面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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GWって真夏以上のカンカン照りになることあるけど、あれってなんで?

「まったく、昨日はとんだ災難だったわ。

なんで魔法使えるだけで、骸骨みたいなガキに殺されなきゃいけないのよ」

 

もうお昼だからみんなで昼食。メニューはミートソースのパスタとミニサラダ。

フォークをクルクル回して、麺を巻取り、口に運ぶ。

 

「えー、良いこともあったじゃないですか!本物の、本物ですよ?

ナイトスラッシャーが助けに来てくれたんですから!」

 

……言いたいことは山ほどあるけど、なんとなく面倒だからスルー。

欧米ではフォークを回して麺をすくわないって聞いたけど、

その人達はどうやってパスタ食べてるのかしら。

 

「へー、まさか本物がこんなところに来るなんてな。

どんな格好してたんだ?どれくらい強かったんだ?」

 

「それは……隠れてたからわかりません!里沙子さん、ご説明を!」

 

「わたしも気になります。

無償で危険な存在に立ち向かう人物について、教えてくれませんか?」

 

「ナイトスラッシャー?そんなものに夢中になるのはお子様だけよ。私は興味ないから。

……喋りたかったら好きにすれば?」

 

「……アクシスを上回る索敵能力、気になる」

 

スルーしても結局こっちに飛んでくるのよね。

とりあえず奴に一発お見舞いして、仕方なく彼について語り始めた。

 

ゴチン

 

「痛い~!なんで叩くんですか!」

 

「自分で始末を着けられない話をぶち上げて、人に押し付けようとしたからよ。

ピーネ、これも悪い事のひとつよ。覚えた?」

 

「覚えたけど……毎日のように殴られて、流石に私も可哀想になってきたわ」

 

「えーん、わたくしの味方はピーネちゃんだけです!」

 

「こいつが歳相応の振る舞いを覚えれば、あたしもこんな真似しなくて済むの。

言うわよ?」

 

かくかくしかじか、はい終わり。

 

「なるほど、つまりそいつのシュリケンってやつは、里沙子の銃くらい強いってことか」

 

「そうなのよ。なんか彼の衣装自体は、なんとなく手作り感漂ってるんだけど、

両腕のデバイスが馬鹿にできない性能なの」

 

「彼は両腕の装備をどこで手に入れたのでしょうか……」

 

「検討もつかな…くも無いわね。変身したり技を発動するときに、

デバイスのスマホみたいな部分にコードを入力してたから、

どっかで拾ったスマホを改造したのかも」

 

「スマホってなんだ?」

 

「ああ、ごめ。ルーベルは見たことない?」

 

「実はわたしもです」

 

あたしはポケットからスマートフォンを取り出して電源を入れた。

スマホを知らない面々が食い入るように見つめる。

 

「小さな箱が美しく光っていますね。」

 

「綺麗だが、それで何ができるんだ?」

 

「本来は離れた相手と通話するものなんだけど、

アプリっていう色々な機能をたくさん搭載できて、もうただの電話じゃなくなってる。

魔王編の兵器も、フォルダーっていう場所に保管してた、

設計図の画像を紙に書き起こして作ったの」

 

「……それに隕石を降らせる兵器も?」

 

「え、ああ、ピーネ。……そういうことになるわね」

 

しまった。余計なこと言っちゃったわね。さっさとしまいましょう。

電源を切ってスマホをポケットに入れると同時に、玄関先から声が聞こえてきた。

 

“こんちわータグチ修理店です。ご依頼の修理に来ました”

 

「お、来たな。はーい、ちょっと待ってくれ!」

 

ルーベルが立ち上がって応対に出る。ちょっと待って、修理店って何?

 

「ねえ、修理店ってどういうことよ。あたしなんにも聞いてなーい!」

 

「いーや、水道の出が悪いから修理頼んでくれって何回も言った。

お前が面倒がって後回しにしてるうちに忘れてただけだ。今行くー!」

 

ルーベルはドカっとあたしの椅子にぶつかりながら聖堂に向かった。

 

「あうっ!酷いわルーベル。この家の決定権はあたしにあるって約束したじゃない……」

 

「でも……お姉ちゃんが修理を呼んでくれないから、シャワーが浴びにくい。

しょうがないと思う」

 

「確かに、最低限の義務を果たしていれば、

ルーベルさんも何もしなくて済んだと思いますよ?」

 

妹もエレオも助けてくれない。

なんだか最近、この家におけるあたしの地位が、右肩下がりになってる気がする。

ルーベルがなんとなくあたしに厳しいのも、そのせいかしら。なんとかしなければ。

ああ、そんなことを考えてると、ルーベルが修理工を連れてダイニングに戻ってきたわ。

 

「頼みたいのはキッチンとシャワールームなんだ」

 

