面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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聖母の慟哭 第3話

PART15 ひとかけらの慈悲

 

共産主義国家マグバリス ── ドラス島南端 ──

 

 

ゴルゴは遂に、共産主義国家マグバリスを擁するドラス島上陸に成功した。

彼は再び太陽を見て、M-16を手に北へ向けて駆け出す。

一面に広がる砂、岩、ほんの少しの緑。陽炎が目測を狂わせる。

平らに見えても小さな坂や岩の段差、そして足がめり込む砂地が邪魔をする。

 

だがゴルゴは、チーターのような俊足でひたすら走り続ける。

タイムリミットまで24時間を切ったが、着実に目的地へと近づいている。

つまりそれは、最も危険なエリアへと飛び込もうとしていることになるのだが。

 

その時、大きな岩の影から老人のうめきが聞こえて来た。

ゴルゴは足を止め、ゆっくりと彼に近づく。

目から血を流し、顔に多数の疱瘡が見られるターバンを巻いた老人が、

横になってただ苦しんでいた。

老人もゴルゴに気がつくと、荒い呼吸をしながら彼に話しかけてきた。

 

「待て!わしに、近づいてはならん……あんたも、呪われるぞ……悪魔の呪いに……」

 

「それは、呪いではない……伝染病だ。何があった…?」

 

「伝染病?そうだったのか……軍人が、わしら奴隷を捕まえて、変な液体を注射した。

仲間が隙を見てわしを逃してくれたが……この様だ。うっ!ごほごほ!」

 

老人が咳と共に大量に吐血した。白い岩地が真っ赤な血に染まる。

苦しみながらも老人は続ける。

 

「あんた、見た所、ここの軍人じゃないようだな……頼みがある。

わしが死んだら、わしの死体を燃やしてくれ……

伝染病なら、それできれいに消え失せる。他のやつらに、同じ苦しみは……がはっ!」

 

「……俺には、お前を救ってやることは…できない。

できるのは、ただひとつ選択肢を与えてやることだけだ」

 

ゴルゴはS&W M36をホルスターから抜く。老人が疱瘡だらけの顔で笑みを浮かべる。

 

「ありがたい……それで、一思いに楽にしてくれ」

 

「お前の覚悟が、誰かを救ったのかもしれない。……それは、誇るべきだ」

 

ドゥッ!

 

銃声ひとつ。弾丸が正確に老人の額を貫き、彼は苦しむことなく息絶えた。

ゴルゴは、ほんの数秒だけ老人の亡骸を見つめると、ポケットからハンカチを取り出し、

ライターオイルを振りかけ、ライターで火を着け、遺体に放り投げた。

炎はみるみるうちに老人とその周辺を包み込み、黒い煙が空に昇っていく。

 

敵に位置を知らせることになる行為だが、構わない。

どの道アルバトロスと対決するまでに、無数の敵を倒さなければならないのだから。

勇気ある老人の遺体を背に、ゴルゴは再び走り出した。

 

 

 

PART16 自由の代償

 

 

進み続けるゴルゴ。ジープがあればよかったのに、などと考えてはいない。

車がないのは敵も同じ。悪路で戦わなければならないのは、彼だけではない。

ならば戦いの鍵は、経験の差。

それが敵軍の装備を上回るかどうかは、戦ってみなければわからない。

 

予定コースの半分近くを進んだところで、

ポツポツと不思議な素焼きの置物が見られるようになった。

腕を組んで大きく口を開けている。この土地の民間信仰だろうか。

他にも割れた陶器や、カラの水瓶、壺がちらほら見られる。

 

近くに人が住んでいるらしい。ゴルゴは警戒しつつ歩を進める。

すると、小高い丘の上に、小さな村があった。白い石造りの家が数件立ち並んでいる。

だが、様子がおかしい。ゴルゴは一旦ケースを下ろし、M-16を肩に掛け、様子を見守る。

 

明らかに村民ではない、派手なモヒカンと

素肌に装着したメタルアーマーが嫌でも目を引く男たちが、

民家から奪った食料を持ち出したり、

水瓶に溜まった水をがぶ飲みしている。

住民は、肩を寄せ合って、ただそれを不安げに見ているだけだ。

 

「何を、している」

 

ゴルゴは水を飲んでいる男に問いかけると、

略奪者の男がこちらを睨みながら近づいてきた。

 

「あんだテメエ!文句あんのかよ!……ん?ここらじゃ見ねえ格好だな。外国人か?

ハッ、今日はツイてるぜ!来いよお前ら!」

 

男が仲間に呼びかけると、村中からぞろぞろと略奪者達が集まり、

ゴルゴの行く手を阻んだ。

少しだけ視線を反らすと、男たちの向こう側で、村民の女性が、

首を振ってゴルゴに逃げるよう促す。

だが、彼は立ち去ろうとせず、黙ってその場に立つだけだ。

 

「テメエ、どこの軍隊だ?こんなところでうろついてるってことは、

仲間とはぐれちまったんだろうな。可哀想によう!

この国じゃあな、外国人は全員賞金首なんだよ!

生け捕りにして軍に渡せば俺達は報奨金がもらえる!

軍はそいつの母国に身代金を要求したり、新しい奴隷にできる!

みんなハッピーってわけだ!」

 

「お前には……無理だ」

 

ゴルゴの一言に、モヒカン男の頭に血が上る。

 

「いい気になってんじゃねえぞ!!」

 

モヒカンが青龍刀を抜いて襲いかかってきた。M-16を肩に掛けたままのゴルゴに油断し、

彼に接近して刀を振り下ろした瞬間、斬撃を見切ったゴルゴは青龍刀の攻撃を回避。

男の腕に強烈な手刀を打ち付けた。枯れ木が折れるような、骨にヒビが入る音。

 

「いでええええ!!」

 

そしてすかさずコンバットナイフを抜き、男の首を切り裂いた。

頸動脈を切断され、出血性ショックで男は即死した。

予想だにしない展開で、驚きの余り仲間達の動きが一瞬止まる。その隙が命取りとなる。

ゴルゴにM-16を構える時間を与えてしまったのだ。

 

ダァン、ダダァン──!!ダン!

