面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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↑何があったかというと、1話目に当たるプロフィールのファイルに番号振ってなくて、他のも全部ズレてた。

天使長メタトロン。その姿、体長は50m超。鋼のような筋肉で覆われた真っ白な身体を、

縁や十字架を黄金の糸で刺繍した巨大な法衣で包み、

風を受け、輝くように揺らめいている。その綺羅びやかな姿は、

下から見上げるあたし達を、オーロラのゆらぎを見ているかのように錯覚させる。

 

どうにか見える巨大な顔は、まつげに稲妻が走り、目から炎が吹き出し、

髪も燃え盛る炎に包まれ、常軌を逸した力を放って、あたし達を見下ろしている。

 

顔だけじゃない。体全体が燃えるような熱を帯びていて、

背中に羽織ったマントがはためく度に、星々の輝く宇宙空間が見え隠れする。

吹き付ける熱風に汗がにじむ。

圧倒的な力の前に、みんなただ立っていることしかできなかったけど、

ようやく皇帝がアーマーの内部から話しかけてきた。

 

「里沙子嬢!貴女はメタトロンについて知っているようだが、

我々の取り得る最善手について手がかりはないだろうか!」

 

「戦って勝てる相手ではありません!あれすら仮の姿です!

本来の姿に戻れば、彼の身体と翼は世界を覆い尽くし、人の生きる世界は崩壊します!」

 

「くっ!彼は一体何が目的だというのだ!」

 

「……皇帝陛下、どうかここはわたくしにお任せ下さい!

決して話の通じない相手ではないはずです!」

 

「待て、待つのだ里沙子!」

 

あたしは皇帝の静止を無視して、激しい熱風の吹き荒ぶ中、

近づける限りメタトロンに駆け寄った。勝てない敵には交渉一択!

ボスキャラは仲魔にできないけど、お小遣いくらいはくれるかもしれない!

大声で頭上の大きな顔に呼びかける。さあ、高圧的に行くか、友好的に行くか。

アフロ君ならどうするのかしら。

 

「こーんにちはー!さっきも言ったけど、あたし、斑目里沙子!

あなた、時空を超えられるって言ってたけど、他の世界や、

あたしが来た世界の事も知っているのかしら!」

 

メタトロンがほんの少しだけ首を曲げて、あたしを見下ろすと、

テレパシーを送ってきた。

 

『……叫ぶ必要はない。君の心は私の心と響き合う。質問の答えだが、その通り。

神の造りし幾千幾万の世界を旅し、三十六万五千の目で全てを見通すのが私の役目。

当然、君が生まれた世界も眺めてきた』

 

天使長の姿を一部ながらも取り戻し、口調も人柄も変わるメタトロン。どうしよう。

声が枯れるほど叫ばなくてもよくなったけど、今度は何を伝えればいいのかわからない。

とりあえず世間話的なものを。

 

「ねえ。神様にこんな事聞くのも変なんだけどさ、イエスさんはお元気?」

 

『神は永久不滅の存在である。その理が揺らぐことは決して無い』

 

「元気ってことね?よかった。彼にはお世話になったから」

 

『人の身でありながら、神の側に仕えた君に対して、

つい嫉妬という罪を犯しそうになる』

 

「罪、ね……話戻って悪いんだけど、あたしの世界って今どうなってるの?

ついにどっかのバカが核のボタン押して、第三次世界大戦おっ始まったりしてたり?」

 

『暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬。七つの大罪に塗れた世界。

神は既に見捨て給うた。あの世界に審判の日が訪れることはない。

ただ醜くお互いを食い合い、滅びるのを待つだけだ。

神が何を思い、君をこの世界にお送りになられたのかはわからないが、

慈悲の心で、君を穢れた世界から逃がそうとされたのかも知れない』

 

この受動的エクソダスに対してどう答えたものかしら。

どうもありがとう?今すぐあたしを帰せ?あたしの故郷を見捨てるな?

形式がFalloutのスピーチチャレンジみたくなってきたわ。

思いつく限りの選択肢の中から、あたしが選んだのは。

 

「そう……別にあの世界は好きでも嫌いでもなかったけど、

母さんが生きてるうちに滅びるとしたら、それは悲しいわね」

 

『母を想う子の心。子を想う親の心。いずれもやがて失われ果てるだろう。

罪深き世界の中で』

 

「地球も嫌われたものね。仕方ないと言えば仕方ないけど。

ところであなた、自らの存在理由やその意味を示せって言ったけど、

どうして知りたいのかしら。生まれついて使命を与えられてるあなた達と違って、

人間にとってその質問は意外と難しいの」

 

『言ったはずだ。“人類は救済に値するか”。救済か、断罪か。

二つを秤にかけ、必要とあらば、やり直す』

 

「やり直す……?」

 

心がそわそわする。あまりよろしくない展開になってきた。

どこかで選択ミスったのかしら。

 

「もしやり直すことになれば、具体的に何が起きるのかしら」

 

『その質問に答える前に、足元を見てほしい』

 

下を見ると、やっぱり目が眩みそうな高さの先に、地上が見える。MGDの中心街。

大勢の魔女や労働者が行き交っている。

ベンチで足を伸ばしてアイスクリームを舐めたり、

昼間からワインをラッパ飲みする魔女。

そして脇目も振らず忙しく働いている、魔法を使えない労働者。

二つの立場がはっきりと分かれてる。

 

『君は、この中で救済に値する者が何人いると思う』

 

「……正直、大していない。あたしが結論を出すことじゃないけど」

 

『自分の心に素直になるべきだ。本当は分かっているのだろう?

