面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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今日は朝から私のお家は てんやわんやの大さわぎ

「ジョゼット~さっさとなさい!!」

 

何をモタモタしてんのか、ジョゼットが出てこない。

とっくに出発予定の9時を過ぎているってのに。

あたしは教会の前で待ちくたびれていた。

しばらく待つとようやく彼女がバタバタと2階から降りてきた。

 

「ごめんなさ~い!遅くなりました……」

 

「家主待たせてのんびり身支度とはいい度胸してるわねあんた。

こっちは髪整えて化粧しても10分前集合済ませてんだけど」

 

「すみません……どうしても寝癖が取れなくて」

 

「頭巾被ってるうちに取れるでしょうが」

 

「これは頭巾じゃなくてウィンプルと言って……」

 

「どうでもいいわ、さっさと出るわよ」

 

「ああ、待ってくださーい!」

 

あたしは玄関に鍵を掛けると足早に街道に出て東に向かった。

ジョゼットも慌てて追いかけてくる。歩調を緩めることなく進んでいくと、

全力で走ってきたジョゼットがようやく追いついてきた。

 

「はぁ…はぁ…待ってくださいって、言ってるじゃないですかぁ」

 

「あんたがもっと急ぎなさい。

なんでこれ以上あんたに待ちぼうけ食らわされなきゃいけないのよ。

今日はあんたの買い物に行くのよ、わかってる?」

 

「そうですけど……」

 

買い物メモを取り出して目を通す。

女の子ひとりが生活に必要になるものは、大体書き留めたはずだけど。

 

「とにかく、今日買うものは、まず布団。

次に歯ブラシ、ボディタオル、パジャマとかいろいろね。そうだ、あんた化粧する?」

 

「とんでもない!シスターに贅沢は許されていませーん!

聖職者は清貧を美徳としているんですぅ!」

 

「ああ、駄目なエンジンかかってきたわね。叫ばなくても聞こえるから。

ええと、あとは食材。野菜、魚、肉を適当に。

これはすぐ冷蔵庫に入れないと痛みやすいから最後ね。

他にもなんか要るもの思いついたら買っときましょう、せっかく馬車雇うんだから。

なんか欲しいものは?」

 

「えーっと、昨日里沙子さんが言ってたパイの実とか言うものを……」

 

「この世界じゃ売ってない」

 

「ガ~ン」

 

「一口サイズのお菓子が箱にたくさん入っててね。

柔らかいチョコをサクサクしたパイ生地で包んで……」

 

「追い討ちかけないで~」

 

まぁ、向こうでいろいろ見て回れば大体のものは揃うでしょう。

今日一日潰すつもりで来たんだから、街全部回ったっていいんだし。

そうこう考えながら歩いてると、左手の林の中から、

小汚い格好の男がぞろぞろと3,4人ほど出てきて行く手を塞いだ。

どいつもボロい剣や斧を持っている。

 

「お嬢ちゃん、死にたくなかったら有り金全部置いてきな!」

 

テンプレみたいなセリフを吐いて無精髭の臭そうな男が声を上げた。

 

「あわわわ、お助け~!」

 

慌ててジョゼットがあたしの後ろに隠れる。

もともと戦力としては期待してないけど微妙に背中を押すのはやめろ。

まぁ、通行税みたいなもんだと思って諦めてるけど、

朝っぱらからテンション下げる迷惑行為は遠慮して欲しいわね。

 

「おらおらどうした!」「ビビってんのか嬢ちゃん!」

 

こちらが黙っているから調子づいた追い剥ぎ達がジリジリと近づいてくる。

 

「……ジョゼット、運が良かったわね。

うちをスルーしてたらメリケンサックでこいつら始末することになってたのよ。

見てなさい」

 

小声で背中の彼女に話して、ピースメーカーを抜くと、一番近いやつの足元を撃った。

砂がむき出しの地面がえぐれ、まだ昼には早い朝の空に.45LC弾の炸裂音がこだまする。

一気に追い剥ぎ連中が大きく動揺。その心が揺れたタイミングで、

抑揚を付けずに一言だけ告げる。

 

「殺すぞ」

 

一言でいいの。

ごちゃごちゃと銃持ってるだの、お前ら殺せるだの言ったら、

逆上した単細胞と余計な戦闘になりかねない。

弾の無駄だし、なんかの間違いでこっちが怪我したらバカバカしい。

 

「うっ、ずらかるぞ!」「に、逃げろ!」「助けてぇ!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げていく追い剥ぎ達。ようやく道が綺麗になったわ。

 

「ほら、行くわよジョゼット!いつまでくっついてんの!」

 

ずっとあたしの背中にしがみついてたジョゼットを振り落として、さっさと道を進む。

彼女も転びそうになりながらあたしに追いつき、腕を組んできた。なにそれ。

 

「買い物リストにあんたの武器を追加するのすっかり忘れてたわ。

さっきのヘタレ具合だと何持たせても駄目かもしんないけど、

見せるだけで脅しくらいにはなるからね。銃とか」

 

「うう……さっきの里沙子さん怖かったです」

 

「怖くなきゃ意味ないでしょうが。笑顔で名刺でも渡せばよかったっての?

奴らは好きで人のルールから外れた連中なんだから、

こっちも人間扱いしてやる必要なんかないの。

今のはあんたくらいのヘタレっぽかったから威嚇射撃で済ませたけど、

状況によっては別に殺したって構わない」

 

「そんな……彼らだって生きてるんですよ?」

 

「奇遇ね、あたしもよ。ほら、さっさと腕放す」

 

ジョゼットがそっとあたしから離れてうつむき加減で歩きだした。

この娘は武器云々以前に戦うことに向いてないわね、今更だけど。

しばらく無言で歩いていると、ハッピーマイルズ・セントラルの

やかましい喧騒が聞こえてきた。ちょっと意気消沈気味で大人しかったジョゼットが、

一気に有頂天になりはしゃぎだす。

 

「里沙子さん、里沙子さん!街が見えてきましたよ!わぁ、市場!」

 

「何べんも来てるからわかってるわよ、肩叩かないで。……こら、先行かないの!」

 

あの娘、あたしを置いて人混みん中飛び込んじゃった。

まったく、遊びに来たわけじゃないってのに。ああ、朝市の真っ最中で頭が痛い。

店番の掛け声や客の注文が飛び交ってうるさいのなんの。

ここには最後に寄る予定だってのに、どこ行ったのかしら。……あ、いた。

 

 

「ハッピーマイルズ教会で日曜ミサを始めるんです!ぜひ来てくださいね」

「え、あのボロ屋使えるようになったの?」

「はい!みなさんで一緒に賛美歌を歌って主を讃えましょう!……ぐえっ!」

 

 

後ろから思い切り襟を引っ張ると、首が締まったジョゼットが、

踏み潰したヒキガエルのような声を上げた。

 

「なにやってんの馬鹿!今日はあんたの買い物にわざわざ出向いてんのよ?