 

異世界で初めて、アーマライトM-16が咆哮した。

10人近くいた敵のうち、4人を瞬時に射殺。

発砲時の燃焼ガスが、外部に露出したホースに満たされ、ボルトキャリアが作動。

正常に発射機構は作動している。村民は悲鳴を上げて家に避難する。

 

「ふざけやがって、この野郎!!」

 

生き残りがコピー品のAK-47でゴルゴを狙う。

彼は最初に殺したモヒカンの死体を肉の盾にして、ほんの一瞬銃撃を防御。

横に飛びジャンプし、地上で転がりつつ、落ちていた青龍刀をその強肩で投げつけた。

 

剣先がわずかに湾曲した剣が、敵の頭部に命中、顔面を貫いた。

声もなく絶命した男が後ろに倒れ、トリガーに指がかかったままのAK-47が、

7.62x39mm弾を吐き出しながら地面に転がる。

敵の死を確かめる間もなく、ゴルゴは背を低くして動きを止めず戦場を駆ける。

 

「撃ちまくれ!奴の首ねじ切ってカカシにしてやらあ!!」

 

コピー品の自動小銃を撃ち続ける荒くれ者達。

しかし、ゴルゴは素早く来た道を引き返し、丘を下る。当然、敵も追いかけてくる。

ゴルゴは丘の向こうを見ながらタイミングを待つ。M-16のトリガーに指を掛けながら。

彼の集中力が極限まで達した時、多数のモヒカンが顔を覗かせた。

次の瞬間、瞬時に狙いを定め、略奪者達の眉間を撃ち抜いた。

 

ダダン!ダァーン!

 

「ひいっ!」

 

地の利を活かして敵の急所を的確に狙い撃ったゴルゴ。だが、まだ生き残りがいる。

ゴルゴはゆっくりとM-16を構えて坂を登りながら、敵の居場所を探す。

少し離れたところに、更に見通しのいい坂があり、

両脇には、先程も見た大きく口を開けた何かの像が並んでいる。

坂の上から生き残りが話しかけてきた。

 

「ま、参った降参だ!」

 

「……」

 

銃を捨て、両手を上げて話を続ける略奪者。

 

「そうだ!あんた、俺達のボスになってくれよ!

まだ他に仲間はいるんだが、あんたに敵うやつなんかいねえ!

そうだとも、悪い話じゃないと思うぜ?」

 

「……」

 

「奴隷にさえ生まれなきゃ、この国は結構いいとこなんだ!

力さえありゃ、何もかも“自由”なんだよ!

さっきも見ただろ?腹が減ったら百姓連中から奪えばいい、

上手くお上のご機嫌を取れば、小遣いだって手に入るしな、へへ。

クソ以下の法律も、ハエみたいなポリ公もいねえ。とにかく、この国は自由なんだ!

年中クソ熱いが、慣れちまえば下手な外国より快適なんだ!

とりあえず、仲直りの握手だけでもしてくれよ!こっち来て、な、な?」

 

手を差し伸べる男。

だがゴルゴは、黙って興味なさげに、点在する民家を縫いながら去っていった。

残されたモヒカンひとり。

 

「……ケッ、バカな野郎だ。さて、死んだ連中はともかく、銃を回収しなきゃな。

あれだってタダじゃねえ。んーどこに落ちた?」

 

モヒカンが丘の上からAK-47を探していると、不意に大きな気配が後ろに立った。

驚いて振り返ると、さっきの男が。

 

「あ、ああ。あんたか!やっぱり気が変わったのか?歓迎するぜ」

 

「”利き腕”を人に預けるほど、俺は”自信家”じゃない……

だから、握手という習慣も……俺にはない」

 

「それでこっちまで来てくれたのか。まぁ、これからよろしくな……!」

 

「そして、“自由”の代償は、お前自身の命で払ってもらう」

 

「えっ!?」

 

という声を上げた時には手遅れだった。

ゴルゴの太い腕で思い切り胴を押された略奪者は、坂の中ほどに放り出された。

同時に、板と砂で隠したスイッチが作動。

両脇の像の口から、矢が飛び出し、モヒカンの全身を貫いた。

 

「ぎゃひっ!うげげげ!!いでえっ!……うう、なんでっ……!?」

 

「世界が変わろうと、人間の根源的思考パターンは変わらない……

俺がお前なら、こんなに通りやすい道があれば…地雷のひとつでも仕掛けるだろうな」

 

「お見通し、だったってのか、よ……」

 

そして事切れた略奪者。敵の全滅を確認すると、ゴルゴはモヒカンのAK-47を拾い上げ、

坂道の像を斉射して破壊し、安全を確保。ダイヤのケースを回収しに、村に戻った。

再びケースを担ぐと、民家からぞろぞろと村人が出てきて、外の様子に驚いた。

 

奪われ続け、抵抗できずにいるしかなかった略奪者達が、全滅していたのだ。

彼らをたった一人で皆殺しにした謎の軍人。

皆、彼を遠巻きに見ていたが、やがて彼にひとりの女性が近づいた。

 

「あの……乱暴者達を倒してくれてありがとうございました。

大したお礼はできませんが、食事でも食べていって下さい」

 

ゴルゴは少し間を置いて答えた。

 

「水を…水を少しだけ分けて欲しい」

 

「ええ、もちろん!私の家に水瓶があります。どうぞこちらへ!」

 

女性についていくと、真っ白な石造りの家の日陰に、大きな水瓶があった。

 

「水はこちらです。好きなだけお飲みください。

大したものはありませんが、今、食べ物を……」

 