「失礼しまーす」

 

作業着を来たノッポの中年の男が入ってきた。

あら、寡黙で背の高い某俳優にちょっと似てるわ。いいじゃない。

彼は、大小1つずつの工具箱を持って、まだ食ってるあたしに構わず、

とりあえずキッチンの蛇口を開いて、すぐに閉めた。

 

「なるほど……他に水回りはありませんか?」

 

「あとはシャワールームだけだ。トイレは汲み取り式」

 

「んー、だとしたら、個々の破損じゃなくて、地下水の組み上げ装置が怪しいですね。

そっちの方も見せてもらってよろしいですか」

 

「頼むよ。物置から裏手に出られる」

 

「じゃ、一旦失礼します」

 

まるで一家の主のように事を進めていくルーベル。里沙子危うし。

呑気にパスタ食ってるあたしがニートみたいじゃない。

修理工が去り際に会釈していった。あら……?何かしら、この既視感。

彼と目が合ったときに感じたんだけど。

 

修理を終えたらしく、30分後、2人が裏口から戻ってきた。

 

「やっぱり組み上げ装置の駆動系が古くなってましたね。

ボルトを2,3交換して、動力部の歯車に油差しときましたんで、

問題なく水も出ると思います。念の為動作確認していただけますか?」

 

「わかった。ジョゼットー!キッチンの水がちゃんと出るか見てくれ。

カシオピイアはシャワールーム!」

 

「はーい……あ、出ます!勢いが戻りましたよ!」

 

“……出た”

 

「ふぅ、助かったぜ。代金はいくらだ?」

 

「出張費工賃込みで1000Gになります」

 

「よし、里沙子は料金の支払いだ」

 

「うー……財布2階に置きっぱなの。ルーベル立て替えといてくれない?」

 

「私も2階に置いてんだ。どっちが払っても大して変わんねえだろ。ほら早く」

 

「わかったわよ。行くわよ」

 

あたしはしぶしぶ階段を上り私室に向かう。……でも待って?もしかしたら行けるかも。

部屋に置いてたデカい財布を取ると、ダイニングに向かい、修理工に代金を払った。

 

「ご苦労さま。これ、料金ね」

 

「はい確かに!ありがとうございます。では、私はこれで」

 

「待って、ちょっといいかしら。

そっち工具箱、ずいぶん大きいけど、いろんな道具が入ってるんでしょうね」

 

彼が持っている2つの工具箱のうち、岡持ちくらいのサイズのものを指差した。

 

「ええ、いろんな修理請け負ってるんで!」

 

「そうなの。ところでこれ見てくれるかしら。

スマートフォンっていうんだけど、アース製の通信機器。……基本的にはね」

 

あたしは電源を入れて彼に見せてみた。

彼は驚いた様子を見せてスマホの画面を見つめた。

 

「へえ!こんな不思議なもん見たこともありません。

きっと、こいつの修理は私には無理ですね」

 

「なるほど、よくわかったわ。なら、これはどうかしら」

 

「おい、何やってんだ里沙子。この人も忙しいんだぞ」

 

ルーベルの声を無視して、ポチポチとスマホをいじる。

地球に居た頃、緊急時に備えてトランシーバーアプリをちょっといじって、

相手がアプリを持ってなくても、強引に端末を起動して、通信できるようにした代物。

そいつをタップして起動する。

 

画面に簡易的なレーダーが現れると……反応が2つ。

そのうち1つをタップして、接続を確認。

あんまりあたしが彼を引き止めるもんだから、そろそろ皆が不審に思い出した時、

スマホで接続した端末に話しかけた。

 

「見たこともないはずのスマホと会話ができてるんだけど、どうしてかしら?」

“見たこともないはずのスマホと会話ができてるんだけど、どうしてかしら?”

 

その場の全員が騒然となる。スマホなど知らないと言っていた修理工の工具箱から、

スマホの音声が聞こえてきたのだから。

 

「あなた、スマートフォンを見るのは初めてなのよね。

どうして工具箱からあたしの音声が漏れているのかしら」

 

この言葉も、工具箱の中からジンジンと箱を震わせる。皆が目を丸くして修理工を見る。

 

「こ、こんなもの、私は知らない!失礼する!」

 

彼が工具箱を持って立ち去ろうとする。でも、ちょっとだけ話を聞いてほしいの。

仕方がないから時間停止、そして彼の前に立つ。

 

「なっ!」

 

「驚かせてごめんなさい。でも、誤解しないで聞いて欲しいの。

別にあなたの正体を触れ散らかしたり、ましてや脅そうなんて考えてない。

あなたが助けてくれなかったら、多分、いえ、きっとあたしは殺されてた。

あたしを助けてくれて、大切なまともな知り合いのために戦ってくれた。

ただ、昨日のお礼が言いたかったの。ナイトスラッシャーにね」

 

“えーっ!?”