布教活動したいなら一人でここに来られるようになってからになさい!」

 

「げほ、ごほ!すみませ~ん。人がたくさんいたからつい夢中になっちゃって……」

 

「今日買い忘れがあっても1週間は来ないから、そのつもりで店周りなさい。

ただでさえここに来ると頭痛がするんだから」

 

「はーい。ええと、今日は何買うんでしたっけ」

 

あたしは改めて買い物リストを見た。まずは布団。

こいつと同衾なんて一夜限りで勘弁よ。でも、その前に……

 

「馬車を雇うわ。市場から少し東に、乗り合い馬車の停車場があるっぽい。行くわよ」

 

「わたくし馬車なんて初めてです!ずっと歩きの旅でしたから!」

 

「そうだ、気になってたんだけど、あんた旅の荷物はどうしたの。

まさか手ぶらで出発したわけじゃないでしょう」

 

「あ、えっと、それが……置き引きに遭っちゃいまして!」

 

「あんたらしいわ。経緯は聞かない。どうせ戻っちゃこないんだし」

 

あたし達は役所からちょっと北に行ったところの角を右に曲がった。

そしたら、姿は見えないけどすぐに馬の鳴き声が聞こえてきたわ。ここね。

木で作った柵でかなり広い敷地を囲ってる。

 

進むに連れて、白線で仕切られたスペースで馬車を待つ人や、

大きいの小さいの、いろんな馬車が見えてきた。

地球で言うバスターミナルみたいなところね。

あたしは敷地の隅にある事務所っぽい小屋に入って中の事務員に声をかけた。

 

「ちょっと失礼。1台馬車を貸し切りたいのだけど、手続きはこちらでよろしくて?」

 

「いらっしゃい。どのくらいの大きさが好みだい?」

 

「女の子一人の家財道具一式を買い揃えたいと思ってますの。

2人と十分荷物が乗る、中規模の車をお願いします」

 

「あいよ。となると、料金は200G。前金で100Gいただくよ」

 

「こちらに」

 

乗り逃げ防止の措置ね。あたしが前金を事務員に渡すと、

彼は書類になにやらチェックを記入して、番号札を渡してきた。

 

「まいど。その番号の馬車に乗って、残金は帰りに御者に渡してくれ」

 

「ありがとう」

 

事務所を後にすると、ジョゼットを連れて番号札と同じ3番の馬車を探し始めた。

……んだけど、こいつがあたしから離れようとしない。

 

「ちょっと、ボサッとしてないであんたも3番探しなさいな!

二桁番号振ってるってことは、100台はあるんだからさっさと行く!」

 

ジョゼットの尻を軽く引っ叩いたら、キャア!と大げさな悲鳴を上げて、

ロータリーの真ん中に逃げていった。

とは言え、放っといたら馬に蹴られて死にかねないから、

彼女を視界の端に捉えながらあたしも3番の馬車を探す。

 

……あの娘、考えなしに大型も小型も片っ端から番号確認してるわね。

中サイズに当たりを付けなさいっての。話聞いてたでしょう。

結局あたしが6人が向かい合って足を伸ばせる程度の大きさの3番を見つけて、

年季の入った御者に番号札を渡した。

 

「ああ、お客さんだね。さあ、中に入って。出発するよ」

 

「今日はよろしく。まず、敷地の真ん中でうろついてる馬鹿を拾ってくださいな」

 

「ハイヨー」

 

馬がいななき、パカポコと歩き始めると、

つながれた車部分もガタンと一揺れして走り出した。

あたしはドアを開けてまだ3番を探してるジョゼットに呼びかける。

 

「ジョゼットー!なにグズグズしてんの、早く乗りなさい!」

 

「え、ちょ、待ってください、置いてかないで~!」

 

「走って乗り込みなさい。小刻みに止まったり動いたりしてたら馬が可哀想でしょ」

 

「そんなぁ!受け止めてくださいよ!?……はぁ、はぁ、せーの!」

 

本人としては思い切りジャンプしたと思われるしょぼい跳躍を、

ほとんどあたしの身体で受け止めて、ジョゼットを車の中に放り出した。

 

「あたたた……里沙子さんひどすぎます~わたくしを置いて行くなんて!」

 

「あんたが見当違いのところにいるのが悪いのよ。

中型っつったのに1人乗りの馬車一生懸命調べてどうすんの。

……御者さん!まず布団屋さんまでお願いしまーす!」

 

“うーい”

 

シートは固くて乗り心地がいいとは言えないけど、やっぱり歩くより楽だわ。

鬱陶しい群衆をかき分けてスムーズに目的地まで運んでくれる。

あたしたちが雑談する間もなく、ショーウィンドウの奥に高級生地の布団を展示した、

ミュート寝具店の前で馬車が止まった。

 

店に入ると、なんだか空気があったかい。積み上げられた売り物のおかげかしら。

安物で十分かと思ったけど、

すぐ破れたりペッタンコになるとジョゼットの泣き言がうるさいだろうから、

店員にちょうどいいのを探してもらうことにした。

 

「ちょっと、ごめんください」

 

「いらっしゃいませ」

 

「シングルの掛け布団を探していますの。ダサいので構わないので、

丈夫で長持ちするものを探しておりまして。なにかいいものはございません?」

 

「承知しました。ではこちらへ」

 

キビキビと歩く店員についていくあたし達。途中でジョゼットが抗議してきた。

 

「里沙子さん!今、“ダサいの”って言いましたよね?言いましたよね?

