面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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1.幽霊船 2.婚約者?
1.鋼鉄の咆哮シリーズの続編、いつまでも待ってるわ。できればガンナー希望。


「あー……」

 

魔国で世界滅亡の危機を乗り越えたあたしは、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号の自室で、ぼんやりと天井を見ながら、何も考えず、

ベッドにへばりつくように横たわっていた。

本来面倒くさがりなのに、いろんなことがありすぎて、もう何もする気が起きない。

今思うと、あたしも何で必死になってたのかしら。数日前の記憶がもうあやふや。

もーいい。マンマごはんたべさせてー。

 

小さくつぶやいても、要介護度3辺りの寝たきり老人のようなうわ言を漏らしても、

ただ疲れに蝕まれるあたしを介護してくれる人は誰もいない。

海を進む戦艦に、ゆりかごのように揺られて、眠りに落ちようとした、んだけど。

 

ドゴン!と、腹に響く重い爆音と揺れに叩き起こされた。

やめてよ!心臓が飛び出るかと思ったじゃない!

うっかり南海トラフ地震が来たのかと思ったわ。

 

そう言えば、阪神大震災の時も夜中っていうか明け方で真っ暗だったから、

てっきり親父の気が狂って、両肩を掴んで上下に揺さぶられてるのかと思ったもんよ。

ん、年齢と時期が合わない?この企画は時空がねじ曲がってるからいいのよ。

壁に固定されてるランプを点ける。

 

揺れでトランクが隅っこに放り出されて、中身が散らばってたけど、ガンベルトは無事。

とにかく銃を装備して、サイレントボックスを唱えて、

ピースメーカー片手に部屋を飛び出す。

 

甲板に出ると、既に皇帝陛下が到着してて、

ダイヤモンドの装飾が光る剣の柄に向かって、

何者かと通信、というより怒鳴り合っていた。

 

「一体何の真似だ、ガリアノヴァ!!」

 

“お前らが止まってくれねえから、仕方なく発砲せざるを得なかったんだよ!ガハハ!”

 

「貴様と話すことなどない!

帝国に帰還したら、我が艦隊が総力を挙げて貴様らを海の藻屑にしてくれる!」

 

“おお怖い怖い、

確かてめえらは八紘一宇とかいうモンで、世界平和をおっ始めたんじゃなかったのか?

マグバリスだけ除け者にするってことは、

いきなり神さんに嘘つくってことになるんじゃねえのか、ん?”

 

「奴隷貿易や薬物密売の国際犯罪を繰り返す野蛮人を放置しておく方が、

余程平和に対する罪だ!とにかく貴様を相手にしている暇はない!」

 

“おいおい、何急いでんだよ。ちょっとくらい遊んでくれてもいいだろうが、

こんな風によう!”

 

一旦そこで通信が途切れる。その間を見計らって、皇帝に駆け寄る。

 

「皇帝陛下、一体何が起こっているのですか!?」

 

「マグバリスの大帝ガリアノヴァが攻撃を仕掛けてきた。

戦艦を引き連れて待ち伏せしていたらしい!」

 

「あの、マグバリスとは?」

 

「犯罪行為で国益を得ている厄介な発展途上国だ!

里沙子嬢、とにかくアヤからベルトを受け取ってきてくれ!

我輩はここで指揮を執り、奴らの攻撃を回避しつつ、全力で魔国領海から離脱する!」

 

「はい、今すぐ!」

 

今でもパニクってるあたしは、ひたすらアヤの船室を目指し、何度もドアをノックした。

 

「アヤ、大丈夫!?ベルトを貸してちょうだい!皇帝陛下に必要なの!」

 

ドアが開く。アヤも混乱気味で飛び出してきて、頭がボサボサ。

だけどベルトのケースだけはしっかり抱えていた。

 

「はわわわ!これがベルトであーるよ!

一体何が起こったのかアヤにはわからないのだー!」

 

「マグバリスっていう北朝鮮みたいな国が攻撃してきたのよ!

あなたは船内に隠れてて!」

 

「かたじけのうござる!アヤはここで作成中の我が子を守っているのだー!」

 

彼女を船内に避難させると、急いで甲板に戻ると、その瞬間、皇帝の大声が飛んできた。

 

「伏せろ!敵の砲弾だ!」

 

考える前に身を伏せると、頭上を無数の砲弾が通り過ぎて行った。

操舵手が舵を切って回避行動を取るけど、一発が後ろのミズンマストに命中、

柱にダメージ。全速前進を続けると、帆が受ける風圧に耐えきれず、

最悪折れかねないから、やむを得ず水兵が一枚帆を畳んだ。

あたしは素早く皇帝に駆け寄り、ベルトのケースを渡した。

 

「皇帝陛下、これを!」

 

「おお、済まぬ!」

 

皇帝は早速ケースからベルトを取り出し、装備。そして宣言。

 

「変身!」

 

仮面ライダーフォートレスに変身した皇帝だけど、残念ながら空は飛べないし、

海にドボンしたら永遠にさよならすると思うから、ゆっくり行動していってね!