 

大陸の片田舎を騒がせている謎のヒーロー、その意外な正体に全員が驚きの声を上げる。

 

「……そんな人は、私は知りません」

 

「お願い、面白半分であなたの心の内を探ろうとしているわけじゃないの。信じて。

他のメンバーも、あなたの秘密をバラしたりするような人間じゃない。

人間じゃないのも2人いるけど、とにかく、修理工のタグチさんじゃなくて、

隠密戦士ナイトスラッシャーにお礼を言いたいの」

 

「私は……俺は……」

 

「ヘクサーは今日来たっておかしくない。奴とは次で決着を付けるつもり。

でも、心に気がかりがつっかえてたら、全力で戦えないの。

ここだけの話にするって誓うわ。……だから、お願い」

 

「……ならば」

 

タグチさんは、大きい方の工具箱を置いて、蓋を開けた。

 

 

 

10分後、聖堂に忍装束に着替えたタグチさん改め、ナイトスラッシャーの姿があった。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

「彼がナイトスラッシャーの正体だったのですね」

 

「わー!カッコいいです!そう思いますよね、ピーネちゃん?」

 

「ふん、子供だましもいいとこだわ!……チラッ」

 

みんなも聖堂に集まり、それぞれに驚きを口にする。

 

「……そう、俺が、隠密戦士ナイトスラッシャーだ」

 

「打ち明けてくれてありがとう。敵と戦うときは、両腕のもので変身するのよね?」

 

あたしがそっと彼の手を取ると、そこにはやっぱり手作りのデバイス。

背面カバーを外したスマホが埋め込まれてて、魔力で動作するらしいわ。

 

「えっ、まだ別の姿があるのかよ!?」

 

「そう。でも今は必要ないわ。ナイトスラッシャー、やっとお礼が言えるわ。

助けてくれてありがとう。ロザリーのために戦ってくれて、ありがとう」

 

「俺は、シノビの掟に従ったまでだ……」

 

「どうしてそこまでして忍者にこだわるのかしら」

 

「元々俺は、桜都連合皇国で修理屋を営むただの修理工だった。

ある日、店の裏にあるスクラップ置き場に行くと、不思議なものが2つあった。

君の持っているスマートフォンというものだ。

持ち帰ってボタンを押すと、小さな画面に不思議な世界が広がった。

指を滑らせるだけで生き物のように画面が動くんだ。

いろいろ調べると、“新しいフォルダー”という冊子の中に、

動画を再生するマークが沢山並んでいて、再生すると、未知の世界が広がっていた」

 

「あなたは、そこで何を見たの?」

 

「三人のシノビが、悪の忍者軍団と戦う姿だ。

彼らの勇気に感銘を受けた俺は、自らもシノビとして生きる覚悟を決めた。

影に潜みて悪を討つ、一人のシノビとして。

君がスマートフォンと呼ぶ小型機器を分解するうちに、色々なことが分かってきた。

この2つの機械にはとんでもない計算能力と記憶能力がある。

俺はしがない修理工だったが、マナを持っていないわけじゃない。

こいつに魔導書を記憶させて、発動させれば、長い年月をかけて魔法を習得せずとも、

戦う力を得ることができると気づいたのだ」

 

「まあ、魔導書って言っても、テキストデータなら多くても数GBだしね」

 

「それからは魔導書を買いあさり、装備を整え、己自身も鍛錬に励む日々だった。

スマートフォンに魔導書を記録させ、

それを具現化する両腕のデュアルニンジャーXの開発に余念がなかった。

古本屋でアースの忍者に関する書物を買い集めて、在るべきシノビの姿も学んだ。

だが、仕事も放り出して、理想とするシノビ像を追い求めていたら、

いつの間にか妻と子供にも逃げられてしまったよ」

 

ハハ、と自嘲気味に笑う彼。さすがに物悲しいエピソードね。こっちは笑えないわ。

三人組で忍者ものヒーローって小さい頃に見たことある、多分。

 

「そして、ついに完成したのだ。俺にシノビを目指すきっかけを与えた彼らのような、

魔術結晶式隠密衣装。つまり、変身システム!

ここに来るまで多くを捨てた。家族、工場、自宅。だが、それは構わない。

俺は隠密戦士ナイトスラッシャーに生まれ変わり、悪と戦う覚悟を決めたのだから」

 

「その決意は立派だけど、どうしてそこまで?悪人なら皇国にもいるじゃない。

こんな遠くの島国まで来た理由を聞かせてくれる?」

 

「……皇国では、サラマンダラス帝国のように、

一市民が悪を成敗することが認められていない。

犯罪者を取り締まるのは、いつも遅れてやってくる警察官、手に負えなければ国防軍。

軍の出動ともなれば国防省の承認や国会の議決が必要となり、最低でも3日はかかる。

暴れまわる犯罪者を3日間放っておけ、だぞ!?