いやです!カワイイのがいいです~!」

 

「黙りなさい。誰が金出すと思ってんの。

どうせ寝てたら見えないんだから贅沢言わない」

 

奴の抗議を切り捨てたところで、店員が足を止めた。

彼が一枚を広げてあたし達に見せる。

 

「こちらの、生地にアイアンペンギンの産毛を使用したものがお勧めです。

内綿は北極ガチョウ100%となっており、10年保証付きです。

お色ですが、あいにくと染色が難しく、白と淡いグリーンと黒しかございませんが……」

 

「色くらいは選ばせてやるわ、ほら」

 

「うぅ、どれもあんまり可愛くないです……」

 

「なら床で寝るか布団のないベッドで寝るか選ばせてあげる」

 

「グ、グリーンで!」

 

「かしこまりました。ではこちらでお会計を。

お持ち帰りですか、それとも配達に致しますか」

 

「馬車があるので持ち帰りで結構ですわ。お幾らかしら」

 

「1000Gでございます」

 

ショルダーバッグから小袋を一つ取り出してカウンターに置く。

ふぅ、昨日のうちに1000G単位のゴールドを詰めた袋いくつか作っといて正解だったわ。

通貨が硬貨しかないって本当不便。

店員は手慣れた様子で、あっという間に金貨を指で器用に弾いて数えていく。

 

「確かに頂戴しました。お買上げありがとうございます」

 

そんで、店員が布団を麻の紐で縛って持ち運びできるようにしてくれた。

さっそくジョゼットの出番よ。

 

「ほら持ちなさい。あんたの布団でしょ」

 

「持てるかなぁ、持てるかなぁ……」

 

そろそろあたしに泣き落としが通じないことを理解し始めたようで、

ジョゼットは弱音を吐きながらも紐に手を通して布団を持ち上げた。

 

「あ、結構軽いです!わたくしでも持てます!褒めてください!」

 

「だからそれはあんたのだって……

まあいいわ、あたしに頼らなかったのは褒めてあげる」

 

店を出て馬車に布団を積み込むと、次の目的地を御者のおじいさんに告げた。

今度は薬局ね。歩くと結構長かった道路も、馬車だと楽で早いから不思議な感覚だわ。

薬局の近くで止まってもらい、店内に入った。

すると、アンプリがあたし達に気づいて笑いかけてきた。

相変わらずピッチリしたナース服だけど、

楚々とした雰囲気をまとってて下品な色気がない。くそ。

 

「いらっしゃい。今日はお友達と一緒?」

 

「違う。居候兼召使い。こいつの生活用品を揃えに来たの」

 

「こ、こんにちは……」

 

「あら残念。あなたの孤独癖が治ったかと思ったのに」

 

「それは不治の病よ、死ぬまで治ることはないわ。それより、ちょっと商品見るわよ」

 

「どうぞどうぞご自由に」

 

ニコリと微笑んでそう言うとアンプリは棚の整理に戻った。

脚立なんか使うと見えるわよ。まあ、そんなことより買い物よ。

メモを見ながら生活必需品を手に取る。

 

「ほら、あんたもぼやぼやしない。要るもの、欲しいもの、探してこのカゴに入れるの。

歯ブラシは入れた。他には?」

 

ジョゼットは珍しそうに周りを見回して、ようやく一つ候補を挙げた。

 

「えっと……石鹸?」

 

「まぁ、それも買っといて損はないわね。他」

 

「以上です!」

 

「違う!昨日馬鹿騒ぎの種になったボディタオル、

歯磨きチューブ、クシ、鏡、シャンプー、リンス!全部探してカゴに入れときなさい!」

 

「えー!?歯磨きやシャンプーとかは同じの使えばいいじゃないですか!」

 

「絶対ご免よ。歯磨きチューブには一度歯を磨いたブラシをこすりつけるわよね?

それを他人と共用することにあんたは疑問を感じないの?

シャンプー、リンスも人によって好みが違う。昨日は仕方ないから見逃したけど、

今日からは自分用のを使いなさい。わかったら自分で好きなの探す!

……あたしは別の買い物があるから」

 

「里沙子さん潔癖症すぎですぅ」

 

「あんたが衛生的にズボラなの。

……ねぇ、アンプリ。またニトログリセリン2瓶、いや3瓶欲しいんだけど」

 

「え、また?隣のおじいさん、そんなに具合悪いの?っていうか隣ってどこ?

あなたの家って周りになんにもないって話だけど」

 

「例え何マイル離れてようと、そこに家があれば隣なのよ。

あたしだって気が向いた時くらい人助けはするわよ。

また胸が痛いらしいから念のために置き薬したいんですって」

 

「……ふぅん」

 

本当は駄目なんだけどね、と言いながら、アンプリが鍵の掛かった棚から

ニトログリセリンの瓶を取り出した。ごめんよアンプリ全部嘘。

ダイナマイト使っちゃったから補充しなきゃ。彼女がブツをカウンターに置くと、

ちょうどジョゼットがカゴに商品を入れてこっちに来た。

どれどれ……おお、ちゃんと揃ってる。

 

「里沙子さ~ん。これでいいですか?たくさん品物が並んでて探すの大変でした……」

 

「うんうん。あんたにしては上出来だわ。

あたしの分は手に持ってるから、一緒に精算しちゃいましょう」

 

あたしが足りなくなりそうな化粧品とシャンプー、

それと大きめのマイバッグをカゴに入れると、カウンターに置いた。

 

「くださいな」

 

「は~い。ありがとうございます」

 

アンプリが大量の品物をひとつひとつ手にとって、金額を計算する。

時折髪をかき上げる仕草がちょっと可愛い。

計算が終わると彼女は商品をマイバッグに詰めてくれた。

そういや、このマイバッグゴリ押し運動、唐突に始まった気がするんだけど、

一体誰が儲かったのかしら。どうでもいいことを考えていると、袋詰めが終わったわ。

まぁ、どうせどっかの役人かそのツテでしょ。死ねばいいのに。

 

「お会計が、172Gです」

 

「ちょっと待ってね。

小銭しか支払い方法がない世の中に怒りを覚えつつ金貨を数えてるから。

……よし、ちょうどね。はい」

 

