。
「やっちまいな!このクソガキをぶっ殺せ!」
ぶっ殺せ。つまり宣戦布告。つまり逆にこいつらを殺しても私に法的責任はない。
正当防衛ってやつよ。そんなことを考えてたら、
魔女たちが距離を取りながら、それぞれ呪文の詠唱を始めた。
あたしはピースメーカーでとりあえず一番近くにいた緑色の魔女を撃つ。
銃弾は命中したけど、魔法のバリアを激しく揺さぶっただけで止められた。
なるほど、強度はこんくらいね。
「ふん、間抜け!銃がなきゃ何もできないガンナーが、
魔女に勝てるとでも思ってんのかよ!」
今日のところはピースメーカーはお終い。今度はこいつの出番かしら。
その前に厄介なバリアについて分析しなきゃ。
「銃に限らず便利なものはなんでも使うわ。よろしく、あたし斑目里沙子。
最近見た映画はマグニフィセント・セブンよ」
そして手を差し出す。彼女はあたしの手をパシンとはたき、
「バカかテメエ!?
なんで殺し合いの相手、妹分の仇の手ェ触らなきゃならねえんだよ、ボケが!」
「あら冷たい。敵同士でも礼節というものはありましてよ」
なるほどね。
その時、サンドロックとかいう魔女の向こうから、
黄色いローブを着た魔女が詠唱を終え、指先から稲妻の球体を放ってきた。
あたしのスタンガンLv6くらいの電撃が迫ってくる。
慎重にタイミングを見計らって、と。
「ちょ~っとごめんあそば、せっ!!」
「なっ!!」
すかさずサンドロックのローブを思い切り引っ張り、彼女を電撃の射線上に蹴飛ばした。
当然直撃を食らうのは彼女でありまして。
「げああああああ!!」
強烈な電撃を浴び、全身を痙攣させながらその場に倒れ込むサンドロック。
ババアや氷、そしてフレンドリーファイアを起こした雷の魔女が混乱に陥る。
緑の魔女が体中から煙を出しながら、首だけを回してあたしを睨んでくる。
「てめえ、よくも、あたしを……」
「近くにいたお前が悪い。どっかの脱走犯の名言よ」
「汚え真似を……」
まあ、読みが当たって良かったわ。
バリアが何でもかんでもシャットアウトするなら、こいつらはとっくに窒息死してるし、
さっき形だけの握手を求めたとき、奴の手が触れた。
つまり、魔女のバリアはある程度殺傷能力があるもの、
あるいはそうだと認識したもの以外は通すってこと。
でも同じ手は二度通用しない。ここで仕留めておきましょう。
あたしは左脇のホルスターから、ぎらりと光るCentury Arms M100を抜き、
足元の魔女に狙いを付けた。
「今からあんたの頭を撃ち抜こうと思う。死にたくなかったら、全力で頭を守りなさい」
「やめろ……やめろォ!」
さすがにこの凶暴な特大拳銃が放つ殺意に恐れをなしたのか、
バリアを凝縮して上半身だけを守りだした。
いくらあたしでもここで足を撃つなんて卑怯なことはしないわ。
いいアイデアだとは思うけど。
あたしは魔女の頭部に狙いを定め、重いトリガーをゆっくりと引く。そして。
ステイシーの悲鳴とは比較にならないほどの轟音が、ビルもない異世界の草原に轟く。
近くの森から大勢の鳥が飛び去った。そこに残ったのは、頭部を失った魔女の死体。
広がる血痕。徐々にほどけていく穴の空いた魔障壁の術式。
M100の銃声に残りの魔女もただ立ち尽くしていた。
あたしはハンマーを起こしながら彼女達に近づく。
「ものには限度があるってことね。
今度は中距離から破れるか試してみようかしら。ねぇ?お嬢ちゃん」
「ひっ!」
M100の銃口を向けると、地べたに座り込んでいたステイシーが青くなって身を引く。
するとババアが声を上げる。
「みんな、ここは退くよ!」
「ババ様、逃げるっていうの?」
「……サンドが、殺された」
納得できない様子のアリーゼと雷の魔女。
「儂の言うことが聞けないのかい!?
