面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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ナイトスラッシャー見参
ファイル数と話数不一致の原因がわかったわ。クリスマス編のファイル名を特別編にしてて番号を振ってなかったの。こんなだから誤字が減らないのよ。


龍鼠団アジト

 

草木も眠る丑三つ時。夜の闇に多くの白い目だけがうごめく。

その正体は、わずか1000Gとは言え、

何年も賞金稼ぎからの追跡から逃れ続けている龍鼠団。

もはや彼らの逃走技能は擬態動物並に発達しており、

誰も彼らを発見し、倒すことは不可能であると言われていた。

 

たった1000Gに、そこまで苦労したがる賞金稼ぎがいないという事情もあるが、

彼らは農作物の盗難や空き巣と言ったケチな悪事を繰り返し、

地味に住民たちを苦しめていた。

そんな龍鼠団は、ハッピーマイルズ北端にある、瀬の高い穂の生い茂る荒れ畑で、

次なる標的を求めて寄り集まっていた。

 

「兄貴、次の獲物はどれにしやす?

俺は南のじゃがいも畑を掘り尽くしてやるのがいいと思うんですが、どうですかね」

 

素肌にねずみ色のレザーアーマーを着て、

肋骨が浮き出るほど痩せた部下が、首領に進言する。

同じくねずみ色をしたフード付きローブ姿の痩せぎすの男が答えた。

白い出っ歯が不気味に光る。

 

「キキキキ、悪くねえ。最近はじゃがいもの値段も上がってるからな。

だが、先月はさつまいも畑を荒らしたばかりだ。

2ヶ月連続で芋ばかりってのも芸がねえ。

よし、じゃがいもをふんだくったら、ついでに東のリンゴ畑に突撃だ!

近頃モソモソしたもんしか食ってなかったからな。

“すいーつ”祭りと洒落込もうじゃねえか!」

 

“へい、兄貴!”

 

十数名の子分達が一斉に声を上げる。

 

「よし、まだ夜明けには十分時間がある。善は急げだ、南の畑に突っ込むぞ!

……ただし、慎重に、息を潜めて、闇に溶け込む。3つの掟を忘れんな!

わかったら、行くぞお(めえ)ら!」

 

 

──フハハハハハ!

 

 

その時、朧月夜に謎の高笑いが響き渡る。

驚いた龍鼠団は、すかさず短刀を抜き、声の主をさがして辺りを見回す。

 

「誰でいテメエは!どこに居やがる!!」

 

首領が大声で怒鳴り散らす。すると、謎の存在が言葉を返した。

全員が声の方向を見ると、一際高い杉の木の頂上に、

両腕を組み、風に黒のマフラーをなびかせた人影が。

 

“コソ泥ごときが隠密の極意を語るとは片腹痛い!そこまでだ、龍鼠団!

農夫達の苦心の結晶、それは即ち生きる糧、そして喜び。

人々の希望を決してお前達に渡しはしない!”

 

「俺達を追って来やがっただと!?てめえ、一体何者だ!」

 

“悪党共に名乗る名などない!我が素顔を知るは闇夜に浮かぶ満月のみ!

だが、あえて名乗るとするなら、俺をこう呼ぶがいい!──とうっ!”

 

謎の人物は、10mはある木からジャンプし、膝を抱えて回転しつつ、

バランスを取って超人的身体能力で着地、そして宣言。

 

「影に忍びて悪を討ち、闇に潜みて民救う。

シノビの魂受け継ぎし、ヤマトの忍法ここに在り!

隠密戦士・ナイトスラッシャー、推参!」

 

名乗りを上げると、今度は見得を切る。

美しい直立姿勢を取り、一度両手で印を結ぶと、歌舞伎のように右手足を後ろに下げ、

左手足を前に出し、首を軽く回して龍鼠団を睨みつけた。

 

「覚悟しろ!悪党共に、七転八倒待ったなし!」

 

奇妙な姿だった。頭部をブルーのマスクで覆い、

顔面は手裏剣を思わせる、黒い四ツ刃のゴーグルで隠されている。

体も動きやすいブルーのアーマーと鎖帷子を身にまとい、

両腕には何らかのデバイスを装着している。

あっけにとられて乱入者の登場を眺めていた龍鼠団だが、

リーダーが慌てて部下に指示を飛ばす。

 

「お、おかしな野郎だが、ここを知られたからには生かしちゃおけねえ!

野郎ども、やっちまえ!」

 

“うおおおお!”