しかし、この国では力ある者が、悪党共に天誅を下すことができる!」

 

「日本と同じシステムね。納得行かない気持ちはわかるけど、

この国のシステムが完全というわけでもないの。

賞金首と人違いで殺された人もいるし、銃撃戦の巻き添えになった人もいる」

 

「では、俺のしていることは間違いだと言うのか!」

 

「落ち着いて、正解なんてないの。

この国も皇国も手探りで最善の形を探してるところだから。

それに、手配書の連中には、あなたの人生を賭けるほどの価値なんてない。

まだ間に合うわ。故郷の奥さんと子供さんを迎えに行ってあげて」

 

「しかし……俺はシノビとして悪を討ち、弱きを救うと決めたのだ!」

 

“わー、大変だ!”

“助けて、囚人が暴れてるわ!”

“早く逃げないと殺される!”

 

あたしが彼に掛ける言葉を探していると、急に外が騒がしくなった。

玄関のドアを開けると、街道を東から西に逃げていく人の列。

魚屋の親父、買い物のおばちゃん、肉屋のおっちゃん。明らかに街から逃げてきた。

ということは、来たのね。

 

「……行ってくるわ」

 

ガンベルトを締め直して、一歩外に出る。

 

「里沙子さん!ひとりでは無茶です!」

 

「そうだよ、私もデカい銃持ってるから!」

 

エレオとルーベルが止めようとするけど、あたしが決着を付けなきゃ。

 

「ごめん。一人で行かせて。奴は初めからあたしを狙ってきた。

援軍を連れて下手に刺激したら、どんな行動に出るかわからない」

 

「……くそっ、死ぬんじゃねえぞ!」

 

「あうぅ、里沙子さん。気をつけてくださいね~」

 

「負けないで、お姉ちゃん」

 

「当たり前じゃん、ササッと片付けて帰ってくるわよ」

 

そして、あたしは草原を駆け出して、ハッピーマイルズ・セントラルの街を目指した。

今度こそ、再起不能にしなきゃね!

 

「俺は……」

 

ナイトスラッシャーの呟きを背に、M100を抜いてひた走る。

 

 

 

街道を疾走すると、5分ほどで異様な光景が見えてきた。

街の広場辺りが、赤黒いオーラで包まれている。

門にたどり着くと、人っ子一人いないガランとした市場。

確かに人多すぎだって常々言ってるけど、

店番までいなくなったら買い物できないでしょうが。

雰囲気がまるで変わった市場を走り抜けると、奴がいた。

 

ヘクサーは何をするでもなく、広場の中央に立って、

全身からあの赤黒いオーラを放出している。

あたしはM100を構えて、ゆっくり奴に向けて歩を進める。散発的な銃声。

よく見ると、駐在所の保安官が拳銃を撃っている。

 

「おのれ賞金首め、本官のギアマキシマムを食らえ!」

 

昼寝ばかりしてるようで、急場じゃしっかり仕事はするのね。見直したわ。

でも、彼の放った銃弾は、奴に届く直前でサラサラと錆の砂になって消えていく。

 

「保安官!あとはわたしが引き受けます!奴は危険過ぎます!あなたも早く避難して!」

 

「おお、早撃ち里沙子君ではないか!ちょうどよかった!

奴は本官の手に負えそうにない!済まないが、1級賞金稼ぎの君に任せる!

この街を守ってくれ!」

 

「了解!」

 

保安官が退避したことを確認したら、とうとうヘクサーとの対決。

突っ立ったまま、前を見ている奴にまずはM100を一発。

やっぱり、保安官の銃と同じように、身体に届くと同時に弾丸が消滅。

不気味なオーラの中に足を踏み入れると、

奴はふと気がついたような様子であたしを見る。

 

「……銃。火薬の爆発力で金属製の弾丸を撃ち出し、離れた敵を殺傷する武器」

 

「やけに大人しいじゃない。昨日の元気はどした」

 

「思い出した。全部。俺は力を出し惜しみしてた。

だからバカみたいな捕まり方して、ババアの飼い犬やる羽目になった。

全部俺のせいだったんだよ。だから、全力で終わらせることにした。こんな風に」

 

うっかり見た目的には冷静になったヘクサーの話に聞き入っていたせいで、

回避が遅れた……!奴が軽く拘束されたままの手を挙げると、紅い竜巻が現れ、

銃弾のような速さで飛んで来た。横にジャンプして、直撃を避けたけど……

 

「痛ったあ!マヂ最悪!」

 