ショルダーバッグの少額用の巾着袋から172Gを取り出して、トレーに置いた。

アンプリも慣れた手つきでささっと数える。

 

「うん、ありがとうね。はい袋。結構重いわよ、持てる?」

 

「ありがと。こいつに持たせるから大丈夫。ほら、あんた」

 

「は、はい!……重んもい」

 

「店から馬車まで数歩でしょ。頑張るの」

 

「よいしょ、よいしょ……」

 

やる気なくジョゼットを励まして荷物を馬車に積み込ませた。

さすがに馬車のドアは開けてやったけど、

この程度で息切れしてて、よくここまで旅してこれたわね。

なんとか中央教会がどこにあるのか知らないけど、

旅の行程ほとんどヒッチハイクで来たとしか思えないわ。

 

さて、次はどこに行こうかしら。向かいに銃砲店があるけど、今は用はないわ。

装備と弾薬は足りてるし、ジョゼットに使えるものがあるとは思えない。

そうすると……服ね。窓から顔を出して御者に行くところを頼む。

 

「おじいさん、次は婦人服の店に行ってね」

 

「うい」

 

ガタゴト、ガタゴト。馬車があたし達を街のまだ知らないエリアに運んでく。

ジョゼットはもう疲れたのか、珍しく黙り込んでる。だらしないわね。

まぁ、静かで助かるけど。10分ほどで馬車が止まる。

 

「ほら、ジョゼット。着いたわよ」

 

「はい……」

 

「今度はあんたの服を買うの。部屋着や普段着くらいないと困るでしょ」

 

「服!?お洋服買ってくれるんですか?」

 

「ええ。一日中その辛気臭い黒ずくめを見てると気が滅入るという、

あたしの事情もあるけど」

 

「ひどーい!この修道服はわたくしたちの誇りでもあるのに、里沙子さんの意地悪!」

 

「ああ、そういえばホコリ臭いわね。洗濯用に2,3着作ってもらいなさい」

 

「え、新しい修道服まで?なら今の発言は許してあげます!」

 

「別に許してほしくもないけどね。行くわよ」

 

すっかり無駄話で時間を無駄にしてしまったわ。

慌てて馬車から降りるとキャザリエ洋裁店に飛び込んだ。

もう正午を回ったからさっさと用件を済ませましょう。

 

「部屋着とかは既製品を買うしかないわ。オーダーメイドだと3,4日はかかる。

店に並んでる服、好きなの選びなさい。ただし、迅速に。

パジャマも忘れんじゃないわよ」

 

「わーい、里沙子さん太っ腹!……あ、このセーターかわいい!」

 

ジョゼットはリング状のハンガー掛けに吊られているものや、

マネキンに着せられた服を目を輝かせながら選びはじめた。

彼女は次々商品を手に取ると、体に当てて姿見で見る、を繰り返す。

あたしは眼鏡を掛けた店主に声をかけた。

 

「こんにちは。服を3着作っていただきたいのだけど、今よろしくて?」

 

「はいはい、いらっしゃい!じゃあ、まずは採寸から」

 

「ああ、ごめんなさい。私じゃなくて、あそこで騒いでる馬鹿が着ているものを3着」

 

“里沙子さ~ん、これ似合ってます?ちょっとヒラヒラしすぎかな?

シスターたるわたくしがこんなの着てちゃ駄目なのにぃ。

でも似合っちゃうからしょうがないかな?えへへへ~”

 

「迅速に選べと言った」

 

今朝追い剥ぎ共をビビらせた時と同じ声色で告げると、

青くなったジョゼットがスタスタと何着か服を持ってきた。

いちいち手間をかけさせるわね。

 

「服のサイズ図るから、そこでじっとしてなさい」

 

「ちょっと失礼しますよ、シスターさん」

 

修道服の採寸が終わるまで手持ち無沙汰のあたしは、残りの予定を確認する。

市場方面へ逆戻りね。市場の裏手にひっそりと一軒のガラクタ屋があるの。

今日のお楽しみはこれ。何を買うかって?それこそお楽しみよ。

 

後は、駐在所に行って昨日殺した魔女の賞金を受け取って、

市場で食材を買ったらミッションコンプリートよ。……いや待って。

ついでに腹ごしらえして大事なものを買わなきゃ。

色々考えてるうちに採寸が終わったみたい。

 

「はい終わりましたよ、お疲れ様」

 

「ありがとうございます~」

 

「お会計をお願いします。お幾ら?」

 

「ええと、こちらの服と合わせまして、合計1450Gの前払いでございます」

 

「少々お待ちになって」

 

またショルダーバッグから大量の金貨を取り出す羽目になるんだけど、

もう誰も喜ばないこの辺の描写はカットするわよ。

とにかくあたしは金を払って、店主も金額を確認した。それでいいでしょう?

 

「はい、ありがとうございました。出来上がりは土曜日になります。

こちらの引換券をお持ちください」

 

「どうも」

 

あたしは店主のサインと番号が書かれた券を受け取ると、

たくさんの洋服を抱えたジョゼットと店を後にした。

よたよたとジョゼットが馬車に向かって千鳥足で歩く。別にいいんだけどさ、

持ち上げると前が見えなくなるくらい買い込むのはやり過ぎじゃない?

とにかく馬車のドアを開けてやると、流し込むように服を投げ込んだ。

 

「ぷはっ!息が止まるかと思いました~」

 

「持てる量ってもんを考えなさい」

 

「ごめんなさ~い。服屋さんなんて初めて来たので……」

 

「シスターは清貧が美徳だのどうの」

 

「きょ、今日だけです!里沙子さんだって生活必需品だって言ってたじゃないですか!」

 

「わかった、わかったから耳元で大声出さないで!」

 

もう馬車の中は向かいの席が使えないほどいっぱいだから、

二人並んで座るしかないのよ。

布団に日用雑貨、山と積まれた服。もう足も伸ばせやしない。

さっさと終わらせましょう。

 

「おじいさん、今度は中央市場……の手前で。ちょうど裏路地の前まで」

 

「あんなとこへ?お嬢さん物好きだねえ」

 

「ええ、とっても。ではお願いしますわ」

 

「ハイヨー」

 