「いや、いい」

 

ゴルゴは水筒に半分ほど水を汲み、ひしゃくで軽く2杯飲むと、

再びターゲットを目指して村から去ろうとする。

 

「あの!?少し待って下さい。遠慮なさらず、まだまだ水は……」

 

「4人で分ければ……あっという間だ」

 

「あっ……」

 

軽く振り返ると、家の中から夫らしき男性と2人の子供がこちらを見ている。

この砂漠地帯で水を得る方法は限られている。滅多に降らない雨を祈るか、

水位が膝くらいしかない井戸から、村民の間で分配するしかない。

その状況を察していたゴルゴは、引き止める女性に構わず、村を後にした。

 

 

 

 

 

PART17 激突

 

── 軍都レザルード・軍事地区 ──

 

 

「敵襲!敵襲!」

 

ブオオオン!!と、マグバリスの軍の中枢に、けたたましい警報が鳴り響く。

兵士宿舎や弾薬庫、武器製造工場。

ありとあらゆる建物から、マグバリス軍が現れては押し寄せてくる。

 

老人を荼毘に付した煙、村での戦闘行為でゴルゴの到着自体は既に察知されており、

軍隊は武装を固めて待っていた。弾薬にも限りがある。

ゴルゴはひたすらヘッドショットで一発ごとに一人殺し、

 

ダン、ダアァ──ン!

 

殺した兵士からやはりAK-47を奪い、M-16を温存する。

 

「突撃ィ!!」

 

背丈ほどある大きな鋼鉄の盾で身を守り、シャムシールを持った兵士の一団が、

横一列に並んで銃撃を防ぎながら、近接戦闘を挑んでくる。

ゴルゴは、ライターオイルの缶を投げつけ、空中の缶を左腕のAK-47で撃ち抜いた。

缶が爆発し、火の付いた油が、一枚の壁となってゴルゴに迫っていた兵士達に降り注ぐ。

 

「ぐわっ、熱ちい!!」

 

兵士の一人が思わず盾の守りを崩してしまう。

その機を逃さず、盾の隙間から7.62x39mm弾を撃ち込む。

一人が倒れると、兵士の壁は総崩れとなる。

パニックに陥った兵士達は隊列を崩し、その身をゴルゴの前に晒す。

 

ダダダダ、ダダァン──!

 

頭を撃たれた兵士のヘルメットが宙に舞う。

ゴルゴは、M16を肩に掛けると、AK-47をメインウェポンに切り替え、

盾を拾い、進撃を続ける。時折敵弾が盾に当たり、激しい金属音を立てる。

すかさず弾丸の飛来した方向へ反撃。こちらを狙う敵兵を射殺。

そして弾が切れたAK-47を投げ捨て、死体から新たな銃を拾う。

 

「……」

 

右手で軽く銃を振って重さを測り、装弾数を計算する。残り18発。まだ使える。

彼はこうして装備を切り替えながら、政治と軍事を司る軍本部を目指し、

立ちふさがる敵を射殺しつつ、最も規模の大きい要塞へ突き進んでいった。

 

 

 

 

 

── 軍本部・実験室 ──

 

 

アルバトロス・シュネルドルファー元帥は、青白い光が照らす実験室で、

手を後ろに組み、何かの液体に満たされた巨大なシリンダーを眺めていた。

薄い水の膜に包まれながら。

シリンダーは実験室内に多数、規則的に配置されている。

 

その時、実験室のガラスを慌ててコンコンと叩く音が聞こえた。

兵士がこちらに向かって何か叫んでいる。ガラスの向こう側。

その上、水の膜で覆われているから音が届きにくい。面倒だが、彼が窓に近づいた。

 

「なんだ!」

 

「敵襲です!沙国の軍人が、こちらに向かっています!」

 

「数は」

 

「一人です!!」

 

「何?だとすると、お前達は奴を素通りさせていることになるが!?」

 

「申し訳ございません!奴の戦闘能力が凄まじく、こちらの被害が甚大です!

元帥はどうか今のうちに……」

 

「逃げろ、と言いたいのか。バカが。ここにあるものが見えないのか?

俺が、ここにいる限り、敗北はない。お前は戦闘に戻れ。せいぜい犬死にするがいい」

 

「かしこまりました……」

 

兵士が引き下がると、アルバトロスは、またシリンダーを眺める。

 

「ふむ、良い実験サンプルになるかもしれないな。

前時代的戦争のプロと、未来的兵器との戦闘データ。さぞかし役に立つだろう。ククッ」

 

酷薄な笑みを浮かべ、抑えきれない笑い声を上げるアルバトロスだった。

 

 

 

その頃、ゴルゴは遂に要塞に突入するところだった。

兵士の集団が正門を固めて待機していたが、彼は一旦引き返し、

弾薬庫の弾丸の詰まった木箱をカートに乗せ、足で蹴飛ばした。

 

闇の向こうからゴトゴトと何かが近づいてくる。警戒を強める敵集団。

しかし、その正体に気づいた時には遅すぎた。

撤去しに行けば射殺される。そして放置すれば──

 

そう、ゴルゴはカートが近距離まで近づいたところで箱を狙撃。

大型爆弾となった弾薬箱が大爆発を起こし、敵兵を一網打尽にした。

煙が晴れるのを待ち、生き残りがいないことを確認すると、鋼鉄製のゲートを開く。

そして、カラシニコフを拾い直し、水筒の水を飲み干し、

とうとう敵の本陣へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

PART18 黒く赤い死の鎮魂歌(レクイエム)

 

── 軍都レザルード・要塞 ──

 

 

ダン!ダダダ!ダァーン──!!

