面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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一時中止、耳がヤバい。↓再開
蜘蛛とかを殺さずに見逃したら、後日人の姿になって恩返しに来たっていう、昔話とかにあるシチュ、おかしいと思わない? 人間に置き換えたら、その辺歩いてる奴刺さなかったから、後でお礼に来るようなもんよ。


トントントン、ツーツーツー、トントントン。

今あたしは、薬局の奥にある処置室で、丸椅子に座りながら、

アンプリに耳の検査をしてもらってるところ。

いきなりだけど、耳を失うかどうかの瀬戸際なの。泣けるわ。

 

彼女が耳鏡を耳に入れて、あたしの耳の状態を外部からチェックする。

隅っこではパルフェムが不安げに様子を見てる。

誰にも伝わらない系ギャグのひとつでも飛ばしてやろうかと思ったけど、

あいにく凹みきってるあたしは、親指を立てるのが精一杯だった。

 

確かに、話数と更新頻度くらいしか取り柄がないこの企画は、

お世辞にも評価バーが真っ赤な優秀作品と比べ物になるとは言えないけど、

あたしはあたしなりに頑張ってきたのよ。

頭のおかしい連中とドンパチやって、痛い思いして、真面目にトラブル解決してきた。

その代償が聴覚だなんてどう考えても変でしょう?帰ったらやけ酒するしか

 

「完治するまではお酒も控えてね。まず中を見てみましょう。

……ああ、鼓膜が傷だらけ。血が滲んでるし、一ヶ所化膿してるわね。

一応抗生物質を塗っとくけど、この分だと内部も怪しいわね」

 

「ねえ、今あたしの心読まなかった?

前々から気になってたけど、この世界の連中、時々人の考え読むのよね。

あと、先生はどこよ。

こういう医療行為って看護師がやっちゃいけないんじゃなかった?」

 

あたしの両耳を覗いた後、アンプリは薬棚から、

薬品チューブと綿棒を取り出して戻ってきた。

 

「アースの規定を持ち出されても困るわ。先生は学会に出席中。

最後に、あなたは顔に出やすいタイプなのよ。お酒飲みたいって顔に書いてたわよ。

ほら、耳」

 

「やっぱりなんかごまかされてる気がする……はい」

 

耳を差し出すと、アンプリが綿棒にチューブの軟膏を塗りつけて、鼓膜に塗布する。

確かにちょっとしみるわね。

塗り終わると、今度は片方だけのヘッドホンが付いた小さな機械を持ってきた。

この世界で聴力検査のアレを見るとは驚きね。正しくはオージオメーターって言うのよ。

……ググった結果。

 

「じゃあ、今の聴力を測りましょう。これをまず右耳に当てて。

音がしたら手を挙げてね。ほら向こう向いて。始めるわよ」

 

あたしは黒いゴム製のヘッドホンを当てて集中する。長~い長~い退屈な時間。

実際には30秒ほどなんだけど、何もしない時間って、本当退屈だわ。

ようやく片方終わったらしい。計器を見てアンプリが首をかしげる。

 

「……じゃあ、今度は左耳。今みたいに、音が聞こえたら手を挙げてね」

 

「わかった」

 

今度はヘッドホンを左耳に回す。あんまり静かだから検査音だか耳鳴りだかわかんない。

 

「終わりよ」

 

アンプリにヘッドホンを返しながらクレームを付ける。

 

「なんにも聞こえやしないじゃない。ボリューム上げてよ」

 

「それ新しいギャグ?とにかく里沙子ちゃんの聴力低下が著しいわ。

こんなになるまで、どれだけ耳を酷使してたの?」

 

「うう……左脇の物で変な奴らを挽肉にしてたら、こうなりましたです」

 

彼女があたしのM100を見て、呆れたようにため息をつく。

 

「撃つときに耳栓は?」

 

「射撃場じゃないの。実戦よ?着けられるわけないじゃない」

 

「耳が完全に治って、耳を守りながら戦う方法を見つけるまでは銃は撃たないで」

 

「えーっ!あたしの商売道具なんだけど」

 

「耳が使い物にならなくなってもいいの?」

 

「嫌だけどさ……」

 

「里沙子さんの耳、そんなに酷くなっていますの?」

 

パルフェムが袖を抱きしめるように、小さくなりながら恐る恐る尋ねる。

……うーん、この娘なら妹にしてもいいかも。

 

「それを今から調べるんだけど、心の準備はしておいて」

 

「検査前に患者不安にさせないでよ!」

 

「はーい、じっとして。

耳に検査用の術式をかけるけど、痛みはないから驚かずにそのままでね」

 

「え、あんた魔法使えるの……?」

 

アンプリはあたしの問いに答えず、

精神を集中して、両手に魔力を集め、詠唱を開始した。

 

