面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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聖母の慟哭 第2話

PART8 M-16(アーマライト)を入手せよ!

 

サラマンダラス帝国 ── 帝都立図書館 ──

 

 

マリーがゴミ置き場で目を覚ましてから、時を遡ること1時間。

 

ゴルゴは街の画材屋で購入した広い紙と鉛筆で、ひたすら複雑な設計図を描いていた。

店内をうろついていた時、“芸術の女神様御用達!”という

意味不明なポップが貼られており、一瞬気になったが、

不要な情報は次の瞬間、脳から削除した。

 

とにかく必要な文房具を揃えたゴルゴは、出入りが自由な図書館の読書スペースの隅で、

仕事道具の構造を思い浮かべながら、定規、コンパス、分度器を駆使して

必要になるパーツを描き続ける。

 

一切迷いなく筆を滑らせ、脇目も振らず、だが背後に警戒を怠ることなく、

精巧で複雑な設計図を描き続ける。

そして日没を迎え、閉館時刻を伝えるチャイムが鳴ると同時に、彼もまた作業を終えた。

 

「……これで、問題はないだろう」

 

図書館から退館したゴルゴは、次の目的に向かう。駅馬車広場。

ホームレスから仕入れた情報によると、ここから北西にあるらしい。

静かに街を照らすガス灯の光を浴びながら、ただ歩を進める。

旅行者のように、落ち着きなく珍しいものを指さしながら歩いたりはしない。

まるで日頃歩き慣れているかのように、前だけを見て前進する。

 

やがて、馬から外された多数の馬車が並ぶ、広い駅馬車広場に到着した。

何やらバチバチと電気が弾ける石で明かりを得ている、事務所がある。

ゴルゴは事務所の職員に話しかけた。

 

「急ぎの用で、イグニールに行きたい……馬車を雇いたいのだが」

 

「イグニール?う~ん、今からだと、追加で深夜料金がかかっちゃうけど、どうする?」

 

「構わない。いくらだ」

 

「ええと、イグニールなら深夜代込みで4500Gだ。前金で半額いただくよ」

 

「……全額前払いでいい」

 

ゴルゴは料金トレーに金貨45枚を置いた。

 

「えっ……?お客さんがそれでいいならこっちは大助かりだけどさ。

じゃあ、この番号札を同じ番号の馬車の御者に渡してくれ。良い旅を」

 

「ありがとう……」

 

“支払い済み”の赤いテープが貼られた番号札を受け取ると、

ゴルゴは視線を走らせ、自分の馬車をすぐさま探し出した。

馬車に歩み寄ると、若い御者が車体を磨いていた。ゴルゴは彼に番号札を差し出す。

 

「イグニールまで頼む」

 

「いらっしゃい!こんな時間に出発なんて、急ぎの仕事か何かかい?」

 

「……そんなところだ」

 

「それじゃあ乗ってくれ。ちょっと長旅になるぜ」

 

「ああ、頼む」

 

ゴルゴが乗り込むと同時に、馬車がイグニールに向けて発車。帝都を離れ街道を進む。

足元には、ガラス製のドームがあり、中に先程見た電気を放つ石がはめ込まれていて、

車内を明るく照らしている。それを見たゴルゴは、御者に話しかけた。

 

「車内の……明かりを消してもいいか」

 

「いいとも、こっちのランプさえついてりゃ。

仮眠でもとるのかい?ライトの横っちょにあるつまみをひねれば消せるよ。」

 

「……」

 

 

 

PART9 不可視のスナイプ

 

 

ゴルゴは言われた通りに明かりを消した。

だが、目を閉じて眠ることもなく、ただ真っ暗でしかない景色を眺めていた。

そして、帝都を離れて1時間後、異変が起きる。

黒衣装や同色の布で身体や顔を隠した男女6人が、道に広がって行く手を遮っていた。

御者は慌てて手綱を引き、停車した。

 

「うわっと、危ないだろう!なにをしてるんだ、どいてくれ!」

 

「それはできないねぇ。有り金全部置いて行ってもらおうか」

 

「はっ!お前ら、はぐれアサシンか!?

国営馬車を襲撃したらどうなるか、わかってるんだろうな!」

 

「騎兵隊が出てくる、だろ。残念だが、あたしら闇に溶け込むのが得意でね。

もらうもんもらったら、夜のうちに森を抜けて別の領地に高跳びさ」

 

「……」

 

外の言い争いを聞きながら、

ゴルゴは静かにS&W M36をホルスターから抜き、減音器を取り付けた。

 

「無駄な抵抗はおよしよ。最近はあたしらの間でもこんなもんが流行っててね」

 

はぐれアサシン達は、懐から拳銃を取り出した。

リボルバー、オートマチック、様々な形状の凶器が御者を狙う。

 

「や、やめろ!」

 

「客を下ろしな。運賃の残り半額を持ってるはずだ」

 

どうしていいかわからない御者は、後ろの乗客に助けを求める。

 

「なあ、助けてくれ!あんた強そう……」

 

が、彼が言い終わる前に、ゴルゴは馬車から降りていた。

しかし、リーダーらしき女アサシンが、目ざとくゴルゴの右手に銃を見つける。

すかさず短く口笛を吹くと、アサシン達は散開して、草むらや木陰に身を潜める。

全く明かりのない夜道に、黒ずくめの彼らの姿が同化し、

常人に彼らを発見することは不可能。どこからともなく女の声が響く。

 

“アハハハ!撃てるものなら撃ってごらん!

