面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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また天使。あと首相がメンバーに
薬箱の奥にあった8年前に使用期限が切れた頭痛薬を飲んだんだけど、意外と効くものね。


私は柔らかな草原を踏みしめながら歩き続けます。あの方の御言葉のままに。

ずいぶん探したのですが、まだ目的の場所は見つかりません。

空を飛べば、とも考えましたが、人と同じく、自らの足で道を開き、

彼女に会ってこそ意味があると考え、

今もこうして爽やかな風の吹き抜ける中、目的地を探しています。

 

……あ!ありました。あの教会がメタトロン様がおっしゃった教会ですね。

確かに主の温かな光が今でも尾を引いて、建物を聖域と成しています。

思わず駆け出しそうになりましたが、

主の前でみっともない姿を見せるわけにはいきません。

逸る心を抑えながら、落ち着いた歩調で進みつつ、玄関に近づきドアを叩きました。

 

 

 

 

 

「ふぅ~ん。共産主義国家マグバリスで大規模デモ。

大帝ガリアノヴァ死亡に端を発した奴隷の反乱と、それを鎮圧する軍の衝突で、

現在確認されているだけで200名以上が死亡。

更に政権奪取を試みる軍部が分裂、対立し、戦火はドラス島全域に広がる模様。

混乱が収まる気配はない、か」

 

とっくに朝食を食べ終えたあたしは、新聞を読むとテーブルの端にポンと置いた。

 

「マグバリスってなんですか、里沙子さん?」

 

ジョゼットが食後のコーヒーを入れてくれた。一口すすって答える。

 

「ありがと。南の方にある奴隷貿易や薬物密売で稼いでた無法国家がそれなんだけど、

そこのトップのガリアノヴァってバカが、

艦隊を率いて、魔国から帰る途中であたし達の艦を襲ってきたってことは話したかしら」

 

「ええ、確か自国をトライトン海域共栄圏に加盟させることを迫ったとか」

 

「実際は単なるタカリだったんだけどね。

偶然現れた幽霊船が皆殺しにしてくれて助かったわ。

その後あたし達にも襲いかかってきたんだけど、あの艦には哀れみしか覚えない」

 

「悲しい最期を遂げた人たちの想いが形になった船だったそうですね……

せめて彼らの冥福を祈って」

 

ジョゼットが目を閉じて両手の指を絡める。

一瞬しんとしたけど、すぐに大きな声がダイニングに響く。

 

「なあ!またそいつの話、聞かせてくれよ!皇国の戦艦より強いのか?」

 

幽霊船に話が変わると、ルーベルが身を乗り出してきた。

何がそんなに楽しいのか、帰ってから彼女は特にジャックポット・エレジーに興味津々。

こうして根掘り葉掘り聞かれてるってわけよ。

 

「その皇国の戦艦とやらを見たことがないから、比較のしようがないわ。

少なくとも、木造の帆船がいくら装甲を固めても、あれの前では無意味よ。

主砲で戦艦が文字通り消滅させられた」

 

「すっげえ!世界の海にはそんなでっかいのがゆらゆらしてるんだろ?

私もいつか海を旅してみたいな~」

 

「幽霊船はもういないけど、観光ならいつでも行けるじゃない。

あんた意外と資産持ちなんだし、

家のことなら、みんな自分のことは自分でできるっていうか、やらせるっていうか。

船をチャーターしてクルージングでも楽しんで来なさいな。

トライトン海域共栄圏の三国は互いの領海は航行自由だから、

ついでに皇国の様子も見てきくれない?」

 

「意外とは余計だっての。でも、それもいいかもな~。

そういや、海外旅行って手続きとかどうやるんだろう。

パスポートってのが要ることは知ってるんだけど。

そもそもどこで発行してもらえるんだ?う~ん、色々難しいな……」

 

「はぁ。その前に行くかどうかをはっきり決めたら?

旅行会社のパンフ読むだけで満足するタイプじゃない?あんた。

……ともかく、愚かな指導者を持った民衆ほど哀れなものはない、っぽいことを

ゴルゴ13が言ってた記憶があるけど、本当そのとおりね。

さて、今日は何しようかしら。これと言った予定がないから暇なのよね。

エールは冷蔵庫に入れたばっかで、まだ冷えてないし」

 

「ですから、昼酒は身体に毒で……」

 

 

コンコン、斑目里沙子さんはいらっしゃいますか。

 

 

おおっと!あたしの休日が大嫌いな玄関が呼んでるわ。

もしあたしが神だったら、あのドアを人間にして、

三本ロープのジャングルで正義のパンチをぶちかまして、

どちらの立場が上なのか思い知らせてやりたいと常々思ってる。

……わかったわよ、行くわよ!

