面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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世界の先進国と小さな首相
壁ドンとか言うのが流行ってるみたいだけど、あたしにやったらアッパー食らわすから。


サラマンダラス要塞 2階 円卓の間

 

サラマンダラス帝国の意思決定を行う、ここ円卓の間に、

主要各国のトップが一堂に会していた。

静寂を好む皇帝の、寂しげとも言える火竜の間とは違い、

床には真っ赤な高級絨毯が敷かれ、

天井には熟練職人の細工が施された豪奢なシャンデリア、広間を囲む黄金の燭台、

そして、磨き抜かれたマホガニー材の円卓が据えられている。

険しい顔をした皇帝が口火を切る。

 

「……諸君らの要請を受け、主要国非公式会談を設けたわけだが、

何を話し合う必要があるのか甚だ疑問である」

 

「またまた~とぼけちゃって、ジークフリートのお・じ・さ・ま」

 

キモノという東の島国の民族衣装を着て、

ブラウンのツインテールに髪をまとめた少女が、椅子の中で彼を冷やかす。

しかし、彼女は若干15歳にして神都大学に飛び級で入学、主席で卒業し、

経済学、心理学で学位を取得した天才。

人呼んで、最も幼き首相、パルフェム・キサラギである。

 

彼女が治めるは、桜都連合皇国。

国民の殆どが天皇を唯一絶対の存在として崇め、あまり宗教に感心がない。

南北に長い列島で、季節による天候の変化が大きい。海軍力では世界トップクラス。

国旗は白地に国花である菊の紋章。立憲民主主義を採っている。国号は皇。

 

「無論、貴国が倒した魔王の事に決まっておろう」

 

大山の如き大統領こと、アルベルト・ヴォティスが、パルフェムに続く。

彼が代表を務めるは、中立国家ルビア。

オービタル島北西に広がる、広大なブランストーム大陸西端に位置する、

四角い領土を持つ国家である。面積約65万キロ平方メートル。

建国以来中立を貫き、侵略も他国との同盟もしないが、

国際会議には出席し、議決権もある。国旗は、夜空を表す紺色に、

決して揺らぐことのない中立性を意味する北極星が中央に据えられている。国号は流。

 

「そこで用いられた兵器について、軍縮条約に抵触する恐れがあると報告がありました。

この件について納得の行く説明を願います」

 

縁が見えないほど透明なノンフレームの眼鏡を掛けた、背の高い中年の魔女。

斜めに水色のストライプが入った三角帽子、同色のドレスに紫のマントを羽織っている。

五属性の支配者、ヘールチェ・メル・シャープリンカー。

彼女は魔術立国MGDの代表である。

 

機械技術にはほぼ頼らず、工業・農業・経済、全てが魔術によって左右される。

徹底した秘密主義で、人口、面積、GDPなど、

ほとんどの国内情勢が明らかになっていない。国際会議加盟国の一つ。

社会的地位の高い者、国政に関わる重要人物は、ほとんど魔女が占めているのが特徴。

高純度魔石や新開発魔法の使用権輸出で利益を得ていると考えられている。

国旗は紫の生地の左側に三日月、右側に六芒星。国号は魔。

 

「そして、魔王の死体から削り取った千年闇晶で、しこたま儲けたというではないか!

これを無法と言わずに何という!」

 

共産主義国家マグバリスの代表は、熱砂の暴君・大帝ガリアノヴァ。

マグバリスは、サラマンダラス帝国の遥か南に位置する、ドラス島に存在する国家。

国際会議参加国とは認められていない。サラマンダラス皇帝の言葉では、

「国際社会に進出したければ、人間並みの品格を身につけよ」

年中灼熱の太陽が照りつける気候もあり、農業・科学技術・魔法知識、

いずれも発展途上国と紙一重レベルでしかない。

そのため、治安の悪い小国と奴隷貿易を行い、大麻の密売で荒稼ぎをしているが、

国家としては“根も葉もない噂”と否定している。

国旗は、赤の下地の中央に、白の線を縦に走らせ、

矢を番えた弓を真上に向けたエンブレムを描いている。国号は岩。

 