この地もじきに七つの大罪が膨れ上がり、裁きの時が訪れる』

 

「裁き?ちょっと待って!確かに地上はろくでもない連中ばかりだけど、

地道に生きてるやつらもいるの!あなたにも見えてるんでしょう!?」

 

『誤解しないでほしい。私は人類を滅ぼすために天界で地上を眺めていたのではない。

とても、遠い、過去の話だ。私が降り立ったことで、思いがけず神界塔が出来上がり、

面白いことが起きた。人が、塔に群がり、神の奇跡を真似し始めたのだ。

現在君たちが魔法と呼ぶ物の始祖だ』

 

「それと、裁きがどうつながるの?」

 

『私はこの世界の人間に期待したのだ。

かつて知恵の実を食べ天界から追放された人間が、その知恵で新たな知識を造り出し、

自らの意思で歩み始めた。

もしかしたら、人はいつか自らの愚かさに気づき、神に傅き、悔い改め、

幾億万の世界を巡っても実現しなかった、神との和解が成るのではないのかと』

 

「でも、その願いは」

 

『それは君も知る所だろう。私は待ち続けた。しかし、人は神から背を向け、

自らの欲望を満たし、争い、弱者を虐げるために魔法を振りかざした。

それでも私は、やがていつかは、きっといつかはと信じ続け、

最後の希望たるこの星を見守り続けた。だが……!』

 

「お願い待って!あなたの言いたいことはわかる!

それでも神様を信じて、種族の垣根を超えて魔法で助け合ってる者達がいるの!」

 

『無論承知している。繰り返すが、私は人を根絶やしにしたいわけではない。

ただ、やり直す必要があるのだ』

 

「さっきも言ってたけど、やり直すってどういうこと?」

 

『勤勉で心清き種族、動物を、四頭立ての太陽戦車(メルカバ)に集め、

残った罪深き生物を、我が炎で焼き尽くす』

 

「ノアの大洪水を繰り返すつもり!?そんな真似はやめてちょうだい!

その大きな目で、もっと人間や他の種族を見て!」

 

『……何千年と、見つめ続けた結果だよ。神にも過ちを正す権利はあるはずだ。

今ならまだ間に合う』

 

「手段を選んでって言ってるの!

どうしても神罰を実行するって言うなら、人類も全力で抗うわ!」

 

あたしはメタトロンにM100を向ける。効く効かないは問題じゃない。

抵抗の意思を示すことが重要なのよ!

 

『……君なら、わかってくれると思っていたのだが。

では、私が見た人の性質、その1つを見て判断してもらおう。

今から、私と君とのこれまでやり取り、思念を全ての知的生命体と共有する。

少し、失礼するよ』

 

「待って、どこに行くの!」

 

メタトロンがゆっくりと、しかし高層ビルが飛び上がるような圧力を伴いながら、

どこかを目指して空を飛び始めた。莫大な量の物理的空間を埋め尽くしながら、

彼はブランストーム大陸の雪山の尾根に降り立った。

彼の放つ熱で、万年雪に覆われている山々のあちこちで水蒸気爆発が起き、

一斉に雪崩が起きる。

 

魔国の中心街でパニックが起きている様子が見える。

魔女も人も、突然現れた巨大な天使、つまり神の代理人に恐れ慄く。

メタトロンは大きく口を開け、人の耳に聞こえない何かを叫んだ。

同時に、世界中の人とネットワークで思念が共有されたような、

奇妙な感覚に見舞われる。

 

空から見ているあたし達は、ようやく彼の威圧感から開放され、

味方の無事を確認する余裕が出来た。

皇帝が、いつの間にか膝の笑っていたあたしに話しかける。

 

「里沙子嬢、よくやってくれた。無理をさせてすまなかったな。ひとつだけ教えてくれ。

ノアの大洪水とは何なのか。それでなぜ人が滅びる」

 

「……太古の昔、世界が悪で満たされた時、神は鍛冶のノアに方舟を作らせ、

心清き人間と、全ての動物ひと(つが)いずつを乗せ、

大洪水で世界を洗い流したのです。

結局、方舟に乗ることができたのはノアだけでしたが、

メタトロンは太陽戦車で同じことをしようとしているのです!」

 

「そんな!確かに今の魔国の魔女に模範的な人物は少ないと言わざるを得ませんが、

だからといって、ふるいに掛けて焼き殺すなど!

里沙子さん、次は私に説得させてください!

魔女を優遇し、彼女らに甘え、甘やかしてきた魔国……

つまり私が責任を取るべきです!」

 

「落ち着いて、早まった行動は駄目。

今は彼の動きを見定めて、もう一度説得のチャンスを……」

 

その時、異変が起きる。時空の彼方から、燃え盛るたてがみを生やした、

4頭の巨大な馬に引かれた馬車が現れた。

戦艦4隻を集めても、まだ足りないほどの容積を持つ車を牽いた太陽戦車(メルカバ)が、

メタトロンの側に止まると、

どうにか彼らの姿を見つめるだけの平静さを取り戻した魔国民が、

飛べるものは一斉に太陽戦車に向かって飛び立ち、

そうでないものは、ただその場に伏せるだけだった。

 

“私が一番乗りだ!”

“そこをおどき!神の戦車に乗るのは私だよ!”

“あたいの魔法が一番優れてるんだ!神はあたいを選ぶに決まってる!”