 

短刀を腰に構えたグレーの集団がナイトスラッシャーに襲いかかる。

しかし、彼は並外れた跳躍力で敵集団を飛び越え、後ろを取る。

敵を見失った龍鼠団は、混乱に陥った。

その機を逃さず、ナイトスラッシャーは右腕のデバイスを敵に向け、

タッチパネルでコードを入力。必殺技を放つ。

 

「2016・ENTER、ブレードランチャー!!」

 

すると、デバイスの排出口から無数の手裏剣が放たれ、子分達の腕や足に突き刺さる。

 

「ぐわっ」「ぎゃあ!」「ひげえ!」

 

痛みにもがきながら、子分達は短刀を落として地面に倒れ込む。

あっという間に全滅した子分を見て、サブリーダー達が、首領を守るように、

斧を構えながらジリジリとナイトスラッシャーに歩み寄る。

 

「死ねやぁ!!」

 

「甘い!」

 

身長2mの巨漢が大斧を振り下ろす。だが、ナイトスラッシャーは直立不動のまま、

一瞬にして真横に移動し、致命傷となる一撃を回避。

同時に、背中に背負っていた忍者刀をスラリと抜いた。

 

「悪を切り裂け、菊一文字!!」

 

次の瞬間、目で見えない一閃が巨漢の背中を薙いだ。

強靭にして繊細な一撃を受け、敵は気を失い、その巨体を枯れた大地に横たえた。

 

「げ、げべっ……」

 

「安心しろ、峰打ちだ」

 

残るはサブリーダーと首領だけ。ふざけた格好に油断していた首領は、

焦って懐から銃を取り出した。

ミドルファンタジア式オートマチック拳銃が謎のヒーローを狙う。

 

「そこまでだシャドウなんとか!いくらお前が素早くとも、銃弾は避けられまい!」

 

「……哀れだな」

 

「何だと!?」

 

「大菩薩流忍術は、拳銃などに敗れはしない!」

 

「うるせえ、この野郎!」

 

銃声が闇夜をつんざく。森から野鳥が一斉に羽ばたく。

硝煙の向こうに見えるは、彼の亡骸か、それとも。

 

「な、なんだ、どこに行きやがった!?」

 

しかし、そこには何もなかった。一本の丸太を除いて。

 

──忍法、変わり身の術!

 

そこには銃弾がめり込んだ丸太が落ちているだけだった。

ただ、どこからかナイトスラッシャーの声だけが聞こえてくる。

慌てて首領達は彼を探すが、隠れ蓑としていた穂が仇となり、視界を遮られる。

敵を見つけられないまま、龍鼠団は次の行動を許してしまった。

 

──これで、終いだ!0310・ENTER、雷迅の術!

 

ひび割れた荒れ畑に、稲光が走り、雷鳴と龍鼠団の悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

またやってる。何回ゲンコツ食らえば気が済むのかしら。

ジョゼットが朝食を食べながら新聞を広げてるわ。

 

「ジョゼット、食事中に新聞読むのはやめなさいって何回言えば分かるの!

子供の前でガミガミ怒られるのがそんなに楽しい?」

 

「ああ、叩かないで!違うんですよ!

今日は速報性の高いお知らせがあるんで、皆さんにもお知らせしようと……」

 

ジョゼットが抱きしめるように新聞を引き寄せる。

後でみんなも読むんだから、くしゃくしゃにしないで。

 

「アハハ!ジョゼットま~た怒られてる」

 

「見てなさい、ピーネ。大人でも悪いことをしたら叩かれるの。

ほら言いなさい。速報性の高いニュースって何。死刑執行まであと一歩よ」

 

「聞いてくださいよ!

“十年以上逃走を続けた龍鼠団がついに御用!

去る25日、ハッピーマイルズ駐在所の前に、

縄打たれ失神した龍鼠団が放り出されていた。賞金稼ぎの功績かと思われたが、

それらしき人物の姿はなく、現場に[天誅 ナイトスラッシャー]という、

謎の文書が残されるのみであった。

当局はナイトスラッシャーなる人物に賞金を支払うため、その行方を追っているが、

今の所手がかりは全くない”

……どうですか、里沙子さん!」

 

「こんなところね」

 

ゴツン。ジョゼットの頭に、握り拳から出した中指の第二関節を叩きつけた。

 

「痛ったーい!えーん、里沙子さんが叩いた!」

 

「うるさい。飯は静かに食いなさい。これのどこが緊急速報ニュースよ。

どっかの物好きが、

ボランティアで1000Gぽっちの賞金首生け捕りにしただけでしょうが。

あと、耳障りな嘘泣きを止めないと第二波が来るわよ」

 

「うっ……でも、かっこいいじゃないですか。

悪者を退治して、賞金も受け取らず姿を消すなんて、

マリーさんの店で読んだ漫画のヒーローみたいです」

 

「漫画を読むなとは言わないけど、それに影響されて新聞記事で大声出してると、

何発でも拳が飛んでくるから今後は気をつけなさい。

……ごめんね、みんな。食事の途中だったわね。さあ食べましょう」

 

「しかし、ナイトスラッシャーなる人物の善行は、

マリア様もご覧になっているでしょう。その奉仕の心は、称賛されて然るべきかと」

 

「ああ、エレオ。こいつを調子づかせないで。また同じ過ちを繰り返すから。

痛みはどんなアレでも学習するって法則は、ジョゼットには当てはまらないの。

大体、龍鼠団なんてアホ丸出しの看板ぶら下げてる連中なんて、

ただ誰にも相手にされてなかっただけでしょ。

本当にヤバイ奴なら、帝都の軍が動いてるはずよ。ねえ、カシオピイア?」

 

でも、意外なことに彼女は首を振った。

 