「貴様の口から法という言葉が出るとは、我輩も驚きを隠せない。わずかとは言え、

ようやく識字率が上がるほどまともな内政をする気になったのは喜ばしい。

お前を呼んだ覚えはないが、まあ良い、座れ」

 

「ケッ、気取りやがって。邪魔するぜ」

 

国のトップというより、海賊の親玉と言った風体のガリアノヴァは、

大きな椅子にドシンと寄りかかるように腰掛け、スキンヘッドを一度叩いた。

 

「シャープリンカー殿、先程の軍縮条約について、貴女の主張を詳しく説明願いたい。

我が国は強敵に対し、必要な装備を整えたまで、と認識している」

 

彼女は眼鏡を直すと、皇帝を見つめたまま必要最低限の事を述べる。

 

「先の第二次北砂大戦で使用された武装は、

アース製連発銃、ミドルファンタジア製連発銃、こちらもアースによる影響が濃厚。

果ては数キロ先まで飛翔し爆発を起こすロケット発射台、しかも自走式。

いずれも他国への先制攻撃に使用されうる兵器の使用、製造の禁止という

国際法に反しています」

 

「呆れたものだ。

諸君が慌てて非公式会談を求めたかと思えば、今度は聡明な貴女が曖昧なことを。

魔王との決戦に、貴女が述べた兵器が使用されたのは事実だが、

それらが他国への先制攻撃に使用されうる、という明確な根拠を述べて頂きたいものだ。

我が国は、専守防衛の立場を取ると国際的に宣言しており、

これらの兵器が貴国に対して向けられることは、ない」

 

今度はヴォティスが発言する。

顎髭を蓄えた口元で手を組み、ただ視線を前に向けて告げる。

 

「ごちゃごちゃした理屈はいい。

私が聞きたいのは、貴国が行き過ぎた武装を放棄するつもりがあるのか否かだ。

できない、とは言わせん。中立国家たる我々は、

侵略に使用しうる全ての武装、軍隊を放棄しているが、千年に渡る平和を享受している」

 

「ククッ、いや失敬。平和の意味を履き違えている貴国の意見は、

全くと言っていいほど当てにならないのでな。

ルビアが武力を持たず今日の平和を維持できているのは、

両隣の国に実質軍事を委託しているからであろう。

他に理由があるとすれば、ただの運だ。

第一第二北砂大戦でも、たまたま魔王が貴国に現れなかった。

でなければ、今頃ルビアは世界地図から消えていなくてはおかしい」

 

「口が過ぎるぞ!我が国が戦う意思のない臆病者だと申すか!」

 

「いずれの大戦でも、ほっかむりをしてだんまりを決め込んでいた国に、

戦を語る資格などないということである。決してルビア一国を非難しているのではない。

人類の存亡を賭けた戦いだと言うのに、どの国も戦いに加わろうという者はいなかった。

結局魔王は我が国の軍だけで退けたわけだが、

第一次では数十万人、第二次では28名もの犠牲者を出した。

それほど多くの血を流し、ようやく人類を魔王という脅威から救った我々の戦いに、

今更ノコノコ出てきてあれこれ口を出すなど、滑稽極まりない」

 

「暴論ですわ!あなた方が国際法違反の兵器を使用していたのは事実!

この責任をどう取るおつもりですか!」

 

「同じことを二度語らせないで欲しい。我が国が専守防衛に徹している以上、

先制攻撃に使用されることはない。

よって、我が軍の保有する軍事力は国際的に抵触しない」

 

「仮にも一国の代表が、言葉遊びをしに来たわけではありませんのよ!?

誠意ある回答が得られない場合は……」

 

「ガタガタうるせえんだよ、さっきから!」

 

ここに来て、出された水を煽るように飲んでいたガリアノヴァが、

水差しをテーブルに叩きつけ、初めて口を開いた。

 

「俺らが知りたいのはよう、結局いくら出すかってことなんだよ!ああん!?

そっちは魔王の死体でいくら儲けたんだよ?