アリーゼはステイシーを連れて!ヴィオラもボケッとしてないで逃げるんだよ!」
「わかったわ……」
「……」
魔女達はふわりと浮かんで散り散りに飛び去っていった。
この統制の取れた動きはただのゴロツキじゃなさそう。そんで、雷の名前はヴィオラね。
どうでもいいことばかり頭に入って来て嫌になるわ。
どうせ近いうちに殺し合いになるのに。まあいいわ。とりあえず用事を片付けましょう。
で、聖堂に戻るとジョゼットはのんきに十字架の前にひざまずいて祈ってた。
「ねえ」
「主よお守りください我ら子羊に約束の地から御威光を賜りますよう……」
「“ねえ”つってんのよ生臭坊主!!」
「はっ!貴方は!?」
「貴方は?じゃないわよ人が殺し合いの真剣勝負してたってときに。
まぁ、あんなババアに捕まるような奴に出てこられても邪魔だったけどさ。
それより、奥で話しましょう。あたし、斑目里沙子」
「ああ、すみません。申し遅れました!改めまして、遍歴の修道女、ジョゼットです。
諸国を旅して主の教えを広める活動をしております」
「主の教えは大変結構だけどね、人気が少ない街道には、
必ずと言っていいほど追い剥ぎやさっきみたいな野盗が出るの。
身を守る武器や武術くらいは身につけなさいな」
「それはいけません!仮にもシスターであるわたくしが刃物など!」
「神様のくせにより好みしてんじゃないわよ。剣が嫌なら銃になさい。
まぁ、弾が尽きると終わりだし意外とメンテも大変だけど」
「ええと……それがわたくし射撃は苦手でして。武器自体はありますの。
出発前にモンブール中央教会から、
いろいろ所持が許される武器を用意していただいたのですが……
10mの先の的に当たったことが一度もありませんの」
「そりゃ、やめて正解だったわ。どんなに強力な銃でも当たらないと空気だからね。
ほんで?結局あんた何選んだの?」
「これを」
ジョゼットはあたしに、鉄くずと変わらないしょぼいメリケンサックを見せた。
頭を押さえる。こりゃ無理だ。……いや、ひょっとするとひょっとするかも。
「ねえ、ちょっとあたしの手のひら殴ってみ?本気で」
少し前かがみになって彼女に手をかざしてみた。
「はい……てやあっ!」
パスン。はい終わり。
「ごめん、もういい。とりあえずお茶でも出すわ、ダイニングに行きましょう」
「ありがとうございます!」
それで、あたしは粉コーヒーに湯を注いだだけの粗末な茶を出して、
ジョゼットの事情聴取を開始したの。あたしはブラック派。
混ぜもの入れたらせっかくの香りと苦味が台無しじゃない。
たまに砂糖やミルクを山ほど入れてる人がいるけど、
そんなことするくらいなら最初からカフェオレ頼んだほうが楽でしてよ。
「……で、なんであのババア連中に襲われてたの?」
あたしは頬杖をつきながら面倒くさそうに質問する。
「彼女達は魔女の中でもその力を利用し、強盗、放火、誘拐、暗殺。
様々な悪事に手を染めている、
人呼んで “暴走魔女・エビルクワィアー”という犯罪集団。彼女達はその一部。
でも、誤解なさらないでください。エビルクワィアーのような無法者はごく一部で、
多くの魔女が普通の人間と変わらない生活を送り、法律で規定された触媒だけを使い、
その力で人々の暮らしに貢献しています」
「それは知ってる。街で見た。
すれ違う時、三角帽子のツバが邪魔だったからよく覚えてるわ。
あたしは、なんでババアに攫われそうになってたか聞きたいの」
「過去に摘発された暴走魔女によると、より強力な魔法や手下となる悪魔召喚の儀式には
聖職者の血肉が最も適しているらしいのです。
彼女達も恐らくわたくしの肉体が目的だったのではないかと……」
「あー、そういえば玄関先でそんなこと言ってたわね。
まぁ、あんたとあいつらの目的はわかったわよ。こっからが本題。……はい」
あたしはジョゼットに手のひらを差し出した。彼女は喜んでその手を握り、
「助けてくれて本当にありがとうございました!