「……一度アクシスが追跡班を結成して掃討に乗り出したことがあった。

でも、ハッピーマイルズ領を根城にしていることはわかったけど、それまで。

結局彼らを見つけることは出来なかった。

とにかく敵の行動を読んだり、身を隠すのが上手くて、作戦は失敗。

多分、今捕まってなかったら、そろそろ賞金額が引き上げられてたと思う。ふぅ……」

 

話し終えると、水を飲んで喉を潤した。

 

「あなたにしちゃよく喋ったわ、お疲れ。なるほど、賞金額だけじゃわからないものね。

とにかく、もうお縄になったならあたし達には関係ないわね。

ジョゼットもいつまでも暇人に構ってないで、さっさと食べなさい」

 

「はーい」

 

ジョゼットが、テーブルの隅に新聞を置いた。確か今日は食材の買い出しだったわね。

別に急ぐ必要はないけど、ダラダラ先延ばしにしても余計面倒になるだけ。

あたしは馬鹿騒ぎのせいで、すっかり冷たくなったベーコンエッグにナイフを入れた。

 

 

 

そんで、朝食を終えたあたしは、ジョゼットを連れて、

ハッピーマイルズ・セントラルに来たの。

前にも言ったと思うけど、大した名物もないくせに無駄に長い名前を、

どうにか半分くらいにできないものかと思う。

そのための言い訳というか、やむを得ない事情というか、何か方便が欲しいところね。

 

おまけにいつもどおりの大混雑。早くも頭がズキズキしてきた。

市場に近づくにつれ、吐き気すら催してくる。

貧血を起こしたように足元がふらついて、

大きな工具箱を持った作業着のおっちゃんと肩がぶつかった。

 

「おう、悪いな姉ちゃん」

 

「ごめんなさいね……」

 

とりあえず一旦市場を突っ切る。そこは酒場や駐在所と面した広場。

みんな市場に集中してて、人気は殆ど無い。

ああ、何もないって、こんなに素晴らしいことなのね。深呼吸してベンチに座る。

 

「はぁ、ようやく落ち着けた。

ジョゼット、これ渡すから、必要なもの全部買ってきて。お願い」

 

「大丈夫ですか?」

 

「少し休んだから大丈夫度Lv4には持ち直した。

もう少し休めば、帰りの体力がチャージできる。財布からお駄賃50G持ってっていいわ」

 

「無理はしないでくださいね?」

 

「うい」

 

あたしはジョゼットに財布と買い物袋を渡して、ベンチに横になった。

なんであの娘は市場の混雑が平気なのかしら。

視界に飛び込む人の波に目がチカチカしたり、周囲からの圧迫感で気分が悪くなったり、

ちっとも前に進めないイライラ感で頭が爆発したりするのが普通だと思うんだけど、

あたしの方がはみ出し者なのかしら。……わかったところでどうしようもないわね。

あたしは考えるのを止めて目を閉じた。

 

 

 

 

 

……俺は、腕を拘束する鉄の板を引きずりながら、この田舎町に降り立った。

別に重くはねえが、ションベンするにもいちいち邪魔だ。斑目里沙子は見つからない。

手がかりも何もなしだ。イラついてしょうがねえ。

やっぱり魔国に戻って、

あのクソババアを血祭りに上げたほうが、面白かったかもしれない。

 

“やだ、あの人誰?なんだか怖いわ”

“重そうな手枷。脱獄囚かしら”

“だったら緊急手配が出てるわ。南の奴隷じゃない?”

 

周りのブタ共がうるせえが、連中を殺してもつまらねえ。

ブタがブタらしく生きてるだけだ。俺が殺してえのは──

 

「はい、これで役場のポンプの水質検査が終わりました。水にも機器にも異常なしです。

では、こちらに作業完了のサインを」

 

「わかった。……こんなもんでいいかな?」

 

「ありがとうございます。公共施設の検査ですので、料金は領主様への請求となります。

それでは、私はこれで」

 

「いつもご苦労さん!」

 

建物の裏手から、ノコノコと歩いて来やがった。

俺は一旦物陰に隠れて、そいつが通りに出てくるのを待つ。

表に出ると、女は呑気に三角帽子を揺らしながら鼻歌を歌いつつ、通りを北に進む。

俺は立ち上がって、気配を殺して背後に回る。段々歩幅を広げながら、徐々に差を詰め、

手が届く距離まで近づいたら……飛びついて、腕で女の口を塞いだ。

 

「んんっ!?モゴモゴ!」

 

「……騒ぐんじゃねえ、首ィへし折るぞ。こっちだ」

 

俺は女を街道外れの裏路地に引きずり込んだ。

周りには死にかけのジジイやキチガイしかいねえ。女を湿気た地面に放り出す。

 

「はぁっ!誰なんですか、あなた……うっ!」

 

「黙れ、静かにしろ、俺の質問にだけ答えろ」

 

俺は女の腹を一発殴る。内蔵を潰さないように加減するのが難しい。

 

「こほこほ!お金なら持ってませんよ!今は皆さん口座引き落としで……あうっ!」

 

「誰が喋れつった!テメエは、俺の質問に、答えてりゃいいんだよ!」

 

今度は横っ面を張ってやった。女の眼鏡が軽い音を立てて転がる。

危うく手枷で殴り殺すところだった。何をするにもこいつが邪魔だ。

煮えるようなイラつきが湧き上がってくる。

 