確か千年闇晶はMGDが喉から手が出るほど欲しがってたって聞いたぜ。

お前ら、いくらで売った、いくらで買った。

ズルして儲けた金ならよう、公平に分配するのが筋ってもんだろうが。んん?」

 

「やはり貴国の識字率は低下傾向にあるらしい。嘆かわしいことだ。

サラマンダラス帝国の軍事力の正当性は何度も説明した。

それによって倒した魔王から得られた資源で確かに貿易を行った。

結果、戦役で被った甚大な損害を補填できたのも事実。全て、当たり前のことだ。

貴国に何かを恵んでやる理由などない。理解できたのなら座れ。

本来この場にいる権利などない貴様は、警備兵に射殺されてもおかしくないのだぞ」

 

皇帝は苛立つ。こうしている間にも里沙子達が待っているというのに。

戦争でミドルファンタジアに取り残されたモンスターの子供達の処遇について、

一刻も早く法王と協議を再開する必要がある。

 

「あんだとクソ皇帝が!アースの知恵が無けりゃ何もできねえ……」

 

「うるさいですわ、ハゲー」

 

大人の口喧嘩にうんざりした、という様子で、

テーブルに上半身を乗せながら、パルフェムが退屈な様子で言い放った。

 

「誰が勝ったとか、いくらとか儲けたとか、どうでもよくってよ。

というか、貴方最初からウザいですわ。

発展途上国なら途上国らしく、

農地開拓や教育水準の向上から始めたほうがよろしいんじゃなくて?

先進国の仲間入りを果たしたと思い上がっているなら、大きな間違いでしてよ」

 

「な、なんだとこのガキが!

俺の3分の1も生きちゃいねえ青二才の分際で、政治の何が判るってんだ!」

 

彼女はため息を着いて、キモノの帯から扇子を抜いてバッと広げた。

扇面に描かれているのは、羽ばたく一羽の丹頂鶴。

そして、彼女が扇面に向かって宣言する。

 

「さようなら 去りゆく影に 冬の風」

 

五七五の短い詩を読むと、ガリアノヴァの身体を冷たい風が激しく包み込み、

やがて猛烈な吹雪を伴い、彼の身体を隠し始めた。

 

「お、おい!なんだこりゃ!どうなってんだ!」

 

「貴方、少し邪魔ですわ。物乞いなら他所でやってくださいな」

 

「うわー!!」

 

吹雪が完全に彼の身体を覆うと、ガリアノヴァは、一瞬にして何処かに強制転送された。

それを見ると、パルフェムは嬉しそうに座ったまま椅子の上で跳ね、

他の元首らが驚く姿を気にも留めず、皇帝にまくしたてた。

 

「おじさま、面倒な野郎は追い出しましたわ!今度はパルフェムとお話ししましょう!」

 

「不見識な輩を追放してくれたことには礼を言うが、少し落ち着きたまえ。

奴は一体どこへ消えたのだ?」

 

「知りませんわー。彼の記憶にあるどこか、としか。

そんなことより!先の戦の話を聞かせて下さいまし!」

 

彼女は少し首を傾げてろくに考えもせず答え、

他の元首とは違い、単純な興味から第二次北砂大戦について話をせがむ。

 

「具体的には?」

 

「貴軍が使用した新兵器とかー、それらを運用した戦術とかー、

あと、設計した人物に是非お会いしたいとも思いますわ!」

 

「すまないが、全て軍事機密だ。

特に設計者は本来軍人ではない。民間人である者の生活を脅かすことになる」

 

それを聞いたパルフェムは何かに思い至ったようで、頬に人差し指を当てる

 

「な~るほど。では、設計者は十中八九アース出身ですわね。

嗚呼、こうしてはいられませんわ。

おじさま、今度お会いしたら武勇伝をたっぷり聞かせて下さいませ。

それでは皆さんごきげんよう~」

 

「待つのだ、何をする気だ!」

 

皇帝の制止も聞かず、パルフェムは皆に手を振ると、また扇子を広げ、短い詩を読む。

 

「春景色 まだ見ぬあなたに 逢いたくて」

 

詠唱を終えると、今度は彼女の周りに桜吹雪が舞い散り、

花びらにさらわれるように、彼女は一瞬にして姿を消した。

ひらひらと舞う桜は、床に落ちると、振り始めの雪のように消えていく。

やはり読めない少女だ。一体今日は何をしに来たのだろうか。

だが、ちょうど都合がいい。

 