そして馬車は屋台や出店が並ぶ市場へ続くゲート少し手前に向かって走り出した。

狭い車内でジョゼットが話しかけてくる。

 

「里沙子さん、次は何を買いに行くんですか?」

 

「いろいろ、よ」

 

「もう、意地悪しないで教えて下さいよぅ」

 

「あそこは何でも屋なの。何が置いてあるかはその日によって違うから、

行く度に面白いものが見つかるのよ」

 

「はぁ」

 

5分ほどで“ハッピーマイルズ市場”という、

大きな看板を見上げるところで馬車が止まった。まだ市場には戻らない。

ここから裏路地を通ってお気に入りの店に行くんだから。

馬車から降りると、ジョゼットが不安げに話しかけてきた。

 

「里沙子さん、本当にここに入るんですか……?」

 

まぁ、この娘が怖がるのも無理はないわね。昼間でも薄暗いこの細い通りは、

ひと気も少なくて怪しいスナックやボロい立ち飲み屋が並んでて、

酔っ払った年寄りが地べたで寝てる。

進んで入りたがる奴の方が少ないのはしょうがない。

けど、こういうところに面白い店ってのはあるのよ。

 

「怖いなら馬車で待ってなさい。っていうか来んな」

 

「行きます。そんなに楽しいところ、独り占めなんてずるい!」

 

「あんたはあたしに逆らわないと気が狂うのかしら。

……まあいいけど、珍しいもの見ても馬鹿みたいに、はしゃぐんじゃないわよ。

隙を見せなきゃ見た目より危ない場所じゃないけど、

たまに頭のおかしいやつもいるから、ちゃらんぽらんなことしてると刺されるわよ」

 

「えっ……だ、大丈夫ですよ、大丈夫ですもん!」

 

「はぁ、わかった。あたしから離れないで、キョロキョロせずに前だけ見て歩くのよ」

 

「はーい!」

 

「声がでかい!」

 

「ごめんなさい……」

 

こうしてジョゼットを連れて裏路地に入ることになったんだけど、

やっぱりここの非日常的雰囲気に怯えてるのか、何も喋ろうとしない。

まぁ、寝そべってるジジイにいきなり“姉ちゃん金くれ!”って叫ばれたり、

体育座りしながらひたすら見えない誰かと会話してる丸刈りの男を見たら、

初めての人には衝撃的すぎるかもしれないわね。

 

とにかく面倒起こさずにいてくれるのは助かるわ……って考えてるうちに着いた。

ここよここ。壁に取り付けられ、ひび割れた雷光石がパチパチ音を立てて、

手書きの看板を照らす。“Marie’s Junk Shop”。

宝の山にたどり着いたあたしが立ち止まるとジョゼットが背中にぶつかった。

 

「キャッ!急に止まらないでくださいよ……」

 

「キョロキョロするなとは言ったけど前を見るなとは言ってないわ。

それより着いたわよ」

 

「えっ、入るんですか?」

 

ジョゼットの問いかけを無視してドアを開ける。

そこは大抵の奴にはゴミの山、あたしにとっては宝島。ここだけ地球の匂いがするわ。

とにかく足の踏み場もないほど物があふれてる。

電子部品、古本、薄汚れた雑貨、誰も買わないだろう不細工な人形。

商品を踏まないよう奥に入って店主に声をかけた。

ジョゼットがあたしの服の背中を摘んだままついてくる。

 

「マリー、久しぶり」

 

「おお、リサっち。ずいぶんじゃん。今日は何?どんなオモチャが欲しいの?」

 

黒いロングヘアをカラフルに染めて、

唇にたくさんピアスを開けた女の子、マリーが明るい調子で応えた。

ずっと年下だけどリサっちって呼ばせてるのはこの娘くらいよ。

フランクだけど必要以上に踏み込まない。

 

何時間店をうろついても嫌な顔しないっていうか、

のんきにブラウン管テレビでDVD見たり昼寝したりして、

放っておいてくれるところが気に入って、街に来る度入り浸ってるの。

今もアースから流れ着いたガキの使い垂れ流してるわ。あ、山崎アウト。

 

「んー、オモチャっていうかオモチャの材料が欲しいの。ちょっと見させてもらうわよ」

 

「アハ、また物騒なもん作んの?

まあ、ウチのガラクタで良ければ穴が空くほど見てってよ。私はテレビ見る」

 

そう言って彼女はまたテレビに向き合った。背を向けたまま彼女が聞いてきた。

 

「後ろの娘、どうしたの?ついにリサっちも友達作る気になったかー?」

 

「違う違う、召使い兼居候。ヘタレだから銃の一つも使えやしない」

 

「あのう、本人が目の前にいるんですけど……」

 

「そう?目の前には誰もいないわねえ。後ろで誰か喋ってるみたいだけど」

 

あたしは棚や足元のケースを漁りながら、

店の隅っこに畳んで立てられているダンボールを勝手に広げて、

次々と何かのパーツやプラスチック部品を放り込む。

 

「カハハハ!教会育ちじゃ、しょうがないっちゃしょうがないけどね。

キミ、見たところシスターみたいだけど、聖職者向けの本が入り口右手の本棚にあるよ」

 

「本当ですか!?わぁい、解毒の術式や広範囲治癒魔法がこんなに……

あえっ!これ門外不出の光粒子圧縮破魔術式の本じゃないですか!

使い方を誤ると、悪魔どころか術者自体も消滅する

危険な魔法がどうしてこんなところに?」

 

「そりゃ、教会の誰かが小遣い稼ぎに横流ししたのが、

ここに回ってきたに決まってるでしょうが。

それよりあんたも要るものあったらカウンターに置いといて。

……そうだ、あんたそれ覚えなさい。武器は無理でも魔法は使えたでしょ」

 

「だめだめだめ!こんなの違法です!マリーさん、これを売った人は誰ですか!?

