面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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今週、缶・びん・ペットボトルの収集が来なかったの。正月以外は必ず来るのになぜかしらね。

「はい、全員横一列に並ぶー」

 

朝早くに目が覚めたあたしは、もう一度寝ようとしたけど寝付けなかったから、

暇つぶしを兼ねて道連れにチビ助共を叩き起こし、教会前の草っ原に整列させた。

当然連中から文句の声が上がる。

 

「なんですか、りさこさん。まだ眠いです……」

 

頭の蛇も宿主と同じく眠そうにフラフラしてる。

 

「ふあぁ、まったくよ。一体何のつもり?」

 

ヴァンパイアのくせに夜ぐっすり寝てんじゃないわよ。

 

「僕、まだ寝ていたいよ」

 

君についてはコメントのしようがないわ。

 

東を見るとまだ日が昇りきってない、茜色に染まる空。大体午前5時くらいだと思う。

あたしは嘘が嫌いだから相手が子供だろうと本音で喋る。

 

「うん、実はあたしさっき目が覚めたばかりなんだけど、

それきりちっとも寝られないから、

あんた達に夜明けまで付き合ってもらおうと思ってね。

みんなはまだ寝てるから、一番暇そうな奴らを起こすことにしたの」

 

「えー、なんですかそれ!」「ふざけるんじゃないわよ!」「横になってればいいのに」

 

まあ、こんくらいのクレームは想定済みよ。

あたしだって、ただの嫌がらせでこいつらの安眠妨害を企んだわけじゃないわ。

ちゃんと考えあってのことよ……っていうのは真っ赤な嘘で、

なんにも考えなんかありゃしないわ。

ただ眠れない八つ当たりに、目についた奴をベッドから引きずりおろしただけ。

 

じゃあ、さっきの嘘は嫌いって台詞はなんだって?それが嘘だって言ってるのよ。

嘘を嘘と見抜けない奴は(略。

とりあえずだべりながらそれっぽい理由を考えましょうか。

 

「うっさいわね、冗談よ。最後まで聞きなさいな。これはあんた達のためでもあるのよ」

 

「私達の?一体なんだってのよ!」

 

「よく考えたら、あたし達、あんたらのこと、ほとんど知らないじゃない。

もしかしたら今日帝都から連絡が来て、

偉い人のところまで行くことになるかもしれない。

その時、なんにもわかりませんじゃ、

皇帝陛下や法王猊下に余計な時間を取らせることになるでしょう?

それに、きちんと情報を渡さないと、多少強引な“取り調べ”が待ってるかもしれない。

だから夜明けまでに話をしておく必要があるの」

 

あたしは古い樽に腰掛けながら、自分でもうっかり重要なことを忘れてた事に気づく。

そうよ、ろくにこいつらの事知らないじゃない。

 

「やだ、乱暴なことされるの……?」

 

「ふ、ふん、に人間なんて、このピーネスフィロイト・ラル「黙って」」

 

「……」

 

「やめてよー。僕、帝都なんて行きたくない!」

 

ふふふ。喋ってるうちにもっともらしい理由が出てきたわ。ヤツのSSの書き方と一緒。

スタートダッシュが掛かればこっちのものよ。

 

「行きたくなくてもいずれ必ず行くことになるの。魔界に帰りたいんじゃないの?

だったら、あんたらに何ができるか、どういう性質を持ってるか、

過激派思想を持ってないか、北朝鮮との繋がりはないか、

ちゃんとあたし達が把握しておかなきゃ」

 

「うーん、そうだね……じゃあ、りさこさん。僕たちは何をすれば良いのかな」

 

「んふ、聞き分けの良い子は好きよ。

じゃあ、あんた達は3人共別種族だけど、今の所何ができるのか教えて。ワカバから」

 

いきなりあたしに指されて戸惑うワカバが一歩前に出て、じっとあたしを見つめてきた。

 

「……」

 

「どうしたの?黙りこくっちゃって。別に恥ずかしがる事でもないでしょう」

 

「いえ、今りさこさんに能力を使っています!」

 

「どんな」

 

「ゴーゴンの瞳は、目が合った相手を石にしてしまいます!」

 

とりあえず右手を見て開いたり握ったりしてみる。何も、変化は、ない。

 

「ああ、動かないでくださーい!