「3人しかいなくなった状況では話し合いにもなるまい。

皆、今日のところはお引取り願いたい」

 

「……話の続きは、後日ゆっくりと」

 

シャープリンカーがヒソヒソと何らかの呪文を唱えると、足元に魔法陣が現れ、

エレベーターのようにせり上がって、やはり彼女をどこかに転移させた。

 

「運が良かったな。3年後の国際会議を楽しみにしていろ!」

 

ヴォティスは胸ポケットから、表紙に自国旗のプリントされたパスポートを取り出すと、

目的地の記されたページを開き、親指を押し付けた。

すると、彼の身体が瞬時に粒子化し、消滅した。

厄介者がいなくなり、一人残された皇帝は、大きく息を吐く。

すぐ里沙子嬢の問題に取り掛かる必要はあるのだが、

ほんの少しだけこの静寂に浸っていたい。

苦労多き皇帝は、首を回して、しばし天井を見つめていた。

 

 

 

 

 

あーい、ナレーション担当の人ありがとう。ここからはあたしがお送りするわ。

え、お前は誰だって?やあね、あたしよあたし。風邪引いて声が変わったけど、あたし。

久しぶりねぇ。ちょっと悪いんだけどお金のことで相談が……やめた、速攻飽きた。

なんとなく振り込め詐欺の練習してみたんだけど、想像以上につまんなかったわ。

皆も若いからって油断しないでね。

 

今度こそ、あたしこと斑目里沙子の出番よ。ジョゼットを連れて街から戻るところ。

何しに行ってたかって?……寝袋買いに行ったのよ。

流石に本来布団じゃないシーツを掛け布団にするのが、いい加減気持ち悪くなってね。

街道を一陣の春風が駆ける。ああ、気持ちいい。ここもすっかり春。

 

地球じゃ今頃、入学式や入社式の真っ最中ね。

面倒でも受験勉強に打ち込んだり、面接試験の練習をしてた頃が、

あたしにもあったのよ。

大阪大学を初めて見た時は、一つの街みたいな広さのキャンパスに驚いたわ。

ちなみに理学部物理学科。京大は気色悪い左巻きがいるからやめたの。

なーにが、京大を反戦の砦にしよう、だか。

大学は砦じゃなくて学校よ、覚えときなさい。

 

「ほら、ジョゼット、荷物持ちのお駄賃」

 

「わーい、ありがとうございます!」

 

あたしはジョゼットに銀貨5枚を渡した。寝袋は彼女が持ってるトランクに入ってる。

そろそろお小遣いの値上げを考えてもいいかもね。

食事係はもう完璧。パスパスの鶏肉焼いてた頃とはもう違う。

掃除も文句なし。別にチリ一つ残すな、なんて言わない。

殺鼠剤の効果が十分発揮される程度にこなしてくれれば、

自分の部屋くらいは自分で掃除する。

 

なんだか今日は地の文が多くて申し訳ないわね。実はこれだけごちゃごちゃ書いたのに、

まだWordで6000字にも届いてないの。そんなことだから3連続で誤字指摘されるのよ。

あ、活動報告でも書いたけどありがとうねー。

あたしの勘だともうすぐ面白いことが起こりそうな気が……

 

「あれ~?変わった服を着た女の子がいますよ?」

 

いたいた。なんか着物姿の女の子が街道の真ん中で立ち往生してる。

キョロキョロして何か探してるみたいだけど。とにかく声を掛けてみましょう。

 

「こんにちは。ママとはぐれたの?