「名前は」

 

「……ロザリー。水たまりの魔女・ロザリー」

 

「ふん。ロザリー、か。ロザリーちゃんよう、これからいくつか質問だ」

 

「なあに……?」

 

「お前、金は持ってんのか」

 

「財布に小銭と、貯金は、少しだけ。公務員は、あんまりお給料高くない……」

 

「カカカ、そうかそうか……そうだよな、贅沢はいけねえよなぁ?次だ。お前の仕事は」

 

「……水属性の魔法を使った水質検査と浄化。担当はハッピーマイルズ領西部」

 

「ハァ!なるほど、そうだよ。魔女だろうが人間だろうが地道に働くのが一番だ。

俺、お前のこと少し気に入ったぜ。次の質問。あんた、この世をどう思う」

 

「ど、どうって……?」

 

「俺の国じゃあな、魔女はどいつもこいつもクズばっかりなんだ。

魔女に生まれたってだけで、無条件にチヤホヤされて、

魔法しか取り柄のないくせに気が向いた時にしか働かねえ。

便利な道具があるってのに、毎日食っちゃ寝生活してるんだ。

しかもそれが社会的ステータスであるかのように、大手を振って歩いてんだぜ。

そんで、誰もそいつを疑問に思わねえ。現実はただの豚小屋生活の分際で。

信じられるか、ん?」

 

「……あなたの国にはそういう人もいるかも知れませんが、少なくともこの領地では、

人間も魔女も協力して社会全体を支えています。

この国から出たことのない私にはよくわかりませんけど」

 

「まあいいさ。最後の質問だ。斑目里沙子って奴はどこにいる」

 

「っ!……知らない」

 

嘘が下手だな。鈍臭え女だ。心臓が跳ねる音が聞こえたぞ、マジで。

もう一度顔を張ってやった。

 

「ああっ!」

 

「俺はよう、嘘つきと怠け者はヘドが出るほど嫌いなんだよ。

そこんとこ分かってくれよ、頼むからさぁ!?

……ラストチャンスだ。里沙子は、一体、どこなのかなぁ!」

 

奴の髪を引っ掴んで頭を揺する。もしかしたら耳からこぼれてくるかもな。

 

「うう、知らない!!」

 

「魔女にしちゃあ、ちょいと気に入ってたんだが、

ここまで話が通じねえとはガッカリだ。

役立たずのオツムにさよならして終わりとするか」

 

俺は鋼鉄の手枷を振り上げた。ロザリーとやらがギュッと目をつむる。

ビビるくらいなら初めから喋っときゃ良かったのによ。やっぱり魔女は、バカだ。

奴の頭を叩き潰そうとした時。

 

 

──その続きやったら殺すわよ、僕ちゃん

 

 

銃声、そして、右腕に銃弾が。効いちゃいないが、後ろから撃たれたらしい。

振り返ると、三つ編みの女と修道女。……ん、待てよ?

 

 

 

 

 

ジョゼットに呼ばれて追いかけてきたんだけど、間一髪だったわね!

いつもどうでもいいことしか言わないくせに、たまに重要なことを漏らすから、

聞き流すわけにも行かないのよ。本当、よくわからん生物だわ。

 

「ロザリーから離れなさい、変態野郎」

 

あたしは手枷を着けられた男の頭にピースメーカーを向けながら、徐々に距離を詰める。

 

「里沙子さん!」

 

「久しぶり、元気だった?何十話ぶりだったか思い出せないけど。

待ってて、今こいつを再起不能にするから」

 

「ク、カカカカ!お前だァ!斑目、里沙子オォ!!」

 

年寄りみたいに白髪だらけで肌もガサガサの少年の叫びを無視して、

今度は両手足を狙い撃つ。

銃声で周りのホームレス達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

4発ともヒットしたけど、ガリガリの体にまるで効いてる様子がない。

ここは狭いわね、場所を変えたほうがよさそう。

 

「ジョゼット、街道の連中を逃して!

撃ち合いになるし、こいつはまともな敵じゃない!」

 

「は、はい!……みなさーん!ここは危険です、逃げてくださーい!」

 

今の銃声とジョゼットの警告で、街の南北をつなぐ街道から人が消え去った。

あたしは、すり足で後退しながら、ピースメーカーからM100に持ち替える。

視線の先には、不安げにあたしを見る、顔の腫れたロザリー。

銃のハンマーを起こすと、囚人みたいな男が話しかけてきた。

 

「ハハハァ、やっと会えたぜ斑目里沙子!」

 

「あんたが誰だか知らないけど、その重そうな手枷、両腕ごと落としてやるわ。

来なさい」

 

本当にこんな奴知らない。

でも、とにかくロザリーからこっちに注意が向いたから、安心して戦える。

囚人男に照準を合わせながら、街道に出る。これで巻き添えを出す心配はなくなった。

安心してバカに教育できるわ。激痛を伴うけどね!