石化するまでには10日と19時間46分かかるんですから!」

 

「はぁ!?それまで敵に待っててもらうつもり?餓死するほうが早いわ、お馬鹿!次!」

 

すごすごと引っ込んだワカバの代わりに、

ピーネがしゃなりしゃなりとした歩調で前に進み出た。別の意味で期待が持てるわね。

 

「今度は私ね?ヴァンパイア一族の力に恐れ慄くがいいわ!」

 

「この中じゃ、あんたが一番の期待株なんだから、しっかりしてよ?レディ、ゴー」

 

「ほら里沙子、腕を出しなさいな」

 

ちょちょいとピーネがあたしを手招く。何するつもりかしら、面白くなってきた。

とりあえず袖をまくって腕を差し出す。

すると、突然ピーネがあたしの腕に噛み付いてきた。ちっちゃな牙が肌に食い込む。

チューチュー言ってるから、多分血を吸ってると思われ。

痛い・気持ちいいメーターで測定すると……痛い方にほんの少し針が触れる程度。

 

「ぷはっ!ふー」

 

気が済むまで血を吸ったピーネが満足げに口を拭う。

あたしは噛まれた部分を見つめるけど、ちょっと血が滲んでるだけ。

壊死したりヴァンパイアに変身したりする気配はまったくない。

 

「ねえ、もしかして噛み付くだけの物理攻撃ってオチ?」

 

「違うわよ!私に血を吸われたら、あんたも不老不死の存在になって、

永遠に私の奴隷となって奉仕し続けるのよ!さあ続き!」

 

「続きってことは?」

 

「私の恵みを受けてヴァンパイアになるには、20リットルの血液が……」

 

「ワカバと同じ理由で不合格!

人間が20Lも血を失ったら、間違いなくトリアージタグに“黒”が着くし、

そもそも悠長にムシャムシャしてる隙に、敵に土手っ腹ぶっ刺されるわ!」

 

「トリアージ…何?」

 

「怪我人が大勢出た時なんかに、素早く治療にかかる順番を決めるカードよ。

黒は死亡もしくは救助不能。要するに、今んとこあんたの能力は役立たず」

 

「役た……しょうがないじゃない。

血の契約には、宿主の妖力と触媒、つまり血の量のバランスが重要なんだけど、

まだ妖力の小さい私は、その分大量の血液が必要になって……」

 

ピーネがしょぼくれそうになったので、慌ててフォローする。

またルーベルに何言われるかわかりゃしないし。

 

「あー、悪かった悪かった。本来の趣旨から外れてるわね。

何ができるか知ることが目的だから、さっさと次に行きましょう。

ガイア、準備はいい?」

 

岩というより、石を人型に集めた姿のガイアが前に出る。けど、何かする様子もない。

 

「りさこさん。ゴーレムは長い年月をかけて、

身体の中心にあるコアに魔力を蓄えて大きくならないと、大したことができないんだ。

今は人より力持ちで丈夫な事くらいが取り柄で……

あと、コアを壊されない限り、バラバラにされても元通りになれるだけ」

 

「卑下しないの。自分の力を客観的に把握することは大切な事よ。

少なくとも他の2人よりは、どのRPGに雑魚敵と出しても恥ずかしくない」

 

「なんだかよくわからないけど、褒められてない気がする……」

 

「褒めてる褒めてる。中盤に差し掛かるあたりの勇者達といい勝負しそうよ、君。

次のお題行きましょうか」

 

あたしは3人にも樽の椅子をよこして、完全に雑談モードに入る。

 

「ちょっと気になったんだけど、あんた達が暮らしてた魔界ってどんなとこなの?」

 

いい感じに日が顔を出し始めたところで、3人がそれぞれの印象を語り始めた。

 

「えと、とにかくいつも真っ暗で、砂と灰しかないです。

あと、ゴロゴローって雷が鳴ってて怖いです。

魔王様や上級堕天使なんかは、立派なお城に住んでますけど、

ワカバ達みたいな、あんまり強くない魔物は、

石を積んだり、枯れ木を組んだ小さな家に住むのが普通です」

 

「食べ物とかは?」

 

「大地の表面に栄養がないから、人間みたいに野菜や麦を育てたりできません。

土を深く掘ったらたまに出てくる魔界植物を、焼いたりスープにしてます。

あと……乱暴な部族は共食いをしたり!」

 

そう語ったワカバは身を震わせる。

あー、なんとなく魔王が、こっちの世界を欲しがってた理由が見えてきた気がする。

そしてピーネが続く。

 

「魔界を支配するのは、力。ただそれだけよ。

例え肉親でも、一族の長になるためなら、躊躇いなく始末する。

下級魔族が下剋上のために上位魔族と戦争をするなんて日常茶飯事。

……私の家もそうだった。12人居た兄弟は5人に減った。

ひょっとしたら今はもっと減ってるかもしれない。

前にも言ったと思うけど、ママが私をこの世界に連れてきたのがその理由」

 

やや暗い面持ちになるピーネ。思った以上に酷いところね。

行けたとしても行きたくないわ。ガイアの故郷はどんな感じなのかしら。

 