一人でこんなところ歩いてると、昼間でも危ないわよ」

 

「あー!見つけましたわ!名も知らぬ想い人!」

 

そう叫んであたしに抱きついてきた。やべ、また変なやつ吸い寄せちゃったっぽい。

言ってることが意味不明。でも、こっちから話しかけた以上、

即バイバイは通らないから、一応会話は続けなきゃ。

 

「んー、えーと?とりあえずどこに行きたいのかしら。」

 

「あなたのお家!」

 

「ごめんなさい。あの家では何度も不幸な事件が起きて、

もう知らない人を招き入れるのはやめることにしたの。

駅馬車広場まで送ったげるから、今日はもう帰りなさい。金がないなら運賃くらい出す。

あなた、どこから来たの?」

 

「失礼、申し遅れましたわ。私は、桜都連合皇国首相、パルフェム・キサラギ。

どうしても第二次北砂大戦の立役者にお会いしたくて参りましたの」

 

「桜都連合皇国?どこの領地よそれ。もう面倒なカードマニアとかは勘弁ね」

 

「里沙子さん!皇国と言えば遥か東の島国ですよ!キサラギは現在の総理大臣です!」

 

「このどう見てもあんたより年下の女の子がぁ?

その総理大臣閣下が、どうしてこんな、

どうにもならないクソ田舎でほっつき歩いてんのよ」

 

「里沙子さん、もう少し自分が住んでる土地を好きになる努力をしてみませんか?」

 

「そんな薄気味悪いことするくらいなら死んだほうがマシ」

 

クスクス……

 

パルフェムって娘は、子供扱いされても気分を害した様子もなく、

あたしらのどうでもいいやり取りを微笑ましく見守っている。

それに気づいたジョゼットが、慌てて佇まいを直し、彼女に話しかける。

 

「ああっ、失礼しました、キサラギ首相!あの、わたくし達にどんなご用件で?」

 

「ふふ、そう畏まらないでくださいな。パルフェムで結構。

首相の肩書など堅苦しいだけですわ。

たまに他国へ遊びに来た時くらい、ただの少女でいたいものです」

 

「ごめんねパルフェム。ジョゼットに話の軌道修正されるなんて、

この娘が成長したのか、あたしが老いたのかわかりゃしない。

見た所怪しい娘じゃなさそうだし、やっぱり家でお茶しながら話しましょうか」

 

「まあ!ご自宅に招待いただけますの?わーい!」

 

パルフェムはバンザイして喜ぶ。この娘が総理大臣ねぇ。

やっぱり年相応の女の子にしか見えないけど。

とにかくあたし達は教会目指して歩き出した。

 

「とにかく、野盗に絡まれないうちに合流できてよかったわ。

この辺には、いくら叩きのめしても物取りが出るのよ」

 

「無作法な方たちのことなら何度かお会いしましたわ。

用はないのでお引取り願いましたけど」

 

「ええ?あなたが野盗を追っ払ったっていうの?」

 

すると、パルフェムが帯から扇子を抜いて口元で広げ、目だけで妖しく笑う。

子供らしからぬ相手を飲む雰囲気に少しぞっとする。

 

「パルフェムの言葉には力がありますの。

五七五の十七音に願いを込めれば、大抵のことは思い通り……」

 

「へえ、あなたは俳句を魔法にするのね」

 

「あは!俳句をご存知なんて、やっぱりあなたは日本からいらしたのね!」

 

「桜都連合皇国だっけ?そこには日本人は住んでるの?」

 

「いいえ、今は一人も。しかし、太古の昔に皇国に流れ着いた、

日本人の影響を色濃く残して発展したのが我が国ですわ」

 

「ふ~ん、やっぱりいろんな地球人が来てるのね、ここ」

 

「あの、ちょっと質問が……」

 

すっかり会話から置いてきぼりを食らっていたジョゼットが、

遠慮がちに入り込んできた。

 

「どうしたの?」

 

「あのう、里沙子さんの祖国がニホンというところだと言うことはわかったのですが、

ハイクって何なんですか?」

 

「さっきパルフェムが言ってた通り、

五七五の十七音で、情感や風景を詠む日本の詩歌の一種。

あと、季語って言う、季節を感じさせる言葉を一つ入れるのが作法」

 

パルフェムが両手をポンと叩いて喜ぶ。

 

「その通りですわ!