「カルテNo.01321、斑目里沙子。

悪意なき悪意、彼の物に残せし汝の爪痕、白日の下、顕にせよ。サーチイレギュラー」

 

彼女がささやくような声で呪文を唱えると、

両手にぼんやりとしたブルーの球体が現れて、あたしの両耳に当てた。確かに痛くない。

彼女の冷たい指先が耳に当たってヒヤッとしたけど。

 

「ふぅ。データは取れたわ」

 

アンプリは魔力で光ったままの両手を、デスクの上の正方形の紙に置いた。

すると、魔力が紙に流れ込んで、何かの絵を浮かび上がらせた。

よく見ると、あたしの耳の断面図だわ。

ご丁寧に愛用の眼鏡まで書いてくれてるから間違いない。

単に外せって言い忘れたと思われ。

各部位に但し書きが書かれてるけど、やっぱりドイツ語だからわかんない。

彼女は紙を手に取ると、困った顔をしてあたしに告げた。

 

「なるほど……三半規管から蝸牛にかけて、過度の負担が重なって機能が落ちてる。

蝸牛内の有毛細胞もボロボロだし、あとちょっと遅かったら、

脳とつながる聴神経も危なかったわ」

 

「ちっとも意味わかんないんだけど」

 

「あと一発それ撃ってたら、

あなたの耳を構成する臓器が完全にダメになってたって話よ。

当分は耳を守るために、これ着けてね。外的刺激から耳を守ってくれる。

レンタルだから大事に使ってね」

 

アンプリが中耳炎の人が付けるヘッドホンをよこしてきた。

根拠もなく、あたしは一生着ける機会はないと思ってたけど、

人生って~不思議なもの

 

「里沙子さん、歌は禁止でしてよ」

 

「ツッコミが素早いわね。やっぱり心読んでるでしょ。プライバシー侵害だわ」

 

「一週間後にまた来て。

さっきの軟膏処方しとくから、一日一回、誰かに清潔な綿棒で塗ってもらってね」

 

「えーっ?どうしましょう……」

 

「時間に任せるしかない。

一日二日で治るものじゃないから、根気よく治療していくしかないわ」

 

「ねえ……あたし、多分一週間以内に遠出する用事ができると思うの。

きっと来週は来られないと思うわ」

 

「できればキャンセルして欲しいけど、どうしても外せないなら、銃撃戦は駄目よ?

身体も安静を心がけて」

 

「大丈夫。

さっき周囲の大気の振動を止めて、銃声を遮断できる魔導書を買ったの。ほら」

 

あたしはトートバッグからマリーの店で買った、

隠密行動向けの魔導書を取り出してアンプリに見せた。

効果を手元に限定すれば、人の声を遮ることなく、

強力な銃を撃ちまくれるってこともついでに説明。

それを見てアンプリが呆れて首を振る。

 

「……なんでもっと早くそれ買わなかったの?」

 

「しょうがないじゃない、さっきマリーの店で見つけたばかりなんだから。

あそこは行く度に品揃えが変わるの」

 

「とにかく、今後はそれで銃声を抑えて戦うのよ。さあ、もう行っていいわ。

あ、その前にお会計ね」

 

あたしは丸椅子から立ち上がる。

気のせいだろうけど、急激に歳を取ったみたいに身体がフラフラする。

カウンターに戻ると、アンプリが処置内容を書いた紙と、

薬チューブの入った紙袋を持ってきて、あたしに渡してレジを叩く。

 

「ええと、診察代、処方代、薬代、合わせて1250Gね」

 

「地味に高いわね。ええと……はい」

 

「まいどありがとうね」

 

「ほら、里沙子さん。もう行きましょう。帰って休んだほうがよくってよ」

 

「ありがとうや、パルフェム……ババアはもう駄目じゃ」

 

「しっかりしてくださいな。人って身体を病むとここまで弱るものなのかしら」

 

パルフェムに手を引かれて薬局を出る。

今、酒場に行ったら、親子どころか婆さんと孫みたいだって言われるんでしょうね。

3段ほどの小さな階段を一緒に下りる。

目を失ったわけじゃないんだけど、なんだか世界が変わったみたい。

 

「怖いわ」

 

「弱気にならないで。里沙子さんらしくなくてよ」

 

ヘッドホンを通して、小さくパルフェムの声が聞こえてくる。マジどうしよう。

事情を伝えて査察団から外してもらうこと自体は別に難しくない。

既に選抜されてる将軍に頼んで、皇帝に伝えてもらえばいい。

もともと数に入ってなかったんだし、事情が事情だから皇帝も分かってくれると思う。

 