本当、涙が出そうなほど痛い。真空波で太ももが斜に斬られてる。

スカートも破けてるし、もうやだ。広場の灰色の石畳があたしの血で赤く染まる。

あんにゃろう!思わずヘクサーを睨む。

 

奴が全力を出しているのは本当みたい。

両手の手枷が、ガタガタ言ってて、今にもぶっ壊れそう。

あれが壊れたら、あいつの全魔力が放出されて、街が吹っ飛ぶ。

撃つにも慎重にならないと。冗談抜きで痛い。痛いよ母さん。

 

「血。生物の体内を流れ、栄養素や酸素を運ぶ液体。俺の好物」

 

 

 

 

 

その頃、教会では皆が里沙子の帰りを不安げに待っていた。

 

「あー、ここからも街の不気味な空が見えます……」

 

タグチは、長椅子に座りながら、ただ足元を見つめている。

その様子に気づいたエレオノーラが、彼の隣に腰掛け、優しく語りかけた。

 

「迷っていらっしゃるのですか」

 

「俺は、何のために戦っているのかわからなくなってしまった。

悪を討つ、民を救う、今はどちらも本物の俺と言い切れない……」

 

「では、あなたがシノビを志した理由から思い出してみてはどうでしょう」

 

「あの小さな箱に記録されていたシノビ達に憧れて……いや、違うな。

ずっと不満だった。力あるものが悪を裁くことが許されない、国の在り方に」

 

「なるほど。では、そもそも何故その状況が不満だったのでしょうか。

皇国の警察も、全く無力だったわけではないでしょう?」

 

タグチは答えを探して少し黙る。……そして、口を開いた。

 

「ただ、救いたかった。力を手に入れ、それが可能になった時、

俺はナイトスラッシャーの仮面を被り、悪に蹂躙される弱き者を、救う事を決めた」

 

「だったら、その尊い信念に正直になるべきです。今、まさにハッピーマイルズの民が、

ささやかな生活を送る場所を破壊されようとしています。あなたは、どう思われますか」

 

「俺は……俺は、戦う!」

 

タグチが立ち上がり、聖堂の中央に立ち、最奥のマリア像を力強く見据えた。

その様子に他のメンバー達も思わず彼を見つめる。

 

「もし、この世に神と言うものが存在するのなら、見ててくれ、俺の変身!」

 

[7110・ENTER][4648・ENTER]

 

両腕のデバイスに変身コードを入力すると、彼の身体が激しく光り、皆、目をかばう。

その光はマリア像の微笑みを眩しく照らす。

 

「変・身!ナイトスラッシャー!!」

 

光が止んで、聖堂に静寂が戻り、目を開けると、

皆、変貌を遂げたタグチの姿を目の当たりにした。

ブルーを基調とし、鎖帷子をあしらったアーマーに身を包み、

大きな手裏剣を象ったゴーグルが特徴的なマスク。

そして両腕のデバイス、デュアルニンジャーX。

そう、彼こそ隠密戦士・ナイトスラッシャーなのだ。

 

「あれが……修理屋のおっちゃんだって?」

 

「ピーネちゃん見て見て!

あれが本物のナイトスラッシャーです!初めて見ましたけど!」

 

「うるさいわね、肩叩かないで!へえ……あれがねぇ」

 

「成すべきことが、見つかったようですね」

 

「俺は戦う!天下泰平の世を目指し、悪鬼魍魎斬り捨てて、か弱き民に手を伸べる。

ナイトスラッシャー、ここに推参!」

 

そして、ナイトスラッシャーは歌舞伎のような決めポーズを取る。

 

「急いで悪鬼討伐に向かわねば!俺は往く!」

 

エレオノーラが扉を開けると、

ナイトスラッシャーは風のような速さで外に飛び出し、草原を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

痛い。そろそろ強装弾を使うべきかしら。

でも、それでも効かなかったら?さっきみたいに銃弾を溶かされたら?

それは嫌。見たら信じなきゃならない。

今度はヘクサーが両手を掲げて、自分を中心に巨大竜巻を作り始めた。

 

「風。大気の流れ。気象条件によって局地的に暴風が巻き起こる」

 

竜巻はどんどん広がって、へたり込むあたしに迫ってくる。

もうやだ、首チョンパとか勘弁なんだけど。あ、その前に指詰められるのが先かしら。

どっちにしろ、あと1mで嫌でも選ばされるんだけど。

このナイトスラッシャー編、いいとこなしじゃない、あたし。

死にたい。死にたくないけど。

 

[0000・ENTER][2016・ENTER]

 

──大菩薩流忍法、封魔手裏剣!

