面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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2.あ、出来れば魔神転生Ⅱリメイクも…

ふぅ、やっと休暇中の業務引き継ぎ書類ができあがりました。

わたしはしばらく旅に出ます。

“わたし”と言っても、誰も覚えてなんかいないんでしょうけど。

とにかくわたしは、椅子から立ち上がると、領主様の前に立ち、

有給休暇申請書を提出します。

 

「領主様、以前からお伝えしていた長期休暇の書類です。承認をお願いします」

 

「よろしい。んっ!これは……う~ん、海外旅行にでも行くのかね?」

 

「いいえ。国内の知り合いに会いに行こうかと」

 

「そうか……まあ、いつも働き詰めの君だ。ゆっくりしてくると良い。

署名捺印して……うむ、承認したよ」

 

「ありがとうございます」

 

ボーン…ボーン…

 

振り子時計が定時を針と音で示しました。

今日は昼休み返上で仕事を片付けたので、これで帰ろうと思います。

 

「領主様、本日はこれで失礼致します。お疲れ様でした」

 

「うむ。気をつけて帰りたまえ」

 

わたしは執務室から退室すると、出入り口のある1階へ続く階段へ向かいました。

その間にも心に浮かぶのは愛しい人。鞄から新聞を取り出し、一面を眺めます。

各国首脳に交じって写真に写るあの方。

噂で、新聞で、あの方の活躍を知る度、心は踊るばかりです。

 

知らないうちにまた助けられていた……

謎の存在からの思念を受け取ったときは驚きましたが、

またあの方がやってくれたのですね。ぎゅっと新聞を抱きしめます。

魔王との戦いの時、不思議な能力でわたしを助けてくれた凛々しい人。

あの両腕で抱きしめられた背中の感触が今でも忘れられません。

 

気になる人から、尊敬する人、憧れの人、そして……

きっとこの想いは、あの方にとって迷惑でしかないでしょう。

でも、これ以上じっとしていると胸が張り裂けそうなのです。

せめて、もう一度お会いしたい。

 

あたしは領主様の邸宅のドアを出て、湿気の多い空気を吸い込むと、

精神を集中し、マナを燃やし、魔力を増幅させ、身体を宙に浮かせました。

そして、西へ向かって空を飛び始めます。あの方の待つところへ。

 

 

 

 

 

あたしは力なくダイニングの椅子に座って、軽く絶望しながら声の暴力に晒されていた。

警察の取り調べでは、

鬼のような刑事が犯行を認めない容疑者を怒鳴りまくるっていうけど、

彼らの顔を笑顔に取り替えたら、ちょうど今みたいな状況になると思う。

 

「なーなー!山よりデカい天使ってどうやって立ってたんだ!?

飛んでたのか?触ったりしたのか?もっと教えてくれよ!!」

 

ルーベル、あんたにはこの家の大人の世話役として期待していたのだけれど。

 

「わたくし、神様の声が聞こえてきた時、感激して飛び上がっちゃいました!!

あの後、聖書を読み返してメタトロン様に関する記述を探したんですが、

なかなか見つからなくて、エレオノーラ様に、

エノクという存在が彼に該当すると教えていただいた時は、

もうページが擦り切れるほど読み返して(略」

 

ジョゼットはいつも通りうるさい。

いつも通りだからと言って、許されるわけでは決してない。挙句の果てには。

 

「里沙子さんの身体から神々しい神の息吹が、未だに漂ってきます!!

天使長メタトロンが残した言葉を、どうかもっと聞かせて下さい!!」

 

エレオノーラ、あたしあなたのこと信じてたのよ。

物静かでおしとやかなエレオに戻って。

 

「まだ奴の臭いがするわ!もう一度身体洗ってきて!いやー!!」

 

隅っこで丸くなるピーネ。

悪魔が神レベルの天使怖がるのはわかるけど、いい加減に慣れてちょうだい。

あたしが帰ってきてからもう一週間なんだけど。

 

「みんな、お姉ちゃんは、耳が……」

 

唯一の理解者であるカシオピイアの声も、舞い上がってる連中には届かない。

7日経っても、お茶時なんかにあの事件に話題が変わるとすぐこれよ。

そりゃ、近頃あたしらしくないことばっかりやって、

わざわざ自分から目立ってたあたしにも責任はあるけどさ。

あ、こんなフレーズ思いついた。

 

──小さな好奇心が、誰かを傷つけているかもしれない。 AC~♪

 

そろそろあのコール、元に戻しても良いと思うんだけど。

あと、最近のCMはライト過ぎるわ。

また“あよね”や海岸の砂人形クラスのキツい奴来ないものかしらね。

子供を震え上がらせるほどのインパクトがないと、どんなメッセージだって、

ボケーッとテレビ見てる奴には馬耳東風なのよ。

 

コンコン。ごめんくださいまし。

 

お、燃料は来ないけど客は来た。逃げ出すチャンス!