「僕もワカバちゃんと同じようなところだよ。

洞穴の中で暮らしてて、時々魔力が吹き溜まって石になった魔石を探して食べてた。

さっきピーネちゃんが言ってた、悪魔同士の戦争が起こると、

放った魔法が燃えきらずに、余った魔力が石ころに張り付いて融合することがあるんだ。

それが僕たちの食料になる」

 

「なるほどね」

 

まとめると、魔界は人間界より遥かに厳しい弱肉強食の世界で、

資源もまったくと言っていいほどない。う~ん、子供の生育には全く向いてないけど、

魔界に帰さないのもそれはそれで問題なのよね。

次はピーネからちょっとだけ聞いてた重要事項。

 

「あんた達が第二次北砂大戦の生き残りだってことは、ピーネからなんとなく聞いてる。

つまり、3人はホワイトデゼールで出会って、

このクソ田舎までえっちらおっちら歩いてきたことでいいのかしら」

 

「ええ、そうよ……」

 

「じゃあ、今度はあんた達の出会いと、

ハッピーマイルズまでの旅について聞かせてくれる?」

 

そう問いかけると、3人共暗い表情でうつむいてしまった。

ガイアは表情よくわからんけど。あたしはただじっと待つ。

すると、ピーネが口を開いて少しずつ語り始めた。

 

「……魔王様からの呼び出しがあった時。

ママは私の手を引いて一緒にこの世界にワープしてきた。

転移が終わると同時に、物凄い熱風が吹き付けて、沢山の悪魔の死体が転がってたの。

私もママも、何が起きているのかわからなかったわ。

とにかくママは私を連れて、人間達の砦に向かおうとした。その時よ……」

 

 

……

………

 

《参れ、全ての我が眷属よ!人間共を根絶やしにしろ!奴らの頭の首を取れ!》

 

「ピーネ、いらっしゃい!この戦に勝てば、ママとあなただけのお家が貰えるのよ!」

 

「うん、私も頑張る!」

 

「あなたはママの後ろにいて!ここでは不気味な何かが起こってる。

人間達の武器が異様なまでに進歩してるわ。

ママが先導するから、危なくなったらすぐに下がって!」

 

「私も戦う!レッドヴィクトワール家の長女として……」

 

「もう何百人も同胞が死んでるの!お願い、ママの言う通りにして!」

 

「……わかった」

 

それから、私達は仲間の死体を踏み越えて人間達の砦に向かって飛び立った。その時よ。

大空からファントムの叫び声のような恐ろしい声がいくつも襲いかかってきて、

上を見ると、圧倒的な数の燃える隕石が降ってきたの。

 

みんな避けようとしたけど、隕石は真っ直ぐ飛ばずに、

頭上でふらふらと揺れながら落ちてきたから、落下地点が読めずに、

一人また一人と直撃を食らったり、爆発で粉々になって死んでいった。

 

一番体の大きいサイクロプスの巨人が上半身を吹き飛ばされるのを見た時、

危機を察知したママが私を抱きしめて背中に魔障壁を張って、嵐が過ぎるのを待ったの。

逃げれば魔王様に処刑される。かといって突っ込めば人間の新兵器の餌食になる。

そして、私は見たの。隕石がママの背中めがけて降ってくるのを。

 

「ママ!上よ!」

 

「……少し、辛抱してね!」

 

その言葉から2秒と経たずに、隕石がママの背中に直撃した。

背骨を砕くほどの大爆発が起きたのが、ママの体越しに伝わってきた。

魔障壁なんて一撃で粉々になって、

衝撃でママの身体が引き裂かれていく不気味な感触は今でも忘れられない。

 

「ああっ、がふっ!!」

 

「ママ、しっかりして!」

 

「だめよ!じっとして……!」

 

二度目の爆発がママを襲う。耳を突き破るほどの爆音。隕石がママの身体を奪っていく。

そして、ママが吐き出した大量の血が私の顔に降り掛かった。

私は悲鳴を抑えることができなかったわ。

 

「もうすこし、だから、がんばれるわね……!?」

 

「あ、あ…いやあああ!!」

 

これでも吸血鬼だもの。血なんて怖くない。叫んだのは、それが“ママ”だったから。

顔を触ると、両手の指がべったりと紅く染まった。

それでも人間達の攻撃は容赦なく私達を襲う。

第3波が見えた時、ママが私をより一層強く抱きしめた。

 

「ママ、逃げなきゃ!」

 

「さいごまで、まもれなくて、ごめんね……」

 

直後、隕石がママに突き刺さった。最期にママは、命を振り絞って、

自分じゃなく、私に防御魔法を使って、死んでいったの。身体を真っ二つにされて……!