 

「“傲慢”の体現たる醜き姿……二度と見ることはないだろう。さらばだ」

 

メタトロンが軽く手を払うと、太陽戦車に向かっていた魔女達が、

突然凄まじい炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく炭の骨になり、

バラバラと砕けながらブランストーム山脈に散っていった。

その様子をヘールチェが受け入れがたい様子で、まばたきも忘れてただ見続ける。

 

「そんな……」

 

「あれが、神の代理人たる存在の力だと言うのか……!」

 

「ヘールチェさん、魔国のみんなに呼びかけて!彼には絶対手を出すなって!」

 

「は、はい!……皆さん、落ち着いて行動してください!

天使は敵ではありません!手出しは無用に願います!」

 

ヘールチェの言葉に忠実な空撃部隊は出動していないけど、彼女の呼びかけも虚しく、

中央広場に大勢の魔女が集まり、それぞれの触媒に魔力を込めて、

魔法でメタトロンに対して攻撃を開始した。衝撃波、火球、レーザーが彼に飛んでいく。

 

“死ね、デカブツ!”

“いきなり現れて、私らの国でデカい面すんじゃないよ!”

“これでも食らいな!ほらほら、どうした!”

 

放った魔法は、彼の身体が放つ灼熱に全てが、かき消される。

その時、駐在所から婦警が出てきて、笛を鳴らした。昨日会った不良警官。

 

“おーいこら、そこのあんたら。総帥に暴れんなって言われたでしょ、散った散った”

 

その声に耳を貸す者はなく、メタトロンが攻撃を続ける彼女達を睨みつける。

 

「私に仇なす者は、神を冒涜する者と見做す。世界の終末を待たず死に絶えるがよい」

 

メタトロンが言葉(ロゴス)を口にすると、魔女達の足元から無数の槍が飛び出して、

彼女達を串刺しにした。まるで広場が処刑場の如く、背の高い鉄の槍に埋め尽くされ、

全身を突き刺された魔女が、肉体との摩擦で槍に引っかかったまま、

地面に落下することすらできず、うめき声を上げる。

 

“ぎゃっ!”“ああっ、ぐう!”“いたい、いたい、いたい……”

 

魔女は全滅したけど、まだ死にきれてないやつの声が届いて気持ちが悪い。

マヂでミュートにしたい、これ!

 

“ああ、よせって言ったのに。誰が片付けると思ってんだか。

騒ぎが収まるまで一服しましょう。この分だとまだ増えそう”

 

婦警が駐在所に戻っていく。あら?それを見てピンと来た。

あたしは改めてヘールチェに国民に避難指示を出すよう伝え、

再度メタトロンとの交信を試みる。

 

「ねえ、あなたは国民に家や建物から出ないよう指示を出して!

あたしはもう一度彼を説得してみる!」

 

「なんということを……!お願いします、今の私にはとても神の代理人を説得など!」

 

「任せて。彼は怒ってるかもしれないけど、理性は残ってる。

さっきの攻撃で、止めに入った婦警は、同じ魔女でも攻撃しなかった」

 

「まだ可能性はあるということか?」

 

「時間稼ぎ程度ならできるかと。……メタトロン、あたしの声に応えて!」

 

彼は身動きひとつせず、思念であたしに返事をした。

 

『見ただろう。腐り果てた地に住まう、思い上がった者共の所業。

祖国の危機に立ち上がろうともせず、

他者がどうにかしてくれるだろうと飽食や堕落に耽る“怠惰”。

力無き者に手を差し伸べることなく、

神の乗り物、太陽戦車に土足で踏み込もうとする“傲慢”。

……本来私の持つ全ての目で見通せば、

直ちに神が定めた7つ全ての罪が浮き彫りになることだろう。

その時こそ!この星に生きるに相応しい命をメルカバに乗せ、

悪徳に満ちた世界を浄化するのだ!』

 

「手段を選んでって言ったじゃない!見てよ、血と肉に染まりきった地上を!

これが本当に神が望んだ世界だっていうの?

あたしだってアロンアルファで我慢したっていうのに!」

 

『君こそ同じことを二度言わせないで欲しい。

“私に仇なす者は、神を冒涜する者と見做す”。

斯様な者共は、私の眼前で1阿摩羅秒とて生かして置くわけには行かないのだ!』

 

「過ちは人の常、許すのは神!

確かにこの世界の命は何某かの罪を抱えて生きているけど、まだ途中なのよ!

手探りで、時には争いながら、傷つけ合いながら!それでも少しずつ前進しながら!

その未熟な生命を、少しは大目に見てくれたっていいじゃない!」

 

『見てきたさ!

何千年もの永きに渡り、“やがて”と“いつか”を夢見て、光と雲が支配する天界から!

変わらぬさ!人が手に五本の指を持つ限り、屠り、奪い、憎む!その連鎖は止まらない!

君とてその輪に絡みついた存在のひとつだろう、斑目里沙子!』

 

「違う!」

 

『何が違う!私に突きつけた銃で一体いくつ命を奪ってきた!?』

 

「少なくとも自分の欲望のためだけに引き金を引いたことはないわ!」

 

『面白い!では、何故2つも銃をぶら下げている!?