皇帝はフロッピーディスクをドロー。ドライブに装填。

 

[ATTACK CODE]

 

システム音声と共に、皇帝の右腕に魔術装甲専用銃・バトルクーガーMK48が収まる。

彼がバトルクーガーを構える。あたしはその時になってようやく、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号を追いかけてくる敵艦隊の姿を見た。

戦艦が3隻、巡洋艦クラスが……4隻かしら。あと、小型の奇妙な船がたくさん。

 

「耳を閉じておれ!」

 

あたしが両手を耳に当てると同時に、皇帝の銃が火を吹いた。

音速を突破した銃弾は、先頭の戦艦艦首に据え付けられた連装砲を貫通、

直後に爆発した。すると、また敵艦から通信。

 

“ハッハァ!やるじゃねえか!サラマンダラスの王様に、全門斉射で乾杯だ!”

 

戦艦や巡洋艦が艦首に装備した砲を発射してきた。皇帝が総員に司令。

 

「全員、何かに捕まって伏せろ!」

 

その一瞬後に、敵のカロネード砲弾が左舷に命中、激しく船体を揺さぶる。

あたしは舷側に捕まってなんとか耐えたけど、後ちょっとで吹っ飛ばされそうだった。

重装甲の皇帝すら、足を取られそうになった。

……どうでもいいけど、何か寒気がするのはなぜかしら。

青い空で太陽があたし達を照らしてるのに。

 

「いい加減にしろガリアノヴァ!このままではお前達も死ぬのだぞ!」

 

“皇帝陛下様が命乞いか?だがな、そういうときはもう少し下手に出るもんだぜ。

じゃないと、こんなものが飛んでくることになるんだよォ……”

 

通信が終わると同時に、小さな船が多数、

敵艦隊を離れて小柄な船体を活かしてハイスピードで迫ってきた。

 

「あれは……火船です!」

 

「迎撃するぞ!手を貸してくれ!」

 

火船ってのは、火薬を満載して敵にぶつける小型の船よ。

魚雷の先祖と言ってもいいかもね。

ただ、装甲は殆どゼロだから、狙いが正確なら迎撃は簡単。

 

「陛下、わたくしの耳は気になさらず、狙撃に集中してください!

しばらく魔法で体全体を無音状態にします!」

 

腹をくくったあたしは、サイレントボックスをかけ直す。

激しい戦いの中、あたし一人が音のない世界に包まれる。

あたしはピースメーカーを構えると、うようよ近づいてくる小舟に山積みされている、

赤い樽を狙い撃つ。弾丸が命中すると、火船が大爆発を起こした。

 

隣では皇帝がバトルクーガーが同じく火船を迎撃している。やっぱり変ね。

いくら数で差を付けられてると言っても、こっちだって戦艦なんだから、

何か武装で反撃すればいいのに。時間稼ぎはできると思うんだけど。

ああ、それにしても寒い!海ってこんなに寒いものなのかしら。

 

今は会話すらできないし、火船の迎撃で忙しいから、その疑問は置いときましょう。

皇帝は考えなしの行動を取る人じゃない。今は眼の前の敵に集中!

あまり火船との距離はないと思った方がいいわ。爆発でこの艦まで損傷を受ける。

実際爆風が艦を揺らしてる。

 

まず6発を撃ち尽くし、リロード開始。

ローディングゲートを開け、人差し指で素早く排莢、そして一発ずつ急いでリロード。

言っとくけど、この作業結構辛いのよ。

発射薬の爆発で熱を持ったシリンダーを回しながら、

火傷するほど熱い空薬莢を排出するんだから。熱い。手袋買おうかしら。

とにかくリロード完了。再び火船の迎撃に移る。

 

皇帝がリロード中に標的を減らしてくれたから、火船の数も減ってきてる。

その時、また通信が入ったらしく、アーマーの通信機で何か話してる。

会話の内容が気になったあたしは、サイレントボックスを掛け直して、

手元に効果を限定。二人の会話が聞こえてきた。

 

“降参するなら今のうちだぜ、皇帝さんよ!”