 

その時、聞き覚えのあるシステム音声と男の声が聞こえ、

小さな物体が竜巻を突き破って、ヘクサーに突き刺さった。

やっぱり傷は浅いけど、精神集中を邪魔されて、竜巻を解除した。

 

「……誰だ」

 

手裏剣が飛んできた方向を見ると、見覚えのありすぎる姿。

変身したナイトスラッシャーが、横に旗を吊り下げるポールの上に立っていた。

 

「せいやっ!」

 

掛け声と共に、彼は鍛え上げた跳躍力で、あたしの側に降り立った。

 

「遅れて済まない。まだ、戦えるか。サムライの魂を持つ少女よ!」

 

相変わらずのヒーローに、思わず笑いがこぼれる。

一見妙ちきりんな彼の姿を見て、気合が戻ってきた。

 

「ふふっ、当然。あと、あたしは24だから」

 

「そいつは、おどろ木ももの木さんしょの木。それはさておき、奴とはどう立ち回る。

俺の忍術発動機デュアルニンジャーXは、様々な忍術を記録しているが、

のんびり作戦会議をしている暇もなさそうだぞ」

 

「それなのよね。とりあえず、奴の手枷が外れたらお終い。

今とは比べ物にならない魔力が暴発して、街が吹っ飛ぶ。

かと言って、放置してても、奴の盾にされる有様なのよ」

 

「つまり、あの手枷が奴の魔力を抑制しているのか」

 

「そーいうこと。強化したあたしの銃を正確に頭にヒットさせれば……ああ、駄目駄目。

あの様子じゃ無理だわ」

 

ヘクサーは、痛がる様子もなく、身体に刺さった手裏剣を抜いて、

珍しそうに眺めている。同時に巨大竜巻も復活。

 

「……正体不明の物体。投擲武器と思われる」

 

竜巻は石畳をバリバリと引き裂きながら、あたし達に接近してくる。

ナイトスラッシャーは、再びデバイスにコードを入力。

 

「2111・ENTER!火遁の術!」

 

デバイスが赤く光り、ヘクサーの全身を炎が包む。

でも、一瞬で奴の手枷に吸い込まれるように消えていった。

 

「あの手枷は厄介だな!押しても引いても俺達の負け、か」

 

「残念だけどその通りよ。時間停止も竜巻に守られてて意味ないし」

 

その時、ナイトスラッシャーが目を閉じて、何かを決意した表情を見せた。

 

「……里沙子と言ったな。君と俺で、奥の手を使い、奴を討ち取る」

 

「討ち取るったって、どうすればいいのよ」

 

「俺の最終奥義を使う。そうすれば奴の魔力を無に帰することができよう。

ただし、チャンスは1回きりだ。あれを放てばデュアルニンジャーXは破損する」

 

「あれが壊れたら変身できなくなるじゃない!」

 

「二言はない。里沙子、君は奴の手枷を破壊するんだ!」

 

「……わかった。タイミングは?」

 

「俺が跳躍し、最終奥義を宣言した時だ。

発動コードには、無を有に、有を無に帰する魔導書のデータが記録されている。

魔法の竜巻を消し去りながら、それを奴にぶつけるには、あの手枷が邪魔なのだ」

 

「オーケー……合図は任せるわ」

 

あたしはM100を構え、強装弾の詠唱を始める。

ナイトスラッシャーも、背中の刀を抜いて、両手で真っ直ぐに構える。

ヘクサーは、やはりその場から動こうとせず、竜巻の中で独り言を繰り返している。

 

「炎。熱による物質の酸化現象」

 

その竜巻はもう目の前。あたしも腹くくるしかないわ。

少し息を吸い込んで、生まれて初めての魔法詠唱。

 

「収束せよ、鋼に秘めし其の力、猛る混沌、死の鐘響、無慈悲に終末を奏でんことを!」

 

ぽうっと、あたしの左手に淡いグリーンの魔力の球。やった、上手く行った!

珠を柔らかく握ったまま、

Century Arms Model 100のシリンダーを人差し指で軽く回すと、

魔力が弾丸に流れ込んで、

やっぱり何かがギシッと詰め込まれるような感触が伝わってきた。こっちの準備は完了。

あとはナイトスラッシャー次第。

 

あたしが視線を送ると、彼も頷いて、その並外れた脚力で大空に跳躍した。

そして、両腕のデュアルニンジャーXに最終コードを入力。

 

[9999・ENTER][9999・ENTER]

 

同時に空中で身体をひねり、刀の切っ先をヘクサーに向ける。

すると、彼の全身を黒いオーラが包み込み、巨大なカラスの形を成した。

天高く羽ばたく一羽の鳥となったナイトスラッシャーが叫ぶ。

 

──大菩薩流忍術奥義!封・魔・烈・風・斬!

