面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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13番の男
聖母の慟哭 第1話(凄い太字でお願い)


PART1 悪魔の呪い

 

共産主義国家マグバリス ── 軍都レザルード ──

 

 

「熱い、熱い、苦しい……」

 

「マリア様……うう、どうか、お助けください……」

 

「身体が痛い……痛え、痛えよ……」

 

ドラス島北東。兵士宿舎、武器・弾薬庫、兵器工廠等、軍事施設が集中する、

ここレザルードで、最も大規模な軍事基地の一室。

分厚いガラス張りにされ、3重の扉で厳重に管理された空間で、

多くの血まみれの奴隷たちが苦悶の声を上げ、

麻の布を敷いただけの床に寝かされている。

それを部屋の外から眺め、冷たい笑みを浮かべる緑の軍服の青年がひとり。

 

アルバトロス・シュルネドルファー。

 

強烈な日光で、年中灼熱の熱さに苦しめられる大地の生まれに似つかわしくない色白。

そして、白い髪をショートカットにした端正な顔立ちの青年。

彼はかつて類稀なる頭脳で、ガリアノヴァの参謀として

マグバリスの政治、経済、あるいは国際犯罪の助言者として暗躍していた。

 

だが、彼の死後勃発した奴隷の反乱、その機に乗じて、

分裂した軍部の一部を掌握し、クーデターを実行。

持ち前の戦略、謀略で抵抗勢力を内外から突き崩し、

ついにマグバリスの次期トップに立つに至った。

死にゆく奴隷達を眺める彼に、部下が駆け寄って敬礼した。

 

「大帝殿!培養の進捗状況は予定通りであります!」

 

部下の報告に苛立ちを覚えた青年は、舌打ちをして叱責する。

 

「貴様。また、その蛮族の階級で俺を呼んだな。俺の事は元帥と呼べと言った筈だ!!

もうマグバリスは、ガリアノヴァのような海賊崩れの集まりではない。

やがて世界を掌握する先進的軍事国家に生まれ変わったのだ。それを忘れるな!」

 

「はっ!申し訳ございません、元帥閣下!」

 

「ふん、無能が。まずはあの国から落とす。既に例の物は送ったのだろうな!?」

 

「はい。船便なので約3日で到着します。拘束した奴隷共はいかが致しますか?」

 

「殺せ。既に“あれ”の性能テストは十分に行った。性質も完全に捉えた。

被検体は必要ない」

 

「承知致しました!」

 

「下がってよし。俺は後少しこれを眺めたら屋敷に戻る。入り口に馬車を待たせておけ」

 

「はっ!失礼致します!」

 

「いや待て」

 

「はい……?」

 

「こいつらも、もう要らん。空間ごと焼却処分しろ。念入りにな」

 

アルバトロス元帥は顎でガラスの向こうにいる奴隷達を差す。

 

「はっ、かしこまりました!」

 

部下が足早に去っていく。アルバトロスはガラスの向こうに視線を移す。

重い鉄製の机に、鎖で厳重に縛り付けられた対ショック・耐熱性ジュラルミンケース。

表面には、警戒色で描かれたマークが。

黒の三角に囲まれた黄色の背景に、4つの円が重なりあっている。

それを見て、再び口元で笑う。

 

その時、部屋の内部の各所にある投入口から、炎帝石が投げ込まれた。

それらはしばらく転がると、弾け飛んで広範囲を超高熱の炎で包み込んだ。

まだ生きている奴隷もろとも。

 

“ギャアアアーーーアア!!うああ、あつい!だしてくれえぇぇーー!!”

 

「フッ、我々は既に勝っているのだよ。

この国に黒人、奴隷、性病、大麻しかないと思い上がっている連中を

震え上がらせてやる」

 

燃え盛る炎が彼の笑みを激しく照らす。

若き独裁者は、奴隷達の断末魔にも眉ひとつ動かさず、胸の内で野望を膨らませていた。

 

 

 

 

 

PART2 破られた平穏

 

サラマンダラス帝国 ── ハッピーマイルズ教会 ──

 

 

ありがとう、浜村淳です。関東の方がご存知かは知らないけど、

関西では誰もが知ってるほど有名な映画解説者がいるの。

独特な語り口が評判で、時々勢い余って映画のラストまで喋っちゃうのよ。

昔、島田紳助が「あの人の解説聞いたらな、映画観に行かんでええねん」とか

言ってたくらいよ。

 

うん、何が言いたいかというとね、ガキ共がうるさいったらありゃしないのよ!

 

「やった!クリーンヒットですわ!」

 

「やったわねー!お返しよ!」

 

「こらー!静かにしなさい!なんで昼間から枕投げ大会やってんのよ!」

 

「うふふ、このベッド居心地がよろしくて!」

 

ああ!もう、ダイニングから子供部屋に怒鳴ったらコーヒーちょっとこぼしちゃった。

パルフェムが本格的にこの家に住み始めてからの、弾けっぷりがひでえ。

毎日ピーネとじゃれ合ってる。

友達になるのは結構だけど、あたしをうんざりさせない程度になさい。

 

「ジョゼット、ちょっと布巾取って。あんたら、遊ぶなら外で遊びなさい!

その部屋ドアがないから直接声が響くのよ!……うん、ありがと」

 

「そーだぞー。静かにしないと駄目だぞー」

 

新聞を読みながらやる気なく注意するルーベル。

あんたもベッド買った共犯なんだから、もっとしっかり言い聞かせて!

 

「とにかく遊ぶなら外で遊べー!聞こえてんの!?」

 

テーブルを拭きながら大声を張り上げるけど、一向に止める気配がない。

これ以上続けるようなら、二人共尻を引っ叩こうと思った時。

 

 

ドンドンドン! 斑目様、斑目里沙子様!いらっしゃいませんか!?