でも……それじゃ戦争の火種は消滅しない。神界塔とやらが本当に存在するなら、

50年経てばその後MGDは、自国の防衛すらままならなくなる。

弱りきった魔国を狙う国が、存在しないと考えるほうがおかしい。

人より長生きのヴァンパイア、つまりピーネがそれを見てどう思うか。

……それだけは避けなきゃ。

 

あら、将軍?その名前でいいこと思い出した。

家路に着こうとしていたあたしは、パルフェムに声を掛けて行き先を変える。

 

「ごめん!パルフェム。もう1ヶ所だけ!どうしても行きたい所があるの」

 

「構いませんけど、一体どちらに?」

 

「将軍がいるところ。頼みたいことがあるの」

 

「やっぱり査察は中止に?」

 

「まさか。ただ、今のままじゃ不便だから、いろいろと、ね」

 

「はぁ……」

 

南北をつなぐ街道の途中にある道をあたしから見て右に曲がり、しばらく進む。

遠くから微かに銃声が聞こえてきた。

さらに歩くと、ハッピーマイルズ領の軍事基地が見えてきた。

ここは正門の警備兵はひとりだけ。あたしは身分証を見せながら、ゆっくり彼に近づく。

彼はヘッドホンを着けた変な女に、少しギョッとした様子だった。

 

「ごめんください。わたくし、斑目里沙子といいますの……」

 

「斑目様でございますね。あいにく将軍は会議中でして、

1時間ほどお待ちいただくか、後日アポを取っていただくか……」

 

「彼じゃありませんの。姪御さんのアヤ・ファウゼンベルガー博士にお会いしたくて」

 

「了解しました。彼女は毎日研究室にいらっしゃいます。しばしお待ちを」

 

彼は、ゲートを通って、吹きさらしでひさしのある詰所のテーブルに置いてある、

内線電話でどこかに電話を掛けた。なんか最近色んな所で電話っぽいもの見るんだけど、

別にアースの技術いらなくね?って時々思うの。

 

「アヤ女史がすぐに来られます。しばらくお待ちを……」

 

その時、“ワキャアアア!”と、ゲートの向こうから、

かつてのピア子みたいな奇声を発しつつ、斜めになった地下室のドアがバタンと開き、

何かが飛び出してきた。それはしばらく宙を舞った後、あたしの前に着地。

 

「来てくれたのね、リサ!唯一の同好の士が訪ねてくれるとは、アヤ感激で、あーる!

仮面ライダーに搭載するライダーキックに必要なスーパージェットパックが……

おや、耳に着けてる変なものはなんであーるか?」

 

「その事で相談したくてきたの。実はね……」

 

あたしはアヤに、耳を大事にしてこなかったツケが回ってきたことを簡単に説明した。

 

「なんと!それでは、リサは一緒に魔国へは行けないという結論に達せざるを得ない?」

 

「違う!どうしても魔国へは行かなきゃならない。

でも、そのためにはあなたの力が必要なの」

 

「お任せあれ!唯一の友人のためなら、このアヤ・ファウゼンベルガー、

類稀なるしわだらけの頭脳を惜しみなく回転させて、

解決策をひねり出して見せるのだー!」

 

嬉しい台詞だけど、“唯一の”って部分で少し悲しい気分になるわね。

人のこと言えた義理じゃないことはわかってる。

 

「ありがとう。でも、今回はそれほどあまりアヤの脳みそを煩わせずに済みそうなの。

基礎的な技術は既に存在してて、それを形にできる技術者がいなくて困ってた」

 

「およ?基礎的な技術ということは……まさかアースの?」

 

「そう。ちょっと話すと長いんだけど、昔こんな音楽家がいてね」

 

それから、アヤに作って欲しいものの原理を説明して、

なるべく邪魔にならないような形に作ってもらえるよう頼んだ。

 

「なーるほど!人は耳だけで音を聞いているのではないのだなー。

それさえ分かれば後は簡単!アヤの腕の見せ所!大船に乗った気持ちでいるがよい!」

 

「助かるわ。どれくらいでできそう?」

 

「帝都から連絡があったのだ。査察団の出発はちょうど1週間後。

完成はちょいギリギリかなー?現地で渡すことになると思うので、あーる」

 

「ありがとう、お願いね」

 

「心配ご無用!ドクトル・アヤを信じなさーい!」

 

「ええ、信じてるわ。それじゃあ、出発の日に、また会いましょう」

 

「うむ!おっと、その前に」

 

アヤがいきなりあたしのヘッドホンを外して、耳や周りを丹念に探り始めた。

 

「ちょっ、何?くすぐったいんだけど」

 

「ブツのサイズを図っているのである。しばし、待たれよ……よし、わかったー!」

 

「手だけでサイズがわかるもんなの?」

 

あたしはヘッドホンを着け直して訪ねた。

 