 

「あらあら、お客さんが来ちゃったわ!

面倒くさいけど家主として応対に出ないわけにはいかないわ。ちょっと待ってね~!」

 

あたしはバタバタとダイニングから逃げ出し、玄関に向かって走った。

聖堂に入ると、静寂が冷たく耳を休めてくれる。束の間とは言え、気持ちがいい。

ドアの向こうの人物に向かって話しかけた。

 

「お待たせしたわね。どちら様かしら」

 

「あっ……あの、わたしは、魔王との戦いでお会いした、

ミストセルヴァ領のヴェロニカと言います。

斑目里沙子さんにお会いしたくて参りました。突然の訪問、ご容赦くださいませ。

アポを取ろうと思ったのですが、正確なご住所がわからなくて」

 

ヴェロニカ?やべ、思い出せない。

必死にハーメルンのマイページから各話を検索して、その名を探す。

……あった、これだ!魔王編のラスト3話でちょっと出てきたあの人ね。

一日限りとは言え、一緒に命がけで戦った仲だし、見た感じ変な人でもなかったから、

開けても大丈夫そう。鍵を外してドアを開く。

 

そこに佇むトランクを持ったひとりの女性。あーはいはい、確かに会ったわ。

グレーのセミロングに、アンダーリムの眼鏡。

はっきり白黒分かれたチェック柄のドレス。

単独で会ったら彼女もかなり目立つんだけど、

ここではもっと強烈なのがたくさんいるからねぇ。

 

「久しぶり。元気だった?まあ入ってよ。うるさい連中黙らせる口実が出来て嬉しいわ」

 

「ありがとうございます……では遠慮なく」

 

助かった。これで奴らを蹴散らせる。あたしはヴェロニカをダイニングに通す。

 

「あんたらお客さんよ。どいて、ほら、早く、さっさと、はよ、スタンダップ!」

 

「わ!なんだよー」

 

「あんたらが居るとお客さんが座れないのよ。いっそ全員部屋に戻りなさい。

あ、ジョゼットはその前にお茶!

……ごめんねー騒がしくて。コーヒー、紅茶どっちにする?」

 

「紅茶を、いただきます」

 

「少し待ってて下さいね~」

 

「関係ないのはさっさと移動!

エレオとルーベルとお茶係のジョゼット以外は、部屋で大人しくしてなさい」

 

彼女と面識がある(はず)のエレオノーラとルーベル以外を追い出しに掛かるけど、

よほどボロいダイニングに執着があるらしく、

席は立ったものの、誰も部屋に戻ろうとしない。

あたしはとりあえずヴェロニカの前に座るけど、全員暇を持て余してるようで、

退去命令に応じない。

 

これはジョゼット菌蔓延の疑いがあるわね。

症状はあたしに逆らわずにはいられなくなること。

治療法はゲンコツでぶん殴ることだけど、

ジョゼット以外にはあまり使いたくないのよね。

ほらー!ヴェロニカがなんか不機嫌ぽいじゃない。

 

「ちょっと待ってね。今、その他大勢追い出すから」

 

「お茶ですよ~」

 

ジョゼットがヴェロニカに紅茶を出し、

テーブルに着いてるあたし達も、お茶のおかわりを受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

「お久しぶりですね、ヴェロニカさん。その節はお世話になりました」

 

「え、あ、いやー、本当そうだよな!元気そうでなによりだ」

 

「こちらこそ。皆さんもお元気そうで……」

 

ちゃんと憶えてたエレオノーラと、絶対忘れてるルーベルの違いが浮き彫りに。

まぁ、自己紹介する暇もなかったからしょうがないけど。

あ、ヴェロニカが無表情で眼鏡を直してる。

またやっちゃった。早く本題に入りましょう。

 

「あんたら、そろそろ引っ込まないとマヂでヘッドバッド食らわすわよ」

 

「あの……!用件を伝えに来ただけなので、構いません」

 

「そう?悪いわね。いやぁ、魔王編終わってからどうだった?こっちは散々よ。

カードオタクが押しかけてきたり、耳痛めたり、基本出不精のあたしが、

行きたくもない海外旅行に行く羽目になったり……ああ、ごめん。

用件はなんだったかしら」

 

「好きです」

 

3人共一斉に飲み物を吹き出し、立ってる連中も唖然とする。

即座に牛すき鍋一丁!で返せなかったあたしもまだまだね。

鼻から紅茶を出してるエレオをからかうのは後よ。彼女の真意を確かめなきゃ。

 

「ゴホゴホッ!