 

「ぐああっ!」「ぎゃっ!」「あうっ、がはあ……」

 

激闘は要塞内でも続く。

オブジェや家具、通路の角など、カバーできる物体が多い室内は、

外での戦いよりゴルゴに取って有利であった。兵の大半を失ったマグバリス軍。

もはや上級士官までが自ら銃を手にゴルゴに戦いを挑んでいる。

 

「撃てー!元帥閣下をお守りしろ!」

 

大ホールでの戦闘。半ばやぶれかぶれの将校や生き残った兵達が、

ピストルやカービン銃で応戦するが、顔を出した先から、

眉間を撃たれて死んでいく。ゴルゴは敵の姿を注意深く観察する。

 

「……」

 

そして、とうとう最後の3人になった敵に再びM-16を構え、

最も勲章の飾りが多い上級士官を残し、他の兵士を狙撃した。

2発の銃声、そして、2人が倒れる音と共に、ホール内に静寂が訪れる。

一瞬だけ身体の一部を見せても、士官は撃ち返してこない。弾切れに陥ったのだろう。

 

ゴルゴは銃を構えながら、敵の隠れているオブジェに慎重に近づく。

そこには銃を放り出した、震える士官の姿が。

 

「や、やめてくれ!なんでもするから!」

 

「アルバトロスは、どこだ……」

 

「それを喋ったら、私が殺されてしまう!勘弁してくれ……ひっ!」

 

黙ってM-16を突きつけると士官はあっさり口を割った。

 

「地下の実験室だ!いつもそこで“あれ”をご覧に」

 

ズドォ──ン!

 

「……」

 

ゴルゴは用済みになった敵を始末すると、地下へ続く階段に向かった。

 

 

 

 

 

── 要塞・実験室 ──

 

 

ゴルゴはM-16を抱えながら大理石の階段を降りていく。

段差を降りきると、そこだけ科学技術が進歩したような、

全面ガラス張りのブルーのライトで照らされた実験室があった。

外から内部を見ると、今までの敵の中で最も立派な軍服に身を包んだ青年が立っている。

 

彼がゴルゴに気づくと、少し笑って軽く手招きした。

青年が指差した方向に分厚いドアが。

ゴルゴは青年から目を離さず、ドアに向かい、実験室に侵入した。

コツコツと音を立てながらタイル張りの床を歩いて、ゴルゴはアルバトロスと対峙する。

元帥は拍手で彼を出迎えた。

 

「古風な軍人にしては、やるな。たった一人で俺の手駒を殲滅するとは。

サラマンダラスの軍隊にお前のような奴がいるとは驚きだ」

 

「俺は”一人の軍隊”だ。どの国にも属してはいない」

 

「単なる傭兵ということか?

まあいい。また人材育成に時間を取られると思うと気が重いが、別にいいさ。

どうせ役立たずばかりだったからな。次はもう少し賢い奴なら、奴隷から募ってもいい」

 

「お前に、次は…ない」

 

少し笑ってアルバトロスは答えた。

 

「ハハッ、言うと思ったよ。勝利を確信した殺し屋の決まり文句。

だが、お前の仕事はまだ終わっていないし、終わることもない」

 

「ああ……お前を殺すまで、勝利を確信することはない」

 

「面白い奴だな、お前は。

どんな手品を使って俺を殺すつもりなのか、聞かせてもらいたいものだ。

こいつがひしめいている空間で、その銃で」

 

アルバトロスは側のシリンダーに目をやる。粘性のある透明な液体が詰まっている。

 

「……エボラ出血熱の、病原体か」

 

「お前の国ではそう呼んでいるのか。

そう言えば名前をまだ決めていなかったが、そうさ。これが生物兵器のタンクだ。

これをひとつ沙国の真ん中で叩き割れば、オービタル島は、

二度と人間の生息域としては使用できなくなるだろうな」

 

「……」

 

「もちろん、ここで叩き割ったらお前はただでは済まない。

犠牲者に俺が含まれてない理由を教えてやろう」

 

アルバトロスが、足元の蓋が空いた一斗缶を蹴倒した。

中から液体がこぼれ、床に広がる。鼻を突くツンとした臭いが立ち上る。

 

「漂白剤、か。……エボラウィルスは漂白剤で死滅する」

 

「よく知っているようだな。

だが、このままでは意味がないことくらいは理解できるだろう」

 

そう言うと、アルバトロスは吐息と共にわずかに唇を震わせ、

聞き取れないほど小さな声で魔法を詠唱した。

魔法が発動すると、彼の足から、床に広がる漂白剤に魔力が流れ込み、

水の膜となってアルバトロスを包み込む。

 

「……それが、魔法というものか」

 

「皮肉なものだろう。

砂漠の広がる荒野に生まれた、この俺の魔法適性が、水属性だったんだからな。

そろそろ始めようか!来い、一人の軍隊(ワンマンアーミー)!」

 

言うやいなや、アルバトロスはゴルゴに向けて牽制射撃をしながら、後ろに駆け出し、

シリンダーの間を素早く駆け抜け、ゴルゴへ攻撃を開始した。

素早く鋼鉄製のデスクに身を隠しM-16を構えるが、

エボラウィルスの封入された無数のシリンダーが邪魔で、

標的を見つけられない。

 

相手が撃ってきた時、すかさず机の陰に伏せ、打ち返そうとするが、

一発でもシリンダーに当たれば、終わり。

再び銃を構えた時には既に敵は姿を消している。

 

不利な銃撃戦。ゴルゴをウィルスから守るものが何もない以上、

不用意に発砲することはできない。ふと、壁に沿った通路にアルバトロスが姿を表した。

一発発砲。排出された5.56mm弾の薬莢がタイルの床に落ち、小さな金属音を立てる。

 

だが、シリンダー間の僅かな隙間に動き回る相手を、

射線上に捉えることができなかった。

銃弾は壁の窓ガラスに突き刺さり、命中には至らず。

 

“ハハハハ!遠慮せずにもっと撃つがいい!

こう見えて俺は寛容でな、シリンダーの一つや二つ壊したところで怒りはしないさ!”