「アヤの指先には通常の3倍の神経が通っているので、あーる。

耳の軟骨、周辺の頭蓋骨の形状も完璧に記憶したー!」

 

「そ、そう。頼りにしてるわ。今度こそさよならね。いきなり来て悪かったわ」

 

「リサならいつでも歓迎であーる。

普段は急ぎの研究はないから、気兼ねなく遊びに来るが良ーい!」

 

アヤが長い袖を振って見送る。

あたしも手を振って別れると、今度こそ自宅への帰路に付いた。

街道を進みながらパルフェムと会話する。やっぱり聞こえにくい。

 

「ごめんね、パルフェム。すっかり付き合わせちゃって」

 

「びっくりしましたわ。いきなり何を言っても里沙子さんの反応がなくなるんですもの」

 

「大丈夫、対策はしたし、あとは薬を塗って回復を待てばいい。

完全に耳が潰れる前に気づけて良かったと考えるほうがいいわ」

 

野盗も出なくて助かった。

今出てこられても、意思疎通が上手くできないから、殺すしか方法がない。

しばらく歩くと、あたしの家。教会の玄関を開けると、ちょうど昼食時だったみたいで、

みんなダイニングに集まってた。

耳に変な装置を着けたあたしの姿を見て、ジョゼットが何事かと尋ねてくる。

 

「里沙子さん?どうしたんですか、その耳」

 

「うん、実はね」

 

かくかくしかじか。

これって便利だけど、乱用すると物書きとしての成長が阻害されるから注意が必要よ。

とりあえず、自分の耳がぶっ壊れる寸前だったことを説明した。

 

「だからあんまり大きな声とか音は出さないでくれないと嬉しい。

これ以上悪化すると、完全に何も聞こえなくなるから」

 

“ええーっ!?里沙子(さん)の耳が!!”

 

この世界であたしのお願いを聞いてくれる人は少ない。

ヘッドホン越しにも響く連中の叫び声が、あたしの耳を痛めつける。

 

「あたし今、静かにしてくれって趣旨のお願いをしたんだけど伝わらなかったのかしら」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「悪りい、ついうっかり」

 

「ごめん。お姉ちゃん……」

 

あなたは叫べって言っても、ささやき程度の声しか出せなかっただろうから対象外よ。

 

「すみません!わたしったら。

あの、それはわたしの治療魔法ではどうにかならないんでしょうか?」

 

「う~ん、なるならアンプリがそう言ってたから望み薄だけど、

念の為お願いできるかしら」

 

「はい。では、椅子に座ってください」

 

「お願いね」

 

あたしがテーブルのひとつに腰掛けると、

エレオノーラ後ろからそっとあたしの耳に手を掛けて、回復魔法を詠唱した。

 

「我望む、御主の造りし命の器、非ざる姿より救い給わんことを。瞬間手術!」

 

魔法使いになったから、彼女がありったけの魔力を注いでくれてるのがわかる。

だから、体の中で何が起きてるかもわかる。

 

「くうっ!はぁ…はぁ…」

 

「ごめんね、エレオ。もういいわ。よくやってくれたわ」

 

「すみません。

耳の器官が想像以上に複雑で、損傷箇所の特定と出力調整が上手くいかなくて……」

 

「大丈夫、大丈夫。しばらく耳を休ませれば治るんだし、魔国への出発にも問題ない。

もう手は打ってある」

 

「パルフェムも同じ理由で何もできませんの。

誰かの聴力をピンポイントで回復するような、都合のいい句が浮かばなくて……」

 

「だーかーらー、大丈夫だって言ってるでしょ。

すでに対策済みなんだし、気長に治すわ。ジョゼット、お昼まだ?」

 

「あ、はい!もうすぐポテトグラタンが焼き上がりますから」

 

「う~ん、楽しみ。結構歩いたから疲れたわ」

 

伸びをしてからコップの水を一気飲みして渇いた喉を潤すあたしを、

心配そうに見る面々。みんな心配性なのよ。

まぁ、耳の損傷がギリギリだったことは伏せといたほうが良さそうだけど。

 

その晩。シャワーを浴びてパジャマに着替えたあたしは、

カシオピイアの部屋のドアを叩いた。そういやあの娘、暇な時間は何してるのかしらね。

 

“……誰?”

 

「あたしよあたし。ちょっと風邪引いて声が変わったの。

悪いけど、会社のお金なくしゃちゃって、明後日までに10万G必要なの」

 

“明日、振り込んどく。……お休み”

 

「あー、ごめんごめん!冗談よ!同じネタ使い回すとこうなるってよくわかった!