……その、好きっていうのはここに2人いる神様オタクみたいな意味で?」

 

「里沙子さん。帰国以来、わたしに対する接し方まで雑になっていませんか……?」

 

悲しそうなエレオノーラを無視してヴェロニカが続けた。

 

「いいえ、異性としての愛情です。同性ですが」

 

「頭の中がぐるぐるするわ……なんでまた魔王編もとっくに終わった今頃になって?」

 

「わたしの中ではまだ終わっていないのです。あの時、あなたに助けてもらった時から」

 

「あの時?」

 

記憶のページをめくる。ええと……確か、そんなことあったわね。

 

「すっ転んだあなたを敵のレーザーから逃した時、でいいのかしら」

 

「そう。不思議な力で私を瞬間移動させてくれた時、

あなたの腕の中で見た表情が今まで忘れられずにいたのです。

以来、ずっとあなたの活躍を耳にする度、

私の中であなたの存在が大きくなっていったという次第です」

 

生真面目な口調で話し終えると、そこでまた眼鏡を直す。

 

「里沙子さん。あなたに真剣な交際を申し込みます」

 

“えーっ!?”

 

申し込みますって……よく無表情でそんなことが言えるわね。あ、お耳が真っ赤。

どう答えるべきかしら。真面目に考えなきゃいけない時に限って脳内BGMが止まらない。

今は「3本のベルト」カイザ編がループしてる。

 

そう言えば、センター試験当日も何故か伯・方・の・塩!が止まらなくて、

軽くピンチだった思い出が。……違う、そうじゃない。

無理なものは無理だからちゃんと断らないと。

 

「ヴェロニカ。あたし達って女同士じゃない?あなたのことは嫌いじゃないけど、

そういったお付き合いをするには色々無理が出てくると思うの。

ましてあたしは天下一品の人嫌い。神戸から遊びに来た母さんが、

PC作業中のあたしの部屋うろつくだけで、

イラつきのボルテージが5秒でマックスになるくらい。

あなたが嫌いってわけじゃないの。でも、あたしにはそういう精神的疾患が……あ」

 

無表情で微動だにせず涙を流してる。

結末が変わらない以上、上手い断り方なんて存在しない事くらいわかってたのに。

どうしましょうかしらねえ。とりあえずハンカチで涙と鼻水を拭いて?

 

「ああ、これで顔を拭いてちょうだいな。お化粧が台無しよ」

 

「ぐずびっ……ずびばせん。わだしとしたことが。ブババッ!」

 

あたしのハンカチが鼻水まみれに。昔同じようなことがあった気が。

歴史は繰り返すとも昔言ったけど、今度はサイクル長すぎ。

 

「おい里沙子、ちょっと冷たいんじゃないか?

せっかく東の果てからお前を慕って飛んできたってのに」

 

「黙って、ルーベル。

初めから受け止められないとわかってる気持ちは、さっさと断ち切った方がいいの。

曖昧な返答で下手に期待を持たせる方が余程残酷よ」

 

「でもよう……」

 

「ぐすっ、いいんです……わたしはただ、想いを伝えられただけで満足ですから。

決して同性婚が認められてるミストセルヴァに連れて帰って式を挙げようとか、

ハネムーンは有名観光地のベルベットオーシャン島で、

ひとつのグラスに入ったサングリアを2本のストローで一緒に飲もうだとか、

子供は3人養子をもらって、長女にはピアノを習わせようとか、

次女は里沙子パパに銃を教えてもらおうとか、

末っ子にはバイオリンを弾かせようとか、全然考えてませんでしたからっ……!」

 

「ちっとも満足してないでしょうが、この欲望丸出し女!

バッチリ自分の人生にあたしを組み込んでるじゃない!

大体なんであたしが父親ポジなわけ!?

さらっと言うもんだから、危うく突っ込み忘れるとこだったわ!」

 

「あなたの強さに父性を感じました」

 

「だから真顔でそういうこと言わないで!異常さが際立つから!」

 

「里沙子さん、落ち着いてください」

 

「今度はエレオが一体何!?あたしあなたに治療薬叩きつけるの嫌なんだけど!」

 

「聞いて下さい。

確かに二人の気持ちが通じ合わない以上、この恋は諦めていただくしかありません」

 

「そんな、恋だなんて……わたしはただ里沙子さんを娶りたいだけで」

 

「恋どころかいろいろすっ飛ばしてるでしょうが!黙ってなさい、クソメガネ!