命が尽き果てる時、ママが唇でこういったの“みなみ、にし”って。

 

「ママ?……ママぁ!!」

 

だから、私は泣きながら思い切り走った。

仲間の死体を踏み越えて、息が切れても、行く当てなんかなくても。

 

途中、人間や悪魔が砦に集まりだしたのが見えたけど、

そんなこと気にしている余裕なんかなかった。

力尽きて倒れ込んだときには、ホワイトデゼール南西の端にたどり着いてた。

ふと気がつくと、真っ白な大地は肥沃な大地に変わって、

辺り一面が草花に覆われてたの。

 

どうしてそんな事が起きたのかわからない。

けど、なんだか無性に腹が立って、無意識にそこら中の花を引きちぎってた。

どうしてお前達が生きているのに、ママは死んでしまったんだって。

ただそこに咲いているだけの花が、

何もできなかった自分を見ているようで腹立たしかった。

 

………

……

 

 

「ワカバやガイアと出会ったのは、その時。

私が草原に座り込んでいるところにワカバ達がやってきたの。事情は似たようなものよ」

 

「そうです。ワカバもお母さんと一緒に戦争に行ったんですけど、

敵の目を見る前に、すごい速さで弾を撃つ銃や、あの隕石の直撃を受けて……」

 

「人間の武器は、マスケット銃や簡単な大砲しかないから大丈夫って聞かされてたのに、

実際は違った。父さんも隕石にコアを砕かれて、ただの岩になっちゃったから、

誰もいなくなった南西に逃げてきたんだ」

 

なるほどね。この子達がミドルファンタジアに来た経緯は大体わかった。

わからないのはその後ね。

 

「それからあんた達はどうしたの?真っ直ぐうちまで来たのかしら。

それと、なんであたしがここに住んでて、あの戦争に噛んでるって知ってたの?」

 

「三人組になった私達は、とにかく人目を避けて帰る方法を探していたの。

でも、魔王様はもういない。つまり、魔界へ続くゲートも存在しない。

自分がどこの領地にいるかもわからなくて、あてもなくさまよってたら、

こんな噂を聞いたの。

“早撃ち里沙子も参加した”、“ハッピーマイルズの斑目里沙子だ”、

“彼女も功労者だ”。

それからは拾ったボロ布で頭を隠して、あんたの噂を聞いたり、

新聞を盗んだりして行方を追ったわ。ガイアは隠れるしかなかったけど。

ハッピーマイルズに来てからはすぐだった。

あんた、ここらへんじゃずいぶん有名らしいじゃない。でも、そこまでが限界。

いくら人間より耐久力がある魔族でも、食べなきゃいずれ死ぬ。

だから戦争に関わったあんたに、

ええと、“せんさいこじ”としての保護を要求したのよ」

 

「んー、大体わかった。じゃあ、最後の質問。あんた達これからどうしたいの?」

 

一番重要な質問。多分、聞いたところで何もしてやれることはないんだろうけど。

 

「ワカバは、魔界に帰りたいです。パパや妹達が待ってます。

せめて、お母さんがいなくなったことはちゃんと伝えないと……」

 

「僕も帰りたいよ。兄弟が待ってる。うちに母親はいないけど、誰かが面倒をみないと。

造られた存在のゴーレムには、親がいたりいなかったりするんだ」

 

「ふむふむ。それが賢い選択よね、帰れる家や家族があるなら。

うちらとしても、下手に残るって言われたらどうしようかと思ってたの。

じゃあ、帝都からの連絡があり次第その方向で……」

 

「ふざけないで!!」

 

ピーネが突然激高して立ち上がった。椅子代わりの樽が草原に転がる。

2人はその様子に言葉を失い、あたしは黙って続きを待つ。

 

「ママを殺されて、ろくでなししかいない魔界におめおめと逃げ帰れっていうの!?

私は嫌よ!

絶対にママを殺した奴ら、あの兵器を作った連中に復讐するまでは帰らない!」

 

「あのね、兵器は一人で作れるわけじゃないの。

設計する人、材料を調達する人、部品を作る人、組み立てる人、輸送する人。

色んな人達の努力によって成り立っているのです、おしまい。制作著作NHK」

 

「真面目に聞く気がないなら戻るわよ!