聖堂に入ると、いつもどおり、いきなりドアは開けずに名前を聞く。

 

「どちら様?ミサは日曜限定、厄介事はお断り。

あたしを知ってる理由は聞いてあげない」

 

あたしが無愛想に対応すると、ドアの向こうから女性の柔らかい声で返事が。

 

“はじめまして、斑目里沙子さん。私は天使ガブリエルと申します。

あなたにお伝えすることがあり、メタトロン様から遣わされました”

 

ガブリエル?うーん、微妙な線ね。本物の天使かただのキチガイか。

メタトロン降臨は世界中でニュースになったから、誰が知っててもおかしくない。

とりあえず見た目だけでも確認しましょう。息を吸ってクロノスハックで時間停止。

カッと目を見開くと全てが色を失う。この世界はあたしのもの。

そして、止まった時の中でドアを開けてガブリエルの姿を見る。

 

白のセーターに紺の長めのフレアスカート。

髪はブラウンのロングで、顔は美人とまでは行かないけど、素朴な可愛さがある。

いわば隣のお姉さんって感じ。小さなひまわりのブーケを持ってる。

 

まぁ、身なりがちゃんとしてるから頭も大丈夫とは限らないんだけど、

これまでの経験上「素敵な力ですね」嫌な感じはしないから……ええっ!?

びっくらこいて思わず能力を解くところだった。

停止した時の中、女性は話しかけてくる。

 

「きっとそれは神の賜物なのでしょう」

 

「なんであんた動けてるのよ!?擬似的とは言え時間止めてるのに!」

 

思わずホルスターに手が行く。

でも、自称ガブリエルはかすかな笑みを浮かべて、あたしにブーケを渡してきた。

これ以上時間を止める意味もなさそうだから、クロノスハック解除。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。ささやかですが、これをあなたに」

 

「ご丁寧にありがとうございます。花なんて柄じゃないけど病気以外は……

いや、そうじゃなくて!一体何しに来たの?またメタトロンがキレた?」

 

「とんでもない。

メタトロン様は、あなた方が撒いた種が芽吹く時を楽しみにしていらっしゃいます。

先程も申し上げましたが、今日はあなたに伝えることがあり、

お邪魔させていただきました」

 

「嫌な予感しかしないけど、あなたが天使だってのは本当みたい。

立ち話もなんだから、中に入って」

 

「失礼します」

 

さあ、今回の奇妙な冒険の始まりよ。

初対面の誰かをダイニングに通すと必ず面倒事が起こる。

この企画のお約束というか、ワンパというか、テンプレというか。

まずはダイニングに集まってる連中を追い払って、彼女のために席を作った。

 

「ほらお客さんよ。座ってる連中は立つかどっか行って」

 

「うるせえな。里沙子、最近私たちの扱いが雑だぞー」

 

「お邪魔します」

 

ガブリエル(仮)が足を踏み入れた瞬間、聖職者2名が騒ぎ出す。

 

「わ、わ!里沙子さん、そちらの方はどなたですか!?

とんでもなく膨大な光を感じるんですけど!」

 

「そうです!お祖父様より強大な神性をその身に宿しています!

失礼ですが、あなたは一体どのような存在なのですか!?」

 

ジョゼットとエレオノーラが立ち上がって目を丸くする。

あたしには普通の姉ちゃんにしか見えないんだけど。

よく考えたら聖職者ってのもよくわからん生き物だわ。

それとも仏教徒は対象外なのかしら。

 

「あー紹介する。彼女は天使ガブリエル、らしいわよ。

ねえ、ジョゼット。この花何かに生けといて。彼女からのプレゼント」

 

「「ええーっ!!」」

 

珍しくエレオノーラまで大声を上げて驚く。

 

「ガブリエル様と言えば、メタトロン様の次に位置する、3大天使の……」

 

「はい。エレオ、ストップ。まずお客さんをお通しするのが先でしょう。

……すっかり待たせちゃったわね。どうぞ座って。コーヒーと紅茶、どっちにする?」

 

「お紅茶を、お願いします」

 

「ですって、ジョゼット。ガブリエルさんにお茶入れて。

ああ、お茶が沸くまでこれでもつまんでよ」

 

「ありがとうございます」

 

あたしも彼女の前に座って、

お茶菓子の入ったカゴを引き寄せてテーブルの中央に置いた。

 

「“つまんで”って酒盛りでもするわけじゃねえんだからよ……」

 

「そういやピーネは?」

 

いつも暇を持て余してるせいで、

妙なことが起きると絶対ダイニングから離れないメンバーのうち、

ピーネの姿が見当たらない。

 

「裏から、出ていった……

悪魔が嫌いなものばかり持ってくるお姉ちゃんなんて嫌い、だって」

 

「間一髪ってところね。直接ご対面してたら死んでたかもしれない」

 

「すみません。私がいきなり訪ねたせいで、

吸血鬼の子供を怖がらせてしまいました……」

 

ガブリエルが若干恐縮したような顔をする。

 

「ええと……全部バレてるなら直球でお願いするけど、あの娘のことは見逃して?」

 

「もちろん。事情は全てメタトロン様から伺っています。

吸血鬼の少女が教会に住んでるのは、

あなたを始めとする心優しき者達が協力した結果であると」

 

「お紅茶です。お口に合うかはわかりませんが」

 

「ありがとう。ああ……いい香り」

 

ジョゼットがいつもより時間を掛けて入れた紅茶をガブリエルに出した。

あたしはいつものブラック。好物のラングドシャをひとつ口に放り込んで、

コーヒーをすすって甘さと苦味を味わう。

美味しそうに紅茶を飲む彼女を見て、なんとなく気になったことを聞いてみる。

 