この暗闇であたしらを見つけられるならねえ!”

 

「……御者、お前のライトも消せ」

 

「わ、わかった!」

 

御者がすぐさま御者席のランプも消した。

 

“バカだねえ、これでお前は完全に闇の中!あたしらに蜂の巣にされて……”

 

ドシュッ、ドシュドシュ!!

 

「あうっ!」「うぎゃっ!」

 

アサシンが何か言い終わる前に、ゴルゴの銃がこもった銃声と共に火を吹いた。

6発撃ち、6発が命中。即死を免れた者のうめき声が夜空に吸い込まれていく。

絶命間際のリーダーが、信じがたい状況に、地を這い胸から出血しながら、

“何故”を突きつける。

 

「なんで、どうして……なぜあたしらの位置が……」

 

「……闇が、お前達だけに味方するとは思わないことだ」

 

そして、暗闇での狙撃に成功した理由に気づいた御者が、思わず声に出す。

 

「そうか!あんた車内の明かりを消していたよな!?

あれは暗さに目を慣らすためだったんだな、敵襲を警戒して!!」

 

「バカな……そんなことが…ちく、しょう……」

 

リーダーは息絶えた。他の生き残りもすでに血を失って死んでいた。

ゴルゴはリロードを済ませると、再び馬車に乗り込んだ。

 

「出してくれ……」

 

「ははっ、あんたすげえよ!6対1で、はぐれアサシンを返り討ちにしちまうなんて!」

 

御者は興奮しながら再び手綱を握り、馬を走らせた。

ゴルゴはやはり暗い車内で、ただイグニールへの到着を待つ。

 

 

 

 

 

PART10 職人(プロ)の流儀

 

イグニール領 ── 工場街 ──

 

 

ちょうど夜が明け、朝霞が漂う中、馬車がイグニール領に到着した。

御者がゴルゴに話しかける。

 

「お客さん、ここが鍛冶の街イグニールさ。どこで降りるんだい?」

 

「……ここで、一番腕のいい鍛冶屋へ行ってくれ。ドワーフの職人がいる、工房だ」

 

「ああ。やっぱりあんたもあの爺さんの腕を頼ってきたのか。

頑固だが腕は超一流って評判だからな。10分くらいで着くよ」

 

更に馬車が街の中に入っていくと、

道路の両脇に金物屋や工房が立ち並ぶ区画に到着し、馬車が止まった。

木の板に、ハンマーと釘の絵が彫り込まれた看板のかかった店の前。

ゴルゴは鞄を持って馬車から降りた。御者が番号札を確認し、別れを告げる。

 

「料金は全額もらってるから、あんたとはここでお別れだな。ご利用ありがとう!

いやー、仕事仲間にいい土産話ができたぜ。ゆうべのあんたの戦い、凄かったからな!」

 

「……チップと、忘却料だ」

 

「えっ?どういうことだよ」

 

ゴルゴは御者に一掴みの金貨を渡した。

 

「お、おい。こりゃ多すぎだって」

 

「昨日見たことは忘れろ。誰にも話すな。絶対にだ」

 

「どうして。あんな武勇伝……ひっ!」

 

ゴルゴはただ御者を見る。睨まれたわけでもないのだが、

彼と目が合った瞬間、御者は得体の知れない恐怖に駆られ、黙って金貨を受け取った。

 

「またのご利用を……」

 

御者はそそくさと馬車を走らせ去って行った。

それを確認したゴルゴは、店に入っていく。

店先には斧や鍬、薬缶などの金物が並び、奥には職人達が朝早くから働く工房があった。

ゴルゴはゆっくりと工房の入り口前に立って、目的の人物を探す。

 

見つけるのに苦労はしなかった。背は低いが、鋼のような筋肉で身を固め、

真っ白な顎髭を長く伸ばしたドワーフが、赤く燃える鉄の板を金槌で何度も叩いている。

その様子をしばらく見ていると、彼は背を向けたまま、

大きな声で怒鳴りつけるように問いかけてきた。

 

「何を突っ立っている!」

 

「……“部品”の制作を依頼したい。パーフェクトに精密なものを、だ……」

 

「なぜそんなところで突っ立っているのかを聞いてんだ!」

 

「……プロ同士の流儀は大事にしたいものだ。

俺は…職人の仕事場に無断で立ち入る趣味はない」

 

金槌を木箱に収め、燃える鉄板を炉に突っ込むと、ドワーフが振り返った。

 

「ふん、ワシみたいに頑固な野郎だ!将来ろくなジジイにならんぞ。

……しょうがねえな。いいから来い」

 

「失礼する……」

 

「いちいちワシに依頼するってことは、ワシにしか作れんものなんだろうな。

店先に並んでるようなやつだったら、炉に放り込むぞ」

 

「これを、3日以内に作ってくれ」

 