ちょっと耳に薬を塗って欲しいの。

鼓膜がちょっとアレだから、薬局でもらった塗り薬を塗ってほしくて」

 

あたしの手には薬チューブと買ったばかりの綿棒。遠慮がちにドアが開く。

カシオピイアもパジャマ姿。スケスケのネグリジェでも着てるのかと思ったら、

あたしと同じゆとりのある綿の上着とパンツ。ちぇっ。

 

「中で、ね?」

 

「うん。入るわよ」

 

やっぱり中は片付いてて、軍から持ってきた兵法の本と、小説が本棚に並んでる。

あら、恋愛物が中心ね。この娘も恋に興味があるのかしら。

あたしに似なくてよかったわね。自分の生き方否定する気はないけど、

この娘にはひとりぼっちでいてほしくない。

 

「座ってね」

 

「ありがとー。これお願いね」

 

カシオピイアに薬チューブと綿棒を渡すと、綿棒の先にたっぷり塗り薬を付けた。

 

「もう少し、上」

 

「ん」

 

言われた通りに首を曲げて、耳を差し出す。けど、なかなか綿棒を突っ込む様子がない。

あたしの耳の状況を見た彼女が一言つぶやいた。

 

「ひどい、傷……」

 

「それ、アンプリにも言われたけど、見た目ほど酷くはないわ。心配はいらない。

ささっとやってちょうだいな」

 

「うん。……ふーっ」

 

「ギャワッ!」

 

いきなりなにすんのよ、この娘ったら!耳に息吹きかけられたから鳥肌が立ったわ!

 

「なにやってんの、あなたは!見てこの鳥肌!」

 

「痛いの痛いの、飛んでけ……」

 

「子供じゃないんだからよしなさいよ!あたしあなたより4つ上だから!」

 

“うるさいぞー”

 

隣のルーベルから苦情。二人共一瞬黙った後、治療を再開。

しようと思ったら、騒ぎの元になりそうなのが飛び込んできた。

 

「里沙子さんの手当ならパルフェムにお任せになって。さあ、里沙子さんこっちへ!」

 

パルフェムがカシオピイアから薬と綿棒を奪い取ると、

ベッドの上に立ってあたしが来るのを待つ。しょうがないわね。

 

「悪いけど気が済むまでやらせてあげて」

 

「うん」

 

あたしがベッドに座ると、小さなパルフェムとちょうど高さが同じくらいに。

首を傾けて耳を見せると、パルフェムがあたしの肩に手を乗っけて覗き込む。

 

「ふむふむ。里沙子さんの耳の穴はこんな風になってますのね。

産毛が生えてて可愛らしいですわ。小さなお耳にキュンと来ます」

 

「耳穴フェチとかどこの変態よあんたは!

世界中探しゃいるだろうけど、これの読者にはいないと信じたい!」

 

「ちょっとした冗談ですわ。ほら、薬を塗りますからじっとして」

 

「はい、お願い!」

 

「それじゃあ、お薬を。……ふーっ」

 

「ギャワッ!あんたまで同じ馬鹿やってんじゃないわよ!

耳に息吹きかけられるとどうなるかわかってんの!?

あんたにも同じ苦しみを味あわせてやるわ!」

 

「近くで聞いててパルフェムもやりたくなりましたの!キャッ、ウフフフ!」

 

「待ちなさい、コラ!」

 

“(ドン)うるせえぞ!”

 

三人共一瞬固まる。昔流行った修羅パンツの如く。

謝るけど、この家全体的にボロいから、オートマトンの力で殴るのはやめて?

 

「えーと、じゃあ、早く終わらせましょうかね」

 

「誰のせいだと思ってんのよ……」

 

その後は、悪ふざけなしで耳に薬を塗ってもらって、静かにそれぞれの床についた。

次の日から数日は特に変わったこともなく、あたしは消音魔法の勉強に打ち込んでいた。

 

「うーん、単体なら強装弾と難易度は同じくらいなんだけど、

両方を同時に使えるかって言われると結構集中力が要るわね」

 

気分転換に聖堂で魔導書を読んでいると、誰かが玄関のドアを叩いた。

 

“郵便でーす!”

 

ドアを開いて手紙を受け取る。

 

「ありがとう。ご苦労さま」

 

その手紙はあたしとカシオピイア、二人宛になっていた。さっそく封を切って中を見る。

 

「……とうとう来たわね」

 

 

 

3日後。将軍の馬車が教会まで迎えに来てくれた。あの手紙は査察の出発日程と参加者、

つまり、あたしとカシオピイアの名が書かれていた。

あたし達は、一度帝都で皇帝陛下と査察団と合流し、

ホワイトデゼールの船着き場で船に乗り換え、MGDに出発するらしい。

今度もみんなが見送りに来てくれてる。

 

「里沙子さん、無事で帰ってきてくださいね?」

 

「無事じゃなくなるようなことする気はさらさらないわ。

あんたこそ一人でフラフラ外に出るんじゃないわよ」

 