「メタトロンも自分の部屋っていうか空間に用意してたんだけどさ、

天使って紅茶が好きなの?」

 

「はい。透き通るような赤、芳しい上品な香り、豊かな味わいは、

汚れなき嗜好品として多くの天使に好まれています」

 

「ふーん。神様達にも私生活ってもんがあるのね。

あ、マーブルっていうわかりやすい例を忘れてたわ」

 

「ふふっ、あまり彼女をいじめないであげてくださいね」

 

「へえ、やっぱ知ってんだ。あたしはただ貸し借りをなくしてるだけよ……

ああ、ごめんなさい。そっちの用件が放ったらかしだったわね。

それで、今日は何を伝えに来たの?」

 

すると、ガブリエルは佇まいを直して、真剣な表情であたしに告げた。

 

「神の告知者として申し上げます。

今日、あなたのもとに、心打ちひしがれた少女が現れるでしょう。

メタトロン様は、あなたがその慈愛の心を以って彼女を救うことを期待しています」

 

「その、可愛そうな少女が誰かは置いといて、慈愛の心とかは勘弁して。

あたしの頭にあるのは楽することと飲むことだけよ。

誰かのために生きたことなんてないわ。

そう見えることがあったとしても、それにはあたしの利益が絡んでるからよ」

 

今度は彼女が寂しそうな顔をする。

 

「……まだ、ご自身の優しさを遠ざけていらっしゃるのですね。

何故、心の内の輝きから目を背けるのでしょうか」

 

「元々そんなもんありゃしないからよ。誤解しないで欲しいんだけど……」

 

あたしが何か言いかけると、ダイニングにビュオっと一瞬風が吹いて、

一人の少女が姿を表した。その着物姿の女の子は……

 

「パルフェム!?来るならせめて玄関から入りなさいよ!」

 

「う…うう、う……」

 

立ち上がって彼女に近寄るなり、パルフェムは目に涙を浮かべて、

やがて大声で泣き出した。

 

「うわああん!ぎゃおお!びいあおええ!うっおおん!」

 

「落ち着いて!泣くならもう少し人間らしく泣きなさいな!どうしたっていうの!?」

 

「もう皇国にパルフェムの居場所はありませんわー!あああん!」

 

「……そうね、なんとなくわかったわ。ほら泣かないの」

 

「びえええん!!内閣不信任案が可決されて、政党にも見放されて、

総理の地位も失って、みんなパルフェムの元から去っていきましたわ!

元々どうでもいい連中でしたけど、散々面倒見て差し上げたのに、

まるでパルフェムなんて初めから知らなかったように!」

 

ああ、やっぱり駄目だったのね。

言ってみれば、皇国はトライトン海域共栄圏設立でただ一国、“割りを食った”だけで、

何ら利益がなかったんだもの。

メタトロンを説得するためとは言え、経済的に安定している皇国が、

他国のために国有財産を差し出す義理なんて全くなかった。

 

にもかかわらず、国家の舵取りに余りにも影響の大きい協定を独断で可決したんだから、

国会で散々槍玉に挙げられた挙げ句、総理の地位を追われたのは容易に想像できる。

彼女が失ったものは大きい。とにかく彼女を抱きしめて、何度も背中を撫でる。

 

「ちゃんとケリを付けてきたのね。よく頑張ったわ。

大人でも自分の後始末も出来ない奴が沢山いるのに、あなたは立派よ」

 

「しかも新内閣で総理になったのは誰だと思います?ミコシバですのよ!

パルフェムの目を盗んで、野党を焚き付けて、

神国党内で反パルフェム派が総選挙後に多く大臣に起用されるよう、

議員達と共謀していましたのよ!信じられます!?

パルフェム、もう誰も信じられませんわ!」

 

「大丈夫、あたし達は裏切ったりしない。約束は守る。

約束通りここで暮らしてもいいから」

 

相変わらずあたしの腕の中で泣きじゃくるパルフェム。

彼女が泣き止むまでには、少し長い時間を要した。

 

 

 

「……みっともないところをお見せしましたわ」

 

散々泣いて落ち着いたパルフェムもテーブルに着かせて、ジョゼットの紅茶を飲ませる。

 

「いいのよ。それじゃあ、これからはここに住むってことでいいのね?」

 

彼女は黙ってうなずく。

 

「財産は全て現金化して預金口座にまとめて来ましたの。

しばらく戻りたくはありませんから……」

 

「辛い思いをしたのですね。もう悲しむことはありません。

あなたの救い主は目の前にいます」

 

ガブリエルが隣りに座ったパルフェムの手に、そっと自分の手を乗せた。

パルフェムは知らない顔に驚いて、キョトンとした目でガブリエルを見返す。

 

「あなたは?」

 

「天使ガブリエル。

今日、あなたが来ることを里沙子さんに伝えに、天からやってきました」

 

「……そう。まだ冗談の気分じゃありませんの」

 

「パルフェムさん、その方は本物の天使です。

つまり、里沙子さんがきっと助けてくれるのです。希望を捨てないで」

 

「そ、そうです!天使様に触れていただいたんですから、きっといいことがあります!」

 

何のつもりか、しれっとあたしの両隣に座ってるエレオノーラとジョゼット。

小声で下がらせようとする。

 

(ちょっとあんたら、何やってんのよ。大事な話の途中なんだけど)

 

(あの…里沙子さん、お願いです。どうか、わたしにも天使様との語らいを)

 

(わたくしも今日は3回もお茶を入れたんですから、

ご褒美に同席させてくださいよ……)

 

(2人共ガチの神様オタクね、本当に。変な横槍入れないでよ?)