殺すことにしか使い道のない、人の造り出した争いの道具を!』

 

あたしは一瞬視線を動かして、後ろの皇帝やヘールチェ、パルフェムを見る。

 

「……平和よ。あたしの目の届く範囲でしか無いけど」

 

『君の言葉を借りるなら、私も“平和”の為に動き出したつもりなのだが!』

 

「平和って言葉は凄く曖昧。

誰にとっても同じ意味を持つ平和なんて、あたしには思いつかない。

少しだけ時間をちょうだい。あなたが嫌ってる魔術立国MGD、

銃を置けないあたしが住んでるサラマンダラス帝国、神の教えを捨てた桜都連合皇国。

せめてこの三国であなたが夢見てきた平和を実現してみせる。

だから、少しだけ“救済”は待って。お願い」

 

『……3日だ。3日だけ君を信じてここで待つ。もう行くといい。

君達には大きく見えているだろうが、

神とてこれ以上裏切られ続けて耐えられるほど丈夫にはできていない』

 

「わかったわ。必ず3日で答えを出す」

 

そう答えると、あたし達の身体が再び輝く羽根で包まれて、視界が光で満たされる。

一瞬羽根に舞い上げられたと思うと、あたし達は遠く離れた、

魔国中心街中央広場にいた。

 

鉄の槍は消滅し、死体は片付けられてたけど、

惨劇の痕、おびただしい血痕は、未だに石畳を真っ赤に染めている。

なるべく見ないようにしながら、とにかく素早く状況確認。

 

分析班や負傷して撤退した者も同じくワープしていた。アヤもカシオピイアも健在。

皇帝とヘールチェは……いた。あたしは皇帝に駆け寄る。

 

「皇帝陛下、ご無事ですか!?」

 

「我輩の心配は不要だ、里沙子嬢。怒る天使長相手に、よく譲歩を引き出してくれた」

 

「ごほごほっ!皆さん、申し訳ありません……

我が国のせいで、人類の危機を招いてしまいました」

 

血の匂いにむせながら、ヘールチェもなんとか自力で歩いてくる。

もう少しだけ頑張って。

 

「お二人とも、時間がありません!どこか、会議の行える場所はありませんか?」

 

「うむ。シャープリンカー女史、先日打ち合わせを行った、

総領事館をお借りできないだろうか。人類存亡を賭けた3日という時間はあまりに短い」

 

皇帝が変身を解いて、ブランストーム山脈に立ち続けるメタトロンを見上げる。

彼はただ腕を組み、全く動こうとしない。

初めてこの国に来た時は少し肌寒かったけど、今は彼が放つ熱で汗ばむくらいの暑さ。

 

「もちろん使用可能です。急ぎましょう!」

 

あたし達は街を北東に進み、ホテル前を通り過ぎて、さらに進む。

すると、高いポールに魔国の国旗が掲げられた総領事館が見えてきた。

 

「皆さん、あの建物です!」

 

ヘールチェが総領事館を指差し、皆が急いで駆け込む。

歴史ある木造の内部が放つ独特な香りが、

興奮しきった精神をわずかながら静めてくれる。

廊下の最奥、一番大きいドアを開け放つと、中央に演説台、

通路を挟んで両脇に背もたれの大きい高級椅子が階段状に並んでいる大会議場に出た。

 

とにかくあたし達は左右関係なく所属ごとに席に着いた。金時計を見ると、21分経過。

まだ3日あるのはわかってるけど、タイムリミットで訪れる結末があたし達を焦らせる。

皇帝陛下が口火を切る。

 

「急がなければ!我々は何から決めれば良い!?

三国でメタトロンの納得する“平和”を実現するには!」

 

「まず、この状況の発端となった、我が国の改革から始めましょう……」

 

ヘールチェが顔色を悪くしながらも、提案をした。

 

「具体的には?」

 

「魔女、魔法に頼り切った現状を改めます。

魔国は長年、魔女、魔法に対する行き過ぎた優遇政策を採ってきたため、

彼女達に誤った特権意識を根付かせてしまいました。

それがメタトロンの怒りを買う原因となった、七つの大罪を生み出してしまったのです。

法律を改正し、今後は魔女にのみ認められていた無期限有給休暇、

魔法所持手当等を廃止、平日昼間は嗜好品・贅沢品に50%課税し、

人と魔女に平等な労働条件を造り出します」

 

「ちょ、そんな事勝手に決めちゃっていいの?」

 

案の定、メタトロンのテレパシーで接続されたあたし達の意識に、

無数のメッセージが殺到してきた。余りに多すぎて聞き取れないけど、

不平、不満、怒り、ヘールチェへの罵倒であることは感じ取れる。

 

「お黙りなさい!世界が太陽戦車に踏み潰されても責任が取れるというのなら、

対案を出しなさい!どこかに逃げ出した議員諸君、あなた達にも言っているのです!」

 

思わずヘールチェが声に出して叫ぶ。うるさかったテレパシーの波が一気に引いていく。

次は皇帝陛下の発言。

 

「当然帝国も魔国にだけ負担を押し付けるつもりはない。

シャープリンカー女史の政策で下がった生産性を補填すべく、

我が国の魔国に対する関税を引き下げ、領海内での漁業を制限付きで認めよう。

……良いな!?」

 

帝国側からも不満の声が上がり始めたけど、皇帝の一括で無音になった。

専制君主制はこういう時楽ね。で、最後に桜都連合皇国。

なんだけど、パルフェムが不満そうな顔で足をぶらぶらさせて何も言おうとしない。

 

「ねえ、パルフェム。皇国も何か協力してもらえないかしら?」

 

沈黙に耐えかねて、あたしが彼女に話しかけるけど……

 

「……この協定、皇国に何のメリットもありませんわ。

ろくに付き合いもなかった国の後始末に、国有財産を差し出す義理がどこにありますの?