 

「何度言えばわかる!

貴様も我々も一刻も早くこの海域を離れなければ、どうなるのかわからんのだぞ!」

 

“あーあー、悪あがきも聞き飽きたぜ。とりあえず、こっちの要求だ。

マグバリスもなんとか共栄圏に入れろや。

確かそこじゃあ、お互い経済発展について協力するんだよな?

当然貧乏な俺達にも、資金援助や技術協力やってくれんだろうな。嫌とは言わせねえ。

それがお前らのぶち上げた理想なんだからな。……あと”

 

「あと、何だ!……操舵手!速度を緩めるな!もうじき魔国の領海を抜ける!」

 

“知ってるぜ。皇国のチビ助も乗ってるんだろう?そいつ渡せ。

アイツのせいで俺の国沖合で10時間も泳ぐ羽目になったんだからよう!”

 

「慈悲の心でこの言葉を送る。バカも休み休み言え。

貴様ら蛮族が皇国に戦で勝てるとでも思っているのか?

お前が鋼鉄の戦艦に殴られて泣いて帰る様が目に浮かぶ」

 

“……てめえ、死にてえのかよ!もう遊びは飽きたぜ。全艦、全武装再装填。

目標の……なんだ、うるせえな!何、なんだありゃ!魔国の援軍か!?”

 

冷たい風の吹き荒ぶ中、皇帝に尋ねる。

敵艦隊の向こう側でなにやら戦闘が起こっている。

あら?いつの間にか雲ひとつなかった青空が、暗い雲に覆われてるんだけど。

 

「魔国の空撃部隊でしょうか」

 

「違う……!魔国はまだ混乱が収まりきっておらず、軍を動かす余力がない。

間に合わなかったか!」

 

「どういうことですか?」

 

皇帝が答えようとしたその時、艦の見張員が叫んだ。

 

《超巨大幽霊戦艦、ジャックポット・エレジー出現!》

 

ジャックポット・エレジー!?確か、魔国の駐在所で見た、幽霊船の賞金首!

賞金額がとんでもないことになってたから、まともに戦うと……厳しいわね。

敵艦隊後方に展開している巡洋艦が、何者かの攻撃により粉砕され、轟沈していく。

 

マグバリスの艦隊が次々と粉砕され、強引に前進してくる正体不明の何か。

まだ先頭の戦艦が邪魔で見えないけど、

まるで塔のように高く青白いオーラが立ち上っているのは確認できた。

 

“全艦、回頭!幽霊船に総攻撃!”

 

すると、あたし達を狙っていたマグバリス艦隊が、

幽霊船に向けてUターンし、戦闘を開始した。

でも、敵主砲の直撃を受けた巡洋艦が、轟沈。

粉々に砕けて空を残骸が空を舞う姿は、沈没したというより、

単純に破壊されたとしか表現のしようがない。

 

“撃て、撃て撃て!”

 

皇帝の通信媒体から、マグバリス艦隊の混乱と悲鳴が聞こえてくる。

ようやくあたし達にもその姿が見えてきた。

両舷に備えられた無数のカロネード砲を全門発射し、

砲弾は人魂のように青い尾を引いて、巡洋艦に命中。全艦を粉砕。

ジャックポット・エレジーは残る戦艦にも容赦なく襲いかかる。

 

艦首に搭載された三連装三基の主砲が一斉発射され、

今度は人魂ではなく、青白いエネルギーの束を放った。

9本のレーザーを食らった戦艦の一隻が、跡形もなく燃え尽きた。

もう完全にその姿が見える。クイーン・オブ・ヴィクトリー号を上回る巨大な船体。

 

両舷には60門ずつのカロネード砲。後甲板にも副砲らしき連装砲二基。

高い帆が3本立ってるけど、よく見ると風を受けていない。

その巨体を突き進ませているのは、怨念。

新たな仲間を求める殺意のままに、ただ目につく船をひたすら沈め続けているのだ。

 

「皇帝陛下、後ろの連中が囮になっている間に撤退しましょう!」

 

「……無理だ、奴の速度は我が艦より遥かに上だ。

ただでさえマストにダメージを受けている。マグバリスを始末したら、

今度は我々を追いかけてくるだろう」

 

「陛下はこのことを!?」

 

「うむ、出港の際、シャープリンカー女史から警告を受けていた。

曇りの日は幽霊船が出没するため、晴れているうちに全速力で領海を離れるようにと!」

 

あたし達が話していると、また爆音が。

戦艦が真正面からレーザー砲を食らい、消滅した。

 

“助けてくれぇ!殺される!”