 

(わかりました)(わかってますよう……)

 

気を取り直して話を再開。何から決めたものかしらねえ。あ、寝床!

ピーネとパルフェムがベッドに寝たら、

またあたしが固いマットの上で寝袋に入ることになる。

 

「一か八か、あそこを使うしかないのかしらねえ。

でも、いろいろ片付けなきゃだし、そもそも入る方法が……

ごめん、ガブリエル。ちょっと考えをまとめるから、

このミーハーなシスター共とお喋りしてあげてくれないかしら。

白がエレオノーラ、黒がジョゼット」

 

「はい、もちろん。お二人とも、改めまして神の告知者ガブリエルです。

どうぞよろしく。あなた方の熱心な祈りは主に届いていますよ」

 

「もったいないお言葉です!何百万人もの信者達が、

お姿を想像することしかできない天使様にお目にかかれただけで、わたしは果報者で、

胸がいっぱいになってしまって……

申し訳ありません、今の感情を上手く言葉にできなくて」

 

「わたくす、いえ、わたくしもなんだか舞い上がっちゃって、

さっきのお紅茶も上手く入れられたか心配になってるくらいで、

ちゃんと天使様をおもてなし出来たかな~って心配になっちゃってるんです。

あ、そうだ!ガブリエル様、今日はお泊りになっていってください!

わたくしのベッドが空いておりますので、そちらをお使いください」

 

「それはいい考えですね!不躾なお願いですが、聖書と神の真意との齟齬についても、

是非教えを乞いたいのですが……」

 

「それじゃ、今夜はガブリエル様とパジャマパーティーをしましょう!

わたくし、念入りにベッドメイクしておきますから!」

 

相手を無視して暴走気味のアホシスター二人にも、ガブリエルは微笑んで答える。

あたしが考え事に集中して何も聞いてないと思ったら大間違いよ。

2,3話くらい前にも言ったけど、エレオにもジョゼット菌感染の疑いがあるわね。

悲しいけど彼女に治療薬が落下する日も遠くないかも。

 

「ふふ、エレオノーラさんもジョゼットさんも固くならないでください。

魅力的なお誘いですが、私が必要以上に人に干渉することは許されていません。

人間の自由な選択を捻じ曲げてしまうことになりかねませんから。

心配なさらないで。書物に記されている教えも重要ですが、

最も大切なのはあなた方の純粋な祈りです。この教会の神性な空間が保たれているのも、

あなた達の日々の信仰あってのことなのですよ」

 

「……ありがとうございます!祖父にも胸を張って報告できます!」

 

「エレオノーラさんのお祖父様は法王猊下でいらっしゃいますね。

神が彼に大きな力をお貸し下さっているのは、長年の研鑽と祈りの賜物。

あなたにもそうあって欲しいと思います」

 

「はい、がんばります!」

 

ドアがどうしても開かないのよね、使うにしても。

不動産屋からもらった鍵束にもそれらしい鍵はなかったし。

 

「あの、ガブリエル様……わたくし、本来は遍歴の修道女として旅に出た身で、

いろいろあって今はここで家事をしながら、ミサを開いたり聖書を読んでるのですが、

諸国を旅して教えを説く使命を果たせていないんです。

わたくしはやはり、いずれここを離れて

旅に戻ることを考えるべきなのでしょうか……?」

 

客に人生相談してんじゃないわよ。ガブリエル、言ってやんなさい。勝手にしやがれ。

 

「ジョゼットさん。心配しないで。

教えを説いて回るにしても、あなた自身が経験や知識を積んでいなければなりません。

この教会は、自分自身を磨き教えを学ぶには最適な環境です。

あなたはまだお若いのですから、旅に戻る前に、

焦らずここで自分を高めてはどうでしょうか」

 

「そうですね……えへ、そうでした。わたくし、まだ2つしか光魔法使えませんし、

まだ人に何かを教える立場じゃありませんよね」

 

あんたいつもミサで何やってんのよ。とにかく、やるべきことは決まった。

ドアはこの際仕方ない。

 

「おーし、雑談はそこまで。みんな、今から一仕事始めるわよ」

 

あたしは立ち上がって宣言した。

 

 

 

 

 

もし、この企画を1から読み返すほどの酔狂がいたら気がつくかもしれない。

紹介してなかったけど、この教会にはまだ一部屋あるのよね。

もっとも、鍵が開かないし何が入ってるかわからない開かずの間なんだけど。

1階の物置、バスルームの更に奥。2階のあたしの私室のちょうど真下。

 

「よーし、みんな!今日はワクワクちびっこランドを作るよ!」

 

面倒くさい仕事を前に、少しでも気分を盛り上げようとワクワクさんの真似をしながら、

ボロいドアの前でみんなに言った。

今から行う作業を手伝わせるために集めたメンバーが、狭い廊下にひしめき合ってる。

 

「何をなさいますの?里沙子お姉さま」

 

いつもの彼女に戻ったパルフェムが聞いてくる。

 

「言ったでしょう。あなたのために新しく寝室を作るの。

多分広さからしてシングルベッド2つは置けるから、ピーネの分のベッドも入るわ。

二人共、自分だけの寝床で足伸ばして寝られるのよ」

 

「えー、パルフェムは里沙子お姉さまと一緒のベッドがいいです。

その部屋はピーネさんでお使いになって」

 

「勝手に決めないで!……っていうかそこのあんた!