 

 

いつもの不浄なるドアの嫌がらせかと思ったけど、かなり切迫した声ね。

すぐ行ったほうが良さそう。ダイニングの連中もただ事でない気配を感じてついてくる。

あたしはドアの向こうの客人に問いかける。

 

「あたしが里沙子ですけど、どなた?」

 

“帝国軍通信連絡兵であります!皇帝陛下より、緊急のお手紙をお持ちしました!”

 

緊急?とにかく返事もせずドアを開けると、黒い軍服の兵士が息を切らせて立っていた。

 

「こちらです!今すぐ内容のご確認を!」

 

彼は高級な封蝋で閉じられた手紙をあたしに渡した。即座に開いて中身を確認する。

その文面に目を通すと……

 

「すぐに行きます!あなたは帝都に戻って!」

 

「はっ!」

 

急いで馬に戻る兵士を見送ると、あたしは振り返って、

心配そうにこちらを見ていたエレオノーラに早口でまくしたてた。

 

「お願い、エレオ。あたしとカシオピイアを帝都に連れて行って!

大変な事が起こったの!」

 

「きゃっ、大変な事?一体何が……」

 

「行きながら話す。時間がないの!」

 

「お、おい落ち着けって。またなんか敵が来たのか?だったら私達も……」

 

思わずエレオの肩を掴んでいたあたしに、ルーベルが同行を申し出たけど、首を振った。

 

「今回の事件に関わるのは一人でも少ないほうがいい。

カシオピイア、軍人としてあなたにも出動命令が出てる、一緒に来て!」

 

「わかったわ、お姉ちゃん!」

 

お仕事モードに切り替わりつつある妹が駆け寄って来た。

 

「少ないほうがいい、ってどういうことだよ?」

 

「話してる時間が惜しいの。詳しくはこれ見て!さあ、エレオノーラお願い!」

 

あたしは読み終えた手紙をルーベルに押し付け、エレオに手を差し出した。

 

「は、はい!それではカシオピイアさんも……」

 

「ええ、要塞に急がなきゃ!」

 

「では行きますよ。

……総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん!」

 

手を取り合って3人で輪になり、エレオノーラが神の見えざる手を詠唱すると、

全員が光と浮遊感に包まれ、その場から消失した。

後に残されたルーベル達は、突然の展開にあっけに取られていたけど、

とりあえず手紙を広げて読んだ。すると、彼女の顔色がみるみる青くなる。

 

「ねえ、ルーベルさん。里沙子お姉さま達どちらへ行かれたの?」

 

「やべえぞ……戦争が始まった」

 

ルーベルは答えにならない答えを返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

PART3 中枢へ続く蹄

 

サラマンダラス帝国 ── 大聖堂教会前 ──

 

 

里沙子達はエレオノーラの移動魔法で帝都の大聖堂教会前に転移した。

教会の扉は全て閉じられ、パラディン達が守りを固めている。

その教会の前には既に軍用馬車が待機しており、里沙子達の到着を待っていた。

彼女らの姿を認めた兵士の一人が、里沙子の元へ走ってくる。

 

「お待ちしておりました。さっそく馬車へ!」

 

「わかりました!」

 

全員急いで馬車に乗り込むと、

慌てた転移魔法で乱れた呼吸を整えたエレオノーラが、里沙子に尋ねた。

 

「里沙子さん、一体何が起きたというのですか?」

 

「ええ、ワタシにも事前情報が必要。教えて、お姉ちゃん」

 

「うん。ちょっと複雑な話になるけど、よく聞いて……」

 

里沙子はエレオノーラとカシオピイアに手紙の内容を詳しく説明した。

話を聞くうちに、二人は驚愕に目を見開いた。

 

「そんな……何かの間違いでしょう!?」

 

「お姉ちゃん、本当にアースにはそんなものが……?」

 

「残念だけど本当。今回は、あたし達が出張ってもどうにもならないかも……」

 

「お祖父様……」

 

エレオノーラが振り返る。今も大聖堂教会は厳重に入り口が閉鎖され、

パラディンが両手にタワーシールドを持ち、体を張って警戒している。

しかしこれは演出。エレオノーラの呟きを耳にした、運転役の兵士が説明する。

 

「帝都内の住民には、法王猊下の命を狙う脅迫文が届いた、と通達しています。

事実が住民の間に広がれば、大パニックが起こりますので」

 

それも十分危険な状況なのだが、今回はそれを上回る非常事態。

事情を語り終えた里沙子が目を落とすと同時に、馬車が止まった。

 

「行くわよ。まずは皇帝陛下に会わなきゃ、始まらない」

 

彼女達は急ぎ足で、案内役の兵士と共に、城塞内部へ向かった。

 

 

 

PART4  2人目のイレギュラー

 

── サラマンダラス城塞 円卓の間 ──

 

 

ゴンゴン、と兵士が里沙子達に代わって、大きな両開きのドアをノックする。

 

「斑目様御一行をお連れしました!」

 

“入ってもらえ”

 

中から耳慣れた声が聞こえた。兵士がドアを開けて入室を促す。

里沙子達が円卓の間に足を踏み入れると、大きな円卓に皇帝を始めとして、

オールバックの若手幹部、丸眼鏡の将校、

彼女の知り合いで、諜報員を務める軍服姿のマリーが座っていた。

里沙子が挨拶をしようとすると、皇帝が手で押し止めた。

 

「互いに挨拶は省こう。なにぶん時間が足りぬ。

急に呼び出してすまないが、事情が手紙に書いたとおり切迫しておる。

まずは掛けてくれ」

 

「はい、失礼します」

 

3人が着席すると、皇帝が口火を切った。

 

「手短に状況を説明しよう。マグバリスが我が国に宣戦布告をしてきた」

 

誰も驚く者はいなかった。

幹部らは既に状況は知らされていたし、里沙子達も手紙で簡潔ながら情報は得ていた。

 

「我が軍とトライトン海域共栄圏加盟国で一気に叩く……ことが出来ないことは、

聡明な諸君は解っているだろう。

それができるなら、このように慌てて要人を緊急招集する必要などないのだからな」

 