そもそも首相とは言え、立憲民主主義を採っている皇国では、

パルフェムの独断で重要な外交案件を決められるわけではありませんの」

 

「あのね?パルフェム。

人類社会の崩壊を回避できることって、大きなメリットだと思うの。

テレパシーで議会と連絡を取って、緊急会議で話を付けてくれないかしら。

ねえ、里沙子一生のお願い!」

 

「やーだぷ~」

 

このガキは……!と、一瞬思ったけど、続きがありそう。

 

「……ただし、里沙子さんが皇国に来てパルフェムのお姉さんになってくれるなら、

総理を首になってでも、なんだって強行採決しますわ!」

 

パルフェムが扇で、にやける顔を隠し、場がざわつく。

三国の和平まであと一歩というところで、急ブレーキがかかる。

メタトロンとは3つの国で平和を作ると約束した。皇国が抜ければ当然彼は納得しない。

でも、パルフェムの条件を飲むこともできない。

 

「聞いて。この講和が成立しないと、例えあなたのお姉さんになったところで、

メタトロンの炎で焼け死ぬの。

別に引っ越しなんてしなくても、いつでも遊びに来ればいいじゃない」

 

「嫌ですわ。パルフェム言ったはずでしてよ?

パルフェムは欲しいものは必ず手に入れるって!」

 

「だから!彼が言うにはあたしも何らかの罪を背負っていて、この銃が……」

 

彼女を説得しながら弾切れのピースメーカーに目を落として気がついた。

駄々をこねる女の子に言うことを聞かせるには刺激が必要。

一か八かだけど、やってみるしかないわね。

あたしは席を離れて、中央の演説台に立った。

そして、Century Arms Model 100を抜いて、一旦弾を全て取り出す。

不可解な行動に皆が落ち着きをなくす。

 

「里沙子嬢、何をしているのかね?」

 

「うふふ。まさか、か弱い少女を銃で脅そうなんて……」

 

「思ってない。ちょっと賭けをしようと思ってね」

 

「賭け?」

 

M100に3発弾を込めて、シリンダーを回してシャッフルし、

自分のこめかみに銃口を当てた。

ハンマーを起こすと、皆が席を立って止めようとしてくる。でもあたしは、

 

「動かないで!トリガーに指が掛かってる!」

 

全員、動けなくなり、ただ様子を見守るしかない。

パルフェムも青くなって上ずった声で呼びかけてくる。

 

「何を、何をしていますの、里沙子お姉さま……?」

 

「賭けだって言ったでしょ。あたし、火に焼かれて死ぬのは真っ平なの。

苦しみ抜いて死ぬくらいなら、ここで脳ミソぶちまけたほうがマシ。

……でも、皇国に行って三国が協定を結んだら、

ひょっとするとメタトロンが人類を赦してくれるかもしれない。

トリガーを引いて弾が出たら文字通り天に昇る。出なかったら皇国で末永く暮らす。

確率は2分の1。どっちにしろあたしは楽になれる」

 

「やめて……パルフェム、ただお姉さまが欲しくて……」

 

パルフェムが目に涙を浮かべながら、手を差し伸べてくる。

 

「最後になるかもしれないから言っとく。

なんでも思い通りにできる存在なんて、それこそ神しかいないのよ。

それと……さよなら」

 

そして、トリガーを引く。

 

「いやあっ!」

 

カチッ……

 

大会議場にパルフェムの悲鳴と固い金属音が響いた。

ロシアンルーレットの結果は、当たり。ハズレとも言えるけど。

 

「パルフェム、賭けはあなたの勝ちよ。

ただし、あたしを連れて帰るのは、ここで3カ国の協定を結んで、

メタトロンをどうにかしてからにしてちょうだい。あと……」

 

「ううっ、うぐっ……あと?」

 

「……皇国が期待はずれだったら、今度は本気でやるから」

 

6発入りでやるとは言ってない。

 

「うえええん!里沙子お姉さまの馬鹿あぁ!!びえええ!」

 

パルフェムが、かわいい顔を涙と鼻水まみれにしながら抱きついてきた。

彼女の頭を優しく撫でる。

ごめんね、世界の命運のためには手段は選んでいられなかったの。

装填した3発が空薬莢だったことは、なるべく考えないようにしましょう。

 

 

 

しばらくしてパルフェムが泣き止んだところで、議論再開。

すっかりしょぼくれた彼女が、うつむいてぽつぽつと語りだす。

 

「……ミコシバに命じた。

今後魔国とは、金利ほぼ0%で融資を行い、軍事力の均衡化を図るため、

駆逐艦3隻を譲渡する。今、思いつくのはそれだけ」

 

「ごめんなさいね。無理させて」

 

「きっと帰ったら内閣不信任案可決ですわ……」

 

「仕事がなくなったら、家にいらっしゃい。何日でも泊めてあげるから」

 

これで一区切り付いたわね、と思ったら、いつの間にか隣にカシオピイアがいた。

 

「うわお!幽霊みたいな現れ方すんじゃないわよ!」

 

「……えい」

 

無表情のままポカリとゲンコツで殴られた。痛い。あなた結構手が大きいのね。

 

「痛った~い……何すんのよ、いきなり!」

 

「……お姉ちゃんの、馬鹿」

 

「え、どういうことよ」

 

あたしがぽかーんとしていると、皇帝からの叱責が飛んできた。

 

「妹君の言う通りである!先程の見世物は一体何だ!

弾が出ていたら全てが無に帰していたのだぞ!メタトロンの問題ではない!