里沙子さん、貴方こそ主の御使いです!」
「違ぁーう!!」
「えっ?」
キョトンとする彼女に世の中のルールってもんを説明する。
「使った弾の代金。.45LC(ロングコルト)弾が2発、45-70ガバメントが1発。〆て20G。
いや、待って。さっきのボディーガード料を含めると200Gにはなるわね。
ほら、さっさと出す」
「そんなあ……あのう、同じシスターなら助け合いということには……」
「ならないわね。あたしはただ100万Gで土地含めて家代わりにここを買ったパンピーよ。
だから本来あんたを守る義務なんかなかったし、余計な敵作ることになっちゃった。
さっきの連中、何人か生き残ったからまた攻めて来る。
だからこれくらいの代金を支払うのは当然なの」
「でも、わたくし、これだけしか……」
モジモジとブロンドのロングヘアを揺らしながら、
その蒼い瞳を泳がせて困り果てるジョゼット。ついでに言っとくと彼女結構可愛いわよ。
あたしが男なら、本屋にあふれてるハーレムラノベみたいに、
唐突にこの娘と恋仲になったり、
意味もなくパンツが見えたりする展開もあったんでしょうけど残念ね。
生憎ここにはスレた女と大して面白みのない田舎町しか出てこないわよ。
とにかく彼女は、開けなくてもろくに入ってないことがわかる小銭入れを
差し出してきた。
「足りてないことはわかってるわよね」
「ごめんなさい……」
「じゃあ、そろそろお引き取り願えるかしら。その金もいらないわ。お布施ってことで。
後はハッピーマイルズ・セントラルの軍に助けを求めるのね。
東に走れば10分くらいで着くわ」
「待って、お願いです!神出鬼没の暴走魔女には軍も自警団も手を焼いているのです!
例え逃げ込めても、街から外に出た途端にまた攫われてしまいます!
わたくし、なんでもしますから!
主の教えをこんなところで途絶えさせるわけにはいかないのです!
どうか、どうかお慈悲を!」
「こんなところで悪かったわね。世の中神様信じてる連中ばかりじゃないの。
あなたがどうなろうと、あたしがタダ働きする……ん?ちょっと待って。
今、なんでもするって言ったわね」
「はい!」
「う~ん、そ・れ・じゃ・あ」
30分後。あたしは自室で銃にリロードしつつ異常がないかチェックしていた。
1階から声が聞こえてくる。
“聖堂の掃き掃除終わりました~”
「ちゃんと梁のホコリも落としてくれた?」
“バッチリです!”
「じゃあ次は窓拭きね」
“わかりました……キャア!マリア様のお姿が泥まみれに!おいたわしや……
里沙子さん、ここはいつからこの状態に?”
「検討もつかないわ。あたしがこの世界に来たのが一週間くらい前。
その時には既にご覧の通りよ」
“じゃあ、里沙子さんもアースから?”
「ええ、ゴミ捨て場で寝てたらここにいた」
そう。金がないなら働きで返させればいい。
あたしは面倒くさい掃除をジョゼットに押し付けて、
自室でくつろぎながら戦闘準備をしていた。窓の外を見る。
正午から1時間ちょっと過ぎたくらいかしら。
「そうそう、ディスプレイの前の皆さん。
プロフィールで“殺人はやってない”趣旨のこと書いてたけど、
さっきのはノーカンだからね。正当防衛だし、あいつら人間じゃなくて魔女だから」
“え、なんですか?”
「なんでもなーい」
あたしの勘だとそろそろ頃合いね。……急に冷え込んできた。さっそくお出ましね。
1階からジョゼットの悲鳴が聞こえてくる。
“里沙子さん!さっきの魔女が攻めてきました!助けてー!”
「わかった、今行く。あんたは隠れてなさい!」
あたしはすっかり綺麗になった聖堂に驚きながら、思い切りドアを開け広げた。
そこには2時間ほど前に会った魔女連中。
いきなり寒くなったと思ったら、草原が一面の雪景色。あの水色ローブの仕業ね。
ババアが、左手が使い物にならなくなったステイシー、
確か火炎攻撃してきたガキを連れて2,3歩前に出て声を荒らげた。
ステイシーは声を上げずにさめざめと涙を流している。
ガチ泣きとかテンション下がるからやめてほしいんだけど。
「小娘!お前がしたことの結果を見るがいい!この娘の左手はもう元に戻らない。
これがどういうことかわかるかぁ!!」
「ボタンはめるのが面倒くさそうね」
「粋がるのも大概におし!
お前を酸の風呂につけてこの娘が受けた苦しみを何十倍にもして返してやる!
……魔女に限らず人が魔導書で会得した魔法を使うときにはね、いつも左手を使うのさ。
理由を教えてやろうか。
右手は人の業。食事をしたり道具を使うために存在してきた。
そして左手は神の業。魔力を収束し、それぞれの形に発現するものと
古来から決まってる。
炎の魔女ステイシーはあんたのせいで左手を失った。
この娘にとってそれがどういうことか、わかるかぁ!!」
「泣き虫ステイシーの出来上がりね」
彼女がキッとこちらを睨む。初めて前向きな感情を見せてくれて姉さん嬉しいわ。
でも、あたしを恨まれても困るのよねぇ。燃やしたのあんたなんだし。
「あんたは簡単にゃ殺さないよ!アリーゼ、ヴィオラ!