「通信兵の連絡で状況は知らされています。

では、わたくし達はマグバリスとどう戦うべきなのでしょうか」

 

初めて里沙子が発言する。皇帝は、テーブルの上に広げられた雑多な書類をどけて、

1通の封書を手に取り、里沙子に手渡した。

 

「情けない話だが、それが分からず、皆の妙案を聞くため諸君を集めた。

里沙子嬢、まずは敵国の宣戦布告書面と添付写真を見て欲しい。だが……」

 

「何か問題でも?」

 

一瞬ためらう皇帝に問う。

 

「写真は心して見るのだぞ。深呼吸して、腹に力を入れて」

 

「……はい」

 

覚悟を決めて里沙子は封筒の中身を取り出す。宣戦の書面の内容は簡潔なものだった。

 

“我が共産主義国家マグバリスは、貴国に対し宣戦を布告する。

 直ちに降伏せよ。一週間返答を待つ。

 開戦と同時に我が国の工作員が新兵器を散布する。

 抵抗の意思が見られた場合、全サラマンダラス帝国民が写真と同じ末路を辿る。

 元帥アルバトロス・シュネルドルファー”

 

そして、封筒に残った写真を少しずつ抜き取って観察する。

……思わず悲鳴を漏らしそうになったが、必死に息を止めて飲み込んだ。

カシオピイアが彼女の異変に気づき、背中を撫でる。

里沙子は何も言わず封筒をカシオピイアに渡す。彼女もまた書類と写真に目を通した。

 

軍人の彼女が取り乱すことはなかったが、

やはり凄惨な死体の写真を見て、わずかに目を見開く。

写真を封筒に戻して、書面だけをエレオノーラに回した。

彼女が白い小さな手で受け取り、黙読。

しかし、書面に記された写真がないことを不思議に思い、カシオピイアに尋ねた。

 

「あの……写真がないのですが、わたしにも見せて下さい」

 

「だめよ!」

 

里沙子が声を上げる。

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「いくら優秀なあなたでも、今は無意味に傷つくだけ。

まだ16歳の人格形成が終わっていない女の子に見せられるものじゃない」

 

「そんな……」

 

「リサっち…いや、斑目様の言う通りです。我々もあの写真は十分精査しました。

それでも何も反撃の糸口が見つからなかったのです。

ここは彼女の忠告を聞き入れて下さい」

 

マリーも里沙子に同調し、エレオノーラを止める。

 

「……わかりました」

 

その時、カシオピイアが馬車で聞いた話を思い出し、

小声で里沙子に皇帝への進言を促した。

 

「お姉ちゃん、皇帝陛下にあの話は?」

 

「ああ、そうだったわね。……皇帝陛下、お伝えしたいことがあります!」

 

「申すがいい。今はどんな情報でも欲しい」

 

里沙子は自分の考えを皇帝に述べた。

するとカシオピイアとエレオノーラを除いた全員に動揺が広がる。

 

「どんな殺し方をすればああなるのかと不可解だったが、

アースにそんな危険なものが!」

 

「既に工作員が侵入しているとなると、手の打ちようがないぞ!」

 

若い幹部も、丸眼鏡の将校も驚きを隠せない。当然、皇帝も。

 

「我々は、手も足も出せぬまま、マグバリスに降伏するしかないのか……!?」

 

「そ、そうです陛下!炎で熱消毒すれば!」

 

「広大なオービタル島全土を焼き払うなど、不可能だ」

 

将校の提案も非現実的で、却下された。里沙子が疑問を口にする。

 

「しかし不可解です。あのウィルスがマグバリスに流れ着いたなら、

彼らも無事では済まないはず。

戦争兵器として運用可能なほど、あの国の技術レベルは高くないと聞きましたが……」

 

「ガリアノヴァ死亡をきっかけに、

マグバリス全土で反乱やクーデターが発生したことは、里沙子嬢も知っての通りだ。

クーデターを指揮、勝利を収め、ガリアノヴァの後釜に着いたのが、

アルバトロス・シュネルドルファーである。

情報筋によると、奴は相当な切れ者で、政治学、薬学、生物学を初めとした、

多くの学問に通じているらしい。

……このウィルス兵器が完成したのも奴の入れ知恵だろう」

 

マリーがそっと袖を撫でながら皇帝に進言する。

 

「陛下、ご命令を。……そのアルバトロスを暗殺すれば、

専門知識のない雑魚がウィルスを触ることはできないはず」

 

「いかん。もはやマグバリスは徹底的な軍国主義に生まれ変わった。

魔王戦の跡地で回収したAK-47のコピー品で武装した、

兵士やならず者達がドラス島全土に散らばっており、虫の一匹すら入り込めはしない。

他にもまだ隠し玉を持っている可能性すらある。

優秀な諜報員をみすみす死にに行かせるわけにはいかない」

 

「しかし!」

 

「やめてマリー。ドラス島は広いわ。標的がどこにいるのかわからないのに、

あなたが一人で突っ込んでも、敵の本陣を探しているうちに殺される。

あたしもあなたに死んでほしくない」

 

「だったらどうするのよ!

一週間後には、マグバリスの新兵器と戦うか、降伏しなきゃいけないのよ!?」

 

彼女らしくない大声で問うマリー。

打開策があるわけでもない里沙子も、黙るしかなかった。

そう、あと一週間で悲劇的状況が訪れる。

……だが、その時、彼女の脳裏にある考えがよぎった。一週間。

 

 

 

PART5 "母"への祈り

 

 

「どなたか、何か書くものを貸して頂けませんか!」

 

里沙子の唐突な申し出に、皆が腑に落ちない様子で彼女を見る。

 

「君!今は国の命運を左右する……」

 

「お願いです!急がなければ間に合わないのです!」

 

オールバックの若手幹部が舌打ちをして、

胸ポケットに差した万年筆を投げるように寄越した。

皇帝も彼女の意図が読めず、彼女に尋ねる。

 

「里沙子嬢、君は一体何がしたいのかね」

 

「これです……!」

 

里沙子はポケットから、真っ白なカードを取り出し、万年筆で何かを必死に描き始めた。

彼女の真意に気づいた彼がハッとする。

 

「それは、魔王との決戦で強大な使い魔を呼び出したカードではないか!