 

アルバトロスの笑い声と共に、

フロアの奥からオートマチック拳銃の的確な射撃が2発飛んできた。

唯一と言っていい退避場所の鉄製のデスクに隠れるが、

一発が頬を裂き、もう一発が右腕の肉を少し削り取っていった。

 

「……!!」

 

敵の正確な射撃がゴルゴを苦しめる。

瞬時にM-16を左手に持ち替え、弾が飛んできた方向へ撃ち返すが、手応えがない。

 

“どうした。あまり俺を退屈させないでくれ。

うっかりシリンダーをひとつ割ってしまうじゃあないか”

 

長期戦は不利。それこそ敵がしびれを切らしてウィルスを撒き散らせば終わりだ。

起死回生の一手を探して、ゴルゴはデスクに隠れながら辺りを見回す。

……その時、実験用の折りたたみ式木製デスクの上に置かれたものに目が留まった。

すかさずそれを手に取り、M-16を肩に掛け、出入り口に駆け出す。

階段に足を置くが、それを敵が見逃すはずもない。

 

「どこへ行く気だ?最強の傭兵が何を恐れる!?」

 

いつの間にか接近していたアルバトロスが、大型拳銃を片手に、

両腕を広げながらゴルゴに近づいてくる。

 

「……逃げる」

 

「そんなことを俺が許すとでも思っているのか?さあ、撃てよ。

服の下にウィルスが詰まった試験管の束を巻いているかもしれんがな!

……いや待て、案外何もないかもしれんぞ。

お前の度胸が試されている時なんじゃあないのか?」

 

「お前を、狙撃(スナイプ)してからだ……!」

 

「なっ!」

 

ゴルゴはアルバトロスの姿が見えた瞬間、茶色い瓶を投げつけた。

アルバトロスが反射的に拳銃で怪しい物体を迎撃。

撃ち抜いた瓶から液体が散らばり、彼に降り掛かった。

すると、アルバトロスを包む水の膜から、薄い黄緑色の気体が発生。

 

「何だこれは……ぐっ!!」

 

慌てて水魔法を解いて気体から逃げ出すが、

突然の現象に対応が間に合わなかったアルバトロスは、一呼吸、吸い込んでしまった。

途端に肺に激しい痛みが走り、咳が止まらなくなり、吐き気に見舞われる。

めまいまで始まってきた。

 

「がはっ、がはっ!貴様ァ……!一体何をした!ごほごほっ……」

 

「塩素ガスだ」

 

「何っ!?」

 

足元を見ると、割れた瓶のラベルには“消毒用アルコール”と書かれている。

漂白剤とアルコールを混合すると、化学反応で強い毒性を持つ塩素ガスが発生する。

ゴルゴはアルバトロスをウィルスから守っている漂白剤に、

実験室に備えられていたアルコールを浴びせることで、

水のバリアから叩き出し、ダメージを与えることに成功した。

 

「ごほあっ!ちくしょう、こんなバカなことが……!」

 

アルバトロスはふらつきながらシリンダーの森に逃げ込み、ゴルゴから距離を取る。

もう、今までのように走り回ることはできないだろう。

M-16を構え直し、今度こそアルバトロスと決着を付けるべく、改めて実験室に入る。

その時。

 

“六花の神!今こそ集いて円陣を組み、輝く手で邪悪の行く手を阻め!

タワーオブアイス!”

 

フロア内にアルバトロスの詠唱が響く。

ゴルゴがシリンダーの間を歩きながら彼の姿を探すと、そこにターゲットがいた。

一区画をシリンダーごと氷漬けにした、巨大な氷の壁の向こうに、

アルバトロスがいたのだ。

彼はまだ呼吸が荒く、塩素ガスのダメージが抜けきっていない。

だが、目を血走らせてゴルゴに叫ぶ。

 

「ハハ……見ろ!俺の無敵の防護壁だ!…ぐふっ、ただの、氷じゃないぞ。

通常の結晶構造を更に強化した、銃弾ごときでは絶対に破れない、上級魔法だ……!」

 

「……」

 

ゴルゴは氷の向こうにいるアルバトロスを、ただじっと見る。

彼もゴルゴを見返して続ける。

 

「お前の知と力は解った。俺につけ。

お前と俺ならこの世界のシステムをひっくり返せる。

このマグバリスが、発展途上国の汚名を着せられている理由を教えてやろう。

まさにお前が仕えている、サラマンダラスを初めとした先進国の狼藉だ!

先進国が勝手に決めたルールを長年押し付けられてきたのだよ!」

 

「……」

 

「勝手に決めた貨幣価値、勝手にこちらの足元を見て決めた穀物価格、

自分たちの都合のいいように勝手に決めた国際法!

お前達は我が国を無法国家と言うが、大麻も一昔前までは合法だったのだよ。

それを主力産業としていたマグバリスは、突然はしごを外され、貧乏国家に転落した。

その理由が“大麻は身体に悪いと思います”だとさ!

大麻愛好家で有名だった議員が人気取りに放った言葉だ!」

 

「……」

 

「俺にはこの国の民を救う義務がある!軍事力で世界トップに立ち、

国際会議で対等な発言権を手にし、対等な貿易を行い、公平に利益を民に分配する!

それが俺の描く理想の正義だ!そのために手段を選ぶつもりはない!

お前にも信じる正義があるだろう!?ならば、俺達につけ!」

 

「……その正義とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?」

 

アルバトロスを見据えて、ただ一言だけを返すゴルゴ。

たった一人のマグバリス軍となった彼は、自嘲的に笑い出す。

 

「クックッ、アハハハ!お前ならわかってくれるかと思ったが、残念だよ。

間もなくこの部屋にシリンダーからウィルスが散布される。

俺は漂白剤を呼び寄せて悠々とこの部屋から脱出する。

実につまらん幕引きだったが、お前のような強敵に出会えたことは、

暫くの間、思い出に残るだろう」

 

ゴルゴは黙ってM-16を構える。そして、氷の壁に向かって、5.56mm弾を放つ。

弾丸は強固な壁に弾かれた。

 

「無駄だ。いくら優れた銃でも俺の壁は破れない」

 

ドシュン、ドシュ、ズキューン!!