「……私から言うことはねえよ。いつもどおり、帰ってこい」

 

「あたしも何も言うことはないわ。いつもどおり、みんなをお願い」

 

「政(まつりごと)となると、わたし達聖職者にできることは何もありません。

ただ、里沙子さんの無事を祈るばかりです」

 

「居てくれるだけで、立派に世の人たちの支えになってくれる人がいるものよ。

例えばあなたのお祖父様や、この教会に限れば、あなたとか、ね?」

 

「ありがとう、ございます……」

 

エレオノーラが両手の指を絡めて、あたし達に祈ってくれた。

あたしは神様は信じてるけど、アテにはしてないから、ただ親指を立てて返事をした。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「うん」

 

一旦教会のメンバーと別れて馬車に乗り込むと、既に先客がいた。

将軍は前を走ってる馬車に乗ってるみたい。

4人乗りの馬車でも、彼がいると3人乗りになっちゃうからしょうがないわね。

で、誰が乗ってたかというと。

 

「おっはーリサ!……おや、そっちのグラマーな美女はどなたかなー?」

 

「おはようアヤ。実はこの娘、なんていうか、あたしの遠い妹で、

アクシスの一員としての能力を買われて査察団に選定されたの」

 

「カシオピイア……よろしく」

 

「おおおっ!リサに妹君がいたとは、さすがのアヤも驚きの一言!よろしくピアっち!」

 

「また勝手にあだ名を……」

 

「いい。ワタシもアヤって呼ぶ」

 

「いーとも、いーとも!気が済むまで、存分に、

この偉大なる発明家、アヤの名を口にするが良いのだー!!フハハハハ!」

 

“うるさいぞアヤ!はしゃぐんじゃない!!我らに貸せられた重要な使命を忘れるな!”

 

「……はい」

 

前方車両から将軍の怒鳴り声。ほんの数日前に似たような事案があったような気が。

 

「アヤだけのせいじゃないのに……」

 

一気にしょぼくれて座るアヤ。

 

「そうね、アヤだけが悪くないわ。わかってるから気を落とさないの」

 

「あ、そうだ!リサに渡すものがあったのだー!はい、これ!」

 

そして一気に気力を取り戻し、小さな黒い箱を渡してきた。

箱を開けると、一週間くらい前に頼んだものが。

カナル型と耳掛け型イヤホンを合体させたような装置。

さっそくヘッドホンを外して、装着する。……おお!みんなの声がはっきり聞こえる!

 

「これは……凄いわ!クリアな音声がまるで耳で直接聞いてるかのように流れてくる!」

 

「ふふん、アヤの手に掛かれば、これくらい朝飯前……と、言いたいところであーるが、

骨伝導という全く未知の技術に、驚かされつつ造り出したのだー!」

 

そう。アヤに頼んでいたのは、イヤホン式骨伝導マイク。

耳にマイクを差し込んで、耳の近くの骨にアンテナが当たるような形状になってる。

マイクが拾った音を、アンテナの振動で頭蓋骨に直接伝えることで、

耳と同じような音を聞けるの。

ベートーベンも耳を患った時、

同じ原理で音楽を捨てることなく、作曲を続けたらしいわ。

 

「ありがとう、アヤ!ここまで精巧なものを作るのは大変だったでしょう。

あ、工賃いくら?部品代も」

 

トートバッグから財布を出そうとすると、アヤがそれを押し止めた。

 

「ノン!骨伝導という新技術を知ることが出来ただけで、発明家としては大きな報酬!

材料も余り物の部品で賄ったから元手ゼロなのだー!」

 

「でも、これ作るのに何時間かかったの?」

 

一度骨伝導マイクを外して、外観を見る。艶のある部品は明らかに新調されたものだし、

2,3時間で作れるようなものじゃないことは素人でもわかる。

 

「ストーップ!それ以上の詮索は不要である!

フレンズならこの程度の助け合い、当然で、あーるよ?」

 

「そう、ありがとう……」

 

あたしは骨伝導マイクを着け直すと、複雑な気持ちで箱をしまった。

アヤはニコニコ笑っているけど、友達の助け合いの範疇を超えてる労働に、

何も見返りを求めないのは普通じゃない。

 

……顔では笑っているけど、彼女も孤独なんだと思う。

笑っているから悲しくないとは限らないのは人間。

そもそも人間以外に笑う生き物はいないんだけど、だから余計ややこしいのよ、

心ってもんは。

 

前回と違うメンバーで馬車に揺られながら、帝都を目指すあたし達。

アヤが今度はカシオピイアに一生懸命話しかけてたけど、話題が全然合わないし、

この娘が元々無口だから、早々に諦めちゃった。

次はパルフェムに話しかけるけど、やっぱり話が合わないし、

彼女が退屈そうに袖で口を隠しながら、何度もあくびをするから、寂しそうに引っ込む。

 

黙ってトランクの中身をあさり始めたアヤ。

……中途半端な同情でしかないのはわかってるんだけど。

 

「ねえ。この前アヤ、空飛んでたじゃない?