……しかし、この戦いは純粋な火力のぶつかり合いではない。

下手に攻め込めば、国民が写真の二の舞に……!」

 

「いいえ。次に呼び出すのは、超A級スナイパー。

銃器の扱いはもちろん、サバイバル能力、体術、医学、心理学、分析能力、

あらゆる分野において超人的な能力を持つ暗殺者……!

彼にアルバトロスの狙撃を依頼すれば、必ず完遂してくれるでしょう」

 

カードに筆を滑らせながら答える里沙子。

 

「超A級スナイパー?人間を呼び出すというのかね!?」

 

「皇帝陛下にお願いがあります!集められるだけの貴金属をご用意頂きたいのです!

彼の報酬は約20万ドルですが、この世界にはドル紙幣がありません!」

 

「おい!陛下の質問に答えないか!」

 

将校が里沙子を怒鳴るが、それでも彼女は描くことと喋ることを止めない。

必死の形相でカードに向かう里沙子を見た皇帝は、マリーに指示を出した。

 

「……情報官マリー。地下の金庫室からダイヤ1ケースを。

地金は大銀行の地下に眠っていて、引き出しには手続きに2日かかる」

 

「はっ!」

 

マリーが風のような動きで円卓の間から出ていくと、将校が驚いて立ち上がる。

 

「陛下、よろしいのですか!?そいつが何者かは知りませんが、たった一人で、

ドラス島に潜入し、アルバトロスを暗殺できると本気でお思いなのですか!」

 

「魔王との戦いでも、人類の勝利は夢物語でしかなかった。

だが、今も我らはこうして生きている。

我輩は再び里沙子嬢、彼女の信じる超A級スナイパーに賭けることにする」

 

将校がへたり込むように椅子に座り、宙に視線を泳がせる。

 

「描けた……!」

 

一方里沙子は、全てを解決してくれるかもしれない男の姿を描き終えて、

若干安堵してカードを見つめる。

同時に足の早いマリーが、鍵付きの鋼鉄製ケースを持って飛び込んできた。

 

「お待たせしました!ダイヤ10個、要塞に保管されている貴金属、全てこちらに!」

 

「ご苦労」

 

彼女がケースをテーブル中央に置くと、里沙子が頷いて口を開いた。

 

「皆さん、こちらも召喚の準備ができました。

ですが、その前に必ず守っていただきたい注意点があるので聞いて下さい。

命に関わるものばかりです」

 

「もったいつけずに早く言いなさい!」

 

「まず、決して彼の後ろには立たないで下さい。

彼は非常に警戒心が強いので、反射的に殴られます」

 

「ふぅ、ただの精神的異常者ではないのかね?」

 

幹部の白けた様子を意に介さず、里沙子は続ける。

 

「次に、彼の素性を探ろうとしないでください。

彼を知ろうとした者は、皆消息を断つか、死体で発見されています」

 

円卓の間に訝しげな表情と緊張した面持ちが入り交じる。

 

「最後に、彼に嘘をついたり、裏切りとみなされるような行為は絶対にやめてください。

彼は依頼人の嘘を決して許しません。同じく死の制裁が待っています。

あと、彼は相手に利き手を預けること、つまり握手はしないので、

あらかじめご了承ください。わたくしからは以上です」

 

「ずいぶん臆病な殺し屋がいたものだ。本当に頼りになるのかね」

 

「臆病だからこそ、一流なのです。

……では、彼を呼び出します、準備はよろしいですか?」

 

「うむ。貴女の思い描く最強の人間を呼び出したまえ」

 

里沙子は立ち上がりカードを高く掲げた。

 

「来て、お願い!」

 

するとカードが輝きだし、室内を明るく照らす。

だが、カードはしばらく光ると、力を閉じ込めるように、内部に光を戻してしまった。

 

「えっ、なんで……?」

 

魔王戦の時はこの方法でカードに描いた対象を呼び出すことができた。

何を間違えたのだろう。手にしたカードを呆然と見つめる里沙子。

 

「なにをやらかすかと思えば。

皇帝陛下、彼女は今回の事案には不適格ではないかと思いますが?」

 

「同感ですな。やはりトライトン海域共栄圏の連合軍で一気に畳み掛ける他……」

 

将校達の話し声も耳に入らない。一体何が足りないというのか。

一度深呼吸して心を落ち着け、冷静に考える。彼の物語を思い返して、ヒントを探す。

依頼に必要な報酬は用意した、あと何が……!

 

「大変失礼致しました。彼とのコンタクトに重要な要素が抜けていました……!」

 

「要素?済まないが、また上手くいかないようなら帰ってくれたまえ。

今は国難の危機への対策会議中だということを忘れてもらっては困る」

 

「もちろん。では……」

 

そして里沙子はカードをテーブルに置き、人差し指で押さえながら、

ある言葉を口にした。

 

──同志に告ぐ。賛美歌13番を斉唱し、これをただひたすら願う。

  母の命に賭けて、すべてを誓いつつ。

 

 

 

PART6 その名はG

 

 

里沙子が呪文のような一節を読み上げると、カードが再び輝き始め、

今度は窓から外を照らすほど強い光を放ち、内に蓄えた力で、ひとつの存在を形作った。

目も眩むほどの閃光に皆、目をかばうが、次の瞬間、カードは消滅し光も収まった。

ようやく異常現象が終わり、しばらくして皆が落ち着きを取り戻す。

 

「ううっ、なんだったのだね、今のは!」

 

「お姉ちゃん、上手く行ったの?」

 

カシオピイアが不安げに問う。

 

「カードが消え去った。成功したのよ。安心して」

 

「里沙子さん、今のは新しく覚えた呪文でしょうか……?」

 