 

「お前など要らん。我々は幽霊船の対処について協議中だ。自慢の砲を食らわせてやれ」

 

“頼むよ、バカみてえに固くて何も効かねえんだ!”

 

「幽霊船のスペックが少しでもわかったことは収穫ですわね」

 

“そっちに泳いでいくから、引き上げてくれ、頼む!”

 

「モタモタとお前に構っていたら2隻仲良く轟沈だ。さらばだ」

 

“そんな!?もうお前らには手を出さねえから!後生だ!頼む……”

 

次の瞬間、幽霊船の主砲が光り、

輪郭が揺らめく炎のように燃え上がるレーザー砲が放たれた。

 

“ギャアアアーーーーッ!!”

 

ガリアノヴァの悲鳴と共に、敵艦隊旗艦が凄まじい衝撃波で、

舳先から見えない壁に激突するように、散り散りに粉砕されていく。

砕かれた破片が、熱エネルギーで燃え尽きていく。

 

「無法者の末路か……だが、次は」

 

そう、あたし達。ジャックポット・エレジーはガリアノヴァ艦隊を殲滅すると、

しばらく動こうとはしなかった。

 

カラン…カラン……

 

ただ悲しげな鐘の音を響かせながら、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号の後方500mで停止している。

ひょっとしてチャンスかも?

 

「陛下、どうしますか?動いていない今なら逃げられる可能性が」

 

「無理だ。奴は今、ガリアノヴァ艦隊の乗組員の魂を取り込んでいるだけだ。

間もなく動き出すぞ」

 

皇帝の言った通り、幽霊船は1分も経たないうちに、

聞く者の不安を掻き立てる不気味な汽笛を上げ、こちらに向かって進み始めた。

即座に皇帝が指示を飛ばす。

 

「全ての帆を張れ!折れても構わん!」

 

《アイアイサー!!》

 

ダメージを受けたミズンマストを含め、全てのマストをフル稼働して、

限界まで風を受ける。

ギシギシとミズンマストが悲鳴を上げるけど、皇帝は次の命令を下す。

 

「面舵一杯!奴の正面に立つな!何としても後ろを取れ!」

 

《おもかーじ、いっぱーい!》

 

戦艦の巨体が海面に大きな弧を描いて、

ジャックポット・エレジーの背後に回ろうとするけど、

動き出した敵が徐々にスピードを上げ、なかなか後ろを見せない。

もっとも、後ろが無防備だなんて保証もないんだけど!

しかも、そこにたどり着くまでには試練が待ち受けてる。

60門のカロネード砲を備えた奴の横腹の前を横切らなきゃならない。

 

《右舷に発射反応!攻撃、来ます!》

 

「総員、対衝撃姿勢を取れ!」

 

ジャックポット・エレジーの右舷カロネード砲60門に、

人魂のような青白い炎が一斉に現れた。

あたしもまた適当な出っ張りに掴まって衝撃に備える。

そして、全速前進を続けたままのクイーン・オブ・ヴィクトリー号に、

60発の砲弾が放たれた。

 

着弾までじっとしてたわけじゃないから、全弾食らってはいないけど、

10発程度が右舷に命中。大爆発を起こした。あちこちで悲鳴が聞こえる。

いや、よく聞くと乗組員だけじゃない。炸裂した砲弾から、

ジャックポット・エレジーを構成する怨念が心に滑り込んでくる。

 

【次こそ、次こそ宝の島に違いないんだ……】

【キャリー、ボビー、父ちゃん宝島を見つけたぞ!また一緒に……】

【ちくしょう、何でこんなところに来ちまったんだ……】

【父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。本艦は間もなく沈没……】

 

《俺達も、ここで死ぬのか……?》

《あんな化物勝てっこない!》

 

良くない傾向ね。死んでいった船乗りの怨念に当てられて、船員の士気まで下がってる。

あたしは銃をM100に持ち替えて、早口で強装弾の魔法を掛ける。

奴のカロネード砲を狙って、トリガーを引き、45-70ガバメント弾を放った。

 

揺れる船上で狙いを着けるのに少し手間取ったけど、的がデカいから見事に命中。

1門の砲に飛び込んで、内部で炸裂。

致命傷を与えたらしく、1門だけとは言え、霊体の砲がかき消えた。

たった1門。だけどこれが効いたらしく、弱気になっていた船員の士気が戻った。

 

「みんな見て!拳銃でも砲が潰せたのよ!諦めないで!」

 