今すぐ通報しないと!」

 

「それは教えらんないなぁ?客の秘密漏らしたら、この商売続けられなくなるからね」

 

いつの間にかカウンターに着いていたマリーがウィンクしながら指を振る。

 

「そんなこと言ってたらここにあるモン殆ど違法よ。

間違っても誰かに喋るんじゃないわよ。

あたしの楽園台無しにしたら、あんたにピースメーカーぶち込むことになる」

 

「里沙子さんまで!いけないことはいけないんですー!」

 

「じゃあ、しょうがないわねえ。

通報したいなら好きにすればいいけど、一人で駐在所に行きなさいよ。

さっきの頭のおかしい奴らに押し倒されてもあたしは知らないから」

 

「そんなぁ……」

 

「ただでさえあんたは戦いじゃお荷物なんだから、治療とかは今あるもので我慢して、

とっとと強力な光属性の攻撃魔法覚えなさい。あたしもそうした」

 

「おんやぁ?リサっち魔法使えたっけ」

 

「ゲームの話よ。略してFFT。白魔道士に初歩の回復魔法1個覚えさせたら、

他は一切無視してスキルポイント貯めまくって、

本来終盤に覚えることを想定されてた最強クラスの攻撃魔法覚えさせたの。

おかげで敵リーダーも一撃で殺せるパワーヒッターになったわ」

 

「ああ、あれねえ。リサっちも黒本に騙されたクチ?」

 

「あの記事の責任者がここに流されてきたらピースメーカーで蜂の巣にしてやるわ」

 

「アッハッハ!やっぱ正宗欲しかったんだ!」

 

「何が“コンマ以下の数値は表示されない”よ!

完全にゼロだったでしょうが詐欺師め!」

 

「あのう、全然話についていけません……」

 

店の隅でぽかんとあたしたちの話を聞いていたジョゼットが、

どうにか会話に入ってきた。

 

「いいのよ。過去の古傷の話。それより禁制本買う決心は着いた?

あたしは別にどっちでもいい。でも、何かしら身を守る手段を身につけないと、

これから街に行きたくても、ずっとあたしの都合と機嫌を窺わなきゃいけないのよ?」

 

そう言うと、ジョゼットはしばらく考え込んで、決心した。

 

「マリーさん。これ……買います!」

 

「おっ、決めたね。うんうん。やっぱり少女も大志を抱くべきよ」

 

マリーが腕を組んで大げさに頷く。ジョゼットはさらに続けて、

 

「他にも、敵を傷つけずに動きを止めたり、視界を奪ったりする魔法があれば、

それもください!これを習得するには、きっとかなりの時間がかかるから……」

 

「隣の棚にもっとたくさんあるよ。強力な閃光を放って目を潰したり、

電気に性質の近い捕縛光線で麻痺させたり。教会も教会で敵が多いと見えるねえ」

 

「全部買ったげるから欲しいもの選びなさい」

 

それからジョゼットは真剣な表情で本棚から何冊も本を抜き取り、カウンターに置いた。

勘定はすぐに終わった。あたしは待ってる間に、

マリーに自分の商品を精算してもらってたから。

 

「うん、全部で5142Gだけど、面倒くさいから5000でいいや」

 

「ありがとう。はいお金」

 

「毎度ありー!また来てね、シスターのお嬢ちゃんも!」

 

「わたくし、ジョゼットと言います!きっと、また来ます!」

 

おっ、ヘタレから一歩前進かしら。5000Gの出費は正直痛い。

おそらく大半は魔導書の価格ね。けど、将来に対する投資と考えればいいわ。

あたしが楽するための。店を後にしたあたし達は裏路地を逆戻りして馬車に戻る。

 

けど、もうジョゼットはあたしの服を引っ張らず、

大事そうに買ったばかりの魔導書を抱えている。

あたしはあたしでダンボール箱一杯のジャンクを抱えてる。

鉄パイプやらプラスチックのケースやら電子基板とか電極とか。

何に使うのかって?ろくでもないことに決まってるじゃない。

 

馬車に戻ったあたし達は、馬車にそれぞれの荷物を放り込んだ。

この辺にしとかないと、お馬さんが悲鳴上げそう。

う~ん、混雑してる市場の真ん中にこいつを乗り入れるのは、

あたしでも気が引けるわね。

あたしはその辺を見回し、道端の露店で売ってたホットワインを買って、

御者のおじいさんに話しかけた。

 

「ごめんなさい、これ飲んでもう少し待っててくれるかしら。

あと、ちょっとで終わるから」

 

「おお、ありがとうよ、お嬢さん。ゆっくり買い物しておいで」

 

さっさと終わらせなきゃ。まずは駐在所。ジョゼットを急かせて小走りに向かう。

 

「行くわよジョゼット。とっととご褒美もらって用事を済ませるわよ」

 

「ご褒美?」

 

「昨日ぶっ殺した魔女の賞金。駐在所にコイツを持っていく」

 

あたしはショルダーバッグから、殺した魔女たちの三角帽子を取り出した。

日本の交番よりかなり広めの駐在所の壁には、賞金首のポスターが張られていた。

ああ、確かに昨日のババア連中もいるわ。

中に入ると、腹の出た保安官がまた居眠りしていた。

 

奥には3室くらいの牢屋がある。なるほど、留置所も兼ねてるのね。

とにかく貰うもん貰いたいあたしは、机を蹴飛ばそうかと思ったけど、

奥の客室に案内されたくはないから、一言呟いた。

 

「将軍閣下、見回りお疲れ様であります」

 

「え、え、将軍閣下!?いえ、眠っているのではなく!自分は、その、精神統一を」

 

「あら、見間違いでしたわ」

 

「なんだ、脅かさないでくれ。では、本官はこれで」

 

また寝ようとするから激しく肩を揺さぶる。

 

「寝るのはこちらの用件を片付けてからにしてくださいまし!賞金!