カシオピイアや貴女を慕う者達が、永遠に貴女を失うところだったのだぞ!」

 

「……本当に、申し訳ありませんでした」

 

今更イカサマでしたとはとても言えないから、素直に頭を下げる。

 

「全く……良くも悪くも貴女は何をしでかすか時々わからぬ。

ところで、三国の協定が成ったところで、この同盟について何か良い名はないだろうか」

 

来たわね。船の中でぼんやり思い描いていた昔のお話。

 

「皇帝陛下、それについてヒントになりうる過去の出来事があるのですが、

もし陛下や総帥に異論がなければ、

それを元に意見を求めて最良の形にしてはどうでしょうか」

 

「ヒント、とはなんでしょう?」

 

「貴女にしては珍しく持って回った言い回しであるな。申してみよ」

 

「“大東亜共栄圏”です」

 

「大東亜共栄圏?一体それが何なのか説明が欲しいところだ」

 

あたしは唾を飲んで語り始めた。大東亜共栄圏。

かつて日本が太平洋戦争中に提唱した構想。欧米列強による植民地支配を排して、

日本中心の東亜諸民族による共存共栄を掲げた、対アジア政策。

ミドルファンタジアの住人にも分かるよう、できるだけ丁寧に、

具体的事実を交えながらその内容について説明した。

 

歴史家による大東亜共栄圏の評価が、未だに賛否が分かれている事に関しては、

特に慎重に解説した。アジア圏を欧米の植民地支配から独立させ、

国家間連合を実現させるものとして打ち出された方針。

 

当初の理想通りに進んだと言える部分は、

大東亜共栄圏下では、学校教育の拡充、現地語の公用語化、在来民族の高官登用、

華人やインド人等の外来諸民族の権利の剥奪制限等、

原地民の権利を一定の範囲で回復したことが挙げられる。

 

しかし、フィリピンを初めとした国家は、日本政府や日本軍の監視下に置かれ、

実質的には日本の傀儡政権であり、戦局の悪化に伴い、人物問わず資源の接収が行われ、

新たな植民地支配の始まりに過ぎなかったという意見もある。

結局、大東亜共栄圏の功罪の面では、議論が続いたままだ。

 

「あの、私にはその大東亜共栄圏が、完全に間違いとは言えなくても、

単なる日本の資源獲得のためのお題目に過ぎなかったように思えるのですが……」

 

「シャープリンカー女史に賛成だ。

結局は太平洋戦争の一局面だったのではないだろうか。

それを3カ国同盟の旗印にするには些か疑問が残る」

 

そう。大東亜共栄圏は間違っていたし、正しくもあった。

でも、外せない事がひとつだけあるの。

 

「八紘一宇」

 

「はっこういちう?何かねそれは」

 

「これも大東亜共栄圏を推し進めるスローガンに使われましたが、

言葉そのものに罪はありませんし、神武天皇がお造りになった言葉です。

これは、天地四方八方の果てにいたるまで、この地球上に生存する全ての民族が、

あたかも一軒の家に住むように仲良く暮らすこと。

つまり世界平和の理想を意味しているのです(橿原神宮より)」

 

「貴女の国では、天皇の言葉は絶対であったな。理想としては賛同できる」

 

「今日団結に至った我々も、八紘一宇の精神の下、単なる同盟に終わること無く、

互いの発展に力を出し合い、この度のような危機に結束して立ち向かう、

未来的先進国家の共同体・共栄圏を目指しませんか?ほら……」

 

あたしは、大会議場の奥に掲げられた世界地図を指差す。

サラマンダラス帝国の北西に魔術立国MGD、少し遠くの東に桜都連合皇国。

 

「3つを線で繋げば傘のように見えませんか?

この傘の下で皆を雨から守り、仲良く暮らしていく。

まだ夢物語でしかないことは承知しています。

でも、人間の物語なんて始まったばかりじゃありませんか。

わたくし達で、新たな国の在り方を示して、

メタトロンに大きな眼で見てもらいましょう」

 

あー、疲れた。50話超えたけど、こんだけ喋ったのは初めてじゃないかしら。

皇帝も総帥も考え込んでいる。二人はどんな結論を出すのかしら。

最悪、通常の3カ国同盟でも大丈夫だとは思うんだけど、

同盟が一方的に破られた例なんていくらでもあるしねぇ。ん?皇帝がなにか話しそう!

 

「八紘一宇か……これまでの人類、いや、ミドルファンタジア自体になかった概念だ。

これを盛り込まずしてメタトロンを説得などできまい」

 

「そうですね。今の私達に実現できるかどうかはまだ分かりませんが、

目標は高いに越したことはないでしょう。難しい言葉ですが、素敵な言葉ですね」

 

ようやく大会議場に張り詰めていた緊張が解け、

皇帝、ヘールチェ、そしてパルフェムが歩み寄る。

そろそろ今日の締めに入りましょうか。

 

「略式、また略称ではありますが、3カ国共同体の締結をここに行いたいと思います。

賛同して頂ける各国元首の方はお手を」

 

ミスリルの籠手で覆われた手が差し出され、

宝石のはめられた指輪の手がそっと乗せられ、

背伸びした小さな手が、二人の手に吊り下がるように危なっかしく乗る。

お互い言葉はないけれど、それぞれの顔にそれぞれの笑みが浮かんでいた。

 

「ありがとうございます。ここに3カ国共同体が成立致しました」

 

大会議場両脇の椅子に座っていた査察団メンバーから拍手が上がる。

ようやく3つの国を巻き込んだ騒動も終わろうとしている。残りの問題はメタトロンね。

満足して帰ってくれるといいんだけど。

 

 

 

 

 

総領事館で解散したあたし達は、ホテルに向かっていた。

でも、小さいのがくっついて話さないから歩きにくい。

 

「む~!里沙子お姉さまの馬鹿!あんな無茶して……」

 

「悪かったわよ、パルフェム。悪かったからスカート引っ張らないで」

 

「お姉ちゃん、ワタシも、怒ってる……」

 

完全に無表情で怒るカシオピイア。

 

「ふふん、アヤには全てお見通しなのだー!