 

「……ねえ、見ず知らずの女性に暴力を振るったらどうなるか、あなた知ってる?」

 

「世界は、なんにも変わりゃしねえ……」

 

「あんたの片腕がなくなるのよ!」

 

奴の左腕を狙い、M100を発射。45-70ガバメント弾が、

骨のような腕をもぎ取るには十分過ぎる威力を持って、突き進む。命中まで0.1秒。

でも、そのコンマ1秒を切ることが出来なかった。

敵は恐るべき反射神経で、両腕を拘束する鉄塊で、銃弾を受け止めた。

ガォン!と強烈な金属音が鳴り響く。

 

「……やっぱり、なんも変わりゃしねえだろうが」

 

「今のところはそうみたい。なら、ちょっとチートさせてもらおうかしらね」

 

敵は、腕をぶらぶらさせながら、うつろな目で告げる。

あたしは、もう一度ハンマーを起こすと、精神を集中して、クロノスハックを発動した。

世界の色が反転して、一切が動きを止める。そして、狙いを定めて再び左腕を狙撃。

囚人男の片腕を吹き飛ばした……と、思ったんだけど?

弾丸は腕にめり込んだだけで、血の一滴を流すこともできなかった。

 

「なんなのこいつ……どうなってるわけ?」

 

思わず能力を解くと、奴が叫びだした。

 

「ああ、ああ、骨にヒビが入ってやがる!痛え、痛えよおおォ!!」

 

すると、奴が地を蹴って、こちらに体当たりをぶちかましてきた。

そいつ自身の体重は軽くても、両手にぶら下げてる物の重量は半端じゃない。

またクロノスハックで回避出来たけど、発動した瞬間、奴の顔を間近に見た。

ギョロリとした窪んだ目は、まるでグールのようで、

こいつが生あるものかどうかを疑わせる。

 

走って10mほど距離を取って能力解除。でもCentury Arms M100が効かないとなると……

しまった!せっかく覚えた強装弾の魔法を忘れてたわ。あたしの馬鹿!ジョゼット!

覚えたとは言っても、敵は体を揺らしつつ近づいてる。

ええと、魔法を発動するには、まず火薬を増大、じゃなくて、まず魔力でしょうが!

囚人男が更に接近。どうしても焦る。ヤバい、考えてたこと忘れちゃった!

 

「アハハハハァ!そうかよ、そうだったのかよ。テメエも魔女だったってことか。

ゾクゾクしてきたぜ!」

 

「……種族としての魔女じゃないし、まだ新米だけどね」

 

「さっきの一発もテメエの仕業かァ?」

 

「そーいうこと。そろそろあんたの名前教えてくんない?」

 

「ヘクサー。俺の名前を知ってる奴はあんまりいねえんだ。大抵の奴は死んじまった。

忘れねえでくれ。寂しいからよォ!!」

 

「忘れないわ、墓に刻む名前がないと困るもの」

 

「ハッハァ!テメエの脳ミソぶちまけて肥やしにしてやるよ!」

 

ヘクサーが両腕の手枷を振り上げながら、また飛びかかってきた。

迎撃しようとM100を構えた瞬間、何か小さな物がヒュルヒュルと音を立てて飛んできて、

奴の体にわずかに刺さった。

痛みでバランスを崩したヘクサーは、そのまま落下し、地面に叩きつけられた。

奴に刺さった物を見ると、手裏剣!?

 

「うぎぎ……誰だテメエは!」

 

奴もあたしも手裏剣の飛んできた方向を見る。そこには。

 

──罪なき女性に手を上げ、戦いを挑んだ勇気ある者を手に掛ける。

  悪鬼の如き蛮行、許すまじ!貴様のような悪党には、

  このナイトスラッシャーが天誅を下す!

 

近くの建物の屋上に、忍者っぽいっていうか、

黒いマフラーを巻いた完全に忍装束の男が立っていた。

なんか両腕に変な機械着けてるけど。

 

「とうっ!」

 

謎の男は、縦回転しながら、人間離れした運動神経で、高い家屋から街道に飛び降りた。

続いて、ヘクサーを真っ直ぐ指差し再び宣言。

 

「覚悟しろ!悪党共に、七転八倒待ったなし!……変・身!!」

 

忍者は、両腕をクロスし、器用に腕に装着した機械をタッチした。

なんかあれ、スマホっぽい?

 

[7110・ENTER][4648・ENTER]

 

入力が終わると、そいつの身体が光って、思わず目をつむる。

数秒後に光が収まって、ようやく目を開けられるようになると、

そこに変なやつが立っていた。なにこれ。ライダー?レンジャー?

いや、ベルトがないからライダーじゃないわね。

 

「影に忍びて悪を討ち、闇に潜みて民救う。

シノビの魂受け継ぎし、ヤマトの忍法ここに在り!

隠密戦士・ナイトスラッシャー、ここに推参!」

 

そして、歌舞伎のような見得を切る。その見た目は、何々レンジャーのブルーっぽい。

全身をブルーを基調としてて、頭部を覆うマスクや、

動きやすそうな鎖帷子をあしらったアーマーで身を固めてる。

顔には大きな手裏剣のような真っ黒なゴーグル。両腕には謎のデバイス。

とりあえず、変なやつだけど、味方ってことでいいのかしら?だって。

 

「うおおお!痛え、痛えぇ!