賞金首を殺したから懸賞金を頂きに参りましたの!」

 

「ほへ、賞金?賞金!?パパが殺したのか?嬢ちゃん、悪いがこういうのは本人が……」

 

「これでも24なので銃の心得はありますの。ほら、こちらに」

 

保安官に身分証を見せて、デスクに3つの三角帽子を放り出した。

 

「氷の魔女アリーゼ、土の魔女サンドロック、雷の魔女ヴィオラ。彼女達の遺品ですわ」

 

賞金首の遺品を目にした保安官は、ぱっちり目が覚めたようで、

ひとつひとつ手にとっては細い目を目一杯開いて見つめている。

 

「う~ん、確かに。よく魔狼の牙3人を相手に生き残れたものだ」

 

「将軍が頭目を倒して下さったお陰でどうにか。それより頂きたいものが」

 

「ああ、そうだな。奴らは1人4000Gだから合計12000Gだ」

 

「ありがとう、確かに。それではわたくしはこれで」

 

「他の奴らも見つけたらぶっ殺してくれ。本官の仕事が楽になる。ハハハ!」

 

保安官の声を背に金貨の詰まった袋を持った駐在所から出た。

人に真面目にやれって言えた義理じゃないけど、

仕事してるふりくらいはしたほうがいいわよ。

本当に将軍が巡回に来てもあたしは知らない。

それより、この賞金で今日、ジョゼット関連に使った金は完全にペイできたわ。

いや、まだ余るわね。そうだ、大事な買い物しなきゃ。次、街に来るまでの食材。

 

「ジョゼットー?どこ?」

 

「あ、こっちです」

 

後ろで賞金首や尋ね人のポスターを熟読していたジョゼットが走ってきた。

 

「なに、あんた賞金稼ぎ目指すの?」

 

「いえ、そっちじゃなくて尋ね人のポスターを見てたんです」

 

「なんだってそんなもん」

 

「なんだかあの手のポスターって怖くないですか?

“あの人はいずこへ…”とかの見出しが放つおどろおどろしさと、

家族の嘆きが詰め込まれてるようで、怖いもの見たさでつい見ちゃうんです」

 

「聖職者のくせにいい趣味してるわね。それよりあんたに司令。

今日から料理するって言ったわよね。

来週の日曜までここには来ないから、それまでの食料買ってきなさい。

あんたが作るんだからあんたが選ぶのよ。そこの酒場にいるから適当に見繕って。

制限時間15分」

 

あたしはジョゼットに最後のマイバッグと200Gを渡した。

 

「ええっ!?今日は外食にしませんか?

わたくし、今日一日の買い物で疲れてるっていうか……」

 

「人の財布アテにしてリッチに外食たぁ、いい度胸ね。

……まぁいいわ、あたしも疲れてるし軽く済ませたいから、今夜もパンにしましょう。

なるべく腹持ちしそうなパンも買ってくること。よいドン!」

 

「行って来まーす!」

 

ふぅ、まだまだ甘え癖は抜けてないわね。

そりゃ一日二日で変われるほど人間便利に出来ちゃいないけどさ。

ああ、なんだか喉が渇いた。ジョゼットを見る。

さっそくパン屋の前で指をくわえて立ちんぼしてる。

 

ちょっと寄るくらいなら大丈夫よね。

あたしはバーのパタパタドア(まだ正式な名前がわからない)を通って、

中に入り、カウンターに座った。あ、ここでも買い物あったんだった。

 

「マスター、冷えたエールちょうだい。それと、ケースで1箱持ち帰りで」

 

「いらっしゃい。ちょっと待ってくんな……ほらよ」

 

マスターは慣れた手つきでエールを注ぎ、

泡とビールのバランスが取れたジョッキをよこした。

あたしは2,3口ぐいっと飲んで渇きを癒やした後、一口ずつ香りを楽しみながら、

冷たいエールでリフレッシュした。

すると店の奥から木のケースに入ったエールの瓶を抱えて、

ウェイトレスがあたしの足元に置いた。

 

「あらお嬢ちゃん、また来てくれたのね。お姉さん嬉しい。ウフフ」

 

「あんた歳言いなさい。絶対あたしのほうが上だから!」

 

この紫髪のおっぱいオバケは会う度あたしを子供扱いしてくる。

腹が立つから掴んでやろうかと思うんだけど、

無駄にしなやかな動きで避けられるのよね、いつも。

 

「レディーに歳なんか聞いちゃダ~メ。ゆっくりしていってね、うふ」

 

「仕事終わったならあっち行って!……まったく」

 

せっかくのエールがまずくなったわ。ジョッキを飲み干すと、

カウンターに今飲んだ一杯5Gとケースの分200Gを置いて、

足元のエール12瓶の箱を持ち上げる。やっぱり重いわね。

軽く一杯とは言え、アルコールが入ってると尚の事気をつけなきゃ。

 

「また来てくれよ」

 

あの紫のウェイトレスどうにかしてくれたら毎日でも通うわよ。

さて、ジョゼットは、と。まだいない。

ここにいると頭が痛くなるから早くして欲しいんだけど。

どうせならもう一杯飲めばよかった。

でもこれ以上フラフラになったらジョゼットの監視役がいなくなるし……

と思ってたら、来た来た。え?何抱えてるのあの娘。

 

「お待たせしました……重い」

 

「馬鹿ね、数日分でいいってのに、何をそんなに買ったのよ」

 

「食材に決まってるじゃないですかー。お肉や、お魚、野菜にパン。

皆さん親切にお買い得品を勧めてくださるので、お得な買い物ができました!」

 

「んなもん誰にでも言ってるから得でもなんでもないわよ。

どうせ売れ残り押し付けたに決まってる」

 

「そんなはずはないです!“お嬢ちゃん可愛いからおまけね”、とか

“君だけに特別サービス”、とか言ってくれて皆さんいい人ばかりでしたよ」

 

「それは商売文句っていう要らないものを売りつける魔法なの。

人生損したくないなら性善説はとっとと捨てるべき」

 

「里沙子さんは何買ったんですか?その重そうな箱」

 

「聞いてる?これはエールよ。晩酌に飲むの」

 

「えー、教会にお酒なんて、シスターのわたくしには信じられないっていうか……」

 

「あんたが飲まなきゃいい話でしょうが。

さて!これでようやく買い物も終わり。馬車に戻るわよ」

 

「ああ、待って。荷物で前がよく見えなくて……」

 

「考えなしに買いまくるとそうなるって服屋で学習しなかったみたいね」

 

ふらつくジョゼットを連れてぶつくさ言いながら馬車に向かう。やっと家に帰れるわ。

市場の外で待ってた馬車にエールと食材を積み込むと、

もう完全に女二人が乗るスペースしか残らなかった。

御者のおじいさんに窓から話しかける。

 