《よーし……俺達もやってやる!残った砲はいくつだ!》

《食らったのは右舷!まだ22門生きてる!》

《全部装填済みだ、いつでも撃てる!》

 

「里沙子嬢、礼を言う。……右舷、目標巨大幽霊戦艦、全砲門、放て!」

 

皇帝の号令とともに、こちらの舷側からカロネード砲が一斉発射され、

22発の砲弾がジャックポット・エレジーに飛びかかった。

ほぼ全ての砲弾が命中、爆発し、60門の砲を約半分にまで減らした。

同時に、ほんの数秒敵艦のスピードを減少させ、

舷側の砲の射程圏内から抜け出すことに成功。

 

問題は艦尾の副砲。

ぴったり後ろに張り付けば大丈夫だってことは、皇帝もわかってると思うけど、

やっぱりスピードの差が歴然。操舵手の操艦でなんとか後ろを取ってるけど、

これ以上引き離されたら、副砲の餌食になる。とっとと沈めなきゃ。

いつの間にか雲の黒が濃くなり、嵐の中での戦いになっていた。

 

今度は皇帝の指示で、甲板前方の250mm連装砲が吠える。

至近距離で砲弾がジャックポット・エレジーの艦尾に命中する……

だけど、確かにとんでもない硬さだわね!装甲の表面が剥げた程度。

弾薬庫の砲弾全部浴びせても、こいつを倒すのは無理そう。

 

うねうねと自由に海を駆ける敵艦の後ろのポジションを取り続けるのは難しい。

操舵手のコントロールが一瞬乱れ、敵艦の船体から離れてしまった。

つまり、副砲の射線上に入ったってこと。連装砲二基にエネルギーが収束する。

甲板上にいた全員が死を覚悟する。

 

[DEFENSE CODE]

 

そのシステム音声が聞こえると、大きな盾を構えた巨大な影があたし達の前に立ち、

ジャックポット・エレジーが副砲のレーザー砲を発射。同時だった。

皇帝が砲撃を受け止めた。いや、受けきれていない。

盾を完全に焼き消され、重装甲のアーマーも大破し、後ろにふっ飛ばされた。

 

「ぐああああっ!!」

 

「皇帝!?どうしてこんな無茶を!」

 

「……ぐっ、艦が沈めばどの道死ぬ。より生存率の高い行動に出たまでだ」

 

「あなたが死ねば国はどうなるのですか!

そもそも、一度攻撃を凌いだだけではどうにも……」

 

「ふっ、なるものだよ……」

 

その時皇帝が、かろうじて生きていたフロッピーディスクホルダーに手をかざし、

1枚のフロッピーを取り出した。

タロットの“戦車”を思わせるイラストがラベルに描かれている。

 

「それは!?」

 

彼は何も答えずドライブに装填。

 

[CHARIOT CODE]

 

“戦車”の力を得たフロッピーのデータがバックル部分に送り込まれると、

皇帝のアーマーが炎のようなオーラに包まれ、あたしも思わず後ろに下がる。

彼を包む炎は眩しく光り、何者も寄せ付けない。

そのオーラが静まり、あたしの視界が戻ると、思いもよらない物を見た。

 

皇帝陛下が、更に変身を果たし、新しいライダーに変貌していた。

ボロボロになった装甲が完全に修復され、一回り大きくなった。

特にショルダーガードと脚部ユニットが大型化されている。

カラーがメタトロンを思わせる白になり、

その姿はまさに、人間サイズになった天使長そのものだった。

 

新形態のライダーは起き上がると、ドシンドシンと大きな足音を立てながら甲板を歩き、

黙ってフロッピーホルダーから一枚フロッピーをドロー。ドライブに装填した。

 

[ATTACK CODE]

 

バックルがコードを読み込むと、

彼の右手に巨大な銃、新式バトルクーガーMK48が現れた。

身長の半分はあろうかというほど銃身が大型化し、100発は入る長いマガジンが特徴。

命中精度も威力も飛躍的に上昇している。

 

強化された魔術装甲専用銃を手にすると、今度は両方の脚部ユニットの足が光りだし、

その重量のあるボディを持ち上げた。

低高度のホバー移動が可能になった仮面ライダーフォートレスが、

ふわりと空を舞い、ジャックポット・エレジーに接近。

バトルクーガーを構え、ヘッドギアのサーチアイが照準を定める。

あたしはとっさに耳を閉じる。

 

「そこだ!」

 