「違う。彼に依頼するときのメッセージ。

重要なのは内容じゃなくて、文章に仕込んだ13の数字。

いろんな方法で広く“13”を示すと、彼から連絡が来るの」

 

「しかし里沙子嬢、その超A級スナイパーの姿が見えないのだが」

 

「ご心配なく。メッセージを受け取った以上、すぐに来てくれるはずです」

 

その時だった。

 

 

──用件を聞こうか……

 

 

突然闇から響いた抑揚のない男の声に、全員がその一点を見る。

部屋の奥、太い柱の影に白のスーツ姿の大柄な男が立っていた。

東洋系の顔立ちで、角刈りの頭と整った太い眉、

そして見る者を凍てつかせる、剃刀のような鋭い目つきが特徴。

皆がその視線に射すくめられ、皇帝ですら唾を飲んだ。

しかし、冷静さを取り戻した里沙子が立ち上がり、彼に話しかけた。

 

「来てくれたのね、デューク・東郷!いえ、ゴルゴ13!」

 

「……依頼人は、お前か」

 

「いいえ、こちらの皇帝陛下がいわば責任者で……」

 

「いや、構わん。里沙子嬢、彼との交渉は貴女に一任しよう。

ミスター、東郷。依頼内容は彼女から聞いてくれ」

 

「いいだろう……その前に、銃をテーブルに置け」

 

里沙子の銃を見て、東郷が武器を置くよう指示した。

彼女は黙ってガンベルトを外して、銃ごとテーブルに置いた。

デューク・東郷ことゴルゴ13は、それを確認すると、一歩ずつ皆が集う円卓に近づく。

その時、幹部が立ち上がり、ホルスターに手をやりつつ、

早足で彼に近づきながら停止を指示する。

 

「止まれ!皇帝陛下に近づく前に、身体検査を済ませてもらおうか!」

 

「……」

 

「両手を頭の後ろに上げて大人しくしているんだ!早く!……うぐっ!」

 

一瞬の出来事。

幹部が手の届く距離に入った瞬間、ゴルゴが左手で彼の服を掴んで強引に引き寄せ、

右手で腹を殴りつけた。みぞおちに強烈な拳を食らった相手の足から力が抜けると、

今度は左腕を首に回し、彼の手から銃を奪い、こめかみに突きつけた。

 

「かはっ!」

 

「……銃を抜こうとしている相手に接近を許すほど、俺は自信家ではない」

 

室内がにわかに騒然となるが、皇帝の一声で落ち着きを取り戻す。

 

「静まれい!……東郷よ、部下の非礼、本人に代わって詫びよう。

どうか、彼を離して我々の依頼を聞いて欲しい」

 

「……」

 

ゴルゴは幹部を放り出して、今度こそ壁を背にして立ったまま円卓を前にした。

彼の視線は既に卓上の書類に向いている。里沙子は彼に席を勧めた。

 

「あなたも座って。話はきっと長くなるから」

 

「気にするな……立っていても話は聞ける……」

 

「そう……」

 

気を取り直して彼女はさっそくゴルゴに依頼内容の説明を始めた。

 

「繰り返すけど、来てくれてありがとう。ゴルゴ13。

今回あなたに依頼したいのは……あ、ごめんなさい。

あのね、信じられないかもしれないけど、実はこの世界は地球とは別の世界なの」

 

「……そうらしいな。続けろ」

 

ゴルゴは葉巻に火を着け、紫煙を吐き出す。

里沙子の戯言と切り捨ててあしらったわけではない。

異世界に来たことを受け入れた上で耳を傾けているのだ。

 

「わかった。なら、あなたがこの世界の住人だという前提で話をさせてもらうわね。

単刀直入に言うわ。アルバトロス・シュネルドルファー元帥を狙撃(スナイプ)して欲しいの。

このサラマンダラス帝国の南に位置する、共産主義国家マグバリスが、

宣戦を布告してきたの。アルバトロスはマグバリスのトップ。

相手は一週間以内に降伏宣言しなければ、ウィルス兵器でこの国を汚染すると言ってる。

既に工作員を送り込んで、いつでも攻撃の準備ができてるとも。

でもこの世界の技術力じゃ対BC兵器装備なんて作れない。

そもそもそんなものが存在しなかったから。これまでは……」

 

「工作員の話を信用したということは、既に一部で攻撃が始まっているということか?」

 

「いいえ、そうじゃない。ただ、こんなものが送られてきたの」

 

里沙子は席を立って、ゴルゴに直接封筒を手渡した。

彼は書類と写真に目を通したが、全く表情を変えること無く呟いた。

 

「……エボラ出血熱の典型的な症状だ」

 

写真に写っていたのは、全身の毛穴から血を流し、口内が血だらけになり、

顔中に発疹が現れた凄惨な遺体だった。

 

「ゴルゴ13。君は、やはり知っているのか……?」

 

「スーダンで発見されたエボラウイルスに感染することで発症する。潜伏期間は約7日。

初期の段階では発熱や悪寒など、風邪に似た症状が現れ、

やがて発疹や肝機能障害を起こし、最終的には全身から出血、死に至る。

感染すれば致死率は50%から90%だ」

 

「ち、治療法はあるのかね!?」

 

丸眼鏡の将校が怯えた様子で問いかける。

 

「経口薬やワクチンの研究が進んでいるが、治癒率100%には程遠い。

この国の技術で確実な治療薬を生産することは、不可能だろう」

 

「なんということだ……」

 

肩を落とす将校。だが、希望を捨てるものばかりではない。

皇帝達はゴルゴの様子をじっと見守る。

 

「だから、あなたにアルバトロス暗殺を依頼したいの」

 

「……元帥のスナイプとウィルス兵器に何の関係がある」

 

「マグバリスは、ほんの2ヶ月ほど前までは、

奴隷貿易や薬物密売で外貨を得るだけの発展途上国だったの。

それが先代の大帝が死亡してから、アルバトロスがクーデターで政権を乗っ取り、

軍事国家へと国の舵を切ったの。

そいつは薬学や生物学に通じるインテリで、

彼がいなければ、エボラウィルスをウィルス兵器に転用することなんて、

とても出来なかっただろうし、運用もできない」

 

灰を落として痕跡を残さないため、ゴルゴは携帯灰皿に葉巻の先端を押し付け、

残りをポケットにしまった。

 

「アルバトロスを亡き者にすれば、

他の有象無象は目に見えない死のウィルスを恐れて、触ることもできなくなる!