ゴルゴは帝都の図書館で作成した設計図をドワーフに渡した。

すると彼の顔が険しくなる。

 

「馬鹿かお前は」

 

「ああ……馬鹿なことをやらかすための、道具だからな」

 

「しかも3日だ?冷やかしなら帰れ」

 

「報酬なら…ある」

 

ゴルゴは鞄を置いて、開いて見せた。

9個。最初に換金した1個以外は、まだほとんど残っている。

ドワーフがひとつを手に取り、色々な方向から眺める。

そして鞄に戻すと、少し考えて答えた。

 

「3つだ。3つで引き受けてやる」

 

「……助かる。前払いだ。ダイヤは置いていく。3日後にまた来る」

 

「待て、領収書を書く」

 

ドワーフは店舗スペースの精算所の引き出しから台紙を取り出し、

注文品と代金を記し、判を押した。

 

「……だいぶ前に来た変な娘っ子も、妙なものを欲しがってたな。

金持ちの考えることはわからん」

 

愚痴りながら領収書を作成したドワーフは、

ゴルゴに判の乾ききっていない紙片を渡した。

 

「これを持ってまた来い」

 

「……頼みがある」

 

「今度はなんだ!」

 

「完成したら、設計図は燃やして処分してくれ」

 

「ますますわからん野郎だ。ワシの炉なら、あんな紙切れ灰も残らん。

あんなもん欲しがる奴は、お前くらいだ。お望み通り燃やしてやる。

言っとくが、あとで後悔しても知らんぞ」

 

「問題ない。俺はもう行く」

 

「はぁ、もうトシで目が効かねえってのに、こんな細けえもん寄越しやがって」

 

ゴルゴはドワーフの愚痴を背に、店を後にした。必要なものはまだある。

ショートストロークピストンの機構に必要な燃焼ガスを通すガスチューブ、

ボルトキャリアに装着するバネ。鍛冶屋では扱わない部品がいくつかある。

考えながら、ゴルゴは金物屋、雑貨屋、町工場を覗きながら足りないピースを求め、

集め続ける。

 

 

 

「柔らかいものなら何でも揃うよ!スポンジ、クッション、ホース、パテ!」

 

「……この口径のホースはないか。耐熱性に優れたものだ」

 

「うーん、この細さで熱に強いものですか~

もう少し太いのでよければ、丈夫なのがあるんですが……」

 

「それでいい」

 

「お買い上げどうも!」

 

 

 

「耐久性と柔軟性に優れたバネはないか。サイズはこれくらいだ」

 

「ああ……このサイズで高性能となりますと、

工場でオーダーメイドになってしまいます」

 

「その場合、どれくらい掛かる」

 

「一週間は見てもらわないと……」

 

「なら、サイズを優先してくれ。すぐ必要になる。性能は多少妥協する」

 

「それでしたら、このMR-2001がぴったりです」

 

「それを、10個くれ……交換が必要になるかもしれない」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 

「大安売りだよ!ドライバー30点セットがたったの20Gだ!在庫限りだよ!」

 

「……ひとつくれ」

 

「よしきた!まいど!」

 

 

 

「A-26とD-07のネジを30本ずつくれ」

 

「お買い上げありがとうございます!小袋に分けますので少々お待ち下さい!」

 

 

 

……そして準備を整えたゴルゴは、観光客を装って駐在所で尋ねた、

旅行者向けホテルに宿泊する。フロントの係に声を掛けた。

 

「4日泊まりたい」

 

「いらっしゃいませ!当ホテルはエコノミー10G、ファースト25G、キング50G、

どれも食事付きとなっております。どの部屋がお好みですか?」

 

「……ロイヤルがあるはずだ」

 

「ええっ!?」

 

係があからさまに動揺する。ございます、と言っているようなものだ。

 

「フロント脇の階段からしか入れない、邪魔の入らない部屋がいい」

 

「あー、申し訳ございません。

ロイヤルは一見様お断り、ご予約のみとなっておりまして……」

 

「……」

 

ゴルゴは、黙って係のポケットに金貨を3枚入れた。思わず係の顔がほころぶ。

 

「いやあ、これは失礼しました。確か去年もお越しいただきましたよね?

ご確認までに、ロイヤルは一泊1000Gとなっております。では、こちらにご記帳を」

 

差し出された宿泊名簿に、ゴルゴは偽名を記入し、

係は予約表に走り書きでその名前を書き足した。

 

「それでは、チャールズ・ブロンソン様。こちらが鍵です。では、お荷物を……」

 

「……いや、いい。自分で持つ」

 

「そうですか?では、よいご宿泊を!」

 

ゴルゴはフロント脇にある階段を上り、

番号ではなくFOREST, OCEAN,などの名前が付いた一室に入った。

豪華な家具や大きなシャワールームが完備された、

3LDKマンションのような広さの部屋が広がる。

彼はここでドワーフに頼んだパーツの完成を待つことになる。

 

もちろん、その3日間をスイートルームでくつろぎながら過ごすわけではない。

自ら定めた筋トレメニューをこなし、

バレルに重りを垂らした拳銃を構えた体勢を続けて、銃を照準するセンスを養う。

そうして、超A級スナイパーに必要な身体的能力を維持しつつ過ごすこと、

2日目のことだった。

 

 

“信じられませんわ、ロイヤルが満室だなんて!