あのジェットなんとかっていつの間に作ったの?」

 

彼女がパッと笑顔になって、またうるさい口を回し始める。

 

「ふむ!前回の課題であった、ライダーキックに必要なパーツができたのであーるよ!」

 

「ちょ、マジ?どんなキックよ。おせーて」

 

「それはリサでも言えぬのだー!

一応、軍事機密にあたる代物であーるから、詳しくは言えぬのだー!許すが良い!」

 

「まー、皇帝陛下の必殺技になるものだからね」

 

その後も、アヤとだべりながら時間を潰し、

ようやく帝都に着いた頃には夜も更けていた。

ハッピーマイルズの田舎と違ってガス灯があるから、真っ暗ってほどじゃないけど。

既に何両もの馬車が到着してる。他の査察団のメンバーね。

要塞内に入って馬車から下りると、案内役の兵士が駆けつけてきた。

 

「みなさん、ご苦労様でした。本日は客室でお休み頂き、

明日皇帝陛下と共にホワイトデゼールの船着き場に向かっていただきます!」

 

あたし達は兵士に着いていって、客室に通された。

2階の1エリアにたどり着くと、兵士が恐縮したような顔で告げた。

 

「申し訳ありません。あいにく全員分のお部屋がなく、

どなたか数名は2人ずつの相部屋となります」

 

少し辺りがざわっとなる。……あたしはアヤの手を取って、兵士に申し出た。

 

「わたくしはアヤ博士と同室で結構です。……いいわよね、アヤ?」

 

「え、えええ?アヤとリサが同室。それは全く問題ナッシン!

だけど……リサは良いのかなー?」

 

「あー!ちょっと、里沙子さん!あなたはパルフェムをお見捨てになるの!?」

 

「この娘も一緒でーす!大人用のベッドなら二人並んで寝られますので!」

 

ついでにパルフェムの手も挙げて、二人の意見を無視して強引に部屋割りを決めた。

 

「大変助かります。元々要塞は数名の賓客しか想定しておりませんので……」

 

他のメンバーは自分で決めてもらうとして、

あたし達はあてがわれた客室に入って、ドスンと荷物を置いた。

他の二人もベッドやテーブルに持ち物を置いて、一旦落ち着く。

 

「キャッホーイ!夕食は円卓の間で立食パーティーだそうですぞ!」

 

「布団の上で跳ねないの。子供の前でみっともない」

 

「うへへ、アヤの胃袋はもう限界なのである!一足先に御免つかまつる!」

 

アヤが部屋から飛び出すと、さっそくパルフェムが文句を付けてきた。

 

「里沙子さん、どういうことですの!

同室するならパルフェムだけでいいじゃありませんの!」

 

「パルフェム、聞いて。アヤのこと」

 

「あの眼鏡の方?パルフェム、あの人苦手ですわ。

お話も機械のことばかりで退屈ですし!」

 

ベッドに並んで座った彼女の肩に手を置いて、続ける。

 

「彼女、いつも笑ってるけどね。きっと心を許せる間柄の人がいないの。

いつも研究室でひとりきり。彼女が望んでそうなったなら別に構わないけど、多分違う。

将軍の姪で、大学でも成績トップ。

人はね、自分より優秀過ぎる人には近づきたがらないものなの。

あなたなら、わかるんじゃない」

 

「それは……確かにパルフェムに好んで近づいてくる奴にろくな奴がいませんけど。

突然現れてどこかへの口利きを頼んでくる図々しい奴。

野次を飛ばすことしか出来ない野党の能無し。

飛び級で入った大学には、大したビジネスプランも無いくせに、

ベンチャー企業設立の出資をしつこくせがんでくる阿呆もいましたわね。

全部ミコシバが追い払いましたけど」

 

「その中に、友達と呼べる人はいた?」

 

「いるわけないじゃありませんか!みんな総理の肩書と財産だけを当てにして、

パルフェムの事なんて無視してばかりですもの!」

 

彼女の目に涙が浮かぶ。総理って立場上、わかっていたつもりだったけど、

小さな子がこんな辛い思いをしてたとはね。

 

「だったら。彼女の気持ちもわかるでしょう?あなたはいつでも家に来られる。

でも、帝都に納入する秘匿物資を作ってるアヤは、そうそう基地の外には出られないし、

気軽に教会でお泊り、なんてことも無理。

だから、少しだけアヤに思い出を作る時間を分けてあげて?」

 