異国の地で遠い祖先の日本人と出会えるなんて、パルフェム嬉しい!」

 

「こんなもうすぐアラサー女で喜んでもらえるなら、それで何より。

……ほら、あそこがあたし達の家」

 

だべりながら歩いていると、目印の十字架が視界に現れる。

パルフェムが壁面に描かれたマリアさんとイエスさんの肖像画に興味を示す。

 

「あの壁に書かれているのは、どなたですの?」

 

「えっ!?マリア様とイエスさんですよ。

パルフェムさんの国では、シャマイム教は広まっていないんですか」

 

「と言うより、国民が宗教自体に興味がないと言ったほうが正確ですわ。

別に祈ったり小銭を投げ入れたところで、何が変わる訳でもありませんし」

 

「それに関しちゃパルフェムに賛成。

目が痛くなるほど文字が小さい聖書読んでる暇があるなら、

射撃練習してたほうがよっぽど身になるわ」

 

「お二人共ひどいです~里沙子さんなんてマリア様の家に住んでるのに……」

 

「違ぁ~う!ここは100万Gで買ったあたしの家!権利書にもそう書いてある。

……さあ、着いたわ。入って」

 

あたしは玄関の鍵を開けると、中にパルフェムを招き入れた。

 

「里沙子さんとは気が合いそうですわ。その合理主義は皇国の国是に通じるところが……

わあ、本物の教会を見るのは初めてです。

桜都連合皇国にもわずかながら神を信じる者がいるのですが、

自宅で小さな集会を開く程度ですから」

 

「ちょっと座って待っててくれるかしら。ジョゼットは彼女にお茶。

あたしは……色々準備してくる」

 

「は~い」

 

あたしは急いで私室に入って、モンスターのチビ助3人組が揃っていることを確認する。

 

「あんた達、今から一歩もここを出るんじゃないわよ」

 

「えっ、どうしてですか?」

「納得できないわ!説明しなさい!」

「外で遊びたいなって思ってたのに……」

 

「特別なお客さんが来てるのよ。あんたらがいるとややこしくなる。

出てきたやつは永遠におやつ抜き。いいわね!?」

 

返事を聞かずにドアを閉めると、また慌ただしく1階へ急ぐ。

途中、ルーベルが部屋から出て声を掛けてきた。

 

「おい、どうしたんだ里沙子。また揉め事か?」

 

「幸い今回はオールグリーンよ。異国のお客さんをお迎えするのに忙しいから、後でね」

 

「異国ってサラマンダラスの外か?

へぇ、面白そうだな。私も会わせてくれよ。準備手伝うからよ」

 

「う~ん、大丈夫?桜都連合皇国の首相なんだけど」

 

「うっ、多分……いや絶対大丈夫だ!」

 

廊下の話し声を聞いたエレオノーラやカシオピイア達が次々出てきて、

結局チビ助を除く全員でパルフェムの応対をすることになった。

ダイニングの椅子がちょうど人数分だから、

聖堂の長椅子動かして、飲み食いしづらい体勢でお茶する事態は避けられたわ。

パルフェムは嬉しそうに足をぶらぶらさせてる。

 

「ねえ、パルフェム。コーヒーと紅茶、どっちにする?」

 

ジョゼットと一緒にお茶の準備をしながら、彼女に好みを聞く。

 

「できれば緑茶を」

 

「あー、ごめ。この国じゃ緑茶は手に入らないのよ」

 

「うふふ、緑茶を淹れるのに最適な湯の温度はぬるめ?熱め?」

 

「大体ぬるめの60~70℃かしら。沸騰したお湯で淹れると渋みが出る」

 

「やったー、やっぱり日本人だ。なら、紅茶を頂けるかしら」

 

「へい、まいど」

 

またバンザイをしながらニコニコ笑うパルフェム。

そんな彼女を見てルーベルが安堵する。

 

「一国の首相だって聞いたから、

また法王や皇帝の時みたいな緊張強いられるのかと思ったぜ。普通の女の子じゃねえか。

私はルーベルだ、よろしくな」

 

「わたしは修道女エレオノーラ。そのお召し物は、皇国の伝統的な衣装ですね。

貴国では、神を信奉する習慣がほとんどないと伺っていますが、

あなた方から見てサラマンダラス帝国の印象はどうなのでしょうか」

 

「パルフェム・キサラギっていうの!