100人が関わってるなら、100人全員殺すまで魔界に帰る気はないわ!」

 

あたしはピーネを追わず、玄関に戻ろうとする彼女に、

いつも長めに結ってる三つ編みをもてあそびながら、つぶやいた。

 

「……BM-13、多連装ロケット砲」

 

「なに……?」

 

「使用ロケット砲弾“M-13”諸元。弾頭重量18.5kg 最大射程8500m」

 

「何を言っているの!?」

 

「通称“スターリンのオルガン”。ロケット弾に誘導機能は無いため、

大量に撃ち込むことでその欠点を補っている。でも、それゆえ弾道が読みづらく、

敵兵に心理的脅威をもたらす副次的効果があった。……70年前の兵器よ」

 

「それじゃあ……あんたが!!」

 

「そう。あたしはアースの人間。

趣味で集めた古典的兵器の設計図が、こんな形で役に立つなんて思わなかったわ。

あんたが隕石って呼んでるロケット砲の製造法を持ち込んだのは、このあたし。

若干オリジナルに手を加えたところもあるけどさ」

 

「殺してやる!」

 

ピーネが飛びかかってきたけど、掴みかかられる直前、

クロノスハックを発動して立ち上がり、彼女の後ろに立った。

能力解除と同時に、ピーネが樽に抱きついて大きく縦に宙返りした。

可哀想に。草っ原とは言え、まともに転ぶと痛いでしょう。

 

「うう、痛い……なん、で?」

 

「ピーネちゃん、しっかりして!」「やめようよ、こんなこと!」

 

頭から地面に突っ込んで、鼻血を出すピーネを止めようとする二人。

あたしは座り込むピーネに近づいて告げた。

 

「前にも言ったでしょう。憎むなら好きなだけ憎むといい。

でも、今のあんたじゃあたしを殺すのは無理。

あたしが生きている間に強くなるのも無理。わかったらさっさと顔洗ってらっしゃい。

……全員解散」

 

薄暗い草原が明るくなり、あたし達を温かく包む。

完全に朝日が上ったから、今度はあたしが玄関に向かう。

 

「待て、里沙子おおぉ!!」

 

二人の静止を振り切って、またあたしに突っ込んで来るピーネ。

今度は避けずに尻で受けてやったけど、

まだ人間と同等の力しかない彼女は、あたしを押し倒すこともできない。

 

「……鼻血付けないでほしいんだけど」

 

「うああっ!ママ!お前がっ!殺した!ママと、わたしの、お家!」

 

泣きじゃくりながらあたしを殴る拳を、手のひらで受け止めるけど、

やっぱりその力は哀しいほど弱い。

ピーネに向き合って、最後にもう一度だけ付き合ってやることにした。

無意味なこととはわかってるけど。

 

「ねえ。この戦争で悪かったのはどっちだと思う?

約1000年もの間、人間を脅かし続けた魔王?それともあの大戦で、

一方的にあんたの母親含む悪魔を、近代兵器で殺しまくった人間?」

 

「うるさい!人間なんか、みんな、死ねばいいんだ!!」

 

「答えは、両方。悪魔に人間を殺す資格なんてない。逆もまた然り。

人間にもあんたの母親の命を奪う権利なんてなかった。

数とか正当防衛とかの問題じゃない。こうして親を亡くした子供が3人も集まった。

あんたはそれを許す必要はないし、許しちゃいけない。

ヴァンパイアじゃなくて、一人の少女として、

戦争なんかをおっ始めた悪魔と人間を許しちゃいけないの」

 

「なら、死ね!今すぐ死ね!地獄に落ちてママに詫びてこい!」

 

目を血走らせて、涙を散らして、

なおも掴みかかってくるピーネの両腕を抑えながら続ける。

 

「こうも言ったはずよ。いつでも殺しにいらっしゃい。

今は無理でも、60年か70年かしたら、

ババアになったあたしの首を締めることくらいはできるはずよ。

そのチャンスをみすみす溝に捨てるつもり?」

 

「……くっ、あああん!ママー!悔しいよー!!」

 

その場で泣き崩れるピーネ。騒ぎを聞きつけたルーベル達も外に飛び出してきた。

 

「おい、どうしたんだ一体!」

 

「何があったのですか!?」

 

「ルーベル、エレオ。おはよ。……全部話したのよ、この子に」

 

「なんでそんな……いや、いい。でも、今じゃなきゃ駄目だったのか……?」

 

「先延ばしにしたって、その分一緒に過ごした記憶が、憎悪に変わるだけよ。

親殺しの犯人と楽しくテーブルを囲んだ記憶なんて、腐って心にへばりつく」

 

「……里沙子さんの対応は、正解とは言えなくても、間違っているとも言えません。

確かに、真実を告げるのが後になればなるほど、彼女は騙されたと感じ、

余計に憎悪を膨らませていたでしょう。

政治的な面で言うと、敵愾心を持っていてくれるほうが、

戦争捕虜としてかえって守られやすくなります。

つまり、モンスターではなく人間の兵士と同じ扱いをされるので、

有無を言わさず射殺、という事態は避けられるかと。

今日には帝都から返事が来るでしょうから」

 