さあ、エレオノーラさん、続きをどうぞ!」

 

叫びまくっていい加減のどが渇くわ、もう。

いつの間にか立ち上がってたあたしは、席に着いて、ジョゼットに水を頼んだ。

 

「ジョゼット、悪いけど水くれない?」

 

「はいどうぞ。うぷぷ」

 

「最後の笑い方が気に入らない。後で拳を交えて真意を質すとして、

今度こそ話を再開しましょう。エレオ、お願い」

 

「はい。とは言え、このまま彼女を帰らせるのはあんまりです。

ここはひとつ、思い出だけを作って頂いてはどうでしょう」

 

「思い出って……?」

 

嫌な予感しかしないけど、聞くしかない。

 

「一日デートです!結婚は無理でも、今日だけ恋人のようにデートして、

せめて思い出だけを持って帰ってもらう。

これがちょうどいい落とし所だと思うのですが。

ヴェロニカさん、それでよろしいですか?」

 

「……わかりました。この一日の思い出を胸に生きていきます!

例え結ばれることはなくても!」

 

「おっし、それじゃあ決まりだな。私の時みたいにハッピーマイルズ案内してやれよ」

 

「ウシシ、女同士でデートだって~」

 

「お姉ちゃん、絶対に心を許しては駄目……」

 

ターゲットロック。今夜は拳の嵐が吹き荒れそうね。

 

「ピーネを初めとした数名は後でお仕置きするとして、

みんな時々あたしを無視して話進めるわよね。そういうの困るんだけど」

 

「ヴェロニカさん、どこか行きたい観光スポットはありますか?」

 

「わたしは、里沙子さんにリードして頂くことを希望します。

さあ、わたしをどこまでも連れ去ってください」

 

「うん、そういうところよ。問題が片付いたら、多少暴力的な住人会議を開きましょう。

とりあえず、ハッピーマイルズは駄目。

ただでさえあたしがアレだって噂が立ってるんだから。

そうねえ……帝都、帝都がいいわ。

人や店が多いから、二人で歩いてても友達同士で遊んでるようにしか見えない、と思う。

エレオノーラ、発案した責任取って向こうまで送って」

 

「わかりました。ではお二人共、手を」

 

「どうして手を?」

 

「この娘、神の見えざる手っていう、教会とか神様に縁のあるところなら、

どこでもワープできる魔法が使えるんだけど、

彼女を中心に手をつなぐと一緒に移動できるの。さ、早く」

 

「は、はい。さすが法王家の聖女様ですね。お願いします」

 

あたしは慣れたもんだけど、恐る恐る次期法王の手を取るヴェロニカ。

準備が整ったところで、あたしが音頭を取る。

 

「じゃあ、いっせーのーせで詠唱を終わらせてね」

 

「えっ!?そんな、詠唱時間とのタイミングが!」

 

「行くわよ、いっせーの……せ!」

 

「総てを抱きし聖母に……ちょっと待ってくださいってば!」

 

 

 

 

 

はい、見事な着地で無事到着。この方法で帝都に来るのはいつ以来かしらね。

大聖堂教会もこうして真正面から見るとやっぱり圧倒されるわ。

って思い出に浸ってたらエレオが文句を言ってきた。

 

「里沙子さん!移動魔法を急かすのはやめて下さい!

何が起こるかわからないんですよ!?

わたしもヴェロニカさんも空を飛べたからよかったものの!」

 

「ごめ、ターニングポイントの6000字超えたからスピードアップする必要があったの」

 

「まったくもう……

いつも通り教会で待っていますから、彼女をきちんとエスコートしてくださいね?」

 

「わかってるわよ。ヴェロニカ、行きましょう。教会なんか見たって面白くもないわ」

 

「それを居住者の前で言い放つ里沙子さんのどこに惹かれたのか理解に苦しみますが、

お気をつけて」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「あんまり時間がないわ。急ぎましょう」

 

時間は正午過ぎ。思い出づくりに残り時間はあんまりない。

あたしはヴェロニカの手を引いて、歩き出す。

彼女の白い手を握ると、小さく声を上げた。

 

「あっ……」

 

「何よ」

 

「い、いえ、なんでも」

 

やっぱり表情を崩さずに顔だけ赤く染める彼女。

エレオノーラがいつまでもこっちを見てる。あなたも大概暇人よね。

ごそごそ懐を探ってごまかしてるけど。まあいいわ、とりあえず最初の目的地に直行よ。

 

あたしは目的もなくショッピングモール的なところをうろつく行為が大嫌いなの。

いわゆるウィンドウショッピングってやつよ。いずれ買うつもりならともかく、

買う気もないものをブラブラと眺めることに意味を感じないの。疲れるし。

 

世の女性はこれを楽しいと感じるらしいけど、

あたしには時間の流れを遅く感じる事ができる、ストレス充填エクササイズでしかない。

だから目的地まで一直線。

 

「ヴェロニカ、お昼まだでしょう?パーラーで昼食代わりに何か食べましょう」

 