ええと、まずはルーベルさんもエレオノーラさんも、気楽に喋ってほしいなー。

確かに皇国は合理主義で神様とか信じてないけど、

だからってこの国を嫌ってるわけじゃないよ。

むしろ、いろんな種族、魔法系統、宗教が交じり合ってる、

遥か西の国に興味津々って感じ。だって、一応総理のパルフェムがそうなんだから!」

 

すっかりよそ行き口調をやめてこの場に馴染むパルフェムに、紅茶を出す。

最後にお茶菓子の入ったカゴを置くと、あたしも椅子に座った。

 

「まあ、ゆっくりしてってよ。

まともな客なら一応歓迎できるくらいには、あたしの人嫌いも緩和されてきたから」

 

「……お姉ちゃん、頑張った」

 

「あら、その軍服は……要塞の特殊部隊ね。どうしてここに?」

 

「実はこの娘、あたしの妹なの。ちょっと色々あってここに住んでるんだけどね」

 

「カシオピイア……よろしく」

 

「よろしくねー、カシオピイアさん。

……ところで、さっき2階でバタバタしてたみたいだけど、何かあったの?」

 

まだ帝都からの返答がない状況で、他国の首相に今の状況がバレるとまずいわね。

 

「あー、ちょっとペットを飼っててね。ケージに入れるのに手間取ってたの」

 

「ふ~ん……クシシシ」

 

パルフェムが妙な声で笑って、帯に差した扇子を広げる。そして朗々と一句詠み上げた。

 

「君恋し 柳向こうに 其の姿」

 

すると、扇子の先にホログラフの立体映像が浮かび上がって……やだ、チビ助共!

 

「ずいぶん可愛らしいペットを飼っているのね、里沙子さん」

 

「あの、ええと、ちょっと待ってね、これは一種の社会実験であって」

 

「ふふっ、冗談ですわ。しかーし、このパルフェムに隠し事はできないので、あ~る」

 

「お、お前今、何をした!?」

 

「今の詩歌は確か、ハイク?」

 

さすがにルーベルもエレオノーラもこれには驚く。

カシオピイアは状況が分かっているのかいないのか、ただ前を向いている。

 

「エレオノーラさん、正解。

パルフェムは、俳句に詠んだ事を魔力の範囲内で実現できるのでーす。

ちなみに今の句は、

“会うことのできない貴方が恋しい。

せめて柳の向こうにその姿だけでも見せてください”という気持ちを

詠唱として詠んだの。つまり透視」

 

「はぁ、世界は広いもんだなぁ、おい」

 

「国が違えば魔法形態も別物、とは聞いていましたが、

これは極めて特殊な術式ですね……」

 

「パルフェム、この件については皇帝陛下や法王猊下が協議中なの。

あまり事態を荒立てないでくれると助かるんだけど……」

 

「もちろん!そんなことより、もっと里沙子さんとお話がしたいわ!」

 

何かふと嫌な予感がした。

タイミングを図ってあたしにターゲットを絞ってきた気がする。

 

「……ちょっと気になったんだけどさ、

あなた、最初からあたしが魔王との戦いに関わってたこと知ってたわよね。

確かにこの辺じゃ少しは名前は広まってるけど、

遠い東の国の首相が知ってるのは何か変だな~って里沙子さんは思うわけですよ」

 

パルフェムは笑顔を浮かべたまま、何も言わない。

 

「すっかり情報は漏れちゃったけど、

皇帝陛下が緘口令を敷いてた、あたしらの身元を知ってるのはなんでかな~って、

気になっちゃってさ」

 

やっぱりパルフェムは黙ったまま。ただ、笑っている。

その笑顔が今となっては不気味に思える。

 

「街道で会ったのも偶然なんかじゃない。

あそこであたし達を待ってたんじゃないかな、って気がして。

……そろそろ何か答えてくれると助かるんだけど」

 

何の気なしを装いながら問い詰めて行くと、パルフェムが沈黙を破って口を開いた。

 

「里沙子さん……一緒に皇国で暮らしませんか?」

 

「なっ!お前、最初から里沙子が目的だったのかよ!?」

 

「駄目、お姉ちゃんは……渡さない!」

 

皆が慌て出すけど、あたしはパルフェムとの話を続ける。

 

「答えになってないんだけど」

 