ミドルファンタジアでのバイオテロを防ぐことは、あなたにしかできないの!」

 

ゴルゴ13は必死に訴える里沙子を、相変わらず鋭い目でじっと見つめる。

 

「お願い、“引き受ける”と言って、ゴルゴ13!

国が十分な報酬を用意したつもりなのだけど、USドルが準備できないことは仕方ないの。

それはわかって?」

 

里沙子が円卓の上に置かれた鋼鉄製ケースを持ってきて、彼に見せる。

その刹那、ゴルゴがショルダーホルスターから0.17秒の速さでS&W M36を抜き、

里沙子の眉間を正確に狙った。

 

“はっ……!”

 

またしても皆が凍りつく。

しかし里沙子は彼のルールを思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「ゆっくりと……ケースを開けろ。ゆっくりとだ」

 

「ええ、わかったわ。……今、用意できるのはこれで全部。どうかしら」

 

ゴルゴの言う通り少しずつケースを開けると、

中には握りこぶし大のダイヤ10個が収められていた。

やはり感情のない目でそれらを見るゴルゴ。彼の出した答えは。

 

「……わかった、引き受けよう」

 

そしてケースを受け取った。里沙子に安堵の心が戻る。

いつの間にか緊張で呼吸も浅くなっていたのだろう。思わず大きく息を吐いた。

 

「ありがとう……!」

 

「いや、待て!報酬を渡すのは任務が成功してからだ!カバンを置け、ゴルゴ!」

 

先程叩きのめされた幹部が腹を押さえながら戻ってきた。

 

「皇帝陛下も何故こんな男を!奴がダイヤを持ち逃げしない保証がどこにあるのです!

そうでしょう!?」

 

「メルカトル図法と…正距方位図法の世界地図を用意してくれ」

 

「仕事をするふりだけして、隙を見て持ち出すつもりか!?答えろ東郷!」

 

幹部を無視していたゴルゴが、一言だけ答えた。

 

「……お前の仕事は、当分黙っている事だ……」

 

「なんだと!」

 

「控えよ!今に至ってもまだ状況がわからぬか!

貴官にエボラ出血熱の蔓延を食い止める手段があるというなら申してみよ!」

 

「い、いえ!申し訳ございません……」

 

ゴルゴに冷たくあしらわれ、皇帝から一喝を受けた若い幹部は、

言われたとおり黙って椅子に座るしかなかった。

 

「失礼した、ゴルゴ13。他に必要なものがあれば言って欲しい」

 

「……この世界に、アサルトライフルはあるか?」

 

「突撃銃のことであろうか。ならば里沙子嬢が復元したAK-47がある。

オリジナルにこだわるなら5丁あるが」

 

「あ、ゴルゴ。言い忘れたけど、あたしも地球からこの世界に来たの。

酔っ払ってゴミ置き場で寝てたらいつの間にか」

 

「それで俺にコンタクトを取ったということか。……M-16は?」

 

「ないわ。あったとしても探し出すには時間がかかる。

あ、この世界の仕組みについて説明するわね」

 

「結構だ。地図をくれ」

 

「うむ、マリー情報官。今度は彼の指定した地図を資料室から」

 

「……かしこまりました」

 

マリーは横目でゴルゴを見ながら、再び部屋から出ていった。

ゴルゴもまたマリーの後ろ姿を目だけで見送った。

唐突に静寂に包まれた部屋で、残された者達は、改めて異質な存在に目を向ける。

ただ立っている。それだけで静かな殺気を放ち、どの方向から見ても隙がない。

皆が沈黙に耐えかねている様子を見た皇帝が口を開いた。

 

「ところでゴルゴ13。里沙子嬢は貴殿の能力を実に高く評価していた。

知識、技術、全てにおいてパーフェクト。依頼はほぼ100%確実に達成する。

それほどまでに完璧であるには何が必要か。

今後の兵士の育成のため、聞かせてはもらえぬか」

 

「……10%の才能と20%の努力…そして、30%の臆病さ……

残る40%は……”運”だろう…な……」

 

「人の意思で介入できるのは、努力と、臆病さ、のみか……

到底真似の出来ぬ領域に居るのだな。そなたは」

 

「俺は、ただ……依頼者が絶対的に求める、技量と、価値観を身につけるよう

心がけているだけだ……」

 

ゴルゴは鏡のように磨かれた銀のライターを取り出し、

開いては閉じるを繰り返し、呟いた。

 

「まず、言っておく……宣戦布告の文書に記されていた工作員。

あれは…開戦前に降伏を引き出すためのブラフだ」

 

「うむ、そのような気はしていたが、確証が持てなかった。是非根拠を聞かせて欲しい」

 

「……エボラウィルスは多くの要因で死滅する。

身近なものでは、熱・アルコール・直射日光。

対BC兵器装備のない世界で、ウィルスを守りながら、

また自らも感染しないよう海外から運搬できるのは、アルバトロスだけだと考えていい。

工作員の可能性は、ほぼゼロだ」

 

「“ほぼ”では意味がないのだ!完璧にゼロである確証を述べよ!」

 

将校がヒステリックに叫ぶ。

 

「100%の安全など存在しない。それほど不安なら石鹸で手を洗え。

それでもウィルスを殺菌できる」

 

「何を言うか!この無責任な役立たずめ!……っ!」

 

ゴルゴが叫び散らす将校をその鋭い目で見ると、彼は思わず口をつぐんだ。

またも皇帝の怒りが飛ぶ。

 

「いい加減にしたまえ!

彼を無責任だと言うなら、“100%の安全”の具体例を挙げるがよい!