こいつを死ぬ寸前まで痛めつけておしまい!
エビルクワィアーに歯向かった連中の末路を味あわせてやりな!」
「オーケー、婆様。……ねえ、嬢ちゃん。あたいの魔法はもう見てくれてるよね。
辺り一面真っ白。そう、真っ白。うふふ……」
「気色悪い作り笑いはやめ、てっ!?」
突然降り積もった雪の中から何本のも氷の槍が飛び出してきた。
とっさに横にローリングして回避したけど、一瞬雪の動く僅かな音を聞き逃してたら
串刺しになってたわね、気をつけないと。さすがにあたしも心臓がバクバク言ってる。
今度は黄色が何やら呪文の詠唱を始めた。
あたしは妨害しようとピースメーカーを2発撃った。
銃声とほぼ同時に.45LC弾が突き刺さる。けど、だめ。
やっぱり魔法でバリア張ってるみたい。
弾丸は魔障壁を揺さぶっただけで魔女には効かない。
ならこっち!急いで左脇のホルスターからM100を抜いて、
ヴィオラとか言う電撃係に照準を合わせる。結構距離があるけど大丈夫かしら。
信じるしかないあたしはトリガーを引く。
銃口からピースメーカーとは比較にならない爆音と炎と大型のライフル弾が飛び出す。
弾丸は真っ直ぐヴィオラへ突き進む。
その圧倒的破壊力を察知したのか、詠唱をやめて身体をそらした。
命中はしなかったけど、鉛の牙がバリバリと魔障壁を食い破る。
M100の破壊力にヴィオラがすっ転ぶ。行ける。この隙に小走りで奴らとの距離を詰める。
より近距離でこのハンディキャノンをぶちかませるように。
氷と雷。どっちにしようかしら。
魔障壁をぶち破れるM100の威力に狼狽えてる今がチャンス。
また地雷のようにデカい氷柱を出されちゃたまらない。確かアリーゼって言ったかしら。
あたしは水色のそいつの土手っ腹を狙って両手でしっかりグリップを握り、
トリガーを引く。
この銃ならヘッドショット狙わなくてもどっかに当たれば殺せる。
また鼓膜に痛い爆音を立ててハンドキャノンが吠える。捉えた!……と思ったけど、
一瞬の差で奴が分厚い氷の壁を召喚。
厚さ1mはある壁と魔障壁に威力を減衰され、弾がアリーゼに届かなかった。
ババアは泣き続けるステイシーに寄り添って動かない。アリーゼが高笑いを上げる。
「アハハ、無様ねえ!この雪原はあたいのテリトリー。トラップもバリアも自由自在!
たかがガンナーに出来ることなんてないのさ!」
ふぅん、雪を媒介にして自動的に発動する罠や防壁か。
でも、世の中“自由”を謳ってその通りになった例って少ないのよね。
急速に面倒くさい病の発作が起きたあたしは、さっさとケリを着けるべく、
ガンベルトの背中に挟んだものを2本取る。
あの魔障壁の強度が防弾ガラス程度とすると、威力としてはこれくらいかしら。
そして、教会そばの雑木林に逃げ出した。
「やってらんないわ、あたしは逃げる!
シスター、あんたのせいでこうなったのよ!出てらっしゃい!」
適当に芝居を打ちながら走る。本当に出てこないわよね?