「はい、里沙子さんがそう言うなら……」

 

以前、半泣きジョゼットの要望で来ることになったパーラーに到着。

相変わらずおしゃれな都会的店構えは、やっぱりハッピーマイルズとは違う。

ドアを開けてテーブルに着くと、すぐ店員がおしぼりとお冷を持ってきた。

 

「好きなもの頼んで。今日はあたしが持つから」

 

「そんな、悪いです……割り勘にしたほうが」

 

はぁ、とひとつ息をついて彼女を説得。

 

「そりゃあね、あたしゃ時々生きること自体面倒になるほどの面倒くさがりだけど、

中途半端も同じくらい嫌いなの。

成り行きとは言え、今日だけはあなたの恋人になるって決めたんだから、

あなたもあたしの恋人のつもりでいればいいの」

 

「里沙子さん……!ありがとう」

 

やめて、目ぇ潤ませるのはやめて。ほら、涙腺しっかり締めて。

 

「それで、何にするか決めた?」

 

「はい!是非これを里沙子さんと一緒に!」

 

「一緒に?」

 

彼女が嬉しそうに見せたメニューの写真を見ると、

大きなグラスに清涼感のある澄んだブルーのジュースが注がれ、

ストローが2本差された、“カップル限定トロピカルジュース”ですってよ、奥さん。

……まあいい、まあいいわ。

 

「あの……嫌でしたら無理にとは」

 

「ストップ。さっき言ったこと忘れた?

カップル限定なら、このチャンスを逃す手はないでしょう」

 

「……はい!」

 

あたしは店員を呼ぶと、例のデカいジュースと、腹を満たすものが欲しいから、

2人ともジャムパンケーキを頼んだ。トロピカルジュースと言った瞬間、

店員がわずかに動揺したのを見逃さなかったけど見過ごした。

で、待ち時間で唐突に訪れた沈黙。ヴェロニカは緊張してるのか、

背筋をピンと伸ばして真正面を見てる。この際話題はなんでも良いわよね?

 

「ねえ、ヴェロニカ」

 

「ひゃい!?」

 

変な声出すから周りの客が一斉にこっちを見た。……話が途切れないようにしなきゃ。

 

「あなた、普段はどんな仕事をしてるの?」

 

「ええと、あの、領主様の秘書をしていまして、

収支報告をまとめたり、職員の各種申請の決済をしたり、

領地の予算関係の仕事を任されることが多いです、はい」

 

「あたしは知っての通り無職よ。以前は大富豪だったけど、最近はそうでもないわ。

お金っていつの間にか減ってくのよね。ドライアイスみたい」

 

「ちょ、帳簿を付けてはどうでしょうか」

 

「やめてよ、そんな面倒くさいことするくらいなら、枕の中のビーズ数えるほうがマシ。

ところでさ、あなた今いくつ?あたし24」

 

「わたしは……25です」

 

「あら、一個上なのね。まあ1つオマケしてタメってことで勘弁してよ」

 

「大丈夫です!全然気にしませんから」

 

色々くっちゃべってると、メニューが運ばれてきた。

髭男爵が持ってるような、デカいワイングラスに注がれたあのカップル用ジュースも。

パンケーキとジュース、どっちから先に手を付けるべきかしら……と考えるまでもなく、

ヴェロニカがジュースを凝視してる。

 

「じゃあ、先にこの派手なやつを試してみましょうか」

 

「は、はい。あの……わたし、こういうのは初めてで……」

 

「飲み慣れてるやつの方が少ないと思うわよ。あたしも飲んだことはない。

さあ行くわよ。レディ、ゴー……いでっ!」

 

あたし達がストローに口を近づけたら、盛大に頭をぶつけた。

 

「ああっ、ごめんなさい!大丈夫ですか里沙子さん!」

 

「はは…言ったでしょ、飲み慣れてるやつなんていないって。

もう一度やり直し、レディ、ゴー」

 

今度こそ二人で慎重にストローをくわえ、ちゃんとジュースを飲む。

あら、美味しいじゃない。周りがヒューヒューと囃し立てる。うるさい。うぜえ。

うちの住人ならベリィトゥベリィ食らわせてるところよ。

 

「ふぅ、美味しいです……」

 

「はらよはっはは(ならよかったわ)。

正直飲みきれるか心配だったけど、2人なら意外と余裕ね」

 

カップル限定ジュースを制覇したあたし達は、パンケーキを食べて食料補給。

残念ながらあたしは、食事をしながら会話を楽しむという並行作業ができないから、

今度は黙々と食べざるを得なかった。二人共腹を満たしたから店を出る。

 

“ありがとうございました”

 

「ごちそうさまでした、里沙子さん」

 

「お粗末様。次、行きましょうか」

 