ハンマーの打撃音から判断して、シリンダー内の弾は……もごもごもご!」

 

「あら大変、鼻血が出てるわよ~!?……余計なこと喋んな!」

 

アヤがあまり話して欲しくないことを話そうとしたから、

慌ててハンカチで口を押さえる。

 

「苦しいのであーる……鼻血なんて出てないのだ」

 

「あーごめん、鼻クソだったわ。さあ、帰りましょう!」

 

「里沙子お姉さま、今日は一緒に寝て下さいまし!」

 

「んー、それじゃあ、また耳に軟膏塗ってくんない?

今日の戦いでまた何発か撃って痛めちゃったのよ」

 

「もっちろん!パルフェムが優しく丁寧に塗って差し上げますわ!」

 

後ろから小さく袖を引っ張られる。あたしより背の高い妹が何か言いたげ。

 

「わかったわよ!パルフェムは左、カシオピイアは右お願いね!」

 

「……うん」

 

「なんだかアヤがハブられてる気がするのは気のせいなのか気になるので、あーる……」

 

空を見ると相変わらずメタトロン。彼のせいで今日は散々だったわ。

来るならもっとイエスさんみたいに穏やかに訪問して欲しいわ。

夕陽を浴びてホテルに帰ったあたし達だけど、連戦で疲れたあたし以外はみんな元気で、

人の部屋で騒ぎまくるもんだから、全然寝られなかった。はぁ。

 

 

 

翌日からは、あたしの出番は殆どなくて、

総領事館で総帥、皇帝、パルフェムが、3カ国共同体の細かいところを詰めていた。

一応あたしも出席したけど、もう口を出すことなんてなくて、

難しい話だけど、前向きに進んでることは理解できた。

 

議員から国民の支持率が急激に下降していることを踏まえ、

ヘールチェの退陣を求める声が出かけたけど、

国難の時に逃げだした議員を睨みつけて、黙らせた。

あたしの中では押しの弱い人、影が薄い人、と思ってたけど、

やっぱりやる時はやるみたい。

 

その日は、3カ国が互いの関税を大幅で引き下げることで合意し、お開きとなった。

帰ろうとすると、場内アナウンスで呼び出された。

何かしら。領事館前で集合ってことだけど。

駆け足で向かうと、3カ国首脳が待っていた。

 

「お待たせしてすみません!何のご用でしょうか!」

 

「おお、待ちかねたぞ。さぁ、里沙子嬢もこちらへ」

 

「あなたがいなくては話になりません。どうぞ一緒に」

 

「里沙子お姉さまもこっちへ!パルフェムと一緒に記念撮影ですわ!」

 

「記念撮影?」

 

前を向くと、大きな旧式カメラを用意した技師が、

スイッチを持ってタイミングを待っていた。

あたしはパルフェムの隣に着くと、じっと姿勢を正してシャッターチャンスを待った。

 

カシャッ

 

その一枚が、後世の歴史家にどのような観点で見られるのかはわからない。

ただ、あたしは自分の行動に何も後悔はしていない。それは事実よ。

 

 

 

今宵は、アヤの相手に忙しかった。皇帝陛下が新型ベルトを発動して、

ファイナルベントならぬ、“DEADLY CODE”発動時の様子を根掘り葉掘り聞かれた。

 

「ひゃっほーい!アヤのS.A.T.S Ver2.0は、

ここに完全成功したと言って過言ではなーい!」

 

「ベッドの上で跳ねないで!柔らかくても下の階に響くから!」

 

それからも、別の武装は正常に作動したかだの、着心地はどうかだの、

彼女の知的好奇心に散々付き合わされた。そんなことは本人に聞いて欲しい。

とっぷり夜も更けた頃、ようやくアヤは満足した様子で部屋から出ていった。

出てけ、さっさと。

 

……あん?勝手に閉まるタイプのドアが閉まらない。

あたしが目をやると、そこには綿棒を持ったパルフェムとカシオピイアが!

 

 

 

 

 

最後の日。あるいは最期の日。あたしはもうそんなことどうでもいいほど寝不足だった。

うつらうつらしながら、総領事館の大会議場で、調印式の始まりを待った。

 

[皆様、長らくお待たせしました。

これより、トライトン海域共栄圏設立の調印式を執り行いたいと思います]

 

トライトン。なるほどね。どの国も海に接してるから海の神様から名前を借りたのね。

大会議場演説台が取り払われ、横長のよく磨かれたテーブルが並ぶ。

そこには、皇帝、総帥、パルフェムが着席している。

少しだけ照明が暗くなると、ざわざわした雰囲気が静まる。いよいよね。

会場東側の扉から、係官がトレーに乗った条約章を持って入場してきた。

 

彼がまずヘールチェの前の条約章を置くと、彼女がそれに調印。

条約章を皇帝に回すと、黙って彼も調印。

それはヘールチェを通してパルフェムに回ると、彼女も歳相応の字で署名した。

 

[只今、ここにトライトン海域共栄圏が成立致しました。皆様拍手を願いします]

 

大会議場が拍手に包まれる。あたしもいつの間にか拍手してた。なんでかしらね。

鳴り止まない拍手。でも、そのうち拍手の中に、

異質な存在が交じっている事に皆が気づき始めて、少しずつ拍手は小さくなり、

ただひとりが手を叩くだけになった。

 