まぁ、多分ヘタレだから大丈夫だとは思うけど、奴らが乗っかってくれるかが問題。
「何してるんだい!さっさと追いかけるんだよ!」
後ろからババアの声が聞こえてくる。取り越し苦労だったみたい。
背後から2つの殺気が迫ってくる。
木々の合間を縫いながら、あたしはちょうどいいスペースを探す。……あ、見つけた。
4本の木に囲まれた小さな空間。
そして、ポケットからライターを取り出し、手に持った2本に火を着けると、
トスっと地面に積もる雪に投げて刺した。あとは退避場所。今度は木が密集してるとこ。
あったわ。太い木細い木が何本も固まってる。
あとはチャンスを待つだけね。ああ、来た来た。
「どうしたの、お嬢ちゃん。もうお疲れ?人間は空が飛べないから不便よねぇ」
「つくづくそう思うわ。あたしはね、面倒くさいことが死ぬほど嫌いなの。
でも、綺麗な物は好き。……この雪、キラキラしててとてもきれい」
あたしは足元の雪を両手ですくって見せた。
「でしょう。あたいの作った雪ですもの。あんたの血で染めればもっと綺麗になるよ」
「……お前、今から死ぬ。ステイシー、魔女として生きられなくなった。
彼女の人生、破滅させた。お前、許さない」
氷と雷がべらべら喋ってる。ヒューズは長めにしといたけど、これ以上はヤバイわね。
最後の仕上げ。
「こうしてぎゅっと固めるとね~雪合戦のボールになるの。
あ、石ころ入れるのは反則ね」
「……?何がしたいのさ、あんた」
「こうすんよ!」
あたしはアリーゼに思い切り雪玉を投げつけた。
殺傷能力のないただの雪は魔障壁をすり抜け顔面に命中。
奴は顔中雪まみれにしながらしばらく動かなかったけど、
完全に頭に血が上ってるのがわかる。
「あたし、綺麗な物も好きだけど、バカをからかうのも大好きなのよ!じゃあね!」
そしてあたしはダッシュで逃げる。もう時間がないわ。
「待ちなこのクソガキャァ!!」
「逃がさない……!」
アリーゼとヴィオラが宙に浮き、再びあたしの追跡を始めた。ジャストタイム。
突然、雑木林の木々全てをへし折らんばかりの爆音と衝撃波が炸裂。
それを真下から食らった二人の魔女は魔障壁ごとバラバラに粉砕された。
密集した木に隠れて耳を塞いでたけど、腹の底に響くわね、ダイナマイト2本は。
こないだ薬局で買った心臓病向けの医療用ニトログリセリンを、
ちょちょいとアレして作っといたやつが早速役に立ったわ。あたしは木陰から出る。
そこには木っ端微塵になった魔女2人だったものが散らばってた。
なんかぶよぶよした変な形の肉片が散乱してる。これは……手?足?
流石にあたしも触る気にはならないから、代わりのものを探す。
ああ、これなんかちょうどいいわね。二人の三角帽子。
魔力が宿ってるせいか燃え尽きずに木の枝に引っかかってた。
あたしはそれを持って、もと来た道を引き返した。
「なんだい!一体何が起こってるんだい!?」
二人の娘を追跡に送り出した老魔女は、
地を揺るがすような爆発音に飛び上がる思いをした。
衝撃波は雑木林の外にまで烈風を巻き起こし、ステイシーと老魔女に叩きつけた。
あの女は一体何者なのだ。まさかあの女も魔女?
しかし、これほどの爆発魔法など、よほど永く生きた魔女でなければ使えない。
「ババ様、お姉様達どうしちゃったの……?」
ステイシーは不安げに老魔女の袖をつまんだ。残った2本の癒着した指で。
すると、緑色の変わった服を着た眼鏡の女が、
気だるげに何かを振り回しながら雑木林から出てきた。
はぁ、やっと帰ってきた。氷の魔女が死んで雪が消滅したからちょっとは楽だったけど。
あとはババアとの決着ね。
殺した二人の三角帽子をぶらぶらさせながら教会の前まで戻る。
あたしはなんにも言わずにCentury Arms M100を抜き、ババアに近づく。
そして、三角帽子を放り出した。
「こいつらは死んだ、つーか殺した」
「おお……アリーゼ、ヴィオラ……もう許さないよ!!
ステイシー!姉の仇を取るんだよ!」
まさか自分がやらされるとは思わなかったステイシーはババアの声に驚く。
「えっ、ステイシーが……?ババ様は戦ってくれないの?
見て、ステイシーの左手、こんななんだよ?」
必死に訴える炎の魔女。だけどババアは最後まで動きたくないみたい。
「儂に小娘の相手をさせる気かい?つべこべ言わずに殺るんだよ!
人間一人燃やすくらいの術は使えるだろう!
あんたを捨てて別の“娘”を探したっていいんだよ!?」
「使う前に殺すけどね」
「いや、そんなのいや……」
あたしにM100を向けられ、青くなるステイシー。かと言ってババアは助けてくれない。
彼女は座り込んで泣きながら頭を振る。だめね。こいつはもう死んでるのと変わらない。
「ねえ、婆さん。あたしらで決着つけましょうよ。
こいつが泣き止むのを待ってたら日が暮れる」
「……チッ、ステイシー!お前はもう破門だよ!儂の前から消え失せろ!
とっとと縛り首にでもなるがいいさ!」
「そんな……お願い、見捨てないでババ様!」
綺麗な右手と醜く焼けただれた左手で必死にすがりつくステイシー。
だが、ババアは冷たく言い放つ。
「もう、ろくな魔法も使えないガキなんざ面倒見る気はないよ!
魔法以外は役立たずのとんだグズさ、お前は!