パーラーで食事を済ませたあたし達は、今度は通りを少し歩いて、

アクセサリーショップを覗く。

ショーウィンドウの奥には、若い女の子でも手が届くカラフルでお手頃なものや、

宝石を埋め込んだ高級宝飾品が並んでる。

あ、言っとくけどちょっと前に述べた、無意味な散策じゃないわよ。

ヴェロニカに似合うものがあれば買う予定だから。

 

「わぁ……綺麗な物がいっぱいですね」

 

少女のように目を輝かせて、アクセサリーを眺める。

あら、そんな顔もできるんじゃない。

 

「こういうところに来るのは初めて?」

 

「はい。多分、わたしには似合わないので……」

 

「なんでそんな事わかんのよ。あたしが良いもの見つけてあげる。

ドレスとイヤリングはそれで十分おしゃれよ。髪飾りなんてどうかしら」

 

「……こんな、わたしの髪に似合うものなんて」

 

「あるわよ絶対。ほら入るわよ」

 

ヴェロニカの手を引いてショップの中に入ったけど、何故か複雑な表情な彼女。

少なくともあたしには似合わない、

ピンク色の壁紙やファンシーな調度品にMPを吸い取られつつ彼女に尋ねると、

少しうつむきながらぽつぽつと話し始めた。

 

「こういうお店嫌いだった?実はあたしもそうなんだけど。

なんか甘ったるい臭いするし。

いっそ塩素ガス吸い込んだほうが刺激的な体験ができると思うがどうか」

 

「泥の色をした髪に似合う飾りなんて……」

 

「泥?泥ですって?それどこ情報よ。嘘なら全力で潰すが」

 

「昔から。学校じゃ男子から沼女とか言われて、

大きくなってもミストセルヴァの沼に落ちたのかい、なんて言われる事は

しょっちゅうで……」

 

「真に受けないの。

そんな目と頭と胃袋と大腸と魂が壊死してる連中が、まともなこと言うわけないでしょ。

あなたの髪は、艶のある銀色。これが正しい認識。OK?」

 

「銀色?そんな風に言われたの、初めてです」

 

「周りにろくな奴がいなかったのね。可哀想に。

それじゃあ、銀色の髪をさらに引き立てるアクセサリーを、

里沙子さんが選んであげましょう」

 

「えっ、そこまでしてもらっては……」

 

「法案は可決されました」

 

強引にヴェロニカを連れて、あたし達は店内を見て回る。何がいいかしら。

あまり淡い色だと彼女の銀色と同化して目立たない。

思い切った色で、大人が身に付けるさりげないデザイン。

どこにいるのか出ておいで……あった!

ラピスラズリを散りばめた、小さな三日月を象った髪飾り。

 

「見て、これなんかいいんじゃない?」

 

「素敵……でも、わたしなんかに似合うでしょうか」

 

「絶対似合う。あたし自分はおしゃれしないけど、人にさせるのは得意なの。

……店員さん、これちょうだい。ここで付けてくから、包みはいらないわ」

 

「ありがとうございます。1000Gのお支払いです」

 

「はい、代金」

 

「8,9…ちょうどですね。ありがとうございました」

 

「え!?こんなものを頂いては、わたし……」

 

「いいから。デートにプレゼントは付き物でしょう。

ほら、ちょっと屈んで。付けてあげる」

 

買ったばかりの髪飾りをヴェロニカの髪に着ける。うん、バッチリ。

髪の色とラピスラズリの紺が引き立てあってる。

彼女を鏡の前に立たせて、アクセサリーひとつで変身した自分を見せる。

 

「似合ってるじゃない。

今後のアドバイスとしては、泥とかほざいた連中の口に泥を突っ込んでやるといいわ。

浅倉威だって食べてたんだから大丈夫よ」

 

「きれい……これが、わたし?」

 

「そう、あなたよ。さっそく街の連中に、あなたの魅力を見せびらかしてやりましょう」

 

店から出たあたし達は、店先で一旦立ち止まる。

 

「……ごめん、ヴェロニカ。ちょっとそこで待っててくれるかしら。

さっきどっかで何か忘れ物しちゃった」

 

「え?それなら駐在所で尋ねてみては……」

 

「イテキマース!」

 

で、あたしは積み上げられた木箱に隠れている小さな存在に言い放った。

 

「真っ白な紙にインクが垂れてたら誰でも気づくと思うんだけど?」

 

「り、里沙子さん!どうしてわかったのですか……?」

 

「逆にどうしてバレてないと思ったのか聞きたいわよ。……エレオ!」

 

いつもの修道服にサングラスを掛けただけのエレオノーラがうろたえる。

どこで買ってきたんだか。

 

「一体なんのつもり?」

 