バトルクーガーの銃口から、燃える衝撃波と小口径砲クラスの銃弾が吹き出した。

皇帝に狙いを変え、砲身を空に向けようとしていた副砲二基に命中。

弾丸は砲塔を貫通し、内部で爆発し、敵艦の後甲板武装を無力化した。

そのまま皇帝は、甲板に着地。フロッピーをドロー。ドライブに装填。

 

[DEADLY CODE – the SUN]

 

皇帝が“太陽”のフロッピーをドロー、装填。最後の時が訪れる。

コードが発動すると、次元を超えて、

人間が側に近づけるほどの大きさになった太陽戦車が、彼の側に降り立ち、

光を放って融合を始めた。時間にしてほんの一瞬だったけど、次の瞬間には、

燃えるたてがみの4頭の馬が、ライダー用の側車付き大型バイクに変身していた。

 

「……はっ!」

 

バイクに飛び乗ると、皇帝はエンジンを唸らせ甲板から飛び出し、

空飛ぶ太陽戦車の力で、海面の上を疾走する。

危機を察知したジャックポット・エレジーが、

60門砲で皇帝の駆るバイクに無数の砲弾を浴びせるけど、

彼のバイクは桁外れの加速力で、着弾までに散布界から抜け出していた。

 

「往くぞ!」

 

攻撃をくぐりぬけた皇帝は、そのまま海の彼方へ走り去り、

あたし達が目視できない位置で引き返した。

そしてギアを最速にし、フルスピードでジャックポット・エレジーに向けて突進。

アクセルを限界まで吹かし、急加速を続け、やがて音速を突破。

 

ついには大気との摩擦で全体が燃え上がり、

それでも温度上昇はとまらず、ひとつの小型太陽と化す。

再びヘッドギアのサーチアイが目標を捉える。狙うはジャックポット・エレジー艦首。

 

「うおおお!!」

 

海を焼く巨大なバイクは、

運動エネルギーと、その身にまとった全てを焼き尽くす炎で、敵艦に激突した。

皇帝の太陽戦車は超大型幽霊戦艦に真正面から突っ込み、装甲を貫通し、

一気に艦尾まで飛び出し、内部を食い破り燃え上がらせた。

 

チャリオット形態のDEADLY CODE、

チャージ・オブ・バーニングサン(アヤが命名。皇帝は勝手に〈略)で、

致命傷を受けたジャックポット・エレジーに最期の時が訪れる。

既に形を保つのも困難な損傷を受けた幽霊船は、崩れゆきながら、

輝く人の姿を天に舞い上げる。多分、悲劇的な最期を遂げた船乗り達の魂だと思う。

 

【うああ……助けてくれ、助けてくれ……】

 

スキンヘッドの男は天に召されることなく、

最後まで海でもがきながら、最後まで助けを求めながら、やがて力尽きて沈んでいった。

見たことはないけど、最初にあたし達を襲ってきた艦隊のリーダーね、きっと。

 

皇帝の戦いを見ていることしかできなかったあたし達は、

いつの間にか天気が元の快晴に戻っていることに気づいた。

悲しい霊が形を成した、ジャックポット・エレジーの呪いから解き放たれ、

穏やかな潮風が再びクイーン・オブ・ヴィクトリー号をゆっくりと運んでいく。

 

あたし達が安堵していると、皇帝が甲板に戻ってきた。

彼が変身を解くと、海上に待機させていたバイクが、

再び元の4頭立ての太陽戦車に戻り、空を駆けて在るべき世界に戻っていった。

 

「うむ。神の戦車の力は凄まじいものがある」

 

「皇帝陛下、お怪我はありませんでしたか?」

 

「気遣いは無用である。二度目の変身を果たした時、痛めていた身体が完全に回復した。

まさしく、神のご加護であろう。むしろ里沙子嬢、心配すべきは貴女の方である。

すっかりずぶ濡れであるぞ。風邪を引く前に着替えるがよい」

 

「……あら、いやですわ。みっともないところを」

 

なんか動きにくいと思ったら、嵐や大時化で服がびしょびしょで身体に張り付いてる。

濃い色の服だからよかったけど、白のブラウスだったら色々見えてたところだったわ。

別に気にするほど御大層なもんじゃないけど。

 

「一旦失礼致します。

わたくしは特に負傷しておりませんので、服だけ着替えて参ります」

 

「済まぬ。我輩は人員や船体の被害状況を確認しなければならん。

……各班のリーダーは点呼を取れ!」

 

あたしは、水兵達の力強い返事を聞きながら、自分の船室へ戻った。

すぐに濡れた服を脱いで、バスタオルで身体を拭いて替えの服に着替える。

でも、まだ足が気持ち悪い。靴って服より乾きにくいのよね。

これで歩き回るの、なんだかやだわ。

 