 

「見苦しいあがきだ。諦めて今度こそ逃げ出したらどうだ。

次は背中に氷の矢をプレゼントすることになるがな!」

 

それでもゴルゴは撃つことをやめない。

 

「ふぅ、こんな男に少しでも──」

 

その時、異変が起きる。全てを拒むかのような氷の壁に、亀裂が生じ始めたのだ。

 

「なっ!?」

 

ズキュン、ズキュズキュ──ゥゥン!!

 

5.56mm弾が命中する度、どんどん亀裂は大きくなる。

 

「何が起こっている!……まさか!」

 

そう。ゴルゴは1mmのズレもなく、

ピンポイントで5.56mm弾を氷の壁の一点に集中射撃していたのだ。

そこに集まった威力はダイナマイトに匹敵する。そして時は訪れる。

氷の壁全体に亀裂が走り、砕け散った。

氷の破片を浴びて、思わずアルバトロスは後ろに転倒する。

 

「そんな……!俺の魔法が、ただの銃に!……はっ!」

 

壁がなくなれば、目の前にいるのはM-16を構えた超A級のスナイパー。

もう魔法を詠唱する時間を与えてはくれないだろう。

最期を悟ったアルバトロスは、彼に問う。

 

「……名前を、聞いていなかったな。最後に教えろ」

 

「俺は……ゴルゴ13」

 

実験室に最後の銃声が鳴り響いた。

同時に、M-16のガスチューブが圧力に耐えかねて飛び跳ね、

内部でファイアリングピンが折れる音がした。

ゴルゴは額から血を流すアルバトロスの胸から階級章を剥ぎ取り、

破損したM-16を投げ捨てた。

 

彼が実験室から立ち去ろうとすると、銃撃戦でカバーしていた鋼鉄製のデスクの上に、

ジュラルミンケースが置かれているのを見つけた。

 

表面にはバイオハザードを示すマーク。そして、

Centers for Disease Control and Prevention(アメリカ疾病管理予防センター)の

文字が。

 

「……」

 

ゴルゴはジュラルミンケースを手に取ると、出入り口前のスペースに置き、

背負っていたダイヤのケースから、深い赤に美しく輝くルビーのような鉱石を取り出し、

ジュラルミンケースのそばに置いた。そして、廊下に敷かれたカーペットを引き寄せ、

赤い鉱石まで導火線のように敷き直すと、ライターで火をつけ、地下階から立ち去った。

 

 

 

ゴルゴが要塞から脱出してすぐ、要塞の地下階で猛烈な熱爆発が置き、

地下が崩壊した要塞は地面に吸い込まれるように崩落、鉄壁の城は瓦礫の山と化し、

吹き上げるような炎が全体に周り、もはや修復される可能性はなくなった。

 

その後も、ゴルゴは弾薬庫、兵員宿舎に赤い鉱石を設置し、

最後に宿舎から十分距離を取って、道中拾ったAK-47で狙撃した。

弾丸が命中した鉱石は、3000℃の熱を放って爆発し、弾薬庫を巻き込み、

中にあった鉱石に更に誘爆。太陽の表面温度の約半分に匹敵する熱で、

軍事地区はエボラウィルスもろとも焼き尽くされた。

 

鉱石の正体は獄炎石。火山のマグマ内で炎のマナが結晶化したもの。

長い期間を経て蓄えられた熱エネルギーの美しい塊は、宝石としても珍重されており、

ゴルゴはエボラウィルス処分のため、予め宝石店で購入していたのだ。

 

後始末を済ませた彼は、船を調達するため、西にある軍港に向かった。

 

 

 

 

 

PART19 依頼完了

 

── サラマンダラス城塞 火竜の間 ──

 

 

タイムリミット当日を迎えたサラマンダラス帝国。

里沙子を初めとした、ゴルゴ召喚に立ち会ったメンバーは、場所を皇帝謁見の間に移し、

祈る気持ちで彼を待っていた。

 

「里沙子さん、もう日が暮れます……」

 

「大丈夫よエレオ。彼は絶対にやり遂げるから」

 

そっとエレオノーラの背中を抱く里沙子。

一方、幹部と将校は青くなって部屋の中をウロウロしていた。

 

「ゴルゴの連絡はまだなのか!もう開戦まで数時間しかないのだぞ!」

 

「……ゴホン。あの……いえ、なんでも」

 

怯える幹部と、

発言許可を得ようとしても、ただ目を伏せ玉座に座る皇帝に何も言えない将校。

その時、兵士がノックせずにドアを開けて駆け込んできた。

 

「失礼致します!ゴルゴが、ゴルゴが帰還しました!!」

 

“ええーっ!?”

 

皆が窓から正面ゲートを見下ろすと、

ボロボロの迷彩服を着たゴルゴが、ダイヤのケースを持って立っていた。

 

 

 

そして、みんなが彼を出迎えたの。ああ、長らくナレーション担当ご苦労様、天の声。

そうよ、もうあたしこと斑目里沙子が、お話の語り部を交代してるの。

とにかく火竜の間にゴルゴ13を迎えたけど、

未だにみんな彼の生還が信じられないみたい。それこそ幽霊を見るような目で見てる。

 

「アルバトロスを、始末した……」

 

彼は皇帝に一言だけ告げた。それを聞いてみんなが更にどよめく。

 

「そんな馬鹿な!たった7日でマグバリスを陥落させ、元帥を暗殺だと!?