用事が済んだならさっさと帰ってよ!そばにいるだけで肌がざわざわするんだけど!」

 

ルーベルに連れ戻され、カシオピイアの足に隠れながらガブリエルに文句を言うピーネ。

強気を装ってるけど膝が笑ってる。ガブリエルは困った顔で彼女に語りかける。

 

「お願い、怖がらないで。私が告げた事実に対する、里沙子さんの行いを見届けるよう、

メタトロン様から仰せつかっているの。もう少しだけ、我慢してね?

私のせいで窮屈な思いをさせてごめんなさい……」

 

「そうは言っても大したことはしないわよ。

名前の通り、ちびっこ2人の寝室を作るだけだから。問題は鍵。どこにもないの。

不動産屋から受け取った鍵には入ってなかった。というわけで、カシオピイア、カモン」

 

「なあに、お姉ちゃん」

 

すっと音もなくカシオピイアがあたしのそばに歩いてくる。

急に頼りの隠れ場を失ったピーネが慌てて右往左往する。

 

「ちょ、ちょっとどこいくのよ!あ、ルーベル。あんたでいいわ!」

 

「ビビってんじゃねえよ。普通のやさしそーな姉ちゃんだろうが」

 

「ビビってないわよ!いいからあたしの前に立ってなさい!」

 

「へいへい」

 

「騒がないで!どうでもいいやり取り挟みまくったせいで、

今回は文字数オーバーでダレ気味なんだから!

カシオピイア。このドア、ピッキングして開けてちょうだい」

 

「どうして?」

 

「どうしてワタシが解錠技術を持っていることを知ってるの?って言いたいのね。

あなたがピア子だった頃、

それであたしの部屋の鍵開けて突撃してきたことがあったのよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「あー違う!責めてるわけじゃないの!

ただ、とっととこのドア開けてくれると、お姉ちゃん嬉しいってことなのよ」

 

「わかった」

 

暗い顔をしていたカシオピイアが明るい顔になる。

他人が見てもほとんど変化はわからないだろうけど。

さっそく彼女はドアノブの前で膝をついて、

髪から抜いたヘアピンでカリカリと鍵穴の中をいじり始めた。

 

Falloutの鍵開けならあたしも得意なんだけどねえ。

まず大雑把に左右の半分で反応を見る。少し回るところを見つけたら、

そこから更に半分のエリアに分けてまた反応を見る。

それを繰り返すと大体の鍵穴は楽勝よ。どうでも良いことを考えつつ待つこと約5分。

カシオピイアが振り返って、悲しそうな顔で首を振る。

 

「どうしたの?」

 

「駄目。鍵穴にゴミがたくさん。ピンも錆びてて動かない」

 

「そっかー。そんなに古かったのね。ありがとう、カシオピイア。

こうなりゃ最終手段に出るしかないわね」

 

「何をするの?」

 

「原始的かつ確実な解錠手段よ。……はい全員下がるわよー!」

 

ぞろぞろとみんなとダイニングに下がる。顔には出さないけど、

ガブリエルもあたしが何をしでかすのか、興味深げな様子で見てる。

なら少しだけ楽しんでもらおうかしら。

あたしはピースメーカーとM100を抜いて、ドアを正面に見据えて誰ともなく呟いた。

二丁拳銃のあたしを見たジョゼットが怯える。

 

「ふええっ!?里沙子さん、どうして家の中で銃なんか……」

 

「……あたしが突入したら明かりを消して」

 

「今、昼だぜ?」

 

「行くわよ」

 

ルーベルのツッコミを無視してあたしは駆け出す。

十分に助走を付けたら、ドアの前でジャンプしてドロップキックを叩きつけた。

バリッ!と大きな音を立ててドアが破れ、あたしは未知の空間に突入。

暗い部屋、もうもうと立ち上がる煙で視界はゼロ。

しばらくあたしがじっとしていると、反体制派の集中射撃が……あるわけない。

何の映画のパロかわかった人には20ポイントあげちゃう。

 

とにかく息もできないほどのホコリをなんとかすべく、

袖でマスクをしながら、わずかに光の差す場所へ歩いていく。

最悪。窓に木の板が打ち付けられてて、開けられない。今度こそガチでこれが要るわね。

サイレントボックスを唱えて、十分に距離を取って、

木の板の壁に食い込んだ釘を狙い撃つ。

 

音もなく放たれた弾丸が、朽ちた板ごと釘を弾き飛ばす。

なんか最近、ピースメーカーを撃っても手応えがないのよね。

耳痛めてるからしょうがないんだけど、銃声ってやっぱりロマン。

 