エレオノーラが冷静な分析を述べる傍ら、ピーネが地に伏せて号泣している。

ワカバとガイアは、彼女を慰めようとしても、何を言っていいかわからず、

彼女を見たまま聖堂に入っていった。今の彼女を慰められる言葉なんて存在しないのよ。

ただ心の中で忠告する。

 

「みんな行きましょう。落ち着くまでそっとしとくしかないわ」

 

「そうだけどよ……」

 

「里沙子さんの言う通りです。ここは彼女一人に」

 

「ああ……」

 

ピーネを残して、皆が聖堂に入ると、ドアが閉じられた。

ただ己の無力さにむせび泣き、手元の草を握る。

 

「悔しいよ……力が欲しいよ……里沙子を、里沙子を倒す力が!」

 

 

──そんなに強くなりたい?

 

 

その声に見上げると、いつの間にかピーネの側に、不思議な女性が立っていた。

魔女らしい三角帽子を被っている。

ただ、その色は黒、というより光が飲み込まれた影と表現した方が近いだろう。

大胆に胸元やくびれを露出した漆黒のドレスを着て、

やはり黒のマントを羽織っているが、ふちが不気味な紫に光っている。

ピーネは顔を鼻血や鼻水でぐしゃぐしゃにしたまま、女性に話しかけた。

 

「あなた、誰?」

 

「あらあら可哀想。きれいなお顔が台無し」

 

何かの魔法だろうか。女性は真っ白な左手にハンカチを呼び出し、

ピーネの顔を優しく拭った。顔を触れられるとピーネは気づいた。

この女性は魔界の存在だと。

すっかり顔が綺麗になると、彼女はピーネに話しかけてきた。

 

「こんなところで、どうして泣いていたの?」

 

「私が……弱いから。斑目里沙子を殺せないから……!」

 

「そう。だから悔しくて、泣いていたのね?」

 

「ええ、そうよ!力さえあれば!里沙子も、人間も、戦いしか頭にない悪魔も!

全部殺してやるのに!!」

 

「わかったわ。あなたに、力をあげる」

 

「えっ?」

 

唐突な申し出に戸惑うピーネ。

女性は構わず、人差し指に口づけし、その指をピーネの唇に当てた。

 

「いきなり何……んっ!?」

 

その瞬間、彼女の体内で何かが稲妻のように駆け巡る。

しかし、それは苦痛を伴うものではなく、

彼女に宿る何かを解放し、増幅し、やがて、暴走させる。

 

「わ、わ、何これ……わからないけど、凄い!!これなら、殺せる!里沙子も人間も……

何もかも!!」

 

ふふ、頑張ってね、お嬢さん。

その声に辺りを見回すが、漆黒の魔女は、もうどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

あたしらはいつもどおり、聖堂に朝食を並べて待ってたんだけど、

ピーネがいつまで経っても来ない。

 

「……みんなは先、食べてて。あたしはあの娘と話があるから。あと、あんた達にも」

 

「ワカバ達ですか?」

 

「僕にもなにかあるの?」

 

「私はいいよ。別に食わなくてもいいんだし、一緒に待ってる」

 

「そうですね。ジョゼットさん。すみませんが、もう少し……」

 

「いいんです。スープは温め直せばいいんですし」

 

彼女をドアの近くで待ってると、

突然ガラスを割らんばかりの大音声で、外から声が聞こえてきた。

 

『斑目里沙子ォ!!出てらっしゃい!

あなたの臓物を引きずり出して、剥製にしてあげる!』

 

聞き覚えのあるのような無いような、とにかく殺意と狂気に満ちた声が聖堂に響き渡る。

あたしはすぐさまピースメーカーを抜いて、ドアを開けた。

そこで見たものは、さっきそこで泣いていたピーネとは似て非なる者。

真紅に目を光らせて、幅4mはある翼をはためかせて宙に浮き、

溢れ出る魔力で発する雷を物ともせず、

小さな身体に似合わない、異様に発達した指と鋭い爪を備えている。

 

「一体どうしたの、ピーネ!」

 

『黙れ!私はピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールだ!下衆め!』

 

同時にあたしは外に飛び出し、1対1の状況に持ち込む。

今のピーネは何をしてくるかわからない。教会への被害は避けないと。

 

「誰かに変なクスリでも射たれた?とにかく正気に戻って!」

 

『うるさい!お前達と馴れ合いごっこしていた私が愚かだった!