娘の中でも一番見込みのないバカだったけど、
儂の雑用くらいにはなるだろうと思って育ててやったが、
カタワの魔女なんざただの恥さらし。お前はもう用済みだよ」
「あ……」
魔女としての力も、ババアの後ろ盾も失ったステイシーは、
その場に座りながら、ただ呆然としていた。
いい加減このメロドラマにもうんざりしてきたから、
強引に幕引きを図ることにしましょうか。
「婆さん、先手こっちでいい?」
「やってみな、小娘が……!」
「じゃあね」
あたしはM100を構え、ババアの頭に一発お見舞した。今日で何発目?3発目かしら。
とにかく耳に痛い。本当はこういうの、耳栓付けて撃つべきなんだけど、
実戦で聴覚なしで戦えるかって話。
硝煙が晴れて頭が砕けたババアの姿が現れるのを待ってたんだけど、
とんでもないもん見ちゃったのよ奥さん。
45-70ガバメント弾がババアの顔に潰れて張り付いてるの。
えらくカルシウムたくさん摂ってるのね。
「ヒヒヒ……エビルクワィアーが一団、“魔狼の牙”の頭領を
舐めてもらっちゃ困るねぇ。娘達みたいにヤワな結界に隠れる必要なんてないんだよ。
儂は、肉体を物理的にも魔術的にも強化できるんだからねぇ!」
ババアの高笑いを聞きながら考える。どうしたもんかしら。M100が効かないとなると……
「ねえ、婆さん。この棒咥えてみる気はない?」
「ほう……そいつでヴィオラとアリーゼを殺したのかい!
約束通りお前は酸の風呂で焼き殺してやるよ!」
やっぱり駄目か。ダイナマイトならまだ可能性もあったんだけど。
真正面から投げても食らってくれるわけないし。
あれ、なんかババアがブツブツ言ってる。
「どうしたの、ボケた?……はっ!」
これには驚いたわね。よく見るとババアが超高速で唇を動かしてる。
すると急に辺りが闇に包まれた。
あるいはあたしの視力が奪われてるのかもしれないけど、どっちにしろ何も見えない。
闇の中にババアの声が響く。
“儂は闇属性の魔女、ゲルニカ!死ぬまで忘れられない名前になるよ、ヒヒ……”
きょろきょろと周りを見るけど、一点の光も差さない完全な闇。
これはちょっとヤバイかも……!?
「つっ……!」
突然ヒュパッ!と左腕を何かで斬られた。
あえて手加減してるのか、それほど出血は多くない。けど、なんとなく気配でわかる。
あたしの周りに無数の何か、恐らく刃物が飛び回ってる。
“次はどこを狙って欲しいんだい?目かい?足かい?
それとも、あんたの左手も指全部詰めてやるのも面白そうだねぇ”
「真っ平よ、タンス臭いクソババア」
またしても刃物が飛来し、右手の甲を斜に斬られた。思わずM100を落としてしまう。
拾おうとしても足元も闇。どうしてくれよう。ピースメーカーじゃ当たっても効かない。
ダイナマイトは命中率ゼロ、どころか自爆する可能性もある。
本当、面倒っていうか、うんざりっていうか。
また、どこかからヒュッと刃が飛んできて、あたしの眼鏡をふっ飛ばした。勘弁してよ。
なくなったら困るものランキング1位なのよ眼鏡っていうものは!
ないとガチで何も見えないから。視力検査の一番でかい輪っかも見えないから。
“これで終いにしようかね。あんたの両腕、両足、頂くよ。
心配しなさんな、ちゃんと止血してやるよ、ステーキみたいに傷をこんがり焼いてねぇ、
ヒハハハハ!”
……こんなババアに殺されるくらいならいっそピースメーカーで頭ぶち抜こうかしら。
奴のセリフで思い出したけど、せめて最期にステーキくらいは食べたかったわね。
あたしはホルスターの銃に手をかける。その時。
「うおおおおお!!」
あら、このM100の銃声並みに難聴を引き起こす危険のあるデカい声は……
次の瞬間、あたしを包んでた闇が唐突に晴れた。
急いで眼鏡とM100を拾い上げたあたしが見たものは、
シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍その人だった。
馬から降り、騎馬隊を引き連れた彼はあたしに駆け寄ってくる。
「無事か、リサァ!!」
「え、ええ。なんとか。でも、どうしてここに?」
「うむ!リサの家からひっきりなしにハッピーマイルズ・セントラルまで
爆音が轟いてくるのでな、偵察を差し向けて状況を把握した次第である!