「……じゃあ、しばらくぎゅっとしててくださいまし」

 

「わかった。眠くなったらそのまま寝てていいわ」

 

パルフェムがあたしにしがみついて、あたしもパルフェムを抱きしめる。

結局立食パーティーでは食べ損ねたけど、

二人共、ひとつのベッドですぐ眠りに落ちたから、大して気にはならなかった。

 

朝ぼらけが帝都を包む。

翌朝、朝食もビュッフェスタイルだったから、

昨夜食べられなかった分を取り戻すように食べまくったから、お腹パンパン。

お昼には出港したいらしいから、早朝の出発になった。

帝都の街並みを馬車の車列が進む。

 

一番前を一番豪華な馬車が走ってる。

豪華と言っても、金や宝石で飾り立てた成金趣味じゃなくて、

ワインレッドに近い深い紅の木材を、熟練の職人が削り磨き抜いた、

本物の気品を備えた馬車。

 

あら、インペリアルクロスじゃ一番重要な人物が一番後ろに来るはずなんだけど。

覚悟して戦え、の方なのかしら。

馬鹿なことを考えていると、いつの間にかニヤけてたらしく、

パルフェムにキモいですわ、と突っ込まれた。

 

それから、アヤの発明談義に付き合ったり、

トートバッグの櫛でパルフェムの髪をすいてあげたり、

それを羨ましそうに見てるカシオピイアも結局すいてあげたり、

いろいろやってるうちにホワイトデゼールに到着。

ハッピーマイルズから帝都より、帝都より港の方が近かったみたいね。

あ、ホワイトデゼールって言ったらカード馬鹿の貴族の管理地域ね。

やつが飛んでこないうちに出港したいもんだわね。

 

魔王が死亡した辺りに造られた港には、木製とは言え、巨大な戦艦が停泊していた。

見上げるほど圧倒的な船体。全長約150m。

帆は最も高いメインマストと、前方のフォアマスト、

後方のミズンマストの3本を備えて、平均17ktで航行可能。

両舷に船体から飛び出すように30門ずつカロネード砲が装備され、

甲板前方に250mm連装砲、同じく両舷に三連対空砲が3基ずつ備えられている。

聞いた話だけどねー。

ん?皇帝陛下の話が始まったわ。みんなが港で整列する。

 

「諸君!本日君達に集まってもらった理由は、もう説明するまでもないだろう!

幾度に及ぶ魔術立国MGDの先制攻撃は皆も知るところである!

MGDの代表は、その動機をあくまで滅びゆく祖国を、

侵略戦争から守るためだと証言した!その言葉が誠か嘘か、未だもって不明である!

しかし、MGDは己の潔白を証明するため、この査察団を受け入れた!

諸君の中にも魔国に対して思う所がある者もいるだろう。

しかし!君達はサラマンダラス帝国の代表であり象徴であることを忘れないで欲しい。

彼の国では、礼儀を忘れず節度ある行動を求める!

到着後の行動予定に関するブリーフィングは艦内で行う!以上、総員乗船!」

 

アクシスのメンバーや、魔女、学者らしき四角棒を被った人たちが、

次々と船に乗り込んでいく。あたし達も行かなきゃ。

桟橋を渡り、甲板へ続く足場を渡って、

ついにあたし達はサラマンダラス帝国の戦艦に乗り込んだ。

約20名の査察団全員が乗っても、まだ広すぎるくらいの甲板を見回す。

艦首に立つ皇帝が出港の合図を出した。

 

「碇を上げろ!帆を張れ!面舵一杯、全速全身!」

 

水夫達が雄叫びのような応答を上げる。

真っ白な帆が張られると、その巨体を少しずつ加速させ、戦艦が大海原を泳ぎ始めた。

皇帝はまだ艦首で潮風を浴びている。あたしは彼に近づいて尋ねた。

 

「皇帝陛下、この度はわたくしの願いを聞き入れてくださり、ありがとうございます」

 

「おお、里沙子嬢。気にすることはない。

先日申した通り、貴女にも真実を見届けてもらわねばならん。

魔国到着までには3日かかる。長旅の疲れを船内で癒やすがよい。

……ん?耳のものは飾りだろうか」

 

「少し耳を痛めまして。

大したことはありませんが、あまり大きな音は良くないとのことなので」

 

「そうか。無理はせぬようにな」

 

「ところで、お尋ねしたいことがあるのですが」

 

「何かね」

 

「とても素晴らしい艦ですね。名前を聞かせて頂きたいのですが」

 

「うむ、この艦は名を、クイーン・オブ・ヴィクトリーという」

 

勝利の女王はあたし達を乗せて、魔国へと海を往く。

そこで何が待っているのか、あたし達は知る由もなく。

 

 


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