なんてことすんだよテメエ……血が出ちまったじゃねえかよォ!」

 

ヘクサーに投げられた手裏剣の刃は、ほんの僅かだけど奴に刺さり、

縞模様の囚人服を赤く染めているから。

 

「かしましい!理不尽な暴力を受けた女性の心は、更に傷ついていると知れ!!」

 

奴をビシッと指差しながら、ナイトスラッシャーは言い放つ。

変な格好だけど、その通りよ。味方と考えていいわね。思い切って話しかける。

 

「ねえ、ナイトスラッシャーさん。こいつの硬さは半端じゃないわ。

二人がかりで叩きのめさない?悪党相手に情けは無用よ」

 

「……君も、サムライの心を持つ戦士なのだな。よし、俺達であの妖魔を討とう!」

 

「よ、妖魔?この際なんでもいいわ。とにかく知り合い傷物にされてムカついてんの。

死ぬまで独房で寝たきりライフをプレゼントしましょう!」

 

ナイトスラッシャーと共闘することになったあたしは、改めてヘクサーと向き合う。

 

「ああ、うへへ……ただの野郎じゃ面白くねえんだよ。撃てよ、お前も。魔法、銃、剣。

なんでもいいから俺をキレさせろ!」

 

「望み通り、我が菊一文字の錆にしてくれる!」

 

彼は、背負った鞘から、一振りの忍者刀を抜いた。

まるで三日月のように光が美しく刀身に反射し、素人目にもそれとわかる業物。

素早く構えて敵と対峙する。

 

「んな細っこい剣で俺を殺せると思ってんのか?

テメエは真面目に殺し合いもできねえのかァ!」

 

刀の特性を知らないヘクサーが激高し、

ナイトスラッシャーに飛び掛かり攻撃を仕掛ける。

 

「甘い!」

 

ナイトスラッシャーも迫る敵に向かって跳躍し、すれ違いざま一閃を浴びせた。

両者が着地すると、ヘクサーに変化が現れる。腹を横一直線に斬られていたのだ。

皮一枚ではあったけど、みるみるうちに奴の服が血で染まる。

一方、立ち上がったナイトスラッシャーは、鈍器となる手枷の一撃を回避していた。

敵が腹に手をやると、その手にべっとりと血が。

 

「……なんだよ、なんなんだこれはよおおォ!」

 

「刀傷は痛かろう。因果応報、即ち、人を傷つけた報いはいずれ己に帰ってくる。

覚えておくことだ」

 

「なんでだ!俺の防御魔法は最強だって言ってたじゃねえかよ!

やっぱ魔女は嘘つきでアバズレのクズばっかりだ、畜生が!!」

 

「今、最強じゃなくなったってことよ。死ぬ前に気がつけてよかったじゃない。

ナイトスラッシャー!このまま出血を続けさせれば、いずれ倒れるわ。持久戦よ!」

 

「テメエは黙ってろクソ魔女が!」

 

ヘクサーが、今度は血まみれの姿で突進してくる。完全に頭に血が上った様子。

今度は時間停止するまでもないわね。

あたしはピースメーカーの早撃ちで、奴の足元を撃った。

傷は与えられなくても、軸足を支える地面を弾かれたヘクサーは、前にすっ転ぶ。

 

「ぐあっ!」

 

「今よ、ナイトスラッシャー!」

 

「うむ!……大菩薩流忍法、雷光手裏剣!」

 

彼は再び両腕のデバイスにコードを入力する。

 

[0310・ENTER][2010・ENTER]

 

コード認証が完了すると、左側のデバイスから右側のデバイスに

黄色いエネルギーが流れ、ナイトスラッシャーの右腕に稲妻のような力が宿る。

 

「天誅!」

 

彼が右腕のデバイスをヘクサーに向けると、

その排出口から電撃を帯びた手裏剣が無数に放たれ、標的の肉身に突き刺さる。

やっぱり傷は浅いけど、そこから流れ込んだ電流が奴の体内で暴れまわる。

 

「あがががぎが!!……ああっ、うう」

 

体中から煙を出して、ヘクサーはついに地べたに倒れ込んだ。

その姿を見たナイトスラッシャーが、懐から半紙を抜き取り、奴の背中に置いた。

そこに書かれていたのは、“天誅 ナイトスラッシャー”。

あたしが今朝の新聞の事を思い出して、彼に話しかけようとすると、

半紙が突然細切れになって、何やら紅いオーラがヘクサーの身体を取り巻き、

奴が跳ねるように飛び起きた。

 

「むむっ!まだ倒れぬというのか!」

 

「弾丸足りるかしら」

 

「あーははははは……わかったよ。思い出したんだ。そうなんだよ」

 

暴れる様子もなく、独り言を呟くヘクサー。

 

「どした。電撃で脳の配線焦げちゃったか」

 

「まだ、まだ本気を出してなかったからなんだよ。

ずっと両手のもんに邪魔されてて、俺、これが普通だと思い込んでた」

 

キチガイ地味た今までとは打って変わって、落ち着いた様子で語り続けるヘクサー。

よく見ると全身の出血も止まってる。刀の一撃はかなり血が出るはずなんだけど。

 

「今日は、もう行くぜ。

……斑目里沙子。俺は、お前を殺す。お前が俺を殺さない限り。あばよ」

 

ヘクサーはそう言い残して、その場で軽く跳ねると、

一気に上空に飛翔し、北の方角へ飛んで行った。

あたしもナイトスラッシャーも、止める間もなく見ていることしかできなかった。

そうそう。彼、一体何者なの?