お手柄であるぞ、“魔狼の牙”を壊滅寸前まで追い込むとは!」
「まぁ、今は追い込まれ中ですけれど……」
「もう心配は不要である!……第一、第二鉄砲隊、放て!!」
将軍の指示が下ると、騎馬隊がライフルを構え、
空を舞っていたゲルニカに照準を合わせ、弾丸を放った。
「うがああ!痛い痛い痛い!!」
無数のライフル弾が鋼鉄の肉体に突き刺さる。
どうもババアの肉体強化は痛みまでは消してくれないみたい。
集中力を削がれたゲルニカは重力の法則に従い落下した。
ドスン、と重い鉄塊を落としたような衝撃が足の裏に伝わってくる。
多分、闇が晴れたのも将軍の大声に気を取られたせいなんだと思う。
将軍がやはり鎧をガチャガチャと鳴らしながらババアに歩み寄る。
「うう、腰を打っちまったよ……はっ!?」
「“魔狼の牙”が首魁、ゲルニカ!ここで会ったが百年目!
我が剛剣の錆にしてくれる!!」
「あああ、やめてくれえ!」
彼はそんな命乞いなど一切耳を貸さず、背負った巨大な鞘から、
これまた巨大な剣を抜き取った。よく耳切らないわね。
彼は右手で持った大剣に左手をかざし、呪文の詠唱を始めた。
「鍛冶司りし単眼の神に乞う、今一度灼熱の光を我が一振りに!」
すると、将軍の剣がマグマの様に熱く燃え上がり、辺りに猛烈な熱風を吹き付ける。
そしてゲルニカに向き合うと、両手で剣を掲げ、
「おおお!!」
「ああ、やめろ!堪忍し──」
振り下ろした。まさしく一刀両断。ババアの身体は縦に真っ二つ。
その断面は溶けた鉄のように燃えながら流れていた。
それからそれから。
ステイシーは封魔の鎖とやらで拘束され、
ハッピーマイルズの果てにある魔導刑務所ってとこに連れて行かれた。
無限に魔力を吸い込む魔界の鉱石が配置された、一切魔法が使えない特別施設らしいわ。
去り際に彼女を見たけど、本当に世界が終わったような失った目をしてた。
どうしてあんなババアについてきたのかしら。あたしならピンでやるけど。
そんな独り言を口にすると、珍しく将軍が叫び声ではなく、
一般人並の声で話しかけてきた。
「暴走魔女・エビルクワィアーに身を落とす魔女は、大抵崩壊した家庭で育ったか、
苛烈な迫害を受けてきたものが多い。彼女もそのどちらかであったのであろう。
例え紛い物であったとしても、家庭というものを欲していたのかもしれん。
我が想像しても詮無きことであるが」
「わたくしに言わせれば、ただのわがまま贅沢病ですわ。
ソマリアに行けばもっと悲惨な連中がいましてよ。だから遠慮なく4人殺せましたの」
「貴女は、容赦がないな。きっと、それが貴女の強さなのだろう」
「お褒めに預かり光栄ですわ……ってあいつはどこかしら」
「あいつ、とは誰のことであるか」
「ここに転がり込んできたシスター。
今日のドンパチ騒ぎもあの女が持ち込んだようなものですわ。
こら、ジョゼット!出てらっしゃい!」
あたしは玄関をドンドン叩く。すると、恐る恐るジョゼットが顔を出したので
首根っこをふん捕まえて外に引っ張り出した。
「キャッ!……あのう、魔女たちは?」
「3人殺した。1人は逮捕。頭目は将軍が殺してくれたわ。
ほら、あんたもお礼言いなさい」
「ええっ、この領地の将軍閣下!?これこそ主のお恵み!
本当に、ありがとうございます!」
ジョゼットは将軍の前にひざまずいて両手の指を絡めた。
ああ、完全に手を合わせたら仏教よね。本当になにもかもが中途半端に混じってるわ。
「いやいや、主にお仕えする修道女をお助けするは騎士の勤め。礼には及ばぬ」
「そういやこの世界の宗教事情ってどうなってんの?やっぱキリストさん?」
無神論者だけどちょっとだけ気になったから尋ねてみる。
「キリスト、とはどなたでしょう?」
ああやっぱり。違うなら完全に別物にしてほしい。
「ごめん、もういいわ。それより、せっかく将軍と直属の騎兵隊が来てるんだから、
街まで送ってもらいなさい。もう同じヘマするんじゃないわよ」
「……」
「ふむ、こちらの修道女は我に何用かな?」
「今日の騒ぎですが、このシスターが暴走魔女に攫われそうになって、
うちに飛び込んできたのが発端でして。これからも旅を続けるそうなのですが、
どうかまともな武装と旅の知識を……」
「待ってください、わたくし……残ります!」
ジョゼットが小柄な身体を震わせて叫んだ。
「は?何言ってんの。残るってどこに」
「もちろん、この教会に決まってます!