このトライジルヴァ家長女が、キングにしか泊まれないなんて何かの間違いですわ!”

 

“お嬢様、どうかお静かに。ですから事前に予約をと……

あと、同胞とカード探しはこの領地で一旦切り上げましょう。

そろそろスノーロードに戻らなければ、

お嬢様の承認が必要な書類がえらいことになっているかと”

 

“お黙り、爺や!

のんびりしていては、デルタステップに差を開けられてしまいますの!”

 

ゴルゴはどうでもいい他の客の文句を無視して、ひたすらトレーニングに打ち込む。

 

 

 

 

 

まったく、このわたしがただのキングに泊まる羽目になるなんて。

広さが屋敷のわたしの部屋の5分の1しかないじゃありませんの。

でも、間違いありませんわ。イグニールに新たなカードが存在する。

アースの書物で読みましたもの。そこにあった気になる記述。

 

“まるでお札を刷っているようだ”。ある男性の言葉らしいですけど、

彼の会社が作っているカードが、わたし達、符術士の使役するカードと瓜二つでしたの。

これはもう、印刷機を製造しているイグニールに、

カードがあるという証拠に他なりませんわ!

 

「爺や!明日から本格的にカード捜索を始めますわよ!

めぼしい印刷屋、古書店、印刷機製造会社をピックアップしておいて!」

 

「はぁ。それでは近くの書店でイグニールの地図を買ってまいります。

しばらくの間失礼致します」

 

「お願いね」

 

バタンとドアが閉じられると、

貴族の女性は、大きなベッドに横になり、一旦休憩を取る。

大きさも清潔さも申し分ないが、彼女にとっては不満らしい。

だが、横になるうちに段々ウトウトとして、気づかぬうちに眠りに落ちてしまった。

 

トントントン……

 

ノックの音で目が覚めた。爺やが帰ってきたのかしら?

 

”お客様、ホテルの者です。忘れ物がありましたよ!”

 

忘れ物?荷物はいつも爺やが持ってくれてる。落とし物でもしたのかしら。

わたしはベッドから身を起こすと、ドアに向かいました。

 

「忘れ物ってなんですの?……きゃっ!ううっ!んん!」

 

わたしがドアを開けた瞬間、トレーナーを着た男が部屋に乗り込んで来て、

口を抑えつけられて押し倒されましたの!カードは爺やのトランクの中!

 

「おとなしくしろ!貴族は金持ちだろ?さっさと金を出せ!」

 

男がナイフを取り出しましたわ!爺やはどこなの!?

 

「……やめろ」

 

その時、いつのまにか大柄な男が、

開きっぱなしのドアの前に立っていたのに気が付きましたの。

彼は部屋に入るとドアを閉め、強盗に2歩近づきました。

 

「なんだお前は!こっちにはナイフがあるぜ!」

 

凶器をちらつかせる強盗でしたが……男性は目にも留まらぬ速さで強盗の腕をつかみ、

捻り上げました。ううっ…関節が外れる嫌な音がこっちにまで。

 

「ぎゃあああっ!!」

 

強盗の手からナイフが落ち、男性が強盗を放り出しました。

 

「警官に骨をついでもらうんだな。……出て行け」

 

「お、覚えてやがれっ!!」

 

強盗が痛む腕をかばいながら去っていきましたわ。

最初に襲われてから一分も経たないうちに終わった出来事に、

わたしは呆然としていましたの。

男性がナイフを拾い上げてテーブルに置くと、わたしに忠告を。

 

「他の領地は他国に等しい。用心することだ」

 

「か、感謝致しますわ……」

 

すると彼は黙って出ていこうとしましたが、

わたしはあることに気がついて、彼を呼び止めましたの。

 

「お待ちになって!」

 

彼が振り向いてわたしをじっと見ます。

 

「わたし、この領地に来るのは初めてで、しばらく滞在する必要がありますの!

安全な旅をするにはどうしたらいいか、教えて下さらなくて?」

 

「……」

 

「もちろん、それ相応のお礼は致しますわ!」

 

「……」

 

「お願い、人助けだと思って、引き受けてくださいな!」

 

「あいにくだが、こういう“形”で出せる俺の答えは……“NO”以外にない」

 

「ああ……」

 

「相手も確かめずになぜ、ドアを開けたのか……」

 

「えっ!?」

 

「ホテルは……お前の家ではない。

部屋にいる時は防犯チェーンを掛け、相手を確認してから、ドアを開ける。

そんな事は常識だ。それがわからない愚か者に、他国に来る資格はない……!