「ああ、あの、里沙子さんがちゃんとヴェロニカさんとデートできてるかどうかを、

陰ながら……」

 

「ほう!君は人のデートの優劣判定ができるほど経験豊富なわけだ?」

 

「ち、違います!聖職者たる、わたしがそんなふしだらな!」

 

「ねえエレオ。ジョゼット3号のポストが空いてるの。

毎日あたしに蹴られ殴られ怒鳴られるだけの簡単なお仕事よ」

 

「うう……こっそり覗いてたことは謝ります。心配だったんです。

ひょっとしたら里沙子さんがヴェロニカさんと一緒に、

ミストセルヴァに行ってしまうのではないかと……」

 

「あのね。そうならないために、今思い出づくりしてるんでしょうが。

わかったら教会に戻った戻った」

 

「わかりました……」

 

とぼとぼと去っていくエレオノーラを確認すると、ヴェロニカのところへ駆け足で戻る。

 

「ごめーん、お待たせ。あったわ、サブの財布」

 

「見つかってよかったですね。では、今度はどこに行きましょうか」

 

「う~ん、時間的に次が最後になりそう。どこか行きたいとこリクエストある?

他にもショッピングしたいとか、賑やかな場所がいいとか」

 

少し浮かない顔を見せたヴェロニカが答えた。

 

「一番……景色のいいところに行きたいです」

 

「オッケー!馬車捕まえるから、ちょっと待ってて」

 

あたしは歩道の端に寄って、馬車が来るのを待った。

すると、見覚えのある馬車が来たからすかさず手を挙げる。

馬車はあたしのすぐ側で止まった。

 

「よう、お客さん。ずいぶん久しぶりじゃないか」

 

「あら、あなたじゃない。商売は順調?」

 

「まあまあってところだな。今日も要塞かい?」

 

「ううん。遠くから知り合いが来たから遊んでるとこ。

一番景色がいいところに連れてって」

 

「それなら、中心街から外れて坂を登った展望台だな。

今日は天気がいいからホワイトデゼールの草原が見えるぜ」

 

「そこ、お願い!……ヴェロニカ、行きましょう!」

 

「あ、はい!」

 

ヴェロニカを馬車に乗せると、あたしも乗り込んだ。

馬車が展望台に向けて動き出すと、彼女が不思議そうに尋ねてきた。

 

「里沙子さん。御者さんと話し込んでいましたが、お知り合いですか?」

 

「まあね。初めて帝都に来た時は、やな奴だったんだけど、

何度も帝都に足を運ぶうちに打ち解けて、話も弾むようになったの」

 

「へっ、言ってくれるぜ。

あんただって初めはいきなり飛び出して来るもんだから、頭がおかしいのかと思ったさ」

 

「あながち間違っちゃいないわ。後で仲間にも怒られたし」

 

「里沙子さんは、顔が広いんですね」

 

「いろいろあって、いろんなところ駆けずり回ってるうちにいつの間にかね」

 

「おっと、展望台までは150Gだかんな?」

 

「あら、うっかりしてたわ。ありがとう。

最近は軍用馬車とかにばっかり乗ってたから、料金確認を忘れてたわ」

 

「相変わらずヤバそうな事に首突っ込んでるみたいだな。

新聞で見たんだが、最近出来たなんとか共栄圏の写真でもあんたを見たぜ。

あれって何か良くなるのか?俺にはよくわかんねえんだが」

 

「なるかもしれないし、ならないかもしれない。とりあえず戦争を回避できたのは事実」

 

「うげ、戦争は勘弁して欲しいぜ。一気に客が減るんだよ」

 

「当分大丈夫よ。思う存分荒稼ぎするといいわ」

 

いけない、御者さんとの話に夢中になってヴェロニカを置いてけぼりにしちゃったわ。

展望台で盛り返さないと。ちょうどもうすぐ到着みたいだし。

ドーム状の屋根が設置された展望台手前で馬車が止まった。

 

「着いたぜ。ここからの眺めは絶景だ」

 

「ありがとう。お釣りはチップね」

 

あたしは御者さんに金貨を2枚渡した。

 

「サンキュ!また遊びに来たら使ってくれ。後ろの嬢さんも元気でな」

 

「はい、お気をつけて」

 

馬車を見送ると、あたし達は少し歩いて展望台に入る。

北側の手すりに近づくと、確かに黄金色の光が差し込む、美しい景色が広がっていた。

遥か向こうに、ホワイトデゼールの豊かな緑が見える。

 

「綺麗ですね……」

 

「ええ。あたし達が出会った時には岩と砂しかなかったのに。

世の中何がどうなるか、わからないものね」

 

「そうですね。この気持ちも、あなたに抱きしめられた時から……」

 

「ヴェロニカ。……あたしね」

 

「わかっています!