そんなことは置いといて仕事仕事。

1枚板が外れたおかげで、部屋が少し明るくなって、多少内部が見えるようになった。

それを察知したダイニングのみんなが、恐る恐る部屋を覗き込む。

 

「なんだこりゃあ。ホコリだらけじゃねえか」

 

「ルーベル、手伝って。

他にも窓があるはずだから、バリケードっぽい板を外して欲しいの」

 

「おっし。物置からバール取ってくる」

 

すると、ルーベルと一緒に他のメンバーも物置に向かった。

 

「これは、お掃除が必要ですね~わたくし、雑巾とバケツを取ってきます」

 

「わたしも手伝います。拭き掃除の前にホコリを掃き取らないと」

 

「……ガラクタ、どけるね。軍手、あるかな」

 

あたしが銃把で殴ったり、強引に手で引っ張ったりして、

邪魔な板を外して窓を開け放つと、

すごい量のホコリが逃げ出すように外に流れ出ていった。

 

「うわっぷ!何十年放ったらかしだったのよ、ここは!ゴホゴホ!」

 

「本当ひでえな。とにかく窓を全部開けてホコリを追い出さなきゃな」

 

ルーベルが、持ってきたバールで手早く封じられた窓を開けていく。

ものの10分で、全部の窓が元通りに開き、新鮮な空気が入り込んでくる。

真っ暗だった部屋も3つある窓のおかげで明るくなった。

改めて部屋を眺めると、あるのは本棚やテーブル、誰なのかわからない肖像画。

使えないものばかり。ただの物置だったのね。

 

……だったらバリケードなんか貼るんじゃないわよ!

歴代神父のミイラでもあるのかと思ったけど、とんだ肩透かしね。

再利用できるもんがないかと思ったけど、木の板と同じく耐用年数がとっくに過ぎてて、

脆くて使い物にならない。

 

外に運び出して、ゴミの回収業者を呼ぶしかないわね。

裏手に放り出しておこうとも思ったけど、

ゴミ屋敷の始まりになりそうだから、きちんと処分することにした。

 

「里沙子さーん、雑巾持ってきました」

 

「サンクス。とりあえずデカいガラクタを、

ざっとでいいから乾拭きしてくれないかしら。

このままだと運び出す時に体中がホコリまみれになる。

まず邪魔な物どけてから掃き掃除したいの」

 

「それでは、わたしもお手伝いします」

 

「木のささくれとか気をつけてね。どんなバイ菌がいるかわかんないから」

 

「待って。私も、やるわ!一人用ベッドが手に入るんですもの。

ちょうどあの女もいなくなったことですし!フシシ」

 

「パルフェムもやりますわ!

うふっ、今日から里沙子お姉さまとひとつ屋根の下で暮らす部屋なんですから」

 

「偉いわよー、二人共。そこに積んである木の板には近づかないでね。

釘が刺さったままだから。エレオ達の拭き掃除を手伝って」

 

確かにガブリエルの姿が見えないわね。退屈になって帰ったのかしら。

そういういい加減そうな感じでもなかったけど。

まあいいわ。とにかく部屋の汚れをなんとかしないと。

 

その後、全員の苦労の甲斐あって、あたし達は、

ホコリが落とされた邪魔なガラクタを全部物置から裏手に運び出した。

まだ床や木枠の隅にチリが残る部屋を見渡す。

 

「ふー、物がなくなると結構広いわね。

二人分のシングルベッドと衣装棚は余裕で置けるんじゃないかしら」

 

「はぁ~まだ掃き掃除と拭き掃除が残ってますけどね……」

 

「掃き掃除についてはお任せになって」

 

パルフェムが帯から扇子を抜いて、慣れた手付きでバッと広げる。

 

「お、久々にアレやるのね」

 

「もちろん!では、僭越ながら……」

 

──眠る塵 夏空めがけて 風となり

 

彼女が一句詠み終えると、部屋中隅々のホコリが、

部屋の中央に竜巻のように渦巻きながら集まって、窓から飛び出し、

まさに爽やかな夏空と一体となって、流れていった。

 

「ワオ、まさに人間ダイソン。あなた何でもできるのね。

面倒な工程をまるごと1つすっ飛ばせたわ。助かった」

 

「喜んで頂けて光栄ですわ。ふふん」

 

得意げに扇子で仰ぐパルフェム。なんか知らんけど、それに対抗意識を燃やすピーネ。

 

「うー……私だって、部屋の掃除くらいお手の物ですわ!