 

「ナイトスラッシャーさん、でよかったかしら。助かったわ。

あたし一人じゃヘクサーを追っ払うことも出来なかったわ」

 

「俺は眼前の邪悪を打ち払ったまで。もっとも、今回は取り逃がしてしまったが。

奴の名前はヘクサーと言うのか」

 

「少なくとも自分でそう名乗ってたわ。で、あなた一体誰?

なんか、こう言っちゃアレなんだけど、変な格好してるのはなんで?」

 

「これは隠密戦士たる者の戦装束。そして俺はナイトスラッシャー以外の何者でもない。

悪を斬り捨て、弱き民を救うことこそ我が使命」

 

「龍鼠団を壊滅させたのもあなた?」

 

「左様。……むっ、人が集まってきたな。では、さらばだ。サムライの魂持つ少女よ!

はっ!」

 

「あ、待って!」

 

彼は、相変わらず凄い跳躍力で、建物の屋根に飛び乗り、屋根から屋根へと、

目にも留まらぬ速さで飛び去って行った。

あまりの速さに伸ばした手を引っ込めるのも忘れて、

聞こえちゃいない一言を口にするのがやっとだった。

 

「……あたしゃ24だっての」

 

同時に、通りの北からジョゼットの声が聞こえてきた。あ!大事なこと思い出したわ!

 

「里沙子さーん!大丈夫でしたか?あの変質者は?」

 

「ジョゼット!急いでこっち来て!」

 

「はわわわ!」

 

あたしはジョゼットの手を引っ張って、裏路地に入っていった。

 

 

 

彼女は、冷たい地面に座り込んで、呆然としていた。

頭のおかしい男に殴られたショックか、あたし達の戦いに気を取られていたのか、

どっちかはわからないけど、すぐ対処しなきゃ。

 

「ロザリー、大丈夫?」

 

「えっ……あ、里沙子さん!お久しぶりです」

 

「ええ、本当に久しぶりの再会が、とんだ災難になっちゃったわね。ジョゼット!」

 

「はい、なんでしょう」

 

「なんでしょう、じゃないでしょう。回復魔法で彼女を治してあげて」

 

「あ、そうでした!今すぐに!」

 

ジョゼットがロザリーの側に寄ると、彼女に手をかざし、回復魔法を詠唱した。

これ使ったのって、3話目くらい以来だから、きちんと作動するか正直心配だけど

 

「あまねく降り注ぎし不可視の恵み、今輝き持ちて我らが前に煌めかん。

聖母の慈愛、今ここに。ヒールウィンド」

 

赤く腫れたロザリーの顔が、輝く風に包まれて、みるみるうちに治っていく。

眼鏡は、割れてなかったみたいでなにより。眼鏡派にとっては命綱だからね、本当に。

これがないと視力検査の一番上のCも見えないから。

 

「うう、ありがとうございます。すっかり腫れも痛みも引きました」

 

「よくやったわ、ジョゼット。次は一週間待ちだけど」

 

「そんなわけないじゃないですか!あれからどれだけ時間経ってると思ってるんですか!

わたくしだって、勉強やお祈りを重ねて、

身体に貯められるマリア様の加護の絶対量は増えてるんですー!

エレオノーラ様の下位互換とか言ったら里沙子さんでも怒りますからね!」

 

「落ち着いてよ、誰もそんなこと言ってないじゃない。言ってるとしたら読者くらいよ」

 

いきなりエキサイトしたジョゼットをなだめる。やっぱり気にしてたのね。

おっと、他にもやることがあったわ。

 

「ロザリー、また会えたばかりで悪いけど、

さっきの変態を駐在所に通報しなきゃならない。立てる?」

 

「はい!大丈夫です」

 

 

 

それからあたし達は、駐在所に行き、

居眠りしてる保安官の鼻提灯を、デスクのペンで突いて起こした。

そして、まだ寝ぼけ眼の彼にヘクサーの存在と、

ナイトスラッシャーがそいつを追い払った経緯を説明した。

忍者のヒーローに話が及ぶと、さすがに彼も興味があったのか、細い目を見開いた。

 

「……ふむふむ、犯人はヘクサーを名乗っており、人相は年齢10代から20代。

老人のように白髪交じりで、痩せ型、両腕に頑丈な手枷をはめており、

服装は縞模様の囚人服、と。君はそいつに裏路地で暴力を受けた。間違いないかね?」

 

「はい、その通りです……」

 

「止めに入った、わたしも現場を見ているので、間違いありません」

 

「それで!里沙子君は、どこからともなく現れたナイトスラッシャーと共に、

ヘクサーを倒したというわけなのだね?」

 

「いいえ、逃げられてしまったので、倒してはいません」

 