一体どうやって!……っ」

 

幹部が彼に詰め寄るけど、例によって鋭い目で睨まれて口を閉じた。

ゴルゴは仕方ない奴だ、と言いたげに、彼に布切れを放り投げた。

それを拾った幹部がまた目を丸くする。

 

「これは、元帥の階級章!!

本当にドラス島まで往復して、軍隊を相手に戦い、元帥を暗殺したというのか……!

何をどうすればそんなことができる!?」

 

「……今更方法を知ることに、意味があるとは、思えんが」

 

「しかし──」

 

更に食い下がろうとした将校を遮って、皇帝陛下がゴルゴの功績を讃えた。

 

「その通り!貴殿の奮闘に心から敬意を表する!ゴルゴ13、いや、デューク・東郷!!

貴殿の活躍でこの国、いや、この世界は救われた」

 

「……そうだ、ウィルスだ!エボラ出血熱は食い止めてくれたのか!?」

 

もう、なりふり構わずゴルゴにすがりついて必死に問う幹部。

肝っ玉小さいわねぇ、本当。

 

「獄炎石3つをばらまいた。……これで満足か」

 

「はぁ……助かった~!」

 

床に崩れ落ちる彼。皇帝の前でくらい、しゃんとなさいな!

 

「ふむ、貴殿には本来勲章を授与すべきなのだが……

この世界にいられる時間は長くないのであったな」

 

「報酬は…既に受け取っている。気遣いは、不要だ」

 

皆がはっと気づく。彼の帰還までもう時間は残されてない。あたしも何か言わなきゃ。

 

「ゴルゴ13!あたしよ、斑目里沙子よ!この国を守ってくれて本当にありがとう。

あなたを信じて、本当によかった。

時々変なやつが押しかけてくることを除けば、ここは嫌いじゃないの。

帰る場所を守ってくれて、ありがとう」

 

「……なぜ、お前は玉座の後ろに隠れている?」

 

うん、あたしずっと皇帝陛下の玉座の後ろで喋ってたの。

 

「依頼人には二度と会わない。あなたの流儀でしょう?」

 

「律儀なほどに、ルールに忠実か……お前が俺について知った経緯はしらんが、

その方が…長生きできるだろうな」

 

「時々いつの間にか棺桶に片足突っ込んでるけどね。

ついでに言うと、あなたの物語は世界中のファンが夢中になって読んでるわ。

世界の壁を通してね。今回の依頼が描かれることはないだろうけど」

 

ゴルゴは葉巻に火を着け、一服してから応えた。

 

「では…俺からも言っておく。

武器は、リボルバーにこだわっているようだが、そんな執着は捨てることだ。

戦場で足を引っ張るだけだ。俺は必要なら……銃以外の武器も使う」

 

「う~ん、オートマチックがやだってわけじゃないんだけど、

この2丁は妙にしっくり来るのよ」

 

珍しく饒舌なゴルゴ。ただの気まぐれか、彼なりに伝えたいことがあるのか。

皇帝陛下が彼に問う。

 

「ゴルゴ13。アルバトロスはどこからウィルス兵器を手に入れたのか。

何か戦いの中でわかったことはないかね?」

 

「なぜか……地球のアメリカ疾病管理予防センターに保管されていたサンプルが、

奴の手に渡っていた……もちろんセンターは今でも健在だ。

これでバイオテロの脅威が完全になくなったとは…思わないことだ」

 

「なんと!

今後もアースから、世界的脅威が流れ着く可能性があるということなのか!?」

 

「世界や、国は、関係ない……そこに人間が住んでいる限り、な。

……なぜアルバトロスがウィルス攻撃に踏み切ったのか、考えてみることだ」

 

「それはどういうことかね……?」

 

「俺の口から説明することに意味はない。その時間もない……」

 

そしたら、ゴルゴ13がまばゆい光に包まれて、

波打つように次元の狭間に飲み込まれている。

皆が目をかばいながら、その不思議な現象を見ていることしかできない。

やがて、彼の身体が一際輝くと、光は一気に引いていき、

葉巻の灰すら残さずゴルゴもいなくなっていた。当然ダイヤのケースも。

 

「行っちゃった?」

 

「はい。帰って行かれました……」

 

「そう」

 

それを確認すると、あたしは玉座の裏から出てきた。

みんな、現実を受け入れるのに時間がかかっているようで、

彼が立っていた場所をじっと見ている。

まだ、突然現れて唐突に消えていった、救国の英雄の姿が目に焼き付いているのだ。

あたしはポンと手を叩いて音頭を取る。

 

「さあみんな、今回の騒動も一件落着っていうか、

あたし達はほとんど何にもしなかったけど、

とにかく全部解決ってことで、撤収しましょう!」

 

 

 

20分くらい後。

みんな帰り支度をしたり、精神的疲労が重なった幹部達が早退けする中、

エレオノーラが窓際に立っていた。そんな彼女に気づいて話しかける。

 

「どうしたの、エレオ。あたし達も帰りましょう。あたしらのボロ教会へ、ね?」

 

「……降ってきましたね」

 

「あら、本当だわ」

 

外を見ると、昼間は快晴だったのに、気づけばしとしとと雨が降り始めた。

 

「まるで……」

 

「ん?」

 

「まるでマリア様が泣いておられるようです」

 

「どういうこと?」

 

「確かに彼の活躍でサラマンダラス帝国の民が救われました。

しかし、戦死したマグバリス兵の数は決して少なくないはず。

何もできなかったわたしが口にすべきことではありませんが、

我が子が生き延びるために殺し合いを続ける、

そんな様を見て聖母マリアが涙しているように思えてならないのです」

 

「エレオノーラ嬢の言うとおり、悲しい雨だ」

 

「皇帝陛下……」

 

ミスリス製の鎧の擦れる美しい音が心地よい。皇帝があたし達に歩み寄ってきた。

 