出来ぬ者に彼を役立たず呼ばわりする資格はない!

もうよい、貴官は以後発言の際には我輩の許可を取れ!着席せよ!」

 

「ひっ!た、大変失礼致しました……」

 

すごすごと将校が椅子に座ると、同時に地図を持ったマリーが入室した。

 

「お待たせしました。こちらが指定の地図です」

 

「うむ。彼に渡してくれ」

 

「はっ。……どうぞ」

 

何も言わずに受け取るゴルゴ。マリーが彼に地図を渡す時、一瞬目が合った。

彼女は指示をこなすと、再び席に着いた。

ゴルゴはミドルファンタジアの世界地図を広げ、

ターゲットの居るマグバリスに目を向けた。

オーストラリアに似た地形のサラマンダラス帝国の南西、逆三角を描くドラス島。

彼が後に死闘を演じる舞台である。

 

「それで不足はないだろうか。他に物資の提供が必要なら……」

 

「……不要だ。仕事に取り掛かる」

 

ゴルゴはダイヤの入ったケースを持って、退室しようとする。彼の背中に皇帝が告げた。

 

「2階に客室がある。好きな部屋に滞在するが良い」

 

「結構だ……俺はどこででも眠れる……」

 

そして、彼が退室し、バタンと扉が閉じられると、冷え込んだ空気が一気に緩んだ。

皆、一様に緊張が解けた様子で口々に思いを吐き出す。

 

「はぁ……わたし、一言も口が利けませんでした。

彼からは感情のようなものが全く感じられませんでしたが、

パラディンとも全く異質な存在です」

 

「我輩も同意見だ。あれほど心というものを見せない人間が存在するとは」

 

「ですが、必ず依頼は達成します。彼に、賭けましょう」

 

「お姉ちゃん。あの人、怖いけど、強いと思う。ワタシもお姉ちゃんを信じる」

 

「しかし一週間だぞ。ダイヤだけを持って何をどうする気なんだ!」

 

「大方、国外逃亡の準備でも……いえ失礼、これはただの独り言で……」

 

「……皇帝陛下。ゴルゴに全てを任せる事になった以上、

ここに集まっていても無意味かと。私も任務に戻る必要があるので、解散を具申します」

 

マリーがテーブルの上で手を組みながら、皇帝に進言した。

 

「そうであるな。情報官マリーの言う通り、本日は解散としよう。

済まぬが、里沙子嬢達は全てが解決するまで、客室に泊まって欲しい」

 

「わかりました。わたくしは彼に依頼した責任があります。

結末を見届けるまで、こちらでご厄介になります」

 

「わたしも、里沙子さん一人に全て任せきりにはできません。

何ができるわけではありませんが……」

 

「アクシス隊員として、不測の事態に備え、ワタシも待機させていただきます」

 

「うむ。皆の団結に期待している。それでは解散!」

 

皇帝の一声で円卓の間に集まったメンバーは解散した。

里沙子は部屋を出て、久しぶりに会うマリーに声を掛けようとしたが、

既に彼女の姿はなかった。

 

 

 

 

 

PART7 タイムリミットは7日間

 

 

その頃、マリーはダイヤを持って帝都の街を歩くゴルゴを追跡していた。

 

リサっちは絶賛してたけどさ、マリーさんの鼻には、なぁ~んかキナ臭いんだよね、彼。

……具体的には、私と似た業種の人間っていうか。

本当にアルバトロスを仕留める技量があるのか、今日1日は見定めさせてもらうよん。

もし、ぶん殴られた彼の言う通り、ダイヤだけ持ってドロンする気なら……

 

マリーは軍服の袖にそっと触れてみる。仕事道具の感触。

 

ふむふむ、誰かに道を聞いているね。どこに行く気なのかな。

むむっ、お高いレストランや高級ホテルが並ぶ繁華街に足を向けたぞ。

残念ながらマリーさんのお給金じゃあ、仕事以外で立ち入ることはまずないんだなぁ、

寂しいことに。

 

立ち止まって葉巻にライターで火を着けて一服。

あまりのんびりしてる暇はないと思うんだけど。あ、また歩き始めた。

どこに行くのかな~。お、宝石店に入っていった。

なるほど、早速ダイヤを換金するんだね。

少なくとも、今の所この世界で活動する気はあるってことでいいのかな。

 

15分ほどして、ゴルゴが店から出てきた。隠れなきゃ。

次の目的地で大体彼が考えてることが予測できそうなんだけど。

角に身を隠したり、ウィンドウショッピングをするふりをしつつ、

気配を察知されない距離を保つ。ああ、また葉巻吸ってる。

……あんれ?繁華街を離れて、今度はちょっと汚い裏路地に入ったよ。

 

慌てて追いかけて、角からほんの少しだけ覗き込むと、

座り込むホームレス達のひとりと話し込んでる。

時たま、ホームレスの空き缶の中に銅貨を投げ込んでる。

普通は会話の内容はここからじゃ聞こえないけど、

情報官マリーさんを舐めてもらっちゃあ困るなぁ。

魔法媒体の唇のピアスに魔力を共鳴させると、

周囲の音声情報が壁をすり抜けて、より遠くから送られてくるんだ~

 

“この世界じゃあ、

基本的には火、土、風、水、雷の魔法をうまく活用して生活してるんだ。

あと2つくらいあるけど、聖職者か悪魔しか使えんよ。

いい情報だったろ。ついでにもうひとつどうだい?”

 

“ああ。この国で最も工業が盛んなのは?”

 

ゴルゴがまた空き缶に銅貨を投げ入れたぞー?

 

“毎度あり!イグニールっていう領地さ。民家より工場や鍛冶屋の方が多い。

一般人が何か作って欲しいならドワーフの鍛冶屋が一番だよ。

どの鉄器も丈夫で長持ち、機械より精密な部品だって作れる。

いい情報だったろ。ついでにもうひとつどうだい?”

 

“ああ。イグニールに行く方法は?”