領地に限らず海外では、常に危険と隣り合わせという自覚がなければ、ならない。

ほんの少しの油断が命取りになる……」

 

「わたしは、他国を旅する心構えができていなかったのね……!わたしが馬鹿だった!」

 

「それがわかれば、まだ、やり直す事は可能……だ」

 

彼は手厳しい指摘の後、わたしの肩に手を置いて、

まだわたしにチャンスがあると言ってくれましたの。

 

「ありがとう……これからは慎重に行動することにします」

 

「……では」

 

彼が出ていくのと、ほぼ同じタイミングで地図を持った爺やが戻ってきました。

 

「遅くなりまして申し訳ありません、お嬢様。

むむっ、これはナイフ!こんな物騒なものがなぜ!」

 

「爺や!外から戻ったら、すぐにドアを締めてドアロックを掛けなさい!」

 

 

 

 

 

PART11 ワン・アンド・オンリー

 

 

ゴルゴのイグニール到着から3日後。

ドワーフの店に彼の姿があった。

もちろん、出来上がっているはずのパーツを取りに来たのだ。

工房の入り口で黙ってドワーフを見つめるゴルゴ。

やはり彼は背を向けたまま大きな声で呼びかける。

 

「……」

 

「だから突っ立ってないで入ってこいって言ってんだ!注文の部品ならそこだ!

全部包むのに、弟子に手伝わせても丸々1時間はかかったぞ!

古新聞が足りなくなったなんざ、ワシが店を開いて以来初めてだ!」

 

「……見せてもらおう」

 

ゴルゴは、工房の隅にあるテーブルに並ぶ、

古新聞に包まれた無数のパーツのひとつを手に取り、中身を取り出した。

まるで銃の製造工場で造られたかのような、あるいはそれ以上に精巧な完成度。

小数点以下のミリ単位の指定に応えた技術に満足した彼は、

部品を包み直すと、新たに購入した、ダイヤのケースとは別の鞄に部品をしまった。

 

「完璧な、出来栄えだ……」

 

「当たり前だ。誰が徹夜したと思ってる」

 

「設計図は……?」

 

「とっくに天に上った。お祈りでもしてやるこった」

 

「……ありがとう。俺も安心して仕事ができる」

 

「ふん、さぞかし変な仕事なんだろうな。行け」

 

「ああ。さらばだ……」

 

ゴルゴは店から去ると、滞在中のホテルの部屋にこもり、

集まったパーツの組み立てを始めた。

床に座り、ドワーフから受け取ったパーツや、街で買い漁った代用品を広げる。

彼は適切な順番で一つずつ手に取り、組み立てを始めた。

 

レシーバーを初めとした駆動部にグリスを塗りながら考える。

地図によると、ターゲットのいるドラス島はこの国から南西。

海上移動には帆船が使われているらしい。

サラマンダラスからマグバリスまでは船で約3日。今は4日目。

 

今日中に帝都を経由して海岸地帯まで馬車を雇うと更に1日。

それから普通に船に乗れば7日目をオーバーする。だが、問題はない。

ドライバーを回す彼の手の中で、パーツが徐々に何かの形を成していく。

敵の本陣は……奇襲を防げる、山脈を背にした北東地帯だと見ていいだろう。

 

そして、1時間半は経っただろうか。とうとう“それ”は完成した。

ミドルファンタジアで初めて生まれたアーマライトM-16。

もっとも、本来のM-16は軽量なアルミニウム製のレシーバーが内蔵され、

銃床やハンドガードなどに強化プラスチックが使用されているが、

この世界には存在しないため、ほぼ全ての部位が鋼鉄製。スコープもない。

 

銃床内部に充填される発砲プラスチックもなく、中はカラで、

衝撃吸収用ゴムで外部を覆っている。

ボルトキャリアに高圧ガスを送る、ホースで代用したガスチューブも、

サイズの問題から外部に露出しており、外観も歪だ。本来のM-16より重量があり不安定。

だが、これは確かにM-16なのだ。

 

恐らくワン・ミッションでこの銃は壊れて使い物にならなくなるだろう。

だが、それでいい。アルバトロス元帥の眉間を貫くまで耐えてさえくれれば。

ゴルゴは鞄にM-16をしまうと、チェックアウトするため、

部屋から出てフロントに向かった。

 

フロントに着くと、係が愛想良く話しかけてきた。

 

「ごきげんよう、ブロンソン様。なにか御用ですか?」

 

「急用ができた。

俺はチェックアウトするが、宿泊リストではきっちり4日泊まったことにしてくれ」

 

そしてゴルゴは鍵と小袋に詰まった金貨を置く。中身を見て目を丸くする係。

思わず一瞬言葉に詰まる。

 

「……っ、これは!いえ、承知致しました。またのご利用をお待ちしております!」

 

深く礼をする係を背に、ゴルゴはホテルから立ち去った。

そのままその足を駅馬車広場へ向ける。あくまで帰郷する旅行者として。

 

 

 

 

 

PART12 斑目里沙子の憂鬱

 

サラマンダラス帝国 ── 帝都・円卓の間 ──

 

 

その日も円卓の間には、ゴルゴ13召喚に居合わせたメンバーが集っていたが、

全てを彼に任せた以上、できることは何もなく、

ただミッション完了の知らせを待つのみだった。

 

付け加えるなら、里沙子は毎回落ち着きのない者が大声で喚くのにうんざりしていた。

皇帝の前であったが、もう頬杖をつきながら白い目で彼らを見る

 

「ゴルゴ13が消息を絶った!私の情報筋によると、奴は図書館を出たのを最後に、

行方をくらましました。やはり私の言う通りダイヤを持ち逃げしたのです!