う~ん、別に皇帝に連絡事項もないし、このまま休ませてもらいましょう。

ベッドに入ると、乾いた服の心地よさと、溜まった疲れですぐ眠ってしまった。

 

 

 

 

 

そして、クイーン・オブ・ヴィクトリー号は、予定より大幅に遅れたものの、

サラマンダラス帝国、ホワイトデゼール領の港に無事到着した。

航海が長引いて、食糧不足の心配が出てきたタイミングでの帰国だったから、

ギリギリセーフね。

 

査察団は、迎えの馬車に乗り込んで、一度帝都に向かう。

あたし達は行きと同じメンバーで馬車に揺られている。

当然黙っているのはカシオピイアくらいのもので。

 

「リサ、リサ、新型S.A.T.S Ver2.0について詳しく教えて欲しいのだー!

この目で仮面ライダーフォートレスを見たのは一度だけであーる!

いつも間近で見てるリサが羨ましいのだー!」

 

「しょうがないじゃない。あたしが使う使わない決めてるわけじゃないんだから。

えーと、こないだの新型はね……」

 

「ほうほう!」

 

あたしはアヤに更に強固になったアーマーやら、新しい必殺技を始めとして、

その他細々した点を、彼女の気が済むまで説明させられた。

 

「……まあ、こんなところよ。Ver3.0にでもすれば良いんじゃない?」

 

「わああ……まさか神秘の力と機械技術が奇跡の融合!

アヤも皇帝と戦えるよう、剣を習得すべきなのか思案のしどころで、あーる!」

 

「将軍に稽古でも付けてもらったら?」

 

それでパルフェムがこれ以上我慢してるはずもなく。

 

「機械オタクばっかりずるいですわ!

里沙子お姉さま、パルフェムともお喋りしましょうよ!」

 

「わかってる。わかってるけど、機械オタク呼ばわりはやめてあげなさい。

アヤのおかげで助かったこともあるんだから」

 

「むー、わかりましたー。今度会う時までに呼び名を考えておきます~」

 

「普通にアヤさんでいいんじゃない?」

 

「普通じゃつまらなくてよ。それじゃあさっそく、パルフェムの髪を梳いてください!

久しぶりにお姉さまの手で!」

 

「はいはい、こっちいらっしゃいな」

 

パルフェムを膝に座らせて、彼女の髪に櫛を滑らせる。

気持ちよさそうにあたしに身を預けてる。

もし今、彼女のツインテールを全力で真横に引っ張ったら、

彼女との関係はどうなってしまうのかしら。

あたし、時々気がついたらそんな破滅的な想像をしてることがあるの。

 

幸いそんな潜在的破壊願望を実行に移すことなく、

いつの間にかパルフェムはあたしの上で寝てしまった。

頭皮を櫛で刺激されて気持ちよくなったのかしらね。

そんなあたし達を、ほんの少しだけ眉をハの字にして見つめるカシオピイア。

 

「わかってるわよ。後であなたもやったげるから」

 

「うん。お姉ちゃんは、ワタシの、お姉ちゃんだから」

 

「15の娘に対抗意識燃やすんじゃないわよ、みっともない」

 

それから、往路と同じくサラマンダラス要塞で一度降りて一泊。

トライトン海域共栄圏成立を記念して、軍楽隊の演奏があたし達を出迎えた。

勇ましいマーチに迎えられながら考える。

正直、この構想が上手くいくかはまだ不透明だと思う。

 

メタトロンをなだめるための、その場しのぎだったって言うやつもいるだろうし、

それもあながち間違いじゃない。

多くの反対意見を半ば無視した、急ごしらえの協定なのは事実なんだし。

あたしの膝で寝息を立てるこの娘は特にそう。

多数の議員で構成される政党の賛否を問わず勝手に決めちゃったんだから、

今後の立場は決して望ましくない。

 

あと、皇帝の鶴の一声で参加が決まったけど、サラマンダラス帝国だって例外じゃない。

内心不満を抱いている幹部は多いだろうし、共存共栄は決まったけど、

具体的に何をどうしていくかは、今後の国同士の判断に委ねるしか無い。

 

つまり、あたしにできることはもうないってこと。

二人に両側から耳に綿棒突っ込まれてる、今のあたしにはね。

 

翌日、査察団は解散され、それぞれの故郷への馬車に乗る。

その前に解散式として皇帝から一言。演説台に立った皇帝が、皆を見回して言葉を紡ぐ。

 