 

その瞬間、あたしもヘクサーの手枷を狙って発砲。

爆発した火薬でシリンダーから炎が吹き出し、

銃口からハンディキャノンの域を超えた暴力の塊が、標的目掛けて突き進む。

あたしの銃弾と、ナイトスラッシャーの最終奥義が共に空を舞う。

 

ぼんやりしていたヘクサーも、ここにきてようやく、

竜巻を消し去りつつ飛来する巨大なカラスと、

空をえぐりながら突撃してくる強化ライフル弾の接近に気づいた。

手元に魔力を集めようとするけど、一瞬こっちが早かった。悪いわね。

 

真っ赤に燃える45-70ガバメント弾が手枷に命中。

元々大きすぎる魔力を抑え込んで限界が来ていた鋼鉄製の手枷は、

悲鳴のような金属音を立てて砕け散った。

次の瞬間、菊一文字を構えたナイトスラッシャーが、

ヘクサーの魔法防御を無効化しつつ体当たり。封魔烈風斬が炸裂。

奴の腹に深々と刀が刺さる。

 

「ぐへああっ!!」

 

とうとう奴に倒れる時が来た。

 

「……急所は外した。止血すれば助かるだろう。だが、お前のマナを無に還した。

二度と魔法は使えまい」

 

ヘクサーの身体から刀を抜いて懐紙で血を拭い、鞘に治める。

同時に、街を包んでいた不気味なオーラが消え去り、奴がその場に崩れ落ちた。

 

「なんで。だ?俺ハ、ちゃんト、殺ったんだ。ゼンブ、だし切った、ハズなのニ?」

 

「ろくに自分の生き様も決められないまま人生終わるなんて、哀れなもんね」

 

片足を引きずりながら、動きを止めたヘクサーの側に寄って、

ハンカチで圧迫して止血してやった。このまま楽に死なれちゃ困るのよね。

なんであたしの怪我より、こいつ優先なのか、世の中は理不尽だわ。

 

心の中でぼやきながら手当していると、

パチパチと電気が弾けるような音が聞こえてきた。

音の方向を見ると、ナイトスラッシャーのデュアルニンジャーXが、

最終奥義の負荷に耐えかねて、モニターが割れ、漏電して煙を吹いている。

気づくと、彼の変身が解けて、元の忍装束に戻っていた。

 

「……ありがとう。それしか言えないけど」

 

「影に生きるシノビには、その一言で十分過ぎる」

 

「この街を守ったのは、他でもないあなたよ。

人生をつぎ込んでまで作った武器を犠牲にして」

 

「君の協力なしには倒せぬ相手であった。

もうナイトスラッシャーとして戦うことはできないが、

サムライの魂持つ少女の存在は、決して忘れはしない」

 

「だから24だっての……ふふっ」

 

“里沙子さーん!ナイトスラッシャーさーん!”

 

ちょうど戦闘終了後の緩んだ空気が流れ込んで来た時、

ジョゼットがあたし達を迎えに来た。

 

 

 

 

 

後日、街の復興を見届けたあたし達は、ハッピーマイルズ南端の船着き場にいた。

ナイトスラッシャー改め、フリント・タグチさんを見送るために。

あの後、あたしもヘクサーもエレオノーラの治療を受けて、どうにか死なずに済んだ。

奴は帝都の要塞に連行された。二度とシャバの空気を吸うことはないってさ。

 

「いろいろ世話になったわね。本当にありがとう」

 

「それは私も同じだ。ありがとう」

 

「やっぱり皇国に帰っちゃうんですかー?寂しいです……」

 

「笑顔で送ってやれ、ジョゼット。悲しい別れじゃないんだから」

 

「この国に私は必要ないと分かったからね。故郷で自分に何ができるか探すことにする」

 

「あなたの人生にマリア様の導きがありますように……」

 

あ、そうそう。大事なことが2点。

 

「ねえ、壊れちゃったけど、

デュアルニンジャーX、本当に軍に渡しちゃってもよかったの?」

 

「ああ、例え残骸でも、私の発明が犯罪抑止の手助けになれば本望だ」

 

「そう……じゃあ、これを持っていって」

 

「これは?」

 

あたしはヘクサーの賞金が入った袋を渡した。

 

「あのバカをぶちのめした賞金よ。あなたラッキーね。

あいつを倒したのがちょうど指名手配された日だったから、

もう一日早かったからタダ働きになるところだったわよ」

 

「しかしこれは」

 

「お願いだから受け取って。っていうか最後の一撃を決めたのはあなたじゃない。

皇国の通貨との変換レートはわからないけど、悪くない金額になるはずよ。

工場や自宅を買い戻して、奥さんと子供さん迎えに行ってあげて」

 

「……かたじけない」

 

別れの時を告げるように、蒸気船の汽笛が響く。

 

「じゃあ、さよならね」

 