皇帝陛下、なぜあのような男に前金を支払ったのです!?」

 

オールバックの幹部がうろつきながら叫ぶ。

あたしは、とんでもない話に思わず立ち上がってしまった。

 

「情報屋を雇ったですって!?彼を追跡していたら危うく殺されかけたという、

マリーの報告を聞いてくださらなかったのですか!」

 

「うるさい!奴がどれほどの腕前かはしらんが、

私は元々たった一人の殺し屋に国の命運を託すつもりなどなかった!」

 

本当にこの人らは……!何回同じ話をすれば気が済むのかしら。

殺し屋が自分の仕事現場を人に見せるわけがないでしょうに。

 

「そのとお……いや、自分も発言してよろしいでしょうか!」

 

「はぁ、構わん……」

 

そりゃ皇帝陛下もため息のひとつも出るわ。

一応偉いさんになれたからには馬鹿ではないんでしょうけど、

想定外の事態で実力を出せないタイプらしいわね、二人共。

 

そういや、ジョゼットにしばらく帰れないって手紙は送ったけど、

ちゃんとチビ助共の面倒見てくれてるかしら。

……あ!急いで来たから金時計持って来るの忘れた!

チビ助がイタズラしてなきゃいいんだけど。

 

「彼の言う通り、ゴルゴはもうアテにはできません!

やはり共栄圏の軍事力を結集して電撃戦を仕掛けるべきであると自分は思います!」

 

散々否定された非現実的な具申を繰り返す丸眼鏡の将校。

ゴルゴからの連絡に待ちくたびれ、同じやり取りを繰り返させられている皇帝が、

うなだれながら答える。

 

「……ウィルスの問題はどうする。

アルバトロス以前に、エボラウィルスがどこにあるのかもわからんのだぞ。

敵国上陸と同時にウィルス兵器を散布されれば、誰も帝国に帰ることができなくなる」

 

「それは……ゴルゴの言う通り、石鹸で身体を……」

 

心の中で頭を抱える皇帝の姿が目に浮かぶようだわ。

あたしもこの世界に来る前に、ローソンで廉価版コミック買っとくべきだった。

1冊読ませれば少しは黙ってくれるんだろうけど。

 

あれ、楽に鞄に収まるし、暇な移動時間を過ごすのに打って付けなのよね。

さいとう・たかを先生万歳。

あ、マリーが立ち上がった。今度は期待できそう。お願い、死ぬほど退屈なの。

 

「失礼ながら、ゴルゴ逃走の可能性は低いと考えます。

くどいようですが、彼は行動開始直後、ダイヤを我が国の貨幣に換金し、

ホームレスからこの国の常識、仕事に必要な情報を聞き出していました。

所属のない第三者から、歪みのない情報を得るためです。

ダイヤを持ち逃げするなら、そのような面倒な手順を踏むことなく、

そのまま立ち去ればよかったはず。

私も諜報員の端くれ。そんな私を欺くほどの人物なら、容易なことでしょう」

 

「うむ、我輩もそう考える。

そもそも、仮に降伏するにしろ、外交員を派遣するにはもう時間がない。

彼が船の上にいる間に戦争が始まってしまう。

口を酸っぱくするほど繰り返して諸君には申し訳ないが、我々にはもう、待つしかない」

 

偉いさん二人に口を挟ませず即座にマリーを支持し、結論を出す皇帝陛下。

もう喋んなっていう無言の命令が伝わってくるわ。

さすがに二人もそれは理解したみたいで、ようやく黙ってくれた。

 

開戦の危機だってことはわかってるけど、

やっぱり4日も同じメンバーで部屋に缶詰だと眠くなるわ。

頼むから早く狙撃完了の連絡をちょうだい、ゴルゴ。

……その時、部屋に一人の兵士が飛び込んできた。

 

「突然申し訳ございません!ゴルゴの、ゴルゴ13の目撃情報が入りました!」

 

 

 

 

 

PART13 嘲笑う天才

 

共産主義国家マグバリス ── 軍都レザルード・軍本部大会議場──

 

 

時を同じくして、マグバリスの軍本部で、

アルバトロス・シュルネドルファー元帥を初めとした幹部が集まり、

サラマンダラス帝国への上陸作戦について議論を続けていた。

フロアの端から端まで届こうかというテーブルに、アルバトロスを最奥として、

上級士官が着席している。

大佐が全員に配られたA4サイズの地図を見ながら説明を続ける。

 

「……以上が、沙国の海軍力配備状況です。

仮に敵国が我が国との戦いを選んだ場合……」

 

「待て、大佐」

 

アルバトロスが大佐の説明を遮った。

 

「なんでしょうか元帥」

 

「お前は今、“仮に”と言ったな。無意味な仮定は必要ない。

既に我々は交戦状態に入っている前提で説明しろ」

 

「ですが……」

 

「貴官は足し算もできないのかね。降伏勧告を送ってから既に7日。

つまり相手に届いてから4日が過ぎた。連中の返答が可だろうが否だろうが、

3日かかる船便では、こちらに期限の7日以内に伝達することは不可能なのだよ。

よって、どうあろうと開戦は必至。攻撃の準備は早いに越したことはあるまい?」

 

冷たい目で大佐を見ながら語るアルバトロス。慌てて大佐が解説の形式を変える。

 

「申し訳ございません!