間違いは、正さなきゃならない!』

 

ピーネがひとつ羽ばたくと、凄まじい速さで接近し、鋭い爪で斬りつけてきた。

避けきれないと判断し、瞬時にクロノスハックで左回りに回避したけど、

途中でギョッとするものを見た。回避直後に能力解除したけど……間違いない。

停止した時間の中で、あたしを目で追ってた。

 

『アハハ!便利な能力よねェ!それで何人殺したの?人、それとも悪魔?』

 

「意外と殺しに使ったことはないの!割と覚えたてだから!」

 

『じゃあ、もっと使わせてあげる!』

 

ピーネが左手に魔力を収束し、空を引っ掻くように振り下ろすのを見た。

考える前にすかさず時間停止。

次の瞬間には、5条の縦の雷が、放射状に地を割りながら眼の前まで迫っていた。

思わずドキッとする。

やめてよね!無駄に興奮したり緊張すると停止可能時間が縮まるのよ!はぁ、解除。

 

『あー、またズルした!だったら私も本気出しちゃうから!』

 

すると、またピーネが羽ばたき、

1回目を上回る超スピードで左右にこちらをかく乱しながら飛んできた。

……今度こそあたしを仕留めるつもりなんだろうけど、

別にクロノスハックが奥の手ってわけでもないのよ。

 

あたしは目を見開き、限りなく実体に近い残像を凝視する。

今は右だから、次は左。それから中央に来た時が勝負。

今、クロノスハックは使ってない。なんとなくよ。

ホルスターに手を掛け、彼女の殺気を読み取り、次の移動地点を計算。3,2,1,……

その刹那、ピースメーカーを抜いてファニングで6発全弾撃ち尽くす。

右腕と銃に神経を走らせ、左手で弾くようにハンマーを起こした。

 

『きゃあっ!!』

 

飛行中に銃弾を食らったピーネが地面に放り出される。.45LC弾、1発命中。

能力なしならこんなところね。ピーネの羽根に穴が一つ空いている。

もう今までの高速移動は無理そう。

シリンダーを回しながら速やかに排莢しつつ、うずくまる彼女に近寄る。

 

「頼れる銃と技量。なにも魔法だけが絶対じゃないの」

 

『ああ、痛い。……お願い、殺さないで!』

 

ピーネが悲しげな紅い瞳を向けて懇願してくる。排莢が済んだらすかさず装填。

 

「殺しゃしないわ。どこでそんな力を手に入れたの?

この辺はぐれメタルなんていないでしょう」

 

『真っ黒な服を着たお姉さんよ……手を貸して、羽根が痛くて動けないの……』

 

「しょうがないわね、ほら」

 

あたしは左手を差し出した。

その時、ピーネが鋭い牙を見せてニヤリと笑い、左手を掴んで引き寄せてきた。

ガクンッ!と身体が彼女に接近し、肩に飛び込む体制になる。

 

「ぐっ!」

 

『引っかかったわね!

あんたを奴隷にしてあげるぅ!お前は永遠に私の城で便所掃除よ!キャハハハ!』

 

そのままあたしの首筋に噛み付こうとした時、

彼女の腹が連続して突き刺すように殴られた。

回数6。足から力が抜け、崩れ落ちるピーネ。

 

『かふっ、え…なんで……?』

 

あたしの右手にはリロードを済ませていたピースメーカー。銃口からは硝煙が立ち昇る。

 

「さっきも言ったでしょう。最後に頼れるのは銃と技量。

敵がホルスターに銃を収めるのを確認しないからこうなる。

さて、今度はこっちで行こうかしら。お仕置きにはちょうどいいでしょう」

 

左脇ホルスターから黄金に輝く巨大な銃を抜く。

 

「Century Arms Model 100。通常の拳銃弾は使用不能。

ライフル用の45-70ガバメント弾を発射する特大拳銃よ。

悪魔でも至近距離なら脳ミソが吹っ飛ぶ」

 

そして、ハンマーを起こし、額に狙いをつける。

 

『いや、やめて……』

 

「もう一度言うわ。許してくれとは言わない。好きなだけ恨みなさい。

地獄で会ったらその時は、喧嘩の続きをしましょう。……じゃあね」

 

『お願い!また私から奪うの!?今度は母だけじゃなく、命まで!……私を、助けてよ』

 

ギリギリとトリガーを引く。カチン。そして、草原に爆発音が6つ駆けた。……そして

 

「貰い物の力じゃトップになんか、なれはしないわ。必ずそいつに殺される」

 

『う、う、うええええん!ママー!』

 

ピーネが泣き出すと同時に、身体からボスンと黒い霧が抜けて宙に消え、

同時にピーネ自身も元の姿に戻った。

もっとも、羽根はM100を6発食らってボロボロだけど。

別に羽根はなくても生きられるから、まあいいでしょう。

戦いを見守ってたエレオノーラ達が駆け寄ってくる。

 

「里沙子さん、無事でしたか!?」

 