「……そう、初めからあの場所で里沙子さんを待っていたの。

パルフェムの俳句でも、さすがに帝都からの正確なワープは難しくて、

それでも近くにいるのは間違いないから、ずっとあそこにいたの。

ちなみに居所の分からないあなたのところへ転移した方法は、

“会ったことのない人のそばにだけワープできる”一句」

 

「里沙子、そいつから離れろ」

 

「いいから。銃をしまって、ルーベル」

 

いつの間にか立ち上がって拳銃を抜いていたルーベルをなだめる。

もっとも、パルフェムはそんな事気にしちゃいなかったけど。

 

「ご要望なら、みんな一緒に来てくれても構わない。快適な住居を用意させてもらうわ。

もっとも、この国と建築様式は全く違うから慣れるのは大変だと思うけど」

 

「海外に引っ越すなんて面倒くさいこと御免被るわ。あたしを連れて帰りたい理由は何」

 

ダイニングに緊張感が張り詰める。やっぱりパルフェムは笑ったまま。

 

「皇国の祖先たる日本人を迎えたいのがひとつ。

圧倒的に数でも力でも勝る魔王の軍勢を、

一網打尽にした兵器の設計者を迎えたいのがもうひとつ」

 

「どちらかと言えば後者の方がメインなんじゃない?

言っとくけど、設計図は要塞に保管されてるから、

力で強奪するなら死ぬ気で掛かったほうがいいわ」

 

「そんな事ないわ。パルフェム達にとって、日本人は本当に憧れなの。

今なら天皇皇后両陛下に次ぐ、国民の絶大な尊敬が得られる。

それに、別に新兵器をものにして、

どこかの国を侵略しようなんてつまらないこと考えてないわ。本当よ?

ただ、知りたいの。その設計思想、構造、機関部、その他諸々。

技術は戦争と共に発展してきた。それはご存知でしょう?

パルフェム達は、戦いの爪痕を平和的に利用したい。ただそれだけなの。」

 

「尊敬は要らないものランキング……何位だったかしら。で、断ったら?」

 

「なにも、しない。せっかくお友達になれた里沙子さんに嫌われたくないもの。

でも、これだけは覚えておいて。

パルフェムはね、パルフェムはね、欲しいものは絶対に手に入れるの!

さっきも言ったかしら。力ずくなんて野蛮な行為に走らなくても、

なんだって結局最後にはパルフェムの手の中にあるんだから。ウフフ……」

 

「……今日はもう帰って。お互い話すこともないでしょう」

 

「そうね。そろそろ国に帰らなきゃ。国会も山場だし、それでは皆さんこれにて」

 

「ちょっと待ってください!桜都連合皇国までは数千kmあります!

とても人間の魔力で跳躍できる距離では……」

 

エレオノーラが、また扇を広げてワープしようとしたパルフェムを慌てて止める。

確かに、多量のマナを抱えるエレオノーラでも帝都まで一往復するのがやっとなのに、

彼女がやろうとしていることは無謀極まる。でも、パルフェムはひとつウィンクして、

 

「ご心配なく。パルフェムの魔法は、

必ず詠唱を五七五に収めなければならないという縛りがある分、

消費魔力が抑えられますの。まぁ、その制約が俳句の魅力ではあるのですけど。

では、里沙子さん。また近い内に……」

 

──花の香に 友を想いて 風を抱く

 

彼女が一句詠み終えると、シュンとその姿が消え去った。

同時にダイニングの緊張感もほぐれる。

 

「あいつ一体何がしたかったんだ?

あんな力があるなら、里沙子を攫っていってもおかしくなかったのに」

 

「よっぽど自信があるんじゃない?ああ、コーヒー冷めちゃった」

 

「お姉ちゃんは……渡さない!」

 

「どうどう、落ち着けー」

 

あたしはカシオピイアの背中を撫でると、冷え切ったコーヒーを一気に飲み干した。

一息ついて考える。今回の客は……△ってところかしら。

厄介事は起こさなかったけど、今後に不安が残る要注意人物。

でも、泊まり込むことになって、あたしの寝袋占領しなかったから、

やっぱり○マイナスくらい?

手の中でカラのマグカップを遊ばせながら、今日の出来事を振り返っていた。

 

 


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