「諸君、幾多の困難を乗り越え、よく任務を全うしてくれた。

一人も欠けることなく、こうして帰還できたことを嬉しく思う。

神界塔の調査のみならず、

トライトン海域共栄圏の構築という大事を成すことができたのは、

ひとえに諸君の尽力あってのことである。我輩は諸君の勇気と力に敬意を表す。

平和を誓うことは容易い。それを守り続けられるかどうかで人は試される。

今後、サラマンダラス帝国は難しい局面に入るだろうが、

諸君が我が国の誇りであることに変わりはない。

他国での任務、長期に渡る航海。疲労も溜まっているだろう。

皆、故郷に戻り、ゆっくりとその身を休めて欲しい。本当に、感謝している。

我輩からは以上だ」

 

皇帝が演説台から下りると、査察団や周囲の兵士から拍手が湧き上がる。

さあ、帰りましょう。あたし達の田舎町に。

馬車に乗り込んで、再び同じメンツでハッピーマイルズを目指す。

半日馬車に揺られて、辺りが真っ暗になった頃、ハッピーマイルズ軍事基地に到着。

まず、先に降りた将軍とアヤにお別れ。

 

「此度も貴女に世話になったな。貴女が提唱した共栄圏は長く歴史に残ることだろう」

 

「わたくしは過去の反省を、未来の平和に活かしたかっただけです。

将軍もゆっくりお休み下さい」

 

アヤがバツの悪そうな様子で近づいてきた。

 

「リサ。アヤは仕事がたくさんあったり、人に言っちゃいけない研究もしてるから、

これからはあんまり会えないのだ……」

 

あたしは指を顎に当てて少し考える。

 

「……ねえ?マリーの店でスマホ買い占めたの、あなたでしょ」

 

「あわわ!どうしてそれを?」

 

「あんなの欲しがるやつなんて、

変身システム知ってる、あたしかあなたしかいないでしょ。

それでちょっと提案があるんだけど」

 

「提案?」

 

「毎週うちのシスターが日曜ミサ開くから、イラつき回避のために、

午前中街で時間潰してるんだけど、マリーの店待ち合わせ場所にして日曜に遊ばない?」

 

「えっ、いいのであーるか!?リサはミサに参加しなくても」

 

「あたしが家主だからどう動こうと勝手なのよ。それでどう?」

 

「行く!流石に日曜はアヤもお休みなのだ!」

 

「決まりね。次の日曜会いましょう。おやすみなさい」

 

「おやすみなのだー!」

 

馬車が出ると、大きく手を振る彼女に、窓から手を振り返しながら、

あたし達の家、ハッピーマイルズ教会に向かった。

馬車なら市街から教会まで10分足らず。明かりの点いている建物。

要するにあたしの家に到着。

 

馬車から降りた瞬間、ホッとした空気が胸に湧き上がり、緊張がゆるむ。

旅行から帰る度に感じるあの感覚。

よくオジサンオバサンが“やっぱり家が一番だ~”って言ってるけど、

だったら最初から家でゴロゴロしてればいいと思う。

さて、この娘をどうしようかしら。ニコニコしながらあたしを見てる。

 

「里沙子お姉さま、中に入りましょう!」

 

「だーめ。例えクビ確定でも、国会には顔出していらっしゃい。

不信任決議食らっても、あなたが信じた平和を議員連中に叩きつけてくるの。

そしたら何日でもいていいから」

 

「むぅ~パルフェムあんまり乗り気じゃなかったのですけど……

里沙子お姉さまと暮らせるなら、行ってきますわ」

 

パルフェムが帯から抜いた扇子を広げ、久々に一句読む。

 

──夏至の風 我を運ばん 故郷へ 

 

詠み終えると、彼女の身体を緑の光が包み込む、

 

「発動が遅いですわ。今ひとつの出来でしたわね。

それではお姉さま、しばらくお別れですわ。さようなら~」

 

徐々に彼女の身体が透明になり、一陣の風が吹くと、彼女の姿は消えてなくなった。

もうやることはないわね。

 

「ありがとう。ここでいいわ。ご苦労さま……じゃあ、行きましょうか。カシオピイア」

 

「うん」

 

御者さんを見送ると、教会に向かって歩き出す。

鍵を開けてドアを開くと、待ちかねたようにジョゼットが走ってきた。

この教会最初の住人。大人しそうで暴走癖のある困ったシスター。

一体どうしてこいつの顔を見たら安心するのかしらね。

 

「おかえりなさい!」

 

心の中で苦笑いしつつ、あたしも返事をする。

 

「……ただいま」

 

 


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