 

それで銅貨をもう一枚。

 

“馬車を雇うことを勧めるね。半日くらいで着くよ。帝都の東側に駅馬車広場がある。

そこら辺走ってる流しの馬車は駄目だ。街の中しか行ってくれない。

いい情報だったろ。ついでに……”

 

う~ん、かれこれ1時間以上ホームレスの今更情報に聞き入ってる。

こんなことさっき要塞で聞けばわかったのに。マリーさんもう足が痛いよ。

 

“……もう十分だ。これは、チップだ……”

 

“うひょー、金貨を見るなんて何年ぶりだろう!ありがとよ、兄ちゃん!”

 

おっと、ゴルゴが再始動!足音を殺して追跡再開!

今度はホームレスすらいない薄暗い路地へ進んでいく。

こんな人気のないところで何をするつもりなのかな~?

角を曲がった!見失わないように、でも、気取られないよう慌てず急がず。

 

そっと角を覗くと……あれ、いない!

急いで追いかけるけど、くそっ、見失った!どこに行ったの?

すぐさま手のひらでシュッと袖を撫でると、音もなく刺殺用暗器が飛び出す。

武装して警戒を始めたその時。

 

 

──動くな。前だけを見て質問に答えろ。

 

 

突然背後に現れた不気味な気配。マリーさんピーンチ。

銃を突きつけられてることくらいわかるよ……大人しく両手を挙げる。

 

「俺をつけた理由は」

 

「あー、まずその物騒なのしまってくれると嬉しいな~」

 

「……」

 

「わかった、答えるからハンマーは下ろしてよ!

私もゴルゴさんの事疑ってたっていうか、

ちゃんとお仕事してくれてるかな~って見学を……」

 

「見学にわざわざ腕から伸びているものが必要なのか」

 

「しょうがないのよ、仕事柄!

ろくでもないこと考えてる連中に、ちょっと永遠に寝てもらうことがよくあってさ。

……仕事で思い出したんだけど、どうしてマリーさんの尾行、バレちゃったのかなぁ。

ステルス行動には結構自信があったんだけど」

 

「お前は、安全のための三原則を…知っているか?」

 

「な、何の話……?」

 

「1、目立たない。2、行動を予知されない。3、用心を怠らない……だ。

お前は、派手な紫の軍服を着たままターゲットの追跡を続けた。

それは、安全のための三原則に全て反している。

俺はお前ほど大胆な、神経を持ち合わせてはいない……」

 

「要塞の軍人が帝都をパトロールするのは、割と普通な感じがする~……」

 

「あらゆる店が銃で武装した警備員を雇っている繁華街を、たった一人で、か?」

 

「えっ!いきなりバレてたの?どうして……はっ!」

 

マリーは思い出した。ゴルゴが繁華街の路上で葉巻に火を着けていた。

鏡のような銀のライターで。

 

「ライター!ボディーの反射を利用して、後方確認をしていたというの!?

なんてやつ……!じゃあ、なんでわざわざホームレスからこの世界の情報を?

会議の場で説明の申し出があったのに!」

 

「どの組織にも属していない、しがらみのない第三者からの、

偽りない情報でなければ意味がないからだ……」

 

「どれだけ神経質なのかなぁ、おたく!」

 

「……そして、お前が依頼人でなかったことは…幸運でしかない」

 

「どういうこと?……あぐっ!」

 

ゴルゴは彼女の問いに答えること無く、

大きな手でドスッとマリーの後頭部に手刀を当てた。

彼女は背後の存在を見る前に、意識を手放した。

 

 

 

 

 

「…リー!?マリー!」

 

「んあ?……うう、頭痛い」

 

ガヤガヤという人だかりの中から、友人の声が聞こえる。

徐々に視界も意識もはっきりしてきた。

 

「あれ、リサっちじゃん。どうしたの?」

 

「“どうしたの”はこっちの台詞よ!

急にあんたの姿が見えなくなったから探しに来たら、

ゴミ捨てコンテナですやすや寝てるんだもん。何があったの?」

 

「いや~それがお恥ずかしい話なんだけど……」

 

マリーさんはゴルゴの偵察に失敗した経緯を説明したのであった……

 

「馬鹿!あんた殺されるところだったのよ!」

 

「それはしみじみ感じております、はい。あ、手貸して」

 

とりあえずリサっちはマリーさんに手を貸して、コンテナから出してくれた。

ついでに彼女の肩も借りて、要塞への帰路につく。いたた。まだ歩く度に頭に響く。

 

「どうしてこんな事したの?」

 

「職業病ってやつでして。

どうしても同業者やそれに近い人には疑り深くなっちゃうんだな、これが。それに……」

 

「それに?」

 

「いんや、なんでもないよん」

 

あんまりリサっちが彼に夢中だから、ちょっと妬いちゃったなんて言えるわけないし。

 

「あんたの店に“ゴルゴ13”置いてない?

200巻近く出てるから、1冊くらい流れついて来ててもおかしくないんだけど……

とにかくそれ読んだら、どれだけ危ないことしてたかわかるわ。

お願いだからこんなことはもう止めて」

 

「は~い。素直に謝る」

 

 

 

── サラマンダラス城塞 火竜の間 ──

 

 

里沙子に付き添われて要塞に戻ったマリーは、

皇帝にゴルゴの監視に失敗したことを説明した。

 

「……軽率だな。情報官らしくもない。我輩はそのような命を下した覚えはない」

 

「本当に、申し訳ございません」

 

深々と頭を下げるマリー。

 

「我々にはもう時間がないのだ。7日。7日間だ。

君がどれだけ彼を疑おうと、我々に残された時間はそれだけだ。

ゴルゴ以外にこの国を救える者はいない。そう信じる他にできることは何もない。

それを忘れるな」

 

「はい、承知致しました」

 

「だが……情報官の裏をかくとは、やはり只者ではないようだな。頼むぞ、ゴルゴ13」

 

皇帝は陽の落ちた暗い空を見ながら呟いた。

 

 


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