「ゴルゴ13が残した言葉の意味を考えていた。

アルバトロス元帥が過激な手段を取らざるを得なかった理由を。

我輩にも心当たりがないわけではない。

思い返せば、確かに先進国は、非先進国並びに発展途上国の事情を、

無視して振る舞って来たと言われても、仕方がない点が多々ある。

いつの間にか、先進国がその手で世界の安寧を維持しなければ。

そんな思い上がりが宿っていたのだ」

 

「しかしそれは」

 

「仕方ない、では済まされない。エレオノーラ嬢の言うように、

マグバリス側に出た悲惨な犠牲の責任を負うべきは、我々である。

せめてもの罪滅ぼしに、無政府状態になったドラス島の住民が、

安心して生活を送れるよう、物資の供給、治安部隊の派遣、水源確保に、

共栄圏の力を結集して、新政府樹立まで考えられる限りの支援をしようと思う。

それが、ゴルゴに教わった我輩の成すべきことだ」

 

「それは、素晴らしいお考えだと思います」

 

「アースから何かが来る度、里沙子嬢には助けられてばかりであるからな。

せめて後始末は自分達の手でしなければ」

 

「なるほど……」

 

あたしは曖昧な返事をすることしかできなかった。

つまり、今回のように、元はと言えば地球で生まれた負の遺産が、

ミドルファンタジアに災厄をもたらし得るということ。

何から何まで自分のせいだと思うほど傲慢じゃないけど、

地球の繁栄を享受して生きていた以上、これからも何かがあれば、

解決に向けてなんとかしようとは思う。帰る場所を、守りたいから。

 

「じゃあ、エレオ。そろそろお暇しましょう。皇帝陛下、わたくし達はこれで……」

 

「貴女にも礼を言う。そなたのカードがなければ、我々に手の打ちようがなかった」

 

「それについてはマーブルにお小遣いでもあげてください。それでは」

 

そして城塞から出たあたし達は、駆け足で軍用馬車に乗り込んだ。

雨合羽を来た兵士が手綱を握ると、2頭の馬がいななき、走り出した。

あたし達の、ハッピーマイルズ教会へ。

 

 

 

 

 

PART20 そして日常へ

 

── サラマンダラス帝国 ハッピーマイルズ教会 ──

 

 

2日後。

要塞に7日間こもりきりで、半日馬車に揺られっぱなしだったあたし達は、

精神的にも肉体的にも疲労が溜まりきっていた。ジョゼット達が出迎えてくれたけど、

帰るなり、おかえりただいまもそこそこに、布団に倒れ込んで、眠り込んでしまった。

 

そんで。たっぷり12時間くらい寝て、シャワーを浴びて着替えて、

ようやく朝食を取りながら事の顛末を説明することができるようになった。

 

「……そう、だからゴルゴがいなかったら今頃あたし達はお陀仏だったってことよ」

 

「一週間でマグバリスを落としたって……そいつ本当に人間かよ?」

 

「紛れもなく超人的人間。今度マリーの店を引っ掻き回して、単行本探してみるわ。

久しぶりに読みたくなったし」

 

「目に見えず、人から人へ伝染し、命を奪う生物兵器……聞いただけで恐ろしいです」

 

ジョゼットにわかるよう生物兵器の概念を説明できるか不安だったけど、

理解してくれたようで何より何より。

 

「残念だけど、エボラ出血熱に限らず、アースには他にもやっかいな疫病が沢山あるの。

デング熱、ラッサ熱、マールブルグ出血熱。あ、コーヒーおかわりちょうだい」

 

「いくらパルフェムでも、見えない敵を倒す句なんて思いつきませんわ……」

 

「まぁ、そんなもんこっちに来ないに越したことはないけどね。あ、ありがと」

 

「ねえ……それって、ヴァンパイアにも伝染るの?」

 

ピーネが子供椅子に座りながら不安な様子で聞いてくる。

この話はこの辺にしといたほうがいいかも。

 

「人とヴァンパイアは身体の作りが違うからわからないわ。

感染しても生き延びた人もいるし、ウィルスについては、解明されてないことも多いの」

 

「心配すんなって。なんか変なもんが来ても里沙子がなんとかするだろうさ」

 

「人を変なもの処理班にしないで、ルーベル。

……ふぅ、あんたらの顔でも、事件が終わってから久しぶりに見るとホッとするわ」

 

あたしは一口コーヒーを飲んで一息つく。

 

「なんだとー!いつもは私たちの顔が不満だって言いたいのかよ」

 

「もう見飽きたわ」

 

「よーし、お前の三つ編み堅結びにしてやろう!」

 

「ちょっ、止めなさい!食事中に遊ぶなっての!」

 

食卓に皆の笑い声が響く。でも、あたしの脳裏にほんの一瞬だけ、

この笑顔が消え失せる幻影が浮かんだ。

キノコのような雲。遅れてやってきた衝撃と熱波が全てを塵に変え、

死の灰が降り注ぎ、大地を生物の存在できない荒野に変える。

 

よしましょう。取り越し苦労なんて疲れるだけだわ。

あ、この一週間大人しくしてたから、耳も結構良くなってるかも?

だったらせめてもの収穫ね。小さな喜びを噛みしめると、

ありえない未来の想像は頭から消え去った。

 

 

 

 

 

地球では今も大量破壊兵器が製造され続けている。

近年ではシリアで反体制派を制圧するため、化学兵器サリンを使用し、

一般市民に多くの犠牲者を出したことは記憶に新しい。

アメリカはロシア、中国、イランなどの核保有国の脅威に対する

安全保障上の理由として、核兵器を保有している。

そして某貧国やカルト教団が、いつか来る開戦に備え、

また“教祖”の教えの元に生物兵器を製造。実際に使用された例もある。

皆、それぞれの正義の名のもとに。

人が人である限り、ミドルファンタジアにABCの脅威が揃う日は、

決して遠くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

──その正義とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?

 

 

 


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