「なるほど、彼はどんな姿だった?詳しい情報を教えて欲しい。

いや、帝都の軍も行方を掴めなかった龍鼠団を捕らえた、

ナイトスラッシャーなる人物について、軍本部から情報要請が殺到しておるのだよ。

おかげでここ2,3日は昼寝の暇もない」

 

あたしは保安官にナイトスラッシャーの姿形、武器の特徴について説明した。

悪いけど詳細は省くわ。これ以上長引くと、お話がダレる。

 

「ふぅむ。一個人の酔狂にしては出来過ぎているな。

里沙子君でも手を焼いた相手を、倒さないまでも、そこまで追い詰めたとは」

 

「はい。彼の装備は、アースの子供向け物語のヒーローを思わせるものですが、

その性能は目を見張るものがありました」

 

「わかった!本官はこれから現場検証に行く。被害届は受理しておいた。

一両日中にもヘクサーは指名手配される。しかし、新たな賞金首と新たなヴィジランテ。

喜んで良いやら悪いのやら」

 

「あの、わたしも立ち会わせて頂いてもよろしいでしょうか。

ヘクサーの行方について手がかりが見つかるかもしれません。

奴は言っていました。わたしを、殺すと」

 

「うむ、実際ヘクサーと戦った君なら何か見つかるかもしれん」

 

「里沙子さん、あの、私も……」

 

ロザリーも同行を申し出たけど、首を振って断った。

 

「奴は魔女を憎んでいたんでしょう?今日はもう帰ったほうがいいわ。

仕事が心配なら、このまま職場に戻って上司に事情を説明して、

泊まり込んだほうがいい」

 

「……そうですね。私にできることはなさそうですし」

 

「再会を祝して、酒場で一杯やりたかったんだけど、こんなことになって悪いわね」

 

「いえ、そんな!」

 

「奴にぶたれても、あたしの住所言わなかったんでしょう?

ありがとうね。あたしをかばってくれて」

 

「里沙子さんは、私を助けてくれましたから……」

 

「いいのよ。次こそヘクサーはあたしが半殺しにしとくから、ゆっくり休んで」

 

「はい……では、私はこれで。里沙子さん、気をつけてくださいね」

 

「任せときなさいって」

 

 

 

駐在所でロザリーと別れ、保安官とヘクサーとの戦いを繰り広げた現場に戻ると、

既に騒ぎは収まっており、いつもどおり街道を人々が行き交っていた。

ビジネスマン、行商人、買い物に来たおばさん。色んな人がいる。

 

“ヤベえ、ヤベえ、箱忘れるところだった”

 

雨漏り修理か知らないけど、工具箱を持った作業着の男が屋根を歩いている。

あら、ぼーっとしてる場合じゃないわ。何か、彼の痕跡を探さなきゃ。

保安官と一緒に地面を調べていると、彼の武器が見つかった。

四方に刃を突き出した投擲武器。つまり、手裏剣。

 

「保安官、こんなものが」

 

「どれどれ……これは、なんだろうか」

 

「忍者という、数百年前アースに存在した密偵が用いた武器です。

ナイトスラッシャーの姿も、明らかに忍者をモチーフにしたものでした」

 

「ふむ、これは証拠品として持ち帰ろう。こいつを見せれば上も納得するだろう」

 

「はぁ……他には何もなさそうですね。

ヘクサーはそもそも手枷以外何も持っていない様子でしたし」

 

実際、その後も奴と戦ったエリアを軽く調べてみたけど、

あれだけばらまいた手裏剣は、結局1個しか見つからなかった。

彼が証拠隠滅を図ったのか、物好きが拾っていったのかはわからないけど。

 

「ナイトスラッシャーを深追いしても意味がない。対処すべきはヘクサーであるからな。

本官はこれにて。里沙子君なら心配はないと思うが、暴漢には気をつけられよ」

 

「え、ええ。さようなら」

 

謎のヒーローの痕跡を手に入れて満足げの保安官は、駐在所へ戻っていった。

あたしは……全然満足じゃない。奴との戦いでほとんど何も出来なかった。

ヘクサーはもう一度来る。ナイトスラッシャーが誰とかは今はいい。

もっと強くならなきゃ。

 

 

 

 

 

帰宅したあたしは、人気のない近所の森で、射撃練習をしていた。

でも、ただの射撃じゃない。魔法を使った射撃。

今度こそ何が起ころうと正確に発動しなきゃ。

あたしは魔導書で学んだ手順を心の中で繰り返す。

 

まず、左手に魔力を集めて、次に球体を思い浮かべる。

そして内部に火薬を増幅する文字列、圧縮する文字列、

銃弾の形状を固定する文字列を噛み合わせる。

すると、あたしの左手に淡い緑の球体が現れる。それを右手のM100に押し込めると、

シリンダー内部から、何かがギシッと圧縮される感覚が伝わってきた。

 

準備はオーケー。

あとは、拳銃の射程を大きく超える50m前方の的に狙いを定めて、命中させるだけ。

弾薬が強装弾に変化し、威力が爆発的に上昇したM100のハンマーを起こし、

トリガーを引いた。一瞬後には、森の木全てを大きく揺らすほどの轟音、砕けた的。

 

「いつでも、来なさい」

 

 


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