敵艦隊との会敵予想ポイントは、南緯15度、東経59度であります!

こちらの編成はいかがなさいますか?」

 

「捨て置け」

 

「はい……?」

 

元帥の意図が理解できない大佐が聞き返す。

 

「近距離でカロネード砲を撃ち合う時代はもう終わったのだよ。

わざわざ莫大な国家予算をつぎ込んで艦艇を動かさずとも、宣戦布告の通達通り、

小型船で民間人に扮して沙国に上陸、俺が帝都で生物兵器を散布する。

後は敵国の都市機能が麻痺するのを待つのみ。伝染病が蔓延し、要塞が死に絶えたら、

俺の指示した手順で消毒を行う。全てが終わり次第、堂々と入城式を行えばそれでいい」

 

「よろしいのですか?もし沙国に上陸した際、敵兵に発見されれば」

 

「俺が失敗するとでも言いたいのか?」

 

「いえ、決してそのようなことは!ただ元帥の御身が心配で……」

 

「ふん、白々しい。散布の方法などいくらでもある。防御の方法も知っている。

それこそ、培養した生物兵器を詰めた試験管を体中に巻き付けて、

往来の真ん中を歩いてもいい」

 

「では、敵海軍については問題ないと?」

 

「海岸に見張員を1人配置して、敵艦が近づいたら叫ばせろ。

“生物兵器で汚染されているぞ”とな。クククッ」

 

小さく笑いをこぼすと元帥は立ち上がり、

テラスへの入り口にもなっている大きなガラス窓に近づく。

立ち止まると、アルバトロスは砂地と岩場、そしてわずかな草原地帯を眺めつつ、

部下に問うた。

 

「さて。これまでの話で、

この戦いと、歴史上繰り返されてきた戦争との違いに気づいた者はいるか?」

 

皆、彼の質問に困惑し、互いを見やるだけだ。元帥は心中ため息をつく。

部下の教育にはまだまだ時間が掛かりそうだ。

ましてや俺の思想に付いてこられる、理想の右腕を育て上げるには。

 

アルバトロスは、腰に差していた刀を抜いて、陽にかざした。

刀身が三日月のように美しい光のカーブを描く。

 

「これは、ニホントウというアースの剣だ。

見ての通り刀身は薄く細身で、ロングソードのような耐久性はない。

だがそれを犠牲にしても余りある、恐ろしいまでの斬れ味と美しさを備えた一品だ」

 

そして、また鞘に収める。

 

「しかし、いくら優れた剣でもこんなものはもう古い。

銃や魔法での遠距離戦が当たり前になった今の時代では、な」

 

彼は席に戻って演説を続ける。

 

「何が言いたいかというとだ。大勢の兵と、大金と、時間を費やして、

互いに血みどろになりながら体当たりを繰り返すような戦いは、もう古いのだよ。

これからは、より低予算、少人数でより多くの敵を殺すことが要となる。

世界にその新たな戦の有り様を示すのが、このマグバリスなのだ」

 

完全にアルバトロスの話に聞き入る軍幹部達。

場を支配する若き指導者が足を組み、コップの水を飲んで喉を潤す。

その時、会議場の扉がノックされ、一人の兵士が入室してきた。

 

「失礼します!」

 

「なんだ」

 

元帥は、カラになったコップを指先で転がしながら報告を聞く。

 

「偵察兵より報告!沙国帝都の要塞から、不審な男が出てくるのが目撃されました!

軍服姿ではありませんが、大柄で何かの鞄を持っており、

入った形跡はなく突然中から出てきたとのことです!」

 

「なるほど。それが奴らの駒か。脆く、頼りない、チェック間際の。

フフフ、ハハハハ……!」

 

大会議場にアルバトロスの笑いが響く。笑顔の彼とは対象的に、

他の幹部は凍えるような沈黙に耐え、じっとしているしかなかった。

 

 

 

 

 

PART14 生還率0パーセント!

 

サラマンダラス帝国 ── ホワイトデゼール領、海岸 ──

 

 

魔王討伐後、美しい田園地帯となったホワイトデゼールは、

緑豊かな草原でピクニックをする者や、海水浴を楽しむ者、

かつての激戦地を見学する客でごった返す、一大観光地に生まれ変わっていた。

 

ゴルゴがたどり着いたのは、スーツ姿の彼にはいささか不似合いなところだった。

彼もそれは自覚しているようで、馬車から下りると、御者に多めにチップを渡し、

早々に準備に取り掛かった。

 

どこかに、あるはずだ。海岸を歩きながら、潮の流れを見る。

すると、比較的流れが穏やかな場所が見えてきた。

実際、“初心者向け”という看板が立てられ、子供や母親、

慣れない泳ぎの練習をする者が、波の小さな海に浸かって楽しそうな声を上げている。

 