大会議場の入り口に、いつの間にか一人の男性が立っていた。

グレーのスーツに白髪の、眼鏡を掛けた男性。

彼が拍手をやめると、中央の3人に向かって歩き出した。

彼が皇帝達の前で止まると、優しい声で語りかけた。

 

『やあ。調子はどうだい』

 

「……その条約章が、我々の出した結論だ。貴方自身で確かめて欲しい。」

 

『失礼するよ』

 

彼は調印文書を丁寧に手に取ると、文言に指を滑らし、最後に3人の署名に目を通した。

そして人間体のメタトロンは何度もうなずき、労を労った。

 

『よく、頑張ったね。

君達が撒いた種が芽吹くのか、枯れてしまうのか、今はわからないけど、

この時代を君達に任せても大丈夫みたいだね。

ありがとう。僕の早まった結論を正してくれて。僕に希望を見せてくれて。

本当は、知っていたんだ。時を超えられる僕が、

この世界で何度も人同士で滅ぼし合う様を。

でも、異世界から来た不確定要素たる彼女によって、未来は書き換えられた。

ようやくわかった。人は自分を変えられる』

 

メタトロンの目から一筋の涙が見えたような気がしたんだけど、気のせいかしら。

とにかく彼が、両手を広げると、天から迎えが来るように、光が頭上から降り注ぐ。

 

『100年後に、また来るよ。今より更に素敵な世界になっていることを信じて。

それまで、戦車は預けておくよ。さようなら。さようなら……』

 

光に包まれ、議員達がどよめく中、スーツ姿の天使長は天に舞い上がった。

それは同時に、世界の危機が去ったことを意味していた。

皆、しばらく状況を受け入れられず、無言だったけど、やり遂げたことを理解すると、

周りの者と抱き合い、涙を流して喜びあった。あんたら何にもしてないけどね!

ついでに、あたしに抱きつこうとしたおっさんにグーパンしといた。

 

 

 

2日後。帰国の準備を終えたあたし達は、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号の停泊する埠頭に集まっていた。

出迎えにヘールチェや、多くの議員、大段幕を掲げた野次馬が集まっていた。

んー、今度は何書いてんだ~?

あたしがちょっとでもイラつくこと書いてたら、サイレンサー付きリボルバーで……

 

“平和をありがとう!”

“あなたたちの勇気に感謝と敬意を!”

“ゼッタイまた来てね!”

 

……ふん、現金なやつらめ。もっと褒めるが良い。あ、ヘールチェと皇帝が握手してる。

入国時と状況が似てるようで全然違うわね。

 

「ありがとうございました……

サラマンダラス帝国皇帝、そして桜都連合皇国の幼き姫よ。

この国のみならず、この世界全ての命を救って頂き、感謝してもしきれません。

当分は事後処理でお会いできないかと思いますが、

後日改めて表敬訪問並びにお礼に伺います」

 

「我が国のことは気を遣う必要はない。

むしろ世界の危機をいち早く知らせた、貴国の功績も決して無視はできない。

これからはトライトン海域共栄圏の発展のため、共に力を尽くそうではないか」

 

「皇帝陛下……はい、多くの国民の誤った選民意識の改革には、

長い年月が掛かるでしょうが、必ず成し遂げて見せます。100年後の子孫のために」

 

「はは、パルフェムは100年どころか、今帰っても総理の椅子は無いでしょうけど……」

 

自嘲気味に笑うパルフェム。ちっちゃい子がそんな顔するもんじゃないわよ。

 

「キサラギ首領、あなたには多くを手放す選択を強いてしまい、

お詫びのしようもありません……」

 

「でも構いませんの!里沙子お姉さまが妹にしてくれるって言ってましたから!」

 

と、思ったらパッと表情を変えるパルフェム。

お別れとかそういうの苦手っつーか面倒で、船首のへりで風を浴びてたあたしは、

とんでもない話に危うく海に落ちそうになった。

 

「ちょっとー!誰がそんなこと言ったの!家に泊めるって言っただけで!」

 

「波の音でちっとも聞こえませんわー!

そういうことですので、今後はパルフェム・マダラメとお呼び下さいませ!」

 

「あはは……」

 

「ハハ、彼女にかかっては里沙子嬢も型なしであるな!」

 

「話を聞きなさいよ!あたしは「間もなく出港でーす」うるさい!」

 

ラストシーンが海だから、

“ゼロの焦点”みたいな黄昏れたラストを一瞬でも期待したあたしが馬鹿だったわよ!

もういい、部屋戻って泣く。お家に帰るまで絶対出ないから、飯時以外は!

 

 

 

 

 

いろいろあったけど、魔国ともお別れなのだー。

政治のことはチンプンカンプンであーるが、

アヤの発明があれば上手く行くこと間違いなしなのだ!

……あ、皇帝からお預かりしたS.A.T.S Ver2.0の点検整備をしなければ!

部屋の鍵を開けると、アヤは、アヤは!?おおおお!

 

なんと!S.A.T.S Ver2.0のケースが紅く光っているではないかー!一体これは何ぞや!

急いで開けようとしたが、とんでもない熱さに思わず手を引っ込めてしまったー!

このままではアヤの最高傑作が~……あれ?紅い光はすぐに収まって、

それまでの熱さが嘘のように、元の鋼鉄製ケースのひんやりした感触が戻ったのだ。

 

すぐさま開けて中身の無事を確かめるー。よかった、異常は無いみたいなのだー!

むむっ?フロッピーが2枚飛び出ているのだ。壊れてないといいのであーるが……

手にとって確認するけど、アヤはこんなフロッピー作った覚えはないのだ。

 

[CHARIOT CODE]

[DEADLY CODE - the SUN]

 

 


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