「ずいぶん待たせちゃってごめんなさい。もう家に戻って。

ハッピーマイルズ教会っていうボロ屋」

 

「あそこ人が住んでるのかい?」

 

「最近住み始めましたの。場所はご存知?」

 

「ああ。この辺じゃ有名な幽霊屋敷だったからね」

 

「ふふっ、とんだ事故物件だったってわけね。

あの不動産屋は悪質業者だって言いふらしておかなくちゃ」

 

「ゆ、幽霊!?そんな怖いところに住んでるんですか、わたくし達……!」

 

「その幽霊をどうにかするのがあんたらでしょうが、何怖がってんの。本当ヘタレね。

……あ、ごめんなさい。もう出してくださいな」

 

「ハイヨー」

 

御者のおじいさんが手綱を引くと、馬が歩きだし、

木の車輪の馬車がゴトゴト揺れながら出発した。ああ、これで人混みから解放される。

なんだかどっと疲れが出てきた。やり残したことはないわよね。

自分に再確認をしていると、ふと思いついたことが。

 

「ねえジョゼット」

 

「はい?」

 

「やっぱミサで賛美歌歌うこと許可するわ」

 

「本当ですか!?やっと里沙子さんも神を信じる心構えが……」

 

「違う!そもそも日曜はここで暇つぶしするから聞こえない。ただそれだけよ。

正午には全員叩き出すのよ、いいわね」

 

「うう……もう少し信者の方々を大事に思って欲しいです」

 

「あと、献金箱も必ず回すのよ。ショバ代として毎回500Gは欲しいところね」

 

「そんなにたくさん!?ミサは商売じゃありませーん!

献金はあくまで気持ちなんですから!」

 

「1回10人入れるとしたら、1人50Gも払えない信者なんか、

どうせマリア様も救ってくれやしないわよ」

 

「里沙子さんはお金に執着しすぎです!もう少し心の豊かさを求めるべきです!」

 

「あんたが浮世離れしすぎてんのよ。世の中を動かしてるのは金。

その現実から目を背けるやつは生涯地を這う」

 

「もういいです!帰ったら里沙子さんには聖書第79章を朗読して差し上げます!

お金だけに生きることがいかに貧しいことかわかるはずです!」

 

「勝手になさい。長椅子に寝そべってポップコーン投げつけながら聞き流すことにする」

 

そんな馬鹿馬鹿しい会話をしていると、

いつの間にかハッピーマイルズ・セントラルを離れ、街道を進み、

愛しの我が家の目の前まで来ていた。馬車に乗ってる帰りは山賊の類は出なかった。

公共交通機関の馬車を襲うのは重罪で問答無用で死刑。

騎兵隊も乗り出して犯人の掃討に乗り出すから連中もビビって手出ししてこないの。

 

馬がヒヒンと一鳴きすると馬車が止まった。ちょうど玄関の前。

まずあたしはジョゼットに玄関を開けに行かせて、御者に料金と心付けを払った。

今度は20Gにしてみたけど、どうかしら。

 

「今日は一日ご苦労様。残金の100Gです。あと、これはほんの気持ち。

受け取ってくださいな」

 

「おお、こんなに。ありがとうよ、年寄りに親切にしてくれて」

 

喜んでくれてなによりね。馬車のチップは20Gが相場、と。うん、覚えた。

 

「いえ、寒い中本当にありがとう。すぐに荷物を下ろしますから」

 

「急がんでええよ」

 

とは言え、老人を夜風の中吹きっさらしにしておくわけにはいかないわ。

あたしはデカい荷物を優先的にジョゼットに押し付け、

とりあえず聖堂に荷物を運び入れ始めた。額に汗して何度も往復するジョゼット。

あたしは巧妙に急いでるふりをして、軽めの荷物を小分けにして運ぶ。

やっと全部の荷物を家に入れると、もう陽は完全に沈んで夜の闇が辺りを包んでいた。

 

「それじゃあ、おじいさん。さようなら」

 

「ご利用ありがとうね。お嬢さん方」

 

馬車はUターンして帰っていった。さて、荷解きの前にまず腹ごしらえをしようかしら。

そう言えば忙しくて昼ごはん食べてなかったし。ジョゼットどんなパン買ったのかしら。

酸っぱいパンは遠慮したいわね。あたしアレ苦手“キャー!”なんなのよ一体!

 

聖堂に入ってドアに鍵を閉めると、ジョゼットが住居部分から飛び出してきた。

思い切り抱きついてきて苦しいからゲンコツで黙らせて話を聞く。

 

「なに、何があったってのよ!」

 

「痛い……幽霊です!階段に白い人魂が見えたんです?」

 

「人魂ぁ?馬鹿ね。

そんなの害がなけりゃ、いようがいまいがどっちだっていいでしょう」

 

「良くないですよぅ……里沙子さん、見てきてください!」

 

「はぁ。ここは何とか教の根城だった気がするんだけど」

 

面倒だけど、あたしは2階へ続く階段へ向かった。

段差から踊り場にかけて見上げるけどなんにもいない。

ジョゼットに文句を言ってやろうと戻ろうとしたら、

 

チュチュッ

 

そいつの鳴き声が聞こえた。なんてことはない。

ネズミがあたしの姿を見ると逃げていった。

恐る恐る近づいてくるジョゼットにさっそく暴言を浴びせた。

 

「この、お馬鹿!何が人魂よただのネズミだったじゃない」

 

「え、ネズミ?よかったぁ~本当にオバケだったらどうしようかと」

 

「だからそいつら追っ払うのがあんたらの……って、ああっ!ネズミで思い出した。

あたしとしたことが……」

 

「どうしたんですか、里沙子さん」

 

「殺鼠剤買い忘れたぁ!」

 

「ネズミ除けのお薬ですね。また今度買えばいいじゃないですか」

 

「その“今度”まであたしら病原菌の固まりと同居することになるのよ、

わかってんの!?」

 

「じゃあ、明日また行きましょう!」

 

「うう……」

 

最悪だけどそれしかないみたい。

インドア派のあたしが、2日連続でちょっとした小旅行する羽目になるなんて。

思わず嘆息が漏れる。

 

わて、ほんまによう云わんわ(勘弁してほしいものだわ)……」

 

 


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