エレオノーラ、モップを貸しなさい!」

 

「はいはい。床の隅から線を描いて往復するように拭いていくのがコツですよ」

 

自分からやってくれて、また助かったわ。あたしが司令を出すと絶対嫌がるから。

あたしらは雑巾で細かいとこ仕上げて行きましょうか。

大半のホコリはパルフェムが掃除してくれたけど、撫でるとまだザラッとするのよね。

 

で、1時間後。開かずの間はすっかりピカピカになり、

人間が住むにふさわしい清潔さを取り戻した。

初夏の空気が通り抜け、清々しい気分になる。

 

「みんなお疲れ……部屋ってここまで汚れることができる存在なのね。疲れたー」

 

「だらしねえぞ、里沙子。掃除くらいでへばる奴があるか」

 

「あんたが無意味に体力充実してるのよ」

 

「なんだとー!」

 

「いえ、確かにこの汚れきった広めのスペースを掃除するのは骨が折れました……

里沙子さん。あとは何をすれば良いんでしょう」

 

「街の家具屋で二人のベッドと衣装棚の発注。

ちょっと狭くなるけど、手頃なテーブルも欲しいわね。

それは街であたしがやってくるわ。はぁ」

 

「それって今日中に届きますの?」

 

「届くわけないじゃない。注文した家具が完成して届くまで1週間は寝袋生活よ。はぁ」

 

「里沙子お姉さまがパルフェムとベッドで寝ればいいんですわ!

丈夫な吸血鬼の方には寝袋で我慢して頂いて」

 

「勝手なこと言ってるんじゃないわよ!いいこと!?

この家じゃ私の方が先輩なんだから、ベッドのスペースは私に譲るべきよ!」

 

ややこしくなりそうだから、パンパンと手を叩いて、ややこしいケンカの種をもみ消す。

 

「はいはい、あたしが寝袋でいいんでしょ。そのかわり、二人共ケンカはなし。

あたしの頭の血管がぶち切れるから」

 

「それじゃあ、みなさん休憩しましょうか。わたくし、お菓子を用意します。

昨日の買い出しで買ってきた、塩パンがあるんです。

あのパン屋の人気商品で、冷めてもフカフカで美味しいんですよ!

温め直しますからちょっと待ってくださいね~」

 

「では、わたしはお茶の準備を」

 

「おやつ!?食べるー!」

 

「まあ!パルフェムも御相伴に預からせてもらいますわ」

 

「子供はいいわね。おやつ1つで元気になれるんだから。あたしもうヘトヘト。

街に行くのはお茶の後にするわ」

 

あたしは婆さんみたいに前かがみになりながらダイニングに向かう。

椅子に座る頃にはもう体力が尽きかけていた。

 

「ぶわああ」

 

「変な声出すなよ。そんなにしんどいなら明日にしたらどうだ?」

 

「1日延びると寝袋で寝る日も1日延びる。

それにあたしは一度休むと、エンジン再始動まで余計にエネルギーが要るタイプなの。

やることは今日中に全部片付けて、明日からまた食っちゃ寝生活に勤しむのよ」

 

「もーこれからはそうも行かねえぞ。子供が2人もいるんだからな。

みっともない姿は見せられない」

 

「うっ……鍵かけて、閉じこもって、エールをラッパ飲みすれば問題ないわ」

 

「大問題だ。明日から9時以降も寝てるようなら、

部屋の前でドラムを叩き続けるからな」

 

「……寂しい時代だ」

 

「まっとうな時代だ。休んだらちゃんと街に行くんだぞ。……私も半分持つから」

 

「えっ、金出してくれんの!?」

 

「半分だぞ?まぁ、なんていうか、人嫌いなお前が、

泣いてるパルフェムを受け入れて、ちょっと見直したっていうか、そんなところだ」

 

そう言うとルーベルはコップに入った水をゴクゴクと飲んだ。

刺激物は人工物の身体の劣化を招きやすいから、彼女はいつも水を飲んでいる。

あたしは頬杖をついて、そんなルーベルを眺める。

ふと気づいた彼女がやっぱり文句を言う。

 

「何ニヤニヤ見てるんだよ!さっさとパン食って買い出し行くぞ!」

 

「ふふふ、はいはい」

 

その後、パターの優しい味と散らした岩塩の塩気が生み出す旨味を味わい、

体力が30ポイントくらい回復したあたしは、出かけることにした。ホイミ。

 

「じゃあ、行ってくるわ。ジョゼット、悪いけど片付けお願いね」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

あたしは一度部屋に戻り、トートバッグを取ると、小走りで玄関に向かう。

ルーベル達はもう集まってる。あら、同行者がもうひとり。

 

「そっか。自分のベッドは自分で選びたいもんね」

 

「それもありますけど……」

 

パルフェムが口ごもる。

 

「里沙子お姉さま、耳の具合はどうですの?」

 

やべ。前に軟膏もらってから一度も薬局行ってなかったわ。

 

「本当に呆れたやつだな。耳治らなくてもいいのかよ!」

 

「そんな怒らないでよ……そうだ、家具屋のついでに薬局寄ってもいい?」

 

「最優先で行け!まったく」

 

「わかった、わかったから。そろそろ出かけましょう」

 

で、あたし達はいつもの街道を進んで、ハッピーマイルズ・セントラルの街に着いて、

いつもの街を南北に分ける大通りを北に進んで薬局にたどり着いたの。

やだ、もう12000字。さっさと入らなきゃ。

 

カランコロンカラン。ドアにベルが付いてるわけじゃなくて、あたしが口で言ったの。

そしたら、カウンターの奥のアンプリが、少しムッとした顔で見てきた。

茶目っ気にそんな怒ることないじゃない。

話しかけようとすると、彼女が前置きなしに聞いてきた。やっぱり口調も不機嫌そう。

 

「どうして来なかったの?」

 