建物はおろか、聖マリア様までないがしろにされているこの状況は見過ごせません!
それに、わたくしはハッピーマイルズ領に来たばかり。
この地の方々に主の教えを広めるまでここを離れるつもりはありません!」
鼻息を荒くしてまくし立てるジョゼット。だけどあたしはたまったもんじゃない。
「ちょっとあんた、勝手に決めないでよね!
ここはボロだけどあたしの気ままな一人暮らし生活の場なのよ?
マリアだか布教だか知らないけど……」
「ガッハッハ、それは重畳!
住み込みの修道女がいれば、この教会もまともに機能するというわけだな」
「将軍までおやめください!
あたしは一人の時間がないと生きていけない難病に罹ってるんです!
居候なんか置くつもりはありませんから!」
「だめ、ですか……?」
ジョゼットが目を潤ませて懇願してくる、けどあたしに通じると思ったら大間違いよ。
こいつアホだと思ってたけど結構いろんな手使ってくるわね。
「女相手に上目遣いはやめなさい。虫酸が走るだけだから。
そういうのは鼻の下伸ばしてる野郎連中にしてやんなさい」
「どうしても?どうしても?」
「あんまりしつこいと屋根の十字架叩っ壊すわよ」
「んん?確か、教会をはじめとした公共施設の運営者には、
領主から補助金が出ると聞いているな。すっかり忘れていた」
「補助金!?……オホン、ちなみにそれはお幾らくらい?」
「ふむ。この規模の教会であると、月1万Gは出るであろう」
「10000G……馬鹿にできない金額ね。
ジョゼットには安物のパンだけ与えとけば、ほぼ丸儲け……
なるほど、市民に優しい行政システムって素敵だわ」
結局人を動かすのは金だわね。あたしはジョゼットに幾つかの条件を突きつける。
「聞きなさい。置いてあげるけど条件があるわ。
まず、聖堂があるからってうちに人集めて賛美歌合唱したりしないこと。
信者を入れるのは日曜ミサだけ。他の曜日は鍵閉めて誰が来ても入れるんじゃないわよ。
次に、勝手にあたしの部屋に入らないこと。ここに関しては掃除もしなくていい。
同様にあたしのものにも触らないこと。あたしの生活パターンに口出ししないこと。
昼間から酒飲んで寝てても文句言わない。これを必ず守ること。いい?」
「えー、それじゃ教会とは言えないです~
いつでも誰でも門戸を開いているのが教会なんですから!
それに昼酒は身体に毒です。駄目なんですよ~」
「いきなりルール破ってんじゃないわよ!
それになにが悲しくて自分ちレクリエーション施設にしなきゃなんないのよ!
これでも大幅に譲歩してんの!公共施設として認可受けるために!」
小声でやり取りするあたしとジョゼット。
すると将軍と騎兵隊が撤収準備を始めたから、慌てて声をかける。
「あ、将軍!お待ちになって!
今日からここは教会として運営することに決まりましたので、手続きを……」
「心配せずとも良いリサ。
我の判ひとつで今日からここは正式なハッピーマイルズ教会である」
「お手数おかけします」
あたしは将軍に一礼した。その隣で馬鹿が大声ではしゃぐ。
「やったー!」
「両手でピースってあんた歳いくつよ」
「16です!」
「最悪ね」
何の因果かあたしは自由気ままな生活におかしな居候を抱え込むことになってしまい、
本当に、深い深い溜め息をついた。
でも、将軍が去り際に耳寄りな情報を残していってくれた。
「おお、確か“魔狼の牙”のメンバーには皆、賞金がかかっていたぞ。
駐在所に証拠となる品を持っていけば懸賞金がもらえよう。
頭目は我が倒してしまったが、その他の手下は確か……4000Gであった」
「本当ですか!?4000が3人で1万2000G!
ジョゼット、ちょっと帽子拾ってくるから、掃除の続きやってなさい。
あんたにあの光景はキツい」
「いってらっしゃ~い」
のんきに手を振るジョゼット。
緊張状態が解けたせいか、だんだん地が出てきたわねあの娘。まぁいいわ。
一人くらいなら掃除の手間と引き換えと考えれば耐えられる、多分。
そう思いながら、あたしはまず頭を粉砕した緑の魔女の死体あさりに向かった。