「なんとかね。でも、クロノスハックも無敵の能力じゃないってことがわかったわ」

 

「どういうことですか?」

 

「あたしの想像を上回る速さを持つ敵には効果が無いってことよ」

 

「彼女もそうだったと?」

 

「目で追う程度だったけどね。……さて、こいつを連れて帰ってお尻ペンペンしないと」

 

ピーネのそばに寄って、右手を差し出す。

 

「ほら、立てるわよね。レディが這いつくばって泣いてちゃみっともないわよ」

 

「ぐすっ…泣いてないもん!」

 

そして、しっかりと彼女を引っ張り上げて立たせる。

そのまま手を引いて、あたし達は聖堂に入っていった。

途中、ルーベルが何も言わず、ポンポンと肩を叩いて早足で中に入った。なにそれ。

 

 

 

 

 

そんな里沙子達を見つめる一つの影。

黒ずくめの女が遥か上空で、雲の上に寝そべりながら、彼女達の教会を眺めていた。

 

「うふ。やっぱり面白い娘ね。まぁ、ギルファデスのおじさまを倒したくらいですもの。

ヴァンパイアの少女に後れを取るようじゃ面白くないわ。

……さて、今日はそろそろ帰りましょう。

スカルパンプキンのウィスキーがもうすぐ熟成されるわ。楽しみ」

 

女は立ち上がると、前方に手をかざす。すると、奥に何があるのか何も見えない、

暗黒のゲートが開き、彼女はその中に消えていった。

 

 

 

 

 

あの後、聖堂に集まったあたし達は、まだ泣き止まないピーネと遅い朝食を取った。

 

「ええ~ん!むしゃむしゃ、ほんどに、もふもふ、ごめんなざぁ~い!」

 

「食いながら謝っても誠意は伝わらないってこと、ママに教わらなかったのかしら!」

 

「まぁまぁ、いいじゃねえか里沙子。事情が事情だったんだからよ」

 

「そうですね……彼女のような子供達が存在するうちは、

戦争はまだ終わっていない現実を思い知らされます」

 

エレオノーラがワカバとガイアに視線を送る。そう、不思議だったのよ。

こいつらもピーネと同じような境遇なのに、暴走しないどころか、

人間というかあたしを恨んでる様子もない。この際だから思い切って聞いてみる。

 

「ねえ。ワカバ、ガイア」

 

「なんでしょう」

 

「なに?」

 

「あんたたちも、あの戦争に関しちゃ、ピーネと同じく、

あたしが持ち込んだ兵器で親を亡くしてるはずなのに、

どうしてあたしを恨んだり殺そうとは思わないのかしら」

 

二人が持っていた皿に目を落として黙り込む。少し、突っ込みすぎたかしら。

しばらくして、ガイアが語り始めた。

 

「わからないんだ……きっとゴーレムは造られた存在だから、

憎しみとか、怒りとか言った、創造者にとって都合の悪い感情は、

最初から組み込まれてないんだと思う。

ただ、何か胸に穴が空いたような感じがずっと消えない」

 

「そいつは……なんつーか、寂しい話だな」

 

「ワカバは?」

 

「ワカバも、わかんないです。りさこさんの言ってたこと、ずっと考えてて……」

 

「あたし?」

 

「悪魔と人間、どっちが悪かったのか。

りさこさんは両方だって言ってたけど、ほとんどの悪魔はいつもお腹を空かせてて、

この世界の豊かな食べ物が欲しかった。人間は、ただ生き残りたかった。

どっちもただ生きたかっただけなのに、でも、お母さんは死んじゃいました。

とっても寂しいけど、今は誰のせいなのか、誰が悪いかとか、

考えるほど心の整理がついてないです……」

 

「……いつか答えが出て、あたしのせいだって結論に達したら、いつでもいらっしゃい。

あたしはここにいるから。ピーネと同じ条件で勝負を受ける」

 

「里沙子さん、もうこんな無茶は……!」

 

「いいんだ、エレオノーラ。こいつなりのケジメなんだ。私もついてるから」

 

結局、二人の運命については自分自身で決着を付けてもらうしかないってことか。

それにあたしが絡んでるっていうなら、カタがつくまで付き合うだけよ。

 

「ぐすっ…おかわり……パンもほしい」

 

「はーい。ちょっと待ってね~」

 

「ねえ、あんたマヂで反省してる?」

 

「ううっ、しょうがないでしょ、力使いすぎてお腹が空いてるんだもん……

あ、それに!あんたに羽根ボロボロにされたから、飛べなくなっちゃった。

一杯食べて栄養補給しなきゃ……」

 

当分ベッドじゃ寝られそうにないわね。寝袋でも買おうかしら。

ぼんやりそんな事を考えていた。

 

 


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