「ほら、魔国のあの事件に巻き込まれちゃってさあ……」

 

「それは知ってる。でも、帰国してからずいぶん経つわよね」

 

「ごめん、ごめんってば。あと、このヘッドホン結局ほとんど使わなかったから返す」

 

アンプリが表情を呆れ顔に変えて、ひとつ息をつく。

 

「もう、耳の保護器具まで放り出して……あら、左耳に付けてるのは何?」

 

「知り合いが作ってくれた骨伝導補聴器。

頭蓋骨に直接微弱な振動を伝えて、脳に音声信号を送るの」

 

「へえ……聴力の補助にそんな方法があるなんて知らなかったわ。

とにかく奥へ。検査しましょう」

 

店内にルーベルとパルフェムを残して、診察室に入ると、クルクル回る丸椅子に座った。

アンプリが医療器具を乗せたトレーから耳鏡を取り出して、

あたしの耳に突っ込んで、両方の耳を検査した。

 

「う~ん。前よりはマシだけど、やっぱり治りが遅いわね。

化膿はなくなったけど、細かな傷が少し残ってる」

 

「お薬はちゃんと使ったのよ?それは褒めて」

 

「褒めない。あなたのためでしょう。まさか、また耳栓なしで銃を使ったんじゃない?」

 

「いきなり敵襲があってさあ、2,3発やむを得ず……

消音魔法を使う間もなかったのよ!信じて」

 

「はいはい。言っとくけど、本当にあなたのためなんだから、気をつけてね。

はいじっとして……

カルテNo.01321、斑目里沙子。悪意なき悪意、彼の物に残せし汝の爪痕、

白日の下、顕にせよ。サーチイレギュラー」

 

アンプリがあたしの両耳に手をかざすと、ささやくように診察魔法を唱えた。

彼女の両手に青い光の球が現れ、あたしの耳の中にある異常を照らし出す。

痛みも音もない不思議な魔法。変な放射線の一種だったらどうしよう。

耳って脳に近いんだけど。

 

あたしの取り越し苦労を知る由もなく、アンプリは繊維の綺麗な紙を手に取って、

魔法で得た情報を流し込む。真っ白な紙にあたしの耳の内部が描かれる。

 

「……期待はずれという点では期待どおりね。やっぱり治りが遅い。

今度こそ銃は撃たないで。大人しく家でごろ寝生活してなさい。

お金持ちなんでしょう?あなた」

 

「あ、ちょっと待った!その言葉に朝昼晩、必ずアルコールを摂取するようにって、

付け加えてくれない?」

 

「くれるわけないでしょう。前にも完治するまで酒を控えるようにって……

あ!飲んでるんじゃないでしょうね?」

 

「え、いや、そんなわけないじゃない。口さみしい時に舐めたりなんかしてないわ」

 

「耳が腐っても知らないわよ。この分じゃアルコール依存症の疑いもありそう。

そっち方面は専門外だから、どっかよそを当たってね!」

 

「わかったわよ……酒も控えるから怒んないでよ」

 

「しょうがない患者ね。今日はおしまい。

また軟膏出しとくから、なくなる頃にまた来て。

薬が残ってても、痛みを感じたり、化膿が再発したらすぐ見せてね」

 

「はーい。ありがとーございました」

 

あたしは店に戻ると、治療代を払うためカウンターの前に立つ。

例によってアンプリがレジを打ち、明細と軟膏の入った紙袋を差し出して代金を請求。

 

「ええと、診療代、処方代、薬代、保護器具レンタル代1月。合計で3000Gね」

 

「3000!?代金の大半はヘッドホンのレンタル代よね?

前回そんなに高くなかったもんね?ほとんど使ってないのにそんなに取るの?

そもそもなんでそんなに高いの?」

 

「里沙子ちゃんの言う通り、代金の半分以上はレンタル代よ。

この保護器具は精密な部品が沢山使われてて、

1つ当たりの価格が高いからレンタル代も当然高くなる。

それに使わなかったのはあなたの判断でしょう。

ちゃんとこれを着けて大人しくしていれば、今頃もっと病状も良くなっていたんだけど」

 

「うう……骨伝導マイク着けてるとヘッドホンが着けられないのよ」

 

「じゃあ、なるべく耳をかばって療養するしかないわね。お大事に」

 

金を払ったあたしが力なく薬局から出ると、ルーベルとパルフェムも後に続く。

 

「どうだったんだ?耳」

 

「あんまり良くなってなかった上に、怖い看護婦さんに怒られた」

 

「まあ……里沙子お姉さまの耳を治す一句が思い浮かべばいいのですけど」

 

「はは、パルフェムは優しい子ね。聞いてよ、禁酒まで命じられたのよ。

自宅で療養しろって言うけどね、酒を飲めなきゃ一体何して一日過ごせって言うのよ」

 

「酒しかねえのかよ、お前は!」

 

「酒以外何があるってのよ。しょんぼり」

 

傷心のあたしは、ふらふらと本命の家具屋へ足を向けた。

ごめん、このお話にはまだちょっと続きがあるんだけど、

長くなりすぎたから今回はここまでにするわ。なんだかどっと疲れが出たわ……

それではみなさんお元気で~

 

 


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