「皆、ありがとう。この国に来て、自らの進む道が、少しは見えた気がする」

 

そして、彼が桟橋から船に乗り込む。船頭が鐘を鳴らすと、ゆっくりと船が動き出す。

 

「また会いましょうねー!」

 

「新しいスーツが出来たら、見てあげても構わないわよー!」

 

ジョゼットとピーネも手を振って別れを惜しむ。あたしはただ小さく手を振って。

赤い蒸気船はどんどん海を進んで、やがて彼の姿も見えなくなった。

また一騒動片付いて、あたしはほっと息をつく。

 

「ふぅ、なんか今回の件は彼に出番持ってかれた気がするわ。

思いつきで変な企画やるからこうなるのよ」

 

「いいじゃありませんか。終わり良ければ全て良し、ですよ」

 

「ちっとも良くない。死ぬほど痛い思いしたし、ワンピース一着駄目にした。

あのね、いいこと教えてあげる。太ももをパックリ斬られるとね、泣くほど痛いのよ。

心の中で母さん呼んだ」

 

「エレオノーラに跡形もなく治してもらったんだからいいだろ。もう帰ろうぜ」

 

「“跡形もなく”ってのは割とバイオレンスな状況の表現だと思うがどうか」

 

こんな感じで、あたしらの馬鹿話でナイトスラッシャー編はお終いなの。

要するにいつも通りよ。

作者が飽きるまでこのワンパの繰り返しだけど、よかったらこれからも読んでやって。

 

 

 

 

 

サラマンダラス要塞 取調室

 

「名前は」

 

「……ヘクサー」

 

「出身は」

 

「魔国」

 

「率直に聞く。お前は魔国のスパイか」

 

「知らね。斑目里沙子を殺せ……いや、連れてこいだったか。多分どっちかだ」

 

「それを命じたのは誰だ」

 

「魔国トップのクソババア。ババア、ババア、言ってたら名前忘れた。

……あと、皇帝の野郎に伝えとけ」

 

「何だ」

 

「ババアにこう言え、俺の事しらばっくれやがったら、俺が何もかもぶちまけるってな。

……ククク、カカカ、アヒャヒャヒャ!!」

 

冷たく表面に湿り気が帯びる石の部屋に、ヘクサーの笑いがこだました。

彼の存在が二国間にどのような影を落とすのか、今は何もわからない。

 

 

 




隠密戦士・ナイトスラッシャー、テーマソング「隠密戦士、影を征け!」

作曲:募集中
作詞:焼き鳥タレ派
歌:里沙子、ジョゼット、ルーベル、エレオノーラ、ナイトスラッシャー

1番)
仮面の奥に秘めし顔(かんばせ) 果て無き使命 冷たき心に宿し(里
明鏡止水の境地に立つは 我らがヒーロー(ジ
平和を狙う悪鬼魍魎 一刀両断!(ル
孤独な戦士が唯一頼る(エ
くらえ、菊一文字!(ナイト・シャウト

※サビ(全員
影を征け ナイトスラッシャー!
東で悪が高笑い
疾風(かぜ)となりて切り捨てろ

影を征け ナイトスラッシャー!
西で誰かが泣いている
誰知らずとも、救いの手を差し伸べろ

・ナレーション
説明しよう!遥か東の国からやってきた来た修理工、フリント・タグチは、
全身に宿るチャクラ(魔力)を、両腕のデュアルニンジャーXに通わせることにより、
隠密戦士・ナイトスラッシャーに変身することができるのだ!

2番)
風にたなびく黒いマフラー 平和の礎 築くためなら(里
遠き日誓った 愛など要らぬ(ジ
悪も妖魔も覚悟しろ 手裏剣さばきが逃しはしない(ル
冷たい月にその背を向ける(エ
コード入力、変・身!(ナイト・シャウト

※繰り返し

・台詞
例え命尽き果てようと、俺は…決して悪に屈しはしない!(ナイト
立ち上がって!ナイトスラッシャー!(里
皆が信じる心を失わない限り、彼は絶対に諦めない!(ジ
今だ!お前の全てを解き放て!(ル
必殺!大菩薩流忍法奥義、封・魔・烈・風・斬!(ナイト

※繰り返し

(終)


『……ねえ、あたし達何やってんの?』
『知らねえよ。タレ派のバカに聞け。……ピーネとカシオピイアはどこだ?』
『カシオピイアはあの通り歌なんて歌える性格じゃないし、ピーネはお昼寝の時間』
『お水が飲みたいですね。こんなに大声を出したのは初めてです』
『あ、お皿まだ洗ってませんでした。もう帰っていいですか?』
『うん。みんなお疲れ、解散解散』
『こんなの作ってるから更新が遅れるんだ、ケッ』


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