そこに、壁にカヌーやボートを立てかけた、小屋を見つけた。

革靴で砂を踏みしめながら小屋に近づく。窓やドアが開け放たれ、風通しの良い室内で、

近隣の監視局から海洋情報を受け取ったラジオが、

今日は絶好の海水浴日和であると告げている。

 

ゴルゴの目的はこの貸しボート屋だった。

受付カウンターで新聞を読んでいる店員に近づく。気づいた店員が料金説明をした。

 

「らっしゃい!貸出は1時間。カヌーは5G、ボートは10Gだよ」

 

「ボートを、借りたい……」

 

料金をカウンターに置くと、店員が小さい円形の鉄板に番号を刻んだ札を渡してきた。

 

「あいよ。えーと、今空いてるのは、8番だね。この番号札なくさないでね。

ボートは向こうに並んでる。……でもお客さん、海にスーツで大丈夫かい?

海水に濡れたら傷んじまうよ?」

 

「いいんだ」

 

「そうかい?じゃあ、楽しんでくれ」

 

支払いを済ませたゴルゴは、貸しボート屋から離れる。

一瞬開けっ放しのドアの前で立ち止まり、ボートが何隻か停められている桟橋に向かい、

番号札と同じ番号のボートに乗り込んだ。

そして両手でオールを持ち、目的地へ向かって漕ぎ出した。

 

一方、さっきの店員は妙な客がボートを漕ぐ姿をなんとなく眺めていた。

力強く、速く漕ぐ様は見ていて少し驚かされるほどだった。

だが、すぐさま異変に気づいて外に飛び出した。

 

「おーい!そっちは遊泳禁止だよー!潮の流れが早いんだ!戻れー!」

 

しかし、男は耳を貸す様子もなく、沖へ沖へと進んでいく。

 

「あ、こんにゃろう!ボート泥棒だな!返せー」

 

店員もボートに乗って追いかけようとしたが、いくら漕いでも差は縮まるどころか、

どんどん離され、やがて岬の影に隠れて見えなくなってしまった。

全力でボート泥棒を追いかけた店員は、疲れ切って肩を落としながら小屋に戻った。

同僚が興奮した様子で彼を出迎える。

 

「おい、ジョージ。何やってたんだ!」

 

「やられた。ボート泥棒だ。すげえ速さで逃げてった」

 

「馬鹿、違うんだよ。あの客はボートを買ってったんだよ!」

 

「えっ?」

 

同僚が何かがたっぷり詰まった重そうな袋を持ち上げてみせた。

力いっぱい持ち上げた彼の顔が赤くなる。

 

「なんだよそれ」

 

「ドア近くに落ちてた。まあ、見てみろ!」

 

彼が袋を床に置いて口を広げると、中には目も眩むほどの大量の金貨が。

 

「おい、マジかよこれ!」

 

「マジじゃなかったら何なんだよ!

こりゃ、あのボートを買い直しても、ほとんどそっくりそのまま残るぜ!」

 

「これ、余りは山分け、山分けだかんな!オーナーには内緒だぞ!」

 

「うるせえな、わかってるよ!」

 

店員達が袋に夢中になっている間、貸しボート屋の前には、行列ができていた。

 

 

 

 

 

そして、店員の追跡を振り切って、外海へ出たゴルゴは、一旦ボートを止めて、

鞄から賞金稼ぎ向けの店で買った、迷彩服やコンバットナイフと言った

装備品を取り出し、スーツから着替えた。次に太陽の位置から方角を確認。

支度を終えると、またオールを握り、ひたすら海を進む。

 

ゴルゴは考える。地図によると、サラマンダラス帝国と、マグバリス。

そして2つの国土の間に点在する島が、ほんの一筋だけ長い海流を生み出すはず。

そう、マグバリス南端へ導く高速海流。

通常の船舶なら気にもとめないほど細い、いわば隠し通路。

その海流に乗ってボートを漕ぎ続ければ、通常3日のところ、1日で敵地に着く。

 

だが、ゴルゴの作戦はあまりにも危険としか言いようがなかった。

まず、この速い潮の流れを遊覧用のボートで乗り切らなければならない。

転覆、難破、遭難の危険を回避し、無事マグバリスにたどり着いたとしても、

残りはたった1日。24時間で一国を相手に戦い抜き、

ターゲットをスナイプしなければならないのだ。

 

余りにも低い成功率。0パーセントと言ってもいい成功率。

だが、ゴルゴは臆することなく、ボートを漕ぎ続ける。

時折船体が、ギシ…ときしむような音を立てる。

ゴルゴは極力ボートに掛かる負担を小さくするため、波に抗わず、

海を流れるようにオールを漕ぐ。

 

そして。水平線に、地図で見た山脈が見えてきた。

ゴルゴは鞄から水筒と果物を取り出し、すばやく食べ、飲み、

戦いに備えて水分とエネルギーを補給した。さらに漕ぐこと1時間……

砂浜にボロボロになったボートと不要になった鞄が打ち捨てられ、足跡が続いていた。

ゴルゴがついにマグバリス上陸を果たしたのだ。

 

「……」

 

彼は広がる砂漠を見据えて、ダイヤのケースを背負い、

M-16を携えながら灼熱の大地へ突入していった。

 

 


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