今日は、わたしのわがままに付き合わせてしまって、すみませんでした。ただ……」

 

「ただ。なあに?」

 

「……もう一度、もう一度だけ抱きしめてくれませんか」

 

黙って彼女に歩み寄り、あたしよりずっと背の高い彼女を抱きしめた。

ヴェロニカもあたしを抱き返してくる。あたし達の長い影が展望台の床を二つに分かつ。

 

「同じです。あの時と同じ。力強くて、凛々しくて。

……あの時、どうやってわたしを助けたんですか?瞬間移動の魔法?」

 

「体感時間を極限まで遅くすることで擬似的に時間を止めたの。

魔法と言うより特殊能力なんだけど、いつの間にか身についてたから、

いつ、どうやって習得したかは自分でもわからないの」

 

「そう……本当に、不思議な方ですね。里沙子さんは。

だから、こんな気持ちになれたのかもしれません」

 

「あたしみたいなスレた女を気に入ってくれたことは嬉しいわ。

もし、あたしがまともに人と生きられる人間だったらよかったんだけど」

 

「お別れ、ですね……」

 

「ごめんなさいね」

 

「いいえ、謝らないでください。

今日の事はずっと忘れません。あなたがくれた、幸せな一日」

 

「そろそろ、行きましょう。お互いの帰るべき場所へ」

 

「はい。里沙子さん、ありがとう、さようなら……」

 

ヴェロニカは、すっと宙に浮かび、あたしに小さく手を振ると、

展望台から飛び去っていった。

あたしはその姿が小さくなって、やがて見えなくなるまで見送っていた。

 

 

 

 

 

エレオノーラとハッピーマイルズ教会に戻ると、有象無象共が、まだダイニングにいた。

なに?誰か金貨でも落としたの?あたしに気づくと、全員が駆け寄ってきた。

 

「里沙子さん、デートはどうでした!?まさかキ…キs…キャーッ!!

里沙子さん進んでる……ギャフン!」

 

「ええ、あたしのマーシャルアーツは時代の一歩先を進んでるわ」

 

最先端の格闘術でアホジョゼットを黙らせる。

 

「実際どうなんだよ!ヴェロニカとは上手く行ったのか!?」

 

「曖昧な聞き方しないで。ちゃんときれいにお別れしたわ」

 

「それは保証します。わたしがちゃんと見ていましたから」

 

「それはそれで問題だってことわかってる?エレオ」

 

「ちぇー、つまんねえの!」

 

「あー、足痛い。展望台からの帰り道が徒歩だったから足が棒よ、まったく。

馬車どころか人っ子一人いやしないんだから」

 

どかっと椅子に座り、疲れを癒やしていると、後ろにぬっと人の気配が。

 

「お姉ちゃん……」

 

「わっ!おばけみたいな現れ方はやめなさい、カシオピイア!」

 

「これからも、ずっと一緒?」

 

「ふぅ、そうよ。どっちかって言えば、あなたが嫁入りしてここを出ていくほうが先ね」

 

「ううん。ワタシもずっとここにいる」

 

「姉としては複雑ね。

お互いヨボヨボのババアになっても、このボロ屋で酒に溺れてるなんて。

“朝日のあたる家”で一曲作れそう。

母さんは西山のパートだった。昼飯にカップ麺を置いてくれた……ちょっと面白いわね」

 

「ふふっ!その時こそ、私がこの屋敷の支配者になるのよ!!」

 

「ピーネ、もう遅いんだからさっさと風呂に入りなさい。

あと、こんなボロ屋を“屋敷”にカテゴライズしてるようじゃ、ビッグになれないわよ」

 

「放っといて!“星”が見つからなかった時の保険よ!」

 

「そういえば、人間体のメタトロンが星の一生を数式で表してたわね。

スマホで撮っとけばよかったかも」

 

「えー!なんで撮ってないのよ!」

 

「大丈夫、見たところであんたにゃ1ミリも理解できないから。

ほら、もうお風呂に入る時間よ。さっさと行く!」

 

「ぶー!里沙子の馬鹿!」

 

ピーネがシャワールームに行くと、他の連中もこの騒ぎに飽きたのか、

自分の部屋に戻っていった。あたしにやすらぎが訪れる。今日はもう疲れた。

テーブルに上半身を預けてしばしの休憩。

 

今回のお話の総評。

無駄な戦いがなかった+200点。奇妙な来客はいつも通り+200点。

鼻垂れエレオが見られた+50点。住人がうるさかった減点-50。

う~ん、5段階評価で星4つってとこかしら。あ、重要な連絡があったのを忘れてた。

 

耳を痛めている人のそばでは、声を落としましょう。 AC~♪

 

 


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